令和4年司法試験予備試験論文式試験問題と出題趣旨 [憲 法] 人口の都市集中化に伴う地方の人口減少によって私鉄の多くが経営危機に陥っており、運行便数を減 らしたり、一部の赤字路線を廃止したりするほか、賃金カット・人員削減も行っている。しかし、地方の 私鉄の中には、それに対抗するストライキが頻発し、そのことが利用客離れを呼び、経営危機が進行す るといった悪循環に陥っているものもある。他方、地方の住民からは、移動に不可欠な公共交通機関で ある私鉄に対して国が財政支援を行うよう、強い要望が続出している。そこで、202×年、内閣は、経 営危機に陥った地方の私鉄の経営再建を国が支援するために、「地方における民間鉄道事業の維持に関 する特別措置法案」(以下「地方鉄道維持特措法案」という。)の策定を検討することになった。 この地方鉄道維持特措法案によれば、都道府県知事の申出に基づき、内閣は「住民の移動にとって不 可欠な鉄道を運営しながら、当該鉄道事業の継続が著しく困難であり、その維持のために国による財政 的な支援と、国の管理の下での抜本的な改革を必要としている」と認められる鉄道会社を「特別公的管 理鉄道会社」に指定することができる。特別公的管理鉄道会社は、国から経営再建のために最大100 億円の補助金を得ることができるが、補助金の原資の一部には、当該都道府県の住民に対して課される 目的税である「地方鉄道維持税」の税収が充てられる。特別公的管理鉄道会社は、国土交通大臣に対して 再建計画を提出し、また、従業員の賃金その他の基本的な労働条件を含む重要事項の決定について同大 臣の承認を得なければならない。そして、特別公的管理鉄道会社の従業員は公務員としての身分を有す るわけではないが、ストライキなどの争議行為を行ってはならないとされ、争議行為をあおり、又はそ そのかした者に対しては刑罰が科される。 立案担当者の説明によれば、特別公的管理鉄道会社の従業員が争議行為を禁止され、争議行為のあお り、そそのかしが処罰される理由は以下のとおりである。@特別公的管理鉄道会社を財政的に支えるた めに地方鉄道維持税を負担している住民に対して、争議行為によりその生活に重大な悪影響を与えるこ とは不適切である。A争議行為により鉄道の利用客が減少すると、特別公的管理鉄道会社の経営再建に 支障が生ずる。B特別公的管理鉄道会社の従業員も団体交渉を行い、労働協約を締結することができる が、従業員の賃金その他の基本的な労働条件の決定については国土交通大臣の承認が必要であり、労使 だけで決定することができないので、従業員が労働条件をめぐって特別公的管理鉄道会社に対して争議 行為を行うのは筋違いである。C禁止されている争議行為をあおり、又はそそのかした者は、争議行為 の開始、遂行の原因を作り、争議行為に対する原動力を与えた者として、単に争議行為を行った者に比 べて社会的責任が重いから、その者を処罰の対象とすることは、十分に合理性がある。 地方鉄道維持特措法案における争議行為の禁止規定、争議行為のあおり、そそのかしの処罰規定のそ れぞれが憲法第28条に適合するかどうかについて、必要に応じて判例に触れつつ、論じなさい。 (出題の趣旨) 本問は、公的資金を注入され、公的管理下に置かれた地方の私鉄の労働者について争 議行為を禁止し、そのあおり、そそのかしを処罰することが、憲法第28条に違反しな いかについて、必要に応じて判例に触れつつ論じることを求める問題である。 まず、労働基本権の制限が公共の福祉のための必要やむを得ない限度の制限(全農林 警職法事件判決(最大判昭和48年4月25日、刑集27巻4号547頁)参照)に当 たるかどうかをどのような枠組み又は基準を用いて判断するかが問題となる。これにつ いては、例えば、全逓東京中郵事件判決(最大判昭和41年10月26日、刑集20巻 8号901頁)が採った、労働基本権を尊重する必要性と規制する必要性とを比較衡量 するという手法のほか、いわゆる厳格な合理性の基準(規制目的が重要なものであり、 手段が目的と実質的に関連していなければならないとする基準)のような違憲審査基準 を用いるということも考えられる。ただし、「労働基本権が社会権であるから厳格な合 理性の基準が妥当する」といった大雑把な理由付けではなく、本問の法律案が労働基本 権の行使を禁止し、違反に対して刑罰を科すものであり、労働基本権の自由権的な側面 を制限するものであることに着目するなど、規制の性質をも踏まえた理由付けが望まし い。 問題文では、特別公的管理鉄道会社の従業員が争議行為を禁止される理由が3つ挙げ られているので、その3点が争議行為を禁止することを正当化できるものであるかどう か、前記の2判決のほか全逓名古屋中郵事件判決(最大判昭和52年5月4日、刑集3 1巻3号182頁)も参考にしながら、検討しなければならない。例えば、理由@を認 めるならば、結局、公的な財政支援を受けている事業については全て争議行為を禁止で きることになってしまわないかが問題となろう。また、理由Aについては、争議行為に より経営再建に支障を及ぼすほど利用者が減少するかどうかは、争議行為の内容、規模、 頻度によるのではないかが問題となろう。理由Bは、全農林警職法事件判決の勤務条件 法定主義を根拠とした議会制民主主義論に類似したものであるが、これに対しては、労 働条件を労使だけで決定できなくても、争議権を行使する余地があるという反論、具体 的には、本問の法律案の下でも、従業員は、賃金などの基本的な労働条件の案を国土交 通大臣に示すよう会社に求めて争議行為をする余地がある、という反論があり得よう。 さらに、本問の法律案は争議行為を禁止するだけでなく、争議行為をあおり、そその かした者を処罰するとしているので、この点についても検討が必要である。争議行為の 禁止が憲法第28条違反であるとする立場を採る場合には、当然、争議行為のあおり、 そそのかしの処罰規定も憲法第28条違反ということになるが、その点について確認し ておくべきである。争議行為の禁止自体が憲法第28条に違反しないという立場を採っ た場合には、あおり、そそのかしの処罰規定を、いわゆる原動力論で正当化できるかが 問題となる。また、都教組事件判決(最大判昭和44年4月2日、刑集23巻5号30 5頁)の趣旨を踏まえて処罰範囲を限定した法文にすべきとの主張もあり得よう。 [行政法] A県B町は、B町文化財保護条例(以下「本件条例」という。)を定め、B町の区域内に存する文化財 のうち重要なものを指定し、その保存及び活用のため必要な措置を講じている。B町教育委員会(以下 「教育委員会」という。)は、平成18年4月14日、告示により、B町の区域内にあるC古墳を本件条 例第4条第1項に基づきB町指定文化財に指定した(以下、同指定を「本件処分」という。)。C古墳 は、7世紀前半に造られた横穴式石室古墳であり、宗教法人Dが本件処分以前から所有する土地(以下 「本件土地」という。)の一部を占めている。横穴式石室とは、遺体を納める埋葬室と、そこから入口部 分へとつながる通路から成る石積みの墓室をいい、その全体が墳丘を成している盛土の中に埋まってい るのが通常であるところ、C古墳の横穴式石室(以下「本件石室」という。)も、埋葬室の中心から半径 約10メートルの盛土の中に石造りの埋葬室と通路が埋まっているが、その入口周辺の盛土は崩れてし まい、入口を構成している巨石が盛土から露出している状態であった。教育委員会は、本件処分の際に、 C古墳の範囲が本件石室に限定されるものではなく、本件石室を取り巻く盛土全体もC古墳に含まれる と考えており、その範囲(本件石室の埋葬室の中心から半径約10メートルの円の内側一帯)に本件処 分の効力が及ぶと認識していた。もっとも、上記露出している巨石(同巨石は、本件石室の埋葬室の中心 から約9メートルの距離に位置する。)の周辺のみは、Dから管理責任者として選任されている教育委 員会により本件処分の直後から定期的に草刈りがされてきたものの、それ以外の盛土全体には樹木が生 い茂っている。また、教育委員会は、本件処分後にC古墳であることを示す標識を露出している上記巨 石のすぐそばに設置したが、上記半径約10メートルの円の内側一帯がC古墳であることを示す標識等 を設置したことはなかった。 Dは、平成31年3月5日、C古墳周辺を公園として整備することとし、教育委員会に相談したとこ ろ、教育委員会は、Dの計画がC古墳の現状を変更したり、その保存に影響を与えたりしないものであ れば、本件条例第13条の許可は不要である旨回答した。そこで、Dは、本件土地を平らに整地する土木 工事(以下「本件工事」という。)を開始した。教育委員会は、令和3年5月頃、本件処分の効力が及ぶ と考えている土地の付近まで本件工事が進められていることを把握したことから、C古墳の現状保存等 のため、Dに対して本件工事の中断を求める旨の行政指導を行った。Dは、本件工事を中断した上で、教 育委員会に対し、C古墳の範囲は、埋葬室及び通路から成る本件石室部分のみを指し、盛土は含まれな いから、本件石室の周囲1メートルまでの工事ならば、C古墳の現状が変更されることはなく、その保 存に影響を与えることもないと主張したが、教育委員会は、Dの主張する工事を行うには、本件条例第 13条第1項に基づく教育委員会の許可が必要になるとDに説明した。 Dは、教育委員会に反論する根拠を見付けたいと考え、教育委員会の許しを得て本件処分当時の関係 資料を閲覧した。当該資料によれば、C古墳が指定文化財に指定されたことは当時のDの代表者にも前 記告示の日に通知されたこと等が記載されていたものの、本件処分の指定対象物の範囲が本件石室にと どまるのか、それとも本件石室とそれを取り巻く盛土も含むのかについては記載がなかった。また、本 件処分当時、B町文化財保護委員会(以下「保護委員会」という。)は、委員長である考古学者Eのほ か、歴史学、民俗学等を専攻する9名の研究者で構成されていたが、本件処分に当たり、本件条例の定め る手続に基づく保護委員会への諮問は行われておらず、E一人のみの意見を聴取し、当該資料には、「E の意見聴取を経たことにより、本件条例第4条第2項に基づく保護委員会への諮問手続を実質的には履 践したものといえる。」との教育委員会の意見が付記されていた。 Dは、本件処分の内容の明確性や手続等に問題があることから、本件処分それ自体を争うべきである と考えるに至り、行政訴訟を提起することを考えている。 以上を前提として、以下の設問に答えなさい。 なお、本件条例の抜粋を【資料】として掲げるので、適宜参照しなさい。 〔設問1〕 Dは、本件処分について、取消訴訟の提起を断念し、無効確認訴訟を提起したいと考えている。Dが 当該取消訴訟の提起を断念した理由として考えられるものについて説明するとともに、Dが当該無効確 認訴訟を提起した場合、Dに行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)第36条に定める原告適格が認 められるかを検討しなさい。なお、本問の解答に当たっては、本件処分が行訴法第3条第2項の「処分」 に当たることを前提にしなさい。 〔設問2〕 Dは、本件処分の無効確認訴訟において、本件処分が無効であることについて、どのような主張をす べきか。想定されるB町の反論を踏まえて、検討しなさい。 【資料】 ○ B町文化財保護条例(抜粋) (目的) 第1条 この条例は、(中略)B町の区域内に存する文化財のうち重要なものを指定し、その保存及び活用 のため必要な措置を講じ、もって町民の文化的向上に資するとともに、国文化の進歩に貢献することを 目的とする。 (財産権等の尊重及び公益との調整) 第3条 B町教育委員会(以下「教育委員会」という。)は、この条例の施行に当たっては、関係者の所有 権その他の財産権を尊重するとともに、文化財の保護と他の公益との調整に留意しなければならない。 (指定) 第4条 教育委員会は、町の区域内に存する文化財のうち、町にとって重要なものをB町指定文化財(以下 「町指定文化財」という。)に指定することができる。 2 教育委員会は第1項の規定による指定をしようとするときは、B町文化財保護委員会(以下「保護委員 会」という。)に諮問しなければならない。 3 第1項による指定は、その旨を告示するとともに、当該文化財の所有者及び権原に基づく占有者に通 知して行う。 4 第1項による指定は、前項の規定による告示があった日から効力を生ずる。 5、6 (略) (所有者の管理義務及び管理責任者) 第6条 町指定文化財の所有者は、この条例に従い、町指定文化財を管理しなければならない。 2 (略) 3 町指定文化財の所有者は、特別の事情がある場合は、専ら自己に代わり当該指定文化財の管理の責め に任ずべき者(以下「管理責任者」という。)を選任することができる。 4〜6 (略) (現状変更等の制限) 第13条 町指定文化財の現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは、あら かじめ、教育委員会の許可を受けなければならない。 2、3 (略) (保護委員会の設置) 第19条 文化財に関する諮問のため、保護委員会を置く。 (保護委員会の組織等) 第20条 保護委員会の委員は、10人以内とし、学識経験を有する者のうちから教育委員会が委嘱する。 2〜5 (略) (保護委員会の答申等) 第21条 保護委員会は、教育委員会の諮問に応じ、これを審議し、これに関する専門的又は技術的事項に ついて答申する。 2 保護委員会は、前項の答申に必要な調査、研究を行う。 (会議の招集等) 第22条 保護委員会の会議は、教育長が招集する。 2 会議は、委員の半数以上が出席しなければ開くことができない。 3 保護委員会の庶務は、教育委員会において処理する。 (出題の趣旨) 本問は、文化財保護条例に基づき、町が私有地にある古墳を文化財に指定した処分(以 下「本件処分」という。)について、当該私有地の所有者が、本件処分から16年の後、 当該古墳一帯を開発するために無効確認訴訟の提起を検討しているという設例の下で、 取消訴訟の訴訟要件としての出訴期間の意義・理解とともに、無効確認訴訟の訴訟要件 及び本案勝訴要件に関する基本的な知識・理解を試す趣旨の問題である。 設問1では、まず、本件処分に不服のある原告は、行政事件訴訟法(以下「行訴法」と いう。)第14条が定める出訴期間の経過によって原則として適法に取消訴訟を提起す ることができないこと、そのため、無効確認訴訟を提起することが考えられるが、無効 確認訴訟の原告適格の有無について、行訴法第36条に則して検討することが求められ る。 設問2では、まず、処分が重大かつ明白な瑕疵を帯びていることが無効確認訴訟の本 案勝訴要件であることについて言及した上で、@本件処分の内容が不明確であること及 びA条例に定める諮問手続を欠いていること等の瑕疵が本件処分の無効事由に当たるか どうかについて、本問における事実関係を踏まえて紛争当事者の主張を想定しながら論 ずる必要がある。 [民 法] 次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、試験時に施行されている法 令に基づいて答えなさい。なお、民法以外の法令の適用について検討する必要はない。 【事実】 1.Aは、建築設計工事等を業とする株式会社である。Bは、複合商業施設の経営等を業とする株 式会社である。Bは、Aとの間で、令和4年4月1日、Bの所有する土地上にAが鉄筋コンクリ ート造の5階建て店舗用建物(以下「甲建物」という。)を報酬2億円で新築することを内容と する建築請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。 2.本件請負契約の締結に当たって、Bは、Aに対して、「外壁の塗装には塗料αを使用してほし い。」と申し入れ、Aはこれを了承した。塗料αは、極めて鮮やかなピンク色の外壁用塗料であ る。 3.Aの担当者が近隣住民に建築計画の概要を説明した際に、地域の美観を損ねるとして多数の住 民から反発を受けたため、Aは、周辺の景観に合致する、より明度の低い同系色の外壁用塗料で ある塗料βで甲建物の外壁を塗装することとした。 4.令和7年10月25日、塗料βによる外壁塗装を含む甲建物の工事が完了した。同月30日、 Aは、Bに対して、甲建物を引き渡した。 5.令和7年10月31日、Bは、Aに対して、「塗料αは、Bの運営する他の店舗でも共通して 用いられており、Bのコーポレートカラーとして特に採用したものである。外壁塗装に塗料βを 使用したことは重大な契約違反である。この件の対処については、社内で検討の上、改めて協議 させてもらう。」と申し入れた。 6.塗料βは、塗料αよりも耐久性が高く、防汚防水性能にも優れており、高価である。そのため、 外壁塗装を塗料αで行った場合の甲建物の客観的価値よりも、外壁塗装を塗料βで行った場合の 甲建物の客観的価値の方が高い。 〔設問1〕 【事実】1から6までを前提として、次の問いに答えなさい。 (1) Bが塗料αによる再塗装を求めたが、Aがこれを拒絶した場合において、Bは、Aに対して、 本件請負契約に基づく報酬の減額を請求している。Bの請求が認められるか、【事実】6に留意 しつつ論じなさい。 (2) Aが塗料αによる再塗装を行う旨の申入れを行ったが、Bがこれを拒絶した場合において、B は、Aに対して、再塗装に要する費用を損害としてその賠償を請求している。Bの請求が認めら れるか論じなさい。 【事実】 7.Cは、個人でラーメン店を経営し、全国に多数の店舗を有する。Dは、創業当時からCの従業 員として重要な貢献をしてきたが、独立して自分のラーメン店を持ちたいと思うようになり、そ の旨をCに伝えた。 8.Cは、Dの長年の功労に報いたいと考え、Cの所有する土地及びその上の店舗用建物(以下併 せて「乙不動産」という。)を無償でDに貸すが、固定資産税はDに負担してほしいと申し出た。 Dは、この申出を受け、令和2年1月10日、Cとの間で、上記の内容を記した覚書(以下「本 件覚書」という。)を取り交わして使用貸借契約を締結し、これに基づいて乙不動産の引渡しを 受けた。 同年3月1日、Dは、乙不動産においてラーメン店(以下「本件ラーメン店」という。)を開 業し、乙不動産の固定資産税を同年分からCに代わり毎年支払った。 9.令和8年1月、Cは死亡し、子EがCを単独相続したが、Eは、詳しい事情を知らないまま、 乙不動産の固定資産税をDに支払ってもらっていた。なお、乙不動産の登記名義人は、Cのまま であった。 10.令和9年3月1日、Dは死亡し、乙不動産は本件ラーメン店の従業員により閉鎖された。 Dを単独相続した子Fは、本件ラーメン店の営業には全く関与していなかったが、乙不動産は DがCから贈与を受けたものと理解していた。そこで、Fは、Eに対して、「乙不動産は、Dが Cから贈与を受けたものであるから、相続を機会に、登記名義を自分に移したい。」と相談した。 Eは、固定資産税をDが支払っていたのはそういうわけだったのかと納得し、同年4月1日、乙 不動産の登記名義人をFとするために必要な登記が行われた。 その後、Fは、本件ラーメン店の営業を引き継ぐことを決意し、同年5月1日、前記従業員か ら乙不動産の管理を引き継ぎ、間もなく営業を再開した。Fは、令和29年に至るまで、乙不動 産において本件ラーメン店の営業を継続している。 11.令和29年3月、Eは、本件覚書を発見し、CからDへの乙不動産の贈与が行われていなかっ たことを知った。同年4月1日、Eは、Fに対し、所有権に基づき、乙不動産の明渡しを請求す る訴えを提起した。これに対して、Fは、同月15日、乙不動産の20年の取得時効を援用した。 〔設問2〕 【事実】7から 11 までを前提として、【事実】11 においてFが援用する乙不動産の取得時効の 成否について論じなさい。 (出題の趣旨) 設問1は、請負契約の内容に適合しない仕事の目的物が引き渡されたが、その目的 物は契約内容に適合した仕事の目的物よりも客観的価値が増加している事例を題材 として、契約不適合責任としての報酬減額請求の可否及び修補に代わる損害賠償請求 の可否を問うものである。請負の契約不適合責任や債務不履行責任に係る民法の規律 構造を踏まえた上で、事案に即した論述を展開することが求められる。 設問2は、所有の意思なく不動産を占有していた者の相続人が、自らが所有者であ ると信じて占有を開始した事例を題材として、取得時効の成否を問うものである。い わゆる他主占有の自主占有への転換の成否とその時期(取得時効の起算点)を踏まえ た上で、事案に即した論述を展開することが求められる。 [商 法] 次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、農産物加工品の通信販売を業とする取締役会設置会社 であり、監査役設置会社である。甲社は種類株式発行会社ではなく、甲社の定款には、譲渡による 株式の取得について取締役会の承認を要する旨の定めがある。甲社の発行済株式の総数は5000 株であり、そのうち、Aが2000株を、Bが400株を、Cが1000株を、Dが1600株を それぞれ保有している。 甲社の取締役はA、B及びEの3名であり、Aが代表取締役である。また、監査役にはFが就任 している。Dは、かつて甲社の取締役であったが、数年前に甲社の経営方針をめぐってAと対立し、 その際、CがAの側についたことから、甲社の取締役に再任されず、その後も取締役に選任される ことはなかった。AとDの対立は現在まで続いている。 2.甲社は、かねてより商品を保管する倉庫を建設するための用地を探していたところ、Cが保有し ている土地(以下「本件土地」という。)が倉庫建設に適していることが判明した。AはCとの間 で、本件土地の売買交渉を進め、もう少しで契約が成立するというところまでこぎつけた。 ところが、不動産業者から倉庫建設に適した別の土地の情報がもたらされた。その情報を受け、 甲社の取締役会において審議したところ、本件土地に倉庫を建設するより不動産業者から提案され た土地に倉庫を建設した方が円滑に商品を出荷することが可能となることから、本件土地の買取り を見送るとの結論に達した。 3.上記のような取締役会での決定を受け、AがCのもとに赴き、本件土地を買い取ることができな くなったことを説明したところ、Cは納得しなかった。AはCの説得を続けたが、Cは聞き入れず、 ついに本件土地の買取りができないなら今後の対応についてDに相談すると言い出した。CとDが 協調して行動することを恐れたAは、本件土地の買取りを再検討する旨をCに告げてCのもとを去 った。 4.甲社の取締役会では、Aからの報告を受け、Cから本件土地を買い取ることとし、さらに、準備 されていた本件土地に関する資料をもとに買取価格を検討し、2億円で本件土地を買い取ることを A、B及びEの賛成によって決定した(以下「本件取締役会決議」という。)。本件土地に関する 資料によれば、本件土地の適正価格は2億円であった。 5.Aが、すぐさまCに甲社の本件取締役会決議の内容を知らせてCと再度交渉したところ、Cは本 件土地を2億円で売却することを承諾し、本件土地の売買契約が成立した(以下「本件取引」とい う。)。 6.この頃、甲社の完全子会社である乙株式会社(以下「乙社」という。)の取締役が任期中に死亡 したため、乙社の取締役に欠員が生じた。乙社の代表取締役を兼任するAは、Fを乙社の取締役に することとし、乙社においてFを取締役に選任する手続を採るとともに、Fに対して乙社の取締役 に就任するよう要請した。それを受け、FはAに乙社の取締役に就任すると返答した。 7.本件取引のことを聞きつけたDは、本件土地より倉庫に適した土地があったにもかかわらず本件 取引をしたことは、Cが甲社の株主であるために特別に優遇したものであり、不適切であると考え、 友人の弁護士に対し、A、B及びE並びにC(以下「Aら」という。)が、本件取引に関して甲社 に対して何らかの責任を負わないか検討してほしいと依頼した。 8.弁護士のアドバイスを受けたDは、Aらに対して責任追及等の訴えを提起することとし、Fに対 して、甲社としてAらに対して訴訟を提起するよう請求した(以下「本件提訴請求」という。)。 本件提訴請求から60日以内に甲社がAらに対して訴訟を提起しなかったことから、Dは、甲社の ためにAらに対する責任追及等の訴え(以下「本件訴え」という。)を提起した。 〔設問1〕 本件訴えにおいて、Dの立場において考えられる主張及びその当否について、論じなさい。 〔設問2〕 本件訴えの被告であるAらは、本件提訴請求は適法とはいえず、本件訴えは違法であると主張し ている。本件訴えは適法か、Aらの主張を踏まえて論じなさい。 (出題の趣旨) 本問は、株主の権利行使に関する利益供与に関与した者の責任及び株主がその責任 を追及する訴えを提起するための手続を問うものである。 設問1では、A、B及びEに対する請求については会社法第120条第4項を、C に対する請求については同条第3項を根拠とすることが考えられる。いずれの請求に ついても、本件取引が、同条第1項によって禁止される株主の権利行使に関する利益 供与に該当するかを検討することが求められる。その際、一度は本件土地の買取りを 見送ることとしたにもかかわらず、改めて本件取引をすることを決定したA、B及び Eの意図について、甲社の株主構成と株主の持株比率、更にAとDが対立しているこ となどの事情を踏まえて検討する必要がある。また、本件取引が適正な対価での売買 であることにも触れることが望ましい。A、B及びEについては、利益の供与をする ことに関与した取締役(同条第4項、会社法施行規則第21条第1号、第2号)に当 たることを指摘しなければならない。 設問2では、設問1で検討したCに対する返還請求も会社法第847条第1項の 責任追及等の訴えの対象となることを確認した上で、本件訴えが適法な手続を経て 提起されたといえるかを検討することが求められる。Dによる提訴請求は適法にさ れたとはいえないとするAらの主張は、監査役設置会社においては監査役に対して 提訴請求をすべきであるところ(同法第386条第2項第1号)、甲社の監査役F が同社の完全子会社である乙社の取締役に就任したことにより兼任禁止(同法第3 35条第2項)に抵触するため、提訴請求の時点でFは甲社の監査役を辞任してい たことになり(最判平成元年9月19日集民第157号627頁参照)、Fに対す る提訴請求は適法とはいえないというものである。この主張を踏まえて、提訴請求 の時点でFは甲社の監査役又は監査役の権利義務を有する者(同法第346条第1 項)であったといえるか否かなどを考慮して検討する必要がある。 [民事訴訟法](〔設問1〕と〔設問2〕の配点の割合は、3:2) 次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 【事例】 Xは、自動車の愛好家らによって創設されたクラブであり、20年近くにわたって継続的に活動 を行ってきた。Xの構成員は、現在はA、B、Cらを含む計30名である。また、Xは、その財産 として、不動産、動産及び預金等を有している。Xの規約によれば、Xの意思決定は、原則として、 Xの構成員全員で構成される総会の多数決によることとされているが、不動産等の重要財産を処分 するに当たっては、構成員の3分の2以上の特別多数の同意を要するものとされている。Xの現在 の代表者はAである。 甲土地は、従前、Xの構成員の1人であるCの名義で登記されていた。もっとも、甲土地は、X の構成員が利用してきたことから、Aは甲土地をXの財産であると認識していた。しかし、Aが登 記を確認したところ、登記名義がCからYに移転されていることが判明した。なお、Yは、Xの構 成員ではない。AがCに対して事情を尋ねたところ、Cは、甲土地はXの財産ではなく、自己の財 産であり、Yの求めに応じて売り渡したと説明した。また、Aは、Yに対して甲土地がXの財産で ある旨を主張したが、Yは自己の所有権を主張して譲らなかった。 Xの構成員は、現在、甲土地を車の部品などの資材置き場として使用している。 〔設問1〕 AはYとの間で裁判によって甲土地がXの財産であることを確定したいと考えたが、Yに対して 訴えを提起することについては、Cのほか、Cと関係の近い相当数の構成員による反対が予想され た。以下は、Aの相談を受けた弁護士L1と修習生Pとの対話である。 弁護士L1: 本件においては、Xは権利能力のない社団であり、Xの財産が構成員全員に総有的 に帰属することを前提として、甲土地の総有権の確認を求める訴えを提起することが 考えられますが、その場合、誰が原告となることが考えられるでしょうか。 修習生P : @Xが原告となり、AがXの代表者として訴えを提起する方法が考えられます。ま た、A権利の帰属主体である X の構成員らが原告となって訴えを提起する方法も考え られると思います。 弁護士L1: では、訴えの適法性について、@及びAの方法ごとに考えてみることにしましょう。 本件では、Xの構成員の中に反対者がいるようですが、そのことは、訴えの適法性に 影響を与えるでしょうか。更に考えてみてください。 修習生P : はい。わかりました。 訴えの適法性について、@及びAの方法ごとに、下線部の事情を考慮して、判例の理解を踏まえつ つ、検討しなさい。なお、解答に当たっては、Xが当事者能力を有することを前提とし、確認の利益 については論じなくてよい。 【事例(続き)】(〔設問1〕の問題文中に記載した事実は考慮しない。) Xは、Yを被告として、甲土地の総有権の確認を求める訴えを適法に提起した(以下「本件訴訟」 という。)。 Yは、当初、訴訟代理人L2に対し、自己の所有権を主張してXの請求の棄却を求めるだけでよ いとの意向を伝えていたが、本件訴訟の審理が進んだ後で、L2に対して、Xに対して甲土地の明 渡しを求めたいとする意向を伝えた。 L2は、反訴ではなく、本件訴訟係属中に、所有権に基づく甲土地の明渡しを求める訴えをX に対して別途提起すること(以下「本件別訴」という。)を考えた。 また、L2は、その方法とは別に、まず、本件訴訟においてXの請求を棄却する判決(以下「前 訴判決」という。)を得た上で、本件訴訟終了後に、所有権に基づく甲土地の明渡しを求める訴え (以下「後訴」という。)をXに対して提起することも考えた。 〔設問2〕 の本件別訴の適法性について、重複起訴が禁止されている趣旨を踏まえて、検討しなさい。ま た、の方法を採った場合における前訴判決の既判力の後訴に対する作用について、事案に即して 検討しなさい。なお、解答に当たっては、及びにおけるXの被告適格については言及しなくて よい。また、「信義則」及び「争点効」には触れなくてよい。 (出題の趣旨) 設問1は、権利能力のない社団の財産に係る総有権確認の訴えに関して、@社団自 身が原告となって訴えを提起することの適否、A構成員らが原告となって訴えを提起 することの適否を、具体的な事例を通して問うものである。 前段部分に関しては、権利能力のない社団であるXについて、構成員全員の総有 に属するとされる甲土地の総有権確認訴訟の原告適格が認められるか否か、が肯 定される場合でも、原告Xの代表者であるAについて、本件総有権確認訴訟をXの代 表者として提起し、追行する訴訟上の権限があるといえるか等に関して、関連判例で ある最判平成6年5月31日民集48巻4号1065頁の理解を踏まえて検討する ことが期待されている。 後段部分に関しては、Xの構成員らが原告となって共同訴訟を提起するに際し、 当該訴訟が、Xの構成員全員が当事者とならなければ当事者適格を欠いて不適法とな る、固有必要的共同訴訟か否か、を肯定する場合には、構成員の一部が当該訴え を提起することに反対している場合に当該訴えを適法に提起することの可否や方法 等について、固有必要的共同訴訟の成否を決定する基準や当該訴訟が確認訴訟である ことを踏まえつつ、関連判例である最判平成20年7月17日民集62巻7号199 4頁の論旨や射程等を意識した検討が求められている。 設問2は、重複起訴の禁止と既判力の範囲・作用等についての理解を、本件事案に 即して問うものである。 設問前段部分では、本件訴訟の係属中に本件別訴を提起することが重複起訴の禁止 に抵触するか否かにつき、重複起訴の禁止の趣旨を明らかにした上で、当該趣旨を考 慮して要件を定立して、結論を導き出すことが求められている。結論を導き出すに際 しては、本件事案に応じた当てはめを行う必要があるが、その定立した要件に応じて、 本件訴訟や本件別訴の訴訟物の内容や異同などを意識しながら、検討することが期待 されている。 また、設問後段部分では、前訴判決が請求棄却判決であるとの前提の下、前訴判決 の既判力が生じる範囲、前訴及び後訴における訴訟物の内容や異同などを意識しなが ら、既判力に関する基本的な理解を手掛かりとして、前訴判決の既判力の後訴に対す る作用について検討することが期待されている。 [刑 法] 以下の【事例1】及び【事例2】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 【事例1】 1 甲(35歳、女性)は、A市内のアパートにおいて、長男X(13歳)及び長女Y(6歳)と3人 で暮らしていた。 2 某月1日、甲は、Yと共に、Bが店長を務める大型スーパーマーケットC店に入り、果物コーナーを 歩いていた際、陳列棚に置かれていた1房3000円の高級ブドウを手に取ってYに見せながら、 「あ んた、これ好きでしょ。 」などと話したが、高額であったことから、Yの眼前でそのまま陳列棚に戻し た。その後、甲は、何も買わずに店を出たが、Yに上記ブドウを万引きさせようと考え、C店の前にお いて、Yに対し、 「さっきのブドウを持ってきて。ママはここで待っているから、1人で行ってきて。 お金を払わずにこっそりとね。 」と言った。それを聞いたYは、ちゅうちょしたが、甲から「いいから 早く行きなさい。 」と強い口調で言われたために怖くなり、甲の指示に従うことを決め、 「分かった。 」 と言って、甲から渡された買物袋を持って1人でC店に入っていった。Yは、約10分間掛けて店内 を探したが、果物コーナーの場所が分からず、そのまま何もとらずに店を出た。甲は、上記ブドウの入 手を諦め、Yと共に帰宅した。 3 同月5日、甲は、自宅において、Xに対し、 「今晩、ステーキ食べたいね。C店においしそうなステ ーキ用の牛肉があったから、とってきてよ。 」と言った。甲は、Xが「万引きなんて嫌だよ。 」などと言 ってこれを断ったため、 「あのスーパーは監視が甘いから見付からないよ。見付かっても、あんたは足 が速いから大丈夫。 」などと言って説得したところ、Xは、渋々これに応じることとし、 「分かった。 」 と言った。甲は、 「一番高い3000円くらいのやつを2パックとってきて。午後3時頃に警備員が休 憩に入るらしいから、その頃が狙い目だよ。 」などと言い、商品を隠し入れるためのエコバッグをXに 手渡した。Xは、同日午後3時頃、上記エコバッグを持ってC店に入り、精肉コーナーにおいて、1パ ック3000円のステーキ用牛肉を見付け、どうせなら多い方がいいだろうと考えて5パックを手に 取り、誰にも見られていないことを確認した上で同エコバッグに入れた。Xは、そのまま店を出よう と考えて出入口付近に差し掛かったところ、同所にあった雑誌コーナーにXの好きなアイドルの写真 集(販売価格3000円)を見付けてにわかにこれが欲しくなり、同写真集1冊を手に取ったまま、い ずれも精算することなく店外に持ち出した。Xは、帰宅し、上記写真集を自分の部屋に置いた後、牛肉 5パックが入った上記エコバッグを甲に渡した。甲は、 「こんなにとってきてどうすんのよ。 」などと 言いつつこれを受け取り、同日以降、X及びYと共にこれらの牛肉を全て食べた。 〔設問1〕 【事例1】における甲の罪責について、論じなさい(建造物侵入罪及び特別法違反の点は除く。 ) 。 【事例2】 ( 【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。 ) 4 同月10日、甲は、自転車に乗って1人で、Dが店長を務めるホームセンターE店に行った際、陳列 されていた液晶テレビ(50センチメートル×40センチメートル×15センチメートルの箱に入っ たもの)を、自宅で使う目的で万引きしようと考え、E店内で、同液晶テレビ1箱を手に取って自己の トートバッグに入れた。甲は、上記箱を上記トートバッグ内に収めて店外へ持ち出すつもりでいたが、 箱が大きすぎてその上部が10センチメートルほど同トートバッグからはみ出した状態になった。甲 は、その状態のまま出入口方向へ歩き出そうとしたが、その一部始終を警備員F(35歳、女性)に目 撃されていた。Fは、甲が液晶テレビを精算せずに店外へ持ち出そうとしていると考え、約20メー トル離れた場所から甲の方へ歩いて向かったところ、周囲を見回していた甲も、Fがこちらを見なが ら向かってきていることに気付いて万引きがばれたと思い、上記箱を陳列棚に戻した。そして、甲は、 その場から走って逃げ出し、E店を出てから約3分後、E店から約400メートル離れた公園にたど り着き、同所でE店から追ってくる人がいないかどうかをうかがっていた。甲は、約10分間、上記公 園にとどまっていたが、誰も追ってこなかったことから、E店に隣接する駐輪場にとめたままにして いた自己の自転車を取りに戻ろうと考え、それから約5分後、同駐輪場に戻ってきて、周囲の様子を うかがいつつ同自転車に近づこうとした。Fは、戻ってきた甲に気付き、上記駐輪場に飛び出し、甲を 捕まえようと思って、 「この万引き犯。逃げるんじゃない。 」などと言いながら、両手を左右に広げて甲 の前に立ち塞がった。そのため、甲は、逮捕を免れようと考え、両手でFの胸部を1回押したところ、 Fが体勢を崩して尻餅を付いた。そこで、甲は、その隙に上記自転車に乗ってその場から逃走した。 〔設問2〕 【事例2】における甲の罪責に関し、事後強盗既遂罪(刑法第238条)の成立を否定するためには どのような主張があり得るか。考えられるものを3つ挙げ、その3つの主張の論拠を、それぞれ具体 的な事実を明示して、説明しなさい。 (出題の趣旨) 設問1は、甲が、長女Y(6歳)にスーパーマーケットC店でブドウを万引きさせ ようとしたところ、Yが果物コーナーの場所が分からず、何もとらずに同店を出たこと、 長男X(13歳)に同店でステーキ用牛肉2パックを万引きさせようとしたところ、 Xが同牛肉5パックと写真集1冊を精算せずに同店から持ち出したことを内容とする事 例について、甲の罪責に関する論述を求めるものである。いずれも、刑事未成年者を利 用した甲の罪責を検討する前提として、間接正犯、共謀共同正犯又は狭義の共犯のいず れが成立するかを検討する必要がある。そして、については、甲に認めた関与類型を 踏まえつつ、実行の着手の判断基準に関する基本的理解を示して窃盗未遂罪の成否を検 討する必要がある。また、については、Xが甲の指示した牛肉2パックに加え、牛肉 3パック及び写真集1冊を窃取していることから、甲の指示に含まれておらず、甲が予 見もしていなかった客体の窃取に関して甲がどの範囲で罪責を負うかについて、本件の 具体的事実関係を踏まえて検討する必要がある。本設問では、刑法の基本的な概念に関 する正確な理解を前提に、事実関係を的確に分析し、それを法的に構成する能力が問わ れている。 設問2は、甲が、ホームセンターE店で液晶テレビを万引きしようとしたところ、こ れを警備員Fに目撃され、同テレビを陳列棚に戻して同店から約400メートル離れた 公園まで逃げたが、その後同店駐輪場に自転車を取りに戻った際にFから捕まりそうに なったため、Fの胸部を押して転倒させたことを内容とする事例について、事後強盗既 遂罪の成立を否定するための3つの主張とその論拠を論じることを求めるものである。 事後強盗罪の既遂・未遂は先行する窃盗の既遂・未遂によって決定されること、同罪の 暴行・脅迫は「窃盗の機会」の継続中に行われる必要があること、同罪における暴行・ 脅迫の程度は相手方の反抗を抑圧するに足りる程度のものでなければならないことを踏 まえ、具体的事実を示して論じる必要がある。本設問では、一定の結論を導くために は、どのような主張があり得るかを事実関係に即して検討させることによって、具体的 な事実を法的に分析する能力が問われている。 [刑事訴訟法] 次の【事例】を読んで、後記〔設問〕に答えなさい。 【事例】 司法警察員Pは、Aが覚醒剤を密売しているとの情報を得て、内偵捜査を進めた。その結果、その拠点 は、Aが妻甲及び息子乙と同居するアパート1階にあるA方居室であるとの疑いが強まった。 そこで、Pは、令和3年11月13日、Aを被疑者とする前記覚醒剤営利目的譲渡被疑事件に関し、捜 索すべき場所をA方居室、差し押さえるべき物を「覚醒剤、注射器、計量器等」とする捜索差押許可状の 発付を受けた。 Pは、同月15日、他の司法警察員らと共に、A方居室付近に赴き、同日午後1時30分頃、玄関扉を 少し開けて顔を出した甲に対して、捜索を実施する旨告げた。 Pは、Aが不在であったため、甲を立会人としてA方居室の捜索を実施することとし、甲に対して、前 記捜索差押許可状を呈示して捜索を開始した。その際、甲が同室玄関内において、コートを着用し、靴を 履いてキャリーケースを所持していたことから、Pは、甲が同室内から覚醒剤の密売に関する物を同キ ャリーケースに入れて持ち出そうとしていたのではないかとの疑いを抱き、甲に対し、再三にわたり、 同キャリーケースを開けて中を見せるように求めた。しかし、甲は、同キャリーケースの持ち手を握っ たまま、これを拒否した。そこで、Pは、@甲の承諾を得ることなく、無施錠の同キャリーケースのチャ ックを開けて、その中を捜索し、覚醒剤や注射器を発見した。 その後、Pは、他の司法警察員らと共に、同室の捜索を継続し、同室から覚醒剤、注射器及び計量器を 発見した。そして、その頃、乙がボストンバッグを所持して同室に帰宅した。乙が同室内に入った後も同 ボストンバッグを手放さなかったことから、Pは、同ボストンバッグ内にも覚醒剤の密売に関する物が 入っているのではないかとの疑いを抱き、乙に対し、再三にわたり、同ボストンバッグを開けて中を見 せるように求めた。しかし、乙は、同ボストンバッグを両腕で抱きかかえて、これを拒否した。そこで、 Pらは、A乙を羽交い締めにした上、乙から同ボストンバッグを取り上げて、その中を捜索し、覚醒剤を 発見した。 〔設問〕 下線部@及びAの各行為の適法性について論じなさい。なお、前記捜索差押許可状は適法に発付され たものとする。 (参照条文) 覚醒剤取締法 第41条の2 覚醒剤を、みだりに、所持し、譲り渡し、又は譲り受けた者(第42条第5号に該当する 者を除く。 )は、10年以下の懲役に処する。 2 営利の目的で前項の罪を犯した者は、1年以上の有期懲役に処し、又は情状により1年以上の有期 懲役及び500万円以下の罰金に処する。 3 (略) (出題の趣旨) 本問は、Aに対する覚醒剤取締法違反事件において、警察官がA、Aの妻甲及びその 息子乙が居住するアパート居室(以下「A方居室」という。 )を捜索場所とする捜索差押 許可状(以下「本件許可状」という。 )の発付を受け、本件許可状に基づきA方居室の捜 索を実施したところ、設問1では、甲がその場で携帯していたキャリーケースを捜索し た事例において、本件許可状によって、甲の携帯物を捜索することが許されるのかにつ いて、最高裁判所の判例(最決平成6年9月8日刑集48巻6号263頁)をも踏まえ た検討をさせることを通して、憲法35条が捜索する場所及び押収する物を明示する各 別の令状を要求している趣旨や、 「場所」に対する捜索許可状に基づき、その場所に存在 する「物」を捜索することの可否についての基本的理解を問うものである。また、設問 2は、上記捜索中に同居室に帰宅した乙が携帯していたボストンバッグを、有形力を行 使して捜索した事例において、最高裁判所の判例(最決平成19年2月8日刑集61巻 1号1頁)の基本的な理解を踏まえつつその適否を検討させることを通して、本件許可 状の効力が令状呈示後に同居室内に搬入された物品に及ぶか、また、捜索の際に処分を 受ける者の身体に有形力を行使することの可否及び限度といった、令状による捜索の実 施に当たり許される処分の範囲についての基本的理解を問うものである。 設問1及び2のいずれも刑事訴訟法の基本的な学識の有無及び具体的事案における応 用力を問うものである。 [民 事] 司法試験予備試験用法文を適宜参照して、以下の各設問に答えなさい。 〔設問1〕 弁護士Pは、Xから次のような相談を受けた。 【Xの相談内容】 「私は、建物のリフォームを仕事としています。私は、Yとは十年来の付き合いで、Yが経営 する飲食店の常連客でもありました。私は、令和3年の年末頃、Yから、M市所在の建物(以下 「本件建物」という。)を飲食店に改修するための外壁・内装等のリフォーム工事(以下「本件工 事」という。)について相談を受け、令和4年2月8日、本件工事を報酬1000万円で請け負い ました。 令和4年5月28日、私は、本件工事を完成させ、本件建物をYに引き渡し、本件工事の報酬 として、1000万円の支払を求めましたが、Yは、700万円しか支払わず、残金300万円 を支払いませんでした。私は、本件工事の報酬の残金300万円と支払が遅れたことの損害金全 てをYに支払ってほしいと思います。」 弁護士Pは、令和4年8月1日、【Xの相談内容】を前提に、Xの訴訟代理人として、Yに対し、 Xの希望する金員の支払を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起することとした。 以上を前提に、以下の各問いに答えなさい。 弁護士Pが、本件訴訟において、Xの希望を実現するために選択すると考えられる訴訟物を記 載しなさい。 弁護士Pが、本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。)において記載すべき請求の趣旨(民 事訴訟法第133条第2項第2号)を記載しなさい。なお、付随的申立てについては、考慮する 必要はない。 弁護士Pが、本件訴状において記載すべき請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1 項)を記載しなさい。なお、いわゆるよって書き(請求原因の最後のまとめとして、訴訟物を明 示するとともに、請求の趣旨と請求原因の記載との結びつきを明らかにするもの)は記載しない こと。 弁護士Pが、本件訴状において請求を理由づける事実として、上記のとおり記載した理由を 判例を踏まえて簡潔に説明しなさい。なお、訴訟物が複数ある場合は、訴訟物ごとに記載するこ と。 〔設問2〕 以下、XがYとの間で、令和4年2月8日に締結した報酬を1000万円とする本件工事の請負 契約を「本件契約」という。 弁護士Qは、本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。 【Yの相談内容】 「(a) Xは、令和4年5月28日、本件工事を完成させ、私は、同日、本件建物の引渡しを受 け、Xに700万円を支払いました。しかし、私がXとの間で締結したのは、報酬を70 0万円とする本件工事の請負契約であり、本件契約ではありません。 私は、本件建物で飲食店を営業したいと考え、令和3年の年末頃、Xに本件建物のリ フォーム工事について相談をしました。Xが本件建物を見た上で、本件工事は700万 円程度でできると述べたので、私は、令和4年2月8日、Xとの間で、報酬を700万 円とする本件工事の請負契約を締結しました。したがって、私が本件工事の報酬として Xに支払うべき金額は、1000万円ではなく700万円であり、未払はありません。 仮に、Xと私との間で、本件契約が締結されたというのであれば、Xは、令和4年5 月28日、次のようなやり取りを経て、私に本件工事の報酬残金300万円の支払を免 除しましたので、私はそれを主張したいと思います。 私は、令和4年5月28日、本件建物の引渡しを受ける際、本件建物の外壁に亀裂が あるのを発見しました。私がその場で、Xに対し、外壁の修補を求めたところ、Xは、 この程度の亀裂は自然に発生するもので修補の必要はないと言い、本件工事の報酬10 00万円を支払うよう求めてきました。私は、本件工事の報酬は700万円だと思って いましたので、それを強く言うと、Xは、そのようなことはないなどと言っていました が、最終的には、『700万円でいい。残りの300万円の支払はしなくてよい。』と言 いましたので、私は、700万円を支払って、本件建物の引渡しを受けました。 (b) 本件建物の外壁の亀裂は、その後、とんでもないことになりました。 令和4年6月初旬、雨が降り続いた際、本件建物の外壁の亀裂が原因で雨漏りが生じ ました。私は、このままでは安心して本件建物で営業ができないと思い、同月10日、 Xに対し、本件建物の外壁の亀裂から雨漏りが生じたことを伝え、外壁の修補を求めま したが、Xから断られましたので、損害賠償を請求する旨を伝えました。そして、私は、 本件建物の外壁の補修工事を別の業者に依頼し、その報酬として350万円を支出しま した。」 弁護士Qは、【Yの相談内容】を前提に、Yの訴訟代理人として、本件訴訟の答弁書(以下「本 件答弁書」という。)を作成した。 以上を前提に、以下の各問いに答えなさい。 弁護士Qは、【Yの相談内容】(a)を踏まえて、抗弁を主張することとした。その検討に当た り、本件訴訟において、抗弁として機能するためには、以下の(ア)及び(イ)の事実が必要 であると考えた。 (ア) 〔 (イ) 〕 Xは、Yに対し、令和4年5月28日、本件契約に基づく報酬債務のうち300万円の支 払を免除するとの意思表示をした。 (@) (ア)に入る具体的事実を記載しなさい。 (A) 弁護士Qが、(ア)の事実が必要であると考えた理由を簡潔に説明しなさい。 弁護士Qは、【Yの相談内容】(b)から、YはXに対し、契約不適合を理由とする債務不履行に 基づく350万円の損害賠償債権を有すると考えた。弁護士Qがこの350万円の回収方法とし て、本件訴訟手続を利用して選択できる訴訟行為を判例を踏まえて挙げなさい。 〔設問3〕 本件訴訟の第1回口頭弁論期日において、本件訴状及び本件答弁書等は陳述された。弁護士Pは、 その口頭弁論期日において、本件工事の報酬の見積金額が1000万円と記載された令和4年2月 2日付けのX作成の見積書(以下「本件見積書@」という。)を書証として提出し、これが取り調 べられたところ、弁護士Qは、本件見積書@の成立を認める旨を陳述した。 これに対し、弁護士Qは、本件訴訟の第1回弁論準備手続期日において、本件工事の報酬の見積 金額が700万円と記載された令和4年2月2日付けのX作成の見積書(以下「本件見積書A」と いう。)を書証として提出し、これが取り調べられたところ、弁護士Pは、本件見積書Aの成立を 認める旨を陳述した。 本件訴訟の第2回弁論準備手続期日を経た後、第2回口頭弁論期日において、本人尋問が実施さ れ、本件契約の締結に関し、Xは、次の【Xの供述内容】のとおり、Yは、次の【Yの供述内容】 のとおり、それぞれ供述した(なお、それ以外の者の尋問は実施されていない。)。 【Xの供述内容】 「私は、令和3年の年末頃に、Yから本件建物を飲食店にリフォームをしてもらえないかと頼 まれ、本件建物を見に行きました。Yは、リフォームの費用は銀行から融資を受けるつもりなの で、できるだけ安く済ませたいと言っていました。私は、Yの要望のとおりのリフォームをする のであれば1000万円を下回る報酬額で請け負うのは難しいと話し、本件工事の報酬金額を1 000万円と見積もった本件見積書@を作成して、令和4年2月2日、Yに交付しました。Yが 同月8日、本件工事を報酬1000万円で発注すると言いましたので、私は、同日、本件工事を 報酬1000万円で請け負いました。見積金額が700万円と記載された本件見積書Aは、Yか ら、本件建物は賃借している物件なので、賃貸人に本件工事を承諾してもらわなければならない が、大掛かりなリフォームと見えないようにするため、外壁工事の項目を除いた見積書を作って ほしいと頼まれて作成したものです。実際、私は、本件工事として本件建物の外壁工事を実施し ており、本件見積書Aは実体と合っていません。私は、Yは本件見積書@を銀行に提出し、同年 5月初旬に銀行から700万円の融資を受けたと聞いていますが、本件見積書Aを賃貸人に見せ たかどうかは聞いていません。私は、契約書を作成しておかなかったことを後悔していますが、 私とYは十年来の仲でしたので、作らなくても大丈夫だと思っていました。 以上のとおり、私は、Yとの間で、令和4年2月8日、本件契約を締結しました。」 【Yの供述内容】 「私は令和4年2月8日、Xに本件工事を発注しましたが、報酬は1000万円ではなく、7 00万円でした。Xが私に対し、1000万円を下回る報酬額で請け負うのは難しいと言ったこ とはなく、令和3年の年末頃に本件建物を見た際、700万円程度でできると言い、令和4年2 月2日、本件工事の報酬金額を700万円と見積もった本件見積書Aを私に交付しました。そこ で、私は、同月8日、Xに対し、本件工事を報酬700万円で発注したいと伝え、Xとの間で、 本件工事の請負契約を締結したのです。私から外壁工事の項目を除いた見積書を作ってほしいと は言っていません。確かに、本件見積書Aには、本件工事としてXが施工した外壁工事に関する 部分の記載がありませんが、私は、本件見積書Aの交付を受けた当時、Xから、外壁工事分はサ ービスすると言われていました。本件見積書@は、私が運転資金として300万円を上乗せして 銀行から融資を受けたいと考え、Xにお願いして、銀行提出用に作成してもらったものです。私 は、本件見積書@を銀行に提出しましたが、結局、融資を受けられたのは700万円でした。本 件見積書Aは、本件工事の承諾を得る際、賃貸人に見せています。」 以上を前提に、以下の問いに答えなさい。 弁護士Pは、本件訴訟の第3回口頭弁論期日までに、準備書面を提出することを予定している。 その準備書面において、弁護士Pは、前記の提出された書証並びに前記【Xの供述内容】及び 【Yの供述内容】と同内容のX及びYの本人尋問における供述に基づいて、XとYが本件契約を締 結した事実が認められることにつき、主張を展開したいと考えている。弁護士Pにおいて、上記 準備書面に記載すべき内容を、提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を踏 まえて、答案用紙1頁程度の分量で記載しなさい。なお、記載に際しては、冒頭に、XとYが本 件契約を締結した事実を直接証明する証拠の有無について言及すること。 〔設問4〕 仮に、弁護士Qにおいて、〔設問2〕の本件訴訟手続を利用して選択できる訴訟行為を行わない まま、本件訴訟の口頭弁論は終結し、その後、Xの請求を全部認容する判決が言い渡され、同判決 は確定したものとする(以下、この確定した判決を「本件確定判決」という。)。Xは、Yが支払わ ないので、本件確定判決を債務名義として、YのA銀行に対する預金債権を差押債権とする債権差 押命令の申立てをしたところ、これに基づく差押命令が発令されて、同命令がA銀行及びYに送達 された。 弁護士Qは、Yの代理人として、〔設問2〕の【Yの相談内容】(b)を踏まえ、本件確定判決に係 る請求権の存在又は内容について異議を主張して、本件確定判決による強制執行の不許を求めるこ とができるか、結論を答えた上で、その理由を民事執行法の関係する条文に言及しつつ、判例を踏 まえて簡潔に説明しなさい。 (出題の趣旨) 設問1は、請負契約に基づく報酬支払請求権及びその附帯請求である履行遅滞に 基づく損害賠償請求権が問題となる訴訟において、原告の希望に応じた訴訟物、請 求の趣旨、請求を理由づける事実及びその事実が必要となる理由について説明を求 めるものである。前記各訴訟物の法律要件及び要件事実の正確な理解が問われてい る。 設問2は、一部請求の事案において、設問1の請求原因に対する抗弁として機能 するために必要な要件事実及びその事実が必要となる理由の説明を求めるほか、被 告が原告に対し債権を有する場合に債権回収の方法として本訴訟手続を利用して選 択できる訴訟行為を問うものである。一部請求の事案における判例の理解を踏まえ て、請求原因に対する抗弁の機能を正確に理解しているかが問われている。また、 債権回収の観点から、適切な訴訟行為を選択できるか、実体法及び手続法の理解が 問われている。 設問3は、供述が直接証拠となる事案において、要証事実との関係で証拠構造を 正確に捉えること、間接証拠から推認できる重要な事実(原告に有利なもの、不利 なもの)に言及した上で、要証事実が認められる理由を説得的に論じることが求め られている。 設問4は、請求異議の訴えにおける異議事由が生じる基準時を指摘した上で、相 殺の意思表示に関する判例の理解を踏まえて解答することが求められている。 [刑 事] 次の【事例】を読んで、後記〔設問〕に答えなさい。 【事例】 1 A(23歳、男性)は、令和3年3月31日、「被告人は、金品を強取しようと考え、Bと 共謀の上、令和3年3月9日午後1時頃、H県I市J町1丁目2番3号V方に、宅配業者を装 って玄関から侵入し、その頃から同日午後1時10分頃までの間、同所において、V(当時7 5歳)に対し、持っていたサバイバルナイフを突き付け、『金とキャッシュカードを出せ。』な どと申し向け、持っていたロープでVの両手首及び両足首を縛るなどの暴行脅迫を加え、Vの 反抗を抑圧した上、V所有又は管理の現金500万円及びキャッシュカード1枚を強取し、そ の際、Vに加療約10日間を要する両手関節部擦過傷の傷害を負わせた。」旨の住居侵入、強盗 致傷被告事件(以下「本件被告事件」という。)でH地方裁判所に公判請求された。B(21歳、 男性)は、Aが公判請求される前日に、前記住居侵入、強盗致傷の事実で同裁判所に公判請求 されていた。 2 Aが公判請求されるまでに収集された主な証拠の概要は次のとおりである(以下、特に年を 明示していない日付は全て令和3年である。)。なお、Aは、取調べに対し、一貫して黙秘して いた。 Vの警察官面前の供述録取書(証拠@) 「私は、自宅に1人で住んでいる。3月9日午後1時頃、玄関のチャイムが鳴り、インター ホンに応対したところ、男が宅配業者を名乗ったため、玄関のドアを開けた。すると、茶色 の作業着上下と帽子を着用した男が玄関内に入ってきてドアを閉め、ポケットから取り出し たナイフを私ののど元に突き付け、『金とキャッシュカードを出せ。』と言ってきた。男の言 うとおりにしないと刺されると思い、寝室のたんすの中に現金やキャッシュカードがあるこ とを伝えた。男は、私にナイフを突き付けたまま、私を連れて寝室に移動し、再び、現金と キャッシュカードを出すように言ってきた。私は、たんすの引き出しを開け、中にあった現 金500万円とR銀行の私名義のキャッシュカード1枚を男に示した。男は、その現金とキ ャッシュカードを奪って作業着上衣のポケットに入れると、私を床にうつ伏せに押さえ付け、 私の両手首と両足首をロープで縛った。そして、男が『キャッシュカードの暗証番号を教え ろ。』と言ってきたので、私は、4桁の暗証番号を教えた。すると、男はその場から立ち去っ た。私は、両手両足を必死に動かし、ロープを緩めて手足を抜いたが、その際、両手首を怪 我してしまった。その後、110番通報した上で、R銀行に電話をかけ、キャッシュカード の利用を停止した。犯人の男が家にいた時間は約10分間だった。」 ロープに関する捜査報告書(証拠A) 「Vの110番通報を受け、3月9日午後1時40分頃にV方に臨場した警察官らは、Vの 両手首及び両足首を縛っていたものとして、Vから水色のロープ2本の提出を受けたことか ら、これを領置した。」 I市立病院医師作成の診断書(証拠B) 「Vが3月9日、同病院を受診し、同日から約10日間の加療を要する両手関節部擦過傷と 診断された。」 Qマンション防犯カメラ画像の精査に関する捜査報告書(証拠C) 「警察官らがV方付近の防犯カメラを検索したところ、V方から北方約50メートルに位置 するQマンション入口に防犯カメラが設置されていることが判明した。同防犯カメラ画像を 精査した結果、3月9日午後0時56分、同マンション前路上に、車両番号『あ 8910』 の黒色ワンボックスカーが止まり、同日午後0時58分、同車両助手席から男(茶色の作業 着上下、帽子を着用)が降り、南方に歩いていく状況と、同日午後1時11分、南方から同 男と思われる男が走ってきて同車両助手席に乗り込み、同車両が発進する状況が記録されて いた。」 車両検索に関する捜査報告書(証拠D) 「車両番号『あ 8910』について検索をかけたところ、同車両番号での黒色ワンボック スカーの該当は1台のみであることが確認され、その使用者はBであることが判明した。」 V名義のキャッシュカード利用状況に関する捜査関係事項照会回答書(証拠E) 「R銀行S支店に開設されたV名義の普通預金口座(口座番号1234567)に係るキャ ッシュカードについては、3月9日午後1時35分頃、Vの申入れにより利用停止の手続が 執られた。同日午後1時40分、UコンビニエンスストアT店に設置されたATMに同キャ ッシュカードが挿入され、出金の操作が行われたが、未遂に終わっている。」 UコンビニエンスストアT店防犯カメラ画像の精査に関する捜査報告書(証拠F) 「UコンビニエンスストアT店の駐車場及び店内に設置された防犯カメラ画像を精査した結 果、3月9日午後1時38分、黒色ワンボックスカーが駐車場に止まり、運転席から、黒色 の上衣、青色のズボンを着用した男(以下『甲』という。)、助手席から、茶色の作業着上下 を着用した男(以下『乙』という。)がそれぞれ降り、入店する様子が記録されていた。また、 入店後、甲が、同日午後1時39分から同日午後1時41分までの間、ATM前に立ってい る様子、乙が、清涼飲料水コーナーでペットボトル1本を手に取り、同日午後1時41分、 店員にカードを手渡して購入手続を行う様子が、記録されていた。」 商品購入状況に関する捜査報告書(証拠G) 「UコンビニエンスストアT店店長からの聴取により、3月9日午後1時41分、同店にお いて、清涼飲料水1本が購入されたこと、その購入に際しては、交通系ICカードが用いら れたことが判明し、同カードの名義人を照会した結果、Bであることが確認された。」 B方及びB使用車両の捜索差押調書(証拠H) 「3月10日午前7時から同日午前7時45分までの間、B方及びB使用車両の捜索を実施 し、B方において、現金200万円、茶色の作業着上下1着、茶色の帽子1個、水色物干し ロープ1巻及び携帯電話機1台を発見したので、これらを差し押さえた。」 Bの警察官面前の供述録取書(3月12日付け)(証拠I) 「3月1日の夜、Aから電話で、『家に金をためているばあさんがいるらしい。一緒にその 金を奪わないか。』と誘われ、金に困っていたので承諾した。それから何回か、Aと共に私の 車でV方付近に行き、V方の様子を観察したところ、Vが1人暮らしで、昼前後はV方にい ることが分かったので、昼過ぎ頃にV方に押し入ることにした。その後、Aと話し合い、私 が宅配業者を装ってV方に入り、刃物でVを脅して現金とキャッシュカードを奪うこと、そ の際にVから暗証番号を聞き出すこと、発覚を遅らせるためにVを縛ること、その間Aが見 張りをすることを決めた。Aから、宅配業者のような服とVを縛る道具を用意するように言 われたので、茶色の作業着上下と帽子を購入した。Vを縛るためには、家にあった物干しロ ープを使うことにした。3月9日午後0時過ぎ頃、購入した作業着を着て、私の車でA方に 行き、その後、Aに運転を替わってV方に向かった。Aは、V方付近のマンション前に車を 止めると、『親父のだから、落としたりするなよ。』と言いながら、私にナイフを渡してきた。 そのナイフを受け取って作業着上衣のポケットに入れ、帽子をかぶり、軍手をはめて車から 降りた。その後は計画どおりに実行し、V方のたんすの引き出し内にあった現金の束とキャ ッシュカード1枚を奪い、暗証番号を聞き出した。V方を出た後は、Aが待つ車の助手席に 乗り込み、Aが車を発進させた。Aは、しばらくの間車を走らせていたが、30分ほど経っ た頃、Uコンビニエンスストアの駐車場に車を止め、『カードで金を下ろしてくる。』と言っ てきた。そこで、私は、Vから奪ったキャッシュカード1枚をAに渡して暗証番号を伝え、 Aにナイフを返した。Aが車から降り、私も飲み物でも買おうと思って車から降りた。店内 では、私名義の交通系ICカードを使ってスポーツドリンク1本を買った。それから、Aと 2人で車に戻ったが、この時Aが不機嫌そうに、『もう使えなかった。』と言っていたので、 キャッシュカードが利用停止になっており、出金できなかったことが分かった。その後、A 方に行き、Vから奪った現金500万円を2人で分けた。取り分は、Aが300万円で私が 200万円だった。実行したのは私だったので分け前に少し不満はあったが、地元の先輩で あるAには昔から面倒を見てもらっていて、私が学校でいじめられていたときに助けてもら ったり、金に困っていたときに金を貸してもらったりしていたので仕方ないと思った。」 B使用の携帯電話機の精査に関する捜査報告書(証拠J) 「B使用の携帯電話機を精査したところ、メッセージアプリがインストールされ、同アプリ に『A』なる者が登録されていること、『A』とBとの間で通話やメッセージが頻繁に交わさ れており、3月1日午後8時32分にも『A』からの着信があり、約14分間の通話があっ たことが判明した。」 A方の捜索差押調書(証拠K) 「3月10日午後3時から同日午後3時45分までの間、A方の捜索を実施し、Aが使用 する部屋において、R銀行発行に係るV名義のキャッシュカード1枚(口座番号12345 67)及びサバイバルナイフ1本を発見したので、これらを差し押さえた。」 A父の警察官面前の供述録取書(証拠L) 「私は、妻、息子のAと3人で自宅に住んでいる。警察官から、サバイバルナイフを所持 しているかと尋ねられたが、1本持っている。特注品であり、柄には私の名前が入っている。 本日、Aの部屋から発見されたというサバイバルナイフ1本を見せてもらったが、柄に入っ た名前などから私のものに間違いない。3月7日にもそのナイフを持って釣りに行った。B のことは知っているが、ここ数年は会ったことがなく、そのナイフを貸したこともない。」 指紋対照結果に関する捜査報告書(証拠M) 「証拠K記載のサバイバルナイフ1本から採取した指紋のうち、柄から採取した指紋2個 が、それぞれBの右手拇指及び右手中指の指紋と一致した。」 Qマンション防犯カメラ画像の精査に関する捜査報告書(証拠N) 「3月1日以降の防犯カメラ画像を新たに入手して精査した結果、同月3日から同月5日ま での各日午前8時頃から午後6時頃までの間、車両番号『あ 8910』の黒色ワンボック スカーがQマンション前路上に止められ、同車両を男2名が出入りする様子が記録されてい た。」 Aの債務に関する捜査報告書(証拠O) 「消費者金融各社に対する照会の結果、本件犯行日である3月9日時点で、Aが消費者金融 Y社に対して105万円、消費者金融Z社に対して220万円の債務を負っていたこと、Y 社に対する債務につき、3月10日午前9時32分に100万円が返済され、Z社に対する 債務につき、同日午前9時34分に200万円が返済されていることがそれぞれ判明した。」 Bの検察官面前の供述録取書(3月26日付け)(証拠P) 証拠Iと同旨の供述に加え、「事件の翌朝、警察官が家に来たとき、初めはしらを切ろうか と思ったが、嘘を言っても通用しないだろうと思い、最初から全部本当のことを話すことに した。Vに怖い思いをさせて申し訳ない。」旨の供述が録取されている。なお、Bは、取調べ に対し、一貫して本件犯行を認め、証拠Iと同旨の供述をしていた。 3 受訴裁判所は、4月2日、本件被告事件を公判前整理手続に付する決定をした。 検察官は、同月14日、本件被告事件について、犯行に至る経緯、犯行状況等をB供述に沿 って時系列で記載した証明予定事実記載書を裁判所に提出するとともに、証拠の取調べを裁判所 に請求し、当該証拠を弁護人に開示した。 その後、所定の手続を経て、弁護人は、「AがBと共謀した事実はなく、Aは無罪である。」 旨の予定主張記載書を裁判所に提出し、検察官請求証拠に対する意見を述べた。これを受け、 裁判所は、検察官に対し、どのような事実と証拠に基づいてAB間の共謀を立証するのか、 その主張と証拠の構造が分かるような証明予定事実記載書を追加で提出するように求めた。 その後、検察官による追加の証明予定事実記載書の提出、Bの証人尋問請求等の所定の手続 が行われ、9月21日、裁判所は、争点を整理し、検察官が請求したBを証人として尋問する 旨の決定をするなどした上、審理計画を策定し、公判前整理手続を終了した。裁判所が策定し た審理計画は、第1回公判期日に冒頭手続、検察官請求証拠のうち証拠書類等の取調べ、第2 回公判期日にBの証人尋問、第3回公判期日に被告人質問、第4回公判期日に論告、弁論等を 行い、第5回公判期日に判決を言い渡すというものであった。 4 検察官は、Aについて、起訴後の接見等禁止決定がなされていたものの、その終期が公判前整 理手続の終了する日までとされていたことから、同日、接見等禁止の請求をし、裁判官は、そ の終期を第1回公判期日が終了する日までとして接見等禁止決定をした。 第1回公判期日において、冒頭手続、検察官請求証拠のうち証拠書類等の取調べが行われた。 検察官は、同期日終了後、裁判所に対し、接見等禁止の請求をし、裁判所は、その終期を第2回 公判期日が終了する日までとして接見等禁止決定をした。 その後、第2回公判期日において、Bの証人尋問が行われ、Bは、証拠Pと同旨の証言をし た。検察官は、同期日終了後、接見等禁止の請求をしなかった。 〔設問1〕 下線部に関し、検察官は、Aが本件被告事件に関与した状況についてのB供述の信用性が認め られ、同供述の内容等を踏まえればAに共謀共同正犯が成立すると判断したものであるところ、 以下の各問いに答えなさい。なお、証拠@からH及び証拠JからOに記載された内容については、 信用性が認められることを前提とする。 B供述のうち本件被告事件に関与したのはAであるとする供述部分の信用性が認められると判断 した検察官の思考過程について、具体的事実を指摘しつつ答えなさい。 Aに共謀共同正犯が成立すると判断した検察官の思考過程について、具体的事実を指摘しつつ答 えなさい。 〔設問2〕 下線部に関し、裁判所が検察官に対し、追加の証明予定事実記載書の提出を求めた理由を、公 判前整理手続の制度趣旨に言及しつつ答えなさい。 〔設問3〕 下線部及びに関し、検察官は、下線部では接見等禁止の請求をしたのに、下線部ではこ れをしていないが、検察官がこのように異なる対応を採った理由を、具体的事実を指摘しつつ答 えなさい。 〔設問4〕 仮に、第2回公判期日に実施されたBの証人尋問の主尋問において、Bが「今回の事件は、全て Aに言われたとおりにやった。当日私が着ていた作業着やロープもAが用意したものだ。」旨証言 した後、反対尋問において、弁護人がその点に関し捜査段階でどのような供述をしていたのかに ついて尋問を尽くしても、「覚えていない。」旨の証言に終始したとする。この場合において、弁 護人は、Bの証人尋問終了後、「やむを得ない事由」(刑事訴訟法第316条の32第1項)があ り、かつ、証拠能力も認められるとして、証拠Iの取調べを請求した。これに対し、検察官は、 「やむを得ない事由」があることは争わないとした上で、証拠意見として「異議なし」と述べた。 弁護人が証拠Iの取調べを請求した思考過程について、「やむを得ない事由」があり、かつ、証 拠能力も認められると考えた理由にも言及しつつ答えなさい。 検察官が証拠意見として「同意」ではなく「異議なし」と述べた理由を答えなさい。 (出題の趣旨) 本問は、共謀共同正犯の成否が争点となる住居侵入、強盗致傷事件を題材に、刑 事手続の基本的知識、刑事事実認定の基本構造及び基礎的刑事実務能力を試すもの である。 設問1は、共犯者供述のうち被疑者が犯人であるとする供述部分の信用性が認め られると判断した検察官の思考過程と、共謀共同正犯が成立すると判断した検察官 の思考過程を、それぞれ具体的な事実関係を踏まえて検討することを通じて、供述 の信用性判断及び共謀共同正犯についての基本的理解を示すことが求められる。 設問2は、事例に現れた、公判前整理手続における裁判所及び当事者のやり取り を踏まえ、裁判所が検察官に追加証明予定事実記載書の提出を求めた理由を検討す ることを通じて、公判前整理手続の意義や機能に対する基本的理解を示すことが求 められる。 設問3は、公判前整理手続に付された事件の起訴後の接見等禁止請求を巡る検察 官の対応に、手続の進展に伴い差が生じている理由を検討することを通じて、接見 等禁止における罪証隠滅のおそれについての理解を正確に示すことが求められる。 設問4は、弁護人が共犯者の証人尋問後に、その捜査段階における供述録取書の 取調べを請求した思考過程と、同請求に対する検察官の証拠意見の理由を検討する ことを通じて、刑事訴訟法第316条の32第1項の「やむを得ない事由」につい ての基本的理解を示すとともに、弾劾証拠についての理解を正確に示すことが求め られる。 [倒 産 法] 次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。 【事例】 A株式会社(以下「A社」という。)は、自動車部品の製造及び販売を業とする株式会社である。 A社は、順調な業績を維持していたが、令和2年度に初めて赤字決算となったことから、自己所有 の甲土地をB株式会社(以下「B社」という。)に売却することとし、令和3年9月15日、B社と の間で、売買代金を取引相当額である5000万円とする売買契約を締結した。A社は、同日、B 社から売買代金の支払を受けるのと引換えに、B社に対し、甲土地を引き渡すとともに、所有権移 転登記手続の申請に必要な書類を交付したが、その際、甲土地を買い戻す意思があり、近く買戻資 金の手当ができる見込みなので、所有権移転の登記申請の実行を半年程度待ってほしいと要請した。 B社はこの要請に応じたが、実際は、A社において買戻資金を調達する予定はなく、むしろ、他の 取引先から信用供与を得る可能性を残すために、甲土地の所有名義をA社のままにしておくことが 目的であった。 しかしながら、令和3年10月以降、A社の売上げの半分以上を占めていたC株式会社(以下「C 社」という。)からの売掛金の支払が滞るようになり、同年12月5日にC社が破産手続開始の申立 てをしてC社からの売掛金の支払が完全に途絶えたため、A社は、資金繰りに窮することとなった。 そこで、A社は、メインバンクを含む金融機関に緊急の融資を求めたものの、十分な額の融資を受 けることができなかったことから、令和4年1月25日を支払期限とするD株式会社に対する買掛 金の支払を遅滞するに至ったほか、同月31日を支払期限とするメインバンクに対する借入金の分 割弁済もできなかった。 その後、A社は、令和4年2月20日、代理人弁護士Eの名義で、取引先や取引金融機関に対し、 A社は近日中にEを申立代理人として破産手続開始の申立てを行う予定であり、債務の支払につい てもそれまでの間停止する旨の通知(以下「本件通知」という。)を発した。さらに、A社は、同 年3月6日、F地方裁判所に対し、破産手続開始の申立てを行ったところ、F地方裁判所は、翌7 日、破産手続開始決定を発し、併せて弁護士Gを破産管財人に選任した。 〔設問1〕(とは、独立した問題である。) B社は、令和4年2月21日に本件通知を受け取ったため、登記手続に必要な印鑑証明書を改 めてA社から取得して、同年3月1日、甲土地についてB社への所有権移転登記手続を行った。 この登記手続を申請する行為につき、破産管財人GのB社に対する否認権の行使が認められるか、 論じなさい。 B社は、令和4年2月3日、A社において取引先に対する買掛金の支払やメインバンクに対す る借入金の返済が滞っているとの情報に接したことから、登記手続に必要な印鑑証明書を改めて A社から取得して、同月12日、甲土地についてB社への所有権移転登記手続を行った。この登 記手続を申請する行為につき、破産管財人GのB社に対する否認権の行使が認められるか、反対 の結論を採る立場にも言及しつつ、論じなさい。 〔設問2〕 仮に、 〔設問1〕において、甲土地の所有権移転登記手続を申請する行為が否認された場合、B 社と破産管財人Gとの間の法律関係はどのようになるか、論じなさい。また、甲土地の売買契約に 係る代金額が1000万円であり、廉価売却であるとして甲土地の売買契約自体が否認された場合 のB社と破産管財人Gとの間の法律関係についても、説明しなさい。 (出題の趣旨) 設問1は、危機時期より前に締結された不動産の売買契約に基づいて所有権移転登 記手続がされた事例を題材に、対抗要件具備行為の否認の可否についての検討を求め るものである。まず、小問については、事例によれば、破産法第164条第1項が 適用されることに異論はないものと考えられることから、同項の定める要件を摘示し て当てはめを行い、結論として否認権の行使が認められることを淡々と論ずることが 求められる。次に、小問については、所有権移転登記手続の申請行為が「支払の停 止等」に至る前にされたものであることから、同項の要件は満たさないことを前提に、 事例に照らし、同法第160条第1項第1号に基づく否認権の行使の可否についての 検討が求められる。この点に関しては、同法第164条の制度趣旨のほか、対抗要件 具備行為の性質論との関係で様々な考え方を採り得るところであるが、解答に当たっ ては、反対の結論を採る立場に言及しつつ、自らの考え方に基づいて論理的かつ一貫 性のある解釈を示した上、事例に即した当てはめをして結論を導くことが求められる。 設問2は、対抗要件具備行為が否認された場合と売買契約自体が否認された場合の それぞれについて、否認の効果に関する説明を求めるものである。解答に当たっては、 登記又はその原因となる行為が否認されたことによって登記に関する法律関係はど うなるのか、土地所有権の帰属に関する法律関係はどうなるのか、支払済みの売買代 金に関する法律関係はどうなるのかという問題に整理した上、関連する条文を摘示し て説明することが求められる。その際、対抗要件具備行為が否認された場合の所有権 移転登記手続請求権や、売買契約が否認された場合の売買代金返還請求権が、破産手 続においてどのように取り扱われるかについても言及する必要があろう。 [租 税 法] Aは、宅地建物取引士の資格を持ち、宅地建物取引業の免許を得て、平成10年4月から同30 年12月まで、個人で不動産業を営んでいた。Aは、その就業規則に基づいて、不動産の販売業務 に従事する使用人(以下「営業社員」という。)に対して、通常の給与とは別に、営業社員がA所有 の不動産を顧客に販売した場合に、その契約高に比例した金額の金員を「契約報奨金」という名目 で支給していた。営業社員が営業活動のために交通費や交際費を支出した場合、Aがその金額を補 填していた。しかし、補填には年ごとに上限額があり、営業社員がその上限額を超えた支出をして 差額を自己負担することも珍しくなかった。 Aの営業社員の一人であるBは、宅地建物取引士の資格を持っている。Bは、平成25年、通常 の給与として800万円、契約報奨金として1000万円をAから受け取った。同年にBが営業活 動のために支出した交通費及び交際費の合計額は70万円であり、そのうちAから補填を受けた金 額は60万円であった。 Aは、宅地建物取引士としての知識や、不動産業を営んできた経験に基づいて、平成26年3月 に、不動産取引に関する書籍を株式会社Cから出版した。Aは、同年9月に、同書に係る印税収入 として30万円を得た。 Aは、販売用に所有していた甲土地の譲渡に関して、平成28年4月から個人Dと交渉を始めた。 平成29年11月30日に、Aが甲土地を5000万円の対価によりDに譲渡する旨の契約が締結 され、同日、売買契約を原因とするDへの移転登記を経由した。しかし、当時Dの資力に一時的に 制限があったため、実際にDのAへの5000万円の代金支払が完了したのは、平成30年1月1 0日であった。 Aは、平成25年から同30年まで、E証券会社にA名義の口座を設けて、外国為替証拠金取引 (外国通貨の売買を、一定の証拠金を担保にして、その証拠金の何十倍もの金額で行う取引。以下 「FX取引」という。)を行っていた。Aは、この期間中に、年200回から300回のFX取引を 行い、平成25年には50万円余の利益を得たが、平成26年から同30年までは年100万円か ら300万円の損失を生じていた。Aは、FX取引を、主に不動産業の事務所のパソコンを用いて インターネット経由で行っており、他にFX取引のための設備等はなかった。また、Aは、FX取 引のための知識を、主にインターネットや雑誌により得ていた。 Aは、平成31年1月に、Aの不動産業を法人化して株式会社F(以下「F社」という。)を設立 し、その代表取締役となった。 F社は、令和元年6月から令和3年2月までの間に、人気上昇中の避暑地にある土地8区画を購 入し、同年4月、別荘用地として売り出した。売出しに当たり、F社は、分譲地内に水道施設を完 備する旨を広告用サイトに記載し、購入希望者を現地に案内した際にも営業担当者が同様の説明を 行っていた。F社は、土地の販売活動と並行して、地元の建設工事会社G(以下「G社」という。) に対し、水源の確保と水道工事の見積もりを依頼した。令和3年5月、G社は、8区画分の水道工 事代金を合計7550万円と見積もり(以下、当該金額を「本件工事見積額」という。)、F社にそ の旨連絡したが、水源の地主らとの折衝は難航していた。F社はG社に対し、地主との折衝を急ぐ よう求めるとともに、水源が確保できた区画から順次、G社の見積額で水道工事を発注すると伝え た。上記土地の売れ行きは順調で、F社は、令和3年11月までに8区画の全てを販売し、令和3 年12月までに各購入者への所有権移転登記を済ませ、売買代金全額を受領した。しかし、令和3 年末までにF社がG社に水道工事を発注したのは2区画にとどまり、残り6区画は水源確保に至ら ず、工事の着工見込みは立っていなかった。なお、F社は、各購入者との間で、水道工事の完成時 期について具体的な取決めはしていなかった。 その後、G社は、地元有力者の助力を得て、残り6区画についても水源を確保するに至り、F社 は、令和4年3月、G社に上記6区画の水道工事を発注した。同年4月から9月にかけて8区画の 水道工事が順次完成し、F社は、同年5月から10月までの間に、完成した区画の工事代金を順次 支払った。F社が支払った工事代金の合計は、本件工事見積額と同額であった。 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。ただし、租税特別措置法の適用は考えなくてよ い。なお、F社及びG社は、毎年1月1日から12月31日までの期間を事業年度としている。 〔設問〕 1 Bが平成25年にAから受け取った契約報奨金に係る所得は、所得税法上、いずれの所得に分類 されるか、説明しなさい。 2 Aが平成26年に得た印税収入に係る所得は、所得税法上、いずれの所得に分類されるか、説明 しなさい。 3 Aが甲土地の譲渡の対価としてDから受け取った金員に係る所得は、Aの所得税の金額の計算上 いつの年分の所得となるか、また、いずれの所得に分類されるか、説明しなさい。 4 FX取引により平成26年から同30年までにAに生じた損失は、Aの所得税の金額の計算上ど のように扱われるか、説明しなさい。 5 本件工事見積額は、F社の令和3年12月期の所得の金額の計算上、損金の額に算入することが できるか。根拠規定とその趣旨に触れつつ説明しなさい。 (参照条文) 所得税法施行令 (事業の範囲) 第63条 法第27条第1項(事業所得)に規定する政令で定める事業は、次に掲げる事業(不動産の貸付 業又は船舶若しくは航空機の貸付業に該当するものを除く。)とする。 一 農業 二 林業及び狩猟業 三 漁業及び水産養殖業 四 鉱業(土石採取業を含む。) 五 建設業 六 製造業 七 卸売業及び小売業(飲食店業及び料理店業を含む。) 八 金融業及び保険業 九 不動産業 十 運輸通信業(倉庫業を含む。) 十一 医療保健業、著述業その他のサービス業 十二 前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業 (出題の趣旨) 本問は、給与所得と事業所得との区別(設問1)、事業に関連する収入の所得分類 (設問2)、収入金額の計上時期(設問3)、雑所得に係る損失の損益通算利用制限(設 問4)、法人税法第22条3項1号と2号との違い(設問5)について問うものであ る。 設問1は、司法試験受験を目指す者に勉強しておいてほしい弁護士顧問料事件・最 判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁や九州電力検針員事件・福岡地判昭 和62年7月21日訟月34巻1号187頁、福岡高判昭和63年11月22日税資 166号505頁における、給与所得と事業所得の区別の基準を問うている。契約報 奨金が成果報酬的である点は事業所得であることを思わせる一方、元々営業社員は基 本給的な通常の給与を受け取っている点で従属性がうかがわれ、交通費が検針員の自 己負担であった九州電力検針員事件とは異なり本問では交通費・交際費等をAが補填 しBのリスク負担が限定的である点も給与所得であることを思わせる。補填には上限 がありBの負担となる部分もあった点を勘案しても給与所得であるという判断を覆 すことは難しいであろう。 設問2は、印税収入だから雑所得であるという結論に飛び付かずに、所得税法第2 7条の事業所得の基因となる事業と関連性がある業務による収入であるか否かを論 じさせようとしている。 設問3は、所得税法は原則として現金主義を許してはおらず(所得税法第67条の ように限定的である)、雑所得貸倒分不当利得返還請求事件・最判昭和49年3月8 日民集28巻2号186頁における権利確定主義を原則としていることを確認させ ようとしている。司法試験の半分(90分)よりも解答時間が限られている(75分) ことに鑑み、権利確定の判定の要素の論述にあまり時間を割かなくて済むような設定 にした。また、設問3は所得分類も問うている。これは所得税法第33条2項1号の 理解を問うものである。 設問4は、FX取引による収入の所得分類と、損失の損益通算利用の可否について 問うている。類例として会社取締役商品先物取引事件・名古屋地判昭和60年4月2 6日行集36巻4号589頁がある。所得税法第27条の事業所得該当性は、本問の ような状況では、所得税法施行令第63条12号の「対価を得て継続的に行なう事業」 該当性として論じられる。AのしたFX取引が社会通念上事業といえるかどうかを判 定してもらう。結論は消極であろう。事業所得でなければ、次に、所得税法第34条 の一時所得か第35条の雑所得かが問題となる。所得税法第34条1項の「営利を目 的とする継続的行為から生じた所得以外」該当性が問題となる。本問では営利を目的 とする継続的行為であるといえよう。よって雑所得となる。雑所得に係る損失は、所 得税法第69条1項の損益通算に利用できる損失として掲げられていないというこ とを論じてもらう。 設問5は、法人税法第22条3項1号の「原価」の意義と、計上時期について問 うている。同項2号では債務確定基準が明記されている一方で、1号に債務確定基 準はない。その趣旨は、1号が「収益に係る」と規定し費用収益対応を重視してい るからであり、また、1号の費用については恣意性がないともいえる。そして、具 体的に原価を損金に計上できるかにつき、牛久市売上原価見積事件・最判平成16 年10月29日刑集58巻7号697頁は、支出の確実性と、合理的見積もり可能 性を要件として、見積もり計上を許すとしている。本問でも、支出の確実性と合理 的見積もり可能性について、論じてもらう。 [経 済 法] X社とY社は、電子部品である甲(以下「甲」という。)を製造販売する日本の会社である。X社 は、Y社から甲の製造販売事業の全てを譲り受けることを計画している(以下「本件計画」という。)。 甲は電子機器である乙(以下「乙」という。)の部品であり、乙は日本を含む世界中で販売されて いる。乙の部品として甲に代わるものはなく、また、乙の部品として用いる以外に甲の用途はない。 乙には、据付け型(以下「据付け型乙」という。)とモバイル型(以下「モバイル型乙」という。) がある。甲には、据付け型乙向けの大型のもの(以下「大型甲」という。)と、モバイル型乙向けの 小型のもの(以下「小型甲」という。)がある。 大型甲の代わりに小型甲を用いることはできないし、小型甲の代わりに大型甲を用いることもでき ない。また、大型甲の製造設備を小型甲の製造設備に変更することはできないし、小型甲の製造設備 を大型甲の製造設備に変更することもできない。なお、甲の製造販売事業を新たに開始することは困 難である。 X社及びY社を含む甲の製造販売業者は世界中に向けて甲を販売できる体制を整えており、日本に 所在するものを含む乙の製造販売業者は、必要な大型甲及び小型甲を、それぞれ世界中の甲の製造販 売業者から購入している。販売価格に占める輸送費や関税の割合は小さく、大型甲及び小型甲のいず れの取引においても、国ごとの価格差はない。 全世界における大型甲の販売状況(販売額に基づく市場シェア)は、X社が50パーセント、Y社 が40パーセント、A社が10パーセントである。近年、据付け型乙の需要は減少傾向にあり、それ に伴い大型甲に対する需要も減少傾向にある。大型甲の需要減少がY社の想定以上であることなどか ら、Y社の大型甲の製造販売部門は大幅な赤字が続いている。今後、本件計画が実現しなければ、近 い将来においてY社が大型甲の製造販売事業から撤退する蓋然性は高い。 大型甲の需要減少に伴い、X社及びY社は、大型甲について十分な製造余力を有する。これに対し て、A社は、大型甲の製造設備を縮小してきており、大型甲について製造余力を有しない。なお、A 社は、本件計画に先立ちY社からなされた、大型甲を含む甲の製造販売事業の全ての譲渡に関する申 出を断ったという経緯がある。 全世界における小型甲の販売状況(販売額に基づく市場シェア)は、A社が30パーセント、X社、 B社及びC社が各20パーセント、Y社が10パーセントである。据付け型乙とは対照的に、近年、 モバイル型乙の需要は増加傾向にあり、それに伴い小型甲に対する需要も増加傾向にある。モバイル 型乙及び小型甲をめぐっては技術開発を含む活発な競争が行われており、小型甲の製品サイクルは短 い。 X社及びY社が小型甲について十分な製造余力を有しないのに対して、A社、B社及びC社は小型 甲について十分な製造余力を有する。モバイル型乙の製造販売業者は、小型甲の製造販売業者に対し て取引交渉上の地位が強く、さらに、低価格調達のために発注方法を工夫している。 〔設問〕 本件計画に基づいてX社がY社から甲の製造販売事業の全てを譲り受けることは、私的独占の禁 止及び公正取引の確保に関する法律第16条第1項に違反するか検討しなさい。 なお、Y社の当該事業は同社の事業の「重要部分」(同項第1号)に該当するものとする。 (出題の趣旨) 本件計画の実行によって、「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること となる」(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」と いう。)第16条第1項)かを、的確に論じることが求められる。 まず「一定の取引分野」については、需要者にとっての代替性を基本として、供給 者にとっての代替性の観点も考慮しつつ、商品の範囲及び地理的範囲のそれぞれを画 定することが必要となる。特に地理的範囲については、国境を越えて地理的範囲が画 定されることがないか、とりわけ世界市場が画定されるのではないかが問題となる。 本件では、全世界における大型甲に係る一定の取引分野、全世界における小型甲に係 る一定の取引分野が、それぞれ画定されようが、上で述べた需要者にとっての代替性 と供給者にとっての代替性の観点から、問題文の事実関係を適切に評価することが求 められる。 次に、画定された一定の取引分野ごとに、競争を実質的に制限することとなるかの 判断を行うことになる。その判断は、単独行動による場合と協調的行動による場合の 2つの観点から行う。 本件では、全世界における大型甲に係る一定の取引分野において、当事会社の市場 シェアは90パーセントとなる。競争者であるA社との市場シェアの格差は大きく、 また、A社には製造余力がないことから、単独行動による競争の実質的制限が生じそ うである。 しかし、Y社の経営状況は厳しく、本件計画を実行しなければ、Y社が当該事業か ら撤退する蓋然性は高い。事業譲渡に係るA社との交渉経緯やA社の経営方針も踏ま えると、本件計画の有無にかかわらず上記市場状況がもたらされるのであるから、競 争を実質的に制限することとはならないとの評価が可能かもしれない。他方、X社や A社ではない市場外の会社等への譲渡の可能性が残される以上、X社への事業譲渡が 最も競争制限的でないとは必ずしも言えず、したがって、やはり競争の実質的制限の 蓋然性を否定することはできないなどの評価も可能かもしれない。いずれの結論であ っても、Y社の経営状況を独占禁止法上どのように評価するのか、結論に至る考えを 説得的に示すことが求められる。 なお、企業結合ガイドラインは、「一方当事会社の企業結合の対象となる事業部門 が、継続的に大幅な損失を計上するなど著しい業績不振に陥っており、企業結合がな ければ近い将来において市場から退出する蓋然性が高いことが明らかな場合におい て、これを企業結合により救済することが可能な事業者で、他方当事会社による企業 結合よりも競争に与える影響が小さいものの存在が認め難いとき。」には、競争を実 質的に制限することとなるおそれは小さいと通常考えられるとするが(企業結合ガイ ドライン第4・2(8)イA)、本件はガイドラインに係る知識そのものを問うもの ではない。 [知的財産法] Xは、建売住宅の販売業用システムに係るデータベース(以下「Xデータベース」という。)を 開発し、販売していた。Xデータベースは、開発費用として3億円、開発期間として2年間を掛け、 Xの多くの従業員が関与し多大な労苦を重ねて建売住宅の情報を収集し、その社運を賭けて制作し たものであった。また、Xデータベースにおいては、そのデータ対象(建売住宅)として、人気エ リアであるA県内に実在する全ての2階建ての建売住宅約3万件が選択され、そのデータ項目とし て、販売開始年月日、坪単価、床面積、間取り、販売状況、住みやすさという各項目が選択され、 これらの各項目がその順序で端末の画面上に表示されるように構成されていた。このうち、「住み やすさ」という項目は、駅からの距離、治安の良さ、公共施設の存在、買い物のしやすさなどを基 に、実際に情報収集に当たったXのベテラン従業員のセンスと感覚により、社内での検討を経て、 居住した場合の主観的な満足度の予想を5段階にランク付けしたものであった。また、Xデータベ ースは、これらの建売住宅が画面上に販売開始年月日の新しい順に表示されるように構成されたも のであった。以上のような特徴を有する建売住宅のデータベースは、他府県のものも含め、これま で存在していなかった。 他方、Yは、Xデータベースを基にして、A県内の建売住宅の販売業用システムに係るデータベ ース(以下「Yデータベース」という。)を制作した。Yデータベースには、Xデータベースの建 売住宅約3万件のデータから、販売開始年月日の新しい順に取り出した 1 万件分の建売住宅のデー タが格納されており、そのデータ項目及びその画面表示上の順序は、Xデータベースにおけるそれ と完全に一致していた。Yデータベースには、Xデータベースにはない最新の販売分として建売住 宅500件のデータも格納されていたが、その500件のデータに係る「住みやすさ」の項目は、 空欄になっていた。 Yは、Yデータベースを、Xデータベースが販売されていたA県及びその近郊の地域で、大々的 に広告宣伝し、その販売活動を開始した。 以上の事実関係を前提として、以下の設問に答えなさい。なお、各設問はそれぞれ独立したもの であり、相互に関係はないものとする。 〔設問1〕 Xは、「Xデータベースは、建売住宅についてこれまで存在していなかったものを、Xの従業員 が多大な労苦を重ねて建売住宅の情報を収集して制作したものであり、建売住宅の選択、住みやす さ等の独自のデータ項目の選択及びそれらの画面表示上の順序に独自の工夫が凝らされているも のであって、著作物性を有する。」と主張している。 Xの上記主張の妥当性について論ぜよ。 〔設問2〕 仮に、Xデータベースに著作物性があり、Xがその著作権を有するとした場合、YがYデータベ ースを制作する行為は、Xの著作権を侵害するものであるといえるか。 〔設問3〕 Xは、「仮にXデータベースに著作物性がなく、YがYデータベースを制作し販売した行為が、 Xの著作権を侵害するものであるとはいえないとしても、このようなYの行為は、不法行為に当た る。」と主張している。 Xの上記主張の妥当性について論ぜよ。 〔設問4〕 Xは、Xデータベースの販売をPに任せることとし、Pに対して、Xデータベースの複製品を独 占的に作成し販売することにつき許諾を与えた。その後、Pは、QがXデータベースの複製品(以 下「Q製品」という。)を無断で作成し販売していることを発見し、Qに対し、Q製品の販売の差 止め及びこれまでの販売分に係る損害賠償を請求した。これに対し、Qは、「そもそも利用権者に すぎないPは、Q製品の販売差止め及び損害賠償を請求することはできない。」と主張している。 仮に、Xデータベースに著作物性があり、Xがその著作権を有するとした場合、Qの上記主張の 妥当性について論ぜよ。 (出題の趣旨) 1 本問は、データベースを題材として、その情報の選択又は体系的構成における創 作性の有無、著作物性が認められる場合の著作権侵害の成否、著作権侵害が成立し ない場合の不法行為の成否、独占的利用権者による差止請求及び損害賠償請求の可 否、についての理解を問うものである。 2 設問1については、データベースが著作物として保護されるためには、その情報 の選択又は体系的構成によって創作性を有することが必要であること(著作権法 (以下「法」という。)第12条の2第1項、法第2条第1項第1号)を踏まえて、 創作性の判断基準を示し、その基準に本問の具体的事情を当てはめて論じることが 求められる。 3 設問2については、複製又は翻案の意義を示した上で、Yデータベースに、Xデ ータベースの1万件分のデータが含まれていること、及びXデータベースにはない 新たな500件のデータが追加されていることを踏まえ、複製権(法第21条)又 は翻案権(法第27条)侵害が成立するか否かを論じることが求められる。 4 設問3については、著作権侵害が成立しないときに不法行為(民法第709条) が成立する場合に関して、その判断基準を示した上で、事案に当てはめる必要があ る。具体的には、最判平成23年12月8日民集65巻9号3275頁【北朝鮮事 件】が判示しているところを念頭に置いて、本問におけるYの行為は、自由競争の 範囲を逸脱しXの営業を妨害するものといえるか否かなどについて論じることが 期待される。 5 設問4については、まず、差止請求の可否については、差止請求権に関する法第 112条第1項を踏まえ、独占的利用権の法的性質について検討しつつ、独占的利 用権者に固有の差止請求権が認められるか否かを論じた上で、これが認められない としても、著作権者の差止請求権を代位行使(民法第423条第1項)できるか否 かを論じることが求められる。 [労 働 法] 次の事例を読んで、後記の設問に答えなさい。 【事例】 Y社は、全国の百貨店内のテナント店舗のほかに多数の路面店を展開して女性服の小売業を営む 会社であり、Xは、平成29年4月1日からY社の路面店A店で販売担当従業員として勤務する有 期労働契約社員である。 Xは、販売担当従業員として勤務を始めた当初の1年半は平均的な成績であったが、接客の才能 を徐々に開花させ、その後は常に売上成績においてA店のトップであった。その一方で、Xの同僚 との関係は良好なものではなく、業務の進め方や店内での従業員間のコミュニケーションの取り方 に問題があった。例えば、A店においては、販売担当従業員が接客をしたことにより来店客が商品 の購入を決めた場合には、当該販売担当従業員が当該商品の配送の手配や代金受領の手続等をする こととされていたにもかかわらず、Xは、これを同僚に押し付けることを繰り返していた。そのた め、同僚らは、Xの接客技術については一目置いていたものの、その勤務態度に大いに不満を持っ ていた。また、Xは、同僚に対し商品の在庫確認を依頼する際に誤った説明をしておきながら、在 庫不足が問題となった際には、上司に対し同僚のミスであるなどと報告して責任を転嫁したり、他 の従業員への必要な声掛けや引継ぎをしないまま勝手に休憩に入ってしまったりすることを繰り 返していた。 Y社の有期労働契約社員の契約期間は1年であり、Y社は、契約更新の際、有期労働契約社員に 対し、新たに労働契約書に署名・押印をさせるだけでなく、その機会に、売上成績や勤務態度、能 力評価などを考慮して更新後の年俸額を決定していた。Xについては、令和2年4月及び令和3年 4月の契約更新の際、勤務態度を改善すべきことが指摘されたものの、売上成績がA店において群 を抜いていたことから、契約不更新の可能性が指摘されることはなかった。その間、A店の店長B は、同店の売上げを支えるXが前記のような勤務態度を改めることを期待してXに対して指導を行 うこともあったが、同僚とのトラブルはなくならず、多くの場合、他の販売担当従業員に対して「多 少は大目に見てやってくれ。」などと言って我慢をさせ、Xとの衝突が激しくなったときには、他の 販売担当従業員を他店へ異動させることも数回あった。 令和3年4月の契約更新後も、Xの売上成績は依然として他の販売担当従業員を引き離してA店 のトップであったが、Xの前記のような勤務態度が根本的に改まることはなく、また、他の販売担 当従業員に我慢を強いてきた結果、A店全体の職場環境は、相当悪化した状態にあった。店長Bは、 新人販売担当従業員2名が、そうした職場環境の悪さやXとの不仲を理由に立て続けに退職したこ とを契機として、これ以上Xを立て続けるのは困難であると感じ、契約の更新の繰り返しにより通 算契約期間が5年を超える前にXの有期労働契約を更新しないこととすることを決断した。Y社は、 契約期間満了日の3か月前よりも更に前の令和3年12月中に、Xに対して、契約を更新しない旨 を通知した。 Xは、Y社が労働契約を更新しなかったことは不当であり、Y社との労働契約は令和4年4月1 日以降も存続していると主張している。 〔設問〕 Xが訴訟で令和4年4月1日以降も労働契約が存続していることを主張する場合、裁判所に対し てどのような請求をすることが考えられるか。また、その請求は認められるか。問題となる法令上 の条文と考えられる論点を指摘しつつ検討し、あなたの見解を述べなさい。 (出題の趣旨) 本問は、女性服小売業者の店舗販売担当従業員として勤務する、期間1年の労働契 約がそれまでに4回更新された有期契約労働者について、直近の売上成績は最上位で ある一方、勤務態度や他の従業員とのコミュニケーションの取り方に問題があり、そ れにより職場環境を著しく悪化させたこと等を理由に、通算契約期間が5年を超えて 労働契約法第18条が適用されることとなる前に、雇止めを行ったという事案を素材 に、当該労働者が裁判上労働契約の存続を主張する場合の請求の内容及びその当否に ついて、問題となる法令上の条文と考えられる論点を指摘しながら論じることを求め たものである。そこでは、いわゆる「雇止め」という労働法の重要かつ最も基本的な 問題の一つについて、正確に理解し、具体的事実の当てはめを的確に行い、論述する 能力が問われている。実務上も近年、雇止めは、均等・均衡待遇の問題などとともに、 有期契約労働者の処遇の在り方に関する最も重要な問題の一つとなっており、法律実 務家には、そのような社会状況やそれに関する議論にも精通しつつ、制定法や判例法 理を踏まえた規範を当該事実関係に的確に適用し、個々の紛争の解決を図る能力が求 められる。加えて、本問では、近年の雇用・勤労環境における個々の労働者の能力・ 成果を重視する傾向と、職場におけるチームワークや協調性の重要性を、有期労働契 約の更新の拒否という場面において、それぞれどのように評価し、それらをどのよう に衡量して、どのような結論を導くかという判断能力も問われている。 本問において論じるべき法律問題の中心は、労働契約法第19条により労働者から の有期労働契約の更新の申込みに対して使用者が従前と同一の労働条件でこれを承 諾したものとみなされ、本件雇止めが認められないこととなるかどうかである。本件 雇止めが認められない場合には、令和4年4月1日を始期とする期間1年の有期労働 契約が成立することとなり、その結果として通算契約期間が5年を超え、同法第18 条による無期労働契約への転換が視野に入り、Xとしては、そのような労働契約上の 地位の確認を裁判所に請求することも可能となる。 同法第19条の適用の有無について論じる上では、次の点が、特に重要なポイント となる。 まず、第1に、同条の構造に照らし、その論理的順序に沿って、同条各号及び柱書 きのそれぞれについて、論ずべき争点を適切に設定することである。特に、同条各号 該当性を判断した後に、同条柱書きの更新拒絶の客観的合理性・社会的相当性を判断 するという2段階の判断枠組みに沿って、同条各号及び柱書きそれぞれの要件に則し た的確な判断をすることが求められる。 第2に、同条第1号該当性については、同号が、東芝柳町工場事件最高裁判決(最 判昭和49年7月22日民集28巻5号927頁)の要件を条文化したものと理解さ れていることを踏まえ、本件において5回目の契約更新を拒絶することが、同号に当 たるかどうか、すなわち、期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上 同視できると認められるかどうかについて、事実関係の中から有意な事実を抽出して これに当てはめ、判断を示すことである。ここでは、特に、Xの業務の内容や、契約 更新のたびに労働契約書に署名・押印をさせるだけでなく成績・能力・勤務態度等を 評価して更新後の年俸額を決定するなどの手続が行われ、期間の定めが形骸化してい たとは認め難い状況にあったことなどが、重要な判断要素となる。 第3に、同条第2号該当性については、同号が、日立メディコ事件最高裁判決(最 判昭和61年12月4日労判486号6頁)の要件を条文化したものと理解されてい ることを踏まえ、当該有期労働契約が、同条第1号に当たるような状態にあったとは 認められないとしても、その期間満了時に当該契約が「更新されるものと期待するこ とについて合理的な理由がある」と認められるかどうかについて、適切な判断枠組み 等を設定し、事案に照らした的確な判断を行うことである。ここでは、契約の回数や 期間だけではなく、それまでの当事者の言動や認識、特に、契約更新の都度勤務態度 を改善すべき旨の指導はなされていたものの、Xと衝突する他の従業員を異動させる などする一方で、契約不更新の可能性は指摘されなかったことなどが、重要な判断要 素となる。 第4に、同条柱書きが規定する、更新拒絶が「客観的に合理的な理由を欠き、社会 通念上相当であると認められないとき」との要件については、本条が、同条各号のい ずれかに当たる場合に、前記の各最高裁判例に照らし、解雇権濫用法理(同法第16 条参照)を類推する趣旨のものであることを踏まえ、その該当性について、事案に即 した適切な判断枠組み・着眼点を設定し、これに事例中の有意な事実を拾い出して当 てはめ、結論を導くことである。ここでは、冒頭でも触れたとおり、有期契約労働者 の処遇について、個人の能力・成果を重視する考え方と、チームワーク・協調性・調 和的な職場環境の維持等を重視する考え方の双方があることや、本件の雇止めが同法 第18条による無期労働契約への転換を回避する目的で行われたものとも認め得る 状況においてなされたものであることなどが、重要な判断のポイントとなり得る。ま た、雇止めに至るまでにどのような措置が採られ、あるいは、採り得たか、特に、問 題となる勤務態度を改める機会や環境が、Xに十分に与えられていたか、などの点に ついても、適切に評価して考慮に入れる必要がある。その上で、本件の雇止めに「客 観的に合理的な理由」があったかどうか、また、「社会通念上相当」と認められるか どうかを、丁寧に論じることが求められる。なお、同条柱書きの要件については、 「申 込みをした場合」に当たるかどうかも問題となろう。 本問は、労働法の重要論点について、関連する法令や判例、それらの理論的な基盤 を正確に理解し、事例へのそれらの規範の適用においてそれぞれ反対の結論の方向に 働き得る諸事実を的確に評価・整理しつつ、説得力のある結論を導くことができるか どうかを問うものである。本問を通じて、労働法の基礎的な論点について深度のある 学習を積み重ねることが重要であることを、改めて強調したい。 [環 境 法] 景観及び眺望に関する以下の設問において、AがB社に対して訴訟を提起する場合、当該訴訟に おいてどのような主張をすることが考えられるか。なお、仮処分については解答しなくてよい。 〔設問1〕 P市Q駅南口から直線状に延びる公道のうち同駅南口から1.2キロメートルの道路は、 「R通り」 と称され、幅員が44メートルと広く、道路の中心から左右両端に向かって車道、自転車レーン、 緑地及び歩道が配置され、緑地部分には100本を超える桜や銀杏等が植樹され、並木道が整備さ れ、良好な景観が形成されている。従来、R通り沿道地域の建築物は高さ20メートル未満とする ことを基本にしてきたが、B社はR通り南端に位置する土地を購入し、地上14階建て・高さ44 メートルのマンション(以下「本件マンション」という。)を建築することとし、完成した。なお、 本件マンションは建築規制に関する行政法規には違反していない。また、P市では、本件マンショ ンの建設当時、上記の景観を保護する法令上の独自の方策を講じていなかった。 R通りに面し、かつ、本件マンションの近隣に位置する土地の地権者であるAは、本件マンショ ンは景観を侵害するものとして、B社に対する法的手段を検討している。なお、本設問の解答に当 たっては、差止め及び原状回復については問わない。 〔設問2〕 S湾に面したT町は、緑豊かな自然が多く残る風光明媚な地域であり、T町は、良好な景観の保 持のために積極的な施策を続けてきた。AがT町のこのような地域に所有する居宅からは、S湾の 美しい眺望を一望できる。Aは、このような景観及び眺望の享受を主な目的として居宅を構えたも のである。 B社は、Aの居宅に近接する土地において、大規模な太陽光発電設備(以下「本件設備」という。) を設置して太陽光発電事業(以下「本件事業」という。)を営む計画を立てている。本件事業は、相 当数の世帯を賄えるだけの電力を地域に供給し、非常時に携帯電話等を充電できる設備も地域住民 に供用する計画である。また、B社は、太陽光発電設備の設置に係るT町の条例に従い、地域住民 に対して本件事業に関する説明会を実施したほか、関係法令を遵守している。しかし、本件設備が 完成すれば、地域の景観の相当部分に本件設備が広がるとともに、Aの居宅からのS湾の眺望のか なりの部分を遮ることにもなる。 Aは、B社に対する法的手段を検討している。本設問の解答に当たっては、予想されるB社の反 論を踏まえつつ、論じなさい。なお、損害賠償請求については問わない。また、問題文中に挙げた もの以外に、条例の内容は考慮しなくてよい。 (出題の趣旨) 設問1は、景観の悪化を理由とする損害賠償請求について問うものであり、設問2 は、景観の悪化及び眺望の阻害を理由とする民事差止請求について問うものである。 設問1では、我が国の環境法における画期的判決であるとともに、学習上の重要基 本判例である、国立景観訴訟最高裁判決を踏まえた上での、「権利又は法律上保護さ れる利益」、その違法な侵害、そして損害の発生の主張が求められる。環境法及び民 法のごく基本的な知識・理解が問われるが、原告Aの主張として構成・論述しつつ、 違法な侵害となる根拠についても的確に論じることが求められる。 設問2では、「権利又は法律上保護される利益」及びその違法な侵害の主張が求め られること自体は、設問1と同様であるが、差止請求の法的根拠を組み込んだ論述や、 景観の悪化のみならず眺望の阻害という問題にも適した主張等が求められ、これらを 構築するための基本的な法解釈・運用能力が問われる。さらに、関係法令が遵守され ている点や、社会的有用性のある再生可能エネルギー設備と私人の権利又は利益とが 対立している点等において、事例に即した主張を展開する論証能力が問われる。 [国際関係法(公法系)] アフリカ中央部に位置するA海外州及びB海外州は、ヨーロッパのC国の植民地として19世紀 初頭から統治されていた。互いに隣接するA・B両海外州の間には山脈があり、その分水嶺は、C 国の国内法で同国の行政区画線の一部としてこれら2つの海外州間の境界線を構成していた。20 世紀に入ると、1930年代からC国内が革命により内乱状態となり、A・B両海外州もその影響 を受けたが、A海外州はその混乱に乗じて、B海外州との間の山脈を越えたところにあるB海外州 内のα地域に税務事務所を設置して、同地域における徴税に係る活動を開始した。これに対してB 海外州は、A海外州に抗議して、A海外州がα地域に設置した税務事務所の撤去を求めるとともに、 当該税務事務所の撤去をA海外州に命ずるようC国に上申したが、A海外州もC国も、こうしたB 海外州の求めに対していかなる対応も行わなかった。 その後、脱植民地化の過程において、A海外州もB海外州も、1960年にそれぞれA国及びB 国としてC国からの独立を果たし、A・B両国は、その独立直後から両国間の国境画定条約を締結 するための交渉を行ってきた。ところが、A国は、α地域を自国領と主張し、その独立直後から同 地域に自国軍隊を駐留させたため、B国は、こうしたA国の行動に対して定期的に抗議を行ってき た。しかし、A国は、更に警察や住民登録のための行政機関等を現地に常駐させるなど、α地域に 対する実効的な支配を強化していったことから、α地域に関係する国境線だけはA国とB国との間 で合意に至らず、常に紛争の火種となっていた。そこで、B国は、1990年に、A国を相手に、 α地域における国境線の画定問題を国際司法裁判所(以下「ICJ」という。)に一方的に付託した ところ、A国は、ICJに出廷する意思を示さず、この問題についてICJが判断を下すことはで きない旨の書簡をICJに送付した。 他方で、A国とB国は、自国の安全保障の観点から、C国及びC国に隣接するD国とともに、1 995年に軍備管理に関するP条約を批准した。この条約によると、当事国は、核兵器を開発も保 有もしないこと(2条)、正規軍の兵員数の上限を2万人とすること(3条)とされていた。なお、 D国は、P条約第2条について、 「この規定は、いかなる状況においても、D国には適用されない。」 という留保を付した上でP条約を批准したところ、C国のみがD国の批准の3か月後にD国の留保 に異議を申し立てた。なお、P条約には留保に関する規定が置かれていなかった。 B国は、A国との国境画定交渉が停滞していることを不満として、2000年頃からα地域を武 力で奪還すべく正規軍の規模を3万人に増やし、その半数の兵力をα地域の近くに配置した。これ に対してA国は、P条約第3条の運用を停止すると宣言し、正規軍の兵員数を4万人まで増員して、 そのおよそ半数の兵員をα地域に駐留させることを決定した。また、A国は、その当時B国内で生 じていた反政府デモを利用し、このデモを指導していた政治団体Sに対して、資金のほか武器・弾 薬等も供与してB国内の状況を更に混乱させようとしたため、この動きを察知したB国は、個別的 自衛権の行使を主張してα地域に自国軍隊を進め、B国軍隊は、α地域に駐留していたA国軍隊と の間で交戦状態に入った。 A国、B国、C国及びD国は、いずれも国際連合(以下「国連」という。)の加盟国である。また、 これら4国は、いずれも1969年の条約法に関するウィーン条約(以下「条約法条約」という。) についていかなる留保も付さずに1980年から当事国となっている。また、P条約については、 A国、B国、C国及びD国のいずれにおいても、それぞれの国内手続が行われて批准がなされ、1 996年に効力が発生している。さらに、A国及びB国は、独立した年に国連に加盟するとともに、 ICJ規程第36条第2項に基づき、裁判所の管轄権を受諾する宣言を行ったが、B国は、 「B国が 本質上自国の国内管轄内にあると判断する紛争」には、この選択条項受諾宣言が適用されない旨を 国連事務総長に通告している。 以上の事実を基に、以下の設問に答えなさい。 〔設問〕 1.B国は、α地域が自国領であると主張する観点から、国際法上いかなる議論が可能かについて 論じなさい。 2.A国は、α地域におけるB国との国境線の画定問題についてICJが判断を下すことはできな いと主張するために、国際法上いかなる議論が可能かについて論じなさい。 3.C国は、条約法条約の適用上、P条約との関連でD国といかなる条約関係を主張することが可 能かについて論じなさい。 4.A国は、自国正規軍の増員をP条約違反に問われないために、国際法上いかなる議論が可能か について論じなさい。 5.A国は、α地域におけるB国の軍事行動が国際違法行為であることを主張するために、国際法 上いかなる議論が可能かについて論じなさい。 (出題の趣旨) 本問は、領域紛争において主張される権原の内容、国際司法裁判所(以下「ICJ」 という。)の管轄権と選択条項受諾宣言への留保の効果、1969年条約法に関する ウィーン条約(以下「条約法条約」という。)における留保制度及び同条約に基づく 条約の終了・運用停止事由、国家による他国の内政への干渉とこれに対する武力行使 の問題といった事項について基本的な知識と理解を問うことを目的としている。 設問1は、A国が実効支配しているα地域をB国が自国領と主張するには、その国 際法上の根拠に基づかなければならず、その根拠を特定することを求めるものである。 B国からすると、A・B両国はC国を旧宗主国として脱植民地化の過程で独立したこ とから、植民地時代のC国の行政区画線がA・B両国間の国境線として認められれば α地域はB国領として認められることになる。植民地時代の行政区画線が独立後に国 境線とされる法理としては、中南米の旧スペイン植民地が独立する際に国境線画定で 用いられたウティ・ポシデティス・ユリス原則(現状承認原則)があるが、これが本 件にも適用されるためには、同原則の出自や内容を正確に特定した上で、ブルキナフ ァソとマリ共和国との間の国境紛争事件ICJ裁判部判決(1986年)においてア フリカの国々に適用されたように、本件のA・B両国にも同原則が適用されることを 示す必要がある。 設問2は、ICJが本案判決に至らないように、裁判所の裁判管轄権又は請求の受 理可能性のいずれかでA国の主張が認容されるように先決的抗弁が提起されること が想定されている。裁判管轄権に関して、A・B両国とも、ICJ規程第36条第2 項に基づく選択条項受諾宣言を行っているものの、B国は、自らが判断することによ り紛争をICJの裁判管轄権から除外できるとする、いわゆる自己判断留保(自動的 留保)を同宣言に付していることから、当該留保自体に対する批判はともかく、ノル ウェー公債事件ICJ判決(1957年)が示すように、A国がB国の自己判断留保 を相互主義に基づき援用することは判例上可能であり、その効果からA国はICJに 対し裁判管轄権が欠如していると主張することを論じることになる。 設問3は、D国によるP条約第2条への留保の許容性を問うものである。A国、B 国、C国及びD国はいずれも条約法条約の当事国であり、またP条約には留保に関す る規定が置かれていないことから、ここでは条約法条約の留保制度が適用されること になる。C国がD国の留保に異議を提起した理由は、ジェノサイド条約留保事件勧告 的意見(1951年)でICJが取り入れて、その後、条約法条約第19条(c)の 規定に明記されたいわゆる両立性の基準に基づき、当該留保の内容がP条約の趣旨及 び目的と両立しないということを踏まえた上で、条約法条約第20条第4項(b)が 適用されることを指摘する。そして、D国が留保を行ってから12か月以内にC国が 当該留保について異議を申し立てたことを確認して(条約法条約20条5項参照)、 C国がD国との間ではP条約の効力発生は肯定してP条約の適用による条約関係の 存在は認めつつも、留保に係るP条約第2条についてのみ効力を否定するか(同20 条4項(b)前段及び同21条1項(b))、それともC国がD国との間でP条約の効 力発生自体を否定してC国とD国との間ではP条約の適用関係は生じないとするか (同20条4項(b)ただし書)のいずれかを主張することが可能であるということ を論じることが求められる。 設問4は設問3に引き続き条約法条約の問題で、多数国間条約の規定に関する重大 な条約違反の効果を問うものである。A国が、P条約第3条の運用停止を主張して自 国軍隊の増強を行うためには、B国による正規軍の増強が、「条約の否定であってこ の条約により認められないもの」 (条約法条約60条3項(a))であるか又は「条約 の趣旨及び目的の実現に不可欠な規定についての違反」 (同60条3項(b))である ことを理由としたP条約の重大な違反であることを示すとともに、当該「違反により 特に影響を受けた」 (同60条2項(b))か、又はP条約の軍備管理条約としての性 質から、当該違反が「条約に基づく義務の履行の継続についてのすべての当事国の立 場を根本的に変更するものである」 (同60条2項(c))ことを示す必要がある。そ して、これによりB国との関係でP条約第3条の運用停止が認められれば、A国もP 条約上の義務を免れ得ることになる。 設問5は、B国内における政治団体Sに対するA国の行為が、B国の軍事活動を正 当化する国際法上の個別的自衛権の発動要件を満たすかどうかを問うものである。B 国による個別的自衛権の主張がその発動要件の不充足ゆえに自国の軍事活動を正当 化できないのであれば、当該軍事活動は国際連合(以下「国連」という。)憲章第2 条第4項にいう武力不行使原則に反する武力行使として国際法違反とされる。A国も B国も国連加盟国であることから、B国による個別的自衛権の発動においては国連憲 章第51条に定める要件のほか、慣習国際法上の要件の充足が求められる。したがっ て、その要件が、武力攻撃の発生、他の手段が利用できない状況という必要性及び先 行する武力攻撃に照らして均衡のとれた自衛措置という均衡性であることを確認し た上で、ニカラグア軍事活動事件ICJ本案判決(1986年)では、反政府勢力に 対する他国の武器供与等は、慣習国際法上、武力攻撃に該当しないことから、A国の 行為もまた武力攻撃に該当せず、先行する武力攻撃の発生という要件が満たされない ことにより、B国の軍事活動は個別的自衛権の行使としては正当化できないことを論 じることが求められる。 [国際関係法(私法系)] 甲国籍のA女は、1987年に甲国P州で生まれ、その後も2009年まで同州にのみ居住して いた。Aの親族は、現在まで同州に居住している。甲国籍のB男は、1987年に甲国Q州で生ま れ、その後も2011年まで同州にのみ居住していた。Bの親族は、現在まで同州に居住している。 A及びBは、2009年に甲国Q州において、いずれも22歳で婚姻して、Aは同州に転居した。 婚姻から約1年後の2010年に同州において、AB間に子C(甲国籍)が生まれた。Cの出生か ら更に1年間、A、B及びCは同州に居住していた。Bは2009年に同州の大学の日本語学科を 卒業後、同州内の地元企業に就職したが、2011年に日本企業に転職し、就業場所が東京となっ たことから、A、B及びCは同年に来日し、現在まで日本で生活を営んでいる。Aは、日本の大学 に甲国語の語学教師として常勤しており、Cは、日本の公立学校に通学している。Cが6歳になる 2016年頃から、Bは、A及びCに対して日常的に暴力を振るうようになり、これによりAB間 の婚姻関係は実質的に破綻し、AとBは翌2017年から別居して、それ以降はAがCを監護して いる。A及びBは、それぞれ今後も日本での生活を継続する予定であり、甲国に帰国する意思はな い。 別居から約5年後の2022年に、Aは、Bとの離婚等を求めて、日本の家庭裁判所に調停を申 し立てた。その後、調停は不成立となり、Aは、Bの暴行等により婚姻関係が破綻したと主張して、 Bを被告として、離婚及びCの親権者をAと定めること、並びに離婚せざるを得なくなったことに ついての精神的苦痛に対する慰謝料200万円及びBの暴行についての精神的苦痛に対する慰謝 料100万円の合計300万円の支払を求める訴えを提起した。 なお、甲国は、P州、Q州を含む複数の州から成る地域的不統一法国であり、州ごとに民法の内 容が異なる。甲国P州民法は、@年齢18歳をもって成年とすること、A離婚をするときは、未成 年の子の親権は父母が共同して行う旨の規定を有している。甲国Q州民法は、@年齢20歳をもっ て成年とすること、A離婚をするときは、未成年の子の親権は父のみが行う旨の規定を有している。 また、甲国には、甲国人が甲国内のいずれの州に属するかを示すような属人法の決定基準として用 いられる統一的な準国際私法の規則は存在しない。 以上の事実に加え、本件において日本の裁判所に国際裁判管轄権が認められること及び日本の国 際私法の観点からみてAB間の婚姻が有効に成立していることを前提として、以下の設問に答えな さい。 〔設問1〕 本件においてAB間の離婚が認められるか否かについて、日本の裁判所は、いずれの国の法を適 用して判断すべきか論じなさい。 〔設問2〕 本件においてAB間の離婚が認められるものとする。その場合において、以下の小問に答えなさ い。 〔小問1〕 日本の裁判所は、Cの親権者をAと定めることができるか。準拠法の決定過程を示しつつ、論 じなさい。 〔小問2〕 Aの慰謝料請求について、日本の裁判所は、いずれの国の法を適用して判断すべきか論じなさ い。 (出題の趣旨) 本問は、渉外的な離婚とそれに伴う親権者の指定及び慰謝料請求の準拠法に関す る基本的理解を問うものである。 設問1は、いずれも地域的不統一法国の国籍を有する者を当事者とする離婚につ いて、その準拠法を問うものである。法の適用に関する通則法(以下「通則法」と いう。)第27条の離婚の問題と性質決定し、同条本文が準用する通則法第25条の 規定の解釈・適用が問題となる。本問では、通則法第38条第3項かっこ書に従 い、当事者それぞれの本国法を特定した後に、通則法第27条本文が準用する通則 法第25条の規定の同一本国法が存在するかを判断し、存在しない場合には、同一 常居所地法が存在するかを検討するというプロセスが論理的に示されなければなら ない。 設問2は、離婚に伴う子の親権者の指定につき、その準拠法の決定と適用を問う ものである。通則法第32条の親子間の法律関係の問題と性質決定し、同条の規定 によって指定される準拠法によることを示した上で、地域的不統一法国の国籍を有 する者である子(と父又は母)の本国法を通則法第38条第3項かっこ書に従い特 定し、通則法第32条の同一本国法を決定するというプロセスが論理的に示されな ければならない。本問では、子と父の同一本国法である甲国Q州法を事案に適用し た結果、父のみが親権者とされ、母が親権者となる余地がないことから、通則法第 42条の公序則の発動の可否についても、本問の具体的な事案に即して、説得的に 論述することが求められている。さらに、公序則の発動があった場合、誰を親権者 として指定すべきかを、法的根拠を示して論じなければならない。 設問3は、離婚に伴う慰謝料請求の準拠法についての理解を問うものである。本問 では、離婚せざるを得なくなったことについての精神的苦痛に対する慰謝料及び夫の 暴行についての精神的苦痛に対する慰謝料が請求されている。それらの慰謝料につい て一括して法律関係の性質決定をするのか、それぞれに分けて性質決定をするのか、 また、通則法第27条の離婚準拠法を適用するのか、通則法第17条以下の不法行為 の準拠法を適用するのかが、論理的に示されなければならない。不法行為と性質決定 する場合には、本問は夫婦という特別の関係にある者の間の不法行為であることから、 通則法第20条の規定が適用されるかどうかについても検討すべきである。