論文式試験問題集[民事系科目第1問] - 1 - [民事系科目] 〔第1問〕(配点:100〔設問1と設問2の配点の割合は,5.8:4.2〕) 次の文章を読んで,以下の1と2の設問に答えよ。 T Xは,Aに対し,Xが所有していたマンション1戸(以下「甲不動産」という。)を1000万 円で売った(甲不動産については,専有部分と分離して処分することができない敷地利用権であ ることが登記されており,分離処分については考慮しなくてよい。)。代金は,契約締結時に60 0万円,その2か月後に400万円をそれぞれ支払うという約定であった。契約締結時に,Aは Xに600万円を支払い,甲不動産につきAを名義人とする所有権移転登記がされ,また,Aに 対して引渡しがされた。 Aは,Xとの前記売買契約締結の2週間後に,知人のY1に対し,甲不動産を賃貸して引き渡 した。賃料は月額8万円,賃貸期間は2年間,目的は居住目的と定められた。Y1は,賃貸借契 約を締結する際,Aに対し,権利金として16万円,敷金として20万円を,それぞれ交付した。 Aは,Y1と前記の賃貸借契約を締結するに当たり,Y1に対し,転貸することとペットを飼う ことを禁ずる旨口頭で説明し(なお,これらの事項は賃貸借契約書にも不動文字で印刷されてい た。),Y1は,Aに対し,それらの点については十分了解した旨伝えた。一方,Y1はAに対し, 場合によってはY1の扶養家族(配偶者と小学生の子一人)を呼び寄せて同居する可能性がある ことを伝え,Aはこれを了解していた。 Y1の扶養家族は, Y1の配偶者の親の看病の必要から Y1と別居していた。 Y1は,単身で賃貸アパートに居住していたが,交通の便が悪いことから転居することを考え ており,Aから甲不動産の話を聞いた際,甲不動産は自分独りで住むには広過ぎるとも考えたが, 交通の便が良いことと,賃料がそれほど高くないことから,甲不動産を賃借することとし,前記 の賃貸借契約締結に至ったものであった。Y1は,賃貸借契約締結の時点でXA間の売買の代金 のうち400万円が未払であることは認識していた。 Y1の叔父であるY2は,配偶者及び子二人(子はいずれも小学生)とともに,甲不動産近くの 賃貸住宅で生活していたが,かねてから同住宅の賃料の支払が家計を圧迫しており,賃料が低廉 な物件を探していた。そのようなときに,甥のY1が甲不動産を借りたことを聞きつけ,Y1に対 し,甲不動産を貸してくれるよう求めた。Y1は,当初は,自分自身が甲不動産で生活したいこ とと,Aが転貸を嫌がっていたことから,Y2の申出を拒んでいたが,Y2から執ように求められ, 結局,これに応ずることとし,自分は従前の賃貸アパートに住み続けることとした。 以上のような経緯で,Y1は,Aから甲不動産の引渡しを受けた3週間後に,Aに無断でY2に 甲不動産を賃貸して引き渡し,Y2はその家族とともに甲不動産での生活を始めた。賃料は月額 8万円,賃貸期間は2年間,目的は居住目的,権利金は16万円,敷金は20万円と定められ, Y2は,権利金16万円及び敷金20万円をY1に交付した。 Y1は,Y2と賃貸借契約を結ぶ際に,Y2に対し,甲不動産をAに無断で貸すことは,Aから 禁じられていることを説明し,あわせて,Aに無断で貸したことが原因でY2が甲不動産から出 て行かざるを得なくなったとしても,Y1としては一切責任を負わない旨説明した。Y2は,これ らの点について承諾したという趣旨の「承諾書」と題する書面を作成し,署名押印の上,Y1に これを差し入れた。なお,Y1はY2に対し,甲不動産の購入代金のうち400万円をAがいまだ Xに支払っていない事実を告げていなかった。 その後,Aは,残代金400万円を約定の期日に支払うことができなかった。Xは,Aが残代 金を支払う可能性はないと考え,甲不動産を取り戻すことを弁護士Lに依頼し,これを受任した Lは,Xの代理人として,Aに対し,残代金の支払を催告し,その後も残代金の支払がなかった ことから甲不動産の売買契約を解除する旨の意思表示をした。 - 2 - Aは,残代金を支払えなかった以上は,Xから売買契約を解除されたことはやむを得ないと考 え,登記に関する必要書類一式をLに交付し,甲不動産のA名義の所有権移転登記については, 前記の売買契約の解除を原因として抹消登記がされた。 その後,Lは,Xの代理人として,Y1に対し,仮にXがY1との間の甲不動産の賃貸借契約に おける賃貸人になるのであれば,同契約を無断転貸を理由に解除する旨の意思表示をした。Lは, Y1とY2に対し,甲不動産の明渡しを求めたが,Y1とY2はこれに応じようとしない。 〔設問1〕 以下の設問からに答えなさい。 Xは,甲不動産の明渡しを得るために,Y1に対し,所有権に基づく返還請求をした。これ に対し,Y1は次の反論をした。この反論が認められるかどうかを論述しなさい。ただし,Y1 に対する賃貸借契約の解除については,論じなくてよい。 (反論@)「Y1は,民法第545条第1項ただし書の第三者に該当し,甲不動産の賃借権に つき対抗要件を備えているから,Xの請求には理由がない。」 Xは,甲不動産の明渡しを得るために,Y1に対し,賃貸借契約終了に基づく返還請求をし た。これに対し,Y1は次の反論をした。この反論が認められるかどうかを論述しなさい。 (反論A)「Y1は,甲不動産をAから賃借したのであり,XがAY1間の賃貸借契約を解除 することはできないから,Xの請求には理由がない。」 (反論B)「甲不動産は,Y2が使用しているものであり,Y1は甲不動産を占有していない のであるから,Xの請求には理由がない。」 Xが,甲不動産の明渡しを得るために,Y2に対し,所有権に基づく返還請求をしたところ, Y2は,反論として,「Y2は甲不動産の賃借人であるY1から賃借しているのであり,Y1Y2間 の甲不動産の賃貸借は,Y1に対する賃貸人との関係で背信行為と認めるに足りない特段の事 情が存在する。」と主張した。この主張のうち,「背信行為と認めるに足りない特段の事情」と して,Y2が主張立証すべき具体的事実を指摘し,その理由を簡潔に説明しなさい。 U 前記Tの甲不動産については,その後,次のような事実経過があった。 甲不動産の明渡しを求められたY2は,Xと交渉し,何とか甲不動産の使用を続けたいと懇請 した。Y1も交えて相談した結果,Y2がY1に支払う賃料及びY1がXに支払う賃料をいずれも月 10万円とし,Y2がY1名義で直接Xに支払うことにして,Xは,Y2への転貸を了解すること とした。もっとも,X自身及びその配偶者であるBは,このころから加齢のため気力や体力の衰 えを感ずるようになり,甲不動産をめぐる事務の処理を億劫に感ずるようになってきた。そこで, このように賃料を改訂してY2への転貸をXが了解したことを機に甲不動産の管理は,事実上, Xの唯一の子であるCが担うようになってきた。Cは,Xとその前の配偶者との間の子である。 そうするうちにXが死亡したが,しばらくの間遺産分割はなされず,また,Y1及びY2がXの 死亡を知る機会がないまま,賃料は,Y2がCに支払っていた。BとCの遺産分割協議が成立し たのは,Xが死亡してから9か月後のことである。この遺産分割協議において,甲不動産をBが 単独で取得するものとすることが定められたことから,Bは,Cに対し,Xの死亡後にY2から 収受していた甲不動産の賃料相当額である90万円の支払を求めた。これに対し,Cは,甲不動 産自体をBが取得することは遺産分割協議で定めたとおりであるが,遺産分割協議成立までの間 に生じた賃料の扱いは別であると主張し,これに応じていない。 〔設問2〕 BがCに対して前記90万円を支払うよう求めることができるかどうかを検討し,その結論及 び理由を示しなさい。 この点に関しては,相続財産(遺産)を構成する賃貸不動産について,相続開始から遺産分割 - 3 - までの間にそれを使用管理した結果として生ずる賃料債権は,「各共同相続人がその相続分に応 じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である」とする見解(最高裁判 所平成17年9月8日第一小法廷判決・最高裁判所民事判例集59巻7号1931頁)がある。 本問の検討に当たっては,どのように相続財産の範囲を考えるかという問題や,遺産分割の効力 との関係などの問題に言及するとともに,上記の見解に対する評価も示しなさい。 - 4 - 論文式試験問題集[民事系科目第2問] - 1 - [民事系科目] 〔第2問〕(配点:200〔設問1から設問4までの配点の割合は,5:5:3.5:6.5〕) 次の文章を読んで,以下の1から4までの設問に答えよ。 T 山野弁護士は大手の丙銀行株式会社(以下「丙銀行」という。)の顧問弁護士を,川野弁護士は 丁株式会社(以下「丁社」という。)の顧問弁護士をそれぞれ務めていたが,平成20年5月中旬 ころ,それぞれ,各社の法務担当者から相談を受けることとなった。各社からの相談は,いずれ も以下の1から16までの事実経過を前提としたものであり,丙銀行からは17の経緯で,丁社 からは18の経緯でそれぞれされたものとする。 1. 甲株式会社(以下「甲社」という。)は,工作機械の部品の製造及び販売を業とする株式会社 である。同社は,工作機械の製造及び販売を業とする乙株式会社(以下「乙社」という。)の子 会社であり,乙社が汎用性のある部品の開発に成功したことをきっかけとして設立されたもの である。 2. 乙社は,理工学系の大学院で機械工学を学んだAが友人であるBとともに設立した会社であ り,その株主は,A及びBの2人だけである。また,同社の取締役には,A及びBのほか,A の妻であるCが就任し,代表取締役には,A及びBが選定されていた。同社は,その製品に関 して多数の特許を取得し,順調に事業を展開していたことから,会社法上の公開会社でない株 式会社でありながら,大きな信用力を保持していた。 3. 甲社は,国内外の工作機械製造会社から注文が殺到したために急成長し,平成15年には, 東京証券取引所(マザーズ)への上場を果たした。同社の株式は,乙社が30%を,A及びB が各10%を保有していたほか,経理及び財務に明るい人物が必要だということで,Aの友人 である税理士資格を有するDにも5%を保有してもらっていた。 4. 甲社の取締役には,A,B及びDが就任していた。同社の技術力はA個人の能力に負うとこ ろが大きかったことから,Aが代表取締役に選定され,他方で,Bは,父親が日本有数の自動 車製造会社の取締役であることから,その広い人脈を駆使して営業活動の指導に当たることと し,Dは,予定どおり甲社の経理及び財務を担当することとなった。Dは,就任後間もなく, 取引銀行との付き合いを広げる必要があると考え,丙銀行を甲社の主たる取引銀行とすること とした。 5. 平成18年になり,Aの開発した部品が特許の取得に成功し,その結果,甲社は,莫大な利 益を上げることとなったため,同社においては,その利益の運用が重要な課題となった。しか し,このころから,開発の成功を背景として,社内におけるAの発言力が増大し,その横柄な 態度を不愉快に感じたDとAとの間で,軋轢が生じるようになっていった。このようなことか ら,Aは,これまで資金の運用を一手に引き受けていたDを無視して,Bを通じて知り合った 金融ブローカーであるEに甲社の資金50億円の運用を一任することを計画した。Dは,取締 役会において,Eへの資金の運用の一任に強く反対したが,A及びBが賛成したため,この計 画は,実行に移されることとなった。 6. Eは,平成18年10月,Aに対し,投資リスクを分散するため,差し当たり甲社の資金 50億円をリスクの小さな金融商品に投資し,他方で,なるべく多くの資金を銀行から借り入 れ,その借入資金を金融先物取引などのハイリスク・ハイリターン型の投資に振り向けたいと 伝えた。その際,Aは,Eから,この投資に協力してくれる銀行が必要である旨を言われたた め,投資のことはよく分からなかったものの,Dに相談することなく,丙銀行と付き合いがあ る旨を伝え,さらに,融資を受けるには乙社の保証が必要である旨を言われたため,これを了 解した。 - 2 - 7. これを受け,Eは,早速,丙銀行の融資担当者であるFと接触し,甲社と乙社が共同で海外 に新しく工場を建設することになったとの架空の話をねつ造して,甲社を主たる債務者,乙社 を保証人として融資を受けたい旨の申入れを行った。その際,Eは,この架空の話の信ぴょう 性を高めるため,知人に依頼して工場の簡単な設計図を作ってもらうとともに,虚偽の資金計 画書を自ら作成して,これらをFに手渡した。Fは,海外における工場建設の話であったため, 直ちに現地に赴くことも困難であり,また,これまで取引のなかった乙社との間に密接な関係 を築きたいとの思惑もあったことから,これらの書類を鵜呑みにした上で,積極的に動き始め た。 8. 平成18年12月になり,Aは,Eから,丙銀行から30億円の融資を受けることができる ことになったので甲社と乙社の取締役会において承認を受けてほしい旨を言われた。しかし, このことがDに知れると甲社に内紛が起こりかねないし,また,乙社の取締役会もこれまで全 くといっていいほど開かれていなかったため,Aは,Eに対し,適当に対処してほしい旨を伝 えた。そこで,Eは,Fに対し,甲社及び乙社ともに取締役会の議事録を用意することはでき ない旨を伝えたところ,Fは,甲社及び乙社の役員に対して自ら確認することはしないで,E に対し,取締役会の議事録に代わるものを提出するように求めた。Eは,このFの求めに応じ, 甲社及び乙社の双方について,各取締役会で前記の融資及び保証について承認があった旨の確 認書を作成した上,Aに署名捺印させ,これをFに手渡した。しかし,Fは,この確認書だけ では丙銀行内部の決裁が得られないと考え, 「甲社及び乙社の役員全員に面談し,各取締役会の 承認を受けていることを確認した上で,両社の代表取締役であるAから確認書を取得した。」旨 を記載した稟議書を作成し,これにより,上記の融資案件をまとめるに至った。 9. 平成19年1月,Aが甲社を代表して丙銀行との間で30億円の融資契約(金銭消費貸借契 約)を締結するとともに,Bが乙社を代表して丙銀行との間でこの甲社の債務についての保証 契約を締結し,丙銀行の甲社の口座に30億円が入金された。これにより,Eは,甲社の自己 資金50億円と合わせて合計80億円の運用を任されることになった。 10. しかし,Eは,当初の話とは異なり,80億円のすべてをハイリスク・ハイリターン型の投 資に振り向けてしまい,その投資に失敗した結果,巨額の損失を出すこととなり,このままで は甲社の期末の決算では,資本の欠損が生ずることは明らかとなった。 11. そこで,Aは,甲社の先行きに不安を感じたため,Bと結託し,同社の下請企業等の取引先 に頼んで架空の取引を循環させ,不適切な会計処理を行った。ところが,平成19年3月にな り,Aから不適切な会計処理を行うよう強要されたとして,甲社の経理部の従業員が東京証券 取引所に通報したことから,同社の株式は監理ポスト(監理銘柄)に指定されることになった。 このため,市場では,上場廃止になるだろうとの観測が広がり,甲社の株価は,1株6000 円程度で安定していた不祥事発覚前の株価と比べて大きく下落し,1株1000円程度で下げ 止まった。 12. Dは,東京証券取引所の前記11の措置に伴い,巨額損失の発生を初めて知ることとなり,甲 社の取締役会において,Aを代表取締役から解職するよう提案したが,定時株主総会において 株主に事情を説明し,その判断を仰ぐべきではないかというBの意見に従い,決議するには至 らなかった。Dは,Aだけでなく,Aに同調するBも解任すべきであると考え,株主提案権を 行使し,A及びBの解任を定時株主総会の目的とするよう請求した。そして,平成19年6月 28日,甲社の定時株主総会が開催され,同総会において,A及びBを取締役から解任する旨 の議案が決議の対象とされたが,株主であるA,B及び乙社の反対により,当該議案はいずれ も否決される結果となった。 13. その後,A及びBは,甲社の上場廃止は避けられないと判断し,同社の一般株主の不満を解 消するため,乙社との間で金銭を対価とする株式交換を行うことを計画した。Aは,この計画 を実行すべく,株式交換に際して甲社の株主に対して交付すべき対価の額について証券会社に - 3 - 助言を求めたところ,株式交換の決議を行う株主総会の基準日の時価によるべき旨の回答を得 るところとなった。しかし,Aは,これでは一般株主からの責任追及は免れ難いと判断し,知 り合いのM&Aアドバイザーに頼んで,不祥事発覚前の株価である6000円程度を基準にし て対価を交付することが適切である旨の意見書を書いてもらい,これを盾にして証券会社を説 得し,株式交換を実施することとした。 14. 乙社は,株式交換の手続として必要な法定の事項を官報に掲載する方法により公告したもの の,知れている債権者に対する各別の催告はしなかった。そこで,丙銀行は,乙社に対し,前 記9の保証債権の存在を前提として,甲社との間の株式交換は株主に対して交付する対価の算 定に問題があり,乙社の現金を不当に流出させて債務の弁済に支障を来すものであると主張し, 異議を述べた。しかし,乙社は,丙銀行に対し,保証契約の効力は認められないと主張し,何 ら,弁済,相当の担保の提供又は財産の信託をすることはなかった。 15. 平成20年1月17日,甲社及び乙社の双方において,臨時株主総会が実施され,株式交換 契約の承認決議が成立し,その後,株式交換の効力発生日が経過した。 16. A及びBは,取引を装って甲社の財産を乙社に移転させ,甲社を倒産させることを画策し, 甲社をAが,乙社をBがそれぞれ代表して,両社の取締役会の承認を受けることなく,平成 20年4月中旬から同月下旬までの間に,価格の不自然な取引を繰り返した。そのため,甲社 の資金繰りは悪化し,同年5月上旬からは,丙銀行に対する利払いが継続して滞る事態に陥っ た。他方で,乙社は,甲社より財産の移転を受けたものの,株式交換の対価として巨額の現金 を流出させたことによる財務状態の悪化は解消しなかった。 17. そこで,丙銀行は,前記9の30億円の融資について,甲社に支払を求める訴えを提起した いと考えたが,同社の弁済能力には不安があったので,併せて,乙社に対して前記9の保証債 務の履行を求めることができるかどうか,さらに,甲社と乙社の間で行われた株式交換に法的 な問題がないかどうかを,山野弁護士に相談した。 18. 一方,丁社は,甲社と乙社の間で行われた株式交換の効力発生日の直後に甲社から手形の振 出しを受けたものの,当該手形がその後に不渡りとなったことから,債権の回収について社内 で検討を行い,当該手形の取得後に行われた甲社と乙社との間の価格の不自然な取引に疑問を 持つに至った。そこで,丁社は,甲社に対する破産手続開始の申立てを検討するとともに,仮 にこれを行わない場合に自らの債権の回収に役立つ法律論が展開できないかどうかを,川野弁 護士に相談した。 〔設問1〕 丙銀行から相談を受けた山野弁護士は,乙社に対する保証債務履行請求の可否及び甲 社と乙社の間の株式交換の問題点についてどのように回答すべきか,あなたの考えを述べなさい。 〔設問2〕 丁社から相談を受けた川野弁護士は,債権の回収に役立つ法律論についてどのように 回答すべきか,あなたの考えを述べなさい(詐害行為取消権や債権侵害の不法行為の成否につい ては,検討することを要しない。)。 U 以下の1から4までの文章は,前記Tの甲社に関するものである。 1. 甲社の個人株主であるJは,平成19年6月28日に行われた甲社の定時株主総会に出席し, Aの解任議案に賛成票を投じていた。総会でのDの説明を聞いて,Aの行動に憤りを覚えたJ は,法学部出身でもあり,役員の解任の訴えの制度を知っていたので,この際,訴えを提起し てAを解任しようと考えた(Jは,会社法第854条第1項に規定する議決権又は株式の保有 の要件を満たしている。)。そこで,Jは,弁護士を訴訟代理人に選任することなく,訴状を自 ら作成し,同年7月9日,甲社の本店所在地を管轄するP地方裁判所に,Aだけを被告として - 4 - 取締役の解任の訴えを提起した。P地方裁判所は,直ちにこの訴状の副本をAに送達し,Aは 同月13日にこれを受領した。 2. 会社法の解説書を読み直していたJは,会社法第855条を見落としていたことに気付いた ので,同月17日,P地方裁判所に,被告として甲社を追加する旨の申立書を提出した。P地 方裁判所は,直ちに,訴状と申立書の双方の副本を甲社に,申立書の副本をAに,それぞれ送 達し,甲社もAも同月20日にこれを受領した。 3. 同月30日, 「原告Jの平成19年7月17日付けの申立ては主観的追加的併合の申立てに該 当するところ,主観的追加的併合についてはこれを否定する最高裁判例があるから,甲社を被 告として追加する原告Jの申立ては許されない。」との記載のある甲社の答弁書がJのもとに送 られてきた。 (甲社が答弁書で引用した最高裁判所の判決) 「甲が,乙を被告として提起した訴訟(以下「旧訴訟」という。)の係属後に丙を被告とす る請求を旧訴訟に追加して1個の判決を得ようとする場合は,甲は,丙に対する別訴(以下 「新訴」という。)を提起したうえで,法132条の規定による口頭弁論の併合を裁判所に促 し,併合につき裁判所の判断を受けるべきであり,仮に新旧両訴訟の目的たる権利又は義務 につき法59条所定の共同訴訟の要件が具備する場合であつても,新訴が法132条の適用 をまたずに当然に旧訴訟に併合されるとの効果を認めることはできないというべきである。 けだし,かかる併合を認める明文の規定がないのみでなく,これを認めた場合でも,新訴に つき旧訴訟の訴訟状態を当然に利用することができるかどうかについては問題があり,必ず しも訴訟経済に適うものでもなく,かえつて訴訟を複雑化させるという弊害も予想され,ま た,軽率な提訴ないし濫訴が増えるおそれもあり,新訴の提起の時期いかんによつては訴訟 の遅延を招きやすいことなどを勘案すれば,所論のいう追加的併合を認めるのは相当ではな いからである。」(最高裁判所昭和62年7月17日第三小法廷判決・最高裁判所民事判例集 第41巻第5号1402頁) ※ 引用文中の「法132条」,「法59条」は,それぞれ,現行民事訴訟法第152条,第 38条に相当する旧民事訴訟法の規定である。 4. この甲社の答弁書を読んで驚いたJは,知人から紹介を受けた海野弁護士に相談をし,海野 弁護士はJから訴訟委任を受けた。 〔設問3〕 海野弁護士は,Jの訴訟代理人として,甲社の主張に対して,どのように反論すべき か,論じなさい。 V 以下の1から7までの文章は,前記Tの甲社に関するものである。 1. 前記Uの個人株主Jによる解任の訴えとは別に,甲社の個人株主であるKは,訴訟代理人に 依頼し,平成19年7月17日,甲社と取締役Bの双方を被告として,P地方裁判所に,取締 役Bの解任の訴えを提起した(Kは,会社法第854条第1項に規定する議決権又は株式の保 有の要件を満たしている。)。 同年8月24日に行われた第1回口頭弁論期日において,Kは, 「取締役である被告Bは,銀 行から借り入れた30億円のほか,自己資金50億円を合わせた80億円全額が,約束に反し てハイリスク・ハイリターン型の商品に投資されており,しかも,この投資取引により平成 19年1月末ころには,多額の損失が生じていることを知った。ところが,被告Bは,この段 階でこのような投資取引を中止すれば,更なる損失を防止することができたのに,代表取締役 Aに取引を中止させるための措置を執らなかった。そのため,この投資取引による損失は拡大 し,同年2月中旬にAの指示により投資取引を終了した時点では,損失額が合計78億円にま - 5 - で及んでしまった。したがって,被告Bには,法令又は定款に違反する重大な事実があり,解 任事由がある。」と主張した。 これに対し,被告らは,Kの主張を争い, 「被告Bは,この投資取引が終了した後,平成19 年2月下旬になって初めて,Aからの報告で,この投資取引の具体的内容やこの投資取引によ り78億円の損失が生じたことを知らされたのであり,それ以前には,何も聞かされていなか った。」などと主張した。 裁判所は,争点及び証拠の整理をするため,本件を弁論準備手続に付した。 2. Kの訴訟代理人は,Kから訴訟委任を受けた後,本件について事実関係を調査していたが, その結果,Eが,平成19年1月末ころ,甲社にファクシミリを送信したこと,そのファクシ ミリ送信文は甲社代表取締役Aあてで,Eが投資した商品の銘柄,買付金額,時価等が一覧表 の形で記載されていたこと,その末尾には損失合計額として巨額の金額が記載されていたこと などの情報を得た。 また,Kの訴訟代理人は,この投資取引による損失が同年1月末ころには40億円程度にな っていたことなどを,別の資料からつかんでいた。 3. 平成19年9月14日に開かれた第1回弁論準備手続期日において,Kの訴訟代理人は,こ の投資取引による損失の額が同年1月末ころ40億円程度になっていたことなどを示す投資取 引関係等の書証を提出した。 裁判所は, 「本日の争点整理の結果,証拠関係からみると,平成19年1月末ころの時点で投 資取引による被告甲社の損失が40億円程度に達していたこと,これ以降も投資取引を継続す れば損失が更に拡大することがこの時点で予測可能であったこと,平成19年2月中旬に投資 取引が終了したが,その段階では78億円まで損失が拡大していたこと,投資取引が終了する までの間に,被告Bは,代表取締役Aに対し,投資取引を中止させるための措置を執らなかっ たことは,明らかにされたと思います。そうすると,被告Bが,平成19年1月末ころ,この 投資取引により被告甲社に40億円程度の損失が生じていたことを知っていたかどうかが実質 的な争点になりますね。」と述べた。 これを聞いて,Kの訴訟代理人は,甲社がEから受信し,Eが甲社のために投資した商品の 銘柄,買付金額,時価等が一覧表の形で記載され,その末尾に損失合計額として巨額の金額が 記載されていたファクシミリ文書(以下「本件文書」という。)が存在することを指摘し,「甲 社は本件文書を書証として提出すべきである。」と述べ,本件文書の提出に関し議論が交わされ たが,甲社の訴訟代理人は,「本件文書を任意に提出するつもりはない。」と述べた。 4. そこで,Kの訴訟代理人は,本件文書は,Bの解任事由に関して重要な事実を裏付けるもの になり得ると考え,第1回弁論準備手続期日終了後直ちに,本件文書について,次の内容を記 載した申立書を裁判所に提出して,文書提出命令を申し立てた。 (1) 文書の表示及び文書の趣旨 受信日として平成19年1月末ころの日付が印字されたE作成の甲社代表取締役Aあて ファクシミリ文書であって,Eが甲社のために購入した投資商品の銘柄並びに買付金額, 時価及び利益・損失等が一覧表の形で記載され,かつ,末尾に損失合計額として40億円 程度の金額の記載があるもの (2) 文書の所持者 被告甲社 (3) 証明すべき事実 Eの投資取引の失敗により,平成19年1月末ころ,甲社に40億円 程度の損失が発生していたところ, ア Aは,平成19年1月末ころ,この投資取引により,甲社に40億円程度の損失が発 生している事実を知ったこと。 イ 被告Bも,Aを介するなどして,そのころその事実を知ったこと。 - 6 - ウ (4) 被告Bには,法令又は定款に違反する重大な事実があったこと。 文書の提出義務の原因 民事訴訟法220条3号又は4号 5. 平成19年10月5日に開かれた第2回弁論準備手続期日において,甲社の訴訟代理人は, 「本件文書は存在するが,民事訴訟法第220条第3号には当たらないし,同条第4号ハ又は ニに当たる文書であるので提出義務はない。また,任意に提出するつもりもない。」と述べた。 6. 平成19年10月12日,裁判所は,甲社に対し,文書提出命令を発し,この決定は,間も なく確定した。 7. 平成19年11月16日に開かれた第3回弁論準備手続期日において,甲社の訴訟代理人は, 「甲社は本件文書を所持しているが,提出するつもりはない。」と述べた。これに対し,Kの訴 訟代理人は, 「甲社が文書提出命令に応じないのであれば,裁判所は,その制裁として,民事訴 訟法第224条を適用すべきである。」と主張した。 〔設問4〕 以下は,第3回弁論準備手続期日が終了した後の,裁判長と傍聴を許された司法修習 生との会話である。 裁判長: 今日の弁論準備手続で,甲社は文書提出命令に従わないと陳述しましたね。 修習生: ええ,甲社はその理由について余り明確には述べませんでした。 裁判長: そうですね。これに対して,Kは,224条の適用を主張していましたね。そこで, せっかくの機会ですから,224条について勉強してみましょうか。どのように訴訟 指揮をし,争点整理をしていくかを考える前提にもなりますね。 修習生: 本件では,224条1項と3項の適用が問題になると思いますが,これらの要件を 満たすかどうかの判断は,なかなか難しい問題だと思います。 裁判長: そうですね。要件の問題も重要ですが,今日は224条3項が適用される場合の効 果に限って検討してみましょう。条文には「その事実に関する相手方の主張を真実と 認めることができる。」とありますね。これはどのような趣旨の規定だと思いますか。 修習生: 証明妨害の典型的な例を明文化したものであるということを読んだことがあります。 裁判長: そうですか。効果を考えるに当たっては,どのような点に着目したらよいでしょう か。まず,当事者が文書提出命令に従わないことで,申立人,相手方,裁判所にとっ て,どういう影響があるかを考えてみてはどうでしょう。それによって,証明妨害の 効果として主張されている考え方がここにも当てはまることが理解できると思います。 修習生: これまで,224条3項の効果との関係で考えたことはなかったのですが,証明妨 害の法理を勉強したときに,証明妨害の効果として主張されている考え方としては, 証明責任が転換されるという考え方(転換説),証明度が軽減されるという考え方 (軽減説),真実が擬制されるという考え方(擬制説),裁判所の自由心証にゆだねら れるという考え方(心証説)などがあったと記憶しています。 裁判長: そうですね。あなたが指摘するとおり,224条3項は証明妨害の典型的な例とい われていますので,その効果についても,これらの考え方が成り立ち得るでしょうね。 証明妨害については,ほかにもいろいろな考え方がありますが,224条3項の効果 として,少なくともあなたの整理した四つの代表的な考え方の妥当性について検討し ておく必要がありそうですね。それでは,これらの考え方の中では,どの考え方がよ り妥当だと考えますか。それぞれの考え方の違いは,命令に従わなかったことによっ て生じる不都合を解消するための方法の違いという位置付けもできそうですね。そう すると,その方法が問題の解消手段として適切かという点も,どの考え方が妥当かを - 7 - 考える上で重要ですね。いろいろ指摘しましたが,以上のような観点から224条3 項の効果について報告してください。 これは,一般論としての報告で結構です。これが一つ目の課題です。 修習生: 分かりました。御指摘の観点から検討してみます。 裁判長: 更に別のことを尋ねますが,本件で,仮に,224条3項が適用されたとすると, 本件文書の不提出により「真実と認めることができる」相手方の主張は何でしょうか。 文書提出命令の申立書に「証明すべき事実」として記載された主張すべてに及ぶので しょうか。 まずは,共同被告Bがいることは差し当たり度外視して,専ら甲社との関係だけを 念頭において,本件事例に即して具体的に検討してください。これが二つ目の課題で す。 次に,本件では,文書提出命令に従わなかったのは甲社ですが,共同被告Bがいま すね。甲社については224条3項を適用すべき場合であったとして,共同被告Bと の関係を含めて考えると,本件訴訟において,本件文書の不提出によりどのような効 果が認められるでしょうか。これが三つ目の課題です。 以上の課題について,報告してください。次回の弁論準備手続期日までさほど間が ありませんので,速やかにお願いします。 修習生: 分かりました。後半で指摘された点は,考えたことがありませんでしたが,頑張っ て検討してみます。 あなたが上記の修習生であり,早速,裁判長から提示された三つの課題について報告をするも のとして,以下の各問いに答えなさい。 なお,取締役の解任の訴えにおける解任事由の存在については,解任を求める原告側に主張立 証責任があるものとして答えなさい。 当事者が文書提出命令に従わないときの民事訴訟法第224条第3項の効果をどのように 考えるべきか,上記の会話中に言及されている四つの説を比較検討した上で,論じなさい。 なお,解答に当たっては,各説を「転換説」,「軽減説」,「擬制説」,「心証説」と略記して 差し支えない。 本件文書の不提出について,民事訴訟法第224条第3項の適用があると仮定した場合, 甲社との関係で「真実と認めることができる」Kの主張は何か,で採用した考え方を前提 に論じなさい。 甲社について民事訴訟法第224条第3項を適用すべき場合であると仮定する。甲社とB が共同被告であることを考慮すると,本件訴訟において,甲社の本件文書の不提出について, どのような効果が認められるべきか,論じなさい。 - 8 -