平成29年司法試験予備試験論文式試験問題と出題趣旨 [憲 法] 次の文章を読んで,後記の〔設問〕に答えなさい。 A県の特定地域で産出される農産物Xは,1年のうち限られた時期にのみ産出され,同地域の気 候・土壌に適応した特産品として著名な農産物であった。Xが特別に豊作になる等の事情があると, 価格が下落し,そのブランド価値が下がることが懸念されたことから,A県は,同県で産出される Xの流通量を調整し,一定以上の価格で安定して流通させ,A県産のXのブランド価値を維持し, もってXの生産者を保護するための条例を制定した(以下「本件条例」という。)。 本件条例では,@Xの生産の総量が増大し,あらかじめ定められたXの価格を適正に維持できる 最大許容生産量を超えるときは,A県知事は,全ての生産者に対し,全生産量に占める最大許容生 産量の超過分の割合と同じ割合で,収穫されたXの廃棄を命ずる,AA県知事は,生産者が廃棄命 令に従わない場合には,法律上の手続に従い,県においてXの廃棄を代執行する,BXの廃棄に起 因する損失については補償しない,旨定められた。 条例の制定過程では,Xについて一定割合を一律に廃棄することを命ずる必要があるのか,との 意見もあったが,Xの特性から,事前の生産調整,備蓄,加工等は困難であり,迅速な出荷調整の 要請にかなう一律廃棄もやむを得ず,また,価格を安定させ,Xのブランド価値を維持するために は,総流通量を一律に規制する必要がある,と説明された。この他,廃棄を命ずるのであれば,一 定の補償が必要ではないか等の議論もあったが,価格が著しく下落したときに出荷を制限すること はやむを得ないものであり,また,本件条例上の措置によってXの価格が安定することにより,X のブランド価値が維持され,生産者の利益となり,ひいてはA県全体の農業振興にもつながる等と 説明された。 20××年,作付け状況は例年と同じであったものの,天候状況が大きく異なったことから,X の生産量は著しく増大し,最大許容生産量の1.5倍であった。このため,A県知事は,本件条例 に基づき,Xの生産者全てに対し,全生産量に占める最大許容生産量の超過分の割合に相当する3 分の1の割合でのXの廃棄を命じた(以下「本件命令」という。)。 甲は,より高品質なXを安定して生産するため,本件条例が制定される前から,特別の栽培法を 開発し,天候に左右されない高品質のXを一定量生産しており,20××年も生産量は平年並みで あった。また,甲は,独自の顧客を持っていたことから,自らは例年同様の価格で販売できると考 えていた。このため,甲は,本件命令にもかかわらず,自らの生産したXを廃棄しないでいたとこ ろ,A県知事により,甲が生産したXの3分の1が廃棄された。納得できない甲は,本件条例によ ってXの廃棄が命じられ,補償もなされないことは,憲法上の財産権の侵害であるとして,訴えを 提起しようと考えている。 〔設問〕 甲の立場からの憲法上の主張とこれに対して想定される反論との対立点を明確にしつつ,あな た自身の見解を述べなさい。なお,法律と条例の関係及び訴訟形態の問題については論じなく てよい。 (出題の趣旨) 本問は,架空の条例を素材に,憲法上の財産権保障(憲法第29条)についての 理解を問うものである。 本件条例は,Xのブランド価値を維持し,Xの生産者を保護する目的で,生産量 が増大し,Xの価格を適正に維持できる最大許容生産量を超えるときに,A県知事 は,全ての生産者に対し,全生産量に占める最大許容生産量の超過分の割合と同じ 割合で,収穫されたXの廃棄を命じることとしている。まず,このような措置を定 める本件条例が,憲法第29条第1項で保障される財産権を侵害する違憲なもので あるかを論じる必要がある。その際,本件条例の趣旨・目的と,それを達成するた めの手段の双方について,森林法違憲判決(最高裁昭和62年4月22日大法廷判 決,民集41巻3号408頁)及び証券取引法判決(最高裁平成14年2月13日 大法廷判決,民集56巻2号331頁)などを参照しながら,検討する必要がある。 特に,規制手段については,甲のように,平年並みの生産高となった者や,天候状 況に左右されず一定量を生産することが可能な者が存在することを念頭に置きつつ, その合理性・必要性について考察することが求められるであろう。 次に,本件条例では,Xの廃棄に起因する損失については補償をしないとされて いるが,それが,憲法上の損失補償請求権(憲法第29条第3項)を侵害する違憲 なものであるかを論じる必要がある。この場合,@本件条例が一般的に損失補償規 定を置いていないことの合憲性と,A仮に一般的に損失補償規定を置いていないこ とが合憲であるとしても,甲の事情が,損失補償が認められるべき「特別の犠牲」 に該当し,損失補償請求権を侵害すると主張しうるか,という二つの論点がある。 これらについて,河川附近地制限令事件(最高裁昭和43年11月27日大法廷判 決,刑集22巻12号1402頁)などを参照しながら,検討することが求められ る。 [行政法] 産業廃棄物の処分等を業とする株式会社Aは,甲県の山中に産業廃棄物の最終処分場(以下「本 件処分場」という。)を設置することを計画し,甲県知事Bに対し,廃棄物の処理及び清掃に関す る法律(以下「法」という。)第15条第1項に基づく産業廃棄物処理施設の設置許可の申請(以 下「本件申請」という。)をした。 Bは,同条第4項に基づき,本件申請に係る必要事項を告示し,申請書類及び本件処分場の設置 が周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類(Aが同条第3項に基づ き申請書に添付したもの。以下「本件調査書」という。)を公衆の縦覧に供するとともに,これら の書類を踏まえて許可要件に関する審査を行い,本件申請が法第15条の2第1項所定の要件を全 て満たしていると判断するに至った。 しかし,本件処分場の設置予定地(以下「本件予定地」という。)の周辺では新種の高級ぶどう の栽培が盛んであったため,周辺の住民及びぶどう栽培農家(以下,併せて「住民」という。)の 一部は,本件処分場が設置されると,地下水の汚染や有害物質の飛散により,住民の健康が脅かさ れるだけでなく,ぶどうの栽培にも影響が及ぶのではないかとの懸念を抱き,Bに対して本件申請 を不許可とするように求める法第15条第6項の意見書を提出し,本件処分場の設置に反対する運 動を行った。 そこで,Bは,本件申請に対する許可を一旦留保した上で,Aに対し,住民と十分に協議し,紛 争を円満に解決するように求める行政指導を行った。これを受けて,Aは,住民に対する説明会を 開催し,本件調査書に基づき本件処分場の安全性を説明するとともに,住民に対し,本件処分場の 安全性を直接確認してもらうため,工事又は業務に支障のない限り,住民が工事現場及び完成後の 本件処分場の施設を見学することを認める旨の提案(以下「本件提案」という。)をした。 本件提案を受けて,反対派住民の一部は態度を軟化させたが,その後,上記の説明会に際してA が,(ア)住民のように装ったA社従業員を説明会に参加させ,本件処分場の安全性に問題がないと する方向の質問をさせたり意見を述べさせたりした,(イ)あえて手狭な説明会場を準備し,賛成派 住民を早めに会場に到着させて,反対派住民が十分に参加できないような形で説明会を運営した, という行為に及んでいたことが判明した。 その結果,反対派住民は本件処分場の設置に強く反発し,Aが本件処分場の安全性に関する説明 を尽くしても,円満な解決には至らなかった。他方で,建設資材の価格が上昇しAの経営状況を圧 迫するおそれが生じていたことから,Aは,本件提案を撤回し,説明会の継続を断念することとし, Bに対し,前記の行政指導にはこれ以上応じられないので直ちに本件申請に対して許可をするよう に求める旨の内容証明郵便を送付した。 これを受けて,Bは,Aに対し,説明会の運営方法を改善するとともに再度本件提案をすること により住民との紛争を円満に解決するように求める行政指導を行って許可の留保を継続し,Aも, これに従い,月1回程度の説明会を開催して再度本件提案をするなどして住民の説得を試みたもの の,結局,事態が改善する見通しは得られなかった。そこで,Bは,上記の内容証明郵便の送付を 受けてから10か月経過後,本件申請に対する許可(以下「本件許可」という。)をした。 Aは,この間も建設資材の価格が上昇したため,本件許可の遅延により生じた損害の賠償を求め て,国家賠償法に基づき,甲県を被告とする国家賠償請求訴訟を提起した。 他方,本件予定地の周辺に居住するC1及びC2は,本件許可の取消しを求めて甲県を被告とす る取消訴訟を提起した。原告両名の置かれている状況は,次のとおりである。C1は,本件予定地 から下流側に約2キロメートル離れた場所に居住しており,居住地内の果樹園で地下水を利用して 新種の高級ぶどうを栽培しているが,地下水は飲用していない。C2は,本件予定地から上流側に 約500メートル離れた場所に居住しており,地下水を飲用している。なお,環境省が法第15条 第3項の調査に関する技術的な事項を取りまとめて公表している指針において,同調査は,施設の 種類及び規模,自然的条件並びに社会的条件を踏まえて,当該施設の設置が生活環境に影響を及ぼ すおそれがある地域を対象地域として行うものとされているところ,本件調査書において,C2の 居住地は上記の対象地域に含まれているが,C1の居住地はこれに含まれていない。 以上を前提として,以下の設問に答えなさい。 なお,関係法令の抜粋を【資料】として掲げるので,適宜参照しなさい。 〔設問1〕 Aは,上記の国家賠償請求訴訟において,本件申請に対する許可の留保の違法性に関し,どの ような主張をすべきか。解答に当たっては,上記の許可の留保がいつの時点から違法になるかを 示すとともに,想定される甲県の反論を踏まえつつ検討しなさい。 〔設問2〕 上記の取消訴訟において,C1及びC2に原告適格は認められるか。解答に当たっては,@仮 に本件処分場の有害物質が地下水に浸透した場合,それが,下流側のC1の居住地に到達するお それは認められるが,上流側のC2の居住地に到達するおそれはないこと,A仮に本件処分場の 有害物質が風等の影響で飛散した場合,それがC1及びC2の居住地に到達するおそれの有無に ついては明らかでないことの2点を前提にすること。 【資料】 ○ 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和45年法律第137号)(抜粋) (目的) 第1条 この法律は,廃棄物の排出を抑制し,及び廃棄物の適正な分別,保管,収集,運搬,再生, 処分等の処理をし,並びに生活環境を清潔にすることにより,生活環境の保全及び公衆衛生の向 上を図ることを目的とする。 (産業廃棄物処理施設) 第15条 産業廃棄物処理施設(廃プラスチック類処理施設,産業廃棄物の最終処分場その他の産業 廃棄物の処理施設で政令で定めるものをいう。以下同じ。)を設置しようとする者は,当該産業廃 棄物処理施設を設置しようとする地を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならない。 2 前項の許可を受けようとする者は,環境省令で定めるところにより,次に掲げる事項を記載した 申請書を提出しなければならない。 一〜九 3 (略) 前項の申請書には,環境省令で定めるところにより,当該産業廃棄物処理施設を設置することが 周辺地域の生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類を添付しなければならな い。(以下略) 4 都道府県知事は,産業廃棄物処理施設(中略)について第1項の許可の申請があつた場合には, 遅滞なく,第2項(中略)に掲げる事項,申請年月日及び縦覧場所を告示するとともに,同項の 申請書及び前項の書類(中略)を当該告示の日から1月間公衆の縦覧に供しなければならない。 5 (略) 6 第4項の規定による告示があつたときは,当該産業廃棄物処理施設の設置に関し利害関係を有す る者は,同項の縦覧期間満了の日の翌日から起算して2週間を経過する日までに,当該都道府県 知事に生活環境の保全上の見地からの意見書を提出することができる。 (許可の基準等) 第15条の2 都道府県知事は,前条第1項の許可の申請が次の各号のいずれにも適合していると認 めるときでなければ,同項の許可をしてはならない。 一 その産業廃棄物処理施設の設置に関する計画が環境省令で定める技術上の基準に適合してい ること。 二 その産業廃棄物処理施設の設置に関する計画及び維持管理に関する計画が当該産業廃棄物処 理施設に係る周辺地域の生活環境の保全及び環境省令で定める周辺の施設について適正な配慮 がなされたものであること。 三 申請者の能力がその産業廃棄物処理施設の設置に関する計画及び維持管理に関する計画に従 つて当該産業廃棄物処理施設の設置及び維持管理を的確に,かつ,継続して行うに足りるもの として環境省令で定める基準に適合するものであること。 四 (略) 2〜5 ○ (略) 廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(昭和46年厚生省令第35号)(抜粋) (生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類) 第11条の2 一 法第15条第3項の書類には,次に掲げる事項を記載しなければならない。 設置しようとする産業廃棄物処理施設の種類及び規模並びに処理する産業廃棄物の種類を勘 案し,当該産業廃棄物処理施設を設置することに伴い生ずる大気質,騒音,振動,悪臭,水質 又は地下水に係る事項のうち,周辺地域の生活環境に影響を及ぼすおそれがあるものとして調 査を行つたもの(以下この条において「産業廃棄物処理施設生活環境影響調査項目」という。) 二 産業廃棄物処理施設生活環境影響調査項目の現況及びその把握の方法 三 当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影響の程度を予測す るために把握した水象,気象その他自然的条件及び人口,土地利用その他社会的条件の現況並 びにその把握の方法 四 当該産業廃棄物処理施設を設置することにより予測される産業廃棄物処理施設生活環境影響 調査項目に係る変化の程度及び当該変化の及ぶ範囲並びにその予測の方法 五 当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影響の程度を分析し た結果 六 大気質,騒音,振動,悪臭,水質又は地下水のうち,これらに係る事項を産業廃棄物処理施 設生活環境影響調査項目に含めなかつたもの及びその理由 七 その他当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影響について の調査に関して参考となる事項 (出題の趣旨) 設問1は,産業廃棄物処理施設の設置許可の申請に対し,知事が許可を留保した 上で,周辺住民との紛争を調整する行政指導を行った事例について,国家賠償法上 の違法性の検討を求めるものである。 マンションの建築確認を留保して周辺住民との紛争を調整する行政指導を行った 事案である最判昭和60年7月16日民集39巻5号989頁を踏まえ,行政指導 が継続されている状況の下で許可の留保が違法になる要件として,申請者において 許可を留保されたままでの行政指導にはもはや協力できないとの意思を真摯かつ明 確に表明したこと,及び,申請者が受ける不利益と行政指導の目的とする公益上の 必要性とを比較衡量して,申請者の行政指導への不協力が社会通念上正義の観念に 反するといえるような特段の事情がないことの二つを適切に示すことが求められる。 その上で,問題文中に示された事実を適切に上記の要件に当てはめて,許可の留 保の違法性を主張することが求められる。具体的には,真摯かつ明確な意思の表明 に関する事情として,内容証明郵便の送付が挙げられる。次に,特段の事情の有無 に関わる事情として,@Aの受ける不利益(建設費用の高騰による経営の圧迫 ), A行政指導の目的とする公益(周辺住民との十分な協議による紛争の円満解決 ), B社会通念上正義の観念に反する事情(説明会におけるAの不誠実な対応やAが示 した譲歩策の撤回)が挙げられる。これらの事実を示した上で説得力ある主張を展 開することが求められる。なお,上記@及びBの事情については,意思表明の真摯 性と関係付けて論じることも考えられる。 設問2は,付近住民が産業廃棄物処理施設の設置許可に対する取消訴訟を提起し た場合に,原告適格が認められるか否かを問うものである 。「法律上の利益」の解 釈を踏まえ,行政事件訴訟法第9条第2項の考慮要素に即して,関係する法令の規 定や原告らの置かれている利益状況を適切に考慮して,その有無を判断することが 求められる。 まず,法令の趣旨・目的の検討については,廃棄物の処理及び清掃に関する法律 第1条の目的規定に定める「生活環境の保全及び公衆衛生の向上」や第15条第6 項の定める利害関係者の意見提出権,第15条の2第1項第2号の許可基準の定め る「周辺地域の生活環境の保全」等が原告適格を基礎付ける要素に当たるか,また, 同法施行規則第11条の2が「周辺地域の生活環境に及ぼす影響」の調査を求めて いることが原告適格を基礎付ける要素に当たるかを検討することが求められる。 次に,設置許可において考慮されるべきC1及びC2それぞれの利益の内容・性 質について検討することが求められる。本件処分場がもたらす環境影響として,有 害物質の飛散と地下水の汚染がもたらす健康被害や生業上の損害(農作物への被害) が考えられるが,これらの利益の内容及び性質(重要性や回復可能性等)や侵害の 可能性を踏まえて判断することが求められる。 さらに,原告適格が認められる者の具体的範囲について,本件調査書における「対 象地域」をどのように考慮し得るかが問題となる。近時の判例(最判平成26年7 月29日民集68巻6号620頁)では,本問と類似の事案において,具体的な権 利侵害の証明がされない場合でも,対象地域内に居住すること等を考慮して原告適 格が認められており,この判断を踏まえた検討がされることが望ましい。 [民 法] 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 【事実】 1.Aは,年来の友人であるBから,B所有の甲建物の購入を持ち掛けられた。Aは,甲建物を気 に入り,平成23年7月14日,Bとの間で,甲建物を1000万円で購入する旨の契約を締 結し,同日,Bに対して代金全額を支払った。この際,法律の知識に乏しいAは,甲建物を管 理するために必要であるというBの言葉を信じ,Aが甲建物の使用を開始するまでは甲建物の 登記名義を引き続きBが保有することを承諾した。 2.Bは,自身が営む事業の資金繰りに窮していたため,Aに甲建物を売却した当時から,甲建物 の登記名義を自分の下にとどめ,折を見て甲建物を他の者に売却して金銭を得ようと企ててい た。もっとも,平成23年9月に入り,親戚から「不動産を買ったのならば登記名義を移して もらった方がよい。」という助言を受けたAが,甲建物の登記を求めてきたため,Bは,法律に 疎いAが自分を信じ切っていることを利用して,何らかの方法でAを欺く必要があると考えた。 そこで,Bは,実際にはAからの借金は一切存在しないにもかかわらず,AのBに対する30 0万円の架空の貸金債権(貸付日平成23年9月21日,弁済期平成24年9月21日)を担 保するためにBがAに甲建物を譲渡する旨の譲渡担保設定契約書と,譲渡担保を登記原因とす る甲建物についての所有権移転登記の登記申請書を作成した上で,平成23年9月21日,A を呼び出し,これらの書面を提示した。Aは,これらの書面の意味を理解できなかったが,こ れで甲建物の登記名義の移転は万全であるというBの言葉を鵜呑みにし,書面を持ち帰って検 討したりすることなく,その場でそれらの書面に署名・押印した。同日,Bは,これらの書面 を用いて,甲建物について譲渡担保を登記原因とする所有権移転登記(以下「本件登記」とい う。)を行った。 3.平成23年12月13日,Bは,不動産業者Cとの間で,甲建物をCに500万円で売却する 旨の契約を締結し,同日,Cから代金全額を受領するとともに,甲建物をCに引き渡した。こ の契約の締結に際して,Bは,【事実】2の譲渡担保設定契約書と甲建物の登記事項証明書をC に提示した上で,甲建物にはAのために譲渡担保が設定されているが,弁済期にCがAに対し 【事実】2の貸金債権を弁済することにより,Aの譲渡担保権を消滅させることができる旨を 説明し,このことを考慮して甲建物の代金が低く設定された。Cは,Aが実際には甲建物の譲 渡担保権者でないことを知らなかったが,知らなかったことについて過失があった。 4.平成24年9月21日,Cは,A宅に出向き,自分がBに代わって【事実】2の貸金債権を弁 済する旨を伝え,300万円及びこれに対する平成23年9月21日から平成24年9月21 日までの利息に相当する金額を現金でAに支払おうとしたが,Aは,Bに金銭を貸した覚えは ないとして,その受領を拒んだ。そのため,Cは,同日,債権者による受領拒否を理由として, 弁済供託を行った。 〔設問1〕 Cは,Aに対し,甲建物の所有権に基づき,本件登記の抹消登記手続を請求することができ るかどうかを検討しなさい。 【事実(続き)】 5.平成25年3月1日,AとCとの間で,甲建物の所有権がCに帰属する旨の裁判上の和解が成 立した。それに従って,Cを甲建物の所有者とする登記が行われた。 6.平成25年4月1日,Cは甲建物をDに賃貸した。その賃貸借契約では,契約期間は5年,賃 料は近隣の賃料相場25万円よりも少し低い月額20万円とし,通常の使用により必要となる 修繕については,その費用をDが負担することが合意された。その後,Dは,甲建物を趣味の 油絵を描くアトリエとして使用していたが,本業の事業が忙しくなったことから甲建物をあま り使用しなくなった。そこで,Dは,Cの承諾を得て,平成26年8月1日,甲建物をEに転 貸した。その転貸借契約では,契約期間は2年,賃料は従前のDE間の取引関係を考慮して, 月額15万円とすることが合意されたが,甲建物の修繕に関して明文の条項は定められなかっ た。 7.その後,Eは甲建物を使用していたが,平成27年2月15日,甲建物に雨漏りが生じた。E は,借主である自分が甲建物の修繕費用を負担する義務はないと考えたが,同月20日,修理 業者Fに甲建物の修理を依頼し,その費用30万円を支払った。 8.平成27年3月10日,Cは,Dとの間で甲建物の賃貸借契約を同年4月30日限り解除する 旨合意した。そして,Cは,同年3月15日,Eに対し,CD間の甲建物の賃貸借契約は合意 解除されるので,同年4月30日までに甲建物を明け渡すか,もし明け渡さないのであれば, 同年5月以降の甲建物の使用について相場賃料である月額25万円の賃料を支払うよう求めた が,Eはこれを拒絶した。 9.平成27年5月18日,Eは,Cに対し,【事実】7の甲建物の修繕費用30万円を支払うよ う求めた。 〔設問2〕 CD間の賃貸借契約が合意解除された場合にそれ以後のCE間の法律関係はどのようになる かを踏まえて,【事実】8に記したCのEに対する請求及び【事実】9に記したEのCに対する 請求が認められるかどうかを検討しなさい。 (出題の趣旨) 本設問は,@不動産の第1譲受人が備えた登記が実体的権利関係に合致しないた めに第2譲受人の登場を招いたという事案を題材として,第1譲受人が備えた登記 の有効性に絡める形で,実体的権利関係に合致しない不動産登記を信頼して取引関 係に入った第三者の保護の在り方を問う(設問1)とともに,A不動産の転貸借が された後,原賃貸借が合意解除された場合に,転貸借がどのように取り扱われるか を踏まえて,その際の原賃貸人と転借人との法的関係を問う(設問2)ものであり, 民法の基本的な知識や,事案に即した分析能力,論理的な思考力があるかを試すも のである。 [商 法] 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 1.X株式会社(以下「X社」という。)は,会社法上の公開会社であり,株券発行会社ではない。 X社は,種類株式発行会社ではなく,その発行可能株式総数は10万株であり,発行済株式の総 数は4万株(議決権の総数も4万個)である。X社の事業年度は6月1日から翌年5月31日ま でであり,定時株主総会の議決権の基準日は5月31日である。 2.X社は,主たる事業である電子機器の製造・販売業は堅調であったが,業績拡大の目的で多額の 投資を行って開始した電力事業の不振により多額の負債を抱え,このままでは債務超過に陥るお それがあった。 そこで,X社は,この状況から脱却するため,電力事業を売却し,同事業から撤退するととも に,募集株式を発行し,債権者に当該募集株式を引き受けてもらうことにより負債を減少させる 計画を立てた。 3.X社は,同社に対して5億円の金銭債権(弁済期平成28年7月1日)を有するA株式会社(以 下「A社」という。)に対し,A社のX社に対する同債権を利用して,募集株式1万株を発行する こととして(払込金額は5万円,出資の履行の期日は平成28年5月27日),A社にその旨の申 入れをしたところ,A社の了解を得ることができた。 なお,当該募集株式の払込金額5万円は,A社に特に有利な金額ではない。また,A社は,当 該募集株式の発行を受けるまで,X社の株式を有していなかった。 〔設問1〕 X社がA社に対してX社の募集株式1万株を発行するに当たって,上記3のA社のX社に対す る5億円の金銭債権を利用するには,どのような方法が考えられるか,論じなさい。なお,これ を論ずるに当たっては,その方法を採る場合に会社法上必要となる手続についても,言及しなさ い。 4.X社は,電力事業の売却及び上記3の募集株式の発行により負債額を減少し,債権者に対する月 々の弁済額を減額することができたが,電力事業によって生じた負債が完全に解消されたわけで はなかった。また,主たる事業においても,大口の取引先が倒産したことなどによって事業計画 に狂いが生じ,新たに資金調達をする必要が生じた。そこで,X社代表取締役Yは,Yの親族が 経営し,X社と取引関係のないZ株式会社(以下「Z社」という。)に3億円を出資してもらって X社の募集株式を発行することとした(払込金額は5万円,出資の履行の期日は平成29年2月 1日)。ところが,X社において当該募集株式についての募集事項の決定をした後,Yは,Z社か ら,同社が行っている事業が急激に悪化したことにより,3億円を払い込むことができない旨を 告げられた。Z社の払込みがされずに,当該募集株式の発行ができないこととなると,X社の財 務状態に対する信用が更に悪化するだけでなく,払込みをすることができなかったZ社の信用も 悪化することが懸念された。そこで,YとZ社は,協議した上で,Z社がX社の連帯保証を受け て金融機関から3億円を借り入れ,これを当該募集株式の払込金額の払込みに充てるとともに, 当該払込金をもって直ちに当該借入金を弁済することとした。 5.Z社は,平成29年2月1日,X社の連帯保証を受けて,金融機関(X社が定めた払込取扱機関 とは異なる。)から3億円を借り入れ,同日,当該3億円をもって当該募集株式の払込金額の払込 みに充て,X社は,Z社に対して,当該募集株式6000株を発行した。 なお,当該募集株式の払込金額5万円は,Z社に特に有利な金額ではない。また,Z社は,当 該募集株式の発行を受けるまで,X社の株式を有していなかった。 6.X社は,平成29年2月2日,当該払込金をX社の預金口座から引き出して,上記5のZ社の借 入金債務を弁済した。 7.その後も,Z社の事業の状態は,悪化の一途をたどった。Z社の債権者であるB株式会社(以下 「B社」という。)は,このままではZ社から弁済を受けることができなくなることを危惧し,Z 社の保有する上記5のX社の株式をもって,Z社のB社に対する債務を代物弁済するよう求め, Z社もこれに応ずることとした。 そこで,平成29年5月29日,Z社は,B社に当該株式の全部をもって代物弁済し,また, B社は,当該株式について,X社から株主名簿の名義書換えを受けた。 〔設問2〕 (1) 上記5の募集株式の発行に関して,X社の株主であるCが,Y及びZ社に対して,会社法上 どのような責任を追及することができるか,その手段を含めて論じなさい。 (2) 上記7の代物弁済を受けたB社は,X社の定時株主総会において,当該株式につき議決権を 行使することができるか,論じなさい。なお,これを論ずるに当たっては,上記5の募集株式 の発行の効力についても,言及しなさい。 (出題の趣旨) 本問は,募集株式の発行に当たって,募集株式を発行する株式会社に対する金銭 債権を利用する方法,払込みが仮装された場合の取締役等の責任及び責任追及の方 法,払込みが仮装された株式の譲受人が当該株式について議決権を行使することの 可否を問うものである。 解答に際して,設問1については,現物出資の手続(取締役会決議による募集事 項の決定,検査役の選任の要否(会社法第207条第9項第5号参照)等)や募集 株式を発行する株式会社からする相殺の可否(同法第208条第3項参照)及びそ の要件・手続について,論ずることが求められる。設問2(1)については,Z社の 払込みが仮装払込みに該当するかどうかを検討した上で,その場合の取締役及び株 式を引き受けた者の責任(同法第213条の2,第213条の3等)について,い ずれも株主代表訴訟の対象となることを含めて,論ずることが求められる。また, 設問2(2)については,B社が払込みが仮装された株式の譲受人に該当することを 前提に,当該株式につき議決権を行使することができるかについて,同法第209 条第3項の規定を踏まえて,当該株式の発行の効力(払込みが仮装されたことが当 該株式の発行の無効事由になるか)についても言及しながら,整合的に論ずること が求められる。 [民事訴訟法](〔設問1〕と〔設問2〕の配点の割合は,1:1) 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 【事例】 Yは,甲土地の所有者であったが,甲土地については,Aとの間で,賃貸期間を20年とし,そ の期間中は定額の賃料を支払う旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結してお り,Aはその土地をゴルフ場用地として利用していた。その後,甲土地は,XとYとの共有となっ た。しかし,甲土地の管理は引き続きYが行っており,YA間の本件賃貸借契約も従前どおり維持 されていた。そして,Aからの賃料については,Yが回収を行い,Xに対してはその持分割合に応 じた額が回収した賃料から交付されていた。 ところが,ある時点からYはXに対してこれを交付しないようになったので,Xから委任を受 けた弁護士LがYと裁判外で交渉をしたものの,Yは支払に応じなかった。そこで,弁護士Lは, 回収した賃料のうちYの持分割合を超える部分についてはYが不当に利得しているとして,Yに対 して不当利得返還請求訴訟を提起することとした。 なお,弁護士Lが確認したところによると,Aが運営するゴルフ場の経営は極めて順調であり, 本件賃貸借契約が締結されてからこの10年間本件賃貸借契約の約定どおりに賃料の支払を続けて いて,これまで未払はないとのことであった。 〔設問1〕 下記の弁護士Lと司法修習生Pとの会話を読んだ上で,訴え提起の時点では未発生である利得 分も含めて不当利得返還請求訴訟を提起することの適法性の有無について論じなさい。 弁護士L:今回の不当利得返還請求訴訟において,Xは,何度も訴訟を提起したくないというこ とで,この際,残りの賃貸期間に係る利得分についても請求をしたいと希望していま す。そうすると,訴え提起の時点では未発生である利得分についても請求することに なりますが,何か問題はありそうですか。 修習生P:そのような請求を認めると,相手方であるYに不利益が生じてしまうかもしれません。 特に口頭弁論終結後に発生する利得分をどう考えるかが難しそうです。 弁護士L:そうですね。その点にも配慮しつつ,今回の不当利得返還請求訴訟において未発生の 利得分まで請求をすることが許されないか,検討してみてください。 【事例(続き)】 弁護士Lは,Xと相談した結果,差し当たり,訴え提起の時点までに既に発生した利得分の合 計300万円のみを不当利得返還請求権に基づいて請求することとした。 これに対し,Yは,この訴訟(以下「第1訴訟」という。)の口頭弁論期日において,Xに対し て有する500万円の貸金債権(以下「本件貸金債権」という。)とXの有する上記の不当利得返 還請求権に係る債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。 第1訴訟の受訴裁判所は,審理の結果,Xの不当利得返還請求権に係る債権については300 万円全額が認められる一方,Yの本件貸金債権は500万円のうち450万円が弁済されている ため50万円の範囲でのみ認められるとの心証を得て,その心証に従った判決(以下「前訴判決」 という。)をし,前訴判決は確定した。 ところが,その後,Yは,本件貸金債権のうち前訴判決において相殺が認められた50万円を 除く残額450万円はいまだ弁済されていないとして,Xに対し,その支払を求めて貸金返還請 求訴訟(以下「第2訴訟」という。)を提起した。 〔設問2〕 第2訴訟において,受訴裁判所は,貸金債権の存否について改めて審理・判断をすることがで きるか,検討しなさい。 (出題の趣旨) 設問1は,将来にわたり継続的に発生する不当利得の返還を求める訴えに関して, 将来の給付の訴えと現在の給付の訴えとの区別の基準及び将来の給付の訴えの利益 の判断要件等について問うものである。特に,将来の給付の訴えについての民事訴 訟法第135条の趣旨に触れつつ,将来の給付の訴えの利益の判断要件について関 連する最高裁昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁等 にも言及しながら自説を展開した上で,本件事案における具体的な事実関係を踏ま えた当てはめが求められている。 設問2は,不当利得返還請求訴訟において,被告から相殺の抗弁が提出された場 合において,その自働債権の一部の存在が認められて受働債権の一部と相殺され, 一部認容判決がされたときに,自働債権に関してどの範囲で既判力が生ずるのか等 について問うものである。既判力の根拠規定である民事訴訟法第114条の趣旨を 踏まえつつ,例外的に相殺に既判力を認めた同条第2項の「相殺をもって対抗した 額」についての解釈論を展開することが求められている。また,既判力が自働債権 の全体には生じないとの見解を採用した場合にも,そのような結論が後訴における 不当な蒸し返しを招かないかについて検討をし,自説を展開することが求められて いる。 [刑 法] 以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。 1 甲(40歳,男性)は,公務員ではない医師であり,A私立大学附属病院(以下「A病院」と いう。)の内科部長を務めていたところ,V(35歳,女性)と交際していた。Vの心臓には特 異な疾患があり,そのことについて,甲とVは知っていたが,通常の診察では判明し得ないもの であった。 2 甲は,Vの浪費癖に嫌気がさし,某年8月上旬頃から,Vに別れ話を持ち掛けていたが,Vか ら頑なに拒否されたため,Vを殺害するしかないと考えた。甲は,Vがワイン好きで,気に入っ たワインであれば,2時間から3時間でワイン1本(750ミリリットルの瓶入り)を一人で飲 み切ることを知っていたことから,劇薬を混入したワインをVに飲ませてVを殺害しようと考え た。 甲は,同月22日,Vが飲みたがっていた高級ワイン1本(750ミリリットルの瓶入り)を 購入し,同月23日,甲の自宅において,同ワインの入った瓶に劇薬Xを注入し,同瓶を梱包し た上,自宅近くのコンビニエンスストアからVが一人で住むV宅宛てに宅配便で送った。劇薬X の致死量(以下「致死量」とは,それ以上の量を体内に摂取すると,人の生命に危険を及ぼす量 をいう。)は10ミリリットルであるが,甲は,劇薬Xの致死量を4ミリリットルと勘違いして いたところ,Vを確実に殺害するため,8ミリリットルの劇薬Xを用意して同瓶に注入した。そ のため,甲がV宅宛てに送ったワインに含まれていた劇薬Xの量は致死量に達していなかったが, 心臓に特異な疾患があるVが,その全量を数時間以内で摂取した場合,死亡する危険があった。 なお,劇薬Xは,体内に摂取してから半日後に効果が現れ,ワインに混入してもワインの味や臭 いに変化を生じさせないものであった。 同月25日,宅配業者が同瓶を持ってV宅前まで行ったが,V宅が留守であったため,V宅の 郵便受けに不在連絡票を残して同瓶を持ち帰ったところ,Vは,同連絡票に気付かず,同瓶を受 け取ることはなかった。 3 同月26日午後1時,Vが熱中症の症状を訴えてA病院を訪れた。公務員ではない医師であり, A病院の内科に勤務する乙(30歳,男性)は,Vを診察し,熱中症と診断した。乙からVの治 療方針について相談を受けた甲は,Vが生きていることを知り,Vに劇薬Yを注射してVを殺害 しようと考えた。甲は,劇薬Yの致死量が6ミリリットルであること,Vの心臓には特異な疾患 があるため,Vに致死量の半分に相当する3ミリリットルの劇薬Yを注射すれば,Vが死亡する 危険があることを知っていたが,Vを確実に殺害するため,6ミリリットルの劇薬YをVに注射 しようと考えた。そして,甲は,乙のA病院への就職を世話したことがあり,乙が甲に恩義を感 じていることを知っていたことから,乙であれば,甲の指示に忠実に従うと思い,乙に対し,劇 薬Yを熱中症の治療に効果のあるB薬と偽って渡し,Vに注射させようと考えた。 甲は,同日午後1時30分,乙に対し,「VにB薬を6ミリリットル注射してください。私は これから出掛けるので,後は任せます。」と指示し,6ミリリットルの劇薬Yを入れた容器を渡 した。乙は,甲に「分かりました。」と答えた。乙は,甲が出掛けた後,甲から渡された容器を 見て,同容器に薬剤名の記載がないことに気付いたが,甲の指示に従い,同容器の中身を確認せ ずにVに注射することにした。 乙は,同日午後1時40分,A病院において,甲から渡された容器内の劇薬YをVの左腕に注 射したが,Vが痛がったため,3ミリリットルを注射したところで注射をやめた。乙がVに注射 した劇薬Yの量は,それだけでは致死量に達していなかったが,Vは,心臓に特異な疾患があっ たため,劇薬Yの影響により心臓発作を起こし,同日午後1時45分,急性心不全により死亡し た。乙は,Vの心臓に特異な疾患があることを知らず,内科部長である甲の指示に従って熱中症 の治療に効果のあるB薬と信じて注射したものの,甲から渡された容器に薬剤名の記載がないこ とに気付いたにもかかわらず,その中身を確認しないままVに劇薬Yを注射した点において,V の死の結果について刑事上の過失があった。 4 乙は,A病院において,Vの死亡を確認し,その後の検査の結果,Vに劇薬Yを注射したこと が原因でVが心臓発作を起こして急性心不全により死亡したことが分かったことから,Vの死亡 について,Vに対する劇薬Yの注射を乙に指示した甲にまで刑事責任の追及がなされると考えた。 乙は,A病院への就職の際,甲の世話になっていたことから,Vに注射した自分はともかく,甲 には刑事責任が及ばないようにしたいと思い,専ら甲のために,Vの親族らがVの死亡届に添付 してC市役所に提出する必要があるVの死亡診断書に虚偽の死因を記載しようと考えた。 乙は,同月27日午後1時,A病院において,死亡診断書用紙に,Vが熱中症に基づく多臓器 不全により死亡した旨の虚偽の死因を記載し,乙の署名押印をしてVの死亡診断書を作成し,同 日,同死亡診断書をVの母親Dに渡した。Dは,同月28日,同死亡診断書記載の死因が虚偽で あることを知らずに,同死亡診断書をVの死亡届に添付してC市役所に提出した。 (出題の趣旨) 本問は,医師甲が,劇薬Xを混入したワインをVに飲ませてVを殺害しようと 考え,劇薬Xをワインの入った瓶に注入し,同瓶をV宅宛に宅配便で送ったが,V 宅が留守であったため,Vが同瓶を受け取ることはなかったこと(Vの心臓には特 異な疾患があり,そのことを甲は知っていた。また,劇薬Xの致死量は10ミリリ ットルであり,甲は致死量を4ミリリットルと勘違いしていたところ,Vを確実に 殺害するため,8ミリリットルの劇薬Xを同瓶に注入したが,Vがその全量を摂取 した場合,死亡する危険があった。),甲が,Vに劇薬Yを注射してVを殺害しよ うと考え,医師乙に6ミリリットルの劇薬Yを渡してVに注射させたところ,Vが 痛がったため,3ミリリットルを注射したところで注射をやめたが,Vは劇薬Yの 影響により心臓発作を起こし,急性心不全により死亡したこと(乙は,甲から渡さ れた容器に薬剤名の記載がないことに気付いたが,その中身を確認せずにVに劇薬 Yを注射した。また,甲は,劇薬Yの致死量が6ミリリットルであること,心臓に 特異な疾患があるVに3ミリリットルの劇薬Yを注射すれば,Vが死亡する危険が あることを知っていたが,乙は,Vの心臓に特異な疾患があることを知らなかった。), 公務員ではない医師乙が,専ら甲のために虚偽の死因を記載したVの死亡診断書 を作成し,Vの母親Dを介して,同死亡診断書をC市役所に提出したことを内容と する事例について,甲及び乙の罪責に関する論述を求めるものである。 甲の罪責については,殺人未遂罪又は殺人予備罪,殺人罪の成否を,乙の罪責に ついては,業務上過失致死罪,虚偽診断書作成罪及び同行使罪,証拠隠滅罪,犯人 隠避罪の成否を検討する必要があるところ,事実を的確に分析するとともに,各罪 の構成要件,離隔犯における実行の着手時期,未遂犯と不能犯の区別又は予備行為 の危険性,間接正犯の成否,因果関係の有無等に関する基本的理解と事例への当て はめが論理的一貫性を保って行われていることが求められる。 [刑事訴訟法] 次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 【事 例】 平成29年5月21日午後10時頃,H県I市J町1丁目2番3号先路上において,Vがサバイ バルナイフでその胸部を刺されて殺害される事件が発生し,犯人はその場から逃走した。 Wは,たまたま同所を通行中に上記犯行を目撃し,「待て。」と言いながら,直ちに犯人を追跡し たが,約1分後,犯行現場から約200メートルの地点で見失った。 通報により駆けつけた警察官は,Wから,犯人の特徴及び犯人の逃走した方向を聞き,Wの指し 示した方向を探した結果,犯行から約30分後,犯行現場から約2キロメートル離れた路上で,W から聴取していた犯人の特徴と合致する甲を発見し,職務質問を実施したところ,甲は犯行を認め た。警察官は,@甲をVに対する殺人罪により現行犯逮捕した。なお,Vの殺害に使用されたサバ イバルナイフは,Vの胸部に刺さった状態で発見された。 甲は,その後の取調べにおいて,「乙からVを殺害するように言われ,サバイバルナイフでVの 胸を刺した。」旨供述した。警察官は,甲の供述に基づき,乙をVに対する殺人の共謀共同正犯の 被疑事実で通常逮捕した。 乙は,甲との共謀の事実を否認したが,検察官は,関係各証拠から,乙には甲との共謀共同正犯 が成立すると考え,A「被告人は,甲と共謀の上,平成29年5月21日午後10時頃,H県I市 J町1丁目2番3号先路上において,Vに対し,殺意をもって,甲がサバイバルナイフでVの胸部 を1回突き刺し,よって,その頃,同所において,同人を左胸部刺創による失血により死亡させて 殺害したものである。」との公訴事実により乙を公判請求した。 検察官は,乙の公判前整理手続において,裁判長からの求釈明に対し,B「乙は,甲との間で, 平成29年5月18日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」旨釈明した。これに対 し,乙の弁護人は,甲との共謀の事実を否認し,「乙は,同日は終日,知人である丙方にいた。」旨 主張したため,本件の争点は,「甲乙間で,平成29年5月18日,甲方において,Vを殺害する 旨の謀議があったか否か。」であるとされ,乙の公判における検察官及び弁護人の主張・立証も上 記釈明の内容を前提に展開された。 〔設問1〕 @の現行犯逮捕の適法性について論じなさい。 〔設問2〕 1 Aの公訴事実は,訴因の記載として罪となるべき事実を特定したものといえるかについて論 じなさい。 2 Bの検察官の釈明した事項が訴因の内容となるかについて論じなさい。 3 裁判所が,証拠調べにより得た心証に基づき,乙について,「乙は,甲との間で,平成29 年5月11日,甲方において,Vを殺害する旨の謀議を遂げた。」と認定して有罪の判決をす ることが許されるかについて論じなさい(@の現行犯逮捕の適否が与える影響については,論 じなくてよい。)。 (出題の趣旨) 本問は,殺人事件の犯行の目撃者が直ちに犯人を追跡し,約1分後,犯行現場か ら約200メートルの地点で見失ったものの,通報により駆けつけた警察官が,同 目撃者から犯人の特徴及び逃走方向を聞いて犯人を捜し,犯行から約30分後,犯 行現場から約2キロメートルの地点で,犯人の特徴と合致する甲を発見して職務質 問したところ,甲が犯行を認めたため,甲を,現行犯逮捕した事例において,この 逮捕が現行犯逮捕の要件(刑事訴訟法第212条第1項,同条第2項及び第213 条)を充足するかを検討させるとともに,甲との共謀共同正犯が成立するとして殺 人罪で起訴された乙の公判を題材に,起訴状に「甲と共謀の上」との記載及びそれ に基づく実行行為が記載されていれば訴因の特定は足りるといえるのか,共謀の成 立時期について検察官が求釈明に応じた場合,その内容は訴因の内容を構成するこ とになるのか,証拠調べの結果,裁判所が検察官の釈明内容と異なる事実を認定し て有罪判決をすることが許されるのか,すなわち,事実認定に先立っての訴因変更 の要否,及び,訴因変更が不要であるとしても裁判所は何らかの措置を採るべきか, そうであるとすればその措置は何かを検討させることにより,現行犯逮捕・準現行 犯逮捕の要件及び訴因に関連する各問題点について,基本的な学識の有無及び具体 的事案における応用力を試すものである。 [民 事] 司法試験予備試験用法文を適宜参照して,以下の各設問に答えなさい。 〔設問1〕 弁護士Pは,Xから次のような相談を受けた。 【Xの相談内容】 「私は,骨董品を収集することが趣味なのですが,親友からBという人を紹介してもらい,平 成28年5月1日,B宅に壺(以下「本件壺」という。)を見に行きました。Bに会ったところ, Aから平成27年3月5日に,代金100万円で本件壺を買って,同日引き渡してもらったとい うことで,本件壺を見せてもらったのですが,ちょうど私が欲しかった壺であったことから,是 非とも譲ってほしいとBにお願いしたところ,代金150万円なら譲ってくれるということで, 当日,本件壺を代金150万円で購入しました。そして,他の人には売ってほしくなかったので, 親友の紹介でもあったことから信用できると思い,当日,代金150万円をBに支払い,領収書 をもらいました。当日は,電車で来ていたので,途中で落としたりしたら大変だと思っていたと ころ,Bが,あなた(X)のために占有しておきますということでしたので,これを了解し,後 日,本件壺を引き取りに行くことにしました。 平成28年6月1日,Bのところに本件壺を取りに行ったところ,Bから,本件壺は,Aから 預かっていただけで,自分のものではない,あなた(X)から150万円を受け取ったこともな い,また,本件壺は,既に,Yに引き渡したので,自分のところにはないと言われました。 すぐに,Yのところに行き,本件壺を引き渡してくれるようにお願いしたのですが,Yは,本 件壺は,平成28年5月15日にAから代金150万円で購入したものであり,渡す必要はない と言って渡してくれません。 本件壺の所有者は,私ですので,何の権利もないのに本件壺を占有しているYに本件壺の引渡 しを求めたいと考えています。」 弁護士Pは,【Xの相談内容】を前提に,Xの訴訟代理人として,Yに対し,本件壺の引渡しを 求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起することを検討することとした。 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。 (1) 弁護士Pは,本件訴訟に先立って,Yに対して,本件壺の占有がY以外の者に移転されること に備え,事前に講じておくべき法的手段を検討することとした。弁護士Pが採り得る法的手段を 一つ挙げ,そのような手段を講じなかった場合に生じる問題についても併せて説明しなさい。 (2) 弁護士Pが,本件訴訟において,選択すると考えられる訴訟物を記載しなさい。なお,代償請 求については,考慮する必要はない。 (3) 弁護士Pは,本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。)において,本件壺の引渡請求を理 由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)として,次の各事実を主張した。 ア Aは,〔@〕 イ Aは,平成27年3月5日,Bに対し,本件壺を代金100万円で売った。 ウ 〔A〕 エ 〔B〕 上記@からBまでに入る具体的事実を,それぞれ答えなさい。 (4) 弁護士Pは,Yが,AB間の売買契約を否認すると予想されたことから,上記(3)の法的構成 とは別に,仮に,Bが本件壺の所有権を有していないとしても,本件壺の引渡請求を理由づける 事実(民事訴訟規則第53条第1項)の主張をできないか検討した。しかし,弁護士Pは,この ような主張は,判例を踏まえると認められない可能性が高いとして断念した。弁護士Pが検討し たと考えられる主張の内容(当該主張を構成する具体的事実を記載する必要はない。)と,その 主張を断念した理由を簡潔に説明しなさい。 〔設問2〕 弁護士Qは,本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。 【Yの相談内容】 「私は,Aから,本件壺を買わないかと言われました。壺に興味があることから,Aに見せて ほしいと言ったところ,Aは,Bに預かってもらっているということでした。そこで,平成28 年5月15日,B宅に見に行ったところ,一目で気に入り,Aに電話で150万円での購入を申 し込み,Aが承諾してくれました。私は,すぐに近くの銀行で150万円を引き出しA宅に向か い,Aに現金を交付したところ,Aが私と一緒にB宅に行ってくれて,Aから本件壺を受け取り ました。したがって,本件壺の所有者は私ですから,Xに引き渡す必要はないと思います。」 弁護士Qは,【Yの相談内容】を前提に,Yの訴訟代理人として,本件訴訟における答弁書を作 成するに当たり,主張することが考えられる二つの抗弁を検討したところ,抗弁に対して考えられ る再抗弁を想定すると,そのうちの一方の抗弁については,自己に有利な結論を得られる見込みは 高くないと考え,もう一方の抗弁のみを主張することとした。 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。 (1) 弁護士Qとして主張することを検討した二つの抗弁の内容(当該抗弁を構成する具体的事実を 記載する必要はない。)を挙げなさい。 (2) 上記(1)の二つの抗弁のうち弁護士Qが主張しないこととした抗弁を挙げるとともに,その抗 弁を主張しないこととした理由を,想定される再抗弁の内容にも言及した上で説明しなさい。 〔設問3〕 Yに対する訴訟は,審理の結果,AB間の売買契約が認められないという理由で,Xが敗訴した。 そこで,弁護士Pは,Xの訴訟代理人として,Bに対して,BX間の売買契約の債務不履行を理由 とする解除に基づく原状回復請求としての150万円の返還請求訴訟(以下「本件第2訴訟」とい う。)を提起した。 第1回口頭弁論期日で,Bは,Xから本件壺の引渡しを催告され,相当期間が経過した後,Xか ら解除の意思表示をされたことは認めたが,BがXに対して本件壺を売ったことと,BX間の売買 契約に基づいてXからBに対し150万円が支払われたことについては否認した。弁護士Pは,当 該期日において,以下の領収書(押印以外,全てプリンターで打ち出されたものである。以下「本 件領収書」という。)を提出し,証拠として取り調べられた。これに対し,Bの弁護士Rは,本件 領収書の成立の真正を否認し,押印についてもBの印章によるものではないと主張している。 その後,第1回弁論準備手続期日で,弁護士Pは,平成28年5月1日に150万円を引き出し たことが記載された]名義の預金通帳を提出し,それが取り調べられ,弁護士Rは預金通帳の成立 の真正を認めた。 第2回口頭弁論期日において,XとBの本人尋問が実施され,Xは,下記【Xの供述内容】のと おり,Bは,下記【Bの供述内容】のとおり,それぞれ供述した。 領 収 書 X 様 下記金員を確かに受領しました。 金150万円 ただし,壺の代金として 平成28年5月1日 B 【Xの供述内容】 「私は,平成28年5月1日に,親友の紹介でB宅を訪問し,本件壺を見せてもらいました。 Bとは,そのときが初対面でしたが,Bは,現金150万円なら売ってもいいと言ってくれたの で,私は,すぐに近くの銀行に行き,150万円を引き出して用意しました。Bは,私が銀行に 行っている間に,パソコンとプリンターを使って,領収書を打ち出し,三文判ではありますが, 判子も押して用意してくれていたので,引き出した現金150万円をB宅で交付し,Bから領収 書を受け取りました。当日は,電車で来ていたので,取りあえず,壺を預かっておいてもらった のですが,同年6月1日に壺を受け取りに行った際には,Bから急に,本件壺は,Aから預かっ ているもので,あなたに売ったことはないと言われました。 また,Yに対する訴訟で証人として証言したAが供述していたように,Aは同年5月2日にB から200万円を借金の返済として受け取っているようですが,この200万円には私が交付し た150万円が含まれていることは間違いないと思います。」 【Bの供述内容】 「確かに,平成28年5月1日,Xは,私の家を訪ねてきて,本件壺を見せてほしいと言って きました。私はXとは面識はありませんでしたが,知人からXを紹介されたこともあり,本件壺 を見せてはあげましたが,Xから150万円は受け取っていません。Xは,私に150万円を現 金で渡したと言っているようですが,そんな大金を現金でもらうはずはありませんし,領収書に ついても,私の名前の判子は押してありますが,こんな判子はどこでも買えるもので,Xがパソ コンで作って,私の名前の判子を勝手に買ってきて押印したものに違いありません。 私は,同月2日に,Aから借りていた200万円を返済したことは間違いありませんが,これ は,自分の父親からお金を借りて返済したもので,Xからもらったお金で工面したものではあり ません。父親は,自宅にあった現金を私に貸してくれたようです。また,父親とのやり取りだっ たので,貸し借りに当たって書面も作りませんでした。その後,同年6月1日にもXが私の家に 来て,本件壺を売ってくれと言ってきましたが,断っています。」 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。 (1) 本件第2訴訟の審理をする裁判所は,本件領収書の形式的証拠力を判断するに当たり,Bの記 名及びB名下の印影が存在することについて,どのように考えることになるか論じなさい。 (2) 弁護士Pは,本件第2訴訟の第3回口頭弁論期日までに,準備書面を提出することを予定して いる。その準備書面において,弁護士Pは,前記【Xの供述内容】及び【Bの供述内容】と同内 容のX及びBの本人尋問における供述並びに前記の提出された書証に基づいて,Bが否認した事 実についての主張を展開したいと考えている。弁護士Pにおいて準備書面に記載すべき内容を, 提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて,答案用紙1頁程度の分 量で記載しなさい。 (出題の趣旨) 設問1は,動産の引渡請求が問題となる訴訟において,原告代理人があらかじめ 講ずべき法的手段とともに,引渡請求の訴訟物や当該請求を理由付ける事実につい て説明を求めるものである。民事保全の基本的理解に加えて,所有権に基づく物権 的請求権の法律要件について,民事実体法及び判例で示された規律や動産取引の特 殊性に留意して検討することが求められる。 設問2は,動産の二重譲渡事案における実体法上の権利関係及びそれに係る要件 事実の理解を前提に,原告の所有権喪失原因について幅広く検討した上,本件の時 系列の下で予想される再抗弁の内容を念頭に,適切な抗弁を選択し,その理由を説 明することが求められる。 設問3は,二段の推定についての基本的理解と当てはめを問うとともに,原告代 理人の立場から,準備書面に記載すべき事項を問うものである。争点に関する書証 及び当事者尋問の結果を検討し,証拠により認定することができる事実を摘示した 上で,原告の主張を根拠付けるために,各認定事実に基づき,いかなる推論・評価 が可能か,その過程を検討・説明することが求められる。 [刑 事] 次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。 【事 例】 1 A(26歳,男性)は,平成29年4月6日午前8時,「平成29年4月2日午前6時頃, H県I市J町2丁目3番Kビル前歩道上において,V(55歳,男性)に対し,その胸部を 押して同人をその場に転倒させ,よって,同人に加療期間不明の急性硬膜下血腫等の傷害を 負わせた。」旨の傷害事件で通常逮捕され,同月7日午前9時,検察官に送致された。送致記 録に編綴された主な証拠は次のとおりであった(以下,特段の断りない限り,日付はいずれ も平成29年である。)。 Vの受傷状況等に関する捜査報告書(証拠@) 「近隣住民Wの119番通報により救急隊員が臨場した際,Vは,4月2日午前6時10 分頃にH県I市J町2丁目3番Kビル前(甲通り沿い)歩道上に,意識不明の状態で仰向け に倒れていた。Vは,直ちにH県立病院に救急搬送され,同病院において緊急手術を受け, そのまま同病院集中治療室に入院した。同病院医師によれば,Vには硬い面に強打したこと に起因する急性硬膜下血腫を伴う後頭部打撲が認められ,Vは,手術後,意識が回復したが, 集中治療室での入院治療が必要であり,少なくとも1週間は取調べを受けることはできない とのことであった。」 「Vは,同市J町4丁目2番の自宅で妻と二人で居住する会社員である。妻によれば,V は毎朝甲通りをジョギングしており,持病はないとのことであった。」 Wの警察官面前の供述録取書(証拠A) 「私は,4月2日午前6時頃,通勤のため自宅を出て甲通りをI駅に向かって歩いている と,約50メートル先のKビル前の歩道上に,男二人と女一人(B子)が立っていて,その うち男一人(V)が歩道上に仰向けに倒れた様子が見えた。そして,約10メートルまで近 づいたところ,もう一人の男(A)が仰向けに倒れたVの腹の上に馬乗りになったので,事 件であると思って立ち止まった。このとき,Aは,Vの腹の上に馬乗りになった状態で, 『こ の野郎。』と怒鳴りながら右腕を振り上げ,B子がそのAの右腕を両手でつかんだ。私は, 自分の携帯電話機を使って,その様子を1枚写真撮影した。その直後,AはVの腹の上から 退いたが,Vは全く動かなかった。私は,119番通報し,AとB子に『救急車を呼んだか ら,しばらく待ってください。』と声を掛けた。しかし,AとB子は,その場を立ち去り, 甲通り沿いのLマンションの中に入っていった。私は,注視していなかったため,Vの転倒 原因は分からない。私は,A,V及びB子とは面識がない。」 B子の警察官面前の供述録取書(証拠B) 「私は,1年半前からAと交際し,半年前からLマンション202号室でAと二人で生活 している。私とAは,4月1日夜から同月2日明け方までカラオケをし,Lマンションに帰 るため,甲通りの歩道を並んで歩いていた。すると,前方からジョギング中の男(V)が走 ってきて,擦れ違いざまに私にぶつかった。私は,立ち止まり,Vに『すみません。』と謝 ったが,Vは,立ち止まり,『横に広がらずに歩けよ。』と怒ってきた。Aも立ち止まり,興 奮した様子でVに言い返し,AとVが向かい合って口論となった。Aは,Vの面前に詰め寄 り,両手でVの胸を1回突き飛ばすように押した。Vが少し後ずさりしたが, 『何するんだ。』 と言ってAに向き合うと,Aは両手でVの胸をもう1回突き飛ばすように押した。すると, Vは,後方に勢いよく転び,路上に仰向けに倒れ,後頭部を路面に打ち付けた。さらに,A は,仰向けに寝た状態になったVの腹の上に馬乗りになり,『この野郎。』と怒鳴りながら, 右腕を振り上げてVを殴ろうとした。私は,慌ててAの右腕を両手でつかんで止めた。する と,AはVの体から離れたが,Vは起き上がらなかった。Aは, 『こちらが謝っているのに, 文句を言ってきたのが悪いんだ。放っておけ。』と言った。私とAは,通り掛かりの男の人 から,『救急車を呼んだから,待ってください。』と言われたが,VをそのままにしてLマン ションに帰った。」 Aの警察官面前の供述録取書(証拠C) 「私は,4月2日早朝,カラオケ店から,交際相手のB子と一緒に帰る途中,B子と二人 で並んで歩道を歩いていたところ,ジョギング中の男(V)が擦れ違いざまにB子にぶつか ってきた。Vは,B子が謝ったにもかかわらず,『横に並んで歩くな。』と怒鳴った。私は, VがわざとB子にぶつかってきたように感じていたので,『ここはジョギングコースじゃな いんだぞ。』と言い返した。私とVは口論となり,そのうち,Vは,興奮した様子で,右手 で私の胸ぐらをつかんで前後に激しく揺さぶってきたが,その手を自ら離してふらつくよう に後退し,後方にひっくり返って後頭部を歩道上に打ち付けた。この間,私は,Vの胸を押 したことはなく,それ以外にもVの転倒原因になるような行為をしていない。Vが勝手に歩 道上に倒れたので,それを放ったまま自宅に戻った。私は,半年前からLマンション202 号室でB子と一緒に生活しており,現在,株式会社丙において会社員として働いている。」 Aの身上調査照会回答書(証拠D) H県I市J町2丁目5番Lマンション202号室が住居として登録されている。 2 Aは,4月7日午後1時,検察官による弁解録取手続において,証拠Cと同旨の供述をした。 検察官は,弁解録取書を作成した後,H地方裁判所裁判官に対し,Aの勾留を請求した。同裁 判所裁判官は,同日,Aに対し,勾留質問を行い,刑事訴訟法第207条第1項の準用する 同法第60条第1項第2号に定める事由があると判断して勾留状を発付した。 3 Aは,勾留中,一貫して,Vの胸部を押してVを転倒させ,傷害を負わせた事実を否認した。 検察官は,回復したVに対する取調べ等の所要の捜査を遂げ,4月26日,H地方裁判所にA を傷害罪で公判請求した。同公判請求に係る起訴状の公訴事実には,「被告人は,4月2日午 前6時頃,H県I市J町2丁目3番Kビル前歩道上において,Vに対し,その胸部を両手で2 回押す暴行を加え,同人をその場に転倒させてその後頭部を同歩道上に強打させ,よって,同 人に全治3週間の急性硬膜下血腫を伴う後頭部打撲の傷害を負わせた。」旨記載されている。 同裁判所は,同月28日,同公判請求に係る傷害被告事件を公判前整理手続に付する決定をし た。 4 検察官は,5月10日,前記傷害被告事件について,証明予定事実記載書を裁判所に提出す るとともに弁護人に送付し,併せて,証拠の取調べを裁判所に請求し,当該証拠を弁護人に開 示した。 検察官が取調べを請求した証拠の概要は,次のとおりである。 甲1号証 H県立病院医師作成の診断書 「Vは,4月2日に急性硬膜下血腫を伴う後頭部打撲を負い,全治まで3週間を要した。」 甲2号証 H県I市J町2丁目3番Kビル前歩道上において,Vを立会人として,現場 の状況を明らかにするために実施された実況見分の調書 甲3号証 Vの検察官面前の供述録取書 「4月2日早朝,私が甲通りの歩道をI駅方面に向かってジョギング中,前方から,若い 男(A)と女(B子)が歩道一杯に広がるように並んで歩いてきた。私は,ぶつからないよ うに気を付けて走ったが,擦れ違う際に,B子がふらつくように私の方に寄ってきたために, B子にぶつかった。B子が私に謝ったが,私は,立ち止まり,『そんなに横に広がって歩く なよ。』と注意した。すると,Aは,『ここはジョギングコースじゃない。』と怒鳴り,興奮 した様子で私に詰め寄ってきた。私がAとの距離を取るため,のけ反るように後ずさると, Aは,私の胸を両手で1回強く押してきた。私は,更に後ずさりしながら,『何するんだ。』 と言ったが,その後のことは記憶になく,気が付いた時にはH県立病院の集中治療室にいた。」 甲4号証 写真撮影報告書 I警察署において,Vが甲3号証と同旨のAのVに対する暴行状況を説明し,A役とV役 の警察官2名が,Vの説明に基づき,AがVの胸を両手で1回強く押した際のAとVの相互 の体勢及びその動作を再現し,同再現状況が撮影された写真が貼付されている。 甲5号証 W所有の携帯電話機に保存されていた画像データを印画した写真1枚 4月2日午前6時に撮影されたものであり,男(A)が,Kビル前歩道上に仰向けに寝て いる男(V)の腹部の上に馬乗りになった状態で,Aの右手掌部が右肩の位置よりも右上方 の位置にあり,女(B子)が,Aの右後方から,そのAの右腕を両手でつかんでいる状況が 写っている。 甲6号証 Wの検察官面前の供述録取書 Wの警察官面前の供述録取書(証拠A)と同旨の供述に加え,甲5号証につき,「この写 真は,私が4月2日午前6時,Kビル前歩道上において,自己の携帯電話機のカメラ機能で Aらを撮影したものである。Aは,Kビル前の歩道上に仰向けに寝ているVの腹の上に馬 乗りになった状態で,『この野郎。』と怒鳴りながら右腕を振り上げた。すると,傍らにいた B子がAの右腕を両手でつかんで止めたが,この写真はその場面が撮影されている。」旨の 供述が録取されている。 甲7号証 B子の検察官面前の供述録取書 B子の警察官面前の供述録取書(証拠B)と同旨の供述。 乙1号証 Aの検察官面前の供述録取書 Aの警察官面前の供述録取書(証拠C)と同旨の供述に加え,甲5号証につき,「この写 真には,転倒したVを私が介抱しようとした状況が写っている。」旨の供述が録取されてい る。 5 乙2号証 Aの身上調査照会回答書(証拠Dと同じ) 弁護人は,検察官請求証拠を閲覧・謄写した後,検察官に対して類型証拠の開示の請求を し,類型証拠として開示された証拠も閲覧・謄写するなどした上,「Aが,Vに対し,公訴事 実記載の暴行に及んだ事実はない。Vは,興奮した状態でAの胸ぐらをつかんで前後に激しく 揺さぶってきたが,このときVの何らかの疾患が影響して,自らふらついて転倒して後頭部を 強打し,公訴事実記載の傷害を負ったにすぎない。」旨の予定主張事実記載書を裁判所に提出 するとともに検察官に送付し,併せて,検察官に対して主張関連証拠の開示の請求をした。 5月24日から6月7日までの間,3回にわたり公判前整理手続が開かれ,弁護人は,検 察官請求証拠に対し,甲1号証,甲2号証及び乙2号証につき,いずれも「同意」,甲3号証, 甲4号証(貼付された写真を含む。),甲6号証及び甲7号証につき,いずれも「不同意」,甲 5号証につき, 「異議あり」との意見を述べるとともに,乙1号証につき, 「不同意」とした上, 「被告人質問で明らかにするので,取調べの必要性はない。」との意見を述べた。検察官は, V,W及びB子の証人尋問を請求した。裁判所は,争点を整理した上,甲1号証,甲2号証及 び乙2号証につき,証拠調べをする決定をし,甲3号証ないし甲7号証及び乙1号証の採否を 留保して,V,W及びB子につき,証人として尋問をする決定をするなどし,公判前整理手続 を終結した。 6 6月19日,第1回公判期日において,冒頭手続等に続き,順次,甲1号証,甲2号証及 び乙2号証の取調べ,Vの証人尋問が行われ,同尋問終了後に検察官が甲3号証及び甲4 号証(貼付された写真を含む。)の証拠調べ請求を撤回した。同月20日,第2回公判期日に おいて,Wの証人尋問が行われ,Wは甲6号証と同旨の証言をし,裁判所が同尋問後に甲5 号証の証拠調べを決定してこれを取り調べ,検察官が甲6号証の証拠調べ請求を撤回した。 続いて,B子の証人尋問が行われ,同尋問終了後,検察官は甲7号証につき刑事訴訟法第 321条第1項第2号後段に該当する書面として取調べを請求した。同月21日,第3回公 判期日において,甲7号証の採否決定,被告人質問,乙1号証の採否決定等が行われた上で 結審した。 〔設問1〕 下線部に関し,裁判官が刑事訴訟法第207条第1項の準用する同法第60条第1項第2号の 「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」があると判断した思考過程を,その判断要素を踏ま え具体的事実を指摘しつつ答えなさい。 〔設問2〕 下線部の供述に関し,検察官は,Aが公訴事実記載の暴行に及んだことを立証する上で直接証 拠又は間接証拠のいずれと考えているか,具体的理由を付して答えなさい。 〔設問3〕 下線部に関し,弁護人は,刑事訴訟法第316条の15第3項の「開示の請求に係る証拠を識 別するに足りる事項」を「Vの供述録取書」とし,証拠の開示の請求をした。同請求に当たって, 同項第1号イ及びロに定める事項(同号イの「開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項」は 除く。)につき,具体的にどのようなことを明らかにすべきか,それぞれ答えなさい。 〔設問4〕 下線部に関し,弁護人は,甲4号証(貼付された写真を含む。)につき「不同意」との意見を 述べたのに対し,甲5号証につき「異議あり」との意見を述べているが,弁護人がこのように異な る意見を述べた理由を,それぞれの証拠能力に言及して答えなさい。 〔設問5〕 下線部に関し,以下の各問いに答えなさい。 検察官が尋問中,Vは,「私は,Kビル前歩道上でAに詰め寄られ,Aと距離を取るため,の け反るように後ずさると,Aに両手で胸を1回強く押された。」旨証言した。検察官が同証言後 に,Vに甲4号証貼付の写真を示そうと考え,裁判長に同写真を示す許可を求めたところ,裁判 長はこれを許可した。その裁判長の思考過程を,条文上の根拠に言及して答えなさい。 前記許可に引き続き,Vは,甲4号証貼付の写真を示されて,同写真を引用しながら証言し, 同写真は証人尋問調書に添付された。裁判所は,同写真を事実認定の用に供することができるか。 同写真とVの証言内容との関係に言及しつつ理由を付して答えなさい。 〔設問6〕 下線部に関し,B子の証言の要旨は次のとおりであったとして,以下の各問いに答えなさい。 [証言の要旨] ・ AのVに対する暴行状況について,「AとVがもめている様子をそばでずっと見ていた。Aが Vの胸を押した事実はない。Vがふらついて転倒したので,AがVを介抱しようとした。AがV に馬乗りになって,『この野郎。』と言って殴り掛かろうとした事実はない。Vと関わりたくなか ったので,Aの腕をつかんで,『こんな人は放っておこうよ。』と言った。すると,AはVを介抱 するのを止めて,私と一緒にその場を立ち去った。」 ・ 捜査段階での検察官に対する供述状況について,「何を話したのか覚えていないが,嘘を話し た覚えはない。録取された内容を確認した上,署名・押印したものが,甲7号証の供述録取書で ある。」 ・ 本件事件後のAとの関係について「 ,5月に入ってからAの子を妊娠していることが分かった。」 検察官として,刑事訴訟法第321条第1項第2号後段の要件を踏まえて主張すべき事項を具 体的に答えなさい。 甲7号証の検察官の取調べ請求に対し,弁護人が「取調べの必要性がない。」旨の意見を述べ たため,裁判長が検察官に必要性についての釈明を求めた。検察官は,必要性についてどのよう に釈明すべきか答えなさい。 (出題の趣旨) 本問は,暴行の有無が争点となる傷害事件を題材に,勾留における罪証隠滅のお それの判断要素(設問1),証拠から暴行事実を認定する証拠構造(設問2),類型 証拠開示請求の要件(設問3 ),いわゆる被害再現写真と現場写真の証拠能力の差 異(設問4 ),証人尋問における被害再現写真の利用方策(設問5),刑事訴訟法第 321条第1項第2号後段書面の要件及び証拠の取調べの必要性(設問6)につい て ,【事例】に現れた証拠や事実,手続の経過を適切に把握した上で,法曹三者そ れぞれの立場から,主張・立証すべき事実やその対応についての思考過程を解答す ることを求めており,刑事事実認定の基本構造,証拠法及び証人尋問を含む公判手 続等についての基本的知識の理解並びに基礎的実務能力を試すものである。 [一般教養科目] 次の文章は,アリストテレス(紀元前 384 〜 322 )『弁論術』(戸塚七郎訳)の中の一節である。 これを読んで,後記の各設問に答えなさい。 (省 略) (注)説得推論(enthymeme)については,別の箇所において,以下の説明がされている。 (省 略) 〔設問1〕 本文中において,アリストテレスは,弁証術(dialectic)と弁論術(rhetoric)をどのように 区別しているか。文中の言葉を適宜自分の言葉に置き換えつつ,15行程度でまとめなさい。 〔設問2〕 アリストテレスの言う弁論術は,今日においても,様々な場面で活用されている。弁論術は, それをどう使用するかによって,功罪相半ばする技術である。弁論術を使用することの功罪につ いて,説得力のある具体例を一つ以上挙げつつ,20行程度で論じなさい。 【出典】アリストテレス 戸塚七郎訳『弁論術』 (出題の趣旨) 設問1及び2は,アリストテレスの「弁論術」を題材として,説得の技術である 弁論術の意義について,弁証術との区別を踏まえた理解を問うものである。 設問1は,本文の記載内容を前提に,弁証術と弁論術の区別について問うもので ある。弁証術及び弁論術それぞれの意義・特徴につき,的確に説明することが求め られるが,その際,単に文中の表現を引用するのではなく,その内容を正確に理解 した上で,自己の言葉に置き換えて説明することが求められる。 設問2は,設問1で問われた弁証術と弁論術の区別についての理解を踏まえた上 で,様々な場面において,弁論術が有用とされる場合及び弁論術を用いることが適 切でないとされる場合について,具体例を挙げつつ,的確に論じることが求められ る。 いずれの設問においても,全体として指定の分量で簡潔に記述する能力も求めら れる。