【公法系科目】 〔第1問〕 1.本問は、 大学の自治と学問の自由との関係、 学問の自由の射程とその制約の可否について、 問うものである。 学問の自由については、 学問研究の自由、 研究発表の自由、 教授の自由が 含まれることについても、 留意する必要がある。 決定@については、 大学が進める研究方針に基づく研究助成の趣旨に合致しないことを理 由とした、 学問研究の自由の制約が問題となる。 決定Aについては、 大学の成績評価として 著しく妥当性を欠くことを理由とした、 教授の自由の制約が問題となる。 決定@、 決定Aの 双方について、 大学が研究・教育の内容や方法に関し大学の自治に基づきどこまで自律的に 決定できるのか、 学問研究と関連する社会的活動にどこまで学問の自由の保障が及ぶのか、 特定の見解(観点)に基づく差別的取扱いがなされていないかなどの論点に留意しつつ、 議 論を組み立てる必要がある。 2.設問1では、 X大学の側から、 決定@、 決定Aが正当であることを基礎付ける憲法上の主 張を検討することになる。 大学が研究・教育の内容や方法に関し広い裁量権を有していると 主張するだけでなく、 X大学が大学の自治の主体となり得ることを踏まえ、 そうした裁量権 を憲法から基礎付けることが求められる。 判例(東大ポポロ事件、 最判昭和38年5月22日刑集17巻4号370頁)は、 大学の 学問の自由と自治は、 大学が学術の中心として深く真理を探求し、 専門の学芸を教授研究す ることを本質とすることに基づくから、 直接には教授その他の研究者の研究、 その結果の発 表、 研究結果の教授の自由とこれらを保障するための自治とを意味する、 と指摘している。 判例は、 大学の自治の内容として、 研究者の人事、 大学の施設・学生の管理を挙げているが、 判旨を踏まえれば、 さらに、 大学が、 個々の教員の研究・教育の自由に配慮しつつも、 大学 としてどのような研究に重点を置くかを決定したり、 講義や成績評価が適切な範囲でなされ ているかを判断したりするなど、 研究・教育の内容や方法について自律的に決定することも、 大学の自治の内容を構成すると論じることは十分に可能であろう。 3.決定@をめぐっては、 Yが、 A研究所からの研究助成金を用いて研究所のサーバー上に開 設しているウェブサイトに、 YやYが主宰する団体Cの政治的な性格を持った活動の様子を 記録した動画を掲載していること、 また、 研究助成金を用いた調査のための出張に際し政治 的な内容を含む講演を行ったことの評価が、 問題となる。 X大学の側からは、 まずは、 (a)Yによるこうした活動は、 学問の自由として保障される 学問研究や成果発表の範囲を超えた社会的活動であって学問の自由の保障を受けない、 とい った主張をすることが考えられる。 さらに、 (b)これらが学問研究や成果発表と関連し学問 の自由の保障を受けるとみる余地があるとしても、 地域経済の振興に資する研究活動を支援 するという研究助成金の趣旨に適合せず、 また、 (c)Yは他の研究資金を得るなどして研究 活動を継続することも可能であるから、 研究活動に対する制約も軽微であるなどと主張する こともできよう。 決定Aをめぐっては、 Yが、 地域経済論の講義において、 ブックレットの執筆者である団 体Cの構成員をゲストとして招くとともに、 学生に対して団体Cに加入するよう勧誘したこ と、 また、 期末試験において、 自身が主宰する団体Cに加入した学生にいずれも高い評価を 与える一方、 ブックレットの内容を批判した学生の多くに不合格の評価を行ったことが、 問 題となる。 X大学の側からは、 まずは、 (d)大学教員には教授の自由が保障されるが、 成績評価は教 員が全く自由になし得るわけではなく、 また教授の自由に基づき授業内容だけでなく成績評 価をめぐる裁量が認められるとしても、 大学は大学の自治に基づき教育の内容・方法を自律 的に決定することができ、 教授の自由も大学が定める教育目的や科目編成等の方針の範囲内 - 1 - で行使されるべきものであるといった主張を行うことになろう。 その上で、 (e)Yによる成 績評価は、 政治的観点に強く影響されており、 学術的観点からなされるべき成績評価の範囲 を明らかに逸脱していること、 (f)地域経済論は必修科目であり、 以上のような不適切な成 績評価により不合格となった学生の不利益が極めて大きいこと、 などを主張することができ よう。 なお本問では、 司法権の限界について論じる必要はないが、 この分野において、 単位 認定や専攻科修了認定について判断した判例(最判昭和52年3月15日民集31巻2号2 34頁、 最判昭和52年3月15日民集31巻2号280頁)の考え方は、 学生の不利益の 大きさを論じる上で参考になろう。 4.設問2では、 まずは、 Yの側からの憲法上の主張を検討することになる。 決定@をめぐっ ては、 (ア)Yのような社会科学分野の研究者にとっては学問研究と研究成果に基づいた社 会的活動を切り離すことは困難である、 (イ)学問研究と切り離すことができない活動を記 録した動画を研究所のサーバー上のウェブサイトに掲載したこと、 調査のための出張に際し 交流のある団体の集会で講演を行ったことは、 いずれも研究の自由や成果発表の自由に含ま れる、 (ウ)決定@は翌年度に予定されていた研究活動を困難にするもので、 研究活動の自 由に対する重大な侵害に当たる、 (エ)決定@は経営審議会での学外委員の発言を考慮して なされたもので、 X県の産業政策を批判するという特定の見解に着目してYの研究を差別的 に取り扱うものである、 といった主張が考えらえる。 決定Aをめぐっては、 (オ)教授の自由は教育の内容・方法の決定及び成績評価の自由を 含み、 そうした自由の行使について大学では教員に広い裁量が認められる、 (カ)講義も成 績評価も研究成果に基づきなされている、 (キ)X県の産業政策を批判する見解に対する否 定的な立場から、 団体Cに加入した学生への高い評価やX県の政策をめぐるYの主張に批判 的な学生への低い評価を問題視し、 Yの教授の自由を制約するものである、 といった主張が 考えられる。 5.以上のようなYの主張を踏まえ、 設問1でのX大学の主張も考慮しつつ、 決定@、 決定A について自説を展開することになる。 Yの主張のうち、 決定@に関わる(ア)(イ)については、 X大学側からの(a)(b)の主張 も踏まえつつ、 社会科学分野の研究者にとっては研究活動と社会的活動とを切り離すことが 難しい場合もあることを考慮して、 学問の自由の保障範囲を見定め、 その制約の当否を論じ る必要がある。 決定Aに関わる(カ)についても、 X大学側からの(d)の主張を踏まえ、 同 様に論じる必要がある。 また、 決定@・決定Aの双方について、 X大学が大学の自治の主体であることにも意識し つつ、 学問の自由の制約を論じなければならない。 県立大学であるX大学を公権力としての み捉え、 公権力が精神的自由である学問の自由を侵害しているとして厳格な判断基準を導く といっただけの形式的・図式的な議論では不十分であろう。 行政機関とは異なり、 大学が研 究・教育の内容や方法について自律的に決定し得ること、 本来は学問の自由の保障のために 認められる大学の自律性に基づく決定が、 個々の研究者の学問の自由と対立する側面がある ことにも、 留意しなければならない。 決定@に関する(ウ)については、 学問の自由を論じる際には、 今日の社会では研究者は 学問の自由が保障された大学のような機関に所属しその支援を受けなければ研究の継続が難 しいという点にも留意してほしい。 その上で、 X大学側からの(c)の主張も踏まえつつ、 決 定@がYの研究にとってどの程度の制約となるのかを慎重に見極める必要があろう。 決定Aに関する(オ)については、 判例(旭川学テ事件、 最判昭和51年5月21日刑集 30巻5号615頁)が、 普通教育とは異なり、 大学教育の場合には、 学生が一応教授内容 を批判する能力を備えていると考えられると指摘していることが参考になろう。 Yが教育の 内容・方法の決定や成績評価について広い裁量を有していることを踏まえつつ、 X大学側の - 2 - (e)(f)の主張にも留意して、 学問の自由と社会活動の関係や学生の不利益にも配慮しながら、 決定Aの妥当性を検討することになろう。 (エ)(キ)については、 事案も踏まえつつ、 見解(観点)に基づく差別的な取扱いがな かったかを検討することになる。 表現の自由をめぐる見解(観点)規制に準じて考えること ができよう。 研究助成という仕組みにおいては大学の裁量が認められるとみることもできる が、 これまで研究員全員に一律に研究助成金が配分されてきたことにも留意し、 決定@につ いて検討する必要があろう。 〔第2問〕 林地を開発して一定規模以上の事業場を設置するためには、 森林法(以下「法」という。 ) 第10条の2第1項に基づく都道府県知事の許可(以下「開発許可」という。 )が必要となる。 本問は、 A株式会社(以下「A」という。 )がB県C市に所在する自己所有地を中心とする区 域を事業の用に供するための大規模な開発行為(以下「本件開発行為」という。 )に関し、 開 発許可に係る申請前の段階から開発許可後の開発行為に関する工事の完了までの一連の行政 過程の中で、 C市や地域住民との間で生じる法的問題について検討するものである。 本問では、 Aの申請に係る開発行為の許否を決定する審査段階で行われた、 B県担当課長 とB県法務室長(弁護士)との【検討会議の会議録】を読んで、 地域住民や地権者が原告と なって提起することが想定される取消訴訟の訴訟要件と本案の主張に関する法的問題のいく つかについて同法務室長の立場から検討することが求められる。 まず、 【設問1】は、 Aの申請に係る開発許可の取消訴訟を第三者が提起する場合におけ る原告適格の存否を問うものである。 本問では、 仮に、 B県知事がAの開発行為を許可した 後、 開発区域内外の土地所有者で立木所有者であるEと、 開発区域を水源とする沢(以下「本 件沢」という。 )に沿って本件開発区域外に居住する者で過去に溢水等による浸水被害を受け たことがあり、 かつ、 本件沢から取水した水を飲料水や生活用水として使用するFの2名が 原告となって同許可の取消訴訟が提起されることを想定し、 最判平成13年3月13日民集 55巻2号283頁を参考にして、 同訴訟におけるE及びFの原告適格の存否を問うもので ある。 行政事件訴訟法第9条に基づき、 法第10条の2等の規定を踏まえ、 E及びFのそれ ぞれについて原告適格の存否を検討することが求められる。 次に、 【設問1】は、 Aの申請時点では開発区域内の土地所有者であるEは本件開発行為 に同意していなかったが、 仮にEが同意に転じ、 Fのみが前記許可の取消訴訟を提起した場 合を想定し、 同訴訟の係属中に本件開発行為に関する工事が完了した後においても、 Fに訴 えの利益が認められるかを問うものである。 このような場合の訴えの利益はゴルフ場建設を 目的とした開発許可の事例に関する最判平成7年11月9日集民177号125頁によれば 否定されているが、 その理由が必ずしも明確ではない。 そこで本問では、 建築確認の取消訴 訟係属中に当該建築物の建築工事が完了した事例に関する最判昭和59年10月26日民集 38巻10号1169頁を参考にしつつ、 開発行為に関する工事の完了による開発許可の法 効果など、 法の仕組みを踏まえ、 Fの訴えの利益が否定される理由付けを明確化し、 検討す ることが求められる。 最後に、 【設問2】は、 B県知事がAの申請に係る許可をし、 Fが同許可の取消訴訟を提起 した場合を想定して、 Fによる違法事由の主張とそれに対するB県の反論を問うものである。 開発行為の許否の判断に当たっては、 開発区域内の森林の現に有する水源かん養機能に依 存する地域における水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがないこと(法第10条の2第2 項第2号。 以下「水確保要件」という。 )のほか、 森林の保続培養及び森林生産力の増進に留 意する(同条第3項)旨の規定内容から、 公益を考慮しつつ、 専門技術的判断を基礎とする 都道府県知事の裁量権が認められる。 この点を踏まえ、 【検討会議の会議録】からすると、 同 - 3 - 許可の取消訴訟におけるFによる違法事由の主張とそれに対するB県の反論としては、 以下 の(i)〜(B)が考えられる。 まず、 (i)Fの主張する違法事由として、 Eの同意がない段階においてB県知事がAの申請 に係る開発許可をした場合、 森林法施行規則第4条第2号に規定する「相当数の同意」に関 し、 同知事が審査基準として自ら設定・公表しているB県林地開発行為の許可基準(以下「本 件許可基準」という。 )第1−1−@を満たしていない旨の主張が考えられる。 この点に関す るB県の反論では、 開発行為に関する許可につきB県知事に裁量権が認められることから、 本問のように開発区域内における権利者が2者である場合、 開発区域内でAの所有林が占め る面積の割合をも考慮して許可することができるかに関して本問における事実関係に即した 検討が求められる。 次に、 (A)Fの主張する違法事由として、 C市水道水源保護条例に基づき規制対象事業場 として認定(以下「本件認定」という。 )されているから、 本件許可基準第1−1−Aを満た していない旨の主張が考えられる。 この点に関するB県の反論では、 いわゆる紀伊長島町水 道水源保護条例事件の最判平成16年12月24日民集58巻9号2536頁を参考にしつ つ、 本件認定に至るプロセスなどの本問における事実関係に即した検討が求められる。 その 際、 かつて市町村による土地の使用制限に関する処分が違法であると評価して開発許可をし たというB県の運用を踏まえた検討も求められる。 最後に、 (B)Fの主張する違法事由として、 Aが設置を計画している貯水池の容量ではFの 生活用水に不足が生じ、 水確保要件と本件許可基準第4−1を満たしていない旨の主張が考え られる。 この点に関するB県の反論では、 Aが設置を計画している住民の生活用水確保のため の貯水池に関して水確保要件及び本件許可基準第4−1の規定内容を踏まえ、 Fが主張する規 模の貯水池設置に関する技術的制約とそれに要する費用の問題等について検討することが求め られる。 【民事系科目】 〔第1問〕 1 設問1について 設問1は、 虚偽の外観を信頼して取引をした者の保護をどのような要件の下で図るか という問題に関する理解を問うものである。 設問1においては、 甲土地の所有権登記がAからB、 BからCと順次移転しているが、 Bは無権利者であり、 Cが外観を信じて取引をした者として保護されるかが問題となる。 虚偽の外観の作出・存続に本人の意思が直接には関与していない事例について、 判例は、 民法(以下「法」という。 )第94条第2項と第110条の法意を重畳的に適用すること によって、 権利外観法理の伸張を図っている。 本問の解答としては、 この判例法理の趣旨 を正確に理解した上で、 本人の帰責性の程度を勘案しつつ第三者に求められる要件を論じ、 本問に当てはめて結論を導くことが求められる。 まず、 無権利者からの譲受人は権利を取得できないのが基本であるところ、 判例は、 虚 偽の権利外観の作出・存続が所有者の意思に基づくと評価される場合に法第94条第2項 を類推適用し、 登記の外形を信頼して無権利者と取引をした善意の第三者の保護を図って いる。 解答に当たっては、 こうした本問の基本構造が提示されることが求められる。 なお、 本問においては、 代理権の存在についての信頼を保護することを趣旨とする法第 110条の適用が問題となるわけではない。 法第94条第2項が類推適用される要件である本人の帰責性が認められる場合として は、 本人自らが虚偽の外観を作出したとき(外形意思対応=外形自己作出型)や、 虚偽の 外観の作出が他人によるものであっても、 本人がその存在を知りつつその存続を明示又は - 4 - 黙示に承認していたとき(外形意思対応=外形他人作出型)が挙げられる。 これに対し、 本人が作出した虚偽の外観に他人の行為が加わって更なる虚偽の外観が作出されたが、 本 人がそれを知らなかった場合(外形意思非対応型)や、 本人が他人を信用して交付した書 類が濫用されて虚偽の外観が作出されるなど、 本人が虚偽の外観作出の原因を与えていた 場合(外形与因型)には、 判例は、 法第94条第2項と第110条の「法意」又は「趣旨 の類推」により、 善意無過失の第三者を保護するものとしている(最判昭和43年10月 17日民集22巻10号2188頁、 最判平成15年6月13日判時1831号99頁(以 下「平成15年判決」という。 )、 最判平成18年2月23日民集60巻2号546頁【民 法判例百選T<第8版>22事件】(以下「平成18年判決」という。 ))。 本問は、 Aは、 Bに対して抵当権抹消登記手続を委託しているものの、 甲土地の所有権 をBに移転させる意思は有していないことから、 上記の「外形与因型」に該当する。 「外 形与因型」の事例への対処については、 判例のように法第94条第2項と第110条の法 意に照らし判断するもののほか、 学説には、 法第110条を持ち出さずに、 法第94条第 2項類推適用によるものとする見解や、 「外形与因型」の事例は法第94条第2項類推適 用の許容範囲を超えるものとして第三者保護を否定すべきとの見解もある。 論拠が適切に 示されているのであれば、 判例とは異なる見解に依拠するのであっても等しく評価される が、 いずれの見解によるとしても、 法第94条第2項類推適用が認められる事例の限界に ついては言及がされるべきである。 本問の解答としては、 ここまでに述べてきた法的論拠に関する議論を踏まえ、 本人Aの 帰責性と第三者Cの善意又は善意無過失の要件具備の当否を適切に判断することが求めら れる。 平成18年判決は、 虚偽の外観作出について権利者本人が知らなかった事案におい て、 権利者に不実登記を承認したと「同視し得るほど重い」帰責性がある場合に無過失の 第三者が保護されるとした。 本問においても、 Cの無過失はもとより、 Aの帰責性につい ても、 その判断については相当の慎重さが求められる。 Aの帰責性に関しては、 所有権移転登記手続に必要となる書類をBに言われるまま交付 していることが事実4に示されているものの、 契約@の契約書がBの偽造によるものであ ることは重視されるべきである。 所有権移転登記それ自体にAの意思的関与はなく、 Bに よって作出された外観を是正し得る契機も見いだせない。 こうしたことからすれば、 本問 は、 上記の平成18年判決の事案よりも平成15年判決の事案に類似しているといえる。 法第94条第2項と第110条の法意に照らしても、 Cに対抗し得ないとすべき程の帰責 性がAにあるとは評価できず、 Cに対する権利主張は妨げられないものと解される。 ただ し、 Aの帰責性を是認する答案も、 その論拠が説得的に示されていれば、 相応に点を与え る。 2 設問1について ア 設問1は、 Aが、 甲土地をDとBに二重譲渡した事例であり、 登記名義はAからB、 BからCへと順次移転している。 登記のない譲受人が自己の所有権取得を登記のある譲 受人に対抗するための方途としてまず考えられるのは、 登記を有する譲受人が背信的悪 意者であるとの主張である。 通説・判例によれば、 法第177条にいう「第三者」には 背信的悪意者は含まれず、 登記がなくても物権の取得を対抗することができる(最判昭 和40年12月21日民集19巻9号2221頁、 最判昭和43年8月2日民集22巻 8号1571頁等)。 自由競争の前提となる信義則に違反し、 権利濫用法理に違背する ような者は、 自由競争の範囲を逸脱し、 登記による保護を認められるべきではないから であるとされている。 背信的悪意者の典型例としては、 「不動産登記法第5条の第三者 と類似する立場にある第三者」、 「不動産取得の目的や方法が著しく信義に反する第三 者」、 「第1譲受人の不動産取得を害意をもって侵害しようとする第三者」、 「譲受人と実 - 5 - 質的に同一人格と判断される第2譲受人」などが挙げられる。 もっとも、 学説上は、 悪意者排除論や有過失者排除論も有力であり、 これらを論拠と する場合も、 判例法理となっている背信的悪意者排除論への疑問を提示しつつ説得的に 論じられていれば、 同様に点を与える。 設問1において、 Bは、 第1売買の事実を知り、 またDへの第1売買を妨害する意 図をもって自己への所有権移転、 Cへの転売をしているため、 上記の「不動産取得の目 的が著しく信義に反する第三者」に該当し、 背信的悪意者であると認定することができ る。 したがって、 悪意者排除論に依拠する場合はもちろん、 判例・通説のいう背信的悪 意者排除論に依拠するのでも、 Dは、 甲土地について登記なくして自己の所有権取得を Bに対抗することができると解される。 イ では、 Dは、 背信的悪意者からの転得者Cとの関係でも、 同様に登記なくして所有権 の取得を対抗することができるか。 背信的悪意者からの譲受人は所有権を取得し得るの か、 また、 背信的悪意者としての地位を承継することにならないのかが検討されるべき こととなる。 判例は、 背信的悪意者につき相対的に判断をしており、 第1譲受人との関 係で登記の欠缺を主張できない背信的悪意者も所有権取得者であって、 背信的悪意者か ら所有権を承継取得する転得者は、 自身が第1譲受人との関係で背信的悪意者と評価さ れるのでない限り、 登記を備えれば第1譲受人に対抗できるとしている(最判平成8年 10月29日民集50巻9号2506頁【民法判例百選T<第8版>61事件】) 。 本問では、 事実11において、 背信的悪意者Bからの譲受人Cが、 Dへの第一売買(契 約B)を知っていたものとされており、 悪意であるということができるが、 Dを害する 意図がBにあったことまでは知らなかったというのであるから、 背信的悪意者とはいえ ないものと解される。 したがって、 Dは、 登記名義人が背信的悪意者であることを理由 として、 Cに対して、 自己に所有権があることを主張し、 自己への登記名義の移転を請 求することはできない。 ア 次に、 Aは、 財産権移転義務・登記移転義務を負っているDを害することを知りなが ら、 評価額よりも低い価額で、 唯一のめぼしい財産である甲土地をBに売却し、 登記移 転をしている。 Dとしては、 この売買契約が詐害行為に当たるとして(法第424条)、 転得者Cに対し、 法第424条の5に基づいて詐害行為取消権を行使することが考えら れる。 本問において、 DがAに対して有しているのは甲土地の引渡しや登記の移転を目的と する債権である。 一般債権者の共同担保を保全するという詐害行為取消権の趣旨からす れば、 被保全債権は金銭債権に限られるのではないか、 この見地から、 本問において詐 害行為取消権の行使は認められないのではないかが問題となる。 判例・通説は、 特定物 債権でも、 債務者が目的物を処分することにより無資力になる場合なら、 処分行為の取 消しは認められるとしている(最判昭和36年7月19日民集15巻7号1875頁 【民 法判例百選U<第8版>15事件】)。 特定物債権でも窮極において損害賠償債権に変じ うることが、 その理由とされる。 イ 詐害行為取消権を行使するための要件としては、 「債権者を害することを知ってした 行為」「受益者の悪意」があり(法第424条)、 転得者に対して行使をするには、 さら に「転得者の悪意」が要件として加わる(法第424条の5第1号)。 本問においてこ れら要件が具備されているかを事実に即して確認することが求められる。 第1に、 Aが債務超過状態に陥っていること、 甲土地がAの唯一のめぼしい財産であ ることが事実8に示されていること。 また、 事実7にあるように、 甲土地の時価は40 00万円であるところ、 その半額で売却をしていること。 以上より、 契約Cは詐害行為 に当たる。 第2に、 事実9からすれば、 Aに詐害意思があることも明らかであり、 受益 - 6 - 者Bの悪意も、 同事実に示されているとおりである。 第3に、 事実11において、 売買 Bの存在やAが無資力であることにつき転得者Cは知っていたことが示されているた め、 転得者の悪意の要件も満たされている。 以上より、 本問では、 Cに対する詐害行為取消権の行使は認められると解される。 ウ 詐害行為取消権の行使によって、 転得者に対してはどのような内容の請求が認められ るか。 法第424条の6によれば、 債務者のした行為の取消しとともに、 転得者が転得 した財産の返還を請求することができる。 Dは、 転得者Cに対して債務者Aに登記を戻 すよう請求することはできるが、 直接自己に移転登記せよと請求することはできない (法 第424条の9の反対解釈。 最判昭和53年10月5日民集32巻7号1332頁【民 法判例百選U<第8版>16事件】)。 3 設問2について 設問2は、 賃貸不動産が債権担保を目的として譲渡された場合における法第605条の 2第1項及び第2項の適用可能性を問うものである。 事案は、 対抗要件を備えた賃借権の 負担が付いた不動産が債権担保の目的で譲渡され、 その譲渡につき所有権移転登記がされ た場合において、 被担保債権の弁済期が経過した後、 設定者の受戻権が存続する状態で、 設定者が賃借人に対して賃料の支払を請求した、 というものである。 設定者(譲渡人)F がHに債務αを弁済することなく、 賃借人Gに賃料を請求したのに対して、 Gが法第60 5条の2第1項に基づいて、 Fは所有権とともに賃貸人の地位をも喪失したと主張して(下 線部)Fに対する賃料の支払を拒絶した場合に、 Fからの反論として想定される根拠(下 線部)の妥当性につき検討することが求められている。 まず、 下線部の各主張の根拠は次のとおりであると考えられる。 下線部が法第605条の2第1項を根拠として、 乙建物の所有権移転に随伴して直ち に賃貸人の地位がFからHに移転したという趣旨を述べるものであることを示す必要があ る。 そのために、 同項を摘示しつつ、 下線部の主張が、 乙建物の所有権に随伴して賃貸 人の地位がFからHに移転したという趣旨を述べるものであること、 乙建物に係るGの借 家権が引渡しにより対抗要件を備えていること(借地借家法第31条)、 乙建物が所有者 FからHに譲渡されたことを指摘することが求められる。 次に、 下線部の反論の趣旨及び論拠を明らかにする必要がある。 反論は、 契約Fに 基づく譲渡が債権担保を目的とする譲渡であり、 譲渡担保は一般的に法第605条の2第 1項の「譲渡」に当たらないから、 賃貸人の地位はHに移転することなくFのもとにとど まるという趣旨を述べるものであることを指摘することが求められる。 加えて、 請求3の 時点において債務αの弁済期が経過していること、 契約Fに基づく担保の実行が未了であ り、 かつHは乙建物を第三者に処分しておらず、 Fの受戻権が失われていないことを確認 することも必要である。 さらに、 反論が、 法第605条の2第2項の類推適用により、 賃貸人の地位がFに留 保されるという趣旨を述べていることを指摘することが求められる。 そのためには、 @F H間における乙建物の使用・収益に関する合意は賃貸人の地位をFに留保する趣旨を定め たものと解されること、 AFの設定者留保権に内包される利用権限は賃貸借に類比するこ とができること、 BFの設定者留保権が担保の実行により消滅すると、 賃貸人の地位が確 定的に譲受人Hに移転することが予定されていることから、 同項の類推適用の基礎がある という趣旨の主張であることを指摘する必要がある。 以上を踏まえて、 Fの反論の当否を検討しつつ、 請求3の可否について結論を述べるこ とが求められる。 その際、 5月分と6月分との間で違いが生じ得るか、 つまり債務αの弁 済期経過が本問の検討において意味を持ち得るか、 という点にも留意しなければならない。 反論は、 契約Fに基づく譲渡が法第605条の2第1項の「譲渡」に当たらないと主張 - 7 - するものであり、 反論は、 上記の主位的主張が奏功しない場合に備えて、 契約Fに基づ く譲渡が同項の「譲渡」に当たると仮定した場合の追加的主張であり、 反論を不当とす る場合は反論の当否を検討することが不可欠となる一方、 の反論を正当とする場合は、 重ねての当否を論じる必要はない。 Fの反論の当否及び請求3の可否を論じるに当たっては、 それに先立ち、 法第605条 の2第1項の趣旨を確認する必要がある。 同項は、 不動産の賃借権が対抗力を備えている 場合、 賃貸不動産の譲渡に伴い、 特段の事情がない限り、 当然に賃貸人の地位が譲渡人か ら譲受人に移転するものとした平成29年改正前民法下の判例法理(最判昭和39年8月 28日民集18巻7号1354頁)の趣旨を明文化したものとされている。 その趣旨の理 解については、 (合理的)当事者意思の推定を根拠とするという説明が一般的になってい るが、 賃貸人の債務の性質、 法律関係の複雑化の回避など、 当事者意思の推定以外の説明 が記載されていた場合も、 その説得力に応じて相応に評価される。 譲渡担保においては、 債権担保の目的の範囲内で所有権が譲渡担保権者に移転すること を認める法律構成が定着しつつあるといえる(最判昭和57年9月28日判時1062号 81頁)が、 確定的な所有権移転と目的物の使用・収益権限との関係につき従来十分な議 論がされているとはいえず、 譲渡担保と賃貸人の地位の移転の関係について直接判断した 最高裁判例は存在しない。 よって、 譲渡担保の法的構成に関する上記の昭和57年最判の 法律構成に依拠する場合、 反論の当否に関しては、 理論上、 肯定・否定いずれの結論も 導くことができる。 検討に当たっては、 純然たる所有権的構成ではなく、 担保的構成に依 拠する場合であっても、 譲渡担保においては所有権移転という法形式が採られている以上、 非占有担保・占有担保いずれの形態も対等に成立し得ることに留意すべきである。 また、 抵当権においても被担保債権の債務不履行後は果実に抵当権の効力が及ぶ(法第371条) とされていることとの均衡上、 譲渡担保においても被担保債権の弁済期到来が譲渡担保権 の実体法上の効力にどう影響するのか、 特に目的物の処分権限についての制約が撤廃され ること以上の変化がないと考えるべきか否か、 といった点にも目配りがされることが望ま しい。 次に、 反論の根拠とされる法第605条の2第2項は、 賃貸不動産の譲渡人と譲受人 との間における賃貸人の地位を譲渡人に留保する旨の合意の存在のみをもって譲渡人が賃 貸人の立場にとどまり続けることができるとすれば、 賃借人の法的地位を不安定なものに してしまうから妥当でないとした平成29年改正前民法下の判例法理(最判平成11年3 月25日集民192号607頁)を受けて、 賃借人の法的地位の安定化を阻害しない範囲 で、 賃貸人の地位の留保合意の効果を認めるものである。 そのために、 譲渡人に使用・収 益権限を留保することに加えて、 譲受人との間の賃貸借契約の存在が求められている。 譲 渡担保契約の当事者間において、 譲渡担保権者が設定者に目的物を賃貸するという法律関 係は通常予定されていないため、 同項前段が定める賃貸借契約の存在という要件を満たさ ず、 同項を直接適用することはできないと考えられる。 もっとも、 法第605条の2第2項は、 賃貸不動産の譲渡にもかかわらず賃貸人の地位 が移転しない場合を完結的に要件化しているわけではなく、 同項の類推適用や趣旨の類推 により、 譲渡人への留保が認められるべき場合が存在し得ることを否定する趣旨まで含ん でいないと考えられる。 請求3の当否を論じるに当たっては、 契約Fに基づく譲渡が、 法第605条の2第1項 の「譲渡」に当たるかどうかを検討する必要がある。 一つの方向性として、 同項の「譲渡」 に当たるためには、 目的物の確定的な所有権が譲渡担保権者に移転していることが必要で あり、 設定者の受戻権が存続する限りは、 その趣旨が妥当しないという立論の方向性が考 えられる(構成α―1)。 他方で、 所有権留保に関しては、 担保目的で所有権を留保する - 8 - 売主は、 被担保債権の弁済期経過後は、 目的物の占有権限を取得し、 目的物に関して必要 となる管理行為を行うことができるものと解されている(最判平成21年3月10日民集 63巻3号385頁)。 このような考え方を譲渡担保にも推及し、 「譲渡」は、 目的物の所 有権及び使用・収益の基礎となる占有権限を取得する必要があるが、 それで足り、 所有権 が確定的に譲受人に移転していることまで要求すべきだと考える必然性はないという方向 の立論も考えられる(構成α―2)。 以上のような法律構成に対して、 債権担保目的での所有権移転も「譲渡」に当たると解 した上で、 乙建物に関する使用・収益権限に関するFH間の合意の効果として、 賃貸人の 地位がFに留保されるかどうかを検討するという方向性の立論もあり得る(構成β)。 こ の立場による場合、 法第605条の2第1項の「譲渡」は所有権の移転があれば足り、 そ れが債権担保目的でなされていれば十分であること、 譲受人は、 所有権の部分権能である 使用・収益権限も観念的には取得した上で間接占有を取得し(譲渡担保は、 抵当権と同様 に非占有担保として扱われることが多いが、 不動産譲渡担保に関しては、 所有権移転登記 を備えることにより、 特段の事情がない限り、 同時に占有改定の合意が認められ、 譲受人 は、 目的不動産の(間接)占有を取得しているものと考えられる。 )、 賃借人に使用・収益 させる義務を履行することが可能な状態にあることを指摘することが求められる。 以上を 踏まえて、 反論の当否を検討するに当たっては、 まず、 譲渡担保に関しては、 典型担保 (抵当権や質権)と異なり、 使用・収益権限の帰属が当事者の合意に委ねられていること、 次に、 本件合意の内容を解釈し、 同第2項の類推の可否を論じ、 結論を述べる必要がある。 譲渡担保の場合、 被担保債権の弁済期経過後であっても担保権の実行まで使用・収益権 限を設定者Fに委ねる趣旨を内包しており、 担保権者が担保の実行を遅らせることもしば しば見受けられる。 本件においても、 弁済期が経過した後もHが担保権を実行しておらず、 第三者への目的物の処分もしていないことから、 黙示的に期限の猶予がされ、 5月分・6 月分いずれの賃料もFに賃貸人の地位が留保された状態で発生したものと解するのが合意 の趣旨に沿うとする立場があり得る(構成β―1−1)。 他方で、 本件合意は、 債務αの 弁済期経過によりHは債権担保目的に伴う制約である処分権の制約から解放され、 担保権 実行を待つことなく使用・収益権限を取得するものであり、 5月分に関してのみ本件合意 の効果に基づく賃貸人の地位の留保を認める考え方も成り立ち得る(構成β―1−2)。 さらには、 法第605条の2第2項の類推適用を否定する考え方もあり得る(構成β―2) 。 この立場からは、 同第1項の原則に従い、 賃貸人の地位はHに移転しており、 反論は妥 当せず、 請求3は5月分・6月分ともに認められない、 という結論が導かれることになる。 4 設問3について 設問3は、 被相続人が死亡前に同一の不動産について死因贈与契約を締結した後に特定遺 贈を行っていた場合における、 死因贈与契約の遺言による撤回(又は解除(以下では、 「撤 回」を用いるが、 「解除」を用いる答案も「撤回」を用いる答案と同等に評価される。 ))の 可否について、 条文を踏まえた考察の能力を問うものである。 本問におけるMの請求は、 契約Gが死因贈与契約(法第554条)であって、 Kの死亡に よってそれが効力を発したことを理由に、 Kの唯一の相続人として贈与者の地位を承継して いるLに対し、 契約Gの履行を求めるものである。 これに対するLのの主張は、 死因贈与 契約には遺贈の規定が準用され(同条)、 贈与者は遺言の撤回と同様に死因贈与契約を遺言 によって撤回することができる(法第1022条・法第1023条)との論拠によるもので ある。 Kが丙不動産をNに特定遺贈する遺言を行っているため、 前の死因贈与契約が「後の 遺言と抵触するとき」に当たり、 死因贈与契約が撤回されたものとみなされることになる(法 第1023条第1項準用)。 Lのの主張の当否は、 遺言に関する法第1022条及び第1023条が死因贈与契約に - 9 - 準用されるか否か、 法第554条が死因贈与契約に遺贈に関する規定が準用されるのは「そ の性質に反しない限り」としていることをどのように考えるかによって左右される。 Mから の反論としては、 遺言の撤回の規定を準用するならば、 相手方との間で締結された契約を単 独行為である遺言によって一方的に撤回できることとなり、 相手方の利益を害するから、 そ れらの規定の準用は死因贈与契約の性質に反し、 認められない等の主張が考えられる。 この点について、 判例は、 死因贈与への遺言の撤回の規定(法第1022条、 法第102 3条)の準用を原則として肯定しつつ (最判昭和47年5月25日民集26巻4号805頁)、 負担付死因贈与において負担が履行されている場合における類型的な例外(最判昭和57年 4月30日民集36巻4号763頁)及び死因贈与の動機や内容等に照らして撤回を否定す ることが相当と認められる場合における個別事例に即した例外(最判昭和58年1月24日 民集37巻1号21頁)を認める立場であるものと一応まとめることができるが、 判例の立 場をどのように捉えるかは見解が一致しているわけではない。 学説には、 準用肯定を原則とすることに批判的な見解が多いが、 死因贈与契約と遺贈との 共通性を強調する準用肯定説も有力であり、 準用の可否を論じるのではなく個々の事案にお ける具体的な諸事情の総合的な考慮によって撤回が認められるかどうかを判断すべきとする 説もある。 本問では、 第1に、 死因贈与契約について遺言の撤回の規定の準用の可否が問題になると いう基本的な理解を有することを前提に、 第2に、 条文の文言を踏まえつつ、 契約の相手方 の保護と死亡後の財産の処分に係る被相続人の最終意思の尊重との調整をどのように行うか について検討し、 結論を示すことが求められる。 その際、 第2については、 上記のとおり、 判例の立場の捉え方も、 学説上の見解も、 必ずしも一致した状況にあるわけでないことから、 判例の知識があれば相応の評価が与えられるものの、 判例の知識の有無にかかわらず、 上記 の調整についての考察を立ち入って行うことができているかどうかが問われる。 〔第2問〕 1 本問は、 公開会社でない株式会社において、 @取締役の任期を短縮する定款変更がされ るとともに取締役選任議案が否決されたという一連の経緯によって取締役の地位を失った 者が会社に対して損害賠償請求をすることの可否(設問1)、 A親会社の圧力の下でいわゆ るデュー・ディリジェンスを行うことなく事業を譲り受けたことに関する取締役の任務懈 怠責任(設問2)、 B事業を譲渡した会社(譲渡会社)の商号の一部が含まれている商標を 使用した場合における事業を譲り受けた会社(譲受会社)の責任(設問3)を問うもので ある。 いずれについても、 会社法上の重要な制度や判例に関する基本的な理解を前提に、 問題点を適切に分析した上で、 具体的な事実関係に応じて結論を導き出すことができるか 否かを問うものである。 2 設問1においては、 Dが甲社の取締役の地位を失ったことが実質的な解任であると考 えていることを踏まえると、 Dとしては、 まず、 甲社に対して会社法第339条第2項 の規定に基づいて損害賠償請求をすることが考えられる。 本問では、 取締役の任期を短 縮する定款変更がされるとともに取締役選任議案が否決されたにすぎず、 Dが解任され たわけではないことから、 そのことを指摘した上で、 同項の規定の類推適用又は適用を することができるか否かを検討することになる。 なお、 そのような検討をする前提とし て、 取締役の任期を短縮する定款変更が行われた場合における在任中の取締役の任期に ついて言及することができると、 なお望ましい(例えば、 取締役の任期を短縮する定款 変更が行われた場合には、 定款変更の効力が発生した時点において在任している取締役 の任期も短縮されると解され、 本問のDは、 短縮後の任期が既に経過しているので、 定 款変更がされた時点で取締役の任期が満了したことになるなどと言及することが考えら - 10 - れる。 )。 会社法第339条第2項の規定の類推適用又は適用を検討する場合には、 同項の趣旨 を踏まえつつ、 類推適用の基礎は何であるか、 何をもって実質的な解任であると評価す るかを意識した検討をする必要がある。 すなわち、 取締役の任期を短縮する定款変更を したことを対象とする、 取締役選任議案を否決したことを対象とする、 その双方を対象 とするといった様々な考え方があり得るが、 いずれの考え方によるにせよ、 どのような 行為についての正当な理由の有無が問題になるのか、 損害としてどのような主張をする ことができるのかといった問題にも関連することから、 類推適用又は適用の対象とそれ 以外の部分についても一貫した論述が求められる。 正当な理由の有無については、 判例(最判昭和57年1月21日集民第135号77 頁参照)等を踏まえ、 取締役でもあり、 株主でもあるAらとの間で経営方針をめぐって 意見が対立していたなどの本問における事実関係を適切に分析した上で論じることが求 められる。 なお、 正当な理由の有無を検討するに当たっては、 会社法第339条第2項 の類推適用又は適用の対象をどのように考えるのかについても意識して検討することが できると望ましい。 例えば、 取締役の任期を短縮する定款変更をしたことに対して同項 の規定を類推適用又は適用すべきであるという考え方による場合には、 「信任を得る機会 を多くし、 取締役の業務に緊張感を持たせたい」という定款変更議案の理由の本事案に おける当否についても検討をすることなどが考えられる。 損害については、 Dの立場から考えられる主張とその当否を検討することが求められ ているのであるから、 Dが変更前の定款に定められた任期を満了するまで取締役を務め たいと考えていたことを踏まえると、 まずは変更前の定款に定められた任期が満了する までの期間の報酬相当額に関する主張とその当否を検討し、 それが認められないとする 場合には、 慣例となっていた4年の任期が満了するまでの期間の報酬相当額が認められ るか否かを検討することなどが考えられる。 そして、 その当否を検討するに当たっては、 会社法第339条第2項の類推適用又は適用の対象をどのように考えるのかについても 意識して検討する必要がある。 例えば、 取締役の任期を短縮する定款変更をしたことで はなく、 取締役選任議案を否決したことに対して同項の規定を類推適用又は適用すべき であるという考え方による場合には、 変更後の任期以上の期間の報酬相当額を損害とし て主張することは困難となるはずであるが、 そのような理論的な関係も踏まえた検討を することが求められる。 会社法第339条第2項の規定の類推適用又は適用以外の法律構成もあり得るところ ではあるが、 いずれにしても、 会社に対する損害賠償請求の可否が問われていることを 踏まえた上で、 本問の事実関係を適切に分析した上で論じることが求められる。 なお、 設問1では、 定時株主総会の招集の手続及び議事は適法であったものとされていること から、 これに反する法律構成(例えば、 株主総会の招集の手続等が法令等に違反するこ とを理由とする株主総会決議の取消しを前提として報酬相当額の損害賠償請求をするこ となど)を採用しても評価はされない点に留意する必要がある。 3 設問2においては、 事業譲渡の譲受会社である戊社の少数株主であるJとしては、 その 代表取締役Gが親会社である甲社の代表取締役Aの圧力の下でデュー・ディリジェンス を行うことなく高値で事業を譲り受けたことについての任務懈怠責任を問うことが考え られるところであり、 会社法第423条第1項が定める要件に沿って検討することが求 められる。 まず、 Gの義務違反の有無については、 @通常であれば、 いわゆる経営判断原則が妥 当し得るところ、 甲社が戊社の親会社であるという関係に着目し、 以下に述べるような 利益相反関係が存在することを指摘した上で、 Gの善管注意義務又は忠実義務違反の有 - 11 - 無を判断する基準を提示し、 A本問の事実関係の下でデュー・ディリジェンスを行う必 要性がどの程度あったかなどを踏まえて検討することが求められる。 @の検討においては、 甲社が戊社の総株主の議決権の60パーセントを有する親会社 であり、 本件事業譲渡が、 親会社である甲社の利益にはなるものの、 戊社の利益にはな らないおそれがあるとともに、 戊社には、 親会社である甲社だけではなくJをはじめと する少数株主が存在することから、 構造的な利益相反が生じる可能性があることを考慮 するとともに、 Gは、 親会社である甲社の代表取締役Aから取締役として再任されない 可能性があることを示され、 甲社の利益のために戊社にとって不利な事業譲渡を進める ように圧力をかけられており、 具体的な利益相反が生じていたことを考慮した上で、 ど のように義務違反を判断するのかについて検討することが求められる。 また、 Aの検討においては、 戊社の取締役であるHが銀行や弁護士に確認して、 デュ ー・ディリジェンスを行う必要性が高いことを認識し、 このことをGに指摘していたと いう経緯等に言及した上で、 本件事業譲渡契約を締結するに当たってはデュー・ディリ ジェンスを行う必要性が高いことを指摘しつつ、 Gとしても、 甲社の利益のみを考えて いたわけではなく戊社を含む甲社を中心としたグループ全体の利益を考えていたこと、 戊社にとって甲社は重要な取引先であることなども踏まえた上で、 それでもデュー・デ ィリジェンスを行わずに本件事業譲渡契約を締結したことが善管注意義務又は忠実義務 に違反すると評価することができるか否かを説得的に論じることが求められる。 次に、 損害については、 そもそも本件事業譲渡契約を締結すべきではなかったのか、 それともデュー・ディリジェンスを行った上で公正な対価で本件事業譲渡契約を締結す べきであったのかのいずれの立場を前提とするのかにもよるが、 いずれの立場によるに せよ、 自己の立場と整合的な論述をすることが求められる。 例えば、 そもそも本件事業 譲渡契約を締結すべきではなかったと考える場合には、 本件事業譲渡契約の対価の額か ら本件事業譲渡に係る評価損計上後の資産の額を控除した残額にその後に計上した負債 の額を加えたものを損害とすることが考えられるし、 デュー・ディリジェンスを行った 上で公正な対価で本件事業譲渡契約を締結すべきであったと考える場合には、 本件事業 譲渡契約の対価の額から公正な対価の額を控除した残額を損害とすることなどが考えら れる。 4 設問3においては、 乙社から事業を譲り受けた戊社が、 乙社の商号の一部である「乙」 が含まれている登録商標Pを使用している場合において、 乙社の債務を弁済する責任を 負うか否かが問われている。 本問において、 乙社の事業を譲り受けた戊社の責任の有無 を検討するに当たっては、 まず、 会社法第22第1項の規定を適用することが考えられ るが、 本問では、 戊社が乙社の商号そのものを引き続き使用しているわけではないこと から、 そのことを指摘した上で、 同項の類推適用をすることができるか否かを検討する ことになる。 会社法第22条第1項の規定の類推適用を検討するに当たっては、 譲受会社が、 譲渡 会社の商号そのものを引き続き使用しているわけではないものの、 その使用する登録商 標に譲渡会社の商号の一部が含まれているという本問の事情に着目し、 同項の規定の趣 旨を踏まえ、 譲渡会社の商号の一部が含まれている商標を使用した場合にも同項の規定 の類推適用をすることができるか、 できるとする場合にはどのような要件が求められる のかを論じた上で、 本問の事実関係の下で同項の規定の類推適用をすることができるか 否かを検討することが求められる。 その際には、 商号が事業主の表示であることを踏ま えつつ、 商号と商標の異同、 乙社における登録商標Pの意味と戊社による登録商標Pの 利用方法、 戊社に対して乙社の残債務の弁済を求めている者が銀行であることなどの事 情を意識しつつ、 説得的に論じることが求められる。 例えば、 登録商標Pは、 商号では - 12 - ないものの、 乙社の商号の一部である「乙」を含むものであり、 消費者には譲渡会社で ある乙社を示すものとして受け取られていたことを指摘しつつ、 乙社が登録商標Pを使 用した商品を消費者等に対して直接販売することはなかったものの、 戊社が、 本件事業 譲渡後に、 その店舗の入口に登録商標Pを描写した看板を掲げたり、 ウェブサイトに登 録商標Pを掲載したりするなどした上で、 乙社が製造していた商品と重複する商品を製 造販売して消費者等に直接販売していたことなどから、 譲受会社である戊社が譲渡会社 である乙社の債務を引き受けたかのような外観が作出されたものと評価し得るか否かを 検討することなどが考えられる。 なお、 本問においては、 乙社が戊社に日用品製造販売 事業を譲渡したことが事業の譲渡に当たることは明らかであるから、 事業や事業譲渡の 意味等を詳細に論ずる必要はない。 会社法第22条第1項の規定の類推適用のほかには、 会社法第23条の2第1項の規 定により詐害事業譲渡に係る譲受会社に対する債務の履行の請求をすることや、 会社法 第23条第1項の規定により債務引受広告をした譲受会社の責任に言及することなども 考えられるが、 いずれにしても、 本問の事実関係を適切に分析した上で論じることが求 められる。 〔第3問〕 本問は、 令和3年4月20日、 Xが、 その所有する建物の一部(以下「本件事務所」とい う。 )につき、 平成30年5月21日設立の会社である甲(商号「株式会社Mテック」)との 間で締結した賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。 )の終了に基づき、 「株式会社M テック」を被告と表示して本件事務所の明渡しを求める訴えを提起した(以下、 この訴えに 係る訴訟手続を「本件訴訟」という。 )ところ、 本件訴訟の提起前である令和3年4月2日、 甲の代表者Aが、 甲の商号を「株式会社Mテック」から「株式会社Gテック」に変更し、 甲 の代表取締役としてAの配偶者Bを就任させ、 商号の変更等の登記をした一方で、 自身を代 表取締役とし、 商号を「株式会社Mテック」とする乙という会社を新たに設立し、 設立の登 記をしていたことに加え、 Xが訴状の附属書類として添付した代表者事項証明書には「株式 会社Mテック」の設立年月日の記載がないため、 乙を甲と誤認したまま本件訴訟を提起して いたという事案を素材としている。 この事案について、 @原告が請求の原因として主張した 本件賃貸借契約締結及びその解除の事実等を被告が認めたことを踏まえて口頭弁論が終結さ れた後、 Aから口頭弁論の再開が申し立てられ、 被告と表示された乙はXと賃貸借契約を締 結していない等として自白の撤回が主張された場合における当事者の確定の基準及び自白の 撤回を主張することの当否の検討(設問1)、 A本件訴訟の被告が乙であることを前提とした 場合に、 Xが甲を被告として追加する主観的追加的併合を申し立てる際に留意すべき4つの 問題点の検討(設問2)、 B本件訴訟の被告が乙と確定され、 Xが甲を被告として本件賃貸借 契約の終了に基づき本件事務所の明渡しを求める訴えを提起した場合において、 甲が本件賃 貸借契約には賃料支払猶予の合意(以下「本件合意」という。 )があることを理由に解除する ことができないと主張し、 その証拠として提出された本件合意を記録した電子ファイルを保 存したUSBメモリの取調べを書証によってすることができることの論証(設問3)をそれ ぞれ求めるものである。 まず、 設問1の課題1では、 当事者の確定の基準に関する種々の見解から、 被告を甲と確 定し得る見解と乙と確定し得る見解をそれぞれ一つ取り上げ、 これらの見解に従えば被告を 甲又は乙と確定し得ることを実際に論証することが求められている。 甲は訴状に現れていな いため、 被告を甲と確定することができる見解としては、 例えば、 意思説が考えられ、 この 見解によるならば、 この見解が、 原告の意思に着目するものであることを指摘した上で、 X が甲を被告とする意思であったことを、 訴状の記載等に言及しつつ、 説得的に論証すること - 13 - が求められる。 次に、 被告を乙と確定することができる見解としては、 例えば、 行動説が考 えられ、 この見解によるならば、 この見解が、 被告らしく行動した者は誰であるかに着目す るものであることを指摘した上で、 実際に訴訟追行をしたのは乙の代表者Aであることに言 及するなどして被告らしく行動したのは乙であることを説得的に論証することが期待される。 次に、 設問1の課題2では、 被告を乙と確定した場合に、 第2回口頭弁論期日において乙 (代表者A)が請求原因事実を認める旨を陳述したことにより裁判上の自白が成立したこと になるか、 仮に自白が成立したとして、 再開後の第3回口頭弁論期日における自白の撤回が 許されるかどうかの検討が求められる。 課題2の前半部分では、 裁判上の自白の成立要件を 明らかにした上で、 乙(代表者A)の上記陳述について要件該当性を検討することが求めら れる。 課題2の後半部分では、 裁判上の自白が成立した場合には、 原則としてその撤回が禁 止されることを踏まえ、 例外として自白撤回が許される場合を明らかにすることが期待され る。 本件において問題となる自白撤回の要件としては、 自白した事実が真実に反し、 かつ、 自白が錯誤に基づくことが証明されたことが挙げられるが、 個々の要件につき、 反真実を錯 誤よりも重視する見解、 また、 錯誤を反真実よりも重視する見解が主張されていることに鑑 み、 撤回要件の当てはめに先立ち、 自白撤回の要件をどのように構成するかを理由付けとと もに明らかにすることが期待される。 この理由付けができている限り、 自白撤回の要件をど の見解に従って構成したかによって評価に差を設けることはない。 当てはめにおいては、 自 らが採用した見解に従い、 乙(代表者A)による自白撤回の許否を検討する必要があるとこ ろ、 反真実については、 本件賃貸借契約の締結当時、 賃借人は「株式会社Mテック」こと甲 であるから、 Xと乙との間で賃貸借契約が締結された事実はないことに言及する必要がある。 他方で、 錯誤については、 乙(代表者A)は、 請求原因事実を認める旨を陳述した際、 本件 賃貸借契約の賃借人が乙ではないことを知っていたことに言及する必要がある。 設問2では、 本件訴訟の被告が乙と確定されることを想定し、 Xが甲に対する給付判決を 得る上で便宜な手段として主観的追加的併合の申立てがあるところ、 最判昭和62年7月1 7日民集41巻5号1402頁が主観的追加的併合を認めた場合の問題として主に4点を指 摘していることを踏まえ、 Xによる主観的追加的併合の申立てが認められるような立論を上 記4点を踏まえて検討することが求められている。 第1に、 新たな当事者に対する別訴に対 し、 旧訴訟の訴訟状態を利用することができ、 それが訴訟経済に資する旨の立論については、 Xが乙を甲と誤認して旧訴訟(X乙間の訴訟)に提出した資料は、 本来甲に対する新訴訟(X 甲間の訴訟)において提出すべきであったことを踏まえ、 甲と乙はたとえ別法人であっても、 それはAがXに乙を甲と誤認させるように図った結果であるから、 信義則上、 旧訴訟におい て形成された乙に不利な訴訟状態が弁論の併合を通じて新当事者が引き継ぐことを甲は拒否 することができないのではないか、 といった点に言及することが期待される。 第2に、 主観 的追加的併合を認めることにより全体として訴訟が複雑化するという弊害は予測されない旨 の立論については、 旧訴訟では請求原因事実について乙が自白しているところ、 弁論の併合 の結果、 この訴訟状態が新訴訟に引き継がれることにより、 裁判所は事案全体を統一的に把 握することができるようになるから、 必ずしも訴訟が複雑化するという弊害は生じないので はないか、 といった点に言及することが期待される。 第3に、 主観的追加的併合を認めても 軽率な提訴等を誘発するおそれはない旨の立論としては、 Xが乙を甲と誤認した主な原因が、 甲の商号変更、 乙の設立及び甲の旧商号の使用等のAによる一連の行為にあることから、 X は被告の誤認について帰責性が乏しいため、 この事案において主観的追加的併合による被告 の追加を認めたからといって、 必ずしも軽率な提訴は誘発されないのではないか、 といった 点に言及することが期待される。 第4に、 主観的追加的併合が訴訟の遅延を招来しない旨の 立論としては、 例えば、 主観的追加的併合の申立ては、 甲を被告に追加するXの申立てを伴 うところ、 追加された甲に対して防御の機会を保障するには新たな期日を設ける必要がある - 14 - 以上訴訟手続の遅延は生じるが、 そもそも訴訟手続の遅延はそれが著しい場合に限り不適法 となることに鑑みると(民事訴訟法(以下「法」という。 )第143条第1項ただし書の類推)、 甲を被告に追加する旨をXが申し立てた時期は第1審手続の係属中であり、 旧訴訟の訴訟状 態が引き継がれることなどからすれば、 著しい訴訟遅延が生じるおそれはないといった点に 言及することが考えられる。 設問3では、 Xが、 甲を被告として、 本件賃貸借契約の終了に基づいて提起した、 本件事務 所の明渡しを求める訴えに係る訴訟手続において、 第1回口頭弁論期日に出頭した甲の代表者 Bが証拠として提出したUSBメモリが、 「情報を表すために作成された物件で文書でないも の」(法第231条)に該当し、 書証により取り調べることができることの論証が求められて いる。 設問3の課題前半部分では、 「文書」の定義を明らかにした上で、 USBメモリが「文 書でないもの」に該当することの論証が求められる。 文書は、 「文字その他の記号を使用して 人間の思想、 判断、 認識、 感情等の思想的意味を可視的状態に表示した有形物」(大阪高決昭 和53年3月6日高民集31巻1号38頁)のように定義されることから、 このような文書の 定義に照らして、 USBメモリが文書に当たらないことを論証することが期待される。 設問3 の課題後半部分では、 USBメモリを録音テープ等と同様に取り調べることが許される理由の 検討が求められる。 ここでは、 証拠方法の一つとしての書証がどのようなものであるかを明ら かにした上で、 法第231条においては、 USBメモリのようなコンピュータ用の電磁的記録 媒体が例示されていないことに留意しつつ、 USBメモリに保存された電子ファイルは、 適切 な出力装置によってこれを閲読可能な状態にすることができる限り、 これを閲読し、 その結果 を証拠資料にすることができることに言及する必要がある。 【刑事系科目】 〔第1問〕 本問は、 設問1で、 Aが盗んだB所有のバイク(以下「本件バイク」という。 )の保管をAから依頼 された甲が、 甲宅のシャッター付きのガレージに保管していた本件バイクを、 Aを困らせるため、 甲 宅から約5キロメートル離れた場所にある甲の実家の物置内に移動させて隠した行為について、 甲に 横領罪(刑法第252条第1項)の成立を認める立場から、 甲は、 Aに頼まれて本件バイクを保管 している以上、 これを「横領」 (同項)すれば横領罪が成立する、 甲が実家の物置内に本件バイクを 移動させて隠した行為は、 「横領した」 (同項)に当たるという各主張がなされた場合のそれぞれの当 否を検討させ、 設問2で、 Aと口論になり公園に呼び出された甲が、 Aの前に姿を現せば、 Aから殴 る蹴るなどの暴力を振るわれる可能性が極めて高いだろうと考え、 包丁を準備して同公園に出向いた ところ、 同公園に現れたAから拳で殴られそうになったため、 自らも包丁をAに向けて突き出すなど したが、 その様子を目撃した乙が、 Aが甲に対して一方的に攻撃を加えようとしていると思い込み、 甲を助けようと考えて、 Aの背後から、 持っていたサバイバルナイフ(以下「本件ナイフ」という。 ) をAの右上腕部に突き刺し、 Aに加療約3週間を要する右上腕部刺創の傷害を負わせた行為について 傷害罪の成否を検討させ、 さらに、 その後、 乙が、 Aから蹴り付けられて本件ナイフをその場に落と し、 更にAから追い掛けられて逃げ出したところ、 進路前方の道路脇に、 飲食物の宅配業務に従事し ていたDが一時的に停めていた原動機付自転車(以下「本件原付」という。 )を見付け、 本件原付を使 ってAの追跡を振り切り、 安全な場所まで移動したら本件原付をその場に放置して立ち去ろうと考え、 Dに無断で本件原付を発進させてAの追跡を振り切った行為について窃盗罪の成否を検討させ、 それ により、 刑事実体法及びその解釈論の知識と理解を問うとともに、 具体的な事実関係を分析し、 その 事実に法規範を適用する能力並びに論理的な思考力及び論述力を試すものである。 設問1について 甲は、 Aに頼まれて本件バイクを保管している以上、 これを「横領」すれば横領罪が成立すると の主張の当否について - 15 - 横領罪は、 自己の占有する他人の物を横領したときに成立するところ、 本件バイクは、 Bが所有 する「他人の物」であり、 これを甲が自宅のガレージに保管して事実上支配していたのであるから、 甲が「他人の物」を占有していたことは明らかである。 もっとも、 横領罪における「占有」は、 他人からの委託信任関係を原因とするものであることを 要するところ、 本件バイクは、 AがBから盗んだ盗品であり、 甲は、 その情を知らなかったものの、 客観的には窃盗犯人であるAから盗品の保管を委託されたものであったことから、 設問1の主張 は、 このような窃盗犯人からの委託に基づく場合でも本罪の「占有」に当たると解することが前提 となっている。 そこで、 設問1においては、 窃盗犯人からの盗品の保管の委託を保護することの 当否が問題となることを示した上で、 その当否及び根拠を論じる必要がある。 設問の主張の正当性を肯定する立場からは、 窃盗犯人からの盗品の保管の委託が保護に値する根 拠として、 a.窃盗罪において窃盗犯人の占有も保護されていることとの均衡上、 横領罪においても 窃盗犯人との委託信任関係は保護されるとの説明等が考えられる。 他方、 設問の主張の正当性を否定する立場からは、 窃盗犯人からの盗品の保管の委託が保護に値 しないとする根拠として、 b.委託の内容は、 客観的には盗品の保管の委託であり、 盗品等保管罪を 構成する行為であるところ、 委託の内容が犯罪を構成する場合には、 委託関係の要保護性を否定す べきであるとの説明や、 c.横領罪の委託関係は所有者又は所有者から権限を与えられた者と行為者 との間において必要であるから、 正当な権限を与えられていない窃盗犯人からの委託関係を横領罪 に必要な委託と認めるべきではないとの説明等が考えられる。 甲が実家の物置内に本件バイクを移動させて隠した行為は、 「横領した」に当たるとの主張の当否 について 甲は、 Aを困らせるため、 Aに無断で本件バイクを隠匿したものであり、 かかる行為は、 Aから の委託の趣旨に反する行為とは評価できるものの、 バイクの効用に基づいて利用処分したものとは 評価できない。 設問1の主張は、 このような物の効用に基づいた利用処分とはいえない隠匿行為 も「横領した」に当たると考える立場に立つことが前提になっている。 そこで、 設問1において は、 「横領した」というため、 物の効用に基づく利用処分をすることを不要とすることの当否が問題 となることから、 かかる問題の所在を示した上で、 その当否及びその根拠等を論じる必要がある。 物の効用に基づく利用処分をすることを不要とする立場からの説明としては、 a.横領行為とは、 委託の趣旨に反する権限逸脱行為であるとの説明(越権行為説)や、 b.横領行為とは、 不法領得の 意思を発現する行為である(領得行為説)とした上、 横領罪における不法領得の意思とは「他人の 物の占有者が委託の任務に背いて、 その物につき権限がないのに所有者でなければできないような 処分をする意思」であり、 目的物をその効用に基づいて利用、 処分する意思までは不要であるとの 説明等が考えられる。 なお、 判例は、 領得行為説に立ちつつ(最判昭和27年10月17日集刑6 8号361頁等) 、 不法領得の意思の内容につき、 b説と同様の説明をしている(最判昭和24年3 月8日刑集3巻3号276頁等) 。 他方、 物の効用に基づく利用処分をすることを必要とする立場からの説明としては、 c.領得行為 説に立ちつつ、 横領罪における不法領得の意思の内容として、 窃盗罪など他の領得罪と同様に、 毀 棄罪との区別として、 客体を何らかの用途に利用、 処分する意思が必要であり、 客体を専ら隠匿す る行為は不法領得の意思を発現する行為とはいえないなどの説明等が考えられる。 設問1はいずれについても、 自説の論拠や他説への批判などを踏まえつつ、 各主張の当否を 論ずることが求められる。 設問2について 乙がAを刺突して傷害を負わせた行為について 乙は、 Aが甲を殴打しようとしていたところを偶然目撃し、 Aが甲に対して一方的に攻撃を加 えようとしていると思い込み、 甲を助けようと考え、 Aの背後から、 本件ナイフでAの右上腕部 を突き刺し、 Aに傷害を負わせている。 乙の行為は、 有形力の行使によりAの生理的機能に障害 - 16 - を与えており、 また、 乙は少なくとも暴行の故意に基づいて同行為に及んでいることから、 傷害 罪の構成要件に該当することは明らかである。 もっとも、 乙は、 甲を助けるため、 Aの右上腕部を本件ナイフで突き刺したものであるから正 当防衛が成立する余地があるが、 被侵害者である甲は、 Aからの侵害を予期した上で対抗行為に 及んでいる。 そこで、 乙の正当防衛の成否を検討するに当たっては、 正当防衛状況を基礎付ける 侵害の急迫性が認められるか否かが問題となるところ、 本事例では、 被侵害者と防衛者が同一で ないことから、 いずれを基準に侵害の急迫性を判断すべきかとの問題の所在を示しつつ、 根拠と ともに自らの立場を示し、 それに基づいて侵害の急迫性を検討する必要がある。 刑法第36条は、 急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めること が期待できないときに、 侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものであ るところ、 侵害の回避が十分に可能であるのに積極的な態度で侵害に臨んだ者は、 侵害にあえて 身をさらすことでそれを受け入れているのでその侵害に対する要保護性を欠き、 刑法第36条の 趣旨が妥当しないと考えれば、 正当防衛を否定すべき事情は専ら被侵害者を基準として判断され ることとなる。 そして、 本事例において、 被侵害者甲を基準に侵害の急迫性を検討する場合、 甲 は、 Aからの侵害を予期した上で対抗行為に及んでいることから、 最決平成29年4月26日刑 集71巻4号275頁が指摘する事情を踏まえつつ、 対抗行為に先行する事情を含めた行為全般 の状況に照らして検討することとなろう。 すなわち、 当該判例は、 @行為者と相手方との従前の 関係、 A予期された侵害の内容、 B侵害の予期の程度、 C侵害回避の容易性、 D侵害場所に出向 く必要性、 E侵害場所にとどまる相当性、 F対抗行為の準備の状況、 G実際の侵害行為の内容と 予期された侵害との異同、 H行為者が侵害に臨んだ状況、 Iその際の意思内容等を考慮し、 行為 者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときなど、 前 記刑法第36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には侵害の急迫性の要件を充た さないとするところ、 甲は、 高校時代にAと同じ不良グループに所属しており、 Aが短気で粗暴 な性格であり、 過去にも怒りにまかせて他人に暴力を振るったことが数回あったと知っていたこ と、 Aの前に姿を現せば、 Aから殴る蹴るなどの暴力を振るわれる可能性が極めて高いだろうと 思っていたこと、 わざわざ出向く必要はなかったのにAが指定した公園に出向いてAを待ち構え ていたこと、 その際に自宅にあった包丁を準備していたこと、 Aからの実際の侵害の内容は拳で 殴打しようとするというものであり、 予期された侵害を超えるものではなかったこと、 甲もすか さず包丁を抜いてAに向けて突き出すなどしたことなどの事情に照らせば、 本件におけるAの侵 害行為は、 被侵害者甲を基準とすれば、 侵害の急迫性の要件を充たさないと解されることとなる。 そして、 Aの甲に対する急迫不正の侵害が否定されると考えた場合、 防衛者である乙はこれが 存在すると認識していることから、 急迫不正の侵害があると誤信した上で、 主観的には防衛行為 に及んでいることになるため、 かかる誤信に基づいて対抗行為に及んだ乙に故意犯が成立するか どうかを検討する必要がある。 通説は、 故意を認めるためには、 「罪」 (=犯罪)を犯す意思が必要である以上、 その認識対象 は、 構成要件に該当する違法な行為として理解すべきであることを前提に、 構成要件該当事実の 認識・予見があっても、 違法性阻却事由を誤信しているときには故意犯の成立を否定する。 同説 によれば、 行為者の認識・予見した事情が正当防衛に該当する事情である場合には、 違法性を基 礎付ける事実の認識が欠けるとして責任段階で故意が阻却され(その誤信について過失がある場 合に限って、 過失犯の成立を認める。 ) 、 過剰防衛と評価される事実を認識していた場合には、 違 法性を基礎付ける事実の認識が認められ故意犯が成立する。 そこで、 乙に故意犯が成立するか否かを判断するに当たっては、 乙の認識・予見した事実が、 正当防衛と評価されるか、 過剰防衛と評価されるかを明らかにする必要がある。 そして、 判例実 務では、 防衛行為の危険性や防衛手段としての必要最小限度性等の事情を考慮して「やむを得ず にした行為」に当たるか否かを判断しているところ、 乙が認識していた事実は、 Aが甲の顔面を - 17 - 拳で一方的に殴打しようとしているというものであったのに対し、 乙は、 Aの背後から、 何の警 告もせずにAの右上腕部を本件ナイフで強く突き刺し、 Aに加療約3週間を要する右上腕部刺創 の傷害を負わせており、 かかる乙の行為は、 明らかにAの行為の危険性を大きく上回るものと評 価できる上、 甲、 乙及びAがいずれも20歳代の男性であり、 各人の体格に大差がなかったこと なども併せて考慮すれば、 Aを後ろから羽交い締めにするなど、 より侵害性が軽微な手段が他に 存在したといえることから、 乙の行為は、 その認識した事実を前提としても「やむを得ずにした 行為」とは評価できない。 したがって、 故意は阻却されず乙に傷害罪が成立するが、 乙の誤信した侵害を前提とすると、 乙の行為は過剰防衛としての性質を有することから、 刑法第36条第2項の適用(又は準用)の 可否も問われることになるため、 この点についても根拠とともに自説を論じる必要がある。 他方、 前記判例と異なり、 自招侵害の場合を除いて先行事情を正当防衛の成立を否定する事情 とすることに否定的な立場に立つ場合には、 被侵害者甲を基準に侵害の急迫性を判断するとして も、 急迫性が肯定されることになるが、 その場合には自説の根拠を十分に論ずる必要がある。 また、 防衛者乙を基準に正当防衛状況を判断する立場に立つ場合にも、 客観的にAの甲に対す る侵害が切迫していた以上、 急迫性は肯定されることになるが、 その場合、 甲自らは(判例の立 場によれば)Aに正当防衛として対抗することが認められない状況でありながら、 乙が甲のため に正当防衛をすることが許される理由に言及した上で、 急迫性の判断が相対化する理由を的確に 示す必要がある。 そして、 侵害の急迫性が肯定されると考えた場合、 正当防衛に関する他の要件の充足性につい ても論じる必要があるところ、 前記のとおり、 乙の行為は「やむを得ずにした行為」とは評価で きないことから、 傷害罪が成立し過剰防衛を認めることとなる。 乙が本件原付を乗り去った行為について 乙は、 Aの右上腕部を本件ナイフで突き刺した後、 Aから蹴り付けられて本件ナイフをその場 に落とし、 更にAから追い掛けられて逃げ出したところ、 進路前方の道路脇に停められていたD 所有の本件原付を見付け、 Aの追跡を振り切るため、 Dに無断で本件原付を発進させてAの追跡 を振り切っている。 同行為については、 窃盗罪の成否を検討することとなるため、 まず同罪の客 観的構成要件要素である「他人の財物」 、 「窃取」と、 主観的構成要件要素である故意及び不法領 得の意思が、 いずれも認められることについて論じる必要がある。 その上で、 乙の行為は、 客観的には、 「自己又は他人の生命、 身体、 自由又は財産に対する現在 の危難を避けるため」の行為であり、 緊急避難として違法性が阻却されないかが問題となり得る ところ、 これに先行する事情として、 避難行為者である乙が、 自らAを本件ナイフで刺すなどし て、 乙自身の法益に対する「現在の危難」を自ら招いたという事情が存在するため、 かかる事情 があるにもかかわらず、 自己が招いた危難を回避するために、 無関係の第三者Dに侵害を加える ことが緊急避難として正当化されるかが問題となる。 そこで、 かかる問題の所在を示しつつ、 根 拠とともに自説を論じ、 乙の罪責について論じる必要がある。 危難を自招した場合に緊急避難を認めるか否かについては、 自招侵害に関する最決平成20年 5月20日刑集62巻6号1786頁が参考になる。 すなわち、 当該判例は、 自招侵害の状況に ついて、 「被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況」を否定しているが、 この実質的根拠は、 自らの不正行為によって緊急状況を招いた者の利益は、 あえて正当防衛を用 いて保護する必要性が乏しいという意味において、 被侵害者の要保護性の欠如に求めることがで きる。 そして、 被侵害者の要保護性の欠如という観点は、 その状況が共通であれば、 対抗行為が 正当防衛であっても、 緊急避難であっても、 同様に当てはまると考えられる。 このような立場か らは、 当該判例の考え方が自招危難にも妥当することに触れた上、 不正の行為によって危難を招 致したといえるか否か(危難が、 自招行為によって触発された、 その直後における近接した場所 での一連、 一体の事態であるか否か) 、 危難がその招致行為の程度を大きく超えるものでないかど - 18 - うかといった当該判例の判断基準を示し、 乙による本件ナイフでの刺突行為が違法であること、 Aの追跡は同刺突行為によって触発された、 その直後における近接した場所での一連、 一体の事 態であること、 Aは素手で暴行を加えようとしてきているにすぎず、 同刺突行為の程度を大きく 超えるものでないこと等の具体的事実を摘示した上で緊急避難の成立が否定されると説明するこ とが考えられる。 また、 自招危難に関する判例・裁判例(大判大正13年12月12日刑集3巻867頁、 東京 高判昭和45年11月26日東高刑時報21巻11号408頁等)によれば、 行為者が自己の故 意又は過失により有責に危難を招致したといえる場合には緊急避難の成立を否定するという理解 もあり得るところである。 このような前提からは、 乙がAによる侵害を招致することを予見して いなかったとしても、 予見可能性は認められることなどを踏まえて、 緊急避難の成否を検討する ことが必要となる。 そのほか、 危難を自招した場合に緊急避難を認めるか否かについては、 緊急避難の成立要件の いずれか( 「現在の危難」又は「やむを得ずにした行為」 )の存在を否定することにより解決しよ うとするものや緊急避難の成立要件の外に解決の糸口を求め、 社会的相当性や権利濫用などの一 般理論を援用することによって解決しようとするものなど、 様々な考え方が存在するが、 いずれ にしても、 緊急避難や違法性の本質を意識しつつ、 自招危難として緊急避難が否定される具体的 な判断基準を示した上で、 本件の具体的な事実関係に即して緊急避難の成否を論述することが求 められる。 〔第2問〕 本問は、 大麻取締法違反事件及び非現住建造物等放火事件を素材として、 捜査及び公判に 関する具体的事例を示し、 各局面で生じる刑事手続上の問題点、 その解決に必要な法解釈、 法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並びに具体的結論に至る思考過程を論述 させることにより、 刑事訴訟法に関する基本的学識、 法適用能力及び論理的思考力を試すも のである。 〔設問1〕は、 大麻密売の疑いのある者として把握されていた甲に対するおとり捜査の適 法性を論じさせることにより、 おとり捜査の適法性の判断基準に対する理解と具体的事案へ の適用能力を試すものである。 おとり捜査の適法性が争われた事案に関する最高裁判所の判例としては、 最決平成16年 7月12日刑集58巻5号333頁(以下「平成16年決定」という。 )がある。 平成16年 決定は、 おとり捜査の意義を示した上で、 これが許容される場合がある旨判示しているとこ ろ、 おとり捜査の適法性を検討するに当たっては、 おとり捜査に関する法律上の定義規定が ないことから、 前提として、 おとり捜査の意義に関する理解を示すことが求められる。 また、 おとり捜査については、 刑事訴訟法に特別の根拠規定がなく、 平成16年決定も、 おとり捜査が刑事訴訟法第197条第1項に基づき任意捜査として許容される場合があると していることから、 おとり捜査の適法性を検討する際には、 おとり捜査の法的性質について も論じることが求められる。 そして、 その判断には、 おとり捜査が違法とされる実質的理由 が影響し得ることに留意する必要がある。 すなわち、 おとり捜査が違法とされる実質的理由 については、 学説上、 不公正な捜査方法であるからとする考え方、 国家が犯罪を創出し法益 侵害を生じさせるからとする考え方、 人格的自律権・個人の尊厳に対する侵害があるからと する考え方などが主張されているところ、 これらの理由とおとり捜査の法的性質との整合性 に留意して論述する必要がある。 次に、 おとり捜査の適法性の判断基準については、 学説上、 もともと犯意を有していた者 に犯罪の機会を提供した場合(以下「機会提供型」という。 )と、 おとり捜査によって対象者 に犯意を生じさせた場合(以下「犯意誘発型」という。 )とを区別し、 機会提供型は適法であ - 19 - るが、 犯意誘発型は違法であるとする考え方や、 捜査比例の原則に従い、 必要性と相当性と いう枠組みの下で、 比較衡量によりおとり捜査の適否を判断する考え方などが主張されてい る。 いずれの見解に立つにせよ、 おとり捜査の適法性の判断基準は、 おとり捜査の法的性質 や、 おとり捜査が違法とされる実質的理由と結び付くものであるから、 それらの点を踏まえ た上で判断基準と判断要素を示すことが求められる。 また、 平成16年決定は、 おとり捜査 の適法性について、 必ずしも機会提供型と犯意誘発型のどちらに当たるかのみで判断してい るわけではないことにも留意する必要がある。 このようにおとり捜査の適法性の判断基準について論じた上で、 本設問の事例に現れた具 体的事実の持つ意味を的確に評価し、 判断基準に当てはめて、 おとり捜査の適法性を検討す ることが求められる。 本設問において、 おとり捜査の対象となる犯罪は、 大掛かりな大麻密売をしている疑いが ある者として把握されていた甲による大麻密売事案であり、 大麻の密売先は紹介者に限られ、 密売に使用される携帯電話の契約名義は架空人名義で、 その番号も変わり、 甲の氏名や身元 などは判明せず、 その後、 司法警察員らが甲を尾行した際も見失っている。 また、 捜査協力 を申し出たAにより甲が今でも大麻を密売しているとの情報が得られ、 その後、 甲はサンプ ルとしての大麻の取引に応じ、 その際、 10キログラム程度の大麻であれば取り扱うことが ある旨述べている。 また、 大麻密売事案は、 直接の被害者がいない犯罪で、 さらに、 本件で 売り渡される大麻は、 おとり捜査を通じて司法警察員らにより回収されることが見込まれて いる。 他方で、 甲は、 サンプルとしての大麻の取引の前に、 司法警察員Pに対し、 取引場所を気 にする発言をし、 気が進まない旨述べ、 これに対し、 Pが取引場所を手配している。 また、 甲は、 本取引の前日には、 明日の取引はやめたい旨述べたが、 これに対し、 Pは暴力団X組 と交遊があるかのように装い、 約束した代金の1.5倍の代金を払う旨や同じ単価で10キ ログラムの大麻を買っても良い旨述べた上、 Aに指示し、 PがX組と取引のある信用できる 人物である旨甲に告げさせている。 また、 本設問では、 司法警察員らは、 甲からサンプルとしての大麻を譲り受けた際に甲を 逮捕せず、 その後、 より大量の大麻を取引する際に甲を逮捕している。 以上のような本設問の事例に現れた具体的事実を踏まえ、 自己の拠って立つおとり捜査の 適法性の判断基準を前提に、 抽出した事実の持つ意味を的確に評価しつつ、 おとり捜査の適 法性について論じることが求められる。 〔設問2〕について、 まず〔設問2―1〕は、 非現住建造物等放火事件の犯行態様の一部 について公訴事実と裁判所の心証との間にずれが生じた事例について、 裁判所が現訴因のま ま自己の心証に従って判決をすることができるか否かを問うことにより、 訴因変更の要否に 関する判断枠組みに対する理解と具体的事案への適用能力を試すものである。 訴因変更の要否を論じるに当たっては、 訴因の本質をどのように考えるかが問題となる。 この点について、 訴因は検察官がその存在を主張して審判を請求する具体的な犯罪事実を示 したものとするいわゆる事実記載説によれば、 訴因と異なる事実を認定するには、 訴因変更 の必要が生じ得ることになるが、 その上で、 どのような事実の変動が生じる場合に訴因変更 が必要となるのかが、 さらに問題となる。 この点について、 学説上、 訴因が被告人に防御の範囲を示す機能を有することに鑑み、 訴 因と異なる事実を認定することによって被告人の防御の利益を実質的に害することになるか 否かにより判断する考え方があり、 その中でも、 被告人の防御活動等具体的な審理の経過に 鑑み、 それを個々の事件ごとに個別に判定すべきとするいわゆる具体的防御説や、 訴因事実 と認定事実とを一般的・類型的に対比することにより判定すべきとするいわゆる抽象的防御 説などがある。 これに対して、 判例上、 最決平成13年4月11日刑集55巻3号127頁 - 20 - (以下「平成13年決定」という。 )において、 訴因変更の要否に関する判断枠組みが示され、 その後、 最決平成24年2月29日刑集66巻4号589頁においても、 その判断枠組みを 踏まえた判断がされている。 そのため、 訴因変更の要否の判断枠組みにつきどのような見解 に立つにせよ、 平成13年決定を意識した論述が求められる。 平成13年決定は、 まず、 審 判対象画定に必要不可欠な事実については、 防御活動のいかんにかかわらず、 訴因と異なる 事実を認定するには訴因変更が必要であるとし(第1段階の検討) 、 次に、 上記以外の事実で、 被告人の防御にとって重要な事実については、 それが訴因に明示された以上、 訴因と異なる 事実を認定するには原則として訴因変更が必要であるが、 そのような場合でも、 被告人の防 御の具体的状況等の審理の経過に照らし、 被告人に不意打ちを与えず、 かつ、 判決で認定さ れる事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとって不利益であるといえない場合には、 例外的に訴因変更を必要としない場合がある(第2段階の検討)という判断枠組みを取って いるものと考えられる。 〔設問2−1〕において、 公訴事実は犯行態様を「点火した石油ストーブを倒し」と記載 しているのに対し、 裁判所の認定に係る罪となるべき事実は、 「何らかの方法で」と記載して いる。 そこで、 例えば、 平成13年決定の判断枠組みによれば、 まず、 第1段階の検討とし て、 この点が審判対象画定に必要不可欠な事実の変動に該当するか否かを論じる必要がある。 そして、 これが審判対象画定に必要不可欠な事実の変動に当たらないと考えた場合、 次に、 第2段階の検討として、 公訴事実に「点火した石油ストーブを倒し」と明示されていること から、 これを「何らかの方法」と認定することが被告人の防御にとって重要な事実の変動に 該当するか否かを論じる必要がある。 そして、 それが被告人の防御にとって重要な事実の変 動に該当すると考えた場合、 さらに、 被告人の防御の具体的状況等の審理の経過に照らし、 被告人に不意打ちを与えず、 かつ、 判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて 被告人にとって不利益であるといえない場合に該当するか否かを論じる必要がある。 その際 には、 本設問における火災科学の専門家である証人への尋問状況、 尋問結果を踏まえた裁判 所の当事者への働きかけとそれに対する当事者の対応等の事情も踏まえて検討することが求 められる。 判例とは異なる判断枠組みによって論じる場合にも、 それぞれの立場を踏まえて、 訴因と異なる事実を認定することの適否を論じる必要がある。 次に、 〔設問2−2〕は、 共謀共同正犯において、 検察官が冒頭陳述で釈明した共謀の日に ちと裁判所が心証を形成した共謀の日にちとの間にずれが生じた事例について、 裁判所がそ の心証に従って判決をすることができるか否かを問うことにより、 検察官の釈明の効果及び それを踏まえた裁判所の採るべき措置に対する理解と具体的事案への適用能力を試すもので ある。 〔設問2−2〕において、 検察官は、 特定の日にちに共謀が成立したと釈明するものの、 訴因には「共謀の上」としか記載されておらず、 共謀の日にちは記載されていない。 そこで、 まず、 検察官が釈明した内容が訴因の内容になるのかが問題となる。 この点について、 検察官が釈明した事項が訴因の明示・特定に必要な事項である場合には、 訴因の内容になるとする考えによれば、 訴因の明示・特定に必要な事項は何かが問題となる。 この点について、 学説上、 訴因は他の犯罪事実から識別可能な程度に特定されていれば足り るとするいわゆる識別説や、 訴因は他の犯罪事実と識別できるかだけでなく被告人の防御権 の行使に支障がない程度まで具体化される必要があるとするいわゆる防御権説が主張されて いる。 識別説に立ち、 共謀の日にちは訴因の明示・特定に必要な事項とはいえないとして、 検察官の釈明により訴因の内容になるものではないとする見解や、 防御権説の立場から、 共 謀共同正犯における共謀の日にちは共謀のみに関与した被告人との関係では訴因の明示・特 定に必要な事項であるとして、 検察官の釈明により訴因の内容になるとする見解などが考え られる。 - 21 - その上で、 検察官が釈明した共謀の日にちが訴因の内容になるとする見解を採ると、 次に、 釈明の内容と異なる共謀の日にちを認定するに当たり、 訴因変更の要否が問題となる。 他方で、 検察官の釈明した共謀の日にちは訴因の内容にはならず、 それゆえ訴因変更の要否 の問題にならないと考える場合にも、 検察官の釈明の内容と異なる共謀の日にちを認定するに 当たり、 被告人の防御との関係で、 裁判所が何らかの措置を講じる必要がないかが問題となる。 この点、 共謀共同正犯の成否が問題となった事案において、 被告人の謀議への関与が、 検察官 の主張する日にちとは異なる日にちになされた旨を、 原審が、 その成否を審理における争点と して顕在化させることなく認定したことの適法性が問題となった最高裁判所の判例として、 最 判昭和58年12月13日刑集37巻10号1581頁がある。 同判決は、 原審の訴訟手続は、 事案の性質や審理の経過等に鑑みると、 被告人に不意打ちを与え、 その防御権を不当に侵害す るものであるとしており、 同判決を意識した上で、 本設問の事例に現れた具体的事実を適切に 評価した上で、 裁判所として採るべき措置を論じることが求められる。 【選択科目】 [倒産法] 〔第1問〕 本問は、 株式会社が破産手続開始の決定を受けた場合の具体的事例を基に、 主に、 相殺権 と相殺禁止に関する規律、 別除権者による破産債権の行使に関する規律についての基本的な 理解と事例処理能力を問うものである。 〔設問1〕は、 破産者に対して債務を負担する者が、 破産手続開始後に債権譲渡を受けた 事例(小問)、 危機時期より前に締結した保証契約に基づいて破産手続開始後に破産者の保 証人として主債務を全額弁済した事例(小問及び)について、 破産者に対する請求権(相 殺に係る自働債権)の破産手続上の取扱いに触れつつ、 相殺の可否についての検討を求める ものである。 まず、 小問については、 譲り受けた売掛金債権を自働債権とする相殺であるから、 同債 権が「破産債権」(破産法第2条第5項)に当たり、 原則として相殺が可能である(同法第6 7条第1項)ことを指摘することになる。 続いて、 事例によれば、 破産手続開始後の債権譲 渡という同法第72条第1項第1号の典型的な適用場面であることから、 同号による相殺禁 止の趣旨に言及しつつ、 「破産手続開始後」の取得であること、 自働債権が「他人の」債権で あることを指摘した上で、 結論として相殺が禁止されることを淡々と論ずることが求められ る。 次に、 小問については、 続く小問との比較の観点からの検討を求めるものである。 す なわち、 問題文から明らかなとおり、 小問及びは、 いずれも保証契約に基づく事後求償 権を自働債権とする相殺を問題とするものであるが、 保証契約についての主債務者の委託の 有無に違いがある。 この点に関し、 小問で検討することとなる無委託保証人の事後求償権 の破産債権該当性及び同求償権を自働債権とする相殺の可否については判例(最判平成24 年5月28日民集66巻7号3123頁[倒産判例百選<第6版>70事件])が存するとこ ろ、 同判例は、 保証人の弁済が破産手続開始後にされても、 保証契約が主債務者の破産手続 開始前にされていれば、 求償権の発生の基礎となる保証関係は、 その破産手続開始前に発生 しているということができるとして、 無委託保証人の事後求償権は「破産債権」であると解 しつつも、 無委託保証人が事後求償権を自働債権としてする相殺は、 破産法第72条第1項 第1号の類推適用により許されないと解するのが相当であると判示している。 解答に当たっては、 必ずしも上記判例の考え方、 結論に依拠する必要はないものの、 主債 務者による委託の有無という違いが破産債権該当性や相殺の可否との関係でどのような影響 を及ぼすのか(例えば、 求償権の現実化や相殺に対する期待を検討するに当たってどのよう - 22 - に考慮されるべきか)といった点につき、 上記判例を踏まえ、 破産法における相殺権・相殺 禁止に関する規律の構造及びその趣旨、 両小問間における理論的整合性を意識しつつ、 自ら の考え方を説得的に論ずることが求められる。 〔設問2〕は、 破産者所有の不動産と物上保証人所有の不動産とに共同抵当が設定された 事例を通じて、 主に、 不足額責任主義及び開始時現存額主義の内容及び関連する条文等につ いての基本的な理解について問うものである。 まず、 小問は、 別除権者が最後配当に参加するためにとるべき手続についての説明を求 めるものであるが、 解答に当たっては、 本件貸金債権が、 破産者所有の乙建物に設定された 抵当権との関係で「別除権」(破産法第2条第9項)に当たり、 破産手続によらないで行使す ることができる(同法第65条第1項)ことに触れつつ、 別除権者は、 その被担保債権につ いて、 別除権の行使によって弁済を受けることができない債権の額についてのみ、 破産債権 者としてその権利を行使することができる(同法第108条第1項)ことを指摘する必要が ある。 その上で、 別除権者が被担保債権である破産債権について最後配当の手続に参加する には、 最後配当に関する除斥期間内に、 破産管財人に対し、 当該別除権に係る被担保債権の 全部若しくは一部が破産手続開始後に担保されないこととなったことを証明し、 又は担保権 の行使によって弁済を受けることができない債権の額を証明しなければならない(同法第1 98条第3項)ことを、 条文を摘示しながら説明することが求められている。 次に、 小問は、 配当額の計算の基礎となる破産債権の額についての具体的な検討を求め るものであるが、 解答に当たっては、 破産者所有の乙建物に設定された抵当権の実行による 配当額と物上保証人所有の甲土地に設定された抵当権の実行による配当額とを区別して検討 する必要がある。 まず、 乙建物に設定された抵当権との関係では、 上記の破産法第108条第1項が定める不 足額責任主義の内容とその趣旨に触れつつ、 乙建物の売却代金からの配当額(1000万円) は控除されるとの結論を導くことが求められる。 他方、 甲土地に設定された抵当権との関係で は、 同法第104条第5項が準用する同条第2項が、 破産手続開始後に物上保証人が弁済等を したときであっても、 被担保債権の全額が消滅した場合を除き、 その債権者が、 破産手続開始 時における全額について、 その権利を行使することができることを規定し、 開始時現存額主義 を採っていること及びその趣旨に触れつつ、 事例によれば、 甲土地に設定された抵当権の実行 によっても被担保債権の全額は消滅していないことから、 甲土地の売却代金からの配当額(4 000万円)は控除されないとの結論を導くことが求められる。 〔第2問〕 本問は、 株式会社の民事再生に関する具体的事例を通じて、 主に、 再生手続開始の決定をす るための要件及びその趣旨、 手形の商事留置権者による取立金の弁済充当についての基本的な 理解と事例処理能力を問うものである。 〔設問1〕は、 具体的事例を題材に、 裁判所が再生手続開始の決定をすることができるか どうかを問うものである。 解答に当たっては、 再生手続開始の申立てにつき、 再生手続開始 の原因(民事再生法第21条)があれば、 申立ての棄却事由(同法第25条)がある場合を 除き、 再生手続開始の決定をする(同法第33条第1項)との構造がとられていることに言 及した上で、 @又はAの事情がある場合のそれぞれにつき、 開始の決定をすることの可否に ついての結論を示すことが求められる。 まず、 @及びAに共通する点として、 再生手続開始の原因があることを示す必要がある。 具体的には、 民事再生法第21条第1項前段において、 「債務者に破産手続開始の原因となる 事実の生ずるおそれがあるとき」に再生手続開始の申立てをすることができるとされている ところ、 本問においては、 事例に掲げられた具体的な事実に照らし、 破産手続開始の原因の - 23 - うち「支払不能」(破産法第15条、 第2条第11項)のおそれがあることを示すことが求め られる。 @の事情がある場合については、 C信金が債権者として既に破産手続開始の申立てをして いることから、 民事再生法第25条第2号に該当するか否かを検討することになる。 解答に 当たっては、 同号所定の要件とその趣旨を摘示した上で、 破産手続との関係では原則として 再生手続が優先することを意識しつつ、 丁寧に論ずる必要がある。 本問においては、 低額の 売上げしか見込めない再生計画内の収益弁済によるよりも、 事業の継続を断念して土地を高 額で売却する方が、 はるかに高額の配当が見込まれるというのであるから、 基本的に、 破産 手続によることが債権者一般の利益に適合するとして、 同号の要件を満たすとの方向となろ う。 次に、 Aの事情がある場合については、 事業譲渡代金の額では一般優先債権である滞納国 税の全額を支払うことができない状況にあるため、 このままでは再生債権の弁済ができず、 再生計画が作成できないおそれがあるとして、 同条第3号に該当するか否かを検討すること になる。 解答に当たっては、 @の事情がある場合と同様、 同号所定の要件とその趣旨を摘示 した上で、 積極、 消極の双方の事実を拾いつつ、 丁寧に論ずる必要がある。 本問においては、 延滞税について分納の合意があることや事業譲渡代金についても増額される見込みが十分に あることに照らすと、 基本的に、 見込みがないことが「明らか」とはいえないとして、 同号 の要件は満たさないとの方向となろう。 なお、 開始の決定をすることができるとの結論を採 るのであれば、 同条第1号、 第2号及び第4号に該当する事情はうかがわれないことに言及 する必要がある。 〔設問2〕は、 取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行が、 再生手続開 始後の取立てに係る取立金を銀行取引約定に基づき債務の弁済に充当することができるかど うかについて、 破産手続における取扱いとの相違を含めた検討を求めるものである。 まず、 再生手続においては、 商事留置権は別除権として扱われる(民事再生法第53条第 1項)ものの、 優先弁済権までは与えられていないことを指摘した上で、 本件条項の有効性 が問題となることに言及する必要がある。 この点については、 肯定、 否定の両論が考えられ るところであるが、 別除権の行使として留置した取立金を法定の手続によらずに債務の弁済 に充当できる旨定める銀行取引約定は、 別除権の行使に付随する合意として、 民事再生法上 も有効であるとした判例(最判平成23年12月15日民集65巻9号3511頁[倒産判 例百選<第6版>54事件])が存することを踏まえ、 自らの考え方を論ずることが求められ る。 他方、 破産手続においては、 破産手続開始の時において破産財団に属する財産につき存する 商事留置権は、 破産財団に対しては特別の先取特権とみなされる(破産法第66条第1項)こ とから、 再生手続とは異なり、 優先弁済権が与えられていること、 商事留置権は、 別除権(同 法第2条第9項)に当たることから、 破産手続によらないで行使することができる(同法第6 5条第1項)ことを指摘することになる。 ただし、 優先弁済権があるからといって、 法律に定 められた方法によらない任意処分としての弁済充当まで直ちに認められることにはならないこ とから、 やはり本件条項の有効性が問題となることに言及すべきであろう。 この点については、 現行破産法制定前の判例であるが、 最判平成10年7月14日民集52巻5号1261頁[倒 産判例百選<第6版>53事件]がある。 [租税法] 〔第1問〕 本問は、 所得税法第56条における必要経費の算入主体(設問1)、 代償分割の場合の代償 金の取得費の算入の可否と代償金を受けた側の課税関係(設問2)、 保証債務履行時の求償不 - 24 - 能額の所得税法第64条第2項による課税所得からの除外(設問3)について問うものであ る。 設問1では、 業務用の土地に係る固定資産税が所得税法第37条第1項により必要経費に 算入され得るという理解が前提となる。 念の為に所得税法第45条第1項各号の必要経費不 算入項目に掲げられていないことを確認できるとなおよい。 所得税法第56条に関し、 弁護士夫婦事件・最判平成16年11月2日判時1883号4 3頁等を題材として、 事業主から配偶者等に支払われた対価の扱いについての学習は十分に なされていると思われるが、 当該配偶者等が支出した必要経費に算入されるべき額について の扱いも所得税法第56条で規律されていることについて、 注意を促すことが設問1の趣旨 である。 設問1では、 甲土地について所得税法第56条の適用がありDの事業所得に係る必 要経費となり、 乙土地についてBの不動産所得に係る必要経費となる。 設問2は代償分割を扱う。 最判平成6年9月13日判時1513号97頁がP説を採って いることが実務の前提であるとはいえ、 代償金の取得費算入の可否の知識より、 P説とQ説 とでCの譲渡益も変わってくるという租税属性の引継ぎの構造の理解の方が、 受験生に求め られる。 そこで、 判例の知識は不問とした上で、 民法第909条本文を重視する法律構成(P 説)と重視しない説(Q説)との違いを問うこととした。 また、 設問2でCについて尋ね ていることが、 設問2及びについてヒントとなる。 設問2は、 民法第909条本文の遡及効を重視するので、 Bが相続開始時より単独で甲 土地を取得したと考えることになる。 すると、 代償金を取得費に算入する余地はなくなる。 所得税法第60条第1項第1号の趣旨は課税の繰延べであり、 Aの取得費1500万円がB に全額引き継がれる。 実務上は相続登記費用16万円がBの不動産所得に係る必要経費とし て扱われることもあるが、 ゴルフ会員権贈与事件(右山事件)・最判平成17年2月1日判時 1893号17頁及び支払利子付随費用事件・最判平成4年7月14日民集46巻5号49 2頁を勉強した受験生は付随費用として取得費に算入される可能性も考えるであろう。 相続 登記費用16万円が不動産所得に係る必要経費に当たる場合、 譲渡益は500万円となり、 必要経費ではなく取得時の付随費用に当たる場合、 譲渡益は484万円となる。 所得税法第 33条第3項及び第4項に従い、 譲渡益から特別控除額50万円を控除して譲渡所得を計算 し、 所得税法第22条第2項第2号により長期譲渡所得(第33条第3項第2号)の半額が 課税総所得金額に算入される(225万円又は217万円)。 なお、 第1問では、 租税特別措 置法の適用は考えない、 としている。 設問2は、 Q説に従った場合の譲渡益等の計算を問うている。 Q説について、 代償金を 取得費に算入できるという理解だけでは不十分である。 代償金の取得費算入が合理的である というための法律構成は、 甲土地の半分のCからBへの譲渡という法律構成である、 という ことに思い至るかが鍵である。 Q説とP説との違いは、 代償金の取得費算入の可否の違いで ある、 という理解は表面的であり、 根源的な違いは、 Aに生じていた甲土地に係る含み益を、 BとCとで半分ずつ引き継がせるか、 B単独で引き継がせるかという違いである。 Q説なの にAの取得費の全額を引き継ぐとしてしまうと、 代償金の取得費算入と合わせ、 譲渡損失が 生じてしまい、 値上がりしている事案なのにおかしい、 ということからも、 Aの租税属性の 半分をBが引き継ぐということに思い至ってほしい。 設問2は、 P説を前提とすると、 甲土地のBの単独取得が想定されるので、 Cに譲渡益は 生じない。 設問2で甲土地の半分のCからBへの譲渡という法律構成が理解できれば、 Q説 を前提とした場合にのみCにも代償分割の際に甲土地に係る譲渡益が生じる、 という理解に達 するであろう。 設問3は、 所得税法第64条第2項の理解を問うている。 同項は、 保証債務を履行するた めに資産を譲渡した場合で、 求償権を行使できなかった部分がある場合、 同条第1項に準じ - 25 - て、 その部分はなかったものとみなすと規定している。 その趣旨は、 資産の譲渡による所得 をBが実質的に使うことができない、 という担税力減殺要因を課税所得算定に反映させるこ とである。 所得税法第64条第2項の適用の有無に関し、 札幌高判平成6年1月27日判タ861号2 29頁を重視し、 本件でもBはF社の取締役であって債務不履行を予見できたであろうから、 同項は適用されないと論じても、 又は、 さいたま地判平成16年4月14日判タ1204号2 99頁を重視し、 Bが主債務者たるF社の取締役であるといえどもF社の判断とBの判断は同 一視される訳ではないので、 同項は適用されると論じても、 どちらでも設問3では説得的に論 じることができるであろう。 〔第2問〕 本問は、 所得税における所得分類(設問1)、 損害賠償金を支払った場合の必要経費該当性 (設問2)、 過大収入とその返金に係る法人税法上の益金及び損金の取扱い(設問3、 4)、 退職所得に対する課税(設問5)について問うものである。 設問1は、 九州電力検針員事件・福岡地判昭和62年7月21日訟務月報34巻1号18 7頁を参考にした事例である。 本問においては、 給与所得及び事業所得について、 それらの 意義及び判断基準を示した上で、 それを事例に当てはめることが求められる。 そして、 問題 文中には、 Aが給与所得者であると認定させる方向に働く事実と、 そうでない事実があるが、 これらをバランスよく考慮に入れて結論を出すことが求められる。 設問2においては、 Aが給与所得者であるという前提に立つか否かによって論述が分かれ る。 前者によれば、 給与所得については必要経費の控除はないということになる。 後者によ れば、 必要経費の意義を示した上で、 それを事例に当てはめることになる。 その上で、 所得 税法及び同施行令から、 重過失に基づく損害賠償金の取扱いを読み取ることが求められる。 設問3は、 相栄産業事件・最判平成4年10月29日訟務月報39巻8号1591頁を参 考にした事例である。 この判例でも法廷意見と少数意見とで判断が分かれたところであるが、 本問においては、 過大に支払った分が損金に算入されるか、 もし算入されるとしたら返還請 求権がいつの時点で益金に算入されるかを、 事例に挙げた事実関係に基づいて論じることが 求められる。 また、 損失と損害賠償請求権の関係について、 いわゆる同時両建説を採った大 栄プラスチックス事件・最判昭和43年10月17日集民92号607頁、 結論において異 時両建説を採った日本美装事件・東京高判平成21年2月18日訟務月報56巻5号164 4頁等も参考になるであろう。 設問4は、 設問3とは逆に、 受取側の課税関係を問う。 ここでも、 過大に受け取った分が 益金に算入されるか、 もし算入されるとしたら返還債務がいつの時点で損金に算入されるか を論じることになるが、 支払側と受取側との違いに留意することが求められる。 設問5は、 退職所得について問う。 退職所得については過去にも出題されているが、 今回は、 退職所得に対する課税方法の趣旨・目的、 退職所得金額の計算及び徴収手続という、 退職所得 課税の基礎を理解しているか否かを問うている。 [経済法] 〔第1問〕 1 本問は、 本体商品と補完商品(純正品)を共に製造販売する事業者Y社が、 自己の純正品 が使用された場合にのみ本体商品が作動するようにして、 非純正の補完商品を製造販売する 事業者X社を排除することについて、 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以 下「独占禁止法」という。 )上の評価を問うものである。 X社が差止請求訴訟の提起を検討 していることから、 差止請求の根拠となる同法第24条の要件を充足するか否かを検討する - 26 - こととなる。 2 独占禁止法第24条の要件として、 まず事業者であるY社の行為が、 同法第19条で禁止 される不公正な取引方法(同法第2条第9項)に違反する行為に該当するか否かを検討する ことになろうが、 この検討に当たっては、 Y社の行為が不公正な取引方法の一般指定(以下 「一般指定」という。 )第10項(抱き合わせ販売等)又は第14項(競争者に対する取引 妨害)に該当するかが問題となる。 いずれの適用を検討する場合であっても、 それぞれの行 為要件を満たすことを確認した上で、 効果要件である「不当に」、 すなわち公正競争阻害性 の有無を検討する必要がある。 3 行為要件については、 一般指定第10項を適用する場合には、 「商品」 ・「他の商品」や「購 入させ(る)」こと、 一般指定第14項を適用する場合には、 「競争関係」や取引を「妨害す る」ことの検討が、 それぞれ必要となろう。 一般指定第10項の「購入させ(る)」ことに ついては、 ある商品の供給を受けるに際し客観的にみて少なからぬ顧客が他の商品の購入を 余儀なくされるか否かによって判断されよう。 4 公正競争阻害性については、 一般指定第10項、 第14項のいずれに関しても、 自由競争 減殺と競争手段の不公正さが問題になり得るが、 本問の事実関係の下では、 主に自由競争減 殺効果の有無について検討することが求められる。 自由競争減殺効果の有無を検討するためには、 まず市場を画定する必要がある。 市場は、 商品範囲(商品市場)、 地理的範囲(地理的市場)のそれぞれについて、 基本的に需要の代 替性、 必要に応じて供給の代替性を考慮して画定することになるが、 問題の行為に係る取引 及びそれにより影響を受ける範囲を検討して画定することもできよう。 本問の事実関係の下 では、 甲の購入者が甲の購入時に乙の交換費用や交換時期を十分に認識していないことや、 甲の購入者が乙の交換時に純正品又は非純正品を自ら選択して購入していることを適切に評 価することが重要となる。 本問において、 「Y社製甲を使用するためには、 取付け部分の形状等から、 Y社製甲に専 用の乙が必要であ」り、 Y社製甲を購入した需要者にとって、 Y社製甲向け乙の価格が引き 上げられたとしても、 他社製甲向け乙に代替することはできない。 仮にY社製甲向け乙の価 格が引き上げられた場合に、 他社製甲に代替する需要者が十分に存在すれば、 自社の甲及び 乙の売上げの減少を危惧して、 Y社にとってそのような乙の価格引上げは合理的でなくなる が、 本問の前提事実からは、 ユーザーは甲の購入時点では乙の価格を考慮しないということ であって、 甲をめぐる競争が乙をめぐる競争に十分な影響を与えることはなさそうである。 そして、 このように考えていくならば、 Y社製甲向け乙の狭い市場が画定されそうではある。 これとは異なり、 複数メーカーがABC各社製甲向けの非純正品を製造していること等の 事実関係を拾い上げた上でより広く乙の市場を検討対象市場として画定することもできよう が、 その場合であっても、 甲の購入時に甲の購入者が乙の交換費用等を十分に認識していな いことを、 自由競争減殺効果の認定等において適切に評価することが必要である。 5 次いで、 画定された市場における自由競争減殺効果を検討することになるが、 自由競争減 殺効果の具体的認定においては、 本件行為により、 非純正品メーカーにおいて、 本件行為後 に製造販売されたY社製甲に向けた乙の製造販売は不可能となること、 本件行為前に製造販 売されたY社製甲に向けた乙の製造販売は可能であるものの、 甲の買換えとともに、 非純正 品を利用できないY社製甲の割合が大きくなっていくことをどのように評価するかが重要と なる。 検討の対象をY社製甲向け乙市場や乙市場などとすれば、 甲の製造販売について約20パ ーセントのシェアを有するにすぎないとのY社の主張については、 自由競争減殺効果が発生 しているのは乙の市場であって検討すべき市場を誤るものであり失当である、 又は少なくと もそれら乙市場への影響とは無関係に甲の製造販売に係るシェアを評価することはできな - 27 - い、 と言えよう。 甲の製造販売に係るシェアが関連市場における自由競争減殺効果の発生と どのような関係を有するのか、 有さないのかを述べることが必要である。 6 本件行為について、 Y社は安全性の確保のためとも主張しており、 この点を違反要件に的 確に位置付けて検討する必要がある。 まずは安全性の確保が公正競争阻害性の判断において 考慮要素となるかを検討する必要がある。 なお、 「商品の安全性の確保は、 直接の競争の要 因とはその性格を異にするけれども、 これが一般消費者の利益に資するものであることはい うまでもなく、 広い意味での公益に係わる」として、 安全性の確保を公正競争阻害性の考慮 要素とした裁判例がある(大阪高判平成5年7月30日判時1479号21頁)。 仮に安全性の確保を考慮するとして、 その具体的な評価方法を示す必要がある。 安全性の 確保の場合を含め、 広く正当化事由に関しては、 目的の正当性及び手段の相当性から分析す る考えのほか、 目的の正当性とともに、 手段の相当性に代わり、 より競争制限的でない代替 手段を評価する考えも存在する。 さらには、 技術上の必要性等の合理的理由があり、 かつ、 その必要性の範囲を超えないかを検討する考え方もあり得よう(公正取引委員会「レーザー プリンタに装着されるトナーカートリッジへのICチップの搭載とトナーカートリッジの再 生利用に関する独占禁止法上の考え方」(平成16年10月21日))。 本問では、 発火事故がC社製甲向けのE社製乙に限定されたものであり、 また、 既に解決 済みであることをどのように評価するかがポイントとなる。 Y社は発火事故の原因が自社に は関係しないことを認識していたとして、 本件行為の真の目的は安全性の確保になかったと する評価のほか、 Y社が発火事故の原因が自社に関係しないことを認識していたかは不明で あるが、 仮に安全性の確保が目的であったとしても、 非純正品を全面的に排除する本件行為 は手段の相当性を欠くといった評価もあろう。 7 Y社の行為が、 独占禁止法第19条で禁止される不公正な取引方法に該当するとしても、 本問において差止請求が認められるためには、 同法第24条のその他の要件を充足すること が必要となる。 同条のその他の要件として、 違反行為による「利益(の)侵害」、 「著しい損 害」がある。 利益の侵害については何が利益に当たるのかを示す必要がある。 その上で、 本 件においてX社の売上高が大きく減少することが予想されることを適切に評価する必要があ る。 著しい損害の意味については、 複数の考え方が存在するが、 いずれの考えを採用する場 合でも、 本件行為後のX社によるY社製甲向け乙の製造販売が不可能になること、 X社の売 上高の大きな減少が予想されること、 販売できないY社製甲向け乙の在庫が発生すること、 Y社の自発的対応が期待できないことなどを適切に評価することが必要となる。 差止請求が 認められるとの結論もあれば、 認められないとの結論もあり得よう。 〔第2問〕 1 本問は、 比較的高額な家庭用機器である甲製品の第1位(シェア約30パーセント)の メーカーであるX社(設問)又は第3位(シェア約20パーセント)のメーカーである Y社(設問)がそれぞれ、 自己の供給する甲製品の取引先小売業者に対して用いている 行為について、 独占禁止法に違反するかを問うものであり、 いわゆる垂直的価格制限(設 問)及び垂直的非価格制限(設問)の事案である。 X社が用いている行為は、 取引先小売業者の販売価格の決定に関わるものであり、 独占 禁止法第2条第9項第4号イの直接取引する相手方に対する再販売価格の拘束に該当し、 同法第19条に違反するか否かが問題となる。 特に、 X社は、 設問の事情に示されてい るとおり、 時を追って様々な手段を用いており、 独占禁止法上問題となり得るものを識別 し、 それぞれについて検討する必要がある。 また、 本問では、 違反行為の消滅について検 討することも明示的に求めている。 これに対し、 Y社が用いている行為は、 取引先小売業者の販売価格の決定以外の事業活 - 28 - 動の拘束に関わるものであり、 独占禁止法第2条第9項第6号ニ、 一般指定第12項(拘 束条件付取引)に該当し、 同法第19条に違反するかが問題となる。 2 設問及び設問のいずれにおいても、 「事業者」であるX社又はY社が用いている行為 が独占禁止法第2条第9項第4号イ又は一般指定第12項の定める行為要件を満たすか否 かを検討することがまず必要になる。 行為要件を満たす場合には、 独占禁止法第2条第9 項第4号にいう「正当な理由がないのに」又は一般指定第12項にいう「不当に」に該当 するか否かを検討することが必要である。 これらは、 いずれも不公正な取引方法の共通の 効果要件である公正競争阻害性を意味するものであり、 その際には必要に応じて正当化事 由についても検討することになる。 いずれの行為についても、 自由競争減殺の観点からの公正競争阻害性が問題となるもの であり、 特に上記両社の取引先小売業者間の競い合いが減少すること(競争回避ないし競 争停止)による価格維持効果に着目することとなる。 3 設問の事情において、 X社がX社製甲製品の機種ごとに希望小売価格を設定し、 取引 先小売業者に通知してきていることについては、 「それが参考である旨明記」していること と相まって、 取引先小売業者の事業活動を「拘束」するものとは考えられない。 しかし、 @平成28年4月に「希望小売価格で販売することが十分可能であることを強 調する説明を加えた」こと、 A令和元年10月にX社製甲製品の価格調査を実施したこと、 B令和2年4月に「参考である旨の記述を削除して」「販価」を通知し、 価格調査を実施す ることがある旨明記したこと、 C令和2年10月に販価どおりに販売するよう要請し、 要 請に反した場合の出荷制限を通知し、 さらに、 実際に出荷制限措置を講じたことについて は、 それぞれ再販売価格の拘束の行為要件を満たすか検討する必要がある。 なお、 Aにつ いては、 再販売価格の拘束のほか、 価格調査に対する回答義務を課すものとして拘束条件 付取引の問題を検討することもあり得る。 また、 Cには、 一般指定第2項(その他の取引 拒絶)に該当し得る行為が含まれており、 再販売価格の拘束の実効性確保手段として捉え るか、 あるいはそれ自体を独立の違反行為として検討することもあり得る。 また、 令和4年1月に販売価格に関する従前の通知や要請等を全て廃止するとともに、 改めて「参考」と明記した「希望小売価格」を通知したことについて、 これが再販売価格 の拘束行為の取りやめ(違反行為の終了)と認められるか否かを検討する必要がある。 こうした検討に当たっては、 和光堂事件・最判昭和50年7月10日民集29巻6号8 88頁などで示された基準を提示した上で、 本問の事実に当てはめることが求められる。 その際には、 X社の取引先小売業者の営業においてX社製甲製品が有する意味合いをどう 評価するかも重要となる。 また、 再販売価格の拘束行為の終了を認定したソニー・コンピ ュータエンタテインメント事件・公正取引委員会審判審決平成13年8月1日審決集48 巻3頁が提示する基準も参考になる。 次に、 X社の再販売価格の拘束の行為要件を満たす行為が不公正な取引方法に該当する ためには、 「正当な理由がないのに」(独占禁止法第2条第9項第4号柱書き)行われるこ と、 すなわち、 公正競争阻害性が認められることが必要である。 前述したように、 再販売 価格の拘束における公正競争阻害性は、 自由競争減殺の観点から、 特に拘束を受ける取引 先の販売業者間の価格競争を消滅・停止させる点にあり、 こうした価格維持効果が生じる ことを本問の事実に即して示すことになる。 もっとも、 X社の行為が再販売価格の拘束であることから、 拘束を受ける取引先小売業 者間の価格競争に直接的な影響を及ぼすことは明らかであり、 こうした行為は市場画定や 当該市場における具体的な影響を検討することを必ずしも必要とせず、 特段の正当化事由 がない限り、 公正競争阻害性を認定することができると考えられる。 ただし、 この考え方 を採る場合には、 再販売価格の拘束についてそのような判断方法を採ることが妥当である - 29 - ことを説明する必要がある。 他方、 価格維持効果が生じることを示す上で、 検討対象とする市場を画定し、 X社の行 為が当該市場における価格競争に及ぼす影響を本問の事実に即して検討することも考えら れる。 その場合には、 市場画定の必要性やその方法を説明した上で、 X社製甲製品の市場 又は甲製品全体の市場を画定することになる。 そして、 X社がX社製甲製品の販売価格に 係る制限を取引先小売業者に課す行為が当該市場における競争に及ぼす具体的な影響につ いて、 例えば、 X社や他社のシェア、 X社製甲製品が小売業者の営業にとって有する意味 合い、 ブランド間競争及びブランド内競争の状況等に関する本問の事実に即して検討する ことが求められる。 さらに、 X社がこのような行為を用いることを正当化するような事由があるか否かを検 討することとなる。 4 設問については、 Y社の行為で独占禁止法上問題となり得るものは、 設問の事情か ら明らかであり、 令和3年4月に、 Y社製甲製品の使用方法等の説明義務条項を小売業者 との取引契約に追加し、 実施していることである。 このY社の行為が拘束条件付取引の行 為要件(「事業活動を・・・拘束する条件をつけて」)を満たすかについては、 前述した再 販売価格の拘束についてと同様の基準により、 本問の事実の下で当てはめを行うこととな る。 また、 Y社の行為が拘束条件付取引に該当するためには、 一般指定第12項の「不当に」 の要件を満たす必要があるところ、 本問での「不当に」は、 自由競争減殺の観点からの公 正競争阻害性である。 具体的には、 検討対象の行為を通じて拘束を受ける取引先の小売業 者間の価格競争が制限されることにより、 価格維持効果が生じるか否かを本問の事実に即 して検討する必要がある。 メーカーが自己の製品をどのような方法で販売し、 最終ユーザーに届けるかについては、 基本的には各メーカーが自由に決定することができる事項であり、 販売業者に特定の販売 方法を義務付けることが直ちに独占禁止法上問題となるものではない。 また、 それによっ て販売費用が増加し、 販売価格に影響することがあるとしても、 全ての販売業者に義務付 けること自体が販売業者間の価格競争を制限することによる価格維持効果と直ちに評価さ れるものではない。 他方、 メーカーが販売業者の販売方法に制限を課すことをもって、 販 売業者を統制する手段とすることにより、 取引先の販売業者間の競争に悪影響を及ぼすこ とも考えられる。 Y社の行為は、 Y社製甲製品の使用方法等に関するユーザー向け説明を取引先小売業者 に義務付けることであり、 価格に関連するものではなく、 ユーザーから見ても有益なもの ともいえる。 Y社の行為が及ぼす競争への影響をどのように分析・評価するかが問われる。 具体的には、 化粧品の販売方法の制限に関する資生堂東京販売事件・最判平成10年1 2月18日民集52巻9号1866頁によって示された、 それなりの合理性と制限の同等 性の基準にのっとって検討することが考えられる。 また、 拘束条件付取引一般の分析方法に沿って、 検討対象となる市場を画定し、 当該市 場における競争への影響を本問の事実に即して検討することもできる。 この場合には、 拘 束の具体的内容、 対象となる取引の性質、 ユーザーの特性、 Y社や他社のシェア、 Y社が 説明義務を課す目的や理由、 ブランド間競争及びブランド内競争の状況等を本問の事実に 即して検討することが求められる。 特に、 Y社がシェア約20パーセントの第3位のメー カーであること、 Y社が取引先小売業者に課すユーザー向け説明義務が特有の機能を有す るY社製甲製品の使用方法に重点を置いたものであることに留意する必要がある。 仮にY社の行為に価格維持効果が認められるとした場合には、 Y社が説明義務を課す目的 やその態様に鑑みてY社の行為が正当化できるかを検討する必要がある。 - 30 - [知的財産法] 〔第1問〕 1 設問1は、 特許権侵害訴訟の相手方が被疑侵害物件ないし方法の具体的態様を明らかに しない場合に、 特許法に設けられている訴訟手続上の特則についての基本的な理解を問う ものである。 設問2は、 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲が製造方法を含む 記載となっている場合における、 当該発明の技術的範囲の解釈手法や、 無効の抗弁の成否 についての理解を問うものである。 設問3は、 新規性喪失理由の一つである、 公然実施に ついての理解を問うものである。 設問4は、 いわゆる拡大先願についての理解を問うもの である。 2 設問1において問題となっているのは物(Y商品)の構造であるため、 後述の特許法 (以下「法」という。 )第104条は問題とはならない。 ここでは、 法第104条の2の具 体的態様の明示義務について指摘する必要がある。 3 設問1は、 法第104条についての基本的な理解を問うものである。 Xの主張するY 商品の構造についてはYは争っていないので、 Xとしては、 この構造を前提として、 同条 の下でY商品の製造方法についてYの側が立証責任を負うことを主張することとなる。 X はX発明1の新規性について調査しており、 これを前提として、 Xのなし得る主張につい て同条に即して簡潔に説明する必要がある。 4 設問2においては、 X発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)が、 製造方法(経時 的要素)を含むものとなっている点を、 同発明の技術的範囲の解釈においてどのように位 置付けるかが問題となる。 これについては、 最判平成27年6月5日民集69巻4号70 0頁【プラバスタチンナトリウム事件】を十分に意識して論述する必要がある。 すなわち、 X発明1の特許請求の範囲に製造方法の記載があること(プロダクト・バイ・プロセス・ クレームであること)を指摘した上で、 このような場合の特許発明の技術的範囲の解釈に ついて同最判の示した規範を踏まえ、 説得的に述べることが求められる。 5 設問2においては、 Yとしては、 上記最判の規範に即して、 X発明1に係る特許請求 の範囲(請求項1)に製造方法が記載されていること、 及びX発明の出願時においてX発 明1に係る物をその構造又は特性により直接特定することが容易にできたはずであること (そのような特定が不可能又はおよそ実際的でないというような事情が存在しないこと) を挙げて、 X特許権1について明確性要件(法第36条第6項第2号)違反による無効の 抗弁(法第104条の3第1項、 法第123条第1項第4号)を主張することになる。 こ れに対するXの主張としては、 本問においてはX発明1に係る物の構造や特性は請求項1 の記載から明らかであり、 第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえな いため、 明確性要件違反には当たらないとするなど(知財高判平成29年12月21日【旨 み成分と栄養成分を保持した無洗米事件】など参照)、 上記最判を踏まえて説得的に述べる ことが求められる。 6 設問3において、 Yとしては公然実施による新規性喪失(法第29条第1項第2号)を 理由とする無効の抗弁(法第104条の3第1項、 法第123条第1項第2号)を主張す ることとなるが、 ここで特に問われているのは「公然実施」の理解である。 本設問の事実 関係の下で、 物の発明であるX発明1及び方法の発明であるX発明2それぞれにつき、 X 発明の出願前の時点において実施(法第2条第3項第1号、 同項第3号)がなされている ことを条文を挙げて指摘した上で、 それらが「公然」なされたといえるのかについて、 法 第29条第1項第2号の趣旨を踏まえ検討する必要がある。 特にX発明2との関係では、 X発明の出願時点において、 精米の分野における通常の知識を有する者がX商品の構造か らX発明2の方法を知るための分析手段の利用可能性の有無や程度に応じて(東京地判平 成17年2月10日判時1906号144頁【ブラニュート顆粒事件】参照)、 論じること - 31 - が必要となる。 7 設問4においても、 Yとしては無効の抗弁を主張することとなるが、 ここではいわゆる拡 大先願(法第29条の2)についての理解が問われている。 本設問の事実関係の下で、 X発 明1について特許を無効にするに十分な「発明」の開示がなされているといえるのかについ て、 拡大先願制度の趣旨を踏まえて論じることが求められる。 〔第2問〕 1 設問1は、 共同著作物性、 二次的著作物性、 各種支分権についての理解を問うものであ る。 設問2は、 一部の共有者の合意を得ずに共同著作物が利用された場合の当該共有者の 差止請求の可否を問うものである。 設問3は、 各種支分権及び権利制限についての理解と 複製主体の認定について問うものである。 2 設問1においては、 まず模型βが漫画αに描かれた甲のイラストの二次的著作物(著作 権法(以下「法」という。 )第2条第1項第11号)に該当することを論じる必要がある。 また、 甲のイラストはXが創作したものであるが、 甲のイラストを含む漫画αはXとYの 共同著作物(法第2条第1項第12号)に該当することから、 甲のイラストの利用につい て、 Xに加え、 Yの権利行使が認められるかについて論じる必要がある。 その上で、 Yの 権利行使が認められるとする場合には、 XとYがそれぞれ単独で権利行使できることを指 摘する必要がある(法第117条参照)。 3 設問1においては、 模型βの制作について変形権(法第27条)の侵害が、 模型βの 譲渡について譲渡権(法第28条、 法第26条の2第1項)の侵害が成立することを指摘 する必要がある。 模型βは既にCに譲渡されており、 Bに著作権侵害のおそれが認められ ないため、 Bに対する請求としては、 差止請求は問題とならず、 損害賠償請求(民法第7 09条)のみが可能となる。 4 設問1においては、 フィギュアの制作行為について複製権(法第28条、 法第21条) の侵害が、 フィギュアの販売行為について譲渡権(法第28条、 法第26条の2第1項) の侵害が成立することを指摘する必要がある。 解答に当たっては、 Cが漫画αの存在を知 らず、 模型βに依拠してフィギュアを制作していることから、 Cが漫画αに描かれた甲の イラストに依拠したといえるか否かについて検討することが求められる。 また、 Cに対す る請求としては、 差止・廃棄等請求(法第112条)と損害賠償請求(民法第709条) が問題となるが、 Cは模型βがBの完全なオリジナル作品と思い込んでいたとあるから、 損害賠償請求について論じる際には、 Cの過失の有無を検討することが必要となる。 5 設問2においては、 Yの主張として、 映画γが漫画αの二次的著作物(法第2条第1項 第11号)に該当すること、 漫画αはXとYの共同著作物(法第2条第1項第12号)で あり、 共有著作権は共有者全員の合意によらなければ行使することができないから(法第 65条第2項)、 DがX・Y間の合意がないままに映画γをインターネット上で配信する行 為は、 Yの公衆送信権(法第28条、 法第23条第1項)の侵害となることを論じる必要 がある。 一方、 Dの反論としては、 共有著作権の行使について、 各共有者は正当な理由が ない限り合意の成立を妨げることができないから(法第65条第3項)、 Yの合意拒絶に正 当な理由がなく、 Yの差止請求は認められないことを論じる必要がある。 それぞれの主張 の当否を論じるに当たっては、 「正当な理由」の存否をどのように判断すべきか(東京地判 平成12年9月28日【経済学書籍事件】など参照)、 また、 合意拒絶に正当な理由がない 場合でも、 「合意をせよ」との判決を得ることなく、 侵害訴訟の場で正当な理由がないこと を抗弁として主張することができるかについて、 具体的に論述することが求められる。 6 設問3においては、 漫画αのコマ絵のコピーを作成する行為について複製権(法第2 1条)の侵害を、 当該コピーを用いてコマ絵をスライドに映し出す行為について上映権(法 - 32 - 第22条の2)の侵害を、 漫画αのコマ絵の拡大コピーを受講生に配布する行為について 複製権(法第21条)及び譲渡権(法第26条の2第1項)の侵害を論じる必要がある。 解答に当たっては、 Fが作画指導を目的として上記各行為を行っていることから、 引用(法 第32条第1項)などの権利制限規定の適用の余地がないかどうかを検討することが求め られる。 7 設問3については、 最判平成23年1月20日民集65巻1号399頁【ロクラクU事 件】が提示した複製主体の判断基準を踏まえて論じる必要がある。 Xの主張としては、 物理 的に模写(複製)を行っているのは生徒であるものの、 Fが模写の対象を選定し、 模写のた めの施設や教材を提供し、 模写の指導を通じて生徒から受講料収入を得ていることなどから、 漫画教室事業の社会的、 経済的側面を重視すれば、 Fを生徒の模写に係る複製の主体と捉え るべきであると論じることが考えられる(最判昭和63年3月15日民集42巻3号199 頁【クラブキャッツアイ事件】参照)。 次に、 Fの反論としては、 物理的な模写の主体は生 徒であり、 生徒は作画指導を受けるために任意かつ自主的に複製を行っていることから、 F は生徒の模写に係る複製の主体となり得ないと論じることが考えられる(知財高判令和3年 3月18日判時2519号73頁【音楽教室事件】参照)。 それぞれの主張の当否を論じる に当たっては、 本設問の事実関係に即して、 Fを複製の主体と評価することが妥当か否かを 具体的に論述することが求められる。 [労働法] 〔第1問〕 本問は、 配置転換命令の法的根拠、 その適法性及び有期労働契約の雇止めの可否という、 個別的労働関係法における基本的な論点について検討することを求めるものであり、 それら の論点に関する最高裁判例や関係条文から導き出される規範の正確な理解と当該規範への具 体的事実の当てはめの的確さを問うものである。 設問1では、 資格等を有する労働者のキャ リア形成への期待を配置転換命令の適法性を判断する上でどのように考慮すべきか、 設問2 では、 更新がない旨を明示する条項(いわゆる「不更新条項」)がある有期労働契約書に労働 者が署名をした場合における雇止めの問題、 雇止めが不適法であった場合において通算契約 期間が5年を超えるときの労働契約法第18条による期間の定めのない労働契約への転換、 といった近時の労働法実務において問題となる点が問われており、 前記の判例・関係条文の 理解を前提に、 本問の事例の事実関係に照らして的確に論述をする能力を問うものである。 設問1は、 運行管理者の資格を有することや運行管理業務に従事した経験を有することが 評価されてY社に採用され、 採用後Y社の運行管理者として運行管理業務に従事していた労 働者に対し、 倉庫部門への配置転換を命ずることの適法性等を問うものである。 本問において配置転換命令の適法性を検討するに当たっては、 まずY社がX1に対して配 置転換命令権を有するのか、 その法的根拠は何かを明らかにすることが求められる。 就業規 則に配置転換命令権に関する規定があり、 その内容が合理的であって、 かつ労働者に周知さ れていたのであれば、 これが労働契約の内容になるが(労働契約法第7条本文)、 勤務地限定 の合意や職種業務限定の合意があれば、 当該合意された内容が優先することとなる(同条た だし書)。 本問の事例における配置転換命令は、 Y社の就業規則の規定に基づいてなされてお り、 労働契約に職種や業務を限定する定めはないが、 X1がY社に採用された経緯や採用時 のY社の説明等を踏まえると、 X1は、 職種・業務を限定する合意があったと主張すること が考えられるところであり、 その当否について検討することが論述のポイントの一つとなる。 使用者が配置転換命令権を有すると認められる場合であっても、 それを濫用してはならな い(労働契約法第3条第5項参照)。 転勤命令(勤務地変更命令)が権利濫用となる場合につ いて判示した最高裁判例(東亜ペイント事件・最判昭和61年7月14日労判477号6頁) - 33 - の判旨は、 配置転換命令の事案にも妥当するものとされており(日産自動車村山工場事件・ 最判平成元年12月7日労判554号6頁)、 それによれば、 権利濫用となるのは、 @業務上 の必要性が存しない場合、 A他の不当な動機・目的をもってなされた場合、 B労働者に対し 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合等、 特段の事情の存する場合であ る。 本問についても、 これらの場合に該当するかを、 事実を摘示して検討することとなる。 特にBに関しては、 労働者が自身の能力・経験を活用することの利益や労働者のキャリア形 成への期待を、 この判断枠組みの中でどのように(どの程度)考慮に入れるかという観点か らの検討をすること(安藤運輸事件・名古屋高判令和3年1月20日労判1240号5頁等 参照)が、 論述の重要なポイントとなる。 設問のとおり、 X1は、 「運行管理業務に戻すべきである」と主張しており、 本問では、 法 律上の論点として、 運行管理者としての地位確認請求(就労請求権)が認められるか、 ある いは、 倉庫部門における就労義務のないことの確認にとどまるのかについても検討する必要 があろう。 設問2は、 X2について、 有期労働契約の期間満了時に契約の更新を拒否すること(いわ ゆる「雇止め」)の可否等を問うものである。 本問において、 X2は、 採用時に、 契約期間を通算した期間が5年を超えて更新すること はないとの説明を受け、 また、 令和3年5月1日から令和4年4月30日までを契約期間と する5年目の契約締結時には、 更新はないことが記載された有期労働契約書に署名をしてい るものの、 その期間満了時に契約が更新されることをX2が期待していたことは明らかであ り、 実際、 X2は、 契約更新拒否は不当であり、 同年5月1日以降もY社に雇用され続けて いると考えている。 本問は、 そのようなX2の見解の当否について検討することを求めるも のであるから、 労働契約法第19条の適用があるか、 具体的には、 同条第1号該当性、 同条 第2号該当性、 同条柱書の要件充足性について、 それぞれ本問の事案に即して検討し、 論述 することが、 重要なポイントとなる。 特に、 同条第2号該当性に関しては、 同号に規定する 「当該有期労働契約が更新されるものと期待することについての合理的な理由」の有無の認 定について、 積極方向に働き得る事実関係と消極方向に働き得る事実関係とがいずれも存在 することから、 採用時の状況、 4年目の途中で職種を変更した事情、 5年目の契約締結時の 状況やその際のY社事務担当者の発言等、 その判断に必要な事実を的確に拾い上げ、 論述す ることが求められる。 また、 本問においてX2に対する契約更新の拒否が不適法とされ、 労 働契約法第19条による更新が認められる場合には、 通算契約期間が5年を超えることとな ることから、 X2は、 同法第18条第1項による無期労働契約への転換を主張することが考 えられる。 本問では、 この点についても検討し、 論じることが求められよう。 〔第2問〕 本問は、 働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第7 1号。 いわゆる働き方改革関連法)による短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改 善等に関する法律(以下「短時間・有期雇用労働法」という。 )の改正(題名も変更)に伴い 企業内の賞与制度が改定されたという事案を素材に、 労働協約、 就業規則、 労使慣行など労 働法の法源に関する基本問題についての正確な理解と、 近時実務上の重要課題となっている 有期・無期雇用労働者間の待遇格差の是正をめぐる論点についての法的な理解と事例に即し た判断の能力を問うものである。 設問1では、 労働協約を締結した労働組合の組合員である正社員X1が改定前の基準によ る賞与の支払を請求できるかが問われている。 この問いに答えるに当たっては、 @令和2年 の就業規則改定前の書面化されていない労使合意に労働協約としての規範的効力が認められ るか、 A30年間継続して行われてきた賞与支給という取扱いに労使慣行としての法的効力 - 34 - が認められるか、 B労働条件を不利益に変更する労働協約について労働組合に協約締結権限 が認められ、 同協約は規範的効力をもつものといえるか、 C労働条件を不利益に変更する就 業規則に法的拘束力が認められるかという点が、 主たる論点となる。 @書面化されていない労使合意の効力については、 労働組合法第14条の要件を満たして いない労使合意の効力についての判例の立場と同条の趣旨(都南自動車教習所事件・最判平 成13年3月13日民集55巻2号395頁参照)を理解し、 自らの見解を述べること、 A 労使慣行の法的効力については、 その要件を考察し(商大八戸ノ里ドライビングスクール事 件・大阪高判平成5年6月25日労判679号32頁等参照)、 本件事案に適切に当てはめる こと、 B労働条件を不利益に変更する協約締結権限(規範的効力)の有無については、 判例 の原則的な立場とその例外(朝日火災海上保険〔石堂・本訴〕事件・最判平成9年3月27 日労判713号27頁等参照)を理解し、 自らの見解を述べること、 C労働条件を不利益に 変更する就業規則の拘束力については、 労働契約法第10条の周知と合理性の要件を満たし ているか否かについて本件事案における適切な判断ができること(特に、 契約社員の待遇改 善のために正社員の待遇を引き下げることの相当性や多数組合との合意〔労働協約〕の存在 等が合理性判断にいかなる影響を与えるかについて適切に判断すること)が、 それぞれ論述 の重要なポイントとなる。 設問2では、 契約社員であるX2が正社員との賞与の相違(改正短時間・有期雇用労働法 施行以降のもの)について何らかの請求ができるかが問われている。 ここでは、 @短時間・ 有期雇用労働法第8条が禁止する不合理な待遇の相違の有無、 A同条違反を理由に請求する 場合の請求の根拠が主たる論点となる。 @同条の不合理な待遇の相違の有無については、 不合理性の判断枠組み、 改正前の労 働契約法第20条に関する判例の存在(学校法人大阪医科薬科大学〔旧大阪医科大学〕事件 ・最判令和2年10月13日労判1229号77頁)とその理解、 改正前の労働契約法第 20条と改正後の短時間・有期雇用労働法第8条の不合理性の判断の異同、 判例の事案と 本件事案の異同、 短時間・有期雇用労働法第14条第2項の事業主の説明義務の遵守状況 と不合理性判断との関係等の点を踏まえながら、 本件の賞与の相違(正社員については1. 8か月分、 契約社員には0.5か月分)の不合理性の有無について、 同法第8条に則した適 切な判断ができるかが、 A短時間・有期雇用労働法第8条違反を理由とする場合の請求の根 拠については、 不法行為損害賠償請求との構成に言及し、 労働契約上の賃金請求の可能性(ハ マキョウレックス〔差戻審〕事件・最判平成30年6月1日民集72巻2号88頁等参照) を検討することが、 それぞれ論述の重要なポイントとなる。 本問では、 設問1において、 集団的な労働関係を含む労働法の法源に関する基本的な理解 が、 設問2において、 近時の法律改正と判例の動向についての正確な理解と論述の能力が問 われている。 伝統的な労働法の枠組みとともに近時の法律や判例の動きについて正確に理解 し、 初見の事案に対しても適切な解釈と判断ができるという、 法曹人としての基本的な能力 を問う問題である。 [環境法] 〔第1問〕 本問は、 伝統的かつ中核的な環境管理の制度である大気汚染防止法制の仕組みの特徴に関 して正確に理解していることを示した解答を求めている。 大気汚染防止法上の環境管理の仕 組みに関しては、 公害対策に典型的な手法を用いた「第2章 ばい煙の排出の規制等」のみな らず、 「第2章の2 揮発性有機化合物の排出の規制等」から「第4章 大気の汚染の状況の監 視等」までの汚染対策の特徴等を理解しておくことが受験生に望まれる。 例えば、 「第2章 ばい煙の排出の規制等」等の固定汚染源対策の仕組みと「第3章 自動車排出ガスに係る許容 - 35 - 限度等」の仕組みとの対比において制度を把握する視点は、 大気汚染防止法制の理解に不可 欠である。 そして、 本問においては、 固定汚染源対策の法制度のなかにも性格の異なるもの が含まれる点を理解していることを示した解答が期待される。 すなわち、 大気汚染防止法は、 伝統的な公害規制法制として出発したものの、 公害対策が 一定程度進展する一方において、 ばい煙発生施設から排出される物質の汚染とは性質の異な る大気汚染リスクが顕在化したことに対応して、 「第2章 ばい煙の排出の規制等」に代表さ れる強制力を伴った手法とともに、 関係者の自主的取組みや情報を通じた誘導的手法を採用 する「第2章の5 有害大気汚染物質対策の推進」等の性格の異なる仕組みが盛り込まれたも のとなった。 本問の解答に際してはこの点が理解できているか否かが重要となる。 また、 環境管理法制は、 対象となる環境上の各種リスクに関する科学的な知見を踏まえた 上で、 環境管理の実効性・効率性、 関係主体の適切な役割分担、 環境管理手法のポリシーミ ックス等の見地を踏まえて法制化されることから、 対象リスクに関する自然科学的な分析の 成果とそれを前提に設計される管理手法の特徴に関する最低限の理解は必要とされよう。 〔設問1〕は、 上記の観点から、 まず、 直接的規制の手法を採用する伝統的な公害規制の 仕組みである「第2章 ばい煙の排出の規制等」のなかでも、 ばい煙に含まれる有害物質が大 気という環境媒体に拡散しつつ人の生活圏に到達する汚染の性格を踏まえた、 いおう酸化物 に係る排出規制基準であるK値規制基準を取り上げた。 K値規制基準の算定式においてはHeの2乗が採用されており、 これはばい煙から排出さ れるいおう酸化物の最大着地濃度はHeの2乗と風速に反比例するとの知見に基づいたもの である。 解答に際してはここまでの知識は不要であるものの、 ばい煙に含まれるいおう酸化 物によって人の生活圏にもたらされるリスクの大きさは大気中で拡散しつつ人の生活圏に到 達することから排出口が高ければ高いほど小さくなる点を説明できることが受験者に求めら れる(反比例の語を用いる必要はない)。 なお、 設問に記したように、 Heの値の算出方法及 びHeの2乗が用いられた根拠に関し、 記述する必要はない。 その上で、 〔設問2〕は、 法令違反に対する行政命令と刑事的制裁とを用いた直接的規制の 仕組みである「第2章 ばい煙の排出の規制等」について、 条文を踏まえて、 法令違反行為に 対して行政規制と刑事的制裁とがどのような形で発動されるかに関する説明を求めている。 大気汚染防止法の該当条文を具体的に指摘しつつ、 行政処分としての命令が法令違反に発動 され得ること、 直罰の仕組みが設けられていることから、 命令を経ずに告発され得ることを 的確に説明できることが重要である。 〔設問3〕に関しては、 「第2章の5 有害大気汚染物質対策の推進」の制度について、 第 1に、 この制度が、 対象物質の健康リスクに関する科学的知見が不十分であるものの予防的 アプローチに基づいて、 関係者の自主的取組に依拠しつつ、 情報を通じた誘導的手法を用い、 長期暴露による影響が懸念される物質が大気を媒体として人に暴露されるリスクを低減する ことを目指す制度であること、 したがって、 命令及び罰則等の強制力を伴う手段は採用され ていないことの説明が求められる。 併せて、 第2に、 有害大気汚染物質のなかでも、 特に長 期暴露の影響が懸念されることにつき一定の根拠がある指定物質に関しては、 大気汚染防止 法附則第9項以下に勧告や報告の求め等の規定が置かれていること、 ただし、 大気汚染防止 法附則第10項・第11項の文言は「勧告」及び「報告の求め」であり、 罰則等の適用もな いことの指摘が求められる。 〔設問4〕においては、 〔設問3〕において示した理解を前提として、 行政の対応に不満を もつ事業者はいかなる訴訟上の対応を採ることができるかに関しての記述が求められる。 い おう酸化物に係る行政の対応については、 「第2章 ばい煙の排出の規制等」に基づく命令が 処分性を有することを前提として差止訴訟の提起が検討されるべきである。 ただし、 設問に 記したように損害賠償請求や仮の救済等に係る検討は不要である。 - 36 - そして、 〔設問3〕に関して述べたように、 大気汚染防止法附則第9項以下の仕組みに関し ては、 「第2章の5 有害大気汚染物質対策の推進」のなかの仕組みであること、 大気汚染防 止法附則第9項以下の文言や罰則の適用のないこと等を踏まえると、 立法者はこれを強制力 の伴った手段と位置付けていないものと解される。 よって、 勧告に処分性のあることを前提 して立論を行う場合には、 公表を伴う勧告が法人の名誉・信用を毀損する重大な不利益を与 えること等に加え、 処分性を根拠付ける詳細な記述が求められよう。 他方、 勧告が処分性の ない法定の行政指導であるとの立場を採る場合には、 公法上の当事者訴訟あるいは民事訴訟 が検討されることとなる。 公法上の当事者訴訟を検討する際には、 行政事件訴訟法の改正の 経緯からは確認訴訟がまず想起されることとなろうが、 本件の事例においては、 直截に勧告 及びその公表の差止めの請求が可能であること、 そして、 特に勧告の公表については法人の 名誉・信用を毀損するおそれのあることに留意する必要がある。 ただし、 確認訴訟の可能性 を論ずる答案も環境行政訴訟に関する一定の理解を示したものといえよう。 また、 差止めの 法的請求について、 本設例においては公法上の当事者訴訟と民事訴訟とを区別する実益は大 きくないと考えられるため、 解答に際してこの点を論ずることまでを求めるものではない。 〔第2問〕 本問は、 水質汚濁防止及び土壌汚染対策に関する法制の特徴と、 双方の関係について正確 に理解しているかを確認し、 資料の助けを借りながら両法制の基礎にある考え方を摘出する 能力を試すものである。 また、 未規制物質によって損害が発生した水質汚濁事例に関して、 民法第709条の過失の有無をどのように判断するかにつき、 諸要素を摘出して判断過程を 明らかにする能力を問うものでもある。 〔設問1〕は、 有害物質使用特定施設について、 地下水汚染防止のため、 水質汚濁防止法 がどのような義務付けを行っているかを確認するものである。 〔設問2〕は、 地下水汚染と土壌汚染の両方が生じた場合に、 水質汚濁防止法と土壌汚染 対策法のどのような措置が問題とされ、 それらがどのような関係にあるかを、 資料を参照し つつ、 解答するよう求めるものである。 水質汚濁防止法第14条の3(地下水浄化措置命令) と、 土壌汚染対策法第5条(調査命令)の要件は類似しているが、 前者は当該地点において 地下水を飲用に利用している等の状況があることを必要とするのに対し、 後者の調査命令で は、 土壌汚染のおそれがある地点の周辺で、 地下水を飲用に利用している等の状況があれば 足り(土壌汚染対策法施行令第3条第1号イ、 ロ、 同施行規則第30条)、 汚染のある地点と、 地下水の飲用等の地点が離れていても命令を発出できる点で、 より広く適用できると解され ている(土壌汚染対策法第7条の指示措置及び措置命令についても同様である)。 このように、 水質汚濁防止法第14条の3の地下水浄化措置命令の方が、 土壌汚染対策法第5条の調査命 令、 第7条の指示措置・措置命令よりも要件が狭く、 特別な場合であると考えられるところ から、 両方が発出される場合には、 水質汚濁防止法第14条の3の方が優先的に適用される。 この点まで触れることが望ましい。 〔設問3〕は、 都道府県知事の指示に基づく汚染除去等の措置が完了した後に、 土壌環境 基準が強化された場合、 土地所有者等に対して、 同環境基準の強化を理由として、 汚染除去 等の追加的措置を求めることができるか、 という問題を、 資料を参照しつつ考察するもので ある。 環境法の問題は、 種々の科学的問題とも関連するが、 本設問は、 実務的資料を基に法 的な考え方を自ら導き出していく能力を試そうとするものである。 資料を基に、 既に都道府 県知事の指示に基づく汚染除去等の措置を講じた者に対しては、 土壌環境基準の強化のみを 理由に、 当該措置の再実施(追加的措置)が求められることは一般的にはない点を指摘する ことが期待される。 その理由としては、 行政法上の信義則と比例原則を挙げることが適切で ある。 ただし、 土壌汚染対策法第5条第1項に基づく土壌汚染状況調査の対象となる土地の - 37 - 基準を満たす場合には、 都道府県知事は、 指導により汚染の摂取経路を遮断するための措置 を講じさせることや、 同項の調査命令を発出することが適当であるとする点を資料から摘出 してほしい。 その理由については、 資料におけるその結論の上段に示されるところを読み込 むことにより、 健康被害のおそれに対する対応であることを導き出すことが期待される。 〔設問4〕は、 民法第709条の過失の有無を判断することになる。 本設問におけるCが未 規制物質であること、 他の物質との化合によって損害が発生したこと、 他方で、 下流に浄水場 があることについてはAは知ることができたことなどの事情を摘出することが求められる。 そ して、 環境法の原点ともいうべき熊本水俣病第1次訴訟判決(熊本地判昭和48年3月20日 判時696号15頁)における過失論などを参照しつつ、 「他の物質との化合による損害」と いう、 熊本水俣病事件とはやや異なる本件の特徴をどう考えるかといった点を検討することが 期待される。 具体的には、 民法第709条の過失における予見可能性及び結果回避義務違反が Aにあったかを、 上記の事情を考慮しつつ判断することが求められる。 過失を肯定するか否か という結論だけではなく、 その理由付けが極めて重要となる。 なお、 本設問では生命・健康被 害の危険はあったものの、 その被害は発生しておらず、 無過失責任に関する水質汚濁防止法第 19条の適用はない。 [国際関係法(公法系) ] 〔第1問〕 本問は、 武力不行使原則の例外に該当する個別的集団的自衛権の発動要件、 政府の交替と 国家の同一性、 外交的保護の行使要件といった事項についての国際法上の基本的な知識と理 解を確認するとともに、 条約締約国間対世的な(erga omnes partes)義務の違反に係る国際司 法裁判所(以下「ICJ」という。 )の裁判管轄権及び請求の受理可能性という応用的な事項 についての理解を問うことを目的としている。 設問1は、 B国軍隊がA国領域内に侵入してきた場合に、 A国がいかなる国際法上の根拠 に基づき武力行使により対処できるか、 そして第三国たるC国の軍隊が単独でA国内におい てB国軍に対して武力を行使し得る国際法上の根拠は何か、 ということを問うものである。 本問では、 まずいかなる国際法規則が適用されるかを特定する必要がある。 A国、 B国及び C国はいずれも国際連合(以下「国連」という。 )の加盟国であることから、 慣習国際法規則 とされている国連憲章第2条第4項の武力不行使原則の適用を前提に考え、 その例外として認 められる武力行使の形態の根拠を国際法規則に求めなければならない。 国連憲章上、 武力不行 使原則の例外事由は、 核兵器使用の合法性事件ICJ勧告的意見(1996年)によれば、 国 連憲章第51条に基づく個別的集団的自衛権の行使と、 同第42条で予定されている国連の軍 事的強制措置であるが、 これらのうち、 A国とC国の行為がそれぞれ個別的自衛権と集団的自 衛権の行使として正当化されるためにその発動要件を満たすことを論じることが求められる。 A国が主張する個別的自衛権の行使が認められるためには、 相手国による武力攻撃が存在す ること、 他の手段が利用できない状況であること(必要性)、 そして先行する武力攻撃に照ら して均衡のとれた自衛措置であること(均衡性)が満たされなければならない。 外国の正規軍 が自国領域内で行う軍事活動は侵略行為に該当するのであり(侵略の定義に関する国連総会決 議(1974年)第3条(a)及び(b)参照)、 設例によれば、 B国は既にA国領域内で「建物へ の砲撃を含む軍事活動」を行っており、 これが武力攻撃に該当するとともに他の手段が利用で きるほどの時間的猶予もないことが明らかであることから、 前二者の要件は充足し、 「国境外 に撃退」する自衛措置の内容も均衡性を満たしていることを論じることになる。 さらに、 国連 安全保障理事会への報告も国連憲章第51条の手続に従ったもので、 個別的自衛権を行使した ことの証拠として捉えられるであろう。 他方、 C国が主張する集団的自衛権の行使については、 ニカラグア軍事活動事件ICJ本案 - 38 - 判決(1986年)によれば、 上記の個別的自衛権の行使要件を充足するほか、 被攻撃国が攻 撃を受けたことを宣言し集団的自衛権を行使しようとする国に援助を要請することも要件とし て付加されている。 したがって、 A国との関係においてA国による個別的自衛権の行使の要件 が充足されている上で、 C国が集団的自衛権を行使するためには被攻撃国であるA国が自ら攻 撃を受けたことを宣言し、 A国がC国に援助を要請することが条件となることを論じなければ ならない。 なお、 この集団的自衛権を行使するためには、 関係国間で事前に集団的自衛権の行 使に関する合意を締結している必要はなく、 設例にあるように、 「A国とC国との間では、 相 互の安全保障や軍事協力に関する合意は締結されていなかった」ことは、 C国による集団的自 衛権の行使を妨げるものではない。 設問2は、 A国によるXの引渡し要請に対するD国の拒否が1984年の拷問及び他の残虐 な、 非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(以下「拷問等禁止条約」と いう。 )の違反であるとして、 C国がICJにD国を訴えることができることを論じるもので ある。 A国、 C国及びD国はいずれも留保を付すことなく拷問等禁止条約の締約国となってい るので、 同条約第30条に従い、 C国とD国との間での交渉により解決されず、 しかも仲裁の 設置を要請しても6か月間その組織について合意できなかった紛争をC国が付託できることを 示すことになる。 また、 訴追か引渡しかの義務事件ICJ判決(2012年)によると、 拷問 等禁止条約は拷問行為の防止と処罰の確保という共通利益を有し、 同条約第7条第1項にいう 自国領域内に所在する被疑者を訴追するか、 引渡しを要請する他の締約国に引き渡すかのいず れかを行う義務は、 条約締約国間対世的な(erga omnes partes)義務として、 全ての締約国に 対して課されており、 この義務違反に対していかなる締約国も違反の中止を求めて請求する権 利を有するとされている。 この裁判例に従って、 D国による当該義務の違反の疑いがあるとき は、 同条約締約国であるC国にD国の義務違反を中止させる請求を行う権利が認められ、 同条 約第30条に基づきICJに紛争を付託することが可能となることを示すことになる。 設問3は、 B国によりZが受けた損害についてC国が外交的保護を行使できることを論じる ものである。 まず、 ティノコ利権契約事件仲裁判断(1923年)が示すように、 政府の変更 は、 たとえ国内法に違反して行われたとしても、 国際法上の国家の地位に影響しないため、 最 高軍事評議会が行った収用行為もY政権の行為と同じくB国の行為とされることを確認しなけ ればならない。 この行為について、 C国が、 国籍継続の原則及び国内的救済手段完了原則とい う外交的保護の要件を満たしてその行使を行うことを論じることになる。 前者に関しては、 外 交的保護において国籍は被害の日から請求の正式な提出の日まで継続していることが求められ (外交的保護条文(2007年)第5条第1項参照)、 C国はこれを満たすことを説明する必 要がある。 チュニス・モロッコ国籍法事件勧告的意見(1923年)で常設国際司法裁判所が 確認したように、 国籍に関する問題は国内管轄事項であり、 原則として各国が国内法で国籍を 付与することができる。 ノッテボーム事件ICJ第2段階判決(1955年)は、 その事案の 特殊性から重国籍者の場合に適用される真正結合理論と呼ばれる実効的国籍原則を採用した が、 国連国際法委員会は自然人の国籍国に関する一般的規定ではこの実効的国籍原則を採用し ておらず(上記外交的保護条文第4条参照)、 B国籍を離脱した重国籍者ではないZについて は、 C国国籍法によるZへの国籍付与もB国に対して有効である。 また後者に関しては、 収用 が行われた当時、 最高軍事評議会が全権を掌握していたことから、 同評議会による権利侵害を、 それより下位に位置するB国の行政機関や裁判所が救済する可能性はなかったことが推定され るため、 国内的救済手段は全て尽くされたとみてこの要件も充足したことを論じることになる。 〔第2問〕 本問は、 ある国における逃亡犯罪人の行動を契機に、 条約法上の論点(条約終了の要件)、 国際法の国内裁判所における適用、 政治犯不引渡しといった基本的な事項に関して、 国際的規 - 39 - 制の内容と事例問題に対する具体的適用についての基本的な能力を問うことを目的としてい る。 設問1は条約終了の要件を問うものであるが、 両国が条約法に関するウィーン条約(以下「条 約法条約」という。 )の当事国であることから、 条約法条約の適用が問題となる。 B国が犯罪 人引渡条約を終了させることができるかについては、 B国が締結時からの事情の根本的変化を 挙げているので、 これに関する条約法条約第62条の適用が問題になる。 同条第1項は、 事情 の根本的変更は条約の終了の根拠として援用することができないことを原則としつつ、 例外と して、 これが援用可能となるための2つの条件を示しており、 これらに照らして判断すること になる。 また、 A国に存する特定の法律を問題にしつつ重大な条約違反を主張しているので、 条約法条約第60条の適用が問題になる。 同条は「重大な条約違反」があったときに、 終了・ 運用停止の援用を認めており、 同条第3項で「重大な条約違反」となる2つのものを限定的に 定義しているが、 相手国への犯罪人引渡しが慣行となっていた中で、 B国が見付けたA国の古 くからある特定の法律の存在がこの2つに当たるのかを判断することになる。 また、 B国の過 去の行為によって、 A国側から犯罪人引渡条約の終了を援用できるかを判断するに当たっても、 この条約法条約第60条の適用が問題になる。 上記と同様に、 B国による条約の手続上の違反 や、 A国の要請に対する無視、 さらに条約を履行する意思が全くないことの表明が「重大な条 約違反」となるのかを、 同条第3項に照らしつつ判断することになる。 設問2は、 Y及びZの立場に立ちつつ、 彼(女)らが引き渡されないための条件を問うこと によって、 国内的に妥当する国際法の適用について問うものである。 条約及び慣習国際法上の 政治犯不引渡し原則を主張するためには、 そもそもそれらがA国裁判所で援用可能であること が前提となる。 本事例ではA国が日本と同様の仕方で国際法を尊重する体制を採用しており、 日本における 場合と同様に論ずることが求められている。 日本では、 条約がその国について発効すると直ち に当該国家の国内法秩序においても効力を有する制度が採用されている(一般的受容方式とし て一般には知られている。 )。 また、 慣習国際法についても同様に考えられている。 国際法規範 の遵守を担保するために国内法令を制定することが日本では通常であるが、 本事例では、 直接 に対応する法令がない。 また、 A国内の特定の法律の一部に犯罪人の引渡しを禁止する規定が あることとの関係では、 国内法秩序における国際法の位階関係が問題になるが、 日本法では国 際法が法律よりも上位であるとの理解が一般的であり、 これを踏まえて議論することが求めら れる。 YやZは民主化運動の過程で罪を犯したとされ、 B国に引き渡されないためには、 AB両国 間の犯罪人引渡条約が国内法上効力を有することを前提としつつ、 同条約上の「政治犯」及び 慣習国際法上のそれに当たると主張することになるが、 条項なり当該規範を直接に適用しよう とするのであれば、 一般的には、 @当該国際法規範が明確であること、 A対象事項が司法機関 の権限内にあること、 B直接に適用する当事国の意思が検討されなくてはならないと理解され ている。 これを本事例に即して論ずることになる。 とりわけ、 政治犯不引渡し原則が慣習国際法の地位を獲得していると議論する場合、 これと の関係も論じなくてはならない。 慣習国際法は不文の法であるために精確な適用には困難が生 ずる(日本の代表的先例としては、 シベリア抑留補償請求事件(最判平成9年3月13日民集 51巻3号1233頁)がある)。 もっとも、 国際法規範の直接の適用は当該規範が国内的効 力の効果の全てではなく、 YやZの立場から、 政治犯不引渡し原則を援用する可能性はなお残 される。 設問3では、 実際に、 YとZがそれぞれ引渡対象となるかが問われているが、 まずは、 双方 可罰性の原則を確認する必要がある。 これは引渡請求対象行為が実行時に請求国と被請求国の 双方で同等の刑罰が科される犯罪に該当することであり、 A国とB国の国内法に照らしてこれ - 40 - が満たされているかに言及することになる。 その上で、 具体的に適用するに当たって、 「相対 的政治犯」の観念が問題になっている。 犯罪人のうち政治犯は引き渡してはならないとする原 則(政治犯不引渡し原則)が一般的に妥当すると考えられているが、 この原則の適用は個々具 体的状況に依存している。 本事例でA国裁判所の裁判官らは日本の裁判所における同種の決定 例に倣うこととしたが、 日本の代表決定例は、 張振海事件(逃亡犯罪人引渡審査請求事件、 東 京高決平成2年4月20日刑集44巻3号321頁(第一審))であり、 「政治犯」が相対的に 観念されている。 この決定によれば、 相対的政治犯罪の解釈や政治犯罪の認定範囲については、 事案ごとの個別事情を多角的に検討して当該行為の「政治的性質が普通犯的性質をはるかに凌 いでいるか」などを明らかにして、 「健全な常識に従って個別的に判断」することが求められ、 「判断にあたって比較的重要なメルクマールになると思われるのは、 差しあたり、 その行為は 真に政治目的によるものであったか否か、 その行為は客観的に見て政治目的を達成するのに直 接的で有用な関連性を持っているか否か、 行為の内容、 性質、 結果の重大性等は、 意図された 目的と対比して均衡を失っておらず、 犯罪が行われたにもかかわらず、 なお全体として見れば 保護に値すると見られるか否か等の諸点」である。 これらから、 YとZの行為を評価すること になる。 同じく政治的理由を背景に犯罪者とされているものの、 YとZの行為態様には明確な 差異があり、 それを反映して論ずることが求められている。 [国際関係法(私法系) ] 〔第1問〕 本問の〔設問1〕は、 渉外性を有する成年後見開始の審判事件及び成年後見人の選任の審 判事件を素材として、 成年後見開始の審判事件及び成年後見人の選任の審判事件の国際裁判 管轄権と成年後見開始の審判及び成年後見人の選任の準拠法に関する基本的理解と応用力を 問うものである。 また、 本問の〔設問2〕は、 渉外性を有する未成年後見人の選任の事案を 素材として、 後見人の選任の準拠法についての理解を、 本問の〔設問3〕は、 渉外性を有す る遺言による贈与により遺留分が侵害されているとして遺留分侵害額に相当する金銭の支払 を請求する訴えが提起された事案を素材として、 遺言能力、 遺言の方式、 遺言による贈与の 有効性、 遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求の準拠法についての理解を問うものである。 〔設問1〕は、 BによるAの後見開始の審判の申立て及びAの後見人の選任の申立てにつ いて、 日本の家庭裁判所の国際裁判管轄権が認められるか、 また、 日本の家庭裁判所がいず れの申立てについても国際裁判管轄権を有すると仮定した場合に、 Aの後見開始の審判及び Aの後見人の選任の準拠法がそれぞれいずれの国の法になるかを問うものである。 まず、 BによるAの後見開始の審判の申立てが、 法の適用に関する通則法(以下「通則法」 という。 )第5条の規定が定める後見開始の審判であること、 また、 成年被後見人となるべき 者が日本に住所若しくは居所を有するとき又は日本の国籍を有するときは、 日本の裁判所の 国際裁判管轄権が認められることを示す必要がある。 本件申立てについては、 Aは甲国人で あり、 Aの住所は日本国内に所在すると認定し得ることから、 BによるAの成年後見開始の 審判の申立てについては、 通則法第5条の規定に基づき、 日本の家庭裁判所が国際裁判管轄 権を有することとなろう。 次に、 BによるAの成年後見人の選任の申立てについて日本の家庭裁判所の国際裁判管轄 権が認められるかに関しては、 これについて直接定めた明文規定が存在しないため、 本問で は、 Aの後見人の選任の申立てについても日本の家庭裁判所に国際裁判管轄権が認められる かを検討し、 その根拠について説明することが求められている。 例えば、 成年後見に関する 審判事件の国際裁判管轄権については、 条理により、 被後見人が日本に住所若しくは居所を 有するとき又は日本の国籍を有するときは、 日本の裁判所に国際裁判管轄権を認めるべきで あるとする立場や、 通則法第5条と通則法第35条の規定は連動しており、 通則法第5条の - 41 - 規定により成年後見が開始した場合には、 日本法上要求される後見人の選任、 辞任、 解任や 後見監督人の選任等の全ての国際裁判管轄権が日本の裁判所に認められるとする立場などが 考えられよう。 本問は、 日本の家庭裁判所が国際裁判管轄権を有すると仮定した場合に、 Aの成年後見開 始の審判及びAの成年後見人の選任について、 それぞれいずれの国の法によるべきかについ ても問うている。 まず、 Aの後見開始の審判については、 通則法第5条の規定に従い、 日本 法が準拠法となることの説明が求められている。 次に、 Aの後見人の選任については、 「後見」 の問題として法律関係の性質決定がされ、 通則法第35条の規定によって準拠法が決定され ることを示す必要がある。 外国人が被後見人である場合の後見人の選任の審判については、 同条第2項第2号の規定によれば、 「日本において当該外国人について後見開始の審判等があ ったとき。 」は、 日本法によると定められており、 本問では、 日本法に従い、 Aの後見人の選 任を行うことを説明する必要があろう。 〔設問2〕は、 Cの後見人の選任の審判事件について日本の家庭裁判所が国際裁判管轄権 を有すると仮定した場合に、 DをCの後見人に選任することができるか、 すなわち、 未成年 後見の場合の後見人の選任の準拠法の理解を問うものである。 Cが未成年者であるかという 問題は、 通則法第4条の「人の行為能力」の問題として法律関係の性質決定がされ、 同条第 1項の規定に従い、 Cの本国法である甲国法により判断されること、 甲国民法を本件事案に 当てはめると、 Cが未成年者であることの説明が求められている。 本問では、 Cの父母であ るABが共に死亡しているため、 Cについて親権を行う者が存在せず、 DをCの後見人に選 任することができるかが問題となる。 Cの後見人の選任の問題は、 通則法第35条の「後見」 の問題として法律関係の性質決定がされ、 同条第1項の規定に従い、 被後見人Cの本国法で ある甲国法が準拠法となることを示す必要がある。 甲国民法の規定によれば、 未成年者に対 して、 親権を行う者がないときは、 後見が開始するほか、 未成年者の父若しくは母が死亡し ているか又は親権を喪失したときは、 @祖父母、 A兄、 姉、 Bその他の親族の順序で、 特別 の手続を要することなく、 当然に後見人となる。 本問では、 Cの祖母であるDはCの後見人 となることができるという、 実質法の本件事案への当てはめの結果を説明することが求めら れている。 〔設問3〕の〔小問1〕は、 遺言能力、 遺言の方式及び遺言による贈与の有効性について の準拠法の理解を問うものである。 まず、 Aの遺言能力の有無については、 遺言能力の準拠法について定める規定が通則法の いずれの規定かを検討して準拠法を決定し、 実質法の本件事案への当てはめの結果を説明す ることが求められている。 通説的な理解に従いAの遺言能力を意思表示としての遺言の実質 的有効性の問題であると解すれば、 遺言能力は、 通則法第37条第1項の「遺言の成立」の 問題と性質決定され、 遺言の成立の当時における遺言者Aの本国法である甲国法が準拠法と なること、 甲国民法によれば、 Aは遺言能力を有しており、 意思表示としての遺言は本件で は有効に成立していることを説明する必要があろう。 次に、 遺言の方式上の有効性については、 「遺言の方式」の問題と性質決定されること、 遺 言は、 遺言の方式の準拠法に関する法律(以下「方式法」という。 )第2条の規定が掲げるい ずれかの法の定める要件に合致しているときは方式上有効とされることを指摘した上で、 方 式法第2条の規定の本件事案への適用の結果を丁寧に述べ、 本件遺言は、 甲国民法又は日本 民法の要求する方式を満たし、 有効に成立していることを説明する必要がある。 仮に、 本件遺言が有効に成立しているとした場合には、 本件遺言による贈与は有効に成立 しているかが問題となるが、 本問では、 遺言による贈与の有効性の準拠法について定める規 定について検討することが求められている。 通説的な理解に従い、 遺言の内容となる法律行 為の問題については、 意思表示としての遺言自体の問題とは区別し、 当該法律行為の準拠法 - 42 - によると解すれば、 本問では、 遺言による贈与の有効性は、 通則法第36条の「相続」に関 する問題と性質決定され、 被相続人Aの本国法である甲国法が準拠法となり、 実質法の本件 事案への当てはめの結果として、 甲国民法によれば、 本件遺言による贈与が有効に成立して いることを説明する必要があろう。 〔設問3〕の〔小問2〕は、 B及びCが主張する遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求が 認められるか否かの問題の準拠法についての理解を問うものである。 通説的な理解では、 この 問題は通則法第36条の「相続」の問題と性質決定され、 被相続人Aの本国法である甲国法が 準拠法とされることになろう。 〔第2問〕 本問は、 渉外性を有する物品売買契約の事案を素材として、 財産関係事件の国際裁判管轄 権、 財産法領域(契約や不当利得など)における準拠法、 「国際物品売買契約に関する国際連 合条約」(以下「ウィーン売買条約」という。 )の適用範囲に関する基本的理解と応用力を問 うものである。 [設問1]は、 契約債務の不履行を理由とする損害賠償請求訴訟について、 被告が外国に 住所を有する場合、 すなわち民事訴訟法(以下「民訴法」という。 )第3条の2の規定に基づ く国際裁判管轄権が日本の裁判所に認められない場合において、 どのような管轄原因があれ ば日本の裁判所の国際裁判管轄権が認められるかを問うものである。 特に民訴法第3条の3 第1号について論ずることが求められている。 まず、 本件訴えは、 Yの債務不履行を理由とする損害賠償請求訴訟であるから、 「契約上の 債務の不履行による損害賠償の請求を目的とする訴え」(民訴法第3条の3第1号)に該当す ることを指摘した上で、 「契約において定められた当該債務の履行地が日本国内にあるとき」 又は「契約において選択された地の法によれば当該債務の履行地が日本国内にあるとき」に は、 日本の管轄権が肯定されることを示すことが求められている。 次に、 本件の損害賠償債務は、 Yの契約上の本来債務がその不履行によって転化したもの であるから、 「当該債務」は、 Yの物品引渡債務であること、 契約中に履行地(物品引渡地) の定めはないが、 準拠法として選択された甲国法(契約法第Q条)によれば、 不特定物につ いては債権者の営業所で引き渡さなければならないこと、 そして、 本件商品が不特定物であ り、 債権者Xの営業所が日本国内にあることから、 「契約において選択された地の法によれば 当該債務の履行地が日本国内にあるとき」に該当し、 日本の裁判所の国際裁判管轄権が肯定 されるとの結論が導き出されることになろう。 なお、 日本の裁判所の国際裁判管轄権が肯定されると解した場合には、 日本の裁判所での 訴訟が当事者間の衡平を害し、 適正・迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情(民 訴法第3条の9)についても検討した上で、 最終的な結論を示すことが必要である。 [設問2]の〔小問1〕は、 契約の方式の準拠法の決定に関する理解を問うものである。 まず、 本件契約が消費者契約ではないため法の適用に関する通則法(以下「通則法」とい う。 )第10条によって準拠法を決定すべきこと、 通則法第10条によれば、 契約成立の準拠 法(同条第1項)と行為地法(同条第2項)のいずれかの方式に適合していればよいことを 指摘することが求められる。 そして、 本件契約の場合、 その成立の準拠法は、 当事者が選択 した甲国法である(通則法第7条)こと、 Xが甲国内で滞在していたホテルから本件契約を 締結していた場合(外出禁止令の場合)には、 Xも甲国内から意思表示しているため、 本件 契約の締結地法(行為地法)は、 甲国法となることを示した上で、 方式準拠法である甲国法 (契約法第P条)の方式要件に適合していない本件契約は無効であり、 Xの主張が認められ るとの結論が導き出されることになろう。 これに対して、 Xが日本国内の自宅から意思表示していた場合(入国制限措置の場合)に - 43 - は、 異なる法域に所在する当事者間の隔地的契約であるから、 契約成立の準拠法(通則法第 10条第1項)と申込み又は承諾の発信地法(同条第4項)のいずれかの方式に適合してい ればよいこと、 当事者の便宜の観点からは、 申込みと承諾を分解して、 それぞれについて申 込み又は承諾の発信地法を適用することまでは不要であり、 申込みと承諾を一体として申込 み又は承諾の発信地法の選択的な適用を認めれば足りることを指摘した上で、 本件では、 申 込み又は承諾の発信地法は日本法であること、 日本法上、 原則として特別な方式は不要であ る(民法第522条第2項参照)から、 本件契約は日本法上の方式要件に適合しており、 方 式上有効と解されることを示し、 Xの主張が認められないとの結論が導き出されることにな ろう。 [設問2]の〔小問2〕は、 不当利得の準拠法についての理解を問うものである。 まず、 Xの支払済み代金の返還請求は、 「不当利得」を理由とするものであるから、 通則法 第14条以下の規定によって準拠法を決定することを指摘することが求められる。 同条によ れば、 不当利得によって生ずる債権の成立及び効力は、 不当利得の原因事実発生地法による こと、 本件では、 Xの損失が日本で、 Yの利得が甲国で、 それぞれ生じていること、 そして、 このような隔地的不当利得の場合に、 損失地法と利得地法のいずれの法を準拠法と解すべき かを理由を付して解答することが求められる。 次に、 本件の不当利得が当事者間の契約に関連して生じたもの(通則法第15条)である ことを指摘した上で、 契約に関連して生ずる不当利得については契約準拠法を適用するのが 当事者の合理的期待にかない、 契約準拠法との不一致による調整問題の発生を回避すること ができることから、 むしろ契約準拠法と明らかにより密接に関連すると解されないかの検討 を行い、 最終的な結論を導き出すことが求められる。 なお、 本問において、 不当利得ではなく、 契約の効力(通則法第7条以下)と法性決定し た上で、 本件契約の準拠法は、 当事者が選択した甲国法であることから、 裁判所が、 甲国法 を適用すべきとの結論を導いて解答することも考えられる。 [設問3]は、 ウィーン売買条約の適用範囲についての理解を問うものである。 まず、 ウィーン売買条約が適用されるためには、 「営業所が異なる国に所在する当事者間の 物品売買契約」(ウィーン売買条約第1条)であって、 同条(1)(a)又は(b)の条件を満たす必 要があることを指摘した上で、 本件契約は物品売買契約であり、 契約当事者XYの営業所は それぞれ日本と甲国に所在すること、 また、 日本と甲国はいずれも同条約締約国である((a) の条件を満たす)から、 同条約第1条によれば、 本件契約にウィーン売買条約が適用される ことを示すことが求められる。 次に、 本件商品は、 Xが家族用に購入している(ウィーン売買条約第2条(a)本文)こと、 Xが配偶者へのプレゼントである旨をYに伝えていたことから、 売主Yも家族用の購入である ことを知っていたはずである(同ただし書)ことを指摘した上で、 同条約第2条によれば、 本 件契約にウィーン売買条約が適用されないことから、 最終的に、 日本の裁判所は、 本件契約に ウィーン売買条約を適用すべきでないとの結論が導き出されることになろう。 - 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