【公法系科目】 〔第1問〕 全国都道府県では, 青少年の健全育成を目的とした図書類の販売等に関する規制が行われ ている。 本問は, そのような目的にとどまらず, 一般市民がむやみに羞恥心等を覚えるよう な卑わいな画像等に触れることがないようにして性風俗にかかる善良な市民の価値観を尊重 するという観点も併せ, 健全で文化的な環境を保持するという目的のために種々の規制を行 う架空の条例案について, その合憲性の検討を求めるものである。 従来は, 訴訟の場面を想 定し, 当事者の主張等において憲法論を展開することを求める出題が通例であったが, 実務 的には, 必ずしも訴訟の場面に限られず, 法令を立案する段階においても法律家としての知 見が必要であることから, そのような場面で憲法論をどのように活用, 展開するかを問う出 題とした。 法律家としての助言を求められているため, 具体的な条例の文言を指摘しつつ, 当該規定 で合憲といえるかどうかを答えることが不可欠であり, 違憲であるとする場合に, 条例案の どの部分がどのような憲法上の規定との関係で問題なのかを具体的に指摘することが期待さ れる。 本条例の検討に際しては, 問題文の最後の甲の発言にあるとおり, 図書類を購入する立場 と販売等をする店舗の立場から憲法上の権利を検討することが必要であり, 前者については, 憲法第21条の表現の自由に含まれる「知る自由」を, 後者については, 憲法第22条の職 業選択の自由に含まれる「営業の自由」の観点から検討する必要がある。 憲法第21条に関しては, まず, 知る自由が, 憲法第21条第1項により保障されること に言及した上で, 購入や貸与を受けることを制限される青少年について, その自由の制約に なるかどうかを論じることとなろう。 制約になるとした場合, まず, 明確性の原則との関係 で, 規制図書類の定義が適切かどうか, 「衣服の全部又は一部を着けない者の卑わいな姿態」 「殊更に性的感情を刺激する」との文言が曖昧, 不明確でないかどうかの検討が必要となる。 一般に, 明確性の原則は, 不明確な法文が表現者の表現行為に対して萎縮効果を持つことを 問題にするものであるが, 本問における条例による規制においては, 表現物の流通過程に位 置する販売者を萎縮させ, それに伴って青少年の知る自由を制約することになるのではない かという観点から, 明確性の原則を論ずることが考えられる。 さらに, 明確性の原則に反し ないとしても, かかる制約の合憲性判断について, いかなる審査基準によって審査すること が妥当かどうかを論じる必要がある。 その際, 内容規制と考えるのか, それとも内容中立規 制と考えるのかという観点から議論することも考えられるし, 規制対象となる図書類が性的 な表現を含むものであることから, その表現の価値を考慮するかどうか, あるいは, 情報の 受け手が青少年であることの考慮が働くかどうか(岐阜県青少年保護育成条例事件補足意見) といった観点を意識した議論をすることが考えられよう。 その上で, 本件規制図書類の範囲 が過度に広汎ではないかという点を含め規制の必要性, 合理性を検討する必要がある。 また, 審査基準の設定又は当てはめにおいて, 後述するように, 本条例の目的についての検討, す なわち, 青少年の健全育成の目的や, 一般市民がむやみに卑わいな画像等に触れないように するという目的が, 憲法上の権利を制約する目的としてふさわしいものであるかどうかを意 識した議論をすることが考えられよう。 次に, 18歳以上の者との関係では, 知る自由の制約になるかどうかをまず検討する必要 があろう。 規制図書類の購入がおよそできなくなるわけではなく, 購入方法の限定はごく一 部に過ぎないから知る自由の制約とまでは言えないと評価するのか, 情報の受領方法に制限 が加わる以上, 知る自由の制約ととらえるのかの両論が考えられる。 知る自由の制約ととら えると, 青少年における検討と同様に, 明確性に関する検討が必要となり, 審査基準の設定 についても, 青少年の場合と同様の点(青少年であることを考慮するかどうかを除く。 )を - 1 - 踏まえた審査基準の設定が考えられる。 18歳以上の者は, 購入場所が限定されるにとどま るため, 青少年とは異なる審査基準を設定することも考えられるし, そうでない場合でも, 審査基準への当てはめにおいては, 購入が全面的に制約される青少年とは異なり, 個々の規 制の合理性を検討する必要があろう。 その際, 本条例の目的が, 青少年の健全育成のみなら ず, 一般市民がむやみに卑わいな画像等に触れないようにするという点にあることについて, 青少年の場合と同様, 憲法上の権利の制約の目的としてふさわしいのかどうかについても言 及することが考えられる。 例えば, 条例の目的は, 結局のところ, 卑わいな画像等を見たく ない人を保護するということになるが, 見たくないものに触れさせないこと一般が法的保護 に値するとは言えないという議論や, 目的が漠然としたもので抽象的にすぎるといった指摘 をして, その目的としての価値が大きくないと評価する方向で議論をすることも考えられよ う。 他方, 性的な羞恥心や卑わいなものを見たくない人の不快感は, 現に一般に共有されて いる感情である以上, 十分に法的保護に値するといったことから, 制約目的としての価値を 見出す議論をすることもできるであろう。 青少年及び18歳以上の者のいずれにおいても, 目的と規制の対応関係を意識する必要が ある。 例えば, 学校から200メートル以内における販売等の規制(いわゆるゾーニング) については, 青少年の健全育成と結びつくものであり, 日用品販売店での販売規制と隔壁等 の義務付けは, 青少年の健全育成と一般市民をむやみに卑わいな画像等に触れさせないとい う観点の両面を趣旨としていることなどを意識した論述が求められる。 憲法第22条に関しては, 営業の自由が憲法上の権利であること, 本件規制が営業の自由 の制約に該当することに言及した上で, 営業の自由の制約としてどのような審査基準が妥当 であるかを議論することが考えられる。 青少年の健全育成という目的と一般市民がむやみに 卑わいな画像等に触れないようにするという目的をどのようにとらえ, 制約される権利の性 質, 制約の程度等との関係で, どのような審査基準を設定するかの議論をする必要がある。 その際, 小売市場許可制判決や薬事法判決等の既存の営業の自由に関わる判決との対比をす ることや, 積極目的, 消極目的等の規制目的の区別に基づいて審査基準を立てるべきかを議 論することが考えられよう。 その上で, 当該審査基準に基づいて, 日用品等販売店舗での販 売禁止の合憲性, 学校から200メートル以内における販売等の禁止の合憲性, 隔離販売規 制の合憲性, 青少年への販売規制の合憲性について検討することとなる。 他方, 制約の程度 等の審査基準設定に与える影響を重視するとすれば, 各規制ごとに審査基準を設定すべきこ とになろう。 営業の自由との関係でも, 一般市民がむやみに卑わいな画像等に触れないよう にするという目的について, 目的としての妥当性を検討することが考えられるが, 知る自由 との関係で議論したのと同様として扱っても差し支えない。 もっとも, その目的の妥当性判 断に当たって, 制約される権利との関係で, 異なる考慮がなされ得るとの立場からは, 知る 自由の場合と異なる議論をすることもあり得る。 なお, 規制対象となる規制図書類の範囲が 過度に広汎であるかどうかは, 憲法第22条の営業の自由との関係でも問題となるが, 知る 自由において検討するのとは必ずしも同じ問題状況ではないことを踏まえる必要がある。 ま た, 規制の合理性の検討に際しては, 意図せず一般市民が卑わいな画像等に触れないように するという観点からすると, 隔壁等による隔離販売の規制のみで足りるのではないかという 方向で議論することもできるし, 他方, 営業の自由の性格に鑑み, 様々な制約を合憲とする 方向で議論することもできると考えられる。 このほか, 表現物の流通過程における書店とい う位置づけに鑑み, 通常の営業主体よりもその販売等の自由は保護されるべきであるという 議論もなし得る。 事業者にとっては違反すれば罰則も設けられていることから, 刑罰法規としての明確性を 指摘することも考えられる。 刑罰法規の明確性は, 表現の自由の制約において求められる明 確性の原則とは趣旨を異にするため, 別の論述が必要であろう。 - 2 - 〔第2問〕 本問は, 「墓地, 埋葬等に関する法律」 (以下「法」という。 )第10条第1項に基づいて, 宗教法人 Aが墓地(以下「本件墓地」という。 )の経営許可を申請した場合(以下「本件申請」という。 ), それに 関して生じる法的な問題について, 経営許可の権限を有する地方公共団体B市の主張を考慮しつつ, 検 討を求めるものである。 本問で論じられるべき第1の問題は, 本件申請に対して許可(以下「本件許可 処分」という。 )が行われた場合, 本件墓地の近隣で別の墓地を経営している宗教法人Dと, 障害福祉サ ービス事業を行う法人Eに, 本件許可処分に対して取消訴訟を提起する原告適格が認められるかである (設問1(1)) 。 論じられるべき第2の問題は, 仮にEに原告適格が認められた場合, 本件許可処分が違 法であるとして, Eがどのような主張をすることが考えられるか, また, それらの主張が制限を受ける ことはないかである(設問1(2)) 。 そして, 論じられるべき第3の問題は, 本件申請に対して不許可処 分(以下「本件不許可処分」という。 )が行われ, Aが, 本件不許可処分に対して取消訴訟で争う場合, Aが本件不許可処分の違法事由としてどのような主張をすることができるかである(設問2) 。 これらの 点を, 法, 法に関して最小限必要な許可要件や手続を定めた「B市墓地等の経営の許可等に関する条例」 (以下「本件条例」という。 )等の資料を踏まえて論じることが求められている。 〔設問1(1)〕は, 取消訴訟の原告適格という, 取消訴訟の基本的な訴訟要件の理解を問うものであ る。 本問では, DとEは, それぞれ本件許可処分の名宛人ではなく, 第三者であることから, 行政事件 訴訟法第9条第1項と同条第2項の基準に基づいて, 原告適格に関しどのような主張がなされるのか, また, 原告適格は認められるのかを, B市からの反論を踏まえて検討することが求められている。 Dの原告適格の検討に当たっては, 既存の墓地の経営主体であるDが, 本件墓地によって経営上悪影 響を受けることを理由に, 原告適格が認められるのかを論じることとなる。 法第1条は, 公衆衛生や宗 教感情の保護等を法目的としているが, 既存の墓地の保護については特に触れるところはない。 しかし, 本件条例第3条第1項が墓地の経営主体を原則として地方公共団体としていることや, 本件条例第9条 第2項の経営許可に関する要件を定めた規定により, 法や本件条例がその趣旨目的として墓地経営の安 定を求めていると考えることもできることから, 墓地経営許可に際して, 既存の墓地の利益保護が考慮 されているかどうかを論じることが求められる。 Eの原告適格の検討に当たっては, Eは障害福祉サービス事業を行う事業所を運営していることから, 本件墓地の経営によって, 衛生環境や生活環境の悪化を理由に原告適格が認められるのかが問題となる。 本件条例第13条第1項や第14条第1項等を手掛かりとして, 法や本件条例が, Eの事業所に対して, 障害福祉サービス事業を行う事業所として, 適切な環境の下で円滑に業務を行う利益を保護しているか を論じることが求められる。 〔設問1(2)〕では, Eが, 本件許可処分に対する取消訴訟を適法に提起できるとした場合, 本件許 可処分が違法であるとして, どのような主張が可能か, また, それらの主張が制限を受けないかを検討 することが求められる。 法第10条第1項に基づく許可については, 公益的見地からその許否が判断さ れ, 行政に一定の裁量が認められると考えられるが, どのような根拠に基づいて, いかなる裁量が認め られるのか, さらに, 本件許可処分が, どのような理由から裁量権の範囲を逸脱・濫用し, 違法とされ るのかについて, 検討を進めることが求められている。 Eが主張する違法事由としては以下の2点を論じることが求められる。 第1に, 本件墓地から約80 メートルの距離にあるEの事業所が本件条例第13条第1項(2)の「障害福祉サービスを行う施設(入所 施設を有するものに限る。 )」に該当し, 本件条例第13条第1項の距離制限に違反することから, 本件 許可処分は違法ではないかという点である。 さらに, たとえ距離制限に違反していても, Eが, Dと相 談して, 説明会や本件申請の後に事業所を移転している等の事情から, 本件許可処分を妨害するため, 意図的に本件事業所を移転したとすれば, 権利濫用として, そのような違法事由は主張できないのでは ないかという点もあわせて論じることが求められている。 第2に, 本件墓地の実質的な経営者は, Aで はなく, 営利企業のCではないのかという, いわばAとCの間で一種の「名義貸し」に当たる行為が行 - 3 - われたのではないかという点である。 法や本件条例には「名義貸し」を明文で禁止する定めは見られな いが, 本件条例が, 墓地の経営主体を地方公共団体や宗教法人等に限定し, 営利企業への墓地営業許可 を認めていないことや, 経営主体に一定の要件を求めていることから, 仮に, 本件許可処分が「名義貸 し」によって認められたものであるとすれば, 法や本件条例の趣旨を潜脱して違法ではないかという主 張を行うことが考えられよう。 法や本件条例を踏まえて, 資料に示された具体的な事実を通して, Eの 主張を検討することが求められている。 さらに, 本件許可処分の違法事由については, Eの「自己の法律上の利益」に関係があるかどうか, すなわち, 行政事件訴訟法第10条第1項による主張制限についても検討することが求められている。 行政事件訴訟法第10条第1項の「自己の法律上の利益」の基本的な理解に基づき, 上で述べた各違法 事由の主張が制限されるかどうかを, 個別に検討することが求められている。 〔設問2〕は, Aが本件不許可処分に対して取消訴訟を提起した場合, 本件不許可処分が違法である としてどのような主張がなされるのかを問うものである。 本件不許可処分の理由としてB市が想定して いる理由のうち, 本問で論じられるべきものは, (ア)本件墓地周辺の住環境が悪化する懸念から, 近隣 住民の反対運動が激しくなったこと及び(イ)Dの墓地を含むB市内の墓地の供給が過剰となり, その 経営に悪影響が及ぶことであるが, これらに関して, B市の主張を踏まえて, 検討することが求められ ている。 (ア)については, 単に近隣住民の反対運動が激化するということを理由とするにとどまるのであれ ば, 本件不許可処分の根拠としては認められないとの見解もあり得る一方で, B市の立場からは, 法第 10条第1項が, 墓地の経営許可につき市長に裁量を認めていることを前提にして, 住環境の悪化を懸 念する反対運動の存在を考慮することは適法との見解もあり得, これらを比較して論じることが求めら れている。 (イ)についても, B市内の墓地の需給を考慮して本件不許可処分を行うことは許されないと の見解と, B市の立場からは, 墓地の公共性や墓地の経営の安定性を求める法や本件条例の規定から, 経営状態が悪化しないように, 需給状況を考慮することは, 裁量の範囲を超えるものではないという見 解もあり得, これらを比較して論じることが求められている。 【民事系科目】 〔第1問〕 本問は, 民法の幅広い分野から, 民法の基礎的な理解とともにその応用力を問うものであり, 当事者の主張を踏まえつつ法律問題の相互関係や当該事案の特殊性を論理的に分析して自説を 展開する能力が試されている。 設問1は, 種類債務の特定と危険負担(民法第534条第2項), (狭義の)履行補助者の過 失, 弁済の提供又は受領遅滞若しくは受領義務違反の効果(債務者の目的物保管義務の軽減及 びその軽減後の義務の内容, 対価危険の債権者への移転等)等といった債権法の複数の制度・ 規定について, 基本的な理解ができているか, その理解を具体的な事実関係に基づいて各制度 ・規定の相互の関連性を含めて適切に展開することができるかを問うものである。 典型論点と もいえるものばかりではあるものの, 複数の論点の検討を要する問題を通して, 事案に即して 論理を着実に展開する能力が試されている。 設問1の事実関係の下では, 危険負担の適用があるか否かが問題となるが, その前提として, 種類債権の特定とその後の目的物の滅失が必要となる。 そこで, 民法第401条が定める「債 務者が物の給付をするのに必要な行為を完了し」たこととは, 例えば, 債務者が, 給付の完了 のために債権者がする必要のあることを除き, 自らすることができることを全てした状態をい うところ, Bの債務は取立債務であることから, Bが目的物を分離して引渡準備を完了し, そ の旨をAに通知することにより目的物の特定が認められることなどを述べた上で, 設問1の事 実関係からこの特定が認められ, その特定した目的物が盗難により滅失したと認められること を述べる必要がある。 - 4 - 目的物が特定後に滅失した場合の売主Bの売買代金請求権の帰趨については, @双務契約上 の相対立する二つの債務は互いに対価関係に立つため牽連関係が認められるとして, 一方の債 務の消滅により当然に他方の債務も消滅することを前提としつつ, 本件においては目的物が特 定していたとして民法第534条第2項の適用によりBの代金請求が認められ得るとする立 場, A同じ前提に立ちつつも, 民法第534条第2項の適用を否定又は制限する立場などが考 えられる。 これらのいずれの立場によっても構わないが, 自己の採用した立場から一貫性のあ る法律構成をすることが求められる。 なお, @Aと異なり, 双務契約上の相対立する二つの債 務は互いに独立のものであり, 一方の消滅により他方が当然に消滅することはないとする立場 もあり得るが, その場合には, 特殊といってよい立場であるため, そのように解する理由を明 確に示すことが必要である。 上記の@の立場からは, 以下の事柄について論ずることになる。 @の立場は, 民法の規定の文理に素直なものであるといえるが, @の立場に対しては公平で はないという批判が極めて有力であり, また, この立場をとることを明言する判例があるわけ でもない。 そこで, 民法第534条第2項の文言に素直な解釈であるという指摘をするだけで なく, 公平に反するという批判説にも応接した理由付けをすることが望ましい。 その上で, 民法第534条が適用されるのは目的物の滅失が「債務者の責めに帰することが できない事由」による場合であるため, 設問1の事実関係の下で盗難による松茸の滅失がこれ に当たるかを論ずべきことになる。 その際には, 「債務者の責めに帰することができない事由」 の意味をまず明らかにする必要がある。 これについては, 例えば, 特定物の売主は目的物の善 良な管理者の注意をもって目的物を保管する義務を負うところ, その義務を尽くしたことが上 記事由に当たるとする考え方が考えられる。 さらに, 設問1では, Bは保管のために(狭義の) 履行補助者に当たる(【事実】3)Cを使用しているためCの主観的態様が信義則上Bの主観 的態様と同視されるとした上で, Cが近隣において盗難事件が頻発し警察が注意喚起している との状況下でBの指示に従わずに簡易な錠による施錠しかせずに乙倉庫を離れたこと(【事実】 5及び8)は善管注意義務違反に当たると解されるため, 目的物として特定した松茸の滅失は Bの責めに帰することができない事由によるものということは基本的にできないことになる。 もっとも, 松茸の盗難は, Bによる弁済の提供があった後, 又はAによる受領遅滞中に若し くはAの受領義務違反後に起きたことである。 そこで, 弁済の提供又は受領遅滞若しくは受領 義務違反の効果としてBの保管義務の軽減が問題になる。 これらのいずれの構成によっても構 わないが, その構成により保管義務が軽減される理由を明らかにし, 設問1の事実関係の下で 保管義務の軽減が認められるかを論ずる必要がある。 そして, 債務者は自己の財産に対するのと同一の注意をもって目的物を保管する義務を負う, あるいは, 債務者は故意又は重大な過失による目的物の滅失又は損傷の場合にのみ責任を負う などと軽減された義務の内容を明らかにした上で, 設問1の事実関係に即して, Cの行った簡 易な錠での施錠が「普段どおり」の施錠方法であったことを踏まえてその軽減された注意義務 に違反しないかどうかを論ずべきことになる。 次に, 上記のAの立場をとる場合には, 以下の事柄について論ずることになる。 まず, 自説の立場から, 民法第534条の適用を否定又は制限する理由を述べる必要があり, その理由と整合的にどのような場合には適用が認められるのかを明らかにし, 設問1の事実関 係の下では民法第534条が適用される場合に当たらないことを述べることが求められる。 もっとも, Bによる弁済の提供又はAの受領遅滞若しくは受領義務違反が認められることか ら, その効果として対価危険の移転が認められ得る。 そこで, その旨の指摘と設問1の事実関 係の下でこれが認められることを述べた上で, 目的物の滅失がBの帰責事由によるものである ときはそもそも危険負担の適用がないことを述べて, 松茸の滅失がBの帰責事由によるものか 否かを検討すべきことになる。 そして, ここでは, 上記の@の立場と同様に, 債務者に課され - 5 - た善管注意義務と債務者の責めに帰することができない事由との関係, 弁済の提供等による善 管注意義務の軽減の有無などを検討すべきことになる。 設問2は, 所有権に基づく妨害排除請求の相手方は現に妨害をしている者であることを前提 として, 所有権留保売買契約の売主として留保所有権を有する者はこれに当たるか(小問1), 仮にこれに当たらないと判断すべきことを前提としたとしても, その者が妨害物となっている 自動車を以前所有しており, 自己の意思に基づいて登録名義人となった者であって, その自動 車を譲渡した後も登録名義人にとどまっている場合は別に考えることができないのか(小問2) を, それぞれ問うものである。 小問1では判例によっても承認されている所有権留保売買を題材に非典型担保物権の意義と 留保所有権の内容を, 小問2では不動産と同様の法的規制に服する自動車についての権利の得 喪に係る対抗要件制度の意義という, 基本的な問題に対する理解力を測ることを狙いとする。 また, 小問1には最判平成21年3月10日民集第63巻3号385頁, 小問2には最判平成 6年2月8日民集第48巻2号373頁という重要な関連判例があり, 設問2は, 日頃の学習 において重要判例について表層的でない理解を心掛けているかをみようとするものでもある。 小問1では, Eの請求が所有権に基づく請求であること, この請求の相手方は所有権の行使 を現に妨げている者であることを前提として, 甲トラックの所有権留保売買における留保売主 Dは, 甲トラックが丙土地上に放置されていることによってEの丙土地所有権の行使を妨げて いることになり, したがって, 甲トラックの撤去義務を負うかどうかが問われている。 まず, 物の所有者は, その物が他人の土地上にある場合には, 権原がなければ, 通常, その 物の撤去の義務を負う。 ところが, Dは, Aとの間で所有権留保売買契約をしたことにより, 通常の所有権を有する者ではなく, 債権担保の目的で所有権を有するにすぎない。 そこで, こ のような立場にあるDが所有者一般と同様に扱われるのか否かを論ずべきことになる。 Dが甲トラックの撤去義務を負うか否かについての結論はいずれでも構わないが, その結論 を導く理由についての法的な構成力が問われている。 その理由に関しては, 例えば, 次のよう な事情を考慮することが考えられる。 すなわち, @AD間の契約において, 被担保債権の不履行があるまでは, 甲トラックの占有 ・処分権能を有するのはAであり, Dはこれを有しないとされており, Dは, 甲トラックの交 換価値しか把握していないとみることができることである。 これによると, Dは, 形式的には 甲トラックの所有者であるが, 実質的には抵当権者と変わりがないとみることができ, 抵当権 者であれば抵当目的物による妨害排除請求の相手方にはならないと考えられる。 他方で, A上記@のようなDの地位は, AD間の契約によって創設されたものであることで ある。 したがって, Dの甲トラックの占有・処分権能は, Aとの契約によりAとの関係で制約 されているにすぎないとみる余地がある。 実際にも, 例えば甲トラックを不法占有する者があ る場合, その者との関係では, Dは所有権に基づく返還請求をすることができるとされる可能 性がある。 このほか, BDは, 甲トラックに抵当権(自動車抵当権)を設定することもできたのにあえ て所有権留保という担保手段を選んだものであって, 所有者と同様に扱われることはDの選択 の結果であるにすぎないといえることなどを指摘することが考えられる。 なお, 前掲平成21年3月10日最高裁判決は所有権留保という社会的に重要な非典型担保 の基本的内容の一部を明らかにするものであることから, 法律実務家となることを志す者が知 っているべき判決であるということができるが, 単に同判決があることや, その内容を指摘し ても十分な解答にはならず, 理由付けの内容が問われるものである。 小問2では, 下線部のDの発言が正当と認められるという前提で解答することが求められ ている。 これは, 甲トラックの通常の所有権を有していたDが, Aとの所有権留保売買契約に より甲トラックの所有権を実質的に喪失したことを前提として, 設問2を考えるべきことを意 - 6 - 味するから, まずこの点を押さえる必要がある。 そして, 登録自動車の所有権の喪失はその登録をしなければ「第三者」に対抗することがで きない(道路運送車両法第5条第1項)ことが問題文に示されていることを踏まえつつ, 設問 2の事実関係の下で, Eは, その「第三者」に該当し, 又は「第三者に準ずる者」として扱わ れるのかを, 論ずべきことになる。 道路運送車両法第5条第1項は, 民法第177条と同趣旨の規定であることから, 「第三者」 とは, 登録の不存在を主張する正当な利益を有する者をいい, 隠れた物権変動により第三者が 害されることを防ぐという同条の趣旨から, 当該物件につき登録名義人との間で法律上の利害 関係を有するに至ったことが, 第三者性を基礎付ける「正当な利益」に当たると解される。 これによると, Eは, 第三者には基本的に該当しないこととなる。 Eが甲トラックにつき有 する利害関係は, 甲トラックの所有者が判明しなければ丙土地の所有権に対する妨害を排除す ることができないという不利益を被ることであり, Eは, 甲トラックにつき, 権利を取得すべ き地位にあるなど何らかの法律上の利害関係を有するわけではないからである。 もっとも, 判例(前掲平成6年2月8日最高裁判決)上, 土地所有権の行使が建物の存在に よって妨害されている場合において, 登記に関わりなく建物の実質的所有者をもって妨害排除 の義務者を決するとすれば, 土地所有者はその探求の困難を強いられるなどの不合理を生ずる おそれがあることから, その建物の所有権を譲渡により喪失したが自ら得た登記名義をなお保 持する者は, 土地所有者との関係については建物についての物権変動における対抗関係にも似 た関係にあるとした上で, 土地所有者の請求により建物を収去し土地を明け渡す義務があると されている。 登録自動車については不動産と同様の法的扱いがされることが多いことから, D についても同様の立論が可能であるかどうかが問題になる。 この問題についても, 結論はいずれでも構わないが, その結論を導く理由についての法的な 構成力が問われている。 検討の筋道としては, 前掲平成6年2月8日最高裁判決が地上建物による土地所有権の妨害 の場合に土地所有者を例外的に保護していることから, その例外的保護の理由を明らかにして, それとの比較をすることが考えられるが, これに限られるものではなく, 次に述べるような必 要な考慮要素に触れられていることが必要である。 地上建物による土地所有権の妨害の場合に土地所有者の例外的保護が認められる理由として は, @建物の存立は, 敷地の全面的・固定的占有を当然に伴うため, 土地所有者は土地の占有 という土地所有権の本質的内容に属する権能を奪われた状態が継続することが挙げられる。 他 方で, 登録自動車による土地所有権の妨害は, 全面的なものでも, 固定的なものでもなく, 土 地所有者は, その妨害により土地所有権の本質的内容に属する権能を奪われた状態になるとま で評価することはできないともいえる。 また, A一般に, 民法第177条の第三者とは登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者 をいうなどとされ, 第三者とされるためには, 当該物権変動の主張が認められると当該不動産 に関する権利を失い, 又は負担を免れることができなくなることが必要であるところ, 本件で は, 土地所有者は, 登記を移転していない前建物所有者による建物の所有権喪失の主張が認め られると, 建物所有権の隠れた移転によりその建物所有権の負担(土地所有権を妨害された状 態が継続するという負担)を実質的に免れることができない地位にあるとみることができると もいえる。 他方で, 土地所有者は土地所有権の本質的内容に属する権能を奪われた状態になる とまで評価することはできないと反論をすればこの指摘は当たらないし, そもそも違法な状態 に対する責任の追及の問題を対抗問題と類似すると扱うことは適切ではないということもでき る。 さらに, B建物を譲渡した元所有者は, その建物を所有する旨の登記を自らしたのであれば, その名義の移転をすることも当然にできたはずであり, 登記懈怠の責めを問われても仕方がな - 7 - いことを指摘することができる。 他方で, 所有権留保売買は, 被担保債権の弁済まで登記又は 登録を売主名義のままにしておくことが当然の前提であり, そのことも含めて判例上承認され ていることから, 売主に登記懈怠の責めを負わせることは適当ではないともいえると考えられ る。 このほか, 建物の撤去とは, 通常, 建物の取壊しであることから, その費用を負担しさえす れば誰でもすることができるため, 建物所有権を有しない登記名義人に負わせることも可能で あるが, 自動車については, 前登録名義人は真の所有者の所在が判明するまで自動車を保管し 続けなければならないという負担を負い続けることになりかねず, その金銭負担も重いものと なる可能性があるという事情も指摘することができる。 以上を踏まえれば, Eを「第三者」に準ずる者と認めて例外的に保護することは適当ではな いと理解することに相当の理由があると考えられるが, 上記のとおりいずれの結論でも許容さ れる。 解答に当たっては, 以上に例示した事情の全部を挙げることが求められるものではなく, 根 幹的と思われる理由を挙げて結論を正当化することで十分である。 もっとも, 結論を正当化す る際には, その結論を根拠づける方向に働く事情を挙げるだけでなく, 反対の結論を根拠付け る方向に働く事情も考慮し, それに応接することが望ましい。 設問3は, 遺言による財産の処分によって, 共同相続人への債務の承継が影響を受けるか否 かを問うことを通じて, 相続法に関する基本的な知識に基づく事案の分析力や解釈論の展開力 を試すものである。 設問3については, @被相続人Cを共同相続したCの子FGに対し法定相続分とは異なる割 合で特定の財産をそれぞれ「相続させる」遺言, 及び, Cから廃除(民法第892条)された 子Hに対し特定の財産を「与える」遺言について, 遺言の解釈によってその法的性質(とりわ け, 「相続させる」遺言が相続分の指定を伴うものであるか)を明らかにした上で, ACが残 したBに対する借入金債務がFGにどのように承継されるか, さらに, この債務を全額支払っ たFがGに対し幾らの金額の支払を請求することができるかについて, 検討することが求めら れる。 まず, Cの遺言(以下「本件遺言」という。 )の解釈に当たっては, どのような指針に基づ いて解釈すべきか, 例えば, 「被相続人の遺産の承継関係に関する遺言については, ……遺言 者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきものである」(最判平成3年4月19日民 集第45巻4号477頁参照)などと必要に応じて簡潔に言及することが求められる。 その上で, FGに対する「相続させる」遺言に関しては, 判例が, 特定の遺産を特定の相続 人に「相続させる」遺言は, @相続人に対し, 特定の財産を単独で相続させようとする趣旨に 解するのが合理的な意思解釈であって, 特段の事情がない限り, 遺贈と解すべきではないとし, Aかかる「相続させる」趣旨の遺言は, 特定の遺産を特定の相続人に単独で相続により承継さ せることを遺言で定める点で, 正に民法第908条にいう「遺産の分割の方法を定めた遺言」 であるとしている。 したがって, この判例の立場を前提とすれば, 共同相続人FGに対し, 1 200万円・600万円の定期預金をそれぞれ「相続させる」遺言は, 「遺産分割方法の指定」 と意思解釈するのが合理的であることになる。 なお, 共同相続された定期預金について, 遺産 分割の対象となる旨の判例が最近出されている(最判平成29年4月6日集民第255号12 9頁。 最大判平成28年12月19日民集第70巻8号2121頁参照)が, 本問においては その旨の言及を特に求めるものではない。 そして, 「遺産分割方法の指定」については, 法定相続分よりも多い割合で分割の指定がさ れたり, 各共同相続人に対し法定相続分とは異なる割合で分割の指定がされた場合には, 特段 の事情がない限り, 「相続分の指定」(民法第902条)を伴うものと解釈するのが一般的であ る。 このような形で法定相続分とは異なる割合による遺産分割の指定がされたことは, 債務の - 8 - 承継割合を法定相続分から変更する意思がないことが明らかであるなどの特段の事情がない限 り(最判平成21年3月24日民集第63巻3号427頁参照), その分割された割合で「相 続分の指定」がされて, 債務もその割合で承継させる趣旨に意思解釈するのが合理的であると 考える立場であり, このような立場を取るならば, 共同相続人FGに対し法定相続分とは異な る割合で1200万円・600万の定期預金をそれぞれ「相続させる」とする本件遺言は, 「相 続分の指定」を伴うものと解釈することになる。 上記の立場に対し, 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」遺言を「特定遺贈」と解釈 する学説も少なくない。 このような説に立って論ずるに当たっては, 上記の「相続分の指定を 伴う遺産分割方法の指定」と解する立場に対する批判を踏まえた議論を展開し, 例えば, 「遺 産分割方法の指定」は, 本来は, 現物分割・換価分割などの遺産全体の分割方法の指針を定め るものであって, 特定の財産の処分は特定遺贈によることが民法の予定するところであること を指摘することが考えられる。 このほか, 上記の各立場も踏まえつつ, 本件遺言は, 飽くまでも個別の積極財産を処分した に過ぎない点などを考慮して, 遺言者には債務の承継割合までを変更する意思はなく, 法定相 続分の割合で承継すると解釈することも, 解答として許容されるものと考えられる。 次に, Hに対する遺言については, Hは廃除(民法第892条)により相続資格を失ってい たこと, したがって, 200万円の定期預金を「与える」遺言は, 相続人以外の者に対する遺 言による特定の財産の処分であるから, 特定遺贈と解釈されることを述べることが求められる。 本件遺言において廃除の意思に変わりがないとCがしていることに照らして, 廃除の取消し(民 法第894条第2項)の趣旨を含むものではなく, 相続資格を失ったままであることに言及す ることが望ましい。 以上を前提に, Cの残した金銭債務が共同相続人FGにどのように承継されるかについては, 次のように考えられる。 まず, 共同相続人は, 法定相続分に応じて相続人の権利義務を承継するのが原則であるが(民 法第899条), 指定相続分(民法第902条)がある場合は指定相続分に応じて承継する。 FGへの「相続させる」遺言において複数の立場があり得るが「相続分の指定を伴う遺産分割 方法の指定」であると解する場合には, 指定相続分(2:1)により, それ以外の立場による 場合には法定相続分(1:1)により債務を承継することになる。 次に承継の態様が問題となるが, CはBに対し300万円の金銭債務(可分債務)を負って いたことから, 判例(大決昭和5年12月4日民集第9巻1118頁)の立場を前提とすれば, 民法第427条により, 共同相続人FG間では上記の割合に応じた分割債務として承継するこ とになる。 そして, Fは, Gが単独で負う債務までBに弁済している。 これは, 債務者の意思に反する もの(民法第474条第2項)とはいえないので, FはGに対し, 事務管理等を理由として, 指定相続分で承継したとする場合には100万円の支払を, 法定相続分で承継したとする場合 には150万円の支払を, それぞれ請求することができるものと考えられる。 他方で, 金銭債務(可分債務)の共同相続について, 不可分債務又は合有債務と解する学説 も有力であり, 分割債務説を批判しつつ, これらの学説に立った検討を加えることも考えられ る。 この場合には, 内部的負担部分は, 法定相続分又は指定相続分に応じて定められ(民法第 899条参照), その負担部分を超える額についてFはGに求償することができるものと考え られる。 〔第2問〕 本問は, @会計帳簿の閲覧の請求の拒絶事由(設問1), A株主の権利の行使に関する利益 の供与を理由とする株主総会の決議の取消しの訴え, 株主総会の否決決議の取消しを請求する - 9 - 訴え(設問2), B株主の権利の行使に関して財産上の利益を供与することに関与した取締 役及び当該利益の供与を受けた者に対する責任追及等の訴え(設問2), C譲渡制限株式の 相続人に対する売渡しの請求(設問3)についての理解等を問うものである。 設問1においては, Dによる閲覧の請求が会社法第433条第1項の会計帳簿の閲覧の請 求に該当すること, 当該請求の要件等に言及した上で, 当該請求が同条第2項第1号又は第 3号の拒絶事由等に該当し, 甲社が当該請求を拒むことができるかどうかについて検討するこ とが求められる。 のうち, Dによる閲覧の請求が会社法第433条第2項第1号の拒絶事由に該当するか否 かを検討するに当たっては, Dが, その権利の確保又は行使に関する調査の目的でなく, D保 有株式をAに買い取らせる目的で当該請求を行ったと認めることができるかどうかについて, Dの言動等の事実関係を適切に評価した上で説得的に論ずることが求められる。 また, Dによる閲覧の請求が会社法第433条第2項第3号の拒絶事由に該当するか否かを 検討するに当たっては, 乙社の営む事業が甲社の「業務と実質的に競争関係にある」と認める ことができるかどうかについて, 甲社及び乙社はいずれもハンバーガーショップを営んでいる こと, 甲社は関東地方のP県に, 乙社は近畿地方のQ県に, それぞれ出店していること, 甲社 はQ県には出店する予定がないことなどの事実関係を適切に評価した上で, 説得的に論ずるこ とが必要となろう。 さらに, Dが「〜事業を営み, 又はこれに従事するものである」と認める ことができるかどうかについても, Dは, 乙社の発行済株式の全部を有していること, 乙社の 経営には関与していないこと, 乙社の代表取締役であるFと親子関係にあることなどの事実関 係を踏まえて, 具体的に検討することが求められる。 設問2においては, 甲社がGから保証料の支払を受けないでGの丙銀行に対する借入金債 務について連帯保証したことが, 「何人に対しても」(会社法第120条第1項)という文言に 照らして, Gに対する財産上の利益の供与(同項)に該当するか否か(同項の文言上, 利益供 与の相手方は誰でもよく, 現に株主である者に限られない。 ), あるいはこのことがD保有株式 の売買契約が成立する前提となっており, Dに対する財産上の利益の供与(同項)に該当する か否かについて説得的に論ずることが求められる。 そして, 上記連帯保証が, (G又はDに対 する)財産上の利益の供与に該当するとすれば, 当該利益の供与が株主の権利の行使に関して されたもの(同項)ということができるかどうかについて, 本件契約によれば, Dが本件株主 総会には自らは出席しないでAを代理人として議決権の行使に関する一切の事項を委任するこ ととされていたといった諸々の事実関係に即して検討することが望まれる。 その上で, 本件決 議1についての株主総会の決議の取消しの訴えに関して, 当該利益の供与により, 本件決議1 が株主総会の決議の方法が法令に違反したもの(同法第831条第1項第1号)と認めること ができるかどうかについて検討することが求められる。 また, 本件決議2についての株主総会の決議の取消しの訴えに関しては, 本件決議2が株主 総会の決議の方法が法令に違反し, 又は著しく不公正なもの(会社法第831条第1項第1号) と認めることができるかについて, CがAを取締役から解任する旨の議案の提案の理由を説明 しようとしたところ, 議長であるAがこれを制止し, 直ちに採決に移ったことを, 株主による 提案理由の説明の拒絶として株主提案権の(実質的)侵害に該当し, あるいは議長の議事整理 に関する権限(同法第315条第1項)の濫用に該当すると位置付けることができるのではな いかといった観点から, 検討することが考えられる。 さらに, 判例は, ある議案を否決する株 主総会等の決議の取消しを請求する訴えは不適法であるとしていること(最判平成28年3月 4日民集70巻3号827頁)を意識した上で, その適否を論ずることが求められる。 設問2においては, Aに対する責任追及等の訴え(会社法第847条第1項)については, 甲社がGから保証料の支払を受けないでGの丙銀行に対する借入金債務について連帯保証した ことが, G又はDに対する財産上の利益の供与(同法第120条第1項)に該当するとすれば, - 10 - @Aは, 同条第4項及び会社法施行規則第21条第1号に基づき, 少なくとも, 供与した利益 の価額に相当する額である60万円を支払う義務を負うと認めること, A甲社がGの丙銀行に 対する借入金債務について連帯保証したことに関するAの行為は, 法令に違反し, 又は善管注 意義務に違反するため, 任務懈怠(同法第423条第1項)に該当し, Aは, 甲社に対し, 少 なくとも, 保証債務の履行として丙銀行に弁済した800万円を支払う義務を負うと認めるこ とが考えられる。 なお, Aが支払義務を負う金額(@にあっては「供与した利益の価額に相当 する額」, Aにあっては会社の損害額)については, 上記の各金額以外の額であるとする論理 も考えられるところであり, 事案に即して説得的に論じられていれば, 必ずしも, 上記の各金 額でなければならないものではない。 Gに対する責任追及等の訴え(会社法第847条第1項)については, Gが, 「当該利益の 供与を受けた者」に該当するのであれば, 同法第120条第3項に基づき, 供与を受けた財産 上の利益である60万円を返還する義務を負うと認めることが考えられる。 なお, Gが返還義 務を負う金額についても, 同様に, 必ずしも, 上記の金額でなければならないものではない。 設問3においては, 譲渡制限株式の相続人等に対する売渡しの請求(会社法第174条)の 趣旨は, 株式会社が, 定款にその旨の定めを設けることにより, 相続その他の一般承継により 当該株式会社の譲渡制限株式を取得した者に対し, 当該譲渡制限株式を当該株式会社に売り渡 すことを請求することができることとし, 当該株式会社にとって必ずしも好ましくない者が当 該株式会社の株主となることを防ぐことができるようにすることにあることを踏まえつつ, 本 件請求の適否について, 具体的に検討することが求められる。 その際には, Bは甲社株式を相続する前から甲社の株主であったこと, Bが相続した甲社株 式450株の全部についてではなく, Cが甲社の総株主の議決権の過半数を確保するために最 低限必要な401株についてのみ, 甲社がBに対して売渡しの請求をすることとしたこと, A が取締役を退任した後はCも取締役を退任してBが代表取締役社長を務める旨のAC間の合意 が存在していたこと, 本件請求はCが甲社の支配権を取得する目的でされていること, 他方で, 会社法第174条の文言上は, これらのことにより, 譲渡制限株式の相続人等に対する売渡し の請求が不適法となるとは規定されていないこと, 甲社定款第9条の定めは設立当初から設け られていたことなどの諸事情を総合的に考慮して, 説得的に論ずることが求められる。 その上で, 平成29年7月3日に開催された臨時株主総会における甲社がBに対して売渡し の請求をすることに関する議案を可決した決議について, @特別の利害関係を有する者が議決 権を行使したことによる著しく不当な決議に該当するか否か(会社法第831条第1項第3 号), A決議の内容が法令に違反するか否か(同法第830条第2項), 又はB決議の内容が定 款(定款の趣旨)に違反するか否か(同法第831条第1項第2号), 及び当該決議が取り消 され, 又は無効であることが確認されることにより, 本件請求が効力を生じないこととなるこ となどについて, 検討することが考えられる。 〔第3問〕 本問は, Aが, Bが運転するタクシーとCが運転する自動車との衝突事故(本件事故)によ って負傷したという事例を基本的な題材として, @BがAを被告として150万円を超える損 害賠償債務の不存在確認の訴えを提起し, その訴訟が係属した後, AがB及びCを被告として 提起する損害賠償請求の訴えが適法であるとする立論をすること(設問1), AAを原告, B 及びCを被告とする損害賠償請求訴訟において, Bが, 病院開設者である法人Dを所持者とし てAの診療記録について文書提出命令を申し立てた場合に, Dに文書提出義務があるとする立 論をすること(設問2), B当該訴訟の第一審判決においてAのCに対する請求が棄却された 場合に, Bが, Aのために補助参加の申出をするとともに, Aを控訴人, Cを被控訴人として 提起した控訴が適法かどうかを論ずること(設問3)をそれぞれ求めるものである。 - 11 - なお, 甲地裁及び乙地裁が本問に現れる訴えの土地管轄及び事物管轄を有することは解答の 前提にするよう問題文に明記しているので, これらの管轄の有無を論ずる必要はない。 設問1では, まず, Bが既にAを被告として150万円を超える損害賠償債務の不存在確認 の訴えを提起し, 訴状がAに送達されて訴訟係属が生じていることとの関係で, AがBに対し て400万円の支払を求める訴えの適法性が問題となる。 そして, AのBに対する訴えの適法 性に関しては, 民事訴訟法第142条の重複起訴の禁止との関係を重複起訴禁止の趣旨を踏ま えて論じなければならず, その前提として, Bの訴えの訴訟物を明示する必要がある。 Bの訴えの訴訟物は, 例えば, 判例による訴訟物の捉え方を踏まえると, 本件事故に係るB のAに対する不法行為に基づく損害賠償債務のうち150万円を超える部分と解することとな り, AのBに対する400万円の支払請求の訴えのうち150万円を超える部分については, 事件の同一性(当事者と訴訟物の同一性)が認められるので, 重複起訴の禁止との関係が問題 となる。 また, Bの訴えの訴訟物について, Bが義務を自認している150万円の部分をも含 むと解する考え方に立つと, AのBに対する400万円の支払請求の訴えの全部について重複 起訴の禁止との関係が問題となる。 訴訟物の捉え方については, 複数の考え方があり得るとこ ろであり, どの立場に立つかによって評価に差がつくわけではないが, いずれにせよ, Bの訴 えの訴訟物は, 設問1を考える上で当然に明示する必要がある。 そして, 設問1で重複起訴の禁止との関係を論ずる際には, Aがその訴えを提起する裁判所 が, Bの訴えに係る訴訟が係属している裁判所(乙地裁)であるのか, それ以外の裁判所(甲 地裁)であるのかという課題(1)と課題(2)の違いを意識しつつ検討を進める必要がある。 設問1の課題(1)では, まず, Aが乙地裁にBを被告とする訴えを提起することが適法であ ることを論ずる必要があり, 金銭債務不存在確認の訴えの被告は原告に対してその金銭の支払 を求める反訴を提起することができ, これによると重複起訴の禁止の規定に抵触しないこと(そ もそも同条が禁止する「更に訴えを提起すること」に当たらないと考えられること, 又は「更 に訴えを提起すること」には当たるが, 重複起訴禁止の趣旨に反しないので適法と考えられる こと)を指摘することが求められる。 設問1の課題(1)では, これに加えて, Aが, 乙地裁において, CをBとの共同被告として 損害賠償請求の訴えを適法に提起できることを論ずる必要がある。 これについては, 共同訴訟 の一般的要件(同法第38条前段)を満たすことを指摘すべきであるのはもちろんであるが, そのほかに, 上記のようにAがBに対する反訴を提起する場合, この反訴請求と併合して本訴 原告以外の者であるCに対する請求に係る訴えを提起できるかを検討する必要がある。 すなわ ち, Bに対する反訴請求と本訴原告ではないCに対する請求とを併合して訴えを提起すること を許せば, 法が定めていない主観的追加的併合を認めることになるが, それでよいかという問 題が存在するので, この問題を意識しつつ, それが許されるとの立論をすることが求められる。 他方, Aが, Bの訴えに対する反訴ではなく, 別訴として, BとCを共同被告とする訴えを乙 地裁に提起することも考えられるところ, この場合には主観的追加的併合の許否という問題は 生じないが, 前記の重複起訴の禁止の問題との関係で, Aが受訴裁判所に口頭弁論の併合を求 め, 口頭弁論が併合されることにより重複起訴禁止の趣旨に反しなくなることを指摘して, 訴 えの適法性を理由づけることが望まれる。 また, 金銭債務不存在確認の訴えの被告が原告に対してその金銭の支払を求める反訴を提起 した場合には, その確認の訴えについて確認の利益が認められなくなる旨の判例(最高裁判所 平成16年3月25日第一小法廷判決・民集58巻3号753頁)の趣旨を意識しつつ, Aが Bに対する給付の訴えを提起することにより, Bの訴えについては確認の利益がなくなること を指摘して, 重複起訴禁止の趣旨に反せず適法であるとする解答も, 一応の評価ができるとこ ろである。 次に, 設問1の課題(2)は, Aが, 甲地裁において, BとCに対する訴えを提起する場合で - 12 - あってもそれが適法であるとする立論をすることを求めている。 課題(1)と異なり, 反訴によ ることはできず, また, 官署としての裁判所を異にするため直ちに口頭弁論を併合することも できない。 そこで, 本件でAが甲地裁にBとCを共同被告とする訴えを提起する場合, Bの訴 えに係る訴訟が係属する裁判所とは別の裁判所に提起する別訴であっても, これを適法と認め るべき必要性及び重複起訴の禁止の趣旨が妥当しないとする理由を示すことにより, Aの訴え が適法であることを述べることになる。 そこでは, 債務不存在確認訴訟と給付訴訟とでは得ら れる判決の効果に違いがあること(給付判決には執行力が認められる。 ), Bの訴えの訴訟物が 150万円を超える部分のみであると解する見解に立つ場合には, Aの訴えの訴訟物のうちB の訴えの訴訟物となっていない150万円については訴訟物の重なりがないこと, Bが自己に 有利な管轄裁判所に消極的確認の訴えを提起することにより, Aが甲地裁で訴えを提起できる はずの地位を損なうこと, 本件では, Aの訴えの提起がBの訴えについての第1回口頭弁論期 日前の時点でされており, Bの訴えについて審理が進んでいる状態ではないことなどの諸事情 を考慮に入れて論ずることが期待される。 設問2では, Aの診療記録について所持者Dが文書提出義務を負うかどうかが問題となり, 同法第220条の規定に即して文書提出義務を肯定する立論をすることが求められる。 同条の 規定のうち根拠として検討する必要があるのは, 一般的な文書提出義務を定めた同条第4号で ある。 本問では, 除外事由としての同号ハ・第197条第1項第2号(医師の守秘義務に係る 文書)への該当性が問題となり, 医師の守秘義務によって保護されているのが訴訟の当事者で あるAについての情報であることがDの文書提出義務に影響するのではないかという点を考慮 に入れ, 文書の所持者が当該訴訟の当事者に対して負う守秘義務が問題となった場合の判例(最 高裁判所平成19年12月11日第三小法廷決定・民集61巻9号3364頁)の趣旨等をも 考慮して, 除外事由に当たらないことの理由を示すことが必要となる。 そのほかに, 同法第220条第3号前段の利益文書を根拠とする立論をすることにも一定の 評価が可能であるところ, Aの診療記録についてAの相手方当事者であるBの利益のために作 成されたといえるか, 同条第4号の除外事由の適用又は類推適用がないか(それがあるとする と, 除外事由に該当しないか)等の問題点について, 提出義務を肯定する方向で論ずることが 求められる。 なお, 同号ニ(いわゆる自己利用文書)の該当性も一応問題になり得るが, 一般に診療記録 が各種の事項に関して証拠方法となり得ること等を踏まえると, 専ら所持者の利用に供するた めの文書とは解することができないので, 自己利用文書の該当性を論ずる必要はない。 設問3では, 主張(ア)との関係で, 第一審で補助参加をしていなかったBがAのために控訴 をすることの可否について, 主張(イ)との関係で, 補助参加の利益(同法第42条参照)につ いて, それぞれ論じ, Bの控訴が適法か否かの結論を示す必要がある。 前者に関しては, 第一審で補助参加をしていなかった者も, 補助参加の申出とともに被参加 人のために控訴ができるとするのが同法第43条第2項及び第45条第1項から導かれる適切 な解釈である。 後者の補助参加の利益の有無に関しては, 考え方が分かれ得るところであり, 最高裁判所昭和51年3月30日第三小法廷判決・裁判集民事117号323頁の趣旨等をも 意識しつつ, 自らの考え方を述べることが求められる。 【刑事系科目】 〔第1問〕 本問は, 設問1で, A高校のPTA会長である乙が, 同高校のPTA役員会において, 「2年 生の数学を担当する教員(丙)がうちの子(甲)の顔を殴った。 徹底的に調査すべきである。 」と 発言した行為について, 名誉毀損罪の成否を検討させ, 設問2で, 夜間の町外れの山道脇の駐車 - 13 - 場において, 負傷して倒れていた父親の乙を救助しなかった甲の不作為について, 殺人未遂罪及び 保護責任者遺棄等罪が成立すると主張する上での各理論構成を検討させ, さらに, 設問3で, 同 所において, 甲とは無関係の丁が負傷して倒れていた場合に, その丁を救助しなかった甲の不作為 について, 殺人未遂罪が成立すると主張する上での理論構成を検討させることにより, 刑事実体法 及びその解釈論の知識と理解を問うとともに, 具体的な事実関係を分析し, その事実に法規範を適 用する能力並びに論理的な思考力及び論述力を試すものである。 設問1について 本問では, 乙の罪責について, 丙に対する名誉毀損罪の成否を検討することになる。 そこ で, 同罪の客観的構成要件である「公然」, 「事実の摘示」, 「人の名誉」及び「毀損」という 各構成要件要素について, 事実を指摘して具体的に論じる必要がある。 まず, 「公然」の意義について, 判例の見解では, 不特定又は多数人が認識し得る状態を いうとされているところ, 公然性が認められるためには, 不特定又は多数人が現実に摘示内 容を認識することを必要とせず, 認識できる状態に置かれれば足りることを的確に指摘する 必要がある。 その上で, 乙がA高校のPTA役員会において, これに出席していた校長及び保護者3名 に対し, 丙に関する悪評を伝えた行為に公然性が認められるかが問題となるところ, 判例の 立場によれば, 摘示の相手方が特定かつ少数人であっても, その者らを通じて間接的に不特 定又は多数人へと伝播する可能性がある場合には, 人に対する社会的評価を低下させる危険 を生じさせることから, 公然性を肯定できることを論じることになる。 もっとも, 「公然」 とは, 文理上, 結果の公然性ではなく, 行為の公然性を意味するものであることや, 伝播さ せるかどうかという相手方の意思により犯罪の成否が左右されるのは不当であることなどを 理由として, 伝播性の理論を否定し, 摘示の直接の相手方が不特定又は多数人であることが 必要であるとする見解に立って論じることも可能である。 本問において, 乙が摘示した直接の相手方は, PTA役員会に出席していた校長及び保護 者3名という特定かつ少数人にとどまるものの, これらの出席者は, 多数人であるA高校の 生徒の保護者らの代表者であって, 同役員会における協議結果等を他の保護者や教員ら同高 校関係者に伝達・連絡することが当然予定されている。 そのような場において, 乙が「徹底 的に調査すべきである。 」などと発言して, 丙の暴力行為を糾弾することは, 出席者である 校長又はPTA役員を介して, 同高校内における事実調査や噂話により, 同高校関係者等の 不特定又は多数人に伝播する可能性が十分あり得ることに着目すれば, 伝播性の理論を肯定 する立場からは, 公然性が認められることになる。 他方, 伝播性の理論を否定する立場から は, 摘示の直接の相手方が特定かつ少数人にとどまることから, 公然性は認められないこと になる。 次に, 「事実の摘示」, 「人の名誉」及び「毀損」の各構成要件要素についても, それぞれ の意義を正確に押さえつつ, 本問における乙の発言について, 具体的事実を指摘して, それ らの要件充足性の検討を行う必要がある。 その際, A高校2年生の数学を担当する教員は丙 だけであったことから, 「2年生の数学を担当する教員」という発言が, 特定の対象者に対 する事実の摘示であることを論じるほか, 教員である丙が生徒である甲の顔を殴ったという 事実を摘示することは, 高校教員という職業的地位に鑑み, 法的保護に値する社会的評価を 害するに足りる行為といえることを論じる必要がある。 他方, 乙の発言について公然性を否定した場合には, PTA役員会の出席者であった校長 による聞き取り調査を通じて, A高校の教員らに丙の悪評を広めた点を捉えて, 乙に, 校長 の行為を利用した名誉毀損罪の間接正犯あるいは校長との共同正犯や教唆犯が成立しないか についても更に検討する余地がある。 - 14 - そして, 主観的要件として, 名誉毀損罪の故意の有無を検討する必要があるところ, 乙に おいて, 丙の名誉を毀損する意図や目的まで有していたかどうかに関わりなく, 自らのPT A役員会における発言によって, 丙の社会的評価を低下させるおそれがある事実を不特定又 は多数人に伝播させることの認識, 認容があったと認められることを簡潔に指摘する必要が ある。 なお, 乙は, 丙が甲に暴力を振るったことが真実であると誤信しているが, そもそも, 乙 には, 公益を図る目的がなかったことから, 刑法第230条の2の適用は問題とならない。 また, PTA役員会における乙の発言については, 教員の生徒に対する暴力行為を保護者と して糾弾する行為として, 刑法第35条の正当行為に該当するか否かを検討する余地はある が, 乙は, 丙に対する個人的な恨みを晴らそうという目的から, PTA役員会での発言に及 んでいることを考慮すれば, 乙の行為に社会的相当性は認められず, 正当行為には該当しな いものと考えられる。 設問2について 本問では, 甲の罪責について, @殺人未遂罪が成立するとの立場と, A保護責任者遺棄等 罪にとどまるとの立場の双方の主張・反論に言及しつつ, 最終的に自説としていかなる結論 を採るのかを論じる必要がある。 まず, @不作為による殺人未遂罪が成立するとの立場からは, 作為犯と対比して構成要件 的に同価値と評価できるか否かについて, 作為義務と作為可能性の観点から判断すべきであ ることを指摘する必要がある。 作為義務については, その発生根拠と内容を指摘・検討した上で, 本問において, 甲と乙 が親子関係にあることを前提に, 甲が本件駐車場で倒れている乙を発見した後, 自らが乙に 声を掛けたことにより, 意識を取り戻した乙が崖近くまで歩いて転倒した様子を見ているこ と, 乙が転倒した場所のすぐそばが崖となっており, 崖から約5メートル下の岩場に乙が転 落するおそれがあったところ, 当時, 本件駐車場には, 車や人の出入りがほとんどなかった 上, 乙が転倒した場所は, 草木に覆われており, 山道及び本件駐車場からは倒れている乙が 見えなかったことなどの事実に触れつつ, 先行行為や事実上の引受け, さらには, 排他的支 配性や危険の創出等の発生根拠の充足性について論じる必要がある。 また, 作為可能性については, その要件としての必要性を簡潔に指摘した上, 本問におい て, 乙が崖近くで転倒した時点で, 甲は, 本件駐車場に駐車中の乙の自動車の中に乙を連れ て行くなどして, 乙が崖下に転落することを確実に防止することを容易に行うことができた ことから, 作為の可能性・容易性が認められることを論じる必要がある。 そして, 不作為犯の実行の着手時期についても, その判断基準を示した上で, 本問におい て, 甲が, 乙が崖近くで転倒していることを認識しながら, 乙の救助を行わないことを決意 した時点, 又は, その決意の表れとして本件駐車場から走り去った時点, あるいは, 乙が崖 下に転がり落ちて重傷を負った時点で, 実行の着手を認めることができることを指摘する必 要がある。 さらに, 甲に殺人未遂罪が成立するためには, 主観的要件として殺意が認められる必要が あることから, その点に関する甲の認識内容について, 事実を指摘して具体的に論じなけれ ばならない。 次に, A保護責任者遺棄等罪にとどまるとの立場からは, まずは, 前提として, 保護責任 の意義及び不作為による殺人未遂罪における作為義務との異同を論じつつ, 本問において, 甲に, 乙に対する保護責任が認められることを指摘する必要がある。 その上で, 殺人未遂罪と保護責任者遺棄等罪の区別の基準について, 判例・学説に照らし, 殺意の有無という主観面による判断要素や, 重大な先行行為の有無や危険の程度といった客 観面による判断要素を検討すべきであることを, その理由にも言及しつつ論じる必要がある。 - 15 - 本問において, 主観面による判断要素に照らせば, 甲は, 乙が崖近くで転倒した時点で, 乙が転倒した場所のすぐそばが崖となっており, 崖下の岩場に乙が転落するおそれがあるこ とを認識した上で, 乙を助けることをやめようと考えたのであるから, 抽象的には, 乙が死 亡する危険性があることを認識・認容していたものといえる。 もっとも, この時点で, 乙の 怪我の程度は軽傷であり, その怪我により乙が死亡する危険はなかったのであるから, 甲に 殺意があったと認定するためには, 乙が死亡する具体的危険性, すなわち, 崖近くで転倒し ている乙が, 再び意識を取り戻すなどした後, 何らかの原因により, 崖から約5メートル下 の岩場に転落し, 頭部等を岩に強打することによって即死するか, あるいは, 仮に即死に至 らなかったとしても, 瀕死の重傷を負うことになり, そうなった場合, 車や人の出入りがな い夜間の山道において, 第三者の救助を得ることなく死亡するという危険が現実化すること を認識したことが必要である。 ただし, 甲に殺意が認められるとしても, 客観面による判断 要素を考慮して, 甲が乙に声を掛けた先行行為自体は死の危険性が乏しい, あるいは, 乙の 怪我が軽傷であって, 崖下への転落の危険も抽象的なものにとどまるとして, 殺人未遂罪の 成立を否定する余地はある。 以上を踏まえ, 甲の罪責について, 自説の立場として, いかなる結論を採るのかについて, 反対説の立場からの反論を意識しつつ, その理由付けの補強や再反論を論じていくことが肝 要である。 設問3について 本問では, 甲は, 客観的には, 乙に対して救助の作為義務を負っている一方で, 主観的に は, (乙と誤認された)丁に対して救助の作為義務を負っていると誤信しているところ, 甲 に殺人未遂罪が成立すると主張する上での理論構成を論じる必要がある。 同罪の成否が問題となる対象として, 故意犯の成否は, 認識された事実を前提に検討され ることから, 丁の近くで現実に倒れている乙ではなく, 丁の代わりに存在すると誤信されて いる乙であることを的確に指摘する必要がある。 次に, 危険の判断方法として, 存在すると誤信されている(その意味で, 現実には存在し ない)乙を不救助により殺害することはできないことから, いわゆる客体の不能が問題とな るところ, 作為犯における未遂犯と不能犯を区別する基準に関する学説に照らして, 甲の不 作為に殺人の実行行為性が認められないかを検討することになる。 例えば, 甲は, 丁の体格や着衣が乙に似ていたこと, 本件駐車場に乙の自動車が駐車され ていたこと, 夜間で同駐車場には街灯がなく暗かったことから, 丁を乙と誤認している上, 甲と同じ立場にいる一般人でも, 丁を乙と誤認する可能性が十分に存在したことから, 抽象 的危険説からは, 甲が認識していた事情を基礎として危険性が認められることになり, 具体 的危険説からは, 一般人が認識し得た事情を基礎として危険性が認められることになる。 他 方, 客観的危険説からは, 行為時に存在した全ての事情を基礎とすれば, 丁はあくまで丁で あって, 危険性は認められないことになるが, 修正された客観的危険説に立つと, 同駐車場 には丁以外にも負傷した乙が倒れており, 甲が丁を救助するために丁に近づけば, 容易に乙 を発見することができたのであるから, かかる仮定的事実の下で, 危険性が認められる余地 があるということになる。 そこで, 自説の立場を論じた上で, その危険の有無について結論 を導き出す必要がある。 そして, 自説の立場を前提に, 甲に殺人未遂罪が成立すると主張するため, 主観面, すな わち, 殺意の存在についても言及する必要がある。 本問では, 現実には丁が存在し, 甲は, その丁を, 乙と誤認しながらも客体としては認識していたという事情があるため, 具体的事 実の錯誤(客体の錯誤)として捉えれば, 丁に対する故意が肯定され, 現実に存在した丁を 対象とする殺人未遂罪が成立することになる。 これに対して, 具体的事実の錯誤(客体の錯 誤)として捉えない場合は, 甲には, 丁の代わりに仮定された乙に対する故意が肯定され, - 16 - その意味で, 乙を対象とする殺人未遂罪が成立することになる。 その場合, 具体的事実の錯 誤(客体の錯誤)として捉えない理由が論じられるべきである。 〔第2問〕 本問は, 詐欺事件の捜査及び公判に関する事例を素材に, 刑事手続法上の問題点を指摘させ た上で, その解決に必要な法解釈, 法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並びに 結論に至る思考過程を論述させることにより, 刑事訴訟法に関する基本的学識, 法適用能力及 び論理的思考力を試すものである。 〔設問1〕は, 司法警察員Pが, 犯人から被害者Vに交付された領収書に記載された住所に 所在するA工務店事務所に出入りしていた男について, A工務店代表者甲又はその従業員であ る可能性があると考え, 犯人とその男との同一性をVに確認させるため, 同事務所から出てき たその男の容ぼう・姿態をビデオカメラで撮影したこと(下線部@), その後, 犯人が持って いた工具箱と甲が持ち歩いていた工具箱との同一性をVに確認させるため, 同事務所の向かい 側にあるマンションの2階通路から, 望遠レンズ付きビデオカメラで, 同事務所の玄関上部に ある採光用の小窓を通し, 同事務所内の机上に置かれた, 「A工務店」と書かれた小さな円形 ステッカーの貼ってある赤い工具箱を撮影したこと(下線部A)に関し, その適法性を検討さ せる問題である。 具体的には, これらの捜査活動の適否に係る検討を通じ, いわゆる強制処分 と任意処分を区別する基準, 強制捜査又は任意捜査の適否の判断方法についての理解と, その 具体的事実への適用能力を試すことを狙いとする。 まず, ある捜査活動がいわゆる強制処分に該当する場合, 刑事訴訟法にその根拠となる特別 の規定がある場合に限って許されるため(同法第197条第1項ただし書き, 強制処分法定主 義), 当該捜査活動が強制処分に該当するのか, それとも任意処分にとどまるのか, 両者の区 別が問題となる。 この点に関し, 写真撮影やビデオカメラによる撮影について扱った最高裁判所の判例は, そ れらの撮影が強制処分に該当するか否かを明示的に判断しておらず, 当該事案においては令状 によらずに適法にこれらを実施することが許されるとしたにとどまる(最大判昭和44年12 月24日刑集23巻12号1625頁, 最決平成20年4月15日刑集62巻5号1398 頁)。 他方で, 最高裁判所は, 「強制手段とは, 有形力の行使を伴う手段を意味するものではな く, 個人の意思を制圧し, 身体, 住居, 財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行 為など, 特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する」と判示してお り(最決昭和51年3月16日刑集30巻2号187頁。 以下「昭和51年決定」という。 ), 同決定に留意しつつ, 強制処分に対する規律の趣旨・根拠を踏まえながら, 強制処分と任意処 分とを区別する基準を提示することが求められる。 次に, Pらの捜査活動が強制処分に至っていると評価される場合には, 現行法の法的規律の 在り方に従ってその適否(法定された既存の強制処分の類型に該当するか否か, これに該当す る場合には法定された実体的及び手続的要件を充足するか否か)を検討することが必要となる が, それが任意処分にとどまると評価される場合であっても, 当該捜査活動により何らかの権 利・利益を侵害し又は侵害するおそれがあるときは, 無制約に許容されるものではないことか ら, 任意捜査において許容される限界内のものか否かが問題となる。 この任意処分の許容性の判断に当たっては, いわゆる「比例原則」から, 具体的事案におい て, 特定の捜査手段により対象者に生じ得る法益侵害の内容・程度と, 特定の捜査目的を達成 するため当該捜査手段を用いる必要性とを比較衡量することになる。 この点, 昭和51年決定 も, 「強制手段にあたらない有形力の行使であっても, 何らかの法益を侵害し又は侵害するお それがあるのであるから, 状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく, 必要性, 緊急性などをも考慮したうえ, 具体的状況のもとで相当と認められる限度において許 - 17 - 容されるものと解すべきである。 」と判示しており, 同決定に留意しつつ, 任意処分の適否の 判断方法を提示することが求められる。 なお, 当該捜査手段を用いる必要性を検討するに当た っては, 対象となる犯罪の性質・重大性, 捜査対象者に対する嫌疑の程度, 当該手段によって 達成される捜査目的等に関わる具体的事情を適切に抽出し, 評価する必要がある(なお, 前記 最大判昭和44年12月24日, 最決平成20年4月15日を参照。 )。 このように, 本設問の解答に当たっては, 強制処分, 任意処分それぞれに対する法的規律の 趣旨・根拠を踏まえつつ, 判例の考え方にも留意して, 強制処分と任意処分を区別する基準や, 強制処分又は任意処分の適否の判断方法を提示した上, 本設問の事例に現れた具体的事実が, その判断方法において, 果たして, またどのような意味を持つのかを意識しながら, 下線部@ 及び下線部Aの各捜査の適法性を検討する必要がある。 下線部@の捜査の適法性を検討するに当たっては, 当該捜査により対象者のいかなる権利・ 利益が制約され得るかを具体的に指摘した上, 対象者に認識されることなく秘密裏に撮影した こと, 公道上にいる対象者について, 事務所の玄関ドアに向かって立ち, ドアの鍵を掛けた後, 振り返って歩き出す姿を約20秒間にわたり撮影したこと等の具体的事実を指摘し, PがA工 務店事務所から出てきた男の容ぼう・姿態をビデオカメラで撮影した行為が強制処分に該当す るか否かについて, 強制処分と任意処分とを区別する基準に従って評価することが求められる。 その結果, 強制処分に該当しないとの結論に至った場合, 次に, 当該捜査が任意捜査におけ る限度内のものといえるかを検討する必要がある。 本設問の事例においては, 本件が被害額1 00万円の詐欺事案であること, Vが犯人から受領した領収書には「A工務店代表甲」と記載 されていたこと, 被撮影者はA工務店事務所に出入りする人物であること, Vは犯人の顔をよ く覚えていない旨供述していたこと, 公道上にいる男が, 事務所の玄関ドアに向かって立ち, ドアの鍵を掛けた後, 振り返って歩き出す姿を約20秒間にわたり撮影したこと, Pが撮影し た場所は, 公道上に駐車した車両内であること等の具体的事実を指摘した上, 任意処分の適否 の判断方法に従って評価することが求められる。 下線部Aの捜査についても, 下線部@の捜査と同様の判断方法に従って適法性を検討するこ とが求められるが, 両者は, そこで制約される権利・利益の内容やその要保護性の程度, 撮影 方法等が異なっていることから, この点を意識して論じる必要がある。 すなわち, 下線部Aの 捜査は, 不特定多数の客が出入りすることが想定されていない上, 窓にブラインドカーテンが 下ろされており, 内部の様子を公道から見ることができないA工務店事務所内を, 向かい側に あるマンションの2階通路から, 望遠レンズ付きビデオカメラで, 同事務所の玄関上部にある 採光用の小窓を通して約5秒間にわたり撮影したというものであり, 同事務所は, 住居ほどで ないとしても, 公道などとは異なりなお私的領域たる性格が認められる場所であること, 承諾 のない限り, 通常, 事務所内に侵入しなければ確認できないような状態にある対象を撮影して いることなどを踏まえ, 強制処分と任意処分の区別に関する判断基準に従って評価することが 求められる。 その結果, 強制処分に該当するとの結論に至った場合には, 無令状でした下線部Aの捜査が, 強制処分に対する現行法の法的規律の下で許容され得るか否かを検討することが, これに対し, 強制処分に該当しないとの結論に至った場合には, 任意処分の適否の判断方法に従い, 具体的 事実を指摘しながら, 当該捜査の適法性について評価することが, それぞれ求められる。 〔設問2〕は, 被害者Vが犯人から申し向けられた欺罔文言を記したメモ及びVが犯人から 交付を受けた領収書について, 本事例にある検察官Qが明示した各立証趣旨を踏まえて, 証拠 能力の有無を検討させる問題である。 前提として, 刑事訴訟法第320条第1項のいわゆる伝聞法則の趣旨を踏まえ, 同項の適用 の有無, すなわち伝聞と非伝聞の区別基準を示すことが求められる。 この区別は, 当該証拠に よって何をどのように証明しようとするかによって決まり, 具体的には, 公判外供述を内容と - 18 - する供述又は書面を, 公判外の原供述の内容の真実性を証明するために用いるか否かによると されるのが一般的である。 その上で, 本件メモ及び本件領収書について, 本事例において明示された立証趣旨を踏まえ て, 想定される立証上の使用方法に鑑み, 伝聞・非伝聞の別について分析するとともに, 伝聞 証拠に該当する場合には, 各書面に相応する伝聞例外規定を摘示した上, その要件を充足する か否かについて, また, 非伝聞証拠に該当する場合には, いかなる推論過程を経れば, (記載 内容の真実性を問題とすることなしに)立証趣旨に則した事実を推認することができるのかに ついて, それぞれ的確かつ丁寧な検討, 説明を行うことが求められる。 本件メモには, Vが犯行時に犯人から申し向けられた欺罔文言が記載されており, その立証 趣旨は, 「甲が, 平成30年1月10日, Vに対し, 本件メモに記載された内容の文言を申し 向けたこと」とされているところ, かかる立証趣旨を踏まえた場合に, 本件メモがそこに記載 された内容の真実性を立証するために用いられることになるか否かを検討し, 伝聞証拠かどう かを判断する必要がある。 伝聞証拠に該当する場合は, 伝聞例外の要件を満たすか否かを検討 すべきことになるが, 本件メモは, 「被告人以外の者」であるVが作成した「供述書」である から, 刑事訴訟法第321条第1項第3号の規定する要件を充足するか否かを検討することが 求められる。 本件領収書には甲が平成30年1月10日にVから屋根裏工事代金として100万円を受領 した旨が記載されており, その立証趣旨は, 「甲が平成30年1月10日にVから屋根裏工事 代金として100万円を受け取ったこと」とされているところ, かかる立証趣旨を踏まえ, 甲 が特定の日にVから特定の趣旨で特定の金額の現金を受領したとの事実を立証する方法とし て, 本件領収書を伝聞証拠として用いる場合と非伝聞証拠として用いる場合とを想定すること が可能であるため, その双方について検討することが求められる。 伝聞証拠として用いる場合については, 本件領収書は, 「被告人」である甲が作成した「供 述書」であるから, 刑事訴訟法第322条第1項の規定する要件を充足するか否かについての 検討が求められる。 他方, 非伝聞証拠として用いる場合については, 本件領収書の作成, 交付 の事実を併せ考慮することにより, 領収書の記載内容の真実性とは独立に, 立証趣旨に対応す る上記現金受領の事実が推認されることを相応の根拠とともに論じることが求められる。 【選択科目】 [倒産法] 〔第1問〕 本問は, 法人が破産手続開始の決定を受けた場合の具体的事例を通じて, 敷金返還請求権を 有する賃借人の寄託請求及び別除権者により賃料債権について物上代位がされた場合における 同請求の可否並びに破産財団から放棄された不動産の帰属先及び当該不動産について抵当権を 有する者が破産手続に参加して配当を受けるために採るべき手続とその相手方についての理解 を問うものである。 設問1(1)は, 敷金返還請求権の性質についての理解を前提として, 敷金返還請求権を自働 債権とする相殺の可否及び破産法第70条後段に規定する寄託請求制度の趣旨についての理解 を問うものである。 敷金返還請求権は, 賃貸借契約が終了し, 賃貸借契約の目的物を返還した時に, それまでに 生じた被担保債権を控除した残額について発生する停止条件付債権であるから, 賃貸借契約が 継続している限り, 賃借人の側から, 敷金返還請求権を自働債権として, 賃料債権との相殺を することはできない(破産法第67条第2項参照)。 しかし, それでは貸借人の保護に欠けるこ とから, 同法第70条後段は, 敷金返還請求権を有する賃借人が賃料債務を弁済する場合には, 敷金の額を限度として, 弁済した賃料額の寄託を請求できることとしている。 この場合におけ - 19 - る賃料債務の弁済は, 停止条件付債権である敷金返還請求権の停止条件の成就(賃貸借の目的 物件の明渡し)を解除条件とするものであり, 賃借人は, 賃貸借の目的物を明け渡して解除条 件が成就することにより弁済が効力を失う結果, 復活した賃料債権を受働債権, 敷金返還請求 権を自働債権として相殺すること(賃料債務を敷金から充当すること)ができることになる。 解答に当たっては, このような敷金返還請求権の性質を踏まえてこれを自働債権とする相殺 ができないことを論じた上で, それでは敷金返還請求権を有する賃借人の保護に欠けることか ら破産法第70条後段の寄託請求の制度が設けられていることを論ずる必要がある。 設問1(2)は, 別除権者による賃料債権の物上代位がされた場合に, 上記のような破産法第 70条後段の寄託請求制度の趣旨に照らして, 賃借人Dは, A社の破産管財人Xに対して, 弁 済額の寄託請求をすることができるか(A社の破産管財人Xは, 賃借人Dによる寄託請求に応 じる必要があるか)どうかを問うものである。 解答に当たっては, まず, 抵当権者であるC銀行は, 別除権者として破産手続によらずに担 保権を行使することができるから, C銀行による抵当権に基づく物上代位による賃料債権の差 押えも別除権の行使として許容されることを論ずる必要がある。 その上で, 賃借人Dは, 賃料債務を弁済する場合に, 破産法第70条後段の寄託請求をする ことができるかどうかについて, 寄託請求制度の趣旨を踏まえて論ずる必要がある。 すなわち, 賃借人Dは, 賃料債権が差し押さえられた場合には, 差押債権者であるC銀行に 賃料を支払わなければならないことになり, 破産管財人Xには賃料が支払われず, 破産財団に 弁済金が入らないにもかかわらず, 賃借人Dは, 弁済する賃料額について寄託請求をすること ができるかどうかについて, 破産法第70条後段の寄託請求制度の趣旨や賃借人の敷金返還請 求権保護の要請, 破産財団の確保の観点等を踏まえながら検討する必要がある。 設問2(1)は, 破産手続開始の決定を受けた者が法人である場合における破産財団から放棄 された不動産の帰属先について, 自由財産の趣旨に照らして法人にも自由財産が認められるか どうかを踏まえて検討することを求めるものである。 破産財団に属する財産がオーバーローンになっている場合には, 破産管財人は, 裁判所の許 可を得て, 当該不動産を破産財団から放棄(いわゆる相対的放棄)することが考えられる(破 産法第78条第2項第12号)。 そして, A社の破産手続において, 破産管財人Xが甲ビルとその敷地(本件不動産)を破産財 団から放棄するための手続として, 上記の裁判所の許可のほか, 破産者の意見聴取(破産法第 78条第6項)及び担保権者に対する通知(破産規則第56条後段)に触れる必要がある。 その上で, 破産財団から放棄された本件不動産が誰に帰属するかについて, 自由財産が認め られる趣旨に照らして, 破産した法人に自由財産が認められるかどうかを踏まえながら論ずる 必要がある。 法人の自由財産が認められるかどうかを論ずるに当たっては, 法人は, 破産手続 の開始によって解散するものの, 「清算の目的の範囲内」で破産手続が終了するまで存続する ものとみなされていること(破産法第35条)や, 法人の自由財産を認めないこととした場合の 破産財団から放棄された財産の帰属先の有無等も踏まえる必要がある。 設問2(2)は, 破産財団から放棄された不動産について, 担保割れの状態にある別除権を有 する者が破産手続において配当加入するために採るべき手続及び当該手続の相手方を問うもの である。 別除権者は, 別除権の行使によって弁済を受けることができない額の範囲で破産債権者とし てその権利を行使することができる(破産法第108条第1項。 不足額責任主義。 )。 被担保債 権の全部又は一部が破産手続開始後に担保されないこととなった場合におけるその債権の当該 全部又は一部の額についても, 同様である(同項ただし書)。 そして, 別除権者が破産手続に おいて配当加入するためには, 最後配当に関する除斥期間内に, 破産管財人に対して, 被担保 債権の全部又は一部が破産手続開始後に担保されないこととなったこと又は担保権の行使によ - 20 - って弁済を受けることができない債権の額を証明することが必要である(同法第198条第3 項)。 そこで, 別除権が担保割れの状態にある場合には, 別除権者は, 被担保債権の全部が破 産手続開始後に担保されないこととなったことにするため, 別除権の放棄をすることが考えら れる。 そして, 別除権の放棄の意思表示は, 設問2(1)において, 別除権の目的である不動産が破 産財団から放棄された場合における当該不動産の帰属先を破産手続開始の決定を受けた法人で あると解するときは, 当該法人に対して行う必要がある。 しかし, 株式会社のような法人が破 産手続開始の決定を受けた場合には, 株式会社の役員は, 株式会社が当該決定を受けると同時 にその地位を失うと解され得ること(会社法第330条, 民法第653条第2号。 最高裁昭和 43年3月15日判決・民集22巻3号625頁, 最高裁平成16年10月1日決定・集民2 15号199頁参照)から, 別除権者としては, 誰をA社の代表者として別除権の放棄の意思 表示をすればよいかを検討する必要がある。 解答に当たっては, 取締役が破産手続の開始により当然にその地位を失うかどうかを検討し た上で, 仮に当然にその地位を失うとした場合には, 別除権者であるE信用金庫としては, 裁 判所にA社の清算人選任の申立てをして清算人を選任してもらい(会社法第478条第2項), 当該清算人に対して別除権の放棄の意思表示をすべきこととなるのかなどを論ずる必要があ る。 また, 仮に取締役が当然にその地位を失わないとした場合(最高裁平成16年6月10日 判決・民集58巻5号1178頁, 最高裁平成21年4月17日判決・集民230号395頁 参照)には, 定款の定め等がない限り, 当該取締役が清算人となり(同法第478条第1項第 1号), 代表取締役であるBが代表清算人となること(同法第483条第4項)から, BをA 社の代表者として別除権の放棄の意思表示をすべきこととなるのかなどを論ずる必要がある。 〔第2問〕 本問は, 法人の民事再生に関する具体的事例を通じて, 再生手続開始の決定をするための要 件, 再生手続開始の申立て後再生手続開始前の原因に基づいて生じた債権を債権者に弁済する ための方策, 監督委員が否認権を行使するために必要となる手続及び再生債権者が再生手続に おいて再生債務者である法人の役員の責任を追及するために取り得る方策を問うものである。 設問1は, 債権者の具体的なコメントの内容を踏まえて, 裁判所が再生手続開始の決定をす ることができるかどうか, 申立人が再生手続の申立て後に取引を継続しようとする債権者の弁 済に対する不安を払拭するために採ることができる手段を問うものである。 小問(1)は, 裁判所が再生手続開始の決定をすることができるかどうかについて, 経済的に 窮境にある債務者の事業の再生を図るという民事再生法の目的(同法第1条)を踏まえながら, 事例に基づきその要件を充足するかどうかを検討する必要がある。 再生手続開始の決定をするためには, @再生手続開始の原因があること(同法第21条)及 びA再生手続開始の条件, すなわち再生手続開始の申立ての棄却事由(同法第25条)が存在 しないことが必要である(同法第33条第1項)。 本問では, この構造を踏まえ, 事例に当て はめて結論を出すことが求められている。 @再生手続開始の原因は, 本件では, A社は自ら振り出した手形を決済することができない ことが確実になっているので, これを充たすことは明らかであろう。 A再生手続開始の申立ての棄却事由は同法第25条各号に列挙されており, そのうちの一つ にでも該当する場合には, 裁判所は, 再生手続開始の申立てを棄却しなければならないことか ら, 解答に当たっては, 全ての棄却事由について, 事例に当てはめて検討する必要がある。 事例においては, 申立代理人であるC弁護士が費用を予納しており(同条第1号), 他に破 産手続又は特別清算手続は継続しておらず(同条第2号), また, 不当な目的で申立てがされ た事情もない(同条第4号)。 そこで, E銀行, F社及びG社のコメントから, 同条第3号(再 - 21 - 生計画案の作成若しくは可決の見込み又は再生計画の認可の見込みがないことが明らかである こと)に該当するかどうかを丁寧に論ずる必要がある。 解答に当たっては, 同号が, 「見込み がないこと」とせず「見込みがないことが明らかであること」として, 要件を絞り込んでいる ことを踏まえ, E銀行, F社及びG社のコメントの内容に照らして, 今後その対応が変更する 可能性があるかどうかも検討しながら, 論ずる必要がある。 小問(2)は, 再生手続開始の申立て後再生手続開始前の再生債務者の行為によって発生する 債権について, そのまま再生手続開始の決定があれば再生債権となって弁済禁止効が生ずるこ とから, これを克服するための制度を問うものである。 なお, G社のコメントは, 「再生手続 開始の申立て後も取引を継続して新たに食材をA社に卸した場合, その代金までも回収するこ とができないとすれば被害が拡大してしまう」というものであることから, 再生手続開始の申 立て後再生手続開始前の債権の扱いについて論ずることが求められており, 当該申立て前に発 生した食材の売掛金の弁済の可否を論ずる必要はない。 事業継続を旨とする民事再生にあっては, その申立て直後から, 原材料の購入その他事業の 継続に不可欠な行為をする必要があるが, そのまま再生手続開始の決定がされれば, 申立て後 の再生債務者の行為によって生ずる債権であっても, 再生債権となり弁済禁止効の対象となっ てしまう(民事再生法第85条)。 そこで, 法は, 再生手続開始の申立て後再生手続開始前に, 資金の借入れ, 原材料の購入その他再生債務者の事業の継続に欠くことができない行為をする 場合には, 裁判所は, その行為によって生ずべき相手方の請求権を共益債権とする旨の許可を することができることとしている(同法第120条第1項)。 また, 裁判所は, 監督委員に対 し, この許可に代わる承認をする権限を付与することができる(同条第2項)。 再生債務者が この許可又は承認を得て事業継続に欠くことのできない行為をしたときは, その行為によって 生じた相手方の請求権は, 共益債権となる(同条第3項)。 本問では, A社の再生手続開始の申立て後, G社が新たに食材を卸した場合の代金債権につ いて, そのまま再生手続開始の決定があれば再生債権となって弁済禁止効の対象となってしま い, G社は安心して取引を継続することができない。 そこで, G社から取引を継続してもらえ るようにするため, G社からの食材購入は, 原材料の購入であり事業継続に欠くことのできな い行為に該当するとして, A社は, 当該申立て後に発生するG社の食材の売掛債権を共益債権 とすべく, 裁判所の許可又は監督委員の承認を求めることが考えられる。 設問2は, DIP型の再生手続について, DIP型を採ることによって生じ得る問題の修正 手段としての否認権行使と損害賠償の査定を問うものである。 小問(1)では, 監督委員が選任されている場合に, 監督委員が否認権を行使するために必要 とされる手続を問うとともに, そのような手続を行うことが必要とされる理由について, 管財 人が選任されている場合と対比しつつ説明することが求められている。 監督委員が否認権を行使するためには, 裁判所が, 利害関係人の申立てにより又は職権で, 監督委員に対して, 特定の行為について否認権を行使する権限を付与することが必要である(民 事再生法第56条第1項)。 したがって, A社は, 自ら利害関係人として否認権行使の権限付 与の申立てをする必要がある。 次に, そのような手続が必要とされる理由について, 管財人が選任されている場合と対比し て検討することが求められている。 管財人が選任されている場合には, 再生債務者の財産の管理処分権は管財人に専属し(同法 第66条), 管財人が当然に否認権を行使する権限を有する。 これに対して, 監督委員が選任 されている場合には, 再生債務者に財産の管理処分権が残されている(同法第38条第1項) にもかかわらず, 民事再生法は, 再生債務者が否認権を行使することを認めずに, 個別に監督 委員に権限を付与することとしていることから, その理由について, 自ら否認権の対象となる 行為を行った再生債務者に否認権を行使させることの問題点を意識しながら論ずる必要があ - 22 - る。 小問(2)は, 株式会社である再生債務者の役員の責任の追及に関して, 役員の財産に対する 保全処分の制度(同法第142条)及び損害賠償請求権の査定の制度(同法第143条)の理 解を問うものである。 設例においては, B社長に対して, 任務懈怠に基づく損害賠償請求(会社法第423条第1 項)を行うことが考えられることから, 再生手続においてこれを追及するための手段として, 損害賠償請求権の査定の申立てをすること(民事再生法第143条)や, 財産の費消のおそれ があるということから役員の財産に対する保全処分の申立てをすること(同法第142条)が 考えられる。 また, 設例においては管財人が選任されていないので, 再生債権者であるG社は, 自らこれらの申立てをすることができる(同法第142条第3項, 第143条第2項)。 なお, G社の採るべき方策として, 管理命令の申立て(同法第64条)をすることも考えら れる。 設例の事情から, その要件を満たすか否かは判然とせず, 事案への対応ということから すれば, 上記のとおり, 役員の財産の保全処分の申立て及び損害賠償の査定の申立てをするこ とが端的な方法であると考えられるが, 管理命令の申立てもDIP型を採ることによって生ず る問題に対する是正という本問の出題意図に即した方策の一つではあろう。 [租税法] 〔第1問〕 本問は, Xが起こした交通事故(本件事故)により被害を受けたA及びB社をめぐる課税関 係を問うものであり, 具体的には, AがXから損害賠償金として受け取った100万円につい て, Aが所得税を課税される範囲(設問1. )と, B社がXに対して有する400万円の損害賠 償請求権について, これを貸倒損失として経理処理した場合に, B社の法人税の計算上, その 全額を損金の額に算入することの可否(設問2. )をそれぞれ問うものである。 設問1.においては, まず, 所得税法第9条第1項第17号が一定の損害賠償金を非課税所 得として定めていることを指摘した上で, Aが損害賠償金として受け取った100万円の内訳 ごとに, 同号を受けて非課税所得とされる損害賠償金を具体的に定める同法施行令第30条へ の当てはめ等を行う必要がある。 すなわち, 通院治療費の補填としての10万円, 慰謝料としての15万円, 通院に伴う休業 補償としての10万円については, 心身の損害に対する賠償金について定める同条第1号の適 用が, また, バイク修理費用の補填としての10万円については, 資産の損害に対する賠償金 について定める同条第2号の適用が, それぞれ問題となるが, Aが弁当の宅配に用いているバ イクの修理費用はAの事業所得に係る必要経費に当たるから, これを補填するための金額は, 同条柱書きにおいて非課税所得の範囲から除外されていることに注意が必要である。 また, Aが損害賠償金として受け取った100万円のうち, その余の55万円については, 安易に所得税法施行令第30条第3号の「相当の見舞金」に当たると結論づけるのではなく, 所得税法が一定の損害賠償金を非課税所得として定めている趣旨に遡り, そもそも非課税所得 とされる損害賠償金とはいかなるものであるかを明らかにした上で, 非課税所得該当性につい て説明することが期待されている。 この点に関しては, 当事者間で損害賠償のためと明確に合意されて支払われたものであって もそのことをもって直ちに非課税所得となるわけではないとしたいわゆるマンション建設承諾 料事件判決(大阪地裁昭和54年5月31日判決・判例時報945号86ページ)の判示が参 考となろう。 本設問においては, 非課税所得該当性について条文の正確な理解と当てはめが求められるこ - 23 - とは言うまでもないが, それにとどまらず, 問題文に明記したとおり, 「所得税法における所得 の概念を踏まえつつ」Aが所得税を課税される範囲を説明することが求められているから, 同 法が包括的所得概念を採用していることや, 一定の範囲の損害賠償金は, 損害の回復, 補填の 性質をもち, 純資産の増加をもたらさないことを意識した解答が求められる。 設問2.においては, B社が有する400万円の損害賠償請求権について貸倒損失として経 理処理した場合に, その全額を法人税法第22条第3項第3号の「損失」として損金の額に算 入することができるか否かについて, 金銭債権の貸倒損失の損金算入についての一般論を判示 したいわゆる興銀事件最高裁判決(最高裁平成16年12月24日第二小法廷判決・民集58 巻9号2637ページ)を念頭においた解答が期待されている。 同判決は, 金銭債権の貸倒損失を同号の「損失」として損金の額に算入するためには, 当該 金銭債権の全額が回収不能であること(全部貸倒れ)が客観的に明らかであることが必要であ るとした上で, 全部貸倒れが客観的に明らかであるか否かの判断に当たっては, 債務者の資産 状況, 支払能力等の債務者側の事情, 債権回収に必要な労力, 債権額と取立費用との比較衡量, 債権回収を強行することによって生ずる他の債権者とのあつれきなどによる経営的損失等の債 権者側の事情, 経済的環境等も踏まえ, 社会通念に従って総合的に判断されるべきである旨判 示している。 したがって, 本設問においても, 問題文に示された事案から, 債務者であるX側の事情のみ ならず, 債権者であるB社側の事情をも適切に拾い上げた上で, Xに対する400万円の損害 賠償請求権の全部貸倒れが客観的に明らかであるか否かを論じる必要がある。 〔第2問〕 本問は, 一人で会社の実権を握る代表者による会社資産からの横領の事案において, この横 領をめぐる源泉徴収の在り方と, 横領により発生した損失及び代表者に対する損害賠償請求権 がどのように会社の法人税の計算に反映させられるかを問うものである。 設問1.は, 源泉徴収の基本的な法律関係に関する知識を問うものである。 E税務署長はX 社から源泉徴収すべき所得税を受給者Aから徴収することはできないという答えを導くだけで あれば, 所得税法第221条が, 徴収納付義務者が「その所得税を納付しなかつたときは」「そ の所得税をその者から徴収する」と規定していることを指摘すれば足りる。 しかし, 本問では 更に「源泉徴収の法律関係を簡潔に説明」することも求められているため, 源泉徴収の法律関 係についての基本判例(最判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁)に触れつ つ, 源泉徴収の法律関係において国と直接の法律関係に立つのは源泉徴収義務者のみで, 受給 者と国との間に直接の法律関係はないことなどについても論じる必要がある。 設問2.では, X社が本件横領により損失を生じていることを前提に, Xの損失とAに対す る損害賠償請求権が法人税法上, どの事業年度の課税所得計算に反映させられるかが問題とな る。 具体的には, Aらの見解の下では, 本件横領による損失がX社の平成27事業年度の損失(法 人税法第22条第3項第3号)に算入されるべきことと, X社がAに対して損失額と同額の損 害賠償請求権を取得することを指摘する必要がある。 問題となるのは, 損害賠償請求権がどの 事業年度の益金に算入されるべきかの点であるが, これは, 判例(最判平成5年11月25日 民集47巻9号5278頁)により, 法人税法第22条第4項から導かれる権利確定主義によ り決せられるべき問題である。 この判断枠組みの下でも, 損失と損害賠償請求権は常に同時に成立し・確定すると考えるか - 24 - (同時確定説), 両者の確定時期は同時とは限らないと考えるか(異時確定説)で判断が分かれ るし, 後者の立場に立つ際には, 本件横領がX社の代表者であるAによりなされていること, その事実が具体的に明らかになったのは平成29年中の税務調査がきっかけであることなどの 事実に触れつつ, 本件における損害賠償請求権の収入すべき権利の確定時期を説得的に論じる 必要がある。 なお, 本設問では, 異なる見解への言及を求めていないため, 自説を論理的, 説 得的に記述することのみが求められているところ, 関連する有力な下級審裁判例(東京高判平 成21年2月18日訟月56巻5号1644頁)があり, 参考となろう。 設問3.では, 本件納税告知処分の適法性が問われている。 本件納税告知処分は, 本件資金 移動が平成27年分のAの役員賞与であって, 所得税法第28条第1項の給与等に該当し, X 社が同法第183条第1項の源泉徴収義務を負うことが前提とされているから, 本件納税告知 処分が適法か否かは, 本件資金移動がAの給与所得に該当するか否かにより判断されることに なる。 そして, 本問では, 「結論を異にする見解」への言及が求められているから, 本件資金移 動がAの給与所得に該当すると考える場合も, 該当しないと考える場合も, ともに異なる考え 方がどのような根拠に立って論じられ得るかについて, 論理的な記述が求められる。 具体的には, 給与所得の意義に関する判例(最判昭和56年4月24日民集35巻3号67 2頁, 最判平成17年1月25日民集59巻1号64頁など)に照らして, 本件資金移動が給 与所得に該当するか。 給与所得の範囲に関する判例(最判昭和37年8月10日民集16巻8 号1749頁)に照らして, 給与所得の範囲に含まれると考えるか。 源泉徴収制度の趣旨に照 らして, 本件資金移動についてX社に源泉徴収義務を負わせることが適当であるか, などが論 点として考えられる。 なお, 比較的近年, 人格なき社団の代表者が人格なき社団から受けた債務免除益が給与所得 に該当し得るとする最高裁判決(最判平成27年10月8日訟月62巻7号1276頁)があ る。 また, 本問と同様に法人の代表者による横領について法人が負う源泉徴収義務が争われた 下級審裁判例が複数あり, 参考になろう。 [経済法] 〔第1問〕 第1問の設問は, 「不当な取引制限」の成立要件である「共同して・・・相互に」, すなわ ち「意思の連絡」の有無を, 与えられた事実関係からどのように丁寧に認定するのかを主とし て問うものである。 あわせて, 不当な取引制限, 取り分け価格カルテルに関するその他の論点 を, 設定された事実関係から適切に発見し, それに対する解答を論理的に導くことが求められ る。 このような論点の発見・分析・判断を問うことが出題の主たる目的である。 論点に関して, 不当な取引制限の定義規定である私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独 占禁止法」という。 )第2条第6項の各要件を正確に理解していることは当然の前提としてい る。 近時, 公正取引委員会のみならず世界各国の競争当局により摘発されるカルテルは, 事業者 サイドでのコンプライアンス教育が行き届いてきたこともあり, 明確な合意として成立するこ とは多くないと思われる。 競争事業者間で, 情報の交換や市況に関する意見の交換が行われる 中で, その場での態度や仕草から, 黙示的にコンセンサスが成立するような場合が増えてきて いる。 日本では, 各種の間接事実を, 事前の連絡交渉・連絡交渉の内容・行動の外形的一致という 三種類に分類し, 意思の連絡を推認するという, いわゆる三分類説による手法が実務上採られ ているが, 「単なる情報交換」とカルテルの成立に不可欠な要素である意思の連絡との境界は - 25 - なおも曖昧であることも多く, 過去何度も審判や取消訴訟でも争われてきた。 そこで, 競争事 業者間の情報交換活動の結果として, 競争事業者間で他の事業者の行動の不確実性が減少し(言 い換えると, 競争事業者の行動の予想が容易になることで協調行動がとりやすくなる状況を生 み出し), 「相互の行動を認識・認容し, 歩調を合わせることを期待し合う関係」を成立させる ことが, 競争事業者間の単なる情報交換と意思の連絡との相違であると捉え, かかる関係が成 立したと認められるかで, 意思の連絡(明示又は黙示の合意)が認定できるかを論じる方法も 考えられる。 本問の設例では, 黙示の意思の連絡の有無が, @「合意に参加することを明確に拒絶しつつ も, 会議には参加し続けることで, 他の事業者の見解を注意深く聞いてその行動を推測し, 会 議後に値上げに同調する行動をとった事業者A」, A「冒頭に会議の趣旨を聞いた直後に協議 に参加することを明確に拒否して退席したものの, その後に他社の値上げと同時期に並行的な 値上げ発表をした事業者C」, B「一部の製品について合意の形成に賛意を示したものの, 他 の製品の値上げについては難色を示し, 会議後には, 難色を示した製品については実際にも値 上げ行動に出なかった事業者D」について特に問題となる。 さらに, 同種の情報交換行為が連 続して行われているわけではなく, 1回限りしか行われていないところに本問の設例の特徴が ある。 なお, 事業者B, E, Fについては, 問題なく意思の連絡が肯定されるであろう。 本問において競争事業者間で行われた意見・情報交換行為は, 事業者であれば誰もが値上げ を考えるはずの原料コストの上昇局面という環境下で行われた将来の価格設定方針に関するも のであり, これをカルテルのための意思の連絡と認めるか否かは, 上記の三分類説による検討 が一般的ではあるが, ここで行われた競争事業者間の意見・情報交換行為が, 本来予見が難し いはずの競争事業者の行動の予測を容易にし, 事業活動をより協調的なものとしたのかという 観点から, 意思の連絡の有無を分析する方法もあろう。 @事業者Aについては, 退席した事業者Cを除く競争事業者の値上げに関する方針を聞き, 他社の行動を十分予想できるだけの情報を入手し(予測の不確実性が明らかに減少している。 ), かかる情報に基づいて他社の行動に同調するべく, 自社の行動を決定しており, 単なる意識的 並行行為を超えた行動をとっているし, 会議に残った他社も事業者Aにその見解を開陳するこ とで, 事業者Aに対し同調的な行動をとることを期待する関係が成立したと考えられる。 他方 で, 三分類説を採って意思の連絡を肯定する場合には, 「合意には参加できない」との明確な 発言を打ち消すだけの間接事実を積み上げて, 単なる事実の羅列にとどまらない説明が必要で あろう。 これに対して, A事業者Cについては, 退席までに, その他の競争事業者の行動を予測する のに十分な情報が得られたわけではない。 確かに同調的な値上げ行動が事後的にとられている が, 原料価格の値上がりの局面であり, 他社との意思の連絡がない場合でも, コスト上昇分の 製品価格への転嫁が試みられるのは不思議なことではない。 いずれにしても, 会議の趣旨を聞 いて, 会議自体への参加を拒否するとともに, 実際に速やかに退席をしていることは, 事業者 Cに関しての意思の連絡を否定する重要な事実となろう。 すなわち, 事業者Cの冒頭での退席 の事実は, 原材料コストの上昇を受け, 他社がどのような価格決定行動をとるのか, 具体的に どの者たちが共通の認識認容を形成するかを事業者Cが知ることができず, また事業者C自身 がどのような行動をとるかについて他社が認識認容することができないことを意味するため, 相互的な認識認容関係の成立を認定できない。 また, その意味で, 事業活動の相互拘束性(拘 束の相互性あるいは目的の共通性)が認められないとの構成も可能であろう。 B事業者Dについては, 意思の連絡の認められる対象商品の判断は見解が分かれる可能性が ある。 この点, 難色を示したY製品については, 一貫して独立の判断に基づき値上げをしなか ったとも言えるし, 当該製品についての合意形成過程に同席はしているものの, 事後の行動の 一致がないことからすれば, 価格引上げについて「取決めに基づき相互にその事業活動を拘束 - 26 - し合う」関係ないし結果に立つとは言い難いとする見解も十分成り立つであろう。 他方で, 同 業者間の情報交換で, 競争事業者のとるであろう行動の予測が立ちやすくなり, そうした予測 に基づいて行動をとっている以上, 自由競争からの逸脱が見られるとも言える。 すなわち, Y 製品について同調的な値上げを行わなくとも, 他社の価格設定方針等, 競争上の機微情報を共 有するに至っており, 積極的な価格競争を行わない旨の共通認識がY製品についても成立した という見解もあり得るだろう。 その他の論点としては, 本問ではX・Yの2種類の商品が問題となっており, 意思の連絡の 結果としての合意は, 両製品について一体として成立しているのか, 個別に成立しているのか, そして, 両製品は「一定の取引分野」を別にするのかという点も, 事業者Dについて意思の連 絡が認められる対象商品等に関連して検討を要する。 特に, 本件のようなハードコアカルテル の場合の一定の取引分野は, カルテル参加者の合意の範囲で画されるのが一般的であるため, 2種類の商品を対象とする合意を1個の合意と考えるのか2個の合意と考えるのかについて, カルテル参加者が異なり得ることや両製品の差異を考慮に入れて検討することが本問では望ま しい。 また, カルテル合意の結果としての値上げ活動にもかかわらず, 需要家の抵抗が激しくこれ に成功しなかった場合, 競争を実質的に制限したと言えるのかという論点についての言及は不 可欠であろう。 そもそもハードコアカルテルの場合には, 実際に値上げが成功するか否かにか かわらず, 市場の過半以上のシェアを有する事業者が参加してこれを行っている以上, 合意の 成立時点でカルテルは成立しているとされる(石油価格カルテル刑事事件最高裁判決)。 もち ろん, 一定程度であっても値上げが成功したという事実は競争の実質的制限の実現の証拠とな るが, 値上げが実現していないことは必ずしも競争の実質的制限を否定するものではない。 設問は, カルテル規制のエンフォースメントに関する出題である。 公正取引委員会の行政 調査の結果, 不当な取引制限が認められたことを前提に課されるであろう制裁としての課徴金 の額の計算及びかかる制裁を縮減するために行われる「公正取引委員会の調査開始日以後の場 合」の課徴金減額申請の利用を問う基礎的な問題である。 課徴金額の計算については, 過去, 出題例が限定的であったことも考慮して, 加減算要素の ない標準的な事例を想定して出題をした。 他方で, 課徴金額の計算について, 実行期間の始期 が付随的な論点となっている。 課徴金減免制度は, 近年の公正取引委員会のカルテル調査の端緒として利用されているほか, 調査開始日以後も多くの調査対象企業が頻繁に利用している(公正取引委員会の立入検査を受 けた企業が, その利用を最初に検討するのが調査開始日以後の課徴金減額申請であり, その迅 速な利用を怠ったことが取締役の義務違反に当たるとして株主代表訴訟を起こされた事例すら 見受けられる。 )。 本問の設例も, 立入検査を受けた後に企業が課徴金減額申請を行う場合に採 るべき措置を問うものであり, 調査開始日前の申請の場合との差異について的確な理解が求め られる。 特に, 調査開始日以後の申請の場合には, 「既に公正取引委員会によって把握されて いる事実に係るもの」以外の事実の報告や資料の提出が必要となる。 本件では, 担当営業部長 甲がまとめた資料が自宅のパソコンに保管されていることから, 早期に課徴金減額のための申 請書を公正取引委員会に送付するとともに, かかる資料を取得し提出することが, 違反行為の 存在を認知した弁護士には求められることになろう。 〔第2問〕 第2問は, オンライン旅行予約サービス事業者(以下「OTA」という。 )が, ホテル, 旅 館等の宿泊施設との間の契約に, 第1案, 第2案の条項を導入することの独占禁止法上の評価 を問うものである。 このような契約条項は, 最恵国待遇条項(以下「MFN条項」という。 ) とも呼ばれている。 - 27 - 本問では, 検討すべき条文が独占禁止法第2条第9項第6号ニに基づく一般指定第12項で あることを明示しており, 資料として流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針(以下「ガ イドライン」という。 )の一部を掲げている。 先端的な事例からの出題ではあるものの, 独占 禁止法に違反するかどうかの判断プロセスの理解・習得等, 基礎的な学力が備わっているかど うかを問うものとも言える。 すなわち, 一般指定第12項を含めた自由競争減殺型の不公正な 取引方法に該当するか否かを検討するためには, 行為要件該当性と効果要件該当性を論じる必 要があるが, 取り分け後者に関して, 市場の画定, 反競争的効果の分析, 正当化事由の検討と いう分析枠組みが着実に身に付いているかどうかである。 行為要件に関しては, 取引の「相手方の事業活動を・・・拘束する条件をつけて, 当該相手 方と取引すること」について一般的な意義を述べ, それに当たる事実を簡潔に解答することが 求められる。 効果要件に関しては, 上記のとおり, 市場画定, 反競争的効果, 正当化事由が問題となる。 まず, 市場画定であるが, 本問では, 不公正な取引方法における自由競争減殺効果を分析す る場として関連市場を画定する必要があり, 市場画定の趣旨・目的や方法, オンラインと オフラインの区別, OTAと宿泊施設の関係について解答が求められる。 に関しては, 関連市場は代替性のある商品・サービスの範囲や地理的範囲をもって画定さ れる。 換言すれば, 市場画定は, 問題となる行為を行う事業者に対して競争的牽制を働かせる ことのできる競争者の範囲を画する目的で行われる。 したがって, 基本的には需要の代替性の 観点から, 補完的に供給の代替性の観点からも検討して行われることを述べる必要がある。 その上で, 本問では, OTAが, 宿泊施設を検索, 比較, 予約できるインターネットサービ スを提供して宿泊施設とユーザーの間の契約(宿泊予約)を仲介する事業を営んでいるところ, に関して, 旅行業者等のオフラインの事業者によるインターネット予約以外の形での宿泊予 約の仲介が, に関して, 宿泊施設自身のサイトによる直接の予約受付が, それぞれOTAに よる宿泊予約の仲介と同一の市場に含まれるかを論じる必要がある。 この点, MFN条項を導 入しようというA社に対して競争的牽制力を有するのは, B社, C社等の他のOTAであって, 旅行業者等(実店舗)の牽制力はほとんどないか, 極めて限られたものにとどまる。 仮にOT Aが宿泊施設に対して手数料を5〜10パーセント, 1年程度引き上げたとしても, 宿泊施設 がOTAとの契約を解除して, 旅行業者等に取引先を容易に転換できるとは考えにくい。 また, 宿泊施設も, ユーザーが当該宿泊施設自身のサイトで直接予約できる機能を提供しているもの の, 宿泊予定日に一定の地域内に宿泊可能な他のホテル・旅館等(当該宿泊施設の競争事業者) がどれほど存在するかを検索したり, 他のホテル・旅館等の取引条件と比較したりするサービ スは提供するはずもない。 ユーザーの側から見ても, 24時間365日, 一定の期日に一定の 地域内で宿泊できる施設をインターネット上で容易に検索, 比較, 予約できるサービスを提供 する事業者=OTAを旅行業者等や宿泊施設と区別していると考えられる。 なお, 外国の宿泊 施設やユーザーは考慮する必要がないとされている。 このように検討すると, 本問では, 例えば, 日本国内における, OTAが宿泊施設を検索, 比較, 予約できるインターネットサービスを提供して宿泊施設とユーザーの間を仲介し契約を 成立させる取引に係る市場(宿泊施設, OTA及びユーザーにより構成される市場)や, OT A(供給者)と宿泊施設(需要者)の間の宿泊予約サービスの委託取引に係る市場等を関連市 場として画定することが考えられる。 なお, 本問のような市場は二面市場(two-sided market)と呼ばれ, かかる市場においては 間接ネットワーク効果が働くとされており, そのような特性を勘案した解答が望ましいが, そ の記載が必須というものではない。 次に, 反競争的効果については, 「不当に」=「公正な競争を阻害するおそれ」や「自由競 争減殺」の意味を述べた上, 資料に掲げられたガイドライン@からDの要素を考慮して解答す - 28 - ることが考えられる。 ガイドラインの「B垂直的制限行為を行う事業者の市場における地位」は, 上記の市場でA 社は35パーセントのシェアを占め, 第1位であること, 「D対象となる取引先事業者の数及 び市場における地位」は, 国内の主要なホテルや旅館等であって, 国内の宿泊施設のうち相当 数に上り, 主要な地位を占めると考えられること, 「C取引先事業者の事業活動に及ぼす影響 (制限の程度・態様等)」については, 宿泊料金だけでなく, 朝食の有無, 提供される部屋の 数と等級, キャンセル条件等にも制限が及ぶことを述べる必要がある。 ここまでは第1案, 第 2案に共通である。 そして, Cに関して, 取引先事業者である宿泊施設に対する関係では, 第1案と第2案のい ずれの案も, 各サイト上で提示する取引条件に差異を設けられるかという点を除けば, 宿泊料 金等の取引条件を決定する自由を直ちに制限するものではないものの, 宿泊料金等の取引条件 が宿泊施設のサイトとA社のサイトの間で同一となることにより, 比較・検索やポイント等の 付加サービスのあるA社のサイトでの予約が優位となる結果, 宿泊施設がA社に手数料を支払 わずに直接予約を受け付けるという事業活動(ユーザーの側から考えた場合には宿泊施設とA 社との間の競争と捉えることも可能である。 )に影響を及ぼす。 以上は, B社及びC社がそれ ぞれ第1案又は第2案のMFN条項を導入した場合も同様である。 さらに, 第1案では, 宿泊 施設に課される義務は, A社のサイト上で提示する取引条件が他の全てのOTAのサイト上の 取引条件と同じか, より有利でなければならないというものであるから, 宿泊施設の事業活動 に及ぼす制限を通じて, 宿泊施設とA社との間の競争のみならず, A社とそれ以外のOTAと の間の競争にも影響が及ぶ。 一方, 第2案は, A社のサイト上で提示する宿泊施設の料金等の 取引条件が当該宿泊施設自身のサイト上の取引条件と同じか, より有利でなければならないと いうもので, B社及びC社を含む他のOTAの設定する取引条件には直ちに影響を及ぼさず, 宿泊施設の事業活動の制限の直接の影響は, 宿泊施設とOTAとの間の競争への影響にとどま る。 問題はガイドラインの@, Aである。 この点に関して, 本問では, OTA間の競争に及ぼす 影響と宿泊施設間の競争に及ぼす影響について検討することが考えられる(どの競争関係を「ブ ランド間競争」又は「ブランド内競争」と捉えるかについては, 様々な見解があり得るところ, いずれと捉えるにせよ, 競争関係を適切に特定した上で分析が行われていれば良い。 )。 OTA間の競争に及ぼす影響については, A社が第1案を導入すれば, B社及びC社も第1 案のMFN条項を導入することが予測されているところ, A, B, C3社のMFN条項に基づ く要求を同時に満たすためには, ある宿泊施設の料金等の取引条件は, 各サイト間で同一にな らざるを得ない(価格について言えば, あるホテルのA社のサイト上で提示される料金を最安 値にすれば, B社とC社のMFN条項に違反することになり, B社のサイト上で提示される料 金を最安値にすれば, A社とC社のMFN条項に違反することになり, C社のサイト上で提示 される料金を最安値にすれば, A社とB社のMFN条項に違反することになるから)。 この3 社を通じて提供される宿泊料金等の取引条件については, ユーザーから見て, OTA間の競争 が緩和されている(宿泊施設側から見ても, やはりOTA間の競争が緩和されている。 )。 また, 第1案は, A社のサイト上で提示する宿泊料金等が新規参入事業者を含む他のOTAのサイト 上で提示するものと同じか, より有利になるようにする義務を課すものであるから, 低い手数 料しか受け取らないことにより宿泊施設に安い料金を提示させようとする, より効率的なOT Aの新規参入を排除する効果もある。 加えて, 上記のとおり, 宿泊施設が直接予約を受け付け るという事業活動に影響を及ぼすことは, 隣接市場又は関連市場に属する事業者(宿泊施設) からの競争圧力(予約の受付に限ったものである。 )を弱めるものと評価できる(この点は, 第2案においても同様である。 )。 ユーザーを顧客とする宿泊施設間の競争に及ぼす影響については, A, B, Cの3社が第1 - 29 - 案又は第2案のMFN条項を導入したとしても, 当該MFN条項を課される複数の宿泊施設の 料金等が同一になるとは限らないし, 宿泊施設ごとに提供されるサービスが異なる以上, 同一 になる可能性は乏しいであろう。 しかし, MFN条項は, 宿泊施設が新しいビジネスモデルを 開発し, 他の宿泊施設との差異化を図ることによって, ユーザーを獲得しようとする競争(イ ノベーション競争)を阻害するおそれがある。 例えば, 宿泊施設が競争者と差別化を図るため, 宿泊客に提携レンタカーの料金を割り引くプラン, 提携運送業者が宿泊客の手荷物を割引料金 で自宅まで届けるプラン, 周辺の観光名所を案内するプランなどを考案し, OTAに手数料を 支払う必要のない自社サイトで予約したユーザーにだけ提供したいと考えても, MFN条項に よってそれができない(OTAを通じて予約したユーザーにも提供せざるを得ない)ため, 宿 泊施設の新規ビジネスモデル導入に対するインセンティブの低下を招き, ひいてはMFN条項 を課された宿泊施設全体の間におけるイノベーション競争を阻害するおそれがある。 これは宿 泊施設間の競争を阻害すると同時に, 宿泊施設からのOTAに対する競争圧力を弱めるおそれ があるものとも解される。 以上は, ガイドラインに沿って第1案, 第2案の反競争的効果の説明を試みたものであるが, 必ずしもこれのみが正しい反競争的効果分析の手法というわけではなく, OTA間の競争, 宿 泊施設間の競争, 宿泊施設の事業活動(宿泊施設からOTAに向けられる競争圧力等)に, 第 1案, 第2案がどのように影響を及ぼすかを検討し, それらの考慮要素を総合して論理的, 説 得的に反競争的効果の有無についての結論を導いていれば良い。 特に, 第2案については, 第 1案と異なりOTA間の競争の緩和が直ちに認められるものではないが, それでも宿泊施設の サイト上の宿泊料金等を基準に各OTAのサイト上の宿泊料金等も同一となる可能性があるな どとして反競争的効果を肯定するのか, 他の考慮要素を重視して反競争的効果を導くのか, そ れとも反競争的効果を否定するのか, 各自の分析に基づいた論述が求められる。 最後に, 正当化事由である。 一般に, 正当化事由については, 競争秩序維持の観点から見た 目的の正当性及び当該目的に照らした手段の合理性などの観点から分析することになる。 また, 問題となる行為に競争促進効果が認められる場合に, 反競争的効果との比較衡量という観点か ら分析することも一般的である。 本問では, 5パーセント程度安い宿泊料金やユーザーに有利なキャンセル条件等が宿泊施設 のサイト上に提示されている場合があり, OTAのサイトで検索等を行ったユーザーであって も, より好条件である宿泊施設のサイトで直接予約することで, 宿泊施設がOTAのサービス に「ただ乗り」する可能性がある。 そのため, OTAが相当の費用を掛けてサーバー等を開発 ・保有・運用していることから, かかる費用を回収するためのOTAの行為については, 「た だ乗り」の防止として正当化される余地がないか(競争促進効果と反競争的効果との比較衡量 により公正競争阻害性が否定される余地がないか)を検討する必要がある。 検討に当たっては, オンライン旅行予約をめぐる競争激化の阻止という目的の不当性, ただ 乗りの防止という目的の当否(ただ乗りの防止による競争促進効果の有無), 宿泊施設のみな らず他のOTAのサイト上で提示する宿泊料金等と同じか, より有利になるようにしなければ ならないという契約内容(手段)の不合理性, ユーザーの囲い込み効果を有するポイント制を 既に採用していることの評価, D社及びE社が検討している「サービス利用料」がより競争制 限的でない手段と言えるかなど, 第1案と第2案のそれぞれにおいて関連しそうな事実を取り 上げて評価し, 各MFN条項の導入が正当化されるか否かを判断することが求められる。 [知的財産法] 〔第1問〕 1 設問1は, 審決取消訴訟の審理範囲を問うものであり, 設問2は, 審決取消判決の拘束力 の及ぶ範囲及び審決取消訴訟の審理範囲を問うものであり, 設問3は, 一事不再理と権利行 - 30 - 使制限の抗弁との関係を問うものであり, 設問4は, 共同出願違反と権利行使制限の抗弁と の関係を問うものである。 2 設問1については, 当該審判手続で現実に審理判断された特定の無効原因のみが審決取消 訴訟の審理対象とされるべきであるとする見解(甲説)と, 審理対象はそれに限られないと する見解(乙説)が考えられる。 甲説の根拠としては, @審判を請求できる事項に関する訴えについて審判前置主義を定め た特許法(以下「法」という。 )第178条第6項の趣旨に照らすと, 訴訟の前段階において 専門行政庁による慎重な審理判断を受ける利益が認められること(前審判断経由の利益), A法は, 審判手続において, 当事者が無効原因を明確にすることを要求し, その無効原因を 巡って審理判断がされるという手続構造を採用しており, 事実審が一審級省略されているの も, 審判手続で十分な審理が行われていることが前提となっていること(審判手続の構造と 性格), B審判手続では, 特許権者は訂正の機会があるが, 審決取消訴訟において審決で判 断されていない無効理由の主張が許されると, 特許権者の上記機会が奪われてしまうこと等 が挙げられる。 一方, 乙説の根拠としては, @行政処分の取消訴訟では, 原則として, 処分理由の追加・ 差し替えが認められているから, 審理範囲は処分の理由とされたところに制限されないこと, A特許権侵害訴訟において裁判所が権利の有効性について判断できる(法第104条の3) とされている以上, 審決取消訴訟においても裁判所は十分に専門的判断をすることができる から, 前審判断経由の利益は問題とならないこと, B審判手続で現実に審理判断された特定 の無効原因のみが審理対象となるとすると, 審理範囲が細分化される結果, 特許庁と裁判所 の間でいわゆるキャッチボール現象が不可避となり, 紛争解決が遅延すること等が挙げられ る。 両説について, 最大判昭和51年3月10日民集30巻2号79頁(メリヤス編機事件) の趣旨・内容を踏まえた論述をすることが求められる。 もっとも, 乙説を妥当とする立場を とるのであれば, 上記大法廷判決の変更が必要となることを十分に意識した論述が必要であ ろう。 3 設問2については, まず, 第1次審決取消訴訟における取消判決の拘束力(行政事件訴訟 法第33条第1項)は判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたると されるところ, その範囲が問題となる。 上記取消判決は, 発明aは発明bに基づいて容易想到 であるとはいえないとして本件審決を取り消しており, この判断に取消判決の拘束力が及ぶ と考えれば, 第2次審決はこの拘束力に従って発明aは発明bに基づいて容易想到であるとは いえないと判断したのであるから, 乙がこの判断を誤りであると第2次審決取消訴訟におい て主張することは許されないということになる。 一方, 第1次審決取消訴訟の判決は, 本件 審決が発明bと発明aとの技術内容の認定を誤り, その異同点の認定を誤ったものであって違 法であることを理由として, 審決を取り消したのであるから, 異同点の認定については取消 判決の拘束力が及ぶが, 発明aが発明bに基づいて容易想到であるか否かの点までは, 拘束力 は及ばないと考えれば, 乙の主張は取消判決の拘束力に反しないことになる。 両説について, 最判平成4年4月28日民集46巻4号245頁(高速旋回式バレル研磨法事件)の趣旨・ 内容を踏まえた論述をすることが求められる。 次に, 公知技術についての新たな証拠cの提出と審決取消訴訟の審理範囲との関係が問題 となる。 新たな証拠cを提出することは, 設問1で論じた審決取消訴訟の審理範囲を逸脱し て許されないという見解も考えられるが, 最判昭和55年1月24日民集34巻1号80頁 (食品包装容器事件)によれば, 新たな証拠cは, あくまで発明bの技術内容の明確化のため に提出されたにすぎないから審理範囲を逸脱しないということになろう。 なお, 設問1の乙 説による場合も, 審理範囲を逸脱しないことになる。 - 31 - 4 設問3については, 権利行使制限の抗弁は許されないとの見解(甲説)と許されるとの見 解(乙説)があり得る。 甲説の根拠としては, 甲乙間には, 既に, 本件審判の請求を不成立とする第二次審決が確 定しているから, 一事不再理効(法第167条)により, 乙は, 「発明bに基づいて発明aを 容易に発明することができた」として再度の特許無効審判を請求することができず, したが って, かかる理由により「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものであると認 められる」(法第104条の3)とはいえないから, 乙の主張は許されないことが考えられ る。 なお, 「当事者間の紛争の蒸し返しの防止」が重視されることとなった法第167条に 係る平成23年改正の趣旨を踏まえた論述については, 積極的な評価が与えられよう。 一方, 乙説の根拠としては, @無効審判手続と侵害訴訟手続は別個の手続であるし, 法第 104条の3は, 無効審判手続を経なくても無効主張が許されるとする趣旨であるから, 無 効審判手続でかかる主張が許されないからといって, 侵害訴訟手続においても許されないと はいえないこと, A特許に無効理由が存在することが明らかな場合, その特許権の行使は権 利濫用に当たり許されないと解される(最判平成12年4月11日民集54巻4号1368 頁(キルビー事件))ところ, 発明bに基づいて発明aを容易に発明することができた以上, 本件特許権の行使は権利濫用に当たるから, かかる主張をすることは許されること等が考え られる。 もっとも, 妥当性については, 一事不再理効(法第167条)の「当事者間の紛争の蒸し 返しの防止」という趣旨や, 法第104条の3は上記最判平成12年4月11日で認められ た権利濫用の抗弁を立法化したものであることを踏まえた論述が求められる。 知財高判平成 23年6月23日判タ1397号245頁(食品包み込み成形方法事件)や東京地判平成2 3年8月26日判タ1402号344頁(動物用排尿処理剤事件)等も甲説と同旨の結論を 採用している。 5 設問4については, 以下のとおり, 関連条文とその趣旨を踏まえて丙の主張が許されるこ とを論じる必要がある。 すなわち, 法第123条第2項は, 共同出願違反(法第38条違反) の場合は, 特許を受ける権利を有する者に限り無効審判請求をできると規定する。 これは, 当該無効理由は権利の帰属に係るものにすぎないし, 権利が消滅してしまうと真の権利者に よる移転請求(法第74条)も不可能となるからである。 一方, 法第104条の3第3項は, 法第123条第2項の規定は当該特許を受ける権利を有する者以外の者が権利行使制限の抗 弁を提出することを妨げない旨定めている。 これは, その場合でも, 無効理由がある以上, 権利行使を認めるのは相当でないし, 権利行使制限の抗弁により権利が消滅するわけでもな いから, 真の権利者による移転請求も妨げられないためである。 したがって, 丙の主張は許 される。 〔第2問〕 1 設問1は, 地図の著作物について, 地図の著作物性(著作権法(以下「法」という。 )第 2条第1項第1号, 第10条第1項第6号), 共同著作物の著作者(法第2条第1項第12 号)に関する理解を問うものである。 設問2(1)は, 共有著作権及び共同著作物の著作者 人格権の行使(法第64条, 第65条)に関する理解を問うものであり, 設問2(2)は, 試験問題としての複製(法第36条)等に関する理解を問うものである。 2 設問1については, まず, 地図は, 地形等を所定の記号によって客観的に表現するものと して個性的表現の余地が少なく, 著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例であるとい う特徴を有することから, 地図の著作物性は, 記載すべき情報の取捨選択及びその表示方法 を総合して判断するとされていることが問題となる。 次に, 共同著作物の著作者となるためには, 各人が創作的表現をする必要があることが問 - 32 - 題となる。 共同著作物の各著作権者は, 他の著作権者の同意を得ないで, 差止請求をするこ とができること(法第117条第1項)への言及も求められる。 最後に, Zの行為が, 複製権(法第21条)ないし翻案権(法第27条)及び譲渡権(法 第26条の2, 翻案権とした場合は法第28条も必要)の侵害に当たることを述べることが 求められる。 3 設問2(1)では, まず, ガイドマップAが共同著作物であるかについて述べ, 共有著作 権は, 共有者全員の合意によらなければ行使することができない(法第65条第2項)こと から, Xの合意を得ずにガイドマップAを公衆送信した行為が, 公衆送信権(法第23条第1 項)の侵害に当たるかが問題となる。 合意を得ていない以上, 著作権を行使するためには, 「合意せよ」との判決を得る必要があるか否かについて検討することが求められる。 また, Xには, 合意の成立を妨げることができる正当な理由(法第65条第3項)があるかが問題 となり, 正当な理由をどのように判断するかについて, ガイドマップAの売上げの増加等の 設例の事実関係を踏まえて検討することが求められる。 次に, 著作者は氏名表示権(法第19条第1項)を有し, 共同著作物の著作者人格権は, 著作者全員の合意によらなければ行使することができない(法第64条第1項)ことが問題 となる。 Xが氏名を表示せずに発行していたガイドマップAについて, Yが氏名を表示して公 衆送信するためには, Xの合意を得ていない以上, 意思表示を命ずる判決を要するかについ て, 上記著作権の行使と同様に論じることが求められる。 Yの反論として, Xが合意の成立を 妨げることが信義に反するか(法第64条第2項)について検討することが求められる。 著 作権の行使について合意の成立を妨げることができる正当な理由と, 著作者人格権の行使に ついて合意の成立を妨げることが信義に反しないこととを, 区別して論じることが求められ る。 4 設問2(2)では, 試験問題としての複製(法第36条)に関する著作権の制限規定の適 用の可否が問題となる。 試験は, 公正な実施のために秘密性を要し, また著作物の通常の利 用と衝突しないため認められるという法第36条の趣旨が, 本件出題に妥当するかを論じる ことが求められる。 なお, 本件試験は, 会社が社内で実施する資格試験であり, 営利目的と 解されるから, 法第36条第2項が適用され, 使用料相当額の補償金の支払いを要するかも 問題となる。 また, 本件問題集は, 秘密を保持する必要はないから, 法第36条第1項は適 用されないかについて述べることが求められる。 次に, 本件出題が, ガイドマップA上の観光スポットの名称を空欄にした点について, 同 一性保持権(法第20条第1項)の侵害が問題になるが, 試験の目的上, やむを得ない改変 (法第20条第2項第4号)に当たるかを論じることが求められる。 さらに, ガイドマップAを本件問題集に複製することにつき, 引用(法第32条第1項) に関する著作権の制限規定が適用されるかも問題になろう。 最後に, 本件問題集を社内の希望者に配付したことについて, 譲渡権(法第26条の2) の「公衆」(法第2条第5項参照)に提供するという要件を満たすかが問題となる。 氏名表 示権に関し, すでに著作者が表示しているところに従って表示することができるとの法第1 9条第2項の趣旨が不表示の場合にも妥当するかについて言及があれば, 積極的な評価が与 えられよう。 [労働法] 〔第1問〕 本問は, 変形労働時間制による勤務シフトにより24時間勤務に従事していた警備員が, 仮 眠時間中の病院施設の突発的停電への対応等を理由として出勤停止の懲戒処分に付せられた事 案について, 仮眠時間の労働時間該当性, 仮眠時間に対する賃金請求の可否及び懲戒処分の法 - 33 - 的効力の有無を問うものである。 関係条文・判例が定立している規範を正確に理解した上で, 具体的事案に適確に適用することができるかが問われている。 設問1では, まず, 本件仮眠時間の労働時間該当性について, 判例(大星ビル管理事件・最 判平成14年2月28日民集第56巻2号361頁)に照らして検討すべきことになろう。 次 に, 仮眠時間(労働時間に該当する場合)と賃金請求権との関係については, 前掲判例は, 労 働基準法(以下「労基法」という。 )上の労働時間であるからといって, 当然に労働契約所定 の賃金請求権が発生するものではなく, 仮眠時間に対する賃金支払については合意いかんによ るとの判断を示しており, 本件では「泊まり勤務手当」をどのように評価すべきかが問題とな る。 また, 仮に, 仮眠時間に対応する賃金の支払を約定しているとしても, 労基法第37条第 1項, 第4項は法定時間外労働, 深夜労働に対して割増賃金の支払いを義務付けているので, この点について検討する必要がある(労基法第13条参照)。 さらに, 割増賃金については, 変形労働時間制(労基法第32条の2)における法定時間外労働時間数の算定方法, 割増賃金 の基礎となる賃金(通常の労働時間の賃金)の確定, この基礎賃金に算入しない賃金の識別も 検討すべき論点となろう。 設問2では, まず, 懲戒処分の意義, 懲戒権の法的根拠について, 判例(国鉄中国支社事件 ・最判昭和49年2月28日民集第28巻1号66頁等)や学説等に照らして, 検討する必要 がある。 その上で, 本件懲戒処分の法的効力の有無について, 労基法第89条第9号(懲戒の 種類及び程度), 懲戒の「種別及び事由」の定めを要するとする判例(国鉄札幌運転区事件・ 最判昭和54年10月30日民集第33巻6号647頁等), 「周知」手続を要するとする判例 (フジ興産事件・最判平成15年10月10日判時1840号144頁)を踏まえて, 判例法 としての懲戒権濫用法理, これを明文化した労働契約法(以下「労契法」という。 )第15条 に照らして論じることが求められる。 労契法第15条は, 「労働者の行為の性質及び態様その他の事情」に照らして, 懲戒処分に 「客観的合理的な理由」が存在し, 当該処分が「社会通念上相当である」ことを要求している が, 懲戒対象事由と不利益処分の内容(懲戒処分の内容・程度)との均衡, 懲戒手続の相当性 (弁明の機会の付与等)についても検討することを要しよう。 また, 本件では, メールによる 労働基準監督署(以下「労基署」という。 )への相談が懲戒処分にあたって考慮された可能性 が窺われることから, 労基署への申告を理由とする不利益取扱いを禁止する労基法第104条 との抵触いかんも検討すべき論点の一つである。 〔第2問〕 本問は, 団体交渉で労働条件の引下げが議論されている状況下で, 労働組合の組合員の一部 が組合の承認なしに抗議活動を行ったことに関し, 同活動の対使用者及び組合内部の関係にお ける法的評価とこれに対する処分の可否を問うものであり(設問1, 設問2), さらに, 労働 条件を引き下げる労働協約が調印された場合の効力についても説明を求めている(設問3)。 労働組合法(以下「労組法」という。 )第7条の不当労働行為, 労働組合の統制処分, 労働協 約の規範的効力など, 労組法の主要な事項について, 関係条文及び判例が定立している規範を 正確に理解した上で, 具体的事案を整理, 識別して, 的確に適用することができるかが問われ ている。 設問1については, Cらの抗議活動が労組法第7条第1号の「労働組合の正当な行為」とい えるか否かが, 重要な論点となる。 特に, 組合執行部の方針に不満な一部の組合員が行ったと いう事実が, 主体や目的の面でどのように評価されるかという点や, 抗議活動の場所・時間・ 内容など態様面での問題はないかという点を, 具体的な経緯や状況に照らしながら論じること が求められる。 また, 労組法第7条第3号の支配介入の成否についても, 併せて検討しておく 必要があろう。 - 34 - 設問2については, 労働組合の統制権の意義や行使要件を踏まえた上で, Cらの行為が組合 規約の定める統制事由に該当するか, 行為内容と処分の均衡は取れているか, 手続上の問題は ないか, といった点を検討する必要があろう。 また, 労働組合が使用者からの通告に応じる形 で統制処分を行うことの当否も, 1つの論点となりえよう。 設問3については, 労働条件を引き下げる労働協約にも規範的効力を肯定した判例(朝日火 災海上保険事件・最判平成9年3月27日)を踏まえ, その限界にも留意しながら, 本件の状 況を検討することが求められる。 また, 委員長にそのような労働協約の締結権限があるのかと いう点も, 判例(山梨県民信用組合事件・最判平成28年2月19日)に照らして議論してお くことが望まれる。 [環境法] 〔第1問〕 第1問は, 河川及び沿岸海域の汚染に関する環境紛争について, 民事訴訟を提起する場合に おける法律上の問題点及び民事訴訟による紛争解決と行政上の紛争解決制度である公害紛争処 理制度との異同を問うものである。 〔設問1〕の小問(1)は, Dが漁業被害についてB社及びC社に対して訴訟を提起する場合 の訴訟物とその要件を検討することが求められている。 B社に対する請求は不法行為(民法第 709条)に基づく損害賠償請求が考えられる。 ダムの堆積物の排出行為を加害行為と捉えた 場合, 過失, 違法性及び漁業被害との間の因果関係の有無を検討することが求められる。 特に 違法性については「二次災害を防止するため」との目的との関係でどう評価するかについて言 及することが期待される。 ダムを土地の工作物と考えた場合は, 土地工作物責任(民法第71 7条)に基づく請求も考えられる。 その場合は, 過失に代えて土地工作物の設置又は保存の瑕 疵の検討が必要である。 C社に対する請求は, 不法行為(民法第709条)に基づく損害賠償 請求が考えられる。 有害物質であるセレン化合物を排出した行為を加害行為と捉えた場合, 過 失, 違法性及び漁業被害との間の因果関係の有無を検討することが求められる。 特に過失の有 無については, 連日続いた集中豪雨という天災が作用していること及び川の堤防に割れ目があ ったことをどう評価するか言及することが期待される。 また, B社とC社の共同不法行為責任 (民法第719条第1項前段)が成立するかどうか, その要件としての客観的関連共同性の有 無と効果としての不真正連帯(最判昭和57年3月4日判時1042号87頁)についても論 じて欲しい。 小問(2)は, Eが健康被害についてB社及びC社に対して訴訟を提起する場合の訴訟物とそ の要件を検討することが求められている。 B社に対する請求は不法行為(民法第709条)に 基づく損害賠償請求が考えられる。 小問(1)と同様にダムの堆積物の排出行為を加害行為と捉 えた場合, 堆積物による濁水のみで健康被害との間の因果関係は通常認め難いから, 濁水に押 し流されてセレン化合物が沿岸海域に到達したことを捉えてC社との共同不法行為が成立する かが重要な視点となろう。 小問(1)と同様に共同不法行為についての要件と効果の検討が求め られる。 土地工作物責任(民法第717条)に基づく請求を考える場合も同様である。 C社に 対する請求は, 民法第709条の特則としての水質汚濁防止法第19条第1項に基づく損害賠 償請求が考えられる。 本問は, 工場の事業活動に伴って有害物質であるセレン化合物が川に排 出され, 健康被害を生じさせたと考えられること, 同条の責任は無過失責任であり, 事業活動 に伴う排出と健康被害との間の因果関係が立証できればC社の故意過失の主張立証は不要であ ること, 水質汚濁防止法上の規制対象かどうかは問題とならず, 事業活動に伴う排出であれば 工場内の設備からの排出に限られないことについて論じる必要がある。 また, 本問では, セレ ン化合物の排出につき連日の集中豪雨という天災が競合しており, 裁判所は, 損害賠償の責任 及び額を定めるについて, これをしんしゃくすることができる(同法第20条の2)ことにも - 35 - 言及することが期待される。 〔設問2〕では, 民事訴訟と公害紛争処理制度の異同を被害者の手続上の便宜の視点から論 じる必要がある。 Eが自己の健康被害について, B社ないしC社に対して不法行為又は水質汚濁防止法第19 条第1項に基づく損害賠償請求訴訟を提起する場合, 因果関係の存在については, 原告である Eが主張立証責任を負うことになる。 そうすると, 本問のような環境紛争においては, 加害行 為と健康被害との間の因果関係の立証に当たって, 水質調査や検体の調査・分析等の専門的・ 科学的調査が必要となり, 民事訴訟において鑑定(民事訴訟法第212条)の申出をすると, その費用の負担が被害者Eにとって大きな負担となる場合がある。 そこで, 被害者の負担を軽 減するための行政上の紛争解決制度として, 公害紛争処理制度が設けられている。 具体的には, 前提として本問は事業活動に伴って生ずる相当範囲にわたる水質汚濁によって 健康被害が生じたと解される事案であるから「公害」(公害紛争処理法第2条, 環境基本法第 2条第3項)に該当することに言及した上, 総務省の外局である公害等調整委員会における責 任裁定制度(公害紛争処理法第42条の12)は, 裁判所と同様に損害賠償責任の有無, 損害 額という法的判断について裁定するものであること, これに対し原因裁定制度(同法第42条 の27)は, 加害行為と被害結果との間の因果関係に特化して判断する手続であり, 因果関係 の解明のために当事者が求めた事項以外の事項も判断できること(同法第42条の30第1 項), 因果関係の判断に当事者以外の第三者が利害関係を有するときは, その第三者も手続に 参加させることができる(同条第2項)という特色について言及する必要がある。 また, その ような手続の活用が考えられる理由として, 職権証拠調べとしての鑑定(同法第42条の16 第1項第2号, 第42条の33)及び事実の調査(同法第42条の18, 第42条の33)に より, 当事者に費用を負担させないで国庫負担により専門的・科学的調査を実施でき(同法第 44条第1項, 公害紛争処理法施行令第17条第1項第1号。 「政令で定めるものを除き」の 反対解釈として, 政令で定める費用は当事者に負担させないこととなる。 ), それにより被害者 Eの因果関係の立証の負担を軽減できることを論じる必要がある。 なお, 既にEが民事訴訟を 提起していた場合には, 受訴裁判所に職権発動を促し, 受訴裁判所から公害等調整委員会に原 因裁定の嘱託(同法第42条の32)をすることで, Eの因果関係の立証の負担を軽減する方 法も考えられる。 〔第2問〕 第2問は, 建物解体等に伴う石綿などの特定粉じんの飛散防止等についての大気汚染防止法 (以下「大防法」という。 )による制度の理解を確認し, あわせて被害を受けるおそれのある 者からの法的対応の在り方についての把握を確認する問題である。 〔設問1〕では, 本件工事が「特定工事(大防法第2条第11項が定める特定粉じんの排出 等作業を伴う工事=注〕に該当しないことが明らかな」工事(同法第18条の17第1項括弧 書)ではなく, 同条第1項にいう解体等工事に当たることから, 受注者は同条同項による調査 義務に加えて, 発注者への書面による説明義務が課せられている。 そして, 発注者は, 受注者 のかかる調査について, 調査費用の適正な負担や, その他の必要な措置を講ずることにより, 協力しなければならない(同条第2項)。 また, 受注者は, 本件工事が特定工事に該当するか 否かの調査結果を, 当該解体等工事現場において掲示板を設けることによって, 公衆に示す義 務があること(同条第4項及び同法施行規則第16条の9)を記述する。 さらに, この調査の 結果, 特定工事であることが明らかになった場合, 同法第18条の15により, 発注者には, 作業開始の14日前までの届出義務があることを記述する(なお, 実際の届出行為は類似の法 令である「建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律」(以下「建設リサイクル法」とい う。 )と同様, 代理人によることを禁じていないが, 届出人名義が発注者であることは, 同法 - 36 - 第18条の17第2項との関係で重要である)。 上記受注者の調査・報告義務等は, 発注者が受注者に対して特定工事に該当しないと説明し たとしても免れ得るものではない。 また, 調査が省略されたために説明がなかったことのみを 理由に特定工事に関する上記の発注者の届出義務が免ぜられるものではない。 なお, これらの 受注者の発注者への説明義務と発注者からの届出義務等は, 平成25年改正で新設されており, 〔設問4〕では, このように発注者の義務が強化された理由にも答えることを求めている。 また, 発注者は, 受注者が特定工事を施工するにあたり, 作業基準の遵守を妨げるおそれの ある条件を付さないように配慮しなければならず, 本件のように工事の着工を急ぐように受注 者を指示することは, かかる配慮義務との関係で問題になり得る(同法第18条の20)。 〔設問2〕は, 大防法違反の通報に対してA県知事が大防法上採り得る措置についての設問 である。 都道府県の職員は, 平成25年改正前は特定工事であることが明らかな場合でなけれ ば立入検査ができなかったところ, 平成25年改正により, 同法第18条の15による事前届 出の有無にかかわらず, 解体等工事につき, 発注者・受注者からの報告徴収(これは, 既に行 われたはずの調査の内容等につき報告を求めるものであって, 調査をして報告するように命じ ることまでは規定されていない。 ), 解体等工事現場への立入検査ができるようになった(同法 第26条第1項, 同条第2項)。 本件では, A県知事がB, Dに対して報告徴収を求めること ができ, その職員は立入検査ができること, より有害性の強い青石綿飛散の疑いに係るもので あることから, 同条第2項に該当することを記述する必要がある。 さらに, 立入検査の結果, 受注者に同法第18条の18違反の事実があることが判明した場合, A県知事は, 作業基準遵 守ないし作業の一時停止命令を発し得ること(同法第18条の19)を記述する。 他方で, 計 画変更命令は, 同法第18条の15による届出が前提になる(同法第18条の16)。 なお, 同法第18条の18違反行為への直罰規定はないが, 命令違反行為には罰則がある。 〔設問3〕では, 施工者ないし発注者に対する作業の停止を求める民事差止め訴訟(特に仮 処分)の可能性と本設例での要件の該当性について検討することが期待される。 また, 都道府 県職員による立入検査が行われない場合や都道府県知事が作業基準(特定粉じん排出等作業に 係る規制基準。 同法第18条の14)遵守命令ないし特定粉じん排出等作業の一時停止命令を 発しない場合(同法第18条の18, 第18条の19)には, 行政事件訴訟法第3条第6項第 1号に基づく義務付けの訴えを提起し, あるいは, 本件工事による危険の特殊性を勘案すれば, 同法第37条の5第1項に基づく仮の義務付けを申し立てること, そして本問の設例において, このための要件を満たしているかどうかを検討する余地がある。 〔設問4〕は, 平成25年大防法改正により発注者の義務が強化された趣旨を問うものであ る。 同改正前の大防法では, 施工者が特定粉じん排出等作業の実施の届出の義務者であり届出 義務違反を問われるのは施工者であったため, 発注者が契約上優位な立場にあることを背景に, 施工者に対してできるだけ低額, 短期間の工事を求め, 施工者がこれに従わざるを得ないこと や, 施工者も低額, 短期間の工事を提示することで契約を得ようとすることにより, 届出がな されないことが問題となっていた。 しかし, 原因者負担の原則を考慮すれば, 発注者と施工者 の関係については, 費用負担者である発注者が, 石綿の飛散を伴う工事についてはその工事を 注文する者として適切に役割を担い, 施工者は請け負った工事を専門的知識に基づき適正に実 施する役割を担うことが適当と考えられる。 そこで, 改正法において, 解体工事等が特定粉じ ん排出等作業を伴うものである場合については, その届出の義務者を施工者から変更し, 解体 工事等において契約上優位な立場にある発注者に特定粉じん排出等作業実施の届出義務を課す こととし, これにより事前調査や届出が円滑に進むと考えられたことを記述する必要がある。 なお, この改正の結果, 建設リサイクル法の対象建設工事の届出とも, 届出の主体が整合する こととなった。 - 37 - [国際関係法(公法系) ] 〔第1問〕 本問は, 国家責任法の違法性阻却事由, 条約の終了原因, 及び外交特権に関する基本的知識 と理解を問うものである。 司法試験用法文に登載されている条約法に関するウィーン条約(以 下「条約法条約」という。 )及び外交関係に関するウィーン条約(以下「外交関係条約」とい う。 )の関係条文を設問に照らして抽出して適切に解釈し, 並びに国際法上の対抗措置という 国家責任の基本的な理解に従って論述すれば, 十分に解答が可能な設問となっている。 設問1は, B国によるXダムの建設中止に対して, Yダムを建設し, 水力発電を開始したA 国の行為が, 国際法上どのように評価されるかについて問うものであるが, 特に国家責任法に おける違法性阻却事由(対抗措置等)で正当化されるかどうかが論点となる。 対抗措置を例にとれば, 対抗措置とは, 一般に, 事前に存在する相手国の国際違法行為に対 して, 当該違法行為の直接の被害国が, 違法行為国から賠償を得るため, または引き続き侵害 を防ぎ適法な状態を戻すために, 本来ならば違法な行為に訴えることをいう。 このような対抗措置が国際法上認められるためには, 措置の対象となる違法な原因行為の存 在及び違法行為と対抗措置の間の均衡性などの要件が満たされていなければならない。 本問では, B国によるXダム建設の一方的中止に対して, A国によるYダムの建設と水力発 電の開始が国家責任法上の違法性阻却事由としての対抗措置として認められるためには, 先の 要件を満たす必要があることを十分に理解しているかが問われている。 設問2は, A国とB国がC川を利用した水力発電に関する共同事業を計画して締結したT条 約を, B国が一方的に終了通告をした行為が, 両国が当事国である条約法条約が認める終了原 因によって正当化し得るかを問うものである。 T条約に終了規定が存在しない以上, B国によ るT条約の終了が国際法上正当化されるためには, 両国が当事国である条約法条約が認める条 約の終了原因に該当する必要がある。 まず, T条約の終了が条約の重大な違反を規定した条約法条約第60条で正当化されるため には, 「重大な条約違反」が「条約の否定であってこの条約により認められないもの」か「条 約の趣旨及び目的の実現に不可欠な規定についての違反」をいうとされていることに留意する 必要がある(同条第3項)。 本問の場合, B国は, A国がXダムに代わるYダムをC川を分流 させて建設し, 水力発電を開始し, C川の水量が激減したことをもって, 一方的に終了通告を 行っている。 B国による一方的な終了通告が条約法条約第60条で正当化されるためには, 特 にC川の分流が先の要件を満たすかを論じる必要がある。 次に, 事情の根本的変化を規定した条約法条約第62条で正当化されるためには, 同条を適 用する前提として, 「条約の締結の時に存在していた事情につき生じた根本的な変化が当事国 の予見しなかったもの」であることが必要となるほか, 当該事情の存在が「当事国の同意の不 可欠の基礎を成していたこと」, 「当該変化が, 条約に基づき引き続き履行しなければならない 義務の範囲を根本的に変更する効果を有するものであること」を満たさなければならない(同 条第1項)。 本問では, C川の水量への影響が少ない方式でのXダムの共同建設に代わり, A 国によるC川の水量が激減するYダムの建設がされた点が, これらの要件を満たすか論じる必 要がある。 さらに, 条約法条約第61条の後発的履行不能で正当化されるかどうかを論じることもあり 得るであろう。 設問3は, 1961年の外交関係条約の特権免除に関する理解を問うものである。 同条約は, 外交使節団の特権・免除と外交官の特権・免除からなる外交特権を規定している。 それによる と, 外交使節団の特権・免除として, まず敷地を含む公館の不可侵がある(第22条第1項)。 接受国は, 外交関係条約に基づき, 大使館への侵入又は損壊を防ぎ, 大使館の安寧の妨害又は 大使館の威厳の侵害を防ぐために, 適当なすべての措置を執る特別の責務を有する(同条第2 - 38 - 項)。 さらに, 外交官の特権・免除として, 身体の不可侵がある(第29条)。 本問の場合, B国の農民の行動に対してB国政府ないしB国大統領がとった一連の対応が, 先に述べた外交使節団の特権・免除及び外交官の特権・免除の違反を生じさせていないかを論 ずる必要がある。 なお, 外交関係条約に違反している場合には, 国際義務の違反となるが, B 国の国際違法行為として国家責任を生じさせるには, その行為がB国に帰属する必要がある。 この点, 農民はB国の国家機関の地位にある者ではなく, その行為はあくまで私人の行為であ り, 私人が私的資格でなした行為は, 本来B国に帰属しない。 しかし, 私人の行為に関連して B国の注意義務の欠如があれば, 国の違法行為としてB国に帰属する。 加えて, B国大統領が 農民の行動, 具体的には大使館の占拠と大使館員を人質にとる行為を支持することによって, 本来, B国に帰属しない私人の行為であっても, その性格に変容が生じ, 国際法上B国の行為 とみなされる。 ここまで論ずることができれば, 本設問の趣旨を十分に理解していることにな る。 〔第2問〕 本問は, 国境画定条約の効力と領域の取得, 国際司法裁判所の義務的管轄権受諾宣言の効力 と相互主義, 同裁判所の判決履行のための手続等に関する国際法上の基本的知識と理解を問う ものである。 いずれも国際法上のいくつかの重要な概念を理解していれば, 具体的事例に即し て十分に論述することが可能な設問となっている。 設問1は, A国は国際法上どのような理由に基づいてY遺跡が自国の領土に所在するもので あることをB国に対して主張できるかを問うものである。 問題文に記載された事実によれば, AB両国間で1930年に締結され1931年に発効した国境画定条約は, 「A国とB国の国 境線は, X山脈の分水嶺をたどるものとする」との規定を設けており, A国は, Y遺跡がX山 脈の分水嶺のA国側に位置するとの理解を前提として, 1931年にY遺跡の領有を宣言した。 この点について, B国側からも2018年に至るまで疑問や問題が提起されることはなかった。 このような長期間にわたる関係当事国であるB国の沈黙は, A国がY遺跡を領有することに関 する当事国の「黙認」を構成してA国のY遺跡に対する領有権をB国が法的に承認したものと 位置づける主張が考えられる。 また, 1930年から2018年までの長期間にわたる沈黙を 破り, 2018年になって突然B国がY遺跡の領有をA国に対して主張することは, 国際法上 の「法の一般原則」の1つであると解される「禁反言」(estoppel)の原則に反するものであ り国際法上許されない, とA国が主張することも考えられる。 さらに, 以上の主張とは別に, A国は次のような主張を行うことも考えられる。 すなわち, 仮にAB両国間の国境画定条約が発効した1931年の時点でB国がY遺跡に対する(潜在的 な)領域権原を取得していたとしても, 1931年以降極めて長期間にわたりA国がY遺跡に 対する平和的かつ実効的な占有を継続したとすれば, A国は国際法上の「時効取得」によりY 遺跡に対する領域主権を正当に取得したとの主張を行うことも考えられるかもしれない。 ただ し, 国際法において他国領域に対する平和的かつ継続的な実効的支配に基づく「時効」が領域 取得原因として一般的に認められるか否かに関しては, 学説上も議論があり, これを認めた国 家実行も乏しいことにも留意する必要がある。 設問2は, A国がB国を相手取り国際司法裁判所に提訴したことに対して, B国はどのよう な理由で本件に関する国際司法裁判所の裁判管轄権の存在を否定することができるかを問うも のである。 問題文に記載された事実によれば, A国とB国はともに国際司法裁判所規程第36 条第2項に基づく義務的管轄権受諾宣言を行っているため, A国は同項に規定する「すべての 法律的紛争」に関して原則としてB国を相手取って国際司法裁判所に提訴することができる。 しかし, A国は, 上記の受諾宣言を行うに際して, 「A国の国境に関する紛争であるとA国政 府によって解釈される紛争」を国際司法裁判所の義務的管轄権の対象から除外する, という留 - 39 - 保を付している。 受諾宣言に付されたこのような留保が国際法上有効に扱われるか否かに関し ては, 学説上争いがあるが, 国際司法裁判所の判決に従えば, 本件事例においてA国がその受 諾宣言に付した留保をB国は相互主義に基づいて援用することができるものと考えられる。 し たがって, B国は, 本件は「B国の国境に関する紛争であるとB国政府によって判断される紛 争」であると主張することにより, A国が行った本件提訴に関して国際司法裁判所の裁判管轄 権の存在を否定することができると解される。 設問3は, A国による上記設問2の請求に関して, 仮に国際司法裁判所がB国軍隊のY遺跡 からの撤退を命じる判決を下したにもかかわらずB国がその判決に従わない場合に, A国がど のような国際法上の手段をとることができるかを問うものである。 国際司法裁判所の判決は, 裁判の当事国に対して法的拘束力を有する。 すなわち, A国とB国はともに国際連合(以下「国 連」という。 )加盟国であり, 国際司法裁判所規程第59条及び国連憲章第94条第1項に基 づいて, 国際司法裁判所の判決に従う国際法上の義務を負う。 にもかかわらずB国が国際司法裁判所の判決に従う義務を履行しない場合, 国連憲章第94 条第2項に従って, 国連加盟国であるA国は, 国際司法裁判所が下した判決に従うべき義務を 履行しないB国を, 国連の安全保障理事会(以下「安保理」という。 )に訴えることができる。 さらに, 国連憲章第94条第2項は, 「理事会は, 必要と認めるときは, 判決を執行するため に勧告をし, 又はとるべき措置を決定することができる。 」と規定しており, 国連安保理は国 際司法裁判所の判決を執行するための勧告又は決定を行うことができる。 国連安保理が国連憲 章第94条第2項に基づいて行う国際司法裁判所の判決履行のための「決定」は, 国連憲章第 25条に基づき国連加盟国に対して法的拘束力を有するものと解される。 ただし, 「国際司法 裁判所の判決を執行するため」の安保理の「決定」は, 安保理が「必要と認めるとき」に下す ことができるものと明記されており(国連憲章第94条第2項), そこには安保理による判断 の権限が留保されている。 国際司法裁判所の判決が下されれば自動的に判決執行のための「決 定」を安保理が下す, という構造にはなっていないことに留意する必要がある。 さらに, A国の立場からすれば, B国軍隊が占拠したY遺跡はA国の領土であり, B国軍隊 によるA国の領土に対する侵攻と占拠は, 国連憲章第2条第4項が規定する武力不行使義務と 国連憲章第2条第3項及び第33条が規定する紛争の平和的解決義務に違反する重大な国際違 法行為である。 このようなB国による国際違法行為に対して, A国はB国の国際法上の国家責 任を追及する(原状回復, 金銭賠償, 陳謝の要求等)ことや, B国に対して対抗措置を発動す ることも考えられる。 [国際関係法(私法系) ] 〔第1問〕 本問は, 単位法律関係ごとに準拠法を決定するという国際私法の大原則について, 二つの最 高裁判所の判決を手掛かりに, その基本的な理解と応用力を問うことを中心にしたものである。 〔設問1〕は, 相続問題を解決するための前提として親子関係の成否を判断するという先決 問題といわれる問題である。 その問題構造を明確にするため, 設問中で「本件遺産分割を行う 前提としてのDC間の親子関係の成否」を論じよとした。 先決問題という用語を用いる必要は ないが, 先ずは主たる問題である相続問題を解決する準拠法を決定し, そしてそれを適用した 結果, 被相続人Dに子がいるか否かが問題となることを明らかにしなければならない。 極端に 言えば, 相続の準拠法上子が相続人でなければ, 親子関係の成否は問題とならないからである。 この構造を明らかにした上で, それが相続とは異なる単位法律関係であることを示し, その準 拠法を改めて決定する必要があることを説明しなければならない。 その点において, 新たな準 拠法決定をしないという本問題準拠法説を仮に主張するのであれば, それ相当の説明が必要と なる。 - 40 - 新たな準拠法決定については, 法廷地国際私法説や準拠法所属国国際私法説, さらに, その 折衷説があるが, 法廷地国際私法説を傍論ながら明確に採用した最高裁判決(最判平成12年 1月27日民集51巻1号1頁)の存在には言及すべきである。 新たな準拠法決定においていずれの説に立つにせよ, 本問では, 出生によらない, すなわち 再婚による親子関係の成否が問われているところ, 法廷地の国際私法にも本問題準拠法所属国 (本問では甲国)の国際私法にも, それに関して直接規律する条文は存在しない。 法廷地の国 際私法, すなわち法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。 )に則して言えば, 嫡出 性に関する準拠法は通則法第28条と通則法第30条が規定しているが, 前者は出生を前提に, 後者は準正要件の完成を前提にしている。 これら以外に嫡出性に関する条文はない。 このため, いずれかの条文を類推適用して準拠法を決定することになる。 「その他の親族関係等」に関す る準拠法を定める通則法第33条を適用する考え方もあり得る。 いずれにしろ, 自らの論拠を 示し, 既存の条文を適用ないし類推適用する形で準拠法決定をしなければならない。 その上で 決定された準拠法を正しく適用し, 結論を導き出すことが求められる。 本問題準拠法所属国の 国際私法による場合も, 基本的には, 同様の構造になる。 ちなみに, 前記最高裁判決は, 法廷地国際私法説に立つことを明言した上で, 出生以外の事 由により嫡出性を取得する場合の嫡出親子関係の成立については, 通則法第28条の前身規定 である平成元年改正前法例第17条を類推適用して, これを判断している。 〔設問2〕は, 時際法の問題である。 法の抵触には, @地域的な法の抵触, A人的な法の抵 触, 更にB時間的な法の抵触がある。 @を解決する法規が国際私法であり, Aを解決する法規 が人際法であり, Bを解決する法規が時際法である。 設例では, 相続の準拠法として指定された甲国法につき法律改正が行われ, AとDが再婚し た当時にはその再婚によりDC間に親子関係が成立するとする法律が存在していたのに対し て, Dが死亡した時にはその条文が廃止されていた。 しかも, 当該条文でそれまで成立してい た親子関係がこの改正により遡って廃止されるという経過措置が, 甲国内でとられていた。 こ のような場合, 日本の裁判所は, 新法と旧法のいずれを適用すべきか。 これが問われている点 である。 通説的な理解によれば, 時間的な法の抵触を解決する時際法は, 場所的な法の抵触を 解決する国際私法とは性質を異にし, それは実質私法秩序内の, すなわち準拠法国内の問題で あるとされる。 本問に即していえば, 新法と旧法のいずれを適用するかは甲国の国内法上の問 題と考え, 改正時の甲国の経過規定によって決せられることになる。 これに対して, 国際私法 と時際法の抵触法としての共通性を強調して, 準拠法所属国の時際法によることを原則としつ つも, 例外的に法廷地時際法の適用を認める少数説が存在している。 通説, 少数説いずれの立 場に立つにせよ, こうした法適用の構造を明らかにし, 自らの結論を述べることが求められる。 〔設問3〕は, 法律関係性質決定の問題である。 ここでは, 相続人が他の共同相続人の同意 を得ることなくその持ち分を売却した行為の有効性が問われている。 そこで, この問題を判断 する準拠法を決定する必要があり, それは, この問題をいかなる単位法律関係の問題と考える かによって決定されることになる。 この設例も, 最高裁判決(最判平成6年3月8日民集第4 8巻3号835頁)に基づいて作られている。 ここでも判例の存在への言及が求められる。 こ の最高裁判決は, この問題を相続の問題と法性決定しながら, 「取引の安全」という考え方を 持ち出して, 結局, 日本法を適用してその有効性を認めている。 同判決の存在に加えて, その 考え方等についても説明をしていれば, 更に評価されよう。 ここでは, この問題を相続の問題と性質決定して, 法の適用に関する通則法第36条により 導き出される準拠法により解決する立場, この問題を物権変動の問題として通則法第13条第 2項による準拠法により解決する立場, さらに, これら2つの準拠法をいずれも適用する立場 (その中でも, これらを累積的に適用する立場と配分的に適用する立場に分かれる)等に分か れる。 いずれの見解に立つにしろ, 自説を適切に述べるとともに, 他説との違いを明らかにし, - 41 - 結論を明示する必要がある。 〔第2問〕 本問は動産の消費者売買とその動産の物権変動をめぐる事案を素材として, 国際私法と国際民事 手続法に関する基本的理解とその応用力を問う出題である。 〔設問1〕は, 消費者契約に関する訴えの国際裁判管轄権とその準拠法の決定について問うもの である。 小問1は前記訴えに関する国際裁判管轄権についての問題である。 まず, 民事訴訟法(以下「民訴法」という。 )第3条の2による管轄権の有無について触れるこ とが求められる。 これは最も原則的な管轄原因を定める規定だからである。 同第1項に定める被告 の住所は日本にはないので同条による管轄権はない。 次に, 民訴法第3条の4第1項の適用が問題となる。 同条の趣旨について説明した上, Xの「消 費者」該当性とYの「事業者」該当性について検討すべきである。 いずれも肯定されるので同条同 項に該当することが肯定される。 さらに, 民訴法第3条の9について検討することが求められる。 問題文でYの日本との関係の薄 さを特に詳しく記しているのは, そのような意味を含んでいる。 本条は極めて限定的に適用すべき であるとの説もあり, そのような立場を採ることも当然認められるが, その場合でも, 本条に全く 触れないのでは解答者が本条についてどのような立場を採るのかがわからない。 まず, 民訴法第3 条の9の趣旨について, 又は, これを限定的に運用すべきか否か(一般的に論じても, 特に民訴法 第3条の4第1項の場合について論じてもよい。 )について論じることが望ましい。 次に本件にお ける「応訴による被告の負担」と「証拠の所在地」について具体的に検討した上で結論を出すこと が求められる。 小問2は, 本件売買契約の準拠法の決定について判断を求めている。 まず, 法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。 )第7条による指定があるかどうかに ついて触れなければならない。 明示の合意はなく, また, 「特定の国の法の条文への言及もなく, 特定の国の法に特有な法律用語も使われて」おらず, その他黙示の意思を推定させる事情もないの で, 黙示の合意も存在しないと解されよう。 次に通則法第11条の適用が問題となる。 まず, 同条の趣旨を説明した上, 本件売買契約の「消 費者契約」該当性について記述すべきである。 それは肯定されるので, 次に同条第6項第1号本文 又は同項第2号本文の適用が問題となる。 同項全体又は同項第1号本文若しくは同項第2号本文の 趣旨について説明した上, 同項第1号本文又は同項第2号本文への当てはめを行うことが求められ る。 同項第1号本文又は同項第2号本文に該当するので, 通則法第11条は適用されず, 原則に戻っ て通則法第8条によることとなる。 同条第2項の趣旨について述べた上で同項への当てはめを行う ことを要する。 そして, 同項が同条第1項の最密接関係地法の推定規定であることを説明すること, または, 本件では推定は覆されないことの指摘が求められる。 〔設問2〕は, 当事者間における物権の得喪に関する準拠法の指定とその当てはめを問うも のである。 まず, Yは, 本件売買契約を成立させながら, 本件絵画について所有権が移転していないこ とを主張しているから, Yがなお本件絵画の所有権の帰属主体であるのか, あるいはその所有 権はいずれかの準拠法の規定によりXに移転済みであるのかが問題となる。 通説的な理解に従えば, 物権の得喪に関する通則法第13条第2項の適用によって, 本件絵 画の所有権の移転に関する準拠法の有無を明らかにした上で, その適用により本件絵画の所有 - 42 - 権はXに移転済みであるのか否かを判断しなければならない。 通則法第13条第2項は, 同条第1項と異なり, 単純に目的物の所在地法を準拠法とするの ではなく, 物権の得喪に関する準拠法を「原因となる事実が完成した当時におけるその目的物 の所在地法」として, ある特定の時点のものとしている(不変更主義)から, その適用に当た っては, この点を考慮することが求められる。 すなわち, Yは, 口頭弁論終結時(現時点)に おける本件絵画の所有権の帰属主体であることを主張しているが, そうであるからといって直 ちに目的物(本件絵画)の現時点の所在地法がいずれの法であるかを探求するのではなく, 問 題とされる物権の得喪の「原因となる事実」に着目し, それが「完成した当時」がいつである のかを検討する必要がある。 Yは, 本件絵画の引渡しがなされていないことを理由として, 本 件絵画の所有権確認の訴えを提起しているから, まずはYの主張の前提である甲国法が通則法 第13条第2項により本件絵画の所有権の移転に関する準拠法となるのか否かが問われること になる。 しかし, 本件絵画は, 甲国法により所有権の移転に必要とされている引渡しが未了であるか ら, 甲国法によっては, 本件絵画の所有権の移転の「原因となる事実」はまだ完成していない ことになる。 すなわち, 甲国法によると, 本件絵画の所有権の移転の「原因となる事実が完成 した当時」は未到来であるから, 甲国法は, 通則法第13条第2項の要件を充たさず, よって 本件絵画の所有権の移転に関する準拠法とはならない。 このように, 通則法第13条第2項は, ある法が物権の得喪に関する準拠法になるか否かを決定するために, その法によって物権の得 喪の原因となる事実が完成したといえるかどうかについての検討を求めるという構造を有して いる。 したがって, 甲国法を準拠法とした上で本件絵画の所有権がXからYに移転していない という帰結を導くのではなく, 通則法第13条第2項のこのような構造を理解した上で, 甲国 法がそもそも本件絵画の所有権の移転に関する準拠法にはならないという結論に至る論理過程 を示すことが期待されている。 次に, 本件絵画の所有権の移転に関する準拠法は他に存在しないか否かを検討することが求 められる。 しかるところ, 本件絵画は, 所有権確認の訴えの口頭弁論終結時において, 公海上 を航行中の船舶に積載されているから, その目的物所在地には法が存在しない。 そこで, この ような移動中の物についていかなる取扱いをするかが問われることになる。 移動中の物については, その仕向地法を目的物所在地法とする理解が一般的であるが, 〔設 問2〕においては, その根拠を説明した上で, 通則法第13条第2項に基づき, 仕向地法であ る日本法(民法第176条)によって本件絵画の所有権の移転の「原因となる事実が完成した 当時」がいつなのかを検討し, それによって日本法がその「当時の目的物所在地法」として本 件絵画の所有権の移転に関する準拠法となるのか否かについて判断することが求められる。 そして, 民法第176条が適用されるのは, 早くても本件絵画が移動中の物になってからで あり, X及びYは, それ以後, 同条の定める所有権の移転に関する意思表示をしていないと考 えると, 本件絵画の所有権の移転の「原因となる事実」は存在しないから, 日本法は, 通則法 第13条第2項の要件を充たさず, したがって本件絵画の所有権の移転に関する準拠法にはな らないことになる。 そうすると, 本件絵画についてYからXへの所有権の移転を認める準拠法 は存在しないことになり, Yの請求は認容されるという帰結が導かれる。 他方, 民法第176条は, 物権の移転に関する当事者の意思表示がどの時点でされたかを問 題にしていないと考えると, 本件売買契約は, 本件絵画が甲国に所在する時点で有効に成立し ていたから, 本件絵画が移動中の物となったか, 又は遅くとも積載された船舶が甲国の領海か ら公海上に達し, 仕向地法である日本法が適用されるようになった時点で, 本件絵画の所有権 の移転の「原因となる事実」は完成したと評価することも可能である。 そうすると, 日本法は, 通則法第13条第2項にいう「原因となる事実が完成した当時におけるその目的物の所在地法」 として本件絵画の所有権の移転に関する準拠法となるから, 民法第176条が適用され, 本件 - 43 - 絵画の所有権はYからXに移転済みであるとしてYの請求は棄却されるという帰結が導かれ る。 これらの考え方は, 民法第176条の解釈とも関係し得るが, 解答者は, 自らの見解を説得 的に論述した上で, いずれかの結論に至ることが期待されている(以上は物権の準拠実質法に よるとの立場を前提としたものであるが, その他, これは国際私法の解釈問題であるとの立場 もあり, その立場によってもよい。 )。 以上の通説的な理解とは異なり, 国際私法上債権行為と物権行為を区別する必要はないとし て, 法律行為の当事者間では, 物権の得喪の問題も通則法第7条以下の法律行為の準拠法によ るべきであるとする説もある。 この説に立つ場合, 上記の通則法第13条第2項により準拠法 を指定する説からの考えられる批判に配慮しながら自説の根拠を示した上で, 通則法第7条以 下の適用により準拠法を指定することになる。 XY間の本件売買契約は有効に成立しているか ら, X及びYが本件売買契約に関して準拠法を選択したか否か, 準拠法の選択がないとするな らば, 通則法第8条以下で最密接関連地法を指定することになるが, 〔設問2〕では甲国に常 居所を有しているYが特徴的な給付を行うこととされていることを的確に示すことが求められ よう。 その上で, 甲国法を準拠法として当てはめを行うと, 本件絵画については所有権がYか らXに移転していないということになり, Yの請求は認容されるという帰結が導かれる。 以上のとおり, 〔設問2〕では, 問題文の条件を踏まえて, 物権の得喪に関する通則法第1 3条第2項の構造を理解していることを示し, あるいは物権の得喪の問題であっても通則法第 7条以下が適用されることを説得的に示した上で, Yの請求の成否を明確に論じることを要す る。 - 44 -