平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(憲法) 1 出題の趣旨の補足 論ずべき具体的事項等については, 既に出題の趣旨において説明したとおりである。 昨年の採点実感等に関する意見の繰り返しになるが, 問題の事案は仮想のものであ っても, 全く新しい議論をさせようとするものではなく, 法科大学院の授業, 基本判 例や基本書の理解から身に付けることが可能な基本的事項を正確に理解し, これを基 に, 具体的問題に即して思考する能力, 応用力を試すものである。 採点に当たっても, メリハリを付けて評価するようにしており, 取り分け「考える」力が現れている部分 があれば, 評価するようにしている。 なお, 出題に当たっては, 検討すべき対象を生 活保護と選挙権の問題に限定する示唆を問題文中に盛り込むなど, 受験者が解答する に当たって余計な迷いが生じないように配慮した。 2 採点方針及び採点実感 各考査委員から寄せられた意見・感想をまとめると, 以下のとおりとなる。 (1) 全般的な印象について ア 答案は, 生活保護に関する記述と選挙権に関する記述とが総合的に評価される が, 多くの答案では両者の出来映えに大きな差があった。 また, 十分に論述し切 れていない(つまり記述量が少ない)答案が, 例年以上に多く見られた。 イ 荒削りな中でも的確にポイントをつかみ, 予備知識が少ない中でも論点の本質 に迫った「悩み」を見せてくれた答案もあったが, そのような答案は少数にとど まった。 法令や処分の合憲性が問題となるときには, 原告・被告双方の主張には それぞれ相当な根拠があり, 結論をどうするか相当に頭を悩ますのが通常である。 悩みが感じられない答案とは, 真に解決されるべき論点にまで議論が深まってい ない答案といえる。 要求されるのは, パターン化した思考ではなく, 事案についての適切な分析能 力や柔軟な法解釈能力である。 例えば, 広い裁量があるというのみでは, 説得力の ある答案にはならない。 事案に即して裁量の中身を議論する必要がある。 ウ 法令違憲と適用(処分)違憲の区別を意識した答案が, ここ3年間で着実に増 加してきたことは, 評価できる。 しかし, 当該問題において, 必ず法令違憲と適 用(処分)違憲の問題が両方存在するとは限らない。 今年の問題の場合, 生活保護 法の法令違憲性を検討したものなど, 不適切な答案が目立った。 当該事案におい て, いかなる点の憲法違反を検討すべきかをよく考えることが重要である。 他方で, 「Xが選挙権を行使できなかったことが憲法違反である」などとする のみで, 違憲無効とする対象が不明確な答案も依然として存した。 エ 具体的な事実を考察の対象としているものが, 以前に比べれば, 増えてきては いる。 しかし, なお, 当該事案の問題点に踏み込む姿勢が乏しく, 違憲審査基準 (比例原則にしても同様)を持ち出して, 表面的・抽象的・観念的な記述のもと で, あらかじめ用意してある目的手段審査のパターンの範囲内で答案を作成しよ うとする傾向が見られる。 また, 審査基準の定立に終始する答案も多く, その中でも, Xの主張では厳し い(場合によっては極端に厳しい)審査基準を立て, 想定されるYの反論では緩 -1- やかな審査基準を立て, あなたの見解では中間的基準を立てるというように, 問 題の内容を検討することなく, パターン化した答案構成をするものが目立った。 オ 法令や処分の合憲性を検討するに当たっては, まず, 問題になっている法令や 処分が, どのような権利を, どのように制約しているのかを確定することが必要 である。 次に, 制約されている権利は憲法上保障されているのか否かを, 確定す る必要がある。 この二つが確定されて初めて, 人権(憲法)問題が存在することに なるのであり, ここから, 当該制約の合憲性の検討が始まる。 その際, どのようなものでも審査基準論を示せばよいというものではない。 審 査基準とは何であるのかを, まず理解する必要がある。 また, 幾つかの審査基準 から, なぜ当該審査基準を選択するのか, その理由が説明されなければならない。 さらには, 審査基準を選択すれば, それで自動的に結論が出てくるわけではなく, 結論を導き出すには, 事案の内容に即した個別的・具体的検討が必要である。 比例原則での個別的比較衡量を選択するのならば, なぜあらかじめ基準を立て ない比例原則を採るのか, 比例原則で何をどのように比較衡量するのかについて, それらがきちんと説明されていなければならない。 比例原則の場合にも, その原 則自体が個別的比較衡量であるので, 事案の内容に即した個別的・具体的検討が 必要である。 カ 公職選挙法のように, 司法試験用法文に登載されている法令に関しては, 解答 に当たり検討することが必要な法令であっても, 改めて参考資料として問題に付 することはないので注意が必要である。 本問では, 問題文中で公職選挙法の条文 番号を掲示しており, 同法を司法試験用法文で参照した上で検討することが求め られる。 キ 文章作成能力は法曹にとって重要かつ必須の能力であるが, この能力が要求さ れる水準に達していない答案が多かった。 中には, 論理的な一貫性や整合性に難 点があるにとどまらず, 判読自体が困難なものや文意が不明であるものも見受け られた。 自覚的な文章作成能力の涵養が望まれる。 (2) 生活保護関係について ア 本問では, 生活保護法自体ではなく, 行政機関によるその解釈適用(運用)の適 否が問題となる。 そのため, 受験者は, 解釈論や価値判断を示す前提として, 生 活保護法第19条第1項の「居住地」「現在地」の文言の解釈適用(運用)が問 題となっていることを意識し, 同法の目的である生存権保障の観点からその解釈 を検討することが求められる。 ところが, 原告の主張で抽象的権利説に立ち, 「法律によって生存権という憲 法上の権利が具体化される」と述べながら, 生存権を具体化した生活保護法の具 体的規定を検討せず, Xの救済の必要性を強調して直ちに憲法第25条違反と結 論づける答案が多かった。 地方自治体の「立法裁量」や「最低限度の生活の水準設定の裁量」の問題を長 々と論じたものも多く, また, 生活保護法の適用(運用)を問題とする答案の中 にも, 「最低生活の認定」についての裁量を問題にするものが多かった。 「居住地」「現在地」の解釈適用(運用)を問題とする答案の中にも, 憲法第 25条及び生活保護法の趣旨から同法の条文解釈をするのではなく, Y市側の解 釈適用(運用)の合憲性審査基準を検討して, 目的手段の審査により, そのよう -2- な解釈適用(運用)の合憲性を判断するというものが多く見られた。 また, Y市 側に行政裁量を認める答案も多く, そのような答案の中には, 「市のイメージ悪 化を防ぐ」目的が重要であり, Xによる生活保護申請の却下は「市の裁量の範囲 内」と簡単に結論付けるものも散見された。 イ 本問では, 生存権を具体化した生活保護法が既に存在し, その解釈適用(運用) が問題となっているのであるから, 生存権の法的性格を長々と論じる必要はない。 生存権の法的性格については, 現在の判例学説上プログラム規定説は採られてい ないから, 「被告側の反論」においても, プログラム規定説を主たる主張にする のは適切でない。 また, 生存権の自由権的効果が問題になっているとする答案が少なからずあっ た。 生存権の自由権的効果とは具体的に何を意味するのかも問われるが, 生活保 護法に具体化されている生存権は, 社会権としての生存権の中核をなすものであ る。 ウ 平等権に関する論述において, 地域的不平等に基づく差別の問題であると指摘 した答案は多かったが, 区別の合理性の有無を検討するに当たっては, 生存権保 障という生活保護の制度趣旨と地方自治との関係を意識せず, 審査基準を立てた 上で, 市のイメージ悪化防止や財政事情という「目的」と, ネットカフェを「居 住地」「現在地」と認めない解釈適用(運用)又は生活保護申請を却下するとい う「手段」の関連性等を論じて結論を出している答案が多かった。 なお, 地方自 治体による異なる取扱いの先例である最高裁昭和33年10月15日大法廷判決 (東京都売春取締条例事件判決)に触れ, 当該先例の事案と本件の問題の違いに ついて検討している答案はほとんどなかった。 (3) 選挙権関係について ア 本問では, 住所を有しない者に国政選挙における選挙権行使を認めないことの 適否が問題となることから, 最高裁平成17年9月14日大法廷判決(在外邦人 選挙権訴訟)を踏まえて検討することが必要である。 同判決は, 近年の最高裁に よる違憲判決であり, 選挙権又はその行使の制限の合憲性を検討する上で極めて 重要かつ基本的な判決である。 また, 立法不作為が違憲違法とされる要件につい ても重要な判断を示している。 そのため, 当該判決に関しては, 法科大学院の授 業でも扱われていると思われるが, 同判決について意識しない答案が極めて多数 に上った。 イ 公職選挙法上, 住所を有しない者が投票する仕組みが設けられておらず, その 選挙権の行使が制限されていることについて, 在外邦人選挙権訴訟判決を踏まえ て, 立法不作為の問題として検討する答案は必ずしも多くなかった。 公職選挙法 第21条(中には住民基本台帳法第15条)等の規定が違憲で無効である旨を論 じる答案が多く見られたが, 本来, これらの規定を無効とするだけでは, 選挙の 執行自体が不能となりかねないという問題がある。 また, 公職選挙法の法令違憲 (立法不作為を含む)を検討せず, Y市長によるXの住民登録抹消処分の処分違 憲のみを検討する答案も多く見られたが, 住民基本台帳の機能に対する配慮をお よそ欠くものは, 説得力があるとは言えないだろう。 ウ 住所を有しない者の選挙権の行使が制限されていることの実体的合憲性につい て, 在外邦人選挙権訴訟判決は, 選挙権又はその行使を制限することは, そのよ -3- うな制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めること が事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り違憲であると しており, 厳格度の高められた審査をしている。 この判例の枠組みによるときは, 住所を有しない者に選挙権の行使を認めないことが選挙の公正の確保との関係で やむを得ないものかどうかを具体的に検討することが求められる。 答案の多くは, 上記判例を意識せず, 目的手段審査によるものであったが, その場合でも同様の 検討が求められる。 この点について, 住所を有しない者に選挙権の行使を認める場合に選挙の公正 確保との関係で考えられる問題点や, それを解決する方策の可能性を具体的に検 討しようとする答案も相当数見られた。 しかし, 選挙権という重要な権利が問題 になっているので「厳格審査の基準」でその合憲性を審査するなどとするのみで, 具体的な検討なく安易に違憲としている答案も多く, 逆に, 「選挙権は権利であ ると同時に公的な義務」と位置付けるだけで, 安易に制限を合憲とする答案も意 外に多かった。 エ 上記のような厳格な審査を基礎付けるには, 合憲性判断の枠組みを選挙権及び 投票権の憲法上の位置付けからしっかりと検討することが必要であるが, 選挙権 の重要性を「国民主権」「間接民主制」からきちんと述べてある答案が余りなく, 「表現の自由の自己統治の価値」, 「表現の自由と同様, 政治的意見を表明する権 利」など, 表現の自由の重要性から演繹する答案が意外に多かった。 オ 選挙権の行使が妨げられたことについて, 立法不作為の違憲を理由とする国家 賠償請求訴訟の可能性に全く言及しない答案も相当数にあった。 立法不作為によ る国家賠償請求に触れた答案でも, 在外邦人選挙権訴訟判決を意識した答案はま れであり, 最高裁昭和60年11月21日判決(在宅投票制廃止訴訟)のみに基 づいて検討する答案が多くあった。 在外邦人選挙権訴訟判決では, 国が国民の選挙権の行使を可能にするための所 要の措置をとらないという不作為によって国民が選挙権を行使することができな い場合の立法不作為の実体的合憲性の問題と, 立法不作為が国家賠償法上違法の 評価を受けるための要件という問題を区別して検討しているが, この2つの問題 の区別を意識しない答案が多く見られた。 立法不作為の国家賠償法上の違法性に関して,本問では, 「7年前に改正を求め る請願書を総務省に提出していた」という事案であり, 在外邦人選挙権訴訟判決 の事案とは異なっていることから, そのことを踏まえて検討することが求められ る。 しかし, これらの点について具体的に検討する答案は, ほとんどなかった。 3 今後の法科大学院教育に求めるもの 憲法上の問題を検討するに当たっては, 判断枠組みの構築と当該事案における個別 的・具体的な検討が必要不可欠である。 法科大学院では, 審査基準(三段階審査とか 比例原則という言葉)の定型的・観念的使用を戒めるとともに, それらの内容の精確 な理解(問題点を含めて)を学生に深めさせる教育が求められる。 また, 実務において判例の持つ意味を十分に認識し, 基本判例は, 判決原文に照ら して検討する必要がある。 その上で, 当該判決における理論的問題を検討し, そして 事実認定・事実評価の問題点を個別的・具体的に理解・検討することが求められる。 -4- 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(行政法) 1 2 出題の趣旨 別途公表している「出題の趣旨」を, 参照いただきたい。 採点方針 採点に当たり重視していることは, 法的な論述に慣れ, 分かりやすく, かつ, 受験 生の思考の跡を採点者が追うことができるような文章を書いているか, という点であ る。 決して知識の量に重点を置いているわけではない。 3 答案に求められる水準 (1) 設問1 本件において提起されることが見込まれる住民訴訟に関し, @村長Eが地方自治 法第242条第1項にいう「普通地方公共団体の長」として「違法」な「財産の… 処分」(又は「契約の締結」)をしたとされることについて, A村の「執行機関又は 職員」(本件ではE)を被告として, この者においてA村がEに対して有する損害 賠償請求権の行使をすることを求める内容のもの(義務付け訴訟)であることが押 さえられているかどうかを, A他の主要な論点(Bについての出訴期間の遵守, C についての「住民」要件の充足, Dについての「住民監査請求前置」の充足)への 解答とあいまって, 優秀な答案であるかどうかを判定する際の目安とした。 住民訴訟制度についての受験者の一般的な習得の程度を考慮し, 上記の@の点に ついては, 上記の全ての要素に明示的に触れていなくても, おおよその理解ができ ていることがうかがわれれば, 優秀又は良好な答案と判定し, 一部の理解に誤りが あることがうかがわれる場合にも一応の水準の答案と判定した。 (2) 設問2 普通地方公共団体による契約の締結においては一般競争入札が原則とされ, 随意 契約は例外とされている趣旨(地方自治法第234条等関係)については, 一般に, 契約の締結に当たっての機会の均等, 手続の透明さ, 合意に係る金額の適正さ等の 確保が挙げられるところ, これらの点におおむね触れられていれば優秀な答案と, 半分以上程度に触れられていれば良好な答案と判定した。 地方自治法施行令第16 7条の2第1項第2号を適切に適用し, あるいは, 価格の下限の不設定, 側溝部分 等の対価免除, 関係職員の親類への売却, 村民による買換えといった事実から, B が主張すると考えられる違法事由について, 村の側の主張やFの立場に立った見解 を明確に示していれば, 優秀な答案と判定した。 適正な対価なくしてされる財産の譲渡につき議会の議決が必要とされる趣旨(地 方自治法第96条第1項第6号等関係)については, 一般に, 普通地方公共団体に 損失が生ずること及び財政運営にゆがみが生ずることを回避することが挙げられて いるところ, これらの点に触れられていれば優秀又は良好な答案と判定した。 また, 上記の観点から, 「適正な対価」とは, 一般に, 当該財産の時価がこれに当たると 解されているところ, このことが基本とされていれば, 当該答案は一応の水準にあ ると判定し, その上で, そのことを踏まえつつ, 本件のような事情の下では時価の 把握が困難で政策的配慮も関係し判断に幅が生じ得ることを意識して論じてあれば, -5- 優秀度ないしは良好度の高いものとして評価した。 (3) 設問3 問題文に掲げられた裁判例が, いずれも, 違法な財産の処分をした長に対する損 害賠償請求権を放棄するか否かの判断につき, 議会に裁量を認めていることが理解 されていれば, 一応の水準に達しているものとした上で, 各裁判例にあっては, そ れぞれの事案における事実関係に由来するもののみならず, 上記のような請求権に 係るものを含めて住民により選挙された議員で構成される議会の判断は原則として 尊重されるべきものとするか, 住民訴訟において第1審でのものといえども違法と する判決が言い渡された場合には, そのことを重視して慎重に判断することが要請 されるものとするかの点をめぐって, 基本的な考え方の傾向に違いがあることを理 解しているかどうかで, 優秀度ないしは良好度の高さを判定した。 4 採点実感 以下は, 採点委員から寄せられた主要な意見をまとめたものである。 (1) 全体的印象 ・ 住民訴訟を素材とした出題であったが, 時間切れとおぼしき答案を除き, いず れの答案も, 何とか設問に食らいつき, 解答しようとする姿勢が現れており, 好 感が持てた。 ・ 各当事者の主張を客観的にまとめた答案が意外に少なかった。 原告側, 被告側, F弁護士の所見・解答者自身の意見が混然一体となっていた答案が多かった。 ・ 今回の出題においては, 行政訴訟の訴訟要件の判断, 行政法規の条文及び事実 関係に照らした行政活動の違法性判断, 裁判例の比較と事案への当てはめという, 3つの異なった角度からの設問が用意されており, それぞれの設問の出来具合が 必ずしも比例していない受験者もかなり見られたことからしても, 受験者の総合 的な力量を問うことができた。 ・ 住民訴訟を出題したことに対しては, 法科大学院での行政法分野の中での比重 や地方自治法科目の有無との関連で批判があるかもしれないが, 採点してみての 実感としては, 受験生の実力差がきちんと測れたと思われる。 (2) 条文の解釈, 当てはめが欠けている答案について ・ 添付資料として関係法令が付されているのに, 何号によって随意契約が許され るかという当てはめをせず, 生の事実だけを書いている例もある程度あり, 条文 を重視する姿勢が欠けていると思われた。 ・ 法的三段論法を習得していない答案が多い。 ・ 関係法令の趣旨を記述したものが余り多くなかった。 また, 記述されている場 合でも, 記述量が乏しく, さらに, 趣旨の記述を条文解釈に関連付けた答案はご く少数であった。 問題文で示されている諸事実が, 条文解釈を通じた主張として 用いられていない答案も目立った。 ・ 問題の売買契約の適法・違法を論じるに当たり, 法令の解釈・適用よりもむし ろ各人の一般常識に依拠した判断を示す例が少なくない。 ・ 【資料1】及び【資料2】において, 検討すべき法令が具体的に示されており, 法令解釈の検討対象が明らかであるにもかかわらず, 当該各法令につきその立法 趣旨にさかのぼった骨太な立論が展開された答案は少なかった。 総じて, 一定の -6- 視点から事案を分析・整理した上で, 法令の解釈・適用を行うという法実務家に 求められる基本的素養が欠如していると言わざるを得ない答案が多かったのは, 残念である。 (3) 安易に行政裁量の逸脱・濫用を説く答案について ・ 全体として気になったのは, 行政裁量の扱いである。 設問2で, 「適正な対価」 の判断について, 政策を実現する目的を考慮して廉価と認定する行政裁量を容易 に認める答案が目立ち, また, 法令の個々の規定から離れて随意契約を締結する 行政裁量を認めるかのような答案も散見された。 まずは法令を綿密に解釈し, そ れを前提及び基礎にして, 行政機関に求められる判断のうち裁量が認められる部 分を特定する必要がある。 (4) 設問に答えていない答案について ・ 問題文をきちんと読まず, 設問に答えていない答案が多い。 ・ 問題文の設定に対応した解答の筋書を立てることが, 多くの答案では, なおで きていない。 (5) 字が乱雑で判読不能な答案について ・ 字が汚い答案(字を崩す)が多い。 時間がないことも十分に理解できるが, か い書で読みやすく書かれている答案も多く, 合理的な理由とはならないであろう。 例えば, 「適法」「違法」のいずれかであることまでは判別できるが, それ以上判 別する手掛かりがなく, 一番肝心な最終結論が分からないという答案も散見され た。 ・ 字を判読できない答案には閉口した。 字の上手下手があるのは当然であるが, そうではなく, 読まれることを前提としないかのような殴り書きの答案が相当数 あった。 時間が足りなくなって分かっていることを全て記載したいという気持ち は理解できるが, 自分の考えを相手に理解させるのが法曹にとって必須の要素と 思われ, その資質に疑問を感じざるを得ないように思った。 (6) 答案における文章表現について ・ 一文一段落という, 実質的に箇条書に等しい書き方をする等, 小論文の文章と しての体裁をなしていない例が少なくない。 ・ 「この点」を濫発する答案が少なからずあったが, 「この」が何を指示してい るのが不明な場合が多く, 日本語の文章としても, 極めて不自然なものとなって いる。 (7) 設問1について ・ 全体的におおむね出来は良く, 住民訴訟の訴訟要件については, 受験生は総じ て, 一応の知識は持っていると感じた。 ・ 4号請求の内容を正しく答えられない答案(被告を書いていないもの, 議会, 監査委員などとするもの, Eに対して直接損害賠償請求をするというもの, 「怠る 事実」の相手方としてEを位置付けるもの, Eに対する賠償命令の義務付けを請 求内容とするものなど)が見られた。 ・ 出訴期間について触れているものが少なかった。 また, 出訴期間ではなく, 監 査請求期間について触れているものが相当数あった。 (8) 設問2について ・ 実体法の解釈・適用に弱いとの傾向は, 今回も見られた。 -7- ・ 「Fの立場に立って」, 「契約の適法性について, 詳細に検討しなさい。 」とい う設問にもかかわらず, 住民側の主張と村側の主張を, 平板に並べるだけで, 契 約の適法性を検討することができていないものが意外に多かった。 ・ 随意契約によることができるかどうかについては, 地方自治法第234条第2 項を受けた地方自治法施行令第167条の2第1項各号の該当性を具体的に検討 すべきところ, どの号に該当するかを論じないで, 一般的に, 不公正であるか, あるいは, 村長の裁量の範囲を逸脱しているかといった点を論じたものも目立っ た。 ・ 前年の売却が競争入札であると決めつけた上で8, 9号該当性を論じたり, 本 件の契約が競争入札であることを論じるなど, 問題文の読解に難があるものも少 なからずあった。 (9) 設問3について ・ 一刀両断に「事案が異なるから」とした答案は, 問題文を読む素直さに欠けて いるように思われた。 判決の論理や背景にある制度理解を対比した上で分析でき るようにするためのトレーニングも必要であると感じた。 ・ 判例解釈については, 大きく分けて, @住民代表である議会を尊重する立場と 住民訴訟による違法の是正を尊重する立場の違いとするもの, A両者は矛盾する ものではなく議会の裁量にも限界があるから種々の事情を合理的に検討しなけれ ばならないとするもの, B事案の違いとのみ述べるものに分かれ, @とAを統合 して, 住民訴訟の趣旨との関係で議決権の裁量の限界を述べ, 議決権濫用の有無 をどのように審査するのかについてまで述べられたものは少なかった。 5 今後の法科大学院教育に求めるもの 法律実務家に求められる基本的素養を涵養するという原点に立ち返りつつ, 初見 の法令に関しても, その趣旨, 目的, 条文構造等を分析・検討し, 説得力のある結 論を導くといった訓練が行われることを期待したい。 -8- 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(商法) 1 出題の趣旨, ねらい等 既に「平成22年新司法試験論文式試験問題出題趣旨」 (以下「出題趣旨」という。 ) において説明しているとおりであり, 特に補足すべき点はない。 2 採点方針, 採点実感 民事系科目第1問が商法からの出題である。 これは, 比較的詳細に示された事実関 係や, 貸借対照表及び履歴事項全部証明書の法的文書を読み解き, 分析して, 会社法 上の論点を的確に抽出し, 事案に即した責任関係を明らかにするという, 法曹に求め られる基本的な知識と能力を試すものである。 設問1については, ほとんどの答案が会社法第52条の責任の問題として検討する ことができた。 しかし, 同条の発起人としての責任と設立時取締役としての責任の双 方が問題となることを明確にしていないか, 一方の責任についてのみ論じる答案も多 かった。 本件の事案が同条第1項の「著しく不足する」という要件に該当するかを論 じないで, 他の要件のみを検討する答案もかなりあった。 また, Aが, 現物出資者で あるため同条第2項の適用がなく(同項柱書かっこ書), 同条第1項の責任につき無 過失責任を負うことを指摘していない答案も多かった。 これに対し, Bについては, 本件事案では検査役が選任されていないため同条第2項第1号の適用はなく, 同項第 2号により, 無過失を立証すれば同条第1項の責任を負わないことを論じていない答 案がかなりあり, 中には検査役を選任しなかったこと自体により責任を負うという誤 った理解をした答案もあった。 また, 設問1のA, Bについては, 会社法第53条の発起人・設立時取締役の任務 懈怠責任も問題になるが, これについて論じていない答案も多かった。 彼らの任務に 会社法第46条第1項第2号による現物出資財産等の価額の証明等の相当性に関する 調査が含まれることを理解できていないと言える。 設問2において, まず, 見せ金による払込みの効力が問題となる。 しかし, 「見せ 金」の概念及び問題の所在を示した上で, 本件事案が見せ金に該当するか否かを論じ ている答案は, 少なかった。 最高裁昭和38年12月6日第2小法廷判決(民集17 巻12号1633頁)は, 払込み後, 当該借入金を返済するまでの期間の長短, 払込 金が会社資金として運用された事実の有無, 当該借入金の返済が会社の資金関係に及 ぼす影響という三要件により, 見せ金に該当するか否かを判断し, 見せ金による払込 みは効力を有しない旨を判示しており, この判例を引用して解答すべきであるが, こ の判例に言及している答案はほとんどなかった。 もっとも, この判例を引用しないが, 三要件に従って見せ金に該当し払込みとしての効力がない旨を論じている答案は相当 数存在した。 学説上は見せ金による払込みを有効とする説もあり, 有効説に立つ答案 もある程度存在したが, いずれの説に立つ答案も, その根拠を適切に論じているもの はそれほど多くなかった。 採点においては, 無効説・有効説いずれをとっても, その 理由等が適切に述べられていれば, 同様に評価した。 見せ金による払込みの効力が無効である立場を採るとしても, これにより発行され た株式の効力については, 最高裁平成9年1月28日第3小法廷判決(民集51巻1 号71頁)が, 取締役の引受担保責任が存在することを理由に, 見せ金による払込み -9- がされた場合であっても, 新株発行が無効となるものではない旨を判示している。 し かし, 会社法により, 引受担保責任が廃止されたことを受けて, 見せ金による払込み がされた場合は新株発行無効事由又は新株発行不存在事由になるとする学説等もある。 これら判例・学説等を踏まえて論じた答案はごく僅かであった。 また, 本件募集株式 発行については, 見せ金を除くごく一部につき実際の払込みがあることを, 本件募集 株式発行により発行された株式の効力を考える上で, いかに評価するかを論じる必要 がある。 しかし, これを論じている答案は更に少なかった。 本件募集株式発行に係るA及びBの甲社に対する責任は, Aが, 見せ金による払込 みに関与し, 本件募集株式発行をしたこと又は丙社のDに払込金を交付したことの評 価や, それについてのBの監視義務の有無等から, A, Bに甲会社に対し取締役とし ての任務懈怠責任があったかを, 自説とした見せ金払込有効説又は無効説を前提に, 事実関係を丁寧に拾い上げて論じる必要がある(有効説においては, 交付の法的評価 が大きな問題となる。 )。 しかし, そのような前提や事実関係を踏まえた議論ができて いた答案は極めて僅かであった。 また, 本件募集株式発行に係る丙社の甲会社に対す る責任については, 丙社による払込みが無効であると, 丙は, 募集株式の株主となる 権利を失い(会社法第208条第5項), 丙社の払込責任もなくなるともいえる。 し かし, 見せ金による払込みのために資金調達ができていないことによる甲社の株主の 不利益等を考えると, 丙社の甲社に対する責任を, 会社法第212条第1項第1号の 類推適用等により導くような考えもあり得るものと考えられる。 失権について触れた 答案は僅かであったが, 相当数の答案が同号を類推する議論を展開していた。 本件募集株式発行に係るA及びBの乙銀行に対する会社法上の責任としては, A, Bともにまず会社法第429条第1項の責任が問題になる。 同項の責任については, A, Bの取締役としての任務懈怠の有無(Bの場合は監視義務違反), 損害との因果 関係等を論じる必要がある。 また, 同条第2項第1号ロ・ハの責任も論じる必要があ る。 前者の責任については, かなりの答案が論じていたが, 前記のような要件につい て立ち入った分析をしている答案は多くはなかった(監視義務違反を論じているもの は多かった。 )。 後者の責任については, そもそも論じていない答案も多く, 論じても, AのほかBも責任の主体になり得るか等の問題の検討や, 見せ金による払込みの効力 及び株式の効力と整合的に, 貸借対照表及び履歴事項全部証明書の内容を分析するこ とが, 不十分であっただけでなく, 同条第2項第1号の要件を満たすから同条第1項 の責任が認められると議論する等, 前者の責任と後者の責任の関係を理解していない ものが圧倒的であった。 以上のような採点実感に照らすと, 「優秀」, 「良好」, 「一応の水準」, 「不良」の四 つの水準の答案は, 以下のようなものと考えられる。 第一に, 「優秀」な答案は, 上 記の採点のポイントとして挙げた論点の主要なものをほぼ論じることができていて(各 設問につき主要な論点の一, 二が欠けている程度は, 差し支えない。 ), 各問題につき 相当な理由をもって自らの考えを述べ, その考えに基づき論理的に整合性をもった法 的議論を展開することのできている答案である。 「良好」な答案は, 主要な論点で論 じられていないものが若干あるが, 取り上げた論点についてはそれなりの論理的に整 合性をもった法的議論がなされている答案である。 「一応の水準」の答案は, 最低限 押さえるべき論点, 例えば, 設問1であれば, 会社法第52条の責任の問題となるこ とや, 設問2であれば, 見せ金による払込みの問題になること等が, 少なくとも実質 - 10 - 的に論じられていて, 議論の筋がある程度通っている答案である。 「不良」な答案は, そのような最低限押さえるべき論点も押さえられていない答案や, 議論の筋の通って いない答案である。 3 今後の法科大学院教育に求められるもの 上述の会社法第52条や第429条の責任の問題のように, 基本的な会社法上の責 任の構造に関する理解に不十分な面が見られる。 また, 判例をきちんと身に付け, そ れを踏まえて議論するという, 法曹に求められる基本的な思考方法が十分に身に付い ていない感がある。 見せ金による払込みに関する有効説と無効説, 募集株式発行の効 力等, 法理論を理解しそれに基づいて論理的な思考をしたり, その考え方を応用する 能力, 例えば, 判例・学説が余り論じていない問題につき, 自分なりに法的議論を展 開して適切な解決を求める能力などに, 不十分な点が見られる。 これら法曹に求めら れる基本的能力を涵養する教育が求められる。 - 11 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(民法) 1 出題の趣旨 民事系科目(第2問)は, 工場を個人で営むAとその家族らの取引と民事訴訟をめ ぐる事例に関して, 民法上及び民事訴訟法上の問題点についての基礎的な理解を問う 総合問題である。 具体的事実を法的な観点から評価し構成する能力, 具体的な事実関 係に即して基本問題を考察する能力及び論理的に一貫した論述をする能力などを試す ものである。 本問は, 5つの設問から構成されているが, そのうち, 設問1, 設問2 及び設問5は, それぞれ, 代理, 抵当権侵害による不法行為並びに認知, 遺言及び金 銭債務の相続といった家族法上の問題についての考察を求めていて, これらが民法か らの出題である。 民事系科目(第2問)の設問1, 設問2及び設問5の出題の趣旨は, 以下のとおりである。 設問1は, 第1に, Fが第1訴訟において選択的にする二つの主張の法的構成が, 有権代理構成と権限外の行為の表見代理構成(民法第110条)であることを理解し た上で, 二つの法的構成を区別することができるかどうか, 第2に, 各法的構成にお いて, 事実@及び事実Aの性質を的確に把握することができるかどうかを問うもので ある。 まず, 有権代理構成において, 事実@はAがCに代理権を授与したことを推認 させる間接事実である意義を有すると考えられ, これに対し, 事実Aは特段の意義を 有しない。 次に, 権限外の行為の表見代理構成においては, 事実@は2000万円の 融資についてCに代理権があるものと信ずる正当な理由があるとする評価を根拠付け る事実である意義を有し, それとともに, 事実@はAがCに1500万円の限度にお ける代理権を授与したことを推認させる間接事実である意義を有するとも考えられる。 また, 事実AはCに2000万円の借入れの権限があるかどうかをFが調査しようと 試みたことを意味するものであるから, 他の事情とあいまって, 正当理由を根拠付け る一つの事実である意義を有するものとも考えられる。 反対に, 事実Aのうち携帯電 話がつながらないことは, Cの不審な挙動を示唆するものと見ることができないもの ではないから, それにもかかわらずA本人との接触に成功しないまま融資を敢行した こととあいまって, 正当理由の評価障害事実になるとする性質把握も一定の説得力を 持つ。 そこで, 適切な理由が付されて解答されているかが問われることになる。 設問2は, 抵当不動産の第三取得者が抵当目的物件を故意に滅失させた事案につい て, 抵当権侵害による不法行為に基づく損害賠償の成否を問うものである。 小問(1)の考察においては, Eによる丙建物の取壊し後におけるFの被担保債権 額と甲乙土地の価額との関係を考慮しつつ, 抵当権侵害における損害の発生について, 抵当権の担保権的性質の基本的理解との関連を意識しつつ論ずることが望まれる。 こ こでは, 【事実】及び〔設問〕のいずれにおいても, 甲乙土地及び丙建物の価額は示 されていないので, 解答は抽象的な理論操作に基づく記述で足りる。 加えて, 抵当権 侵害における損害はどの時点で確定することができるかについて論ずることが望まれ る。 この点については, 【事実】に基づくと, Eによる丙建物の取壊しは平成19年 8月19日であり, Fに対するAの債務の第1回弁済期は平成20年3月15日であ るため, Eの行為が抵当権の被担保債権の弁済期前であることをどのように評価する かが問われることになる。 小問(2)の考察では, 民法第177条の第三者からはどのようなものが排除され - 12 - るべきか, その上で, 【事実】に示された法律上有意な事実を過不足なく指摘しなが ら, EがFとの関係で, 民法第177条の第三者から排除すべき者に当たるかを論ず ることが求められる。 加えてその前提として, 不動産物権変動の第三者対抗の問題が, 不法行為の成立要件との関係でどのように位置付けられるかを論ずることが求められ る。 すなわち, 不法行為の成立要件との関係において, 抵当権者Fのために抵当権の 設定の登記が行われていないことをどのように評価するか, また, 丙建物の所有者E による取壊しが抵当権を侵害する行為に該当するか否かについての考察が必要となる。 設問5は, 次のような三つの法律問題についての考察を順に求めるものである。 第 1に, 認知者が認知の意思を表示し認知届を作成して使者に届出を委託した後に死亡 し, この間に認知届が提出されていない場合, 認知の効力は生じるかを問うものであ る。 認知届の提出が身分変動の効果が発生するための要件であるため, 父の認知の意 思が確認できたとしても, 認知届が提出されていない以上, 認知の効力は発生しない。 第2に, 自筆証書遺言の解釈として, 遺言者の子ではない者に遺言者の遺産の3分の 1を分けるということが何を意味するか, その場合に遺言者の相続人の法的地位はど のようなものかを問うものである。 平成20年4月6日付けのAの遺言に記載されて いる内容は, Eに対しては割合的包括遺贈であり, 唯一の相続人であるCに対しては 遺産の残余部分が相続により帰属することの確認となる。 第3に, 割合的包括遺贈が 行われた場合, 受遺者は相続人として扱われ被相続人の債務も承継するところ, 被相 続人が負っていた金銭債務は相続人と受遺者にどのように承継されるかを問うもので ある。 割合的包括遺贈における金銭債務の承継については, 金銭債務について共同相 続が生じた場合の規律を参照しつつ, 金銭債務の債権者は誰に対してどのように履行 請求をすることができるのかについて考察することが望まれる。 2 採点方針 採点に当たっては, 従来と同様, 受験者の能力を多面的に測ることを目指した。 第 1に, 民法上の基本的な問題についての理解が確実に行われているかどうかを確かめ ることとした。 第2に, 単に知識を確認するだけでなく, 掘り下げた考察をしてそれ を明確に表現する能力, 論理的に一貫した考察を行う能力及び具体的事実を注意深く 分析した上で法的観点から評価する能力を確かめることとした。 第3に, 基本的な問 題の背後にあるより高度な問題に気が付いて, それに取り組む答案があれば, これを 積極的に評価することとした。 これらに加えて, 総花的に諸論点に浅く言及する答案よりも, ある論点についての 考察の要所において周到堅実であるものや創意工夫に富むものの方が, 法的思考能力 が優れていることを示していると考えられるため, 高い評価を与え, 反対に, 論理的 に矛盾する構成をするなど積極的なミスが著しいものについては, 低く評価し, さら に, あわせて全体として適切な得点分布が実現することを心掛けた。 そのため, 1つの設問に複数の採点項目を設け, 採点項目ごとに適切な考察が行わ れているかどうか, その考察がどの程度適切なものかに応じて点数を与えることとと もに, 答案を全体として評価し, 論述の緻密さ周到さの程度や構成の明快さの程度に 応じても点数を与え, そのことにより, ある設問につき考察力や法的思考力の高さが 示されている答案については, 別の設問についての論点の幾つかを落としていたり, 知識不足や理解不足を露呈していたとしても, 各設問につき知識のみを浅く書いてい - 13 - る答案よりも, 高い評価を与えることができるようにした。 3 採点実感等 採点実感として, 新司法試験考査委員会議申合せ事項にいう「優秀」, 「良好」, 「一 応の水準」, 「不良」の4つの区分に照らすと, 例えば, どのような答案がそれぞれの 区分に該当するかについて, 各設問ごとに示すとすると, 以下のとおりとなる。 ただし, これらは, 各区分に該当する答案の例であって, これらのほかに各区分に 該当する答案はあり, それらは多様である。 なお, 以下で用いる「適切に答える」, 「適 切な解答」, 「適切に解答する」又は「適切に論ずる」については, 前記「1 出題の 趣旨」を参照されたい。 (1) 設問1について 採点実感からは, 優秀(100%から75%)に該当する答案の例は, 権限外の 行為の表見代理構成における事実@と事実Aや, 有権代理構成における事実@と事 実Aについて, いずれも適切に答えているものであり, 良好(74%から58%) に該当する答案の例は, 権限外の行為の表見代理構成における事実@と事実Aにつ いて適切に答え, 有権代理構成における事実@又は事実Aのいずれかについて適切 に答えているものであって, 一応の水準(57%から42%)に該当する答案の例 は, 権限外の行為の表見代理構成における事実@と事実Aについて適切に答えてい るが, 有権代理構成について答えるべき部分で, 代理権授与の表示による表見代理 構成について述べているものであり, 不良(41%から0%)に該当する答案の例 は, 権限外の行為の表見代理構成における事実@又は事実Aのいずれかについて適 切に答えているが, それ以外については適切な解答となっていないものである。 な お, 権限外の行為の表見代理構成について適切に解答する答案の方が, 有権代理構 成について適切に解答する答案より多くあったが, 有権代理構成について適切に答 えながら, 権限外の行為の表見代理構成について適切に答えない答案もあった。 全 体としては, 受験者の力の差が答案に示される問題であったと思われる。 (2) 設問2について 採点実感からは, 優秀(100%から75%)に該当する答案の例は, 小問(1) について, 甲乙の不動産の価額と被担保債権額の多寡とともに, Eの行為と被担保 債権額の弁済期の先後関係を論じつつ, 小問(2)について, 民法第177条の第 三者から背信的悪意者が除外されることと, EはFとの関係で背信的悪意者に当た るか否かを論ずるものであり, 良好(74%から58%)に該当する答案の例は, 小問(1)について, 甲乙の不動産の価額と被担保債権額の多寡と, Eの行為と被担 保債権額の弁済期の先後関係のいずれか一方を論じつつ, 小問(2)について, 民 法第177条の第三者から背信的悪意者が除外されることと, EはFとの関係で背 信的悪意者に当たるか否かを論ずるものであって, 一応の水準(57%から42%) に該当する答案の例は, 小問(1)について, 適切な解答がなく, 小問(2)につ いて, 民法第177条の第三者から背信的悪意者が除外されることと, EはFとの 関係で背信的悪意者に当たるか否かを論ずるものであり, 不良(41%から0%) に該当する答案の例は, 小問(1)についても, 小問(2)についても, 適切な解 答がないものである。 なお, 小問(2)については, 比較的多くの答案が, 民法第 177条の第三者から背信的悪意者が除外されることと, EはFとの関係で背信的 - 14 - 悪意者に当たるか否かを論じていたが, 小問(1)については, 甲乙の不動産の価 額と被担保債権額の多寡と, Eの行為と被担保債権額の弁済期の先後関係の双方を 論ずるものは少なく, また, そのいずれか一方を論ずるものも多くはなかった。 抵 当権侵害の不法行為という問題に対して, 小問(1)について適切に論ずることが, 受験者全体にとって, 難しいものであったと思われる。 (3) 設問5について 採点実感からは, 優秀(100%から75%)に該当する答案の例は, 届出がな いため認知の効力が生じていないこと, 遺言の内容はEに対する割合的包括遺贈と 解釈することができること及び金銭債務はEとCに分割して承継されることが答え られているものであり, 良好(74%から58%)に該当する答案の例は, 届出が ないため認知の効力が生じていないこと及び遺言の内容はEに対する割合的包括遺 贈と解釈することができることは答えられているが, 金銭債務の承継について適切 な答えがないものであって, 一応の水準(57%から42%)に該当する答案の例 は, 届出がないため認知の効力が生じていないことが答えられているが, 遺言の内 容及び金銭債務の承継について適切な答えがないものであり, 不良(41%から0 %)に該当する答案の例は, 認知の効力, 遺言の内容及び金銭債務の承継について 適切な答えがないものである。 なお, 届出がないにもかかわらず, 認知の効力が生 ずると解答する答案が多くあり, また, 認知の効力は生じないとしつつも, 遺言の 内容の法的性質が包括遺贈であることを明らかにせずに, 単に遺言によりEが債務 を承継すると解答する答案や, 包括遺贈の場合に受贈者が権利のみを承継し債務を 承継しないと解答する答案が少なくなかった。 家族法, 取り分け, 親族法について の理解が, 受験者全体において, 相当程度低いことがうかがわれた。 - 15 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(民事訴訟法) 1 出題の趣旨, ねらい 「出題の趣旨」に記載したとおりであるが, 今年も, 法律知識や判例の内容を直接 問うのではなく, 具体的な事例の検討を通じて, 法律制度や判例についての基本的な 理解を問う問題であった。 ある程度のボリュームのある事例を前にその場で基本から 考える姿勢が求められているのであり, 単に事案に関係する知識を答案上に吐き出す ように記載するような姿勢では通用しない。 2 採点方針 設問で問われている内容をきちんと理解し, 問題に正面から取り組んで, 検討した 結果を的確に表現できることが重要であるとの認識の下で, 採点をしている。 3 採点実感等 民事訴訟法について, どのような答案が4つの水準のいずれに相当するかについて は, 評価が合計点でされるものであること, 同じ受験生でも設問によって出来栄えに バラつきがあること, 同じ水準の中に含まれていたとしても点数には相当の差が生じ 得ること等の諸要因により, 具体的に示すことは困難である。 そこで, 以下では, 多少ともイメージが持つことができるように, 問題ごとに, ど のような内容の答案がどの程度の水準の評価を得られるのかを示すこととしたい。 したがって, 合計点の評価がどのようになるかについては, 飽くまで一般論でしか ないが, 全ての設問に「優秀」レベルの評価が得られなくとも全体として「優秀」と 評価されることはあろうし, 全ての設問について「一応の水準」であれば「良好」と の評価が得られることもあると思われる。 逆に, ある部分で「良好」以上の評価を受 けたとしても, 他の部分が全くできていなければ, 一応の水準にも達しないというこ ともあり得る。 なお, 優秀又は良好とされるべき答案の割合は, 出題者の想定をかなり下回った。 (1) 全体について 「手続保障」, 「信義則」, 「紛争の一回的解決」, 「訴訟経済」, 「不意打ち防止」な どといった抽象的な用語のみによる説明に終始している答案が少なからず見られた。 しかし, そのような論述に止まることなく, 各用語の意味内容を理解して, それを 具現化している制度や条文により具体的に表現する努力が必要である。 (2) 設問3について @当事者の確定の問題があることを踏まえた上で(何の理論的説明もなく, 当事 者適格の問題と考えている受験生もあったが理解が不十分である。 ), AGがEにな りすましていること(Gは, Eの代理人と称しているのではない。 )の法的評価(例 えば, 顕名なき代理類似のものと考えるなど)についての指摘があり, B弁護士代 理の原則(民事訴訟法第54条)の趣旨を論じた上で, 同原則の趣旨からして事案 によって適用が制限される余地があるのかなど, 本事例に適用した場合の具体的妥 当性を意識しつつ, 結論が導かれていれば, その論述内容の厚みに応じて, 「優秀」 又は「良好」と評価されよう。 他方, このような考察なしに, 「なりすましを了承しているEには手続保障を及 - 16 - ぼす必要はない」とか, 「信義則上EはそれまでのGの行為を無効であると主張で きない(追認を拒絶できない又は追認拒絶は無効である)」といった答案, 訴訟経 済や相手方保護の要請から直ちにGの行為の効力がEに及ぶとするような内容の答 案では「一応の水準」に達することは難しい。 また, 訴訟行為を行った者以外の者に効果が及ぶ例として, 任意的訴訟担当につ いて論じている答案もあった。 しかし, GがE本人であるとして訴訟行為を行って いることと任意的訴訟担当の関係, 任意的訴訟担当となるとGが当事者になるが, 当事者確定の場面でEを当事者とした場合には, これとの関係等が意識されるべき である。 そのような点について検討することなく, 明文なき任意的訴訟担当が認め られるための要件を羅列して本件への当てはめを検討している答案は, 論理的整合 性や任意的訴訟担当の理解において, 疑問を抱かせた。 (3) 設問4(1)について 出題者は, Fの訴訟代理人弁護士Qと修習生Sとの間の会話を示し,Qが準備書面 を作成するに当たって, 法律上の主張として二つの法律構成を挙げ, それらの「長 所」「短所」を修習生Sに検討させるという設定である以上, 問われている「長所」 「短所」とは, Fの法律上の主張として裁判所に認められるかどうかという意味で の「長所」「短所」であることは明らかであると考えていた。 しかし, 必ずしもそ のように理解しない答案が相当数見られた。 次のような答案は高い評価につながる。 ア 債務不存在確認請求についての最高裁判例(最高裁昭和40年9月17日第二 小法廷判決民集第19巻6号第1533頁など)を踏まえつつ, 1500万円の 自認部分の存否について, 既判力が生じるかという問題について, 法律構成@及 び法律構成Aが, 判例と異なり積極説に立つものであることを位置付けた上で, その説の適否を, 前訴で十分な攻撃防御の機会が与えられていると評価できるか といった観点から論じられているもの。 イ 法律構成@について, 量的に可分な給付請求についての一部請求後の残部請求 の裏返しの問題であることを認識した上で, 論理を展開しているもの。 ウ 法律構成Aについては, 1500万円の自認部分について請求の放棄と構成す ることの合理性(Aの合理的な意思解釈として技巧的にすぎないか, 調書の記載 がないなど通常の手続を踏んでいないことの問題)や請求の放棄に既判力が認め られるのかという点が検討されているもの。 なお, 請求の放棄と構成した場合の基準時についても言及しているものがあった が, このような答案は高い評価につながる。 本人の意思に合致しているか否かということのみを考察している答案は, それが 債務全体を訴訟物であるととらえることについての合理性という観点から法律論と して構成されていればよいが, 「通常の意思」から請求の放棄とは認められないと の説明だけでは, 「良好」という評価に達することは難しい。 他方で, 法律構成@及び法律構成Aが, 1500万円部分について既判力を認め る見解であることが理解できていない答案, 既判力を認めれば, 長所として紛争の 一回的解決に資すること, 短所として柔軟な解決ができなくなることを指摘するの みに止まるような答案は, 法律構成@及び法律構成Aの内容を言い換えているに等 しく, 問われたことに解答しているものとはいえず, 「一応の水準」に達すること - 17 - は難しい。 (4) 設問4(2)について 処分権主義の問題であることの理解がうかがわれない答案(例えば, 紛争の一回 的解決に資することのみから条件付判決を肯定しているようなもの)は, 「一応の 水準」に達することは難しい。 また, 処分権主義の問題であることの指摘があったとしても, 単に, Aにとって 全部棄却判決よりは有利(全部認容判決よりはFに有利)であるから, 原告の意思 に反せず, かつ, 被告の不意打ちにならないとして結論を導くのみで, 500万円 の支払を条件とする判決について, 分析的な検討ができていない答案は, 「優秀」 又は「良好」との評価を得ることはできない。 これに対し, Aは, 全部棄却判決を受けたとしても, その後に残債務額を弁済し た上で改めて抵当権設定登記抹消登記手続を求めることができるということをきち んと理解した上で, 先決問題である被担保債権の存否・数額についての審理の在り 方(1円でも残っているかという限度で審理するのか, 具体的に幾ら残っているか についても審理が及ぶのか)を踏まえて, 500万円の支払を条件とした場合にそ の部分に既判力が生じるのかなどを検討した上で, 不意打ちになるかどうかを論じ ている答案は, 高い評価につながる。 なお, 設問において問われている「条件付判決」が受験生にとって少々細かい事 項に属することから, 将来の給付判決になることに気付かず, 引換給付判決として, その可能性を検討している答案が多く見られたが, 同時履行の抗弁との関係など引 換給付判決についての理解が不十分であると思われる。 「条件付判決」が将来の給 付判決になることを理解し, その要件に論及している答案については, 高い評価に つながる。 4 今後の法科大学院教育に求めるものなど 前記のように, 手続保障や信義則など抽象的な規範のみから結論を導く答案, 題意 をきちんと把握せず, 定義や制度趣旨など自分の知っていることを書き連ねている答 案, 問題を正面から受け止めることをあえて避け, 自分の知っていることに無理やり 当てはめようとする答案が目立った。 このような傾向が見受けられるのは, 題意をきちんと把握するだけの基礎学力の不 足に起因するところが多いように思われる。 特に, 基本的な制度や判例について, 自 らその意味を掘り下げて考えるという作業を怠り, 定義, 要件, 結論を覚えて, それ を具体的な事案に当てはめるということだけを学習しているのではないかが懸念され る。 判例について言えば, 基本判例は, 学説上有力な反対説があったり, 下級審で異 なる考え方をとっていたりするものが多く, 制度を基本から理解をするのに格好の素 材である。 ところが, 試験において, 判例が扱っている問題について判例とは別の角 度から検討を求めたり, 判例に反する立場からの立論を試みることを求めたりすると, 全く歯が立たない受験生が多く認められる。 察するに, 判例についての表面的な理解 を前提に, その結論を覚えて事例に当てはめるということはできても, その判例がそ のような結論に至る論拠はどこにあるか, 反対説の根拠は何か, その違いはどこから くるのかといったより根本的なことが理解されていないように思われる。 基本的な制 度や判例の根拠をきちんと考えることを習慣づける教育が求められる。 - 18 - 5 その他 毎年のように指摘していることであるが, 答案は, 読み手が理解できて初めて評価 されるものである。 受験生は, 答案の読み手の立場に立って, 分かりやすく記載する ことを肝に銘じることが必要であり, 文脈から記載内容を推測することを読み手に期 待することは許されない。 字の巧拙は別として, 「蓋し」, 「思うに」など一般に使われ ていない用語や略字, 容易に判読できない悪字, 筆圧が弱く薄すぎる字などが散見さ れる点については, 大いなる反省を求めたい。 - 19 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(刑法) 1 2 出題の趣旨の補足 既に公表した出題の趣旨のとおりである。 採点の基本方針 出題の趣旨にのっとり, 具体的事例における甲乙丙の罪責を問うことにより, 事例 を的確に分析する能力, 事例を解決する上で必要となる論点を抽出し, 当該論点に関 する刑事実体法及び解釈論の知識・理解を展開する能力, 具体的な事実に法規範を適 用する能力, 論理的に思考し, その過程を論述する能力を総合的に評価することが基 本方針である。 その際, 刑法総論・各論の基本的な論点についての正確な理解の有無に加え, 事実 の評価や最終的な結論の妥当性, 結論に至るまでの法的思考過程の論理性を重視して 評価した。 その結果, 事案の特殊性を十分に考慮することないまま, 結論を導くのに必ずしも 必要ではない典型的論点に関する論述を展開する答案や, 事案の全体像を見ず, 細部 にとらわれ, 問題となり得る刑法上の罪をできるだけ多く列挙し, その相互の関係や 結論の妥当性を考慮しないような答案は, 低い評価にならざるを得なかった。 他方で, 数は少ないものの, 論点に関する一般論に終始するのではなく, 問題文の 事例に即して具体的な検討を行っている優れた答案も見られた。 例えば, 甲の罪責に ついては, (1)Vが病院の入院患者であって第一次的な看護義務は乙ら病院側にあると いう事情にも十分留意しつつ, 複数の具体的な事情を詳細に検討して不作為犯の作為 義務の存否を検討している答案, (2)作為義務, 救命可能性及び故意について, それぞ れの時間的先後関係を意識して検討している答案, また, 乙丙の罪責については, (3) 乙丙それぞれが担う業務の内容に応じて, 過失犯の注意義務の内容を具体的に特定し ている答案, (4)乙丙の予見可能性や結果回避可能性等の有無について, 具体的な事情 を拾って当てはめてを行っている答案については, 高い評価となった。 3 採点実感等 (1) 全体 ほとんどの答案が, 甲については, 不作為による殺人罪又は保護責任者遺棄致死 罪の成否, 乙丙については, 業務上過失致死(傷)罪の成否を検討しており, これ は出題の趣旨に沿うものである。 (2) 具体例 考査委員による意見交換の結果を踏まえ, 答案に見られた代表的な問題点を以下 に列挙する。 ア 甲の罪責について @ 甲を不作為犯ととらえた場合の作為義務の内容について事例に即して具体的 に考えていないため, 作為犯と不作為犯の区別が曖昧になり, 甲を安易に作為 犯とする答案 A 不真正不作為犯の成立要件に関する規範の定立を十分に行わないまま, 不作 為による殺人罪等の成立を認める答案 - 20 - B 甲に対する作為義務の検討において, 甲がVの妻であって民法上の扶助義務 があるということだけで作為義務の成立を認め, その他にも作為義務を基礎付 け得る具体的事実があるのにこれらを十分に拾い上げていない答案 C 不作為犯の因果関係の特殊性を考慮することなく, 単純に不作為とVの死亡 の結果の因果関係を肯定する答案 D 甲の殺意を検討するに当たり, 甲がVの死を受け入れるかどうか迷っていた ことをもって, 安易に殺意を否定し, その後, 甲がVに医療行為を施さずにそ の生死を運命をゆだねることにしたという点について, 十分に検討していない 答案 E 本問では, Vの救命可能性が認められるのは午後2時20分までであるから, それまでの間の作為義務及び故意の存否が重要であるのに, このような時間的 関係を意識することなく, 既に救命可能性が失われた時点で作為義務や故意を 認めて不作為による殺人罪等の成立を肯定する答案 F 時系列に沿ってそれぞれの時点で成立する犯罪を検討し, 甲には, まず, 保 護責任者遺棄罪が成立し, 次いで, 不作為による殺人罪が成立するとし, 両者 の関係を併合罪関係にあるなどとする答案 イ 乙丙の罪責について @ 過失犯の基本的な理論(予見可能性・予見義務, 結果回避可能性・結果回避 義務を内容とする注意義務違反など)について全く言及していない答案 A 刑法各論の基本的な知識である業務上過失致死傷罪における「業務」の意義 について, 判例の立場に立つと思われるものの, 判例の内容を正確に理解せず, 単に「人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為」とだけ述べ, 「他 人の生命身体等に危害を加えるおそれがあるもの」という点についての言及が ない答案 B 乙丙に対する業務上過失致死傷罪を検討するに当たり, 看護師である乙と薬 剤師である丙とではそれぞれが担当する職務が異なる上, 乙には投与する薬の 確認のほか, 投薬後のVの容体を確認することが求められていたのに, 乙丙そ れぞれが担当する職務に応じて負担する注意義務の内容を具体的に特定してい ない答案 C 乙丙の注意義務違反の当てはめにおいて, 予見可能性や結果回避可能性等に 関係する具体的事情をほとんど拾っていない答案 D 乙丙の過失行為の後に甲の故意行為が介在しており, 因果関係の認定上の論 点となるのに, その点についての検討がないまま, 乙丙の行為とVの死亡結果 との間の因果関係を肯定している答案 E 因果関係の有無に関する解釈論を論述しながらも, その具体的適用方法を正 確に理解していないため, 事例への当てはめが適当でない答案 F 乙丙それぞれに単独犯として過失犯の業務上過失致死罪の成立を認めながら も, 両者の間の過失犯の共同正犯について, それを認める実益を考えることも ないまま検討し, 両者の注意義務の共通性について十分に検討することなく, 共同正犯を肯定する答案 G 業務上「重過失」致死傷罪なる罪の成立を認める答案 ウ その他 - 21 - @ 甲が検温表にVの体温について虚偽の記載をしたことをとらえ, 署名又は印 章の存在や, 権利義務又は事実証明に関する文書という私文書偽造罪の構成要 件について検討しないまま, 同罪の成立を認める答案 A 乙には, VがD薬によるアレルギー反応を起こして異状を呈していることの 認識がないのに, そのことを意識しないまま, 乙に故意犯である保護責任者遺 棄罪の成立を認める答案 エ まとめ 上記各例は, 刑法総論・各論等の基本的知識の習得や理解が不十分であること, あるいは, 一応の知識・理解はあるものの, いまだ断片的なものにとどまり, そ れを応用して具体的事例に適用する能力が十分に身に付いていないことを示して いるものと思われる。 また, 不真正不作為犯の成立要件について, まるで型にはめたような論述例が 数多くあったこと, 過失犯の共同正犯について, それを論ずる実益を考えないま ま論述する答案が相当数見られたことは, 受験生が典型的論点に関する論述例の 暗記に偏重するなどした勉強方法をとった結果, 事案の特殊性を考慮して個別具 体的な解決を模索するという法律実務家に求められる姿勢を十分に習得していな いのではないかと懸念されるところである。 他方で, 本問は, 病院内における医療過誤と不作為犯とが絡む比較的複雑な事 案であったにもかかわらず, 大多数の答案は, 甲について不作為による殺人罪又 は保護責任者遺棄致死罪の成否, 乙丙について業務上過失致死傷罪の成否の問題 を検討しおり, 問題解決の大枠はとらえていたこと, 問題文中の具体的事実を抽 出し, 法的当てはめを行うという姿勢は, (十分とまではいえないものの)定着 しつつあることを指摘することができ, これらは望ましい傾向である。 4 今後の出題について 出題の在り方について様々な意見があると承知しているが, 新司法試験の目的を十 分に考慮しつつ, 受験者の能力の適正な評価が可能となるような問題を作成すべく, 今後の工夫を重ねていきたい。 5 今後の法科大学院教育に求めるもの 既に述べたとおり, 事案から具体的事実を拾い出して法規範に当てはめるという姿 勢は定着しつつあるものの, 刑法の基本的事項の知識・理解が不十分な答案や, その 応用としての事例の分析, 当てはめを行う能力が十分でない答案も見られたところで ある。 法科大学院においては, 引き続き, 学生に対し, 基本的な刑法の知識・理解の習得 に努めさせるとともに, 判例の結論だけでなく, 判例の事案の内容を丹念に読み込む ことなどを通して, 習得した知識を具体的事案に当てはめ, 具体的妥当な解決を導く ことができる能力の涵養に一層努めていただきたいと考えている。 - 22 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(刑事訴訟法) 1 採点方針等 本年の問題も, 過去4回の試験と同様, 比較的長文の事実関係を記載した事例を設 定し, そこに生起している刑事訴訟法上の問題点につき, 問題解決に必要な法解釈を した上で, 法解釈・適用に必要不可欠な具体的事実を抽出・分析し, これに法解釈に より導かれる法準則の当てはめを行い, 一定の結論を筋道立てて説得的に論述するこ とを求めており, 法律実務家になるための学識・法解釈適用能力・論理的思考力・論 述能力等を試すものである。 出題に当たっては, 刑事訴訟法の中でも重要であり, 法律実務家になるために理解 しておかなければならない犯罪捜査に関する基本的な問題と伝聞法則を選定した上, 設問において, 答案で論じてほしい事項を画定明示することにより, 受験者が, 一定 の時間内に, 法解釈と事実の分析等の双方について, 必要十分な論述を行うことがで きるように配慮した。 具体的な出題の趣旨については, 公表されているとおりである。 設問1では, けん 銃の組織的な密売事件を素材として, 被疑者が公道上のごみ集積所やマンション敷地 内にあるごみ集積所に投棄したごみ袋を司法警察員が持ち帰り復元する行為や捜索差 押許可状に基づいて差し押さえた携帯電話のデータを復元・分析する行為について, その適法性を問い, 遺留物の領置や捜索, 差押え及び押収物についての必要な処分等 に関する考え方を示した上, 事例への法適用の部分では事実が持つ意味を的確に位置 付けて論じることを求めている。 設問2では, 被疑者と捜査協力者らとの会話を録音 したICレコーダー等を反訳した捜査報告書について, その要証事実との関係での証 拠能力を問い, 本件の具体的事実関係を的確に把握・分析した上で, 前提となってい るおとり捜査や秘密録音といった捜査手法の適法性を論じるとともに, 本件捜査報告 書が伝聞証拠に該当するか否か, 該当する場合に適用可能性のある伝聞例外規定に係 る要件等の法解釈とその当てはめについて論じることを求めている。 採点に当たって は, このような出題の趣旨に沿った論述が的確になされているかに留意した。 設問1 は, 捜査@及びAについては, 法科大学院で刑事訴訟法を真面目に学習した者であれ ば, 何を論じなければならないかは明白であり, その素材となる判例等も容易に思い 浮かぶような事例であり, 捜査Bについては法科大学院の授業で直接扱う事例ではな いかもしれないが, 令状に基づく強制処分の制度趣旨という基本に立ち返って考える 能力を体得していれば, 筋道だった論述ができるはずである。 また, 設問2も, 何を 論じなければならないかは明白な事例であり, 刑事訴訟法の基本的知識が真に体得さ れているかを問うものである。 2 採点実感 次に, 採点実感についてであるが, 合格判定会議後に各考査委員から様々な意見を 聴いているので, そのような意見をも踏まえた感想を述べる。 設問1については, 刑事訴訟法第221条の定める遺留物の領置の法解釈について 的確に論じた上で, 各捜査ごとに個々の事例中に現れた具体的事実を的確に抽出, 分 析しながら論じられた答案が見受けられ, また, 設問2については, 本件での要証事 実を的確に理解した上で, 前提となる捜査手法を含めて最高裁判所の判例法理等の理 - 23 - 解をも踏まえて的確な論述ができている答案も見受けられた。 他方, 昨年までと同様 に, 不正確な抽象的法解釈や判例の表現の意味を真に理解することなく機械的に暗記 して, これを断片的に記述しているかのような答案も相当数見受けられたほか, 関連 条文から解釈論を論述・展開することなく, 問題文中の事実をただ書き写しているか のような解答もあり, 法律試験答案の体をなしていないものも見受けられた。 以下, 法科大学院における教育と学習の指針に資するため, 理解が不十分と思われ た点を具体的に述べる。 設問1については, 被疑者が公道上のごみ集積所やマンション敷地内にあるごみ集 積所に投棄したごみ袋を司法警察員が持ち帰り復元する行為について, 遺留物の領置 として適法といえるか否かを問うているにもかかわらず, これを単に強制処分に該当 するか否か, 該当しないとして任意捜査として許されるか否かという観点からのみ論 じ, 刑事訴訟法第221条に一切言及すらしない答案が少なからず見受けられた。 ま た, 捜索差押許可状に基づいて差し押さえた携帯電話のデータを復元・分析する行為 について, 当初の令状の効力として許される範囲内か, それとも, 新たな権利侵害を 伴うため別個の令状が必要であるのかを問うているにもかかわらず, 捜索差押えとし て適法であるか否かだけを論じている答案も相当数見受けられた。 設問2については, 本件での具体的な事実関係を前提に, 要証事実を的確にとらえ, 伝聞法則の正確な理解を踏まえた論述ができている答案は少数にとどまった。 本件で は, 捜査報告書全体については, 捜査機関による検証に準じて刑事訴訟法第321条 第3項により証拠能力が付与されることを前提に, 会話部分と捜査協力者による会話 内容の説明部分とに分け, 前者はそのような内容の会話が存在したことが要証事実で あって伝聞証拠には該当せず, 後者だけが内容の真実性を要証事実とする伝聞証拠と なることが明白であるにもかかわらず, 伝聞証拠であることを当然の前提として, 会 話の主体によって会話を分断し, 被疑者の発言部分は, 刑事訴訟法第322条第1項 により, 協力者の発言部分は同法第321条第1項第3号によって証拠能力が付与さ れるとした答案が少なからずあった。 また, 検察官の立証趣旨が「会話の存在と内容」 となっていることから, その言葉だけをとらえて, 「会話の存在」である場合には非 伝聞証拠であり, 「会話の内容」である場合には伝聞証拠であるなどと検察官の設定 した立証趣旨を勝手に分断して論じる答案も多数見受けられた。 さらに, 司法警察員 により作成された捜査報告書の証拠能力を問うているにもかかわらず, これを無視し, 録音テープであるから知覚, 記憶, 叙述の過程に誤りが入り込む余地はなく, 当然に 非伝聞証拠であるなどと断じた答案まで見受けられた。 このような答案については, 厳しい評価をすれば, 基本的知識, 事実分析能力及び思考能力の欠如を露呈するもの と言わざるを得ない。 法適用に関しては, 事例に含まれている具体的事実を抽出・分析することが肝要で あるが, 捜査協力者による会話内容の説明部分について, 会話部分には聞き取れない 部分が多数あるため, 説明部分が犯罪事実の存否の証明には欠くことができないこと, 説明部分は, 会話に引き続いて一体のものとしてなされている上, その説明内容が直 前の会話内容と整合すること, また, 乙方においてけん銃2丁と共に, りんごが入っ た宅配便の箱が開披された状態で発見されたという客観的状況とも整合すること等の 決定的に重要な事実を指摘して, 証拠能力の有無を検討している答案は少数であった。 学習に際しては, 具体的事実の抽出能力に加えて, その事実が持つ法的意味を意識し - 24 - て分析する能力の体得が望まれるところである。 答案の評価について説明すると, 「優秀」と認められる答案とは, 設問1について は, 刑事訴訟法第221条に定める遺留物の領置や同法第218条第1項に定める捜 索, 差押え及び検証の法解釈について的確に論じた上で, 各捜査ごとに個々の事例中 に現れた具体的事実を的確に抽出, 分析しながらその適法性を論じており, また, 設 問2については, 前提となる捜査の適法性について的確に論じた上で, 本件での要証 事実を的確に理解し, 捜査報告書全体, 会話部分及び説明部分とを分けて詳細な論述 をしているような真に伝聞法則を理解していると見られる答案である。 このような出題の趣旨を踏まえた十分な論述がなされている答案は少なかった。 次に, 「良好」な水準に達していると認められる答案とは, 設問1については, 領 置や捜索, 差押え及び検証の法解釈について一応の考え方を示した上で, 問題文から 必要かつ十分な具体的事実を抽出できてはいたが, 更に踏み込んで個々の事実が持つ 意味を深く考えることが望まれたような答案である。 また, 設問2については, おとり捜査や秘密録音といった前提となる捜査の適法性 について検討し, 伝聞法則についても一応の論述ができてはいるものの, 本件での具 体的な事実関係を前提に, 要証事実を的確にとらえることができていないような答案 がこれに当たる。 次に, 「一応の水準」に達していると認められる答案とは, 領置等の法解釈につい て一応の考え方は示されているものの, 具体的事実の抽出, 当てはめが不十分である か, 法解釈については十分に論じていないものの, 問題文から必要な具体的事実を抽 出して一応の結論を導くことができていたような答案である。 設問2については, 伝聞法則等の知識があり, 一応これを踏まえた論述ができては いるものの, 本件での具体的な事実関係を前提に, 要証事実を的確にとらえることが できていないような答案である。 「不良」と認められる答案とは, 例えば, 伝聞法則など刑事訴訟法の基本的な原則 の意味を真に理解することなく機械的に暗記して, これを断片的に記述しているかの ような答案や関連条文から解釈論を論述・展開することなく, 問題文中の事実をただ 書き写しているかのような答案など, 基本的な理解・能力の欠如が表れているもので ある。 具体的には, 設問1については, 投棄されたごみ袋を持ち帰り復元する行為等につ いて, 強制処分に該当するか否か, 単に任意捜査として許されるか否かという観点か らのみ論じているような答案がこれに当たる。 また, この水準に該当する答案の中には, 各捜査について, 個々の具体的な事実関 係が問題文中に現れているにもかかわらず, これを全く抽出, 分析していない答案も あった。 設問2については, 前記のとおり, 捜査報告書自体の伝聞性を無視したり, 会話の 主体ごとに分断して伝聞例外規定を論ずるなど, およそ伝聞法則を全く理解していな いとしか評しようのない答案である。 3 法科大学院教育に求めるもの このような結果を踏まえて, 今後の法科大学院教育においては, 手続を構成する制 度の趣旨・目的を基本から正確に理解し, これを具体的事例について適用できる能力, - 25 - 筋道立った論理的文章を書く能力, 重要な判例法理を正確に理解し, 具体的事実関係 を前提としている判例の射程範囲を正確にとらえる能力を身に付けることが強く要請 される。 特に, 確固たる理論教育を踏まえた実務教育という観点から, 基本に立ち返 り, 刑事手続の正常な作動過程や刑事訴訟法上の基本原則の実務における機能を正確 に理解しておくことが, 当然の前提として求められよう。 - 26 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(倒産法) 1 出題の趣旨・ねらい等(出題の趣旨に補足して) 個別的な内容については, 既に「出題の趣旨」として公表したとおりである。 今年 の問題作成に当たっては, 具体的な事案を法律の規律に的確に当てはめて検討する能 力, 倒産手続において生じる実体法上の問題点についての理解, また, 民事再生手続 と破産手続とを関連付けて理解する能力を試すこと等に重点を置くこととした。 2 採点方針 解答の際に言及すべき点については, 既に「出題の趣旨」として公表したとおりで ある。 第1問については, 本件事案において問題とすべき否認の類型を的確にとらえ, 具 体的な事案に即してその要件の充足性を的確に論じることができたか, また, Kの請 求権の内容について, その法的性質等を踏まえて検討が十分にされていたか(設問1), 不足額責任主義を採用する破産法の規律を十分に理解しているか(設問2)という点 等に重点を置いた。 第2問については, A社が行うべき主張を論理的に構成しつつ, 具体的事案に即し て論述することができたか(設問1), 相殺禁止に関する民事再生法の規律を破産法 の規律と関連付けて理解することができているか(設問2)という点等に重点を置い た。 3 採点実感等 (1) 第1問 設問1の(1)については, 破産法第162条第1項第2号の否認が問題となる ことは, 多くの答案において指摘されていたが, 期限前の代物弁済である点ではな く, 代物弁済が方法の点で義務に属しないことから同号の適用を認めるなど, 正確 な条文理解を欠く答案も散見された。 また, 支払不能となった時点の認定について, 本件では, 手形の不渡りという事実が現れているにもかかわらず, それが支払停止 に該当するかどうかを検討せずに, 破産手続開始決定や自己破産の申立てといった 事実から直ちに支払不能を認定したり, 代物弁済の時点で既に支払不能となってい ると認定する答案が少なからずあった。 条文や基本的な概念の正確な理解及び具体 的事案を的確に把握する能力を養うことの重要性が感じられた。 また, Kの価額償 還請求権については, 価額算定の基準時及びその理由について論じていない答案が 相当数見られた。 設問1の(2)については, 代物弁済において目的物の所有権が移転するための 要件についての理解によって論点は変わり得るものであるが, 多くの答案では, 破 産管財人の第三者性について, 理由も含めて的確に論じていた。 しかしながら, 本 件トラックの返還が困難な場合におけるKの請求権の法的性質やその価額等につい ての検討が十分にされているものは多くはなかった。 さらに, 上記(1)と(2) における請求額の違いに着目し, その違いの合理性についてまで論じるものは少数 であり, 総じて, 実体法上の検討が十分に行われていないという印象を受けた。 設問2については, 多くの答案で抵当権の行使方法については的確に回答されて - 27 - いたが, 賃料債権についての物上代位に言及しない答案も見られた。 破産手続上の 行使方法についても, 多くの答案が破産法の規律を的確に指摘していたが, 本件事 案に即して, 不足額をどのようにして確定するかという点にまで言及している答案 は少なかった。 なお, 本件事案に即して, 抵当権の行使と破産手続上の行使のいず れがB社にとって有利であるかという点まで論じており, 高い問題発見能力がうか がわれる答案も少数ながら見られた。 総じて, 第1問については, おおむね論ずべき点を検討している答案が多かった が, 上記の点等で差が付くこととなった。 例えば, 設問1で問題とすべき否認の類 型の要件の充足性を的確に論じ, Kの請求権についての実体法上の検討も行い, 設 問2で破産法の規律を正しく理解しているような答案は, 優秀な答案と評価し得る ものであった。 (2) 第2問 設問1については, まず, 多くの答案が倒産解除条項の有効性について論じてい た。 しかしながら, 有効性を否定する理由として, 民事再生法の趣旨(第1条)又 は同法第50条の趣旨のみを挙げ, 第49条の趣旨と関連付けて論じていない答案 が相当数見られた。 次に, A社がB社に対して部品の供給を求めるためには同法第49条第1項に基 づく履行選択をすることが必要であるが, この点に触れている答案は多くはなかっ た。 争点について検討する能力のみならず, 主張を法律的に構成する能力を養うこ との必要性が感じられた。 また, 本件契約が同法第50条第1項の規定する継続的 給付を目的とする双務契約に該当するか否かについては, 多くの答案で言及されて いたが, 同項の趣旨にまで踏み込んで本件契約がこれに該当するかについて検討す るものは少なく, また, B社の有する債権の取扱いまで丁寧に論じるものも少なか った。 なお, 同法第85条第5項後段の少額債務の弁済について, 専ら, あるいは, 力点を置いて論じる答案も散見されたが, 具体的事案を的確に把握して, 当事者に とって最適な解決方策を検討する能力が不十分と感じさせられた。 設問2については, まず, 甲手形の関係で適用される規定, 具体的には同法第9 3条第1項第4号が的確に指摘されていない答案が予想以上に多かった。 第1問の 否認権に関する規定と同様, 条文に則した勉強がされていないのではないかとの危 惧を感じた次第である。 また, 甲手形と乙手形について, それぞれ相殺の可否を検 討し, 甲手形については相殺可能, 乙手形については相殺不可という結論を単に並 列的に示すにとどまる答案も相当数見られた。 また, 民事再生法と破産法の規律の 違いについても, 単にその違いのみを指摘し, その実質的な理由まで踏み込んだ検 討がされていない答案も多かった。 出題の趣旨としては, 合理的な相殺期待の保護 の観点に照らし, 民事再生法に破産法第67条第2項に相当する規定がないことが 正当化されるのかという点を論じることが期待されていたが, そのような問題意識 を持つ能力が不十分であったように思われる。 設問2については, おおむね, 論ずべき点に検討を加えている答案が多かったが, 論理的で丁寧な論述がされているか, 条文を正確に理解しているかといった点等で 差が付いたように感じられた。 例えば, 設問1においてA社の主張を論理的に構成 しつつ, 各論点を検討し, 設問2において相殺禁止に関する条文の適用を具体的事 案に即して的確に行いつつ, 民事再生法の規律を破産法との対比において理解して - 28 - いる答案は優秀と評価し得るものであった。 4 今後の出題について 今後も, 特定の傾向に偏することなく, 基礎的な事項の理解を確認する問題と受験 者の問題発見能力を試す問題, 倒産実体法に関する問題と倒産手続法に関する問題, 企業倒産に関する問題と個人倒産に関する問題等, 幅広い出題を心掛けることが望ま しいと考える。 5 今後の法科大学院教育に求めるもの 本年の問題のように, 具体的な事案に基づく問題においては, 問題点を発見するに は, 問題となる法規を正確に理解し, 制度の趣旨, 根拠にまでさかのぼって考察する 能力が必要であるし, 問題解決を意識した結論に達しているか常に意識する必要があ る。 また, 具体的な事実関係の下で当事者の主張を法律的に構成する能力や論理的に 文章を展開する能力も求められる。 今後も基礎的な事項の十分な理解に重点を置くべきことは言うまでもないが, 上記 のような能力が身に付くようにするための教育が必要であると感じられた。 - 29 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(租税法) 1 第1問について 第1問は, 家族的事業についての課税の在り方を通じて, 所得税法の基本的な理解 と応用力を試すものであり, 子の授業料に充てられた金員が非課税となるのか, 妻に 対する演奏料支払が必要経費となるかなどについて, 設問2は, 他人の窃盗によって 失った金銭は, 所得税において, どのように取り扱われるのかについて, やはり基本 的な理解と対応力を問うものであった。 このうち, 第1問については, まず, 設問1の学資金について, 所得税法第9条の 非課税規定を挙げる答案が少なかった。 最近の最高裁判所が, 定期金について, 相続 税の課されるものとして同法第9条の非課税規定を適用しており, 同法第9条の重要 性を再認識してもらいたい。 また, 学資金について, 直ちに, 給与として, 同法第5 6条及び第57条の問題として議論する答案が非常に多かった。 採点に当たっては, 同法第9条適用の可否に触れないまま給与とした答案にも一定限度で加点したが, こ の点を丁寧に論じている答案とは差が付くことになった。 同様に, 設問2で所得税法 第72条の雑損控除規定を挙げた答案とそうでなかったものとの間にも差が生じてお り, 所得税法に対する基本的な理解が答案の内容に反映されたと実感している。 法人 税法との比較についても, 正確に答えている答案は少なく, 差が付く結果となった。 なお, 設問1では, 所得税法第56条, 第57条の適用につき, 判例(最判平成1 6年11月2日判時1883号43頁)に照らして検討することが求められているが, これらの規定に触れた答案は, おおむね検討ができており, 基本的な判例に対する理 解は涵養されていると思われる。 他方で, 同法第56条が「ないものとみなす。 」と 規定している意味を理解しない答案も散見され, 基本的知識を具体的事案に適用する 訓練が不十分な受験生が一定程度存在することも実感されたところである。 全体として, 受験生が比較的正しく理解できている問題と, 誤っていたり不十分な 理解が目立つ問題とが明白に分かれており, 受験生の実力の差を測るという意味で, 出題内容のバランスはとれていると感じた。 2 第2問について 第2問は, 青色申告制度の趣旨及び概要並びに青色申告の承認の取消し, 並びに推 計課税制度の根拠, 趣旨及び概要について, それぞれ, 基本的な知識を問うとともに, 具体的な事例への適用能力を問うものであった。 課税実務上しばしば問題となり, 判例も集積している論点に関する問題であり, 全 体的な印象としては, 出題の意図を外した答案は少なく, 出題時に予定していた解答 水準を満たす内容の答案が多かったと評価できる。 ただし, 青色申告の承認の取消しについて, 所得税法第150条第1項第1号該当 という正解を述べたものは, 予想外に少数であり, これに関する判例(最判平成17 年3月10日民集59巻2号379頁)を知らないと思われるものが大半であった。 そこで, 採点に当たっては, 同項第2号又は第3号該当という見解を述べた答案につ いても, 論理的に記述されているものについては一定限度で得点を認めるとともに, 同項第1号該当という正解を述べたものには加点をすることとした。 基本的な判例の 更なる理解が望まれるところである。 - 30 - また, 推計課税の適否について, 所得税法第156条は挙げていても, 「推計の必 要性」と「推計の合理性」という二つの要件を整理して過不足なく記述しているもの は, 予想より少なかった。 さらに, 一般的な記述と具体的な事例への適用に関する記 述との間にずれや食い違いが見られる答案が散見された。 単に基本的用語の知識を得 ることを目標とするのではなく, 判例等の基本的事案を通じて, 実践的にこれを理解 し, 具体的な事例に論理的に適用する能力を涵養することが望まれる。 - 31 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(経済法) 1 出題の趣旨について 出題に当たり, 独占禁止法上の制度・規定の趣旨及び内容を正確に理解し, 問題文 の行為が当該市場における競争にどのような影響を与えるかを念頭に置いて, 事実関 係を丹念に検討した上で, 要件の当てはめができるか, それらが論理的かという点を 評価し得るような問題作成を目指した。 出題した2問は, 独占禁止法の基本を正確に理解し, これに基づいて検討すれば解 答し得る問題であり, 公表されている公正取引委員会の考え方やガイドライン等につ いて細かな知識を求めるものではない。 2 採点方針 出題の趣旨で述べたとおり, 独占禁止法の基本的概念や個別の要件の意義を, その 趣旨を踏まえて正確に理解しているか, 当該行為が市場における競争に与える影響を 十分に洞察しようとして, 問題文のどの事実をどのような観点から取り上げるか分析 した上で, 的確に要件に当てはめることができているか, それらは論理的で説得的で 矛盾がないかという観点から, 法的な能力を見ようとした。 第1問は, 不公正な取引方法(一般指定第2項後段又は第12項)の成否を問うも のであり, 若手デザイナーの手作りアクセサリーを携帯電話専用のウェブサイトで販 売するという販売形態の特殊性を踏まえて, A社の行為がどのような市場における競 争に影響等を及ぼすかを検討しているか(市場の画定), 画定した市場に即した公正 競争阻害性の有無を理由付けを含めて論理的に検討しているか, 正当化事由の有無に ついて, その判断基準を示した上で売れ筋情報を無償で利用されるというフリーライ ド対策等を踏まえた具体的な当てはめができているかを見た。 第2問は, 不当な取引制限(独占禁止法第3条, 第2条第6項)の成否を問うもの であり, 設問1では, @甲工法と乙工法の関係を踏まえた「一定の取引分野」を理由 付けを含めて検討しているか, A共同行為, 事業活動の相互拘束等の要件について, 平成21年2月1日の会合と3月5日の会合等を踏まえた合意内容を検討しているか, この二つの会合の間に指名停止処分を受けたA及びいずれの会合にも参加せず本件談 合に協力したE・Fを具体的な理由付けを踏まえて検討しているかを見た。 設問2で は, 不当な取引制限の成立時期について, @基本合意と個別調整の関係を踏まえて競 争の実質的制限の存否を検討しているか, A設問1の結論と論理的な整合性がとれて いるかを見た。 3 採点実感等 (1) 出題の意図に即した答案の存否, 多寡について 第1問については, A社の行為は, A・E登録者に対するものであるから, 適用 法条は, 正確には, 排他条件付取引(一般指定第11項)ではなく, 拘束条件付取 引(一般指定第12項)あるいは単独・間接の取引拒絶(一般指定第2項)という ことになるが, 第11項該当とした答案がかなり存在した。 また, 私的独占(排除) の該当性を検討した答案も一定数あった。 次に, A社の行為が影響を及ぼすことと なる市場としては, 子細に検討すれば, アクセサリーサイトの運営事業者が若手デ - 32 - ザイナーから本件商品の販売の仲介を引き受ける市場(以下「市場@」とする)及 び, 本件商品がアクセサリーサイトを通じて若手デザイナーから消費者に販売され る市場(以下「市場A」とする)を考えることができる。 しかし, これらの2つを 区別した市場画定を行い, 公正競争阻害性の有無を検討している答案は, ある程度 予想していたものではあるが, 少なかった。 最後に, 売れ筋情報を無償で利用され るというフリーライドの問題については, 多くの答案が, 出題の意図どおり, 正当 化事由の有無を論じていた。 第2問の設問1については, Aについて, 他者と取引段階を異にしても事業者性 の要件を満たし, あるいは, 相互拘束が成立する旨論述する答案がほとんどであっ たが, この論点の位置付けの不明確な答案や, 論点に全く気付いていない答案も少 数見られた。 E・Fについては, 黙示の意思連絡を認める答案がほとんどであった が, いずれの結論をとるにせよ, その根拠となる事実を丁寧に示して論証する必要 があるのに, これが不十分なものも一定数見られた。 設問2については, 違反行為 の成立を認めた答案が圧倒的に多かったが, E・Fについて, 設問1で黙示の意思 連絡を認めておきながら, 特段の理由を示すことなく, 設問2においては違反行為 の成立を否定するという, 矛盾した答案があった。 (2) 出題時に予定していた解答水準と実際の解答水準との差異について 第1問については, 一定数のものは, 市場@における市場閉鎖効果及び手数料の 価格維持効果, 市場Aにおける価格水準への影響など, 画定された市場に即して公 正競争阻害性の有無を総合的に検討する解答をすると予想していた。 しかし, 実際 には, 市場@とAを区別せずに市場閉鎖効果のみを論じた答案がほとんどであり, 他方で, 手数料の価格維持効果などに言及した答案は少数にとどまっていた。 次に, フリーライドの問題については, 正当化事由の判断基準を示した上で, その具体的 な検討をすることを予想していたが, この点を十分に論じないまま, いきなり代替 措置について述べる答案が多かった。 第2問の設問1については, E・Fの意思連絡を否定する答案が多いと予想して いたが, これを肯定する答案が圧倒的に多かった。 また, 設問1において受注調整 の成功を根拠として競争の実質的制限を肯定した場合に, 設問2において, 1回も 受注調整をしていなくても競争の実質的制限を肯定することについての設問1との 整合的な説明を期待していたが, これが十分な答案は少なく, 単に「基本合意で既 遂になるから」といった論述にとどまるものが多かった。 総じていえば, 各論点に つき一通り触れてはいるものの, 論述が不十分な箇所も目立ち, 後記(3)でいう 「良好」の中レベルの答案が多くを占めた。 (3) 「優秀」, 「良好」, 「一応の水準」, 「不良」答案について 第1問については, 適用法条, 市場画定, 公正競争阻害性, 正当化事由といった 主要な論点について, 出題の意図に的確に対応した論述をしているものが「優秀」 答案と評価される。 次に, 各論点のいずれか一部について不十分な点があるが, 全 体として出題の意図に即した解答をしているものは「良好」, また, 各論点のいず れか一部に誤りないし不正確な部分があるが, 論述全体として整合性がある答案は 「一定の水準」と評価される。 最後に, 適用法条の選択や各論点の論じ方について, 明確な誤りないし矛盾・不整合がある答案は「不良」と評価される。 第2問については, 「優秀」答案は, 設問1では, 前記2で示したような期待さ - 33 - れた各論点について, 定義や要件を正確に示した上で, 問題文の事実を丁寧に当て はめて結論を導き, かつ, 設問2では, 違反行為の成立時期をきちんと踏まえて, 設問1と整合的に論じたものがこれに該当する。 「良好」答案は, 例えば, 設問1 では, 期待された論点のおよそ7〜8割について「優秀」答案と同レベルかそれに 準ずるレベルで論述し, 他の論点についても一応の論述がされており, かつ, 設問 2では, 設問1と整合させて, 違反行為の既遂時期を一応は示して論じた答案がこ れに該当する。 「一応の水準」答案は, 例えば, 設問1では期待された論点の一部 につき「優秀」答案と同程度に丁寧に論述し, その余の論点についても不十分なが ら一応論じており, 設問2でも「良好」答案とほぼ同レベルに論じているものがこ れに該当する。 「不良」答案は, 例えば, 設問1で期待された論点のうち複数のも のについて全く気付かず, あるいは, 論点として触れていても, 単に結論を記載し ただけのものや, 理由付けが的外れなもので, かつ, 設問2でも, 第1問と論述が 矛盾するものや, 違反行為の成立につき理由付けが的外れないし冗長なものがこれ に該当する。 なお, これらは, 各水準に属する答案の一例であり, 採点に当たっては, 総合的 な能力の判定にも配意しており, 各水準に属する答案は, 上記のものに尽きるもの ではない。 4 今後の出題について 今後も, 独占禁止法の基礎的知識の正確な理解, 当該行為が市場における競争に与 える影響の洞察力, 事実関係の検討能力及び論理性・説得性を求めることに変わりは ないと考えられる。 5 今後の法科大学院に求めるもの 経済法の問題は, 不必要に細かな知識や過度に高度な知識を要求するものではない。 経済法の基本的な考え方を正確に理解し, これを多様な事例に応用できる力を身に付 けているかどうかを見ようとするものである。 法科大学院は, 出題の意図したところ を正確に理解し, 引き続き, 知識偏重ではなく, 基本的知識を正確に習得し, それを 的確に使いこなせる能力の育成に力を注いでいただくとともに, 論述においては, 論 点主義的な記述ではなく, 構成要件の意義を正確に示した上, 当該行為が市場におけ る競争へどのように影響するかを念頭に置いて, 事実関係を丹念に検討し, 要件に当 てはめることを論理的・説得的に示すことができるように教育してほしい。 - 34 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(知的財産法) 1 出題の趣旨, ねらい 第1問, 第2問共に, 典型的な論点を含む事例問題である。 両問を通じ, 法曹に必 要となる事実関係の分析力, 基本的事項についての理解度, これらを前提とした論理 的な思考力, 論理一貫した論述をすることができる力等をみることをねらいとした。 (1) 第1問(特許法)について 本問においては, 主として均等論及び共有特許権に係る特許発明の実施が問題と なる。 均等論については, ボールスプライン事件に係る最高裁判決(平成10年2 月24日民集52巻1号113頁)の正確な理解が必要である。 その理解を前提に, 具体的な事例において的確な当てはめを行うことができるかが, 評価の重要な指標 となる。 当てはめにおいては, 問題となる要件の趣旨にさかのぼるなどして適切な 解釈を展開することも必要となろう。 (2) 第2問(著作権法)について 本問においては, プログラムの著作物について, 多数の関係者が登場する事実関 係の中で, いかなる権利が問題となるのかを把握し, 当事者間の契約の内容やプロ グラムの著作物に特有の規定の趣旨を踏まえながら, 具体的な事例において的確な 当てはめを行い, 説得力のある論述を行う必要がある。 事実関係において一義的に 明確でない部分については, 論拠を示して一定の事実を認定して論述を進めるか, 場合分けを行うべきである(この点は, 第1問にも共通する)。 2 採点実感等 残念ながら, 期待していた水準に達している答案は多くはなかった。 論点や出題の 意図を理解していないと思われるもの, 論点に関するキーワードが不完全な形で記載 されており, 理解不足が露呈しているものなどが多数見られた。 他方, 出題の意図に 即し, 事例分析, 論点に関する正確な理解と記述, 条文の的確な指摘とこれを踏まえ た検討がなされている答案も一定数あり, このような答案は高い評価を与えることが できた。 (1) 第1問(特許法)について ア 均等論に関する論述について 設問1及び2では, 均等論の正確な理解を前提に論述されることが期待される。 前記最高裁判決において, 均等侵害が認められる要件がその趣旨とともに明示さ れているが, その正確な理解と記述が最低限必要である。 残念ながら, 要件とそ の趣旨を正確に記述できている答案は少なかった。 要件のキーワードを適当に抜 き出して羅列しているかのような答案や, 正確な理解もなく関係する字句のみを 暗記して記述したものとしか思えない答案が多かった。 平成18年にも均等論を論点として含む事例問題を出題したが, 重要な論点な のでしっかり理解してほしいとの考えから今回もこれを取り上げた。 しかし, 高 く評価できる答案はほとんどなく, 極めて残念であった。 他方, 少ないながらも 適切に前記判決を理解し, これを前提にして, 事例に即して的確に論じきってい る答案もあり, このような答案については高い評価を与えることができた。 今後, このような答案が増えていくことを期待する。 - 35 - なお, 当然のことながら, 前記最高裁判決と異なる見解に立って論じることを 否定するものではない。 しかし, その場合であっても, 同判決の内容を理解した 上で, これを採らない理由を十分に論ずるべきである。 特段の根拠もなく独自の 見解を述べていると認められる場合には, 評価することはできない。 もっとも, 独自の見解を採っているかのように見える答案のほとんどは, 単に同判決の理解 不足により誤解に基づいて記述をしているもののように思われた。 イ 設問1について 前記最高裁判決における第4要件が問題となるが, 第3要件の問題とする答案 が相当数あった。 第3要件, 第4要件を混同し, 理解不十分のまま論述している ことが原因であると思われる。 次に, 第4要件の趣旨にさかのぼり, 出願時に特許法第29条の2に該当し得 る場合についてどう考えるのかが問題であることに気付く必要がある。 第4要件 の趣旨を踏まえた的確な論述がなされている答案については, 高い評価を与える ことができた。 ところで, 無効の抗弁(同法第104条の3第1項)を持ち出す答案が多数見 られたが, 甲及び乙の共有特許に係る発明は構成要件A, B, Cから成る発明α であって, 戊の特許出願の願書に最初に添付した明細書に記載されたa, b', cの 構成とは異なるのであるから, 戊の出願が甲の出願よりも早かったとしても, 甲 及び乙の上記特許が無効原因を有することになるわけではない。 結局, 均等論の 理解不足, 同法第29条各項, 第29条の2の規定の理解不足から生じた誤りで あると思われる。 ウ 設問2について 前記最高裁判決における第3要件が問題となるところ, これについては, 比較 的多くの答案において指摘され論じられていた。 ただ, 残念に思われたのは, 大 多数の答案が, 第3要件を単純に当てはめて結論を出すだけで終わっていたこと である。 単純に当てはめると, 丙によるロ号製品の製造販売開始時には当業者に おいて容易想到とは認められず, 丁によるハ号製品の製造販売開始時には当業者 において容易想到と認められることから, 両者の結論が異なるということになる が, 更に踏み込んで, ロ号製品とハ号製品は同一の物であるのに, その製造販売 開始時期が違うだけで侵害となるか否かが異なってしまってよいのかについても 論じてほしかった。 なお, 第3要件を正確に理解しているとは思われないような答案が数多く見ら れた。 例えば, 置換が容易想到かどうかの対象が「相違する部分」か「対象製品 等」か, 判断基準時が「製造時」か「出願時」か, 判断主体が「当事者」か「当 業者」かについてきちんと整理・理解しないまま, 要件の適用について論じてい るような答案である。 結局, 要件の存在意義ないし趣旨の理解が不十分であるた め, 正確に区別できていないのではないかと思われる。 エ 設問3について 下請等第三者による実施に当たる行為をどのように見るか, という問題である。 まず, 特許権の一方共有者の承諾がないとした場合に, 当該第三者が一方共有者 の許諾なく実施していると見るのか, 当該第三者による実施は他方共有者による 実施と同視し得るものとして許諾不要とみるかについて論じる必要がある。 この - 36 - 点は多くの答案において言及されており, ほとんどの受験生において問題の所在 を理解し, 解決方法も分かっているようであった。 本問においては更に具体的な 事実関係が明らかにならないと判断できないと考えることもできるが, その場合, いかなる事実関係が判明すればよいのかについて指摘すべきである。 また, 単に 利益衡量のみで結論を示すような答案もあったが, このような答案は高く評価す ることはできない。 甲と乙が, 甲のみがα発明の実施をすることに合意していた場合には, 特許法 第73条第2項の「別段の定」に該当し得ることを念頭に置いて論述しなければ ならないが, これに全く触れない答案が少なからずあった。 なお, これについて 論述するに当たり, その効果を合意の当事者でない丁に対して及ぼすことができ るかどうか, すなわち, 合意が甲乙間の債権的効力を持つにすぎないのか, 物権 的効力を持つものとして第三者にも主張できるのかといった点についても考察さ れていれば, 法的なものの見方ができる能力を示しているものとして評価した。 (2) 第2問(著作権法)について ア プログラムの著作物に関する問題であるが, 論点や関係条文は比較的限られて おり, 著作権法に関する基本的な理解があれば十分解答できる問題である。 イ 設問1について まず, 職務著作が問題となるが, プログラムの著作物が問題となっているにも かかわらず, 著作権法第15条第1項の適用を検討する答案が少なくなかった。 同条第2項が, プログラムの著作物に関する職務著作について定めている。 こま めに六法を引いて条文に当たる習慣が不足しているのではないかと思われた。 次に, 著作権の譲渡については著作権法第61条が問題となるが, 翻案権等の 「特掲」について定めた同条第2項に触れる必要がある。 しかし, これについて 全く触れていない答案や, 本件契約に「すべての著作権」と記載されていること をもって直ちに「特掲」されているとする答案が比較的多かった。 後者について は, 関係規定に触れていることから一定の評価を与えることができるが, それで もなお論述不足である。 すなわち, 「特掲」されていないときは翻案権等は譲渡 した者に留保されたものと推定するとした本条の趣旨にさかのぼり, 本件契約に 上記のような包括的な記載があるだけで「特掲」されていると判断してしまって よいのか, 問題意識を持って論述してもらいたかった。 なお, 「特掲」されてい ないとしつつも留保推定が覆滅して翻案権等も譲渡されたとする答案も見られた ところ, 推定の覆滅を認める合理的な論拠を明確に論じてあれば, 十分評価に値 する。 次に, 著作者人格権の関係では, 少なくとも同一性保持権侵害が問題となるこ とは明らかであり, これについては, さすがに多くの答案で触れられていた。 し かし, 同法第20条第2項第3号に規定する「必要な改変」か否かに触れるべき ところ, これに触れていない答案が多かった。 ウ 設問2について 著作権法第113条第2項に言及されていない答案が比較的多く, その中には, 同法第61条第2項の適用に関し, 本問の著作権譲渡契約において翻案権等は「特 掲」されていると断じ, あるいは, 留保推定が覆滅すると断じただけで論述を終 えている答案が相当あった。 本問における同法第61条第2項の解釈・当てはめ - 37 - をそのように行うならば, Aに翻案権等は留保されていないこととなるため, 同 法第113条第2項について論じる前提を欠くことになろうが, 本問は, Aが差 止請求をするためにどのような主張をすべきかを問うものであるから, 前提条件 も含めてAの主張として想定できることを論じるべきである。 また, 著作権法第113条第1項第2号の「所持」について論じる答案が見ら れたが, Fに同号所定の「頒布の目的」があったと考えられるのかについては疑 問である。 エ 設問3について 多くの答案は, プログラムの著作物の貸与に当たることを当然の前提として, 貸与権の侵害を指摘しただけで, あるいはこの点と貸与権の消尽の問題について 論じただけで終わっていた。 しかし, 本問は, プログラムが組み込まれた工業製 品の貸与という設問の特殊性に着目して論述できるかどうかをみようとした問題 である(レンタカーの計器類やエンジンのコンピュータ制御装置に組み込まれて いるプログラムについて, レンタカーそのものの貸与と別個に評価して貸与権を 論じることの落ち着きの悪さを想起してもらいたい)。 結論はいずれでもよいが, 上記特殊性を踏まえつつ貸与権侵害の成否について論じた答案は極めて少なく, 残念であった。 なお, 貸与権の消尽に関し, これを認めるとする答案が見られた。 しかし, 著 作権法の規定等からして, このような見解を採ることは相当困難なのではないか と思われる。 かかる見解を採っている答案において, その論拠を説得的に論じき れているものは見当たらなかった。 (3) 4つの評価水準について ア 各答案は, それぞれが取り上げている論点の内容やその重点の置き方, 結論の 方向性, 論理展開の順序や方法など, あらゆる意味で千差万別である。 他方で, 出題者としては必ずしも一つの答えを求めているものではないことから, どのよ うな答案が各水準に相当するのかについて述べることは極めて困難である。 した がって, ある答案について, それがいかなる評価水準に当たるかは, 必ずしも以 下に述べるところだけで判断できるものではないことに留意が必要である。 イ 採点実感を踏まえ, 評価に関する重要な要素と思われるものの例を抽出すると, 以下のとおりである。 ・事例分析が正確になされているか ・論点に関する正確な理解がなされているか ・条文を的確に踏まえて検討されているか ・当てはめが的確になされているか ・論述の質・量におけるバランスがとれているか ・全体的に説得力のある論述がなされているか あえて述べれば, 以上のような要素がすべて優れたレベルにあれば「優秀」, それに次ぐレベルにあれば「良好」, ひととおりの水準にあれば「一応の水準」, それも満たしていないものが「不良」ということができる。 ウ これを第1問について具体的に見てみると, 正確な事例分析が行われ, 均等論 について要件・趣旨ともに正確に理解されており, 的確な当てはめにより明確に 結論が示されており, 論述全体を見ても過不足がなく説得力に富む答案について - 38 - は「優秀」, 事例分析がそれ相当になされており, 均等論についてもひととおり の理解が見られ, 当てはめをして妥当な結論を示していれば「良好」, 事例分析 についてはもう少し踏み込んでほしいが, 均等論についての理解に基づいて一応 の当てはめがなされて結論に至っているようなものは「一応の水準」, 均等論が 理解されていないと思われるもの, 事例分析が粗雑で不適切なもの, 当てはめが されていない又は明らかに誤っているもの, 無関係な事項を長々と論じているも のなどについては, 「不良」の評価に傾くことになる。 エ 同じく, 第2問においては, 出題の趣旨を的確にとらえた上で, 事実関係に即 して, 関係者の有する権利関係とこれに対する侵害の成否について過不足なく論 じ, かつ, 条文を踏まえた的確な当てはめを行っており, さらに, プログラムの 著作物という本設問において対象となっている著作物の特殊性を十分に意識した 論述を行っているものが「優秀」, 出題の趣旨を的確にとらえて, 各設問に対応 した適切な論述を行うなど, 比較的水準の高いものが「良好」, 問題となる条文 を指摘するなどして, 各設問に一応対応した記述を行っているなど, ある程度の 評価を与えることができるものが「一応の水準」, 著作権や著作者人格権に関す る知識が不正確なもの, 条文を踏まえないで論述を展開しているもの, 設問の問 に対応しない記述を行っているものなどが「不良」という評価に相当するであろ う。 (4) その他の指摘事項(答案の形式面について) 文字の字体を崩したり, 小さな字で無造作に続け書きをするなど, 判読困難な文 字で書かれた答案が少なからず見られた。 これでは, せっかく記述しても, 内容が 正確に伝わらないといった結果を招きかねない。 美しい文字である必要はないが, 少なくとも普通に判読できる文字で記述するよう心掛けるべきである。 また, 加削等ある程度の訂正を施すことは問題ないが, できる限り大きな訂正に ならないよう注意すべきである。 今般の答案の中には, 極めて無秩序な訂正を行っ ているものもあり, 閉口した。 答案構成をある程度固めてから答案を書き始めれば, 極端な訂正をする必要性は生じないものと思われる。 比較的大きな訂正を行わざる を得なくなった場合には, 読み手にもその訂正内容が容易に理解できるよう, 記載 方法等に配意すべきである。 3 法科大学院教育に求めるもの 従前から指摘していることであるが, まず基本的事項につき, 単に記憶させるので はなく, 十分に理解させるような教育をお願いしたい。 理解することにより正確な知 識が身に付き, また, 理解する過程で法的なものの見方や論理的思考力が鍛えられる ものと考えられる。 今回の答案審査に当たり, 基本的事項を十分理解することなく記 述していると思われる答案が多かったので, 特に強調して指摘する次第である。 また, これも従前から指摘していることであるが, 事実関係を丁寧に分析し, 的確 に当てはめる訓練をしっかり積ませていただきたい。 理解に基づく正確な知識等があ っても, 具体的な事例において的確に当てはめることができなければ意味がない。 事 実関係の分析力と的確な当てはめをすることができる力をつけさせるよう, 十分に指 導していただきたい。 - 39 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(労働法) 1 2 出題の趣旨, ねらい等 公表済みの「出題の趣旨」のとおりである。 採点方針 設問の事例を基に必要な論点を的確に抽出できているか, 論点に関係する法令, 判 例及び学説を正しく理解し, これを踏まえて, 必要な事実の摘示・当てはめをしなが ら, 論理的かつ一貫性のある法律構成を展開して, 適切に結論を導き出しているかを 基準に採点した。 出題の趣旨に沿った主要な論点を的確に取り上げた上, その論述が期待される水準 に達している答案については, おおむね標準以上の得点を与え, さらに, 事案に即し た派生的な論点にも言及し, あるいは, 必要な事実を過不足なく摘示するなど, 優れ た事例分析や考察が認められる答案については, 更に高い得点を与えることとした。 3 採点実感等 (1) 第1問について 小問(1)を総評すると, 必要な論点の抽出が非常に不十分な答案が相当数あり, 期待される水準に達していた答案が予想以上に少なかった。 本問では, 事業譲渡に伴う労働契約の承継に関するA社・B社の意思解釈及びX1 を不採用としたB社の意思についての検討が不可欠である。 事業譲渡の法的性質に ついては一応の理解があると認められる答案が多く, 労働契約承継が事業譲渡当事 者の合意に基づくとの見解を採るものがほとんどであったが, この場合, 当事者の 合理的意思解釈によって結論を導くのが論理的な筋道である。 特に, X1・B社間の 労働契約の成立を認める場合には, A社・B社の労働契約承継に関する意思をどう 解釈するのか, また, B社の意思に反してX1との労働契約成立を認める法律構成を どう考えるか, といった点について, 事例に即して, かつ, 法令及び判例等を踏ま えて論じる必要がある。 ところが, これらの検討が全くないまま, 単にX1の採用へ の期待や不採用の不利益を理由に, 信義則ないし権利濫用といった一般条項を十分 な理論的根拠なく引用し, 労働契約成立の結論を導く答案が少なくなかった。 また, 事業譲渡に伴う労働契約承継を否定する立場に立つ場合, 新規採用(労働契約の締 結)の問題となるにもかかわらず, B社のX1不採用が信義則ないし権利濫用により 無効であるなどと論じてB社の採用義務を肯定する答案も散見されたが, 法律論と しては不適切である。 なお, 労働契約承継について, 労働者たるX1の同意が要件と なることに言及した答案は, 加点の対象とした。 次に, B社のX1に対する書類選考のみで優先採用する旨の説明とX1の応募によ るX 1 ・B社間の個別の労働契約成立の可能性について検討することが期待された が, この論点を的確に論じた答案は少なかった。 また, 多くの答案がX1不採用の不当労働行為性に言及していたが, この論点のみ を一般論から長々と論述し, 他の論点とのバランスを欠く答案が相当数見られた。 損害賠償請求の可否については, 労働者たる地位の確認及び賃金請求の可否とは 別に検討し, 論述すべきであり, 特に, X1・B社間の労働契約成立を否定する結論 - 40 - を採る場合, X1を救済する他の手立てとして, 期待権侵害や不当労働行為に基づく 損害賠償請求の検討が求められる。 しかし, 労働者たる地位の確認及び賃金請求を 肯定する(又は否定する)結論に併せて, 損害賠償請求も同じく肯定する(又は否 定する)として終える答案が多かった。 また, これを分けて論じた答案でも, 損害 の内容について具体的に検討したものは少なかった。 なお, 賃金請求を肯定した場 合, 設問の事例で逸失利益を認定するのは難しいが, その点に言及した答案は, 加 点の対象とした。 次に, 小問(2)については, 多くの答案が, 労働契約法第16条を摘示し, 整 理解雇の問題であるとしていわゆる4要件(要素)の充足を検討して結論を導いて おり, 期待される一応の水準に達している答案が比較的多かった。 ただし, 設問の 事例の当てはめにおいて, 例えば, A工場部門従業員の職種・勤務地限定の事実関 係は, 人選の合理性の観点だけでなく, 解雇回避努力義務の観点でも検討すべきも のであるが, 一方しか検討していない答案が多かった。 他方, 一つの事実関係につ いて複合的に要件(要素)充足性を検討している答案には, 相応の評価を与えた。 (2) 第2問について 第2問では, 出題の趣旨に沿った主要な論点の抽出, 法的評価に結びつく事実の 抽出・当てはめ, これらを踏まえた救済手立ての在り方を整合的に論述することが 求められるところ, 多くの答案は, そのうち, 主要な論点の拾い上げと救済手立て の言及がおおむねできており, 期待される水準には一応達していたが, それを超え て, 必要な事実の摘示と要件該当性の検討が十分に出来ていた答案は必ずしも多く なかった。 設問1では, X1組合の救済手立てにつき, 多くの答案がY社によるチェック・オ フの一方的中止(支配介入)及び団交拒否を理由とする労働委員会への救済手続に 言及できており, また, 裁判所への救済手立てとして, 団体交渉を求め得る地位の 確認請求や不当労働行為が不法行為であることを理由とする損害賠償請求に言及で きていた。 X2の救済手立てについては, Y社に対する未払賃金(A組合脱退後に控 除された組合費相当分)請求が重要であるが, これを的確に指摘できた答案は意外 に少なかった。 設問2では, 言及すべき論点と事実が少なくないことから, 丁寧な事例分析によ って, これらを的確に抽出するとともに, その重要度の軽重に応じてバランスよく 論述することが求められるが, ある論点について一般論を長々と論じるなど, 全体 として必要な論点や事実の摘示が不十分な結果, 得点が伸びない答案が少なくなか った。 まず, X1組合とのチェック・オフ協定の一方的中止にかかわる不当労働行為(団 交拒否及び支配介入)の成否を検討するには, Y社が中止の理由として主張する, X1組合が過半数組合でなくなった事実及び協定の期間が満了した事実が団交拒否の 正当理由, あるいは, チェック・オフ中止の正当性の根拠(支配介入の実体ないし 支配介入意思を否定する事情)といえるかが重要な論点であるが, この点に的確に 言及できた答案は多くなく, 団交拒否に関しては, Y社が上記主張に固執したこと のみを強調して誠実交渉義務違反を論じるにとどまる答案が多かった。 なお, 過半 数組合でなくなったX1組合とのチェック・オフ協定につき, 労働基準法第24条第 1項違反を論じた答案が少なくなかったが, 本問ではむしろ, 上記の正当理由等の - 41 - 検討の中で同条の過半数組合要件がチェック・オフ協定の存続要件か否かを論じる ことが求められる。 そのほか, チェック・オフ協定につき, 期間が満了したとはい え, これまで同協定を10年間継続してきた事実をとらえて, 団交拒否の正当理由 を否定する事情や支配介入を肯定する事情として検討する意味があるが, 同事実に より労使慣行(民法第92条)としてチェック・オフ協定が有効に継続するといっ た, 労働法の基本的理解に欠けると思われる答案も散見された。 次に, Y社がA組合のためにX2に係るチェック・オフを継続したことについて, X1組合及びX2の各救済手立ての当否を検討するには, チェック・オフ協定の法律 関係(労働基準法第24条第1項との関係, 効果, 組合員との組合費支払委任契約 の要否, 労働協約として締結されたチェック・オフ協定の規範的効力の有無)に関 する見解を示した上, X2のA組合脱退の有効性(組合員の脱退に組合の承認を要す る旨の組合規約の有効性)の検討が必要となる。 しかし, チェック・オフ協定の法 律関係とX 2脱退の有効性の問題が整合的に論じられていない答案が少なくなかっ た。 なお, X2のチェック・オフ中止申入れにより組合費支払委任契約が解除された ことから, Y社はA組合のためのチェック・オフを継続できないとの結論を導き, X2の脱退の有効性に言及しない答案が比較的多かったが, Y社がX2に係るチェッ ク・オフを継続しているのは, X2のA組合脱退が有効でないことを根拠としている ことが明らかである以上, この論点に言及しないのは検討が不十分と評価せざるを 得ない。 次に, 救済手立ての可否の検討では, 労働委員会と裁判所の権限や機能の違いを 踏まえた論述が求められるところ, これを意識した答案は必ずしも多くなかった。 4 今後の出題 出題方針について変更すべき点は特にないものと考える。 今後も, 法令, 判例及び 学説に関する正確な理解を前提として, 的確に事例を分析し, 必要な論点を抽出して, 自己の法的見解を展開し, これを事例に当てはめることによって, 妥当な結論を導く という, 法律実務家に求められる基本的な能力・素養を試す出題を継続することとし たい。 5 今後の法科大学院教育に求めるもの 法令・判例・学説に関する基本的知識については, 正しい理解に基づき, かつ, 網 羅的に習得することを更に目指していただきたい。 また, 事例を的確に分析し, 紛争 解決のために必要な事実と論点を抽出した上, これに適合する法令・判例・学説を踏 まえて, 論理的で相互に整合性のある法律構成を展開し, 妥当な結論を導くという, 法的思考力の更なる養成をお願いしたい。 さらに, 上記に関連して法科大学院生の学習方法について付言すると, 基本的な判 例(特にリーディング・ケースとなっている最高裁判例)については, 単に判例解説 等に要約された「事実の概要」と「判決要旨」のみを確認して事足れりとするのでな く, 直接, 判決文に当たって, 裁判所がどのような事実関係に着目し, いかなる法律 構成を採って, 当該判断を導いたのかを正しく理解する学習が望まれる。 - 42 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(環境法) 【第1問について】 1 出題の意図に即した答案の存否, 多寡 第1問は, 容器包装リサイクル法の仕組みと拡大生産者責任の考え方との関係を問 う基本的な問題であった。 設問1(1)に関して, 問題文中の「考え方」が拡大生産者責任(EPR)を意味 することは, ほとんどの答案において指摘されていた。 さらに, 特定事業者に対する 再商品化義務付けがその法政策的反映であることも, ほとんどの答案が指摘していた。 それを踏まえ, 循環型社会形成推進基本法第11条の要旨を示した上で, 容器包装 に係る分別収集及び再商品化の促進等に関する法律(以下「容器包装リサイクル法」 という。 )におけるその具体化状況を条文に則して指摘することが求められたが, 前 者の論述がかなりを占める答案が比較的多くあった。 スペース配分とすれば, むしろ 逆にすべきである。 また, 容器包装リサイクル法についても, 第2章の責務規定では なく, 第6章の具体的義務規定(第11〜13条)を指摘すべきところ, 前者のみに とどまる答案が散見された。 具体的権利義務規制に及ばなければ規制の意味は乏しい。 一定の場合に, 分別収集をする市町村に金銭を支払う制度になっている(第10条の 2)ことも「考え方」の現れである点については, 3分の1程度の答案しか指摘して いなかった。 設問1(2)に関しては, 拡大生産者責任の「定義」はほとんどの答案において指 摘されていたものの, それが環境配慮設計(DfE)の実現を目指すという機能を持 つ点にまで言及する答案は半数程度であった。 EPRのエッセンスは, インセンティ ブの創出である。 また, それが再商品化義務との関係でどのような意味を持つかにつ いて理解していると推察される答案は少なかった。 市町村に金銭を支払う制度が法改正で導入されたという点を設問1(1)で指摘し たことを受けて, しかしながらそれはまだ環境配慮設計を実現するための十分なイン センティブにはなっていないと指摘できた答案は少なかった。 法改正が何を目指しど のような限界を持つかは, 法政策的観点からは重要な観点であり, こうした視点で論 述した答案には高い評価が与えられた。 再商品化義務があるにもかかわらずそれを果たさないという意味で「フリーライダ ー」という言葉が使われるが, その意味を正確に理解せず, 単に特定事業者のカテゴ リーに含まれないという意味で用いていた答案が少なくなかったのは意外である。 設問2(1)に関して, 主務大臣が講ずべき措置が, 容器包装リサイクル法の指導 ・助言(第19条), 勧告・公表・命令(第20条)であることについては, ほとん どの答案が指摘していた。 命令違反に対しては刑罰の適用がある(第46条)が, こ の点を見逃している答案がかなりあった。 また, 触れていた答案でも, 刑罰の適用に は刑事手続を要することを失念し, 単に「主務大臣は罰金を科することができる」と いう趣旨を記述するものが意外に多かった。 科刑のためには, 主務大臣は告発をする ことになる(刑事訴訟法第239条第2項)。 本問では「循環的利用」をしていないことが問題になっているのであるから, 容器 包装リサイクル法第19条以下の適用となるが, 「排出の抑制」と速断して同法第7 条の5以下について論ずる答案が散見された。 - 43 - 設問2(2)に関して, 主務大臣が具体的措置を講ずる前の段階で, 義務不存在確 認訴訟を提起することについては, 大半の答案が触れていた。 ただ, 「確認の利益」 が認められるかどうかを事案に即して説明した答案は半分程度にとどまった。 この点 について丁寧に論述した答案は, 積極的に評価した。 措置命令に対する差止訴訟・取消訴訟について触れる答案は, 意外に少なかった。 公表の処分性を論じた上でその差止訴訟・取消訴訟について触れる答案は, 散見され た程度であった。 差止訴訟を挙げる答案でも, 事案に即して認容要件を論ずるものは ほとんどなかった。 単に訴訟類型を挙げるだけではなく, 事案に即した説明が求めら れる。 2 出題の意図と実際の解答に差異がある原因として考えられること 設問1(1)については, 循環基本法と容器包装リサイクル法の関係, 及び, 後者 の基本的な仕組みを問う出題であったため, 全体としてよくできていた。 (2)につ いては, 拡大生産者責任の定義は覚えているものの, それが具体的法政策にどのよう に反映するのかという点にまで広げて理解をしているかどうかが得点の分かれ目にな った。 設問2(1)(2)については, 主務大臣がどのような措置を講じようとしている か, 講じたかを時間軸に沿って理解し, それぞれのタイミングでどのような訴訟を提 起できるかという論述を期待したが, 思いつくだけの訴訟類型を平板に並べる答案が 多かった。 これは, 環境法の実施過程に対する想像力がいささか欠けているからであ ろう。 また, 訴訟類型を示すだけで事案に当てはめないのは, 理解として定着してい ないことを示していると思われる。 3 各水準の答案のイメージ 各水準の答案のイメージは, 一概には言えないが, 「優秀」といえる答案のイメー ジは, より広い視点から論点をとらえて, それを基本的考え方と関係させたり設例の 状況に照らしながら論じているものである。 単に用語を記憶したというだけではなく, それが持つ意味を設例との関係で説明できている答案は, 高く評価された。 要は「余 裕を持って周りが見えている」ともいえるような答案であり, その程度が相対的に低 いものが, 「良好」な答案とされる。 「一応の水準」とは, 論点が何かが把握されてお り, それに関して最低限の論述がされているものである。 「不良」とは, それすらさ れていないものである。 【第2問について】 1 出題の意図に即した答案の存否, 多寡 設問1では, @C社の工場については民法のほか, 大気汚染防止法の無過失責任規 定(同法第25条)の適用が問題となることについて指摘し, AD社の高速道路につ いての民法第717条の瑕疵とC社の工場についての同法第709条の過失が問題と なること, 瑕疵と過失行為とによる損害の惹起の場合の共同不法行為規定(同法第71 9条)の適用の可否を論じた上で, 例えば, 両者に「弱い関連共同性」しかないとす れば同条1項後段を類推適用することなど, 下級審裁判例ないし学説を踏まえた記述を し, B大気汚染と健康被害の因果関係の問題については疫学的因果関係について言及 - 44 - するほか, 非特異性疾患の事案における集団的因果関係と個別的因果関係の関連及び 相対的危険度の問題を取り上げることの可否について論ずることが期待される。 また, C違法性については受忍限度論の採用の可否, 被害の考慮, 公共性の考慮の可否, 環 境基準と受忍限度との関係などについて論ずることが望まれる。 実際の答案においては, @の指摘は, 一部にとどまった。 Aのうち, D社の高速道 路についての民法第717条の瑕疵とC社の工場についての同法第709条の過失が 問題となることの指摘も, 散見されるにとどまった。 瑕疵と過失行為とによる損害の 惹起の場合の共同不法行為規定(同法第719条)の適用の可否の指摘は, ほとんどで きていなかった。 両者に「弱い関連共同性」しかないとすれば同条第1項後段を類推 適用することなどの指摘は, 相当多くの者ができていた。 B疫学的因果関係について の言及は, 相当多くなされていたが, その内容を正確に記述した者は, 一部にとどま った。 非特異性疾患の事案における集団的因果関係と個別的因果関係の関連及び相対 的危険度の問題を取り上げることの可否については, 一部の者が記述したにとどまっ た。 C受忍限度論の採用の可否については, 相当多くあったが, 被害の考慮, 公共性 の考慮の可否, 環境基準と受忍限度との関係等について正確に記載した者は少なかっ た。 また, 因果関係と共同不法行為の論理的順序について整理が十分にできている答 案は多くなかった。 設問2については, @取消訴訟の対象を「改定告示」とすることや, 被告を「国」 とすること, A原告の主張として, 環境基準は大気汚染防止法の排出基準, 総量規制 基準と法的連動関係にあることや, 環境基準は法律上の許容限度, 受忍限度として裁 判例上用いられていること, B被告の反論として, 排出基準, 総量規制基準は, 環境 基準から直接自動的に決定されず, その関係は事実上のものであることや, 環境基準 は行政の努力目標にすぎず法律上の許容限度・受忍限度を設定するものではないこと などの指摘をすることが望まれる。 実際の答案においては, @については, ほとんど指摘できていなかった。 ABのう ち, 大気汚染防止法の排出基準, 総量規制基準との連動関係については, 相当多くの 者が指摘していたが, 正確かつ詳細な記述は, 少なかった。 環境基準と法律上の許容 限度, 受忍限度との関係についての指摘は, 一部にとどまった。 AとBを分けずに解 答した答案も少なくなかった。 2 出題の意図と実際の解答に差異がある原因として考えられること 設問1については, 単に民法の不法行為の問題としてだけでなく, 環境訴訟で実際 に争点となる事項を的確に取り上げて論じられるような勉強がなされていなかったの ではないかと考えられる。 また, 因果関係と共同不法行為の論理関係について十分な 勉強がなされていなかったと考えられる。 設問2については, 上記のように, AとBを分けずに解答した者が少なくなかった が, 問題文にのっとった解答をすること, さらには, 訴訟における原告と被告の主張 を考えるような学習の仕方をすることが望まれる。 3 各水準の答案のイメージ 各水準の答案のイメージは, 一概には言えないが, 「優秀」「良好」といえるのは, 上記の各点について論理的に整理し, その多くについて, 判例, 学説を踏まえた的確 - 45 - な記述を行っているものである。 本問では論点が多いため, この種の事件でどこが争 点になるかを把握し, 解答したものが優秀な答案になったと言える。 「一応の水準」 と言えるのは, 上記の各点の論理的整理は必ずしも十分でないが, それなりの部分に ついて, やや不正確, 曖昧な部分等を含みつつ, 一応の指摘を何とか行っているもの である。 「不良」というのは, 設問において何が問題点となるのかが理解できていな いものである。 争点を把握せず, 不法行為等の要件を漫然と記述していたものには良 い評価は与えられなかった。 【今後について】 環境法学習においては, 基本的考え方や基本的仕組みを理解することは重要であるが, それは言わば「点」でしかない。 それが具体的制度とどのように関係するか, どのよう な場面で適用することができるかを学習することによって, 「点」を「面」に発展させ ることができるのである。 法科大学院においては, 単なる仕組みの解説にとどまるので はなく, このような視点に留意していただけると有り難い。 訴訟に関する出題は, 過去の新司法試験においてもされている。 個別法に規定される 行政権限や法関係と訴訟類型を結びつけるだけの答案がなお多くみられるのは, 法律の 仕組みの学習の際に訴訟の可能性と関係付けて議論していないからではないかと推測さ れる。 また, 環境訴訟で実際に争点となる事項, 原告と被告が主張する事項を考えるよ うな学習の仕方がなされていないと考えられる。 この点についても留意されることが望 ましい。 - 46 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(国際関係法(公法系)) 1 第1問 (1) 設問1 国家承認の問題であることはほとんど全ての答案が理解していたが, 尚早の承認 に当たるかどうかが論点であることに気付いていないものが少なくなかった。 国家 承認を行うかどうかは国家の自由であり, およそ国際法違反の問題が生じないとす る答案が残念ながら少数見受けられた。 また, 国家承認という国家の行為の法的評 価を問題にしていたのに, 国家成立の可否の問題と混乱したのか, 国家承認に関す る創設的効果説・宣言的効果説から議論を始める答案が少なからずあったことには 当惑した。 (2) 設問2 ほとんど全ての答案が国家たる要件(3ないし4)を挙げ, また, 国家承認そし て創設的効果説・宣言的効果説というタームにほとんどの答案が言及していた。 し かし, 国家承認の各学説の内容や論拠を正確に述べることができなかったものが少 なからずいた。 そもそも国家成立に当たって, 国家承認がどのように関係するかに ついて意識が及んでいないものが散見されたのは大きな問題であった。 「セント国」 承認国が50か国あることには当然論及してほしかったが, この点に注意を払って いない答案が相当数あった。 (3) 設問3 比較的多数の答案は, Z国のX国に対する軍事支援を「セント国」に対する武力 行使ととらえた上で, そのような武力行使が許されるのはどのような場合かについ て検討していた。 しかし, 本問では, セント国が誕生途上, せいぜい誕生直後の国 でありZ国は依然セント国を承認していない中で軍事支援を行ったことに注意を払 う論述が欲しかったが, その点まで説明していたものは少数にとどまった。 (4) 答案の水準 第1問について答案を「優秀」, 「良好」, 「一応の水準」及び「不良」に分類する と各分類に相当するものはおおむね次のようなものと言える。 優秀:国際法の基本的な知識・理解を基に論理的に一貫した思考過程によって, 3問全部について事例をきちんと解析し, 想定される論点をほぼ押さえて 結論を導いた答案。 設問1について国家行為としての国際法上の承認の意 味を十分に理解し, その帰結として「尚早の承認」に気付き, 設問2につ いて, 国家の最低資格要件を踏まえて国家成立と国家承認の意味をきちん と理解した上で事例を解析し, そして設問3について, 50か国とはいえ 承認国がまだ限られている「新国家」に対する軍事支援の意味を理解した 上で解答している答案 良好:国際法の基本的な知識・理解を基に論理的に一貫した思考過程によって, 3問のうち2問について事例をきちんと解析し, 想定される論点をほぼ押 さえて結論を導いた答案。 設問3について一応の解答をしながら, 設問1 や設問2について国家承認の理解がやや浅いものや, 設問1及び設問2に ついて水準をみたす解答を行っているのに, 設問3について単純な武力行 使の問題と考えた答案がそれに該当する。 - 47 - 一応の水準:国際法の基本的な知識・理解が一応あり, それを応用して結論を導 き出そうとする姿勢が見られるけれども, その知識や理解に十分でない面 があるために, 問題の解析が不十分な答案。 設問1や設問2について, 国 家承認の概念には触れながらその理解が十分ではないために解答に深みが 欠けた上で, かつ設問3を単純な武力行使の問題ととらえる答案がその代 表的なものである。 不良:国際法の基本的な理解に乏しく, 設問の意味をほとんど理解せずに解答を 行っているなど, 国際法をきちんと履修したとは思えない答案。 国際法に ついて若干の知識があると見受けられるが, 各設問について常識論を展開 するにすぎないものや, そもそも出題の趣旨がほとんど理解できていない ものがその代表的なものである。 2 第2問 (1) 設問1 よく出来ている答案とそうでない答案の「二極化」が顕著だった。 ほとんどの答 案が領域使用の管理責任の概念について説明し, その適用を論じたものだった。 領 域主権の行使に対して制約を課す原則である領域使用の管理責任, 国際環境法の発 展と歩調を合わせて展開した国際環境損害防止原則, トレイル熔鉱所事件などが, よく出来ている答案では遺漏なく触れられていた。 少数であったが, 領域主権の限 界を画すという点で重要な領域使用の管理責任の成立過程と背景について論じたレ ベルの高い答案もあった。 他方で, これらについて全く理解や知識がないためか, 「他国に損害を与えてはならない」という「常識論」しか記載されていない答案も 目立った。 (2) 設問2 外交保護権については全体的によく出来ていた。 外交的保護権が国家の権利であ ることはほとんどの答案で解答されていた。 しかし, その不行使について, 従来か ら人権保護や個人救済の観点から批判があったが, この点にまで触れた「厚みのあ る」答案は, 1.5割程度と少数しかなかった。 (3) 設問3 外交保護権行使の要件としての国籍が真正な結合基準を満たした国籍でなければ ならないことは, 大方の答案で解答されていた。 真正な結合要件とその当てはめに ついては総じてよく書けており, 設問の事実関係を当てはめて本件で真正な結合が 認められないことまで丁寧に論証した答案も半分強程度はあった。 外交保護権行使 の要件としての国籍について, 国際法平面での効力と国内法平面での効力が区別さ れることを, 国際法と国内法の関係の問題にまで立ち返って論じている答案もあっ たが, 大方は両者の区別を述べるにとどまった。 国籍の付与についての国家の裁量, 外交保護権行使の要件, 国際法と国内法との区別という論点が実は簡単でないため に, 意外に多くの答案で混乱が見られた。 (4) 答案の水準 第2問について答案を「優秀」, 「良好」, 「一応の水準」及び「不良」に分類する と各分類に相当するものはおおむね次のようなものと言える。 優秀:領域使用の管理責任原則, 外交保護権の国家性, 国籍に関する真正結合基 - 48 - 準, 国籍の国際法上の効力と国内法上の効力など, 法的な概念や原則を正 確に記すとともに, それらを用いた論証が十分である答案 良好:上記の法的な概念や原則が正確に記載されているが論証が十分とまではい えないか, 逆に, 論証は充実しているが, 法的な概念や原則が適切に記載 されていない答案 一応の水準:法的な概念や原則の記載が半分程度, 論証が半分程度の答案 不良:設問の事例説明や, 設問を繰り返している以上には, 受験生自身の言葉で 解答として論証されていない答案 3 その他 第1問, 第2問のいずれについても言えることだが, 答案に問題を改めて記載する 例が少なからず見られたが, 問題を写したとしても加点されず, 意味がないばかりか, 答案用紙の紙幅が足りなくなって論ずるべき点の記載が不十分になるなど弊害にもな る。 解答は長く書く必要はないが, 結論だけでなく結論に至る各自の理解を記載して もらわないと加点されないので, その点は注意してほしい。 - 49 - 平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(国際関係法(私法系)) 1 出題の趣旨, ねらい等 本年度の国際関係法(私法系)の問題は, 昨年と同様に, 狭義の国際私法(抵触法) 及び国際民事訴訟法から出題されている。 これらの法分野に関する理解を問うため, 財産法と家族法の双方に関する法の抵触と国際民事訴訟法の分野から出題した。 また, 国際物品売買契約に関する国際連合条約(以下, 「条約」と略称する。 )について基本 的な理解を問う問題も出題している。 各問題の出題の趣旨については, 既に法務省ホ ームページにて公表済みである。 2 採点方針 これまでと同様に, 本年度も, 次の4つの能力を受験者が有しているか否かを判定 できるように出題した。 すなわち, @国際私法・国際民事訴訟法・国際取引法上の基 本的な知識と理解を基にして論理的に破たんのない推論により一定の結論が導けるか, A設例の事実からいかなる問題を析出できるか, B複数の法規の体系的な関連性を認 識しながら, 析出された問題の処理に適切な法規範を特定できるか, C法規範の趣旨 を理解して, これを設例の事実に適切に適用できるか, である。 本年度は特に上記AとBの基準から見て不十分と言わざるを得ない答案が目立った。 逆に言えば, これらの基準を満たす答案であれば「優秀」答案となる可能性が高くな る。 Cの点についても法規範の趣旨が十分に理解されていないと見られる答案, 換言 すれば, 文理にのみ着目して規定の単純な当てはめだけを行う答案が多かった。 その 結果, 規定の立法趣旨などに言及する答案は, 相対的に, 少なくとも「良好」となる 可能性が高いと見られる。 そして, 規定の単純な当てはめ作業に終始しつつも, 少な くとも@の基準をおおむねクリアーしている答案が, 多くの場合, 「一応の水準」答 案となるのではないかと見られる。 なお, 学説が分かれている論点については, 結論それ自体によって得点に差を設け ることはしていない。 むしろ, 論拠を示しつつ, 自説が論理的に展開できているか否 かを基準にして成績評価をした。 いまだ確たる判例法が形成されていない論点との関 連についても同様である。 3 採点実感 (1) 第1問について 本問は, 未成年後見の成立から終了までに生起する諸問題につき, 国際裁判管轄 と準拠法の決定・適用を問う問題である。 設問1(1)は, 未成年後見人選任の国際裁判管轄を問うものである。 未成年後 見人選任の国際裁判管轄については明文の規定もなく, 確たる判例法もない。 未成 年被後見人の保護という観点から適切な管轄権の基礎を一般論として導き, 導かれ た基礎を設例に当てはめる作業が求められている。 一般的な管轄原因を論ずるに際 して, 類推すべき規定(法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。 )第5 条や家事審判規則第82条など)への言及が推論に説得力を与えるであろう。 設問1(2)は, 未成年後見人選任に適用されるべき準拠法を問う問題である。 - 50 - 通則法第35条第1項の規律すべき問題であることを指摘し, 本国法の確定につき 同法第38条第1項ただし書きの規定が正しく適用されなければならない。 同法第 4条第1項に従い事件本人が未成年者であることも指摘してほしい。 しかるところ, 通則法第35条第1項の「後見」については正しく性質決定する答案が大多数であ ったが, 他方で, 第38条第1項ただし書きが定める内国国籍の優先を認識してい ない答案も散見された。 設問2(1)は, 通則法第31条第1項の前段と後段の規定の適用関係を問う問 題である。 後段の規定(いわゆるセーフガード条項)の趣旨を踏まえつつ, これら の規定の関係を一般的に論じ, 設例へ丁寧に当てはめることが求められている。 前 段により定まる準拠法と後段により定まる準拠法のいずれが優先的に適用されると か, 承諾(同意)要件の要否については後段のみが適用されるとの誤解に基づく答 案が相当数あった。 設問2(2)は, 養子縁組の成立により後見が終了するまでの準拠法の選択と適 用を問うている。 通則法第32条の規定は養親と養子の間の法律関係をも対象とし ていることを指摘し, 第32条の指定する子の常居所地法たる日本法の下では養親 が親権者であることを確認した後に, 後見が終了するか否かは第35条の問題であ り, 当該規定の指定する日本法の下で後見が終了する, という論述が論理的に展開 されなければならない。 第32条の規定を全く認識せず, 設問を「養子縁組の効力」 と「後見」の性質決定の問題として理解する答案が多数あった。 (2) 第2問について 本問は, 国際的な売買の事案を基にして, 関連する諸問題の決定方法を問う問題 である。 設問1(1)は, 条約の適用の可否を問う問題である。 条約第1条第1項の「売 買」及び「営業所」を, それぞれ, 条約第3条第1項及び第10条の規定と関連付 けながら論じ, 第1条第1項a号に従えば本問の事案に条約が適用されることに言及 しなければならない。 丁寧な当てはめが求められている。 なお, 条約の適用可能性 が論述されている場合には, 非締約国法が契約準拠法となっていることと条約の適 用可能性との関係についての言及は採点に影響しないものとしている。 設問1(2)は, 契約準拠法の変更を認める通則法第9条の趣旨の理解とその適 用を問う問題である。 事後の法選択を肯定することの根拠を適切かつ十分に論述す る答案が「優秀」又は「良好」と評価されよう。 第9条の規定を認識さえしていな いという答案はまれであったが, 相当数の答案は当該規定の単純な当てはめとどま っていた。 また, 準拠法の事後的変更の問題を実質法上の契約の変更の問題と混同 し, 条約第29条を適用している答案が一定数あった。 設問2(1)は, 生産物責任に関する通則法第18条の解釈と適用を問う問題で ある。 一般的不法行為に関する第17条ではなく第18条が適用されること, 「引 渡しを受けた地」という連結基準が採用された趣旨とその意味について言及するこ とが求められている。 生産者から被害者への直接の引渡しが第18条の要件である との誤解に基づく答案が少なからずあった。 設問2(2)は, 通則法第21条の理解とその適用を問う問題である。 不法行為 について準拠法の選択が許容される理由と選択の要件, 取り分け選択の時点につい て論述しなければならない。 この問題においても, 当該規定を単に当てはめるだけ - 51 - の答案が多数に上った。 4 今後の出題について 今後も, 狭義の国際私法, 国際民事訴訟法及び国際取引法の各分野の基本的事項を 組み合わせた事例問題を出題することが適切であろうと考えられる。 5 今後の法科大学院教育に求めるもの 通則法等の重要法令について, 個々の規定の趣旨及び規定の間の体系的関連性を理 解させる教育が望まれる。 - 52 -