【公法系科目】 〔第1問〕 1.本年の問題は, 職業の自由及び移動の自由に対する制約の可否を問うものである。 規制@は, 生活路線バスを運行する乗合バス事業者にのみ高速路線バスの運行を認めるも のであるため, 専ら高速路線バスのみを運行してきた乗合バス事業者の職業の自由を制約す ることになる。 同時に, 規制@は, 生活路線バスへの新規参入について, 既存の生活路線バ スを運行する乗合バス事業者の経営の安定を害さない場合に限り, 認めるものとしている。 また, 規制Aは, 特定の渋滞区域について, 域外からの自家用車の乗り入れを原則として 禁止するものであるため, 当該区域の住民以外の者の移動の自由を制約することになる。 2.規制@については, 規制の強度, 規制の目的, 生活路線バス事業の特徴等を踏まえて審査 基準を定立し, 規制の憲法適合性について検討することが求められる。 この点については, 薬事法事件判決(最大判昭和50年4月30日民集29巻4号572頁)が参考になる。 同 判決によれば, 職業は, 個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものであるが, その一 方で, 社会的相互関連性が大きいため, 殊に精神的自由と比して公権力による規制の要請が 強い。 職業活動には, 種々の目的から立法府の合理的な裁量判断による種々の規制が加えら れるため, 規制措置の憲法適合性については, これを一律に論ずることはできないが, 立法 裁量には事の性質上, 自ずと広狭があるとされる。 同判決は, 一般に許可制は職業の自由に 対する強力な制限であるから, それが合憲とされるためには重要な公共の利益のために必要 かつ合理的な措置であることを要するとしている。 また, 許可制による規制が消極目的から 採られた場合には, 許可制に比べて職業の自由に対するより緩やかな制限である職業活動の 内容及び態様に対する規制によっては目的を十分に達成することができないと認められるこ とを要するとされる。 規制@は, バス事業を一つの職業として見た場合, 形式的には職業遂行の自由に対する制 約にとどまるとも解し得るが, 専ら高速路線バスのみを運行してきた乗合バス事業者にとっ ては, 狭義の職業選択の自由に対する制約に等しいとも言える。 取り分け, 本問においては, 生活路線バスへの参入に対して申請者の能力や資質とは無関係の要件が設けられているた め, 新規参入が事実上, 極めて困難であることにも注意しなければならない。 また, 規制@の目的として, 地域の公共交通の維持と, 高齢者の運転ミスからの高齢者自 身及び第三者の身体・生命の保護が挙げられている。 そのため, 規制の主目的と副次的目的 の区別が可能であるかどうか, また, 可能であるとした場合, どちらが主目的であるのかの 検討も求められよう(前掲薬事法事件判決参照)。 その上で, 主たる目的が地域の公共交通 の維持であると解する場合, 積極目的であることを理由に, 広い立法裁量を認めるべきであ ると論じることも可能である(小売市場事件判決〔最大判昭和47年11月22日刑集26 巻9号586頁〕参照)。 一方, 学説においては, 積極目的であるからといって審査基準を 極端に緩和すべきではなく, 強力な制限については立法事実を踏まえた相応に厳しい審査が 求められるとする見解があり, また, 判例にも, 審査の枠組みの検討に当たって, 当該規制 立法が, どこまで政策的裁量や専門技術的裁量を尊重すべき分野に属するのかを重視したと 思われるものがある(酒類販売免許制事件判決〔最判平成4年12月15日民集46巻9号 2829頁〕参照)。 さらに, 規制@と公衆浴場の適正配置規制との類似性を見いだすこともできるであろう。 この観点からは, 生活路線バスは自家用車を持たない住民にとって日常生活上必要不可欠な 移動手段であり, 利用者の範囲が地域的に限定されていて企業としての弾力性に乏しいこと, 自家用車の普及に伴い経営が困難になっていること等を述べた上で, 規制@は公衆浴場の距 離制限と同じく強力な制限であるが, 既存の生活路線バス事業者の経営の安定を図ることに より生活路線バス網を維持する上で, 必要かつ合理的な範囲内の手段であると論じることも - 1 - できる(公衆浴場法事件判決〔最判平成元年3月7日判例時報1308号111頁〕参照)。 いずれの立場を採るにせよ, 判例を踏まえつつ, 自説と異なる立場を考慮した論述が求め られる。 3.規制Aは, 特定区域の住民以外の者の自家用車による移動を制限するものであるが, まず 検討を要するのは, 自家用車による自由な移動を, 憲法上, どのように位置付けるかである。 この点, 外国への一時旅行の事案であるが, 国内における移動の自由が憲法第22条第1 項の居住・移転の自由の保障に含まれるとしていると解し得る判例がある(帆足計事件判決 〔最大判昭和33年9月10日民集12巻13号1969頁〕参照)。 また, その意義とし て, もともと居住・移転の自由は経済的自由に属すると解されてきたが, 人身の自由ともつ ながりを持ち, さらに他の人々との意見や情報の交流などを通じて人格の形成に役立つとい う精神的自由の側面をも持つと指摘する見解がある(旅券発給拒否処分に関する最判昭和6 0年1月22日民集39巻1号1頁における伊藤正己裁判官の補足意見参照)。 これに対し, 移動の自由は, 憲法第22条第1項の「移転」に含まれるものではないとの 見解もあり得る(前掲帆足計事件判決における田中耕太郎, 下飯坂潤夫両裁判官の補足意見 参照)。 このような立場からは, 移動の自由に対する制約は, 一般的自由又は幸福追求権(憲 法第13条)の問題として検討されることになる。 規制Aは, 単なる通過や観光目的での乗り入れのほか, 講演会や集会への参加を目的とし た自家用車の乗り入れをも禁止する。 移動の自由に精神的自由の側面があると解した場合, 規制自体は緩やかであっても, その憲法適合性は, 相応に慎重に審査されることになろう。 住民の安全で円滑な移動を確保するという目的に重要性は認められるとしても, 区域という 面ではなく, 特定の道路への進入禁止によって立法目的が達成できないか, あるいは, 混雑 の主たる原因が観光バスであるとすれば, 自家用車のみを規制しても混雑緩和や狭隘な道路 における安全な通行にはつながらないのではないかなど, 手段の必要性, 合理性を検討する ことが求められよう。 また, 規制Aは合憲であるとした上で, 集会等への参加にこれを適用 することを違憲とする立場もあり得る。 もとより, 移動の自由は憲法第22条第1項により保障されるとしても, 他の移動手段が ある場合には, 規制Aによる制約は軽微であり, その憲法適合性については緩やかな審査で 足りると考えることもできる。 移動の自由を憲法第13条の一般的自由の問題だと解した場 合も同様である。 これらの場合, 自家用車による通行は, いつ, いかなる場所においても認 められるべきものではないことを前提に, 目的及び手段に合理性が認められるかどうか, 当 事者にとって過度の負担とならないかどうかを検討することになろう(未決拘禁者の喫煙禁 止に関する最大判昭和45年9月16日民集24巻10号1410頁も参照)。 〔第2問〕 農地を他の目的に転用するに際しては, 農地法第4条第1項に基づく都道府県知事等による 農地転用許可を要するが, 当該農地が農業振興地域の整備に関する法律(以下「農振法」とい う。 )第8条第1項に基づく市町村の農用地利用計画により, 農用地区域内の農地に指定され ている場合には, 原則として, 農地の転用は認められない。 したがって, こうした農地を転用 するためには, その前提として, 農振法第13条第1項に基づく計画変更による当該農地の農 用地区域からの除外を求めなければならない。 本問は, 近隣農家のための医院設置を目的とし て農地(以下「本件農地」という。 )を転用するため, それを農用地区域から除外するための B市による農用地利用計画(以下「本件計画」という。 )の変更が求められた事例について, 農振法や関係法令の仕組みを踏まえながら, そこでの法律問題を分析することが求められてい る。 まず, 本問の事例においては, Xによる本件農地を農用地区域から除外するための本件計画 - 2 - の変更をB市が認めておらず, それを争う前提として, 本件計画の変更及びその申出の拒絶の 処分性が問われている(設問1(1))。 さらに, 本件計画の変更及びその拒絶が処分であること を前提として, Xによる本件農地の農用地区域からの除外の申出をB市が受け付けず, これに 対する可否の通知をしていない状況において, Xが選択すべき抗告訴訟の検討が求められる(設 問1(2))。 最後に, B市により, 本件申出を拒絶する通知がなされた場合に, それに対する取 消訴訟において, Xがどのような違法事由を主張すべきかが問われている(設問2)。 以上の 点について, 【法律事務所の会議録】を踏まえながら, そこで示されている弁護士Cの指示に 沿って, B市による反論も想定しつつ, 弁護士Dの立場から検討することが求められる。 まず, 【設問1】(1)は, いわゆる処分性を問うものであるが, 農用地区域の設定や除外の処 分性については, なお, 下級審判決は分かれている。 まず, 農用地区域の設定自体については, その法的効果として, 農振法等により, 様々な農地の利用制限が規定されている。 こうした土 地利用を規制する計画の法的性格については, 都市計画法上の用途地域に関し, これを法令類 似のものであるとする判例(【法律事務所の会議録】に掲げられた最高裁判所昭和57年4月 22日第一小法廷判決)がある。 しかし, その適用範囲や規制の強度等を考えると, これと農 用地区域の規制を同視し得るか否かは問題となろうし, さらに, その範囲の点からも, 個別の 農地についての農用地区域からの除外について, 同様に解してよいかについては, 別途, 検討 を要する。 さらに, 本件の事例においては, B市の内部規程とはいえ, 運用指針には, 農用地 区域からの除外の申出と可否の通知が制度化されており, これを農振法の趣旨を具体化したも のとみて, 農用地区域からの除外について, 農地所有者等の申請権を読み取り, 本件申出に対 する可否の通知に処分性を認める解釈もあり得よう。 さらに, 処分性の判断においては, 救済 の必要性に関する実質的考慮も求められることから, 本問の事案においても, 後に予想される 農地法第4条第1項に基づく農地転用許可の拒否処分に対する取消訴訟の段階での救済可能性 の評価についても, 言及が求められている。 次に, 【設問1】(2)は, 本件計画の変更及びその申出の拒絶に処分性が認められることを前 提としつつ, B市が本件申出を返送して, 1年以上たっても, これに対する可否の通知をして いないという事案について, Xがいかなる抗告訴訟を選択すべきかの検討が求められる。 それ らが処分であることを前提とすると, 本件計画の変更の申出は申請であることになるが, まず は, 行政手続法第7条に照らすと, Xの申出は, いかなる状況に置かれていることになるか。 行政手続法の基本的な理解が問われている。 その結果, Xが選択すべき抗告訴訟は, 不作為の 違法確認訴訟ということになるが, 事案から読み取れる範囲で, その訴訟要件充足性及び本案 の主張の検討も求められる。 Xの申出の置かれている状況を前提として, 訴訟要件としては, Xの申出が「法令に基づく申請」に該当すること, それに対する処分がなされていないこと, 本案の主張としては, 申出から「相当の期間」が経過していることが整理されなければならな い。 なお, 申請型義務付け訴訟の併合提起が考えられるが, 本問では, その検討は求められて いない。 最後に, 【設問2】においては, その後にXの申出に対する拒絶の通知がなされたと仮定し て, その取消訴訟において, この申出を拒絶することの違法事由として, Xが主張すべき違法 事由の検討が求められる。 農用地区域からの除外については, 農振法や関係法令において, 極 めて多岐にわたる積極又は消極の要件が規定されているが, ここでは, 事前の相談においてB 市から示された拒絶の理由について, その妥当性が問題とされる。 すなわち, 土地改良事業で ある用排水施設の改修との関係について, やや複雑な法令の適用関係に照らして, 農振法第1 3条第2項第5号の要件の充足性を検討することが求められる。 まず, 本件事業の目的や本件 農地との関係など, 与えられた事案の範囲で, 農業の振興という本件計画の基本的な目的も踏 まえつつ, 本件事業が農振法第10条第3項第2号及び同法施行規則第4条の3第1号イの事 業に該当するか否かが検討され, それに基づいて申出の拒絶の違法事由が提示されなければな - 3 - らない。 次に, 同法施行令第9条の規定する8年という期間制限の本件農地に対する適用が問 題とされる。 同条の文言上は, 農用地区域からの除外が例外なく一律に排除されているように も読めるが, こうした政令は, 無効とまでは言えないとしても, 委任した法律の趣旨目的に適 合するように解釈されなければならない。 土地改良事業との関係で農用地区域からの除外を制 限する農振法の目的は, 「公共投資により得られる効用の確保」である。 このことから, 本件 農地の農用地区域からの除外が本件事業の「効用」に与える影響との関係を踏まえて, 一律の 期間制限に例外を認める解釈が求められることとなる。 【民事系科目】 〔第1問〕 本問は, 民法の幅広い分野から, 民法の基礎的な理解とともにその応用力をも問うものであ り, 当事者の主張を踏まえつつ複数の法律問題の相互関係を適切に理解したり, 事案の特殊性 を論理的に分析して自説を展開する能力が試されている。 設問1は, 令和2年4月1日に施行された民法(債権関係)の改正法(平成29年法律第4 9号。 以下「改正法」という。 )を踏まえ, 契約不適合責任, 債務不履行, 相殺, 債権譲渡等 といった民法債権編の複数の制度・規定について, 基本的な理解ができているか, その理解を 具体的事例における救済手段の検討を通じて適切に展開することができるかを問うものであ る。 設問1の事実関係の下では, 契約不適合責任(民法第562条)が問題となるところ, 問題 文において, 買主Bが乙建物に引き続き居住することを前提に, 代金支払額をなるべく少なく するために, 契約@に基づきどのような主張をすることができるかという趣旨であることが明 示されているのであるから, 契約不適合責任に基づく二つの救済手段, すなわち, 代金減額請 求権の行使, 及び追完に代わる損害賠償請求権と売買代金債権との相殺による減額の可否を検 討すれば足り, 居住が不可能になる解除や, 契約に基づくものではない不法行為等について言 及する必要はない。 前提として, 売主Aが契約不適合責任を負うことを確認する必要があるが, 契約不適合責任 が認められるかについては, 契約当事者が特に合意した内容及び取引上の社会通念に照らして 判断されることを示しつつ, 乙建物の品質(防音性能)には契約不適合があると述べる必要が ある。 設問1では, AB間において, 乙建物が特に優れた防音性能を備えた物件であることが 合意の内容とされ, 代金額が定められたこと(【事実】1), 乙建物は合意された防音性能を備 えていないこと(【事実】5)などからすると契約不適合があると評価することが求められる。 代金減額請求権の発生については, 原則として追完の催告を行った上で, 催告で定められた 相当期間経過後も追完がないことが必要であることに加え, 契約不適合につき買主に帰責事由 がある場合は行使することができないことを述べた上で, 設問1の事実関係から, これらの要 件が認められることを述べる必要がある。 その際, 代金減額の効果が発生するためには代金減 額請求の意思表示が必要であることも述べる必要があり, 代金減額請求権の行使により「不適 合に応じた」減額の効果が生じることも併せて指摘することが望ましい。 Bが代金減額請求権を行使するに当たり, 売買代金債権の譲受人Cに対抗することができる かについては, Cへの債権譲渡につき債務者対抗要件が具備されていることを指摘した上で, その具備前に民法第468条第1項の「譲渡人に対して生じた事由」が存在したといえるかが 問題となることを指摘する必要がある。 「譲渡人に対して生じた事由」の意義については, 広く抗弁事由の主たる発生原因ないし法的基礎の存在をもって足りると解することができる立 場, 抗弁それ自体の存在を必要とする立場などが考えられ, いずれの立場によっても構わな いが, 請負契約に基づく残報酬債権が第三者に譲渡されて対抗要件が備えられた後に, 請負人 の仕事完成義務の不履行が生じ, これに基づき注文者が請負契約を解除した場合に関する最判 - 4 - 昭和42年10月27日民集21巻8号2161頁を踏まえた検討が求められる。 の立場による場合には, 請負契約における仕事完成債務の不履行を理由とする注文者によ る解除の場面のみならず, 同一の双務契約において売主が債務不履行に陥った場合における買 主の救済手段である代金減額請求にも同様に適用可能な解釈準則として, 民法第468条第1 項の「事由」が抗弁事由の主な発生原因である契約の存在で足りるとする一般的な考え方を基 礎としているものと考えることになると思われる。 そして, 上記最高裁判決もこれに沿うもの として位置付けることが可能であるとして, 代金減額請求権の発生という抗弁事由の発生原因 又は法的基礎に当たる契約@の存在をもって, 同項の「事由」に当たることなどを論ずべきこ とになる。 の立場による場合には, 例えば, 代金減額請求が不適合物の給付を履行と認容した上で新 たに契約規範を再設定(契約改訂)する側面も有しているという特殊性に鑑み, 抗弁の発生原 因として, 売買契約の存在に加えて引渡しをも必要とするなどと考えることになるが, 併せて, 代金減額請求と解除との異質性を指摘するなど, 上記最高裁判決の射程が及ばないと考えるべ き根拠を説得的に展開する必要がある。 追完に代わる損害賠償債権と売買代金債権との相殺による実質的な減額については, その前 提として, Bが追完に代わる損害賠償債権を有していることが必要であるが, その根拠規定に ついては民法第415条第1項に基づく立場と同条第2項の適用又は類推適用に基づく立場が あると考えられる。 いずれの立場によっても構わないが, 自己の採用した立場から一貫性のあ る法律構成をすることが必要であるほか, 後者の立場では, 同項各号のいずれに該当するかを 検討する必要がある。 また, 併せて, 乙建物の防音性能が特に優れていることが保証されてい ること(【事実】1)や, Aは近隣トラブルから目的物に防音性能の不備があることを認識す ることができたこと(【事実】4)などの問題文に表された事情に照らして, Aに債務者の責 めに帰することができない事由が認められるとはいえないことを指摘する必要もある。 BがAに対する損害賠償債権を自働債権, 売買代金債権を受働債権とする相殺をCに対抗す ることができるかについては, 改正法において新設された民法第469条(債権の譲渡におけ る相殺権)に照らして判断されることになる。 自働債権である追完に代わる損害賠償債権の取 得時は不適合物の引渡時(令和2年9月25日)であるものと解されることを前提にすると(最 判昭和54年3月20日判例時報927号186頁), これは受働債権に係る債権譲渡の対抗 要件が具備された時点(令和2年7月30日)以後であることから, 同条第2項の適用の可否 が問題となる。 本件においては自働債権と受働債権がともに同一の売買契約に基づいていると いう意味での関連性を有することから, 条文上の根拠については同項第1号とする立場と同項 第2号とする立場があると考えられる。 民法第469条第2項第1号を根拠とする立場については, 「前の原因」が存在するといえ るための基準についての解釈を示す必要があり, 例えば, 自働債権の主たる発生原因が対抗要 件具備時前に備わっていれば足りるとすることなどが考えられる。 このような考え方に立つ場 合には, 更に契約債権に関しては当該契約の存在をもって足りるのか, それとも契約の存在に 加えて相殺の合理的期待を基礎付ける具体的事情, 例えば, 自働債権と受働債権との間に(同 一契約に基づく)関連性が認められることなどの付加的事情の存在も必要となるのかについて も検討することが望ましい。 民法第469条第2項第2号を根拠とする立場については, 同条の条文構造自体からは同項 第2号が自働債権の取得時のみならずその発生原因の成立時までもが受働債権に係る債権譲渡 の対抗要件具備後である場合を想定したものであると考えられることから, 同条第1項及び同 条第2項第1号との関係性をどう見るかといった諸点に言及し, 踏み込んで論証することが望 ましい。 設問2は, 公道に至るための他の土地の通行権(以下「隣地通行権」という。 )の成立要件 - 5 - 及び効果に関する基本的知識及び理解を問うとともに, 有償の地役権設定契約の解除の可否を 地役権設定契約の構造及び解除制度の意義から導き出す論理的思考力を問うものである。 小問では, まず, 【事実】8から, 一筆の土地を分割して譲渡したことによって甲土地が 袋地となったのであるから, 残余地である丙土地を目的とする隣地通行権が成立すること(民 法第213条)を示す必要がある。 その際, この規律は, 隣地通行権の負担は袋地の発生を生 じさせた残余地の所有者が負うべきであり, それ以外の囲繞地に負担を負わせるべきではない との考え方に基づくことを説明することが望ましい。 次に, 甲土地の所有権は, 袋地となった後にAからBに移転していることから, このことが 民法第213条によって発生した隣地通行権の存続に影響するかについて検討することが必要 である。 分割によって生じた袋地がその後に第三者に譲渡された場合でも, 隣地通行権は残余 地自体に課された物的負担であるとして, 隣地通行権は存続するという立場(最判平成2年1 1月20日民集44巻8号1037頁)と民法第213条は袋地を発生させた当事者間のみに 適用されるから隣地通行権は消滅するとの立場があり, いずれの立場によっても構わないが, 後者の立場に立つのであれば, 判例を批判した上で論じる必要がある。 さらに, 丙土地のうち隣地通行権が成立する土地の範囲も問題となるが, 隣地通行権に関す る通行の場所及び通行の方法は, 通行権を有する者のために必要であり, かつ, 隣地のために 損害が最も少ないものを選ばなければならないこと(民法第211条第1項)を説明する必要 がある。 本件では, 【事実】9によれば, a部分については, 丙土地の端であって甲土地の利 用に対する影響も少なく, 甲土地から徒歩で公道に出るために必要最小限の部分であるといえ ることを指摘しつつ, 隣地通行権が成立するとする必要がある。 c部分のうちa部分を除くb部分についても隣地通行権が成立するかについては, 当該隣地 通行権が自動車による通行を内容とするか否かによる。 その成否については, 判例によれば, 自動車による通行を認める必要性, 周辺の土地の状況, 通行権が認められることによる不利益 等の諸般の事情を考慮して判断されるとされており(最判平成18年3月16日民集60巻3 号735頁), これをそのまま引用することまでは要求されないが, 判断基準として, 判例の 示す考慮要素などを指摘する必要がある(もちろん, 全てを挙げる必要はない。 )。 小問では, Dから甲土地を譲り受けたA及び, その後に甲土地を取得したBも, もともと徒歩で公道に出 ていたこと(【事実】8及び9)から, 徒歩で公道に出るという内容で甲土地と丙土地との利 用の調整ができていたと考えられること, 甲土地は駅から徒歩圏内にあることなどを指摘しつ つ, Dに対し丙土地のb部分を排他的に利用できない不利益を課してまで自家用車による通行 を認める必要はないなどと論述することが考えられる。 なお, a部分の隣地通行権は, 法定地役権であるから, 法定の要件が満たされている限り隣 地通行権は存続し, a部分を目的とする約定地役権の成立又はその消滅により影響を受けるこ とはない旨が述べられていることが望ましい。 小問では, 下線部のBの発言及び下線部のDの発言が, 有償の地役権設定契約の性質 及び解除の制度趣旨について, それぞれどのような理解に基づくか, 並びに有償の地役権設定 契約の性質を踏まえると契約AによってB・D間にどのような債権債務関係が生じるかを説明 した上で, これらの発言のどちらの理解が正当であるかを検討することが必要である。 いずれ の発言を正当としても構わないが, それぞれの発言が依拠する理解と整合的に一方の正当性を 説明することが求められている。 まず, 下線部のBの発言は, 地役権設定者は地役権設定契約によって債務を負わないこと を前提に, Dは契約Aによって債務を負わないから, 契約Aは解除することができないとする ものである。 債務不履行を理由とする解除制度の目的は, 不履行をしている債務者の債権者を 「契約の拘束力からの解放」を認めることにあるところ, この発言は, 「契約の拘束力からの 解放」とは債権者の負う債務から債権者を解放するためにあるとの立場を前提とし, 解除は債 - 6 - 権者も債務を負う双務契約にのみ適用されると解する。 Dは契約Aによって債務を負わないか ら, 契約Aを解除することができないことになる。 これに対し, 下線部のDの発言は, 解除制度は, 債権者をその債務に限らず広く契約の拘 束力から解放するとの理解に基づく。 このような考え方によれば, 債権者は, 当該契約の効力 を消滅させる法的利益がある場合には, 当該契約によって債務を負っていなくても, 契約を解 除することができることになる。 また, 下線部のDの発言は, 予備的に, そもそも, 契約A によってDは債務を負っていたから解除制度が適用されると主張するものである。 小問では, 下線部及び下線部のそれぞれの発言につき, 地役権設定契約の性質を分析 した上で, 契約AによってDが債務を負うか, 契約AによってDが債務を負わないとすれば, 債務を負わないDが契約Aを解除することができるかどうかを, 解除制度の趣旨と結び付けて 説明することが求められる。 まず, 有償の地役権設定契約の性質をどのように理解するかについては, 大別して, 契約A が全体として地役権設定契約であると解する考え方と, 契約Aは地役権設定契約と毎年2万円 の支払に関する特約からなるとする考え方に分けることができる。 契約Aは全体として地役権設定契約であると解する考え方においても, 考え方は分かれ得る ところ, 例えば, 有償の地役権設定契約から生じる債権債務関係については, 承役地の所有者 は地役権設定契約により地役権を設定する債務を負うと解する立場があり得る。 この立場によ れば, 契約Aにおいて, Dによる地役権設定債務と, Bによる地役権設定の対価の支払債務と が対価的牽連関係に立つといえる。 次に, 契約Aは地役権設定契約と毎年2万円の支払に関する特約からなるとする考え方にお いても, 考え方は分かれ得る。 例えば, 地役権設定契約を物権契約であると理解する立場によ れば, 物権契約から債権債務関係は生じないから, BとDは, 地役権設定契約とは別に債権契 約としてBがDに毎年2万円を支払う特約をしたものと整理することになる。 このような考え 方によれば, 地役権設定契約とは別個のものである対価に関する特約の不履行を理由として, 地役権設定契約(契約A)を解除することができるかが問題となり, 両者の関係をどのように 理解するかによって, 解除を肯定する考え方, 否定する考え方のいずれも考えられる。 なお, 地役権設定契約を物権契約ではないと理解したとしても, 地役権には無償のものもあることか ら, 地役権設定の対価の合意は地役権設定契約の本質的要素ではないことを理由に, 契約Aは 地役権設定契約と対価に関する特約の二つからなると考えることもできるであろう。 小問においては, 上記のような考え方の分岐について詳細に説明することまでは求められ ておらず, 飽くまでも, 与えられた題材から問題文に示された問題意識に留意しつつ, 自説を 展開することが求められている。 設問3は, 夫婦の一方による他方の特有財産の売却の効力を問うものである。 夫婦の日常家 事の連帯債務(民法第761条)の構造やそれをめぐる議論を正確に理解し展開することがで きるかを確認し, 併せて無権代理の基本的な法律関係及び相続についての基本的な事項の理解 を確認するものである。 同条の解釈に関する基本的な判例として, 最判昭和44年12月18 日民集23巻12号2476頁がある。 まず, 設問3の事実関係の下では, 買主BのGに対する登記請求は, EB間の売買契約に基 づく売主Eの登記移転義務(民法第560条)の履行請求であるので, その前提として, Eの 姉Gが相続によりEの地位を承継していることを説明する必要がある。 【事実】16によれば, Eには子, 直系尊属, G以外の兄弟姉妹がなく, 妻Fは相続を放棄しているから, Gが単独で Eを相続したことが認められる(民法第889条第1項第2号)。 なお, Gは預金を解約して その払戻しを受けていること(【事実】19)を指摘しつつ, 法定単純承認があったと認めら れること(民法第921条第1号)を示すことが望ましい。 次に, 妻Fは, 夫Eから丁土地の売却の権限を与えられていないにもかかわらず, Eの特有 - 7 - 財産である丁土地について, Bとの間で売買契約を締結しているところ, このようなFの行為 が, 夫婦の日常家事に関する法律行為といえるのであれば, Eも売買契約に基づく登記移転 義務(民法第560条)を負うので, 丁土地の売買がEF夫婦の日常家事に関する法律行為と いえるかを検討する必要がある。 日常家事に関する法律行為の意義については, 個々の夫婦がそれぞれ共同の生活を営む上に おいて通常必要な法律行為をいうことを示した上で, その具体的範囲については, 個々の夫婦 の共同生活を基本としてその内部的事情や個別的な目的とともに, 当該法律行為の種類, 性質 等も考慮して客観的に判断されるべきことを, 理由とともに示す必要がある(前掲昭和44年 12月18日最高裁判決参照)。 【事実】16によれば, 売買代金の一部を他方配偶者の医療費に充てる目的があったとはい え, Eの姉Gの事業の資金を用立てるものでもあったこと, そもそも他方配偶者の特有財産の 処分であること, 不動産の取引であって非日常的な, 高額の取引であることという事情が認め られるから, このことを指摘しつつ, 日常家事債務の範囲外と評価されるとする必要がある(前 掲昭和44年12月18日最高裁判決参照)。 日常家事債務の範囲外であるとしても, 次に, 表見代理により相手方が保護されないかにつ いて検討する必要がある。 この点について, 相手方においてその範囲内であると信じるにつき 正当の理由があるときには, 民法第110条の趣旨を類推適用して, 相手方が保護されるとす る立場(前掲昭和44年12月18日最高裁判決参照)による場合は, 民法第761条の基礎 に連帯責任の前提として夫婦の相互の代理権があり, 同条はそのような代理権を定めるもので あることを明らかにする必要がある。 また, そのような法定代理権を基礎として民法第110 条を適用することができるかについて, 夫婦の財産的独立を損なうおそれがあることから, 直 接適用ではなく, 趣旨を類推適用することが相当であるという考え方を説明し, 正当な理由に おける信頼の対象が, 当該法律行為が日常家事の範囲に属することであって, 相手方に代理権 があることではないことを明らかにする必要がある。 【事実】17によれば, 仮にBの信頼は夫婦の日常家事の範囲内であるという点の信頼を含 むものであったとしても, 正当の理由を基礎付けるに当たっては, 例えば, 委任状等を提示し ているという点については, Fの代理権の存在についての信頼の一事情となるのが通常である が, 日常家事の範囲についての信頼の一事情となるかは問題であり, Eの特有財産である不動 産の処分について, Bの信頼に正当の理由はないと評価することが求められる。 以上と異なり, 民法第110条を直接適用する立場, 民法第761条の代理権を否定する立 場などもあり得る。 いずれの立場によっても構わないが, これらの立場による場合には, 前掲 昭和44年12月18日最高裁判決を批判した上で, 日常家事の範囲の捉え方, 民法第761 条が代理権を定めるものかどうか, 第三者保護をどのような手法で, またどのような範囲で図 るのが適切かに関し, 判例と異なる立場を採ることについて説得的に論じる必要がある。 設問3では, 無権代理についての基本的な法律関係の理解も問われている。 すなわち, Fの 行為は無権代理であって, Eの追認がない限り, Eに対して効力を生じないが(民法第113 条第1項), Eは生前に追認せずに死亡し, Eの相続人はGのみであり, GがBの請求を拒絶 したのは, この追認を拒絶するものと考えられるから, このような追認拒絶の可否が問題とな る。 本人は追認・追認拒絶について何ら態度決定をしていなかった場合, 相続人はその地位を承 継し, この選択権を有する。 無権代理と相続については, 一連の判例があるが, 設問3は, 無 権代理人の本人相続ではなく, 第三者の本人相続であるから, これらの判例が問題とする場面 とは事案を異にする。 一般には, 第三者である相続人は, 追認・追認拒絶の選択権があり, 追 認を拒絶すれば, 当該売買契約は本人に効果帰属しないことが確定するから, 相手方Bは本人 たる地位にあるGに対して, 売買契約の履行を求めることはできない。 - 8 - しかし, 設問3においては, Gは, FとBとの間の売買契約締結に立会い, その場でFは丁 土地の売却についてEの親族(G)の了解を得ていることを告げている(【事実】17)。 その 背後では, Gは, 当該売買契約に関して事前にFから相談を受けて, 売却に問題はない旨を述 べた上, 売買代金の一部をGの事業の資金に利用させてくれるよう申し入れており(【事実】 15), 実際にも, 代金の一部がFからGに交付されている(【事実】18)。 このような事情 を勘案すれば, 後に, GがEの相続人の立場で, 追認を拒絶することは, 信義則に反すると評 価する余地があり(民法第1条第2項), この点についての検討が求められる。 追認拒絶が許されるか否かについては, 肯定, 否定のいずれの立場によっても構わないが, 追認拒絶が許されないとする立場による場合には, さらに, 追認拒絶を選択することが許され ないことにより, なぜ, 追認がされたのと同様の効果が生じると考えることが可能であるかも 説明する必要がある。 他方で, 追認拒絶が許されるとする立場による場合には, 上記の諸事情 にもかかわらず, そのように判断される根拠を丁寧に説得的に論じる必要がある。 なお, Bの登記請求に関しては, 残代金の支払について同時履行の抗弁(民法第533条) が問題となることから, 改めて残代金の提供が必要であることを指摘した上で, 本件ではBが 残金の支払を提供して請求していること(【事実】21)にも言及することが望ましい。 〔第2問〕 1 本問は, @公開会社でない株式会社(以下「非公開会社」という。 )が募集株式の発行等 をする場合にどのような手続が要求されるか, それらの手続に瑕疵があることが当該募集株 式の発行等の効力にどのような影響を及ぼすか, 及び募集株式の発行等の無効をどのような 訴えにより主張すべきかについての理解等を問う(設問1)とともに, A会社が特定の種類 の株式のみを対象として株式の併合をしようとする場合に, 当該種類株式の株主とその他の 種類株式の株主がどのような利害状況に置かれるのか, 及び不利益を受けるおそれのある種 類株式の株主の事前の法的救済方法としてどのようなものが考えられるかの理解等を問う (設問2)ものである。 いずれの点についても, 会社法上の重要な規定・制度及び重要な判 例に関する基礎的な理解を有していることを前提に, それを本問の事案に適切に応用するこ とができるか否かが試されている。 2 設問1においては, Bは, @議決権のある剰余金配当優先株式(本件優先株式)の発行 (本件株式発行)を行う旨の議案(本件議案2)に関する甲社の定時株主総会(本件定時 総会)の決議(本件決議2)には, 取消事由があり, 非公開会社において, 募集事項を決 定する株主総会の決議に取消事由があることは, 本件株式発行の無効原因に該当すると主 張すること, 及びA本件優先株式の内容等の所要の事項を定める定款変更を行う旨の議案 (本件議案1)に関する本件定時総会の決議(本件決議1)には, 取消事由があるため, 本件株式発行は定款の定めのない種類の株式の発行となり, これは本件株式発行の無効原 因に該当すると主張することが考えられる。 そして, 令和2年5月14日の時点では, 本件株式発行の効力が生じているため, Bは, 例えば, 新株発行の無効の訴え(会社法第828条第1項第2号)を提起し, 本件株式発 行の無効原因として, 上記@及びAのとおり主張することが考えられる。 これらのことを論述する際には, 本問においては, 新株発行の無効の訴えの提訴期間 (非公開会社にあっては, 株式の発行の効力が生じた日から1年以内。 会社法第828条 第1項第2号)が経過していないこと, さらに, 株式の発行の無効原因として, 株主総 会の決議の取消事由を主張する場合には, 当該決議の取消しの訴えの提訴期間内(株主総 会の決議の日から3か月内。 同法第831条第1項柱書き前段)に, 新株発行の無効の訴 えを提訴しなければならないとする立場に立つときは, その提訴期間も経過していないこ とにも言及することが求められる。 - 9 - Bの上記@の主張の当否を論ずるに当たっては, 本問において, 甲社は取締役会設置 会社であるから, 株主総会の招集通知には, 株主総会の日時及び場所のみならず, 株主総 会の目的である事項及び払込金額が募集株式の引受人に特に有利な金額である場合(いわ ゆる有利発行の場合)における募集株式を引き受ける者の募集に係る議案の概要を記載し なければならなかったにもかかわらず(会社法第299条第2項第2号, 第4項, 第29 8条第1項, 会社法施行規則第63条第7号ホ), 本件定時総会の招集通知(本件招集通 知)には, 株主総会の日時及び場所のみを記載していたため, 本件決議2には, 株主総会 の招集の手続の法令違反という株主総会の決議の取消事由があること(同法第831条第 1項第1号)を指摘した上で, いわゆる全員出席総会による瑕疵の治癒が認められるか否 かについて, 判例(最判昭和60年12月20日民集39巻8号1869頁)等も踏まえ, 検討することが求められる。 また, 有利発行の場合には, 取締役は株主総会の決議に際して有利発行を必要とする理 由を説明しなければならず(会社法第199条第3項), それを欠くことは, 株主総会の 決議の方法の法令違反という取消事由(同法第831条第1項第1号)に該当するところ, 本問において, 甲社の取締役Cは, 本件決議2に際し, 2億円の資金調達が急務であり, そのためには, 事実上, 本件株式発行以外に選択肢がないことを説明する一方で, 2万円 という払込金額が公正な払込金額である旨の虚偽の説明をしており, 株主Bは本件株式発 行が有利発行であることを認識することができていないため, 果たして取締役Cは有利発 行を必要とする理由を説明したものと評価することができるか, あるいは仮にそのような 評価が可能であるとした場合であっても, 株主の議決権行使に重要な影響を及ぼす事項に ついて虚偽の説明をして, 本件決議2を成立させているため, 決議方法の著しい不公正と いう取消事由(同号)が認められないかといった点について, 検討することが求められる。 さらに, 本件決議2に取消事由が認められると解する場合には, 例えば, 「非公開会社 については, その性質上, 会社の支配権に関わる持株比率の維持に係る既存株主の利益〔支 配的利益〕の保護を重視し, その意思に反する株式の発行は株式発行無効の訴えにより救 済するというのが会社法の趣旨と解されるのであり, 非公開会社において, 株主総会の特 別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合, その発行 手続には重大な法令違反があり, この瑕疵は上記株式発行の無効原因になる」とする判例 (最判平成24年4月24日民集66巻6号2908頁。 なお, 公開会社については「株 式会社の代表取締役が新株を発行した場合には, 右新株が, 株主総会の特別決議を経るこ となく, 株主以外の者に対して特に有利な発行価額をもって発行されたものであっても, その瑕疵は, 新株発行無効の原因とはならない」とする最判昭和46年7月16日集民1 03号407頁を参照。 非公開会社については最判昭和46年7月16日の射程は及ばな いと解される。 )を踏まえ, 本問のように, 募集事項を決定する株主総会の決議を経てい る場合であっても, 本件決議2に上記のような取消事由があると解するときは, 既存株主 の意思に反してその支配的利益が害されているといえるか否かについて, 事案に即して検 討した上で, 本件株式発行に無効原因が認められると解すべきか否かを論ずることが求め られる。 加えて, Bには, 有利発行である本件株式発行を差し止める機会が実質的に与え られなかったことも考慮して, 本件株式発行に無効原因があると認められるか否かを論じ ることも考えられる(最判平成9年1月28日民集51巻1号71頁を参照)。 Bの上記Aの主張の当否を論ずるに当たっても, 上記と同様に, 本件決議1には, 株主総会の目的である事項及び定款の変更に係る議案の概要の記載がないという株主総会 の招集の手続の法令違反があり, そのことが株主総会の決議の取消事由に該当すること(会 社法第831条第1項第1号)を指摘した上で, いわゆる全員出席総会による瑕疵の治癒 が認められるか否かについて, 判例(前掲最判昭和60年12月20日)等も踏まえ, 検 - 10 - 討することが求められる。 そして, 本件決議1に取消事由が認められると解する場合には, 本件株式発行が定款の 定めのない種類の株式の発行に該当し, これが本件新株発行の無効原因に該当すると認め られるか否かについて, 検討することが求められる。 3 設問2においては, 本件優先株式のみを対象とする株式の併合(本件株式併合)の効力 の発生によって, 本件優先株式の株主であるPは, その保有する本件優先株式の数が半減す るため, @株主総会における議決権の割合が大幅に縮減することになること, A優先配当額 の総額も半減することになることなどについて, 説明することが求められる。 その際には, Pの議決権割合がどれほど縮減することになるかを具体的に算定した上で, Pは, 本件株式 併合の効力の発生前には有していた一定の少数株主権も行使することができなくなることに 言及したり, 本件優先株式には累積条項が付されていることなどに鑑みると, 優先配当額の 総額の縮減によってPが受ける不利益は比較的大きいと考えられることに言及したりするな ど, より深い分析を示すことができていれば, なお望ましい。 4 設問2においては, Pは, 本件株式併合の効力の発生前の時点で, 会社法上の手段とし て, @反対株主の株式買取請求をすること(会社法第116条第1項第3号イ), A本件株 式併合について, 差止請求をすること(同法第182条の3), B本件優先株式のみを2株 につき1株の割合で併合すること等について定める議案(本件議案3)に関する甲社の臨時 株主総会(本件臨時総会)の決議(本件決議3)について, 株主総会の決議の取消しの訴え を提起することなどが考えられる。 Pは, 種類株主総会の決議を要しない旨の会社法第322条第2項の定めがある本件に おいては, 反対株主の株式買取請求をすることができる。 Pが反対株主の株式買取請求を することについて論ずるに当たっては, 設問2の解答及び本問におけるその他の事実関 係を踏まえ, 反対株主の株式買取請求の要件が満たされているか否か, 例えば, 本件優先 株式の株主に損害を及ぼすおそれがあるか否か(同法第116条第1項第3号柱書き)や, 「反対株主」に該当するか否か(同条第2項)などにも言及することが求められる。 Pが株式の併合の差止請求をすることについて論ずるに当たっては, 設問2の解答及 び本問におけるその他の事実関係を踏まえ, 取り分け差止事由が認められるか否かについ て検討することが求められる。 この点に関する解釈としては様々なものがあり得るところであり, 例えば, @甲社が本 件優先株式を発行する前に発行していた株式(本件普通株式)の株主は本件株式併合によ って他の株主と共通しない特別の利益を得るため, 株主総会の決議について特別の利害関 係を有する者に該当し, かつ, 本件株式併合は専ら本件優先株式の株主の優先配当権を実 質的に縮減することを目的とするため, 本件決議3は著しく不当な決議に該当することか ら, 本件決議3には, 取消事由がある(会社法第831条第1項第3号)と認められ, こ れが(瑕疵のない株主総会の決議による決定を求める)同法第180条第2項に違反し, 差止事由である法令違反(同法第182条の3)が認められるといった解釈が考えられる。 また, A優先株主の優先配当権の実質的な縮減を目的とする不当な株式併合であって権利 濫用の法令違反があるとして, 差止事由である法令違反が認められるという解釈も考えら れる。 さらに, B取締役の善管注意義務を定める一般的な規定(同法第330条, 民法第 644条)も会社法第182条の3にいう「法令」に含まれるとする理解を前提に, 取締 役は善管注意義務の一内容として株主間の不当な利益移転を生じさせないようにする義務 を負うところ, 本問では, このような義務の違反があるため, 差止事由である法令違反が 認められるとする解釈も考えられる。 なお, C@からBまでのように本件決議3に取消事 由があるとしても, 実際に本件決議3が取り消されない限りは, 差止事由である法令違反 があるとは認められないとする解釈も考えられる。 - 11 - Pが本件決議3の取消しの訴えの提起をすることについて論ずるに当たっては, 仮に本 件決議3が取り消された場合には, これによって本件株式併合も無効となると解されるた め, 本件決議3の取消しの訴えの提起をすることは, 本件株式併合の効力が発生した後に, 本件株式併合の無効を主張する前提となることに言及するなど, まずは, 本件株式併合の 効力の発生前の時点で, 本件決議3の取消しの訴えを提起することの意義を明らかにする ことが望ましい。 その上で, 本問における事実関係を踏まえ, 本件決議3に取消事由が認められるか否か, 例えば, 上記における@からBまでの解釈と同様の解釈により, 本件決議3には, 取消 事由がある(会社法第831条第1項第3号)と認められるか否かなどについて検討する ことが求められる。 〔第3問〕 本問は, XとAとの建物(以下「本件建物」という。 )の賃貸借(以下この賃貸借に係る契 約を「本件契約」という。 )の継続中, 賃借人であるAが死亡し, Y1及びY2(以下「Yら」 という。 )がAを相続したところ, XがYらに対してAとの間で本件契約の解約の合意をした と主張している事案を題材として, @敷金に関する将来給付の訴えの適法性及び確認の訴えに おける確認の利益の検討(設問1), A和解手続における当事者の発言の内容を裁判官が心証 形成の資料とすることができない理由の検討(設問2), B本問の共同訴訟(以下「本件訴訟」 という。 )において共同被告の一方に対する訴えを取り下げることの可否と, 仮にそれができ るとする場合に取下げにより当事者ではなくなった者が取下げの前に提出して取り調べられた 証拠の証拠調べの結果を事実認定に用いることができるかどうかの検討(設問3)をそれぞれ 求めるものである。 まず, 設問1の課題1では, Xが本件契約の締結時にAから交付された120万円について 敷金であることを否定し, Y1がXとAとの間の本件契約の解約の合意を争って本件建物の明 渡しを拒んでいるという事実関係の下において, 敷金の返還を求めるY2の立場から, 本件建 物の明渡しをしないままの状態で敷金の返還を求める将来給付の訴えの適法性についての検討 が求められている。 ここでは, 敷金返還請求権が目的物の明渡しを条件として, それまでに生 じた敷金の被担保債権一切を控除した残額につき発生するため, 本件建物の明渡し前には請求 権の成否及び額が明確に定まらないこと, したがって本件訴訟はその事実審の口頭弁論終結時 (基準時)には請求権の成否及び額が具体化しない将来給付の訴えであることを踏まえ, 民事 訴訟法(以下「法」という。 )第135条の将来給付の訴えの利益に言及した上で, 将来給付 の訴えの適法性につき検討する必要がある。 基準時までにその成否及び額が定まらない請求権 を行使する給付の訴えの適法性については, 判断の枠組みとそのような権利の性質の位置付け に関していくつかの考え方が成り立ち得る。 いわゆる権利保護の資格(請求の適格)と権利保 護の利益とを分けて前者の問題として論ずる考え方, 将来の権利発生の蓋然性と現在これを行 使する必要性とを総合的に判断するとの観点から論ずる考え方などが考えられるが, いずれに せよ, 設問において敷金返還請求権の特質のほか, 当事者間の衡平の観点から将来給付の適法 性が認められた場合の被告の負担を考慮することが求められているとおり, 将来における権利 発生の蓋然性のみならず, 将来の強制執行に対する防御のために請求異議の訴えを提起しなけ ればならなくなるかもしれない被告の負担につき論ずる必要がある。 その際には, 判例(最高 裁判所昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁, 最高裁判所昭和6 3年3月31日第一小法廷判決・裁判集民事153号627頁等)が示した将来給付の訴えの 適法性の判断基準を用いることが適当かどうかも意識しつつ敷金返還請求権に即して検討する ことが求められるとともに, 本件におけるXとY2間の争いの状況を踏まえて具体的に考察す ることが期待される。 - 12 - 次に, 設問1の課題2では, 本件建物の明渡し前における敷金関係の確認の訴えにつき, 確 認の利益の一般的指標とされる確認訴訟という方法を選択することの適切性, 確認対象の適切 性, 即時確定の必要性に従って, あるいは確認訴訟における権利保護の資格と利益に沿って, Y2の立場からそれぞれが肯定されるように, 説得的な立論をすることが求められる。 そのう ちでも特に, 敷金返還請求権が設問1の課題1では将来の給付訴訟の対象と性質付けられてい ることとの関係で, どのような確認対象であれば基準時に確定する必要が認められるかにつき, 即時確定の必要性又は権利保護の利益と関係付けた確認対象又は権利保護の資格の理解を示す 必要がある。 その際には, 賃貸借契約継続中における敷金債権の確認の利益を肯定した判例(最 高裁判所平成11年1月21日第一小法廷判決・民集53巻1号1頁)のように確認対象を現 在の権利又は法律関係と位置付ける立場のほか, 将来の権利又は法律関係と位置付けた上で確 認対象となり得ると解する立場もある。 どちらを採るかにより評価に差が生ずるわけではない が, 前者については, 敷金返還請求権を単に条件付債権と位置付けるにとどまらず, 設問1の 課題1では将来と性質付けた給付訴訟との違いを示し, 本件の紛争状況から見て確認の利益が 肯定される対象を具体的に検討することが期待される。 また, 後者については, XがAの支払 った金銭は敷金でないと争っている等といった具体的な事情をできるだけ挙げた上で, 将来具 体化する対象であっても即時確定の利益又は権利保護の利益が認められることを本件に即して 説得的に論ずることが求められる。 設問2では, 和解手続におけるY2の発言から本件契約の解約の合意の存在を認定すること ができない理由の検討が求められている。 ここでは, 法第247条において, 裁判所が「口頭 弁論の全趣旨及び証拠調べの結果」をしん酌して心証を形成するものとされていることを指摘 した上で, 和解手続における当事者の発言がこれらに当たらないことを論証する必要がある。 また, 設問2では, 和解手続における当事者の発言内容を心証形成の資料とすることができる とした場合の問題についても検討することが求められている。 ここでは, 単に「手続保障を欠 く」などとするにとどまる答案は, 論証として不十分であり, 当事者の発言内容が裁判官の心 証に影響し得るとすると, 例えば, 和解の成立に向けた当事者の自由な発言を阻害するおそれ があること, 本問のようにいわゆる交互面接方式により行われた和解手続では情報の共有や反 論の機会の保障がないままに判決がされるおそれがあることなど, より実質的な観点から, 具 体的に問題点を指摘することが期待される。 設問3の課題1では, 本件訴訟において, XがY2に対する訴えのみを取り下げることがで きるかどうかの検討が求められている。 そこで, その前提として, 本件訴訟について訴訟共同 の必要があるものかどうか, すなわち, 本件訴訟が通常共同訴訟であるのか, 固有必要的共同 訴訟であるのかという点が問題となる。 本件訴訟が通常共同訴訟であると考える場合には, 例 えば, 相続財産の共有が民法第249条以下の共有と性質を異にするものではないこと, 建物 明渡義務が不可分債務に当たり義務者各自が全部につき除去義務を負うことなどを指摘して, 本件訴訟が通常共同訴訟であり, 共同訴訟人独立の原則(法第39条)が本件訴訟にも適用さ れること, その帰結として, XがY2に対する訴えの取下げをすることができることを示す必 要がある。 本件訴訟について, 固有必要的共同訴訟であると解し, XはY2に対する訴えの取 下げをすることはできないとする場合であっても, 説得力のある理由が示されていれば評価に 差異はないが, いずれにせよ, 自説の根拠と結論との整合性が求められる。 次に, 設問3の課題2では, Xが適法にY2に対する訴えのみを取り下げたという前提の下 において, XとY1のみの訴訟において本案判決がされる場合に, 取下げがされる前の期日に おいてY2が提出して取調べがされた本件日誌の証拠調べの結果を事実認定に用いてよいかど うかの検討が求められている。 ここでは, 「共同訴訟における証拠調べの効果」と「それが訴 えの取下げによって影響を受けるかどうか」という問題文中で示された二つの視点を踏まえつ つ検討を進める必要がある。 まず, 一つ目の視点, すなわち「共同訴訟における証拠調べの効 - 13 - 果」については, 共同訴訟人の一人が提出した証拠から得られる証拠資料はその援用がなくと も他の共同訴訟人に関する事実認定にも用いることができるという通常共同訴訟における証拠 共通の原則の意義や証拠共通の原則が認められる根拠を説明することが求められる。 次いで, 二つ目の視点, すなわち「それが訴えの取下げによって影響を受けるかどうか」という点につ いては, 訴えの取下げがあった部分は初めから係属していなかったものとみなされる(法第2 62条第1項)という訴えの取下げの効果を指摘することが必要となるが, これらの論証を通 じ, XのY2に対する訴えの取下げがY2の申出により取調べがされた本件日誌についての証 拠共通に影響を与えるのではないかという問題意識が導かれることとなる。 これが課題2にお ける主要な検討事項となる。 本件日誌を証拠として用いることができるとの結論を採る場合に は, その根拠として, 例えば, 判例(最高裁判所昭和32年6月25日第三小法廷判決・民集 11巻6号1143頁)によれば, 証拠申出の撤回は, 証拠調べの終了後においては許されな いとされており, その結論は相手方に有利な証拠資料が得られている可能性があることを考慮 すると是認されることや, Y2の申出によりされた証拠調べの結果は, 証拠共通の原則により XとY1との関係においても心証を形成する資料となっているところ, それは, 係属が消滅し た訴訟における訴訟行為から別の訴訟法律関係が生じているといい得ることから, 取下げによ ってもその効果は維持されるべきであることなどを指摘することが考えられる。 これに対し, 本件日誌を証拠として用いることができないとする結論を採る場合には, その根拠として, 例 えば, 取下げの結果, 当事者の訴訟行為によって形成された法律効果は全て消滅することを前 提とし, 証拠申出の撤回は, 弁論主義に照らし, 相手方の同意があれば許されるとした上で, XがY2に対する訴えの取下げをしたことにより, 実質的には, Y2の証拠申出とこれに基づ く証拠調べの結果の消滅に同意をしているものとみることができることなどを指摘することが 考えられよう。 課題2については, いずれの結論であっても, 評価に差異はないが, いずれに せよ, 論理的かつ説得的な論証が求められる。 【刑事系科目】 〔第1問〕 本問は, 設問1で, 甲がAから依頼されたBに対する貸金債権(以下「本件債権」という。 ) の回収に際し, その金額は500万円であるのに, 600万円であると水増ししつつ, 自身が 暴力団組員であると装うなどしてBを畏怖させ, D銀行E支店に開設された甲名義の預金口座 (以下「本件甲口座」という。 )に600万円を送金させた行為について甲に成立する財産犯 に関し, 被害額が600万円になるとの立場と100万円になるとの立場のそれぞれの理論構 成を検討させた上, 甲に成立する財産犯について検討させ, 設問2で, 甲がワインに混入した 睡眠薬をAが摂取して死亡したことについて, 甲について殺人既遂罪の成立要件は満たされず, 同罪は成立しないとの結論も考えられるところ, 同結論の根拠となり得る具体的な事実を3つ 挙げさせた上, 同結論を導く理由を事実ごとに簡潔に示させ, さらに, 設問3で, 甲が同支店 窓口係員Fに本件甲口座から600万円の払戻しを請求し, 同額の払戻しを受けた行為につい て1項詐欺罪の成否を, 甲がCに対する借金返済のため同600万円の払戻しを受け, これを Cに渡して費消した行為について横領罪の成否を, 甲がAに対する500万円の返還を免れる ため睡眠薬を混入したワインをAに飲ませて眠り込ませ, その睡眠薬の影響によりAの心臓疾 患を悪化させ, 心不全でAを死亡させた行為について2項強盗殺人罪の成否を, 甲が同ワイン をAに飲ませた後, A方で発見した腕時計を奪取した行為について成立する財産犯を, それぞ れ検討させ, それにより, 刑事実体法及びその解釈論の知識と理解を問うとともに, 具体的な 事実関係を分析し, その事実に法規範を適用する能力並びに論理的な思考力及び論述力を試す ものである。 設問1について - 14 - 甲は, Bに対し, 本件債権額を600万円に水増ししつつ, 自身が暴力団組員ではないのに そうであるかのように装い, 「金を返さないのであれば, うちの組の若い者をあんたの家に行 かせることになる。 」などと言った上, 本件甲口座に600万円を入金するよう要求し, Bに, 本件債権額が600万円であると誤信させなかったものの, 甲が暴力団員であるとは誤信させ, その結果, 甲の要求に応じなければ自身やその家族に危害が加えられるのではないかと畏怖し たBをして, B名義の預金口座から600万円を本件甲口座に送金させ, その残高を同額分増 加させている。 上記につき, 甲に成立する財産犯が, 恐喝罪か詐欺罪かが問題となり, 両罪の区別基準を示 した上, 具体的事実を摘示して当てはめを行う必要があるところ, 判例の立場(最判昭和24 年2月8日刑集3巻2号83頁)に従えば, Bが甲を暴力団員であると誤信した点は, Bに畏 怖の念を生じさせる一材料にとどまっているため, 甲に成立する財産犯は恐喝罪と考えられる。 この場合, 恐喝罪の客観的構成要件要素として, まず, 「脅迫」の意義を正確に示した上で, 具体的事実を摘示して当てはめを行い, 次に, Bの「畏怖」, そして, これに基づく600万 円の送金事実を摘示した上, Bと甲との間に現実の現金移転がないことから, 同事実が, 「財 物を交付させ」たことに当たるのか, 「財産上不法の利益を得」たことに当たるのか, すなわ ち1項恐喝罪と2項恐喝罪のいずれが成立するかについて, 自説を根拠とともに簡潔に論じる 必要がある。 また, 主観的構成要件要素についても検討する必要がある。 ところで, 本問では, 甲に成立する財産犯である恐喝罪の被害額(1項恐喝罪の場合, 「財 物」に当たる現金の金額, 2項恐喝罪の場合, 「財産上の利益」に当たる預金債権の金額)が, @600万円になるとの立場(以下「@の立場」という。 )及びA100万円になるとの立場 (以下「Aの立場」という。 )双方からの説明が求められており, それぞれの立場の理論構成 を根拠とともに論じる必要があるところ, 甲は, AからBに対する本件債権の回収権限を与え られ, その権利行使に際し, 恐喝的手段を用いてBから弁済の趣旨で600万円の送金を受け ているため, 本件債権額の範囲内については権利の行使といえるから, その範囲内についても 恐喝罪の構成要件に該当するといえるか否かが問題になる。 この問題については, 恐喝罪の保護法益の内容や同罪における「財産上の損害」の要否及び その内容に関する理解が重要な前提となる。 すなわち, @の立場からの説明としては, 権利行 使に際し恐喝的手段が用いられている場合, a.債務者の占有の適法性や要保護性を問わず, 6 00万円全体について占有侵害が認められるとの説明や, b.同罪を個別財産に対する罪と捉え た上, 甲の恐喝行為に基づくAの交付行為により600万円の現金ないし預金債権が失われた ことから, 600万円が「財産上の損害」に当たるとの説明等が考えられる。 他方, Aの立場からの説明としては, 権利行使に際し恐喝的手段が用いられている場合で も, c.債務者には履行遅滞に陥った債務の金額を適法に保持する正当な利益を欠くとして, 債 権額を超過する100万円の限りで法益侵害が認められるとの説明や, d.500万円の範囲で はBが金銭を交付することによって同じ金額の債務が消滅するため, 実質的には100万円の 限度で「財産上の損害」が生じているとの説明等が考えられる。 さらに, 甲は, Aから与えられた本件債権の回収権限に基づいてその弁済をBに請求してい るため, その行為について, 違法性が阻却されるか否かも検討する余地があるが, 甲の請求額 は, 本件債権額を100万円も超過し, かつ, 甲がBに恐喝的手段を用いる緊急性はもとより, 必要性も相当性もないため, 違法性が阻却される余地はないと考えられる。 設問2について 甲は, A方において, 生命に対する危険性が全くない量の睡眠薬を混入したワインをAに飲 ませて, 数時間は目の覚めない状態にした(以下「第1行為」という。 )上, 致死量に達する 有毒ガスをAに吸引させ(以下「第2行為」という。 ), Aを殺害する計画(以下「本件計画」 という。 )を立て, これに従い, 第1行為を行ったものの, 急にAの殺害が怖くなったため第 - 15 - 2行為をやめることにしてA方から立ち去ったが, Aは睡眠薬の影響により心臓疾患が悪化し た結果, 心不全で死亡している。 このように, 甲が行った第1行為は, それ自体では一般的に 人を死亡させる危険性がない行為であり, かつ, 甲は, 第1行為によってAを殺害する意思は なく, これに必要と考えていた第2行為を行わなかったのであるから, 理論構成によっては, 殺人既遂罪の成立を否定する結論を導く余地もあるといえる。 すなわち, 本問では, 【事例2】の5, 6, 8及び9の事実のうちから, 当該理論構成の当 てはめに必要と考えられる具体的な事実3つを挙げた上で, 前記結論を導く理由を事実ごとに 簡潔に説明する必要があるところ, その3つの具体的な事実としては, @甲がAに飲ませた睡 眠薬は病院で処方される一般的な医薬品で, Aの特殊な心臓疾患がなければ生命に対する危険 性は全くなかったこと(以下「@の事実」という。 ), A同心臓疾患を一般人は認識できず, 甲 も知らなかったこと(以下「Aの事実」という。 ), B甲は, ワインに混入した量の睡眠薬を摂 取させる行為によって, Aが死亡する認識・予見を欠いていたこと(以下「Bの事実」という。 ) などが挙げられる。 そして, 殺人既遂罪の成立が否定される理由として, 様々な理論構成からの説明が考えられ るが, まず, 第1行為は実行行為に当たらない, あるいは, その段階で実行の着手が認められ ないとの説明が考えられる。 例えば, 実行行為性の危険性の判断に関し, 一般人が認識できな い事情を判断資料から除外する立場や, 実行の着手の判断において, 犯行計画を考慮しない立 場を前提とすれば, @の事実に着目したとき, 第1行為は実行行為に当たらない, あるいは, その段階で実行の着手はなく, 甲に殺人既遂罪は成立しないとの説明が考えられる。 次に, 第1行為とAの死亡結果との間に因果関係が認められないとの説明も考えられる。 例 えば, 相当因果関係における相当性の判断資料に関し, 行為時において一般人が認識し得た事 情及び行為者が特に認識していた事情に限定する立場によれば, Aの事実に着目したとき, A の心臓疾患の事実は同判断資料から除かれ, よって, 第1行為とAの死亡結果との間に因果関 係は認められず, 甲に殺人既遂罪は成立しないとの説明が考えられる。 さらに, 甲に殺意はなかったとの説明も考えられる。 例えば, Bの事実に着目したとき, 第 1行為の段階によってAを殺害する意思はなく, これに必要と考えていた第2行為を行わなか った甲には, 第1行為によって死亡結果を惹起する認識・予見がなく, よって, 同罪の故意が ない, あるいは, Aの死亡結果は, 甲の予期に反するものであり, 客観的な因果経過と甲の認 識する因果経過との間に重大な錯誤があり, よって, 同罪の故意が阻却され, それぞれ甲に同 罪は成立しないとの説明が考えられる。 本問は, 一定の結論を導くためには, 具体的にいかなる事実に着目して, 理論構成をするこ とができるかを検討させることによって, 刑法理論の理解に基づき, 事実関係の分析能力を問 うものである。 解答に際しては, 複数の事実を一括せず, 1個の事実に対応する理由を逐一論 じる必要がある一方, 1個の事実に対応する理由は複数あっても良く, また, 理論構成の根拠 や他説への批判を論じる必要はなく, 要点を簡潔に示すのが肝要である。 設問3について 甲が600万円の払戻しを銀行窓口係員に請求し, その払戻しを受けた行為について 甲が, Bに送金させた600万円の払戻しをD銀行E支店窓口係員Fに請求し, その払戻 しを受けた行為について, 犯罪行為によって領得した金員(犯罪被害金)であることを秘し た払戻行為であることから, 1項詐欺罪の成否が問題となる。 同罪の成立要件の検討に際し ては, 「人を欺く行為」 (欺罔行為)の意義を正確に示した上で, 具体的事実を摘示して当て はめを行う必要があるところ, 本件については, 甲がD銀行に対して有効な預金債権を取得 していることを踏まえつつ, 払戻請求を受けた金員が犯罪被害金か否かは, 金融機関の職員 において払戻し許否の判断の基礎となる重要な事項といえるか, 甲が払戻しを請求する行為 - 16 - は, 払戻しの客体が犯罪被害金ではないことを示す行為といえるか(挙動による欺罔) , 甲 には銀行に対して, 払戻しを請求している金員が犯罪被害金であることを告知する義務があ ったか(不作為による欺罔)などについて, 具体的に検討する必要がある。 なお, 仮に詐欺 罪の成立を認めるとしても, 同罪の客体は恐喝罪の被害額に限定されることになるため, 設 問1における結論と整合的な検討が必要になる。 甲が現金600万円の払戻しを受け, これを自己の借金返済のために費消した行為につい て 甲が, 自己の借金返済に充てるため, Aの所有に帰属し, Aに引き渡すべき現金500万 円を含む600万円の払戻しをFから受けた上, これをCに交付して費消した行為について, 被害額を500万円とする横領罪の成否が問題となり, その客観的構成要件要素及び主観的 構成要件要素を検討する必要があるが, 客観的構成要件要素のうち, どの行為を「横領」行 為と捉えるかによって, 横領罪の客体が異なり得る点に留意する必要がある。 すなわち, 甲 が現実に600万円をCに交付した行為を「横領」と捉える場合, 客体は甲が所持している 現金ということになるのに対し, 甲がCに対する弁済に充てることを決意して払戻請求を行 っていることに着目し, 払戻しを受ける行為を「横領」と捉える場合には, 本件甲口座に預 金として預け入れられた金員が客体ということになり, それが「自己の占有する他人の物」 といえることを示す必要が生じる。 なお, いずれの構成を前提としても, Aに対する横領罪 の客体は, Aに交付すべき500万円に限定されることになると解される。 甲が500万円の返還を免れるために睡眠薬をAに飲ませて死亡させた行為について 甲が, Aに引き渡すべきであった500万円を自己の借金返済のため費消したことをAに 知られた後, Aを殺害してその返還を免れようと考えつつ本件計画を立て, 第1行為により Aを死亡させた事実について, 2項強盗殺人罪の成否が問題となり, その客観的構成要件要 素及び主観的構成要件要素を検討する必要があるところ, Aの死亡結果及び財産上の利益の 強取行為については, 甲の犯行計画に反し, 第1行為によって現実化しているため, いわゆ る早すぎた構成要件実現の問題として, 故意既遂犯の成否が問題となる。 この点, 殺人既遂罪の成否に関する判断については, 最決平成16年3月22日刑集58 巻3号187頁が参考になる。 すなわち, 当該判例の考え方に従えば, @第1行為が第2行 為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったこと, A第1行為に成功した場合, それ以降の犯罪計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められ ること, B第1行為と第2行為が時間的場所的に近接していることなどの事情が認められ, 第1行為が第2行為に密接な行為であり, 第1行為の開始時点で既に殺人に至る客観的な危 険性が認められる場合には, 行為者は一連の殺人行為に着手して, その目的を遂げたもので あり, 行為者の認識と異なり, 第1行為によって被害者が死亡していても殺人既遂罪の成立 が認められることになる。 当該判例を前提とした場合, 本件事案についても, 第1行為の段 階で, 殺人罪の実行の着手が認められるか否かを検討する必要があるが, その際, 時間的場 所的関係や使用した薬物の性質などについて当該判例の事案と比較することが求められる。 そして, 同罪の実行の着手を認めた場合, Aの心臓疾患の存在を一般人が認識できず, 甲も 知らなかったことを踏まえつつ, 因果関係の有無について具体的に検討を加える必要がある。 他方, 当該判例の考え方に従わない場合, 殺人既遂罪の成否については, 同罪の実行行為 及び故意の有無の判断方法について, 自説を根拠とともに論じた上で, 当てはめを的確に行 う必要がある。 例えば, Aの死亡結果を発生させた行為として因果の起点となる第1行為の みを実行行為として捉えた上で, 第 1 行為と死亡結果との間の因果関係を肯定した場合, 第1行為の段階で甲に故意が認められるか否かについて, 甲がAの殺害に必要と考えていた - 17 - 第2行為を留保していたことや, 因果関係の錯誤があることを踏まえつつ, 根拠とともに十 分論じる必要がある。 2項強盗殺人罪は, 被害者を殺害して財産上の利益を取得すれば直ちに成立するのではな く, 2項強盗罪の成立要件を満たす必要があるから, 同罪の実行行為である「暴行」又は「脅 迫」が認められるかについて検討する必要がある。 この点に関し, 第1行為の段階で「暴行」 があったといえるかについては, 「暴行」とは有形力・物理力の行使と解されることを踏ま えつつ, 具体的事実を摘示して当てはめを行う必要がある。 そして, この点については, ワ インを飲ませることは強盗罪の予定する有形力には当たらない, あるいは, ワインを飲むこ とについてはAが同意しているという理由から, 第1行為は強盗罪にいう「暴行」に当たら ないと解する余地があるだろう。 他方, 「暴行」を肯定する論理としては, 例えば, 睡眠薬 の混入を知らずにワインを飲んだAの錯誤に基づく無効な同意による薬剤の作用を有形力と 見ることや, 究極の反抗抑圧手段である被害者の殺害は実質的に暴行を包含していると考え られること, 気体を吸引させる第2行為を「暴行」に当たるとした上で, 第1行為と第2行 為を一連の実行行為と捉えることなどが考えられよう。 さらに, 「暴行」を肯定した場合については, 本件の具体的事実関係において, 甲が「財 産上不法の利益を得」たといえるかについて, 財産上の利益の意義を正確に示した上で, 具 体的事実を摘示して当てはめを行う必要がある。 なお, 2項強盗殺人罪又は殺人罪の実行の着手を否定した場合でも, 500万円の返還を 免れるためにAを殺害する目的で準備を進めた上, 実際にワインを飲ませてAを死亡させた 行為について, 自説の立場からいかなる犯罪が成立するかについて, 論理一貫した検討が必 要になる。 例えば, 殺人予備罪, 強盗予備罪の成否のほか, Aに生じた数時間は目の覚めな い状態が「傷害」に当たるとする立場からは, 傷害(致死)罪, (重)過失傷害罪(又は同 致死罪)などの成否が問題となり得る。 甲がA所有の腕時計を奪取した行為について 甲がA方から立ち去る際に発見したA所有の腕時計を上着のポケットに入れて, A方から 立ち去り, これを奪取した行為について, その奪取意思が生じた時期が第1行為後であった ことに着目すれば, 昏酔強盗罪ではなく, 窃盗罪の成否が問題となり, その客観的構成要件 及び主観的構成要件の充足の有無を検討する必要がある。 ただし, 甲に2項強盗殺人罪の成 立を認める立場からは, 客体が「財産上の利益」と「財物」との違いこそあれ, 甲が侵害し ようとした500万円の返還債務と腕時計はAの財産との点で重なり合いがあり, 同一機会 にこれらを侵害したことに着目し, 上記行為について1項強盗殺人罪の成否を検討する余地 もある。 最後に, 上記のことを踏まえ, 罪数を論じる必要がある。 〔第2問〕 本問は, 住居侵入窃盗事件の捜査及び公判に関する具体的な事例を素材として, 刑事手続法 上の問題点, その解決に必要な法解釈, 法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並 びに結論に至る思考過程を論述させることにより, 刑事訴訟法に関する基本的学識, 法適用能 力及び論理的思考力を試すものである。 〔設問1〕は, H市内で夜間に発生したV方における住居侵入窃盗事件(以下「本件住居侵 入窃盗事件」という。 )に関し, 司法警察員P及びQが, その2日前の夜間に同市内で発生し た, 手口が類似するX方における住居侵入未遂事件(以下「X方における事件」という。 )で 目撃された甲をH警察署まで任意同行した上, 約24時間という長時間にわたり, 一睡もさせ ずに徹夜で, 更に偽計も用いて実施した取調べ(以下「下線部@の取調べ」という。 )の適法 - 18 - 性を論じさせることにより, 刑事訴訟法第198条に基づく任意捜査の一環としての被疑者の 取調べがいかなる限度で許されるのか, すなわち, 被疑者に対する任意取調べの適法性に関す る判断枠組みの理解及び具体的事実への法適用能力を試すものである。 任意同行後の被疑者に対する任意取調べの適法性について扱った最高裁判所の判例として は, 宿泊を伴う取調べが実施された事案に関する最決昭和59年2月29日刑集38巻3号4 79頁(いわゆる高輪グリーン・マンション殺人事件)がある。 同決定は, 任意捜査の一環と しての被疑者取調べは, 第一に, 強制手段によることはできず, 第二に, 強制手段を用いない 場合でも, 事案の性質, 被疑者に対する容疑の程度, 被疑者の態度等諸般の事情を勘案して, 社会通念上相当と認められる方法・態様及び限度において許容されるという二段階の適法性の 判断枠組みを示している。 そして, 深夜に任意同行した後, 徹夜で, 翌日の夜まで約22時間 という長時間にわたって被疑者に対する取調べが実施された事案に関する最決平成元年7月4 日刑集43巻7号581頁(いわゆる平塚強盗致死事件)も, この判断枠組みに従い, 取調べ の適否について判断している。 本問の検討に当たっては, これらの最高裁判例の考え方を踏ま えた上で, まず, 上記判断枠組みの第一段階にいう「強制手段」については, 刑事訴訟法第1 97条第1項但書にいう強制処分該当性の問題として位置付け, その意義を明らかにするなど, 実定法上の規定との関係をも意識しつつ論じることが求められる。 また, 上記判断枠組みの第 二段階にいう「相当」性については, いわゆる比例原則を任意取調べに適用したものとして捜 査の必要性と被侵害利益とを比較衡量して判断するとの立場(比較衡量説), 捜査機関に対す る行為規範としての観点から判断するとの立場(行為規範説)など, その理論的根拠や考慮要 素に関する理解は分かれ得るが, いずれの立場に立つにせよ, 前記最高裁判例に対する理解を 前提として, いかなる立場に立脚しているのかを明確にしながら論じることが求められる。 上記のような理解を前提とした上, 下線部@の取調べについて, 事例に現れた具体的事実が 前記判断枠組みにおいてどのような意味を持つのかを意識しながら, その適法性を検討する必 要がある。 すなわち, 第一段階の判断として, 下線部@の取調べが強制処分に当たるのか否かにつき, H警察署への任意同行に甲が明示的に同意していたことや, H警察署における具体的な取調べ 状況等を踏まえ, 甲の意思を制圧していないか, 甲の身体・行動の自由等に制約を加えていな いか等の観点から評価することが求められる。 そして, 第一段階の検討において, 強制処分に当たらないとの結論に至った場合には, 第二 段階の判断として, 約24時間という長時間にわたり, 一睡もさせずに徹夜で, その間に疲労 して口数が少なくなっていた甲に対し, 本件住居侵入窃盗事件当日の夜, 甲が自宅から外出す るのを見た人がいる旨の偽計をも用いて行われた取調べが, 任意取調べとして社会通念上相当 性を欠くか否かについて検討することとなる。 ここでは, 前記最高裁判例が考慮要素として挙 げる, 事案の性質, 被疑者に対する容疑の程度, 被疑者の態度等につき具体的事実を適切に抽 出し評価することが求められる。 この相当性の判断に当たっては, 事例に現れた具体的事実を ただ漫然と羅列して結論を述べればよいわけではなく, 例えば, 比較衡量説に立つ場合には, 捜査の必要性と比較衡量すべき反対利益としての被侵害利益をどう捉えるのかについて, どの ような事実が甲のいかなる利益の侵害を基礎付けるのかを明らかにしながら論じることが必要 である。 また, 約24時間にわたり, 徹夜で行われた取調べが, それのみでも社会通念上相当 性を欠き違法であると判断した場合は格別, そうでない場合には, それまでの取調べにより疲 労している甲に対して偽計を用いて行われた取調べについて, その偽計の内容・程度も勘案し つつ, その適法性を判断すべきである。 〔設問2〕は, 甲の自白が, 前記のとおり, 長時間にわたり, 徹夜で行われた取調べにおい て, 偽計を用いて獲得されているところ, まず, 〔設問2−1〕において, 自白法則及び違法 収集証拠排除法則の自白への適用の在り方を一般的に問うた上, 次いで, 〔設問2−2〕にお - 19 - いて, 〔設問2−1〕で論じた自己の見解に基づいて甲の前記自白の証拠能力を論じさせるこ とにより, 自白法則及び違法収集証拠排除法則という証拠法における基本原則が, 自白という 供述証拠にどのように適用されるのか(後者については適用の有無自体も含む。 )についての 基本的な理解と, それを踏まえた, 具体的事例を解決するための法的思考力を試すものである。 刑事訴訟法第319条第1項は, 任意にされたものでない疑いのある自白の証拠能力を否定 しているが, この自白法則の根拠についての考え方は, 伝統的な理解とされる, 供述人の心理 状態に注目するいわゆる任意性説(虚偽排除説, 人権擁護説ないしこれらを併用する説を含む。 ) と, いわゆる違法排除説とに大別することができる。 同法則に関する最高裁判例としては, 例 えば, 最大判昭和45年11月25日刑集24巻12号1670頁があり, 同判決は, 「虚偽 の自白が誘発されるおそれのある場合」には, そこで得られた自白の「任意性に疑いがある」 ものとしている。 また, 違法収集証拠排除法則については, 違法に収集された証拠物の証拠能 力についての判断として, 最判昭和53年9月7日刑集32巻6号1672頁があり, 同判決 は, 明文の規定はないものの, 刑事訴訟法の解釈により, 証拠物の押収等の手続に令状主義の 精神を没却するような重大な違法があり, これを証拠として許容することが, 将来における違 法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合には, 当該証拠の証拠能力が否定 されると判示している。 そして, 供述証拠である自白にも違法収集証拠排除法則が適用されるのか, その前提として, 自白法則と違法収集証拠排除法則の関係をどのように考えるのかについては, 両者は共通する 原理に基づくものであって, 違法収集証拠排除法則が一般的な法則であり, 自白法則は言わば 違法収集証拠排除法則の特別規定だとする見解(違法排除一元説), 自白の証拠能力は専ら任 意性の観点から判断され, 自白には違法収集証拠排除法則は適用されないとする見解(任意性 一元説), 供述の任意性の観点とは別に違法収集証拠排除法則を自白にも適用することができ るとする見解(二元説)など見解が分かれているが, 〔設問2−1〕では, これらのいずれの 見解に立つにせよ, 自白法則及び違法収集証拠排除法則の根拠及び判断基準をそれぞれ明らか にした上で, 両法則の自白への適用の在り方について, 自説の立場を論じることが求められる (なお, 違法収集証拠排除法則の自白への適用を認めた下級審裁判例として, 東京高判平成1 4年9月4日判時1808号144頁(いわゆるロザール事件控訴審判決)等がある。 )。 その上で, 〔設問2−2〕では, 〔設問1〕で検討した下線部@の取調べの適法性に関する論 述内容を踏まえつつ, 立場によってはそこでは触れなかった具体的事実をも適切に拾い上げな がら, 自説の立場から, 甲の自白の証拠能力の有無及びその理由を説得的に論述することが求 められる。 いわゆる任意性説の立場から自白法則を適用するに当たっては, 下線部@の取調べ のうち, いかなる事実がどのような理由から, 甲に対する心理的圧迫や心理的強制, ないし甲 の黙秘権等の侵害を基礎付けると評価されるのか(あるいはされないのか)など, 当該取調べ が甲の心理状態に与えた影響や権利行使に与えた影響いかんについて十分言及しながら論じる ことが求められる。 また, 違法収集証拠排除法則を自白に適用するに当たっては, 一般に取調 べは令状主義とは関係がないとされることから, 証拠物に関する前記昭和53年最高裁判例の いう, 令状主義の精神を没却するような重大な違法の有無という基準を用いて甲の自白の証拠 能力を判断してよいのかという点や, 下線部@の取調べのうち, いかなる事実がどのような理 由から重大な違法と評価されるのか(あるいはされないのか), 将来の違法捜査抑制の見地か ら甲の自白を証拠として許容するのが相当でないと評価されるのか(あるいはされないのか) などについて論述することが求められる。 本問では, Qが用いた偽計は, 本件住居侵入窃盗事 件の犯行目撃自体に関するものではなく, 本件住居侵入窃盗事件当日の夜に甲が自宅から外出 したのを目撃されたという内容にとどまっている一方で, それまでに行われていた長時間にわ たる徹夜の取調べにより疲労していたこととそうした偽計とがあいまって, 甲が自白するしか ないと思い込み, 本件住居侵入窃盗事件を行った旨自白するに至っており, このような事情を - 20 - 自説の立場からどのように評価するのかを説得的に論じる必要がある。 〔設問3〕は, 検察官が, 本件住居侵入窃盗事件と手口の類似する, 起訴されていないX方 における事件を目撃したWの証人尋問により, 本件住居侵入窃盗事件の甲の犯人性を証明しよ うとしている場合において, Wの証人尋問の請求を認めるべきか否かを問うことにより, いわ ゆる類似事実による犯人性の証明の可否についての基本的な理解及び具体的事実への法適用能 力を試すものである。 この点について, 最高裁判所は, 前科証拠を犯人性の証明に用いることの適否に関する最判 平成24年9月7日刑集66巻9号907頁, 併合審理されている類似の犯罪事実を犯人性の 間接事実とすることの適否に関する最決平成25年2月20日刑集67巻2号1頁において, このような類似の犯罪事実による犯人性の証明が許されるためには, 当該犯罪事実が顕著な特 徴を有し, かつ, それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することが必要であるとしている。 本問の検討に当たっては, これらの最高裁判例を踏まえ, 弁護人の証拠意見の趣旨を把握した 上で, 本問のように, 起訴されていない類似の犯罪事実を犯人性の証明に用いることができる のか否かを論じる必要がある。 その際には, これらの類似の犯罪事実を犯人性の証明に用いる ことが許されないとすれば, その理論的根拠はどこにあるかを明らかにするとともに, 許され る場合があるとすれば, その判断基準及び根拠を十分に説明することが求められる。 その上で, 一戸建ての民家の庭に面した1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスを, ガ ラスカッターを用いて半円形に割って解錠するという手口の特殊性・類似性の有無・程度, X 方における事件と本件住居侵入窃盗事件の時間的・場所的近接性の有無・程度, ガラスカッタ ーの入手の容易性等について, 具体的事実を適切に拾い上げながら評価し, Wの証人尋問の請 求を認めるべきか否かを論じることが求められている。 【選択科目】 [倒産法] 〔第1問〕 本問は, 株式会社が破産手続開始決定を受けた場合の具体的事例を基に, 破産者のした法律 行為やこれに関連して行われた債権者の行為が破産手続との関係でどのように規律されるのか を問い, 破産手続における関係者の権利調整に係る規律の在り方, 当該規律の制度趣旨につい ての基本的な理解を問うものである。 設問1は, 債権者であるC銀行が本件担保提供を詐害行為とし, A社から抵当権の設定を受 けた受益者であるE銀行を被告として(民法第424条の7第1項第1号参照), 民法第42 4条第1項に規定する詐害行為取消権に基づき, 本件抵当権設定登記の抹消登記手続請求訴訟 (本件訴訟1)を提起した場合に, その後, A社に対する破産手続開始の決定があったとき, 本件訴訟1がどのような取扱いを受けるかについて検討を求めるものである。 破産法は, その目的を達成するため(破産法第1条参照), 破産手続開始の決定があった場 合における他の手続との調整規定を設けており(同法第42条以下参照), 破産者を当事者と する破産財団に関する訴えの取扱いについては同法第44条に規定しているところ, 事案によ れば, 甲土地は, A社の破産財団に属するものということができそうであるが, A社は, 本件 訴訟1の当事者ではないことからすると, 同項の規定によって本件訴訟1が中断することはな さそうである。 ただ, 事案によれば, A社に対する破産手続開始の決定があったときには, 本 件訴訟1がα地方裁判所に係属しているというのであるから, 本件訴訟1については, 民法第 424条第1項の規定により破産債権者の提起した訴訟が破産手続開始当時係属するときはそ の訴訟手続は中断する旨規定する破産法第45条第1項の適用があるものということができ る。 解答に当たっては, 本件訴訟1の訴訟手続の中断について, これら破産法の規定を具体的 - 21 - に指摘して当てはめつつ論ずる必要がある。 また, 設問1は, 本件訴訟1の取扱いを問うもの であるから, 中断後の受け継ぎの規律(同法第45条第2項参照)についても言及することが 求められよう。 設問2は, 破産管財人Yが本件担保提供について, 破産法第160条第1項又は第162条 第1項に基づき否認するとし, E銀行を被告として, 本件抵当権設定登記の抹消登記手続請求 訴訟(本件訴訟2)を提起した場合について, 破産管財人Yの当該主張の当否につき検討を求 めるものである。 そうすると, 本件担保提供について, 否認の対象となる行為として同法第1 60条第1項又は第162条第1項の要件を充足しているということができるのかについて検 討することが求められているから, 解答に当たっては, 設問を結論付ける上で必要となる否認 の要件を自らの考え方に基づいて適切に摘示し, 解釈した上で, 事案に即して当てはめ, 自ら の考え方を論ずる必要がある。 ここで, 事例によれば, 本件担保提供は, 本件通知書が郵送された後にされたものであるこ とに照らせば, 本件担保提供についてA社の支払の停止後にされた行為であるということがで きるのかについて検討が必要となる。 関連して判例(ただし, 旧破産法第74条第1項に係る もの)では, 支払停止とは, 債務者が資力欠乏のため債務の支払をすることができないと考え てその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解すべきとされている(最一 判昭和60年2月14日判例時報1149号159頁)。 そこで, 解答に当たっては, 支払停 止の概念について自らの考え方を示すとともに, 事案に即した適切な当てはめをして論ずるこ とが必要である。 また, 本件担保提供がA社の支払の停止後の担保提供であるとしても, 設問 2の問題文に触れられているとおり, 本件担保提供が親会社B社の債務を担保するためのもの であることに留意して検討する必要がある。 すなわち, 解答に当たっては, 破産法第162条 第1項に基づく否認の主張の当否に関しては, 同項に基づく否認の制度趣旨に照らし, 同項に おいて文言上否認の対象とされている, 「既存の債務」についてされた担保の供与行為をどの ように解するのか(破産者『自らの債務についての』担保の供与行為であると解されること) を明らかにした上で, 同項に基づく否認の要件を満たさないことにつき, 事案に即した当ては めをして論ずることが求められるほか, 同法第160条第1項に基づく否認の主張の当否に関 しても, その制度趣旨に照らし, 同項において否認の対象とされている行為はどのようなもの か, 換言すれば, 文言上否認の対象から除かれている, 「担保の供与」をどのように解するの か(破産法第160条第1項で適用対象外とされるのは, 破産者『自らの債務についての』担 保の供与行為であると解され, 他人の債務に関する担保の供与は, 破産者の財産減少行為であ ると観念され, 適用対象外とされないこと)を明らかにした上で, 同項に基づく否認の要件の 充足性について, 事案に即した当てはめをして論ずることが求められよう。 設問3は, 破産管財人YがD社に対してされた本件事業用車両による代物弁済について, 破 産法第162条第1項に基づき否認するとし, D社を被告として, 本件事業用車両の引渡請求 訴訟(本件訴訟3)を提起した場合について, 破産管財人Yの当該主張の当否につき検討を求 めるものである。 そうすると, 設問2における場合と同様, ここでも, 解答に当たっては, 設 問を結論付ける上で必要となる否認の要件を自らの考え方に基づいて適切に摘示し, 解釈した 上で, 事案に即して当てはめ, 自らの考え方を論ずる必要がある。 ここで, 事例によれば, D社は, 本件事業用車両に係る所有権留保特約付きの売買契約の売 主であって, 担保権者であること等の事情がある。 関連して判例(ただし, 旧破産法第72条 第1号に係るもの)では, 債務者(買主)が動産売買の先取特権の存する物件を被担保債権額 (売買代金額)と同額に評価して当該債権者(売主)に代物弁済に供する行為は, 売買当時に 比し代物弁済当時に当該物件の価格が増加していない限り他の破産債権者を害する行為に当た らず, 否認が認められないものとされ, その理由として, 破産債権者を害する行為とは, 破産 債権者の共同担保を減損させる行為であるところ, もともと当該物件は破産債権者の共同担保 - 22 - ではなかったものであり, 当該代物弁済により当該債権者の債務は消滅に帰したからである旨 示されているところである(最一判昭和41年4月14日民集20巻4号611頁)。 そこで, 解答に当たっては, 破産法第162条第1項に基づく否認の要件として, 対象となる行為の有 害性を要するものとするのか, 要するものとしてその意義や否認の要件上の位置付けについて 自らの考え方を明らかにしつつ, 事案に即した当てはめをして結論を導くことが求められよう。 〔第2問〕 本問は, 資金繰りが悪化するなどし, 法的倒産手続の利用を検討することとなった株式会社 を題材に, 同社を取り巻くいくつかの事情を勘案しつつ, 本件事業を維持継続した上でD社に 譲渡するために, 破産手続開始又は再生手続開始のいずれを申し立てるのが相当であるかの検 討を通じ, 破産手続ないし再生手続の特徴や違いについて, 基本的な理解を問うものである。 設問においては, @からBまでの方策について, 事例及びA社に関する事情を踏まえ, 破産 手続による場合と再生手続による場合とを比較して論ずることが求められているから, 解答に 当たっては, これに対応し, 関連した制度を摘示した上で比較しつつ, 事案に即した当てはめ をして論ずることが求められている。 まず, 設問では, 本件事業を維持継続した上でD社に譲渡するための方策についての検討が 求められているところ, A社に関する事情として, D社はA社について法的倒産手続の申立て があれば資金援助を行う意向を有している一方で, 後に優先的な弁済を受けることができるの か心配しているという事情があるのであるから, 法的倒産手続において, そのような効果を生 む方策(設問@の方策)の有無が検討課題となり得る。 この点, 破産手続では, 開始前の原因 により生じた債権は, 財団債権でないものは破産債権であり(破産法第2条第5項), 基本的 に優先弁済をすることができないものとされている一方, 再生手続では, 上記のようないわゆ る救済融資により生じた債権については, 民事再生法第120条による共益債権化の可能性が 問題となり得る。 そこで, 解答に当たっては, 当該制度の指摘のほか, 当該制度が民事再生法 に設けられている趣旨やその要件を踏まえつつ, 事案に即して当該制度の適用可能性について 論ずる必要がある。 また, 設問では, 本件事業を維持継続した上でD社に譲渡するための検討が求められている ところ, A社に関する事情として, E銀行により, 本件事業が行われている本件工場及び敷地 に設定されていた抵当権の実行の方針が明らかにされているという事情があるのであるから, 法的倒産手続において, 当該抵当権の実行を阻止し又はこれを消滅させるための方策(設問A の方策)の有無が検討課題となり得る。 この点, 破産手続では, 別除権者(破産法第65条) であるE銀行の抵当権の実行を止めるための手段がないものとされている一方, 再生手続では, 上記のようなE銀行の抵当権については, 民事再生法第31条による担保権の実行手続の中止 命令の制度の適用可能性が問題となり得る。 また, E銀行の抵当権に対しては, 実際上, 別除 権者であるE銀行との合意(いわゆる別除権協定)により当該抵当権を抹消した上で, 担保目 的物である本件工場及び敷地をD社に譲渡することが目指されることになろうが(このことは, 破産手続, 再生手続ともに同様であるといえよう。 ), その合意に至らない場合もあり得る。 そ うすると, そのような場合であっても, 担保権を消滅させるための方策の有無が問題となり得 る。 この点, 破産手続においては, 破産法第186条以下の規定に基づく担保権消滅の許可の 制度があるが, 当該制度では, 結局, (別除権協定の締結もできず)担保権の実行の意向を明 確にしている担保権者(本問では, E銀行)による担保権の実行を阻止することができないも のであり(同法第187条参照), E銀行の意向に反するものというべき本件事業を維持継続 した上でのD社への譲渡に役立つ制度であるとは言い難いところである。 一方, 再生手続では, E銀行の抵当権については, 民事再生法第148条による担保権消滅の許可の制度の適用可能 性が問題となり得る。 そこで, 解答に当たっては, 再生手続における民事再生法第31条によ - 23 - る担保権の実行手続の中止命令の制度, 同法第148条による担保権消滅の許可の制度の各指 摘のほか, 各制度が併せて民事再生法に設けられている趣旨やその要件を踏まえつつ, 事案に 即して各制度の適用可能性について論ずる必要がある。 さらに, 設問では, 本件事業を維持継続した上でD社に譲渡するための検討が求められてい るところ, A社に関する事情として, 本件事業に欠かせない部品の調達先であるF社が期限ま での代金支払に応じなければ, 直ちにA社との取引を打ち切る旨を明らかにしているという事 情があるのであるから, 法的倒産手続において, F社に対し代金を弁済し, F社との取引関係 を維持するための方策(設問Bの方策)の有無が検討課題となり得る。 この点, 破産手続では, 取引先を維持するために破産者が負う破産債権等への弁済を可能とする明文の根拠規定はない ものとされている一方, 再生手続では, 上記のようなF社の有する債権については, 民事再生 法第85条第5項(後半部分)による弁済許可の制度の適用可能性が問題となり得る。 そこで, 解答に当たっては, 当該制度の指摘のほか, 当該制度が民事再生法に設けられている趣旨やそ の要件を踏まえつつ, 事案に即して当該制度の適用可能性について論ずる必要がある。 そして, 以上のような各検討を踏まえ, 本件事業を維持継続した上でD社に譲渡するために, 破産手続開始又は再生手続開始のいずれを申し立てるのが相当であるかについて, 自らの考え 方を論じ, 結論を示すことが求められている。 [租税法] 〔第1問〕 本問は, 競馬での当たり馬券の払戻金の所得分類(設問1, ), 賃料増額請求の当否が 争われた場合の賃料収入の帰属年度(設問2), 法人による資産の高額譲受けとその資産の転 売における法人の課税関係(設問3, )について問うものである。 設問1では, 近時の最高裁判例(最判平成29年12月15日民集71巻10号2235 頁)の事案と類似の事案について, 当たり馬券の払戻金に係る所得が所得税法に定められた1 0種類の所得のどれに分類されるかが問われている。 上記最判の事案では, 一時所得か雑所得かが争われた。 しかし, これらの所得は他の8種類 の所得に該当しないとされた場合に初めてその該当性が問題となるのであるから, 本問の解答 に当たっては, まず, これら以外に該当の可能性がある所得について検討しなければならない ことに気付く必要がある。 そうすると, 最初に検討すべきは, 事業所得(所得税法第27条第 1項)の該当性ということになる。 具体的には, 馬券の購入行為が事業に当たるか否かを, 判 例・裁判例(弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁, 会社取 締役商品先物取引事件・名古屋地判昭和60年4月26日行集36巻4号589頁)による事 業所得該当基準に照らして検討すべきこととなる。 その結果, 事業所得に当たらないとした場合には, 次に, 一時所得(所得税法第34条第1 項)の該当性を検討することになる。 具体的には, Aの平成25年分の当たり馬券の払戻金所 得が, 一時所得から除外される「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」(同項)に当 たるか否かが問題となる。 論述に当たっては, 上記最判及びその引用する先行判例(最判平成 27年3月10日刑集69巻2号434頁)が示した判断基準に触れながら, Aの馬券購入行 為が, @継続的行為といえるか, A客観的に見て営利を目的とする行為といえるかについて, 問題文に現れた諸事情に即して当てはめを行うことが求められる。 そして, その結果, 一時所 得にも当たらないとした場合には, 雑所得(同法第35条第1項)に該当すると結論付けるこ とになる。 設問1は, Aが平成26年に競馬予想ソフトの小売販売事業を始め, 前年までと同様の馬 券の購入で得られる新たな競馬予想ノウハウをソフトのバージョンアップに取り入れるという 状況の変化があり, このような事情が, Aの当たり馬券の払戻金所得の分類において, 前年と - 24 - の違いをもたらすか否かを問うものである。 ここでは, このような事情により, Aの当たり馬券の払戻金所得が, 競馬予想ソフトの小売 販売事業(小売業。 所得税法施行令第63条第7号)に付随して行われる経済活動から得られ る所得として, 事業所得に該当するのではないか, という論点に気付くかどうかがポイントと なる。 結論としては, 肯定・否定のどちらもあり得ると考えられるが, いずれにしても説得的 な論述が求められる。 設問2は, 不動産賃料の増額請求の当否が賃貸人と賃借人との間で争われた事例を通じて, 所得税法における収入の帰属年度についての基本的な理解を問うものである。 解答に当たっては, まず, 所得税法第36条第1項を摘示し, 「収入すべき金額」という規 定が恣意性を排除するために現金主義ではなく権利確定主義を採用したものであることを指摘 した上で, 賃料増額請求権が形成権であるといえども賃料増額請求が争われた場合は原則とし て判決が確定した時点が権利確定時点であるという規範を判例(仙台賃料増額請求事件判決・ 最判昭和53年2月24日民集32巻1号43頁)から抽出し, 本件においては平成29年分 の収入金額に算入されるとの結論を導くことが期待される。 設問3は, 法人が時価を超える対価により資産を譲り受ける, いわゆる高額譲受けをした 際の損金の側の取扱いを問うものである。 本件土地の時価と対価との差額である1000万円の経済的利益がB社からC社に無償で供 与されたことになることを指摘し, この利益供与は「別段の定め」がない限り損金の額に算入 されることになる(法人税法第22条第3項)のか, その「別段の定め」はあるのか, という 思考過程を経た上で, その「別段の定め」として寄附金の損金算入制限の規定があり(同法第 37条第1項), 本件の経済的利益が寄附金に該当して損金算入制限を受けるか, という論点 にたどり着くことが求められている。 そして, 寄附金に当たるとした場合には, 損金算入が制 限される分だけB社に対する課税額が増えることになるので, 租税法律主義の観点から, その 根拠となり得る法人税法第37条第7項の適用関係を説得的に説明する必要がある。 設問3は, 資産の高額譲受けをした法人がその資産を他に転売する際の, 益金の側と損金 の側の取扱いを問うものである。 まず, 益金の側では, 「有償…による資産の譲渡」(法人税法第22条第2項)に当たり, そ の収益の額である対価の3300万円が益金の額に算入されるとの解答が期待される。 次に, 損金の側では, 「原価」(法人税法第22条第3項第1号)に当たる本件土地の取得価 額が損金の額に算入されるところ, で取得時の時価と対価の差額である1000万円が寄附 金に当たるとした場合には, 本件土地の取得価額が幾らになるかについての検討が期待される。 〔第2問〕 本問では, 法人が支給した役員給与の損金算入の可否(設問1), 個人事業主が従業員に貸 し付けた金員に関する所得税の課税関係(設問2), 及び事業用固定資産の譲渡から得られた 所得が後の判決確定により失われた場合の所得金額等の修正方法(設問3)について, 問われ ている。 設問1では, 役員給与を法人の損金に算入し得る根拠規定とその趣旨, 適用関係が問われ ている。 役員給与の損金不算入については法人税法第34条が詳細な規定を置いているが, 同 条の見出しが「役員給与の損金不算入」とあるように, 同条の眼目は, 一定の役員給与を「損 金の額に算入しない」ことにある。 すなわち, 同条は, 論理的には, 原則として損金算入でき る役員給与につき, 例外的な損金不算入を定めているものである。 この場合の「原則」は, 法 人の所得計算の基本規定である同法第22条に規定されており, 損金については同条第3項が 規定を置いているから, 役員給与が同項のどの号に該当するかを検討する必要がある。 その上 で, 同法第34条第1項が同項各号該当のものを除いて損金不算入としている趣旨, また, 「事 - 25 - 業年度ごとに決められる毎月一定額の役員給与」である本件役員給与が同項のどの号に該当す るかなどを, 順を追って検討する必要がある。 設問1では, 法人税法第34条第2項の適用関係が問われている。 上述のとおり, 同条第 1項, 第2項は「損金の額に算入しない」ことを定めた規定であるから, 第2項にいう「前項 …の規定の適用があるもの」とは, 第1項の規定により損金不算入とされたものを指す。 で 確認したように, 本件役員給与は第1項により損金不算入とはならない性質のものであるため, 第1項により「損金の額に算入しない」こととはされず, 第1項は適用されない。 したがって, 第2項を適用し, 改めてその一部を損金不算入とすることに規定の適用上の問題はない。 本問 では, このことを簡潔に説明することが求められている。 設問2は本件貸付金の利息の所得税の計算上の扱い, 具体的には, その所得分類と帰属年 度が問われている。 本件貸付金がAの事業と関係あるものであればその利息は事業所得とされ る。 本件の貸付けが, 働きぶりの良いEが今後長くAの店で働くことを期待して実行されてい て, 言わばAの事業における福利厚生のための行為というべきものと評価されれば, そのよう な貸付けは事業に関連することになる。 その場合, その既収・未収の利息は, 事業の付随収入 として, それぞれそれを受け取る権利が確定した年分の事業所得の総収入金額に算入されよう。 設問2は, 本件貸付金が事業関連性を有することを前提に, その貸倒損失の扱いを問うも のである。 事業関連性を有する貸付金の貸倒損失は, 所得税法第51条第2項により, それが 貸倒れた年分の事業所得の必要経費に算入される。 本問では, 一般に債権が貸倒れたと判断されるための基準を指摘した上で, Eが病死し, 換 金できるような目ぼしい財産は残されておらず, Eの債務を相続する身寄りもない等の事情が, その判断基準に照らしてどのように評価されるかを検討する必要がある。 設問3は, 平成28年中に甲を譲渡した契約の解除が, 平成30年6月15日に確定した本 件訴訟の判決により確定したことにより, Aの所得税の課税関係がどのように変更され, その 変更をAはどのような手続きで自分の所得計算に反映させるべきかが問われている。 まず, 甲はAの事業の用に供されていた固定資産であり, Aの冷凍食品小売業という事業に おいて, 甲のような固定資産を反復継続的に譲渡することは考えられないから, この譲渡は所 得税法第33条第2項に該当しない同条第1項の譲渡に当たるので, その譲渡からは譲渡所得 が発生する。 したがって, 平成28年分の譲渡所得を発生させる基礎となった事実が, 平成3 0年の判決により, 「それと異なることが確定した」ことになる。 このことは, 国税通則法第23条第2項第1号に該当するから, Aは同項に基づく更正の請 求を, 判決確定日の翌日から2か月以内に行なえばよいように思えるが, 直接にこのような解 決をすることは, 同項柱書2つ目の括弧書の規定に抵触する。 この間の事情を正確に説明し, 同条第2項による更正の請求と同条第1項による更正の請求の関係から, 同条第1項による更 正の請求が認められるべきことを説得的に説明することが求められる。 さらに, Aが, 平成29年12月に平成28年分の所得につき増額更正処分を受けてこの処 分が確定していることが, Aによる更正の請求にどのような影響を及ぼすかを, 国税通則法第 23条第1項柱書2つ目の括弧書の規定の文言とその内容に即して説明することが求められ る。 以上の諸点を考慮しつつ, 本件訴訟の判決が平成30年6月15日に確定したことにより, Aは, 平成28年分の所得税の法定申告期限から5年以内という期間制限を満たす限り, 国税 通則法第23条第1項による更正の請求を行なうことができるという結論を導くことが期待さ れている。 [経済法] 〔第1問〕 - 26 - 本問は, Y社が取引関係にあるX社の全株式を取得する計画(以下「本件計画」とい う。 )が, 垂直型企業結合として, 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以 下「独占禁止法」という。 )第10条第1項に違反しないかを問うものである。 垂直型企 業結合が競争を実質的に制限することとなるメカニズムを理解しているか, 市場や取引 に係る様々な考慮要素を適切に評価できるかを確認しようとするものであり, 企業結合 の公表事例やガイドライン等, 特に最近改正された企業結合ガイドラインにおける垂直 型企業結合規制に係る細かな知識を求めるものではない。 独占禁止法第10条第1項の「一定の取引分野」, すなわち市場の画定は, 商品範囲と 地理的範囲についてなされる。 それぞれ需要の代替性を基本に供給の代替性を考慮して 画定することになる。 商品範囲については, 差別化されていない甲部品とは異なり, 乙 機器はそれが組み込まれる丙装置に応じて仕様が若干異なることから, 需要の代替性の 観点からは丙装置に応じて乙機器に係る一定の取引分野も細分化される可能性がある。 しかし, 供給の代替性の観点からは, 仕様にかかわらず広く乙機器に係る市場が画定さ れると考えられ, この点を丁寧に検討することが求められる。 地理的範囲については, 甲部品, 乙機器ともに, 需要者が世界各地の供給者から取引先を選定しており, また, 各供給者は世界中の販売地域において実質的に同一の価格で販売していることなどから, いわゆる世界市場を画定できるかについて検討する必要がある。 なお, 乙機器が組み込まれる丙装置に係る市場については, 丙装置の製造原価に占め る乙機器の仕入原価の割合がごく僅かであることから, 本件計画が問題となるような競 争上の影響を及ぼすとは考えられない。 また, 甲部品が乙機器以外の製品の製造に用い られることなどもあるが, その取引規模は小さく, また, Y社が乙機器以外の製品を製 造することもないことから, 本件計画が問題となるような競争上の影響を及ぼすとは考 えられない。 独占禁止法第10条第1項の「競争を実質的に制限することとなる」については, そ の解釈を論じた上で, 本件計画が垂直型企業結合であることを前提に, 単独行動, 協調 的行動それぞれの観点から設例の事実関係に即してその有無を判断することになろう。 企業結合ガイドラインでは, 垂直型企業結合についていわゆるセーフハーバーが設けら れているが, 本問はこうした知識を問うものではない。 本問において単独行動による競争の実質的制限の蓋然性は, 本件計画により市場の閉 鎖性・排他性がもたらされることにより生じる。 ここでは, X社がY社の競争者に対し て甲部品の供給を拒絶する場合と, Y社がX社の競争者から甲部品の購入を拒絶する場 合が問題となる。 前者はいわゆる投入物閉鎖であり, 甲部品の供給を拒絶することによ り, 乙機器市場において競争を実質的に制限することとならないかが問題となる。 また, 後者はいわゆる顧客閉鎖であり, 甲部品の購入を拒絶することにより, 甲部品市場にお いて競争を実質的に制限することとならないかが問題となる。 前者(投入物閉鎖)について, E社及びF社は甲部品のほとんどをX社から購入して おり, X社による甲部品の供給拒絶による事業活動への影響は大きそうである。 そして, 仮にこの供給拒絶によってE社及びF社の競争圧力が減じられることがあれば, 乙機器 市場において競争の実質的制限が生じることとなるかもしれない。 ここでは, E社及び F社に対して甲部品の供給が拒絶されたとしても, 十分な製造余力を有するA社, 若干 の製造余力を有するB社からの供給を受け得るのではないかということや, 供給を拒絶 されてもE社は近い将来に甲部品の一部を自製する計画であることなどを検討すること になろう。 また, 甲部品以外の製品に係る取引関係から, F社は甲部品の取引について - 27 - もX社に対して取引上の立場が強いと考えられ, X社が甲部品の供給を拒絶することは ないのではないか, 甲部品の製造設備について稼働率の維持が重要であるならば, X社 が甲部品の供給を拒絶することはないのではないかなども検討することになろう。 後者(顧客閉鎖)については, Y社がA社, B社及びC社からの甲部品の購入を拒絶 するとしても, 若干ながら乙機器の製造余力(甲部品の購入余力)があるD社等への販 売が可能ではないか, Y社がA社, B社及びC社から甲部品を購入しているのは安定調 達の観点に基づくものであり, 本件計画によってそれら購入を停止することはないので はないかなどを, 設例の事実関係から説得的に分析することが求められる。 なお, 市場の閉鎖性・排他性に係るこれら考慮要素は, 企業結合の公表事例において, 供給拒絶や購入拒絶の能力やインセンティブとして検討されているものであるが(例え ば, ヤマハ発動機によるKYBモーターサイクルサスペンションの株式取得事例(平成 25年度)), 能力やインセンティブという用語や分類を用いることを求めるものではな く, 本件計画が競争に与える影響という観点から競争制限のメカニズムを的確に示して, 設例の事実関係から競争の実質的制限の蓋然性を論理的かつ説得的に示し得るかを評価 するものである。 本問において協調的行動による競争の実質的制限の蓋然性は, 本件計画によりX社及 びY社が競争者の価格等の情報を入手し得るようになる結果, それらの間で協調的に行 動することが高い確度で予測できるようになることにより生じ得る。 ここでは, Y社と の取引を通じて, 甲部品の市場において, X社と, A社, B社及びC社との間で協調的 行動が生じる場合と, X社との取引を通じて, 乙機器の市場において, Y社と, D社, E社及びF社との間で協調的行動が生じる場合が問題となる。 前者(甲部品市場における協調的行動の蓋然性)については, 競争者数の少なさ, 甲 部品の同質性といった協調促進的な考慮要素と, 大きな製造余力を有することによるA 社の協調的行動からの逸脱のインセンティブ, より良い取引条件を求めるというD社や E社からの競争圧力といった協調阻害的な考慮要素とを, 全体としてどのように評価す るかが問題となる。 後者(乙機器市場における協調的行動の蓋然性)については, 競争者数の少なさ, E 社及びF社との取引量の大きさに起因する情報量の大きさといった協調促進的な考慮要 素と, 若干ではあるが乙機器が差別化されていること, 乙機器の製造原価に占める甲部 品の仕入原価の割合が小さいことによる費用共通化の割合の小ささ, 若干の製造余力が 存在することによるD社やE社の協調的行動からの逸脱のインセンティブ, 需要者であ る丙装置メーカーからの競争圧力といった協調阻害的な考慮要素とを, 全体としてどの ように評価するかが問題となる。 いずれもこれら多数の考慮要素を全て列挙, 検討する必要はないとしても, 協調的行 動による競争の実質的制限の蓋然性の有無を説得的に論じることが重要である。 〔第2問〕 本問は, 浄化槽の普及を図ることにより, 生活環境の保全と公衆衛生の向上に寄与す ることを目的とする一般社団法人であるA県浄化槽協会(以下「協会」という。 )が, 数 年前からA県内の河川の水質が全国で最も汚濁の著しいものの一つとして報道されるよ うになったという状況において行った行為の独占禁止法上の評価を問うものである。 まず, 協会は上記のような目的を有する一般社団法人であるから, 独占禁止法第2条第 2項に定める「事業者団体」の定義に照らして, これに当たるかを検討する必要がある。 - 28 - また, 事業者団体の行為と評価できるかについても, 当該団体の意思決定機関による決 定であるか, そうでないとしても構成事業者から事業者団体の行為と認識されていたと 考えられるか等によって判断する必要がある。 協会が事業者団体であるとして, まずは, 設例の事実関係の中に事業者団体の行為であ って独占禁止法上問題となり得るものを識別することが必要であり, 本問においては, 設例に示されている順に, 会員の保守点検業者に対する競争回避の指導, 非会員の保守 点検業者に対する入会拒否, 会員の清掃業者に対する非会員の保守点検業者との提携禁 止, メーカーに対する検査薬等の供給拒否要請のそれぞれの行為に関して, 個別に又は 行為の与える影響を踏まえてまとめるなどしつつ, 同法第8条各号のうち適切と考えら れるものを選択して, その該当性を論じる必要がある。 この点に関しては, その前提と して, 同条第1号と第3号ないし第5号の関係が理解されている必要がある(以下, 号 数のみを記す。 )。 第1号に該当するというためには, 市場競争が実質的に制限され, 価 格等の取引条件をある程度自由に左右することができる力としての市場支配力の形成・ 維持・強化が必要であるのに対して, 第3号ないし第5号はそれに至らない程度・態様 の競争の阻害で足りると考えられること, 本問では, 協会による各行為が行われた後も, A県内の浄化槽の保守点検をめぐる競争が激化しているため, その料金は一貫して下落 し続けているという事実を踏まえて該当条文を判断する必要がある。 なお, 第1号に関 して, 事業者を排除し, 市場の開放性を妨げる力の形成それ自体で, 「一定の取引分野に おける競争を実質的に制限すること」の要件を充足するという考え方もあり得るが, 以 下では, 第3号ないし第5号について述べる。 第3号については, 「一定の事業分野」の意義, 事業者団体へ加入せずに一定の事業分 野において事業活動を行うことの困難性, どのような態様によるどの程度の「事業者の 数」の制限が第3号に該当するために必要かについて, 理解できているかが問われる。 「一 定の取引分野」とは異なる「一定の事業分野」に関しては諸説あるが, これらに基づい て一般的な説明が行われ, 設例の事実関係を当てはめて解答することが必要である。 ま た, 事業者団体に加入しなくとも一定の事業分野で活動することができることもあり得 るところ, 設例の事実関係で示されている非会員の保守点検業者の置かれた状況(特に 清掃業者と提携しなければ, A県で保守点検業者として登録を継続できないが, 清掃業 者は非会員である保守点検業者との提携を原則として禁止されていること)を前提とし て, 浄化槽に係る県内唯一の団体である協会に加入しなければ保守点検業者が一定の事 業分野において事業活動を行うことが困難かどうか検討する必要がある。 さらに, 上記 のように, 第3号で求められる市場競争への影響の程度が第1号におけるより低い程度 で足りると考えられるところ, 設例の事実関係の下で自由競争減殺が認められるか否か についても解答する必要がある。 第4号に関しては, 「構成事業者の機能又は活動」の制限及び「不当に」の意義が問題 になる。 前者は, 構成事業者の価格, 生産数量, 販売数量, 取引先, 販売方法など基本 的な競争手段を制限するものが中心であること, 後者は正当な理由なく市場支配力の形 成・維持・強化に至らない程度・態様において競争を阻害することであることが理解され ているか, 協会が構成事業者(会員)に対して行った, どのような行為が上記の要件に 当たるかを的確に論じることができるかが問われている。 第5号該当性については, 「事業者」の範囲(事業者団体の構成事業者に限らないこと), 「不公正な取引方法に該当する行為」の意義(「に該当する行為」と規定されているとこ ろ, 行為要件のみを充足することで足りるか, 効果要件まで充足する必要があるか, 不 - 29 - 公正な取引方法のどの類型に該当するか), 「させるようにすること」の意義(強制がな くとも勧奨で足りること)について一般的に述べた上, 設例の事実関係を丁寧に当ては めることが求められる。 これらの点を解答するに当たっては, A県の保守点検業者全体の契約件数及び売上高に 占める協会の会員である保守点検業者の契約件数及び売上高の割合がいずれも約9割で あること, 協会が入会制限, 非会員との提携禁止, メーカーに対する働き掛けを始めた 平成28年4月以降もA県内の浄化槽の保守点検をめぐる競争は激化しており, その料 金は一貫して下落し続けていること, 働き掛けを受けたメーカーは非会員である保守点 検業者と取引しないことにそれぞれ同意していること, 清掃業者である会員が, 有償で あると無償であるとを問わず, 非会員の保守点検業者と提携してはならないこと, ただ し, その者が低料金を提示して会員の既存の顧客を奪わないと確約した場合には, 有償 で提携してよいとしたこと等の事実関係に着目する必要があろう。 正当化事由については, 「不当に」や「公共の利益に反して」などの文言がない第3号, 第5号についても, この点が問題となると考えられるところ, 第3号, 第4号, 第5号 該当性が問われる行為について, いずれも, 当該行為の目的が独占禁止法第1条の究極 目的に照らして正当と評価されるか, その目的を達成する上で当該行為が手段として相 当か等によって判断されることが理解されているかが問われる。 本問では, 数年前からA県内の河川の水質が全国で最も汚濁の著しいものの一つとし て報道されるようになったという背景において, 協会の主張する行為の目的(生活環境 の保全と公衆衛生の向上)は, 「一般消費者の利益を確保する」ことを含む独占禁止法の 究極目的に照らして正当なものと判断できるかどうか, 低料金で保守点検を行う事業者 を排除することが, その目的を達成するための手段として相当か(目的と手段との直接 的な関連性があるか, より競争制限的でない他の手段はないか)等を検討する必要があ る。 [知的財産法] 〔第1問〕 1 設問1は, 特許を受ける権利の譲渡契約の解除による権利者の救済手段を問うものである。 設問2は, 効果を発揮する確率が必ずしも高くない技術, 副作用という弊害を伴う技術, 及 び人に対する医療行為のそれぞれについて, 発明該当性と産業利用可能性を問うものである。 設問3は, 標準必須特許に関するいわゆるFRAND宣言後の特許権の行使の可否を問うも のである。 第1問の全体を通して, 権利の帰属, 客体, 侵害という, 特許法(以下「法」という。 ) の幅広い分野についての理解と知識が求められている。 2 設問1については, まず, 特許を受ける権利の譲渡契約の解除により契約の各当事者に原 状回復義務が生じること(民法第545条第1項本文)が前提となる。 その上で, 査定前における, 譲渡契約の直接の相手方であるYとの関係が問われている では, Xは, 自己が特許を受ける権利を有する旨の確認を求める訴訟をYに対して提起し, その勝訴判決を添えて, 特許庁で出願人名義変更の手続をとることになる。 また, 登録後に特許権を承継したZとの関係が問われているでは, 2つの考え方があり 得る。 1つは, 解除の遡及効から, 冒認(法第123条第1項第6号)を理由に, XはZに 対して特許権の移転を請求できる(法第74条)というものである。 その立場によると, Y の債務不履行の事実について善意のZは, 有償の法定通常実施権(法第79条の2各項)を 取得する限りで保護されることになる。 今一つの考え方は, 契約解除という特定の局面にお - 30 - いては, 民法上の原状回復制度(民法第545条第1項本文)が, 特許法上の移転の特例制 度(法第74条)に優先して適用されるというものである。 その立場によると, Zが解除前 の第三者として特許権の移転登録を既に経ていれば, XからZに対する特許権の移転請求は 認められないことになる(民法第545条第1項但書)。 これらいずれの考え方による場合 でも, 異なる見解にも留意しつつ, 自己の立場を明らかにすることが求められる。 3 設問2については, まず, 診断方法Mが疾病αの発症を20%の確率でしか発見できない ことが問題となる。 発明の定義(法第2条第1項)では, 発明がその効果を発揮する確率や 反復可能性については直接言及がない。 もっとも, 最判平成12年2月29日民集54巻2 号709頁【黄桃の育種増殖法事件】によれば, 「同条にいう「自然法則を利用した」発明 であるためには, 当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること, すなわ ち, 反復可能性のあることが必要である。 そして, この反復可能性は, 「植物の新品種を育 種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては, その特性に鑑み, 科学的にその植物 を再現することが当業者において可能であれば足り, その確率が高いことを要しないものと 解するのが相当である。 」とされている。 本問では, 人の疾病に係る診断方法の発明につい ても同様の規範が妥当するか, また, 事案への当てはめとして20%の発症発見確率をどの ように評価するのかを, 社会に有用な技術の創出を促すという法の趣旨や, 今後の改良発明 の可能性等に照らして, 説得的に論じることが望ましい。 また, 本問においては, 診断方法Mを用いると下痢などの副作用が必ず生じることも, 問 題となる。 このような, その実施が弊害を伴う技術について, 危険性等を理由に特許権の付 与を否定する立場としては, 未完成なので, そもそも「発明」(法第29条第1項柱書)に 該当しないとする考え方や, 発明ではあるが特許要件としての産業利用可能性(同項柱書) を満たさないとする考え方等があり得る。 他方で, 実施に弊害が伴うとしても, それは別の (現在, または将来の)技術によって回避され得ること等を理由に, 特許権の付与を肯定す ることも考えられる。 本問では, 関連する判例・裁判例(最判昭和44年1月28日民集2 3巻1号54頁【エネルギー発生装置事件】, 東京高判昭和61年12月25日無体裁集1 8巻3号579頁【紙幣パンチ孔事件】等)にも触れながら, 発明該当性や産業利用可能性 の各要件の趣旨に照らして, 規範の定立と当てはめを行うことが望ましい。 さらに, 本問においては, Mが人の疾病αの発症の有無を診断する方法であることが問題 となる。 このような医療行為については, 従事する医師について特許権侵害責任を免除する 明文措置を欠く現行法の解釈としては, 産業利用可能性(同項柱書)を欠くと解する以外に ないとする裁判例がある(東京高判平成14年4月11日判時1828号99頁【外科手術 を再生可能に光学的に表示するための方法及び装置事件】)。 他方で, このように医療行為に ついて広く特許性を否定するいわゆる川上規制に対しては, 医師を免責する必要があるとし ても, その手段として医療が「産業」でないと捉えることの不自然さに加えて, 同じく医療 に関わる物(医薬品, 医療機器等)の発明が特許され得ることとの整合性や, 医療行為の研 究開発を促す必要性等からの批判がある。 本問では, Mが診断方法の発明であることを前提 に, そうした医療行為の特許性がなぜ問題とされているのかを明らかにした上で, 自身の立 場を展開することが望ましい。 4 設問3については, まず, 問題の所在として, 一方では, Xによるカプセル内視鏡Lの製 造販売が, Wの有する特許権Pに関する特許発明の業としての実施(法第68条本文)に当 たること, しかし他方では, Wは通信規格Sの必須特許であるPに関して, 誰にでもFRA ND条件で実施を許諾する用意がある旨の本件宣言をしていたことについて, それぞれ述べ る必要がある。 その上で, このようなFRAND宣言された特許権に基づく権利行使に対して, 実施許諾 (ライセンス)の抗弁を否定しつつ, 一定の範囲で権利濫用の抗弁を認めた, 知財高裁の判 - 31 - 断(差止請求については知財高決平成26年5月16日判時2224号146頁(A事件), 損害賠償請求については知財高判平成26年5月16日判時2224号146頁(@事件) 【アップル対サムスン事件】)を踏まえて, その当否を論じた後に, 定立した規範を本問に 当てはめることが望ましい。 例えば, この知財高裁の判断と同様の見解を採るならば, @差止請求については, Xが本 件条件によるライセンスを受ける意思を有するときには, Wの権利行使は権利の濫用(民法 第1条第3項)に当たり許されないことになろう。 また, A損害賠償請求については, (a) 本件条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求は, Xがライセンスを受ける意思を 有しない等の特段の事情がない限り認められず, (b)本件条件でのライセンス料相当額の範 囲内の損害賠償請求は, 著しく不公正であると認められるなど特段の事情がない限り認めら れることになろう。 〔第2問〕 1 設問1は, 販売行為の差止請求権を基礎付ける著作権法上の権利(著作権法(以下「法」 という。 )第28条を介して原著作者が有する譲渡権(法第26条の2第1項))について, 二次的著作物の部分利用に関する理解を問うものである。 設問2は, 鑑定の対象となる絵画 のコピーを貼付した鑑定証書の譲渡に関し, 引用(法第32条第1項, 第47条の7)の各 要件に関する理解を問うものである。 設問3は, 著作権を侵害しない用途に使用され得る電 子掲示板の運営者に関して, その侵害主体性についての理解を問うものである。 2 設問1では, まず, 著作者甲により創作された著作物Pが翻案されてQが作成されたこと を踏まえて, Qが, Pを原著作物とする二次的著作物(法第2条第1項第11号)といえる ことを指摘する必要がある。 その上で, 甲が丙に対し差止請求(法第112条第1項)でき るかにつき, 丙が, 原著作物Pの二次的著作物Qを見てR1を作成し, その複製物を製造し て販売しようとしている行為が, 法第28条を介して甲が有する譲渡権を侵害するといえる かが問題となる。 二次的著作物の部分利用に係る規範に関しては, 最判平成13年10月25日判時176 7号115頁【キャンディ・キャンディ事件】を念頭に置いて, 自説を展開して論述しつつ, 反対説を提示してこれに反論することが求められる。 この点に関し, 原著作者の譲渡権の侵 害が成立するためには二次的著作物におけるその利用部分において問題となる原著作物の創 作的表現が感得されることを必ずしも要しないとの見解を採った場合には, 法第28条に「同 一の種類の権利」と規定されていること, 二次的著作物においては原著作物に依存しない部 分はないことなどを指摘することとなろう。 これに対して, 原著作物の権利者が三次的, 四 次的な著作物等についても無限連鎖的に権利を有することとなりかねず不当であること, 創 作した者を保護するという法の趣旨に反することなどを指摘して, 原著作物の創作的表現が 感得されることを要するとの見解を採ることがあり得よう。 そして, 原著作物Pに本件特徴 を含むαの絵画的側面の具体的, 詳細な記載がされておらずR1についてPの創作的表現が 感得できるとはいえないという本件事実関係の下において, それぞれの立場から, 差止請求 の可否を論ずることとなろう。 3 設問2では, まず, 丁が, 本件コピーを貼付したSの譲渡に関し, 乙の差止請求に対して 提起する反論として, 適法引用(法第32条第1項, 第47条の7)の主張が考えられる旨 指摘する必要がある。 その上で, その妥当性について, 適法引用の各要件(「公表」された 著作物であること, 「引用」としての利用に該当すること, 「公正な慣行に合致」するもので あり, かつ, 「引用の目的上正当な範囲内」であること)につき, 最判昭和55年3月28 日民集34巻3号244頁【モンタージュ写真事件】, 知財高判平成22年10月13日判 時2092号135頁【絵画鑑定証書事件】の判示を念頭に置きつつ, 自説を展開して論述 - 32 - し, 本件事案に適切に当てはめることが求められる。 まず, 丁は, R2の原作品を店内で展示しているから, 法第45条第1項, 第4条第4項 により, 「公表」されたものとみなされることを指摘することとなろう。 次に, 本件コピーを貼付したSの譲渡が「引用」としての利用に該当するかについて, 引 用側の表現と被引用著作物との関係を実質的に見たときに, 前者が主, 後者が従の関係にあ り(附従性), かつ両者が明瞭に区別されているかどうか(明瞭区別性)により決するとい う見解を採った場合には, 例えば, S記載の文言からすれば, 本件コピーにより特定される 肖像画が真作であるとの評価は「批評」に準じた行為であるとして「附従性」を肯定し, ま た, Sの表題, 記載内容, 体裁からすれば, 鑑定対象を特定するために本件コピーが貼付さ れているといえるとして「明瞭区別性」も肯定することが考えられる。 なお, 適法引用といえるために, 引用側の表現につき, 著作物性を具備することを要する かについても問題となるが, この点については, Sに記載された定型的文言や裏面の屋号等 の記載(引用側の表現)につき, 著者の個性が現れているとはいえず, 著作物性を具備して いるとは言い難いことを押さえた上で, 自説の立場から一貫した説明ができていれば十分で ある。 また, 本件コピーを貼付したSの譲渡が, 「公正な慣行に合致」するものであるといえる かに関しては, 法がこの要件を定めている趣旨を踏まえて, 社会通念に照らして合理的と言 い得る引用のみを許容する見解(条理説)が考えられるが, この点については, いずれの結 論を採るにせよ, 自ら定立した規範に適切に当てはめができていれば十分である。 例えば, 「公正な慣行に合致」との要件を満たすとの結論を採る場合には, 丁が本件コピ ーを貼付したSを譲渡しようとしているのは, 今後の流通に際し鑑定対象である絵画を特定 するためであり, 適正な鑑定業務の一環と評価されること, SにはR2の著作者が乙である 旨の記載もされ, 適切な出所表示もされていることなどを指摘して, 社会通念に照らして本 件コピーを貼付したSの譲渡(本件における引用)には合理性が認められることを述べ, 他 方, 業界において未だ慣行が存していないとしても, その内容を見なければ, 当然に社会通 念に照らして合理性を欠くとは言い難いこと, 本件コピーの部分につき取り外しができる構 造となっていたとしても, 直ちに独立して流通するおそれが肯定されるものではないことな どを指摘して, 社会通念に照らして当該引用に合理性が認められるとの上記結論を左右しな いとすることが考えられるであろう。 さらに, 本件コピーの貼付が, 「引用の目的上正当な範囲内」であるといえるかが問題と なる。 この点についても, いずれの結論を採るにせよ, 適切に当てはめができていれば十分 である。 例えば, 「引用の目的上正当な範囲内」との要件を満たすとの結論を採る場合には, 上記の引用の目的(今後の流通に際し鑑定対象である絵画を特定する。 )を踏まえると, た とえ本件コピーがSの大きさ(縦20p×横10p)のうち大きな部分を占めるとしても, 本件コピーの態様(R2の原作品を20%の面積に縮小したものである。 )に照らせば, 上 記引用の目的との間で権衡がとれているものと評価できることなどを述べることが考えられ よう。 以上のように, 提示されている各事実を丁寧に当てはめて, 本件コピーを貼付したSの譲 渡が法第32条第1項に規定する要件を充足するかについて判断し, その判断に応じて, 丁 の反論の妥当性を述べることとなろう。 4 設問3では, 乙が, 電子掲示板運営者である戊に対して, Qを送信する行為につき, 著作 権侵害(公衆送信権侵害・法第23条第1項)に基づく差止め(法第112条第1項)を請 求することができるかについて, 戊が著作権侵害の主体といえるかが問題となる。 電子掲示 板運営者の侵害主体性を検討するに当たっては, 最判昭和63年3月15日民集42巻3号 199頁【クラブキャッツアイ事件】, 最判平成23年1月18日民集65巻1号121頁 - 33 - 【まねきTV事件】, 最判平成23年1月20日民集65巻1号399頁【ロクラクU事件】, 東京高判平成17年3月3日判時1893号126頁【2ちゃんねる事件】等の判示を念頭 に置きつつ, 自説を展開して論述し, 反対説を提示してこれに反論することが求められる。 この点に関し, 例えば, 演奏権の侵害主体性を管理支配性と利益帰属性の有無から決した考 え方(いわゆるカラオケ法理。 上記【クラブキャッツアイ事件】)や, 複製権の侵害主体性 を複製実現の枢要行為該当性から決した考え方(上記【ロクラクU事件】)を採った場合も, 本件において, 単なる場の提供や利益の取得から直ちに戊の侵害主体性を肯定することは相 当でなく, 戊の電子掲示板が価値中立的な媒体であるところを踏まえると, 戊が自らの運営 する電子掲示板において著作権侵害が存在することを認識したにもかかわらずそれから一定 の期間内に適切な対応を採らなかったなどの戊の不作為が認められて初めて, その著作権侵 害の侵害主体性が肯定できることを押さえる必要があろう。 その上で, いずれの結論を採る にせよ, 本件事案に適切に当てはめることが求められる。 例えば, 戊が最終的な送信停止権限を有し, 広告収入を得ていたこと, 侵害通知を受領し てから3週間という期間の間特段の是正措置を採っていないことを指摘し, たとえ戊が侵害 厳禁の注意書きを掲載し, 大量の送信停止要請が寄せられてその対応に追われていることを 考慮したとしても, 著作権侵害の投稿に対し一定の期間内に適切な対応を採らなかったと評 価し得るものとして, 戊の不作為自体が著作権侵害行為に該当するものと見ることが考えら れよう。 この場合, 乙は, 戊に対して, Qを送信する行為につき, 著作権侵害(公衆送信権 侵害)に基づく差止めを請求することができると帰結することになろう。 [労働法] 〔第1問〕 本問は, 時間外労働に対する割増賃金を基本給に組み入れて支払う旨の約定がある場合にお ける割増賃金請求の当否が争点となった事案を題材とするものである。 より具体的には, 本問の事案は, 月間労働時間の合計が180時間を超える月においてはそ の超える時間数に対して一定額を乗じた金額を基本給に加えて支払い, また, 月間労働時間が 140時間に満たない月においては140時間を下回る時間数に対して一定額を乗じて得た金 額を基本給から控除して支払うが, 月間労働時間が140時間から180時間までの範囲にと どまる月においては基本給の額を支払うという約定(以下「本件約定」という。 )の下で, 労 働者が, 月間労働時間が180時間を超えない部分における時間外労働に対する割増賃金の支 払を請求したものである。 これに対して, 使用者は, 月間労働時間が140時間から180時 間までの範囲内にとどまる月の時間外労働に対する割増賃金は本件約定により基本給に組み入 れられており, 未払いの割増賃金はない旨を主張し, さらに, 仮にそのような割増賃金の請求 権が発生するとしても, 労働者は, 本件約定を含む雇用契約を締結したことにより, 当該割増 賃金を請求する債権を放棄したと主張する。 割増賃金の請求を巡る紛争は, 近時, 実務上も比較的多く見られるところであり, 本問は, そうした今日的な紛争形態を題材に, 割増賃金請求の当否を問うことを通じて, 関係条文や判 例, そこから導き出される規範の正確な理解とそれらを具体的な事件に的確に当てはめ, 論述 する能力を問うものである。 設問1では, 労働基準法第37条第1項が時間外労働等に対する割増賃金の支払いを使用者 に義務付けている趣旨を踏まえつつ, 割増賃金について同項所定の計算式によらずに一定額の 基本給に組み入れて支払う旨の本件約定の適法性について論じることが求められる。 判例は, 同条は同条等に定められた方法によって算定される額を下回らない額の割増賃金を支払うこと を使用者に義務付けるにとどまり, 使用者が労働契約に基づき同条等に定められた方法以外の 方法により算定される基本給の一部を時間外労働等に対する対価として支払うことは, 直ちに - 34 - 同条に反するものではないとし, その上で, その前提として, 労働契約における賃金の定めに ついて, 通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別す ることができること(以下「判別性」という。 )が必要であるとの規範を示しており(高知県 観光事件・最判平成6年6月13日集民172号673頁, テックジャパン事件・最判平成2 4年3月8日集民240号121頁), こうした判例法理を正確に理解した上で解答する必要 がある。 規範への当てはめにおいては, 設例に含まれる各事情が持つ意味合いを的確に捉えて本件に おける判別性の有無を判断することが求められる。 例えば, 月ごとの時間外労働時間数は月に よって勤務すべき日数が異なること等により月ごとに相当大きく変動し得るものであり, 月ご との割増賃金額を判別し難いという点や, 本件約定において月間180時間以内の労働時間中 の時間外労働に対して基本給の一部が他の部分と区別されて割増賃金とされていたことを示す 事情があるかなどの点が判別性の判断において参考になろう。 設問2については, 割増賃金債権が発生したとして, 労働者が当該債権を放棄したと認めら れるかどうかが問題となる。 賃金債権の放棄は一般に労働基準法第24条第1項に定める賃金 全額払いの原則と抵触することになる。 この点, 判例は, 同項が定める全額払い原則の趣旨は, 使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し労働者に賃金の全額を確実に受領させるところ にあり, 労働者が自ら賃金を放棄する旨の意思表示をした場合にその効力を否定する趣旨のも のであるとはいえないとする一方で, 当該意思表示の効力を肯定するためには, それが自由意 思に基づくものであることが明確でなければならないとした。 その上で, 労働者による賃金債 権放棄の意思表示が有効とされ得るのは, その旨の意思表示について当該労働者の自由な意思 に基づくものであると認められる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるとしてい る(シンガー・ソーイング・メシーン事件・最判昭和48年1月19日民集27巻1号27 頁)。 本件においても, 労働者が自ら賃金債権を放棄する旨の意思表示をしたと認められる事情が あるか, 当該意思表示について当該労働者の自由な意思に基づくものであると認められる合理 的な理由が客観的に存在しているかどうかを, 設例に示された事実関係に即して判断する必要 がある。 例えば, 労働者が本件約定を締結するに当たり, 月ごとの時間外労働時間数が相当大 きく変動し得る中で, あらかじめその時間数を予測することが容易ではなかったと考えられる ことや, その一方で, 本件約定における基本給が比較的高額であったことや労働者が140時 間から180時間の範囲内で自分の勤務時間を適宜調整する柔軟性があると認識していた点な どをどのように評価するかがポイントとなろう。 〔第2問〕 本問は, 使用者がいわゆる地域合同労働組合から申し入れられた団体交渉に応じないことが 団交拒否と支配介入の不当労働行為に該当するかどうかという点, 及びその場合において当該 地域合同労働組合がどのような機関に, どのような法的根拠で, どのような内容の救済を求め るかなどの点について検討することを求めるものである。 本事例における主たる争点は, 労働組合が組合員名簿を提出しないことは団交拒否の正当 な理由となるか, 当該従業員が社内の労働組合と社外の労働組合に二重に加入していること は団交拒否の正当な理由となるか, 会社の課長職である当該組合員は使用者の利益代表者(労 働組合法第2条但書第1号)に該当するかといった点にある。 これらの点は, 近年の労使関係 において度々生じる, 実務上重要な問題であるが, 確立された判例法理が存在する典型的論点 ではなく, とりわけとは初見の論点であった受験者も少なくないと思われる。 典型的論点 の判例法理等を個々の事案に当てはめるにとどまらず, 新たに生起する未知の問題に対して, 法の趣旨に遡って柔軟に思考し, 事案に応じた具体的な解釈・判断をすることができることは, - 35 - 法曹人に求められる重要な能力であり, 本問は, 受験者が暗記中心型の学習に傾倒していない ことを確認するとともに, そのような柔軟な思考能力・適応能力があるかをも問うものである。 設問1では, 本事例が団交拒否を中心とした不当労働行為事案であることから, 救済機関と して労働委員会と裁判所を, 法的根拠として団交拒否(同法第7条第2号)と支配介入(同条 第3号)をそれぞれ論じ, 救済の内容については, 労働委員会と裁判所にそれぞれ異なる救済 を求めることができること(例えば, 前者では誠実団交応諾命令とポストノーティス等, 後者 では団交を求める地位確認と損害賠償等を求めることができること)を論じることが求められ る。 設問は, 救済の内容について検討すべき論点を挙げつつ論じることも求めており, この点 については, 例えば, 不当労働行為の救済の内容についての労働委員会の裁量権の存否(第二 鳩タクシー事件・最大判昭和52年2月23日民集31巻1号93頁参照)や, 裁判所におけ る団体交渉請求(団交応諾仮処分申立て)の可否等について論じることなどが求められている。 設問2では, 設問1で述べた労働委員会及び裁判所に求める救済が認められるかが問われて いる。 労働委員会には不当労働行為の成否の判断について裁量(要件裁量)は認められないと いう判例の立場(寿建築研究所事件・最判昭和53年11月24日集民125号709頁参照) に立つと, 労働委員会においても, 裁判所においても, 不当労働行為の成否に関する同一の判 断に基づいて救済の可否が決まることになる。 不当労働行為の成否の判断のうち, 団交拒否(同 条第2号)については, 前記のように, E組合の組合員名簿の未提出及びCの労働組合へ の二重加入がA社の団交拒否の正当な理由といえるか, 課長職であるCに利益代表者性が認 められE組合の法適合性(自主性)が否定されるかについて検討する必要がある。 では本件 の団体交渉においてC以外の組合員の特定を必要とする事情があるか, では当該団交事項に ついて二重交渉となるおそれがあるのか, ではCの勤務実態等に照らしCの利益代表者性を 肯定すべき事情があるかが, 判断のポイントとなる。 また, 支配介入(同条第3号)の成否に ついては, 当該団体交渉をめぐる使用者の態度が組合を弱体化させる行為に当たるかを論じる こととなる。 設問1・2を通して, 本問は, 不当労働行為事案に関する基本的事項を問うものであり, 当 事者間のやりとり等に着目すれば, 論ずべき点を発見することはさほど困難ではない。 不当労 働行為制度の基本的な枠組みについての理解や, 制度の趣旨に沿った柔軟な判断をする能力, それらに基づいて論理的に整理した論述をする能力など, 法曹人としての基本的な能力が問わ れる。 [環境法] 〔第1問〕 本問は, 土壌汚染対策法(以下「法」という。 )の定める制度のうち, 土壌汚染の対策発動 の端緒としての汚染調査・報告に係る制度上の取扱いについての理解を問うとともに, 併せて 違反行為による結果に対する法的措置ないし救済の可能性の検討等を求めるものである。 法は, 汚染土壌による地下水汚染や汚染土壌の直接吸引により, 一般環境を経由して生じる おそれがある, 人への健康リスクの低減を図ることを目的とする法律である。 平成14年に制 定され, 土地の所有者等に, 有害物質使用特定施設の廃止時等を契機として, 敷地土壌につい ての汚染の状況を調査・報告させ, 必要な場合にはその対策を講じさせる制度を設けている。 同法はその後の平成21年と平成29年に, 調査すべき契機の拡大等を図る改正がなされてい る。 [設問1]は, 工場・事業場の有害物質使用特定施設廃止時に, 敷地の土壌汚染の有無の専 門調査機関による調査及び調査結果の報告を義務付けるとともに, その例外を定める法第3条 の制度について問うものである。 トリクロロエチレンは法の特定有害物質であり, 本件施設は 水質汚濁防止法の特定施設に該当することから, 本来は, 本件施設廃止時に土地所有者等であ - 36 - るA社は, 敷地の汚染の状況につき調査し, その結果を知事に報告すべきであったことを記載 する必要がある。 また, 同条第1項ただし書は, 一般環境にある人に対しての健康リスクを生 じさせる可能性が少ない一定の要件を満たしている場合に, 知事からその旨の確認を受けるこ とによって, 調査・報告義務を免除されることを定めており, 免除の可能性にも言及すること が期待される。 次に[設問1]は, 平成21年改正で追加された一定規模を超える土地の形質変更の際の知 事への事前届出及びこれに基づく調査・報告を求めている法第4条の制度についての理解を問 うものである。 法第3条第1項ただし書の確認を受けていない使用廃止の特定施設に係る工場 等の敷地については, 土地の形質変更の際の届出義務を負う規模要件に該当するものとしてい る本問の設例では, A社は法第3条第1項の定める手続に違背していることとは別に法第4条 第1項の事前届出義務を負うこととなる(法第4条第1項は, 同項ただし書1号で, 法第3条 第1項ただし書の確認を経た土地につき法第3条第7項以下の規定により届出義務を負うこと とするが, それ以外の土地には法第4条第1項の適用を想定している)。 次に, [設問2]は, 法第5条による知事の調査・報告命令発出等の余地についての検討を求 めるものである。 法第5条は, 特定有害物質による汚染により人の健康に係る被害が生じるも のとして, かなり細かく厳格に定められている政令の要件に該当する土地について, 当該土地 所有者等に, 知事が, 法第3条第1項・法第4条第3項と同様の調査・報告を命じることがで きるものとしている。 単に汚染のおそれについて報道されたというだけでなく, B知事による 井戸水の水質検査の結果, 当該井戸に係る地下水が, 特定有害物質であるトリクロロエチレン により汚染されていることが明らかとなるなどの事情のほか, この井戸水が地域防災計画によ り災害時に人の飲用に供するものとされているなどの事情があれば, 当該土壌汚染によって人 の健康被害を生ずるおそれがあると認められ得ることとなり, 当該地下水の水質汚濁の原因が A社の空き地にあると認められるときは, B知事は, A社に本件広場につき, 法第5条による 調査・報告を命ずることができる。 命令により得られた調査結果に基づいて, 法第6条によっ て, この土地を要措置区域に指定した上で, 当該要措置区域内において講ずべき汚染除去の措 置と措置の期限を示して, 汚染除去計画を作成することを指示できることとなる。 そして法第 7条は, 作成提出された計画によっては, その適合・変更を審査・命令でき, 計画実施の履行 がない場合には履行を命じることができる旨も定められている。 本問の設例は, これらに該当 し得ることを想定して出題されていることに気付いてほしい。 このほか, 知事は, 法第54条 によるA社への報告の徴収やその土地への立入検査権限の発動や, 4条違反についての法第6 6条による罰則適用のための告発を行うことも可能であることを記すこともできよう。 これに 対し, 法第16条以下の汚染土壌搬出行為の規制や違反への措置命令等は, 要措置区域等の指 定を受けた汚染土地であることを前提としており, したがって本問で適用できると考えること には疑問がある。 以上のほか, 水質汚濁防止法第14条の3に基づく措置命令も, 検討されてよい。 [設問3]は, 近所の住民であるDらは, A社が, 健康を害するおそれがある汚染土壌による 地下水汚染を生じさせた場合, A社に対して, 健康被害の防止その他人格権等侵害の未然防止 のために, 地下水の汚染の除去を求めることができかどうかの検討を求めるものである。 本問の場合, 民事上の差止義務として, これに準ずる汚染浄化及び将来の汚染防止のための 汚染土壌の浄化を命じるように求める余地があること(ただし, DらがA社の具体的行為内容 を特定せず, 汚染を環境基準以下とすることを求める包括的差止請求の可否に関しては論議の 余地があること)等の記載が期待される。 なお, 本問の設例では, 健康被害が現に生じていることとはされていないが, 特にC市によ って, 池の汚染を理由として公園利用が禁止又は制限されたような場合には, これによる利便 の喪失に係る損害の賠償をA社に対して求める可能性も検討の余地がある。 - 37 - 〔第2問〕 自然公園法(以下「法」という。 )は, 風致の維持と利用の増進を図ることを目的としてい る(法第1条)。 他方で, 権利者の財産権に対する制約を伴うことから, それとの均衡を図る ことも求められている。 本問は, 具体的事例を踏まえた検討を通じて, 法制度の基礎的理解を 確認し, 複雑な法令の適用能力とその過程を論理的に説明する能力を試す趣旨のものである。 設問1について 我が国の自然公園は, 管理者が土地の権利を有することを要件としない地域制の公園であり, 権利者の土地利用に制限を加えるに当たっては, 風致の維持と権利者の財産権保障との均衡を 図る必要性がある(法第4条参照)。 そこで, 法は, 公園計画(法第2条第5号)に基づき, その区域内に特別地域を指定することができることとし(法第20条第1項), さらに特別地 域を特別保護地区, 第一種特別地域, 第二種特別地域, 第三種特別地域に区分する(法施行規 則第9条の2)一方, 特別地域に含まれない区域を普通地域とし(法第33条第1項), それ ぞれの保護の必要性の程度に応じた規制を行っている。 こうした規制の在り方は一般にゾーニングと呼ばれているが, 本設問では, 法及び施行規則 に基づく陸域のゾーニングの概要とともに, その背景にある財産権保障との均衡について説明 することが求められている。 設問2について 本事例は, 国立公園の第一種特別地域内における建造物の新築又は改築が問題になる場面を 取り上げている。 特別地域内の工作物の新築又は改築は, 許可制であり(法第20条第3項第 1号), その許可基準は法施行規則第11条第6項に規定されているところ, 同項が引用する 同条第1項第2号イは, 第一種特別地域内において行われるものでないことを要件としている。 これによれば, Aの計画する建造物の建築は, 新築であれ改築であれ, 許可されないことにな る。 ただし, 同規則第11条第6項ただし書は, 同条第2項ただし書に規定する行為に該当する ものはこの限りでないとしている。 これによれば, Aの計画する建造物の建築が, 「既存建築 物の改築等」(定義は参考資料参照)であり, かつ, 同条第1項第5号に掲げる基準に適合す る場合には, 同規則第11条第6項が準用する同条第1項第2号イの要件は適用されないため, 第一種特別地域内における建築であることを理由に不許可とされることはない。 もっとも, そ の場合も, 同条第37項の基準は充足する必要がある。 本事例で挙げられている事実関係を基にすると, Aが計画しているホテルの再建築が「既存 建築物の改築等」に該当するか否かが, 許可を受けられるか否かに関して大きな分かれ目とな るといえよう。 災害で損壊したとはいえ, 滅失したのはAの経営判断による取壊しの結果であ るし, 取壊しから3年を経過し, 既に「ホテルCがない風致・景観」も形成されていると思わ れる。 反面, 災害により経済的全損という滅失したのと同様の状況に至ったともいえるし, そ もそも国立公園に指定された時点でホテルC(旧建物)は既に存在していたのであり, 第一種 特別地域内とはいえ, 「ホテルCがない風致・景観」に対し, Aに多大な財産権侵害を及ぼし てまで強い法的保護を与えるべきなのかという疑問の余地もあろう。 こうした本事例特有の悩ましさに向き合いつつ, 条文の適用を丁寧に論理立てて行い, 説得 的に論述することが求められている。 設問3について Aの計画したホテルCの再建築が認められなかった場合の救済方法として, 法が予定してい るのは, 損失補償である(法第64条)。 しかし, 実際には自然公園法に基づく規制に伴う損失補償はハードルが高い。 裁判例を見て も, 特別地域指定の趣旨に著しく反するような不許可になることが明らかな行為の許可申請自 - 38 - 体が権利の濫用であり, 不許可による損失の補償は不要であるとするもの(東京高判昭和63 年4月20日行集39巻3〜4号281頁), 周辺一帯の地域の風致・景観の保護の必要性, 建物建築による風致・景観への影響, 不許可に伴う土地の従前の用途に従った利用等が不可能 ないし著しく困難になるか等を総合勘案し, 財産権の内在的制約の範囲内であるとして補償を 否定するもの(東京地判平成2年9月18日行集41巻9号1471頁)等がある。 ただ, 本件におけるAの計画は, これら裁判例で問題とされた行為とは性質や状況を相当異 にするので, 本件固有の事情を踏まえた検討が必要である。 また, 仮にAに対する不許可に伴う損失が補償の対象になるとしても, どの範囲の損失が, 不許可に伴い「通常生ずべき損失」といい得るかという問題がある。 学説としては, 相当因果 関係説(不許可処分と相当因果関係を有する損失が補償の対象), 実損補償説(不許可処分に 伴い出捐を余儀なくされた廃業費用など積極的実損のみが補償の対象), 地価低落説(不許可 処分に伴う地価の低落分のみが補償の対象)が挙げられるところ, 補償額が土地所有者の主観 的意図や思惑により左右される相当因果関係説には批判も多く, 否定する裁判例もある(東京 地判昭和57年5月31日行集33巻5号1138頁, 東京地判昭和61年3月17日行集3 7巻3号294頁)。 本事例でAにとって最も切実な問題になるのは, Aの得べかりし利益(仮に許可を受けてい れば, ホテルCの営業再開により得ることのできた利益)が補償されるか否かであろう。 これ については, 上記のうち相当因果関係説によれば補償の対象となる余地があるといえようが, その他の説による限り補償は困難と思われる。 損失補償の条文に触れることはもちろん, こうした裁判例や学説の趨勢も見据えた上で, い かなる結論であれ説得的に論述することが期待されている。 [国際関係法(公法系) ] 〔第1問〕 本問は, 国家及び国有財産は, 外国の裁判権から免除されるという裁判権免除に関する基本 的知識と理解を問うものである。 国家は, 外国の裁判所に原告として訴訟を提起できるが, 法 廷地国所在の不動産をめぐる訴訟などの一部の例外を除いて, その同意なくして被告として裁 かれることはないとの原則が裁判権免除である。 19世紀に国家主権の観念と結合し, 一国の 裁判所が他の国家を被告として裁くことは, その国を自己の権力に従属させることになること から生まれた原則である。 この原則は, 次第に各国の国内裁判所で承認され, 慣習国際法の規 則となった。 同規則は, 免除を認める範囲につき, 19世紀の絶対免除主義の考えから20世 紀には相対免除主義の考えへと移行している。 設問1は, B国が主張する裁判権免除の概念と絶対免除主義の考え方の理解を問うものであ り, 基本的知識によって十分に解答が可能な設問である。 解答に当たっては, 国家の裁判権免 除の根拠が国家の主権平等と主権の尊重に求められることを明らかにした上で, 国家の活動領 域がおおむね公法的権力的活動に限られ, 商業的経済的活動が私人に委ねられていた19世紀 には, 国家の行為や財産を全て免除の対象とする絶対免除主義が有力であったことを説明する 必要がある。 その上で, B国が, A国との間で, A国の裁判所による裁判権の行使に同意する国際的合意 を締結した事実はなく, また, 本件裁判手続における宣言や書面による通知によって, A国の 裁判所による裁判権の行使に同意した事実も存在しない以上, 国家の裁判権免除の放棄はなさ れていないとして, B国は自らの同意なくして, A国の民間企業であるXと締結した売買契約 の違反をめぐる紛争に関してA国の裁判手続に服することはないことを論述する必要がある。 問題文にあるように, B国とA国の民間企業であるXとの間の売買契約書には, 当事者間に紛 争が生じた場合には, A国の法律に基づき, A国の国内裁判所で裁判手続を行う旨の条項が挿 - 39 - 入されているが, B国の立場からは, 国家の裁判権免除の放棄は常に国家から国家に対してな すことが必要であると述べ, 絶対免除主義の主張を行うことになる。 設問2は, 相対(制限)免除主義とはどのような考え方であるかを問うものである。 20世 紀に入ると, 社会主義国が誕生し国家による貿易の独占などが行われ, また, 資本主義国でも 国家が経済活動に積極的に介入するなど, それまでは私人の活動領域とされた経済分野に国家 の活動が及ぶようになり, そうした国家の経済活動にまで免除を認めると, 外国国家と取引関 係に入る私人を著しく不利な立場に立たせ, 取引の安全を害することとなる。 そこで, 国家の活動を主権的行為と業務管理的行為とに区分し, 前者についてのみ免除を認 める相対(制限)免除主義の考え方が登場し, 各国で採用されるようになったことを論述する 必要がある。 その際, 主権的行為と業務管理的行為を区別するに当たって, 個々の行為が業務 管理的行為に該当するかどうかを判断する基準については当該行為の目的によって区分しよう とする行為目的説と, 行為の客観的性質や生ずる法律関係を基準とし, 公法か私法かのいずれ の関係での行為かを判断する行為性質説があるといった論点を十分に抽出して論ずる必要があ る。 本事例において, Xは, 行為性質説に立って, B国とA国の民間企業であるXとの間で締結 された売買契約は, 本来私人が行い得る行為であり, その行為の性質や生ずる法律関係に鑑み れば, 国家の裁判権免除の対象となる主権的行為ではなく, 業務管理的行為にすぎないこと, また, 行為目的説に立っても, B国政府における購入したコンピュータの使用が公権力の行使 に当たるともいえないと主張し, 相対(制限)免除主義の適用を求めることになる。 また, 売買契約におけるA国の国内裁判所で紛争を解決する旨の条項は, B国による裁判権 免除の放棄と考えられるかという論点については, 平成18年7月21日の最高裁第二小法廷 判決が解答に当たって参考になるであろう。 同判決は, 「私人との間の書面による契約に含ま れた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約 することによって, 我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明した場合にも, 原則と して, 当該紛争について我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である」と述 べて, 免除の放棄の効果を認めたからである。 さらに, 国及びその財産の裁判権からの免除に 関する国際連合条約(以下「国連国家免除条約」という。 )に準拠する日本の外国等に対する 我が国の民事裁判権に関する法律の関連規定に言及できれば, 一層の補強となろう。 設問3は, 裁判権免除の放棄と強制執行の免除の放棄の相違に対する理解を問うものである。 裁判権の行使と判決の執行は別個の手続であるとの理由から, 従来は, 判決を強制執行するた めには改めて相手国の同意が必要であるとされてきた。 国連国家免除条約も, 裁判権行使につ いての同意と判決の強制執行についての同意とを区別している(第20条)。 最近では, 裁判権が行使された場合に強制執行まで認める国が現れているが, その場合でも, 執行の対象は商業的目的に使用されている財産か一般財産に限られ, 国家の主権的公共的財産, 例えば外交・領事の用に供されている公館やその敷地, 外国軍隊の軍事的活動に関連して使用 される財産は強制執行の対象とされていない。 本問の場合, A国内にあるB国の財産は, B国の外交使節団の経費に充てるための外交使節 団名義で開設されている口座の銀行預金のみであり, このような国家の非商業的目的に使用さ れる財産は強制執行の対象とはできないので, 同口座の銀行預金を差押えの対象とすることは できないことになる。 〔第2問〕 本問は, 二か国を貫流する河川の利用に関して, 環境の保護に関する国家の国際法上の義務, 条約の廃棄及び条約の下での義務の履行の停止を正当化する事由, 並びにこれらの論点に関す る国家間の紛争を国際司法裁判所に付託する場合の管轄権の根拠と被告国側が提出し得る抗弁 - 40 - に関する基本的知識及び理解を問うものである。 設問1は, 民間の会社甲社によるA国の領域内におけるダム及び水力発電所の建設とその稼 働により, B国の領域でナーガ川の水量が大幅に減少し, 水質が著しく悪化したことについて, B国がA国のどのような国際法上の義務の違反を主張し得るかを問うものである。 慣習国際法と1975年条約に分けて, 関連する国際法規則の違反を論ずる必要がある。 慣 習国際法について, B国は, 領域使用の管理責任と環境影響評価の実施の義務の違反を論ずる ことが可能である。 慣習国際法の下での領域使用の管理責任とは, 国家は自国の管轄又は管理 の下における活動が他国の環境又は国の管轄権外の区域の環境に損害を与えないことを確保す る責任を有するとされるものである。 トレイル熔鉱所事件の仲裁判断(1941年最終判断) 及び国際司法裁判所のコルフ海峡事件本案判決(1949年)に言及があり, ストックホルム 人間環境宣言(1972年)第21原則及び環境と開発に関するリオ宣言(1992年)第2 原則にも示されている。 B国は, 甲社のギリ川でのダム及び水力発電所の建設とその稼働をA 国が認可した際, B国の環境に損害を与えないことを確保する責任を有していた, と主張し得 る。 さらに, 国際司法裁判所がウルグアイ川の製紙工場事件本案判決(2010年)で示したよ うに, 国家は慣習国際法上, 環境影響評価を行う義務を負っている。 本問の事実関係によれば, 甲社がダム及び水力発電所の計画についての認可を申請した際, 国際的に定評のある環境団体 が, 甲社はその計画に関して必要な環境影響評価を行っていないと批判し, 反対運動を行って いた。 このことから, A国はこの計画の認可の際に, 必要な環境影響評価が行われているかを 確認すべきであった, とB国は主張し得る。 1975年条約の下での義務の違反について, A国は, 甲社の計画は, ナーガ川の新たな利 用に関するものではないので, 第12条に従って, ナーガ川委員会に特別報告書を提出し, 同 委員会の許可を得る必要はないとの立場である。 しかし, ダム及び水力発電所の建設とその稼 働によって, ナーガ川の水量が大幅に減少し, 水質が著しく悪化したことから, B国は, A国 が1975年条約第4条の下でのナーガ川流域の環境の保護及び保全の義務に違反した, と主 張し得る。 また, B国は, 本計画はナーガ川の上流に位置する支流のギリ川での工事であり, これによりナーガ川の環境への影響がもたらされる可能性が高かったことから, 第12条に従 って, ナーガ川委員会に特別報告書を提出し, 同委員会の許可を得る必要がある工事であり, A国がこの義務に違反した, と主張することも可能である。 設問2は, B国による「電力の安定供給に関する条約」の廃棄及び同条約の下での義務であ る電力供給の停止が国際法違反の行為であることを, A国が国際法のどのような規則に基づい て主張できるかを問うものである。 条約法に関するウィーン条約(以下「条約法条約」という。 )では, 第54条と第56条で 条約の終了又は廃棄に関する規定が置かれている。 本問の事実関係によれば, これらの規定の 下での要件が満たされていない, とA国は主張し得る。 さらに, B国による条約の廃棄と電力 供給の停止について, 第60条の条約違反の結果としての条約の終了又は運用停止, 及び第6 2条の事情の根本的変化を根拠とする条約の終了又は運用停止を主張することも可能であろ う。 しかし, 本問の事実関係から, これらの規定の下での要件が満たされているとは言えない とし, B国は条約法条約のいずれの規定も「電力の安定供給に関する条約」の廃棄と電力供給 の停止の根拠とすることができない, とA国は主張し得る。 「電力の安定供給に関する条約」の廃棄と電力供給の停止については, これが国際法に違反 する行為であるとしても, A国による慣習国際法上の義務及び1975年条約の下での義務の 違反に対する対抗措置であり, その違法性が阻却される, とB国が主張することが可能である。 この主張についてA国は, 慣習国際法上の対抗措置の要件である, 相手国の行為の違法性と, それに対抗して採られる措置と相手国の違法行為の間の均衡性という二つの要件のいずれもが - 41 - 満たされていない, と主張し得る。 第一の要件については, A国は, 自国の行為に関して, 国 際法上の違法行為が存在していないとの立場である。 また, たとえ, A国の行為が国際違法行 為に当たるとしても, 「電力の安定供給に関する条約」を一方的に廃棄し, 電力供給を一方的 に停止する措置は, 第二の要件である均衡性の要件を満たしていないとの主張が可能である。 ダム及び水力発電所の建設とその稼働の結果, B国で新たな浄水施設の建設が必要になったと はいえ, B国からA国への電力の安定供給の根拠となる条約を一方的に廃棄し, A国の必要な 電力の50%を占めてきた電力供給を一方的に停止する措置は, B国が主張するA国の国際法 違反の行為との関係で均衡性を欠くとの主張が可能である。 設問3は, B国が本問に関する紛争を国際司法裁判所に付託する場合の管轄権の根拠, 及び A国が提出し得る抗弁を問うものである。 1975年条約第19条を根拠とした国際司法裁判 所の管轄権を論ずることが必要である。 第19条に基づき, 紛争を国際司法裁判所に付託するためには, 第一に, A国とB国の間に 1975年条約の解釈又は適用に関する紛争が存在すること, 第二に, 当該紛争が交渉によっ て解決できないことという二つの要件が満たされなければならない。 第一の要件に関しては, 条約の特定の規定の解釈又は適用に関して国家間で意見の不一致があることが求められる。 本 問では, B国が, 1975年条約第4条及び第12条の下での義務のA国による違反を主張す るのに対し, A国は, 本件で問題になっているダム及び水力発電所の建設とその稼働は, ナー ガ川ではなくギリ川における活動であり, 1975年条約は適用されないとの立場で, 197 5年条約の適用自体を否定している。 B国としては, この意見の不一致をもって, 1975年 条約の特定の規定の解釈又は適用に関する紛争が存在すると主張することも考えられる。 第二 の要件については, 本問では, 両国間で紛争の解決に関する交渉が行われたとの記述はない。 しかし, A国は, 甲社のダム及び水力発電所の建設とその稼働について, 当初から1975年 条約が適用されないと主張していることから, B国は, 本条約の解釈又は適用に関する紛争を 交渉によって解決できる可能性はなかった, と主張し得る。 A国の抗弁については, B国が1975年条約の下での義務に違反すると主張しているダム 及び水力発電所の建設とその稼働は, 1975年条約の適用の対象とならない行為であるので, 同条約の解釈又は適用に関する紛争が存在しないとの抗弁の提出が可能である。 また, たとえ, 国際司法裁判所が両国間に1975年条約の解釈又は適用に関する紛争が存在することを認め たとしても, 本件紛争の解決のための交渉が行われていないことから, 第二の要件が満たされ ていないとの抗弁の提出も可能である。 [国際関係法(私法系) ] 〔第1問〕 本問は, 離婚(及びその附帯処分や関連請求)が問題となる事案を素材として, 国際私法と国 際民事手続法に関する基本的理解と応用力を問うものである。 離婚は事件数も多く実務上の重 要性も高いため, 今回出題した。 〔設問1〕は離婚の方法について問うものである。 まず, 法律関係の性質決定が問題となる。 本設問の問題は, 離婚の実質(法の適用に関する 通則法(以下「通則法」という。 )第27条)の問題であると性質決定する説が多数説である。 この説によった場合には, 離婚準拠法たる甲国法の手続を日本の調停手続によって代行するこ とができるかどうかという問題(実体と手続の適応問題)が生じる。 代行を認める立場(多数 の家裁実務)も, 代行を認めない立場もあり得るが, いずれの立場を採るにせよ, 甲国法の内 容と日本の調停手続の性質を踏まえて論じることが求められる。 調停手続による代行を認めな い場合には, (現在の学説によれば)審判によることができる。 審判によるとした場合にも, 調停に代わる審判(家事事件手続法(以下「家事法」という。 )第284条)か, 合意に相当 - 42 - する審判(家事法第277条)かという問題があり, これについても論じることが望ましい。 その他の説として, 日本で調停離婚によることが可能かは手続の問題と性質決定して法廷地 法によらしめる説もある。 もっとも, この説も, 実体の準拠法を全く適用しないわけではなく, 離婚が法律行為によって可能か, 裁判所による形成が必要かは, 実体かつ実質の問題であって 離婚準拠法により, そこで裁判所の手続によるとされていることを前提としている。 この説に よる場合には, 調停離婚も裁判所による離婚形成に当たることとなろう。 さらに, 方式(通則法第34条)の問題とする説もある。 この説は, 多数説とは根本的に異 なる立場であるので, この説を採る場合には, 多数説についても記述した上で, これを採る理 由を述べるべきである。 〔設問2〕は離婚請求とそれに伴う財産分与請求, 慰謝料請求の国際裁判管轄権と準拠法の 決定について問うものである。 〔小問1〕は国際裁判管轄権についての問題である。 まず, 離婚請求についてであるが, これは「人事に関する訴え」 (人事訴訟法(以下「人訴法」 という。 )第2条第1号, 第3条の2柱書)に当たるので, その国際裁判管轄権は人訴法第3 条の2による。 人訴法第3条の2各号の定める管轄原因のうち本件に当てはまるのは第6号(最 後の共通住所)である。 同規定の要件への丁寧な当てはめが求められる。 次に財産分与請求についてであるが, これについてはまず人訴法第3条の4第2項の存在を 指摘すべきである。 これはもともと審判事項であるが, 人事訴訟において申し立てられていれ ば, 人訴法第32条第1項により, 訴訟に附帯して裁判される(附帯処分)。 人訴法第3条の 4はそのような附帯処分について国際裁判管轄権を定めている。 家事法第3条の12各号の定 める管轄原因のうち本件に該当するのは第3号である(その趣旨は人訴法第3条の2第6号と 同じ。 )。 最後に慰謝料請求についてであるが, これについてはまず人訴法第3条の3の存在 を指摘すべきである。 これは人事訴訟に係る請求ではないが, その関連請求であり, 離婚請求 と併合することによって人訴法による国際裁判管轄権が認められる。 同規定の要件への丁寧な 当てはめが求められる。 〔小問2〕は準拠法の決定についての問題である。 離婚請求については通則法第27条による。 同条本文において準用する第25条を適用し, 同一本国法たる乙国法による。 財産分与として請求されているのは清算的要素のみとした。 これについては離婚と性質決定 する27条説と夫婦財産制と性質決定する26条説がある。 いずれの説による場合もその理由 を述べるべきであるが, 27条説による場合には, その理由の中で26条によるべき問題との 区別(夫婦財産制の準拠法と離婚準拠法の役割分担)についても論じることが望ましい。 慰謝料請求については一括して離婚と性質決定する説, 一括して不法行為と性質決定する説, 離婚自体による慰謝料と個別的不法行為による慰謝料を区別する説がある。 このうち不法行為 と性質決定する場合には, 本問では夫婦という特別の関係によって結ばれた者の間の不法行為 なので, 通則法第20条がこの場合に適用されるかどうかについても検討すべきである。 〔第2問〕 本問は, 国際的な売買取引をめぐる事案を素材として, 財産・取引分野における国際私法及 び国際民事手続法並びに「国際物品売買契約に関する国際連合条約」(以下「ウィーン売買条 約」という。 )を中心とする国際取引法に関する基本的理解と応用力を問うものである。 〔設問1〕は, 財産関係事件について, 被告が外国法人であって日本に主たる営業所等を有 していない場合, すなわち民事訴訟法(以下「民訴法」という。 )第3条の2に基づく国際裁 判管轄権が日本の裁判所に認められない場合において, どのような管轄原因があれば日本の裁 判所の国際裁判管轄権が認められるかを問うものである。 設問1では, 特に民訴法第3条の3 - 43 - 第3号について論ずることが求められている。 まず, Xの訴えが本件契約に基づく未払代金の支払を求めるものであることや, Yが日本で 登録された特許権を有していることなどを指摘した上で, 民訴法第3条の3第3号に掲げる「財 産権上の訴え」であること, 同号に定める「当該訴えが金銭の支払を請求するものである」こ と及び「差し押さえることができる被告の財産が日本国内にある」ことを認定する必要がある。 次に, 同号括弧書の「その財産の価額が著しく低いとき」について, その趣旨等に基づく法解 釈を行った上で, これに該当するかどうかを判断することが求められる。 民訴法第3条の3第3号に基づき日本の裁判所の国際裁判管轄権が肯定されると解した場合 には, 同法第3条の9に定める「特別の事情」の有無についての検討を行う必要がある。 その上で, 本件訴えについて, 日本の裁判所の国際裁判管轄権が認められるかどうかの結論 を示すことが求められる。 〔設問2〕は, 本件契約に甲国法を準拠法と定める条項があった場合において, その後の訴 訟で当事者が日本の民法の適用があることを前提にそれぞれの主張を行ったときに, 契約の準 拠法の変更があったといえるかどうかを問うものである。 まず, 本件訴えが契約違反によって被った損害の賠償を求めるものであることから, 「法律 行為の効力」の問題として法律関係の性質決定がされ, 法の適用に関する通則法(以下「通則 法」という。 )第7条以下の規定によって準拠法が決定されることを示す必要がある。 本件契 約には甲国法を準拠法と定める条項があったため, 通則法第7条によれば, 当事者が「選択し た地の法」である甲国法が本件損害賠償請求の問題の準拠法とされよう。 しかし, その後の訴訟で当事者が日本の民法の適用があることを前提にそれぞれの主張を行 っていることから, 通則法第9条により, 日本法への準拠法の変更がなされたものと解するこ とができないかが問題となる。 この点を判断する前提として, 当事者による準拠法の変更が, 明示的なものでなければならないのか, それとも黙示的なものでも足りるのかも論点となろう。 通則法第9条の趣旨等に基づく法解釈を行った上で, この問題に対する結論を導くことが求め られる。 〔設問3〕は, ウィーン売買条約の適用要件と同条約における物品の契約不適合の問題につ いての理解を問うものである。 〔小問1〕は, ウィーン売買条約の適用要件を定める同条約第1条に言及することが求めら れる。 まず, XとYの営業所がそれぞれ日本と甲国に所在しており, 本件契約が物品売買契約 であることから, 本件契約が同条に定める「営業所が異なる国に所在する当事者間の物品売 買契約」に該当するかどうかにつき判断しなければならない。 次に, 本件契約にウィーン売買 条約が適用されるのは, 当事者の営業所の所在する国が「いずれも締約国である場合」(同条 (a))又は「国際私法の準則によれば締約国の法の適用が導かれる場合」(同条(b))であ ることを指摘する必要がある。 甲国がウィーン売買条約の締約国でないことから, (a)の場合 には該当しないため, 本件契約に同条約が適用されるためには, (b)の場合でなければならな い。 この点につき, 「国際私法」とは法廷地の国際私法をいうと解されていることから, 日本 で裁判を行っている本件では, 日本の国際私法である通則法第7条以下の規定によって本件契 約の準拠法を判断することが求められる。 本件契約には準拠法が明示的にも黙示的にも定められていなかったため, 通則法第7条では なく同法第8条第1項により, 本件契約に「最も密接な関係がある地の法」 (最密接関係地法) が本件契約の準拠法となることを指摘する必要がある。 そして, 通則法第8条第2項の特徴的 給付の理論に基づく推定規定について, その趣旨や特徴的給付の意味を明らかにした上で, 本 件に適用することが求められる。 その上で, 推定を覆す事情の有無を検討しなければならない。 以上の検討の結果, 本件契約の準拠法は売主の営業所所在地国である日本法になろう。 結論として, 日本がウィーン売買条約の締約国であることから上記の(b)の場合に該当し, - 44 - 本件契約について同条約が適用される旨を示すことが求められる。 〔小問2〕は, ウィーン売買条約が適用される場合に, 売主が引き渡した物品の不適合を理 由として買主が求める損害賠償についての根拠条文を問うものである。 まず, ウィーン売買条約第45条(b)に基づき, 「売主が契約又はこの条約に基づく義務を 履行しない場合」に, 買主が損害賠償請求を行うことができることを指摘する必要がある。 次 に, 売主Xが引き渡した物品Gが契約に適合しないものであってXに契約違反があったことを, ウィーン売買条約第35条(特に同条(c))に言及して説明しなければならない。 - 45 -