論文式試験問題集 [法律実務基礎科目(民事・刑事)] - 1 - [民 事] 司法試験予備試験用法文を適宜参照して, 以下の各設問に答えなさい。 ただし, 登記上の利害関 係を有する第三者に対する承諾請求権(不動産登記法第68条参照)を検討する必要はない。 なお, 解答に当たっては, 文中において特定されている日時にかかわらず, 試験時に施行されて いる法令に基づいて答えなさい。 〔設問1〕 弁護士Pは, Xから次のような相談を受けた。 【Xの相談内容】 「私(X)はZ県の出身ですが, 大学卒業後は仕事の都合でZ県を離れていました。 近年, 定年退職の時期が迫り, 老後は故郷に戻りたいと考え, 自宅を建築するためにZ県内で手頃な 土地を探していたところ, 甲土地の所有者であるAが甲土地を売りに出していることを知り, 立地も良かったことから, 甲土地を買うことにしました。 私は, 令和2年5月1日, Aから, 売買代金500万円, 売買代金の支払時期及び所有権移転 登記の時期をいずれも同月20日とし, 代金の完済時に所有権が移転するとの約定で甲土地を買 い受け, 同月20日に売買代金を支払いました。 なお, 所有権移転登記については, 甲土地の付 近に居住し, 料亭を営む私の兄のBを名義人とした方が都合がよいと考え, AやBと相談の上, B名義で所有権移転登記を経由することにしました。 ところが, 甲土地の購入後, 私は, 引き続き勤務先で再雇用されることになり, 甲土地上に自 宅を建築するのを見合わせることにしました。 すると, 令和7年7月上旬頃, 甲土地の隣地に住 むCから, 甲土地を使わないのであれば1000万円で買い受けたいとの申出があり, 諸経費の 負担を考慮しても相当のもうけがでることから, 甲土地をCに売ることにしました。 私は, 早速, Cに甲土地を売却する準備にとりかかり, 甲土地の登記事項証明書を取り寄せま した。 すると, 原因を令和2年8月1日金銭消費貸借同日設定, 債権額を600万円, 債務者を B, 抵当権者をYとする別紙登記目録(略)記載の抵当権設定登記(以下「本件抵当権設定登記」 という。 )がされていることが判明しました。 私は, 慌ててBに確認したところ, Bは, 経営する料亭の資金繰りが悪化したことから, 令和 2年8月1日, 友人のYから, 返済期限を同年12月1日, 無利息で, 600万円の融資を受け るとともに, 甲土地に抵当権を設定したが, 返済が滞っているとのことでした。 以上のとおり, 甲土地の所有者は私であり, 本件抵当権設定登記は所有者である私に無断でさ れた無効なものですので, Yに対し, 本件抵当権設定登記の抹消登記手続を求めたいと考えてい ます。 なお, Bは, 甲土地の所有権名義を私に戻すことを確約していますし, 兄弟間で訴訟まで はしたくありませんので, 今回は, Yだけを被告としてください。 」 弁護士Pは, 令和8年1月15日, 【Xの相談内容】を前提に, Xの訴訟代理人として, Yに対 し, 本件抵当権設定登記の抹消登記を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。 )を提起することに した。 以上を前提に, 以下の各問いに答えなさい。 (1) 弁護士Pが, 本件訴訟において, Xの希望を実現するために選択すると考えられる訴訟物を記 載しなさい。 (2) 弁護士Pが, 本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。 )において記載すべき請求の趣旨(民 - 2 - 事訴訟法第133条第2項第2号)を記載しなさい。 なお, 付随的申立てについては, 考慮す る必要はない。 (3) 弁護士Pは, 本件訴状において, 仮執行宣言の申立て(民事訴訟法第259条第1項)をしな かった。 その理由を, 民事執行法の関係する条文に言及しつつ, 簡潔に説明しなさい。 (4) 弁護士Pは, 本件訴状において, 請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)とし て, 以下の各事実を主張した。 (あ) Aは, 令和2年5月1日当時, 甲土地を所有していた。 (い) Aは, 〔@〕。 (う) 甲土地について, 〔A〕。 上記@及びAに入る具体的事実を, それぞれ記載しなさい。 〔設問2〕 弁護士Qは, 本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。 【Yの相談内容】 「(a) 私(Y)は, Bの友人です。 私は, 令和2年7月下旬頃, Bから, Bが経営する料亭 の資金繰りに困っているとして, 600万円を貸してほしいと頼まれました。 私は, 他 ならぬBの頼みではありましたが, 金額も金額なので, 誰かに保証人になってもらうか, 担保を入れてほしいと告げました。 すると, Bは, 令和2年5月1日に所有者であるA から売買代金500万円で甲土地を買っており, 甲土地を担保に入れても構わないと述 べたため, 私は, 貸付けに応じることにしました。 私は, 令和2年8月1日, Bに対し, 返済期限を同年12月1日, 無利息で600万円を貸し付け, 同年8月1日, Bとの間 で, この貸金債権を被担保債権として, 甲土地に抵当権を設定するとの合意をしました。 ところが, Bは, 令和4年12月1日に100万円を返済し, 令和7年12月25日に 200万円を返済したのみで, それ以外の返済をしません。 Xは, Xが令和2年5月1日にAから甲土地を買ったと主張していますが, 同日にA から甲土地を買ったのはXではなくBであり, 私は, 所有者であるBとの間で甲土地に 抵当権を設定するとの合意をし, その合意に基づき本件抵当権設定登記を経由したので すから, 正当な抵当権者であり, 本件抵当権設定登記を抹消する必要はありません。 (b) 仮にXが主張するとおり, BではなくXが甲土地の買主であったとしても, Bは, 令 和2年8月1日の貸付けの際, 甲土地の登記事項証明書を持参しており, 私が確認する と, 確かにBが甲土地の所有名義人となっていましたので, 私は, Bが甲土地の所有者 であると信じ, 上記(a)で述べたとおり, Bに対して600万円を貸し付け, 抵当権の 設定を受けたのです。 仮にXが甲土地の買主であったとしても, Xの意思でB名義の所 有権移転登記がされたことは明らかですので, 今回の責任はXにあることになります。 私は, 本件抵当権設定登記の抹消に応じる必要はないと思います。 」 弁護士Qは, 【Yの相談内容】を前提に, Yの訴訟代理人として, 本件訴訟の答弁書(以下「本 件答弁書」という。 )を作成した。 以上を前提に, 以下の各問いに答えなさい。 (1) @弁護士Qは, 【Yの相談内容】(a)の言い分を本件訴訟における抗弁として主張すべきか否か, その結論を記載しなさい。 A抗弁として主張する場合には, どのような抗弁を主張するか, そ の結論を記載し(当該抗弁を構成する具体的事実を記載する必要はない。 ), 抗弁として主張し ない場合は, その理由を説明しなさい。 - 3 - (2) 弁護士Qは, 【Yの相談内容】(b)を踏まえて, 本件答弁書において, 抗弁として, 以下の各事 実を主張した。 (ア) Yは, Bに対し, 令和2年8月1日, 弁済期を同年12月1日として, 600万円を貸し付 けた。 (イ) BとYは, 令和2年8月1日, Bの(ア)の債務を担保するため, 甲土地に抵当権を設定す るとの合意をした(以下「本件抵当権設定契約」という。 )。 (ウ) 本件抵当権設定契約当時, 〔@〕。 (エ) (ウ)は, Xの意思に基づくものであった。 (オ) Yは, 本件抵当権設定契約当時, 〔A〕。 (カ) 本件抵当権設定登記は, 本件抵当権設定契約に基づく。 (@) 上記@及びAに入る具体的事実を, それぞれ記載しなさい。 (A) 弁護士Qが, 本件答弁書において, 【Yの相談内容】(b)に関する抗弁を主張するために, 上 記(ア)の事実を主張した理由を簡潔に説明しなさい。 〔設問3〕 弁護士Pは, 準備書面において, 本件答弁書で主張された【Yの相談内容】(b)に関する抗弁に 対し, 民法第166条第1項第1号による消滅時効の再抗弁を主張した。 弁護士Qは, 【Yの相談内容】を前提として, 二つの再々抗弁を検討したところ, そのうちの一 方については主張自体失当であると考え, もう一方のみを準備書面において主張することとした。 以上を前提に, 以下の各問いに答えなさい。 (1) 弁護士Qとして主張することとした再々抗弁の内容を簡潔に説明しなさい。 (2) 弁護士Qが再々抗弁として主張自体失当であると考えた主張について, 主張自体失当と考えた 理由を説明しなさい。 〔設問4〕 Yに対する訴訟は, 審理の結果, Xが敗訴した。 すると, Bは, 自分が甲土地の買主であると主 張して, Xへの所有権移転登記手続を拒むようになった。 そこで, 弁護士Pは, Xの訴訟代理人と して, Bに対して, 所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記請求権を訴訟物として, 真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記を求める訴訟(以下「本件第2訴訟」という。 ) を提起した。 第1回口頭弁論期日で, Bは, Aが令和2年5月1日当時甲土地を所有していたことは認めたが, AがXに対して甲土地を売ったことは否認し, 自分がAから甲土地を買ったと主張した。 その後, 第1回弁論準備手続期日で, 弁護士Pは, 書証として令和2年5月20日にAの銀行預 金口座に宛てて500万円が送金された旨が記載されたX名義の銀行預金口座の通帳(本件預金通 帳)及び甲土地の令和3年分から令和7年分までのBを名宛人とする固定資産税の領収書(本件領 収書)を提出し, いずれも取り調べられ, Bはいずれも成立の真正を認めた。 その後, 2回の弁論準備手続期日を経た後, 第2回口頭弁論期日において, 本人尋問が実施され, Xは次の【Xの供述内容】のとおり, Bは次の【Bの供述内容】のとおり, それぞれ供述した。 【Xの供述内容】 「私はZ県の出身ですが, 大学卒業後は仕事の都合でZ県を離れていました。 近年, 定年退職の時 期が迫り, 老後は故郷に戻りたいと考え, 自宅を建築するためにZ県内で手頃な土地を探していたと ころ, 甲土地の所有者であるAが甲土地を売りに出していることを知り, 立地も良かったことから, - 4 - 甲土地を買うことにし, Aとの間で, 売買代金額の交渉を始めました。 最初は, 私が400万円を主 張し, Aが600万円を主張していましたが, お互い歩み寄り, 代金を500万円とすることで折り 合いがつきました。 私は, 令和2年5月1日, 兄のBと共にA宅を訪れ, Aと私は, 口頭で, 私がAから売買代金50 0万円で甲土地を買い受けることに合意しました。 所有権移転登記については, 甲土地の付近に居住 し, 料亭を営み地元でも顔が広いBを所有名義人とした方が, 建物建築のための地元の金融機関から の融資が円滑に進むだろうと考え, AやBの了解を得て, B名義で所有権移転登記を経由することに しました。 私は, 同月20日, 私の銀行口座からAの銀行口座に500万円を送金して, 売買代金を Aに支払いました。 ところが, 甲土地の購入後, 私は, 引き続き勤務先で再雇用されることになった ため, 甲土地上に自宅を建築するのを見合わせることにし, 甲土地は更地のままになり, 金融機関か ら融資を受けることもありませんでした。 甲土地は, 私の所有ですので, 令和3年分から令和7年分までその固定資産税は私が負担していま す。 甲土地は, 登記上は, Bが所有者であり, Bに固定資産税の納付書が届くので, 私は, Bから納 付書をもらって固定資産税を納付していました。 」 【Bの供述内容】 「私は, Z県内の自己所有の建物で妻子と共に生活をしています。 甲土地は, 当初は, 定年退職の 時期が迫り, 老後は故郷に戻りたいと考えたXが, 自宅を建てるために購入しようと, Aとの間で代 金額の交渉をしていました。 しかし, Xは, 令和2年の正月, やはり老後も都会で生活したいと考え るようになったので, 甲土地の購入はやめようと思う, ただ甲土地は良い物件であるし, Aも甲土地 を売りたがっていると述べて, 私に甲土地を購入しないかと打診してきました。 私は, 早速甲土地を見に行ったところ, 立地もよく, XとAとの間でまとまっていた500万円と いう代金額も安く感じられたことから, 私がAから甲土地を買うことにしました。 もっとも, 令和元年末に私の料亭が食中毒を出してしまい, 客足が遠のいており, 私自身が甲土地 の売買代金をすぐに工面することはできなかったことから, 差し当たり, Xに立て替えてもらうこと になりました。 もちろん, 私は, 資金繰りがつき次第Xに同額を返還するつもりでしたが, なかなか 料亭の売上げが回復せず, Xに立替金を返還することができないまま, 今日に至ってしまいました。 このことは大変申し訳ないと思っています。 所有権移転登記の名義が私であることからも, 私が甲土地の所有者であることは明らかです。 なお, 甲土地の固定資産税は, 私が支払っていると思いますが, 税金関係は妻に任せており, 詳しくは分か りません。 」 以上を前提に, 以下の問いに答えなさい。 弁護士Pは, 本件第2訴訟の第3回口頭弁論期日までに, 準備書面を提出することを予定している。 その準備書面において, 弁護士Pは, 前記の提出された各書証並びに前記【Xの供述内容】及び【Bの 供述内容】と同内容のX及びBの本人尋問における供述に基づいて, XがAから甲土地を買った事実が 認められることにつき, 主張を展開したいと考えている。 弁護士Pにおいて, 上記準備書面に記載すべ き内容を, 提出された各書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて, 答案用紙1頁程 度の分量で記載しなさい。 - 5 - [刑 事] 次の【事例】を読んで, 後記〔設問〕に答えなさい。 【事例】 1 H地方検察庁検察官Pは, I警察署司法警察員Kから, 令和2年2月1日にJ県L市内の 民家で住人のV(77歳, 男性)が殺害された殺人被疑事件について, A(45歳, 男性) を逮捕することの是非について相談を受けた。 その時点までに収集された主な証拠の概要は 以下のとおりである。 捜査の端緒に関する捜査報告書(証拠@) 「令和2年2月1日午後9時50分頃, Vと同居していた息子Bから, 『Vが何者かに殺 されている。 』旨の110番通報があり, 同日午後9時58分頃, 警察官がV方に臨場した ところ, Vが1階居間の床上に大量に血を流して仰向けに倒れていた。 Vは, 臨場した救 急隊員により直ちに病院へ搬送されたものの, 医師によりVの死亡が確認された。 」 実況見分調書(証拠A) 「警察官が臨場した際にVが倒れていた位置は, V方1階居間中央にある応接テーブル の西側約1メートルの位置であり, その周囲の床部分には, 多量の血痕が付着していた。 V方からは, 遺留指紋6点が採取されたが, 凶器の発見には至らなかった。 」 遺留指紋に関する捜査報告書(証拠B) 上記遺留指紋のうち5点は, Vの指紋と一致し, 残りの1点は, 上記応接テーブル上面 から採取されたもので, Aの指紋と一致した旨が記載されている。 司法解剖医の警察官面前の供述録取書(証拠C) 「Vの死因は, 胸部刺創による心臓刺創に起因する失血死である。 成傷器は, 先端は鋭 利, かつ, 刃の長さが15センチメートル以上の片刃の刃物と推定される。 Vは, これに より1回刺突され, ほぼ即死したものと考えられる。 」 Bの警察官面前の供述録取書(証拠D) 「令和2年2月1日午後2時頃, Vに見送られて外出した。 同日午後9時45分頃, 帰 宅して自宅に入ると, Vが大量に血を流して倒れており, 全く反応がなかったので, 何者 かに殺害されたのだと思い, 110番通報した。 Aのことは知っている。 Vは, V方の東隣の店舗でクリーニング店を営んでおり, Aは, 同店で15年間にわたり従業員として働いていた者である。 同店の経営状況が悪くなった ことから, Vが令和元年12月末にAを解雇した。 しかし, Aは, 新しい就職先が見つか らず, 令和2年1月20日頃から毎日のように同店を訪れては, 再び雇ってほしいとVに 懇願しており, Vは, これを断り続けていた。 同月27日夕方には, 同店事務室でVとA が話をしていた際, Aが大声を上げながら両手でVを突き飛ばしたということがあった。 その時は, たまたま店番をしていた私がAを制止し, Aをなだめて帰ってもらった。 Aは, Vに用があるときはいつもクリーニング店を訪ねて来ており, 私が知る限り, A がV方に上がったことはなかった。 また, V方1階居間にあった応接テーブル上面は, 事 件当日, 私が外出する直前の午後1時45分頃に, 私が全体にわたり拭き掃除をした。 応 接テーブル上面にAの指紋が残されていたのであれば, その指紋が付いたのは, 私が同日 午後2時頃に外出してから午後9時45分頃に帰宅するまでの間としか考えられない。 」 V方西隣の住民W1の警察官面前の供述録取書(証拠E) 「令和2年2月1日午後6時頃, 私が自宅にいたところ, V方から男性の大きな怒鳴り 声が聞こえたが, 何と言って怒鳴っていたかまでは分からなかった。 」 - 6 - 2 検察官Pは, 司法警察員Kからの上記相談に対し, AがVを死亡させた犯人であること (Aの犯人性)について, 証拠B等の有力な証拠があるものの, これらの証拠に基づき認め られる間接事実の推認力が十分でないと考えた。 そのため, 検察官Pは, 現時点でAを逮捕 することは妥当ではなく, 更なる捜査が必要であると判断し, 司法警察員Kにその旨を伝え た。 3 その後, 主に以下の証拠が収集され, 再度司法警察員Kから相談を受けたことから, 検察 官Pは, 以前に収集された証拠に基づき認められる間接事実に, 証拠FからJに基づき認 められる間接事実が加わったことにより, Aの犯人性を十分に推認できると考え, Aを逮捕 することが妥当であると判断して, 司法警察員Kにその旨を伝えた。 Cの警察官面前の供述録取書(証拠F) 「Aは, 私の高校時代の同級生で, 今も友人である。 令和2年2月1日夜, Aから私の 携帯電話に電話がかかってきた。 その通話で, Aは, 『むかついたので人をナイフで刺して やった。 刺したナイフは, 高校の近くのM県N市O町にある竹やぶに投げ捨てた。 さすが に見付かることはないよな。 』と言ってきた。 その時は, Aが酒に酔って冗談を言っている ものと思って受け流したが, その後, Aが前に働いていたクリーニング店の経営者が自宅 で刺し殺されたことを報道で知って, Aがやったのではないかと思い, 怖くなった。 友人 であるAのことを裏切りたくなくて悩んだが, Aが罪を犯したのであればきちんと償って ほしいと思い, 同月5日朝, 自分から警察に連絡して, Aから聞いた話を伝えることにし た。 」 Cの携帯電話の精査結果に関する捜査報告書(証拠G) Cから任意提出を受けたC所有の携帯電話のデータを精査した結果, Aが契約する携帯電話の 番号がAの姓名で登録されており, 令和2年2月1日午後9時頃に同番号から着信があり, 約5 分間にわたって通話した履歴があった旨が記載されている。 ナイフの領置経過に関する捜査報告書(証拠H) Cの供述に基づき, 警察官がM県N市O町にある上記竹やぶ内を探索したところ, 令和 2年2月5日午前11時頃, 血痕様のものが付着した刃体の長さ約15.5センチメート ルの片刃のナイフを発見し, これを領置した旨が記載されている。 上記ナイフに付着した血痕様のものに関する鑑定書(証拠I) 上記ナイフに付着した血痕様のものは, 人血であり, そのDNA型は, Vのものと一致 した旨が記載されている。 司法解剖医の警察官面前の供述録取書(証拠J) 「上記ナイフは, その形状から, Vの死因となった胸部刺創を形成した凶器と考えて矛盾 はない。 上記胸部刺創が, 深さ約15センチメートルに達していた上, 肋骨が刺切されてい たことに照らすと, 凶器をかなり強い力でVの身体に突き刺したものと認められる。 」 4 Aは, Vを被害者とする殺人罪の被疑事実で通常逮捕され, 引き続き, 勾留された。 勾留 期限までに収集された主な証拠の概要は以下のとおりである。 Bの検察官面前の供述録取書(証拠K) 証拠D記載の内容と同旨。 Cの検察官面前の供述録取書(証拠L) 証拠F記載の内容と同旨。 通行人W2の警察官面前の供述録取書(証拠M) 「令和2年2月1日午後6時頃, 保育園に預けている娘を迎えに行くためV方の前を通っ たところ, V方から, 『お前は長年店に尽くしてきた俺のことを何も考えていない。 殺すぞ。 』 と怒鳴り付ける男性の大声が聞こえた。 続いて, 別の男性の声で, 『ろくに働きもしていな - 7 - かったくせに。 また働かせろなんて無理に決まっているだろう。 』と怒鳴り返しているのが 聞こえた。 気になったが, 保育園のお迎えの時間が迫っていたので, それ以上は聞かずに その場を離れた。 」 W2の検察官面前の供述録取書(証拠N) 証拠M記載の内容と同旨。 Aの警察官面前の供述録取書(証拠O) 「Vを殺したのは私ではない。 V方に上がったこともない。 事件があった日は, ずっと 自宅にいたと思う。 」 Aの検察官面前の供述録取書(証拠P) 「警察の取調べではうそをついていた。 私が持っていたナイフがVの胸に刺さり, Vを死 なせてしまったことは, 事実である。 しかし, 私は, 刺そうと思って刺したのではないし, Vを殺すつもりもなかった。 事件当日は, Vを脅して再雇用に応じさせようと思い, 午後 6時頃, ナイフを持ってV方に行った。 Vに居間に通された後, Vを脅すために, 何も言 わずにVの方に刃先を向けてナイフを構えたところ, 突然Vが向かってきたので, とっさ に目を閉じて後ずさりした。 次の瞬間, 強い衝撃を手に感じ, 目を開けるとVの胸にナイ フが突き刺さっていたので怖くなり, そのナイフを抜き取って逃げた。 」 5 検察官Pは, 勾留期限までに, Aにつき, Vを被害者とする殺人罪の公訴事実(逮捕勾留 に係る被疑事実と同一の内容)で公訴を提起し, 同公訴提起に係る殺人被告事件は, 公判前 整理手続に付された。 6 公判前整理手続において, 検察官は, 「Aは, 令和2年2月1日午後6時頃, 大声でVを怒 鳴り付けて再雇用を迫ったものの, VがかつてのAの勤務態度を非難して再雇用を断ったた め, これに憤慨し, 殺意をもって, Vの胸部をナイフで1回突き刺し, Vを死亡させた。 」な どと記載した証明予定事実記載書を裁判所に提出するとともに弁護人に送付し, 併せて, 証 拠@からC, GからL, N及びPの各証拠の取調べを裁判所に請求した。 これに対し, Aの弁護人は, 証拠Pと同旨の予定主張を明らかにするとともに, 証拠C, J, L及びNについて「不同意」とし, その他の証拠については「同意」との意見を述べた ので, 検察官は, 司法解剖医, C及びW2の証人尋問を請求した。 裁判所は, 争点を刺突行為及び殺意の有無と整理した上で, 司法解剖医, C及びW2につ き, いずれも証人として尋問する旨の決定をするなどし, 公判前整理手続を終結した。 7 その後, 第1回公判期日までの間において, Aの弁護人は, Aについて保釈の請求をした が, H地方裁判所裁判官は, 刑事訴訟法第89条第1号及び第4号に該当する事由があり, また, 同法第90条に基づく職権による保釈を許すべき事情も認められないとして, 同保釈 請求を却下した。 8 公判期日に実施されたCの証人尋問において, 検察官が, Cに対し, 事件当日の夜にAか ら電話で聞かされた内容について質問し, Cが証拠Lと同旨の証言をしたところ, Aの弁 護人は, 「ただ今の証言は証拠能力のない伝聞供述であるから, 証拠排除を求める。 」と述べ た。 裁判長が検察官に意見を求めたところ, 検察官は, 弁護人の申立てには理由がない旨を 条文上の根拠とともに答えた。 〔設問1〕 下線部に関し, 検察官Pは, V方1階居間中央の応接テーブル上面にAの指紋が付着 していた事実は, Aの犯人性を推認させる間接事実であるが, その推認力は限定的である と考えた。 その思考過程を, 具体的事実を指摘しつつ答えなさい。 なお, 証拠Dに記載さ れたBの供述の信用性は認められることを前提とする。 下線部に関し, 検察官PがAの犯人性を十分に推認できると考えた思考過程を, 具体 - 8 - 的事実を指摘しつつ答えなさい。 なお, 証拠Fに記載されたCの供述の信用性は認められ ることを前提とする。 〔設問2〕 公判前整理手続において, Aの弁護人は, 検察官が取調べを請求した証拠の開示を受け, これらの証拠に対してどのような意見を述べるかを検討するに当たり, 犯行が行われた時 刻頃にV方からの物音を聞いた者がW2のほかにいるならば, その者の供述録取書の開示 を受けたいと考えた。 この場合, Aの弁護人は, どのような手段を採るべきか, また, そ の手段を採る際に具体的にどのようなことを明らかにすべきか, 条文上の根拠を示しつつ 答えなさい。 Aの弁護人が上記の手段を採ったのに対し, 検察官は, 証拠EをAの弁護人に開示し た。 その検察官の思考過程を, その判断要素を踏まえ, 具体的事実を指摘しつつ答えなさ い。 〔設問3〕 下線部に関し, 裁判所は, Aの弁護人の申立てに基づき証拠排除決定をすべきか。 検察官 がCの証言によりどのような事実を立証しようとしているかを踏まえた上で, 具体的理由を付 して答えなさい。 〔設問4〕 結審後, 判決宣告期日までの間に, Aの父親が死亡した。 Aの弁護人が勾留中のAとの接 見でその旨を伝えたところ, Aから「父の葬儀にだけは出席したい。 何とか出席できるよう にしてほしい。 」と依頼された。 Aの弁護人が採り得る複数の手段について, 条文上の根拠を 示しつつ, 本事例における具体的な事実関係に即して答えなさい。 - 9 -