令和2年司法試験予備試験論文式試験問題と出題趣旨 [憲 法] 報道機関による取材活動については,一般にその公共性が認められているものの,取材対象者 の私生活の平穏の確保の観点から問題があるとされ,とりわけ,特定の事件・事象に際し取材活動 が過熱・集中するいわゆるメディア・スクラムについて,何らかの対策がとられる必要があると指 摘されてきた。中でも,取材活動の対象が,犯罪被害者及びその家族等となる場合,それらの者に ついては,何の落ち度もなく,悲嘆の極みというべき状況にあることも多いことから,報道機関に 対して批判が向けられてきた。 そのような状況の下で,犯罪被害者及びその家族等の保護を目的として,これらの者に対する取 材活動を制限する立法が行われることとなった。 具体的には,まず, 「犯罪及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす行為」を「犯罪等」とし, 「犯罪等により害を被った者及びその家族又は遺族」を「犯罪被害者等」とした上で,報道を業と する者(個人を含む。以下「報道関係者」という。)の取材活動について,犯罪被害者等に対して 取材及び取材目的での接触(自宅・勤務先等への訪問,電話,ファックス,メール,手紙,外出時 の接近等)を行うこと(以下「取材等」という。)を禁止する。ただし,当該犯罪被害者等の同意 がある場合はこの限りでない(この同意は,報道関係者一般に対するものでも,特定の報道関係者 に対するものでもあり得る。)。なお,捜査機関は,捜査に当たる場合には,犯罪被害者等が取材等 に同意するか否かについて確認し,報道関係者から問合せがあった場合には回答するものとするほ か,犯罪被害者等が希望する場合には,その一部又は全員が取材等に同意しないことを記者会見等 で公表することもできる。 次に,以上の取材等の禁止(犯罪被害者等の同意がある場合を除く。)に違反する報道関係者が あった場合,捜査機関が所在する都道府県の公安委員会は,当該報道関係者に対して,行政手続法 等の定めるところに従い憲法上適正な手続を履践した上で,取材等中止命令を発することができる。 この命令に違反した者は処罰される。したがって,犯罪被害者等へ取材等を行うことは,犯罪被害 者等の同意がある場合を除き禁止されるが,直ちに処罰されるわけではなく,処罰されるのは取材 等中止命令が発出されているにもかかわらず,取材等を行った場合であるということになる。 なお,犯罪被害者等は,取材等中止命令の解除を申し出ることができ,その場合,当該命令は 速やかに解除される。また,上述のとおり,犯罪被害者等の同意がある場合は,取材等の禁止は適 用されない。 以上のような立法による取材活動の制限について,その憲法適合性を論じなさい。 (出題の趣旨) 本問は,犯罪被害者等の私生活の平穏の確保を目的とする取材の自由の制限につ いて,その憲法適合性を問うものである。取材の自由を,関連判例も参照しつつ, 表現の自由との関係で適切に位置付けた上で,その制約の憲法適合性に関する判断 枠組みを的確に定立し,本問の立法が憲法に適合するか否かについて,その目的と 手段を評価して判断することが求められる。 一方で,犯罪被害者等の私生活の平穏の確保は,それをある程度限定的に捉える ならば,取材活動を制約する立法目的として十分に重要なものでありえよう。また, 犯罪被害者等にはそもそも取材に応じる義務はない。加えて,本問の立法による処 罰は命令の発出を経た段階的なものとなっている。 他方で,私生活の平穏ということを幅広く理解すれば,取材活動を制約する根拠 としてこれを直ちに承認することは困難である。また,基本的には公共性を有する はずの犯罪報道について,本問の立法は,当該報道の内容や性質,犯罪の種類や犯 罪被害者等の立場などにかかわらずに,取材活動を,取材目的での接触を行うこと についてまで,同意のない限り一律に禁止し,命令違反については刑罰をもって臨 んでいる。 解答に当たっては,以上のような諸点について類型的・具体的に想定をして検討 することが求められよう。捜査機関を同意確認のための主たるルートとすることの 問題性や,犯罪被害者等の心情が時間とともに,また,取材者とのコミュニケーシ ョンの中で変化する可能性についても,考慮して論じることが期待される。 [行政法] A市では,A市開発事業の手続及び基準に関する条例(以下「条例」という。)が定められてい る。条例においては,都市計画法(以下「法」という。)第29条第1項に基づく開発許可が必要 な開発事業を行おうとする事業者は,開発許可の申請に先立って市長と事前協議をしなければなら ず,また,開発事業の内容等について,周辺住民に対して説明会を開催するなどの措置を講じるこ ととされている。なお,A市長は,地方自治法上の中核市の長として,法第29条の開発許可に関 し都道府県知事と同じ権限を有している。また,これらの条例の規定は,法の委任に基づくもので はないが,その内容に違法なところはない。 Bは,A市において,平成15年から産業廃棄物処理施設(以下「第1処分場」という。)を営 んでいる。平成25年になって,Bは,第1処分場の隣接地に新たな産業廃棄物処理施設(以下「第 2処分場」という。)を設置することを計画した。第2処分場を設置するための土地の区画形質の 変更(土地の区画変更,切土・盛土など)は,条例第2条第1項第1号の開発事業に該当するため, Bは,A市長に対し,条例第4条に基づく事前協議を申し入れた。この第2処分場の設置に対して は,生活環境の悪化を危惧する周辺住民が強い反対運動を行っていたことから,A市長は,Bに対 し,条例に定められた説明会を開催した上で,周辺住民の同意を得るように指導した。Bはこれに 従って,周辺住民に対し,説明会の開催を提案したが,周辺住民は説明会をボイコットし,同意も 一切しなかった。 Bは,第2処分場の設置に係る開発事業は,法の規定に照らして適法であり,たとえ周辺住民 の同意がなくても,A市長が開発許可を拒否することはできないと考え,A市長に対し,事前協議 を開始するよう改めて申し入れた。そこで,A市長は,条例による手続を進め,Bに対して開発許 可を与えることにした。その一方で,A市は,周辺住民の強力な反対を考慮し,Bとの間で開発協 定を締結し,その協定においては,「Bが行う廃棄物処理事業に係る開発事業については,今回の 開発区域内の土地及び規模に限るものとし,今後一切の例外は認めない。」という条項(以下「本 件条項」という。)が定められた。Bは,本件条項を含む開発協定の締結には当初難色を示したが, 周辺住民との関係を改善することも必要であると考え,協定の締結に同意した。なお,この開発協 定は,法や条例に根拠を有するものではなく,また,法第33条第1項及び条例の定める基準には, 本件条項に関係するものは存在しない。 令和2年になり,第2処分場がその容量の限界に達したため,Bは更に新たな産業廃棄物処理 施設(以下「第3処分場」という。)を設置することを計画した。第3処分場を設置するための土 地の区画形質の変更も条例第2条第1項第1号の開発事業に該当するため,Bは,同年6月,A市 長に対し,条例第4条に基づく事前協議を申し入れた。A市長は,同年7月,Bに対し,「本件条 項により,第3処分場の設置に係る開発事業についての協議を受けることはできない。」という内 容の通知(以下「本件通知」という。)をした。 Bは,本件条項の法的拘束力に疑問を抱いており,また,本件条項を前提としたA市長の対応 に不満であることから,本件通知の取消訴訟を提起することを考えている。 以上を前提として,以下の設問に答えなさい。 なお,法及び条例の抜粋を【資料】として掲げるので,適宜参照しなさい。 〔設問1〕 本件条項に法的拘束力は認められるか。本件条項の性質を示した上で,法の定める開発許可制度 との関係を踏まえて,検討しなさい。なお,第2処分場の設置に当たってなされたA市長の指導は 適法であることを前提にすること。 〔設問2〕 本件通知は,取消訴訟の対象となる処分に当たるか。Bの立場に立って,想定されるA市の反 論を踏まえて,検討しなさい。 【資料】 〇 都市計画法(昭和43年法律第100号)(抜粋) (定義) 第4条 12 1〜11 (略) この法律において「開発行為」とは,主として建築物の建築又は特定工作物の建設の用に供す る目的で行なう土地の区画形質の変更をいう。 13〜16 (略) (開発行為の許可) 第29条 都市計画区域又は準都市計画区域内において開発行為をしようとする者は,あらかじめ, 国土交通省令で定めるところにより,都道府県知事(中略)の許可を受けなければならない。(以 下略) 2・3 (略) (開発許可の基準) 第33条 都道府県知事は,開発許可の申請があつた場合において,当該申請に係る開発行為が,次 に掲げる基準(中略)に適合しており,かつ,その申請の手続がこの法律又はこの法律に基づく命 令の規定に違反していないと認めるときは,開発許可をしなければならない。(以下略) 2〜8 ○ (略) A市開発事業の手続及び基準に関する条例(抜粋) (目的) 第1条 この条例は,開発事業の計画に係る事前協議等の手続及び都市計画法(昭和43年法律第1 00号。以下「法」という。)の規定に基づく開発許可の基準その他開発事業に関し必要な事項を 定めることにより,良好な都市環境の保全及び形成を図り,もって秩序ある調和のとれたまちづく りに寄与することを目的とする。 (定義) 第2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に定めるところによ る。 一 開発事業 法第29条第1項(中略)の規定による開発行為の許可(中略)を要する開発行 為をいう。 2 二 開発事業区域 三 事業者 開発事業を行おうとする土地の区域をいう。 開発事業を行おうとする者をいう。 前項に規定するもののほか,この条例において使用する用語は,法(中略)において使用する用 語の例による。 (事前協議) 第4条 事業者は,開発事業を行おうとするときは,あらかじめ,規則で定めるところにより,開発 事業の計画について市長と協議しなければならない。 (事前周知) 第8条 事業者は,規則で定めるところにより,開発事業(中略)の計画の内容,工事の概要,環境 への配慮等について,当該開発事業を行う地域の周辺住民等に対しあらかじめ説明会を開催するな ど当該開発事業に関する周知について必要な措置を講じ,その結果を市長に報告しなければならな い。 (指導及び勧告) 第10条 市長は,次の各号のいずれかに該当する者に対し,必要な措置を講じるよう指導し,又は 勧告することができる。 一 第4条(中略)の規定による協議をせず,又は虚偽の内容で協議を行った者 二〜五 (略) (命令) 第11条 市長は,前条の勧告を受けた者が正当な理由なくこれに従わないときは,開発事業に係る 工事の中止を命じ,又は相当な期限を定めて違反を是正するために必要な措置を講じるよう命じる ことができる。 (出題の趣旨) 本問は,都市計画法上の開発許可の事前手続を定めた条例(以下「条例」という。) の運用に際して,市と事業者の間で,事業者の開発制限に関する条項(以下「本件 条項」という。)を含む開発協定が締結され,さらに,本件条項を前提にして,条 例に基づく事前協議を受けることができないという市長の通知(以下「本件通知」 という。)が発せられたという事実を基にして,行政契約の実体法的な制約,及び 取消訴訟の訴訟要件に関する基本的な知識・理解を試す趣旨の問題である。 設問1は,本件条項の法的拘束力を問うものである。本件条項は,公害防止協定 に類する規制的な契約であることから,最高裁判所平成21年7月10日第二小法 廷判決(裁判集民事231号273頁)などを踏まえて,その法的拘束力の有無に ついて検討することが求められる。その際,本件の事例に即して,とりわけ開発許 可制度の趣旨を踏まえて論ずる必要がある。 設問2は,本件通知の処分性の有無を問うものであり,処分性に関する最高裁判 例を基に検討することが求められる。その際,本件通知の法的根拠の有無,本件通 知が条例上の措置や開発許可との関係でいかなる意義を有するか,開発不許可処分 の取消訴訟において本件通知の違法性を争うことができるか,などについて,都市 計画法や条例の規定を基に論ずることが求められる。 [民 法] 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 【事実】 1.Aは,早くに夫と死別し,A所有の土地上に建物を建築して一人で暮らしていた(以下では, この土地及び建物を「本件不動産」という。)。Aは,身の回りのことは何でも一人で行っていた が,高齢であったことから,近所に住むAの娘Bが,時折,Aの自宅を訪問してAの様子を見る ようにしていた。 2.令和2年4月10日,Aの友人であるCがAの自宅を訪れると,Aは廊下で倒れており,呼び 掛けても返事がなかった。Aは,Cが呼んだ救急車で病院に運ばれ,一命を取り留めたものの, 意識不明の状態のまま入院することになった。 3.令和2年4月20日,BはCの自宅を訪れ,Aの命を助けてくれたことの礼を述べた。Cは, Bから,Aの意識がまだ戻らないこと,Aの治療のために多額の入院費用が掛かりそうだが, 突然のことで資金の調達のあてがなく困っていることなどを聞き,無利息で100万円ほど融 通してもよいと申し出た。 そこで,BとCは,同日,返還の時期を定めずに,CがAに100万円を貸すことに合意し, CはBに100万円を交付した(以下では,この消費貸借契約を「本件消費貸借契約」という。)。 本件消費貸借契約締結の際,BはAの代理人であることを示した。Bは,受領した100万円を Aの入院費用の支払に充てた。 4.令和2年4月21日,Bは,家庭裁判所に対し,Aについて後見開始の審判の申立てをした。 令和2年7月10日,家庭裁判所は,Aについて後見開始の審判をし,Bが後見人に就任した。 そこで,CがBに対して【事実】3の貸金を返還するよう求めたところ,BはAから本件消費貸 借契約締結の代理権を授与されていなかったことを理由として,これを拒絶した。 〔設問1〕 Cは,本件消費貸借契約に基づき,Aに対して,貸金の返還を請求することができるか。 5.その後,Aの事理弁識能力は著しい改善を見せ,令和3年7月20日,【事実】4の後見開始 の審判は取り消された。しかし,長期の入院生活によって運動能力が低下したAは,介護付有 料老人ホーム甲に入居することにし,甲を運営する事業者と入居に関する契約を締結し,これ に基づき,入居一時金を支払った。また,甲の入居費用は月額25万円であり,毎月末に翌月 分を支払うとの合意がされた。同日,Aは,甲に入居した。 6.Aは,本件不動産以外にめぼしい財産がなく,甲の入居費用を支払えなくなったことから,令 和4年5月1日,知人のDから,弁済期を令和5年4月末日とし,無利息で500万円を借り 入れた。 7.令和5年6月10日,Aは,親族であるEから,本件不動産の売却を持ち掛けられた。Eは, 実際には本件不動産が3000万円相当の価値を有していることを知っていたが,Aをだまし て本件不動産を不当に安く買い受けようと考え,様々な虚偽の事実を並べ立てて,本件不動産 の価値は300万円を超えないと言葉巧みに申し向けた。Aは,既に生活の本拠を甲に移して おり,将来にわたって本件不動産を使用する見込みもなかったことから,売買代金を債務の弁 済等に充てようと考え,その価値は300万円を超えないものであると信じて,代金300万 円で本件不動産を売却することにした。そこで,同月20日,Aは,Eとの間で,本件不動産 を代金300万円で売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,同日,本件 自宅についてAからEへの売買を原因とする所有権移転登記(以下「本件登記」という。)がさ れた。 8.令和5年7月10日,本件売買契約の事実を知ったDは,Aに対して,本件不動産の価値は 3000万円相当であり,Eにだまされているとして,本件売買契約を取り消すように申し向 けたが,Aは,「だまされているのだとしても,親族間で紛争を起こしたくない」として取り合 おうとしない。なお,本件売買契約に基づく代金支払債務の履行期は未だ到来しておらず,E は,本件売買契約の代金300万円を支払っていない。 〔設問2〕 Dは,本件不動産について強制執行をするための前提として,Eに対し,本件登記の抹消登記 手続を請求することを考えている。考えられる複数の法律構成を示した上で,Dの請求が認められ るかどうかを検討しなさい。 (出題の趣旨) 設問1は,高齢者が事理弁識能力を失った後に,その親族が本人の代理人として 契約を締結し,その後に本人の後見人に就職したという事例を題材に,無権代理人 の後見人就職という論点について問う問題である。無権代理人が後見人に就任した 場合には,無権代理人の本人の地位を相続した場合と同様に,追認拒絶の可否が問 題となり得るが,解答に当たっては,問題の所在を的確に指摘した上で,相続事例 との異同等を踏まえながら,事案に即した論述をすることが求められる。 設問2は,債務者の唯一のめぼしい責任財産である不動産について詐欺による売 買契約が行われた事例を題材として,詐害行為取消権と債権者代位権に関する民法 の規律の基本的知識を問うとともに,取消権の代位行使の可否について論理的な法 的思考ができるのかを問うものである。解答に当たっては,詐害行為取消権と債権 者代位権の要件該当性等について事案に即した検討をするとともに,特に債権者代 位権の行使については,表意者保護のために認められている詐欺取消権等が代位行 使の対象となるか否かについて論理的に分析をすることが求められる。 [商 法] 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は,飲食店の経営,飲食店の経営を行う会社の株式を保有 することにより当該会社の事業活動を支配・管理すること等を目的とする会社であり,種類株式発 行会社ではない。甲社の発行済株式の総数は1000株であり,そのうち,創業者であるAが40 0株を,Aの息子であるBが300株を,Aの娘であるCが300株を,それぞれ保有していた。 甲社の取締役はAのみであり,監査役は置いていない。 2.甲社は,Aが店長兼料理長となっている日本料理店を営むとともに,いずれも飲食店の経営等を 目的とする乙株式会社(以下「乙社」という。)と丙株式会社(以下「丙社」という。)の発行済株 式の全てを保有していた。乙社の取締役はBのみであり,乙社はBが店長兼料理長となっているフ ランス料理レストラン(以下「レストラン乙」という。)を営んでいる。丙社の取締役はCのみで あり,丙社はCが店長兼料理長となっているイタリア料理レストラン(以下「レストラン丙」とい う。)を営んでいる。甲社における乙社及び丙社の株式の帳簿価額は,それぞれ3000万円であ った。 ここ数年,甲社の貸借対照表上の総資産額は1億円前後で推移しており,令和2年6月10日 に確定した令和元年4月1日から令和2年3月31日までの事業年度に係る貸借対照表上の総資産 額も1億円であった。甲社は,令和2年4月1日以降,下記6の合意までの間に,資本金,準備金 及び剰余金の額に影響を与える行為や自己株式の取得を行っておらず,他社との間で吸収合併や吸 収分割,事業の譲受けも行っていない。また,甲社は,これまでに新株予約権を発行したこともな い。 3.Bは,個人として,200本以上に及ぶワインのコレクションを有していたが,収納スペースの 問題もあり,コレクションの入替えを円滑に行うために,その半数程度を処分することを検討して いた。ちょうどその頃,レストラン乙の改装が行われており,ワインセラーのスペースにも余裕が できることとなるため,Bは,自己のワインコレクションから100本を選んで乙社に買い取らせ ることとした。 そのためにBが選んだワイン100本(以下「本件ワイン」という。)の市場価格は総額150 万円であり,レストラン乙での提供価格は総額300万円程度となることが見込まれた。 4.Bは,乙社による本件ワインの買取りにつき,父であり,甲社の代表者でもあるAには話をして おいた方がいいだろうと考え,令和2年6月23日,Aの自宅を訪れた。Bは,Aに対し,本件ワ インのリストと市場価格を示しつつ,本件ワインをレストラン乙で提供するならば総額で300万 円程度になる旨を述べた。これに対して,Aは,「それならば300万円で,乙社が買い取ること にすればいいよ。」と述べた。 令和2年6月25日,乙社は,Bから本件ワインを300万円で買い取った(以下「本件買取り」 という。)。 5.令和2年7月1日,Aと共に改装後のレストラン乙を訪れたCは,そのワインセラーをのぞいた ことをきっかけとして,本件買取りが行われたことを初めて知った。本件ワインの買取価格を聞い たCは, 「さすがに高過ぎるんじゃないか。」と不満を述べたが,Aは, 「改装祝いを兼ねているし。」 と述べ,Bも,「おやじが決めたんだから,お前は黙っていろよ。」と言って取り合わなかった。そ れまでもAがBばかりを支援することに不満を募らせていたCは,大いに憤った。 〔設問1〕 Cは,甲社の株主として,本件買取りに関するBの乙社に対する損害賠償責任とAの甲社に対 する損害賠償責任を追及したいと考えている。B及びAの会社法上の損害賠償責任の有無とそれぞ れの責任をCが追及する方法について,論じなさい。 6.本件買取りをきっかけとして,A及びBとたもとを分かつ決心をしたCは,甲社から独立してレ ストラン丙を経営したいと考え,Aと交渉を行った。その結果,令和2年8月12日,Cが保有す る甲社株式を甲社に譲渡するのと引換えに,甲社が保有する丙社株式をCに譲渡する旨の合意(以 下「本件合意」という。)が成立した。 〔設問2〕 本件合意の内容を実現させるために甲社及び丙社において会社法上必要となる手続について, 説明しなさい。なお,令和2年8月12日現在の甲社の分配可能額は5000万円であり,その後, 分配可能額に変動をもたらす事象は生じていない。 (出題の趣旨) 設問1では,本件買取りに関するBの乙社に対する責任及びAの甲社に対する責 任の有無と,それをCが甲社の株主として追及する方法を検討することが求められ ている。Bの乙社に対する責任については,本件買取りは乙社における利益相反取 引(自己のためにする直接取引。会社法第356条第1項第2号)に当たるが,乙 社の唯一の株主である甲社の代表取締役Aによる承認を得ていることを,Bの乙社 に対する責任の有無との関係でどう評価するかがポイントとなる。この場合,当該 Aの同意のみではBの乙社に対する責任(特定責任)を免除することはできないこ とについても理解しておく必要がある(会社法第847条の3第10項)。Aの甲 社に対する責任については,不適切な子会社管理であるとして任務懈怠に当たるか 否かや,甲社をして乙社における利益相反取引に当たる本件買取りについて同意・ 承認せしめたことが任務懈怠に当たるか否かなどを検討した上で,甲社に生じた損 害をどのように考えるべきかが問題となる。また,以上の責任をCが甲社の株主と して追及するには,乙社との関係ではいわゆる多重代表訴訟(会社法第847条の 3)を,甲社との関係では株主代表訴訟(会社法第847条)を提起することにな るが,特に前者についてその可否を検討することが求められる。 設問2では,本件合意の内容を実現させる手続として,甲社における自己株式の 取得の手続(会社法第156条等)及び子会社株式の譲渡の手続(会社法第467 条第1項第2号の2)並びに丙社における譲渡制限株式の譲渡承認手続(会社法第 139条)について説明することが求められる。 [民事訴訟法](〔設問1〕と〔設問2〕の配点の割合は,7:3) 次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 【事例】 X運転の普通乗用自動車が,Y運転の普通自動二輪車に追突する事故が発生した(以下「本件事 故」という。)。 Xは,Yに生じた損害として,Y所有の自動二輪車の損傷について損害賠償債務が発生したこと を認め,このYの物損については,XY間の合意に基づき,Xの加入する保険会社から損害額の全 額が支払われた。しかし,本件事故によるYの人的損害の発生については,XY間の主張が食い違 い,交渉が平行線となった。 そこで,Xは,Yに対し,本件事故に基づくYの人的損害については生じていないとして,X のYに対する本件事故による損害賠償債務が存在しないことの確認を求める訴えを提起した(以 下「本訴」という。)。 Yは,この本訴請求に対し,本件事故によりYに頭痛の症状が生じ,現在も治療中であると主 張して争うとともに,本件事故による治療費用としてYが多額の支出をしているので,その支出 と通院に伴う慰謝料の一部のみをまずは請求すると主張し,Xに対し,本件事故による損害賠償 請求の一部請求として,500万円及びこれに対する本件事故日以降の遅延損害金の支払を求め る反訴を提起した。 なお,以下の各設問では,遅延損害金については検討の対象外とし,論じる必要はない。 〔設問1〕 受訴裁判所は,審理の結果,Yを治療した医師の証言等の結果から,以下のような心証を形成 した。 Yには本件事故後に頭痛の症状が認められたが,既に必要な治療は終了している。そして,そ の頭痛の症状及び程度からすれば,本件事故前からのYの持病である慢性頭痛と考えるのが相当で あるから,本件事故による損害とは認められない。その他,本件事故によるYの人的損害の発生を 認めるに足りる証拠はない。そして,Yは,本件事故による物損について損害額の全額の支払を受 けているから,Yの損害はすべて填補されたというべきである。 この場合に,受訴裁判所は,本訴についてどのような判決を下すべきか,判例の立場に言及し つつ,答えなさい。また,本訴についての判決の既判力は,当該判決のどのような判断について生 じるか,答えなさい。 〔設問2〕 裁判所は, 〔設問1〕のとおり本訴について判決するとともに,反訴(一部請求)について請求棄却 の判決をして,同判決が確定した(以下「前訴判決」という。 )。 しかし,前訴判決後,Yは,当初訴えていた頭痛だけでなく,手足に強いしびれが生じるようにな り,介護が必要な状態となった。 そこで,Yは,前訴判決後に生じた各症状は本件事故に基づくものであり,後遺症も発生したと主 張して,前訴判決後に生じた治療費用,後遺症による逸失利益等の財産的損害とともに本件事故の後 遺症による精神的損害を理由に,Xに対し,本件事故による損害賠償請求の残部請求として,300 0万円及びこれに対する本件事故日以降の遅延損害金の支払を求める新たな訴えを提起した(以下「後 訴」という。 )。 前訴判決を前提とした上で,後訴においてYの残部請求が認められるためにどのような根拠付けが 可能かについて,判例の立場に言及しつつ,前訴におけるX及びYの各請求の内容に留意して,Y側 の立場から論じなさい。 (出題の趣旨) 設問1は,金額を明示しない債務不存在確認の訴え(本訴)が提起されて係属中 に,反訴として当該債務に係る給付の訴えが提起された場合における債務不存在確 認の訴えの訴訟物及び既判力に関する理解を問う問題である。具体的には,まず, 金額を明示しない債務不存在確認の訴えの適法性が問われ,さらに,債務不存在確 認の訴えにおいて給付訴訟の反訴がなされた場合の確認の利益に関する判例の立場 を念頭に置きつつ,反訴が明示的一部請求訴訟であることを踏まえた上で,本問の 事案における本訴の帰すうについて,その判決に生ずる既判力の点も含め,検討さ れているかを問うものである。 設問2は,設問1での既判力の生ずる範囲を前提として,被告の前訴の反訴請求 が一部請求であったことから,残部を後訴で請求した場合に後訴請求を基礎付ける 論拠が問題となる。前訴における本訴・反訴それぞれの判決について生じる既判力 を理解した上で,本問で問題となる交通事故事案の不法行為訴訟の特質を踏まえ, 残部請求や後遺症による損害の追加請求に関する判例の論理構成に言及しつつ,残 部請求の可否について説得的に論述し,本問の具体的事案に当てはめた検討をする ことができるかが問われている。 [刑 法] 以下の事例に基づき,甲の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。 1 甲(28歳,男性,身長165センチメートル,体重60キログラム)は,2年前に養子縁組 によって氏を変更し,当該変更後の氏名(以下「変更後の氏名」という。)を用いて暴力団X組 組員として活動を始めた。甲は,自営していた人材派遣業や日常生活においては,専ら当該変更 前の氏名(以下「変更前の氏名」という。)を用いていた。 2 甲は,X組と抗争中の暴力団Y組の組長乙を襲撃する計画を立てていたところ,乙が,交際中 のA宅に足繁く通っているとの情報を入手した。甲は,A宅を監視する目的で,A宅の向かい にあるB所有のマンション居室(以下「本件居室」という。)を借りるため,某月1日,Bに会 い,「部屋を借りたい。」と申し込んだ。Bは,暴力団員やその関係者とは本件居室の賃貸借契 約を締結する意思はなく,準備していた賃貸借契約書にも「賃借人は暴力団員又はその関係者 ではなく,本物件を暴力団と関係する活動に使いません。賃借人が以上に反した場合,何らの 催告も要せずして本契約を解除することに同意します。」との条項(以下「本件条項」という。) を設けていた。Bは,甲に対し,本件条項の内容を説明した上,身分や資力を証明する書類の 提示のほか,家賃の引落しで使用する口座の指定を求めた。 甲は,自己がX組組員であり,A宅を監視する目的で本件居室を使用する予定である旨告げ れば,前記契約の締結ができないと考え,Bに対し,X組組員であることは告げず,その目的 を秘しつつ本件居室を人材派遣業の事務所として使用する予定である旨告げた。甲は,Bに変 更後の氏名を名乗れば,暴力団員であることが発覚する可能性があると考え,Bに対し,変更 前の氏名を名乗った上,養子縁組前に取得し,氏名欄に変更前の氏名が記載された正規の有効 な自動車運転免許証を示した。また,甲は,養子縁組前に開設し,口座名義を変更していない 預金口座の通帳に十分な残高が記帳されていたため,Bに対し,同通帳を示し,同口座を家賃 の引落しで使用する口座として指定した。甲は,同日,前記契約書の賃借人欄に現住所及び変 更前の氏名を記入した上,その認印を押し,同契約書をBに渡した。Bは,甲が暴力団員やそ の関係者でなく,本件居室を暴力団と関係する活動に使うつもりもない旨誤信し,甲との間で 上記契約を締結した。この際,甲には家賃等必要な費用を支払う意思も資力もあった。 なお,前記マンションが所在する某県では,暴力団排除の観点から,不動産賃貸借契約には本 件条項を設けることが推奨されていた。また,実際にも,同県の不動産賃貸借契約においては, 暴力団員又はその関係者が不動産を賃借して居住することによりその資産価値が低下するのを避 けたいとの賃貸人側の意向も踏まえ,本件条項が設けられるのが一般的であった。 3 乙の警護役であるY組組員の丙(20歳,男性,身長180センチメートル,体重85キログ ラム)は,同月9日午前1時頃,A宅前路上に停めた自動車に乗り,A宅にいた乙を待ってい たところ,前記マンション敷地から同路上に出てきた甲を見掛けた。その際,丙は,甲のこと を,風貌が甲と酷似する後輩の丁と勘違いし,甲に対し, 「おい,こんな時間にどこに行くんだ。」 と声を掛けた。これに対し,甲は,無言で上記路上から立ち去ろうとした。これを見た丙は, 丁に無視されたと思い込み,同車から降りて甲を追い掛け,「無視すんなよ。こら。」と威圧的 に言い,上記路上から約30メートル先の路上において,甲の前に立ち塞がった。丙は,その 時,甲が丁でないことに気付くとともに,暴力団員風で見慣れない人物であったことから,そ の行動を不審に思い,乙に電話で報告しようと考え,着衣のポケットからスマートフォンを取 り出した。他方,甲は,丙が取り出したものがスタンガン(高電圧によって相手にショックを 与える護身具)であると勘違いし,それまでの丙の態度から,直ちにスタンガンで攻撃され, 火傷を負わされたり,意識を失わされたりするのではないかと思い込み,同日午前1時3分頃, 自己の身を守るため,丙に対し,とっさに拳でその顔面を1回殴ったところ,丙は,転倒して 路面に頭部を強く打ち付け,急性硬膜下血腫の傷害を負い,そのまま意識を失った。なお,甲 は,丙の態度を注視していれば,丙が取り出したものがスマートフォンであり,丙が直ちに自 己に暴行を加える意思がないことを容易に認識することができた。 甲は,同日午前1時4分頃,丙が身動きせず,意識を失っていることを認識したが,丙に対 する怒りから,丙に対し,足でその腹部を3回蹴り,丙に加療約1週間を要する腹部打撲の傷 害を負わせた。 丙は,同日午前9時頃,搬送先の病院において,前記急性硬膜下血腫により死亡したが,甲の 足蹴り行為により死期が早まることはなかった。 (出題の趣旨) 本問は,甲が,本件居室の賃貸借契約締結に際し,その契約書の賃借人欄に変 更後の氏名ではなく変更前の氏名を記入するなどした上,同契約書をBに渡したこ と,その際,Bに対し,自己が暴力団員であることを告げず,本件居室の使用目 的がA宅の監視目的であることを秘しつつ,Bとの間で同契約を締結し,本件居室 の賃借権を取得したこと,丙の顔面を拳で殴って丙を転倒させ,丙に急性硬膜下 血腫の傷害を負わせ,さらに,丙の腹部を足で蹴って丙に腹部打撲の傷害を負わせ, 丙を同急性硬膜下血腫の傷害により死亡させたことを内容とする事例について,甲 の罪責に関する論述を求めるものである。 については,有印私文書偽造罪・同行使罪の成否が問題になるところ,前者に ついては,客観的構成要件要素である「偽造」の意義を示した上で,変更前の氏名 は,甲が自営していた人材派遣業や日常生活で専ら使用していたものであることを 踏まえつつ,前記契約書の性質に照らし,名義人と作成者との人格の同一性に齟齬 が生じたといえるのか否かを検討する必要がある。 については,2項詐欺罪の成否が問題になるところ,主に論ずべき点として, 客観的構成要件要素である「人を欺く行為」(欺罔行為)の意義を示した上で,甲 には家賃等必要な費用を支払う意思も資力もあったことを踏まえつつ,甲の属性(暴 力団員であるか否か)や,本件居室の使用目的(暴力団と関係する活動か否か)が, 前記契約締結の判断の基礎となる重要な事項といえるか否かを検討する必要がある。 については,甲は,丙が取り出したスマートフォンをスタンガンと勘違いして, これで攻撃されると思い込みながら,自己の身を守るため,第1暴行(丙の顔面を 殴る行為)を行っていることから,誤想防衛又は誤想過剰防衛の処理が問題になる ところ,甲は,丙が意識を失っていることを認識したのに,丙に対する怒りから, 第2暴行(丙の腹部を蹴る行為)を行い,丙に腹部打撲の傷害を負わせているため, 第1暴行と第2暴行の関係を踏まえつつ,その擬律を判断する必要がある。 いずれについても,各構成要件等の正確な知識,基本的理解や,本事例にある事 実を丁寧に拾って的確に分析した上,当てはめを具体的に行う能力が求められる。 [刑事訴訟法] 次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。 【事例】 甲は,@「被告人は,令和元年6月1日,H県I市内の自宅において,交際相手の乙に対し, その顔面を平手で数回殴るなどの暴行を加え,よって,同人に加療約5日間を要する顔面挫傷等 の傷害を負わせたものである。」との傷害罪の公訴事実により,同月20日,H地方裁判所に起訴 された。 同事件について,同年8月1日,甲に対し,同公訴事実の傷害罪により有罪判決が宣告され, 同月16日,同判決が確定した。 ところが,前記判決が確定した後,甲が同年5月15日に路上で見ず知らずの通行人丙に傷害 を負わせる事件を起こしていたことが判明し,同事件について,甲は,A「被告人は,令和元年 5月15日,J県L市内の路上において,丙に対し,その顔面,頭部を拳骨で多数回殴るなどの 暴行を加え,よって,同人に加療約6か月間を要する脳挫傷等の傷害を負わせたものである。」と の傷害罪の公訴事実により,同年12月20日,J地方裁判所に起訴された。 公判において,甲の弁護人は,「Aの起訴の事件は,既に有罪判決が確定した@の起訴の事件と 共に常習傷害罪の包括一罪を構成する。よって,免訴の判決を求める。」旨の主張をした。 〔設問〕 前記の弁護人の主張について,裁判所は,どのように判断すべきか。 仮に,@の起訴が,「被告人は,常習として,令和元年6月1日,H県I市内の自宅において, 交際相手の乙に対し,その顔面を平手で数回殴るなどの暴行を加え,よって,同人に加療約5日間 を要する顔面挫傷等の傷害を負わせたものである。」との常習傷害罪の公訴事実で行われ,同公訴 事実の常習傷害罪により有罪判決が確定していた場合であればどうか。 (参照条文) 暴力行為等処罰ニ関スル法律 第1条ノ3第1項 常習トシテ刑法第204条,第208条,第222条又ハ第261条ノ罪ヲ犯シ タル者人ヲ傷害シタルモノナルトキハ1年以上15年以下ノ懲役ニ処シ其ノ他ノ場合ニ在リテハ3 月以上5年以下ノ懲役ニ処ス (出題の趣旨) 本問は,常習傷害罪として包括一罪を構成する可能性がある複数の行為の一部に つき,確定判決を経た事件(以下「前訴」という。)と,前訴の確定判決前に犯さ れたが同判決後に発覚して起訴された行為に関する事件(以下「後訴」という。) の両者,あるいは一方が,単純一罪として訴因構成された事例において,前訴の確 定判決の一事不再理効が及ぶ範囲の検討を通じ,刑事訴訟法の基本的な学識の有無 及び具体的事案における応用力を試すものである。 憲法第39条は,「何人も,……既に無罪とされた行為については,刑事上の責 任を問はれない。又,同一の犯罪について,重ねて刑事上の責任を問はれない。」 とし,これを受けた刑事訴訟法第337条第1号は,「確定判決を経たとき」には, 「判決で免訴の言渡をしなければならない」と定めているところ,本問では,後訴 について,既に確定判決を経たものとみて免訴判決をすべきか,すなわち,確定判 決の一事不再理効の客観的範囲をどのように考えるべきかが問題となる。この点に ついては,「公訴事実の同一性」(刑事訴訟法第312条第1項)の有無を基準とす る見解や同時訴追の可能性の有無を基準とする見解など様々な立場があり得るが, いかなる見解を採るにせよ,一事不再理効の根拠・趣旨に言及した上で,その客観 的範囲に関する判断基準を明らかにする必要がある。 また,前者の見解を採った場合に本問で問題となるのは,公訴事実の狭義の同一 性ではなく,公訴事実の単一性の有無であるから,その旨を明らかにした上で,裁 判所は,前訴・後訴の両訴因に記載された事実のみを基礎として単一性を判断すべ きなのか,それとも,いずれの訴因の記載内容にもなっていない要素について証拠 により心証形成した上で単一性を判断すべきなのかなど,公訴事実の単一性の判断 方法について,その根拠とともに論じることが求められる。 本問の検討に当たっては,実体的には常習特殊窃盗罪を構成するとみられる窃盗 行為が単純窃盗罪として起訴され,確定判決があった後,確定判決前に犯された余 罪の窃盗行為が単純窃盗罪として起訴された事案に関する最高裁判所の判例(最判 平成15年10月7日刑集57巻9号1002頁)があることから,この判例につ いての理解も示しつつ,自説の立場から本問の【事例】及び〔設問〕の仮設事例へ の当てはめを行い,それぞれ免訴判決をすべきか否かの結論を述べる必要がある。 上記判例は,公訴事実の単一性の有無について,基本的には,前訴・後訴の各訴因 の記載のみを基礎としてその比較対照により判断するのが相当であるとしつつも, 訴因自体において一方の罪が他方の罪と実体的に一罪を構成するかどうかにつき検 討すべき契機が存在する場合には,実体に立ち入って付随的に心証形成をし,両訴 因間における公訴事実の単一性の有無を判断すべきであるとしている。この基準に よる場合には,本問の前訴・後訴の各訴因において,常習性の発露という要素を考 慮すべき契機が存在するかどうかに焦点を当てて,結論を導くこととなろう。 [民 事] 司法試験予備試験用法文を適宜参照して,以下の各設問に答えなさい。ただし,登記上の利害関 係を有する第三者に対する承諾請求権(不動産登記法第68条参照)を検討する必要はない。 なお,解答に当たっては,文中において特定されている日時にかかわらず,試験時に施行されて いる法令に基づいて答えなさい。 〔設問1〕 弁護士Pは,Xから次のような相談を受けた。 【Xの相談内容】 「私(X)はZ県の出身ですが,大学卒業後は仕事の都合でZ県を離れていました。近年, 定年退職の時期が迫り,老後は故郷に戻りたいと考え,自宅を建築するためにZ県内で手頃な 土地を探していたところ,甲土地の所有者であるAが甲土地を売りに出していることを知り, 立地も良かったことから,甲土地を買うことにしました。 私は,令和2年5月1日,Aから,売買代金500万円,売買代金の支払時期及び所有権移転 登記の時期をいずれも同月20日とし,代金の完済時に所有権が移転するとの約定で甲土地を買 い受け,同月20日に売買代金を支払いました。なお,所有権移転登記については,甲土地の付 近に居住し,料亭を営む私の兄のBを名義人とした方が都合がよいと考え,AやBと相談の上, B名義で所有権移転登記を経由することにしました。 ところが,甲土地の購入後,私は,引き続き勤務先で再雇用されることになり,甲土地上に自 宅を建築するのを見合わせることにしました。すると,令和7年7月上旬頃,甲土地の隣地に住 むCから,甲土地を使わないのであれば1000万円で買い受けたいとの申出があり,諸経費の 負担を考慮しても相当のもうけがでることから,甲土地をCに売ることにしました。 私は,早速,Cに甲土地を売却する準備にとりかかり,甲土地の登記事項証明書を取り寄せま した。すると,原因を令和2年8月1日金銭消費貸借同日設定,債権額を600万円,債務者を B,抵当権者をYとする別紙登記目録(略)記載の抵当権設定登記(以下「本件抵当権設定登記」 という。)がされていることが判明しました。 私は,慌ててBに確認したところ,Bは,経営する料亭の資金繰りが悪化したことから,令和 2年8月1日,友人のYから,返済期限を同年12月1日,無利息で,600万円の融資を受け るとともに,甲土地に抵当権を設定したが,返済が滞っているとのことでした。 以上のとおり,甲土地の所有者は私であり,本件抵当権設定登記は所有者である私に無断でさ れた無効なものですので,Yに対し,本件抵当権設定登記の抹消登記手続を求めたいと考えてい ます。なお,Bは,甲土地の所有権名義を私に戻すことを確約していますし,兄弟間で訴訟まで はしたくありませんので,今回は,Yだけを被告としてください。」 弁護士Pは,令和8年1月15日,【Xの相談内容】を前提に,Xの訴訟代理人として,Yに対 し,本件抵当権設定登記の抹消登記を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起することに した。 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。 (1) 弁護士Pが,本件訴訟において,Xの希望を実現するために選択すると考えられる訴訟物を記 載しなさい。 (2) 弁護士Pが,本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。)において記載すべき請求の趣旨(民 事訴訟法第133条第2項第2号)を記載しなさい。なお,付随的申立てについては,考慮す る必要はない。 (3) 弁護士Pは,本件訴状において,仮執行宣言の申立て(民事訴訟法第259条第1項)をしな かった。その理由を,民事執行法の関係する条文に言及しつつ,簡潔に説明しなさい。 (4) 弁護士Pは,本件訴状において,請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)とし て,以下の各事実を主張した。 (あ) Aは,令和2年5月1日当時,甲土地を所有していた。 (い) Aは,〔@〕。 (う) 甲土地について,〔A〕。 上記@及びAに入る具体的事実を,それぞれ記載しなさい。 〔設問2〕 弁護士Qは,本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。 【Yの相談内容】 「(a) 私(Y)は,Bの友人です。私は,令和2年7月下旬頃,Bから,Bが経営する料亭 の資金繰りに困っているとして,600万円を貸してほしいと頼まれました。私は,他 ならぬBの頼みではありましたが,金額も金額なので,誰かに保証人になってもらうか, 担保を入れてほしいと告げました。すると,Bは,令和2年5月1日に所有者であるA から売買代金500万円で甲土地を買っており,甲土地を担保に入れても構わないと述 べたため,私は,貸付けに応じることにしました。私は,令和2年8月1日,Bに対し, 返済期限を同年12月1日,無利息で600万円を貸し付け,同年8月1日,Bとの間 で,この貸金債権を被担保債権として,甲土地に抵当権を設定するとの合意をしました。 ところが,Bは,令和4年12月1日に100万円を返済し,令和7年12月25日に 200万円を返済したのみで,それ以外の返済をしません。 Xは,Xが令和2年5月1日にAから甲土地を買ったと主張していますが,同日にA から甲土地を買ったのはXではなくBであり,私は,所有者であるBとの間で甲土地に 抵当権を設定するとの合意をし,その合意に基づき本件抵当権設定登記を経由したので すから,正当な抵当権者であり,本件抵当権設定登記を抹消する必要はありません。 (b) 仮にXが主張するとおり,BではなくXが甲土地の買主であったとしても,Bは,令 和2年8月1日の貸付けの際,甲土地の登記事項証明書を持参しており,私が確認する と,確かにBが甲土地の所有名義人となっていましたので,私は,Bが甲土地の所有者 であると信じ,上記(a)で述べたとおり,Bに対して600万円を貸し付け,抵当権の 設定を受けたのです。仮にXが甲土地の買主であったとしても,Xの意思でB名義の所 有権移転登記がされたことは明らかですので,今回の責任はXにあることになります。 私は,本件抵当権設定登記の抹消に応じる必要はないと思います。」 弁護士Qは,【Yの相談内容】を前提に,Yの訴訟代理人として,本件訴訟の答弁書(以下「本 件答弁書」という。)を作成した。 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。 (1) @弁護士Qは, 【Yの相談内容】(a)の言い分を本件訴訟における抗弁として主張すべきか否か, その結論を記載しなさい。A抗弁として主張する場合には,どのような抗弁を主張するか,そ の結論を記載し(当該抗弁を構成する具体的事実を記載する必要はない。),抗弁として主張し ない場合は,その理由を説明しなさい。 (2) 弁護士Qは,【Yの相談内容】(b)を踏まえて,本件答弁書において,抗弁として,以下の各事 実を主張した。 (ア) Yは,Bに対し,令和2年8月1日,弁済期を同年12月1日として,600万円を貸し付 けた。 (イ) BとYは,令和2年8月1日,Bの(ア)の債務を担保するため,甲土地に抵当権を設定す るとの合意をした(以下「本件抵当権設定契約」という。)。 (ウ) 本件抵当権設定契約当時,〔@〕。 (エ) (ウ)は,Xの意思に基づくものであった。 (オ) Yは,本件抵当権設定契約当時,〔A〕。 (カ) 本件抵当権設定登記は,本件抵当権設定契約に基づく。 (@) 上記@及びAに入る具体的事実を,それぞれ記載しなさい。 (A) 弁護士Qが,本件答弁書において,【Yの相談内容】(b)に関する抗弁を主張するために,上 記(ア)の事実を主張した理由を簡潔に説明しなさい。 〔設問3〕 弁護士Pは,準備書面において,本件答弁書で主張された【Yの相談内容】(b)に関する抗弁に 対し,民法第166条第1項第1号による消滅時効の再抗弁を主張した。 弁護士Qは,【Yの相談内容】を前提として,二つの再々抗弁を検討したところ,そのうちの一 方については主張自体失当であると考え,もう一方のみを準備書面において主張することとした。 以上を前提に,以下の各問いに答えなさい。 (1) 弁護士Qとして主張することとした再々抗弁の内容を簡潔に説明しなさい。 (2) 弁護士Qが再々抗弁として主張自体失当であると考えた主張について,主張自体失当と考えた 理由を説明しなさい。 〔設問4〕 Yに対する訴訟は,審理の結果,Xが敗訴した。すると,Bは,自分が甲土地の買主であると主 張して,Xへの所有権移転登記手続を拒むようになった。そこで,弁護士Pは,Xの訴訟代理人と して,Bに対して,所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記請求権を訴訟物として, 真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記を求める訴訟(以下「本件第2訴訟」という。) を提起した。 第1回口頭弁論期日で,Bは,Aが令和2年5月1日当時甲土地を所有していたことは認めたが, AがXに対して甲土地を売ったことは否認し,自分がAから甲土地を買ったと主張した。 その後,第1回弁論準備手続期日で,弁護士Pは,書証として令和2年5月20日にAの銀行預 金口座に宛てて500万円が送金された旨が記載されたX名義の銀行預金口座の通帳(本件預金通 帳)及び甲土地の令和3年分から令和7年分までのBを名宛人とする固定資産税の領収書(本件領 収書)を提出し,いずれも取り調べられ,Bはいずれも成立の真正を認めた。 その後,2回の弁論準備手続期日を経た後,第2回口頭弁論期日において,本人尋問が実施され, Xは次の【Xの供述内容】のとおり,Bは次の【Bの供述内容】のとおり,それぞれ供述した。 【Xの供述内容】 「私はZ県の出身ですが,大学卒業後は仕事の都合でZ県を離れていました。近年,定年退職の時 期が迫り,老後は故郷に戻りたいと考え,自宅を建築するためにZ県内で手頃な土地を探していたと ころ,甲土地の所有者であるAが甲土地を売りに出していることを知り,立地も良かったことから, 甲土地を買うことにし,Aとの間で,売買代金額の交渉を始めました。最初は,私が400万円を主 張し,Aが600万円を主張していましたが,お互い歩み寄り,代金を500万円とすることで折り 合いがつきました。 私は,令和2年5月1日,兄のBと共にA宅を訪れ,Aと私は,口頭で,私がAから売買代金50 0万円で甲土地を買い受けることに合意しました。所有権移転登記については,甲土地の付近に居住 し,料亭を営み地元でも顔が広いBを所有名義人とした方が,建物建築のための地元の金融機関から の融資が円滑に進むだろうと考え,AやBの了解を得て,B名義で所有権移転登記を経由することに しました。私は,同月20日,私の銀行口座からAの銀行口座に500万円を送金して,売買代金を Aに支払いました。ところが,甲土地の購入後,私は,引き続き勤務先で再雇用されることになった ため,甲土地上に自宅を建築するのを見合わせることにし,甲土地は更地のままになり,金融機関か ら融資を受けることもありませんでした。 甲土地は,私の所有ですので,令和3年分から令和7年分までその固定資産税は私が負担していま す。甲土地は,登記上は,Bが所有者であり,Bに固定資産税の納付書が届くので,私は,Bから納 付書をもらって固定資産税を納付していました。 」 【Bの供述内容】 「私は,Z県内の自己所有の建物で妻子と共に生活をしています。甲土地は,当初は,定年退職の 時期が迫り,老後は故郷に戻りたいと考えたXが,自宅を建てるために購入しようと,Aとの間で代 金額の交渉をしていました。しかし,Xは,令和2年の正月,やはり老後も都会で生活したいと考え るようになったので,甲土地の購入はやめようと思う,ただ甲土地は良い物件であるし,Aも甲土地 を売りたがっていると述べて,私に甲土地を購入しないかと打診してきました。 私は,早速甲土地を見に行ったところ,立地もよく,XとAとの間でまとまっていた500万円と いう代金額も安く感じられたことから,私がAから甲土地を買うことにしました。 もっとも,令和元年末に私の料亭が食中毒を出してしまい,客足が遠のいており,私自身が甲土地 の売買代金をすぐに工面することはできなかったことから,差し当たり,Xに立て替えてもらうこと になりました。もちろん,私は,資金繰りがつき次第Xに同額を返還するつもりでしたが,なかなか 料亭の売上げが回復せず,Xに立替金を返還することができないまま,今日に至ってしまいました。 このことは大変申し訳ないと思っています。 所有権移転登記の名義が私であることからも,私が甲土地の所有者であることは明らかです。なお, 甲土地の固定資産税は,私が支払っていると思いますが,税金関係は妻に任せており,詳しくは分か りません。 」 以上を前提に,以下の問いに答えなさい。 弁護士Pは,本件第2訴訟の第3回口頭弁論期日までに,準備書面を提出することを予定している。 その準備書面において,弁護士Pは,前記の提出された各書証並びに前記【Xの供述内容】及び【Bの 供述内容】と同内容のX及びBの本人尋問における供述に基づいて,XがAから甲土地を買った事実が 認められることにつき,主張を展開したいと考えている。弁護士Pにおいて,上記準備書面に記載すべ き内容を,提出された各書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて,答案用紙1頁程 度の分量で記載しなさい。 (出題の趣旨) 設問1は,所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求 権が問題となる訴訟において,原告の希望に応じた訴訟物,請求の趣旨,仮執行宣 言の申立ての当否及び請求を理由づける事実について説明を求めるものである。物 権的登記請求権の法律要件や意思表示を命ずる判決の効力について正確な理解が問 われている。 設問2は,被告の二つの主張に関し,各主張の位置付け及び抗弁となる場合の抗 弁事実の内容を問うものである。否認と抗弁の違いについて正確な理解が求められ るとともに,実体法及び判例の理解を踏まえて抗弁事実の内容を正確に論ずること が求められる。 設問3は,被告代理人の訴訟活動上の選択に関し,時効の更新の要件効果や時効 援用権の喪失に関する判例の理解を踏まえながら,本件への当てはめを適切に検討 することが求められる。 設問4は,原告代理人の立場から,請求原因事実が認められることに関し準備書 面に記載すべき事項を問うものである。書証及び当事者尋問の結果を検討し,いか なる証拠によりいかなる事実を認定することができるかを示すとともに,各認定事 実に基づく推認の過程を,本件の具体的な事案に即して,説得的に論述することが 求められる。 [刑 事] 次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。 【事例】 1 H地方検察庁検察官Pは,I警察署司法警察員Kから,令和2年2月1日にJ県L市内の 民家で住人のV(77歳,男性)が殺害された殺人被疑事件について,A(45歳,男性) を逮捕することの是非について相談を受けた。その時点までに収集された主な証拠の概要は 以下のとおりである。 捜査の端緒に関する捜査報告書(証拠@) 「令和2年2月1日午後9時50分頃,Vと同居していた息子Bから,『Vが何者かに殺 されている。』旨の110番通報があり,同日午後9時58分頃,警察官がV方に臨場した ところ,Vが1階居間の床上に大量に血を流して仰向けに倒れていた。Vは,臨場した救 急隊員により直ちに病院へ搬送されたものの,医師によりVの死亡が確認された。」 実況見分調書(証拠A) 「警察官が臨場した際にVが倒れていた位置は,V方1階居間中央にある応接テーブル の西側約1メートルの位置であり,その周囲の床部分には,多量の血痕が付着していた。 V方からは,遺留指紋6点が採取されたが,凶器の発見には至らなかった。」 遺留指紋に関する捜査報告書(証拠B) 上記遺留指紋のうち5点は,Vの指紋と一致し,残りの1点は,上記応接テーブル上面 から採取されたもので,Aの指紋と一致した旨が記載されている。 司法解剖医の警察官面前の供述録取書(証拠C) 「Vの死因は,胸部刺創による心臓刺創に起因する失血死である。成傷器は,先端は鋭 利,かつ,刃の長さが15センチメートル以上の片刃の刃物と推定される。Vは,これに より1回刺突され,ほぼ即死したものと考えられる。」 Bの警察官面前の供述録取書(証拠D) 「令和2年2月1日午後2時頃,Vに見送られて外出した。同日午後9時45分頃,帰 宅して自宅に入ると,Vが大量に血を流して倒れており,全く反応がなかったので,何者 かに殺害されたのだと思い,110番通報した。 Aのことは知っている。Vは,V方の東隣の店舗でクリーニング店を営んでおり,Aは, 同店で15年間にわたり従業員として働いていた者である。同店の経営状況が悪くなった ことから,Vが令和元年12月末にAを解雇した。しかし,Aは,新しい就職先が見つか らず,令和2年1月20日頃から毎日のように同店を訪れては,再び雇ってほしいとVに 懇願しており,Vは,これを断り続けていた。同月27日夕方には,同店事務室でVとA が話をしていた際,Aが大声を上げながら両手でVを突き飛ばしたということがあった。 その時は,たまたま店番をしていた私がAを制止し,Aをなだめて帰ってもらった。 Aは,Vに用があるときはいつもクリーニング店を訪ねて来ており,私が知る限り,A がV方に上がったことはなかった。また,V方1階居間にあった応接テーブル上面は,事 件当日,私が外出する直前の午後1時45分頃に,私が全体にわたり拭き掃除をした。応 接テーブル上面にAの指紋が残されていたのであれば,その指紋が付いたのは,私が同日 午後2時頃に外出してから午後9時45分頃に帰宅するまでの間としか考えられない。」 V方西隣の住民W1の警察官面前の供述録取書(証拠E) 「令和2年2月1日午後6時頃,私が自宅にいたところ,V方から男性の大きな怒鳴り 声が聞こえたが,何と言って怒鳴っていたかまでは分からなかった。」 2 検察官Pは,司法警察員Kからの上記相談に対し,AがVを死亡させた犯人であること (Aの犯人性)について,証拠B等の有力な証拠があるものの,これらの証拠に基づき認め られる間接事実の推認力が十分でないと考えた。そのため,検察官Pは,現時点でAを逮捕 することは妥当ではなく,更なる捜査が必要であると判断し,司法警察員Kにその旨を伝え た。 3 その後,主に以下の証拠が収集され,再度司法警察員Kから相談を受けたことから,検察 官Pは,以前に収集された証拠に基づき認められる間接事実に,証拠FからJに基づき認 められる間接事実が加わったことにより,Aの犯人性を十分に推認できると考え,Aを逮捕 することが妥当であると判断して,司法警察員Kにその旨を伝えた。 Cの警察官面前の供述録取書(証拠F) 「Aは,私の高校時代の同級生で,今も友人である。令和2年2月1日夜,Aから私の 携帯電話に電話がかかってきた。その通話で,Aは,『むかついたので人をナイフで刺して やった。刺したナイフは,高校の近くのM県N市O町にある竹やぶに投げ捨てた。さすが に見付かることはないよな。』と言ってきた。その時は,Aが酒に酔って冗談を言っている ものと思って受け流したが,その後,Aが前に働いていたクリーニング店の経営者が自宅 で刺し殺されたことを報道で知って,Aがやったのではないかと思い,怖くなった。友人 であるAのことを裏切りたくなくて悩んだが,Aが罪を犯したのであればきちんと償って ほしいと思い,同月5日朝,自分から警察に連絡して,Aから聞いた話を伝えることにし た。」 Cの携帯電話の精査結果に関する捜査報告書(証拠G) Cから任意提出を受けたC所有の携帯電話のデータを精査した結果,Aが契約する携帯電話の 番号がAの姓名で登録されており,令和2年2月1日午後9時頃に同番号から着信があり,約5 分間にわたって通話した履歴があった旨が記載されている。 ナイフの領置経過に関する捜査報告書(証拠H) Cの供述に基づき,警察官がM県N市O町にある上記竹やぶ内を探索したところ,令和 2年2月5日午前11時頃,血痕様のものが付着した刃体の長さ約15.5センチメート ルの片刃のナイフを発見し,これを領置した旨が記載されている。 上記ナイフに付着した血痕様のものに関する鑑定書(証拠I) 上記ナイフに付着した血痕様のものは,人血であり,そのDNA型は,Vのものと一致 した旨が記載されている。 司法解剖医の警察官面前の供述録取書(証拠J) 「上記ナイフは,その形状から,Vの死因となった胸部刺創を形成した凶器と考えて矛盾 はない。上記胸部刺創が,深さ約15センチメートルに達していた上,肋骨が刺切されてい たことに照らすと,凶器をかなり強い力でVの身体に突き刺したものと認められる。」 4 Aは,Vを被害者とする殺人罪の被疑事実で通常逮捕され,引き続き,勾留された。勾留 期限までに収集された主な証拠の概要は以下のとおりである。 Bの検察官面前の供述録取書(証拠K) 証拠D記載の内容と同旨。 Cの検察官面前の供述録取書(証拠L) 証拠F記載の内容と同旨。 通行人W2の警察官面前の供述録取書(証拠M) 「令和2年2月1日午後6時頃,保育園に預けている娘を迎えに行くためV方の前を通っ たところ,V方から, 『お前は長年店に尽くしてきた俺のことを何も考えていない。殺すぞ。』 と怒鳴り付ける男性の大声が聞こえた。続いて,別の男性の声で,『ろくに働きもしていな かったくせに。また働かせろなんて無理に決まっているだろう。』と怒鳴り返しているのが 聞こえた。気になったが,保育園のお迎えの時間が迫っていたので,それ以上は聞かずに その場を離れた。」 W2の検察官面前の供述録取書(証拠N) 証拠M記載の内容と同旨。 Aの警察官面前の供述録取書(証拠O) 「Vを殺したのは私ではない。V方に上がったこともない。事件があった日は,ずっと 自宅にいたと思う。 」 Aの検察官面前の供述録取書(証拠P) 「警察の取調べではうそをついていた。私が持っていたナイフがVの胸に刺さり,Vを死 なせてしまったことは,事実である。しかし,私は,刺そうと思って刺したのではないし, Vを殺すつもりもなかった。事件当日は,Vを脅して再雇用に応じさせようと思い,午後 6時頃,ナイフを持ってV方に行った。Vに居間に通された後,Vを脅すために,何も言 わずにVの方に刃先を向けてナイフを構えたところ,突然Vが向かってきたので,とっさ に目を閉じて後ずさりした。次の瞬間,強い衝撃を手に感じ,目を開けるとVの胸にナイ フが突き刺さっていたので怖くなり,そのナイフを抜き取って逃げた。」 5 検察官Pは,勾留期限までに,Aにつき,Vを被害者とする殺人罪の公訴事実(逮捕勾留 に係る被疑事実と同一の内容)で公訴を提起し,同公訴提起に係る殺人被告事件は,公判前 整理手続に付された。 6 公判前整理手続において,検察官は,「Aは,令和2年2月1日午後6時頃,大声でVを怒 鳴り付けて再雇用を迫ったものの,VがかつてのAの勤務態度を非難して再雇用を断ったた め,これに憤慨し,殺意をもって,Vの胸部をナイフで1回突き刺し,Vを死亡させた。」な どと記載した証明予定事実記載書を裁判所に提出するとともに弁護人に送付し,併せて,証 拠@からC,GからL,N及びPの各証拠の取調べを裁判所に請求した。 これに対し,Aの弁護人は,証拠Pと同旨の予定主張を明らかにするとともに,証拠C, J,L及びNについて「不同意」とし,その他の証拠については「同意」との意見を述べた ので,検察官は,司法解剖医,C及びW2の証人尋問を請求した。 裁判所は,争点を刺突行為及び殺意の有無と整理した上で,司法解剖医,C及びW2につ き,いずれも証人として尋問する旨の決定をするなどし,公判前整理手続を終結した。 7 その後,第1回公判期日までの間において,Aの弁護人は,Aについて保釈の請求をした が,H地方裁判所裁判官は,刑事訴訟法第89条第1号及び第4号に該当する事由があり, また,同法第90条に基づく職権による保釈を許すべき事情も認められないとして,同保釈 請求を却下した。 8 公判期日に実施されたCの証人尋問において,検察官が,Cに対し,事件当日の夜にAか ら電話で聞かされた内容について質問し,Cが証拠Lと同旨の証言をしたところ,Aの弁 護人は,「ただ今の証言は証拠能力のない伝聞供述であるから,証拠排除を求める。」と述べ た。裁判長が検察官に意見を求めたところ,検察官は,弁護人の申立てには理由がない旨を 条文上の根拠とともに答えた。 〔設問1〕 下線部に関し,検察官Pは,V方1階居間中央の応接テーブル上面にAの指紋が付着 していた事実は,Aの犯人性を推認させる間接事実であるが,その推認力は限定的である と考えた。その思考過程を,具体的事実を指摘しつつ答えなさい。なお,証拠Dに記載さ れたBの供述の信用性は認められることを前提とする。 下線部に関し,検察官PがAの犯人性を十分に推認できると考えた思考過程を,具体 的事実を指摘しつつ答えなさい。なお,証拠Fに記載されたCの供述の信用性は認められ ることを前提とする。 〔設問2〕 公判前整理手続において,Aの弁護人は,検察官が取調べを請求した証拠の開示を受け, これらの証拠に対してどのような意見を述べるかを検討するに当たり,犯行が行われた時 刻頃にV方からの物音を聞いた者がW2のほかにいるならば,その者の供述録取書の開示 を受けたいと考えた。この場合,Aの弁護人は,どのような手段を採るべきか,また,そ の手段を採る際に具体的にどのようなことを明らかにすべきか,条文上の根拠を示しつつ 答えなさい。 Aの弁護人が上記の手段を採ったのに対し,検察官は,証拠EをAの弁護人に開示し た。その検察官の思考過程を,その判断要素を踏まえ,具体的事実を指摘しつつ答えなさ い。 〔設問3〕 下線部に関し,裁判所は,Aの弁護人の申立てに基づき証拠排除決定をすべきか。検察官 がCの証言によりどのような事実を立証しようとしているかを踏まえた上で,具体的理由を付 して答えなさい。 〔設問4〕 結審後,判決宣告期日までの間に,Aの父親が死亡した。Aの弁護人が勾留中のAとの接 見でその旨を伝えたところ,Aから「父の葬儀にだけは出席したい。何とか出席できるよう にしてほしい。」と依頼された。Aの弁護人が採り得る複数の手段について,条文上の根拠を 示しつつ,本事例における具体的な事実関係に即して答えなさい。 (出題の趣旨) 本問は,犯人性あるいは実行行為・殺意が争点となる殺人事件を題材に,犯人性 の認定における間接事実の推認力(設問1),類型証拠開示請求の要件及び類型証 拠該当性(設問2),被告人の供述を内容とする証言の証拠能力(設問3),被告人 を身柄拘束から解放する手段(設問4)について,【事例】に現れた証拠や事実, 手続の経過を適切に把握した上で,法曹三者それぞれの立場から,その思考過程及 び採るべき具体的対応について解答することを求めており,刑事事実認定の基本構 造及び刑事手続についての基本的知識の理解並びに基礎的実務能力を試すものであ る。 [一般教養科目] 次の文章は,ソポクレス『アンティゴネ』(福田恆存訳)中の一節である。これを読んで,後記 の各設問に答えなさい。なお,冒頭に人物紹介及び背景説明を置くので,適宜参考にされたい。 〈人物紹介と背景説明〉 ギリシア神話によれば,テバイ王オイディプスは,自らの呪われた運命を知り,王位を離れて 諸国を放浪する。オイディプスの娘アンティゴネは,それに同行する。やがてオイディプスは外地 で亡くなり,アンティゴネはテバイに戻ってくる。 テバイでは,アンティゴネの叔父クレオンが摂政として実権を握っている。オイディプスの息 子であるエテオクレスとポリュネイケス──いずれもアンティゴネの兄──が王位をめぐって争っ たとき,クレオンは,エテオクレスを支持する。エテオクレスとポリュネイケスは戦い,一騎打ち の末に二人とも亡くなる。 その後,クレオンが,急遽テバイ王を継ぐ。クレオンは,エテオクレスの遺骸は丁重に埋葬す る。しかし,ポリュネイケスの遺骸については,埋葬を禁じ,城外に野晒しにする。これに対して, アンティゴネは,城外に赴き,兄ポリュネイケスの遺骸に砂をかけて埋葬の代わりとする。アンテ ィゴネは,国禁を破ったとして捕らえられ,クレオンの前に引き出される。 (省 略) 〔設問1〕 アンティゴネによるポリュネイケスの埋葬について,クレオンとアンティゴネの主張は対立して いる。 クレオンの主張とアンティゴネの主張をそれぞれ要約しなさい。 ただし,両者を合わせて15行程度とすること。 〔設問2〕 「ポリュネイケスの埋葬」をめぐるクレオンとアンティゴネの論争については様々な解釈をす ることが可能である。 この論争における対立軸を一つ取り上げた上で,今日における社会事象の中から同様の対立軸 を持つ事象を挙げ,当該事象における対立に係るそれぞれの立場からの主張について論じなさい。 ただし,20行程度とすること。 【出典】ソポクレス『アンティゴネ』福田恆存訳 (出題の趣旨) 設問1は,「ポリュネイケスの埋葬」をめぐるクレオンとアンティゴネの各主張 についての理解を問うものである。解答に当たっては,クレオンとアンティゴネそ れぞれにおける,「ポリュネイケスの埋葬」という行為に対する意味付けや,自ら の主張を正当化する根拠について触れつつ,的確に要約することが求められる。 設問2は,「ポリュネイケスの埋葬」をめぐるクレオンとアンティゴネの論争(以 下「本件論争」という。)に関する理解を踏まえて,類似の対立構造を持つ現代の 社会事象を素材とした思考力や分析力を問うものである。解答に当たっては,本件 論争における様々な対立軸の理解を前提として,そのうち一つの対立軸を抽出し, 同様の対立軸を持つ適切かつ具体的な社会事象を取り上げることが求められる。そ の上で,上記社会事象における対立に係るそれぞれの立場からの主張を論じるに際 しては,今日における多様な価値観に基づく見解の相違や,社会情勢の変化等に伴 う国民意識の移り変わりに基づく見解の相違など,様々な切り口からの論述が考え られるが,いずれにしても,各立場からの主張につき,抽出した対立軸を踏まえた 的確な分析に基づく具体的かつ説得的な考察が求められる。 なお,当然ながら,いずれの設問においても,全体として指定の分量で簡潔に記 述する能力も求められている。