論文式試験問題集 [法律実務基礎科目(民事・刑事)] - 1 - [民 事] 司法試験予備試験用法文を適宜参照して、以下の各設問に答えなさい。 〔設問1〕 弁護士Pは、Xから次のような相談を受けた。 【Xの相談内容】 「私は、中古車の収集を趣味としている個人です。令和4年8月上旬、友人Aが私の自宅に併 設されたガレージに遊びに来た際、私が中古で入手しカスタマイズした自動車(以下「本件車 両」という。)を見ていたく気に入り、是非とも本件車両を売却してほしいと言いました。Aが 余りに強く希望するため、私も根負けして、本件車両を売却することを了解しました。ただ、A が即金での支払は難しく分割払になるというので、私は、そうであれば連帯保証人を付けてほし いと伝えたところ、数日後、Aから、Aの父親Yに連帯保証人となることの内諾を得たとの連絡 がありました。 令和4年8月17日、私は、Aとの間で、本件車両を代金240万円で売却し、代金の支払に ついては、同月から令和6年7月まで、毎月末日限り10万円ずつの分割払とし、Aが分割金の 支払を2回以上怠ったときは催告等要せず当然に期限の利益を喪失する旨を合意しました(以下 「本件売買契約」という。)。 また、私は、Yとの間で、令和4年8月17日、Yが、Aの私に対する上記売買代金の支払債 務につき、連帯して保証する旨の合意をしました(以下「本件保証契約」という。)。 これらの合意については、別紙の売買契約書(以下「本件契約書」という。)に私、A及びY がそれぞれ署名押印する形で行いました。 そして、私は、Aに対し、令和4年8月17日、本件車両を引き渡しました。 しかし、Aは、令和4年8月及び同年9月の各月末に10万円ずつ合計20万円を支払ったの みで、同年10月及び同年11月の各末日が経過したにもかかわらず、分割金の支払を怠り、現 在は行方不明となっています。 そこで、私は、連帯保証人のYに対し、Aに代わって残代金220万円の支払を求めたいと思 います。なお、残代金の元本さえ支払ってもらえればよく、利息・損害金の支払は求めませ ん。」 弁護士Pは、令和5年4月5日、【Xの相談内容】を前提に、Xの訴訟代理人として、Yに対 し、Xの希望する金員の支払を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起することとした。 以上を前提に、以下の各問いに答えなさい。 弁護士Pが、本件訴訟において、Xの希望を実現するために選択すると考えられる訴訟物を記 載しなさい。 弁護士Pが、本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。)において記載すべき請求の趣旨 (民事訴訟法第134条第2項第2号)を記載しなさい。なお、付随的申立てについては、考慮 する必要がない。 弁護士Pが、本件訴状において記載すべき請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1 項。以下同じ。)を記載しなさい。なお、いわゆるよって書き(請求原因の最後のまとめとし て、訴訟物を明示するとともに、請求の趣旨と請求原因の記載との結びつきを明らかにするも の)は記載しないこと。 - 2 - 【Xの相談内容】のうち下線部の事実について、請求を理由づける事実として本件訴状に記載 すべきか否かについて、@結論を答えた上で、Aその理由を簡潔に説明しなさい。 弁護士Pは、Xの権利の実現を確実なものとするため、本件訴訟を提起するに当たり、Yの財 産に対する仮差押命令の申立てを行うこととした。調査の結果、Yはα銀行に対する預金債権を 有するほか、自宅の土地建物(以下「自宅不動産」という。)を所有しているが、自宅不動産に ついては2年前(令和3年)に抵当権(被担保債権はいわゆる住宅ローン債権で、当初債権額は 3000万円)が設定されていることが判明した。なお、α銀行の銀行取引約定書によれば、預 金債権に対する仮差押えは銀行借入れがあった場合にその期限の利益喪失事由とされている。 弁護士Pは、Yの財産のうち、α銀行の預金債権に対し仮差押命令の申立てを行うこととした が、その申立てに当たり、Yの自宅不動産の時価を明らかにする必要があると考えた。その理由 を民事保全法の関係する条文に言及しつつ簡潔に説明せよ。 〔設問2〕 弁護士Qは、本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。 【Yの相談内容】 「(a) 私は、Xから、息子のAが車両を購入した際の代金について、連帯保証人として支払 うよう請求を受けていますが、私が、Aの代金支払債務について連帯保証した事実はあ りません。私は、Aから連帯保証人になってほしいと頼まれたものの、他にもAの借金 の保証をしていましたので、これ以上保証はできないと伝えて断っています。Xは、本 件契約書の連帯保証人欄に私の署名押印があると主張していますが、私は本件契約書に 署名押印などしていません。 (b) AがXから令和4年8月17日に代金240万円で本件車両を購入したこと、代金は 毎月末日限り10万円ずつ24回の分割払の約定だったこと、Aが同月及び同年9月の 各月末に10万円ずつ合計20万円を支払ったのみで、その後、支払をしていないこ と、現在、Aが所在不明であることは、いずれも争いません。 (c) Aは、令和4年9月中旬頃、本件車両につき、いわゆる車検(道路運送車両法所定の 継続検査。以下、単に「車検」という。)のため、業者Bに依頼して検査を受けたとこ ろ、保安基準に適合せず車検が通らなかったとこぼしていました。Aによると、Xか ら、本件車両は保安基準に適合しており、車検は通ると説明されたことから、本件車両 の購入を決めたようですが、実際にはライト(前照灯)の改造部分が保安基準に適合し なかったため、車検が通らなかったそうです。保安基準に適合せず、車検に通らない と、公道を走行させることもできません。Aも、Xに対し、本件車両が保安基準に適合 することを前提に本件車両を購入する旨を伝えていたそうですし、保安基準に適合しな い車両と知っていれば、本件車両を購入しなかったはずです。このように、本件売買契 約はそもそもAの錯誤に基づくものですので、仮に私がAの債務を連帯保証したのだと しても、私としてはXの請求を拒めるのではないでしょうか。」 弁護士Qは、【Yの相談内容】を前提に、Yの訴訟代理人として、本件訴訟の答弁書(以下「本 件答弁書」という。)を作成した。その際、弁護士Qは、【Yの相談内容】(c)を踏まえて、抗弁 として、以下のとおり主張する必要があると考えた。 (あ) (い) Aは、本件売買契約当時、〔 本件売買契約の際、〔 @ Aに同じ 〕にもかかわらず、〔 Yは、Xに対し、〔 B 〕と信じていた。 〕ことを前提にAが本件車両を買い受けることが表 示されていた。 (う) A 〕。 - 3 - 以上を前提に、以下の各問いに答えなさい。なお、本件に民法第95条の適用があることは解答 の前提としてよい。 上記@からBまでに入る要件事実(主要事実。以下同じ。)を、それぞれ記載しなさい。 弁護士Qが、上記(う)が必要であると考えた理由を、民法の関係する条文に言及しつつ、簡 潔に説明しなさい。 〔設問3〕 弁護士Pは、Aが本件車両の検査を依頼した業者Bに対し問合せを行い、次のような回答を得た。 【業者Bの回答結果】 「Aが業者Bに対し、本件車両の検査を依頼したのは令和4年8月28日であり、業者BがA に対し、本件車両のライト(前照灯)の改造部分のため保安基準に適合しない旨を通知したのは 同年9月15日である。」 弁護士Pは、【業者Bの回答結果】を踏まえて、〔設問2〕における抗弁に対する再抗弁を主張 することができるか検討したところ、本件訴訟において、以下のとおり主張する必要があると考えた。 (ア) Aは、遅くとも令和4年9月15日には、本件車両が保安基準に適合しないことを知った。 (イ) Aは、Xに対し、〔 C 〕。 以上を前提に、以下の各問いに答えなさい。 上記Cに入る要件事実を記載しなさい。 上記各事実の主張が再抗弁として機能すると判断した理由を、実体法上の法律効果を踏まえて 説明しなさい。 〔設問4〕 本件訴訟の第1回口頭弁論期日において、本件訴状と本件答弁書が陳述された。同期日におい て、弁護士Pは、本件保証契約の締結を裏付ける証拠として、別紙の売買契約書(本件契約書。な お、斜体部分は全て手書きである。)を、「丙(連帯保証人)」作成部分の作成者をYとして提出 し、書証として取り調べられた。これに対し、弁護士Qは、同期日において、本件契約書のうちY 作成部分の成立を否認した。その後、2回の弁論準備手続期日が行われた後、第2回口頭弁論期日 において、XとYの各本人尋問が実施され、Xは【Xの供述内容】のとおり、Yは【Yの供述内 容】のとおり、それぞれ供述した(それ以外の者の尋問は実施されていない。)。なお、各供述の うち下線部については該当する書証が提出されて取り調べられており、その成立に争いがない。 【]の供述内容】 「私は、令和4年8月上旬に学生時代の友人Aにせがまれて、私が収集しカスタマイズした中 古車(本件車両)をAに売却することになりました。代金額について240万円とすることが決 まりましたが、Aから、蓄えがないので、代金は分割払にしてほしいと言われました。私は、古 くからの友人の頼みでもあり、これを了承しましたが、代わりに、連帯保証人を付けてほしいと 頼みました。そうしたところ、同月10日頃、Aから、父親のYに連帯保証人になってもらうこ とで内諾を得たとの説明を受けました。Aは、あらかじめYには契約書の連帯保証人欄に署名押 印してもらっておくというので、私は、インターネットで見つけたひな型を使って本件契約書の 文案を作成し、Aに交付しました。 令和4年8月17日、Aが私の自宅にやってきました。このとき、本件契約書の丙(連帯保証 - 4 - 人)の署名欄には既にY名義の署名押印があり、Aは、Yの印鑑登録証明書を持参していまし た。私とAは、本件契約書の甲(売主)の署名欄と乙(買主)の署名欄にそれぞれ署名押印しま した。 本件契約書のY名義の署名がYの自筆によるものかは不明ですが、Y名義の印影は、間違いな くYの実印によるものです。 私は、その日(令和4年8月17日)の夜にY宅に電話をして、Yに、本件車両の売却につい て、Aとの間で本件契約書の調印が終わり、Yとの間で本件保証契約が成立したことを報告しま した。Yは、『Aからも聞いているので問題ない』と応じました。 なお、Yは、Aがアパートを借りる際の保証人となるため、実印を預託したと供述しますが、 Aの住民票によれば、AがYの自宅から住所を移転したのは令和4年12月15日のことで す。」 【Yの供述内容】 「私は今年で72歳になります。令和4年8月当時、私の自宅に同居していた息子のAが、そ の友人のXから本件車両を購入したことは事実のようです。しかし、本件契約書のうち私が連帯 保証人になっている部分は全く身に覚えがありません。 Aは昔から浪費癖があり、金銭消費貸借契約書のとおり、令和4年8月当時、私は、Aの貸金 業者に対する約200万円の借入れについて保証人になっていました。私は、Aから、友人の車 を分割払で買うので保証人になってほしいと言われましたが、年金振込通知書のとおり、当時、 月15万円の年金暮らしで生活に余裕がありませんでしたので、さすがにこれ以上は無理だと言 って断りました。私の日記の同月9日の欄にも、「Aから車購入の相談。保証はさすがに断 る。」と記載されています。 ちょうど同じ令和4年8月にAが就職し、私の自宅を出て一人暮らしをすることになり、アパ ートの賃貸借契約を結ぶことになりましたが、賃貸借契約に保証人が必要とのことでしたので、 私は、保証人になることを承諾し、Aに私の実印を預け、印鑑登録証明書を渡したことがありま した。実印は1週間くらいで返してもらいましたが、この時に預けた実印を悪用し、本件契約書 に私の実印を無断で押したのだと思います。なお、本件契約書の私名義の署名は、私の筆跡に似 てはいますが、私が記載したものではありません。 令和4年8月17日、知らない男性から電話があって、保証がどうとか言われましたので、私 は、Aがアパートを借りた際の不動産仲介業者だろうと思い、適当に相づちを打ってしまいまし た。この電話の際に、相手から車の売買の件であるなどといった説明はありませんでした。」 以上を前提に、以下の各問いに答えなさい。 弁護士Qは、本件契約書のY作成部分の成立を否認するに当たり、次のように理由(民事訴訟 規則第145条)を述べた。以下のD及びEに入る陳述内容を記載しなさい。 「本件契約書のY名義の印影が〔 D 〕ことは認めるが、同印影が〔 E 〕ことは否認す る。YがAに預託した実印を、Aが預託の趣旨に反して冒用したものである。」 弁護士Pは、本件訴訟の第3回口頭弁論期日までに、準備書面を提出することを予定してい る。その準備書面において、弁護士Pは、前記の提出された書証並びに前記【Xの供述内容】及 び【Yの供述内容】と同内容のX及びYの本人尋問における供述に基づいて、本件保証契約が締 結された事実が認められることにつき、主張を展開したいと考えている。弁護士Pにおいて、上 記準備書面に記載すべき内容を、提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を 踏まえて、答案用紙1ページ程度の分量で記載しなさい。なお、記載に際しては、本件契約書の Y作成部分の成立の真正に関する争いについても言及すること。 - 5 - (別紙) (注)斜体部分は全て手書きである。 売買契約書 1 売主甲( ])は、買主乙(A)に対し、別紙目録(省略)記載の車両を代金24 0万円で売却する。 2 乙は、甲に対し、前項の代金240万円を、次のとおり分割して支払う。 令和4年8月から令和6年7月まで 毎月末日限り10万円ずつ(24回払) 3 連帯保証人丙(Y)は、甲に対し、乙の甲に対する第1項及び前項の代金支払債 務を連帯して保証する。 4 (以下略) 令和 4 年 8 月 17 日 甲(売主) X X印 A Y A印 Y印 乙(買主) 丙(連帯保証人) - 6 - [刑 事] 次の【事例】を読んで、後記〔設問〕に答えなさい。 【事例】 1 V(25歳、男性)は、令和5年6月1日午前8時頃、H県I市内のQ公園内ベンチに座り、 同ベンチ上に財布が入った水色のリュックサックを置いていた。Vがうとうとしていたところ、 同ベンチの背後から、男(以下「犯人」という。)が手を伸ばし、リュックサックをつかんだ。 Vが人の気配を感じて目を覚まし、リュックサックがないことに気付いて周りを確認すると、リ ュックサックを肩に掛けて逃走する犯人の後ろ姿が数十メートル先に見えた。そこで、Vは「待 て、泥棒。」と叫び、犯人を追い掛けた。Vは犯人に追い付き、犯人の背後から、犯人が着用し ていたパーカーのフード部分を右手でつかみ、左手で犯人の上半身を抱きかかえようとした。す ると、犯人は、リュックサックを前方に投げ、「やめろ、離せ。」と言って、Vの左手を自分の 左手で払い、右手を勢いよく後ろに振った。犯人の右手の甲がVの頬と鼻に当たり、Vはその衝 撃でフードから手を離した。そして、犯人はVの方に向き直り、Vの胸部を正面から両手で押 し、Vは尻餅をついた。Vはすぐさま起き上がり犯人を追い掛けようとしたが、公園の芝生が湿 っていたため転倒してしまった。その隙に、犯人は、リュックサックを拾い、付近に停めてあっ た赤色の自転車に乗って逃走した。Vは、自転車で逃走する犯人を走って追い掛けたが、Q公園 正面出入口付近で犯人を見失った。なお、本件事件の目撃者はいなかった。 2 Vは、ズボンのポケットに入れていた携帯電話で110番通報をし、同日午前8時15分頃、 I警察署の司法警察員KらがQ公園に臨場した。Vは、Kに、前記被害状況に加え、Vのリュッ クサックの中には、前日に給料として受け取った現金22万9500円(一万円札22枚、五千 円札1枚、千円札4枚、五百円硬貨1枚)とNKドラッグストアの会員カード1枚在中の財布が あったこと、財布は、茶色の革製で二つ折りであることを説明した。そして、犯人については、 「見たことのない男で、身長は170センチメートルくらいで細身だった。年齢は60歳前後だ と思う。黒い帽子と黒いマスクを着けており、上下紺色の着衣で、白いスニーカーを履いてい た。上着はパーカーでフードが付いていた。私は、リュックサックを取り戻すために同フードを 引っ張ったが、男は暴れて抵抗し、最後は倒されて強くお尻を打った。今も痛む。」と供述し た。 Vは、高校卒業後、とび職人として建築現場で稼働しており、身長175センチメートル、体 重75キログラムで、週4回はジムでトレーニングをする習慣があった。 Kらは、引き続きQ公園の実況見分を行った。Q公園は、広大な敷地を有する公園であり、V が座っていたベンチは、一周400メートルのジョギングコースに沿って設置されていた。 Kらが、Q公園正面出入口に設置してある防犯カメラ1台の画像を確認したところ、同日午前 7時45分頃、黒い帽子と黒いマスクを着け、紺色のパーカーとズボンを着用し、白いスニーカ ーを履いた人物が、赤色の自転車に乗って同正面出入口からQ公園敷地内に入ってきて、午前8 時9分頃、同一の人物が、水色のリュックサックを背負い、赤色の自転車に乗ってQ公園を出 て、I市内のX駅方面に走り去っていく姿が撮影されていた。Vが座っていたベンチ付近には防 犯カメラは設置されておらず、被害状況は確認できなかった。Kらは、Q公園に設置してあるそ の他の防犯カメラ画像も確認したが、犯人と思われる人物は撮影されていなかった。 その後、Vは、KらとI警察署に行き、本件事件の被害届を提出し、前記被害状況等に関する Vの司法警察員面前調書が作成された。Kは、Vに、医師の診断を受けるよう伝え、Vは帰宅し た。 3 同日午後1時20分頃、Kは、Q公園から約2キロメートル離れたX駅付近を警ら中、X駅前 - 7 - の路地で、前記防犯カメラに撮影されていた人物と同様、黒い帽子と黒いマスクを着け、紺色の パーカーとズボンを着用し、白いスニーカーを履いた男を発見した。その男は、水色リュックサ ックを背負っていた。そこで、Kが、男に話を聞こうと近付いて行ったところ、男は駆け出し た。Kが男に追い付いて停止させた上、「そのリュックサックはあなたの物ですか。」と聞く と、男は、「そうです。」と答えた。Kが、「何が入っているのですか。」と聞くと、男は、 「中を見たければどうぞ。」と言ってリュックサックをKに渡した。Kが中を確認すると、茶色 の革製二つ折り財布が入っており、その中に現金22万9500円(一万円札22枚、五千円札 1枚、千円札4枚、五百円硬貨1枚)とNKドラッグストアの会員カード(無記名で会員カード 番号が記載されているもの)1枚が入っていた。Kが、身分を証明するものを見せてほしいと言 うと、男は、「今は持っていない。家に来てくれれば自動車運転免許証はある。」と答えたた め、Kは、男の了承を得て、一緒に男の家に向かった。 男の家は、X駅から徒歩で約10分の場所にあるアパートであった。自室前には赤色の自転車 が停めてあったため、Kが「これはあなたの自転車ですか。」と聞くと、男は「そうです。」と 答えた。 男は、Kに自動車運転免許証を提示した。男の氏名はA(65歳、身長168センチメート ル、体重55キログラム)であった。Aは、「私はこの家に一人で住んでいます。1年前から体 調が良くなく、現在は無職で生活保護を受けています。」と述べたため、Kが「生活保護を受け ながら約23万円ものお金を財布に入れていたのはなぜですか。」と聞くと、Aは「すみませ ん。実は、水色のリュックサックとその中の財布は、今日午後1時頃、X駅前のバス乗り場ベン チ横のごみ箱に捨ててあったので拾いました。お金が入っていたので、警察に届けた方がいいの ではないかと思いながら持っていたら警察に声を掛けられました。前科があるので、本当のこと を言っても警察に捕まるのではないかと怖くなり嘘をついてしまいました。」と述べた。その 後、Kが確認をしたところ、Aは、現在は無職で、I市の生活保護を受けており、傷害や暴行の 前科が複数あることが判明した。Kは、AにI警察署への任意同行を求め、Aはこれに応じ、K とAは、同日午後2時頃、I警察署に到着した。 4 その頃、警察から連絡を受けたVがI警察署を訪れ、Aが所持していた物品を確認し、「水色 のリュックサックと財布、その中に入っている現金や会員カードは私の物です。」と述べた。そ して、Vは、事情聴取を受けているAを別室からマジックミラー越しに確認し、「犯人と目元が 似ており同一人物であると思う。ただ、犯人はマスクをしていたので断定はできない。」と述べ た。同日、Vは、病院へ行って診察を受けており、「左足首捻挫、全治約10日間」と記載され た診断書をKに提出した。Kは、Vの左足首が腫れているのを確認したので、同部位を写真撮影 した。 そして、Kは、Aの逮捕状の発付を得て、同日午後6時30分頃、Aを、強盗致傷の被疑事実 で逮捕した。Aは、Kによる弁解録取において、「私は、Q公園で、リュックサックを盗んだ り、人を殴ったりしていない。これ以上何も話したくない。」と述べ、その後黙秘した。 5 同年6月2日、Aは、強盗致傷(刑法240条前段)の送致事実(別紙のとおり)によりH地 方検察庁検察官Pに送致された。 @Pは、本件事件記録を確認し、Aが所持していた財布在中のNKドラッグストア会員カード の会員登録情報の捜査記録がなかったことから、Kに連絡をしたところ、捜査未了であったた め、この点につき捜査するように指示をした。 その後、Aは、Pによる弁解録取においても黙秘し、所要の手続を経て、同日中に勾留され た。 6 同日、Aに国選弁護人Bが選任され、同日中にBはAと接見した。Aは、Bに対し、「私は強 盗などしていない。無実の罪で捕まっている。自宅に帰りたい。」と述べた。 Bは、Aを早期に身体拘束から解放すべきであると考えた。そこで、Bの法律事務所に勉強に - 8 - 来ている学生甲、乙及び丙の3名に、勾留されている被疑者を解放する方法としてどのような手 続が考えられるかと尋ねたところ、各人は次のように発言した。 甲「勾留理由開示の請求をすべきだ。」 乙「保釈の請求をすべきだ。」 丙「勾留に対する準抗告の申立てをすべきだ。」 同年6月3日、ABは、勾留の理由及び必要性がないとして裁判所に準抗告を申し立てた。こ れに対し、裁判所は、同日、その準抗告を棄却した。 7 同年6月4日、Aが所持していた財布在中のNKドラッグストアの会員カードの会員登録情報 につき、所要の捜査により、同カードはVのものであることが判明した。 Aが前記のとおり、「水色のリュックサックは、6月1日午後1時頃、X駅前のバス乗り場ベ ンチ横のごみ箱に捨ててあったので拾った。」と述べたことから、Kらは、同年6月7日、I市 内X駅前に設置されている複数の防犯カメラにつき、保存されていた同年5月30日から同年6 月1日までの間の画像を確認したところ、X駅前のバス乗り場周辺が撮影されている画像に、A や水色リュックサックは撮影されていなかった。 同年6月15日、Pは、Vの事情聴取を実施し、Vの検察官面前調書を作成した。Vは、前記 被害状況等に加え、「私の左手で、犯人の上半身を背後から抱きかかえようとした際、犯人の体 に触れた。そのとき細い体だと思った。犯人は、私の左手を振り払って、右手を勢いよく後ろに 振った。犯人の右手は私の頬と鼻に強く当たり、目の前に火花が散ったような衝撃があった。一 瞬何が起きたのか分からず、思わず手を離してしまった。すると、Aが私の方を向いて正面から 私の胸の部分を両手で勢いよく押してきたので、私は後ろに倒れて尻餅をついた。あの細さから は想像がつかない強さだったのでびっくりした。すぐに起き上がって追い掛けたが、芝生が濡れ ており、足を滑らせて転倒した。その時、足首をひねったがそのまま追い掛けたので痛めてしま った。病院で、左足首捻挫の診断を受けたが、生活に支障はなかった。顔とお尻も医者に診ても らったが怪我はなかった。」と述べた。 Pは、所要の捜査を遂げ、Aが所持していた水色リュックサック並びに現金及びNKドラッグ ストアの会員カード在中の財布がVの物であり、本件の被害品であると判断した。そして、BP は、本件犯人がAであることにつき、Aが被害品を所持していたことは重要な事実であるが、そ れのみでは不十分であり、それ以外の事実も加えることでAが犯人であることを立証できると考 えた。 以上の検討を踏まえ、CPは、Aにつき、窃盗と暴行の公訴事実(別紙のとおり)で公判請求 した。 8 その後、Aは接見において、Bに、「私は、Q公園に行っていない。6月1日は自宅にいた。 昼になってX駅の方に向かい、リュックサックは警察官に声を掛けられる直前に拾った。拾った 場所は、X駅前のバス停付近にあるごみ箱だったと思うが、ほかの場所かもしれない。」旨説明 した。Aの説明を踏まえ、Bは、Aと犯人との同一性(犯人性)を争う方針を固めた。 9 第1回公判期日の罪状認否において、Aは「身に覚えがない。」と述べた。 証拠調べ手続において、Pは、関係各証拠の取調べを請求したが、このうち、「被害状況等」 を立証趣旨とするVの検察官面前調書について、DBは「不同意」と述べた。また、「本件後の Vの左足首の状況」を立証趣旨とするKが撮影したVの左足首の写真について、EBは「異議あ り。」と述べた。 〔設問1〕 検察官Pが下線部@の指示をした理由を答えなさい。 検察官Pが、下線部Bのとおり、本件の犯人がAであると認定するに当たり、Aが被害品を所 持していた事実が重要であると考えた理由及びその事実のみでは不十分だと考えた理由を、それ - 9 - ぞれ具体的な事実を指摘しつつ答えなさい。 〔設問2〕 下線部Aにつき、弁護人Bが、Aを早期に身体拘束から解放するために 甲及び乙が提案した各手続を採らなかった理由 丙が提案した手続を採った理由 を各手続の根拠条文を挙げつつ答えなさい。 〔設問3〕 下線部Cにつき、検察官Pが、送致事実の強盗致傷ではなく、別紙記載の公訴事実でAを公判請 求した理由につき、具体的な事実を指摘しつつ答えなさい。なお、Vの供述は信用できるものとし て検討すれば足りる。 〔設問4〕 下線部Dの弁護人Bの意見を踏まえて、その後想定される検察官Pの対応を答えなさい。 下線部Eにつき、異議の法的性質及び異議の理由を述べ、その後想定される裁判所の対応を答 えなさい。 - 10 - (別紙) ※具体的な犯行場所や被害品時価合計金額は省略 送 致 事 実 被疑者は、令和5年6月1日午前8時頃、H県I市内所在のQ公園において、V所有の現金22 万9500円及び財布ほか1点在中のリュックサック(時価合計約○円相当)を窃取して逃走した ところ、Vにその犯行を発見されて追跡され、同公園内において追い付かれて取り押さえられる や、逮捕を免れるため、V(当時25歳)に対し、その顔面を手の甲で1回殴打し、さらに、その 胸部を両手で押してVを転倒させる暴行を加え、同人に全治約10日間を要する左足首捻挫の傷害 を負わせたものである。 公 訴 事 実 被告人は 第1 令和5年6月1日午前8時頃、H県I市内所在のQ公園において、V所有の現金22万9 500円及び財布ほか1点在中のリュックサック(時価合計約○円相当)を窃取し 第2 前記日時場所において、V(当時25歳)に対し、その顔面を手の甲で1回殴打し、さら に、その胸部を両手で押して同人を転倒させる暴行を加え たものである。 罪 名 及 び 罰 条 第1 窃 盗 刑法235条 第2 暴 行 同法208条 - 11 -