【公法系科目】 〔第1問〕 1.本問は,匿名表現の自由の制約(規制@),結社の自由,団体とその構成員の表現の自由・ プライバシーの権利の制約(規制A)の可否を問うものである。 規制@は,集団行進(集団示威運動を含む)における公共の安全を害する行為の抑止を目 的に,行進参加者が覆面や仮面等で顔を隠し容貌の確認を困難にする行為を禁止するもので ある。単に,集団行進への参加の態様の制約にとどまらず,匿名での表現の制約という問題 を含むことに留意する必要がある。 規制Aは,公共の安全を害する行為を実効的に抑止するため,そのような行為を助長する 団体の活動を把握し,集団行進に際し所要の措置を採ることを可能にするという目的のもと, 集団行進において公共の安全を害する行為を行った者が一定比率以上含まれる団体を観察対 象として指定するとともに,当該団体がその活動のために利用している機関紙,ウェブサイ ト,SNSのアカウント等について,報告を義務付けるものである。また,上記の目的に加 えて,団体の活動を観察対象とすることで,団体の表現活動を抑止しようという狙いもうか がえる。かかる措置は,結社の自由,団体の表現活動・プライバシーの制約に加えて,その 構成員の表現活動・プライバシーをも制約するものとなっている。 2.規制@については,匿名で表現を行うことがどこまで憲法第21条で保障されるのかを踏 まえておく必要がある。匿名表現の自由は,基本書などでは必ずしも正面から論じられてい ない。しかし,憲法第21条第1項は,特に限定を付することなく幅広い表現行為を保障し ており,本問で問題となる表現行為についても,顕名であるか匿名であるかを問わず,保障 されているとみることができよう。表現の匿名性は,発信者情報開示の仕組みなどに関連し て,インターネット上の表現をめぐり議論となっている点でもあり,その意義や問題を意識 して立論することは十分に可能であろう。表現者が特定されない匿名での表現には,弱い立 場の者であっても,社会的圧力にさらされやすい表現行為を萎縮せずに行い得るといったメ リットがあり,表現の自由として保護する価値は高いと言える。他方で,顕名であれば行わ ないような,他者の権利を侵害する行為や違法行為などがなされるおそれもある。以上のよ うな問題の所在が把握できていれば,匿名表現という言葉を使っていなくとも差し支えない。 匿名表現を正面から扱った最高裁判所の判例はないが,報道関係者の取材源の秘匿について, 情報提供者の匿名性に配慮した判断を行っている決定(最決平成18年10月3日民集60 巻8号2647頁)がある。 規制@では,集団行進における匿名表現の規制が問題となっている。集団行進の自由は, 「動く集会」とみれば「集会の自由」の内容として,あるいは「その他一切の表現の自由」 の一つとして,位置付けることができる。集団行進の規制については,公安条例による集団 示威運動の規制をめぐる判決(新潟県公安条例事件,最大判昭和29年11月24日刑集8 巻11号1866頁)や,市民会館の利用拒否をめぐり「明らかな差し迫った危険の発生が 具体的に予見される」ことが必要だとした判決(泉佐野市民会館事件,最判平成7年3月7 日民集49巻3号687頁)などが想起されよう。 規制@は,集団行進について不許可としたり条件を付したりするものではない。また,顔 を隠す行為自体には,特定のメッセージは込められていないとされており,その限りでは, 表現内容に着目した規制が問題になるわけではない。集団行進への参加の態様の規制であり, ひとまずは,内容中立的な規制とみることができよう。ただし,匿名での集団行進への参加 が禁止されており,上記の匿名表現の意義を考えれば,社会的圧力にさらされやすい表現行 為に対して強い萎縮効果を及ぼす規制となっている。それだけに,規制@の憲法適合性の判 断に当たっては,匿名表現の意義を踏まえた慎重な検討が必要となる。 全国の大規模なデモで暴力行為が頻発し,現実に身体や財産が侵害される事態が生じてい - 1 - ることからすると,上記の立法目的は重要あるいは極めて重要な公共の利益にかなうと言え よう。 一方,この目的を達成するために採られる措置は,暴力行為が発生する蓋然性などを考慮 せず,暴力行為を行っている者や行うおそれが高い者だけでなく,平穏に集団行進に参加し ている者に対してまで一律に顔を隠す行為を禁止している。かなり広範囲な規制であり,ま た,その萎縮効果も無視できない。「正当な理由」がある場合には顔を隠すことが許される が,その運用のいかんでは,過剰な規制ともなり得る。 これに対して,表現内容に着目した規制ではなく集団行進への参加の一態様を規制するに すぎない,顔を隠さなくてもメッセージは十分に伝達可能であり,集団行進において匿名で の表現行為を保障する必要性は高くない,といった点を強調した議論を行うことも考えられ る。いわゆるデモ隊暴徒化論(東京都公安条例事件,最大判昭和35年7月20日刑集14 巻9号1243頁)などを援用し,規制@の必要性を根拠付けることもできる。 3.規制Aでは,団体の指定の要件,報告義務を課すこと、さらには観察処分それ自体の合憲 性が問題となるが,それらは一体をなしているから,適切な判断枠組みを設定する前提とし て,規制A全体からどのような憲法上の権利の制約が生じているかを,まずは検討すること になろう。制約される権利としては,結社の自由,表現の自由,プライバシーの権利が考え られる。これら3つの権利の制約を論じる際には,いくつかの構成があり得る。例えば,規 制対象となるのは表現活動を行っている団体であるから,表現活動の制約を結社の自由の制 約として論じ,それと関連付けて,あるいはそれとは独立に,団体のプライバシーの権利の 制約を論じることが可能である。あるいは,結社の自由それ自体の制約ではなく,団体の表 現の自由・プライバシーの権利の制約を論ずることもあり得る。さらに,観察処分を受ける こと自体が,団体の表現の自由・プライバシーの権利の制約には解消されない団体の活動の 制約を含むとみるならば,結社の自由の制約を,他の2つの権利の制約とは別に検討するこ とになろう。 結社の自由の制約が問題となる立法としては,破壊活動防止法や,無差別大量殺人行為を 行った団体を対象としたいわゆる団体規制法がある。後者は,規制Aと同様の観察処分につ いて定めており,下級審ではあるが,同法の合憲性をめぐる裁判例(東京地判平成13年6 月13日判時1755号3頁)が本問でも参考となる。ただし,本問の法律案の骨子との違 いには留意する必要がある。本問で規制対象となっている団体の危険性は,団体規制法が対 象とする団体と比べると,決して高いとは言えない。規制の仕組みも異なっている。 報告義務の対象となるのは,誰もが閲覧可能な表現に係るものである。しかし,団体の名 義が直接用いられていない場合には,報告によって,団体の構成員が特定されたり、あるい はその可能性が高まったりすることになる。また,観察処分を受け報告義務を課されること が,萎縮効果を生じさせ,団体による表現活動の抑制につながる可能性もある。なお,個人 が利用しているウェブサイトやSNSのアカウントも,団体の活動に用いられている場合に は報告の対象となるので,構成員の表現の自由やプライバシーの権利を制約する側面もある。 ウェブサイト,SNS等には,団体の主張や構成員の思想信条など,個人の内面に関わる 情報が含まれ得る。公権力によるこれらの情報の収集は,団体及びその構成員双方のプライ バシーの権利の制約となり得る。プライバシーの意義や保護範囲をめぐっては,前科照会事 件(最判昭和56年4月14日民集35巻3号620頁),指紋押捺訴訟(最判平成7年1 2月15日刑集49巻10号842頁),住基ネット訴訟(最判平成20年3月6日民集6 2巻3号665頁)などの判決を参考として,立論することが期待される。 本問の法律案の骨子は,誰もが閲覧可能な表現に関して報告義務を課するにとどまり,団 体規制法にある立入検査や構成員氏名等の報告義務は含んでおらず,規制態様は必ずしも強 くないとみることもできる。また,団体規制法と同様に,団体の政治的主張などではなく, - 2 - 専ら公共の安全に対する団体の危険性に着目した規制である。一方で,誰もが閲覧可能なウ ェブサイトやSNS等が対象とはいえ,観察処分を受け,報告義務を課されることで,上記 のように,団体や構成員の表現活動に対し無視できない影響が生じ得る。また,個人の内面 に関わる情報が収集され,団体及び構成員の活動が把握され得る。 上記のような問題となる権利の重要性,制約の態様などを考慮して,規制Aの憲法適合性 を判断する適切な判断枠組みを設定する必要がある。 規制Aの目的は,公共の安全を害する行為を実効的に抑止するため,そのような行為を助 長する団体の活動を把握し,集団行進に際し所要の措置を採ることを可能にするというもの であり,規制@と同様に,重要あるいは極めて重要な公共の利益にかなうものと言えよう。 目的達成の手段としては,まず,団体の指定の要件が問題となる。規制Aでは,過去5年 間に公共の安全を害する行為で処罰された者の比率という客観的な指標を基準として,実際 に問題を起こしている団体が規制対象となるような仕組みが採られている。規制対象が一定 の危険性がある団体のみに絞り込まれているとみることもできる。しかし,ここで問題とな る団体は,組織の外延が曖昧であり,構成員の把握は決して容易ではない。規制目的を達成 する手段としての実効性には疑問も残る。また,過去5年間の行為を問題としていること, 処分期間が最長で1年に及ぶことから,現在は危険性が低い団体が指定対象となる可能性が ある。 報告義務の対象となるのは,誰もが閲覧可能な機関紙,ウェブサイト,SNS等の情報に とどまる。とはいえ,団体の活動に用いられている媒体について幅広く,また1か月ごとの 報告が義務付けられており,団体や構成員のプライバシーに係る情報が,継続的かつ網羅的 に収集され,把握されているという点には留意する必要がある。継続的・網羅的な情報収集 の問題をめぐっては,GPS捜査に関する判決(最大判平成29年3月15日刑集71巻3 号13頁)が参考となろう。 〔第2問〕 本問は,A市の市道上で屋台営業を行うために必要な市道占用許可(道路法第32条第1項 第6号)を自ら取得せず,他人の名義を借りて屋台営業を行ってきた者(以下「他人名義営業 者」という。)であるBが,名義貸し行為の一掃を目指すA市屋台基本条例(以下「本件条例」 という。)の施行後も,従前からの場所(以下「本件区画」という。)で屋台営業を続けるため, 本件条例第25条所定の屋台営業候補者の公募に応募したところ,A市長(以下「市長」とい う。)が本件区画についてBを屋台営業候補者に選定しない旨の決定(以下「本件不選定決定」 という。)を行う一方で,Cを屋台営業候補者に選定する旨の決定(以下「本件候補者決定」 という。)を行ったという事例における法的問題について論じさせるものである。 〔設問1〕は,本件不選定決定の処分性の有無を問うものである。Bは屋台営業候補者の 公募に応募して本件不選定決定を受けたことから,まずは,本件条例及び本件条例施行規則の 仕組み(屋台営業候補者であることが市道占用許可の要件の一つとなっていること,A市屋台 専門委員会(以下「委員会」という。)は選定基準に則して推薦を行い,それを受けて市長は 選定を行うこと,市長は選定又は不選定の決定の通知を行うこと等)に即して,屋台営業候補 者の選定が申請に対する処分に当たるか,したがって本件不選定決定は申請拒否処分に当たる かについて検討することが求められる。他方で,Bが最終的に求めているのは市道占用許可で あるため,本件不選定決定は中間段階の決定にすぎず,処分に当たらないのではないかという 問題もある。そこで,本件不選定決定の処分性の有無については,Bが市道占用許可を申請し て不許可処分を引き出し,その取消訴訟の中で本件不選定決定の違法性を争うといった訴訟手 段との比較も視野に入れて検討する必要がある。 〔設問1〕は,市長が既にCに対して本件候補者決定を行っていることから,Bが本件不 - 3 - 選定決定の取消しを求める訴えの利益が失われていないかを問うものである。この問題につい ては,最判昭和43年12月24日民集22巻13号3254頁を参考にして,BとC及び本 件不選定決定と本件候補者決定がいかなる関係にあるかを踏まえ,本件不選定決定の取消判決 の効力によって生じることになる事態を正確に追跡し,Bが屋台営業候補者に選定される可能 性が残っているかを検討することが求められる。 〔設問2〕は,本件不選定決定の取消訴訟において主張すべき違法事由を問うものである。 まず,本件不選定決定の違法事由を検討する前提として,@本件条例の施行の際にBの地位へ の配慮に欠ける点がなかったか,A委員会の屋台営業候補者の推薦に係る判断に瑕疵はなかっ たか(より具体的には,屋台営業の実績を考慮して審査を行うという委員会の申合せに不合理 な点はなかったか。)という問題の検討が求められる。 @の問題については,Bが本件区画で10年以上も屋台営業を行ってきたという事実を踏ま え,市道占用許可は財産権保護の観点から更新が原則であるという解釈が成り立たないか,屋 台営業において他人の名義を借りることは,A市における実害や過去の取扱い,道路法及び本 件条例で定める市道占用許可の要件に照らして,営業の実績が全て法的な保護に値しなくなる ほど悪質な行為と評価できるかといった検討を行うことが要求される。この@の問題の検討の 結果を踏まえ,市長が本件不選定決定を行う際に自身の公約を重視する一方でBの地位に更な る配慮を行わなかったことについていかなる違法事由を主張すべきかが論じられるべきことに なる。 Aの問題については,委員会の申合せが本件条例施行規則第19条各号の選定基準に照らし て是認することができるか,また,新規に屋台営業を始めようとして公募に応募した者の利益 を不当に侵害することにならないかの検討が要求される。前者は,基本的に本件条例施行規則 第19条各号の解釈の問題であるが,後者は,とりわけ,屋台営業候補者選定指針は目にした ものの本件委員会の申合せを知るすべもなく公募に応募した者の権利保護といった観点からの 検討が期待される。このAの問題の検討の結果を踏まえ,最判昭和50年5月29日民集29 巻5号662頁を参考にして,市長が本件不選定決定を行うことによって「特段の合理的な理 由」がないにもかかわらず委員会の推薦を覆したとの違法事由を主張し得るかが論じられるべ きことになる。 【民事系科目】 〔第1問〕 1 設問1について 設問1は,民法第192条及び第193条に関する基本知識を確認する趣旨の出題であり, これらの規定がどのような関係に立つか,指図による占有移転による即時取得は認められる か,盗品・遺失物につき被害者が回復請求をするまでの使用利益が誰に帰属するかなどにつ いて理解を問うものである。 請求1については,Aが占有者Cに対して甲の所有権に基づく返還請求権を行使するもの であることを示す必要がある。これに対し,Cは,下線部において,Dが甲の所有権を即 時取得したことにより,Aが所有権を喪失したとの抗弁を主張していると考えられ,この抗 弁に言及することが求められる。占有権原を有するとの抗弁を主張していると考える余地も あるが,仮にそのような主張をしようとする場合には,使用貸主が所有権を有していること が前提とされなければならず,また,使用借権は第三者対抗力を欠くから,結局は,Dが甲 を即時取得し,それによってAが甲の所有権を喪失したことに言及する必要がある。 Dの即時取得が認められるかを解答するに当たっては,即時取得の要件について,本問に おける具体的な事実に当てはめて検討することが必要になる。その際,要件の一部について は推定が認められていること,善意無過失の意義などについても触れておくことが望ましい。 - 4 - 本問においては「占有を始めた」という要件がポイントとなり,Dは指図による占有移転に よってその間接占有を承継取得したことを指摘する必要がある。 下線部におけるAの反論は,指図による占有移転によっては即時取得に必要な「占有を 始めた」という要件は満たされないと主張するものであり,観念的な占有の移転によっては 「占有を始めた」とはいえないことを指摘する趣旨のものであることを示す必要がある。そ の上で,民法第192条の「占有を始めた」という要件が同法第178条の「引渡し」の要 件と区別されることから,後者を満たしても前者を満たすとは当然にはいえないことも指摘 されていることが望ましい。 次に下線部におけるAの反論は,甲が盗品であることから,たとえ民法第192条の要 件が満たされるとしても,同法第193条に基づき,Aは甲の回復を求めることができると いう趣旨を述べるものであると考えられる。そこで,甲が盗品であること,Cが甲の「占有 者」であること,Aによる回復請求は盗難の日から2年を経過していないことを指摘する必 要がある。その際,同条における「占有者」を同法第192条の「占有を始めた者」と同義 に解すべき理由がないことも示されていることが望ましい。もっとも,この点に関しては, 同法第193条と同法第192条の「占有者」を同義に解したうえで,Dが「占有者」に当 たり,Dとの使用貸借関係に基づき甲を占有するCはDと別個独自の地位を主張して甲の回 復請求を拒むことはできないとの説明や,盗難時から2年間は同条による即時取得がそもそ も生じ得ないとして,同法第193条の要件のうち盗品であることと期間以外のものが充足 されているかどうかの検討を経ることなく,Aは所有権に基づき甲の返還請求権を行使する ことができ,Aとの関係で占有権原を有しないCはこれを拒むことができないという説明も 考えられる。 請求1の当否を検討するに当たっては,下線部からまでの各主張の趣旨を正確に理解 した上でそれぞれの当否を検討する必要がある。まず,下線部のAの反論に関しては,そ の当否についていずれの立場に立つにしても,民法第192条の「占有を始めた」とは,占 有者が「一般外観上従来の占有状態に変更を生ずるがごとき占有を取得すること」を意味す るものと解する判例準則(最判昭和35・2・11民集14巻2号168頁)が確立してい ることを踏まえ,下線部におけるAの反論の内容がこの判例準則の理解として適切である かどうかについて理由を付して述べることが求められる。そして,Dによる即時取得の成否 について検討した上で,民法第193条の適用の可否について検討し,CはAからの甲の返 還請求を拒絶することができないという結論を述べる必要がある。 請求2では,Cが甲の占有を開始した令和2年5月1日から甲をAに返還するまでの間の 使用利益が誰に帰属するかが問われている。盗品・遺失物の占有者が占有の開始時から被害 者又は遺失者に目的物を返還するまでの間の使用利益の帰属について,民法第194条が適 用される事例においては,所有権帰属の観点ではなく,同条の趣旨に基づき,代価弁償の提 供があるまでの間の使用収益権が占有者に認められている(最判平成12・6・27民集5 4巻5号1737頁)。しかし,本問は同条の適用事例ではなく,同法第193条が同法第 192条とどのような関係に立ち,どのような効果を定めているのかが別途問題となり得る。 まず,Aは,Aに甲の所有権が帰属するという前提に立ち,使用貸借契約に基づく占有権 原を主張することができないCに対し,不当利得返還請求権に基づいて使用利益の返還を請 求していることを示す必要がある。 そこで,民法第193条の趣旨に鑑み,盗難又は遺失から回復請求がされるまでの間の所 有権が原権利者と占有者のいずれに帰属するかが問題になり,この点について理由を付して その結論を述べる必要がある。判例は,同条の効果について,占有者がいったんその物につ き即時取得した所有権その他の本権を回復するのではなく,占有者が盗難又は遺失の時から 2年以内に被害者又は遺失主より回復の請求を受けない場合にはじめてその物の上に行使す - 5 - る権利を取得する趣旨を定めたものであると解している(大判大正10・7・8民録27輯 1373頁)。原所有者帰属説によると,CはBからDへの譲渡がされた後も無権原でAの 所有物である甲を占有し使用していたこととなり,使用利益の返還に関しては同法第189 条及び第190条の定めに従うべきこととなる。Cが善意であれば同法第189条第1項に 基づき甲の果実収取権を有し,少なくとも回復請求をされるまでの使用利益についても返還 する必要がなく,Aは,令和2年5月1日以降回復請求がされるまでの間の甲の使用料相当 額の支払をCに求めることができない。もっとも,本権に基づく訴えに敗訴し,悪意占有者 とみなされる場合,Cは訴え提起時以降甲を返還するまでの使用料相当額の支払義務を負う。 なお,甲を直接占有するCは「占有者」に当たり,間接占有者としてBがかつて存在してい た,あるいは現にDが存在するとしても,上記の結論に影響を及ぼさないことも併せて指摘 されることが望ましい。 占有者帰属説は,回復請求の効果が遡及するという立場と将来に向かって効力を生ずると いう立場に分かれ得るが,効果が遡及するという立場からは,甲の所有権はAの下にとどま っていたことになるため,AC間の法律関係は原所有者帰属説と同様に処理される。他方, 将来に向かって効力を生ずるという立場を採る場合には,占有者に使用収益権能が帰属する 以上,占有者の主観的態様を問わず,およそ原権利者がその間の使用利益相当額の支払請求 をすることができないとする結論が比較的に自然に導かれるが,目的物の所有権の帰属と使 用利益の帰属が分離して規律されているとする見方もあり得ないではない。いずれの立場で あっても,DがBから甲を譲り受ける令和2年5月15日以前の使用料相当額にかかる請求 に関しては,Cは無権原占有であるという評価を免れないから,この間の使用利益の返還に ついては別途検討する必要がある。 2 設問2について 設問2は,有償の役務提供契約が中途で終了した場合の法律関係を,特にその場合の報酬 及び損害賠償について問うものである。当該役務提供契約の性質決定に関して,当該契約に おける債務の内容及びその特徴を明らかにし,民法の規定する役務提供型の契約類型の特質 を踏まえて,当該契約の性質を決定することができるか,また,それを前提として,その中 途終了の場合の報酬や損害賠償に関連する民法の規定の構造を理解しているか,契約類型に 伴う異同について理解しているかを問うものである。 AE間の契約@は有償の役務提供契約であるところ,雇用(労働契約)は使用者との間の 指揮命令関係の下での役務提供,請負は仕事の完成という結果の保証,委任は結果保証を伴 わない事務の委託と裁量ある他人の事務の処理をもって,それぞれの特質と解されている。 AE間には,使用者・労働者の指揮命令関係は認められず,EはAから独立して役務を提供 するものであるから,契約@の性質としてあり得るのは,請負,委任(法律行為でないこと から準委任(民法第656条)),またはいずれでもない非典型契約(無名契約)である。 契約@の性質をいずれと決定するかに当たっては,それぞれの契約類型の特質とともに, その特質に対応した契約@におけるEの役務提供の内容を明らかにすることが求められる。 すなわち,請負の場合には,何をもって仕事の完成・結果保証といえるのか,委任の場合に は,何をもってAの事務の委託あるいは裁量ある事務の処理といえるのか,また,無名契約 の場合は典型契約の類型に該当しないという判断がどのように基礎付けられるのかを,Eの 債務内容に照らして明らかにする必要がある。 契約@の性質の決定に当たっては,月額報酬と成果報酬が組み合わされているという契約 @における報酬の定め方の捉え方も手がかりとなるため,契約@におけるEの債務内容の確 定とその特質の抽出,契約@の性質決定においては,報酬の定め方を通じて,これらの報酬 が何に対して支払われるものかについても考慮することが望ましい。 Aによる契約@の解除の性質は,任意解除権の行使によるものであると考えられる。請負, - 6 - 委任については,民法に任意解除権に関する規定が設けられている。無名契約であるときは, そのルール自体を構築していく必要があるが,Aのための役務提供であることなどに鑑み, 請負や委任等の規定を手掛かりとして,少なくとも,Aからの解除は認められると論じるこ とになろう。それぞれの立場から,根拠条文の要件を踏まえ,【事実】に即して当てはめる 必要がある。 Aの解除を債務不履行解除とみる余地がないわけではないが,Eが提供する役務の性質上, Eには相当の裁量が認められるものと解されるので,Aによる改善要求が抽象的なものにと どまっていることも考慮すると,Eによる講座の運営がその裁量を逸脱したものとして債務 不履行に当たると評価することは,結論的には困難であると考えられる。 AE間の報酬の取決めは,Eによる本件講座の提供に対して月々の報酬と,Aの従業員で ある受講者の乙検定の合格者数に応じた成果の報酬(成功報酬)という2本立てでされてい る。Eの請求3は,Aによる契約@の解除に伴い,講座提供がされた8月分について未払報 酬の支払を求めるものである。 報酬については,準委任の場合も請負の場合も役務提供が先履行であり後払いが原則であ る(民法第648条第2項,第633条)。約定の月額報酬については,契約@を準委任と みる考え方においては,民法第648条第2項ただし書により準用される同法第624条第 2項により,期間経過後に報酬を請求することができる。もっとも,対応する期間に履行が されていることが前提であるから,Eの役務提供が契約に適合した債務の履行であったかが 問題となり,債務不履行の該当性を判断することになる。請負の場合は,民法第633条た だし書・第624条第1項により,約定の役務提供が終わった後でなければ報酬を請求する ことができない。仕事完成前の解除がされた場合には,同法第634条により,既にした役 務提供によってAが利益を受けているかどうかが問題となる。5か月の役務提供をもって仕 事の完成とみるか,月々の講義・役務提供が5か月分用意されるものとみるかによって中途 解約であるかどうかが異なり,報酬の根拠条文が異なるため,Eの債務内容に即して根拠条 文及び請求の可否を示す必要がある。その前提として,債務の履行が必要であることは準委 任の場合と同様である。 請求4の120万円の支払請求は,役務提供がされていない9月分,10月分についてそ の月額報酬相当分を損害賠償として請求するものと考えられる。また,通学講座における代 替講師のこの間の報酬40万円の支払は,Eが9月・10月の履行の準備のために支出を余 儀なくされたものであり,約定どおりの報酬が得られたならばそれに織り込まれる性格の支 出である。 中途解除の場合の損害賠償については,任意解除の場合,契約@が準委任であれば民法第 651条第2項によることになる。したがって,Eに不利な時期の解除であるとき,契約@ が受任者Eの利益をも目的とするものであるときのいずれかの場合には,AはEに対しその 損害を賠償しなければならない。設問では,Eは,期間全体にわたり他の講座を断り(他の 収入機会の喪失),また,代替要員の手配(準備費用投下)などを行っており, 「不利な時期」 の解除に該当する余地がある。そのため,同項第1号にいう「不利な時期」とは何を指すの かを明らかにしつつ,本件のそれらへの該当性を判断し,また,それぞれの場合の損害賠償 の内容について検討する必要がある。損害賠償を認める場合,まず,具体的に何が損害賠償 の範囲に含まれるかを示す必要がある。損害賠償の範囲は不利な時期に解除したことによる 損害に限られるというのが通説であり,そのように解釈される理由についても示すことが望 ましい。また,委任契約が解除されなければ受任者が得たであろう利益から受任者が債務を 免れることによって得た利益を控除する必要がある。 同項第2号の「受任者の利益」については,報酬を得るだけでは該当しないことが明文化 されている。設問では,それ以外に受任者の利益として評価できる事実は見受けられない。 - 7 - 任意解除の場合のEの損害賠償請求については,これらについても言及することが望ましい。 準委任の場合には,損害賠償の成否は「やむを得ない事由」の存否に左右されるため(民 法第651条第2項柱書ただし書),それについて検討する必要がある。 請負の場合は,完成前に解除されたと捉えるのであれば民法第641条により損害賠償が 必要であり,その場合の損害賠償は履行利益賠償となる。したがって,Eは,9月分,10 月分について,報酬から節約できた費用を差し引いた分を請求でき,一方,10月分につい て他所の講座を引き受けたことで得た報酬分は,損益相殺によって差し引くことになる。 無名契約の場合には,請負と委任のいずれに引き付けて考えるかによる。 3 設問3について 設問3は,連帯保証ないし共同保証に関する条文と判例を正確に理解し,これを事例の解 決のために適切に用いることができるかを問うものである。 小問は,保証人が債権者からの請求を拒絶することのできる事由について問うものであ る。 HはFに対して保証債務の履行を請求しているが,本問を検討する上では,まずHのFに 対する500万円の支払請求についての請求原因を明らかにしておくことが求められる。H のFに対する請求の根拠(請求原因)は,AがHとの間で諾成的消費貸借契約である契約A を締結し,借入金500万円の交付を受けたこと,Fは,Hとの間で本件債務を連帯保証す る旨の契約Bを書面により締結していることである。 Fは,Hによる保証債務の履行請求に対して,まず,保証債務の消滅時効を援用し,債務 の全額の支払を拒むことが考えられる。また,Fとしては主債務の時効消滅を援用すること もでき(民法第145条括弧書),主債務が消滅すれば,付従性によって保証債務も消滅す る。解答に当たっては,関連条文を示しながら,事実に即して消滅時効を主張することの可 能性を指摘することが求められる。 本問では,Aが令和10年6月20日に弁済の猶予を求める書面を送付して債務を承認し ており,これによって時効は更新されている(民法第152条第1項)。本問の場合,令和 15年5月10日の時点では,それから5年は経過していないので,消滅時効は完成してい ないことになる。Fが自身の負う保証債務の消滅時効を援用しようとしても,主債務者によ る時効の更新は保証人に対してもその効力を生ずるものとされているため,これは認められ ない。また,Fが主債務の消滅時効を主張しようとする場合も,主債務について消滅時効の 更新がされており,保証人はこれを否定することができないから,やはり認められない。F がどちらの債務の消滅時効を援用するか,ということと,Aの債務承認による時効更新の影 響が同債務にどのように及ぶのか,ということとが矛盾なく説明されている必要がある。こ こでは,主債務者の債務承認による時効更新の保証債務に対する影響関係が理解できている かが問われることとなる。 次に,AはHに対して絵画丙の売買契約による100万円の売買代金債権を有しており, Aが本件債務についてこの売買代金債権を自働債権とする相殺権を有していることを理由と して,保証人であるFは,100万円分の支払を拒むことが考えられる(民法第457条第 3項)。ここでは,主債務者の相殺権をもってする履行拒絶の可能性とその根拠条文が摘示 されている必要がある。 もっとも,AがHに対して有する売買代金債権の弁済期は令和4年8月31日であり,令 和15年5月10日の時点ではそれから11年が経過しているため,FがAの相殺権を理由 として履行を拒絶した場合,Hとしては,自働債権が時効消滅しており,Aの相殺(ひいて は,そのことに基づくFの履行拒絶)は認められない,と主張することが考えられる。時効 によって消滅した債権を自働債権とする相殺をするためには,自働債権の消滅時効期間経過 以前に受働債権と相殺適状にあったことを要し,そのためには受働債権の弁済期が現実に到 - 8 - 来していたことを要するとした判例があり(最判平成25・2・28民集67巻2号343 頁),解答に当たっては,この判例を正しく理解している必要がある。単に判例の結論を知 っていてそれを問題の事例に当てはめる,というだけでなく,なぜそのような解釈が採られ るべきなのか,そして判例と同じ結論が本問の事例においても妥当するのかを説明すること が求められる。 小問は,連帯保証人と主債務者,共同連帯保証人との関係について,弁済をした連帯保 証人がすることのできる求償の範囲を問うものである。 連帯保証債務の弁済をしたFは,主債務者Aに対して求償をすることができる。FがAの 委託を受けない保証人であるため,求償の根拠は,民法第462条第1項ないし事務管理に 基づく費用償還請求(同法第702条第1項)に求められる。求償が認められる範囲につい ては,同法第462条第1項が準用する同法第459条の2第1項により,主債務者が弁済 の当時利益を受けた限度となる。このことから,FはAに対して弁済以後の法定利息や費用 等までは請求できないことを示したうえで,求償額が300万円となることを説明すること が求められる。 共同保証人のうちの1人が自己の負担部分を超える額を弁済したときは,他の共同保証人 に対して求償をすることができる(民法第465条第1項)。共同保証人間の求償の場合は, 弁済額が負担部分を超えていなくても負担部分の割合に応じて認められるという連帯債務者 間の求償とは要件が異なり,負担部分を超える額を弁済したことが必要である。本問におい ては,FがHにした300万円の弁済が自己の負担部分を超えるものであるならば,FはG に対してその分の求償をすることができる。 そこで,共同保証人の内部的負担割合は特約等がなければ各自平等となること,Fが債権 者から一部免除を得ていることを踏まえて,本問における具体的な事実関係に当てはめてF の負担部分を算出し,その上で求償の可否及び求償権の額を解答することが求められる。F がHにした免除がGをも免除する趣旨のものと解すべき事情が認められない限り,当該免除 があってもFとGの内部的負担部分は各250万円のままであり,Fとしては,弁済をした 300万円から250万円を差し引いた50万円をGに対して求償できることとなる。 〔第2問〕 1 本問は,公開会社でない株式会社(以下「非公開会社」という。)において,@代表取締 役が当該株式会社を代表して当該代表取締役が個人として負う債務を連帯して保証する旨の 合意をした場合に,当該株式会社がその連帯保証債務の履行を拒絶するために考えられる法 的な主張としてどのようなものがあり,そのような主張が認められるのかを問うとともに(設 問1),A誰が株主であるかが争われている場合に,具体的な事実関係の下でどのように株 主を認定すべきか(設問2),B議決権の行使を委任することができる代理人を株主に限る 旨の定款の規定がある場合に株主ではない弁護士が代理人として議決権を行使することの可 否や,株主である株式会社の代表取締役がその内部的制限に反して当該株式会社を代表して 議決権を行使することの可否といった株主総会における議決権行使の在り方(設問3)を問 うものである。いずれについても,会社法上の重要な制度や判例に関する基本的な理解を前 提に,問題点を適切に分析した上で,具体的な事実関係に応じて結論を導き出すことができ るか否かを問うものである。 2 設問1においては,甲社としては,@Aが甲社の代表取締役として締結した本件連帯保 証契約は,利益相反取引である間接取引(会社法第356条第1項第3号)に該当し,取 締役会設置会社である甲社においてはその取締役会の承認が必要であった(同法第365 条第1項)のに,取締役会の承認を得ていないので無効(甲社に効果不帰属)である,A 本件連帯保証契約は,多額の借財(同法第362条第4項第2号)又は重要な業務執行(同 - 9 - 項柱書)に該当し,取締役会設置会社である甲社においてはその取締役会によって決定さ れなければならなかったのに,取締役会によって決定されていないので無効(甲社に効果 不帰属)であるなどと主張して,本件連帯保証契約に基づく債務の履行を拒絶することが 考えられる。なお,甲社としては,上記@及びAのいずれかの主張が認められれば,上記 債務の履行を拒絶することができることになる。 甲社の上記@の主張の当否を論ずるに当たっては,本件連帯保証契約が間接取引に該当 するものであるにもかかわらず,甲社の取締役会の承認がないことを指摘した上で,取締 役会の承認がない間接取引の効力について,判例(最判昭和43年12月25日民集22 巻13号3511頁)を踏まえて検討することが求められる。 続いて,甲社の上記Aの主張の当否を論ずるに当たっては,まず,甲社の財務状況や本 件連帯保証契約に係る主債務の額等の本問の事実関係に照らし,多額の借財又は重要な業 務執行に当たるか否かを検討することが求められる。本問の事実関係からすると,これら に当たると判断することが一般的であると考えられることから,更に進んで,甲社の取締 役会によって決定されていないことを指摘した上で,その場合の効力について,判例(最 判昭和40年9月22日民集19巻6号1656頁)を踏まえて検討することになる。 上記@及びAの主張のいずれにおいても,判例の立場に立って検討する場合には,本件 連帯保証契約の相手方である乙社の主観面の検討が必要となる。まずは,本件連帯保証契 約を締結することが間接取引に該当することや,多額の借財又は重要な業務執行に該当す ることについての乙社の認識を検討することになるが,前者については,本件連帯保証契 約の内容からして乙社の悪意が認められるのが自然であろうし,後者についても,甲社の 財務状況の概要を確認したという本問の事実関係からすると,乙社の悪意が認められるの が自然であろう。その上で,取締役会の決議がないことについて,自らが立てた規範に沿 って,過失又は重過失の有無を中心に検討することになる。その際には,取引をめぐるこ れまでの経緯や本件連帯保証契約に関するやりとりに関する事実関係を丁寧に拾い,それ らに対する評価を加えながら検討することが求められる。例えば,甲社との取引を望む小 さな事業会社である乙社の代表取締役としては,本件確認書が交付されたにもかかわらず 取締役会の議事録の写しを強く求めることは困難であったことなどを指摘して,過失又は 重過失がないと評価することも考えられよう。 3 設問2においては,Cとしては,名義上の引受人ではなく,実質上の引受人が株主にな るという考え方を前提に,本件株式について,引受けの申込みなど引受契約の締結に至る までCの主導で行われてきたこと,Cの貯金から払い込まれたこと,その発行に至る経緯 及び本件株式に係る権利を行使してきたのはCであることなどの本問の事実関係を指摘し て,自らが実質上の引受人であって本件株式の株主であると認定されるべきであるなどと 主張することが考えられる。 Cの上記主張の当否を検討するに当たっては,まず,本問のような場合に誰を株主と認 定するのかについての考え方を検討する必要がある。すなわち,株式の申込みや引受けに 際して名義に現れた者が株主であると考えるのか(いわゆる形式説),名義が誰であるか にかかわらず,一般私法上の法律行為の場合と同じく,実質上の引受人が株主となると考 えるのか(いわゆる実質説),といった考え方の対立がある中で,どのような考え方に立 脚するのかを検討する必要がある。 実質説に立つ場合には,本問の事実関係を拾いつつ,それらを適切に評価して結論を導 く必要がある。本問では様々な事実関係があるが,払込金額がCの貯金によって賄われた こと,「従業員や取引先の手前,多少の株式を持っておく必要がある」や「金のことは心 配しなくていい」といったCの発言,甲社の株主総会においてAを引受人とする決議がさ れたこと,本件株式の引受けに係る書面に記載された名義はAであったこと,Aが甲社の - 10 - 役員に就任した経緯,Cが本件株式に係る権利を行使してきたことなどの各事実について, 単に事実を列挙するだけでなく,それぞれについての評価を加えた上で結論を導くことが 求められる。例えば,「金のことは心配しなくていい」というCの発言については,Aに 対して払込金額に相当する金銭を贈与する趣旨であったという方向で評価することもでき るし,本件株式の実質的な引受人はCであって名義のみAとしたにすぎないという方向で 評価することもでき,いずれの方向であっても,自分なりに事実に対する評価を加えて結 論を導き出すことが求められる。さらに,本件株式を引き受けた時点における実質的な引 受けの意思が問題となることに意識した上で,その後の事情については当時の意思を推認 させるものであるなどの評価を加えながら検討するといったように,より実務的な観点か らの考察が加えられていると,なお望ましい。 他方で,形式説に立つ場合には,判例(最判昭和42年11月17日民集21巻9号2 448頁)が実質説を採用していると評価されていることを踏まえ,より説得的な論述が 望まれる。例えば,その根拠として,集団的関係における画一的な取扱いの必要性や,非 公開会社においては名義に現れない実質上の引受人を株主とすることによって閉鎖性を維 持することができなくなることを指摘したり,事実関係として,本件株式の引受けの申込 みをする際に提出すべき書面(会社法第203条第2項)の名義がAであることや,甲社 の株主総会において本件株式をAに発行する旨の決議がされたことを指摘したりすること により,説得的な論述を展開することが望ましい。 4 設問3においては,Aとしては,@他の株主1名を代理人としてその議決権を行使する ことができる旨の定款の規定(以下「本件定款規定」という。)に基づいてDの代理人で ある弁護士Gによる議決権の行使が認められなかったこと,A丙社の内規に従って包括委 任状が提出されていたにもかかわらず,内規によって権限が制限されているFによる議決 権の行使が認められ,包括委任状に基づくAの議決権行使が認められなかったことが,そ れぞれ決議の方法が法令に違反する場合(会社法第831条第1項第1号)に該当すると 主張することが考えられる。なお,上記@及びAのいずれについても,株主総会決議取消 しの訴えを提起したAではないD又は丙社の議決権の行使に関する事由であることから, 株主総会決議取消しの訴えにおいて他の株主に係る事由を主張できることが前提となる し,仮に法令違反が肯定されるとすれば,「決議に影響を及ぼさないもの」(同条第2項) には当たらず,裁量棄却はされないものと考えられることから,これらの点についても言 及されていることが望ましい。また,Aとしては,上記@及びAのいずれかが認められれ ば,本件決議の取消しが認められることになる。 Aの上記@の主張の当否を論ずるに当たっては,株主は,代理人によってその議決権を 行使することができるものとされていること(会社法第310条第1項)を前提に,他の 株主1名を代理人としてその議決権を行使することができるという本件定款規定の有効性 及び適用範囲について,判例(最判昭和43年11月1日民集22巻12号2402頁等) を踏まえて検討することが求められる。その際には,Dの代理人であるGが弁護士である こと,甲社が非公開会社であることなどの本問の事実関係を踏まえ,これらの事実関係が どのように影響するのかについての考察を加えながら検討することが求められる。例えば, Gが弁護士であるという点については,一般的には本件定款規定のような議決権の行使に 係る代理人資格の制限は有効ではあるものの,弁護士であるGが代理人とされている本問 においては適用されるべきではないといった指摘をすることが考えられる一方,職種によ り株主総会のかく乱のおそれを個別に判断すれば,円滑な総会運営を阻害し,恣意的な判 断を招くおそれがあることを理由に,弁護士であるGにも本件定款規定は適用されるとす る立場に立つことも考えられる。また,甲社が非公開会社であるという点については,そ れゆえに株主ではない第三者の株主総会への参加を排除する必要があるということもでき - 11 - る一方で,本問のように株主間で対立がある場合には代理人を株主に限ることによって株 主権の代理行使の機会を実質的に奪うことになりかねないということもできるところであ る。いずれにしても,これらの事実関係が,本件定款規定の有効性や適用範囲にどのよう に影響するのかを具体的に考察することが望まれる。 続いて,Aの上記Aの主張の当否を論ずるに当たっては,まず,丙社の内規によれば, 甲社の株式の議決権行使については他の代表取締役であるEに委ねられることとなるが, Fも,「副社長」ではあるものの,丙社の代表取締役であって,丙社の業務に関する一切 の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有しており(会社法第349条第4項),上記内 規は,代表取締役であるFのこのような権限を内部的に制限するものであって善意の第三 者に対抗することができないということ(同条第5項)を指摘する必要がある。その上で, 上記内規による代表権の制限が第三者である甲社との関係で問題となることを前提に,本 問の事実関係を踏まえて,甲社の主観面を検討した上で結論を導くことが求められる。そ の際には,議決権行使という集団的権利行使の場面であること,他方で,甲社が株主数の 少ない閉鎖的な非公開会社であることなどの事情がどのように影響するのかについても検 討することができれば,なお望ましい。なお,本問の事実関係からすると,Fによる議決 権の行使は,Fがその代表権を濫用したとみる余地もあり得ることから,上記の点に加え て,そのような観点から検討を加えることも考えられるところである。 〔第3問〕 本問は,XがYに対して,土地(以下「本件土地」という。)の賃貸借契約(以下「本件契 約」という。)終了に基づいて,Yが本件土地上に所有する建物(以下「本件建物」という。) の収去と本件土地の明渡しを求めて提起した訴えに係る訴訟(以下「本件訴訟」という。)の 係属中にYがZに対して本件建物を賃貸し,これに基づいて本件建物をZに引き渡したという 事案を題材として,@原告が一定の額の立退料の支払と引換えに建物収去土地明渡請求訴訟を 提起した場合に,原告が申し出た額とは異なる額の立退料の支払との引換給付判決をすること の許否の検討(設問1),AXがZを引受人とする訴訟引受けの申立てをした場合に,Zが民 事訴訟法(以下「法」という。)第50条にいう承継人に該当するか否かの検討(設問2),B ZがXによる更新拒絶を争うために,BからAに対して権利金が支払われていた旨を主張する ことが時機に後れた攻撃防御方法として却下されるかどうかの検討(設問3)をそれぞれ求め るものである。 まず,設問1の課題1では,Xが,Yに対して1000万円程度の立退料の支払を申し出た 上で,1000万円の立退料の支払と引換えに本件建物を収去して本件土地を明け渡せとの判 決を求め,さらに,第1回口頭弁論期日において,1000万円という額には大きなこだわり はない旨の陳述をしたという事実関係において,Xの申出額と格段の相違のない範囲を超えて 増額した額の立退料の支払との引換給付判決(以下「増額判決」という。)をすることの許否 の検討が求められている。ここでは,法第246条には,原告の意思の尊重と当事者に対する 不利益の最大限の予告という二つの趣旨が認められるところ,とりわけ前者の観点から,増額 判決の許否につき検討する必要がある。訴状の記載及び第1回口頭弁論期日におけるXの陳述 から,Xがいかなる意思であるかを可能な限り具体的に特定するとともに,Xの現実の意思が 明らかにならない部分は,原告の合理的意思の推測により補うことが期待される。原告の合理 的意思を推測する際には,裁判所が増額判決をし得ないとすれば,どのような判決がされるか を特定した上で,この両者を比較検討しつつ,通常の原告であればいずれを望むかを検討する ことが求められる。なお,最高裁判所昭和46年11月25日第一小法廷判決・民集25巻8 号1343頁は,原告が「立退料として300万円もしくはこれと格段の相違のない一定の範 囲内で裁判所の決定する金員を支払う旨の意思を表明し,かつその支払と引き換えに(中略) - 12 - 店舗の明渡を求めている」との事実関係の下で,申出額よりも多額である500万円の支払と の引換給付判決をした原判決を是認しているが,本設問では,Xが1000万円又はこれと格 段の相違のない一定の範囲内で裁判所の決定する金員を支払う旨の意思しか表明していないと 評価することができるか否かが問題であるから,この判決に依拠して,直ちに申出額と格段の 相違のない範囲を超えて増額した立退料の支払との引換給付判決をすることができないとする のみでは,課題1に十分に答えたとはいえない。 次に,設問1の課題2では,課題1と同様の事実関係において,Xの申出額よりも少額の立 退料の支払との引換給付判決をすることの許否の検討が求められている。ここでも,法第24 6条の二つの趣旨からの検討が必要となるところ,原告の意思の尊重という観点から行うべき 作業は,課題1と基本的に同様であり,課題2では,当事者,とりわけ被告に対する不利益の 最大限の予告という観点から詳細な検討をする必要がある。訴状の記載のみならず,第1回口 頭弁論期日における陳述も踏まえた上で,Yに対して不利益の最大限として何が予告されてい たと評価することができるかについて,Xの申出額と裁判所が正当事由を認める上で必要と考 える立退料額との差の大きさが結論に影響を与えるか否かにも留意しつつ,具体的に検討する ことが期待される。 設問2では,本件訴訟の係属中に,YがZに対して本件建物を賃貸し,これに基づき本件建 物を引き渡したという事実関係において,Zが法第50条の承継人に該当するか否かの検討が 求められている。ここではまず,訴訟承継制度の趣旨を明らかにすることが要求される。具体 的には,訴訟の係属中に第三者による承継が生じた場合において,従前の訴訟状態を流用して 当該第三者との間で訴訟を進めることが訴訟経済に資するとともに,とりわけ相手方が従前の 既得的地位を維持することができるという意味で公平の確保に資するという点を指摘すること が期待される。次に,このような訴訟承継制度の趣旨と適合的な形で,同条にいう承継の意味 内容を具体的に明らかにすることが要求される。この点については,学説上,種々の見解が示 されており,いずれを採用するかにより評価に差をつけることは想定していないが,承継の意 味内容を具体的に明らかにすることが要求されている以上,最高裁判所昭和41年3月22日 第三小法廷判決・民集20巻3号484頁において用いられている「紛争の主体たる地位の承 継」というのみでは,十分に課題に答えたことにはならない。この判例に依拠する場合も,そ こでいう紛争の主体たる地位とはいかなるものか等の点についてより踏み込んだ記述が求めら れる。最後に,以上のように具体的に明らかにされた承継の意味内容に照らして,Zが承継人 に該当するか否かの検討が要求される。例えば,承継前の訴訟において,被承継人を当事者と して適切な者としていた法的地位が第三者に移転し,この地位が相手方の当該第三者に対する 訴訟において,当該第三者を当事者として適切な者としている場合に同条にいう承継が認めら れると考えるのであれば,Yを本件訴訟で被告として適切な者としている法的地位は何か,こ れはYからZに移転しているか,移転しているとして,このような地位はXのZに対する訴訟 においてZを被告として適切な者としているか,といった点を検討する必要がある。 設問3の課題1は,訴訟を引き受けたZが,弁論準備手続の終結及び人証の取調べの後に, 従前当事者から主張されていなかった「BからAに対して更新料の前払の性質をも含む権利金 が支払われていた」との新主張(以下「本件新主張」という。)をしようとしているという事 実関係において,Xの立場から,仮にYが本件新主張をしたとしたら,時機に後れた攻撃防御 方法として却下されることの論証を求めるものである。法第157条第1項を摘示した上で, 同項の定める各要件の具体的意味内容を明らかにし,それぞれが充足されることを説得的に述 べる必要がある。なお,同項の要件のうち,「訴訟の完結を遅延させること」の検討に際して は,その後予想されるXY双方の主張立証活動を踏まえることが要求される。YがAの証人尋 問を申請することは問題文から明らかであるが,Xとしても,立退料額にも関わることである から,BからAへの振込みの趣旨について反論をする機会を欲するであろうことを指摘するこ - 13 - とが期待される。また,本件新主張は,弁論準備手続終結後にされるものであるから,法第1 74条及び第167条により,XからYに対して説明要求がされ得ること,このような要求が された場合には,Yは説明義務を負い,Yが説明を拒絶し,又は不十分な説明しかし得なかっ た場合には,法第157条第1項の「時機に後れた」又は「重大な過失」が推定され得ること を指摘することも期待される。 設問3の課題2の前半部分では,Yが本件新主張をしたとしたら,同項により却下されるこ とを前提として,Xの立場から,Zによる本件新主張も却下されるべきであるという立論をす ることが求められる。具体的には,まず,法第50条の承継人は,承継原因発生時の訴訟状態 を承認する義務を負う旨を,一定の理由をもって論証した上で,そこでいう訴訟状態とはいか なるものであるかを明らかにする必要がある。その上で,同条にいう承継人であるZは訴訟状 態を承認する義務を負い,その結果,法第157条第1項によりY自身がすることができない 本件新主張は,Zもすることができないという結論に至ることが期待される。 設問3の課題2の後半部分では,Yが本件新主張をしたとしたら,同項により却下されるこ とを前提として,Zの立場から,そうであるとしても,Zによる本件新主張は,却下されない という立論をすることが求められる。このような立論としては,Zは訴訟状態を承認する義務 を負うものの,承継の前後で,Xによる更新拒絶の可否を判断する上での本件新主張の重要性 が変容している場合や,Yによる訴訟追行がなれ合いと評価し得る場合には,一定の例外が認 められると論じた上で,本件では,そのような例外が認められるとするものと,承継人は,お よそ訴訟状態を承認する義務を負わないとするものが考えられる。いずれであっても十分な理 由が示されている限り,評価に差をつけることはない。ただし,後者であれば,訴訟状態承認 義務を伴わない訴訟承継制度はいかなる意義を持つものであるか,という点についても検討す ることが期待される。 【刑事系科目】 〔第1問〕 本問は,設問1で,甲及びB腕時計店(以下「B店」という。 )の副店長である丙が,あらかじめ意 を通じ,B店に押し入った甲が丙にサバイバルナイフを示すなどして丙を脅すふりをして,B店の売 場に陳列されていた商品の腕時計100点(以下「本件腕時計」という。)を持ち去った行為について 窃盗罪の共同正犯の成否を,甲と共に腕時計を強奪することを計画していたものの,甲と丙が内通し ていた事実を知らないで,甲及び丙の前記犯行中に周囲を見張るなどして加担した乙について窃盗罪 の共同正犯の成否をそれぞれ検討させ,さらに,丙からの依頼を受け,本件腕時計の一部が入ったボ ストンバッグ(以下「本件バッグ」という。 )を自宅の押し入れ内に保管していた丁が,本件バッグの 中に盗品が入っていることを認識するに至った後も保管を継続した行為について盗品等保管罪の成否 を検討させ,設問2で,甲が,丙と意を通じ,まず甲が木刀で乙の頭部を殴打した(以下「第1暴行」 という。 )が,乙が甲らのB店における犯行を警察に話すなどと言ったことから,丙が乙に暴行を加え, 暴行を終了するようにいさめた甲を殴打して気絶させた後,前記木刀で乙の頭部を殴打した(以下「第 2暴行」という。 )ところ,乙に生じた頭部裂傷(以下「本件傷害」という。 )が第1暴行又は第2暴 行のいずれか一方だけによって形成されたものであることは明らかであるものの,いずれの暴行から 形成されたものか不明であったという事例について,甲が本件傷害に関する刑事責任を負わないとの 結論を導くための説明及び甲が本件傷害に関する刑事責任を負うとの立場からの反論を,それぞれ論 点ごとに論拠を示しつつ検討させ,それにより,刑事実体法及びその解釈論の知識と理解を問うとと もに,具体的な事実関係を分析し,その事実に法規範を適用する能力並びに論理的な思考力及び論述 力を試すものである。 設問1について 甲及び丙の罪責について - 14 - 甲及び丙は,丙以外に従業員がいない時間帯に甲がB店に来て,丙に刃物を示し,腕時計が保管 されているショーケースを開けるように要求すること,丙は,後で怪しまれないように拒むふりを するが,最後にはショーケースを開けるので,甲が直ちに腕時計を持ち去ること,持ち去った腕時 計は後で分配することなどをあらかじめ示し合わせた上で,実際に,この犯行計画に従った内容の 犯行を実行し,甲が本件腕時計を持ち去っている。 まず,甲及び丙の行為が,強盗罪の構成要件に該当しないことは明らかである。すなわち,強盗 罪の客観的構成要件は,相手方に対し, 「暴行又は脅迫」を加え, 「他人の財物」を「強取」するこ とであるところ,強盗罪にいう「暴行又は脅迫」は,財物の奪取に向けられた相手方の反抗を抑圧 するに足りる程度の暴行又は脅迫を意味すると解されている。確かに,甲が丙に対して,サバイバ ルナイフを示し, 「殺されたくなかったら,これに時計を入れろ。 」と要求した行為は,一般的には 相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の脅迫と評価することが可能であろうが,甲と丙があらかじ め内通していた事実を隠蔽するために,あたかも丙が犯人から脅されたかのように仮装することを 企図し,実際にその計画どおりに犯行を遂行したにすぎない本事例の事実関係の下では,甲が丙に サバイバルナイフを示して前記文言を述べた行為は,財物の奪取に向けられたものと評価すること はできず,強盗罪の「脅迫」たり得ないし,また,甲はそのことを認識しているのであるから,強 盗罪の故意を認めることもできない。 そこで,甲及び丙の罪責として,窃盗罪の構成要件該当性及び共同正犯の成否を検討する必要が あるところ,仮に,本件腕時計の占有が丙の上位者であるCに帰属せず,もっぱら丙に帰属するも のであるとすれば, 「自己の占有する他人の物」として業務上横領罪の客体となるため,本件腕時計 の占有の帰属が問題となる。 この点,複数の保管者間に上下関係がある場合には,財物を現実に握持しているのが下位者であ ったとしても,原則として,占有は上位者に属し,下位者は占有補助者にすぎないとするのが判例 の立場であるが(最決昭和31年1月19日刑集10巻1号67頁等) ,上位者が下位者に財物の管 理を完全に委ねている場合など,下位者が上位者の判断を個別に仰ぐことなく,独立の権限・裁量 を有している場合は,財物の占有が下位者に属すると解されることから,本件腕時計の管理に関す る丙の権限・裁量の有無及び程度について,具体的事実を摘示して当てはめを行う必要がある。す なわち,B店では,商品の仕入れ,店外への持ち出し及び価格設定について,丙に権限はなく,全 てCの承認を得る必要があるとされていたこと,本件腕時計が店舗という閉鎖された空間の中にお いて,原則として常時施錠されたショーケース内に保管されていたこと,その鍵を丙のみならずC も所持していたこと,B店の売場及び従業員控室の状況は,常時,防犯カメラで撮影録画されてい たことなどの事情を踏まえ,占有の帰属を検討することになる。 その上で,Cの占有を肯定した場合は,窃盗罪の構成要件該当性を検討することになり,客観的 構成要件要素として「他人の財物」 , 「窃取」を,主観的構成要件要素として故意及び不法領得の意 思を,それぞれ検討する必要がある。また,甲丙間に意思連絡があること及び両者が実行行為を分 担していることから,窃盗罪の共同正犯が成立することを簡潔に指摘する必要がある。なお,上記 各事情にもかかわらずCの占有を否定する結論を採用した場合は,業務上横領罪の構成要件該当性 を検討することになり,客観的構成要件要素として「業務上」 , 「他人の物」 , 「横領」を,主観的構 成要件要素として故意及び不法領得の意思を,それぞれ検討する必要がある。また,この場合,共 同正犯の成否を検討するに当たっては,甲丙間に意思連絡があること,甲に正犯性が認められるこ とに加え,財物を業務上占有している丙の犯行に業務上の占有者たる身分を有しない甲が加功した との構造となることから,刑法第65条の解釈を論じた上で,自説の立場から,甲に成立する罪名 を決定する必要がある。 乙の罪責について 乙は,甲との間で,腕時計販売店に押し入って腕時計を強奪する計画を立てていたところ,甲か ら,甲がB店内に入って店員に刃物を突き付けて腕時計を奪い取ること,その間,乙は付近に駐車 - 15 - した自動車内で周囲を見張り,甲が戻ってきたらすぐに車を発進させること,奪った腕時計は後で 分配することを持ち掛けられてこれを承諾し,実際にその計画どおりの行動をとっている。 乙の罪責としては,甲及び丙との共犯の成否を検討する必要があるところ,乙は実行行為を分担 していないため,共謀共同正犯か幇助犯かが問題となる。その検討に際しては,共同正犯と幇助犯 の区別基準を示した上で,その判断の基礎となる具体的事実を摘示して当てはめを行う必要がある。 すなわち,共同正犯と幇助犯の区別基準としては,自己の犯罪を遂行する意思(正犯意思)で犯行 に加わっているかによって区別する立場,犯行において客観的に重要な因果的寄与を果たしたとい えるかを基準とする立場,他の関与者の行為を支配する地位にあったかを基準とする立場などがあ るが,いずれの立場に立ったとしても,甲及び乙は,いずれも金に困った挙げ句に相談して犯行を 計画したものであり,両者の積極性に差はないこと,甲乙間に指揮命令関係や支配服従関係までは 認められないこと,乙が行った見張り行為や甲を乗車させて自動車を発進させる行為が犯行の遂行 に当たって重要であること,乙が相当多額の利益を得ていることなどを重視すれば,乙の正犯性を 肯定する結論に至り得る。他方,乙が真実の犯行計画を知らされておらず,いわば甲及び丙の犯行 計画における中核部分に関する意思連絡から排除されていたことなどを重視すれば,乙の正犯性を 否定する結論に至ることも可能であろう。 また,乙は,主観的には,強盗罪に該当する行為の認識・認容を有していたところ,甲及び丙に よって客観的に実現された行為は窃盗罪であることから,いわゆる共犯の錯誤の処理が問題となる。 まず,甲は,当初から窃盗の意思を有していたにすぎない一方で,乙は強盗の意思で謀議を遂げて おり,謀議の時点で両者の認識に不一致があることから,そもそも,甲乙間での「共謀」の存否が 問題となるところ,共同正犯の本質に関する部分的犯罪共同説からは,強盗罪と窃盗罪の構成要件 が重なり合う窃盗罪の限度で共謀の要件を満たすと解することになる(なお,強盗罪と(業務上) 横領罪の関係を検討する場合,両罪の間に構成要件の重なり合いをそもそも認めることができるか, また,認められるとして,いかなる範囲で認めることができるかについては,構成要件の符合の判 断基準によって,結論が異なり得るだろう。 ) 。他方,行為共同説からは,甲乙間において,B店で 保管されている腕時計を取得する旨の行為を共同するとの合意があるから,共謀の要件を満たすと 考えられる。 さらに,乙に窃盗罪の故意を認めることができるか,いわゆる抽象的事実の錯誤が問題となると ころ,甲及び丙の罪責において窃盗罪の共同正犯の成立を認めた場合,判例・通説である法定的符 合説からは,強盗罪と窃盗罪の構成要件は窃盗罪の限度で重なり合うことから,乙には窃盗罪の故 意を認めることができる(強盗罪と(業務上)横領罪の関係については前記のとおりである。 ) 。こ の点,共同正犯の本質論と抽象的事実の錯誤の関係については様々な考え方があり得るところであ り,共同正犯の本質論を論じれば重ねて抽象的事実の錯誤を論じる必要はないとする立場,もっぱ ら抽象的事実の錯誤の問題として処理すべきとする立場などがあり得るが,いかなる立場に立つに せよ,自説の論理的整合性を保ちつつ論じる必要がある。 丁の罪責について 丁は,丙から,本件バッグをしばらく預かっておいてほしいと言われ,これを自宅の押し入れ内 に放置していたところ,その後,本件バッグの中に入っていた腕時計全てに値札が付いていたのを 見て,丙が自分のものにするためにB店から無断で持ち出した商品であろうと認識したが,本件バ ッグを丙に返すまでの間,これを押し入れ内に置き続けている。 丁の罪責としては,盗品等保管罪の成否が問題となるところ,同罪の客観的構成要件要素として, 「盗品その他財産に対する罪に当たる行為によって領得された物」 , 「保管」を,主観的構成要件要 素として故意をそれぞれ検討する必要がある。この点,丁は,本件バッグを預かった時点で中に盗 品の腕時計が入っていることを知らず,かつ,これを知った後も,従前と同様の形態で保管を続け ていたにすぎないため,このような場合でも同罪が成立するかを,同罪の法的性質を意識しつつ検 討して論じる必要がある。 - 16 - すなわち,同罪を継続犯と解する立場からは,保管が継続する限り実行行為が継続しているから, 保管途中から盗品等であることの認識が生じた場合であっても,それ以降も本犯者のために保管を 継続すれば同罪が成立するとの結論に結び付きやすいと考えられるが,保管開始後に盗品であるこ との認識を生じた者に委託者への返還や警察への提出等を強制することは困難であること,盗品等 有償譲受け罪の場合には占有移転の時点で盗品性の認識が必要と解されていることとの均衡等を強 調して,盗品等保管罪の成立を否定することも可能であろう。他方,同罪を状態犯と解する立場か らは,盗品等であることの認識は寄託時点で存在していなければならないと解され,同罪は不成立 となる。 設問2について 前提事実及び問題の所在について まず,各立場からの説明及び反論を論じる前提として,本事例の事実関係を的確に分析し,甲が 本件傷害に関する刑事責任を負うか否かについて,問題となる論点を正しく把握する必要がある。 すなわち,本事例では,第1暴行及び第2暴行がいずれも暴行罪の構成要件に該当する行為である ことが明らかであるところ,甲丙間において,乙に暴行を加える旨の事前共謀が成立しており,甲 は,この共謀に基づいて第1暴行を実行している。仮に,第1暴行から本件傷害が発生したと認め られるのであれば,甲は,傷害罪の共同正犯として本件傷害に関する刑事責任を負うことになるが, 第1暴行及び第2暴行と本件傷害の因果関係が不明である。この点,第2暴行も前記共謀に基づく ものと評価できるのであれば,一部実行全部責任の法理により,甲には傷害罪の共同正犯が成立す る。したがって,甲が本件傷害に関する刑事責任を負わないとするためには,第2暴行が前記共謀 に基づくものでないこと,すなわち,第2暴行の前に甲丙間の共犯関係が解消されたことが必要と なる(これを共謀の射程の問題として捉え,第2暴行は当初の共謀による犯行計画が大幅に変更さ れ,別個の犯罪が実現したものと評価して甲の刑事責任を否定する構成も考えられるであろう。 ) 。 もっとも,仮に共犯関係の解消が認められたとしても,同時傷害の特例(刑法第207条)が適 用されるとすれば,甲は「共犯の例による」ことになり,本件傷害に関して刑事責任を負うことに なるから,甲が責任を負わないとするためには,同特例が適用されないと解する必要がある。同特 例を適用するための要件として,各暴行が本件傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること 及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたことを要する (最決平成28年3月24日刑集70巻3号1頁参照)と解されているが,本事例の事実関係から, これらの要件は充足されていると考えられるので,行為者間に一部共犯関係が存在し,傷害結果に ついて明らかに責任を負う者が存在する場合にも同特例を適用できるか,その適用範囲をいかに解 すべきかが問題となる。 甲は本件傷害に関する刑事責任を負わないとの立場からの説明について まず,第2暴行に先立って,甲丙間の共犯関係が解消されたとの説明について論じる必要がある ところ,共犯関係の解消を認めるための要件を明らかにした上で,それを本事例の具体的な事実関 係に当てはめた場合,共犯関係の解消を肯定できるとの説明を,論拠を示しつつ論じることが求め られる。この点,通説である因果性遮断説からは,関与者の因果的寄与が解消された場合に共犯関 係の解消を認めることから,@第1暴行後,甲は,丙の暴行を制止しようとしたこと,A甲は,丙 から殴打されて気絶したこと,B丙は,気絶した甲を放置したまま,第2暴行を実行していること, C事前の甲丙間の共謀には,丙が乙の頭部を木刀で強打する計画は含まれていないこと,D第1暴 行と第2暴行は動機を異にすることなどの事情を挙げて,甲の因果的寄与が解消されたと説明する ことが考えられる。 次に,仮に,甲丙間の共犯関係が解消していたとしても,同時傷害の特例が適用されるのであれ ば,甲は本件傷害に関する刑事責任を負うことになるという論理関係を意識した上で,同特例が適 用されないとの説明を,論拠を示しつつ論じる必要がある。この点,同時傷害の特例は,複数人の 暴行が競合しているにもかかわらず,傷害結果について誰も責任を負わない不都合を解消するため - 17 - の規定であると解すれば,暴行の行為者間に一部共犯関係が存在し,傷害結果について明らかに責 任を負う者(丙)が存在する本事例のような事案では,同時傷害の特例は適用されないと解される。 甲は本件傷害に関する刑事責任を負うとの立場からの反論について この立場からは,まず,第2暴行が行われた時点においても,甲丙間の共犯関係は解消されてい なかったとの反論を,論拠を示しつつ論じる必要がある。ここでは,甲の因果的寄与がいまだ解消 されていないことを基礎付ける具体的事情,すなわち,@甲は,乙に暴行を加えることを発案し, 当初は乗り気でなかった丙を説得して共謀関係を構築しており,首謀者的立場にあること,A甲は, 自ら第1暴行を実行することで,丙の犯意を強化していること,B甲は,凶器として木刀を準備し ているところ,丙は,第2暴行で同木刀を使用していることなどの事情を挙げて,甲の因果的寄与 が未だ解消されていないと説明することが考えられる。 次に,甲丙間の共犯関係が解消されていたとしても,同時傷害の特例が適用されるとの反論を, 論拠を示しつつ論じる必要がある。ここでは,暴行の行為者間に一部共犯関係が存在する場合であ っても,同特例が適用できなくなるとする理由はなく,むしろ同特例を適用しないとすれば,共犯 関係が認められないときとの均衡を失することなどを論じることが考えられる。 〔第2問〕 本問は,住居侵入強盗事件を素材として,捜査及び公判に関する具体的事例を示し,各局面 で生じる刑事手続上の問題点,その解決に必要な法解釈,法適用に当たって重要な具体的事実 の分析及び評価並びに具体的結論に至る思考過程を論述させることにより,刑事訴訟法に関す る基本的学識,法適用能力及び論理的思考力を試すものである。 〔設問1〕は,警察官が行った名刺1枚の差押え(以下「下線部@の差押え」という。)及 びUSBメモリ2本の差押え(以下「下線部Aの差押え」という。)の適法性を検討させるこ とにより刑事訴訟法の規定する差押えの要件に関する法的問題の理解と具体的事案への適用能 力を試すものである。 司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,裁判官の発する令状により, 証拠物又は没収すべき物と思料するものを差し押さえることができるところ(刑事訴訟法第2 18条第1項),捜索差押許可状により差押えできる物は,令状に明示された「差し押さえる べき物」に該当するものに限られる。これは,差押えが対象者の財産権への制約となることか ら,これを可能な限り限定する趣旨であり,「差し押さえるべき物」は,@令状に明記された 物件に当てはまり(憲法第35条,刑事訴訟法第219条第1項),かつ,A被疑事実との関 連性を有すること(憲法第35条,刑事訴訟法第222条第1項,第99条第1項)が求めら れる。本問では,この要件を踏まえた上で,下線部@の差押え及び下線部Aの差押えの適法性 について検討する必要がある。 下線部@の差押えについては,本問の捜索差押許可状の「差し押さえるべき物」に「名刺」 が含まれていることから,差し押さえられた名刺が令状に明記された物件に当てはまることは 明らかである一方,同名刺は本件住居侵入強盗の現場で被害者に示されたりしたものではなく, 犯行自体に使用されたものではないことから,被疑事実との関連性の有無が問題となる。 被疑事実との関連性が認められる証拠の範囲については,被疑事実それ自体を立証する価値 を有する物のほかに,情状事実や背景事情に関する物も被疑事実との関連性が認められる証拠 に含めるべきか否かについて様々な考え方があり,この点に関する最高裁判例(最判昭和51 年11月18日判時837号104頁)の内容も踏まえながら,自己の見解をその根拠も含め て論じることが求められる。その上で,捜索差押許可状の被疑事実を意識しながら,本件住居 侵入強盗の事案の性質,差し押さえられた名刺の記載内容,捜索・差押えの現場がどのような 場所であるかなど,事例に現れた具体的事実を適切に抽出,分析し,それらの事実が持つ意味 を適切に評価して,自己の見解に当てはめ,差し押さえられた名刺と被疑事実との関連性を論 - 18 - じることが求められる。 下線部Aの差押えについては,可視性・可読性がなく,その外観からは被疑事実との関連性 を判断し難い電磁的記録媒体について,その記録内容を確認せずに差押えを行うことの適否が 問題となる。 この点に関して,最高裁判例(最決平成10年5月1日刑集52巻4号275頁)が存在す るが,学説上は,@可能な限り捜索・差押えの現場で内容を確認すべきことを前提に,やむを 得ない事情のある場合には,内容を確認せずとも,罪の内容や現場の状況等に照らして当該電 磁的記録媒体に関連する情報が記録されていると疑うに足りる合理的な理由があれば,被疑事 実との関連性が認められ,差押えが許されるとする考え方,A捜索・差押えの現場で,差し押 さえるべき物とそうでない物の選別が容易でなく,かつ罪証隠滅の高度の蓋然性がある場合に は,被疑事実との関連性の確認のために,刑事訴訟法第222条第1項,第111条第1項の 「必要な処分」として,占有を取得した上,事後に選別を行うことも許容されるとする考え方 (この考え方は,当該占有取得の法的性質を「差押え」ではなく,あくまでも,捜索に「必要 な処分」(刑事訴訟法第222条第1項,第111条第1項)であると理解する点に注意が必 要である。)などが主張されている。 いずれの考え方を採るにしても,上記判例の内容を踏まえた上で,各自の考え方を展開する ことが求められ,その上で,差し押さえられたUSBメモリに関して警察官が事前に得ていた 情報,捜索・差押えの現場におけるUSBメモリの発見状況,同現場における立会人乙の言動, 本件住居侵入強盗の事案の性質,捜索・差押え実施後の状況など,事例に現れた具体的事実を 適切に抽出,分析し,それらの事実が持つ意味を適切に評価して,自己の考え方に当てはめ, 下線部Aの差押えの適法性を論じることが求められる。 〔設問2〕は,乙の公判において証拠調べ請求された乙作成の本件メモ1(〔設問2−1〕), 甲作成の本件メモ2(〔設問2−2〕)について,それぞれの証拠能力の有無を問うことにより, 刑事訴訟法第320条第1項の伝聞法則についての正確な理解と具体的事実への適用能力を試 すものである。 まず,前提として,伝聞法則の適用を受ける証拠であるか否か,すなわち伝聞証拠と非伝聞 証拠を区別する基準を示す必要があるところ,一般に,伝聞法則の主要な根拠は,公判期日外 の供述については,公判期日での供述に比べ,類型的に信用性の担保に欠けるという点に求め られ,この根拠に照らすと,公判期日外の供述(原供述)を含む供述ないし書面に伝聞法則の 適用があるか否かを判断するに当たっては,原供述を証拠とすることにより何を立証しようと するか,すなわち要証事実が何であるかが重要であり,原供述の内容に示される事実が存在す ること(原供述の内容の真実性)を立証するために用いられる場合は,信用性の担保に欠ける 証拠を立証に用いることで事実認定の正確性を損なうおそれが生じるため,伝聞証拠に当たり, 一定の要件を満たさない限り証拠能力を認めるべきでないこととなる。他方で,一定の内容の 原供述の存在が示されれば,その内容の真偽にかかわらず立証の目的を達し得る場合や,原供 述についてその生成過程に照らして信用性を担保する必要が低いと評価される場合は,伝聞法 則の趣旨が妥当せず,その適用がないと考えることが可能となる。 〔設問2−1〕について,本件メモ1は,「書面」であって,本件住居侵入強盗の被害者V の名前,住所等や,本件住居侵入強盗の犯行態様と一致する記載があるものの,甲乙間におけ る本件住居侵入強盗に関するやり取りがうかがわれる記載はなく,その記載の内容(被害者の 名前,住所,500万円の在りか等)の真実性を立証したとしても,甲乙間における本件住居 侵入強盗に関する共謀という要証事実の認定上直接の意味を持たない。 他方で,犯行計画を記載したメモの証拠能力に関しては,@そのメモの内容が客観的な犯罪 事実と一致している場合,偶然の一致は考えにくいような事項の一致が認められ,かつ,それ が犯罪発生前に作成されたことが判明していれば,そこから直ちに犯罪がそのメモに記載され - 19 - た犯行計画にのっとって遂行されたことを推認でき,かかる一致の認められるメモの作成者が 判明していれば,そのこと自体から,メモの作成者と犯行の実行者の間で当該メモに記載され た内容の共謀が推認し得るとする考え方,A犯行計画を記載したメモは,その作成者が作成当 時に有していた犯行計画ないし犯罪意思を述べたものとして,心理状態の供述に当たり,原供 述者の原供述時における心理状態を立証する上では,内心の状態について知覚と記憶の過程は 問題にならないため,供述者の外界の事実の存在を示す典型的な供述証拠に比べて誤りの危険 は小さく,また,真摯性,叙述の点について誤りの有無・程度を吟味する必要はあるものの, それは原供述者の尋問によらなくても,その記載内容や作成状況等から誤りの有無・程度の吟 味が可能であることなどから,非伝聞証拠として,刑事訴訟法第320条第1項の適用はなく, かつ,その記載内容が客観的な犯罪事実と一致し,当該犯罪をメモの作成者以外の者が実行し た場合には,作成者と実行者の間で当該メモに記載された内容の共謀が形成されたことを推認 し得るとする考え方などが主張されている。 いずれの考え方を採るにせよ,本件メモ1により甲乙間における本件住居侵入強盗に関する 共謀を推認し得る推論過程について,自己の理論構成を明示し,その上で,本件住居侵入強盗 の犯行状況,本件メモ1の記載内容,その作成時期・作成者など,事例に現れた具体的事実を 適切に抽出,分析し,それらの事実が持つ意味を適切に評価して,自己の理論構成に当てはめ, 本件メモ1の証拠能力の有無を論じることが求められる。 〔設問2−2〕では, 「書面」である本件メモ2に, 「乙から指示されたこと」の記載のほか, 本件住居侵入強盗の被害者の名前,住所等と一致する記載及び本件住居侵入強盗の犯行態様と 一致する記載があることから,本件メモ2は,乙から本件住居侵入強盗を指示された旨を甲が 供述した内容を記載した書面であるといえ,甲乙間における本件住居侵入強盗に関する共謀と いう要証事実との関係で,その内容の真実性を立証するために用いられる場合に当たることか ら,刑事訴訟法第320条第1項の適用を受ける伝聞証拠として証拠能力を検討することが求 められる。 本件メモ2は,甲が自己の供述を記載した書面であり,乙との関係では,「被告人以外の者 が作成した供述書」に該当することから,伝聞例外となる規定として刑事訴訟法第321条第 1項第3号を選択した上で,同号が規定する@供述不能,A不可欠性,B絶対的特信性の各要 件を指摘し,それらの要件の意義・解釈について的確に論じることが求められる。なお,甲は 乙との共謀に関する事項について証言を一切拒絶しているところ,このような証言拒絶の場合 が「供述不能」に含まれるか否かについては,この点に関する最高裁判例(最大判昭和27年 4月9日刑集6巻4号584頁,最判昭和44年12月4日刑集23巻12号1546頁)の 内容を踏まえた上で,自己の見解を展開することが求められる。 その上で,甲の証人尋問実施状況,甲による証言拒絶の具体的状況,本件メモ2以外の証拠 の収集状況,本件メモ2の保管・発見状況,同メモの記載内容など,事例に現れた具体的事実 を適切に抽出,分析し,それらの事実が持つ意味を適切に評価して,刑事訴訟法第321条第 1項第3号が規定する上記の各要件に当てはめ,本件メモ2の証拠能力の有無を論じることが 求められる。 【選択科目】 [倒産法] 〔第1問〕 本問は,株式会社が破産手続開始の決定を受けた場合の具体的事例を基に,主に,双方未履 行双務契約の処理に関する規律,相殺権と相殺禁止の規律についての基本的な理解と事例処理 能力を問うものである。 〔設問1〕は,倉庫建設工事に係る請負契約の注文者である株式会社が,建物完成後に破産 - 20 - 手続開始の決定を受けたとの事例を通じて,破産管財人が請負契約を解除した場合に,支払済 みの請負代金及び未払の請負代金債権が,破産手続においてどのように取り扱われるかについ ての基本的な理解を問うものである。 解答に当たっては,まず,破産管財人Xによる解除について適用される具体的な規律を摘示 する必要がある。この点については,注文者であるA社について破産手続開始の決定があった 時において,本件請負契約が双方未履行の状態にあることから,注文者が破産した事例に当た るものとして,破産法第53条第1項の特則である民法第642条第1項本文の規律が適用さ れることを指摘することが求められる。 次に,支払済みの請負代金については,Xによる解除の効果が出来高部分には及ばないこと を前提としつつ,E建設による仕事完成債務は全て履行されているのに対し,支払済みの報酬 は5000万円(全体の3分の1)にすぎず,原状回復の必要がないことから,破産手続にお ける処理の対象とはならないことを説明することが求められる。 他方,未払の請負代金債権については,民法第642条第2項を摘示しつつ,「既にした仕 事の報酬」に当たることから,破産債権として取り扱われることを説明することが求められる。 〔設問2〕及び〔設問3〕は,預金者である株式会社が破産手続開始の決定を受けたとの事 例を通じて,支払不能後又は支払停止後に預金払戻債務が負担された場合を念頭に,銀行が有 する貸金返還請求権を自働債権とする相殺の可否についての的確な理解を問うものである。 解答に当たっては,その前提として,破産法第67条第1項を摘示しつつ,B銀行の有する 貸金返還請求権は,破産手続開始前の原因に基づいて生じた請求権として破産債権に当たるこ とから,原則として,これを自働債権として相殺権を行使することは可能であることを指摘す ることが求められる。その上で,〔設問2〕及び〔設問3〕のいずれにおいても,F商店が, 危機時期に,B銀行に開設されたA社の預金口座に売買代金を振り込んだことにより,B銀行 がA社に対して債務を負担することになったのであるから,受働債権たる債務負担の時期によ る相殺の禁止が問題となるとして,破産法第71条第1項各号の適用の有無について,順次検 討することが求められる。 〔設問2〕については,まず,破産法第71条第1項第2号の適用の有無を検討することに なる。解答に当たっては,同法第2条第11項を摘示して支払不能の定義を示した上で,事例 に掲げられた具体的な事実を拾い出して当てはめを行い,令和2年5月31日の時点でA社が 支払不能となった(同年6月1日との考え方もあり得る。)ことを認定し,F商店による振込 は令和2年6月5日であるから支払不能後の債務負担に当たることを明示することが求められ る。さらに,同法第71条第1項第2号については, 「破産者の財産の処分を内容とする契約」 を,「専ら破産債権をもってする相殺に供する目的」で締結した場合や,既に発生している他 人の「債務を引き受ける」場合の相殺を禁止していることから,これらの加重要件が設けられ ている趣旨を踏まえ,その該当性についての検討を加えることが求められる。この点について は,主として,B銀行の関与がなく,F商店の選択によって振込入金がされているとの事実の 評価がポイントとなるが,事例に掲げられた具体的な事実に照らすと,基本的には上記の要件 はいずれも満たさないとの方向となろう。 破産法第71条第1項第2号が適用されないとの結論に至った場合は,他の規定(同項第1 号,第3号及び第4号)の適用の有無についても検討する必要がある。このうち,特に検討す べきは第3号の適用の有無であるが,この検討に当たっては,「支払停止」について,債務者 が弁済期に到来した債務を一般的かつ継続的に弁済できないことを外部に表示する行為である ことを示した上で,令和2年6月8日に本件通知を発送したことが支払停止に当たることを認 定し,結論として,F商店による振込は支払停止後の債務負担に当たらないことから同号の適 用対象とはならないことを導くことが求められる。 次に,〔設問3〕については,F商店による振込が令和2年6月16日であることから,ま - 21 - ずは,破産手続開始の申立てがあった後に債務を負担した場合であるとして,破産法第71条 第1項第4号の適用の有無について検討することが求められる。ただし,この点については, 問題文中に,破産手続開始の申立てがされていたことを知らなかったことが明示されているこ とから,結論として同号の適用はないことを指摘する必要がある。その上で,〔設問2〕での 検討を踏まえると,支払停止後の債務負担に当たることから,同項第3号の適用があることを 前提に,同条第2項各号の適用の有無について検討することが求められる。解答に当たっては, 特に,同項第2号の「前に生じた原因」の該当性について論じることが求められる。具体的に は,同号の規定の趣旨が,相殺の担保的効力に対する破産債権者の合理的な期待を保護するも のであることからすると,「原因」はその期待を直接かつ具体的に基礎付けるものである必要 があることを指摘した上で,事例に掲げられた具体的な事実に照らし,基本的には消極の方向 で結論を示すことが期待される。 〔第2問〕 本問は,株式会社の民事再生に関する具体的事例を通じて,主として,再生債権の届出,再 生計画の取消し,再生手続の廃止といった再生手続についての基本的な理解と事例処理能力を 問うものである。 〔設問1〕は,結婚披露宴に関する役務の提供を受ける権利を題材に,再生債権の概念,再 生債権該当性についての理解のほか,破産債権の届出内容との相違を含め,再生債権の届出に ついての理解を問うものである。 解答に当たっては,まず,民事再生法第84条第1項を摘示して,再生債権の定義及び要件 を明示しつつ,Dの有する債権(結婚披露宴に関する役務の提供を受ける権利)が,再生手続 開始前の原因に基づいて生じた財産権上の請求権に当たることを指摘することが求められる。 次に,再生債権の届出については,同法第94条第1項の定めに従い,債権届出期間内に,債 権の内容及び原因,議決権の額,民事再生規則第31条で定める事項を届け出なければならな いことを,事例に即して指摘することが求められる。なお,清算型の手続である破産手続にお いては,全ての債権を金銭化する取扱いがされている(破産法第103条第2項第1号イ)こ とから,債権の「内容」ではなく,債権の「額」を届け出ること(同法第111条第1項第1 号)とされている点で再生債権の届出と異なることを指摘することが求められる。本問で債権 者が有する権利は金銭債権ではなく役務の提供を受ける権利であるため,「内容」と「額」の 違いが生じることになる。 〔設問2〕は,再生計画案の可決に当たって虚偽の債権届出がされたとの具体的事例を通じ て,再生計画の取消事由の有無及び取消事由がある場合における裁判所の判断について,これ らの規律の基本的な理解を前提に,事例分析能力を問うものである。 設問前段(再生計画の取消事由の有無)の検討に当たっては,まず,民事再生法第172条 の3第1項第1号によれば,再生計画案の可決要件につき,議決権額の過半数のみでは足りず, 議決権者の頭数の過半数の同意が必要であるとされているところ,本問の事例においては,再 生債務者であるA社の代表取締役Fが,A社の従業員であるGら10名に虚偽の再生債権届出 書を提出させ,債権調査においてA社がこれらの債権を認めたことが,同法第189条第1項 第1号の「不正の方法」に当たるか否かについて論じることが求められる。この点に関連して, 同法第174条第2項第3号所定の「再生計画の決議が不正の方法によって成立するに至った とき」には,議決権を行使した再生債権者が詐欺,強迫又は不正な利益の供与等を受けたこと により再生計画案が可決された場合はもとより,再生計画案の可決が信義則に反する行為に基 づいてされた場合も含まれるものと解するのが相当であるとした判例(最決平成20年3月1 3日民集62巻3号860頁)がある。この考え方を踏まえると,本問の事例については,基 本的に,「不正の方法」に該当するとの方向となろう。 - 22 - 次に,事例における再生計画案が不正の方法「により」成立したこと,すなわち,再生計画 の成立との因果関係の有無についても検討する必要がある。この点については,Gらが虚偽の 届出をしなくても過半数の頭数は確保できており可決することができたとの事実や,Gらが虚 偽の届出をしたことが途中で発覚していれば,債権者2名の反対により可決することはできな かったとの事実を踏まえながら,これらの事実をどのように評価するかについて論じることが 求められる。 設問後段(取消事由がある場合における裁判所の判断)については,まず,民事再生法第1 89条第1項を摘示し,裁判所は取消事由がある場合でも裁量により申立てを棄却することが 可能であることを指摘する必要がある。その上で,取り消す方向の要素と棄却する方向の要素 とを事例に則して的確に拾い出し,分析・検討をすることが求められる。 最後に,〔設問3〕については,再生計画に基づく弁済を継続していくことができなくなっ た場合において裁判所が採るべき方策として,民事再生法上どのような制度が設けられている かについての理解を問うものである。具体的には,同法第194条を摘示して,再生計画を遂 行できないことが明らかである以上,裁判所は再生手続を廃止しなければならないとの指摘が 求められるほか,同法第250条を摘示して,職権による破産手続開始の決定をすることがで きるとの指摘が求められる。裁判所に裁量棄却の選択肢がある再生計画の取消し〔設問2〕と の対比で,再生手続の廃止は必要的であることの理解を示すことが望ましい。 [租税法] 〔第1問〕 本問は,離婚時の財産分与(民法第768条)をめぐる譲渡所得の課税関係(設問1,), 事業所得における必要経費(設問2),不動産所得の人的帰属(設問3)について問うもので ある。 設問1では,分与をした者に対する課税について,所得税法第33条の規定に即して譲渡 所得の基礎を踏まえた上で,最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁の趣旨を正確 に理解しているかどうかが問われている。 ここは特に,譲渡所得の総収入金額が問題となる。この総収入金額は,原則として,資産の 譲渡により実際に得た対価の額となる。これを財産分与に当てはめると,財産分与による分与 義務の消滅が,その対価に当たる。この分与義務の価額は,通常は分与した資産の分与時にお ける価額と等しいと考えられる。この点を丁寧に論じる必要があり,分与した資産の分与時に おける価額を,当然に総収入金額とするのは適当ではない。 この点に注意をしつつ,譲渡所得の金額の計算,長期譲渡所得と短期譲渡所得のいずれに当 たるか等を説明することが求められる。 なお,上記判例に対しては,学説上は反対論も少なくないので,それらに基づいて論述をす ることもできるが,その場合でも,上記判例を正確に理解していることが前提となる。 設問1では,分与を受けた者について,分与された資産を譲渡した場合の課税関係が問われ ている。ここでは特に,当該資産の取得費(所得税法第33条第3項,第38条)が問題とな る。ここでも,と同様に,財産分与を受けることにより消滅した財産分与請求権の価額が「そ の資産の取得に要した金額」となり,その価額は,通常は分与された資産の分与時における価 額と等しいと考えられる(東京地判平成3年2月28日行集42巻2号341頁参照)ことを 丁寧に論じる必要がある。 設問2では,資格を取得するための支出や,その他の技能等を得るための支出について,事 業所得における必要経費に該当するか否かを問うものである。 必要経費の意義は,所得税法第37条に規定されているが,本件の支出は「売上原価その他 当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額」に当たらないことは明らかであるので, 「販 - 23 - 売費,一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」に当たるか否かが 問題となる。これに該当するには,その支出が,業務の遂行と関連し,かつ,業務の遂行上必 要であることが要件とされる。 また,本件のような支出に関しては,家事費・家事関連費(所得税法第45条第1項第1号) に該当するか否かも問題となりうる。家事費とは,個人の消費生活上の支出であって,もとも と必要経費に該当するものではない。家事関連費とは,家事費と必要経費の両方の性格を持つ 支出であり,所得税法施行令第96条第1項によれば,その主たる部分が所得を生ずべき業務 の遂行上必要であり,かつ,その必要である部分を明らかに区分することができる場合に,そ の部分について必要経費に算入される(ただし,所得税法基本通達45−2参照)。 本問においては,これらの点を踏まえた上で,2つの支出それぞれについての判断が求めら れる。 設問3では,不動産所得の人的帰属が問われている。所得の人的帰属については,所得税法 第12条に規定されており,その解釈についてはいわゆる法律的帰属説が妥当する。法律的帰 属説によれば,資産から得られる所得は,通常はその資産の所有者に帰属すると考えられる。 このことを遺産分割前の相続財産に当てはめればよい。なお,本問では,遺産分割後において 本件の賃料収入がどのように扱われるかは問うていない。 〔第2問〕 本問は,含み益のある資産を関連会社で転々譲渡して少しずつ含み益を実現させ,複数の会 社の繰越欠損金と相殺しようとした場合の,法人税法の適用(設問1,,設問2),国税 通則法第68条第1項(重加算税)の「隠ぺい,仮装」の理解(設問1,),会社からリ ベートを受けた場合の所得分類(設問3)について問うものである。 設問1とはセットで捉えていただきたい。導入として,設問1では時価譲渡時の法人 税法の適用を確認している。過去の答案の危うさの例として,法人税法第22条第2項の適用 により◇◇−△△=☆☆の譲渡益が益金に計上される,という答案が散見される。法人税法第 22条第2項により益金◇◇が,同条第3項(ここでは第1号の「原価」)により損金△△が, という形で,益金,損金を別々に説明できるかを確認している。 設問1の低額譲渡に関し,適用条文は法人税法第22条第2項の「無償」譲渡なのか「有 償」譲渡なのか,という問題がある。南西通商株式会社事件・最判平成7年12月19日民集 49巻10号3121頁の原々審は「正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持 するために,無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的な規定」と判示していたが, 最高裁は低額譲渡を有償譲渡に含めた上で「適正な価額との差額部分の収益が認識され得ない ものとすれば……無償譲渡の場合との間の公平を欠くことになる」ので「資産の低額譲渡が行 われた場合には,譲渡時における当該資産の適正な価額をもって法人税法22条2項にいう資 産の譲渡に係る収益の額に当たる」と判示していた。この旨は,現在は法人税法第22条の2 第4項で明確化されている。 次に,時価9000万円の資産を7000万円で譲渡した場合には,2000万円の社外流 出が生じる。この社外流出が,特別な規定がなければ法人税法第22条第3項第3号の「損失」 に当たるであろうところ,同条第3項柱書の「別段の定め」である法人税法第37条の適用を 考えることとなる。令和2年度の第1問では,高額譲受という,法人税法第37条の中で明示 的には規律されていない難しい問題が扱われていた。一方,今回の設問1では,法人税法第 37条第8項で明示的に規律されている低額譲渡が扱われている。なお,同条第8項に該当し 寄附金であるとされると,同条第1項により,寄附金のうち損金算入限度額の範囲でしか損金 算入できなくなる。本問では損金算入限度額の計算は求められていないものの,「寄附金につ いては,法人税法第37条第1項により損金算入が制限される」といった説明であると,全額 - 24 - が損金算入できないことになるのか一部が損金算入できないことになるのか不明であるので, 損金算入限度額という限度があることの理解を答案で示してほしい。 設問1とはセットで捉えていただきたい。司法試験受験生で国税通則法第68条第1項 (重加算税)に関する最判平成7年4月28日民集49巻4号1193頁を勉強してきている 者は少ないと予想されるので,長めの判旨を問題文中に示しつつ,先に設問1で国税通則法 第65条の単純な過少申告加算税との区別を問うている。最高裁は,問題文に示した部分より 前の部分で「重加算税を課するためには,納税者のした過少申告行為そのものが隠ぺい,仮装 に当たるというだけでは足りず,過少申告行為そのものとは別に,隠ぺい,仮装と評価すべき 行為が存在し,これに合わせた過少申告がされたことを要する」と判示しているが,多くの受 験生はそこまでの知識を有していないかもしれないことを前提に,国税通則法第65条と第6 8条とで単純な過少申告と重加算税の対象となる過少申告とが区別されているという最低限の 国税通則法に関する知識を有しているかを設問1で確認している。国税通則法第65条に「隠 ぺい,仮装」という文言がないということを指摘するだけでもよい。 続いて,設問1では,問題文中で長めに引用されている判旨から「意図を外部からもうか がい得る特段の行動」という鍵となる規範を抽出する能力と,それに当たる事実を問題文中か ら拾う当てはめの能力を問うている。本件各取引は,架空名義の利用もなく,私法上は有効に 成立していると考えられるが,判旨が注目しているのは「意図」であり,法律行為の内容を構 成しない動機レベルの事実も,ここでは重要である。 設問2では,設問1,からひねりが加えられており,B社にとっての本件土地の法人税 法上の価値は,時価である9000万円なのか,それとも転売価格拘束が意味を持つのか,が 問われている。そして,PL農場事件・大阪高判昭和59年6月29日行集35巻6号822 頁によれば,転売価格が拘束されている場合はその価格が本件でいうB社にとっての価値(本 問では7500万円)であって,時価ではない,ということになる。この理は,法人税法第2 2条の2第4項が立法された後でも変わらない。 続いて,B社にとって7500万円の価値のある資産をB社が7000万円で購入している ことから,B社に500万円の所得が生じそうであるが,それはいつなのか,本件AB取引の 時点においてか,本件BP取引の時点においてか,が問題となる。PL農場事件では,本件A B取引に相当する取引と本件BP取引に相当する取引が同一年度内に行なわれたため,いつな のか,という問題を意識しにくい。そこで本問では,本件AB取引と本件BP取引の年度をず らすことにより,いつなのか,の問題を受験生に意識させようとした。PL農場事件の判示は, いつなのか,の問題についても明瞭な指針を与えている。本件AB取引の時点で,7500万 円の価値のあるものを7000万円の支出で取得しているから,500万円の受贈益が本件A B取引の時点で生じる。なお,受贈益が2000万円になるわけではない。次に,本件BP取 引の時点では,法人税法第22条第3項第1号にいう「原価」は,受贈益が原価に加算される ため7000万円ではなく7500万円であって,「売却差益は存しない」とPL農場事件の 判旨は述べている。 設問3は本件リベートの所得分類を問うている。所得分類について万全を期すならば,十種 類の所得分類全てについて検討すべきであるということになりかねないところ,本問では事業 所得,一時所得,雑所得に絞っている。所得税法第34条第1項の「一時所得とは……以外の 一時の所得」,第35条第1項の「雑所得とは……のいずれにも該当しない所得」という規定 の構造に照らし,最初に検討すべきは事業所得該当性である。 事業所得該当性を論ずる際,まず弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻 3号672頁などの判例による基準を提示し,本問の状況がこれに該当するかを検討すること となる。 次に一時所得か雑所得かを検討することになる。この際,所得税法第34条第1項の「一時 - 25 - 所得とは……営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役 務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」の要件のうち,対価性が焦点 となることを示せるかが鍵となる。 なお,本件リベートのような金員の授受について,本問では法人税法と所得税法とのバラン スに鑑みて質問されていないが,法人税法第55条第1項の意義,及び,株式会社エス・ブイ・ シー事件・最決平成6年9月16日刑集48巻6号357頁における脱税協力手数料の損金算 入の可否(結論は否)についても,復習しておくことが望ましい。 [経済法] 〔第1問〕 第1問は,入札談合に関する出題であり,Y1ないしY15の行為が,私的独占の禁止及び 公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)第2条第6項に定義される不当 な取引制限に該当し,同法第3条に違反するかどうかを中心に同法上の問題点の検討を求める ものである。不当な取引制限の諸要件を正確に理解していることを前提に,特にY14及びY 15については,それぞれの主張の趣旨を的確に捉えた上で,問題となる要件についてあるべ き解釈を示し,設例の事実関係を当てはめ,その当否を説得的に論じる必要がある。 まず,行為要件として,「共同して」(多摩談合(新井組ほか)事件・最判平成24年2月2 0日民集66巻2号796頁に従って, 「共同して・・・相互に」の要件と考えることもできる。) は,意思の連絡を意味する。また,「相互にその事業活動を拘束する」(相互拘束)の要件をど う定義するかについては,複数の解釈があり得るが,いずれの立場に立つとしても,その意義 を定立する必要がある。本件合意の当事者であるY1ないしY13については,いずれの要件 も充足することは明らかであり,簡潔に解答すれば足りる。 これに対して,本件会合に参加していないY14及びY15については,各主張を十分に踏 まえた検討が求められる。 Y14は,本件合意の参加者の正確な範囲を知らないと主張しており,本件合意に参加する 事業者の範囲をどの程度認識していれば「共同して」といえるのかが問題となる(「順次の意 思連絡」等の問題ではない。)。この点に関しては,元詰種子カルテル事件・東京高判平成20 年4月4日審決集55巻791頁において,参加者の範囲の概括的認識をもって足り,参加者 の範囲を具体的かつ明確に認識することまでは要しない旨判示されている点が参考となるが, 理由を示すこともなく,同裁判例の結論に依拠するのみでは十分でない。本問において,Y1 4は,調整役のY1から「X県所在の有力な業者の多くが本件合意に参加する意思を表明して いる」と伝えられているから,上記裁判例の結論に照らせば,Y14の主張を肯定することは 困難であろう。 また,Y14は,受注希望はなく,実際に落札した工事もないと主張しており,これは相互 拘束の不存在を主張するものと理解できる。相互拘束の意義については複数の解釈があり得る が,例えば,拘束の相互性や共通性を厳格に捉える解釈によれば,Y14の主張は一定の合理 性を有するかもしれない。他方,合意を遵守し合う関係ないしは合意に事実上拘束されている 状態にあれば足りるとの解釈によれば,Y14の主張は失当であろう。いずれにせよ,相互拘 束の意義を明確に示した上で,設例の事実関係を当てはめ,Y14の主張の当否を説得的に論 じることが必要となる。 Y15は,本件合意への参加に関するY1の呼び掛けにいったん応じたものの,入札公告前 にY1に対して本件合意に参加しないことを明確に伝えたと主張しており,ここでは,いつの 段階で違反が成立するのか,すなわち個別調整等を待たずとも基本合意により違反は成立する のか,また,基本合意により違反が成立すると考えるならば,本問においてY1に対する意思 表示のみで離脱を認めることができるのかが問題となる。前者については,基本合意の成立時 - 26 - 点で違反が成立すると考えられよう。競争を実質的に制限すると認められる合意があれば,そ の実施等がなくとも不当な取引制限の要件を満たすし(なお,石油価格カルテル刑事事件・最 判昭和59年2月24日刑集38巻4号1287頁を参照),その実施等がなされるまで違反 は成立しないと考えるべき実際上の理由もないからである。後者については,どのような場合 に離脱を認め得るか複数の立場があり得る。一つの立場を示すものとして,岡崎管工事件・東 京高判平成15年3月7日審決集49巻624頁は,「離脱者が離脱の意思を参加者に対し明 示的に伝達することまでは要しないが,離脱者が自らの内心において離脱を決意したにとどま るだけでは足りず,少なくとも離脱者の行動等から他の参加者が離脱者の離脱の事実を窺い知 るに十分な事情の存在が必要」とする。これによれば,本問では,調整役のY1に対する明示 的な離脱意思の表明が他の参加者にとって離脱の事実を窺い知るに十分な事情の存在といえる かについて,Y1が調整役であり個別調整の取りまとめ役であることといった設例の事実関係 を当てはめて論じることになろう。このような立場を採らず,一部の参加者に対する離脱意思 の表明で足りるとするのであれば,当てはめを含めて説得的に論述することが必要となる。な お,基本合意の参加者全員に対して離脱意思を明示しなければならないなどという立場に立つ 場合には,Y14の主張の当否に関して参加者の範囲を具体的かつ明確に認識することまでは 要しないという立場に立つこととの整合性に留意する必要があろう。 次に,効果要件である「公共の利益に反して,一定の取引分野における競争を実質的に制限 する」のうち,「一定の取引分野」については,本問におけるような専ら競争制限を目的ない し効果とする合意に関しては,通常,共同行為が対象としている取引及びそれにより影響を受 ける範囲をもって画定することで足りると解されるところ,本問では,本件合意が対象とする 「X県が条件付一般競争入札の方法により発注する本件各工事の取引分野」が一定の取引分野 として画定されることを簡潔に解答することが求められる。また, 「競争を実質的に制限する」 とは,当該取引に係る市場が有する競争機能を損なうことをいい,本問のような入札談合にお いては,当事者らがその意思で落札者及び落札価格をある程度自由に左右することができる状 態をもたらすことをいうところ(前記多摩談合(新井組ほか)事件判決),その意義を示した 上で設例の事実関係を当てはめて論述することが求められる。本問の設例では,入札価格を8 0点満点で評価する「価格評価点」と技術力を20点満点で評価する「技術評価点」を合算し た点数の最も高い者を落札者とする総合評価落札方式が採用されている。技術評価点によって は落札者が変わり得るが,本件合意の参加者が技術力の高い事業者であること,個別物件ごと に技術評価点の予測値を算出した上で個別調整を行う仕組みとなっていること,入札結果をみ ても,Y1ないしY15以外の入札参加者は技術力が高くない数社にとどまり,20件中19 件の工事について本件合意に基づく調整の結果どおり受注予定者が受注していることを示し て,論述することが求められる。公共の利益に反することについては,受注価格の低落防止及 び受注機会の均等化を図るという本件合意の目的に絡めて簡潔に解答すれば足りよう。 なお,設問は課徴金の賦課及び犯則事件について論じる必要はないとしている。前者は,Y 1が課徴金を加重される主導的事業者に該当するのかという点を含め課徴金の賦課に関する検 討を除外する趣旨である。後者は,設例の事実関係が行政事件を念頭に置いたものか不明確で あることから,念のため示したものであって,今後,犯則事件について論じる必要はない旨明 示されていなければ,必ずこれを論じなければならない趣旨ではないことに留意されたい。 〔第2問〕 第2問は,4社寡占の甲製品市場において,45パーセントのシェアを有するX社が,後発 でシェアは15パーセントにとどまるが相対的に低価格であるY社の甲製品の伸長に危機感を 抱き,Y社の甲製品を積極的にユーザーに推奨する取引先販売店に対して個別に,X社による 販売促進等の支援において不利に扱う旨を示唆したこと(措置1)及び取引先特約店に対して - 27 - 専らX社の甲製品を推奨することを約束させる活動を行ったこと(措置2)について,設問1 ではそれぞれの措置が独占禁止法に違反するかを問い,設問2では追加的事情の下で措置1及 び措置2の全体が同法に違反するかを問うものである。 設問を分け,設問2では追加的事情を加えることにより,設問1では「公正な競争を阻害す るおそれ」(公正競争阻害性)を効果要件とする不公正な取引方法(独占禁止法第2条第9項・ 第19条)に,設問2では「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」(競争の 実質的制限)を効果要件とする私的独占(同法第2条第5項・第3条)に,それぞれ該当する かについて検討することを求めていることがおのずと分かるようにしている。独占禁止法の実 体規定の体系的な理解を前提に,不公正な取引方法と私的独占の行為要件及び効果要件の違い を踏まえて解答することが求められている。 設問1においては,まず,措置1と措置2のそれぞれについて,どの類型の不公正な取引方 法に該当するかを特定する必要があるところ,取引の相手方に対するいわゆる垂直的制限とし て,独占禁止法第2条第9項第6号ニの「相手方の事業活動を・・・拘束する条件をもって取引 すること」(広義の拘束条件付取引)に該当するか,具体的には,不公正な取引方法の一般指 定(以下「一般指定」という。)第11項(排他条件付取引)又は第12項(拘束条件付取引) に該当するかがポイントとなる。措置1については,設例上,広義の拘束条件付取引と直ちに 評価できるだけの十分な事実関係は示されておらず,その態様(不利益措置の示唆にとどまる 上,Y社の甲製品を積極的に推奨している販売店がどの程度存在するか設例上明らかにされて いない。)等に照らせば,Y社の甲製品を積極的に推奨する販売店に対する個別の牽制ないし は圧力と評価できよう。そうすると,措置1は,Y社の甲製品を積極的に推奨する販売店に対 する,販売促進等の支援における「取引条件等の差別取扱い」(一般指定第4項),Y社の甲製 品を積極的に推奨しないように仕向けて取引の内容を制限させる「その他の取引拒絶」(一般 指定第2項),Y社という自己の「競争者に対する取引妨害」(一般指定第14項)に該当する ものと考えることができ,そのいずれを選択するにしても,それぞれの類型を定める条文に即 して行為要件を充足するかを的確に論述する必要がある。なお,仮に,措置1が上記の態様に とどまるものであるにもかかわらず,拘束条件付取引として捉える場合には,拘束条件を付け る取引の相手方の範囲や拘束条件の内容,その実効性が確保されていることを検討し,さらに, 排他条件付取引として捉える場合には,そのような検討に加えて,甲製品の販売店では併売が 一般的であるにもかかわらず,Y社の甲製品を積極的に推奨しないということをもって「競争 者と取引しない」という要件に該当することを検討することになろう。他方,措置2について は,X社が特約店に対し,専らX社の甲製品を推奨することを約束する場合にはリベートを供 与する旨提案し,これを実施するものであるから,拘束条件付取引に該当することが明らかで あり,上記約束の履行状況のモニタリングや指導,指導による改善が見られない場合における リベートの不支給や販売促進等の支援策の削減の通告という上記約束の実効性確保措置が講じ られていることも踏まえつつ,行為要件を充足するかを的確に論述する必要がある。なお,措 置2を排他条件付取引として捉える場合には,措置1と同様に,甲製品はX社の特約店であっ ても併売が一般的であるにもかかわらず,専らX社の甲製品の推奨という上記約束を「競争者 と取引しない」ことと同視できるのかを検討することになろう。 次に,措置1及び措置2のそれぞれについて,不公正な取引方法の効果要件である公正競争 阻害性が認められるか否かを検討することになる。ここでは,公正競争阻害性の意義を的確に 示した上で,X社がY社の甲製品の販売台数の伸長等に危機感を抱いて2つの措置を採ること とした経緯に鑑み,競争排除(他の事業者を市場から排除したり,新規参入を妨げたりするこ と)ないしは市場閉鎖(代替的な取引先を容易に確保することができなくなること)による競 争減殺効果を検討することになろう(措置1について,競争者に対する取引妨害と捉える場合 には,競争手段の不公正さの観点を加味して論述することもできよう。)。なお,これらに加え - 28 - て,Y社の甲製品が排除されることによる価格維持を通じた競争減殺効果に着目することもで きるが,設例においてはその点を的確に判断するために必要な事実関係は明らかにされていな いことに留意する必要がある。 前提として,自由競争減殺の観点からの公正競争阻害性を検討するには,検討対象となる市 場を画定することが必要であり,市場の意義とその画定方法を的確に示した上で,設例の事実 関係に即して「我が国における甲製品の製造販売市場」と画定できることを簡潔に解答するこ とが求められる。 画定した上記市場において,設例の事実関係の下で具体的にどのようなメカニズムにより競 争排除ないしは市場閉鎖による競争減殺効果が生じるかを検討する必要がある。まず,措置1 について,設例の事実関係を踏まえて,X社による販売促進等の支援における不利な扱いの示 唆によってどのような広がりのある効果がもたらされるのか,現に不利な扱いを受けた販売店 が存在し,そうした販売店に関する情報が流布していることを加味して論じた上で,ユーザー は販売店の推奨によってメーカーを選定する傾向が強いことを前提に,低価格を武器にしてそ のシェアを漸増させていたY社の甲製品への影響を論じる必要があろう。次に,措置2につい ては,措置1よりも特約店の事業活動に対する制約が強く働き得ることや,そのために市場閉 鎖の状況がある程度具体的に発現していることに留意して論述する必要がある。すなわち,設 例の事実関係に照らせば,特約店には専らX社の甲製品を推奨するという約束に応じない又は これを履行しないという選択は考えにくく,そうすると,ユーザーは販売店の推奨によってメ ーカーを選定する傾向が強いことを前提に,併売が一般的である特約店が上記約束をそのとお りに実行すれば,X社の特約店が実質的にX社の専売店に近いものとなりかねないと考えられ ること,設例の事実関係を総合すると,販売店全体の3割程度が上記約束に応じていることに なり,実際にも,Y社では新たな取引先の獲得に懸念が生じていることといった事実関係を踏 まえて,措置2により,Y社は代替的な取引先を容易に確保することができなくなり,取引機 会が減少するような状態をもたらすおそれが発現しているかを説得的に論述することが求めら れる。なお,正当化事由については,競争者に対抗することは有力な事業者においても認めら れるべきであるとはいえ,2つの措置はいずれも,単なる対抗策の域を超え,X社の家庭用電 動器具の総合メーカーとしての地位等を背景に,Y社の甲製品を積極的に推奨する販売店を狙 い撃ちにし(措置1),また,実質的にX社の特約店を専売店化することにつながりかねない (措置2)ものであり,正当化されないであろう。 設問2については,X社による措置1及び措置2の全体について,私的独占の手段としての 他の事業者の事業活動の「排除」に該当するかを検討することになろう。NTT東日本事件・ 最判平成22年12月17日民集64巻8号2067頁によれば,「正常な競争手段の範囲を 逸脱するような人為性」を有し,「市場への参入を著しく困難にするなどの効果」を有するか を様々な事情を総合考慮して判断することになるところ,その場合には,設例の事実関係(な お,販売店全体の4割程度が上記約束に応じていることになる。)を踏まえて,X社が他の事 業者では到底採り得ない人為的手段を用いて,Y社をはじめとする競争者にとって販売店を獲 得することや販売店における推奨を確保することが容易にできない状態をもたらしているかを 説得的に論述することが求められる。 次に,前記のとおり画定した市場を「一定の取引分野」とすることを前提に,競争の実質的 制限の成否を検討することになる。まず,競争の実質的制限の意義を的確に示した上で,これ まで価格競争は限定的であったものの,Y社が参入し,相対的な低価格を強調する販売戦略に より販売台数を伸ばし,そのためX社のシェアが漸減し,市場に変化が現れ始めていたことを 前提に,設例の事実関係を当てはめて,競争を実質的に制限するに至っているかを論述する必 要がある。 最後に,X社の2つの措置について,「公共の利益に反し」ないとする特段の事情がないこ - 29 - とを簡潔に付言することが求められる。 [知的財産法] 〔第1問〕 1 設問1は,均等侵害の成否を問うものである。設問2は,消尽の成否を問うものである。 設問3は,特許法(以下「法」という。)第101条第2号の間接侵害の成否,設問3 は,同号の間接侵害に基づく損害賠償請求と法第102条第2項の関係を問うものである。 2 設問1については,A製品がX発明の構成要件の一部を欠くことから,文言侵害が成立せ ず,均等侵害の成否が問題となることを指摘した上で,均等侵害の5要件を提示した最判平 成10年2月24日民集52巻1号113頁【ボールスプライン事件】を踏まえ,均等論の 意義・根拠に言及しつつ,設問の事例において,均等侵害の5要件が充足されるか否かを具 体的に論述することが求められる。特に,本問では,「その他の硬い針を用いてもよい」と いう明細書の記載との関係で,「樹脂製の針」に係る構成をX発明の特許請求の範囲に含め なかったことが「特段の事情」に該当するか否かについて詳しく検討する必要がある。この 点については,容易想到な出願時同効材を特許請求の範囲に記載しなかっただけでは「特段 の事情」に当たらないが,客観的,外形的にみて,対象製品等の構成が特許請求の範囲の構 成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたとき は「特段の事情」に当たると判示した最判平成29年3月24日民集71巻3号359頁【マ キサカルシトール事件】を踏まえ,設問の事例において,「特段の事情」があると言えるか 否かについて,自説を説得的に論証することが求められる。 3 設問2については,Bが販売している製品は,X製品の使用済み品を再生したものである ため,消尽の成否が問題となる。まず消尽の意義・根拠(市場における特許製品の円滑な流 通・特許権者の利得確保の機会の存在)を指摘しつつ,解釈により特許権の消尽を認めるべ きことを論じる必要がある。また,本問では,X製品の添付文書に「再使用禁止」の記載が あるが,特許権の消尽は,政策的理由から特許権の効力を画するものであり,特許権者の意 思でその効力を変更することはできないから,添付文書の記載を理由に直ちに消尽の成立を 阻止することはできないことを論じる必要がある。 次に,本問では,Bが,X製品を再生する過程で,分解,洗浄,再組立て,滅菌処理等を 行っていることから,特許製品に加工等がされた場合には,特許製品の属性,特許発明の内 容,加工及び部材の交換の態様,取引の実情等を総合考慮し,元の特許製品と同一性を欠く 製品が新たに製造されたといえるか否かにより特許権の行使の可否を判断すると判示した最 判平成19年11月8日民集61巻8号2989頁【インクタンク事件】を踏まえ,設問の 事例において,特許権の行使を認めるべきか否かについて,自説を説得的に論述することが 4 求められる。 設問3については,C製品がそれ自体としては一体化同時穿刺に使用することができず, かつ,一体化同時穿刺以外の態様で使用することが可能なものであるから,直接侵害及び法 第101条第1号の間接侵害は成立せず,同条第2号の間接侵害の成否が問題となることを 指摘し,設問の事例において,同号の要件が充足されるか否かについて説得的に論じること が求められる。「物の生産」については,「生産」の意義を明らかにしつつ,一体化同時穿刺 に使用することを禁じた添付文書の記載との関係で,C製品が「物の生産」に用いるものと いえるかを具体的に論じる必要がある。また, 「その発明による課題の解決に不可欠なもの」 については,「課題の解決に不可欠なもの」の意義を明らかにしつつ,X発明の技術的特徴 との関係でC製品が「課題の解決に不可欠」といえるかを具体的に論じる必要がある。さら に,主観的要件(「知りながら」)については,C製品が一般に一体化同時穿刺に使用される - 30 - ものではないことを念頭に置きつつ,Cへの警告や本件訴えの提起をもって,主観的要件の 充足を認めて良いかを論じる必要がある。 5 設問3については,法第101条第2号の間接侵害の成立に主観的要件の充足が必要で あることを指摘し,主観的要件の充足が認められる前に販売されたC製品には間接侵害が成 立しないため,Xの損害賠償請求は認められないことを論じる必要がある。 次に,法第102条第2項が損害に関する法律上の事実推定規定であり,侵害行為がなけ れば,特許権者が利益を得られたであろうという事情が認められれば,同項の適用が認めら れることを踏まえつつ(知財高判平成25年2月1日判時2179号36頁【ごみ貯蔵器事 件】 ) ,Cが主観的要件充足後に販売したC製品のうち,一体化同時穿刺に使用されていない 製品については,Cの販売行為がなければ,XがX製品を販売することができたとはいえな いため,損害が生じていない,もしくは,Cの販売行為とX製品の販売減少との相当因果関 係を阻害する事情があり,法第102条第2項の推定が覆滅されるということを論じる必要 がある(東京地判平成23年6月10日知財管理62巻10号1461頁【医療用器具事 件】 ) 。 〔第2問〕 1 設問1は,公表を予定されていない著作物について職務著作の成否を問うものである。設 問2は,頒布権等の消尽について問うものである。設問3は,著作権を全部譲渡した著作者 が,譲受人の許諾を得た者が行った改変について同一性保持権の侵害を理由とする損害賠償 を請求した場合に,当該許諾を得た者がどのような反論をなし得るかを問うものである。 2 設問1については,まず甲を撮影した写真に著作物性(著作権法(以下「法」という。) 第2条第1項第1号)が認められることが前提となる。 その上で,Aが,法第15条第1項の規定により,当該写真の著作者の資格を有するか否 かを論ずることになる。丙がAの業務に従事する者であること,丙がAの発意に基づいて職 務上当該写真を撮影したこと,丙とAとの間に前者を当該写真の著作者とする別段の定めが 存しないことは問題文より肯定されるが,当該写真は,その公表が一切予定されていなかっ たものであることから,Aが「自己の著作の名義の下に公表するもの」といえるかどうかが 問題となる。 もっぱら法人等の内部で使用するものとして業務従事者に作成させたものが,それゆえに かえって後者の著作物となり,この者に公表権や公の利用に係る著作権が帰属することは不 合理であると考えられるから,結論としては,当該写真について職務著作の成立を認めるこ ととなろう。そして,そのための解釈としては,法第15条第1項にいう「法人等が自己の 著作の名義の下に公表するもの」には,仮に公表するとすれば法人等の名義で公表するもの も含まれるとすること(東京高判昭和60年12月4日判時1190号143頁【新潟鉄工 事件】,知財高判平成18年12月26日判時2019号92頁【宇宙開発事業団プログラ ム事件】)等が考えられよう。 当該写真の著作者であるAは,複製権(法第21条)及び譲渡権(法第26条の2第1項) に基づいて,その印刷及び譲渡の差止め並びにそのデータの廃棄を請求することになる(法 第112条第1項・第2項)。 3 設問2については,まずαが,映画の著作物(法第2条3項,法第10条第1項第7号) 及びプログラムの著作物(同項第9号)の両面を有しており,さらに前者の著作物には音楽 の著作物(同項第2号)であるβが複製されていることを的確に踏まえることが前提となる。 その上で,Aが,これらの著作物の著作者(法第15条第1項・第2項)又は著作権者で あることを指摘しなければならない。 - 31 - では,Aが,映画の著作物及びβに係る頒布権(法第2条第1項第19号,法第26条 第1項・第2項)に基づいて請求する場合並びにプログラムの著作物に係る譲渡権(法第2 6条の2第1項)に基づいて請求する場合について論じることになる。 頒布権に基づく請求については,判例(最判平成14年4月25日民集56巻4号808 頁【中古ソフト事件】)を踏まえ,当該権利の消尽の有無について論ずることが求められる。 譲渡権に基づく請求については,法第26条の2第2項第1号の規定により,認められない と論ずることになろう。 では,まず,Bの提供する「割賦販売サービス」が,複製物の「譲渡」又は「貸与」の いずれに該当するかを明らかにしなければならない。当該サービスは,客による商品の返品 を自由としていることから,外観上は販売の形式をとっていても,実質的には貸与と同様の 使用権原を客に取得させるものであり,「貸与」に当たると考えられる(法第2条第8項)。 もっとも,「譲渡」に当たるとの考え方も,法目的等に鑑みて説得的といい得る理由が付さ れていれば,一概に否定されるところではない。 当該サービスを「貸与」と性質づけた場合には,映画の著作物及びβに係る頒布権並びに プログラムの著作物に係る貸与権(法第26条の3)の消尽の有無について論じる必要があ る。 4 設問3では,主に,次の二つの視点から考察することが求められる。 第一に,著作者から著作権を全部譲り受けた者が編曲等の許諾を第三者に与えたとしても, 著作者が当該改変を常に同一性保持権の侵害に問えるとすると,当該譲受人が著作権を全部 譲り受けたことの意義が損なわれるので,明文の規定(法第61条第1項)により著作権の 全部譲渡を認めている法の趣旨に反するのではないかという視点である。 第二に,著作権が全部譲渡されれば,譲受人等が行うどのような改変にも同一性保持権の 侵害が成立しないとすると,著作者人格権の一身専属性(法第59条)を定めた法の趣旨に 反するのではないかという視点である。 したがって,丁の反論を構成するに当たっては,上記第一の視点に立脚しつつ,上記第二 の視点からの批判に耐える内容とすることが求められる。例えば,著作者の名誉声望を害す るような改変であれば,著作権の全部譲渡後も著作者はこれに反対できてしかるべきである が,それ以外の通常の改変であれば,これが譲受人等によって行われることは著作者も譲渡 の際に当然に想定していたといえるので,法第20条第1項にいう「意に反して……改変を 受け」た場合に当たらないとの一般論を示した上で,βをビートの効いたテンポの速い曲に 編曲することは,かかる通常の改変の範囲内であると論述することが考えられよう。 以上はあくまで丁の反論として考え得るものの一例であり,β’の作成が乙の同一性保持 権を侵害しないとの結論を導く上では,他の論述の仕方もあり得るところである。いずれに せよ,当該反論を構成するに当たっては,上記二つの法の趣旨を踏まえた上で,具体的な法 律構成とともに著作権の全部譲渡がされた場合の同一性保持権侵害の成否に係る基準を定立 し,当てはめを行うことが求められる。 [労働法] 〔第1問〕 労働紛争は,労働組合が組織されていることが多い大規模な企業だけでなく,労働組合が組 織化されず労働者の声を反映する媒体がない小規模な企業においても多発している。本問は, 事業場が1か所のみの小規模な企業において発生した懲戒処分,労働者への損害賠償請求及び 整理解雇をめぐる基本的な論点について検討することを求めるものである。とりわけ本問では, 就業規則の整備など人事労務管理が整った大企業等とは異なり,労働者数が10人未満で就業 規則が作成されていない企業において懲戒処分を行うことができるか(その法的根拠は何か), - 32 - 解雇に関する就業規則や労働契約の規定がない企業で解雇を行うことができるか(その法的根 拠は何か),整理解雇の権利濫用性の判断(特に解雇回避努力の履践)において小規模の企業 であること(他事業場がないことなど)がいかに考慮されるかといった点が,重要な検討課題 となる。 設問1では,機密情報の持ち出し・紛失等を理由とする懲戒処分の有効性が問われている。 懲戒処分の有効性については,一般に,懲戒権の法的根拠,懲戒事由該当性(形式的な懲戒事 由該当性及び懲戒処分の趣旨に基づく懲戒事由該当性の限定解釈),懲戒処分の権利濫用性, 罪刑法定主義類似の要請の考慮(手続の適正さ等)などの点が論点となり得る。本問では,こ れらの諸点について,基本的な判断枠組みを示しつつ,本件事案にこれを的確に当てはめて論 述することが求められる。その中で,本件事案では特に,最高裁判例(フジ興産事件・最判平 成15年10月10日労判861号5頁)が懲戒処分を行うに当たって求めている就業規則上 の懲戒の種別と事由の定めが存在しないことについてどのように考えるか(同判例が求めるこ の要件は理論的にどのような意味を持つのか,本件懲戒処分の法的根拠はどこに求められるの か等),長時間労働と会社内での勤務制限という使用者側の事情が機密情報の持ち出しと紛失 の一因となっている点を懲戒事由該当性や懲戒処分の権利濫用性の判断においてどのように考 慮するのか,7日間の出勤停止処分(無給)という処分の重さや弁明の機会が与えられなかっ たことを懲戒処分の権利濫用性等の判断においてどのように考慮するのかが,検討すべき重要 な課題となる。 設問2では,媒体紛失行為による損害の発生について,使用者が労働者に対し損害賠償請求 をできるかが問われている。近時,職務遂行に係る損害の発生に対して,使用者が労働者に対 し債務不履行又は不法行為として損害賠償請求をする事件が増えている。これに対し,学説や 裁判例では,職務遂行を指揮命令している使用者も危険発生に責任を負っているとする危険責 任の原理,及び,職務遂行により生じるリスクは事業活動から利益を得ている使用者が負うべ きであるとする報償責任の原理を勘案して,労働者の損害賠償義務の成立に限定を加え(例え ば,故意・重過失がある場合にのみ労働者の損害賠償責任を認める。),また,損害の公平な分 担という観点から労働者の損害賠償責任の範囲を信義則上限定する解釈が示されている。本問 では,このような学説や裁判例の状況を踏まえつつ,本件事案の事実関係(媒体紛失行為の一 因となった使用者側の事情,労働者の帰責性等)を考慮し,労働者の損害賠償義務の成否,及 び,損害賠償義務が成立する場合に労働者が負担すべき損害賠償の範囲について論述すること が求められる。 設問3では,使用者が労働者2名に対して行った経営上の理由による解雇の有効性が問われ ている。ここではまず,解雇について規定する就業規則や労働契約がない企業において,解雇 権の根拠を確認する必要がある。その上で,経営上の理由による解雇(いわゆる「整理解雇」) については,労働者側に帰責性のある事情を直接の理由とした解雇ではないことから,解雇の 客観的合理性・社会的相当性の要件(労働契約法第16条)をより具体化した整理解雇の4要 件(又は4要素)という観点からより厳しい制約が課されていることを指摘する必要がある。 本問においても,この整理解雇法理に照らして,本件解雇に,@人員削減の必要性,A解雇回 避努力,B人選の合理性,C手続の妥当性が備わっているかを具体的に検討することが求めら れる。本件事案では特に,他事業場がない小規模会社において余剰人員の配転・出向等の措置 を採っていないことを解雇回避努力の点でいかに考慮するか(A),経営方針の理解や改革へ の柔軟な対応といった抽象的な基準は合理的な人選基準といえるのか(B),朝礼の場での方 針説明と被解雇者選定後の個別説明は整理解雇手続として妥当といえるのか(C)といった点 が問題となり得る。これらの諸点等について論述しつつ,本件解雇の有効性を判断することが 求められる。 本問は,設問1から設問3までを通して,懲戒処分,労働者への損害賠償請求,整理解雇と - 33 - いった近時頻発している労働法上の問題についての基本的な理解を問うものである。ただし, 本問では,就業規則のない小規模企業の事案であることで,これまでの判例等が必ずしも想定 してこなかった就業規則のない企業での懲戒処分の可否や解雇の法的根拠の所在等を理論的に 考察することが必要になり,また,大企業の人事労務管理をモデルとして形成されてきた整理 解雇法理において小規模企業の特殊性をいかに考慮するのかも検討課題となっている。労働法 の重要論点についての基本的な判断枠組みと理論的な基盤を正確に理解するとともに,これま で想定されてこなかった事態に対してもその趣旨・基盤に基づいて的確な解釈・判断を行うと いう,法曹人としての基本的な能力を問う問題である。 〔第2問〕 本問は,労働組合の支部長が,@組合本部の了承を得ないまま支部組合員を扇動して一斉に 罷業させ,また,Aその罷業期間中,同支部名義の情報宣伝活動用アカウントでインターネッ ト上に経営陣を批判したり会社の製品の不買を呼び掛けたりするなどの投稿をし,それらの行 為によって会社に重大な損害を与え,その名誉・信用を傷つけたことなどを理由として,会社 が当該支部長を懲戒解雇した事案を題材に,正当な行為として法的保護を受け得る団体行動の 範囲とその限界,その保護の効果などについての理解を問い,また,そうした理解を前提に, 支部に属する組合員,組合本部,経営陣それぞれの利害関係が相克する複雑な事実関係を分析 し,それを的確に規範に当てはめ,衡量し,結論に至る過程を論理的・説得的に論述する能力 を問うものである。 本問において直接問われているのは,懲戒解雇の有効性であるが,労働組合法第7条第1号 は,労働者が労働組合の正当な行為をしたことを理由に解雇することを不当労働行為として禁 止し,判例は,この禁止規定に違反する解雇を当然に無効としている(医療法人新光会事件・ 最判昭和43年4月9日民集22巻4号845頁)。また,憲法第28条が勤労者の団体行動 権を保障していることの効果として,正当な団体行動を理由としてその実行者に不利益な取扱 いをすることは,「公序」(民法第90条)に反すると理解されている。こうした基本的な法令 や判例の正確な理解を前提に,本問における懲戒処分の有効性を判断する法的枠組みを適切に 示すことが,本問における論述の出発点となる。 そこで,まず問題となるのは,上記@及びAの行為が,正当な団体行動に当たるかどうかで ある。その検討に際しては,@の行為が,支工場の製造ライン従業員の大半を一斉に罷業させ る行為であって,製造部門の操業停止を意図した行為であるのに対し,Aの行為は,@の行為 の期間中に行われ,これと同じく使用者に対して圧力を加えようとする行為ではあるものの, 操業停止それ自体を意図した行為ではないという差異があることを踏まえる必要がある。その 上で,各行為について,争議行為として行われたと認められるものについては行為の主体,目 的,手続及び態様の観点から,いわゆる組合活動として行われたと認められるものについては 行為の主体,目的,態様の観点から,それぞれの正当性に係る諸事情を的確に取り上げて検討 し,結論を導くことが求められる。また,それらの検討の結果,@やAの行為の正当性が否定 され,解雇が不当労働行為に当たることなどを理由に無効とされる場合には当たらないと判断 される場合においても,就業規則所定の懲戒事由該当性や懲戒権の濫用の有無(労働契約法第 15条)など,懲戒処分の効力に関するその他の要件について,別途,検討することが必要と なる。 @の行為の正当性に関しては,(i)支部は単位組合の下部機構であって組合本部から独立し た団体交渉権や労働協約締結権を有さず,それ自体独立した労働組合とは認め難いものであっ たにもかかわらず,組合本部の了承を得ないまま行われたものであったことや,(A)工場長に 対する直接的な要求事項は,管理職であって組合員ではなかった製造部長に対する懲戒解雇の 撤回を本社に具申することであったこと,(B)その直前に工場長室のドア越しに「交渉」が行 - 34 - われ,また,その要求が工場長により拒否されたといっても,それより前の予告は一切なく, 交渉開始の当日に直ちに一斉罷業を決行し,支工場を操業停止に追い込んだものであったこと などが,重要な検討のポイントとなり得る。 また,Aの行為の正当性に関しては,(i)支部名義の情報宣伝活動用アカウントを通じての 投稿であって,@の行為とは切り離して主体の正当性や目的の正当性などを検討することが可 能と考えられるものであることや,(A)世論喚起が必要であると考えたとしても,投稿内容は, 事実の誇張や使用者に対する攻撃・中傷などが大部分を占めるものであったことなどが,重要 な検討のポイントとなり得る。 さらに,懲戒処分の効力に関する要件のうち,団体行動の正当性以外の点では,@及びAの 行為の就業規則所定の懲戒事由該当性,懲戒権の濫用の有無が問題となるが,特に,後者の点 の検討においては,処分に当たって就業規則の規定に基づき弁明の機会が与えられたことなど のほか,処分の理由となった@及びAの行為の態様やそれにより生じた結果(すなわち使用者 に生じた経済的損失)の重大性,それが意図され,あるいは,少なくとも十分に予期すべきも のであったこと,企業秩序維持の観点からの処分の必要性,他の処分との均衡などの点が,重 要な考慮事情となろう。 本問に解答するに当たっては,整理・検討し,論述すべき事項が決して少なくないが,団体 行動に対する法的保護の在り方という労働法の基本問題について,その趣旨を踏まえ,十分に 整理された理解がされているかどうかが問われることとなる。 [環境法] 〔第1問〕 本問は,国道建設事業の事例を通じて,環境影響評価法(以下「法」という。)の意義と仕 組み,争訟方法,現在の課題に関する理解を問うものである。法は,規模が大きく環境影響の 程度が著しい事業について環境保全に係る適正な配慮がなされることを確保することを目的と するが,環境影響評価の実施主体は事業者であることから,市町村長,都道府県知事,環境大 臣の意見に加え,地域住民等,環境保全の見地から意見を有する者の意見提出の仕組みを定め るとともに,いわゆる横断条項(法第33条以下)を通じて,環境影響評価の実効性を確保す ることを予定している。 このことを前提に,〔設問1〕では,まず,本件国道建設事業は環境影響評価が必要とさ れる事業であり(法第2条第2項,法施行令第1条,別表1),本件認可については本件事業 の実施による利益と環境影響評価の結果を併せて判断する必要があること(法第33条第2項 第3号)を指摘することが求められる。その上で,環境影響評価に手続的瑕疵があった場合を 含め,法の趣旨に照らし,どのような場合に本件認可が裁量権の踰越濫用等により違法となる のかについて論ずることが必要である。その際,手続的瑕疵については,配慮書段階で,複数 案が検討されておらず,かつ,その理由も示されていないこと(法第3条の2第1項・第3項, 主務省令第3条第1項),C及びDの意見に対する事業者の見解の未記載(法第21条第2項 第4号),いわゆるゼロオプション(主務省令第3条第2項),移植措置以外のQの保全措置や トンネル化案が検討されていないことの妥当性,データ改ざん等に着目して検討することが期 待される。 〔設問1〕では,本件国道の新設を行政訴訟により争う方法が問われている。典型的な争 訟方法の1つは本件認可の差止訴訟を提起するとともに,仮の差止めを申し立てることである が,本件では,特にCとDそれぞれの原告適格,本件認可の処分性,重大な損害のおそれの有 無が問題となり得る。法,行政事件訴訟法等の規定に照らし合理的な根拠が示されていれば, 原告適格の可否については,いずれの結論であるかを問わない。また,特にC及びDの差止訴 訟の原告適格を否定する場合には,住民訴訟の可能性(公金支出の差止請求)についても指摘 - 35 - することが期待される。その場合には,特に財務会計法規上の違法性をどのように構成するか がポイントとなる。 〔設問2〕については,まず,環境影響評価法の2011年改正により,第1種事業につい て計画段階配慮書手続が導入された(第3条の2以下)ことの立法趣旨として,事業に係る環 境の保全について適正な配慮がなされるためには,可能な限り早期の段階で環境保全の見地か ら検討を加え,事業に反映することが望ましいという点を論じる必要がある。そして,計画段 階配慮書について環境大臣が計画立案の段階で意見を述べることができるようになったのであ るが(法第3条の5),その効果としては,主務大臣は,意見を述べる際に,環境大臣の意見 を勘案しなければならないため(法第3条の6),事業者は,計画段階配慮書の段階で環境大 臣が当該石炭火力発電所の設置について否定的な意見を述べると,計画立案段階という早い段 階でこの意見に対処しなければならなくなり,事業の変更の可能性が高まるという結果となっ たこと,そしてそれを踏まえて事業官庁がエネルギー関連法において温暖化対策を強化すると いう政策を導く結果となったことを論じることが期待される。 〔設問3〕では,法に基づく環境影響評価は,事業者が個別事業段階で行う手続であること から,事業そのものの中止,複合影響の考慮等の点で限界があることを指摘する。その上で, 環境基本法第19条を参照し,国の施策による広汎・多様な環境影響について適正配慮が求め られること(生物多様性基本法第25条も参照)を踏まえ,政策・計画・プログラム段階での 戦略的環境アセスメント(SEA)の導入の必要性等について論じることが期待される。 〔設問4〕については,まず,Fらが,@誰に対していかなる規定に基づいて損害賠償請求 ができるかを論じることになるが,国道についてA県の営造物責任としての国家賠償法第2条 の責任と,G社の民法第709条の責任との共同不法行為として,民法第719条の適用の有 無が問題となる。 第1に,民法第719条の適用を検討するに当たって,道路管理者には「行為」があるかが 問題となるが,この点は加点事由とする。 第2に,G社の工場からの排煙と国道からの排煙には民法第719条の関連共同性が認めら れるかが問題となる。 この点を論じるに当たっては,まず,伝統的多数説及び判例のように,民法第719条の要 件として,個々の行為者の第709条の不法行為の要件を全て満たすよう要求することについ ては,有力説及び下級審裁判例からは,第709条の複数の行為が重なる競合的不法行為と比 較して,(さらに関連共同性を要求している)第719条の存在意義がなくなると批判されて いる。この点に触れられるかが1つのポイントとなる。 有力説及び下級審裁判例の立場,伝統的多数説及び判例の立場のどちらを採用してもよいが, 根拠規定の指摘が期待される。 A請求する場合に,いかなる点を主張立証しなければならないかについて,有力説及び下級 審裁判例の立場,伝統的多数説及び判例の立場のどちらを採用するかにより,主張立証のポイ ントは異なってくるため,どちらかの立場から記述することとなる。 本問の場合,有力説及び下級審裁判例によれば,A県とG社の関連共同性については,弱い 関連共同性を肯定する裁判例と,否定する裁判例とに分かれるため,いずれを採用するにせよ, 適切な理由付けを行うことが期待される。伝統的多数説・判例の立場を採用する場合には,関 連共同性は客観的共同で足りるとされ,容易に認められることになる。 〔第2問〕 本問は,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。)の下で,産業廃棄 物の処理により生活環境に影響を及ぼす事態が生じた場合に,発生から処分に至るまでの過程 に関与した者が負う法的責任や都道府県知事の採り得る措置についての理解を問うものであ - 36 - る。 〔設問1〕@は,平成22年改正によって,重層的な事業形態を採る建設事業において, 排出事業者を元請人と明確化された廃掃法第21条の3第1項を前提に,排出事業者たるB社 が,著しく安価な委託料金しか負担していない場合における責任を問うものである。原因者負 担原則を徹底した平成12年改正により規定された廃掃法第19条の6第1項に基づく措置命 令の発令の可否を,問題文に現れた具体的な事情を踏まえて論じることが期待される。設問で は,乙地区住宅地への危険が触れられていることから,「生活環境の保全上支障が生ずるおそ れ」があることを具体的に論じてほしい。なお,A社は,当該運搬又は処分を,再委託の禁止 に触れない形(廃掃法第14条第16項ただし書)により,産業廃棄物の収集運搬業及び処分 業の許可を受けているC社に委託しており,廃掃法第19条の5第1項第4号に基づく措置命 令はできないことに留意する必要がある。 C社に対しては,産業廃棄物処理基準に適合しない処分をしたことのほか,投棄禁止(廃掃 法第16条)に反することをもって違反行為(廃掃法第14条の3第1号)に該当するとの指 摘をして,事業の全部又は一部の停止命令の可否を論じてほしい。その際,「みだりに・・・捨て た」の意義を具体的に検討することが期待される。さらに,C社は,産業廃棄物処理基準に適 合しない収集運搬をしていることから,廃掃法第19条の5第1項第1号に基づく措置命令を 論じる必要がある。 Aは,上記@の措置命令等をしていては生活環境の保全上の支障が現に生じてしまうおそ れがある場合において,P県知事が採り得る措置を論じる問題である。行政代執行法の特別規 定として規定された廃掃法第19条の8に基づく行政代執行として,行政庁自らが支障の除去 措置を行い,その費用を徴収する仕組みを論じてほしい。設問では,「乙地区の住宅地へ前記 コンクリート破片の小規模な崩落が生じ始め,その拡大の兆候が現れていた」との事情がある のであり,具体的な当てはめが期待される。 は,設問が設定する事態においては,処理業の許可取消しや改善命令等の複数の措置が考 えられるところ,許可取消しを先行した場合にP県知事が採り得る措置を論じる問題である。 食品廃棄物の不適正な処理がなされていたところ,改善命令ができなくなることを懸念して処 理業の許可取消しができなくなるといった事態が生じたダイコー事件を契機とする平成29年 改正により規定された廃掃法第19条の10第2項第3号に基づく措置命令の可能性を論じて ほしい。なお,この措置命令の発令には,「生活環境の保全上の支障が生じ,又は生ずるおそ れ」は不要であり,「産業廃棄物処理基準に適合しない産業廃棄物の保管を行っていると認め られるとき」で足り,その効果も,産業廃棄物処理基準に従って当該産業廃棄物の保管をする ことその他必要な措置を命じることになる点には留意が必要である。 〔設問2〕は,まずは,近隣に居住するDのC社に対する民事上の請求の可能性を論じるこ とになる。差止め請求については,根拠となる権利として,土地建物の所有権に基づく妨害予 防請求権,生命身体に関する人格権などを検討することを要する。また,乙地区住宅地へ崩れ る危険が発生したとの設問の事情を踏まえると,仮処分の可能性についても検討してほしい。 なお,設問では,Dに損害が発生していることは明示されておらず,損害賠償請求については 検討を要しない。 次に,DがP県を被告としていかなる行政訴訟を提起することができるのかを論じることに なる。A社,B社及びC社に対する措置命令の義務付け訴訟(行政事件訴訟法第3条第6項第 1号),行政代執行の義務付け,仮の義務付けの申立て(同法第37条の5第1項)の可能性 と,それぞれの要件充足性を検討してほしい。 [国際関係法(公法系) ] 〔第1問〕 - 37 - 本問は,ある国家からの少数民族の分離独立を契機に,国家の成立要件,国家承認の形式, 庇護の権利,犯罪人引渡しの義務,外交関係法の内容,国家責任の成立要件などの国際法規則 の内容とその具体的適用について,基本的な理解を問うものである。 設問1は,国家承認の制度と国家成立の要件,とりわけ外的自決の行使としての分離権を理 解できているかを問うものである。 独立を宣言した実体との間で相互に大使館を開設し外交使節を派遣することは,当該実体に 対して黙示的に国家としての承認を与えたものとみなされる。本事例では,B国による黙示の 承認時点で既にPが主権国家として成立していなければならない。他方,B国の行為に対する A国の批判は,そうしたB国による黙示の国家承認が,国際法上,尚早の承認となるというこ とにある。したがって,B国がPに対する自国の行為を正当化するためには,Pが国際法上国 家として成立していることを証明することが必要となる。 そこで,まず,国家の成立要件(恒常的な住民,明確な領域及び実効的な政府,さらに外交 能力を含める場合もある。)の確認が求められる。さらに,既存の国家から人民や民族が分離 して独立する場合は,通常,自決権行使の一形態である分離権の要件が問題となる。この点に ついて,ケベック分離事件カナダ連邦最高裁意見(1998年)が参考となる。それによれば, 人民の自決権は「内的」自決−国内で政治的地位を自由に決定すること−を通じて実現される のであり,「外的」自決は例外的に植民地的支配及び外国人による支配又は搾取に服している 場合に行使され,その最後の手段として分離権が行使されるという。 本事例では,A国内での少数者であるβ民族が外的自決としての分離権を行使することがで きるかどうかが重要な論点となる。β民族は,P県で自治が認められていたとはいえ,A国の 議会ではβ民族のために制度上指定された議席枠がなく,さらに,P県には豊富な天然資源が ありながら,A国政府の支配の下で長年その恩恵を受けられずに予算の面でも民族を理由とし た差別があるという状況にある。しかも,A国政府が「P国独立運動」の指導者を逮捕してP 県を対象に非常事態宣言を発し,自治を取り上げて住民を弾圧するに至ったことから,植民地 支配又は外国勢力による支配に類似した状況がP県において現れたのであれば,β民族が分離 権を行使し得る。この場合に,P国は,β民族による外的自決としての分離権行使の結果,主 権国家として成立したこと,そして,B国によるP国の黙示の承認は,P国が国家として成立 した後の承認であって,尚早の承認という内政干渉には該当しないと主張することができる。 設問2では,国際法上の庇護が領域的庇護と外交的庇護から構成されており,本事例は後者 に該当すること,そして犯罪人の引渡しについて国家は一般国際法上の義務を負わないことを 正確に理解しているかどうかが問われる。 在A国のB国大使館に所在する甲に対して与えられたB国による庇護は,在外公館で与えら れるいわゆる外交的庇護(領域外庇護)であり,一般国際法上は認められていない。ただし, 中南米諸国の間では外交的庇護が特別法の規則としてこれまで援用されてきた。庇護事件国際 司法裁判所判決(1950年)は,外交的庇護を認める地域的慣習の存在をコロンビアが証明 しなかったことを理由に同国の主張を退けたものの,地域的慣習の存在自体を否定したわけで はない。このため,A・B両国とも南米に位置する国であることから,B国が甲に対する外交 的庇護を中南米諸国の地域的慣習であると指摘して,B国は,この外交的庇護を理由に甲をA 国に引き渡す義務はないと主張することが可能である。 また,A国とB国との間には犯罪人引渡条約が締結されていないので,甲をA国に引き渡す 条約上の義務をB国は負わず,また,A国には一般国際法上甲をA国に引き渡す義務もない。 したがって,A国による甲の身柄の引渡要求についてB国には国際法上の義務はないと主張す ることができる。 設問3は,問題の行為の国家への帰属と当該行為の国際義務の違反という国家責任の発生要 件及び外交関係法の適用についての正確な理解を問うものである。 - 38 - A国の民間警備会社乙の職員の行為は私人の行為であって,それ自体はA国の国家責任を生 じさせるものではない。しかし,在A国のB国大使館に侵入した乙の職員の行為はA国の指示 を受けて実施されており,国家の指示に基づき行われた私人の行為は,国家による支配が当該 私人の行為に対して実効的に及んでいることにより(ニカラグア事件国際司法裁判所本案判決 (1986年)参照),国際法上当該国家の行為とみなされる(国家責任条文第8条参照)。こ の場合には,乙の職員の行為はA国の行為とみなされる。 外交関係法上,各国の大使館は,外交関係に関するウィーン条約(以下「外交関係条約」と いう。)第22条第1項前段にあるように,不可侵である。これは絶対的な性格を有するとさ れており,同項後段によれば,「使節団の長が同意した場合を除くほか」,接受国の官吏は,公 館に立ち入ることができない。本事例では,A国もB国も外交関係条約の当事国であり,在A 国のB国大使館のB国大使は同大使館への立入りを許可していない。にもかかわらず,A国の 指示に基づき乙の職員が同大使館に侵入したことは,国際法上A国自らの行為とみなされるこ とから,外交関係条約第22条第1項の規定に定める接受国の義務に違反し,A国の国家責任 を発生させることになる。このように,乙の職員の行為がA国に帰属しA国の行為とみなされ ること,当該行為は外交関係条約上A国がB国に負う義務に反することから,国家責任発生の 要件を満たし,B国はA国に対して国家責任を追及することができる。 さらに,A国の不作為によるその国家責任を問うことも可能である。接受国には,外交関係 条約第22条第2項によると,「侵入又は損壊に対し使節団の公館を保護するため」,「適当な すべての措置を執る特別の責務」があり,接受国は大使館の保護等を確保する適当な措置を講 じなければならない相当の注意義務を有する。本事例では,A国は問題の侵入事件の前にB国 大使館周辺の警備を解いており,接受国が執るべき適当な措置としての警備を怠っていた。こ のA国の不作為が「適当なすべての措置を執る特別の責務」を果たさなかったことに該当し, 外交関係条約第22条第2項違反であるとB国は主張することができる。 〔第2問〕 本問は, 「陸が海洋を支配する」との原則を前提に,領域紛争の解決に必要な国際法の規則, 領域紛争が未解決である場合の海洋の利用に関する国際法の規則及び係争海域における沿岸国 の活動に関する国際法の規則の内容とその具体的な適用並びに当該活動に関する紛争の解決手 続についての基本的な理解を問うものである。 設問1は,領域紛争及び力による現状の変更が原因となる紛争の解決に関する国際法の規則 の理解を問うものである。 A国による力による係争地域の支配の中止を請求するために,B国は,サールーガ島に対し て自国が主権を有すること,又は,力による現状の変更が現在の国際法では容認されないこと を主張することが可能である。 同一の宗主国から独立した国家間の領域紛争に関する国際裁判では,まず,ウティ・ポシデ ティス・ユリス原則(現状承認の原則)により,境界の位置を示す法律等の明文の文書があれ ば,これに基づいて境界が決定される(例えば,国境紛争事件(ベナン/ニジェール)国際司 法裁判所判決(2005年))。そのような文書により境界が決定できない場合,どちらの国が より有効に係争地域を支配してきたかを問うエフェクティビテ又は実効的支配や,国家として の主権を行使する意思の表示に当たる行為である「主権者としての行為」に基づく判断がなさ れる(例えば,国境紛争事件(ブルキナファソ/マリ)国際司法裁判所判決(1986年))。 本問では,植民地時代の行政区の境界に関する規定によってはサールーガ島の帰属又はサー ルーガ島周辺の境界を決定できないため,エフェクティビテ又は実効的支配や,「主権者とし ての行為」を示す主張が必要である。現在のB国側の住民による伝統的なサールーガ島の利用, 及び,植民地時代とB国の独立後の課税権の行使の経緯から見て,サールーガ島に対するB国 - 39 - の主権が認められ,A国とB国の国境は,A国側の水路の中間線となる可能性が高い。B国は A国に対し,軍隊及び警察によるサールーガ島の支配の中止を請求し得る。 力による現状の変更については,武力による威嚇又は武力の行使が禁止されている現在の国 際社会では,たとえ大規模な武力の行使でなくとも,領域紛争が解決されていない地域につい て,力により現状を変更し,支配を継続することは国際法に違反する行為である。A国の力に よるサールーガ島の支配はこうした国際法に違反する行為であり,B国はA国に対し,軍隊及 び警察によるサールーガ島の支配の中止を請求し得る。 設問2は,海洋に対する沿岸国の権原の根拠となる領域の帰属に関する紛争が未解決の場合 における海域の利用に関する国際法の規則の理解を問うものである。 海洋法に関する国際連合条約(以下「国連海洋法条約」という。)第74条第3項及び第8 3条第3項は暫定的取極に関する規定である。これは,排他的経済水域(以下「EEZ」とい う。)又は大陸棚の境界画定に関する紛争が未解決であっても,当事者間での実際的な内容の 暫定的取極の締結により,境界画定に関する紛争の最終的な解決までの過渡的期間に,海域利 用を実現するための制度である。紛争当事国は暫定的取極の締結のための努力義務を負うが, 合意を達成する義務は負わない。また紛争当事国には,「過渡的期間において,理解及び協力 の精神により,最終的な合意への到達を危うくし又は妨げないためにあらゆる努力を払う義務 を負う」という,自制義務があるとされる。B国が,係争海域を含む海域の探査と自国のEE Z及び大陸棚で実施した開発を国際法上正当化するためには,この自制義務に配慮した主張が 必要である。 本問では,暫定的取極の具体的な内容や実施方法について紛争当事国間の合意が達成されて いないことは,第74条第3項及び第83条第3項の義務の違反には当たらない。B国は,自 国が権原を主張する海域に限定した探査を行い,その探査結果を受けての石油・天然ガスの開 発を行っているが,これらは自国のEEZ及び大陸棚であることが確定している海域に限定し た活動である。したがって,B国は自制義務を遵守しつつ,国際法上の権利を行使したと主張 し得る。また,B国の資源開発はA国の大陸棚及び係争海域の大陸棚の資源に影響を与えない との主張も可能である。 設問3は,国連海洋法条約の義務的裁判制度についての理解を問うものである。 A国とB国は国連海洋法条約第287条第1項の下での紛争解決のための手段を選択する宣 言をしていないので,附属書Zによって組織される仲裁裁判所が管轄権を有する。 第286条によれば,第15部の下での義務的裁判に紛争を付託するための要件は,第一に, 国連海洋法条約の解釈又は適用に関する紛争が存在すること,第二に,第1節に定める方法に よって解決が得られなかったこと,及び,第三に,第3節に規定される制限や選択的除外の適 用がないことである。 A国は,係争海域におけるB国の沿岸警備隊の行為が第74条第3項及び第83条第3項の 下での義務に違反することを紛争主題とすることで,第一の要件である,国連海洋法条約の解 釈又は適用に関する紛争が存在すると主張し得る。A国は,仲裁の通告の前にB国に対し両国 間の紛争の解決のための交渉の速やかな開始を提案していたが,B国がこれに応じていないこ とから,第283条の意見を交換するA国の義務が果たされている。また,両国間の係争海域 に関する紛争の解決手段について,国連海洋法条約以外の紛争解決手段に両国間の別途の合意 があるとの記述が見られないため,紛争当事者が選択する別途の手段による解決は見込めない。 以上により第二の要件が満たされている。さらに,第三の要件については,本件の紛争主題は 第297条の適用対象ではないし,両国ともに第298条第1項に基づく宣言を行っていない。 本案については,B国は沿岸国として,自国のEEZにおける外国籍船の探査活動の取締り の権限を行使したと主張し得る。しかし,係争海域でのそのような権限の行使は,両国間の紛 争を悪化させる可能性を持つ。また,A国船籍のX号に対するB国の沿岸警備隊の発砲により, - 40 - 負傷者が出ており,このような武器の使用は,国連憲章第2条第4項及び慣習国際法に違反す ると主張し得る。B国の沿岸警備隊の発砲が法執行措置の一環であったとしても,人の命を危 険にさらすような発砲は過剰な武器の使用に当たるとも主張できる(例えば,サイガ号(第2) 事件国際海洋法裁判所判決(1999年))。 [国際関係法(私法系) ] 〔第1問〕 本問は,渉外性を有する婚姻の事案を素材として,身分関係事件の国際裁判管轄権と婚姻の 無効・取消し及び方式の準拠法に関する基本的理解と応用力を問うものである。 〔設問1〕の〔小問1〕は,BによるAC間の婚姻無効の訴えについて,日本の裁判所の国 際裁判管轄権が認められるかを問うものである。特に人事訴訟法(以下「人訴法」という。) 第3条の2第2号について論ずることが求められている。 まず,Bによる訴えが,人訴法第2条第1号の「婚姻の無効の訴え」として人事訴訟に該当 することを指摘した上で,本件訴えは人訴法第3条の2第2号の規定が定める「身分関係の当 事者の双方に対する訴え」であること,また,「その一方又は双方の住所が日本国内にあると き」が管轄原因とされていることを示す必要がある。本件で,AC双方の住所は日本国内にあ ると認定し得ることから,本件訴えについては,人訴法第3条の2第2号の規定に基づき日本 の裁判所が国際裁判管轄権を有することになろう。さらに,人訴法第3条の5の規定が定める 「特別の事情」による訴えの却下に該当する事情が存在しないことについても言及する必要が あろう。 〔小問2〕は,婚姻の無効・取消しの準拠法に関する理解を問うものである。 まず,婚姻の無効・取消しは,婚姻の成立と表裏一体の関係にあること,また,重婚禁止の 要件のように実質的成立要件の欠缺が問題となるときは,「婚姻の成立」の問題として法律関 係の性質決定がされ,法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)第24条第1項の 規定によって準拠法が決定されること及び配分的適用と呼ばれる適用方法について示す必要が ある。Aの本国法は甲国法であり,日本国籍及び甲国籍の重国籍者であるCの本国法は,通則 法38条1項ただし書の規定に基づき日本法であるとされることになろう。 次に,通則法第24条第1項の規定の解釈として,通説は,いわゆる一方的要件か双方的要 件かの判断を国際私法の次元で行い,重婚禁止を双方的要件と捉えている。それに対し,この 問題を準拠実質法の解釈問題と捉え,性質決定の段階で一方的要件か双方的要件かを区別すべ きではないとする見解も有力に主張されている。婚姻の一方的要件と双方的要件とを国際私法 又は実質法のいずれの次元の問題と捉えるにしても,重婚禁止の要件は一方的要件か双方的要 件かについて,理由を示した上で,言及することが求められている。通説の立場からは,Aの 本国法たる甲国民法の重婚禁止の要件は,その相手方であるCも充足する必要があり,Cの本 国法である日本民法の重婚禁止の要件は,その相手方であるAも充足する必要があると解され ることから,AC間の婚姻は実質的成立要件を欠いていると判断することとなろう。 さらに,婚姻の実質的成立要件を欠く場合に生じる効果についても検討することを要する。 AC間の婚姻については,各当事者の本国法による婚姻の実質的成立要件が共に充足されず, また,その効果が無効と取消しで異なっていることから,各準拠法が異なる効果を定める場合 の処理についても検討しなければならない。通則法第24条第1項の趣旨にのっとった上で解 釈・適用を行い,結論を導くことが求められている。 〔小問3〕は,Bによる婚姻無効の請求を認める判決が確定し,AC間の婚姻が無効となっ た場合のその婚姻から生まれた子の嫡出性の準拠法について問うものである。通説によれば, 婚姻の無効後の嫡出である子の法的地位は,嫡出親子関係の成立の問題と性質決定され,通則 法第28条第1項の規定に基づき準拠法が決定される(通則法第28条適用説又は準用説)。 - 41 - 通則法第28条第1項の選択的連結の趣旨に則した上で解釈・適用を行い,結論が示されなけ ればならない。 〔設問2〕は,婚姻の方式の準拠法及び通則法第24条第3項ただし書のいわゆる日本人条 項の理解を問うものである。 まず,本件は,「婚姻の方式」の問題として性質決定されることに言及する必要がある。そ の上で,Cは国籍法第14条の規定に基づき日本国籍を選択しており,本件は,通則法第24 条第3項ただし書の規定が定める「日本において婚姻が挙行された場合において,当事者の一 方が日本人であるとき」に当たることから,規定の趣旨に沿った解釈・適用を行い,同項本文 の規定の適用が排除され,同条第2項の規定に基づき,婚姻挙行地法である日本法が準拠法と して指定されることを示すことが求められている。本件のような甲国民法の規定に従った日本 での領事婚は,日本民法が定める戸籍法に基づく婚姻の届出という方式要件を満たしておらず, 本件婚姻は日本において有効に成立しないとの結論が導き出されることになろう。 〔第2問〕 本問は,渉外性を有する交通事故の事案を素材として,財産関係事件の国際裁判管轄権と不 法行為(交通事故及び生産物責任)の準拠法に関する基本的理解と応用力を問うものである。 〔設問1〕の〔小問1〕は,不法行為に基づく損害賠償請求訴訟について,被告が外国に住 所を有する場合,すなわち民事訴訟法(以下「民訴法」という。)第3条の2の規定に基づく 国際裁判管轄権が日本の裁判所に認められない場合において,どのような管轄原因があれば日 本の裁判所の国際裁判管轄権が認められるかを問うものである。特に民訴法第3条の3第8号 について論ずることが求められている。 まず,Xの訴えが「不法行為に関する訴え」に該当することを指摘した上で,「不法行為が あった地」の解釈として,加害行為が行われた地(加害行為地)と加害行為の結果が発生した 地(結果発生地)の双方が含まれることを示すことが求められている。本件事故が丙国内で生 じていることから,加害行為地は,丙国内に所在する。 次に,加害行為の結果について,直接の法益侵害の結果のみを意味すると解すれば,Xが傷 害を負った丙国内においてのみ結果が発生していることになる。この立場からは,民訴法第3 条の3から第3条の7までの規定が定める他の管轄原因が日本国内にない旨の言及を行い,最 終的に,日本の裁判所の国際裁判管轄権が認められないとの結論が導き出されることになろう (問題文から,民訴法第3条の8の応訴による国際裁判管轄権については論じる必要がない。)。 これに対し,加害行為の結果の発生について,直接の法益侵害の結果の発生だけでなく,損害 の発生も含まれると解する立場からは,本件訴えが,日本の病院で要した入院治療費の賠償請 求であることから,加害行為の結果が日本国内で発生しているとも考えられる。この立場を採 る場合には,さらに日本国内におけるその結果の発生が通常予見することができるものであっ たか否かについて検討することを要する。通常予見することができるものであったと認定する 場合には,民訴法第3条の3第8号の規定に基づき日本の裁判所が国際裁判管轄権を有するこ ととなるため,民訴法第3条の9の「特別の事情」の有無についても検討することが必要であ る。 〔小問2〕は,不法行為(交通事故)の準拠法に関する理解を問うものである。 まず,XのBに対する損害賠償請求が交通事故を理由とするものであるから,「不法行為に よって生ずる債権」の問題として法律関係の性質決定がされ,法の適用に関する通則法(以下 「通則法」という。)第17条の規定によって準拠法が決定されることを示す必要がある。「加 害行為の結果が発生した地」(結果発生地)については,直接の法益侵害の結果が発生した地 と解するのが通説である。このような解釈を採る理由を示した上で,本件事故の結果発生地は 丙国であるとの認定を行うことになろう。 - 42 - 次に,本件請求については,明らかに丙国よりも密接な関係がある他の地(通則法第20条) がないかが問題となる。XとBの常居所地やXとBの間の関係その他の事情に照らして,丙国 と比べ明らかにより密接な関係がある他の地があるか否かの認定を行うことが必要である。 なお,外国法が準拠法となる場合には,通則法第22条によって日本法が累積的に適用され ることにも言及すべきである。 〔設問2〕は,生産物責任の準拠法についての理解を問うものである。 〔小問1〕では,A社が購入した本件自動車の欠陥によって損害を被ったと主張して本件自 動車の製造者であるC社に対して損害賠償請求をしていることから,A社の請求が認められる か否かは,「生産物責任」(通則法第18条)の問題として法律関係の性質決定がされる。その 上で,A社が甲国内で本件自動車の引渡しを受けたこと(同条本文),甲国内での本件自動車 の引渡しが通常予見することができるものであること(同条ただし書),甲国よりも明らかに 密接な関係がある地の有無(通則法第20条),外国法が準拠法となる場合には日本法の累積 的適用があること(通則法第22条)などについて検討を行うことが求められる。 〔小問2〕では,同じく生産物責任の問題として法律問題の性質決定をした上で,本件自動 車の引渡しを受けた地が甲国内であることを認定し,甲国内における本件自動車の引渡しが通 常予見できるものであるか否かについて論じることが求められている。通則法第18条ただし 書の趣旨にのっとった上で解釈・適用を行い,結論を導くことを要する。甲国内での本件自動 車の引渡しが通常予見できないものであると認定する場合には,生産業者であるC社の主たる 事業所の所在地法である日本法が準拠法となろう。なお,日本よりも明らかに密接な関係があ る地の有無(通則法第20条)も検討すべきである。 - 43 -