【公法系科目】 〔第1問〕 本年の問題は,虚偽の表現の規制の可否を問うものである。問題文にもあるとおり,また, 報道などでも知られるとおり,フェイク・ニュースは,各国で様々な課題を生じ,対応が模 索されている現代的な問題であり,新たな技術的な展開が事態を深刻化させている側面があ る現象である。しかし,その規制は,内容規制という古典的な表現の自由の問題であり,ま た,本問の規制は,表現の削除という強力な制限の問題でもある。表現の自由の保障の意義 という基本に立ち返った検討が求められる。 虚偽の表現,とりわけ虚偽と知ってなされるものについては,そもそも表現の自由の保障 範囲に入らない,あるいは,保障の範囲に入っても,保障の程度が低いという議論もあり得 なくはない。その点について論じる際には,そのように考えることに問題はないか,また, そのような考え方は先例に基づいたものといえるかといった点も考察する必要があろう。さ らに,虚偽ではあっても種々の観点から有益な表現も様々に考えられることや,真実は誤り と衝突することによってより明確に認識されるのだから虚偽の言明ですら公共的な議論に価 値のある貢献をするものだ,という考え方もあり得ることにも留意が必要である。 立法措置@については,具体的状況によっては虚偽か真実かの判定が難しい場合が相当あ るという意味において不明確ではないか,処罰の範囲が広すぎ過度に広汎ではないか,とい った点について検討することが求められる。目的が極めて重要な公共の利益といえるか,問 題文に示されている混乱の事例をどのように評価するか,対抗言論や報道による検証などが 優先されるべきではないか,他の規制方法が考えられ必要最小限度のものに留まっていると は言い難いのではないか,訴追は公平になされるかといった点についても同様であろう。 その際には,立法措置@が,特定の人の社会的評価や業務とは無関係の規制であり,あり とあらゆる表現が,虚偽であるというだけで,規制の対象となるため,政治的に激しい争い のある事柄や,歴史的・学問的な事柄まで対象となり,真実性の判断が難しいものとなり得 ることに留意が必要である。立法措置@が認められるとなると,あらゆる領域について,何 が真実かを,刑事責任を問うことで問題にできるということになり,恣意的な訴追を通じて, 全て真実は政府が決めるということになりかねないという懸念もある。これらの点を踏まえ た上で,立法措置@について検討することが求められる。 次に立法措置Aについて,ここでは,削除義務を課されるという形で直接に制約の対象と なっているのは,SNS事業者の自由であるとともに,削除されるという形で制約されてい るのは個々の発信者の表現の自由であることを適切に分析することが必要である。SNSの 特徴である拡散性が,SNSのみを規制の対象として取り上げることを正当化するかどうか が論じられる必要もある。SNS事業者が私的な検閲の主体となるおそれについても論じる ことは不可能ではなかろう。 立法措置Aについては,選挙の公正ということの明確性が問題になるかもしれない。その 場合,合憲限定解釈の可能性も含めて検討することがあり得る。立法措置Aを,内容中立規 制とする見解があるかもしれない。しかし,内容規制と,時・場所・方法の規制のような内 容中立規制が組み合わされたときに,直ちに内容中立規制と評価することは問題がないか, 検討が必要であろう。選挙に関する表現をどのように位置付けるべきかについては,国際的 に比較しても非常に厳しい我が国の選挙運動規制を合憲とする先例は多数あるが,その評価 を含めて論じることが可能であろうし,それらの選挙運動規制と本問を区別することも可能 であろう。 立法措置Aは,表現の削除を罰則をもって強制するという強力な規制であるので,検閲や 事前抑制の原則的禁止の法理との関係を問題にすることも可能である。ただ,その際には, 立法措置Aによる規制によって,発表が禁止されている訳ではなく,一旦発表されたものの - 1 - 削除が命じられていることに留意が必要である。また,選挙の公正は,仮処分による差止め で保護される名誉権のような人格的権利ではなく,この点についての分析も必要であろう。 一旦表現されたものの削除が命じられるという点では,検索結果の表示の削除が問題とな った事案も参考になり得よう。比較衡量的な枠組みを提示しつつ,要件が満たされているこ とが「明らか」なことを要求する判例の立場から見た場合,立法措置Aの要件が十分に限定 されたものになっているか否かを検討することになろう。 ただ,その場合であっても,立法措置Aが,司法手続ではなく行政手続によるものである こと,さらに,行政手続法の事前手続や理由提示の制度が適用除外とされていることをどの ように評価するかが問題となり得る。人格権侵害を理由に仮処分で差止めを認める場合,少 なくとも審尋が必要とされているが,要件が充足されていることが明白である場合には例外 が認められている。行政手続の適正性の要求を憲法上どのように位置付けるかを踏まえつつ, これらのこととの関係をどう理解するかを論じることが必要となろう。 選挙は公共性が高く,迅速な対応が必要だとはいい得るが,誤って削除された場合には公 益が大きく害される。より制限的でない手段の検討が必要である。選挙に際してのSNSが 問題であるというのであれば,SNS事業者に自主的な削除手続を定めることを義務付け, これについての報告義務を課すという方法も考えられる。ただ,この場合には,上に述べた 私的な検閲のおそれは増大するかもしれない。また,とりわけSNS上のフェイク・ニュー ス記事の拡散が,出所の不透明な資金に支えられていることが問題であるというのであれば, 政治資金規制を及ぼして,資金の流れの透明化を義務付けることも考えられる。このような, 諸外国・地域で実施・検討されている他の方法が有益ではないか,といったことも論じるに 値する。 以上のような諸点についての検討を踏まえ,自らの示した判断枠組みの中で適切に結論を 導くことが求められている。 〔第2問〕 本問は,新たな市道(以下「本件道路」という。)の整備のために,C市が,土地収用法(以 下「法」という。)に基づいて,Aの土地(以下「本件土地」という。)を収用しようとした場 合に生じる法的な問題について,検討を求めるものである。土地収用の手続きは,事業認定(法 第20条),収用裁決(法第47条の2)といった段階を踏んで進められていくが,本問にお いては,このような土地収用手続の過程を理解して検討することが求められている。 本問では,C市を起業者として行われた事業認定(以下「本件事業認定」という。)やAに 対する権利取得裁決(以下「本件権利取得裁決」という。)はいずれも出訴期間を経過してお り(行政事件訴訟法第14条),Aはこれらの処分に対して適法に取消訴訟を提起して争うこ とはできない。もっとも,本件権利取得裁決については,例外的に「正当な理由」が認められ るとして,取消訴訟を提起することができる場合も考えられ,論じられるべき第1の問題は, 仮に,行政事件訴訟法第14条における「正当な理由」が認められ,本件権利取得裁決に対す る取消訴訟(以下「本件取消訴訟」という。)を適法に提起することが可能であるとした場合, Aは,本件取消訴訟において,本件事業認定の違法を主張することができるかである(設問1)。 論じられるべき第2の問題は,本件権利取得裁決に対して無効確認訴訟を提起した場合(行政 事件訴訟法第3条第4項),Aに,無効確認訴訟の原告適格が認められるかどうかである(設 問2(1))。最後に,論じられるべき第3の問題は,本件事業認定に裁量の範囲を逸脱又は濫 用した違法が認められるかどうかである(設問2(2))。以上の点について,資料を踏まえて 論じることが求められている。 〔設問1〕は,いわゆる違法性の承継に関する問題であり,本件事業認定の違法性を本件取 消訴訟において主張することが許されるのかが問われている。法における事業認定の違法性が - 2 - 収用裁決に承継されるかについては,様々な裁判例や学説が見られるところであり,必ずしも 見解の一致が見られるとは言い難いが,本問においては,単に違法性の承継に関する一般的な 考え方を示すのみではなく,最判平成21年12月17日民集63巻10号2631頁等を参 考に,法に沿って,具体的に検討することが求められている。すなわち,法においては,事業 認定と権利取得裁決が段階的に行われること,事業認定と権利取得裁決の目的に共通性が認め られること,土地所有者らに対して様々な手続きが法によって整備されていること等を踏まえ て,事業認定と権利取得裁決の違法性の承継の有無を検討することが求められている。 〔設問2(1)〕では,本件権利取得裁決に対する無効確認訴訟の訴訟要件が問われている。 本件事業認定に無効の瑕疵が認められ,本件権利取得裁決も無効であるとすると,本件権利取 得裁決に対して,無効確認訴訟(行政事件訴訟法第3条第4項)を提起することが考えられる が,無効確認訴訟の訴訟要件として,行政事件訴訟法第36条の原告適格の有無を検討する必 要がある。行政事件訴訟法第36条は,無効等確認訴訟の原告適格につき,「当該処分又は裁 決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求 めるにつき法律上の利益を有する者で,当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前 提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り,提起 することができる」としているが,本問においては,「当該処分若しくは裁決の存否又はその 効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないも の」という要件に絞って,Aに無効確認訴訟の原告適格が認められるのかを検討することが求 められている。 本件事業認定やそれに基づく本件権利取得裁決に無効の瑕疵があるとすると,Aは,自らの 所有権を保全するため,C市に対して,土地所有権確認請求や本件土地の移転登記の抹消登記 請求といった争点訴訟(本件権利取得裁決が無効であることを争点とする民事訴訟。行政事件 訴訟法第45条)で争うことが可能と考えられる。このとき,Aが,これらの争点訴訟を提起 することが可能であるとしても,それだけで,「目的を達することができない」として,無効 確認訴訟を提起できるのかを論じる必要がある。争点訴訟には,無効確認訴訟の判決と異なり, 判決に拘束力が認められないこと,他方で,事業認定から1年を経過している場合には事業認 定の効力が失効する(法第39条第1項)ため,拘束力が認められなくてもAの目的を達する ことはできるのではないかといったことや無効確認訴訟の判決に第三者効が認められるのか等 を踏まえて,検討することが求められる。 以上のような行政事件訴訟法第36条の原告適格に関し,Aによってどのような主張がなさ れるのか,また,原告適格は認められるのかを,B県からの反論を踏まえて,論理的に検討す ることが求められている。 〔設問2(2)〕では,上記の無効等確認訴訟が適法に提起できるとした場合,本件事業認定 の違法性につき,法第20条第3号の「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するも のであること」に関して,Aが,どのような主張が可能かを検討することが求められている。 法第20条第3号の要件は,法第1条の目的規定を参照すると,行われる事業によって増進さ れる公共の利益と,土地収用によって失われる利益の比較衡量によって判断されると考えられ るが,法第20条第3号がある程度概括的に定められていることや,公共事業に土地収用が必 要とされるかどうかについては,種々の事情を総合的に考慮した判断が伴うことから,法第2 0条第3号の要件該当性の判断には,行政庁に一定の裁量が認められると考えられる。したが って,本問では,本件事業認定が,このような裁量の範囲を逸脱濫用したものであるとして違 法となるかどうかが検討されるべき点である。また,本件事業認定に無効の瑕疵があるかが問 題とされることから,単なる違法ではなく重大かつ明白な瑕疵が必要とされることとなるが, 本問では,重大性や明白性については検討する必要はない。 まず,本件事業認定に関しては,本件道路の設置によって得られる利益として考えられるの - 3 - は,事業認定に付された理由によると, 「道路ネットワークの形成」, 「通行者の安全性の確保」, 「地域防災性の向上」の3点である。これらのうち,「道路ネットワークの形成」という利益 が生み出されることや本件道路の整備による騒音等の不利益が軽微かどうかについては,本件 事業認定においては,平成22年調査に基づいて判断がされている。Aの立場からは,平成元 年調査と比して,通行量の予測が異なる平成22年調査に基づく判断の妥当性や信頼性が論じ られるべきこととなる。また,利益衡量の対象とされているが,土地収用によって喪失する利 益として,Aの立場からは,本件土地周辺の地下水や防災用の井戸への影響,本件土地の自然 環境への影響が十分に考慮されていないのではないかという点が指摘されよう。また,小学校 への騒音を防止するために,本件道路のルートが決定されているが,その際,本件土地の自然 環境については考慮されておらず,考慮されるべき事情が考慮されていないのではないか,と いった点についても検討することが求められている。 【民事系科目】 〔第1問〕 本問は,民法の幅広い分野から,民法の基礎的な理解とともにその応用力を問うものであ り,当事者の主張を踏まえつつ法律問題の相互理解や事案の特殊性を論理的に分析して自説 を展開する能力が試されている。 設問1は,建物新築請負契約に基づき請負人が工事を完了して,注文者所有土地上に建物 を完成させたが,引渡しは未了の段階における当該新築建物の所有権の帰属と,所有権の帰 属先とされることに伴う責任を問うものである。新築建物の所有権の帰属は,多数の関連判 例(大判明治37年6月22日民録10輯861頁,大判昭和18年7月20日民集22巻 660頁,最判昭和44年9月12日判例時報572号25頁,最判昭和46年3月5日判 例時報628号48頁等)がある典型的な論点であるが,これを中心としつつ,物権法,契 約法,不法行為法にまたがる複数の制度・規定についての検討を求めることを通じて,民法 の基本的な理解と事案に即した論理展開能力が問われている。 設問1の前半では,新築建物の引渡し前の所有権の帰属が問題となるが,その前提として, 建物は,その敷地とは別個独立に所有権の客体となることを確認する必要がある。 その上で,建物新築請負契約の当事者間に所有権の帰属についての合意があれば,契約自 由の原則により,その合意に従って所有権の帰属が決定されることとなる。これに対し,そ の合意がない場合における新築建物の引渡し前の所有権の帰属については,いわゆる請負人 帰属説と注文者帰属説とがあり,これについて論ずる必要がある。前記の判例は請負人帰属 説に立っていると理解されているが,その規律内容を知識として有しているだけではなく, 根拠を正確に理解していることが求められる。請負人帰属説と注文者帰属説のいずれの立場 によっても構わないが,自己の採用した立場から一貫性のある法律構成をすることが必要で ある。 請負人帰属説に立つ場合には,新築建物の所有権の帰属について特段の合意がない場合に は物権法の原則が妥当し,材料の所有権が積み上げられて完成した建物となることなどの理 由から,材料の全部又は主要部分の提供者が誰かによって所有権の帰属が決せられることを 原則としつつ,例外則として,注文者が代金の支払をしていたときは注文者が所有権を取得 することを論ずべきことになる。 本問では,材料はその全部を請負人が調達して提供しており,本件事故時において建物は 既に完成しているが,代金は8割が支払済みであるという事情がある。上記の代金支払によ る例外則の内容については,定式として,全額の支払を必要とする考え方と,大半が支払済 みであればよいとする考え方とがあるが,いずれの定式によるのかを明確にしつつ,それと 整合的な理由の提示が求められる。 - 4 - 例外則の根拠については,大別して,材料の提供の実質に求める考え方と,当事者の 黙示の合意に求める考え方とがあり得る。 上記の考え方は,材料の全部又は主要部分の提供者がいずれであるかによって決せられ るという原則に照らして,代金の全額又は大半が支払われているときは,注文者が材料の原 資を出しているといえるから,注文者が材料の提供者と考えることができるとする。この考 え方によれば,「大半」といえるかどうかは,支払われた代金が材料の全部又は主要部分の費 用に相当するかどうかが判断基準となり,この観点から,本問の事実の評価がされることに なる。 上記の考え方からは,請負契約は,注文者が仕事の結果に対して報酬を支払うものであ るから,代金の全額が支払われた以上,仕事の結果である建物の所有権は注文者が取得する というのが両当事者の合理的意思であると考えられ,このような両当事者の意思(黙示の合 意)を基礎として,全額支払済みの場合に例外則を発動させるとする見解が導かれ得る。 他方で,大半の支払の段階でも,注文者は,建物を取得するために契約をしたのであるか ら所有権を取得することができると考え,請負人も,報酬確保について懸念がなければ所有 権を保持する利益がなく,所有権を注文者に取得させることに異存はないのが通常であると も考えられる。そこで,このような両当事者の意思(黙示の合意)を基礎として例外則を発 動させるとする見解も導かれ得る。この見解によれば,報酬確保として懸念のない状態にあ るかどうかが判断基準となり,この観点から,本問の事実の評価がされることになる。 以上に対し,注文者帰属説に立つ場合には,判例が採用していると考えられる請負人帰属 説の内容を示してこれを批判し,注文者帰属説を採用すべき理由を論ずることが求められる。 注文者帰属説による場合には,注文者への帰属を排除する特段の合意がない限り,甲建物は 注文者Aに帰属すると結論付けることになる。 なお,所有権の帰属の決定に当たっては,前記のとおり,契約当事者の合意がまず基準と なるところ,請負人帰属説か注文者帰属説かの対立に触れることなく,本問における契約内 容,特に代金分割支払の合意内容等を詳細に分析・評価し,所有権の帰属についての(黙示 の)合意を認定するという構成も妨げられるものではない。 設問1の後半は,注文者Aが甲建物の所有者であると仮定し,請負人Bが甲建物を占有し ている中でのAの土地工作物責任(民法第717条第1項ただし書)を論じさせることを通 じて,土地工作物責任に関する基本的な理解と事例に即した法適用能力を問うものである。 建物が土地工作物に該当することには異論がないと考えられるが,設置又は保存の瑕疵に ついては,土地工作物が通常備えるべき安全性を欠くことを意味することを指摘した上で, 本問の事実関係のもとでの評価を示すことが求められる。甲建物は,震度5弱の地震に対す る強度を備えておらず一部の損傷を生じているが,このような建物は,通常備えるべき安全 性を備えていたとはいえず,設置の瑕疵があったといえる。 また,設置の瑕疵によってCを負傷させ,治療費の支出を余儀なくさせているから,損害 の発生,因果関係が認められることを指摘する必要がある。 甲建物は,引渡し前であり,請負人Bの管理・支配下にある。民法第717条第1項の「占 有者」の概念については争いがあるが,本問の場合は,いずれにしてもBが占有者に該当す るため,占有者概念を詳述する必要はない。 所有者Aが土地工作物責任を負うか否かについて最も問題となるのは,占有者であるBが 損害発生の防止に必要な注意を尽くしたかである。占有者の必要な注意とは,その種の占有 者として通常尽くすべき注意を意味するが,このことを明らかにした上で,本問の事実を評 価することが求められる。 【事実】5のとおり,甲建物の「瑕疵」は甲建物に用いられた建築資材の欠陥によるもの であるが,この資材は定評があり,多くの新築建物に用いられていた。欠陥品が甲建物に用 - 5 - いられることになったのは,製造業者において検査漏れがあり,流通経路を経て,たまたま 甲建物に用いられたという事情による。しかも,この事情は,本件事故を契機とした調査が 行われて初めて明らかになっている。これらの事情からすれば,Bとして,逐一建築資材の 強度を個別に検査することまでは要求されず,損害の発生の防止に必要な注意をしたと評価 されよう。 これに対し,占有者の注意義務を高度なものとしてとらえ,実質的には無過失責任に近い ものとして考える場合には,異なる結論を導く余地があるが,その場合には,そのような捉 え方をすべきことを説得的に展開することが求められる。 また,以上と異なり,設置・保存の瑕疵について,通常備えるべき安全性を確保すべき義 務に違反したことをいうとする立場を採用することも妨げられないが,その場合には,その ような立場に立脚すべき根拠を丁寧に,かつ,説得的に展開する必要がある。 設問2は,不動産の賃貸借から将来生ずべき賃料債権の譲渡がされた場合において,譲渡 人がその不動産を売却し,賃貸人の地位が新所有者に承継されたときに,将来賃料債権譲渡 の効力はその承継後の賃貸借から生ずる賃料債権に及ぶかを問うものであり,基本的事項に 関する知識とこれを踏まえた論理的思考力が試されている。 この問題に関連する判例として,最判平成10年3月24日民集52巻2号399頁があ るが,将来賃料債権の差押えの効力が発生した後に,賃貸借の目的不動産が譲渡され,それ により第三者が賃貸人の地位を承継したとしても,その第三者は,当該不動産に係る賃料債 権を取得したことを差押債権者に対抗することができないとするものであり,本問のように, 私人間の契約によって将来賃料債権が譲渡された後に賃貸借の目的不動産が譲渡された事案 についての判例はない。 本問では,第三者対抗力を備えた将来賃料債権譲渡がされた場合において,賃料債権を生 ずべき賃貸借の目的不動産が譲渡されたときに,将来賃料債権譲渡と目的不動産の譲渡のい ずれの効力が優先すると考えるべきかを,種々の事情を考慮しながら検討することが求めら れる。 下線部は,賃貸借の目的不動産の譲渡の効力が優先するとするものである。Hとしては, これを根拠付けるために,Hが乙建物の所有者となったことによりEに対する賃貸人となっ たことを主張すると考えられる。 これに関する確立した判例法理を前提とするならば,本問では,DH間の合意による賃貸 人の地位の承継(以下「合意承継」という。),Hが乙建物を取得したことによる賃貸人の地 位の当然承継(以下「法定承継」という。)のいずれも成り立つ(合意承継につき,最判昭和 46年4月23日民集25巻3号388頁。法定承継につき,大判大正10年5月30日民 録27輯1013頁等)。これらの判例法理と異なる考え方を採る場合には,判例法理を示し, その問題点を挙げ,採用すべき他の考え方を理由とともに示す必要がある。なお,判例法理 に従う場合も,合意承継と法定承継との要件の違いを意識した論述が求められるとともに, 合意承継については,契約上の地位の移転の一種であるにもかかわらず賃借人の同意を要し ない理由を,法定承継については,目的不動産の所有権の移転により賃貸人の地位が当然に 移転する理由を示すことが望ましい。 下線部は,将来賃料債権譲渡の効力が優先するとするものである。下線部が正当とさ れるためには,本件譲渡契約が有効であり,かつ,Fがその契約による将来賃料債権の取得 を第三者に対抗することができることが必要である。 将来債権を譲渡する契約は,譲渡の目的とされる債権が特定されている場合には原則とし て有効であるとしつつ,例えば,その将来債権譲渡が,あまりに長期にわたる包括的なもの であり,譲渡人の営業活動等に対して過度の制限を加え又は他の債権者に不当な利益を加え るものであると見られるなどの特段の事情があるときは,公序良俗違反などのため全部又は - 6 - 一部が無効になることがある,とするのが判例である(最判平成11年1月29日民集53 巻1号151頁)。また,判例は,将来債権譲渡について第三者対抗要件を具備するためには, 指名債権譲渡の対抗要件(民法第467条第2項)の方法によることができるとする(最判 平成13年11月22日民集55巻6号1056頁)。 以上の判例に従う場合,本件譲渡契約は,「本件賃貸借契約による平成28年9月分から平 成40年8月分までの賃料債権」(【事実】8)と譲渡の対象が特定されており,譲渡期間は 12年と比較的長期であるものの,この一事をもって公序良俗に反するとまではいえないか ら,有効であると認められる。また,本件譲渡契約による将来賃料債権譲渡について, 【事実】 8のDからEに対する内容証明郵便による通知をもって,第三者対抗要件が具備されている。 したがって,Fは,本件譲渡契約による将来賃料債権の取得を第三者に対抗することができ る。 上記を前提として,下線部と下線部のうちいずれが正当であるかを考えるべきことに なるが,その際には理論的な理由と結論の妥当性の観点からの理由を共に挙げることが必要 である。 下線部を正当とする理論的な理由としては,本件譲渡契約における譲渡の対象は将来「債 権」であり,譲渡人Dは,自己が取得すべき債権を処分することはできるが,他人が取得す べき債権を処分することはできないから,本件譲渡契約の効力は,Hが取得する賃料債権に 及ばないとすることなどが考えられる。また,結論の妥当性の観点からの理由としては,将 来債権譲渡は,もともと将来の債権の発生という不確実な事実に効力をかからせるものであ り,賃貸借の目的不動産の譲渡により将来賃料債権の譲渡人(D)が取得すべき賃料債権が 発生しなくなることは,当然想定される事態の一つであってやむを得ないことや,将来賃料 債権の譲受人(F)が権利を失うことになる不利益は,将来賃料債権譲渡の契約の当事者(D 及びF)の間で解決されるべき問題であることなどが考えられる。 これに対し,下線部を正当とする理論的な理由としては,本問における将来賃料債権の 譲渡は,本件賃貸借契約から将来生ずる賃料債権を譲渡の目的とするところ,Hは本件賃貸 借契約における賃貸人の地位を承継するのであり,Hの下で生ずる賃料債権も本件賃貸借契 約から生ずるものであるため,本件譲渡契約の効力がなお及ぶと考えられることなどが挙げ られる。また,結論の妥当性の観点からの理由としては,賃貸借の目的不動産を譲り受けよ うとする者は,賃借人への照会その他の調査により,将来賃料債権譲渡がされた事実を知る ことが通常可能であり,実際,本問においてHは本件譲渡契約がされたことを知りつつ本件 売買契約を締結しているから,目的不動産(乙建物)の譲受人(H)が不測の不利益を受け ることにはならないことや,下線部を正当とすると将来賃料債権譲渡の効力が賃貸借の目 的不動産の譲渡により容易に失われるため,将来賃料債権譲渡の有用性が著しく損なわれて しまうことなどが考えられる。 下線部と下線部のいずれを正当としてもよいが,解答に当たっては,それぞれを支え る根幹的な論拠を前提としつつ,他に考慮されるべき事情とその評価について説得的に展開 し,結論を導くことが求められる。 設問3は,いわゆる動機の錯誤による意思表示の無効の要件に関する基本的な理解を問う ものである。 本件債務引受契約の無効の原因となるのは,Hの錯誤による意思表示である。本件債務引 受契約に関するHの錯誤については2通りの捉え方が可能である。 第1に,Hは,本件売買契約によって乙建物の所有権を取得することによりEから本件賃 貸借契約に係る賃料を収受することができるという認識(以下「下線部の認識」という。) の下で本件債務引受契約を締結している。そのため,下線部の認識は,Hにとって,本件 債務引受契約の動機であり,下線部の認識が誤りであるという本問の前提に立つと,Hに - 7 - 動機の錯誤があるということができる。 第2に,【事実】10のAによれば,Hは,Dとの間の本件売買契約によって負う代金債務の 代物弁済として,DのGに対する本件債務を引き受けている。したがって,Hは,Dに対し て代金債務を負うことを動機として,本件債務引受契約に係る意思表示をしたと見ることも できる。この動機は,本件売買契約が有効であることを前提としているが,下線部の認識 が誤りであることによって本件売買契約が無効となれば,HがDに対して代金債務を負って いないことになるから,Hに動機の錯誤があるということができる。 Hの動機の錯誤を上記のいずれと解してもよいが,そのうちの一方が本件債務引受契約の 無効を導くのであれば,その動機の錯誤について論ずる必要がある(他方について論ずる必 要はない。)。いずれによっても無効にならない場合には,両方の動機の錯誤について論ずる 必要がある。 動機の錯誤による意思表示の無効が認められるか,どのような要件の下で認められるかに ついては,種々の考え方がある。 判例は,動機の錯誤の場合,民法第95条は当然には適用されないことを前提として,一 定の要件の下でのみ民法第95条による意思表示の無効を認める立場である。ここにいう「一 定の要件」について,「動機が表示されて法律行為(又は意思表示)の内容になった」ことが 必要であるとする理解が一般的であるが,例えば,動機は表示されたならば意思表示の内容 になったと認められるとする理解などもある。 解答に当たっては,動機の錯誤による意思表示の効力や無効とする場合の要件をどのよう に判断すべきかについて,特定の立場を採ることが求められるものではないが,判例の理解 を踏まえて採るべき立場を理由とともに明らかにし,本問の事実を自説の構成に従って適切 にあてはめることが必要である。 例えば,民法第95条による無効が認められるためには,動機が表示され,かつ,その表 示された動機が当事者の間で法律行為の内容とされたことが必要であるとする立場からは, 次のことを論ずべきことになる。 まず,動機の表示の存否を論ずる必要がある。本件売買契約によって6000万円の代金 債務を負うことが問題とすべき動機であるとする場合には,【事実】10のAから,動機がGに 表示されていたと認められる。これに対し,Hの下線部の認識が問題とすべき動機である とする場合には,そのことがGに明示されているとまではいえないものの,【事実】10におい て,Gは,DとHに対し,乙建物の買主は本件賃貸借契約に係る賃料を収受することができ るという,下線部に相当する認識を述べている。そして,D,G及びHは,Gのこの発言 を受けて本件売買契約の代金額を乙建物の収益性を勘案した額とすること(【事実】10の@), Hが本件売買契約によって負う代金債務の代物弁済として本件債務の弁済を引き受けること (【事実】10のA)を合意していることから,Hが下線部の認識の下に本件債務を引き受け ることが,Gに対し表示されていたと認められる。 次に,その動機が法律行為の内容になったと認められるか否かを論ずる必要がある。その 前提として,「法律行為の内容になる」ということの意味が問題となるが,相手方が意思表示 はその動機を何らかの意味で前提とするものであることを了解していたと認められればよい とする考え方,相手方が意思表示はその動機の存在を前提として効力が認められるものであ ることを受け入れていたといえる必要があるとする考え方などがあり得る。後者の考え方を 採る場合には,その動機が誤っているときには意思表示の効力の前提が欠けることになるか ら,意思表示の無効が原則として認められる。それに対し,前者の考え方を採る場合には, 意思表示が無効となるためには,動機の誤りに加えて,錯誤の重要性が認められなければな らない。これについても,どの立場であってもよいが,採るべき立場の内容と理由を明確に 示すことが求められる。 - 8 - その上で,本問の事実を自説に適切に当てはめることが求められる。Hの下線部の認識 が問題とすべき動機であるとし,かつ,動機の法律行為の内容化につき上記のうち前者の立 場を採った場合を例にとれば,Gは,何らの見返りもなく単なる友人の多額の債務を引き受 けることは通常考えられないこと,下線部の認識に相当することを自らD及びHに述べた 上で【事実】10の三者間合意に加わったことから,Hが下線部の認識を前提として本件債 務引受契約を締結することを了解していたと認められる。そして,下線部の認識が誤りで ある場合,Hは,Dの債務を引き受けることの「見返り」である利益を取得することができ ず,しかもその額は4500万円近くになることから,この錯誤の重要性は明らかであると いうことができる。 これに対し,本件売買契約によって代金債務を負うことが問題とすべき動機であるとする 場合には,G及びHは,【事実】10の@〜Cより,Hがその代金債務を負うことを前提として 本件債務引受契約に応じることを合意したといえるから,Hがその代金債務を負うことが本 件債務引受契約の前提であるとGは了解しており,Hの錯誤の重要性も当然に認められると 説明することも,GはHがDに対する代金債務を負わないのであれば本件債務引受契約は無 効になることを受け入れていたと説明することもできる。なお,この場合には,Hは下線部 の認識が誤りであることにより本件売買契約に係る意思表示の無効を主張することができ るかを,動機の錯誤による意思表示の無効が認められるための要件として自ら示したものに 従って,論ずることが必要になる。 表意者に重大な過失があったときは,表意者は,錯誤による意思表示の無効を主張するこ とができない。本問においても,Hに重大な過失があると認められるか,具体的には,Hが 下線部のように考えたことが重大な過失に当たるかを論ずる必要がある。これについては, 事実を踏まえて結論を示すことが必要であり,その際,次に述べるような検討をすることが 望ましい。 下線部と下線部のいずれが正当であるかは,法の解釈の問題であり,法を正しく解釈 しないことは「法の不知」の一種といえなくもない。仮にそうであれば,「法の不知は保護し ない」という法諺が妥当するとして,Hの重大な過失が認められることにもなり得る。しか しながら,下線部と下線部のいずれが正当であるかについて,判例も一般的といえる解 釈も存在せず,取引社会の構成員として当然に知っているべきであるとはいえない。したが って,下線部のように法の解釈を誤ったことをもってHは保護に値しないとすることは, 適当でないと考えられる。仮にそのように考えない場合であっても,【事実】10からGも下線 部の認識の下に本件債務引受契約を締結したといえることから,GはHと同一の錯誤に陥 っていたと認められ,契約の有効に対するGの信頼は保護に値せず,Hによる意思表示の無 効の主張は妨げられないと解される。 〔第2問〕 本問は,@少数株主による株主総会の招集及び株主提案権の行使(設問1),A買収防衛策 としての差別的な内容の新株予約権無償割当て(設問2),B取締役会設置会社における株主 総会の権限,取締役の株主総会の決議の遵守義務及び取締役の株式会社に対する損害賠償責 任(設問3)についての理解等を問うものである。 設問1においては,乙社が採ることができる会社法上の手段として,少数株主による株主 総会の招集の手続(会社法第297条等)並びに議題提案権(同法第303条)及び議案要 領通知請求権(同法第305条)の行使の手続について説明し,比較検討した上で,論ずる ことが求められる。 少数株主による株主総会の招集の手続並びに議題提案権及び議案要領通知請求権の行使の手 続について比較検討するに当たっては,例えば,下記@からBまでのことについて,言及する - 9 - ことが期待される。 @ 議事運営の主導権 少数株主が臨時株主総会を招集する場合には,少数株主は株主総会の招集等の手続を行うこ とにより株主総会の議事運営にその意向を反映し得ること,他方で,取締役が招集する定時株 主総会の開催に当たり少数株主が議題提案権及び議案要領通知請求権を行使する場合には,取 締役が株主総会の招集等の手続を行うため,少数株主が臨時株主総会を招集する場合と比べる と,株主総会の議事運営に少数株主の意向を反映することに支障があり得ること。 A 費用等の手続面の負担 少数株主が臨時株主総会を招集する場合には,少数株主が株主総会の招集及び開催の費用 及び労力を負担すること,他方で,議題提案権及び議案要領通知請求権を行使する場合には, 株式会社が株主総会の招集及び開催の費用及び労力を負担すること。 B 時期の選択 少数株主が臨時株主総会を招集する場合には,定時株主総会が開催されるのを待つことを 要せず,それよりも前に,株主総会を開催することができること,他方で,議題提案権及び 議案要領通知請求権を行使する場合には,定時株主総会が開催されるのを待たなければなら ないこと。 設問2においては,乙社による本件新株予約権無償割当ての差止めの請求(会社法第24 7条類推)が認められるか否かについて,問題文中の事実関係を適切に評価した上で説得的 に論ずることが求められる。 乙社による本件新株予約権無償割当ての差止めの請求が認められるか否かについて論ずる に当たっては,まず,新株予約権無償割当てに関して,会社法第247条が類推適用される か否かについて,検討することが求められる。 そして,新株予約権無償割当てについて,会社法第247条が類推適用される(東京地決 平成19年6月28日金判1270号12頁)と解する場合には,乙社による差止事由に関 する主張について,条文及びその文言を引用しつつ,具体的に検討することが求められる。 乙社による差止事由に関する主張としては,例えば,下記@又はAの主張について,検討す ることが求められる。 @ 本件新株予約権無償割当ては,新株予約権者の差別的な取扱いを内容とするものであり, 株主平等の原則(会社法第109条第1項)又はその趣旨に反し,法令に違反するもので あるとの主張(同法第247条第1号。最決平成19年8月7日民集61巻5号2215 頁参照)。 A 本件新株予約権無償割当ては,新株予約権者の差別的な取扱いを内容とするものであっ て,会社の企業価値ひいては株主の共同の利益を維持するためではなく,専ら経営を担当 している取締役等の経営支配権を維持するためのものであり,著しく不公正な方法により 行われるものであるとの主張(会社法第247条第2号。東京高決平成17年3月23日 判時1899号56頁,判タ1173号125頁参照)。 その上で,その主張の当否に関して,例えば,上記@の主張については,前掲最決平成1 9年8月7日を参考にするなどしつつ,本件新株予約権無償割当ては,新株予約権者の差別 的な取扱いを内容とするものであり,非適格者である乙社を差別的に取り扱うものであるが, 他方で,買収防衛策としての導入等の是非が株主総会の決議(ただし,いわゆる勧告的決議 である。)に委ねられていること,さらに,本件新株予約権無償割当ては,乙社に経済的損害 を与える性質を有するものであるが,他方で,乙社がこれ以上の甲社の株式の買い増しを行 わない旨を確約した場合には,甲社の取締役会が,その決議により,本件新株予約権無償割 当てにより株主に割り当てた新株予約権の全部を無償で取得することができる仕組みとなっ ており,乙社に撤退可能性が保障されていることなどの問題文中の事実関係に即し,条文の - 10 - 適用と当てはめを丁寧に行い,説得的に検討することが求められる。 また,上記Aの主張については,前掲東京高決平成17年3月23日を参考にするなどし つつ,本件新株予約権無償割当ては,いわゆる主要目的ルールに照らすと経営支配権の維持 を主要な目的とするものであるが,他方で,上記のとおり買収防衛策としての導入等の是非 が株主総会の決議に委ねられていることなどの問題文中の事実関係を踏まえ,この株主総会 の決議の意義がどのようなものであるかや,前掲東京高決平成17年3月23日が挙げる四 つの具体例に照らし,株主全体の利益の保護という観点から本件新株予約権無償割当てを正 当化する特段の事情があるかどうかなどについて検討した上で,同様に,説得的に論ずるこ とが求められる。 設問3においては,@甲社の財産の処分を株主総会の決議によってもすることができるよ うにする定款の変更に関する議案を可決した本件決議1の効力を検討した上で,A本件決議 1に基づく本件決議2の効力及び取締役の株主総会の決議の遵守義務(会社法第355条) を前提として,B下記の問題文中の事実関係を踏まえ,甲社の取締役会が遅くとも平成30 年度中にP倉庫を適正な価格で売却することに関する議案を可決した本件決議2に関して, 甲社の代表取締役社長Aは,これを遵守してはならなかったにもかかわらず遵守したことに より,その任務を怠ったものと認められるのではないか,結果として,甲社に対し,会社法 第423条第1項に基づき,損害賠償責任を負うか否かについて,論ずることが求められる。 本件決議1の効力を検討するに当たっては,まず,@取締役の業務執行権限に属する事項 を株主総会の決議事項とすることができるかどうかについて,論ずることが求められる。 そして,A取締役の業務執行権限に属する事項であっても,定款で定めることにより株主 総会の決議事項とすることができ(会社法第295条第2項),本件決議1及び本件決議2は いずれも有効であると解する場合には,取締役は株主総会の決議を遵守しなければならない こと(同法第355条)について,言及することが求められる。 その上で,B株主総会の決議の遵守義務を前提として,例えば,Q県において発生した大 地震により,Q倉庫が倒壊したため,海外から到着する貨物をP倉庫において保管しなけれ ばならず,P倉庫を売却すると,競合他社に多数の顧客を奪われるなど,50億円を下らな い損害が甲社に生ずることが見込まれ,他方で,P倉庫の近隣の不動産価格が下落する兆候 はうかがわれなかったことなどの問題文中の事実関係を踏まえ,(ア)代表取締役社長Aは, 甲社に損害を与えないように業務を執行するのであれば,本件決議2を遵守してはならなか ったにもかかわらず,本件決議2を遵守し,その任務を怠ったものと認められるから,甲社 に対し,損害賠償責任を負うと解するか,(イ)本件決議2の後に重大な事情の変更が生じた ことに鑑み,改めて株主の意思を確認しなければならなかった(改めて株主総会の決議を得 なければならなかった)にもかかわらず,事情の変更が生ずる前の本件決議2を遵守するこ とに固執し,その任務を怠ったものと認められるから,甲社に対し,損害賠償責任を負うと 解するか,あるいは(ウ)上記の問題文中の事実関係を踏まえても,代表取締役社長Aは, 本件決議2を遵守しなければならず,その任務を怠ったとは認められないから,甲社に対し, 損害賠償責任を負うとは認められないと解するかなどについて,説得的に論ずることが求め られる。 @の検討の結果,本件決議1が無効であると解する場合には,これを前提とする本件決議 2も株主総会の決議としての効力はないこととなるが,(エ)なお株主の意向を示すものとし て尊重する必要がないかや,代表取締役社長Aが本件決議2を遵守する義務があると考えて P倉庫を売却するという決定をしたことに取締役としての任務懈怠や過失がなかったかどう かについて,説得的に論ずることが求められる。 なお,設問3は,株主総会の決議の遵守義務が問題となっている場面であり,いわゆる経 営判断原則の適用が問題となる典型的な場面ではないため,経営判断原則に言及する場合に - 11 - は,その趣旨や適用範囲について検討した上で言及することが望まれる。 〔第3問〕 本問は,会社員Xが,全国展開している業者Yから購入したキャンピングカーが契約どお りの仕様を有していなかったことを理由として,履行遅滞による売買契約の解除に基づく原 状回復としての売買代金の返還と債務不履行に基づく損害賠償をYに求めるという事案を題 材として,@管轄に関する合意が存在し,それを専属的管轄合意と解釈した場合には管轄を 有しないことになる裁判所に訴えを提起したことを前提に,民事訴訟法(以下「法」という。) 第16条第1項による移送をすべきではないとの立論をすること(設問1),A原告が主張す る特定の事実を認める旨の被告の陳述が裁判上の自白に該当して自由に撤回することができ なくなるかを検討すること(設問2),B作成者が死亡しその相続人が所持するに至った日記 を対象とする文書提出義務の成否を判断するためにどのような観点からどのような事項を考 慮すべきかを検討すること(設問3),を求めるものである。 まず,〔設問1〕の課題(1)は,管轄合意の解釈の在り方を問うものである。本件定めのよ うな管轄合意には,特定の裁判所を管轄裁判所から排除する専属的管轄合意と特定の裁判所 を管轄裁判所に付け加える付加的管轄合意があるが,Yは,本件定めを専属的管轄合意と解 釈していると考えられることから,本件定めを付加的管轄合意として解釈すべきだという議 論を適切な論拠を示しつつ展開することが求められる。 このような論拠としては,Yが本件定めを作成するに当たり,本件定めが専属的管轄合意 であることを明記し得たのにしていないのであるから,専属的管轄合意と理解するのが合理 的であるとはいえないことや,本件定めは,Y側から提起する債務不存在確認の訴えなどB 地方裁判所の法定管轄に属しない場合にもB地方裁判所が管轄裁判所となることを基礎付け るものであり,これを付加的管轄合意と解釈することに合理性がないとはいえないこと,と いったものが考えられる。 この他本件定めを付加的管轄合意として理解すべきとする論拠は,複数考えられ得るが, 説得力をもって以上のような論拠を適切に展開し,本件定めを付加的管轄合意として理解す べきことを結論付けることが,課題(1)との関係では求められる。 次に,〔設問1〕の課題(2)は,本件定めを専属的管轄合意と解釈することを前提としても, 管轄違いによる移送(法第16条第1項)をすべきではないとする立論を求めるものである。 このような立論としては,仮にB地方裁判所に本件訴訟が係属したとしてもB地方裁判所 がA地方裁判所に法第17条に基づく移送をするための要件を満たす場合には,A地方裁判 所として移送をせずに自庁処理をすることが認められる,というものが考えられる。また, その根拠としては,法第17条の要件を満たす場合には,仮にA地方裁判所からB地方裁判 所に対し管轄違いによる移送をしてもB地方裁判所からA地方裁判所に同条による移送がさ れることが考えられることから,そのようなう遠な処理をするまでもなく,法第17条の類 推適用によりA地方裁判所で自庁処理をすることが適切と考えられること,場面は異なるが 法第16条第2項が管轄違いの場合の自庁処理を認めていることなどが挙げられる。 そこで,課題(2)との関係では,以上のような立論をした上で,本件がA地方裁判所の法定 管轄に属することを指摘しつつ,法第17条の要件が満たされることを本件事案に即して示 していくことが求められる。 〔設問2〕は,問題文中のCの事実を認める旨のYの陳述が裁判上の自白に該当して撤回 制限効が生じているかどうかを問うものである。ここでは,裁判上の自白の成立要件に照ら した検討が求められる。 一般に裁判上の自白の成立要件は,(1)口頭弁論又は弁論準備手続における弁論としての陳 述であること,(2)相手方の主張と一致する陳述であること,(3)事実についての陳述である - 12 - こと,(4)自己に不利益な陳述であること,であるとされるが,本問では(1)と(2)の要件を満 たすことは明らかであり,(3)と(4)の検討が中心となる。 (3)の要件との関係では,この要件を満たす「事実」について,主要事実に限定されるとす る見解と間接事実も含まれるとする見解があり,このうち,後者に属する見解では,これを 重要な間接事実に限るとする見解から広く間接事実一般を含むとするものまで様々なものが ある。解答に際しては,まず以上のうちのいかなる立場に立つかを論拠を示して明らかにす る必要がある。 さらに,とりわけ主要事実限定説や重要な間接事実限定説では,Cの事実が訴訟物との関 係でいかなる位置付けを有する事実であるかにより(3)の要件の成否が異なってくることから, 元の請求と追加された請求における訴訟物との関係でのCの事実の位置付けを要件事実の考 え方を踏まえて整理した上で,自説に当てはめることが求められる。 また,Xが新請求を追加したのは,YがCの事実を認める旨の陳述をした後,それを撤回 する前である。このような事実経過からは,例えば元の請求との関係で自白は成立しないが 追加された請求との関係では自白が成立すると考える立場では,Xが新請求を追加する前は 自由にできた陳述の撤回が新請求の追加により制限されてよいか,また,元の請求との関係 でも追加された請求との関係でも自白が成立すると考える立場では,これらが異なる請求で あることから,元の請求との関係で成立した自白の効力を追加された請求との関係でもその まま維持してよいか,といった疑問が喚起される。設問で示されたJの問題意識に照らし, こういった点についても検討することが求められる。 (4)の要件については,相手方が証明責任を負う事実の存在を認める場合に限りこの要件を 満たすとする見解,認める旨の陳述をした当事者の敗訴可能性を基礎付ける事実であればこ の要件を満たすとする見解,不利益要件は必要ないとする見解などが主張されており,(3)の 要件に関する自説との整合性に留意しながら,いずれの立場に立つかを明らかにする必要が ある。 〔設問3〕は,文書提出義務の有無を判断するに当たって考慮すべき観点や事項を問うも のである。本件の文書は日記であるので,法第220条第4号ニの自己利用文書の該当性の 判断に当たり考慮すべき観点等について検討する必要がある。 判例(最高裁判所平成11年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁ほ か)によれば法第220条第4号ニの自己利用文書該当性の要件は,(@)内部文書性(「専ら 内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書 であること」),(A)不利益性(「開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人又は団 体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益 が生ずるおそれがあると認められること」),(B)特段の事情の不存在であるとされており, 独自に適切な要件を考案して設定するのでない限りは,これに即して考慮すべき観点と事項 を抽出することが求められる。 そして,本件日記は,日記である以上専らTが自らの利用に供する目的で作成し,Tも外 部の者に開示することは予定していなかったと考えられる。また,Zは死亡したTの妻であ り,Tの相続人として日記を所持するに至ったものであって,Zも外部の者に開示すること を予定していない。そこで,(@)の内部文書性の要件が満たされると判断されることとなる と考えられる。 もっとも,(A)(B)との関係では問題が生じ得る。(A)の不利益として問題となるのは, 通常の場合には,作成者であるところの所持者のプライバシーの侵害であるが,本件では作 成者は死亡し,作成者と異なる者が本件日記を所持するに至っている。そのため,本件日記 については,(a)保護されるべきプライバシーの主体が現在の文書の所持者と同一ではなく, (b)その主体が死亡しており要保護性を欠くに至っていると評価をすることも可能であると - 13 - して, (A)の要件が満たされないとも考えられる。もっとも,(a)(b)から本件では(A)に いう不利益は生じないと即断することも早計である。なぜなら(A)で保護される利益には文 書作成の自由に対する利益も含まれると考えられるところ,本件のような事案で安易に本件 日記の開示を認めると,死亡後に開示対象になることを恐れ,日記作成に対する萎縮効果を 生みかねないからである。ここでは,破綻した信用組合の貸出稟議書の提出義務が問題とな った最高裁判所平成13年12月7日第二小法廷決定・民集55巻7号1411頁の考え方 も参考となろう。なお,上記の問題は(A)の不利益性に係る問題といえるが,この判例から も分かるとおり,(B)の特段の事情の問題として整理することも可能であり,いずれの要件 の問題として扱っても,評価に差異はない。 そこで,本設問に対する解答としては,法第220条第4号ニの自己利用文書の要件とし て不利益性が要求されること,その不利益性としては本件日記との関係ではまず所持者のプ ライバシーが問題となること,自己利用文書該当性で問題となる不利益性として文書作成に 対する萎縮効果も考慮されるべきことなどといった観点から,本件日記にはTのプライバシ ーに属する事柄が書いてあること,当該プライバシーの帰属主体であるTと現在の所持者で あるZが異なっていること,プライバシーの帰属主体であるTが死亡していること,本件で Zに対し文書提出義務を認めると将来の日記作成に対する一般的な萎縮効果を生むおそれが あることなどを指摘して論ずることが期待される。なお上記で「観点」に位置付けた内容を 「考慮すべき事項」に位置付けたり,あるいはその逆であったりしていても,論理的に筋の 通った答案になっている限りは,問題ない。 【刑事系科目】 〔第1問〕 本問は,設問1で,甲が,Aから受け取ったA名義の普通預金口座のキャッシュカード及び 同口座の暗証番号を記載したメモ紙(以下「本件キャッシュカード等」という。)在中の封筒 を,キャッシュカードと同じ形状のプラスチックカードを入れた封筒(以下「ダミー封筒」と いう。)にすり替えて取得した行為について,窃盗罪若しくは詐欺罪の成否を検討させ,設問 2で,乙が,甲が窃盗を行ったと認識しながら,店員Cに財物を取り戻されることを防ぐため, 甲との間でCの反抗を抑圧することを共謀した上,Cに対してナイフを示して脅した行為につ いて,事後強盗の罪の共同正犯が成立するとの立場と脅迫罪の限度で共同正犯が成立するとの 立場の各理論構成を検討させた上,自説の立場を示させ,さらに,設問3で,丙が,甲からナ イフの刃先を胸元に突き付けられていたDを助けるため,間近にあったボトルワインを甲に向 かって投げ付けたが,その狙いが外れ,ボトルワインがDの頭部に直撃し,Dに傷害を負わせ た行為について,Dの傷害結果に関する刑事責任を負わないとする理論上の説明とその難点を 検討させるものであり,それにより,刑事実体法及びその解釈論の知識と理解を問うとともに, 具体的な事実関係を分析し,その事実に法規範を適用する能力並びに論理的な思考力及び論述 力を試すものである。 設問1について 本問では,甲が本件キャッシュカード等在中の封筒をダミー封筒にすり替えて取得した行為 が窃盗罪と詐欺罪のいずれに当たるかを巡り,両罪の区別基準とされる処分行為の有無が問題 となる。具体的には,甲がAに「この封筒に封印するために印鑑を持ってきてください。」と 申し向けて印鑑を取りに行かせた場面が問題となることを的確に指摘した上で,処分行為の意 義を示し,本事案における当てはめを行う必要がある。 本事案において,処分行為の客観面として,Aが印鑑を取りに行くに当たり甲に本件キャッ シュカード等の所持を許したA方玄関先は,Aの場所的支配領域内であると認められる上,A が印鑑を取りに行った居間は玄関の近くにあることなどの事情を踏まえ,甲に対する本件キャ - 14 - ッシュカード等の占有の移転があると認められるか,それとも占有の弛緩にすぎないかを検討 することになる。 また,処分行為の主観面(処分意思)について見ると,Aとしては,飽くまで,玄関近くの 居間に印鑑を取りに行き,すぐに玄関に戻ってくるつもりであった上,本件キャッシュカード 等が入った封筒については,金融庁職員に後日預けるまでは自己が保管しておくつもりであっ たことなどの事情を踏まえ,処分意思(占有の終局的移転についての認識)の有無を検討する ことになる。 その上で,Aの処分行為がない(そもそも処分行為に向けられた欺罔行為がないということ になる。)と認めた場合には,窃盗罪の構成要件該当性を検討することになり,客観的構成要 件要素として「他人の財物」,「窃取」を,主観的構成要件要素として故意及び不法領得の意思 を,それぞれ検討する必要がある。「他人の財物」については,特に,キャッシュカード及び 暗証番号を記載したメモ紙の財物性について,客観的な経済的価値などを踏まえ検討する必要 がある。また,「窃取」については,意義を示した上で,実行行為や既遂時期について具体的 に論じる必要がある。そして,主観的構成要件要素として,窃盗罪の故意及び不法領得の意思 について検討する必要があるところ,甲が,Aが不在の隙に自ら本件キャッシュカード等をダ ミー封筒とすり替えて自己のショルダーバッグ内に隠し入れていることや,元々の計画として, 他人名義の預金口座のキャッシュカードを入手し,その口座内の預金を無断で引き出して現金 を得ようと考え本件行為に及んでいることなどから,故意及び不法領得の意思があったと認め られることを簡潔に指摘する必要がある。 他方,本事案で,Aによる処分行為があると認めた場合には,詐欺罪の構成要件該当性を検 討することになり,客観的構成要件要素として「財物」,「欺罔行為」,「処分行為」を,主観的 構成要件要素として故意及び不法領得の意思を,それぞれ検討する必要がある。「欺罔行為」 については,処分行為との関係性を踏まえた正確な意義を示した上で,具体的事実を摘示して 当てはめを行う必要があるところ,前記のとおり,本事案における処分行為に向けられた欺罔 行為としては,甲が,本件キャッシュカード等を所持した状態で,Aに対し,「印鑑を持って きてください。」と言ってAを玄関から離れさせた行為と捉えるべきであり,その点を踏まえ た当てはめをする必要がある。そして,主観的構成要件要素のうち,故意については,甲が, Aに対し,「印鑑を持ってきてください。」と言ってAを玄関から離れさせ,それによりAをし て本件キャッシュカード等の占有を甲の支配下に移させていることについての認識,認容があ ったと認められることを簡潔に指摘する必要がある。 なお,甲が本件キャッシュカードを使用してATMから現金を引き出そうとした行為は,A TMを管理する金融機関の占有を侵害するものであり,Aに対する罪責とはならないことから, この点は論ずるべきではない。 設問2について 本問では,乙の罪責について,@乙に事後強盗の罪の共同正犯が成立するとの立場と,A乙 に脅迫罪の限度で共同正犯が成立するとの立場の双方からの説明に言及しつつ,根拠とともに 自説を論じる必要があるが,この点,事後強盗罪の構造を身分犯と解するか,結合犯と解する かが関わることになる。 まず,@乙に事後強盗の罪の共同正犯が成立するとの立場からの説明としては,a.事後強盗 罪を窃盗犯人であることを身分とする真正身分犯と捉えた上,刑法第65条の解釈について, 第1項は真正身分犯について身分の連帯的作用を,第2項は不真正身分犯について身分の個別 作用を規定したものと解し,第1項により事後強盗未遂罪の共同正犯が成立するとの説明や, b.事後強盗罪を不真正身分犯と捉えた上,刑法第65条の解釈について,第1項は真正身分犯 及び不真正身分犯を通じて共犯の成立を,第2項は不真正身分犯について科刑の個別的作用を 規定したものと解し,第1項により事後強盗未遂罪の共同正犯が成立する(第2項により科刑 - 15 - は脅迫罪)との説明,c.事後強盗罪を結合犯と捉えた上,承継的共犯を全面的に肯定すること により,事後強盗未遂罪の共同正犯が成立するとの説明等が考えられる。 他方,A乙に脅迫罪の限度で共同正犯が成立するとの立場からの説明としては,d.事後強盗 罪を窃盗犯人であることを加重身分とする不真正身分犯と捉え,刑法第65条の解釈について, 前記aと同様に解し,第2項により脅迫罪の共同正犯が成立するとの説明,e.事後強盗罪につ いて,窃盗犯人が財物の取り戻しを防ぐ目的の場合には違法身分として刑法第65条第1項を 適用し,それ以外の刑法第238条所定の目的の場合には,責任身分として同条第2項を適用 するとの考えに立った上,本件では,乙の主観面は財物の取り戻し目的であるものの,客観的 には甲による窃盗は未遂であり,違法身分の前提を欠いているため,刑法第65条第1項の適 用がなく,同条第2項により脅迫罪の共同正犯が成立するとの説明,f.事後強盗罪を結合犯と 捉えた上,承継的共犯を全面的に否定することにより,脅迫罪の共同正犯が成立するとの説明, g.事後強盗罪を結合犯と捉えた上,承継的共犯について,後行者が先行者の行為を自己の犯罪 遂行の手段として積極的に利用した場合において,その範囲で,後行者も先行者が行ったこと を承継するなどの考えに立って,本事案では,甲の窃盗は未遂にとどまっており,先行者(甲) の行為を自己(乙)の犯罪手段として積極的に利用したとはいえないなどと考え,乙は甲の行 為等を承継せず,脅迫罪の共同正犯が成立するとの説明等が考えられる。 そして,自説として事後強盗の罪の共同正犯が成立するとする場合,自説とする前記a〜c等 の見解を採る根拠や他説への批判を論じた上で,客観的構成要件要素として「窃盗」,「窃盗の 機会」,「脅迫」を,主観的構成要件要素として故意及び目的を,さらに,甲乙間の共謀を,そ れぞれ検討する必要がある。「窃盗」については,未遂犯も含むことを端的に指摘する必要が あり,また,「脅迫」については,判例において,社会通念上一般に相手方の反抗を抑圧する に足りる程度のものかという客観的基準によって判断されるところ,乙は,店員Cにナイフを 示しながら,「ぶっ殺すぞ。」と申し向けており,前記基準による脅迫に該当すると判断される ことを具体的に示す必要がある。そして,故意や共謀については,甲による窃盗の内容や,窃 盗が既遂か未遂か,刑法第238条の目的の内容について甲乙間で認識の齟齬があることに触 れながら,それらの事情が故意や共謀の成否に影響するかを検討する必要がある。 他方,自説として脅迫罪の共同正犯にとどまるとする場合,自説とする前記d〜g等の見解を とる根拠や他説への批判を論じた上で,客観的構成要件要素として「脅迫」を,主観的構成要 件要素として故意を,さらに,甲乙間の共謀について,それぞれ検討する必要がある。 設問3について 丙は,甲からナイフの刃先を胸元に突き付けられていたDを助けるため,間近にあったボト ルワインを甲に向かって投げ付けたが,その狙いが外れ,ボトルワインが店舗経営者Dの頭部 に直撃し,Dに加療約3週間を要する頭部裂傷の傷害を負わせている。 本問は,丙がDの傷害結果に関する刑事責任を負わない理論上の説明等を求めていることか ら,まず,丙がDの傷害結果に関してどのような罪を負い得るかを明らかにする必要があると ころ,前記丙の行為は,有形力の行使によりDの生理的機能に障害を与えていることから,傷 害罪の客観的構成要件に該当する。その上で,傷害罪の刑事責任を負わないとする理論上の説 明及びその難点を検討していく必要がある。 理論上の説明として,まず,方法の錯誤における処理により丙における故意を否定した上で, 更に過失もなかったとする説明が考えられる。具体的符合説(具体的法定符合説)は,行為者 の認識した事実と現に発生した事実とが具体的に一致しない限り,故意を阻却するとする見解 であり,この見解によれば,方法の錯誤の場合には,認識事実と発生事実とが具体的に一致し ていないことから,故意は阻却されることになる。本事案において,丙は,甲を狙ってボトル ワインを投げ付けたところ,その狙いが外れてDに当たっているので,丙が認識した事実と現 に発生した事実とが具体的に一致しておらず,同見解によれば故意が阻却されることになる。 - 16 - そして,ボトルワインを投げ付ける行為が,丙の取り得る唯一の手段であり,行為時における 丙の心理状態等を踏まえ,丙に結果回避可能性はなかったなどと考えれば,丙に過失犯(過失 傷害罪)も成立しないことになる。また,過失犯について,正当防衛や緊急避難が成立すると の説明も考えられる。もっとも,丙は,甲の間近にDがいることを認識してボトルワインを投 げ付け,その結果,ボトルワインがDに直撃しており,丙につき過失犯の成立も否定するのは 困難と考えられることから,結局,過失犯の成立可能性を残す点が難点といえる。 他方,法定的符合説(抽象的法定符合説)は,行為者が認識した事実と現に発生した事実に ついて,構成要件に該当する事実の具体性ないし個別性は考慮せずに,一定の構成要件の枠内 において符合する限りにおいて故意を肯定する見解であり,この見解によれば,本事案におい て,丙は,「人」である甲を狙ってボトルワインを投げ付け,それが「人」であるDに直撃し ていることから,Dに対する故意が肯定されることになると考えられる。もっとも,法定的符 合説(抽象的法定符合説)を採りつつ,暴行の故意を向ける相手方と相手方から救助すべき者 とでは,構成要件的評価の観点から見て法的に人として同価値であるとはいえず,故意の符合 を認める根拠に欠けるという見解に立てば,本事案では,侵害者甲と被侵害者Dとの構成要件 的同価値性が否定されるので,丙には,甲に対する暴行の故意が認められても,Dに対する暴 行の故意は認められないと解することも可能と考えられる(大阪高判平成14年9月4日)。 しかしそれでも,過失犯の成立可能性は残るため,その点では,丙が刑事責任を負わないとす る理論上の説明としては難ありといえる。また,行為を向けた相手が行為者にとってどのよう な意味を持つ人であったかを重視するのは,「人」として構成要件的に同価値である限り行為 者の主観的な錯誤には重要性を認めないという法定的符合説(抽象的法定符合説)の基本的な 考えとも合致しないことになるとも考えられ,その点を難点として指摘することもできる。 次に,正当防衛により丙の行為の違法性が阻却されるとの説明が考えられる。本事案におい て,甲は,Dにナイフをちらつかせながら現金を出すよう要求したものの,Dがそれを拒んだ ため,レジカウンターに身を乗り出してナイフの刃先をDの胸元に突き出したが,それでもD は甲の要求に応じる素振りを見せていない。そのため,甲が要求に応じないDをナイフで刺す という急迫不正の侵害が切迫している状況にあったといえ,ボトルワインを投げ付けた丙の行 為は,Dのための防衛行為としてなされたものと考えられる。その上で,丙による防衛行為は, 飽くまで甲の侵害に対する防衛行為としてなされており,それが甲との間で正当化される以上, それによって生じた結果も全て正当防衛の範疇に包含され,違法性が阻却されるなどの説明が 考えられる。もっとも,刑法第36条には「不正の侵害に対して」とあり,文言解釈として, 侵害に対してのみ防衛行為としての反撃が許されると解すべきと考えれば,防衛行為によって 守られるべき者に対する攻撃を正当防衛として正当化することは困難と考えられ,この点が難 点といえる。 次に,緊急避難により丙の行為の違法性が阻却されるとの説明が考えられる。正当防衛の説 明における急迫不正の侵害の存在と同様に,Dに対する現在の危難が差し迫っていると考えら れ,その上で,他人であるDの生命,身体を守るためにボトルワインを投げた行為によって, Dの正当な利益(身体)を侵害した場合であり,また,防衛の意思は同時に避難の意思をも含 むと解し,さらに,同行為は丙が採り得る唯一の手段であったことから,補充性及び相当性の 要件も充たし,避難行為から生じた害(加療約3週間の傷害)が避けようとした害(生命の侵 害,重度の傷害)の程度を超えていないため,法益権衡の要件も充たすことから,緊急避難が 成立し,違法性が阻却されるなどの説明が考えられる。もっとも,本事案では,丙は,Dの生 命,重傷害という危難を避けようとして,Dに傷害を負わせているが,この結果は丙が実現し ようとしたものではなく,緊急避難と評価できるかという点が難点といえる。また,危難から 逃れさせるべきDに傷害を負わせていることから,避難行為がなされたとは言い難いともいえ, この点も難点といえる。 - 17 - 次に,丙は,飽くまでも主観的には,甲による急迫不正の侵害からDを防衛するという正当 防衛の認識で反撃行為を行っているのであるから,主観的認識(正当防衛)と客観的事実(正 当防衛の要件が充足されていない)との間に齟齬があるといえ,かかる状況は誤想防衛と類似 することから,誤想防衛の一種に当たり,故意等が阻却されるなどの説明が考えられる。もっ とも,本事案で,Dに対する急迫不正の侵害は現に存在している上,誤想に基づいて防衛行為 に出たわけではないため,丙の行為を誤想防衛とみるのは困難と考えられる上,具体的符合説 (具体的法定符合説)による処理の場合と同様に,過失犯の成立を否定することは困難と考え られ,そうした点が難点といえる。 さらに,緊急状況下で丙に期待可能性を認めることが困難であるから,責任が阻却されると の説明が考えられるが,期待可能性は根拠規定のない超法規的な責任阻却事由である上,その 有無の判断基準が明確でないとの難点がある。 〔第2問〕 本問は,強盗致死,業務上横領事件を素材として,捜査公判に関連する具体的事例を示し, 各局面で生じる刑事手続上の問題点,その解決に必要な法解釈,法を適用するに当たって重要 な具体的事実の分析・評価及び具体的帰結に至る思考過程を論述させることにより,刑事訴訟 法に関する基本的学識,法適用能力及び論理的思考力を試すものである。 〔設問1〕は,路上で発生した強盗致死事件(本件)について,警察官及び検察官は,甲が 犯人ではないかとの嫌疑を抱き,同事件の捜査を視野に入れて,甲を業務上横領事件(別件) の被疑事実で逮捕・勾留し,同勾留期間中には,甲に対し,強盗致死事件の取調べを行ってい ることから,甲の逮捕・勾留が,いわゆる別件逮捕・勾留に当たり違法と評価されないかが問 題となる。〔設問1−1〕では,いわゆる別件逮捕・勾留に関する捜査手法の適法性の判断基 準について,まず,自己の拠って立つ理論構成を示した上,【事例】の具体的事実に当てはめ て,甲の逮捕・勾留の適法性を論ずることが求められる。次に,〔設問1−2〕では,自己の 結論とは異なる結論を導く理論構成を示し,【事例】の具体的事実に当てはめて,甲の逮捕・ 勾留の適法性を論じた上,その理論構成を自己が採用しない理由についても言及することが求 められる。 いわゆる別件逮捕・勾留に関する捜査手法の適法性の判断基準については,大別すると,逮 捕・勾留の基礎となっている被疑事実(別件)を基準に判断する見解(別件基準説)と,実質 的に当該被疑事実とは別の犯罪事実(本件)についての身体拘束と評価し得るかという観点か ら判断する見解(本件基準説)とに分かれており,さらに,どのような場合に逮捕・勾留が違 法となるかという点をめぐり,別件についての逮捕・勾留の要件(犯罪の嫌疑,身体拘束の必 要性)を充足しているかを重視する考え方,別件の起訴・不起訴の判断に必要な捜査がいつ完 了したかを重視する考え方,逮捕・勾留に当たっての捜査官の意図・目的を重視する考え方, 逮捕・勾留の期間がいずれの事件の捜査のために利用されている(いた)かを重視する考え方 などが主張されている。〔設問1−1〕では,まず,いわゆる別件逮捕・勾留の適法性につい て,いかなる基準ないし観点から判断するのか,そして,どのような場合に逮捕・勾留が違法 となるのかについて,その根拠も含め,自己の理論構成を明示し,【事例】の具体的事実の中 から重要な事実に自己の理論構成を当てはめて,甲の逮捕・勾留の適法性について論じること が求められる。 本問の検討に当たり,考慮されるべき要素として,以下のものを挙げることが可能であろう。 @ 逮捕・勾留の理由とされた被疑事実である業務上横領事件について,逮捕(刑事訴訟法第 199条第1項,同条第2項但書,刑事訴訟規則第143条の3),勾留(刑事訴訟法第2 07条第1項により準用される同法第60条第1項)及び勾留延長(刑事訴訟法第208条 - 18 - 第2項)の要件の充足 A (強盗致死事件を捨象した場合における)業務上横領事件それ自体の重要性(立件ないし 起訴の見込み) B 逮捕・勾留請求時の捜査状況 ・ 強盗致死事件については,甲が犯人との嫌疑はあったが,逮捕できるだけの証拠はなか った ・ 業務上横領事件は,強盗致死事件の捜査の過程で発覚したものであり,警察官は,被害 届の提出を渋る被害者を繰り返し説得して,業務上横領事件の被害届を提出させた C 業務上横領事件で逮捕・勾留した捜査官の意図 ・ 警察官は,強盗致死事件で甲を逮捕するには証拠が不十分であったため,甲を逮捕でき る他の犯罪事実はないかと考えていた ・ 検察官も,甲を強盗致死事件で逮捕することを視野に入れて,捜査することを考えてい た D 別件と本件の重大性,別件と本件との関連性 ・ 「本件」は人が死亡している強盗致死事件であり,「別件」は被害金額が3万円の集金 横領事件である ・ 強盗致死事件(路上のひったくり強盗)と業務上横領事件(集金横領)との間に関連性 はない E 逮捕・勾留後の取調べの状況 ・ 勾留期間中の取調べ日数は,業務上横領事件の取調べが,3月19日まで断続的に行わ れ,合計7日である一方,強盗致死事件の取調べは,3月18日までほぼ連日,合計12 日にわたっており,取調べ時間の合計も,業務上横領事件の取調べは合計20時間である 一方,強盗致死事件の取調べは合計40時間にわたっている ・ 甲は当初,強盗致死事件について否認しており,警察官による追及の結果,3月18日 に自白した(自ら積極的に本件を自白したものではない) F 逮捕・勾留後の業務上横領事件の捜査状況 ・ 甲は,弁解録取時,犯行を否認し,3月7日には,パチンコ店にいた旨のアリバイ主張 をし,同月15日には,Aからの集金事実は認めたが,具体的な金額については否認し, 同月19日に横領金額も含め自白した ・ 勾留期間中,甲の弁解に対応した裏付け捜査(パチンコ店の防犯カメラの捜査,甲のパ ソコンの精査,Yの取調べなど)が継続的に行われており,捜査官の懈怠による捜査の遅 延もない 以上の考慮要素の中から,自己の拠って立つ理論構成において着目・重視すべきものを取り 出し,具体的事実を摘示しながら,甲の逮捕・勾留の適法性について論じることになろう。 次に, 〔設問1−2〕では,自己の結論と異なる結論を導く理論構成を示した上(ここでは, 結論と理論構成の双方が異なるものを示さなければならないことに留意する必要がある),そ の理論構成において着目・重視すべき考慮要素に関わる具体的事実を摘示しながら,甲の逮捕 ・勾留の適法性について論じることになろう。また,当該理論構成を採用しない理由について は,いわゆる別件逮捕・勾留の適法性の判断基準に関する各見解に対し,それぞれ指摘や批判 もあるところであり,そのような指摘や批判を踏まえつつ,具体的に論述することが求められ る。 〔設問2〕は,訴因変更の可否及び許否を問う問題である。【事例】において,検察官は, 甲がAから集金し,X社のために保管していた3万円を横領したという業務上横領罪の訴因(公 - 19 - 訴事実1)で起訴したが,審理の途中で,甲がAから集金名下で3万円をだまし取ったという 詐欺罪(公訴事実2)へ訴因変更を請求している。訴因の変更は,「公訴事実の同一性を害し ない限度において」認められる(刑事訴訟法第312条第1項)ことから,本問の解答に当た っては,公訴事実の同一性の意義・判断基準についての理論構成を示した上,具体的事実に当 てはめることが求められる。加えて,本問の訴因変更請求は,公判前整理手続を経た裁判員裁 判の審理の中で行われているため,公判前整理手続後の訴因変更が許されるかについて,公判 前整理手続の制度趣旨に照らした論述が求められる。 公訴事実の同一性の意義については,従来から,「単一性」と「狭義の同一性」に分けられ ているが,本件で問題になるのは「狭義の同一性」である。「狭義の同一性」の判断基準につ いて,判例は,変更前後の両訴因の間の「基本的事実関係が同一か」という観点から判断して おり,その判断に当たっては,犯罪の日時,場所の同一性や近接性,行為,客体,被害者等の 事実の共通性に着目している。また,事実の共通性に加えて,両訴因が両立しない関係にある こと(非両立性)に言及するものもある。そこで,関連する判例の立場や学説を踏まえつつ, 「公訴事実の同一性」の判断基準について,その根拠も含め,自己の理論構成を示した上で, 【事例】の両訴因(公訴事実1と公訴事実2)の間に,公訴事実の同一性が認められるか的確 に論じることが求められる。 次に,訴因変更の請求が許される手続段階について,刑事訴訟法は特に制限を付しておらず, 公判前整理手続が導入された平成16年の同法改正においても,公判前整理手続後の証拠調べ 請求が制限された(刑事訴訟法第316条の32)のとは異なり,訴因変更の請求に関する制 限は設けられていない。 しかし,公判前整理手続は,充実した公判の審理を継続的,計画的かつ迅速に行うため,事 件の争点及び証拠を整理する手続であり,公判前整理手続を経た事件については,同手続で策 定された審理計画に従い,集中的かつ迅速な審理が進められることとなるが,公判前整理手続 後に訴因変更がなされると,変更後の訴因について,当事者双方の追加立証が必要となる場合 も考えられ,公判前整理手続で策定された計画どおりに審理ができなくなるおそれがある。 もとより,公判前整理手続に付された事件においても,証拠調べの結果,公判前の当事者の 主張と異なる事実が明らかとなることは,制度上織り込み済みであるとはいえ,公判前整理手 続に付しながら,その意味を失わせるような訴因変更の請求を許すことは不合理であるから, 訴因変更の請求に対する制限を基礎付ける根拠として,公判前整理手続の制度趣旨を援用する ことが説得的だということができるであろう(「公判前整理手続を経た後の公判においては, 充実した公判審理のための争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような訴因変更 は許されない」とした下級審裁判例として,東京高判平成20年11月18日・高刑集61巻 4号6頁がある。)。本問においても,公判前整理手続の制度趣旨を論じた上で,これを踏まえ た訴因変更の許否について判断基準を示し,【事例】の具体的事実に当てはめて,検察官の訴 因変更請求が許されるかを丁寧に論じることが求められる。そして,検討に当たっては,公判 前整理手続の中で訴因変更を請求することが可能であったか(検察官が訴因変更の必要性を意 識する契機があったか),また仮に訴因変更を許した場合,公判前整理手続で策定された審理 計画の大幅な変更が必要となるかといった点が重要な考慮要素となるであろう。 【選択科目】 [倒産法] 〔第1問〕 本問は,株式会社が破産手続開始決定を受けた場合の具体的事例を基に,債権者の権利行使の在 - 20 - り方,当該権利の破産手続上の位置付け及び契約関係の処理の在り方を問うなどし,破産手続にお ける関係者の権利調整に係る規律の在り方についての基本的な理解を問うものである。 設問1は,破産者に対する租税債権につき第三者納付(代位弁済)が行われた場合に,当該第三 者は,破産手続上,どのように自らの権利を行使することができるのか,より具体的には,当該第 三者は,弁済によって取得した求償権の行使が破産手続による制約を受けるとしても,財団債権で ある租税債権を弁済による代位の効果として取得することにより(民法第501条) ,これを破産 手続上,財団債権として行使することができるか否かについて検討を求めるものである。 この点に関連して,判例は,労働債権(給料債権)について,代位弁済者は,破産手続上,弁済 による代位(民法第501条)によって取得した原債権を財団債権として行使することができると しており(最三判平成23年11月22日民集65巻8号3165頁) ,その理由としては,概要 として,弁済による代位の制度は,原債権を求償権を確保するための一種の担保として機能させる ことを趣旨とするものであること,代位弁済者が取得した求償権の行使が倒産手続による制約を受 けるとしても,当該手続における原債権の行使自体が制約されていない以上,原債権の行使が求償 権と同様の制約を受けるものではないこと等が指摘されている。 解答に当たっては,前提として,事例における租税債権が財団債権に当たることを条文に適切に 当てはめて確認することになろう(破産法第148条第1項第3号) 。そして,当該租税債権につ き,弁済による代位によってB社の取得が可能であると考える場合には,租税債権につき第三者納 付が行われた場合に関する当該第三者の破産手続上の権利行使の在り方について直接の判例が見当 たらないことに照らし,上記判例において示された考え方などを参考にしつつ,B社による財団債 権としての租税債権の権利行使の可否につき,自らの考え方とその理由を論ずる必要がある。その 過程では,租税債権の公共的性格に照らしてもなお,B社による財団債権としての権利行使を認め るべきか否かといった事例の特徴を踏まえた検討が求められる。また,租税債権につき弁済による 代位によってはこれを取得することができないと考える場合であっても,租税債権の特徴をどのよ うに考慮しているのかといった点について,その考え方を説明することが求められよう。 設問2(1)は,請負契約の当事者である請負人が仕事の未完成の段階で破産手続開始決定を受け た場合に,破産法第53条が適用されるか否かについて検討を求めるものである。 判例は,破産法第53条につき,請負人が破産手続開始決定を受けた場合であっても,請負契約 の目的である仕事が破産者以外の者において完成することのできない性質のものであるため,破産 管財人において破産者の債務の履行を選択する余地のないときでない限り,同条は請負契約につい て適用されるとしている(最一判昭62年11月26日民集41巻8号1585頁) 。 解答に当たっては,請負契約における破産法第53条の適用について,上記判例の立場を踏まえ るなどしつつ,自らの考え方とその理由を論じ,設問の請負契約について破産管財人XがA社にお いて本件建築工事を完成させることが可能であり,それが破産財団の利益となるものと判断する場 合の処理(本件建築工事を完成させ,残代金の支払を求めることができるか)について論じる必要 がある。 設問2(2)は,概要として,本件建築工事請負契約が破産管財人Xによって解除された場合にお いて,CがD社との間で,@D社が本件住宅を完成させるための残工事を請負い,その請負代金と して1000万円を支払うことを内容とする請負契約を締結し,AD社がA社による本件建築工事 によって生じていた建築廃材の撤去を行い,その費用として100万円を支払うことを内容とする 契約をして合計1100万円をD社に対し支払ったという事案につき,CがA社の破産手続におい て主張し得る権利としてはどのようなものが考えられるか,そして,そのような権利があるとして 当該破産手続においては,それがどのように扱われると考えられるかを問うものである。 まず,Cの上記@,Aの契約に基づく支出をどのようにしてA社の破産手続において主張し得る - 21 - 権利として構成するかが問題となるところ,破産管財人Xが破産法第53条に基づき本件建築工事 請負契約を解除したものとすれば,当該支出につき,Cが被った損害とみることができるのであれ ば,破産法第54条第1項に基づき,その賠償について破産債権者としてその権利を行使すること が考えられる。 解答に当たっては,破産法第54条第1項を指摘しつつ,Cの上記@,Aの契約に基づく支出に つき,同項に規定する「損害」ということができるか,自らの考え方とその理由を論じ,設問に則 して当てはめをする必要がある。その過程では,本件建築工事請負契約は,CがA社に対し,80 0万円を支払っていない段階で解除されているという事案の特徴を踏まえた検討が求められる。 一方で,設問では,上記Aの契約に関しては,その内容がA社による本件建築工事によって生じ ていた建築廃材の撤去であることが示されている。設問に則して検討する観点からは,上記Aの契 約について支出された100万円につき,破産法第54条第1項に規定する損害として構成するほ か,破産法第148条第1項に掲げる財団債権として構成し,A社の破産手続との関係でその権利 を行使することができないかという点について検討することが考えられる。もっとも,この点につ いては,破産管財人がした行為によって生じた請求権であるとの考え方(同項第4号)や,不当利 得等により破産手続開始後に破産財団に対して生じた請求権であるとの考え方(同項第5号)など 様々な考え方があり得るところであり,また,財団債権として構成することを否定する考え方もあ り得るところである。 解答に当たっては,自らの結論に至るために必要となる範囲で破産法第148条第1項各号の解 釈をした上で当てはめを行うなどして,財団債権として構成し得るか否かについて,自らの考え方 を論ずる必要がある。 設問3は,全部義務者の一人について破産手続開始決定があった場合において,他の全部義務者 が債権者に対して弁済をしたときに,同人は当該破産手続においてどのような権利の行使ができる のかという点についての理解を問うものであり,その理解に基づく検討結果を破産債権査定申立て (破産法第125条第1項)に対する破産債権査定決定(同条第3項)の内容として明らかにする ことを求めるものである。 破産法第104条第1項は,数人が各自全部の履行をする義務を負う場合において,その全員又 はそのうちの数人若しくは一人について破産手続開始の決定があったときは,債権者は,破産手続 開始の時において有する債権の全額についてそれぞれの破産手続に参加することができるとし,手 続開始時現存額主義を明らかにしている。そして,同項の規定により債権者が破産手続に参加した 場合には,破産者に対して将来の求償権を有する者が破産手続開始後に債権者に対して一部弁済を したときは,民法上,弁済による代位の効果が生じ得るが(民法第500条,第502条) ,破産 手続においては,債権者の債権の全額が消滅した場合を除き,債権者の権利を行使することはでき ないものとされている(破産法第104条第4項) 。 設問においては,FがA社の破産手続開始前にE銀行に対して300万円の弁済をしていること に照らせば(破産債権の届出をしているE銀行としては6450万円分についてしか権利行使が認 められない一方) ,Fの届け出た破産債権額のうち300万円については,その行使を認めること ができる。 一方で,設問においては,Fは,E銀行に対してさらに200万円の弁済をしているが,これは, 破産手続開始後である。そうすると,上記破産法第104条第4項の規律に従えば,Fは,当該2 00万円の弁済に係るE銀行が有した債権を破産債権者として行使することができず,Fの届け出 た破産債権額のうち200万円については,認められないこととなる。 解答に当たっては,上記破産法第104条に係る理解を示しつつ,設問に則して論じることが必 要であるほか,破産債権査定決定における判断内容を明らかにする必要がある。 - 22 - 〔第2問〕 本問は,株式会社の民事再生に関する具体的事例を通じて,再生計画案の付議要件,その可 決要件,それが否決された場合の効果といった再生手続の基本的な手続や清算価値保障原則等 の民事再生法の関連規定に現れる諸原則について,基本的な理解を問うものである。 設問1は,A社が提出した再生計画案に対するC社の意見書を題材として,再生計画案を付 議するための要件,清算価値保障原則の意義及び趣旨,債権者平等原則の意義及び趣旨並びに その例外についての理解を問うものである。 C社の意見書の(a)は,A社が提出した再生計画案が清算価値保障原則に反しているとし ている。ここに民事再生法第174条第2項第4号は,清算価値保障原則を明らかにするもの と解するのが一般的であり,再生計画案が同原則を充たしていることは,再生計画案の付議要 件である(民事再生法第169条第1項第3号)。そして,設問においては,財産評定が完了 し提出された財産目録及び貸借対照表に基づく予想清算配当率は10パーセントとされる一方 で,想定される再生計画認可決定の日を基準とする予想清算配当率は5パーセントとされてい る。そこで,C社の意見書の(a)の主張を評価するためには(設問における再生計画案を付 議することができるかを論じるには),清算価値保障原則とは,いつの時点の清算価値を保障 するものと考えるべきかについての検討が必要となる。 考え方としては,再生手続開始の決定時であるとする考え方,再生計画認可の決定時である とする考え方,両時点であるとする考え方といったものがあり得る。解答に当たっては,清算 価値保障原則の意義や同原則が要請されている趣旨の理解を示しつつ,自説の考え方を論じ, 事案を踏まえた当てはめを行って結論を示すことが求められている。 C社の意見書の(b)は,B社の再生債権はC社の再生債権よりも劣後して取り扱うべきで あるとしている。この主張に関連して,事例においては,概要として,B社がA社の完全親会 社であること,B社がA社の破綻に責任があること,C社はB社からの説得を受けて取引を再 開した結果,売掛債権10億円を有するに至ったことが示されている。ここに民事再生法第1 55条第1項本文は,再生計画による権利変更の内容に関し平等原則を明らかにしているとこ ろ,同項ただし書は,同原則には一定の例外があることが定められている。そして,再生計画 案が同項の要請を充たしていることは,再生手続において再生計画案の付議要件である(民事 再生法第169条第1項第3号,第174条第2項第1号)。そこで,C社の意見書の(b) の主張を評価するためには(設問における再生計画案を付議することができるかを論じるに は),債権者平等原則とはどのような意義・内容なのかを説明した上で,民事再生法第155 条第1項ただし書の同原則についての例外とはどのような場合に認められるのか,そして,同 項ただし書の文理を踏まえても,一定の場合にはその例外に該当する取扱いが義務づけられる ものと解することができるかについての検討が必要となる。 解答に当たっては,債権者平等原則の意義や趣旨についての理解を明らかにし,民事再生法 第155条第1項の本文とただし書の関係に関する自説の考え方を論じた上で,事案を踏まえ て結論を示すことが求められている。 設問2は,再生債務者の事業譲渡にまつわる再生手続における規律のほか,再生計画案が可 決されるための要件及びそれが否決された場合の効果についての基本的な理解を問うものであ る。 設問2は,再生計画によらずに再生債務者の全ての事業を譲渡しようとする場合の手順に ついての理解を問うものである。 再生手続開始後において,再生債務者の事業の全部を譲渡するには,裁判所の許可を得なけ - 23 - ればならない(民事再生法第42条第1項第1号)ほか,所要の手続を経る必要があるものと されている(同条第2項及び第3項)。 一方,設問においては,A社の完全親会社であるB社は,乙社への事業譲渡について強行に 反対しているところ,これを踏まえると,当該事業譲渡については株主総会での特別決議(会 社法第309条第2項第11号)によるその契約の承認を受けること(会社法第467条第1 項第1号)が望めない状況にあると考えられる。そうすると,設問において,A社が乙社から の申入れを受け,再生計画によらずに乙社へA社の全ての事業を譲渡する場合の手続について は,民事再生法第43条に基づく裁判所による株主総会の決議による承認に代わる許可を得る ことが考えられる。そして,同許可を得るためには,再生債務者がその財産をもって債務を完 済することができないことを要するものとされているほか(同条第1項本文),当該事業の譲 渡が事業の継続のために必要である場合であることを要するものとされている(同項ただし 書)。 解答に当たっては,設問の事情を踏まえ,上記手続に関する民事再生法の関係規律の摘示と その趣旨についての理解を示すことが求められている。 設問2は,C社が再生計画案について債権者集会において同意しなかった場面を念頭に, 再生計画案の可決要件及びそれが否決された場合の効果について問うものである。 付議された再生計画案を可決するための要件としては,民事再生法第172条の3に定めが あるところ,そこでは,同条第1項に規定する同意,すなわち,議決権者(債権者集会に出席 し又は書面等投票をしたもの)の過半数の同意(同項第1号)及び議決権者の議決権の総額の 2分の1以上の議決権を有する者の同意(同項第2号)を要するものとされている。そうする と,設問においては,C社が債権者集会において同意しなかった場合であるから,その要件(同 項第1号)を充たすことができず,再生計画案は,否決されることとなる。 再生計画案が否決された場合には,一定の要件の下,債権者集会の期日の続行は可能である ものの(民事再生法第172条の5),結局,否決されたということになれば,裁判所は,職 権で,再生手続廃止の決定をしなければならない(民事再生法第191条第3号)。そして, 当該再生手続廃止の決定が確定した場合において,その再生債務者が支払不能である(破産法 第15条第1項)と認めるときは,職権で,破産法に従い,破産手続開始の決定をすることが できるものとされている(民事再生法第250条第1項)。 解答に当たっては,上記付議された再生計画案を可決するための要件,その趣旨を指摘した 上で,設問の事情をこれに適切に当てはめた上で,再生計画案が否決された場合の手続につき, 民事再生法上の関連規定を指摘しつつ論ずることが必要である。 [租税法] 〔第1問〕 本問は,法人がその役員と特殊の関係のある使用人に対して退職給与として資産を低額譲渡 した事案における法人の課税関係(設問1及び設問2),個人が賃貸している不動産に災害に よる損失が生じた事案におけるその個人の所得税の課税関係(設問3),損失についての法人 税と所得税の規定の違いとその理由(設問4)について問うものである。 設問1は,法人による資産の低額譲渡について,益金の側の法人税の取扱いにつき問うもの である。解答に当たっては,まず,益金の額への算入の規定である法人税法第22条第2項を 指摘し,同項が益金の額に算入すべき金額に「無償による資産の譲渡」が含まれる旨を規定し ていることとその趣旨ないしは理由について述べることが必要である。その上で,低額による 資産の譲渡が「無償による資産の譲渡」と「有償による資産の譲渡」のいずれに該当するかに つき述べ,低額による資産の譲渡の場合に資産の時価まで益金に算入される旨とその理由を述 - 24 - べることが期待されている。法解釈に当たっては,いわゆる南西通商事件(最判平成7年12 月19日民集49巻10号3121頁)の最高裁の判示及びその下級審の判示が参考になろう。 最後に,解答で示した法解釈を本問の事案に当てはめて,益金となる金額を解答することが必 要である。 設問2は,法人による資産の低額譲渡について,損金の側の法人税の取扱いにつき問うもの である。解答に当たっては,まず,法人税法第22条第3項第1号及び第2号を指摘し,「別 段の定め」があるものを除き,同項第1号が当該事業年度の収益に係る「原価」の額を,同項 2号が当該事業年度の「販売費,一般管理費その他の費用」の額を,損金の額に算入されると 規定していること,これら「原価」及び「販売費,一般管理費その他の費用」は当該事業年度 の収益の獲得に貢献しているから,費用収益対応の原則により,当該事業年度の損金の額に算 入することとされていることを述べることが必要である。その上で,同項第1号及び第2号を 本件の事案に具体的に当てはめることになる。 まず,本件不動産の帳簿価格3000万円についてであるが,帳簿価格3000万円は本件 不動産の譲渡による収益に直接的・個別的に対応する費用であるから,法人税法第22条第3 項第1号の「原価」に該当すること,そして,本問の事案に関連する別段の定めはないことか ら,同号により,帳簿価格3000万円は損金の額に算入されることを述べることが必要であ る。 次に,A社が本件不動産の低額譲渡により乙に取得させた経済的利益についてであるが,A 社の従業員である乙の退職に際して交付された経済的利益は退職金であること,退職金は法人 にとって収益を獲得するための費用であるから法人税法第22条第3項第2号の「販売費,一 般管理費その他の費用」に該当すること,退職金を含む給与については「別段の定め」として 法人税法第36条の規定があること,同条は,内国法人の役員と特殊な関係のある使用人に対 して交付された給与のうち不相当に高額な部分の金額は損金の額に算入されない旨を規定して いることを述べ,さらに,その規定の趣旨について説明することが必要である。その上で,内 国法人の役員と特殊な関係のある使用人,不相当に高額な部分の金額の判断基準について規定 している法人税法施行令第72条第1号,第72条の2を示し,本問の事案への当てはめをし た上で,乙に取得させた経済的利益1000万円については,特殊関係使用人に対する不相当 に高額な退職金であるから,損金の額に算入されない旨,述べることが必要である。 設問3は,不動産所得を生じる業務用資産の災害損失についての所得税法上の取扱いについ ての理解を問うものである。解答に当たっては,まず,所得税法第26条第1項を指摘し,そ れを本問の事案に当てはめて,本件不動産の賃貸から生じる所得は不動産所得である旨を述べ ることが必要である。次に,資産損失の必要経費算入に関して,所得税法第51条第1項及び 第4項は,不動産所得を生じる経済活動を「不動産所得・・・を生ずべき事業」と「不動産所 得・・・を生ずべき業務」とに区分して規定していることを指摘した上で,「事業」に当たる か「業務」に当たるかの判断基準を示し,その判断基準を本問の事案に当てはめて,本件不動 産は「業務」用の資産に該当するという結論を述べることが必要である。第3に,同条第4項 括弧書きは,資産損失が必要経費に算入されるとの規定の適用につき「第72条第1項(雑損 控除)に規定するものを除く」と規定していることから,本問の事案において損失の額が必要 経費となるかどうかについては,雑損控除の適用があるかどうかについての検討が必要である 旨,指摘することが必要である。第4に,雑損控除の適用の有無の検討に際しては,雑損控除 の適用要件とその関連法令の条文を示した上で,本問の事案への当てはめを行うことが求めら れている。その上で,本問の事案においては,雑損控除の適用があり,資産損失の必要経費算 入の規定の適用はないとの結論を示すことが必要である。最後に,雑損控除金額の算定方法に ついて規定する法令の関連条文を示し,本問の事案に当てはめて雑損控除の具体的な金額を解 答することが必要である。 - 25 - 設問4は,損失についての法人税法と所得税法の規定の違いと理由につき問うものである。 法人税法第22条第3項第3号は,損失につき,別段の定めのない限り損金の額に算入する旨, 規定しているが,所得税法第37条第1項には損失が必要経費であるとの規定はなく,必要経 費となるものについて同法第51条第1項及び第2項が限定して規定しているという差異を指 摘した上で,その理由として,法人には消費活動はないが,所得税の納税義務者である自然人 は所得稼得活動のほかに消費活動も行っていることを答えることが期待されている。 〔第2問〕 本問は,子供好きの二人の老人をめぐる心温まるエピソードに関連して,低額取引に関する 課税関係と,他の法分野で用いられている概念の租税法における解釈手法に関する理解を問う ものである。 設問1では,個人間の低額譲受と個人から法人への低額譲渡をめぐる課税関係が問われてい る。まず,所得税法第33条第1項及び第2項に触れつつ,平成30年における個人Xから法 人B社への甲土地の譲渡による所得がXの譲渡所得に該当することを指摘した上で,総収入金 額に関して所得税法第59条第1項第2号と同法施行令第169条がどのように適用される か,また,取得費に関して同法第59条第2項や第60条第1項第2号がどのように適用され るか,などの諸点について,正確な知識と,それを事案に当てはめる能力を持っているかどう かが問題となる。特に,同法第59条第2項の要件(個人間の譲渡,時価の2分の1未満の対 価,対価が取得費等の合計額に満たないこと)の正確な指摘が望まれる。さらに,平成10年 にXが支払った甲土地の所有権移転登記の費用の扱いについて,判例への言及も忘れてはなら ない。 もちろん,平成30年におけるXの譲渡所得が長期譲渡所得(所得税法第33条第3項第2 号)に該当し,同法第22条第2項第2号により,算出された譲渡所得の金額の2分の1のみ が総収入金額に算入される点など,譲渡所得の基本的な論点に関する記述も必要である。 設問2は,時価2500万円の甲土地を法人であるB社が対価1000万円で譲り受けた場 合の,法人税の課税関係が問われている。この譲受けは低額譲受であって時価と対価との差額 1500万円が益金に算入されるべきであるとの結論を導く能力を持っていることを前提に, それをいかなる条文操作によって導くかが問題となる。 問題文にもあるとおり,法人税法第22条第2項は「有償による資産の譲受け」を益金の発 生原因として規定していない。他方,判例(南西通商事件,最判平成7年12月19日民集4 9巻10号3121頁)は低額譲渡を同項の「有償による資産の譲渡」に当たるとしており, これと整合的に理解しようとすれば,低額譲受は有償による資産の譲受けに含まれることにな る。この問題状況を正確に把握し,同項の文言と,同項が無償による資産の譲受けから益金が 発生するとしている趣旨などに照らして,説得的に論旨を展開することができるかが問われる。 設問3は,租税法の解釈手法に関連してしばしば議論の対象となる,借用概念に関する問題 である。問題文にあるXの前提となる考えは,所得税法第73条と同法施行令第207条第2 号にいう「医薬品」を,「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法 律」からの借用概念だとする考え方である。 判例上,「利益配当」(最判昭和35年10月7日民集14巻12号2420頁),「匿名組合 契約」(最判昭和36年10月27日民集15巻9号2357頁),「不動産」(最判昭和37年 3月29日民集16巻3号643頁),「親族」(最判平成3年10月17日訟月38巻5号9 11頁),「配偶者」(最判平成9年9月9日訟月44巻6号1009頁),「住所」(最判平成2 3年2月18日判時2111号3頁)などの概念は,租税法において,それぞれ商法や民法に おけるのと同義に解されていることから,借用概念を借用元の法律と同義に解する考え方は, - 26 - 判例上定着していると見る余地が大きく,そう考えれば,Xの前提となる考え方は正しいよう にも思われる。 ただし,上記判例における借用元が全て商法又は民法という取引法の基本法であるのに対し て,本件で借用元となっている法律はいわゆる規制法規である。このような場合に,商法や民 法からの借用概念と同様に考えるべきかどうかも論点となる。なお,この点に関連する下級審 裁判例としては,東京高判平成14年2月28日訟月48巻12号3016頁,東京高判平成 27年11月26日訟月62巻9号1616頁があり,参考になる。 [経済法] 〔第1問〕 第1問は,「入札談合と不当な取引制限」に関する出題であり,不当な取引制限の定義規定 である私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)第2 条第6項の各要件を正確に理解していることを前提に,設例の事実関係を丁寧に分析しつつ, 特に基本合意に中途で関与した事業者の要件該当性や基本合意からの離脱の要件及び時期等を 論じることができるかを問うものである。 前者(中途関与者)については,後述する不当な取引制限の要件,特に「共同して」の要件 該当性について分析検討ができているか,当初の基本合意に参加していない事業者について, どのような状況があれば,参加したといえるかを丁寧に論じることができるかを受験生に問う こととした。また,相互拘束の意味についても,昨今の判例動向を踏まえた検討ができるかを 問うこととした。後者(基本合意からの離脱)に関しては,一般的には,入札談合において競 争事業者間の協調行為が期待できるのは,談合行為に関与していれば,一定の見返り(受注機 会)が期待できるからであるが,その期待値を下回れば,基本合意者間での協調が崩れるのは むしろ当然である。その場合,どの時点で,どのような行為が行われれば,基本合意からの離 脱が認められるかを丁寧に論じることが期待されている。 不当な取引制限の成立については,@事業者が他の事業者と,A共同して,B相互にその事 業活動を拘束すること(相互拘束)により,C公共の利益に反して,D一定の取引分野におけ る,E競争を実質的に制限することを検討する必要がある。共同遂行については論じなくとも よく,また,AとBの要件に関して,「共同して…相互に」と「その事業活動を拘束」するこ とという区分で論じてもよいこととした(多摩談合(新井組ほか)事件・最一判平成24年2 月20日)。 問題は,B及びJについて,特にA,B,D,Eの各要件を充足するか否か,B及びJがこ れらの要件を満たさなくなる時点はいつかである(以下,AないしGを「7社」という。Bを 除いて「6社」ともいう。)。 まず,Bは,6社とともに,平成27年12月から数次の会合に出席した上,平成28年1 月30日の会合における「本件合意」(基本合意)の形成に参加しており,第1回から第4回 の入札における受注予定者の決定においても本件合意に基づいて個別調整を行い,調整の結果 どおりに受注予定者が受注できるようにしていることを考慮すると,これらの要件を満たすと 考えられる。すなわち,Aの要件は,意思の連絡を意味するところ,数次の会合や本件合意が 形成された会合への参加をもって6社との間に意思の連絡が成立すること,Bの要件は,設例 で示されている(1)ないし(4)を内容とする本件合意で充足すること,Dの要件は,入札談合の ようなハードコアカルテルにおいては,通常,参加者が合意の対象とした商品・サービスで, これにより影響を受ける範囲が「一定の取引分野」を構成するところ,本問では,本件合意が 対象とする「平成28年度から3年間にわたって発注される予定の『特定農業施設工事』の指 名競争入札」が一定の取引分野として画定されることをそれぞれ簡潔に解答することが求めら - 27 - れる。Eの要件については,市場が有する競争機能を損なうことをいい,入札談合の場合には, 参加者がその意思で落札者や落札価格をある程度自由に左右することができる状態をもたらす ことを意味するところ,これは通常,談合参加事業者の割合,基本合意により落札した件数や 金額の割合,落札率,談合に参加していないものの,これに協力的な事業者の協力の程度等を 考慮して判断されることを踏まえつつ,該当する設例の事実関係を示して要件を充足すること を説明する必要があろう。 Bの違反行為の終了時期に関しては,平成30年6月15日の会合で,B及びCの各担当者 が受注を巡って激しい口論になり,同年7月30日に行われた第5回入札では,Bが6社やJ に協力を依頼せずに,同規模の工事である第4回入札とは異なる相当に低い価格で落札し,さ らに,同年8月1日に至って,6社は,Bを本件合意のメンバーから除名することを決定して いることから,これらいずれかの時期にBが本件合意から離脱したのではないか(ということ) が問題となり,A,Bのいずれの要件の問題であれ,離脱の一般的基準を示して説明すること が求められている。岡崎管工事件・東京高判平成15年3月7日等は,離脱する意思が他の参 加者に明確に認識されるような意思の表明や行動等が必要であるとしているところ,Bは平成 30年6月15日の会合で離脱したとも考えられるが,第5回入札は同年7月30日であり, その会合から入札まで1か月半の期間があることを考慮すれば,Bが翻意して本件合意に復帰 する可能性がないとはいえず(岡崎管工事件をはじめ,一時的に基本合意に反する行動を取っ た事業者がしばらくして基本合意に復帰することが見られるケースは少なくない。),Bの離脱 の時期については,平成30年6月15日の会合時だけでなく,同年7月30日の第5回入札 や同年8月1日の除名決定の時点とも考えられ,いずれにしても,設問の事実関係を正確に読 み取り,これを離脱の一般的基準等に当てはめつつ適切に評価できるかが重要である。 次に,Jは,本件合意を形成するに至るまでの会合には一切参加していない。Jは,工事の 規模や技術力から受注できると考えた特定農業施設工事の入札に指名された場合には積極的に 落札を目指して低価格で入札する一方で,希望しない特定農業施設工事の入札に指名された場 合には7社に協力するつもりであったものの,このような協力の意図はJの内心にとどまると いう設例の事実関係の下では,少なくとも本件合意が形成された平成28年1月30日の会合 の時点でJが本件合意に参加したとみることは困難である。しかし,Jは,第1回入札時から, Aより指名の有無や受注の意思について問い合わせを受けた際,これに回答し,さらに,指名 を受けた第3回入札と第5回入札においては,Aから連絡を受けて,受注予定者の入札価格よ り高い価格で入札することにより,受注予定者の受注に積極的に協力しており,Jは既に形成 された本件合意の少なくとも一部に中途で参加した者と考えられる。このような立場のJにつ いても,Aを介した意思の連絡があり(Aの要件),特定農業施設工事の指名競争入札の取引 分野(Dの要件)において,市場支配力の維持,強化に寄与して競争を実質的に制限している (Eの要件)と考えることができるであろう(なお,違反行為の始期,つまり本件合意への参 加時期については,第1回入札でAからの問い合わせに回答した時点や第3回入札において積 極的に受注協力した時点などと考えることができよう。)。ただし,Bの要件を充足するかに関 しては,積極・消極の両論があり得る。すなわち,Jは入札制度の趣旨に反すると考えられる 低価格で入札することを避けるという行動を取ったり,競争上機微な情報に属すると思われる 指名や受注意欲の有無をAに回答したりすることにより,本来は自由な事業活動を制限し合っ ているから,(意思を連絡させた上で)「事業活動を拘束」することの要件を満たすとも考えら れるが,他方で,相互拘束の要件をその内容や目的が共通でなければならないと厳格に解釈し, Jが受けている拘束の内容は7社のそれとは異なること(Jは特定農業施設工事の入札におい て,一方的に7社のいずれかの受注に協力するだけであること,または自らが低価格で落札す ることを完全には否定していなかったこと),あるいはJが事業活動を制限する目的は7社と 異なること(Jは特定農業施設工事ではなく,別の異なる工事分野で7社から協力を受けたい - 28 - という目的を有すること)を理由にBの要件を否定する解答もあり得る。いずれにせよ,各要 件をどのように解釈することによってその結論を導いたのかを説明することが求められる。 最後に,Jは本件合意から離脱する行動を別段取っているわけではないから,Jが本件合意 に参加したと認定する場合には,Jの違反終了時は本件談合全体が終了した時点ということに なる。不当な取引制限に該当する違反行為の終了時期については,各事業者が相互拘束から解 放されて自由に事業活動を実施することとなった時点と考えられるから(モディファイヤー価 格カルテル事件・東京高判平成22年12月10日),本問では公正取引委員会(以下「公取 委」という。)の立入検査が行われた平成30年9月20日(の前日)がJにとっての違反の終 了時となるであろう。 〔第2問〕 第2問は,設問1において,X社及びY社によるY社を存続会社とする吸収合併計画(以下 「本件計画」という。)が独占禁止法第15条第1項第1号に違反するか否か,設問2において, 設問1で検討した本件計画の問題点を解消するための設計可能な修正(以下「問題解消措置」 という。)を検討することを問うものである。具体的には,主として同号の「一定の取引分野」 における「競争を実質的に制限することとなる」というそれぞれの要件の意義や判断基準を示 しつつ,設問に示された事実関係を丁寧に当てはめて,本件計画の可否や独占禁止法に適合す る適切な問題解消措置を設計して解答することが求められる。 設問1に関して,まず,「一定の取引分野」の認定,つまり市場画定は,一般に商品範囲と 地理的範囲についてなされるところ,商品範囲については,針甲と針乙が同一の市場で競争し ていると見ることができるかどうか,地理的範囲については,針甲メーカーが世界中に存在し ている一方で,市場が日本に限定されるかを,それぞれ検討する必要がある。それらの検討に 当たり,商品範囲については,各針の用途や形状の相違,地理的範囲については,国内におけ る法律に基づく販売承認制度の存在,顧客の購入慣行等について言及する必要があろう。 次に,「競争を実質的に制限することとなる」については,その意義についてあるべき解釈 を示した上,本件計画が,いわゆる水平的企業結合であることを意識し,単独行動と協調的行 動のそれぞれの観点から具体的事実に即して「競争を実質的に制限することとなる」か否かを 論じることとなろう。もっとも,本問では,ハーフィンダール指数(HHI)やいわゆるセー フハーバーについては必須のものとして問うていない。 「競争を実質的に制限することとなる」か否かの判断に際しては,設問に示された,当事会 社の地位,競争者の状況,新規参入,輸入,需要者とその行動に関する事実を読み解いて,本 件計画の実施が市場における競争にどのような影響を及ぼすかを解答することが求められる。 すなわち,単独行動については,当事会社のシェアが合計55%で市場1位となり価格引上げ のインセンティブが存在することを前提に,競争者においては国外からの生産振り分けや第三 者委託による増産が困難であることから,その供給余力・能力が欠如していること,新規参入 に当たって必要とされる製品への新規機能追加には一定の開発期間や投資を要すること,輸入 に関しては,国内既存業者以外の海外生産者はそもそも少数であり,新規の国内販売には販売 承認を要する上,需要者は国内販売実績のない海外製品の購入を敬遠すること,さらに,需要 者は,競争的購入方法を採用して低価格を選好するものの,品質や使い慣れの重視から頻繁な 変更を行わない傾向があることといった事実を示した上,それらの競争上の牽制力を適切に評 価し(当事会社に対する牽制力は貧弱ないし欠如しているという評価となろう。),本件計画が 競争を実質的に制限することとなるか否かを検討することが求められよう。また,協調的行動 を問題とする場合には,当事会社と競争者による協調的行動及びカルテル行動の容易化をもた らしうる競争者の対称性や市場透明性等を指摘し,上記の単独行動の場合で指摘した事実関係 を踏まえつつ評価することが必要となろう。 - 29 - 設問2に関して,問題解消措置は,競争当局である公取委が審査過程で示す競争上の懸念を 解消すべく提案されるものである。公取委は,審査において,その実効性を確認し,特に問題 解消措置が事業譲渡など新たな結合関係を形成する場合には,そうした新たな企業結合が別個 の競争上の懸念を生じさせないかを検証している。本設問では,このような流れ自体を提示す る解答を求めてはいないが,それを踏まえて,当事会社が提案すべき問題解消措置の在り方, その実効性の評価,問題点の有無の評価等を検討する必要がある。 まず,設問1で検討した単独行動や協調的行動に対する競争上の牽制力を踏まえて,本問で の競争上の懸念がいかなるものかを示す必要がある。その上で,問題解消措置には,構造的措 置と行動的措置といわれるものがあるところ,それらの意義,内容及び競争回復効果を踏まえ つつ,競争上の懸念を払拭するため,どのような措置がより適切かを導き出して説明する必要 がある。それに際しては,設問2で示されている流通業者の地位,流通市場の状況等を踏まえ つつ,計画修正が市場に与える影響などを考慮する必要がある。いずれにしても,計画修正の 内容は,設問1において,当事会社に対する牽制力は貧弱ないし欠如していると評価すること となると考えられるから,牽制力のある競争単位を創出するなどの競争回復に十分なものとな る必要がある。 構造的措置としては,事業譲渡計画を採用することが考えられる。その場合には,当事会社 のうちいずれの会社の事業をどの範囲で分離して,いずれの被譲渡者に譲渡するのか,当該譲 渡によって競争上の懸念が解消されるのかといった実効性の評価や実効性を確保するために必 要な譲渡の具体的内容を解答することが求められる。本設問で,被譲渡者を流通業者M社とす る場合には,実効性や譲渡の具体的内容について,M社の過去の経験やノウハウ,品揃え,競 争インセンティブ等に照らし合わせながら整合的に説明することが望まれる。 その上で,譲渡される事業と譲受先との関係から生じうる競争上の問題を摘出し,各当事者 の事業内容・関連商品の状況,譲渡者・被譲渡者の属する市場の状況等を鑑みながら,問題の 有無を説明し,必要に応じて追加的な措置をも考えることが望まれる。M社が事業の譲受先と される場合には,当事会社とM社は,垂直的関係に立つこととなるので,流通業者への情報集 中が生ずることより発生する競争への影響とそれに対する情報遮断措置を考えることなどもで きる。 また,事業譲渡以外の措置を採用することが適切と考えた場合でも,当該措置がどのような 反競争効果の抑止を狙いとしたもので,市場にどのような影響を与えるのかなどを具体的に説 明することが求められる。 [知的財産法] 〔第1問〕 1 設問1は,職務発明該当性及び方法の発明に関する特許権の効力の範囲等を問うものであ る。設問2は,補償金請求権の行使の制限を問うものであり,設問2は,補正後におけ る補償金支払請求のための再警告の要否を問うものである。設問3は,間接侵害の成否を問 うものである。 2 設問1については,第1に,上司に反対されながら甲が完成させた本件発明は職務発明(特 許法(以下「法」という。)第35条第1項)に当たらず,特許を受ける権利を有しないX の本件出願に対してされた特許は無効にされるべきもの(法第123条第1項第6号)であ るとの権利行使制限の抗弁(法第104条の3第1項)が認められるかが問題となる。法第 35条第1項の「職務」該当性については,従業者が自発的に完成した発明でも,その従業 者の本来の職務内容から客観的に見て発明の完成が使用者との関係で一般的に予定され期待 されており,かつ,従業者に対する便宜供与や研究開発援助などにより使用者が発明完成に 寄与していれば職務発明に該当するとの考え方(大阪地判平成6年4月28日判時1542 - 30 - 号115頁【マホービン事件】)や,職務命令,従業者の地位,給与,職種,使用者の関与 の程度等の諸般の事情を総合的に勘案して決定するとの考え方などがあるところ,これらを 念頭に置きつつ,本件発明が職務発明に該当するのか否かについて,発明の完成が期待され ていない旨の甲の説明をはじめとする設例の事実関係を踏まえて,自説を説得的に論述する ことが求められる。その結果,職務発明該当性が肯定される場合には,Xの職務発明規程に より特許を受ける権利はXに原始的に帰属するため(法第35条第3項),冒認を理由とす る権利行使制限の抗弁は認められないこととなろう。なお,冒認の無効理由について,特許 を受ける権利を有する者ではないYは無効審判を請求することはできないが(法第123条 第2項),権利行使制限の抗弁を主張することは可能であること(法第104条の3第3項) に言及されていれば,積極的な評価が与えられよう。 第2に,本件発明が単純な「方法の発明」であるか「物を生産する方法の発明」であるか により「実施」(法第2条第3項)の範囲が異なるところ,本件発明がいずれの発明であっ て,Y製品の製造販売が本件特許権の侵害に当たるか否かが,まず問題となる。この点につ いては,「方法の発明」か「物を生産する方法の発明」かは,特許請求の範囲の記載に基づ いて判定すべきものであると判示した最判平成11年7月16日民集53巻6号957頁 【生理活性物質測定法事件】を踏まえつつ,本件事案に当てはめることが求められる。次に 法第100条第2項に基づくY製品の廃棄請求の可否,すなわち,同項は同条第1項「によ る請求をするに際し」と定めており,差止請求に附帯して請求すべき同条第2項の請求とし てどのような請求が認められるか,Y製品の廃棄は同項の「侵害の予防に必要な行為」に当 たるのか,といった点が問題となる。この場合,同項の「侵害の予防に必要な行為」との関 係では,特許発明の内容,侵害行為の態様及び差止請求権の具体的内容等に照らして,差止 請求権の行使を実効あらしめるものであって,かつ,差止請求権の実現のために必要な範囲 内のものであることを要すると判示した前掲【生理活性物質測定法事件】最判が存在するこ とも念頭において,自説を展開し本件事案に当てはめることが求められる。 3 設問2については,法第65条第1項の補償金請求権の行使を制限する理由と適用条文 が問題となる。すなわち,本件出願前から広く使用されていた本件当初発明は,本件出願前 に公然実施された発明(法第29条第1項第2号)に当たり,特許には無効理由(法第12 3条第1項第2号)があるため,Yは,Xによる補償金支払請求に対して,法第65条第6 項で準用される法第104条の3第1項に基づき,補償金請求権行使の制限の抗弁を主張す ることができることを述べる必要がある。 4 設問2については,補償金請求権の行使について法第65条第1項は警告又は悪意を要 件としているところ,Yは補正後に再度の警告をしていないため,補償金請求権の行使が認 められないかが問題となる。この点については,法第65条第1項が警告又は悪意を要求す る趣旨を第三者に対する不意打ち防止と解した上で,警告後の補正により登録請求の範囲が 減縮され,第三者が実施している物品が補正前後を通じて考案の技術的範囲に属する場合に は,再度の警告は不要であり,第三者に対する不意打ちにはならない旨判示した最判昭和6 3年7月19日民集42巻6号489頁【アースベルト事件】を念頭において,本件事案に 当てはめる必要がある。その場合,Y方法は補正前後を通じて本件(当初)発明の技術的範 囲に属すると考えられる一方,本件出願には拒絶理由があるため特許権は設定登録されない だろうとYが期待したと考えられることを踏まえて,そのような期待が保護されるべきか否 かについて,自説を説得的に論述することが求められる。 5 設問3については,本件発明の実施にのみ用いられる測定機器MがZにより全て外国に輸 出される場合における専用品(「にのみ」)型間接侵害の成否(法第101条第4号)が問題 となる。この点については,直接侵害が成立しない場合の間接侵害の成否をめぐり,独立説, 従属説,折衷説といった考え方があることを念頭におきつつ,外国で直接実施されるために - 31 - 直接侵害が成立しない場合の間接侵害の成否について,Yが国内で製造販売したMをZが輸 出している設例の事実関係を踏まえて自説を論述することが求められる。 〔第2問〕 1 設問1は,美的鑑賞に加えて宗教上の信仰目的も有する作品の著作物性(著作権法(以 下「法」という。)第2条第1項第1号)について,一品制作された物品と,商品として大 量生産される物品のそれぞれに関する理解を問うものである。設問2は,公開の美術の著 作物等の利用に関する著作権の制限(法第45条第2項,第46条)の理解を前提に, 善意者に係る譲渡権(法第26条の2第1項)の特例(法第113条の2)と知情頒布に よるみなし侵害(法第113条第1項第2号)の理解,及び,譲渡権の消尽(法第26 条の2第2項第1号)と債務不履行との関係の理解を,それぞれ問うものである。設問3 は,著作者が存しなくなった後における人格的利益の保護(法第60条)をめぐり,同一 性保持権(法第20条第1項)の侵害となるべき行為とその制限であるやむを得ないと認 められる改変(同条第2項第4号),及び,その保護の効果としての名誉回復等の措置請求 (法第116条第1項,第115条)に関する理解を問うものである。 2 設問1では,まず,一品制作された美術工芸品(法第2条第2項)であるαの著作物性 については,αが表現に一定の制約がある仏像彫刻作品Aの外観の表現であることから, 特に創作性の有無が問題となる。著作物として求められる創作性は,他の作品とは異なる 著作者の個性が何らかの程度表れれば足りると解されるところ,一方では仏教美術の仕来 りに従うなど選択の幅が限られることについて,他方では仏師X1の世界観・宗教観が反 映されていることについて,それぞれどのように評価するかに言及しながらαの著作物性 を検討することが求められる。 次に,βの著作物性については,αと同じく仏像彫刻Bの外観の表現でありながら,B が商品として大量生産され家庭内の仏壇に設置されることから,その著作物性をどう考え るかが問題となる。美的鑑賞性に加え実用性をも兼ね備え量産される作品の著作物性につ いては,いわゆる応用美術の問題として議論されているところ,裁判例・学説共に立場が いまだ分かれており決着を見ていない。例えば,応用美術の著作物性を美的鑑賞のみを目 的とした作品(いわゆる純粋美術)のそれと同様の基準で判断するとの立場(知財高判平 成27年4月14日判時2267号91頁【TRIPP TRAPP事件】)や,実用目的 に必要な構成(機能的制約を受ける要素)から分離できる美的特性を備えた要素に限って 著作物として保護する立場(知財高判平成26年8月28日判時2238号91頁【激安 ファストファッション事件】)等がある。そこで,純粋美術の著作物性判断基準との異同に 留意しながら,また,著作権法とは異なる手法で工業デザインを保護する意匠法との相互 関係にも言及しつつ,それぞれの立場で一貫した説明をすることが求められる。 3 設問2では,Y1の境内には誰でも立ち入れるが,時間的な制限があるので,美術の 著作物αの原作品であるAは「一般公衆に開放されている屋外の場所」に恒常的に設置(法 第45条第2項)されているかが問題となる。これを肯定した場合には,設置についてY 1はX1の許諾を得ていることから,その後は原則として,αについていかなる利用も可 能となる(法第46条柱書)。 しかし,Y1は,専ら美術の著作物の複製物(絵葉書P)の販売を目的として複製し,そ の複製物をY2に販売しているので,Y1の行為はX1の複製権(法第21条)と譲渡権(法 第26条の2第1項)の侵害に当たる(法第46条第4号)。 その結果,Y2は,著作権を侵害する物品Pを公衆に譲渡していることになり,さらに, P譲受時にY1による侵害事実について善意有過失なので,善意者に係る譲渡権の特例(法 第113条の2)の適用はないため,譲渡権(法第26条の2第1項)の侵害が成立する。 - 32 - また,Y2はX1から警告を受けた後はY1による侵害事実について悪意に転じ,以後の 頒布と頒布目的所持は,著作権侵害とみなされる(法第113条第1項第2号)。 4 設問2では,Y1のライセンス契約違反が,著作権侵害を基礎付けるかどうかが問題 となるところ,Y1が履行しなかったX1に対する債務(ライセンス料支払義務)の法的 性質や発生根拠等に着目しながら,本問に当てはめて検討することが求められる。本問の 事実関係に照らせば,Y1の同義務違反は著作権侵害には当たらないため,Y1によるP のY2(公衆)への譲渡により譲渡権は消尽し,更なるY2による公衆への譲渡は適法と なるであろう(法第26条の2第2項第1号)。ここで,Y1によるライセンス料の不払い につきY2が悪意であることは,この結論を左右しない。 5 設問3では,Y1の行為は著作者X1の死後になされているが,X1が存しているとし たならば著作者人格権の侵害となるべき行為(法第60条本文)に該当するかが問題とな る。 この点について,まず,Y1によるA仏頭のCへのすげ替えは,著作物αの改変であり, αの著作者X1が存しているとしたならばその同一性保持権(法第20条第1項)の侵害 となるべき行為に当たる可能性があることを指摘する必要がある。 次に,Y1による改変は,やむを得ないと認められる改変(法第20条第2項第4号) に当たるかが問題となり,この点について判断基準を示して,改変の理由が信者ではなく Y1内部で不評であったことや,仏像全体の新造が可能であったと考えられることなどの 事情を考慮して検討することが求められる。 さらに,X1の死亡直後であり,仏頭の首のすげ替えという態様の性質に鑑みれば,た とえ仏頭がY1内部に保管されていたとしても,なお当該改変行為はX1の意を害しない (法第60条ただし書)とはいえないだろう。 したがって,X1の最優先遺族であるX2は,Y1に対して名誉回復等の措置請求(法 第116条第1項,第115条)が可能である。ここで,名誉回復等の措置請求の具体的 内容,例えば事実経緯広告,謝罪広告,原状回復(仏頭の再すげ替え)等を請求すること の可否について,更に説得的に論じられていれば,積極的な評価が与えられる。 [労働法] 〔第1問〕 本問は,期間の定めのない労働契約により雇用されていた労働者に対する,成績不良と反抗 的態度を理由とする解雇について,解雇の事由・手続の両面からその効力を検討し,さらに事 後に発覚した事由(経歴詐称)の取扱いについても論じることを求めるものである。解雇に関 して関係条文・判例が定立している規範を正確に理解した上で,具体的事案に的確に適用する ことができるか否かが問われている。 設問1では,まず本件解雇の性格(普通解雇)を確認した上で,就業規則所定の解雇事由の 該当性と労働契約法第16条の権利濫用が成立するか否かを,事実関係に照らしながら議論す ることが求められる。詳細な事情が分からないので明確な結論を出すことは困難であるが,自 分なりの評価に基づいて一定の方向を示すことが望ましい。また,解雇の手続として,本件で は労働基準法第20条第1項の予告又は予告手当の支払がなされていないが,同項但書の例外 に該当するか否か,就業規則条項との関係,法違反の場合の効果などについて,判例(細谷服 装事件・最判昭和35年3月11日民集14巻3号403頁)の立場にも留意しながら検討し た上で,結局,訴訟において具体的にどのような請求をなすことが可能あるいは適切かを論じ てほしい。 - 33 - 設問2では,新たに発見された採用時の経歴詐称の評価,特に懲戒解雇事由に該当するか否 かを論じる必要があろう。その上で,第1に,本件解雇の時点では使用者がそれを認識してい なかったにもかかわらず,同解雇の効力を争う訴訟において援用することができるか否かが, 重要な論点となる。類似の判例(山口観光事件・最判平成8年9月26日労判708号31頁) はあるが,解雇が懲戒解雇であった点が異なっており,この点を意識した上で説得的に議論を 組み立てる必要がある。第2に,上記の事後的な援用が否定された場合に,改めて解雇をする ことが考えられるが,その場合の解雇の種類の選択,主張の仕方,賃金及び退職金の処理など について,きちんと整理をして論述することが望まれる。 〔第2問〕 本問は,労働協約に基づいて設置されている労働組合の掲示板から使用者が掲示物を撤去し たこと,及び労働協約に基づいてなされていたチェックオフについて労働協約の解約により廃 止することが,それぞれ支配介入の不当労働行為に該当するか,並びにその場合の救済機関及 び具体的な救済方法について検討することを求めるものである。いずれも集団的労使関係に関 する基本的な論点であり,労働組合法第7条の不当労働行為,同法第15条の労働協約の解約, 組合費のチェックオフなど,同法及びこれに関連する主要な規範について正確に理解した上で, 具体的事案に的確に適用することができるかが問われている。なお,使用者による掲示物撤去, チェックオフ廃止は,近年,注目される裁判例のあった事項であるが(東海旅客鉄道事件・東 京高判平成29年3月9日労判1173号71頁,大阪市チェックオフ廃止事件・東京高判平 成30年8月30日労判1187号5頁),これら裁判例の判断枠組みと同じ構成によるか否 かにかかわらず,不当労働行為制度に対する基本的かつ正確な理解と,規範の明示,説得力あ る論述がなされているかどうかが重要である。 設問1では,労働協約に基づく掲示板の利用と掲示物撤去の事案であるから,施設管理権(国 鉄札幌運転区事件・最判昭和54年10月30日民集33巻6号647頁)の議論ではなく, 労働協約の解釈・適用について論じる必要がある。労働協約に定める撤去要件への該当性をど のような枠組み・考慮要素で判断するかを論じた上,本件の事実関係への当てはめにおいては, 苦情処理制度や団交拒否をどう考えるかについても検討することが望ましい。 設問2では,本件のチェックオフの労働協約は,期間の定めのないものであるから,労働組 合法第15条第3項・第4項による解約が可能であることの正確な理解と明示が不可欠である。 しかし,同条項による解約が有効でも,チェックオフの私法上の法律関係と支配介入の成否は 別であり,解約が有効だからといって支配介入に該当しないわけではない。この点を理解した 上で,支配介入の該当性の判断における考慮要素や考え方などが問われており,不当労働行為 制度の理解に根差した論述と,本件の事実関係の整理・当てはめが求められる。 [環境法] 〔第1問〕 本問は,公害対策の政策目標である環境基準に関する基本的理解を前提として,水質の環境 基準に焦点を当てて,水質汚濁防止法(以下「水濁法」という。)に基づく環境基準の達成手 法及び環境基準が設定されていない物質への対応を問うものである。現在,水質の環境基準の うち健康項目に関しては,全国的に環境基準がほぼ100%達成されているものの,生活環境項 目については,特に閉鎖性海域及び湖沼において環境基準が未達成のところも少なくない。国 - 34 - と地方公共団体の役割分担を踏まえつつ,汚染源の種類・性質に応じた対策について論じるこ とが期待される。 設問1では,水質の環境基準は,環境基本法第16条に基づいて健康項目と生活環境項目に 分けて設定されていること(同条第1項),健康項目は全公共水域一律の基準であるのに対し, 生活環境項目については二以上の類型を設け,それぞれの類型を当てはめる水域を指定するも のとして定められていること(同条第2項)を理解した上で,資料の環境省告示を参照しつつ, @生活環境項目については,河川(湖沼以外と湖沼)と海域という水域ごとに利用目的に応じ た類型ごとの基準が設けられていること,A基準の達成期間については,健康項目に関しては 直ちに達成とされているのに対し,生活環境項目に関しては段階的達成も認められていること を指摘する必要がある。 また,このように設定方法が異なる理由について,人の健康は何ものにも優先して尊重され なければならないため,健康項目に関しては,数値に差を設けたり,一部の水域には適用しな いこととしたりするのが適当ではないのに対し,生活環境項目に関しては,@水産業の生産物 等も保護対象に含まれ(環境基本法第2条第3項),A保護されるべき利水目的が公共水域ご とに多種多様であるから,基準を一律に設けることが適当ではない旨を述べることが期待され る。 設問2では,A県においては,従来,水質汚濁防止法第3条第1項に基づく一律排水基準が 適用されてきたが,生活環境項目であるCOD,全窒素,全燐及び亜鉛に関する環境基準が一 部海域において未達成であるという状況が20年以上にわたって続いているという状況に対 し,都道府県が水質汚濁防止法上採り得る措置について,工場・事業場及びそれ以外の汚染源 に分けて論じる必要がある。その際,水濁法は一律排水基準のみで環境基準を達成できない場 合の工場・事業場対策として,排水基準の上乗せによる濃度規制と汚濁負荷量に関する総量規 制を設けているから,工場・事業場対策については,両方の措置について言及する必要がある。 第1に,排水基準の上乗せに関して,COD,窒素,りん及び亜鉛に関する一律排水基準は, 水濁法第3条第2項にいうその他の汚染状態に関する基準として排水基準を定める省令第1条 の別表第2に掲げられているが,水濁法第3条第3項により,この一律排水基準に代えて,よ り厳しい基準の設定が可能であり(上乗せ基準),A県においても,より厳しい許容限度を設 定することが考えられることを指摘する必要がある。 また,排水基準を定める省令によれば,生活環境項目の排水基準は,1日当たりの平均的な 排出水量が50立方メートル未満の特定施設には適用されないこととされているが,水濁法第 3条第3項に基づいて,これら生活環境項目に係る一律排水基準が適用されない小規模事業場 に排水基準を適用することも可能であり(裾出し規制),A県には,小規模な旅館も多数ある ことから,裾出し基準の設定を検討すべき旨を指摘することが期待される。 さらに,海域Fにおいて全亜鉛の環境基準が達成されていないことについては,A県には亜 鉛について暫定基準が適用されているめっき工場が集積していることに着目することが望まれ る。暫定基準は,排水基準違反には直罰規定が適用されること,業種により技術的に直ちに基 準を遵守することが困難な場合があること等から経過的措置として認められているものである が,長年にわたり環境基準が達成されていない状況を踏まえ,亜鉛の暫定基準に関する上乗せ の可否について論じることが考えられる。水濁法にはこれを禁じる明文規定はなく,実務上も, 環境基準が達成されていない場合に暫定基準について上乗せ規制を行うことは差支えないと解 されているが,生活環境項目に関する環境基準の趣旨,暫定基準の趣旨,A県の現状,比例原 則等を考慮して論じられていれば,可否いずれの結論であっても差し支えない。 なお,特定事業場以外にも発生源施設がある場合には,当該施設に対し,条例により独自の 排水基準を設けて規制を行うことも考えられるが(水濁法第29条第3号),本問では,この 点に言及しなくとも差支えない。 - 35 - 第2に,総量規制に関しては,海域について総量削減計画を策定し(同法第4条の3),総 量規制基準の設定が可能であることを指摘した上で(同法第4条の5),知事が総量削減計画 の作成等をするためには環境大臣による基本方針の作成と政令による指定地域の設定が必要で あること(同法第4条の2)に触れる必要がある。さらに,本件において政令指定がされない 場合の措置として,都道府県独自に総量規制を設けることの可否について論じることも考えら れる。 第3に,工場・事業場以外の汚染源のうち,生活排水対策については,非規制的手法が基本 とされており(同法第14条の5以下),生活排水対策には,家庭における対策(努力義務) (同 法第14条の7)と地域における対策(下水道整備等)があることを踏まえた上で,都道府県 知事は生活排水対策重点地域の指定が可能であること(同法第14条の8),当該地域におい て生活排水対策推進計画を作成し,計画に基づく施策を実施するのは市町村であるが,知事は 対策の推進に関する助言・勧告が可能であること(同法第14条の9)を指摘する必要がある。 また,農地については,水濁法では具体的措置が定められていないことを指摘した上で,この ようなノンポイントソース対策の重要性について指摘することが期待される。 設問3では,排水基準が設定されていない物質に関する条例による横出し規制の可能性が問 われている。@排水基準が設定されていない物質に関する排水基準の設定は,いわゆる横出し 規制であり,上乗せ規制とは根拠条文が異なること(同法第29条),A上乗せ基準の設定主 体は都道府県とされているが(同法第3条第3項),同法第29条は,地方公共団体一般を対 象にしているため,G市も条例による規制が可能であると考えられることを踏まえた上で,同 法第29条第1号は有害物質を横出し規制の対象から除外しているが,同条同号にいう有害物 質は,政令が定める物質であるから,水濁法の規制対象外の物質Pの規制は可能であることを 指摘する必要がある。上乗せ条例と異なり,この場合の基準は一律排水基準に代えて適用され る基準ではないため,条例では,基準を遵守させるための仕組みについて,全て独自に定める 必要があることについても触れていれば加点する。 〔第2問〕 第2問は,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。)の規制構造の基 本的な理解と,最新の改正についての理解を問うものである。廃掃法では,事業者は廃棄物を 自ら処理することが基本になっており(廃掃法第11条第1項),運搬や処理を他人に委託す る場合は原則として許可業者に委託しなければならない(廃掃法第12条第5項以下)。設問 1はこの基本的な廃掃法の構造の理解を問うている。また,平成29年の改正では,廃棄物で はないが,廃棄物と同様の取扱いを要求する「有害使用済機器」に関する規制が新設されたが, 設問2はその理解を問うものである。 〔設問1〕では,まず,使用済み家電機器の処理により生じる廃プラスチック片が廃掃法上 の「廃棄物」であるか否かを検討する必要がある。この点,廃掃法第2条第4項第1号では, 「廃プラスチック類」が産業廃棄物として挙げられているが,これは「事業活動によって生じ た廃棄物」であることが前提であり(同号),廃棄物性の検討はやはり必要になる。そして, 廃棄物性の検討は判例の「不要物」の判断方法に従うべきであるが,問題文の事実関係からす ると,本問の廃プラスチック片に取引価値はなく,「不要物」であり,「廃棄物」と認定すべき である。そして,廃棄物である廃プラスチック片は,Aの事業活動によって生じたものである から,「産業廃棄物」となる。 次に,廃プラスチック片の加工を廃棄物の「処理」 (廃掃法第1条が列挙する「分別,保管, 収集,運搬,再生,処分等」)と考える場合は,Aがそれを他人であるCに委託する場合は, 廃掃法第12条第5項のいわゆる委託基準が適用になり,Cは許可を得た産業廃棄物処分業者 でなければならない(同法第14条第12項)。 - 36 - 他方で,Aが廃プラスチックを自ら処理する場合(なお,これが原則である。廃掃法第11 条第1項)は,産業廃棄物の処理基準(廃掃法第14条第1項から第4項まで)が適用になる が,A自体は廃プラスチック片の加工について産業廃棄物の処分業者の許可は不要である(同 法第14条第6項ただし書)。他方で,産業廃棄物処理施設の設置については許可が必要であ るが(同法第15条第1項),本問は産業廃棄物の自己処理と他人委託に関する基本構造を問 うものであるため,これに触れることは必須ではない。 以上が産業廃棄物の処理に関する基本的な構造であるが,本問の特殊性は,AはCに加工委 託費用を払っており,CはAから受け取った廃プラスチック片を他者から入手したものと混同 させることなく加工し,加工の結果生じた資源であるプラスチックのペレットとともに残滓も 全てAに引き渡しているところにある。これは,見方によっては,Cの廃プラスチック片の加 工行為は,廃棄物の「処理」ではないか,又はAによる自己処理の一部に過ぎないと言えそう である。そうすると,本問では,廃掃法上の委託基準は適用にならないという結論もあり得な くはない。この点,実務では,本問と事実関係は同一ではないが,事業者で発生した廃液を他 者に再生加工させ,自ら利用する場合について,「加工委託」であるとし,廃掃法上の委託基 準は適用がないとする見解も存在する。 〔設問2〕は,上記のとおり,平成29年の廃掃法改正で追加された廃掃法第17条の2(有 害使用済機器の保管等)についての理解を問うものである。まず,本問で問題になっているの は,使用済み家電機器であり,この廃棄物性を検討すべきである(設問1では廃プラスチック が問題となっていたが,本問で問題になっているのは家電機器であることに注意すべきであ る。)。 小問では,家電機器が使用済みであること,解体されないまま山積みになっていたこと以 外の事実は不明であり,むしろAは使用済み家電機器を再資源化のために集めていたものであ るから,これを「不要物」と断定することはできない。この点,廃棄物であれば,B県として は,Aに対してその保管に関して必要な報告を求めること(報告の徴収。同法第18条第1項) や立入検査(同法第19条第1項)を実施すること,更には適正な処理の実施を確保するため に改善命令(同法第19条の3)を出し,生活環境上の保全上支障が生じ,又は生ずるおそれ があると認められるときは,その支障の除去等の措置を講ずるべきことを命ずることができる (措置命令。産業廃棄物の場合は,同法第19条の5第1項)。平成29年改正法で新設され た廃掃法第17条の2は,「有害使用済機器」について,これらの規定を準用するものである (同条第3項)。 なお,廃掃法第17条の2では「有害使用済機器」について政令で定めることになっており, 政令(廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令第16条の2)はユニット型エアコンディシ ョナー,電気冷蔵庫・冷凍庫,電気洗濯機・衣類乾燥機,テレビ等の使用済み家電機器を「有 害使用済機器」に指定しているが,本問はこの知識を問うものではない。むしろ,問題文にお いて,「使用済み機器」「保管が適正ではないこと」「人の健康又は生活環境に係る被害が生じ 得る状態」と廃掃法第17条の2の文言がほぼ引用されており,これをヒントにして同条にた どり着くことが期待されていた。他方で,使用済み家電機器の廃棄物性についてそれなりの根 拠を示した上で認定し,上記の各規定の適用があることを指摘することでも構わないが,そう するとB県の取り得る措置としては,小問との差異が無くなる解答になる。 小問では,更に事態が進み,山積みの使用済み家電機器が放置された結果,劣化・変色し て,もはや原型を留めない状態になっている。こうなると物の性状,排出の状況,通常の取扱 い形態,取引価値,事業者の意思等を総合的に勘案すると,もはや「不要物」であり,廃棄物 性を肯定することになろう。そうすると,B県としては,Aに対して,報告の徴収(廃掃法第 18条第1項),立入検査(同法第19条1項)の実施,さらには,改善命令(同法第19条 の3)又は措置命令(同法第19条の4(一般廃棄物の場合),同法第19条の5(産業廃棄 - 37 - 物の場合))を発することができ,場合によっては代執行もできる(一般廃棄物の場合同法第 19条の7,産業廃棄物の場合同法第19条の8)。B県ができることは,結果として,小問 とほぼ同様である。 ところで,廃棄物については,その態様,期間等に照らして,管理を放棄したと認められれ ば,「みだりに廃棄物を捨て」た(廃掃法第16条),と言える可能性もある。その場合,Aが 廃棄物処理業者であれば,事業の停止(一般廃棄物処理業者につき同法第7条の3,産業廃棄 物処理業者につき同法第14条の3第1号),更には許可の取消しの対象になり得る(一般廃 棄物処理業者につき同法第7条の4,産業廃棄物処理業者につき同法第14条の3の2第5 号)。なお,廃棄物処理業者の許可の取消し後であっても,措置命令の対象になることは,廃 掃法平成29年の改正項目の一つである(同法第19条の10)が,問題文にAが廃棄物処理 業者であることは記載されていないことから,ここまで回答することは期待されていない。 最後に,Dらとしては,自分たちの財産である稲が汚染され,米が販売できなくなる恐れが あるから,財産権に基づく差止請求(訴訟物は所有権に基づく妨害予防請求権)を検討すべき である。差止請求の内容は,Aに対して,廃棄物の除去により汚染源を絶つ方法を取るか,汚 染水が農業用の用水路に流れ込まないような措置を取ることを求めることになろう。なお,環 境訴訟では人格権が問題となることが多いが,本問で危険に晒されているのは「稲」に対する 財産権であり,Dらの生命・身体とすることは難しく,人格権の問題とすることはやや無理が ある。また,Dらは稲の汚染を「危惧」しているだけであり,被害はまだ発生していないこと から,損害賠償請求も難しいであろう。 [国際関係法(公法系) ] 〔第1問〕 本問は,公海の法的地位,海賊の定義,海賊に対する普遍的管轄権,国際司法裁判所の選択 条項受諾制度及び先決的抗弁に関する基本的知識と理解を問うものである。司法試験用法文に 登載されている海洋法に関する国際連合条約(以下「海洋法条約」という。)及び国際司法裁 判所規程(以下「裁判所規程」という。)の関係条文を設問に照らして抽出した後,それを適 切に解釈し,並びに選択条項受諾宣言に対する留保に関する国際司法裁判所(以下「ICJ」 という。)の判例に沿って論述すれば,十分に解答が可能な設問となっている。 設問1は,A国が自国のタラ資源保存実施法に基づき,公海上に一方的に禁漁区を設定した 上で,B国漁船Yを拿捕し,船長と乗組員を逮捕したことが,AB両国がともに締約国である 海洋法条約に照らして許容されるかどうかを問うものである。 本問では,A国によるこうした措置が海洋法条約のどのような規定との関係で問題となり, これに違反しないかが論点となる。海洋法条約第87条は,公海の自由には,公海における生 物資源の保存及び管理を定めた第2節の条件に従って,全ての国が漁獲を行う自由が含まれる とするとともに,こうした自由は,公海の自由を行使する他国の利益に妥当な考慮を払って行 使すべきものと規定する。さらに,第89条は,「いかなる国も,公海のいずれかの部分をそ の主権の下に置くことを有効に主張することができない」と規定している。 こうした規定を踏まえ,A国が公海において一方的に禁漁区を設定した行為が,国際法上認 められた沿岸国の立法管轄権の限度を超えていないかどうか,また,A国がB国漁船を自国の タラ資源保存実施法に違反するとして拿捕した行為は,自らの主権が及ばない公海に自国の国 内法の適用を拡大しており,国際法上認められた沿岸国の執行管轄権の限度を超えているので はないか,といった論点を十分に抽出して論じる必要がある。 設問2は,環境保護団体XがC国を旗国とする船舶を用い,公海上でタラ漁を行っているB 国の漁船Yの航行を妨害し漁網を切断した行為を,海洋法条約にいう海賊行為としてA国が取 り締まれるかどうかを問うものである。 - 38 - 海洋法条約では,公海においては原則として船舶の旗国の排他的管轄権に服するという旗国 主義が採用されている(海洋法条約第91条第1項・第92条第1項)。しかし,この原則は 絶対的なものではなく,公海の秩序を維持するために,例外的に当該船舶の旗国以外の国によ る海上警察権の行使を認めることがある。その一つが海賊行為を行っていると疑いのある船舶 に対する管轄権の行使である。全ての国は,海賊船舶を拿捕して,自国の裁判所で処罰するこ とのできる普遍的管轄権を有する(海洋法条約第105条)。 本問では,環境保護団体Xが行った行為が,海洋法条約第101条にいう海賊行為の定義の 要件を満たしているかどうかが論点となる。問題文に記載された事実によれば,海洋法条約の 海賊の定義が要求するいくつかの要件,具体的には,発生場所が公海であること,C国の船舶 は環境保護団体Xが保有する私有の船舶であること,C国船舶によるB国漁船に対する妨害行 為という,いわゆるtwo boats situationを満たしていること,環境保護団体Xが行ったB国 漁船の漁網を切断するという行為はB国漁船に対する不法な暴力行為であること,といった点 は問題ないであろう。 さらに,問題は,それだけで海洋法条約第101条の海賊行為の定義の要件を満たしている といえるどうかである。環境保護団体Xが行った行為が,海賊行為の定義が要求する「私的目 的」に当たるかどうかという点に留意する必要がある。反論としては,この観点から,環境保 護団体Xの行為は海賊行為に当たらないとの主張も可能であり,この要件に留意して論じるこ とが考えられる。 設問3は,A国に選択条項受諾宣言に付した留保による先決的抗弁が認められるかどうかを 問うものである。裁判所規程第36条第2項に規定されている選択条項受諾制度に対する理解 と,ICJの管轄権又は受理可能性に対する被告の抗弁である先決的抗弁の理解,更には選択 条項受諾宣言に対する留保とそうした留保の有効性に関するICJの判例に対する理解を問う ものである。 本問の場合,A国が選択条項受諾宣言に付した「タラに関するA国が制定した国内法及びこ うした国内法の執行から生じた,またはそれらに関する紛争」をICJの管轄権から除外した 留保による先決的抗弁が認められるかどうかが問題になる。ICJは,スペイン・カナダ漁業 管轄権事件判決(1998年)において,カナダ法に基づく公海上でのスペイン漁船エスタイ 号の拿捕という国際法に違反するカナダの執行行為に関する紛争に際して,ICJの管轄権を 除外するカナダの選択条項受諾宣言における留保につき,当該留保が有効であるかどうかを検 討する機会を持った。同事件ではカナダの留保の有効性を前提としてカナダの先決的抗弁を認 めたが,こうした判例が解答に当たって参考になるであろう。 〔第2問〕 本問は,外交的保護の権利の行使による国家責任の追及,非国家主体の軍事活動を支援する 外国の国家責任及び自衛権の行使の要件に関する基本的知識と理解を問うものである。いずれ も国際法上の重要な概念とそれらに関する国際裁判の判例を理解して論述すれば,十分に解答 が可能な設問となっている。 設問1は,在外自国民が損害を被った場合,国籍国が,当該自国民が居住等をしている領域 国の国家責任を追及するためどのような国際法上の主張を行い得るかを問うものである。 外国人が領域国の国際違法行為によって損害を被り,領域国の国内法制度でその損害の救済 が得られない場合,その者の国籍国が外交的保護の権利を行使して,領域国の国家責任を追及 することができるとされる。本問では,甲がB国籍であることを理由に上訴を認められなかっ たことなどから,A国の国際違法行為があったことは認められるであろう。 しかし,国家が外交的保護の権利を行使するためには,在外の自国民である私人が損害を被 った時点から国籍国が請求を開始するまでの間,その国の国籍を継続的に有していること(国 - 39 - 籍継続の原則)とその者が領域国の国内法制度上利用可能な全ての救済手段を尽くしているこ と(国内救済完了の原則)という二つの要件が満たされていなければならないとされている。 問題文の記述に即して,これらの要件が満たされているかを論じる必要がある。 なお,A国の甲に対する措置とA国内での甲の事業活動の破綻に合理的な因果関係が認めら れるとすれば,甲が被った損害に対する金銭賠償の支払を請求し得ることになる。 設問2は,非国家主体の反政府活動を外国国家が支援している場合,反政府活動の対象とな っている国家が, 支援を行っている国家の国際法上の責任を追及し得るかを問うものである。 国家は,自国に帰属する行為が国際法上の義務に違反する場合,国際違法行為を行ったとさ れ, 国家責任を負うことになるが,国家機関の地位にない非国家主体の行為は,原則として国 家に帰属しないとされる。もっとも,非国家主体の行為であっても,一定の要件を満たせば, 国家に帰属する場合があるとされていることから,本問では,まず,これに該当するかを論じ る必要がある。その際,国際司法裁判所(以下「ICJ」という。)では,支援国による非国 家主体に対する実効的支配の有無が帰属についての判断基準となるとの立場が示されてきてい ることが参考になるだろう。また,仮に非国家主体の行為が国家に帰属しない場合であっても, これに対する支援が国際法に違反するとき,その支援行為についての国家責任が生じることが あり得る。そこで,本問においても支援行為について国家責任が生じる場合に該当するかが問 題となるが,この点を論じるに当たっては,ICJのニカラグア事件判決(1986年)の立 場が参照され得るだろう。 設問3は,国連憲章の下での自衛権の行使の要件の理解を問うものである。 国連憲章第2条第4項は武力による威嚇又は武力の行使を禁止しているが,この原則の例外 の一つが,第51条に規定されている国家の固有の権利としての個別的又は集団的自衛の権利 である。 国際法上の自衛権の行使のためには, 第一に,武力攻撃の「発生」,第二に,採られる措置 以外に他の合理的手段が存在しないこと(必要性の要件),第三に,「発生」している武力攻撃 と採られる措置の間の均衡性(比例性)の三つの要件を満たすことが必要とされている。さら に,本問では,A国,B国及びC国のいずれもが国連加盟国であるので, 国連憲章第51条が, 安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置を採るまでの間に限定して,国家が 自衛権を行使することを認め,自衛権を行使した国家はその旨を直ちに安全保障理事会に報告 しなければならないと規定していることにも留意する必要がある。また,空爆を行ったC国は 直接に武力攻撃を受けた国家ではないため, 集団的自衛権の行使の要件を論じることも必要で あろう。集団的自衛権の行使の要件を論じた先例として,ICJのニカラグア事件判決(19 86年)が参照され得る。 C国によるA国領域内の軍事基地に対する空爆行為が正当化されるためには,C国による空 爆行為がこれらの要件を満たすかを問題文の記述に即して論じる必要がある。 [国際関係法(私法系) ] 〔第1問〕 渉外的事案においては,準拠法が外国法となることは珍しくはない。そうした場合,当該準 拠外国法の求める要件を,原則として問題が提起されている日本国内において実現しなければ ならない。しかし,その準拠法の定める要件が,日本法にはない制度を前提にしていることが ある。本問は,そうした問題を中心に据えながら,養子縁組の準拠法の決定と適用を問うたも のである。 〔設問1〕は,こうした問題意識の下,いわゆる決定型養子縁組制度を定める国の法律が準 拠法となった場合に,その内容を我が国においていかに実現するかを問うている。まずは,法 の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)第31条第1項前段に基づく養親の本国法 - 40 - 主義の趣旨とその当てはめ,そして同項後段に基づく「セーフガード条項」の趣旨とその当て はめを,それぞれ説明し,行うことが求められる。その上で,準拠法たる甲国民法の定める養 子縁組に関する「家事裁判所の決定」を,我が国でいかに実現するかを論じる必要がある。か つては,日本においてこのような養子決定を行うことはできないとする見解もあったが,今日 では,特別養子の審判手続によりその養子縁組を成立させることができるとするのが多数説で ある。さらに近年では,養子決定のような公的機関の関与の問題は,公法的性格を有する手続 上の問題として養親の本国法の適用範囲外とする見解もある。 「セーフガード条項」に関しては,子の本国法が日本法なので,日本民法第797条及び第 798条について言及することが期待されている。なお,〔設問1〕は,反致が成立しないこ とを前提にしている。 〔設問2〕は,養親になろうとする者が異国籍夫婦の場合の問題である。通説的な理解では, 養親のそれぞれの本国法が適用されると考えられている。本問は,養親の一方の本国法が実方 血族との断絶を定める断絶型養子縁組しか認めていない中で,養親の二人が望む普通養子縁組 を実現することができるか否かを問うている。こうした問題点を指摘した上で,これに対応す るための見解の展開が期待される。すなわち,かつて戸籍実務で採られていた「分解理論」, 判例において現在も採用されている「隠れた反致」,更には,近時,学説の一部で主張されて いる,従来とは全く異なるアプローチから「準拠法の一本化」を図り,これにより対処しよう とする見解等である。いずれの見解によるにしても,各見解を正しく理解し,適切に説明して いることが必要である。実方血族との関係を判断する準拠法を定める通則法第31条第2項に 言及し,その解釈も展開されなければならない。 〔設問3〕は,通則法第31条第1項後段に定める「セーフガード条項」に焦点を当てた問 題である。子の本国の国際私法が養子縁組の準拠法として養親の本国法を指定していることか ら,〔小問1〕では,まず「セーフガード条項」と反致の関係が問われる。この点について, 見解は分かれている。いずれの見解に立ってもよいが,ここでは自らの考え方とその根拠を適 切に述べることが期待されている。さらに,〔小問2〕では,セーフガード条項の求める「同 意,承諾」の範囲が問われている。具体的には,子の本国法の定める「養親の実子」の同意が それに含まれるか否かである。これも,肯定説,否定説いずれの見解もあり得る。自らの考え 方と根拠を明らかにすることが求められている。 〔第2問〕 本問は,名誉,プライバシー,著作権の侵害が問題となる事案を素材として,国際私法と国 際民事手続法に関する基本的理解とその応用力を問うものである。 〔設問1〕は,名誉,プライバシー,著作権の侵害の準拠法の決定について問うものである。 まず,請求@について,名誉毀損の準拠法の決定が問題となる。これについては通則法第1 9条があることを指摘し,同条の趣旨について説明した上,本件への当てはめを行うべきであ る。同条によって外国法によるべき場合には,通則法第22条について指摘することを忘れて はならない。 次に,請求Aについて,プライバシー侵害の準拠法の決定が問題となる。これについては学 説・判例ともに,通則法第19条によるとする立場と,通則法第17条によるとする立場とに 分かれている。いずれの立場による場合にも,その理由の説明が必要である。第17条説によ る場合には,甲国と日本の侵害について一つの連結点によらしめるのか,それぞれ異なる連結 でよい(モザイク連結)と考えるのかについても論じてほしい。なお,一部又は全部外国法によ るべき場合には,通則法第22条について指摘すべきである。 また,請求Bについては,@Aの場合とは異なり,被侵害権利である著作権自体がそれ自体 一つの単位法律関係を構成すると考えられる。これに関して,資料に掲げたベルヌ条約第5条 - 41 - 第2項第3文が国際私法の準則を含んでいるかどうかが問題となる。いずれの立場をとるにし ても,その理由を示すことが求められる。 次に著作権侵害による損害賠償の性質決定が問題となる。通則法第17条によるべきか,損 害賠償請求も前掲のベルヌ条約によるとすべきかが問題となる。理由を付して論じることが求 められる。なお,いずれの立場をとる場合でも,被侵害権利たる著作権が日本と甲国とで別に 存在していることを指摘すべきであろう。なお,通則法第17条によるとの立場をとり,外国 法によるべき場合は,通則法第22条の指摘が必要である。 〔設問2〕は,甲国で判決が出た場合に,その外国判決が承認されるべきか否かについて, 小問1と小問2の二つのケースについて論じることを求め,もって,外国判決承認と送達につ いての基礎的理解について問うたものである。 小問1では,執行判決訴訟が問題となっているので,懲罰的損害賠償判決も民事判決である ことを肯定する立場では,平成30年改正民事執行法第24条第5項(項番号繰下)について 触れることが望ましい(それに対し,否定説では,項番号まで特定する必要はないが,同法第 24条には触れたほうがよいであろう。)。いずれの説に立つ場合でも,懲罰賠償判決の意義に ついて述べた上,民事判決かどうかの問題があることを指摘すべきである。 民事判決性肯定説によるにせよ,否定説によるにせよ,その理由を述べなければならないが, 最高裁判例(最判平成9年7月11日民集51巻6号2573頁)にも言及することが望まし い(なお,その射程の理解については,民事判決性を肯定することを前提としているとの多数 説の理解でも,民事判決性の有無については判示していないとの少数説の理解でもよい。)。肯 定説をとる場合には,次に,民事訴訟法(以下「民訴法」という。)第118条第3号違反の 問題が生じること,その解釈の結論とその理由を述べることが必要である。 いずれの立場をとる場合でも,本小問についての結論をまとめる際には,本件外国判決の慰 謝料部分が承認されるかどうかについても触れるべきである。 小問2では,いわゆる直接郵便送達の効力の問題を取り上げている。この問題は,民事又は 商事に関する裁判上及び裁判外の文書の外国における送達及び告知に関する条約(以下「送達 条約」という。 )(昭和45年条約第7号)との関係で問題とされることが多い。しかし,日本 はこの問題に関して重要な送達条約第 10条(a)に定める「直接に裁判上の文書を郵送する権 能」について長年拒否宣言をしていなかったところ,平成30年12月21日に拒否宣言をし, 同日その効力が生じた。そこで,送達条約については従来の条約の状態を前提に問うことは試 験時にすでに過去のものとなった状態について問うことになって適切ではなく,また,平成3 0年の拒否宣言は受験生の間にはまだ知られていないと考えられたので,これについて問うこ とも適切ではないと考え,結局,送達条約には言及しない出題の仕方をした。 答案では民訴法第118条第2号を指摘し,その趣旨について述べ,本件についての結論を 理由とともに示すことが必要である。いずれの結論とするにせよ,外国から直接郵便により裁 判の呼出状等が送られてくることの意味や是非も踏まえて,論ずることが必要である。甲国が 送達条約の締約国である場合まで考えて場合分けして解答する答案には,それが過去の状態を 前提とするものであっても,拒否宣言をしたことを前提とするものであっても,加点の対象と する。 - 42 -