論文式試験問題集[公法系科目第1問] - 1 - [公法系科目] 〔第1問〕(配点:100) 我が国では、全ての国民が加入する国民年金と被用者が加入する厚生年金との2本立ての年金制 度となっており、両年金の統合が課題となっている。もっとも、一気に統合を図ることには解決す べき問題が多いため、20XX年、年金制度を所管するA省は遺族年金について新遺族年金として 統合を図ることを検討し、「新遺族年金法案骨子」(以下「新制度案」という。)をまとめた。 遺族年金とは、被保険者が死亡した場合に、当該被保険者によって生計を維持していた遺族が受 けることができる年金であり、被保険者の収入の喪失による所得の減少に対応した金銭給付を行う ことによって、遺族の生活の安定が損なわれないようにすることを目的とするものである。新遺族 年金は、我が国に住所を有する20歳以上65歳未満の全ての者を被保険者とし、被保険者の遺族 に対して、65歳で老齢年金が支給されるまでの間給付される。新遺族年金の財源は、国民年金の 保険料、厚生年金の保険料及び国庫負担金によって賄われ、新遺族年金の保険料は独自には徴収し ない。受給資格を有する遺族は、死亡した被保険者によって生計を維持していた夫、妻、子又は父 母であるが、それぞれ年齢制限がある。現行制度(20XX年時点の制度)の下で遺族年金を受給 してきた者も、新遺族年金の受給資格要件を満たさない限り、新遺族年金を受給することはできな いが、経過措置が採られることとなっている。 新制度案の作成担当者の一人であるBは、同案の憲法適合性について、A省の任期付公務員(法 曹資格者)である甲に相談した。【資料1】は、甲と若手の任期付公務員(法曹資格者)Xとの会 話であり、【資料2】は、新制度案である。 【資料1】甲とXの会話 甲:Bさんから頂いた資料は読んでもらったと思います。詳細についてはなお検討中とのことです が、こうした遺族年金の統合については、憲法の視点からどう評価しますか。 X:現在、厚生年金に加入していた人の遺族は、国民年金による遺族基礎年金に加え、遺族厚生年 金を受給でき、国民年金にのみ加入していた人の遺族より手厚い保障を受けており、遺族間で遺 族年金の受給額に格差が生じています。新制度案では、遺族基礎年金と遺族厚生年金が統合され て、遺族が、定額部分と、被保険者の所得に応じての所得比例部分からなる年金を受給できるよ うになります。ですから、新制度案は、全体としては、公平であるとともに、実効的な遺族の生 活保障につながるものであり、憲法第25条に照らして評価できると思います。 甲:ということは、やはり、憲法との関係で検討を要する部分もあるということですね。だからこ そ、Bさんから、新制度発足後に訴訟でその合憲性が争われることを視野に入れて意見を述べる よう求められています。 X:しかし、生存権を具体化する法律の合憲性については、裁判所は国会に広い立法裁量を認めて いるので、新遺族年金制度が訴訟で争われても簡単に合憲判決が下されることになるのではない ですか。 甲:いや、生活保護基準の改定に関する諸判決を見ると、裁判所も変わりつつあるようにも思えま す。それに訴訟で争われても大丈夫だと自信を持って言えるような制度を作ることによって、制 度に対して高い信頼を得ることができます。そこで、判例だけでなく学説も踏まえて、新制度案 に憲法上の問題がないのか検討していきましょう。どういった点が問題となりますか。 X:まず、死亡した被保険者によって生計を維持してきた配偶者が、被保険者死亡時に、一定の年 齢以上でなければ遺族として新遺族年金を受給できないとされていることが、憲法上問題となり ます。妻の場合、現行制度では年齢に関係なく遺族年金を受給できますが、新制度案では、被保 険者死亡時に40歳以上でないと受給が認められなくなります。例えば、妻が39歳の時に夫が 死亡した場合には、妻は40歳になっても受給資格は得られません。夫の場合には、被保険者死 - 2 - 亡時に55歳以上でなければ受給できません。それから、現行制度の下で遺族年金の給付を受け ている人が、新遺族年金の受給資格要件を満たさない場合、経過措置はあるものの、受給資格を 喪失するとしている点も、憲法違反でないかが問題となります。 甲:なるほど。では、遺族の範囲から検討していきましょう。まず、配偶者について一定の年齢以 上でないと受給者として認めていないことですが、Bさんの説明では、被保険者の死亡後の遺族 の生活を守るという遺族年金の趣旨を踏まえつつも、遺族が就労によって自ら収入を確保するこ とを促進することを目的とするものだとのことです。これまで被保険者の収入によって生活をし てきた人について、就労して収入を得るようになってもらいたいが、年齢が高くなると職を得る ことが難しくなるので、遺族年金を支給する、という考え方ですね。特に、女性の就労促進が期 待されているように思います。 X:そうした考え方も分からないではありません。しかし、家計を支えていた配偶者を亡くした夫 や妻に子がいる場合、子育ての負担があるので、年齢が比較的若くても十分な収入のある職を得 ることはなかなか難しいでしょう。いわゆるシングル・ファザー、シングル・マザーは、年齢を 理由に遺族年金が支給されないと、健康で文化的な生活を営めなくなるのではないでしょうか。 甲:でも、保育園や学童保育の充実化などが進んでおり、子を養育しているシングル・ファザー、 シングル・マザーが就労するための障壁が取り除かれてきています。それに、若いシングル・フ ァザー、シングル・マザーの金銭的不利益はそれほど大きくはありません。新制度案では、子が いる配偶者が遺族年金を受給する場合、子一人当たり月2万円が配偶者の受給する遺族年金に加 算されるという仕組みになっています。そこで、子が一人いる夫又は妻が遺族年金を受給できた としたら、その年金額のうち定額部分は子の加算額2万円を加えた11万円となるはずです。そ れに対して、配偶者が新遺族年金を受給できない場合、子が定額部分として月9万円を受給でき るので、家庭全体でみれば1か月当たり2万円の差にすぎません。他方、子を養育する親に支給 される児童手当、ひとり親家庭の親に支給される児童扶養手当による経済的支援がなされていま す。困窮した場合には生活保護を受けることもできます。 X:生活保護は、利用し得る全ての資産を活用した上でないと受けられないし、生活保護受給者は、 資産を有していないか常にチェックされます。ですから、いよいよとなったら生活保護を受ける ことができるのだから、生活保護以外の社会保障制度の憲法適合性をしっかり検討しなくてもよ い、という考え方には賛成できません。それに、この年齢制限は、一定の年齢に達していない配 偶者について、年齢を理由にして異なる取扱いをするものと言えます。 甲:年齢による区別について合理性を厳密に検討すべきかが、ポイントになるでしょうね。 X:それから、男性と女性とで受給資格が認められる年齢について区別をしていることも問題とな ります。夫は妻の場合よりも15歳も年齢が高くなくては遺族年金を受給できないというのは、 男性は十分な収入を得ることができる職に就いて働くものだが、女性はそうでない、という男女 の役割についてのステレオ・タイプの発想に基づいている疑いがあります。 甲:Bさんによると、夫と妻で遺族年金の受給資格が認められる年齢が異なるのは、男女の就労状 況、収入の実情に大きな格差があるからとのことです。 X:Bさんから頂いた資料によると、昨年の給与所得者の年収では、男性の平均が約600万円、 女性の平均が約300万円と2倍の格差があり、40歳代、50歳代でも1.5倍強の格差があ ります。これは、女性の場合、非正規雇用の職員・従業員が多いからです。例えば、正規雇用の 職員・従業員数は、45歳から54歳で男性約680万人に対して、女性約340万人です。女 性がとりわけ40歳以上で新たに正規雇用の職を得ることが困難であることも、統計上示されて います。確かにこうした男女の就労状況、収入の実情があるのですが、男女共同参画の動きが進 む中で、状況は変わってきています。現状を踏まえて受給資格において男女で年齢差を設けると、 女性の就労促進にもつながらず、現状を固定化することになるのではないかと危惧されます。 甲:では、新遺族年金の受給資格要件が現行制度の下で遺族年金を受給してきた人にも適用され、 - 3 - 新遺族年金の受給資格要件を満たしていないと、受給資格を喪失するとしている点はどうでしょ う。Bさんによれば、この仕組みは、新旧遺族年金制度の下での公平性を担保するためだとのこ とですが。 X:現在受給している遺族年金が受給できなくなるというのは、場合によっては月十数万円の収入 がなくなるわけですから、受給者の生活への影響が大きいですね。もっとも、子がいる妻が遺族 年金の受給資格を欠くことになっても、子が遺族年金を受給できるので、母と子一人の家庭では 月2万円程度の減収にとどまりますが、子の養育にはいろいろとお金が掛かるので、生活への悪 影響は軽視できません。遺族年金の受給者の受給資格を喪失させることは受給者の生存権を侵害 するものではないでしょうか。 甲:生存権を具体化する法律について広い立法裁量が認められるのであれば、新旧制度の下での公 平性の担保という理由で受給資格要件を旧遺族年金受給者に適用する法律を定めることも憲法第 25条に違反しない、ということになるでしょう。そこで、憲法第25条違反だとするのには、 この場合には立法裁量が狭いのだという理屈が必要ですね。 X:既に生じている遺族年金受給権を消滅させてしまうのですから、それには、新制度の下では受 給できないのに、旧制度の下では同じ事情でも受給できている人がいるという不公平感をなくす、 ということ以上の理由が必要ではないでしょうか。 甲:さすがに新制度案でも、現行制度の下で遺族年金を受給している人の期待的利益を考慮して、 新制度案の受給資格要件の適用の結果、遺族年金の受給資格を喪失する場合、経過措置として5 年間、従前の遺族年金の受給を認めるとしていますね。 X:それは当然だと思いますが、それでも5年間で自活できるようになるのか疑問です。それに、 5年間ずっと同額の年金を受給できるわけではなく、3年目からは支給額が半減されることにな っているのは問題です。 甲:では、ひとまず、今日の議論を踏まえて、新制度案の憲法適合性について批判的な見地から意 見をまとめてください。その上で再度議論しましょう。 【資料2】新遺族年金法案骨子(新制度案) 第1 被保険者 日本国内に住所を有する20歳以上65歳未満の者とする。 第2 支給要件 遺族年金は、被保険者が死亡したとき、その者の遺族に支給する。 第3 遺族の範囲 遺族年金を受けることができる遺族の範囲は、被保険者の配偶者(婚姻の届出をしていない が、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)、子又は父母であって、被保険者の死亡 の当時その者によって生計を維持していたものとする。ただし、次に掲げる要件に該当した場 合に限る。 1 妻については、被保険者の死亡のとき40歳以上であること。 2 夫又は父母については、被保険者の死亡のとき55歳以上であること。 3 子については、18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあり、かつ、現に婚 姻をしていないこと。 第4 受給順位 子は配偶者が、父母は配偶者又は子が遺族年金の受給権を取得したときには、遺族年金を受 給できない。 第5 旧遺族年金受給者に対する受給資格要件の適用 国民年金法による遺族基礎年金及び厚生年金保険法による遺族厚生年金(以下「旧遺族年 金」という。)は廃止する。旧遺族年金を受給していた者については、本法の定める遺族に該 - 4 - 当する場合に限り本法による遺族年金を支給する。 第6 経過措置 旧遺族年金を受給していた者で、本法の定める遺族に該当しないものについては、引き続き 5年間に限り従前の遺族年金の受給を認める。ただし、3年目以降は支給額をそれまでの半額 とする。 第7 年金額 年金額は、定額部分と被保険者の所得に応じて決まる所得比例部分とからなる。定額部分は 年108万円とする。ただし、受給者たる配偶者に、遺族に該当する子がいる場合には、子一 人につき年24万円を加算する。子が受給者となる場合には、二人目以降の子一人につき年2 4万円を加算し、受給額は、加算された定額部分を子の数で割った額とする。 〔設問1〕 あなたがXであるとして、甲とXの会話で触れられた論点をめぐり、新制度案の憲法適合性に ついて、判例や学説を踏まえてどのような意見をまとめるべきか論じなさい。 〔設問2〕 〔設問1〕で述べられたXの意見について、それへの反論も想定しつつ、あなたの立場からそ の適否を論じなさい。 なお、本問において現行制度とされているものは20XX年のものであるので、2023年現 在の制度を考慮に入れる必要はない。 - 5 - 論文式試験問題集[公法系科目第2問] - 1 - [公法系科目] 〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕、〔設問1〕、〔設問2〕、〔設問2〕の配点割合 は、35:25:20:20〕) Aは、B県において、特別養護老人ホーム及び老人デイサービスセンター等の複数の社会福祉事 業を経営し、B県における社会福祉事業の中核を担ってきた社会福祉法人であり、Cがその理事長 を務めている。Aの所轄庁であるB県知事は、社会福祉法(以下「法」という。)第56条第1項 及びB県社会福祉法人指導監査実施要綱(以下「本件要綱」という。)に基づき、Aに対し、定期 的に実施している一般監査を実施したところ、Aから、Aの業務執行理事(法第45条の16第2 項第2号)であるDに対し、無利子・無担保でAの総流動資産の2分の1に当たる1億円もの金員 (以下「本件貸付金」という。)が貸し付けられ、Aが法第27条(特別の利益供与の禁止)に違 反している状況にあることが判明した。そこで、B県知事は、Aに対し、本件要綱第7条第1項及 び第2項に基づき、期限を定めて、上記貸付けに至った経緯及び責任の所在について調査(以下 「本件調査」という。)をした上、その結果を踏まえた改善状況報告書を提出するよう指示した。 Cは、理事会において、本件調査に協力するよう各理事に働き掛けたが、Cと対立するDの非協力 的な態度により本件調査が滞ったため、Aは、やむを得ず、B県知事に対し、本件調査が終われば その結果を報告する旨を記載した改善状況報告書を提出した。しかし、B県知事は、社会福祉法人 として高い公益性の確保が求められるAの運営を適正化する必要があると判断し、法第56条第4 項に基づき、Aに対し、期限を定めて、本件調査を速やかに終えた上で、早急に本件貸付金の回収 と理事会の機能強化を図る旨の改善措置を採るよう勧告した(以下「本件改善勧告」という。)。 これに対し、Aが上記期限内に本件調査を終えることができなかったため、B県知事は、同条第5 項に基づき、本件改善勧告に関するAの不遵守を公表したが、Aがこの公表後にも具体的な改善措 置を講じなかったことから、同条第6項に基づき、Aに対し、令和4年9月1日、期限を定めて、 本件改善勧告と同じ内容の改善措置を採ることを命じた(以下「本件改善命令」という。)。 本件改善命令後、Cは、ようやく事実経緯の一部をDから聴取することができたが、なおもその 詳細は不明であり、また、Dから本件貸付金の返済は直ちには困難であるとの説明を受けた。そこ で、Aは、B県知事に対し、本件改善命令を上記期限内に履行することは困難であると申し出たと ころ、B県知事は、CをAの役員(「役員」とは、法所定の理事及び監事をいう。以下同じ。)か ら退任させるため、法第56条第7項に基づき、Aに対し、Cの役員解職勧告を行うことにした。 Aの代表者として同条第9項に基づく弁明手続に赴いたCは、同手続において、本件調査は徐々に 進んでいることや、本件貸付金を回収した上で理事会の機能強化を図る意欲を有しているため、C をAの役員から解職する理由はないことを弁明したが、B県知事は、令和5年3月1日、Aに対し、 本件改善命令により課された義務の不履行を理由として、Cをその対象とする役員解職勧告を行っ た(以下「本件解職勧告」という。)。これに対し、Aは、当該勧告に従うつもりがない旨をB県 知事に表明したところ、B県知事は、Aに対し、行政手続法に基づく聴聞手続を履践した上で、同 年4月20日、Aが法第27条及び本件改善命令に違反し、他の方法により監督の目的を達するこ とができない旨を理由として、法第56条第8項に基づき、解散を命じた(以下「本件解散命令」 という。)。 Cは、本件解職勧告及び本件解散命令の取消訴訟を提起できないかを弁護士Eに相談したところ、 Eからは、Aによる本件解散命令の取消訴訟(以下「本件取消訴訟」という。)の提起と執行停止 の申立て(以下「本件申立て」という。)が提案される一方、Aが本件解職勧告の取消訴訟を適法 に提起できるかどうかについては、引き続き、Eにおいて検討するとの回答を得た。そこで、Cは、 理事会において、Eからの上記提案について説明したところ、Dは、自らも原告となり、本件解散 命令の取消訴訟を提起することを検討したいと発言した。 以下に示された【法律事務所の会議録】を踏まえて、弁護士Eの指示に応じる弁護士Fの立場に - 2 - 立って、設問に答えなさい。 なお、法の抜粋を【資料1 抜粋を【資料2 社会福祉法(昭和26年法律第45号)(抜粋)】に、本件要綱の B県社会福祉法人指導監査実施要綱(抜粋)】に、それぞれ掲げてあるので、適 宜参照しなさい。 〔設問1〕 本件解職勧告が取消訴訟の対象となる処分に該当するか否かについて、想定される反対の見解 の論拠を踏まえて、検討しなさい。 Dが本件解散命令の取消訴訟を提起した場合を想定し、Dに当該取消訴訟の原告適格が認めら れるか、法の規定を踏まえて検討しなさい。ただし、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。) 第9条第2項による検討を行う必要はない。 〔設問2〕 Aが適法に本件取消訴訟を提起したことを前提に、以下の点を検討しなさい。 本件申立てにおいて、Aは、行訴法第25条第2項の「重大な損害」について、どのような主 張をすべきか、想定されるB県の反論を踏まえて、検討しなさい。 本件取消訴訟において、Aはどのような違法事由を主張すべきか、想定されるB県の反論を踏 まえて、検討しなさい。解答に当たっては、本件改善勧告及び本件改善命令が適法であること、 並びに本件解散命令に手続的違法はないことを前提にしなさい。 - 3 - 【法律事務所の会議録】 弁護士E:本日は、Aの案件について検討します。Aに対しては、本件取消訴訟の提起と本件申立て を提案したところですが、本件解職勧告についても取消訴訟を適法に提起できるかについて は我々の宿題事項となりました。Fさんには、医療法上の病院開設中止の勧告について処分 性を認めた最高裁判決(最高裁判所平成17年7月15日第二小法廷判決・民集59巻6号 1661頁)も参考にしながら、本件解職勧告が処分に当たるかどうかの検討をお願いして いましたが、この点はいかがですか。 弁護士F:はい。本件では、処分性を肯定できる根拠もあるかもしれませんが、当該最高裁判決の事 案との違いや勧告の不遵守に対する罰則規定がないことなどもあり、悩ましいところです。 弁護士E:そうですか。ただ、本件解職勧告に関しては、法第56条第9項により、「弁明の機会」 が設けられています。弁明手続は、処分に関して設けられることが多いようにも思うのです が。 弁護士F:しかし、行政手続法第13条第1項第1号の聴聞手続の対象を見ると、本件解職勧告が処 分として法定されているとは一概には言えないかもしれません。 弁護士E:確かにそうですね。それでは、本件解職勧告の処分性の有無については、否定・肯定いず れの見解もあり得るかもしれませんので、当該最高裁判決を参考にしつつ、想定される反対 の見解の論拠も踏まえて、引き続き検討をお願いします。 弁護士F:承知しました。 弁護士E:では、次に本件解散命令の取消訴訟について検討しましょう。Cによれば、Dは自らも原 告となって本件解散命令の取消訴訟を提起することを検討したいと発言していたようです。 Dも本件解散命令の取消訴訟を提起するのであれば、私たちの訴訟戦略に影響があるかもし れませんから、念のため、まずはDの原告適格についても検討しておきましょう。本件解散 命令はAを相手方とする処分ですから、Dは処分の相手方以外の第三者に当たります。Dの 原告適格については、行訴法第9条第2項によって検討することになりそうですね。 弁護士F:しかし、行訴法第9条第2項による検討を経ることなく、Dの原告適格を認める余地がな いのかが気になります。事案を異にするとは思いますが、例えば、形式的には処分の相手方 以外の第三者に当たるけれども、処分の相手方に準ずる者として不服申立適格又は原告適格 を認めた複数の最高裁判決(第二次納税義務者に不服申立適格を認めた最高裁判所平成18 年1月19日第一小法廷判決・民集60巻1号65頁、滞納者の財産が差し押さえられた場 合の当該財産の共有者に原告適格を認めた最高裁判所平成25年7月12日第二小法廷判決 ・裁判集民事244号43頁)もあるところですから、本件でも、Dを本件解散命令の相手 方に準ずる者として捉えられるかどうかを検討しておく必要があるように思います。 弁護士E:そうですね。では、行訴法第9条第2項による検討を行うことなく、法の規定を踏まえて、 Dに本件解散命令の取消訴訟の原告適格が認められることになるのか、検討してください。 弁護士F:承知しました。 弁護士E:次に、Aによる本件申立てについて、今日は、行訴法第25条第2項の「重大な損害」の 要件を満たすかどうかに絞って検討しましょう。「重大な損害」の有無を判断する上での必 要な情報は収集しましたか。 弁護士F:はい。本件解散命令によりAは経営している社会福祉事業を継続することができなくなる という不利益を被ることになります。特に、Aは複数の社会福祉事業を経営している法人で すから、それらの事業を継続できなくなると、Aだけではなく、多数のAの福祉サービス利 用者やAの従業員にも不利益が生ずることになります。もっとも、B県としては、本件改善 勧告、本件改善命令を経ても、Aから依然として具体的な改善策が示されていない現状では、 Aの経営基盤は不安定であると言わざるを得ず、これを放置すれば、Aの福祉サービス利用 者の待遇が悪化し、B県におけるAの多数の利用者にも福祉サービス利用上の被害が及ぶこ - 4 - とを問題視しているようなのです。 弁護士E:分かりました。そういえば、「重大な損害」については、弁護士に対する業務停止3か月 の懲戒処分について執行停止を認めた最高裁決定(最高裁判所平成19年12月18日第三 小法廷決定・裁判集民事226号603頁)がありましたね。この決定と今回のAの案件と では、損害の回復の困難の程度、損害の性質や程度等は異なるかもしれませんが、この決定 も参考にしながら、「重大な損害」の有無について検討してください。 弁護士F:承知しました。 弁護士E:次に、本件取消訴訟の本案部分を検討しましょう。B県は、本件解散命令に関して法第5 6条第8項が定める解散命令の要件を満たす旨の理由を提示しています。Aは、AのDへの 貸付けが法第27条で禁止されている行為に該当することを認めており、また、本件改善勧 告及び本件改善命令の適法性を争うつもりもありません。以上を踏まえて、Aとしては、本 件解散命令の違法事由として何を主張することになりますか。 弁護士F:はい。本件解散命令は、法第27条違反及び本件改善命令違反を理由とするものですが、 Cが退任しないならばAには適正な法人運営が期待できず、「他の方法により監督の目的を 達することができない」として、直ちに本件解散命令を選択したB県知事の判断には問題が あると主張することができると考えます。C自身はAの運営改善に向けて努力はしており、 今回の貸付けの事実経緯も一部判明してきたようです。また、B県知事は、今回の不正がD に起因することを認識しているにもかかわらず、本件解職勧告の拒否を本件解散命令におい て重視しているようなので、Cがこれに反発するのは無理もありません。 弁護士E:御指摘の点は、本件解散命令を選択したB県知事の判断が正しかったのかどうかに影響し そうですね。ところで、法第56条の監督措置に関して処分基準はあるのでしょうか。 弁護士F:処分基準に当たるものはありません。B県では、法第56条に基づく監督措置に関し、個 別事案ごとに判断しているようです。ただ、B県が公表している実績資料を基に本件に類似 すると考えられる事案を確認してみると、Aと同等の資産規模の法人が理事に対して無利子 ・無担保で1億5000万円を貸し付けたことを理由として改善命令が出されたが、当該貸 付金が回収されるなど、改善措置が採られた事案では、解散までは命じられていませんでし た。他方で、Aよりもはるかに資産規模の小さい法人において、1億円が使途不明金として 理事長個人に流出した結果、破産の危機にまで陥り、改善命令が出された後も、理事長自身 が事案の解明にも全く協力せず、当該使途不明金の回収の見込みも立たずに、当該改善命令 に係る措置が採られなかった事案では、解散が命じられていました。これに対して、Aは今 回の貸付けにより、そこまで経営が破綻している状況にあるわけでもありません。 弁護士E:分かりました。では、これらの実績資料で挙げられている事例をも参考にしながら、本件 解散命令を選択したB県知事の判断が正しかったのかについて検討してください。 弁護士F:承知しました。 - 5 - 【資料1 社会福祉法(昭和26年法律第45号)(抜粋)】 (目的) 第1条 この法律は、社会福祉を目的とする事業の全分野における共通的基本事項を定め、社会福祉 を目的とする他の法律と相まつて、福祉サービスの利用者の利益の保護及び地域における社会福祉 (中略)の推進を図るとともに、社会福祉事業の公明かつ適正な実施の確保及び社会福祉を目的と する事業の健全な発達を図り、もつて社会福祉の増進に資することを目的とする。 (定義) 第22条 この法律において「社会福祉法人」とは、社会福祉事業を行うことを目的として、この法 律の定めるところにより設立された法人をいう。 (経営の原則等) 第24条 社会福祉法人は、社会福祉事業の主たる担い手としてふさわしい事業を確実、効果的かつ 適正に行うため、自主的にその経営基盤の強化を図るとともに、その提供する福祉サービスの質の 向上及び事業経営の透明性の確保を図らなければならない。 2 (略) (要件) 第25条 社会福祉法人は、社会福祉事業を行うに必要な資産を備えなければならない。 (特別の利益供与の禁止) 第27条 社会福祉法人は、その事業を行うに当たり、その評議員、理事、監事、職員その他の政令 で定める社会福祉法人の関係者に対し特別の利益を与えてはならない。 (機関の設置) 第36条 2 社会福祉法人は、評議員、評議員会、理事、理事会及び監事を置かなければならない。 (略) (評議員の資格等) 第40条 一〜四 五 次に掲げる者は、評議員となることができない。 (略) 第56条第8項の規定による所轄庁の解散命令により解散を命ぜられた社会福祉法人の解散当 時の役員 六 (略) 2〜5 (略) (役員等の選任) 第43条 2、3 役員及び会計監査人は、評議員会の決議によつて選任する。 (略) (役員の資格等) 第44条 2〜7 第40条第1項の規定は、役員について準用する。 (略) (理事会の権限等) 第45条の13 2 理事会は、全ての理事で組織する。 理事会は、次に掲げる職務を行う。 社会福祉法人の業務執行の決定 二 理事の職務の執行の監督 三 理事長の選定及び解職 3 一 理事会は、理事の中から理事長一人を選定しなければならない。 4、5 (略) (理事の職務及び権限等) 第45条の16 理事は、法令及び定款を遵守し、社会福祉法人のため忠実にその職務を行わなけれ - 6 - ばならない。 2 次に掲げる理事は、社会福祉法人の業務を執行する。 一 理事長 二 理事長以外の理事であつて、理事会の決議によつて社会福祉法人の業務を執行する理事として 選定されたもの 3 前項各号に掲げる理事は、3月に1回以上、自己の職務の執行の状況を理事会に報告しなければ ならない。(以下略) 4 (略) (解散事由) 第46条 社会福祉法人は、次の事由によつて解散する。 一〜五 六 (略) 所轄庁の解散命令 2、3 (略) (監督) 第56条 所轄庁は、この法律の施行に必要な限度において、社会福祉法人に対し、その業務若しく は財産の状況に関し報告をさせ、又は当該職員に、社会福祉法人の事務所その他の施設に立ち入り、 その業務若しくは財産の状況若しくは帳簿、書類その他の物件を検査させることができる。 2、3 4 (略) 所轄庁は、社会福祉法人が、法令、法令に基づいてする行政庁の処分若しくは定款に違反し、又 はその運営が著しく適正を欠くと認めるときは、当該社会福祉法人に対し、期限を定めて、その改 善のために必要な措置(役員の解職を除く。)をとるべき旨を勧告することができる。 5 所轄庁は、前項の規定による勧告をした場合において、当該勧告を受けた社会福祉法人が同項の 期限内にこれに従わなかつたときは、その旨を公表することができる。 6 所轄庁は、第4項の規定による勧告を受けた社会福祉法人が、正当な理由がないのに当該勧告に 係る措置をとらなかつたときは、当該社会福祉法人に対し、期限を定めて、当該勧告に係る措置を とるべき旨を命ずることができる。 7 社会福祉法人が前項の命令に従わないときは、所轄庁は、当該社会福祉法人に対し、期間を定め て業務の全部若しくは一部の停止を命じ、又は役員の解職を勧告することができる。 8 所轄庁は、社会福祉法人が、法令、法令に基づいてする行政庁の処分若しくは定款に違反した場 合であつて他の方法により監督の目的を達することができないとき、又は正当の事由がないのに1 年以上にわたつてその目的とする事業を行わないときは、解散を命ずることができる。 9 所轄庁は、第7項の規定により役員の解職を勧告しようとする場合には、当該社会福祉法人に、 所轄庁の指定した職員に対して弁明する機会を与えなければならない。この場合においては、当該 社会福祉法人に対し、あらかじめ、書面をもつて、弁明をなすべき日時、場所及びその勧告をなす べき理由を通知しなければならない。 10、11 (略) (事業経営の準則) 第61条 国、地方公共団体、社会福祉法人その他社会福祉事業を経営する者は、次に掲げるところ に従い、それぞれの責任を明確にしなければならない。 一 (略) 二 国及び地方公共団体は、他の社会福祉事業を経営する者に対し、その自主性を重んじ、不当な 関与を行わないこと。 三 2 (略) (略) - 7 - 【資料2 B県社会福祉法人指導監査実施要綱(抜粋)】 (趣旨) 第1条 この要綱は、B県知事が社会福祉法第56条第1項の規定に基づき同法第22条に規定する 社会福祉法人(以下「法人」という。)に対して実施する法人指導監査(以下「指導監査」という。) に関し、基本事項を定めるものとする。 (類型) 第3条 指導監査は、一般監査及び特別監査とし、いずれも実地において行う。(以下略) (実施後の措置) 第7条 県は、指導監査を実施後、法令又は通知等の違反が認められる事項を文書指摘事項に、違反 の程度が軽微又は改善が見込まれる事項を口頭指摘事項に、また、違反が認められない場合で法人 運営に資するものと考えられる事項を助言事項として整理し、文書により通知を行うものとする。 2 前項の規定による文書により通知した事項のうち、文書指摘事項については、期限を付して改善 状況報告書の提出を求め、必要に応じて、確認のための再調査を行うものとする。(以下略) - 8 -