【公法系科目】 〔第1問〕 1.本問は、架空の法律(原案)を素材に、職業選択の自由及び営利表現の自由の制約の憲法 適合性について問うものである。いずれも憲法上の権利が争点となる訴訟及びその学習にお いて大きなウェイトを占める権利であり、これらの権利の制約をめぐっては参考となり得る 多くの事例が存在する。本問では、直接には、訴訟ではなく立法過程において憲法上の疑義 を払拭し、より憲法適合的な法案とするための憲法論を展開することが求められているが、 設問文で指示されているように「参照に値する事例」に言及する必要があり、それを踏まえ て立論すべきである。 2.規制@は、飼い主や販売業者等による犬猫の遺棄や、犬猫シェルターへのやむを得ない理 由のない持込みの増加への懸念に対応するために、人と動物の共生する社会の実現という目 的で、犬又は猫の販売業について、免許制を導入するものである。憲法第22条第1項の保 障する職業選択の自由には狭義の職業選択の自由と職業遂行の自由とが含まれる(薬事法事 件(最大判昭和50年4月30日民集29巻4号572頁))と解されるところ、規制@は 犬猫の販売業に免許制を導入するものであって、狭義の職業選択の自由の制限に該当すると 言えそうである。しかし、規制対象は犬又は猫に限定されているため、職業=「動物の販売」 と捉えれば職業遂行の自由の制限と見ることも可能である。 職業の自由に対する規制措置は多種多様な形をとることから、過去の裁判例では、規制の 目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検 討し、比較考量した上で慎重に決定される必要があり、その検討を行うのは第一次的には立 法府の権限と責務であるため、立法府の判断が合理的な裁量の範囲にとどまる限り、立法政 策上の問題としてその判断を尊重すべきとし、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法 等の性質と内容に照らして、これを決定すべきとしてきた。かつては規制目的に着目して審 査基準を使い分ける規制目的二分論が有力であったが、本件法案の規制目的は消極目的でも 積極目的でもないことから、規制目的のみに着目して審査基準を設定することはできない。 その上で、規制@を狭義の職業選択の自由そのものに制約を課すものと見る場合、薬事法 事件で示された、狭義の職業選択の自由の規制は「職業の自由に対する強力な制限であるか ら、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合 理的な措置であることを要」するとの枠組みを踏まえることがまずは求められる。薬事法事 件では、さらに、消極的・警察的措置であることを挙げて「よりゆるやかな制限・・・・・・によ つては・・・・・・目的を十分に達成することができないと認められることを要する」との基準が 示されたが、規制@は先述のように消極目的規制や積極目的規制の枠に分類できないもので あり、規制目的二分論の論理をそのまま用いることはできない。具体的に権利制限の重大性 や規制の性質等に照らした判断が必要となる。 また、職業選択の自由の制約は、職業を行う条件として一定の個人的な資質や能力を要求 する場合(主観的制限)と、当該職業を行おうとする者の個人的な資質や能力には関わらな い基準による場合(客観的制限)とに大別できる。学説には、後者は前者以上の審査密度の 下で正当化されるべきであると唱えるものがある。本件法案骨子の第2のうち、1の要件は 主観的制限に当たるものであり、この学説の考え方によれば、審査密度は相対的に低いもの で足りる。当該要件は、既存業者にとって、施設の改修・変更が必要となることから、その 負担次第では廃業も選択肢に入るものであり、重い権利制限を伴う規制といい得るものの、 諸外国や専門家の意見を踏まえて設定されており、犬猫の適正な取扱いとの関連性があるこ とから、いずれも適合性・必要性を認めることは難しくない。 これに対し、本件法案骨子の第2のうち、2及び3の要件は、需給均衡のため、ないし犬 猫シェルターの安定的運営のために設けられた客観的制限による規制であり、前記学説によ - 1 - ればその正当化はより厳密な審査の下でなされる必要がある。また、薬事法事件が前記のよ うに厳密な手段審査を行ったことを距離制限が客観的制限であることと結び付けて理解する 見方もあり、その立場からすれば、本件法案骨子の第2のうち、2及び3の要件も同様の基 準で審査されるべきと主張することが可能である。 これに対し、規制@を職業遂行の自由の制約と捉える場合には、合憲性の推定はより強く 働く。しかし、本件の立法事実によれば、規制対象となる犬又は猫は、ペットとして飼養さ れている動物の約半数を占めている。そのため、職業遂行の自由の制約であっても、制限の 程度が甚だしいとして審査密度を上げるべきとの主張をなすことが考えられる。この点、薬 事法施行規則による医薬品インターネット販売規制に係る事件(最判平成25年1月11日 民集67巻1号1頁)及び「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関す る法律」による要指導医薬品の対面販売規制に係る事件(最判令和3年3月18日民集75 巻3号552頁)が参考になるだろう。前者は施行規則が委任の範囲を逸脱した違法なもの であると認定した判決であるが、その前提として、当該施行規則により新たにインターネッ トを通じた郵便等販売が禁止された医薬品が広範に及ぶことから、規制が「郵便等販売をそ の事業の柱としてきた者の職業活動の自由を相当程度制約する」としたのに対して、後者は、 要指導医薬品の市場規模が1%に満たない僅かなものであることなどから「職業活動の内容 及び態様に対する規制にとどまるものであることはもとより、その制限の程度が大きいとい うこともできない」と断じている。 さらに、審査基準を設定した上での具体的検討に際しては、客観的制限といった特定の要 素のみで結論を導出することなく、当該事例での制約の程度や権利の内容等を総合して審査 することが求められよう。本件法案骨子の第2の3は、本件法案骨子の第2の2と異なり、 犬猫の販売業には直接関係のない要件である。その審査に際して、いわゆるLRAの審査等 の規制手段としての必要性を問題にして結論を出すだけではなく、問題視されている社会的 状況と規制の不存在との間に合理的な因果関係があるといえるのかについて、設定した審査 基準の審査密度に応じて論じることにより論証を補強することも考えられよう。これについ ても薬事法事件において、薬局開設の自由化により生じると主張された不良薬品の供給の危 険性について、その因果関係が合理的に裏付けられるかについて検討されていたことが参考 になる。 3.規制Aは、犬猫の販売業における広告へのイラスト、写真及び動画の使用の禁止である。 規制Aは典型的な営利広告の自由の規制である。規制Aは、販売物の販売方法に関する規制 とみれば憲法第22条第1項との適合性が問題となるが、広告を一種の表現とみれば、又は、 販売場における写真等の掲出に着目すれば、表現の自由に対する規制と捉えることも可能で ある。 表現の自由は、一般には、いわゆる二重の基準論によってその規制の合憲性は厳格に審査 しなければならないとされるが、営利表現の場合には、自己統治の価値との関連性が希薄で あることや萎縮効果に乏しいこと、裁判所の審査能力の点から必ずしも厳格な審査を要求す るものではないとする見解もある。先例としては、あん摩師等法による灸の適応症広告事件 (最大判昭和36年2月15日刑集15巻2号347頁)が挙げられるが、ここでは誇大広 告等による弊害を未然に防止するためにやむを得ない措置であるとして精緻な審査基準を示 すことなく合憲の結論が導かれている。これに対し学説は、合法的活動に対する真実で誤解 を生まない表現の場合には、主張される規制利益が実質的で、規制がその利益を直接促進し ており、その利益を達成するために必要以上に広汎でないこと、という基準で審査すべきと するものが有力である。 灸の適応症広告事件は、広告掲載事項をごく限定したものであり、規制Aの広告規制と共 通点を持つが、同事件で規制目的とされた誇大広告等による弊害の防止は、実際に販売する - 2 - 犬又は猫の写真を含めて広告への掲載を禁止する規制Aの規制目的とは異なる。そのため、 真実の表現についての規制がどこまで正当化されるかを慎重に検討する必要がある。 〔第2問〕 本問は、都市再開発法(以下「法」という。)に基づく組合施行の第一種市街地再開発事業 を巡る紛争に関して、第三者である隣接市の立場に立って、本件事業計画変更認可の処分性(行 政事件訴訟法第3条第2項)及びその違法性、並びに本件事業計画変更認可と権利変換処分と の間の違法性の承継の各検討を求めるものである。 〔設問1〕は、市街地再開発組合の事業計画の変更の認可の処分性について、これを肯定 する立論を求める問題である。定款と事業計画を対象とする市街地再開発組合の設立の認可(以 下「組合設立認可」という。)については、事業施行権限を付与された強制加入団体を成立せ しめる行為であることを理由に土地区画整理組合の設立の認可の処分性を肯定した最判昭和6 0年12月17日民集39巻8号1821頁と同様の考え方から処分性を肯定することができ るものと考えられる。それに対して、本問では強制加入団体が既に設立されており、新たに加 入させられる者もいない。そこで、組合設立認可が強制加入以外の点で国民の権利義務、法的 地位にいかなる法的効果を及ぼすのか、次いで事業計画の変更の認可が国民の権利義務、法的 地位にいかなる法的効果を及ぼすのかが問題となる。 最判平成4年11月26日民集46巻8号2658頁及び最判平成20年9月10日民集6 2巻8号2029頁は、いずれも地方公共団体が施行する第二種市街地再開発事業又は土地区 画整理事業における事業計画決定の処分性を認めたものであり、本問で提示した事案とは異な る。しかし、両判例の事案における事業計画も、本問における事業計画も、一定の区域内の土 地に対する権利を、換地であれ、権利変換であれ、強制的に異質なものに変化させるための事 業の内容を示すものであり、このことが一連の事業プロセスの出発点となっている点では共通 している。したがって、上記両判例を手掛かりにした論述が求められる。すなわち、@本件に おける事業計画は施行地区を定め、再開発ビルの設計を示すものであり、当該事業の施行によ って施行地区内の宅地所有者等の権利にいかなる影響が及ぶかについて一定の限度で具体的に 予測することが可能となること、A第一種市街地再開発事業に係る組合設立認可が公告される と権利変換手続が開始され、権利変換を希望しない旨の申出をした者を除き、特段の事情のな い限り、施行地区内の宅地所有者等に対して、権利変換処分が当然に行われることになること、 さらにB施行地区内の宅地所有者等は、認可の公告の日から起算して30日以内に、金銭の給 付を受けて施行地区外へ転出するか、又は新たに建築される施設建築物等に関する権利を取得 するかの選択を余儀なくされること、Cしたがって、施行地区内の宅地所有者等は、組合設立 認可により、市街地再開発事業の手続に従って権利変換処分を受けるべき地位に立たされるこ ととなり、その意味でその法的地位に直接的な影響が生じていることについて、論述が求めら れる。以上を根拠として、まずは、本件における事業計画が施行地区内の宅地所有者等の権利 ないし法的地位に対して有する法的効果を手掛かりに組合設立認可に処分性を認めることがで きる。事業計画の変更の認可は、以上のようにして成立する施行地区内の宅地所有者等の権利 ないし法的地位を、何らかの形で直接的に変動させるという意味で、直接的な(個別具体的な) 法的効果を持つといえる。また、新たな施行地区の編入を伴う事業計画の変更にあっては、同 変更の認可が公告されると、法第71条第5項により、同条第1項の定める権利変換を希望し ない旨の申出期間につき、同公告があった日が改めて当該期間の起算日となる点でも直接的な (個別具体的な)法的効果を認めることができる。本件事業にあっては再開発ビルの設計の概 要の変更が伴わない形で施行地区が拡大されるため、個々の組合員に割り当て得る権利床の面 積が変化することも、直接的な(個別具体的な)法的効果といえよう。以上の諸点から、本件 事業計画変更認可にも処分性を認めることができる。 - 3 - なお、上記平成20年最判は建築行為の制限にも言及しているが、判決の多数意見によれば、 それは「具体的な事業の施行の障害となるおそれのある事態が生ずることを防ぐ」ための手段 であるから、それ自体が処分性を肯定する論拠とされているわけではないとの指摘もある。し たがって、建築制限の存在は、それが継続的に課され続けることにより市街地再開発事業の手 続の進行がより確実なものとなるという意味で、本件事業計画変更認可が本件事業の施行地区 内の宅地所有者等の法的地位に直接的な影響を及ぼすことを示す事情として言及することが望 まれる。 〔設問1〕は、本件事業計画変更認可の違法性の検討を求めるものである。【S市都市計 画課の会議録】において示唆したように、本件事業計画変更認可には手続的瑕疵がある。法第 38条第2項によれば、事業計画の変更の認可の申請があった場合には法第16条が適用され るので、同条に従い事業計画の縦覧及び意見書提出手続が履践されなければならない。ただし、 法第38条第2項括弧書きによれば、当該変更が「政令で定める軽微な変更」である場合には、 上記の手続を行う必要はない。【本件の事案の内容】で示した事業計画の変更の内容は、公園 の設置に係る設計の概要の変更、及び新たな土地の編入という形での施行地区の変更である。 このように、本件における事業計画の変更は施行地区の変更を含んでいるところ、【資料 関 係法令】で挙げた都市再開発法施行令第4条第1項各号に列挙された「軽微な変更」の内容を 見ても、施行地区の変更は「軽微な変更」として挙げられていないため、本件における事業計 画の変更は、「軽微な変更」には当たらない。したがって、法第16条の定める手続を履践し なければ、本件事業計画変更認可には手続的瑕疵があることになる。法第16条が定めている 手続のうち、少なくとも意見書提出は「当該第一種市街地再開発事業に関係のある土地(中略) について権利を有する者」に認められていることから、それら手続は単なる情報収集にとどま らず、事業によって影響を受ける土地所有者等の権利保護をも目的としたものであるといえる。 そのような趣旨の手続を全く履践しなかったという瑕疵は、本件事業計画変更認可を違法なら しめるものである。 次に、【S市都市計画課の会議録】では、C地区を施行区域に編入する本件都市計画変更が 違法であることが示唆されている。第一種市街地再開発事業の都市計画決定に処分性が認めら れないこと、したがって、その違法性は後続の処分の違法事由として主張し得ることも会議録 中で示されているが、答案ではそのことを本件事業計画変更認可の違法性を検討するための問 題の所在を明らかにするために明記した上で、本件都市計画変更の実体的な違法性を検討する 必要がある。都市計画決定権者は都市計画を決定するについて一定の裁量権を有しているとい い得るが、その裁量権は法令の定めに従って行使されなければならず、第一種市街地再開発事 業の都市計画については、都市計画法第13条第1項第13号所定の都市計画基準、及び法第 3条各号所定の施行区域の要件を満たす必要がある。本問においては、本件都市計画変更がこ れら規定に違反していることを端的に指摘することが求められる。 都市計画法第13条第1項第13号は、市街地開発事業に係る都市計画基準として、「一体 的に開発し、又は整備する必要がある土地の区域」であることを求めているが、C地区は、都 市計画変更前の施行区域であるB地区とは河川で隔てられており、C地区周辺からB地区側へ は橋が架かっておらず、変更に係る都市計画においても両地区の地理的な接続は予定されてい ないため、B地区と一体的に開発又は整備する必要があるということはできない。また、法第 3条は施行区域とすることができる土地の区域の要件を定めているが、同条第4号は、当該区 域内の土地の高度利用を図ることが当該都市の機能の更新に貢献することを求めている。現況 が空き地であるC地区を公園として整備しても活発な利用を見込むことはできず、本件事業が 施行される地区及びその周辺の都市機能の更新に貢献するということはできない。したがって、 本件都市計画変更は、施行区域要件も満たしていないことになる。 〔設問2〕は、本件事業計画変更認可と本件権利変換処分の間の違法性の承継の検討を求め - 4 - る問題である。違法性の承継の検討は、最判平成21年12月17日民集63巻10号263 1頁を手掛かりにして行うことになるが、そこでは違法性の承継を認める要素として、先行処 分と後行処分が同一の目的を達成するために行われ、両者が相結合して初めてその効果を発揮 するものであること(実体法的観点)と、先行処分の適否を争うための手続的保障がこれを争 おうとする者に十分には与えられていないこと(手続法的観点)とが挙げられている。そこで、 本問では、実体法的観点と手続法的観点の双方から、違法性の承継を否定する論拠と肯定する 論拠とを列挙した上で、違法性の承継を肯定する立論を行うことが求められている。 実体法的観点に関しては、空間利用の態様の決定である事業計画と、その実現手法である権 利変換は趣旨目的を異にしていることが否定論の論拠となろう。それに対して、【市街地再開 発事業の制度の概要】で説明したように、事業計画のうち設計の概要は再開発ビルの各階の平 面図を含むなど、事業計画段階で事業の基本的内容が定められ、権利変換処分はそれを個々の 組合員に適用するものであるから、両者は一体として、権利変換という法効果の実現に向けら れている、との論拠により、実体法的観点から違法性の承継を肯定することが考えられる。 手続法的観点からは、違法性の承継を否定する論拠として、新たな事業地区の編入を伴う事 業計画変更にあっては申請前に宅地所有者等の3分の2以上の同意を要するとされていること (法第38条第2項、法第14条第1項)や、事業計画変更の申請があった場合の事業計画の 縦覧及び意見書提出手続といった手続保障がされていること(法第38条第2項、法第16条)、 事業計画変更認可があると施行地区の変更内容が公告されること(法第38条第2項、法第1 9条第1項、都市再開発法施行規則第11条第3項第2号)といった事情を指摘することが考 えられる。それに対して、肯定論の論拠としては、問題文の【市街地再開発事業の制度の概要】 での「設計の概要」に関する説明に示されているように、事業計画は事業内容を客観的に説明 するものであって、それによって宅地所有者等に生じる権利変動の具体的内容は包括的には明 らかになっているものの、なお、個々の宅地所有者等に与えられるべき権利床等の詳細は確定 には至っていないことや、上記の事業計画の縦覧及び意見書提出手続並びに変更認可の公告の いずれも、施行区域内の宅地所有者等に個別に通知する制度ではないこと、そもそも権利侵害 の重大性と比較すると、利害関係人に対する手続的保障は、後行処分の段階での先行処分の違 法性の主張を排除するに十分であるとはいえないことといった事情を指摘することが考えられ る。 いずれの設問に関しても、資料として挙げられた関係法令の条文を正確に読み取ることが求 められる。特に、読み替え規定や政省令への委任規定を正確に読み解き、どの条文が適用され るのかを正確に特定することが求められる。 【民事系科目】 〔第1問〕 1 設問1について 設問1は、他人物の賃貸借契約において、賃貸人が死亡して目的物の所有者が賃貸人 を単独で相続した事例に基づき、賃借人が、賃貸人の地位を相続した所有者に対し、占有 権原として賃借権を主張することの可否についての検討とともに、賃借人が留置権を行使 して賃借物の返還を拒むことの可否についての検討を求めるものである。 設問1は、賃貸借の目的である建物に雨漏りが生じた事例に基づき、賃借物の一部の 使用収益が不能であることを理由とする賃料減額についての検討とともに、賃借人が修繕 権に基づかずに賃借建物の修繕工事を行い、通常の必要費を超える支出をした場合におけ る必要費償還請求権の成否及び額についての検討を求めるものである。 設問1アでは、Cは、下線部において契約@に基づく賃借権を主張しているものと 解される。 - 5 - ア 最初に、Bの死亡により相続が開始する前には、契約@による賃借権は甲土地の占有 権原とならないことを、論じることが求められる。契約@は、Bが賃料の支払を受けて A所有の甲土地をCに使用収益させる契約であって、他人物賃貸借に当たる。そのため、 Cは、Bに対して賃借権を主張することができても、甲土地の所有者Aに対しては、賃 借権を占有権原として主張することができない。 イ 次に、相続の開始によりAがBの賃貸借契約上の地位や債務を承継した場合にも、こ の点に変わりがないかを、検討することが求められる。判例は、他人の権利の売主が死 亡し、その権利者において売主を相続した場合につき、権利者は、相続によって売主の 義務を承継しても、相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を有し、信義則に反 すると認められるような特別の事情がない限り、売主としての履行義務を拒否すること ができるとする(最大判昭和49年9月4日民集28巻6号169頁)。本問について も、当該判例で示された考え方を踏まえた検討が期待されている。 まず、Aが、相続により、Bのどのような地位・債務を承継したかを分析することが 必要である。Bは、契約@に基づき、他人物の賃貸人として、Cに対し、甲土地の所有 者Aからその賃貸権限を取得し、賃貸権限に基づいて甲土地を使用収益させる債務を負 う(民法第601条、第559条による第561条準用)ところ、Aは、このようなB の地位・債務を相続により承継した(民法第896条)。 次に問われるのは、Aの所有者としての地位との関係である。相続開始後も、Aにお いては、甲土地の所有者としての地位と(Bから承継した)賃貸人としての地位が、融 合することなく併存する。また、相続開始前、Aは、甲土地の所有者として、Bに賃貸 権限を与えるか否かを自由に決することができたところ、相続開始後も、Aは、所有者 としての地位において、Bから承継した債務の履行(甲土地の使用収益を賃貸権限に基 づくものとすること)を拒むことができると解される。相続という偶然の事由によって Aが前記の自由を奪われるべき理由はなく、また、Aの拒否によってCが不測の損害を 受けることもないからである。 結論として、相続の開始後も、Cは、契約@による賃借権を甲土地の占有権原として 主張することができない。 設問1イでは、Cは、下線部において300万円の損害賠償債権を被担保債権とす る留置権(民法第295条)を主張しているものと考えられる。 ア まず、被担保債権については、AがCに甲土地の明渡しを請求したことにより、Aが Bから承継した賃貸人としての債務が履行不能になったこと、契約@には賠償額の予定 (民法第420条)があること、したがって、Cは、Aに対して、債務不履行による損 害賠償(民法第415条第1項)として300万円の被担保債権を有することを、述べ ることが求められる。 イ 次に、物と債権との牽連関係の要件については、その重要性に応じた丁寧な検討が求 められる。判例は、他人の物の売買における買主は、所有者の目的物返還請求に対し、 所有権を移転すべき売主の債務の履行不能による損害賠償債権を被担保債権とする留置 権を主張することは許されないとし、物と債権との牽連関係を否定する(最判昭和51 年6月17日民集30巻6号616頁)。本問についても、当該判例を踏まえた検討が 期待されている。 他人物の賃貸借における賃借人が、賃借物の所有者から返還請求を受けた場合に、賃 貸人の債務の履行不能による損害賠償債権については、物と債権の牽連関係を否定すべ きものと考えられる。例えば、前記の判例(前掲・最判昭和51年6月17日)を参照 すれば、他人物の賃貸人は、自らの債務が履行不能となっても、目的物の返還を賃借人 に請求し得る関係になく、そのため、賃借人が目的物の返還を拒絶することによって損 - 6 - 害賠償債務の履行を間接に強制するという関係が生じないことをもって、牽連関係を否 定する論拠となし得る。また、仮に牽連関係が肯定されるとすれば、賃貸権限のない第 三者が目的物を賃貸した行為によって当該目的物の上に留置権が成立することになり、 目的物の所有者の地位と衝突してしまう。 なお、設例では、相続により賃貸人Bと所有者Aの地位が同一人に帰した後における 留置権の成否が問われている。しかし、相続の開始という事情は、Aにおいて所有者と しての地位と賃貸人としての地位が併存するものと解する限り、留置権の成否(物と債 権の牽連関係の存否)には影響しない。 設問1アでは、Dは、丙室の使用収益の不能により令和4年9月分の賃料債権が当然 減額されたことを理由に、既に支払った同月分の賃料の一部について不当利得返還を請求 しているものと考えられる。 まず、賃借物の一部の使用収益の不能による賃料減額(民法第611条第1項)の成否 についての検討が必要である。Dは、Aから賃借した乙建物のうちの丙室につき、令和4 年9月11日から同月30日までの20日間、雨漏りのために使用収益することができな かった。したがって、令和4年9月分の賃料は、民法第611条第1項により、丙室が乙 建物の使用収益に占める割合及び使用収益を妨げられた日数に応じて当然に減額されるこ とになる。 続いて、不当利得返還請求権の成立を論じることが求められる。令和4年9月分の賃料 につき、Aは、賃料債権が当然減額されるにもかかわらず全額の支払を受けているのであ るから、不当利得(給付利得)が成立する。したがって、Dは、Aに対し、減額分に対応 する賃料の返還を請求することができる。 設問1イでは、Dは、必要費償還請求権(民法第608条第1項)に基づき、本件工 事のために支出した報酬額30万円の償還を請求しているものと考えられる。 ア 本件工事は、雨漏りの修繕工事であるから、その報酬の支払は必要費の支出に該当す る。もっとも、本件工事はAに無断でされたから、当該事情が何らかの意味を持ち得る かの検討が必要となる。本件工事には「急迫の事情」がなく、また、Aに対する事前の 「通知」もないため、本件工事はDの修繕権(民法第607条の2)に基づくものとは 言えない。しかし、民法第607条の2の規定は、同法第608条1項と接続されてお らず、また、同条の趣旨は、専ら、賃借人による賃借物の修繕を賃貸人に対する債務不 履行・不法行為でなくするところにある。したがって、修繕権に基づかない修繕である 場合にも、そのことを理由に、必要費償還請求権が排除され、または償還額が制限され ることにはならない。 イ また、本件では、Dが支出した費用が相当な報酬額よりも多額であるため、その全額 の償還請求を認めてよいかも検討しなければならない。通常の額を超える部分は「賃貸 人の負担に属する必要費」に当たらないと解されるので、Dの必要費償還請求権は、相 当な報酬額20万円を限度とするという結論に至る。 ウ 民法第607条の2の趣旨については、上記アに述べた理解のほか、賃貸人が自ら修 繕する利益の保護にあるとする理解も成り立つ。この立場からは、賃借人が修繕権に基 づかないで修繕を行った場合には、賃借人の必要費償還請求権は賃貸人が自ら修繕を行 ったと仮定した場合の支出額を限度とするものと解される。 2 設問2について 設問2は、不動産の所有権の取得をめぐる争いを素材として、基礎事情の錯誤(動機の錯 誤、事実の錯誤ともいう。以下同じ。)による離婚に伴う財産分与の意思表示の取消しの可 否や、錯誤による意思表示の取消しと第三者の保護といった基本的な問題について正確な理 解をすることができているかどうかを問うとともに、錯誤による意思表示の取消し前の第三 - 7 - 者が保護を受けるための要件としての登記の要否、その第三者と表意者から物権の取得をす る原因を有する者との関係といった応用的な問題について相応の対処をすることができるか どうかを問い、あわせて、問題相互の関係を適切に把握する能力や具体的事実を法的な観点 から適切に評価する能力等を確かめようとするものである。 請求4は、Iが所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権を行使するものであ る。したがって、請求4が認められるためには、Iが丁土地の所有者である必要がある。 もっとも、Gは、錯誤により丁土地の所有権移転原因である契約Bの意思表示を取り消す (民法第95条第1項)こととしている(【事実】15)。このことが認められれば、契約 Bは、それにより遡って無効となる(民法第121条)。無権利者Hからの取得者Iは、 原則として、丁土地の所有権を取得することができない。 そこで、Gの錯誤による契約Bの意思表示の取消しが認められるかどうかが問題となる。 この問題に関連する判例として、最判平成元年9月14日家月41巻11号75頁がある。 ア 離婚に伴う財産分与を内容とする契約Bの意思表示も、売買契約の意思表示等と同じ ように、民法第95条第1項の規定の適用を受ける。 イ 本問では、Gは、離婚に伴う財産分与として丁土地をHに譲渡することを内容とする 契約Bの意思表示を、これに対応する意思をもってしている。そのため、Gの錯誤は、 民法第95条第1項第1号の定める錯誤に当たらない。 もっとも、Gは、真実に反して、Gに課税がされないと認識していた(【事実】13及 び15)。さらに、Gは、財産及び収入の状況が悪かった(【事実】12)一方で、実際に Gに課税される額は、300万円程度であった(【事実】15)。このことを踏まえれば、 民法第95条第1項第2号の「表意者が法律行為の基礎とした事情」の意義については 解釈の余地があるものの、いずれにせよ、Gの錯誤は、同号の定める錯誤、つまり基礎 事情の錯誤に当たるものと考えられる。 ウ では、Gは、錯誤による契約Bの意思表示の取消しをすることができるのか。 (ア) 基礎事情の錯誤による意思表示の取消しは、「その事情が法律行為の基礎とされて いることが表示されていたとき」(以下「基礎事情の表示の要件」という。)に限り、 これをすることができる(民法第95条第2項)。平成29年法律第44号による改 正前の民法の下での動機の錯誤に関する判例(最判平成28年1月12日民集70巻 1号1頁等)の理解の仕方については、争いがあった。 基礎事情の表示の要件については、さまざまな考え方が示されている。例えば、基 礎事情の錯誤による不利益は、本来は表意者が負担すべきであるという観点を基礎に 据えつつ、同要件を満たすためには、表意者が動機となった事情を相手方に一方的に 表示しただけでは足りず、その事情がなければその内容の意思表示の効力は否定され ることについて相手方の了解があったことが必要であるとする見解がある。本問では、 実際にGに課税される額は、300万円程度であったこと(【事実】15)を踏まえつ つ、GがHに対し、Gの財産及び収入の状況が悪いことを伝えた(【事実】12)上で、 Hに課税されることを気遣う発言をした(【事実】13)こと、これに対し、HがHに 課税されるとの理解の下で「私に課税される税金は、何とかするから大丈夫。」と応 じたこと(【事実】13)を考慮すれば、前記の意味でのHの了解まで黙示的にあった ものと評価することができる。 解答に当たっては、首尾一貫した論述をしていれば、どの考え方を採ってもよい。 本問においては、いずれにせよ、基礎事情の表示の要件を満たすものと考えられる。 (イ) 本問では、@Gは、Gに課税がされるのであれば契約Bの意思表示をしなかった(【事 実】15)ため、「錯誤に基づ」(民法第95条第1項柱書)いて意思表示がされたこ との要件(主観的因果関係)を満たす。また、AGは、財産及び収入の状況が悪かっ - 8 - た(【事実】12)一方で、実際にGに課税される額は、300万円程度であった(【事 実】15)ことを考慮すれば、その錯誤が「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照 らして重要なものである」(同柱書)ことの要件(客観的重要性)を満たすものと考 えられる。 これらの要件について、基礎事情の表示の要件(前記(ア))を踏まえた検討がされ ているものについては、高い評価が与えられる。例えば、前記(ア)で示した考え方に よれば、両要件は、実際には重なるところがあるようにみえるため、両要件の関係に ついて検討を行うことが望まれる。 エ 本問では、GとHとの双方が、Gに課税がされないとの同一の錯誤に陥っていたもの と考えられる(【事実】13及び15)。したがって、Gの錯誤がGの重大な過失によるも のであったかどうかにかかわらず、Gは、錯誤により契約Bの意思表示を取り消すこと ができる(民法第95条第3項第2号)。 本問では、Gが錯誤による契約Bの意思表示の取消しをしたことによって、Iは、丁土 地の所有権を取得することができないのが原則である(前記)。もっとも、Gは、民法 第95条第4項の規定により、その取消しをIに対抗することができないのではないか。 ア 民法第95条第4項の規定は、取消しの遡及効(民法第121条)によって害され る第三者、つまり取消し前の第三者についてしか適用されない(詐欺による意思表示の 取消しに関する大判昭和17年9月30日民集21巻911頁を参照)。また、同項の 「第三者」とは、錯誤の当事者及びその包括承継人以外の者であって、錯誤による意 思表示によって生じた法律関係について、新たに法律上の利害関係を有するに至ったも のをいう(詐欺による意思表示の取消しに関する最判昭和49年9月26日民集28巻 6号1213頁を参照)。さらに、同項の「第三者」は、錯誤による意思表示である ことについて、善意無過失でなければならない。 本問において、Iは、取消し前に(【事実】14及び15)、Hから丁土地の所有権 を取得する原因を有するに至っていた(【事実】13)。また、Iは、契約Bの意思表 示がGの錯誤によるものであることについて、善意無過失であった(【事実】15)。 イ もっとも、本問では、Iは、丁土地について、HからIへの所有権移転登記を備えて いない(【事実】14及び16)。そこで、民法第95条第4項の「第三者」は、明文には ないものの、同項の規定により保護を受けるための要件としての登記、つまり権利保護 資格要件としての登記を備える必要があるかどうかが問題となる。 (ア) 詐欺による意思表示の取消しに関する前掲最判昭和49年9月26日は、平成29 年法律第44号による改正前の民法第96条第3項の規定について、同項の「第三者」 を「対抗要件を備えた者に限定しなければならない理由は、見出し難い。」としてい た。もっとも、この判例が扱った事案は、特殊なものであったため、この判例が権利 保護資格要件としての登記を不要としたものであると理解すべきかどうかについて は、争いがある。 (イ) 錯誤による意思表示の取消しについては、まだ議論が十分にされていない。解答に 当たっては、首尾一貫した論述をしていれば、不要説を採っても、必要説を採っても よい。たとえば、錯誤に陥った表意者のほうが欺罔された表意者よりも帰責性が大き い点を考慮するならば、民法第96条第3項の「第三者」について不要説を採るとき はもちろん、必要説を採るときであっても、民法第95条第4項の「第三者」につい ては、不要説を採ることが考えられる。他方で、前記の点を考慮したとしても、この 点は取消しの要件のレベルで考慮されていると捉えるならば、民法第96条第3項の 「第三者」について必要説を採るときは、民法第95条第4項の「第三者」について も必要説を採ることが考えられる。 - 9 - (ウ) 本問では、請求4の相手方は、表意者であるGではない。そのため、表意者との関 係において対抗要件としての登記を備えるべきであるかどうかという問題は、本問で は論ずる必要がない。 民法第95条第4項の「第三者」について不要説を採るときは、Iは、同項の「第三者」 としての保護を受ける。本問では、丁土地についてGからHへの所有権移転登記がされて いる(【事実】13及び16)。この場合において、請求4が認められるのか。 ア この問題については、(1)Iが民法第95条第4項の「第三者」としての保護を受け るときは、錯誤による意思表示の取消しをIに対抗することができなくなる結果、丁土 地の所有権は、G→H→Iと移転すると捉える見解と、(2)この場合であっても、Gと Hとの間で締結された契約Bが有効になるわけではないとして、丁土地の所有権は、G →Iと直接に移転すると捉える見解とが考えられる。(1)のうち、(1-1)Hが登記を備え たことによって丁土地の所有権を確定的に取得するため、Fは、Gから丁土地の所有権 を取得することができず、無権利になると理解するならば、請求4は、認められる。こ れに対し、(1)のうち、(1-2)H自身が登記を備えたことによって丁土地の所有権を確定 的に取得したとFに主張することができない以上、IもそのことをFに主張することが できないと理解するか、又は(2)を採るならば、Iは、登記を備えなければ、丁土地の 所有権を取得したことを民法第177条の「第三者」であるFに対抗することができな い。そのため、請求4は、同条の「第三者」であるFが、登記を備えるまで丁土地の所 有権を取得したことを認めないと主張したときは、認められない。 (1-1)を採るときは、その根拠として、所有権の登記名義人でないGとの間で契約D を締結したFは、保護に値しないことを指摘することが考えられる。他方で、(1-2)又 は(2)を採るときは、その根拠として、契約BはGにより取り消されている以上、Fが 保護に値しないとはいえないことや、(1-1)によれば、Gから丁土地を買おうとする者 が現れなくなり、不動産の流通が著しく阻害されることを指摘することが考えられる。 イ 前記アは、民法第94条第2項の「第三者」の解釈を参考として、考え方の方向性を 示したものである。同項の規定に関する最判昭和42年10月31日民集21巻8号2 232頁は、(2)に準ずる見解を採るものであるとされることがある。解答にあたって は、首尾一貫した論述をしていれば、どの考え方を採ってもよい。また、無効の対抗不 能と取消しの対抗不能との違いを意識した上で、民法第94条第2項の解釈と民法第9 5条第4項の解釈との関係を検討しているものは、その検討が説得的なものであれば、 高い評価が与えられる。 〔第2問〕 1 設問1は、会社法上の公開会社である取締役会設置会社において、少数株主が裁判所の許 可を得て取締役の解任等を目的とする株主総会を招集するに当たり、議決権行使書面及び株 主総会参考書類のほかに、自らが提案する議案に賛成した株主には商品券を贈呈する旨の書 面を株主に交付した場合に生じ得る会社法上の問題についての検討を求めるものである。小 問1は、株主総会の開催に法令違反があると考えた監査役が株主総会の開催前に採ることが できる会社法上の手段の有無の検討を、小問2は、株主総会を招集した少数株主が提案した 議案に反対した他の株主がこれを可決した株主総会決議の取消しの訴えを提起した場合にお いて、当該他の株主の立場において考えられる主張及びその主張の当否の検討を、それぞれ 求めるものである。 設問2は、会社法上の公開会社でない取締役会設置会社において、特定の株主を締め出す ために行われた株式併合について、当該特定の株主がその効力を争うために採ることができ る会社法上の手段に関し、その立場において考えられる主張及びその当否の検討を求めるも - 10 - のである。 2 設問1について 小問1について 小問1においては、Dが監査役として少数株主により行われた違法行為の差止めを請求 するための会社法上の手段の有無が問われている(なお、小問1においては、少数株主の 行為の違法性の有無自体について論ずることは求められていない。)。監査役による違法 行為の差止めについては会社法第385条第1項に規定されているが、同項は、取締役の 行為を対象としていることから、少数株主が裁判所の許可を得て株主総会を招集する場合 にそのまま直接適用することは難しい。まずは、その点を指摘した上で、同項の適用又は 類推適用の可否を検討することが必要となる。この点については、例えば、少数株主は、 株式会社のために株主総会を招集する権限を付与されているのであって個人の利益のため にその権限を付与されているわけではないという意味において取締役に準ずる立場にあ り、取締役と同様、適法に株主総会を招集する義務を負っていると考えられることに加え、 同項の適用又は類推適用を認めなければ、適法性を監査するという監査役の任務を全うす ることができないことなどを指摘して、同項の適用又は類推適用を肯定するということも 考えられるであろう。これに対し、少数株主と取締役とでは立場が異なることや少数株主 による違法な株主総会の招集を差し止められないことになってもやむを得ないことなどを 指摘して、同項の適用又は類推適用を否定することも考えられるであろうが、いずれにし ても、少数株主に株主総会を招集する権限が付与されていることや、少数株主による違法 な株主総会の招集を監査役が差し止めることの必要性などについて、広く考慮した上で、 Dから相談を受けた弁護士としての回答を検討することが求められる。 なお、そのほかにも、別の被保全権利の存在を指摘して仮の地位を定める仮処分命令(民 事保全法第23条第2項)の申立てをするということも考えられないではない。例えば、 監査役の少数株主に対する妨害排除請求権や株主総会決議の取消しの訴えを本案とする仮 の地位を定める仮処分命令を求めることなどを検討することが考えられるであろうが、前 者であれば、そのような権利が存在することを説得的に論ずることが求められるし、後者 であれば、仮処分が認められてしまうと本案の対象となる株主総会決議が存在しないこと となり、そのような方法が許容されるのかも含めて説得的に論ずることが求められること となる。 小問2について 小問2においては、本件決議1について株主総会決議の取消しの訴えを提起したEの立 場において考えられる主張をどのように構成するのかが問われている。具体的には、本件 臨時株主総会1を招集した少数株主である乙社が自らの提案する議案に賛成した株主には 商品券を贈呈する旨の本件書面を株主に交付したことなどを踏まえ、本件決議1が会社法 第831条第1項各号に掲げる場合のいずれに該当するのかを明示して、株主総会決議取 消事由の有無を検討することが求められる。 まず、Eとしては、乙社の行為が「株主の権利の行使に関し、財産上の利益を供与」す るものに該当し(会社法第120条第1項)、株主総会の招集の手続又は決議の方法が法 令に違反するものであった(会社法第831条第1項第1号)と主張することが考えられ る。もっとも、会社法第120条第1項は、「株式会社」による「当該株式会社又はその 子会社の計算においてする」利益供与を禁止しており、少数株主が自らの負担によって行 う行為を直接の対象とはしていない。まずは、そのことを指摘した上で、少数株主の行為 に同項を適用又は類推適用することの可否を検討することが必要となる。この点について は、例えば、同項は、会社財産の浪費を防止するものであり、株主によって意思決定がさ れるべき株式会社が株主の議決権の行使に影響を与えることを禁ずるものであると考える - 11 - のであれば、少数株主が、自らの負担によって商品券を贈与することにより、他の株主の 議決権の行使に影響を与えることには問題はないということとなり、同項の適用又は類推 適用を否定することになろう。これに対し、同項は、株式会社の公正な運営を確保するも のであると考えるのであれば、株式会社による利益供与だけでなく株主総会を招集する少 数株主による利益供与も株式会社の公正な運営を害し得ること、また、そのような問題は 当該株式会社等の計算においてされたものであるか否かを問わずに生じ得ることなどを指 摘し、同項の適用又は類推適用を肯定することもあり得る。 次に、Eとしては、前記の点に加えて、株主総会の招集の手続又は決議の方法が「著し く不公正」であった(会社法第831条第1項第1号)と主張することが考えられる。こ の点については、株主による議決権の行使が株主として株式会社から受ける経済的な利益 とは異なる要因によって左右されるような状況で行われた株主総会決議が「著しく不公正」 であったといい得ることを指摘した上で、本問の事実関係の下で具体的な検討をすること が考えられる。前者については、前記のような状況で行われた株主総会決議が「著しく不 公正」であったといい得る理論的な根拠を自分なりに考察することが求められる。また、 後者については、例えば、乙社が提案する議案に賛成した株主にのみ商品券が贈呈される こと、乙社には当該議案を可決させることに強い利害関係があると認められること、例年 の定時株主総会における結果との比較から乙社による商品券の贈呈が株主の議決権の行使 に影響を与えた可能性が高いことなどを指摘した上で、「著しく不公正」であったといえ るとすることも考えられるであろうし、商品券の額が少額であること、乙社が提案する議 案に反対する議決権の行使をすることが殊更妨害されたわけではないこと、甲社の業績悪 化や筆頭株主である乙社との間で対立が生じているという点で例年とは状況が異なり、例 年の定時株主総会における結果との比較は重要ではないことなどを指摘した上で、「著し く不公正」であったとまではいえないとすることも考えられるであろう。また、そもそも、 株主総会を招集する少数株主であっても、株式会社ではない以上、自らの資金で他の株主 の議決権の行使に影響を与えることとなったとしても「著しく不公正」とはいえないとの 考え方を採用し、その理論的な根拠を自分なりに考察するということも考えられるであろ う。なお、株主総会の招集の手続又は決議の方法が「著しく不公正」な場合には、決議へ の影響の有無にかかわらず、裁量棄却の対象にはならない (会社法第831条第2項参照)。 3 設問2について 設問2は、発行済株式の総数の3分の1に相当する200株を保有する丙社から再建の ための支援を受けていた甲社が、再建のめどがついてきた頃から丙社との間で見解の相違 がみられるようになったことなどから、丙社との間の資本関係を断つために本件株式併合 とそれに続く本件株式分割及び募集株式の第三者割当てを計画したという事例において、 締め出される丙社の立場から、本件株式併合の効力を争うために採ることができる会社法 上の手段に関し、その立場において考えられる主張及びその主張の当否の検討を求めるも のである。 まず、株式併合の効力を争うための会社法上の手段については、会社の組織に関する行 為の無効の訴え(会社法第828条)の対象となっていないことから、このような訴えを 提起するのではなく、株式併合をするための株主総会決議(会社法第180条第2項)の 効力を否定することにより、株式併合が無効となることを主張することが考えられる。そ して、株主総会決議の効力を否定するための会社法上の手段としては、@特別の利害関係 を有する者が議決権を行使したことによって著しく不当な決議がされたとして、株主総会 決議の取消しの訴えを提起すること(会社法第831条第1項第3号)、A決議の内容が法 令に違反することを理由として株主総会決議の無効の確認の訴えを提起すること(会社法 第830条第2項)等が考えられる(なお、@の場合には、丙社が本件決議2の取消しに - 12 - よって株主となる者に該当すること(会社法第831条第1項後段)についても言及する ことができると、なお望ましい。)。会社の組織に関する行為の無効の訴えに関する会社法 第828条の規定を類推適用するということも考えられるであろう。いずれにしても、株 式併合に関する会社法の規定を正しく理解した上で、その効力を争うための会社法上の手 段を検討することが求められる。 次に、前記の各手段のうち、前記@の手段による場合であれば、A又はCが特別の利 害関係を有する者であることや「著しく不当な決議」がされたといえるか否かが問題とな るし、前記Aの手段による場合であれば、「決議の内容が法令に違反する」といえるか否 かが問題となる。まず、どのような場合に「著しく不当な決議」又は「決議の内容が法令 に違反する」といえるのかについて、自分なりの基準を立てる必要があり、なぜそのよう な基準を採用するのかについても、理論的な根拠を自分なりに考察する必要がある。また、 「決議の内容が法令に違反する」といえるか否かを検討する場合においては、法令違反の 根拠についても触れる必要があり、この点については、例えば、いわゆる株主平等原則に 違反すること(会社法第109条第1項)、権利の濫用に該当すること(民法第1条第3項) などを指摘することが考えられるであろう。 その上で、本問の事実関係全体(例えば、丙社の案もAらの案も、甲社の企業価値との 関係では、客観的にいずれか一方が他方よりも優れているとは言い難く、見解の分かれる 問題であったことや、本件株式併合により1株に満たない端数となる株式の買取価格が公 正な価格と認められるものであったことなど)について、多面的に、かつ、適切に評価す るなどして、「著しく不当な決議」又は「決議の内容が法令に違反する」といえるか否かに ついての結論を示す必要がある。 本問は、会社法に明文の規定がない問題を素材に思考力を問うものであり、本件株式併 合の効力を否定する方向、肯定する方向のいずれであっても構わない。例えば、会社法上 の公開会社でない株式会社においては、少数株主の有する利益は当該株式の金銭的価値に 尽きず、それを保護する必要があるから、株式併合には正当な事業目的が要求されるとい う一般論を採りつつ、本問の事実関係の下では、正当な事業目的を欠くため本件株式併合 の効力を否定する方向で検討することも、正当な事業目的が認められるため本件株式併合 の効力を肯定する方向で検討することも考えられるであろう。また、会社法上、株式併合 の目的は制限されていないことなどから、特定の少数株主を締め出すために行われた株式 併合も許容されるとして、本件株式併合の効力を肯定することも考えられるであろうが、 いずれの立場であっても、説得的に論ずることが求められる。なお、本問では、本件株式 併合の効力を争う丙社の立場において考えられる主張及びその主張の当否を検討すること が求められるものであることから、最終的に本件株式併合の効力を肯定するとしても、そ れを否定する立場からの立論とその当否について検討する姿勢が求められる。 〔第3問〕 本問は、XらがYに対し、建物賃貸借契約の終了(賃料不払による債務不履行解除)に基づ く本件建物の明渡請求訴訟(本件訴え)を提起したという事案を素材として、@X1がいわゆ る任意的訴訟担当(者)として本件訴えを提起することの可否(設問1)、A本件訴えの弁論 準備手続でYがした陳述が自白に該当するか、また、自白に該当するとしても撤回が可能か(設 問2)、B本件訴えにおいてXらの請求を棄却する判決が確定したのち、本件訴えの基準時前 に存在した別の事由(用法遵守義務違反)により、再度Yに対して賃貸借契約の終了(用法遵 守義務違反による債務不履行解除)に基づき本件建物の明渡しを求める訴えを提起した場合の 問題点(設問3)のそれぞれにつき検討を求めるものである。 1 設問1について - 13 - 設問1の課題@は、任意的訴訟担当の意義を述べた上、訴訟担当が認められる前提要件と して担当者に対する授権が必要であることを明らかにし、さらに、問題文記載の判例(最大 判昭和45年11月11日民集24巻12号1854頁)から、それが明文なくして許容さ れるための要件、すなわち弁護士代理原則(民事訴訟法第54条第1項)及び訴訟信託の禁 止の潜脱とならず(以下「非潜脱要件」という。)、かつ、訴訟担当を認める合理的必要が あること(以下「合理的必要性」という。)を的確に示すことが期待される。なお、任意的 訴訟担当が許容される要件については学説上様々な見解があるが、ここではそれについて言 及することまでは求めていない。そして、課題Aにおいては、問題文記載の具体的事実から 前記前提要件及び許容されるための要件充足の有無について検討していくことになるが、弁 護士代理原則の潜脱の有無については、前記判例の判示内容に照らし、どのような点が認め られれば潜脱とならないのか、その要素(実体上の管理権の有無)に言及しつつ検討するこ とが期待される。具体的には、前記判例が非潜脱要件を満たすとしたのは、当該業務執行組 合員が単なる訴訟代理権だけではなく実体上の管理権も併せ有していたという点を主な理由 としていることから、本問でもX1への授権により同じような事実関係が認められるかを検 討していくことになる。そして、合理的必要性の有無について、前記判例が、非潜脱要件を 満たす場合には特段の事情がない限り合理的必要性を欠くものとはいえないと判示している ことを踏まえつつ、本問の具体的事情(例えば、X1が本件賃貸借契約についての賃貸人の 1人であること、X1単独の訴え提起による目的達成の可能性、問題文に現れているX2及 びX3の意向が合理的必要性を基礎付ける事情となり得るか、Xらが3名と比較的少数であ ることから、任意的訴訟担当によらず、選定当事者制度の利用やXらが弁護士代理人に委任 することで足りるのではないか等々)から、前記判例との異同を踏まえつつ、合理的必要性 の有無について具体的に検討することが期待される。その他、前記判例においては、団体の 目的遂行のための業務上の必要性があったという点や、当該訴訟追行に係る権利が、業務執 行組合員を含む構成員共同の利益に関するものであったという点が、任意的訴訟担当の合理 的必要性を肯定する一つの根拠になったとの指摘もあることから、本問でもこれに類するよ うな事情が認められるかにつき検討することも考えられる。 2 設問2について 設問2は、Yのした本件陳述がいわゆる先行自白に該当し得ることを前提に、これが裁判 上の自白に該当しない、あるいは裁判上の自白が成立したとしても撤回ができることにつき、 Yの立場からの検討を求めるものである。その際、本件陳述がされた第1回弁論準備手続期 日の目的、裁判上の自白の意義及び要件並びに撤回が認められる要件と関連付けながらの検 討が求められている。したがって、自白の効果一般や撤回が認められる要件一般について冗 長に検討している答案や、自白の対象事実に間接事実が含まれるかといった論点について、 本問との関連性を意識せずに漫然と検討している答案は評価されない。また、特に説得的根 拠もなく、料理教室開催の事実を信頼関係破壊に関する間接事実とした上、自白の対象にな らないとして済ませている答案も、本問が先行自白に関する問題であり、弁論準備手続の目 的等からの検討も求めている本問の題意から外れるものであり、同じく評価されない。 まず、裁判上の自白の意義につき、従来からの通説のように「当事者が、その訴訟の口頭 弁論又は弁論準備手続においてする、相手方の主張と一致する自己に不利益な事実の陳述」 と定義づけた場合、相互の事実認識の一致が要素になり、当事者の意思的要素は捨象される ことになるので、本問のY陳述は、自己に不利益な事実を先行自白し、これが弁論準備手続 において援用されることによって自白となると考えられる。したがって、この説に立った場 合は、裁判上の自白に該当するという方向と親和性を有することになるが、先行自白の持つ 問題点(不意打ちの危険)などから、本問のような場合は相手方が主張する事実との一致が 認められないから自白に該当しない、とする立論も可能である。これに対し、裁判上の自白 - 14 - を「相手方の主張する自己に不利益な事実を争わない旨の意思を表明する、弁論としての陳 述」と定義づけた場合、上記「争わない旨の意思を表明」とはどのようなものであるかを明 らかにした上、これがあったとはいえない、あるいは、不利益性についての認識があったと はいえないとして自白の成立要件を欠く、と構成することが考えられる。 次に、本問では、以上のような自白の意義から検討するというアプローチだけではなく、 本件陳述がされた第1回弁論準備手続期日の目的や実施方法に着目して、自白該当性や撤回 可能性について検討するというアプローチも求められている。これにつき、一つの考え方と して、同期日での発言内容について自白とは扱わない、あるいは撤回を容易に認めることに つき、裁判所と当事者間において何らかの合意等があったと構成することが考えられる。例 えば、弁論準備手続の中でされた陳述にも自白が成立し得ると一般的に解されるとしても、 争点に関する当事者間の自由な議論を促進するという弁論準備手続の目的ないし趣旨、本件 での第1回弁論準備手続期日でのテーマ設定からすれば、争点整理手続中に自白がされても、 争点整理作業が完了するまでは、それを自白とは確定的に扱わない、あるいは自白と扱うと しても、その撤回は柔軟に認められると解すべきところ、同期日での発言内容については自 白又は不利益な陳述として扱わない旨の事前の黙示的合意があったとすることが考えられ る。あるいは、一般に自白の撤回は相手方の同意があれば許容されることの応用ないし延長 として、同期日において自白に該当する陳述がそれぞれからされたとしても、これを撤回自 由とすることについて事前に黙示的に同意ないし合意がされていた、といった構成をとるこ とも考えられる。なお、自白の撤回が認められる場合として、自白が真実に反しかつ錯誤に よる場合が挙げられるが、本問の場合にこれに該当すると構成するのは困難ではないかと思 われる。 以上のほか、自白が原則撤回できないとする根拠ないし趣旨から、本件陳述を撤回するこ とはその趣旨に反しない、と構成することも考えられる。例えば、自白事実についてはいわ ゆる不要証効が生じ(民事訴訟法第179条)、自白の相手方は当該事実について自白がさ れれば、それにつき証明不要との期待ないし信頼を有するに至るところ、これを撤回するの はかかる信頼を裏切るもので、禁反言(信義則)に抵触するという点から撤回が原則として 制限されると解される。本件陳述は、第1回弁論準備手続期日のテーマ(賃料不払解除に関 する信頼関係破壊の有無について、それを基礎付けあるいは阻害する具体的事実について自 由に討議する)に沿った形で主張されたものであること(法的には、賃料不払いに関する信 頼関係破壊の評価障害事実(自己に有利な事実)として陳述されたものであること)、これ に対し、Xらによる先行自白との主張は、上記テーマとは反するものであり、援用を認める ことは禁反言(信義則)の見地から問題であることからすれば、不要証との相手方の信頼は そもそも働いておらず、これを撤回したとしても、自白の撤回を原則認めないとする趣旨に は抵触しない、と構成することが考えられる(ただし、このようなアプローチを採用する場 合は、従来承認されてきた自白の撤回が認められる要件と乖離することになるので、その点 についての検討が求められよう。)。 これに対し、本問の第1回弁論準備手続期日では争点に対する自由な討議が予定されてい たということから一足飛びに、同期日では自白はおよそ成立しない、あるいは撤回が自由で あったという結論に至ってしまうのは理論的検討が不十分と評価される。これと同様に、本 問をいわゆる争点整理手続におけるノンコミットメントルール(確定的な定義はないが、争 点整理手続において当事者から口頭で述べられた事項については自白が成立せず、その発言 が後に不利益に援用されることはないという訴訟運営上のルールとされている。)の問題で あるとして、かかるルールからすれば自白は成立しない、又は撤回は自由であると早急に結 論付けることも題意に沿ったものとはいえず、評価されない。本問は、ノンコミットメント ルールそれ自体の知識を問うものではなく、弁論準備手続の趣旨や目的、弁論準備手続で相 - 15 - 手方の主張を認める陳述の持つ意味、本問での第1回弁論準備手続期日の目的等を的確に分 析し、それを自白の要件又は撤回要件にどのように説得的に結び付けられているかがポイン トになる。 3 設問3について 設問3は、本件訴えの基準時前の事由である用法遵守義務違反を理由とする解除による建 物賃貸借契約の終了に基づき、後訴において建物明渡を求めることができるかが問われてい る。そして、解答に当たっては、本件訴えと後訴の訴訟物が同一であること、本件訴えの確 定判決の既判力により、基準時前の用法遵守義務違反の主張が遮断されることが前提とされ ている。また、本問に関しては、いわゆる「前訴基準時後における形成権行使の可否」とい う論点との関係で検討することも考えられるが、問題文中の会話においてこのアプローチは 採らないことが明らかになっていることに留意が必要である。以上を前提に、課題@におい て、既判力の遮断効(消極的作用)の根拠論を述べ、課題Aにおいて、課題@を踏まえなが ら、後訴の可否に関する理論構成を、反対の立場を踏まえて論じていくことが求められてい る。 まず、既判力の基準時が口頭弁論終結時であることを根拠とともに簡潔に説明し、その上 で、既判力の作用からの理論的説明として、遮断効(消極的作用)については、後訴の裁 判所に対する拘束力(積極的作用)を前提として認められるものであること、基準時前に存 在した事実については、後訴での蒸返し防止(勝訴者の紛争解決に対する合理的期待の保護、 法的安定性の確保等)の観点から後訴で主張することはできないといった制度的効力を挙げ た上、さらに実質的根拠(正当化の根拠)として、前訴において十分な主張立証の機会が与 えられていたにもかかわらず、これを行使しなかった場合は後訴においてかかる主張が遮断 されてもやむを得ない、といった点を述べていくことが期待される。 そして、その上で、遮断を否定するアプローチとして、遮断効につき、前記のとおり法的 安定性の確保や勝訴者の地位の安定といった制度的効力を基礎としつつも、前訴において十 分に主張立証の機会が与えられていたにもかかわらず、これを行使しなかったことに対する 自己責任の観点からすれば、前訴における主張立証がおよそ期待できなかった事実について は前訴確定判決の既判力による遮断効は生じないと解する説(期待可能性説)を挙げること が期待される。この説に対しては、前記既判力の制度的効力からすると、このような主張を 認めるのは慎重な態度が要請される、再審事由に関する民事訴訟法第338条第1項第5号 からすれば、刑事罰が科されるような他人の行為によった場合であっても既判力が作用する とされているのであり、単なる期待可能性の欠如をもって既判力が作用しないとすることは 再審と既判力の作用との境界をあいまいにするものであって不当である、あるいは、期待可 能性の有無について後訴裁判所が審理判断することになり、後訴の審理負担が不当に重くな る懸念がある、といった批判がされているところである。期待可能性説に立つ場合は、これ らの批判を示しつつ、自己の立場を説得的に展開し、判断基準を定立することが期待される (その上で、本問への当てはめにおいて、期待可能性があったとすることも考えられる。)。 これに対し、遮断効の根拠につき、前記制度的効力の点を重視する立場に立った場合は、前 記期待可能性説に対する批判を加えつつ、前訴の基準時前に生じていた事由であれば例外な く遮断するという方向で検討することが考えられるが、その場合には、問題文の具体的事実 関係から遮断するのが相当とされる根拠を丁寧に示していくことが期待される。 なお、遮断効を否定する立場に立つ場合、既判力による遮断効の正当化根拠を手続保障と 自己責任であるとしか指摘せず、本問の事実関係からは用法遵守義務違反の事実について手 続保障がされたとはいえないから遮断されないと解すべき、といった程度の大雑把な検討に 終始している答案は、既判力の遮断効に関する説明が不十分と評価されるだけでなく、遮断 効に例外を認める理論構成や根拠を適切かつ十分に検討したものとは評価できない(「手続 - 16 - 保障及び自己責任の観点から本問では特段の事情がある」といった程度の記述にとどまって いる答案も同様である。)。また、前記したとおり、本問においては、いわゆる「基準時後 の形成権行使の可否」という点からのアプローチは明示的に排除している。したがって、こ のようなアプローチをとったと思われる答案、例えば、「解除権は前訴確定判決の判断に内 在付着する瑕疵である(ない)から」といった点から遮断の可否を論じている答案や、反対 説についてこのような趣旨で言及しているとみられる答案については、問題文の指示を無視 したものとして評価されない。また、期待可能性説以外のアプローチ、例えば、釈明義務違 反や法的観点指摘義務違反に基づいて既判力が縮小するという構成も考えられなくはない が、前訴である本件訴えの手続経過からは、かかる釈明義務違反や法的観点指摘義務違反を 基礎付けるような事実関係は見当たらないので、これを採用するのは難しいと思われる。そ の他、判決理由中の判断の拘束力(信義則等)を検討している答案は、既判力が作用すると いう本問の前提に反するので、当然のことながら評価されない。 【刑事系科目】 〔第1問〕 本問は、設問1において 甲がAに暴行を加えて傷害を負わせた後、A所有の財布(以下「本件財布」という。)に 入っていた現金6万円が欲しくなり、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、Aに「こ の財布はもらっておくよ。」と言って本件財布を自己のポケットに入れた行為(以下「設問 1の行為」という。) 乙が本件財布内に入っていたA名義のキャッシュカード(以下「本件カード」という。) を使用してAの預金を引き出して奪おうと考え、Aに脅迫を加えてAから本件カードの暗証 番号を聞き出そうとした行為(以下「設問1の行為」という。) 乙が現金自動預払機(以下「ATM」という。)に本件カードを挿入し、Aから聞き出し た本件カードの暗証番号とは異なる4桁の数字を入力してAの預金を引き出そうとした行為 (以下「設問1の行為」という。) について、甲及び乙の罪責の検討を求め、設問2において 丙が甲からCを殴るように言われてCの顔面を拳で1回殴った行為(以下「1回目殴打」 という。)及び丁からの言葉を聞いて発奮してCの顔面を拳で1回殴った行為(以下「2回 目殴打」という。)について、丙に正当防衛が成立することを論じることを求め、 丙に正当防衛が成立することを前提に @ 丙による2回目殴打について丁に暴行罪の幇助犯が成立するか A 甲に暴行罪の共同正犯が成立するか について言及し、これらの論述に当たって ア 誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するか イ 違法性の判断が共犯者間で異なることがあるか についても、その結論及び論拠に言及し、@及びAにおける説明相互の整合性についても触れ ることを求めている。 これらにより、刑事実体法の知識と理解を問うとともに、具体的な事実関係を分析し、その 事実に法規範を適用する能力及び論理的思考力を問うものである。 設問1について 設問1の行為について ア 甲は、Aの頭部を拳で殴り、その場に転倒したAの腹部を蹴る暴行を加え、Aに肋骨骨 折等の傷害を負わせており、甲に傷害罪が成立する。この点については、傷害罪の各構成 要件要素を充足することを簡潔に示せば足りる。 - 17 - イ 甲は、上記暴行に及んだ後、既に抵抗する気力を失っていたAに対し、所持品を提示す るよう求め、Aが手元に置いた本件財布の中身を見たところ、その中に入っていた現金6 万円が欲しくなり、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、Aに「この財布はもらっ ておくよ。」と言って、本件財布を自己のズボンのポケットに入れている。ここで甲は、 財物奪取の意思なく暴行を加えて相手方の反抗を抑圧した後、財物奪取の意思が生じ、財 物を奪取している。強盗罪が成立するためには、財物奪取に向けられた相手方の反抗を抑 圧するに足りる程度の暴行・脅迫が必要であるところ、甲が上記暴行に及んだ時点では甲 に財物奪取の意思はなく、他方で甲がAに上記文言を申し向ける行為は、それのみを単体 で評価すると、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の脅迫であるとは認められないが、 このような場合でも強盗罪が成立するかが問題となる。 この点につき、自ら作出した反抗抑圧状態を利用して財物を奪取した場合にも、強盗の 手段としての新たな暴行・脅迫を必要とする考え方(東京高判昭和48年3月26日高刑 集26巻1号85頁等、以下「新たな暴行・脅迫必要説」という。)があり得る。新たな 暴行・脅迫必要説に立つ場合には、さらに、新たな暴行・脅迫の内容・程度につき、反抗 抑圧状態を維持・継続させるものであれば足りるとする考え方(大阪高判平成元年3月3 日判タ712号248頁等、以下「維持継続説」という。)、行為者が現場に存在するこ と自体を脅迫とする考え方(以下「現場存在説」という。)などがあり得る。これに対し、 自ら作出した反抗抑圧状態を利用して財物を奪取した場合には、強盗の手段としての新た な暴行・脅迫を必要としないとする考え方(以下「新たな暴行・脅迫不要説」という。) もあり得る。 維持継続説に立つ場合、甲は、Aの反抗を抑圧した後、Aが恐怖で抵抗できないことを 知りながら、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言って本件財布の占有を取得してお り、かかる行為は既に存在する反抗抑圧状態を維持する程度の脅迫であると認めることも 可能であろう。現場存在説に立つ場合には、甲が現場に存在したこと自体を強盗の手段と しての新たな脅迫と捉えることになる。このように新たな脅迫があったと認めた場合又は 新たな暴行・脅迫不要説に立つ場合には、強盗罪のその他の各構成要件要素を充足するこ とを簡潔に示した上で、強盗罪の成立を肯定する結論に至ることになろう。これに対し、 維持継続説に立つ場合であっても、甲がAに上記文言を申し向けた行為は、反抗抑圧状態 を維持・継続するに足りる程度の脅迫であるとは認められないとして強盗罪の成立を否定 し、窃盗罪又は恐喝罪が成立するにとどまるとの結論に至る余地もあろう。 いずれの考え方に立って論じるとしても、事案を具体的に分析して問題の所在を的確に 示した上で、自説とは反対の考え方を意識しつつ自説の論拠を明らかにして規範を定立し、 その規範を具体的な事実関係に当てはめて結論を導く必要がある。 設問1の行為について 乙は、甲から手渡された本件財布内に入っていた本件カードを使用してAの預金を引き出 して奪おうと考え、本件カードを本件財布から取り出して、倒れたままのAに見せつつ、持 っていたバタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら「死にたくなければ、このカード の暗証番号を言え。」と言って本件カードの暗証番号を聞き出そうとしているところ、かか る行為が「財産上不法の利益」を得たとして強盗罪に当たるのか問題となる。 この点につき、キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことにより、事実上、ATM を通して預金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位という財物の取得と同視できる程度に 具体的かつ現実的な財産的利益を得たとみて強盗罪の成立を肯定する考え方(東京高判平成 21年11月16日判時2103号158頁)があり得る。この考え方に立つ場合、乙は、 バタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら要求に応じなければAの生命に危害を加え る旨を告知しており、Aの反抗を抑圧するに足りる程度の脅迫を加えたと認められるが、A - 18 - が誤って本件カードの暗証番号とは異なる4桁の数字を答えており、乙が財産上不法の利益 を得たとはいえないことから、乙に強盗未遂罪が成立するにとどまることを指摘する必要が ある。 これに対し、暗証番号を聞き出したとしても財物の取得と同視できる程度に具体的かつ現 実的な財産的利益を得たとは認められない、暗証番号は移転性のある利益ではない等として 強盗罪の成立を否定する考え方(前掲東京高判平成21年11月16日の原判決はこのよう な考え方を採った。)もあり得る。この考え方に立つ場合、この行為について、強盗罪は成 立し得ないが、乙は、上記のとおりAを脅迫し、Aに暗証番号を答えさせて義務のないこと を行わせたといえることから、強要罪の各構成要件要素を充足することを簡潔に示して同罪 が成立することを指摘する必要がある。いずれの考え方に立って論じるとしても、事案を具 体的に分析して問題の所在を的確に示した上で、自説とは反対の考え方を意識しつつ自説の 論拠を明らかにして、結論を導く必要がある。 設問1の行為について 乙は、ATMに本件カードを挿入して預金を引き出そうとしたものの、乙がAから聞き出 して入力した数字が本件カードの暗証番号とは異なるものであったため、不正な操作と認識 されて取引が停止され、預金を引き出すことはできなかった。このように事後的・客観的に は乙が預金を引き出すことができない状況にあった場合であっても、預金を引き出して窃取 する危険性があったとして未遂犯が成立するか、それとも不能犯として不可罰となるかが問 題となる。 この点につき、行為時に一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を判 断の基礎とし、一般人の立場から危険性があると判断する場合に未遂犯が成立するとする考 え方があり得る。この考え方に立った場合、乙がAから聞き出した4桁の数字が本件カード の暗証番号とは異なるものであったとの事情につき、一般人が認識し得たとは認められず、 乙も認識していなかったため、同事情は判断の基礎から除外されることになる。そうすると、 乙が他人であるAのキャッシュカードを使用してATMから預金を引き出そうとしている以 上、一般人の立場からは、ATMの現金の占有者の意思に反して同現金の占有が乙に移転す る危険性があると判断するとの結論に至ると考えられる。その場合、窃盗罪の各構成要件要 素を充足することを簡潔に示した上で、窃盗未遂罪の成立を肯定することになろう。 これに対し、結果が発生しなかった原因を解明し、事実がいかなるものであったなら結果 の発生があり得たかを科学的に明らかにした上で、こうした結果惹起をもたらす仮定的事実 が存在し得たかを一般人の立場から事後的に判断し、仮定的事実が存在し得たと一般人が判 断する場合には危険性が認められて未遂犯が成立するとする考え方もあり得る。この考え方 に立った場合、結果が発生しなかった原因は、乙がAから聞き出した数字が本件カードの暗 証番号と異なるものであったからであり、これが本件カードの正しい暗証番号であったなら 結果の発生があり得たところ、Aは暗がりで本件カードを別のキャッシュカードと見間違え て意図せず別の暗証番号を答えたにすぎず、一般人の立場からは、乙がAから本件カードの 正しい暗証番号を聞き出すことは十分にあり得たといえ、窃盗の危険性が認められるとの結 論に至ると考えられる。その場合、上記と同様に窃盗未遂罪の成立を肯定することになろう。 このほかにも様々な考え方があり得るが、いずれの考え方に立って論じるとしても、事案 を具体的に分析して問題の所在を的確に示した上で、自説とは反対の考え方を意識しつつ自 説の論拠を明らかにして規範を定立し、その規範を具体的な事実関係に当てはめて結論を導 く必要がある。 設問2について 丙に正当防衛が成立することについて 丙による1回目殴打及び2回目殴打について、本問における具体的な事実関係を指摘して、 - 19 - 暴行罪の各構成要件要素及び正当防衛の成立要件をそれぞれ充足することについて簡潔に示 せば足りる。 丙による2回目殴打について丁に暴行罪の幇助犯が成立するか 丁は、丙がCの胸倉をつかんでいる様子を見て、Cが先に丙を殴った事実を知らないまま、 一方的に丙がCを殴ろうとしているものと誤信し、面白がって、丙がCを殴り倒した後、丙 がその場から逃走するのを手助けしようと思い、丙に「頑張れ。ここで待っているから終わ ったらこっちに来い。」と声を掛け、反撃しようとしていた丙は、丁の言葉を聞いて発奮し、 2回目殴打に及んでいる。丁の行為は、Cに反撃しようとしていた丙に対して心理的な働き 掛けを行って丙を発奮させ、丙による2回目殴打を容易にしており、これが幇助行為に該当 することを簡潔に指摘する必要がある。 もっとも、丙による2回目殴打について正当防衛が成立するところ、このように正犯に正 当防衛が成立して違法性が阻却される場合であっても幇助犯が成立するかが問題となる。 この点につき、幇助犯による対抗行為を観念することは困難であるとして、正犯を基準と して正当防衛の成立要件を判断した上で、共犯が成立するためには正犯の行為が構成要件該 当性及び違法性を備える必要があるとする考え方があり得る。この考え方に立った場合、正 犯の行為に正当防衛が成立して違法性が阻却されるのであれば、その違法評価は連帯的に作 用し、あるいは、正犯の違法性に基づく共犯不法が欠け、幇助犯は成立しないことになる。 これに対し、同じく正犯を基準として正当防衛の成立要件を判断し、正犯の行為に正当防 衛が成立して違法性が阻却される場合であっても、背後者が不必要に緊急状況を作出したな ど一定の場合には、違法性阻却の効果を援用できないとして共犯の成立を認める考え方もあ り得る。この考え方によれば、違法性の判断が正犯と共犯との間で異なることがあることに なるが、この考え方は、共犯が成立するためには正犯に構成要件該当性が認められれば足り るとする立場を前提としている。本問では、正犯である丙に正当防衛が成立して違法性が阻 却されるところ、丁が不必要に緊急状況を作出したとまでは認められず、違法性阻却の効果 を援用できない事情は存しないとして丁の行為にも違法性阻却の効果が及び、丁に暴行罪の 幇助犯は成立しないとの結論に至ると考えられる。 このほかにも様々な考え方があり得るが、いずれの考え方に立って論じるとしても、事案 を具体的に分析して問題の所在を的確に示した上で、自説とは反対の考え方を意識しつつ、 誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するか及び違法性の判断が共犯者間で異なること があるかについて、それぞれの論拠に言及した上で結論を導く必要がある。 甲に暴行罪の共同正犯が成立するか 甲は、丙にCを痛めつけさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と 言い、それを聞いた丙がCに対する1回目殴打に及んでおり、甲が丙との間で暴行の共謀を 遂げた上で、丙が暴行の実行行為に及んだことを簡潔に指摘する必要がある。 もっとも、丙による1回目殴打について正当防衛が成立するところ、このように実行行為 者に正当防衛が成立する場合、背後者である共謀共同正犯の正当防衛の成否について、どの ように判断すべきかが問題となる。 この点につき、共謀共同正犯における実行行為者の暴行は、実行行為者及び背後者にとっ て共同した暴行と評価されるとみて、背後者である共謀共同正犯者についても正当防衛の成 否を検討し得ると考えた上、行為の違法性は、法益侵害に加えて各行為者に固有の人的違法 要素も加味して判断されるものであり、人的違法要素を有する者とこれを欠く者とで違法性 の評価に違いが生じるとみれば、共同正犯者間で、正当防衛の成否につき結論が異なること が生じ得る。また、共同正犯は、一方が他方に従属する関係にないとして、共同正犯者それ ぞれを基準として正当防衛の成立要件を個別に判断するとの考え方からも、個別に判断した 結果、共同正犯者間で、正当防衛の成否につき結論が異なることが生じ得る。これらの考え - 20 - 方に立った場合、本問では、丙及び甲それぞれを基準として正当防衛の成立要件を判断する ことになる。本問において、甲は、粗暴な性格のCからの侵害を予期した上で、その機会を 利用してCを痛めつけようと考え、丙と共にC方に出向いており、単に予期された侵害を避 けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意 思で侵害に臨んだといえ、侵害の急迫性の要件を充たさず(最決昭和52年7月21日刑集 31巻4号747頁、最決平成29年4月26日刑集71巻4号275頁参照)、甲に正当 防衛は成立しないとの結論に至ると考えられる。その場合、甲に暴行罪の共同正犯が成立す ることになる。 これに対し、共謀者による対抗行為を観念することは困難であるとして、現実に対抗行為 を行った実行行為者を基準として正当防衛の成立要件を判断するとの考え方に立った上で、 実行行為者に成立する正当防衛による違法性阻却の効果が背後者にも連帯的に及ぶことを原 則としつつ、背後者が自ら不必要に緊急状況を作出した場合には、違法性阻却の効果を背後 者が援用することはできないとする考え方があり得る。この考え方に立った場合、本問では、 甲が喧嘩闘争目的で丙をCのもとに赴かせて、丙とCとの間の利益衝突状況を不必要に作出 したと認められるため、甲が正当防衛による違法性阻却の効果を援用することはできないと の結論に至ると考えられる。その場合、甲に暴行罪の共同正犯が成立することになる。 このほかにも様々な考え方があり得るが、いずれの考え方に立って論じるとしても、事案 を具体的に分析して問題の所在を的確に示した上で、自説とは反対の考え方を意識しつつ、 誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するか及び違法性の判断が共犯者間で異なること があるかについて、それぞれの論拠に言及するとともに、丁についての説明と甲についての 説明の整合性にも触れた上で、結論を導く必要がある。 なお、判例(最決平成4年6月5日刑集46巻4号245頁)は、実行行為者に過剰防衛 が成立するとした事案において、「共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は、共 同正犯者の各人につきそれぞれその要件を満たすかどうかを検討して決するべきであって、 共同正犯者の一人について過剰防衛が成立したとしても、その結果当然に他の共同正犯者に ついても過剰防衛が成立することになるものではない。」と判示しているところ、同判例は 過剰防衛の成否に限って判断を示したものではあるが、共同正犯者それぞれで違法性の評価 が相対化し、適法行為と違法行為との間の共同正犯も認める余地を残していることも参考と なろう。 〔第2問〕 本問は、覚醒剤取締法違反を素材として、捜査及び公判に関する具体的事例を示し、各局面 で生じる刑事手続上の問題点、その解決に必要な法解釈、法適用に当たって重要な具体的事実 の分析及び評価並びに具体的結論に至る思考過程を論述させることにより、刑事訴訟法(以下 「刑訴法」という。)に関する基本的学識、法適用能力及び論理的思考力を試すものである。 〔設問1〕は、甲から押収した覚醒剤の鑑定書の証拠能力を論じさせることにより、所持品 検査の限界及び違法収集証拠排除法則に対する理解と具体的事案への適用能力を試すものであ る。 本問では、鑑定の対象となった覚醒剤は、裁判官が発付した捜索差押許可状により差し押さ えられたものであり、差押手続それ自体には違法性が認められないものの、これに先行する手 続において、Pは甲の承諾を得ることなく、甲所持のかばん(以下「本件かばん」という。) のチャックを開けた上、いきなり本件かばんの中に手を差し入れて探り、注射器を取り上げて いることから、この点の違法性が覚醒剤の鑑定書の証拠能力に与える影響が問題となることを 適切に把握した上で、その証拠能力の有無について論じる必要がある。 まず、Pが注射器を発見した手続については、その法的性質は警察官職務執行法(以下「警 - 21 - 職法」という。)上の職務質問及びそれに付随する所持品検査であると考えられることから、 所持品検査の限界が問題となるところ、所持品検査の適法性が争われた事案に関する最高裁判 所の判例(最判昭和53年6月20日刑集32巻4号670頁)や関連する警職法の条文の解 釈などを意識しつつ、具体的事情を挙げて、これに適切な法的評価を加えて論じる必要がある。 次に、Pが注射器を発見した手続が違法であるとした場合には、かかる手続の違法性が覚醒 剤の鑑定書の証拠能力にどのような影響を及ぼすのかという点が問題となることから、違法収 集証拠排除法則についての基本的な理解及び鑑定書という派生証拠の証拠能力に関する自説を 示した上、本件事例の具体的事実を適切に評価して結論を出すことが求められる。 この点については、違法収集証拠排除法則に関する最高裁判所の判例(最判昭和53年9月 7日刑集32巻6号1672頁)を踏まえて、違法収集証拠が排除される根拠(適正手続の保 障、司法の廉潔性の保持、将来の違法捜査の抑止)、排除の判断基準、その際に考慮される要 素等を論じる必要がある。また、派生証拠の証拠能力については、違法性の承継論、毒樹の果 実論、派生証拠にも端的に違法収集証拠排除法則を適用する考え方など、様々な立場があるが、 いずれの立場に立つにせよ、自説及びその論拠を説得的に論じる必要があろう。 そして、こうした解釈の枠組みの下で、所持品検査の違法性の判断から覚醒剤の鑑定書の証 拠能力の判断に至る過程を論じることになるが、その際には、事例中に現れた具体的事実を的 確に抽出し、分析して結論を導く必要がある。そして、証拠能力を認めるか、それとも認めな いかという結論はともかく、具体的事実を事例中からただ書き写して羅列するのではなく、そ れぞれの事実が持つ意味を的確に評価して論じなければならない。例えば、本問では、捜索差 押許可状の請求に当たって、捜査報告書@及び同Aが疎明資料として提出されているところ、 同@には、覚醒剤の密売拠点であると疑われるアパートから出てきた人物から甲が封筒を受け 取っているなど、覚醒剤を所持している可能性が高いことをうかがわせる事情が記載されてい る一方で、同Aには、Pが本件かばんの中に手を入れて探り、書類の下から注射器を発見した ことが記載されていない点につき、これらの事実がどのような意味を有するのかを丁寧に検討 することが求められる。また、派生証拠の証拠能力については、自説との論理的整合性が求め られており、例えば、毒樹の果実論に立つ場合には、どの証拠が一次証拠と考えられるのかに 留意しながら論述する必要がある。 〔設問2〕は、いずれもビデオ撮影の適法性を問うものである。すなわち、 【捜査@】では、 覚醒剤の密売所の疑いのあるアパートの一室に出入りする人物と乙の同一性を確認するため に、同アパートから出てきた人物が入った喫茶店において、同人の容ぼうをビデオカメラで撮 影しており、【捜査A】では、乙と同アパートに出入りする人物との共犯関係、覚醒剤の搬入 状況などの組織的な覚醒剤密売の実態を明らかにするために、近隣のマンションの一室から同 アパートの一室の玄関ドアやその周辺を継続撮影しているところ、こうした撮影行為の適法性 を問うことにより、強制処分と任意処分を区別する基準、強制捜査又は任意捜査の適否の判断 方法についての理解と、その具体的事実への適用能力を試すものである。 この点に関し、写真撮影やビデオカメラによる撮影の適否が問題となった事案に関する最高 裁判所の判例は、それらの撮影が強制処分に該当するか否かを明示的に判断することなく、当 該事案においては令状によらずに適法にこれらを実施することが許されるとしている(最大判 昭和44年12月24日刑集23巻12号1625頁、最決平成20年4月15日刑集62巻 5号1398頁)。他方、最高裁判所は、「強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味す るものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的 を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する」 と判示している(最決昭和51年3月16日刑集30巻2号187頁、以下「昭和51年決定」 という。)。本問においても、これらの判例や関連する刑訴法の条文の解釈などを意識しつつ、 強制処分に対する規律の趣旨・根拠を踏まえながら、強制処分と任意処分とを区別する基準を - 22 - 論述することが求められる。 その上で、まず、【捜査@】及び【捜査A】が強制処分か否かを検討することになるが、そ の際には、各ビデオ撮影により侵害される権利・利益の性質を踏まえた論述が求められる。そ して、これらの捜査が強制処分に至っていると評価する場合には、法定された強制処分の類型 に該当するか否か等を検討する必要があろう。 他方、任意処分にとどまると評価する場合であっても、各捜査活動により何らかの権利・利 益を侵害し又は侵害するおそれがあるため、無制約に許容されるものではなく、任意捜査にお いて許容される限界内のものか否かを検討することになる。この許容性については、昭和51 年決定を踏まえれば、具体的事案において、特定の捜査手段により対象者に生じ得る権利・利 益の侵害の内容・程度と、同目的を達成するために当該手段を採る必要性とを比較衡量し、具 体的状況の下で相当と認められるか否かを検討することになる。 本問では、こうした解釈の枠組みを適切に示した上で、本件事例の具体的状況下におけるビ デオ撮影の適法性を論述することになるが、その際には、〔設問1〕と同様、事例中に現れた 具体的事実を的確に抽出し、分析して結論を導く必要がある。すなわち、各ビデオ撮影の適否 の結論はともかく、具体的事実を事例中からただ書き写して羅列すればよいというものではな く、それぞれの事実が持つ意味を的確に評価して論じなければならない。 【捜査@】については、喫茶店における当該ビデオ撮影により制約を受ける権利・利益の内 容や性質、その制約の程度がいかなるものであるのかを明示し、アパートに出入りする人物と 乙の同一性を明らかにするという捜査目的を達成するための手段として、目視や写真撮影では なくビデオ撮影という方法を用いることの意味を踏まえた論述が求められることになる。また、 【捜査A】については、【捜査@】において制約を受ける権利・利益の内容や性質との相違、 捜査目的の相違、ビデオ撮影の期間や態様の相違を意識しつつ、【捜査@】の場合と同様、制 約を受ける権利・利益の内容や性質、その制約の程度がいかなるものであるのかを明示し、ア パートに出入りする人物と乙との共犯関係、覚醒剤の搬入状況などの組織的な覚醒剤密売の実 態を明らかにするという捜査目的を達成するための手段として、約2か月間にわたって24時 間継続撮影するという方法を用いることの意味や、その際に玄関内部や奥の部屋に通じる廊下 が映り込んでいたことの意味などを踏まえた論述が求められることになる。 【選択科目】 [倒産法] 〔第1問〕 本問は、株式会社とその役員がそれぞれ破産手続開始の決定を受けた場合の具体的事例を基 に、主に、法人の役員に対する責任の追及、破産者の財産の調査等、否認に関する破産法上の 各規律についての基本的な理解と事例処理能力を問うものである。 〔設問1〕は、取締役が忠実義務違反に当たる行為をした事例について、役員の財産に対す る保全処分(破産法第177条第1項)及び役員の責任の査定の申立て(同法第178条第1 項)ができることを指摘し、それぞれの制度趣旨及び要件等の説明が求められる。 〔設問2〕は、破産者による財産の隠匿が疑われる事例について、まず破産法上の破産者の 義務として、説明義務(破産法第40条第1項)、重要財産開示義務(同法第41条)に言及 することになる。その上で、破産管財人は、上記の破産者の説明義務に基づき、破産者に対し て財産の内容等に関する説明を求めることができるほか、破産財団に関する帳簿、書類その他 の物件を検査することができること(同法第83条)の指摘が求められる。裁判所は、上記の 重要財産開示義務に基づき破産者の財産の内容を記載した書面の提出を求めることができるほ か、破産者宛の郵便物等を破産管財人に配達すべき旨の嘱託をすることができること(同法第 81条第1項)の指摘が求められる。 - 23 - 〔設問3〕は、破産手続開始前にされた事業譲渡について、破産者が相当な対価を取得して いたという場合(@)と、破産者が取得した対価は相当額に満たないものであったものの、事 業譲渡に当たり譲受人が破産者の債務を引き受けていたという場合(A)について、適切な事 例分析とその分析に沿った否認類型の成否の具体的な検討を求めるものである。 @の場合については、破産法第161条第1項各号の要件充足の有無を、具体的な事実関係 に基づいて検討することになる。同項第2号の検討については、債権者に弁済する意思は、議 論のあるところではあるものの、通常、隠匿等の処分をする意思には含まれないと考えられる が、本問の事例においては弁済を受けた債権者が破産会社の取締役であるという事情にも配慮 して検討することが求められる。 Aの場合については、破産法第160条第1項第1号の要件充足の有無を、具体的な事実関 係に基づいて検討することになる。詐害行為性につき、財産の実質的減少を伴うかを検討する に当たっては、事業譲渡の対価として支払われた額に加えて債務引受けがされた額を考慮する と総体としては財産に減少はないようにも思われるものの、債務引受けの対象とならなかった 債権者にとっては責任財産の引当てが減少することになることにも配慮して検討することが求 められる。 〔第2問〕 本問は、株式会社の再生手続に関する具体的事例を通じて、主に、再生計画案の決議、再生 債権の査定の裁判、双務契約に関する民事再生法上の各規律についての基本的な理解と事例処 理能力を問うものである。 〔設問1〕は、再生計画案の成立の見込み等を検討する場面を題材にして、可決要件や議決 権等についての理解を確認するものである。 小問は民事再生法第172条の3第1項に規定されている可決要件について、議決権額要 件と頭数要件の双方が必要とされていること(同条項柱書)を明確に指摘するとともに、特に 頭数要件についてはその趣旨を踏まえつつ、条文に則して正確に可決要件の内容を説明するこ とが求められる。 小問及び小問においては、議決権を定めた条文(民事再生法第87条第1項第4号、第 3号)を、それぞれの事例に正確に適用することが求められる。併せて、小問については、 再生手続開始後の不履行による損害賠償請求権(同法第84条第2項第2号)については、議 決権を有しない旨(同法第87条第2項)の指摘も求められる。 小問は、認否書に記載された799人の顧客の自認債権(民事再生法第101条第3項参 照)と、再生債務者であるA社に自認義務があったにもかかわらず認否書に記載されなかった 顧客Dの債権に分けた上で、民事再生法上のそれぞれの取扱いを説明することが求められる。 前者の自認債権については、議決権を有しないこと(同法第104条第1項括弧書き)を指摘 した上で、再生計画による権利変更(同法第157条第1項)、権利変更がされた権利の行使 (同法第179条第1項、第2項)について説明することが求められる。後者の認否書に記載 されなかったDの再生債権については、権利変更の一般基準による変更(同法第181条第1 項第3号)、権利行使の時期的劣後(同条第2項)について説明することが求められる。 〔設問2〕は、双方未履行の双務契約の解除について違約金条項が適用されるかが争われて いる事例を題材として、調査の段階において届出再生債権の内容について再生債務者が認めな かった(異議等があった)場合の手続等について説明することを求めるとともに(小問)、 違約金条項の適用の有無について、事例に即した具体的な検討を求めるものである(小問)。 小問では、再生債権査定の申立て(民事再生法第105条第1項本文)、査定決定に不服 がある場合の再生債権異議の訴え(同法第106条第1項)、さらに再生債権の確定に関する 訴訟の判決等の効力(同法第111条第1項、第2項)について説明することが求められる。 - 24 - 小問では、双方未履行双務契約の処遇に関する民事再生法第49条第1項の規定の趣旨を 踏まえつつ、本件事案と本件違約金条項の内容をそれぞれ具体的に検討した上で、同条項の適 用の有無を検討することが求められる。 例えば、民事再生法第49条第1項の趣旨につき、再生債務者をめぐる契約関係を円滑・迅 速に整理して事業の維持再生を図るために再生債務者等に法律上特別に解除権を含む選択権を 与えたものであると解した上で、再生手続において、本件違約金条項の内容が再生債務者A社 の上記の解除選択の権限を事実上制限することになるため、同違約金条項は上記の解除選択の 場合に適用されないといった方向性での解答が考えられる。その上で、本問の事例では、本件 売買契約が即時解除されてもEには損害が生じない見込みであるという事情があるため、そも そもEは同条第5項の準用する破産法第54条第1項に基づく損害賠償請求権を再生債権とし て行使することが認められないこととの均衡上、損害発生の有無にかかわらず一律に金300 0万円の違約金債権を再生債権として行使することをEに対して認めてしまうと、他の再生債 権者との間の衡平を害するという弊害も考慮して解答することが求められる。 [租税法] 〔第1問〕 本問では、所得税法において、土地の売買契約とその後の買主の債務不履行に伴う法律関係 の変動がどのように扱われるか、が主に問われている。各設問とも、いずれも受験者であれば 当然に学習していることが期待される基礎知識を具体的な法的事実関係に対して正確に適用で きる能力を確認することを狙いとしている。 租税法全般について言えることであるが、とりわけ所得税法においては、条文の正確な理解 ・解釈を前提に、課税対象の私法的要素を的確に把握・分析した上で、課税要件事実を抽出し、 適切に当てはめる能力が重要である。本問で言えば、課税要件規定(ここでは所得税法第36 条第1項の「収入すべき金額」)の解釈を基に、違約手付と解約手付の両方の性質を帯びた手 付金の交付、債務不履行解除と違約金の交付、といった要素について、民法の基本的な知識を 踏まえつつ、具体的に当てはめる能力が求められている。 また、これも例年の採点実感で強調しているように、条文の要件を正確に読解し必要に応じ て解釈を施した上で事実関係に適用する能力は、租税法の学習においては無論のこと、多様な 事案に対応する初見の条文に対応することが多い租税法の実務においても、必須である。本問 で言えば、譲渡所得算出の構造(設問1)、更正の請求の要件(設問2)、一時所得の要件(設 問3)、事業所得の貸倒損失の要件(設問4)について、受験者の多くは「なんとなく」理解 しているものと思われるが、そこで適用される条文の構造に照らして何が鍵となる要件かを正 確に理解した上で、該当する要件事実を設問の事実関係から抽出して提示することが重要であ る。 設問1では、@売主A・買主Bの間で令和4年12月に締結された土地売買契約に基づいて、 A契約締結と同時にAがBから手付金の交付を受け、B令和5年3月に売主Aが土地の引渡し ・移転登記を了するとともに、Bから売買代金の一部分(2700万円)の支払を受け、同時 にAで受領済みの手付金を売買代金に充当した後、C令和6年4月にBの債務不履行を理由に 契約が解除されて原状回復がされるとともに、BからAに違約金が支払われた、というやや錯 綜した事実関係の下で、Aが「令和5年分の所得税について期限内申告をする場合において」 Aの譲渡所得金額の算定上問題となる法的論点が問われている(設問文で譲渡所得と明示して いるのであるから、本件売買から譲渡所得が生じるか否かを論じる必要はない)。上記@〜C の事実経過が示すように、一度は私法上有効に成立し、所得税額確定の基礎となった課税要件 事実が遡及的に消滅するという場面であっても、所得税法上の納税義務は、暦年ごとに成立・ 確定するのが原則である(国税通則法第15条ないし第17条)。このことは期限後申告の場 - 25 - 合にも変わるところはない。設問文で「期限内申告」に触れたのは、令和5年分所得税の法定 申告期限である令和6年3月15日までに確定している法的事実関係@〜Bをもとに課税関係 を考えればよい、と誘導する趣旨であった。 令和5年分のAの譲渡所得に係る総収入金額に算入される金額を論じるには、通則規定であ る所得税法第36条第1項につき判例が権利確定主義を採用しているとの解釈を確認した上 で、土地の譲渡の場合に何をもって権利確定と言い得るかの基準を立て、本問の事実関係に当 てはめる必要がある。本設問では特に手付金300万円の扱いについて検討することが求めら れている。問題文が明記するように、解約手付と違約手付を兼ねるとされている手付金につい て、どの時点で権利確定があったと考えるのか、民法の基礎的な理解を踏まえた立論が求めら れている。最後に、Aによる本件土地の保有期間も踏まえつつ、譲渡所得金額算定の条文(所 得税法第33条第3項、第4項)を正確に適用することが求められる。 設問2では、期限内に申告・納付を完了したAの令和5年分の所得税額について、上述の事 実Cがどのような影響を及ぼすかが問われている。これが更正の請求の問題であることは容易 に見当がつくと思われるが、具体的にどの条文のどの要件を満たすから更正の請求を行えるの かを的確に解答するためには、課税要件法の正確な理解が不可欠となる。本件においては、債 務不履行に基づく解除(合意解除ではないことに注意)により、売買契約が遡及的に消滅する こと、及び、土地と代金の原状回復が行われたことの双方が満足されることをもって、令和5 年分の所得税額確定の基礎となった「資産の譲渡…による所得」という課税要件事実が遡及的 に消滅することになる(「契約解除が譲渡所得を遡及的に消滅させる」というのでは不正確で ある)。これが「申告書に記載した課税標準…が国税に関する法律の規定に従つていなかつた こと」(国税通則法第23条第1項第1号)になること、及び同項柱書の他の要件も満たされ ていること、を丹念に押さえる必要がある。 設問3では、違約金300万円の権利確定がどの年に生じているか、その所得分類は何か、 ということを論じればよい。令和4年に交付され令和5年に代金に充当された手付金がそのま ま交付されたようにも見えるが、令和6年4月に契約が解除され原状回復された上での違約金 の交付であることを法的にどう評価するか、説得力のある立論が求められている。その上で、 一時所得(所得税法第34条)の条文の位置に鑑み、これが他の所得(とりわけ本問の経緯か らすれば、譲渡所得)に当たらないことを理由と共に述べた上で、雑所得との区別の基準とな る偶発性(非継続性)・非対価性について必要な事実を摘示しつつ、要件該当性を論じること が求められている。 設問4は、事業所得者の貸倒損失(所得税法第51条第2項)についての素直な出題ではあ るが、上に述べた条文の正確な運用能力、具体的には、本件Bの債権が同項にいう「債権」に 当たること、「債権の貸倒れ」の意義及び本問への当てはめ、等を正確に論じることが求めら れており、併せて、事業所得が反復継続的な所得であること(譲渡所得との違い)についての 理解も問うものである。 〔第2問〕 本問は、学資金として非課税所得となる要件の充足の有無と給与等の支払に係る源泉徴収の 要否(設問1)、源泉徴収に係る「過誤納金(より正確には誤納金)」の回復に際しての法律 関係(設問2)、企業会計及び私法上の評価と関わる法人税法上の別段の定めの解釈適用(設 問3)、相続により取得した財産に係る取得費の引継ぎと付随費用の処理(設問4)、そして、 生活に通常必要でない資産に係る損益通算制限(設問5)に関する設問から成る。これらを通 して、所得税法を中心に、租税法令の基本的な制度と理論が理解できているか、主要な判例の 規範を踏まえつつ、各法令上の要件につき説得力のある解釈論を展開し、事案に適切に当ては める能力があるかを審査している。 - 26 - 設問1は、源泉徴収の要否を問うものであり、解答の過程では、使用者が供与する債務免除 に係る経済的利益が給与等(所得税法第28条第1項)の支払に該当するか、また、経済的利 益が学資金として非課税扱いを受けうるか(同法第9条第1項第15号)の検討を経なければ ならない。その上で、本問で問題となる源泉徴収に関する規定(同法第183条第1項)を把 握し、その要件を充足するかを考える必要がある。初見の論点や条項であっても、奨学金の慈 善性・公益性から非課税所得該当性を疑って所得税法第9条第1項に当たれるか、また、同項 第15号の規定ぶりは、括弧書きが重なり読みづらいが、租税法令で典型的な定めであるとも 言え、正確に読み解ける力を備えているかが問われている。 設問2では、誤って過大に納付された源泉徴収税額(誤納金)相当額を、国と源泉徴収義務 者(B法人)、申告納税義務を負う本来の納税義務者(A)という三者の間で、どのような法律関 係に基づいて精算されるかを、その法的根拠と共に問うている。最判平成4年2月18日民集 46巻2号77頁に従い、国とB法人の法律関係(B法人の納税義務)と、B法人とAの法律 関係(Aの納税義務)が別個に存在するというべきであるから、Aが確定申告で申告納税額か ら誤納金相当額を控除することにより直接国との間でその精算することはできない。なお、確 立した判例はあるものの、その規範を踏まえた上で説得的に展開されているものであれば、判 例とは異なる見解であっても、評価の対象となり得る。 設問3は、法人税法上の減価償却費に関する別段の定めを、与えられた事案において適切に 運用する能力を確認するものである。問題となる同法第31条第1項では、損金経理要件を通 じて会社法会計との整合が図られる一方で、減価償却資産該当性やその「取得」、あるいは当 該資産を事業年度末に「有する」という法人税法に固有の要件が含まれることが確認できる。 これらの要件を巡っては、基礎となる取引に係る私法上の評価を踏まえてその充足の有無を検 討することにより、主張の説得力が増す。法人税法の定めの解釈適用に際し、このように企業 会計及び私法上の評価が関わることは頻繁にあるものであり、両者に適切に目配りして論理を 展開する力が試されている。 設問4は、譲渡所得の計算に係る基礎と、相続税と所得税が交錯する基本的な問題状況を扱 う。すなわち、相続により取得した財産の譲渡益に対する課税の基本的な制度を、最判平成1 7年2月1日訟務月報52巻3号1034頁の規範を踏まえつつ、所得税法第60条第1項第 1号の文言と趣旨に照らして理解できているかを確認している。具体的には、同号の趣旨が相 続により取得した資産の増加益に係る課税の繰延べにあり、その譲渡に際し、所得税法に従っ て計算される相続前後の各増加益を合わせたものを超えて所得として把握することは予定され ていないことに加え、問題の名義書替料が取得費(所得税法第38条第1項)を構成すべき付 随費用に当たるか否かを適切に考慮した上で、事案への当てはめができているかが問われてい る。 設問5は、総合所得税の基礎の1つである損益通算の定めとその制限について、根拠条文に 則して確実に理解できているかを問うものである。所得税法第69条第1項から、問題文の譲 渡所得上の損失は、第一次的には損益通算の対象となり得るものの、生活に通常必要でない資 産(所得税法第62条第1項・同法施行令第178条第1項第2号)に係る損失に該当し、損 益通算上は生じなかったものとみなされる(所得税法第69条第2項)。他の条文の参照と政 令委任が重なり読み取りづらいが、このような制限を、その趣旨を理解した上で導ける力が試 される。本問で特に問題となるのは、「主として趣味、娯楽・・の目的で所有する資産」の解 釈と適用である。主観的要件であるが、公平な税務執行の要請から、客観的要素を重視した当 てはめが意識されているかが問われている。 [経済法] 〔第1問〕 - 27 - 第1問では、入札談合におけるメーカー9社、Y社及び販売業者9社の各行為が、私的独占 の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)第2条第6項に定義 される不当な取引制限に該当し、同法第3条に違反するか等について同法上の問題点を検討す ることを求めるものである。不当な取引制限の各要件の正確な理解を前提に、特にメーカー9 社とY社の各行為が、どのような意味で不当な取引制限の行為要件及び市場効果要件等を満た すか、また、違反行為の終期及び主導的事業者としてのY社に対する課徴金がどのように考え られるかなど、共同行為としての入札談合に関して独占禁止法の解釈と適用の基本的な考え方 について受験者の理解を問うものである。 まず、行為要件の検討では、入札談合において「共同して」(多摩談合(新井組ほか)事件 ・最判平成24年2月20日民集66巻2号796頁に即して「共同して・・・相互に」の要件 と考えることもできる。)が談合の基本合意(意思の連絡)を意味すること、また「相互にそ の事業活動を拘束する」については複数の解釈があり得るが、いずれの立場に立つとしてもそ の意義と解釈を明らかにした上で、特にメーカー9社とY社による本件取決めを中心に、本問 の事実関係を当てはめて、その当否を説得的に論証していくことが必要になる。 また、市場効果要件の「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」の検討では、 まず市場画定が求められる。検討対象となる商品的・地理的な範囲を主として需要者から見た 需要代替性の見地から画定するという規範に留意しつつ、専ら競争制限を目的又は効果とする 入札談合については基本合意が対象としている取引及びそれにより影響を受ける範囲をもって 画定すれば足りるとの解釈を示すとともに、本問においては、本件取決めが対象とする「甲製 品の入札」に係る甲製品の供給市場に着眼して検討することが重要になる。次に、競争の実質 的制限の検討が求められる。市場支配力の形成、維持・強化という規範に留意しつつ、当該取 引に係る市場が有する競争機能を損なうことをいい、入札談合においては、当事者らがその意 思で落札者及び落札価格をある程度自由に左右することができる状態ないし力を形成すること の解釈(前記多摩談合(新井組ほか)事件判決)を示すとともに、的確に本問の事実関係を当 てはめて論述することが重要になる。併せて「公共の利益に反して」の要件についても、入札 談合が競争制限の目的又は効果しか持たないことを明らかにすることが求められる。 さらに、違反行為の終期の検討では、入札談合における共同行為の終期とは、基本合意に基 づく拘束力が解消されて合意参加者が競争制限的な事業活動を行わなくなった時点を指すとい う解釈を示すとともに、本問においては、X2による本件取決めからの離脱が本件取決めの拘 束力にどのような影響を及ぼしたかを丁寧に見た上で、当該共同行為の終期を明らかにするこ とが求められる。また、Y社に対する課徴金の有無及び金額については、本件取決めに基づい て、Y社が、メーカー9社からの談合情報を集約するとともに、落札者及び入札価格を指示す るなど「違反行為の実行としての事業活動について指定(独占禁止法第7条の3第2項第3号 ロ)」していたという事案の特性に鑑みて、Y社の上記の行為は甲製品の供給調整を「容易に すべき重要なもの」に当たるとの評価を導いた上で、課徴金額を具体的に示すことが重要であ る。 〔第2問〕 これまで国内のαの販売を独占的に供給する地位にあったX社がY社の参入に対して行った (a)〜(c)の行為の独占禁止法上の評価を問うものであり、排除型行為を分析する基本的な力を 見ることを主眼とする問題である。その観点からは、(a)〜(c)による私的独占該当性が問題と なる。ただし、(a)〜(c)の各行為を不公正な取引方法として論じることに注力し、その後、補 足的に私的独占を論じるという理路も想定されており、そのように論じるものが実際に多いも のと予想されている。どちらの構成であっても排除的行為の基本的分析能力と私的独占の基本 的理解が問われるという点では同じである。 - 28 - 私的独占については、一定の取引分野を画定するための基本的な理解が問われる。需要の代 替性と供給の代替性から正確に理解できるかどうかが問われる。(a)〜(c)が排除行為に該当す るかどうかについても、排除行為についての基本的な理解ができているかどうかを問うもので ある。(a)〜(c)の各行為が排除効果を有するか否かが中心的な問題となる。(a)と(b)について は、不公正な取引方法の構成をとった場合に問題となる市場閉鎖効果分析の基本的手法を修得 できているかが問われる。なお、(c)についてはγに対する妨害がαにおける排除になり得る か否かを論じることが必要になる。少し複雑なように見えるが、関連市場に属さない製品・役 務を直接の対象として、関連市場での事業活動を排除するといった私的独占事例は内外でよく 見られるものである。(a)〜(c)の排除効果が競争の実質的制限をもたらす程度のものであるこ との評価や、公共の利益要件の評価はごく基本的な理解があれば可能なものであり、その点に ついてはごく基本的な能力を問うものとなっている。 (a)〜(c)を不公正な取引方法として議論する場合、(a)と(b)については拘束条件付取引若し くは間接の取引拒絶の構成が考えられ、どちらで構成しても良いが、公正競争阻害性、特に市 場閉鎖効果についての基本的な分析能力を確認することが中心課題となる。私的独占でも説明 したように影響を受ける市場の画定方法についての基本的理解も問われる。なお、(c)は取引 妨害が成立するか否かが問題となり、取引妨害についての基本的な条文理解が問われる。なお、 (c)については、γの取引の妨害が問題となるため、私的独占では補足できない法益侵害も含 まれている。私的独占を主として論じた場合であっても(c)については、取引妨害について別 個に論じることが要請される。不公正な取引方法を中心に論じた場合、(c)が排除行為に該当 することについては不公正な取引方法の該当性だけではない側面も論じなければならない。 [知的財産法] 〔第1問〕 1 設問1は、特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の属否及び無効の抗弁の成否と ともに、新規性喪失の例外について問うものである。設問2は、通常実施権許諾契約に違反 して製造された製品の販売行為についての侵害の成否を問うものである。 2 設問1については、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて確定す るとの原則(特許法(以下「法」という。)第70条第1項)を踏まえた上で、出願経過に おいてXが提出した意見書の内容などの本問の事実関係に照らして、Y1製品が本件発明の 技術的範囲に属するとのXの主張の当否を検討する必要がある。 3 設問1については、無効の抗弁(法第104条の3第1項)の成否を判断する前提とし て、発明の要旨を認定する必要があり、最判平成3年3月8日民集45巻3号123頁【リ パーゼ事件】を踏まえて、本件発明の要旨を認定した上で、その要旨との関係において無効 の抗弁の成否を検討する必要がある。無効理由としては、新規性喪失(法第29条第1項第 3号)、サポート要件違反(法第36条第6項第1号)等が問題となるところ、本問の事実 関係の下でそれらの無効理由の存否について論じることが求められる。 4 設問1については、考えられるXの主張及び手続として、新規性喪失の例外(法第30 条第2項)及び書面の提出(同条第3項)を挙げた上で、新規性喪失の例外の効果を考慮し ながら、無効の抗弁の妥当性について差異が生じることがあるかを論じる必要がある。 5 設問2については、まず、Xとしては、Y3によるY2製品の販売が業としての実施(法 第2条第3項第1号、第68条)に当たること、Y2が本件契約の最高数量制限に違反して 製造する行為は本件特許権を侵害するため、Y3による販売行為も侵害に当たること、した がってY3によるY2製品の販売停止請求が可能であること(法第100条第1項)を述べ る必要がある。これに対して、Y3の反論としては、最高数量制限違反は債務不履行にとど まり、Y2の製造行為は侵害に該当しないため、通常実施権者Y2による譲渡により特許権 - 29 - は消尽すること、したがってY3によるY2製品の販売停止請求は認められないことを挙げ る必要がある。その上で、最高数量制限についてのY3の善意や最高数量制限内外のY2製 品の区別困難性といった本問の事実関係を踏まえて、自説を、その論拠を示しつつ、説得的 に論じる必要がある。 〔第2問〕 1 設問1は、建築の著作物の著作物性及び著作権侵害の成否を問うものである。設問2は、 著作権(支分権)の効力、侵害が肯定された場合の救済及び侵害訴訟において被侵害者のな し得る主張を問うものである。設問3は、建築の著作物についての著作者人格権侵害の成否 及び侵害が肯定された場合の救済内容を問うものである。 2 設問1については、建築物としてのA図書館の著作物性(著作権法(以下「法」という。) 第2条第1項第1号)について、建築の著作物の著作物性の判断基準を示した上で、検討す ることが求められる。また、問題となるDの行為を踏まえて、複製権(法第21条)侵害の 成否について論じる必要がある。その際、公開の美術の著作物等の利用にかかる権利制限(法 第46条)についても述べる必要がある。 3 設問2については、Bが主張すべき著作権として、複製権(法第21条)及び譲渡権(法 第26条の2第1項)を挙げた上で、救済として、停止請求(法第112条第1項)及び廃 棄請求(同条第2項)の具体的な内容について論述する必要がある。このほか、損害賠償請 求(民法第709条)についても言及する必要がある。また、これらの請求の妥当性の問題 として、公開の美術の著作物等の利用にかかる権利制限(法第46条)について検討するこ とが求められる。 4 設問2については、Cの主張として、絵画αが著作物に該当し、Dの行為は複製権及び 譲渡権の侵害に当たると述べる必要がある。これに対抗するDの主張として考えられるもの として、著作物の類似性(表現上の本質的特徴の直接感得性)の否定や、付随対象著作物の 利用にかかる権利制限(法第30条の2)を挙げる必要がある。これらの主張の妥当性の問 題として、本問の事実関係を踏まえて検討することが求められる。 5 設問3については、問題となるBの権利として同一性保持権(法第20条第1項)を、考 えられるBの請求として撤去工事の予防請求(法第112条第1項)を、それぞれ挙げる必 要がある。その請求の妥当性の問題として、同一性保持権侵害の成否、とりわけ法第20条 第2項第2号該当性について、本問の事実関係を踏まえて検討することが求められる。 [労働法] 〔第1問〕 本問は、管理監督者性、賞与の支給日在籍要件、懲戒解雇の場合の退職金不支給という個別 的労働関係法における基本的な論点の検討を求めるものである。 設問1について、Xは法定労働時間(労働基準法第32条)を超えて業務を行う日があった が、XはY社の上位スタッフ職であり管理監督者として扱われていることから、深夜の割増賃 金を除き、時間外手当の支給を受けなかった。仮にXが同法第41条第2号にいう管理監督者 に当たらないとすれば、Y社は法定時間外労働についての割増賃金(同法第37条)をXに支 払わなければならないことになる。行政解釈は、同法第41条第2号の「監督若しくは管理の 地位にある者」を労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体の立場にある者とし、 名称にとらわれず、実態に即して判断すべきとする(昭和22年9月13日発基17号、昭和 63年3月14日基発150号)。下級審裁判例は基本的に行政解釈と同様の考えに立ち、@ 職務内容、権限及び責任の重要性、企業全体の重要事項への関与、A勤務態様が労働時間規制 - 30 - 等に対する規制になじまないものか、B賃金等における管理監督者の地位にふさわしい処遇、 といった点を考慮して、管理監督者性を判断する。この判断枠組みは指揮命令の系統(ライン) 上の管理監督者について形成されたものであるが、スタッフ管理職であっても、職能資格など の待遇上、管理監督者に該当する管理職者と同格以上に位置付けられる者であって、経営上の 重要事項に関する企画立案等の業務を担当する者は同様に管理監督者といえるだろう(昭和6 3年3月14日基発150号参照)。 このように、設問1では、同法の条文解釈が問われており、これら行政解釈や下級審裁判例 の考え方を念頭に、一定の規範を導き出し、本問の事実関係を的確に当てはめ、事例について の結論を導いていくことになろう。 これに対し、設問2と設問3では、まず、当事者間の規範の内容を確定することが必要であ る。Xが請求したいと考える賞与と退職金の法的根拠は何か。Y社就業規則は賞与と退職金に ついて規定している。これが合理的な労働条件であり労働者に周知させていた場合には、当事 者間の規範となる(労働契約法第7条参照)。 その上で、設問2について、Y社就業規則第50条は、賞与支給日に在籍し、かつ、評価対 象期間に勤務していた者に賞与を支給する旨、規定する。Xは評価対象期間中に勤務していた が賞与支給日に在籍していなかったため、令和6年7月分の賞与を受けなかった。このような 賞与の支給日在籍要件は適法か。最高裁判所は事例判断であるが、支給日在籍要件の定めが合 理性を有し、支給日前に退職した者に賞与請求権は発生しないとした(大和銀行事件・最判昭 和57年10月7日集民137号297頁)。また、最近の下級審裁判例では、私傷病により 支給日前に死亡した者の賞与請求を、支給日在籍要件の規定にかかわらず認容したものがある (医療法人佐藤循環器科内科事件・松山地判令和4年11月2日労判1294号53頁)。こ うした判例・裁判例等を踏まえ、支給日在籍要件の適法性と、懲戒解雇された者に対する適用 の当否を検討することになろう。 設問3について、Y社就業規則第54条は、懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部 を支給しないことがある旨、規定する。このような規定の合理性と適用の当否が問題となる。 最高裁判所は事例判断であるが、同業他社に就職した者の退職金の支給額を自己都合による退 職の場合の半額と定める退職金規則を合理性がないとはいえないとした(三晃社事件・最判昭 和52年8月9日集民第121号225頁)。懲戒解雇と退職金をめぐる下級審裁判例では、 職務外の非違行為が強度な背信性を有するとまではいえない場合であっても、常に退職金の全 額を支給すべきであるとはいえないとして、退職金の一定割合を支給すべきであるとしたもの がある(小田急電鉄(退職金請求)事件・東京高判平成15年12月11日労判867号5頁)。 なお、公務員の事案であるが、判例では、支給制限処分にかかる県教委の判断は、社会観念上 著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえないとして、 退職手当の全部不支給を相当であると判断したものがある(宮城県・県教委(県立高校教諭) 事件・最判令和5年6月27日民集77巻5号1049頁)。小田急電鉄(退職金請求)事件 をはじめとして、こうした判例・裁判例を念頭に、上記の規定の合理性を検討するとともに、 本問の事実関係を的確に当てはめた論述が求められる。 〔第2問〕 本問は、事業場の一部の労働者により労働組合(少数組合)が結成されたという状況で、第 1に、同組合からの団体交渉要求に対する使用者の対応が労働組合法第7条第2号の団交拒否 に該当するものであったか否か、第2に、使用者がその後に結成された別の労働組合(多数組 合)との間でチェック・オフ協定とユニオン・ショップ協定を締結したことが同条第3号の支 - 31 - 配介入に当たるか否か、を問うものである。第1については、業務手当とチェック・オフ協定 という2つの交渉事項があり、それぞれの性格や法的枠組みを踏まえた分析が求められる。ま た、第2については、多数組合と少数組合の併存という状況に照らしながら、チェック・オフ 協定とユニオン・ショップ協定の双方について、支配介入への該当性を論じる必要がある。い ずれも、集団的労働法における基本的かつ主要な論点に関し、関係する法令、判例・裁判例等 から導き出される法理についての正確な理解と、当該規範への具体的事実の当てはめの的確さ を問うものである。また、不当労働行為の規範の性質や救済申立てを受ける労働委員会の権能 について、正しい理解を有しているかを問うものでもある。 第1の団交拒否の成否(同条第2号)に関しては、本件でY社はX組合との間に計6回の団 体交渉を行っているが、それが「誠実な」交渉といえるかどうかがポイントとなる。使用者の 誠実交渉義務については以前から広く承認されており、最近の判例(山形大学事件・最判令和 4年3月18日民集76巻3号283頁)も、これを明確に確認したところである。本件では、 2つの交渉事項がいずれも使用者が団体交渉を義務付けられる事項(義務的団交事項)に該当 することを確認した上で、それぞれの事項について誠実な交渉が行われたかどうかを、具体的 に検討すべきことになる。すなわち、誠実な交渉によっても両者の意見が対立したままで、膠 着状態に陥った場合には、それ以上の交渉を拒否することについて「正当な理由」(同号)が あると判断される可能性があるが、その前提が満たされているかどうかを検討する必要がある。 まず、業務手当に関しては、手当廃止の必要性に関する説明の十分さ、特に資料の提出の点 が主たる問題となろう。上記判例でも、「使用者は、必要に応じてその主張の論拠を説明し、 その裏付けとなる資料を提示するなどして、誠実に団体交渉に応ずべき義務」を負うと述べて おり、本件でそれが尽くされたかどうかを論じる必要がある。また、就業規則の変更によって 手当が廃止されたことが、その後の団体交渉義務にどのような影響を与えるのかについても、 触れておくことが望ましい。次に、チェック・オフ協定に関しては、Y社がいう「法律上も無 理がある」点とは何かを確認しておく必要がある。これについて判例(済生会中央病院事件・ 最判平成元年12月11日民集43巻12号1786頁)は、組合費のチェック・オフも賃金 からの控除である以上、労働基準法第24条第1項ただし書による労使協定が必要と解してお り、同判例によれば、少数組合であるX組合は、その締結主体とはなり得ない。ただ、過半数 代表者を選出して労使協定を締結する可能性もないわけではないので、Y社の態度を、X組合 の側の主張と照らし合わせながら、適切に評価することが求められる。 いずれの事項についても、Y社が誠実な交渉を行っておらず、その団交拒否に正当な理由が ないと判断された場合、労働委員会としては誠実交渉命令を発し(上記山形大学事件を参照)、 更に必要に応じポスト・ノーティスあるいは文書交付を命じることになる。 第2の支配介入の成否(労働組合法第7条第3号)に関しては、支配介入の意思の要否など その基本的な成立要件にかかる論点を押さえておく必要があるが、特に本件のような組合併存 状況においては、判例(日産自動車事件・最判昭和60年4月23日民集39巻3号730頁) が定立した使用者の中立保持義務が、重要な判断枠組みとなる。使用者は、団体交渉を含む全 ての場面で各組合に対して中立的態度を保持すべきであり、組合の性格や運動方針等による差 別は許されないが、他方で、各組合の組織力、交渉力に応じた「合理的、合目的的な対応」を することは可能であり、同義務違反とはならない。本件でY社がA組合との間で2つの協定を 締結したことがこのどちらに当たるのかを、それぞれの協定の性格や、様々な関連事実に照ら しながら、適切に評価することが求められる。 まず、チェック・オフ協定については、A組合は事業場の労働者の過半数で組織する労働組 合であるので、上記の判例(済生会中央病院事件)の下でも労働基準法第24条との抵触はな - 32 - く、Y社は適法に締結することができる。しかし、それで終わりというわけではなく、X組合 との交渉ではこれを拒否してきたという経緯や、もう1つのユニオン・ショップ協定の締結を 含む、A組合に対する明らかに好意的な態度について、どのように考えるべきかを検討するこ とが求められる。次に、ユニオン・ショップ協定に関しては、文言上はA組合に加入しない労 働者は全て解雇されることになっていても、他の組合に入っている労働者との関係では無効で あって解雇は許されないという法理が、判例によって確立されている(三井倉庫港運事件・最 判平成元年12月14日民集43巻12号2051頁など)。Y社はこれを前提に、X組合の 組合員を解雇するつもりはないと述べているが、解雇がなされなくても、このような協定があ ることによって、事実上、労働者のA組合への加入が促進されるという効果が生じることは避 けられない。それはユニオン・ショップ協定が禁止されていない以上、やむを得ないことで、 中立保持義務の違反には当たらないと考えるべきか、それとも、他の様々な事情や経緯に照ら して、X組合の弱体化をもたらす支配介入に当たると考えるべきかを、本件の事実関係に照ら しながら的確に検討することが求められる。 このような検討の結果、いずれか、又は両方の協定の締結について、支配介入が成立すると いう結論になった場合には、ポスト・ノーティスあるいは文書交付の命令を出すことなどが考 えられる。 [環境法] 〔第1問〕 本問は、2021年改正によって地球温暖化対策の推進に関する法律(以下「温対法」とい う。)に導入された地域脱炭素化促進事業制度、及び温対法の下での温室効果ガス削減のため の規制手法と近時地方公共団体で取り入れられている排出量取引制度についての基本的理解を 問うとともに、あわせて温室効果ガスの排出という事象が環境基本法にいう「公害」に含まれ るかどうかの理解を、公害紛争処理法の適用の可否を通じて争われた事件を素材にして問うて いる。 〔設問1〕では、甲社がB町で計画している風力発電事業が温対法第2条第6項にいう「地 域脱炭素化促進事業」であることを踏まえ、設置が計画されている工作物が【資料】として添 付された省令の第2条第1号にいう「再生可能エネルギー発電施設」であることを指摘する。 そして、その設置のためには、甲社は、B町長に対して、温対法第22条の2に基づき地域脱 炭素化促進計画の認定申請をしなければならないという手続を、関係条文を丁寧に指摘しつつ 説明することが求められている。 〔設問1〕では、温対法第22条の2第3項に基づくB町長の認定を受けた認定地域脱炭 素化促進事業者が実施する認定地域脱炭素化促進事業は、みなし許可や関係規定の不適用など、 森林法、自然公園法、環境影響評価法に関する規制緩和的な特例措置を受けることができるこ とを、【資料】として添付された関係法の関係条文を丁寧に指摘しつつ説明することが求めら れている。 〔設問2〕では、一定の基準の遵守義務付けという実体的アプローチに基づく伝統的規制 手法ではなく、温対法第26条以下が採用する温室効果ガス算定排出量報告制度においては、 情報の報告徴収及び報告事項の公表を通じて排出抑制状況を市場に評価させることにより、特 定排出者に対して一層の排出削減に向けての誘導をしようとする情報を用いた手続的アプロー チが採用されている点を指摘することが求められている。 〔設問2〕は、東京都が制定している都民の健康と安全を確保する環境に関する条例に基 づく地球温暖化対策推進制度の中核となる排出量取引を素材とした出題である。同条例の下で は、大規模排出事業者に対して、二酸化炭素の排出量の削減を義務付けるとともに、自力での - 33 - 削減が困難な場合には、クレジットの購入をもって義務が履行されたものとすることも認めら れている。義務量以上の削減ができれば、それをクレジット化できるため、継続的な削減イン センティブが作用する。そうした経済的な手段を用いた手法の特徴を、専ら自力での基準達成 を強制する伝統的な規制手法と対比して説明することが期待されている。 〔設問3〕は、いわゆる「シロクマ事件」を素材とした出題である。「二酸化炭素排出は大気 汚染」という認識のもとに、二酸化炭素を大量に排出する企業に対して排出抑制を求める調停 が、公害紛争処理法に基づいて公害等調整委員会に申請された。同委員会及びその却下決定の 取消訴訟が係属した東京地方裁判所は、二酸化炭素の多量排出は地球温暖化の問題であると整 理した上で、それは「大気の汚染」ではないがゆえに公害に該当しないと判断した。こうした 判断のアプローチを説明することが求められている。 〔第2問〕 本問は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。)に基づく一般廃棄物 処理規制及び産業廃棄物処理規制に関する基本的理解を問う問題である。同法の下での一般廃 棄物と産業廃棄物の区別、両廃棄物の処理許可制度の法的性質、許可取消処分に当たっての要 件規定の解釈、廃掃法第14条第13項の定める通知(以下「適正処理困難通知」という。) の発出及びこれを受けた排出事業者の対応、その義務懈怠を理由とする措置命令といった論点 に関して出題されている。 〔設問1〕では、「本社工場における廃棄物」に2種類ある点を認識しなければならない。 まず、カマボコ製造過程において発生する魚の残渣や野菜くずが産業廃棄物に該当することを 【資料1】の関係条文を踏まえつつ指摘するとともに、社員食堂において発生する調理くずや 残飯はこれに該当しないがゆえに、一般廃棄物となる点を指摘しなければならない。その上で、 産業廃棄物の処理委託に際しては、委託に係る品目についての処理業許可を持つ者にしか委託 できないことを指摘して、C社はそれには当たらないと説明する必要がある。 〔設問2〕では、一般廃棄物処理業許可の法的性質が論点となる。処理責任が基本的に排 出事業者にある産業廃棄物については、その処理業許可は、いわゆる警察許可と解されている。 これに対して、処理責任が市町村にある一般廃棄物については、その処理業許可は、@市町村 による収集運搬が困難であること、A一般廃棄物処理計画に適合することという許可基準が設 けられているように、認定に当たっての市町村長の裁量が広い計画許可と解されている。この ため、申請をしても許可が得られるかの見通しを立てるのが難しい。両者の特徴を対比させつ つ説明することが求められる。 〔設問2〕は、一般廃棄物処理業許可の原告適格が争われた事件における最高裁判決(最 三小判平成26年1月28日民集68巻1号49頁)を踏まえたものである。一般廃棄物処理 業許可は、市町村による収集運搬が困難な場合に出される補完的性質を持っている。また、廃 掃法第7条第12項が料金上限を設定しているというように、処理料金は契約自由であり自由 競争が基本とされる産業廃棄物処理業許可営業とは異なっている。また、一般廃棄物処理業者 の経営が悪化すると住民の衛生や環境が害される事態が生じる。これらのことから、一定の利 潤が制度的に保障されるため、既存の許可業者の営業上の利益は、廃掃法上、個別的に保護さ れる利益としても認められる。一般廃棄物処理の特徴を踏まえた論述が求められる。 〔設問3〕については、【資料2】を参照し、C社の取締役会に出席して積極的に発言し、 同社の意思決定にも影響力を保持しているGが廃掃法第7条第4項第5号ホにいう「役員」に該 当することを説明しつつ、勾留はされているものの廃棄物の処理に関係した罪に関する措置で はないために、産業廃棄物処理業許可取消事由には該当しないことを関係規定に言及しつつ説 明することが求められている。 〔設問4〕は、廃掃法第14条第13項が規定する適正処理困難通知に関する出題である。 - 34 - 【資料1】の関係条文を参照しつつ、甲社は、C社処理施設に堆積された同社の産業廃棄物を、 当該廃棄物の中間処理業許可を有する処理業者と委託契約をした上で、そのもとに運搬するこ とをC社に対して指示しなければならないことを説明することが求められている。 〔設問4〕については、甲社が廃掃法第14条第13項に基づく対応を怠っていたという 事実が同法第19条の5に基づく原状回復命令の要件(同条第1項第3号ヘ)を充たしている 点を説明する必要がある。廃プラスチック類の前面道路への崩落により、生活環境保全上の支 障が発生している。本来は、そうした状態を作出したC社が名宛人となるべきところ、対応が 困難であるため、B市長としては甲社に対して原状回復命令を発出することになる(本問では、 B市長に廃掃法上の権限がある。)。同法第14条第13項の義務懈怠が命令要件となるのは、 同法第12条の3第8項を経由するからであるが、この点も指摘しなければならない。またそ れは、同法第11条第1項、さらには、汚染者支払原則・原因者負担原則を踏まえた法制度で ある点の指摘も必要である。産業廃棄物処理規制の仕組みの全体像が理解できているかが問わ れる。 [国際関係法(公法系) ] 〔第1問〕 設問1は、国際法上の国家承認に関する基本的知識を問う問題である。この設問に解答する ための前提として、国際法上の国家承認という制度に関して、国際社会においてこのような制 度が必要とされる理由について理解するとともに、国家承認の要件や、国家承認の法的効果、 さらに国家承認が政策上の判断に基づく自由裁量的な行為であるのか、一定の要件を満たす場 合には国家承認は法的義務であるのか、といった点を踏まえて、説得力ある論述を展開する必 要がある。A国の立場からは、A国領域の一部であるP州における一方的な独立宣言は、A国 の領土保全を侵害し憲法秩序を破壊する刑法上の違法な犯罪行為であり、「P共和国」は国際 法上の国家承認の要件を満たすものではないと捉えられる。このような国家承認の要件を満た さない集団に対する他国による国家承認は、「尚早の承認」として本国(本設問ではA国)に 対する国際法上の違法行為となることをA国としては主張すべきであろう。 設問1に関するもう一つの論点は、国際法上の自決権に関するものである。人民の同権及び 自決の原則に基づき「P共和国」を国家承認したとのB国の主張に対して、A国側から国際法 上どのような理由に基づく反論が可能かを論じる必要がある。「人民の同権及び自決の原則」 に関しては国際連合(以下「国連」という)憲章第1条第2項に規定されているが、国際法上 の自決権の定義と、その法的性質の理解(慣習国際法上確立しているか、さらに国際法上の対 世的権利/義務として確立しているか等)、また自決権を有する主体をどのように捉えるべきか といった論点に関して、国際組織の主要な実行(1960年に国連総会決議として採択された 植民地独立付与宣言など)や代表的な国際判例(例えば、国際司法裁判所(以下「ICJ」と いう。)による1971年ナミビア勧告的意見、1975年西サハラ勧告的意見、1995年 東チモール判決、2019年チャゴス諸島勧告的意見など)を挙げつつ、A国としては「P共 和国」の独立宣言は自決権の正当な行使とは認められないことを主張する必要がある。その際、 自決権の行使に際して、植民地支配からの独立といったいわゆる外的自決の場合とそれ以外の いわゆる内的自決の場合とで、自決権行使に関する国際法上の評価が異なる点も、検討される べき重要な論点の一つとなる。A国としては、本設問にある「独立宣言」は、植民地支配から の独立といった外的自決に該当するものではない、と主張することになろう。 設問2は、国連の安全保障理事会(以下「安保理」という。)の表決手続に関して、国連加 盟国の主権平等原則との関係で検討するものである。国連が、「すべての加盟国の主権平等の 原則に基礎をおいている」ことは、国連憲章第2条第1項に明確されている。しかし、同項で 規定された国連における加盟国間の主権平等とは、国連機関の表決手続との関係でいえば、例 - 35 - えば総会の表決手続では一国一票制が採られているが、安保理では常任理事国制度が採られる など、形式的な意味での加盟国間の平等にとどまらず、加盟国の責任や義務の程度、またそれ ぞれの機関が負う任務の性格等に照らした実質的な意味での加盟国間の平等が保障されるべき ことを含意する概念であると考えられる。 特に、本設問で具体的に取り上げられている安保理は、国連の主要機関(国連憲章第7条第 1項)の中で「国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任」を負う(同第24条第1項) 機関とされる。安保理における非手続事項の決定手続を定めた国連憲章第27条は、常任理事 国の同意投票を含む9理事国の賛成投票が必要であることを規定し、常任理事国が1国でも反 対票を投じた場合には非手続事項の決定が否決されることを定めており、これが常任理事国の いわゆる拒否権と呼ばれるものである。この国連憲章第27条第3項にはただし書があり、 「但 し、第6章及び第52条3に基づく決定については、紛争当事国は、投票を棄権しなければな らない。」と定めている。この第27条第3項ただし書の規定に従えば、国連憲章第6章が規 定する紛争の平和的解決、あるいは第52条第3項が規定する地域的取極又は地域的機関によ る紛争の平和的解決においては、紛争当事国は安保理における投票を棄権する法的義務がある と考えられる。他方で、同ただし書を反対解釈すれば、国連憲章第7章の下で紛争の強制的解 決が問題とされる事例においては、紛争当事国は安保理における投票を棄権する義務はないと 解される。国連における現実の実行においても、国連憲章第7章の下で扱われる案件に関して は、紛争当事国は常任理事国を含めて投票を棄権せずに、実際に投票を行っている。そのため、 安保理の常任理事国は、自国が当事者となる紛争に関して反対票を投じることによりいわゆる 拒否権を行使することができ、結果として常任理事国に対しては憲章第7章に基づく強制措置 を発動することができない、という問題が生じているのである。以上のような国連憲章第27 条第3項ただし書に関する解釈及び安保理における同項に関する実行等を踏まえて、設問2に おけるB国の主張を国際法上評価することがここでは求められる。 設問3は、国連の安保理が常任理事国によるいわゆる拒否権行使の結果、国際の平和及び安 全の維持に関する主要な責任を実質的に果たせなくなった場合に、国連の枠組みの中でA国が どのような法的な救済を求めることができるかを問うものである。 第一の方法として、1950年の朝鮮戦争時に国連総会決議として採択された「平和のため の結集決議」に基づき、国連の緊急特別集会の招集を求めることが考えられる。国連における 実行として、1956年の第2次中東戦争(スエズ動乱)時に、常任理事国による拒否権行使 により安保理が有効に機能できなくなった際、「平和のための結集決議」が実際に援用されて 初めて国連の緊急特別総会が招集され、国連の平和維持活動(PKO)として第1次国連緊急 軍(UNEFT)が現地に派遣された。最近の例では、2022年のロシアによるウクライナ 侵略に際して、安保理が常任理事国ロシアによる拒否権行使により有効に対応できなくなった 際に、「平和のための結集決議」に基づき緊急特別総会が招集され、ロシアによるウクライナ に対する武力行使を非難する決議が採択された。ただし、「平和のための結集決議」に基づき 招集された緊急特別総会においては、国際の平和及び安全を維持し又は回復するための集団的 措置を採るよう加盟国に勧告を行うことができ、平和の破壊又は侵略行為の場合には必要に応 じ兵力を派遣することもできると明記されているものの、これまでに同決議に基づいて実際に 集団的措置が決定された例はなく、また仮に決定された場合でも、それは国連加盟国に対して 勧告的効力を持つものにすぎず、加盟国に参加を法的に義務付けるものではないことに留意す る必要がある。 第二の方法として、「国際連合の主要な司法機関」(国連憲章第92条)であるICJへの 提訴が考えられる。A国が本件紛争に関してB国を被告としてICJに提訴するためには、I CJ規程第36条第1項又は第2項に規定する裁判管轄権の根拠のいずれかを主張する必要が ある。第1項前段の規定する合意付託、同項後段の規定する裁判条項(又は裁判条約)、第2 - 36 - 項の規定する強制的管轄権受諾宣言のいずれかの存在を立証する必要があり、さらにB国に対 して応訴管轄(forum prorogatum)の受諾を要求することも考えられる。原告適格その他の受 理可能性に関する要件も満たす必要があるが、本件紛争に関してはこの点に関する立証はA国 にとって十分に可能であろう。 第三の方法として、国連の事務総長への付託ないしは注意喚起が挙げられる。事務総長は、 国連の行政職員の長である(国連憲章第97条)と同時に、例えば国際の平和及び安全の維持 への脅威と認められる事項について安保理の注意を促すことができ(国連憲章第99条)、ま た事務総長個人としての立場で紛争解決に向けた調停や、場合によっては法的拘束力を持つ裁 定を行う場合もある(例えば、1988年のレインボー・ウォーリア号事件国連事務総長裁定)。 〔第2問〕 本問は、海洋法、条約と慣習国際法の関係、不干渉原則、武力行使禁止原則、国家責任法と いう国際法の基本的分野・基本原則に関する知識と理解を確認することを目的とする。 設問1は、常設国際司法裁判所(以下「PCIJ」という。)の1927年ローチュス号事 件判決で実際に争われたような公海上での船舶の衝突事故における刑事管轄権の行使に関する 問題である。A国が当事国となっている海洋法に関する国際連合条約(以下「国連海洋法条約」 という。)第97条第1項は、「公海上の船舶につき衝突その他の航行上の事故が生じた場合 において、船長その他当該船舶に勤務する者の刑事上又は懲戒上の責任が問われるときは、こ れらの者に対する刑事上又は懲戒上の手続は、当該船舶の旗国又はこれらの者が属する国の司 法当局又は行政当局においてのみとることができる。」と定めており、この規定に従えば、公 海上でのα号とβ号の衝突事故に関してα号の船長Xの刑事上の責任を問う手続は、α号の旗 国であるとともにXの国籍国であるA国の当局のみがとることができることになる。しかしな がら、問題文に明示されているようにB国は国連海洋法条約の当事国ではないため、B国が国 連海洋法条約に違反するとA国は主張することができない。そこでA国として考えられるのは、 国連海洋法条約第97条第1項の規定内容が慣習国際法となっており、そのような慣習国際法 にB国は違反したと主張することである。ローチュス号事件においてPCIJは、公海衝突事 故において加害船の旗国(本問で言えばA国)に排他的管轄権を認める国際法は存在しないと して、被害船の旗国(本問で言えばB国)にも刑事管轄権の行使が国際法上認められると判断 している。しかしながら、本判決に対しては批判もあり、1958年の公海に関する条約では 国連海洋法条約第97条第1項と同様の規定が採り入れられており、A国は、現在においては この条約規則が慣習国際法化しているとして、α号の旗国でもXの国籍国でもないB国による 刑事管轄権の行使は国際法違反であると主張することが考えられる。 設問2は、不干渉原則や武力行使禁止原則についての理解度を問う問題である。不干渉原則 については、国連憲章には直接的には定められていないが(国連憲章第2条第7項本文は、 「こ の憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国 際連合に与えるものではなく、また、その事項をこの憲章に基く解決に付託することを加盟国 に要求するものでもない。」と定めている。)、1970年の友好関係原則宣言では、国の義務 として「国連憲章に従って、いかなる国の国内管轄権内にある事項にも干渉しない義務に関す る原則」が宣言されており、国際法上、不干渉原則が妥当していることには争いがない。IC Jも、1986年ニカラグア事件本案判決において不干渉義務が慣習国際法上存在することを 前提としている。自国領域内にいる私人の逮捕や起訴は、一般的には「国家主権の原則により それぞれの国が自由に決定することが認められている事項」(ニカラグア事件本案判決)と言 えるとしても、A国の主張によれば国際法に違反するような管轄権行使をする自由を国は有し ておらず、したがって国内管轄事項には当たらないとA国は反論することが可能である。また、 仮に国内管轄事項に当たるとしても、国が他国の国内法等を批判するにとどまるような場合に - 37 - は、国際法上、一般に干渉とはみなされず、干渉とされるのは、強制又はその威嚇を背景とし た命令的な介入(命令的干与)であると考えられており、例えばニカラグア事件においてIC Jは米国によるニカラグアへの経済援助の停止や禁輸措置については不干渉原則の違反を認定 しなかったことなどを手がかりとして、A国は、B国によるXの逮捕や起訴をA国の外務大臣 が批判することは、国際法違反となる「干渉」には当たらないとして反論することが可能であ る。 A国の行為が国連憲章第2条第4項に違反するというB国の主張については、軍事大国であ るA国の外務大臣が「必要な全ての手段を用いる」という発言をしたことが、同項が禁止する 「武力による威嚇」に該当するかが問われる。国連の安保理が国連憲章第7章に基づいて国連 加盟国に「必要な全ての手段」を授権することによって軍事的措置(武力の行使)を認める実 行はあるとしても、いかに軍事大国ではあっても、個々の国連加盟国が、それまでは全般的に 良好な国際関係を維持してきた国に対して「必要な全ての手段を用いる」と発言することが当 該国に対する「武力による威嚇」とは考えられないという観点から、A国は自国の行為は国連 憲章第2条第4項に違反しないとして反論することが可能である。国連憲章第2条第4項にい う「武力」が英語の正文では「force」であり、第41条の「兵力(armed force)」とは異な ることから、第2条第4項の「武力(force)」が軍事力に限られるのかどうかという議論があ ることに鑑みて、B国が国連憲章第2条第4項の「武力(force)」に経済的圧力を含むという 広い解釈に基づいてA国による同項の違反を主張している可能性を想定した上で、そのような 広い解釈は認められないとしてA国が反論する可能性も考えられよう。 設問3は、国際法違反の帰結として生ずる国家責任に関して、具体的な事案への当てはめを 求める問題である。1928年ホルジョウ工場事件本案判決でPCIJが判示し、国際違法行 為に対する国家の責任に関する条文(以下「国家責任条文」という。)に基本的には反映され ているような原則を踏まえて、原状回復や金銭賠償、満足(サティスファクション)等につい て論ずることが期待される。B国によるXに対する刑事管轄権の行使が国際法違反であるとI CJが認定したという設定において、まずA国はB国による国際違法行為の帰結として拘禁刑 に処されたXの釈放を求めることができる。Xの釈放を原状回復と捉えるか違法行為の中止と 捉えるか(又はその両者の性格をもつものと捉えるか)は「原状回復」の定義によるが、いず れにせよXが被った経済的損失はXの釈放によっては償われないため、A国はB国に金銭賠償 を求めることも考えられる。この場合、A国は自国民のために外交的保護を行使する形となる が、外交的保護を行使するための要件の一つである国内救済が尽くされているかどうかは問題 文からは明らかではない点には注意が必要である。その他、A国は満足の一形態としてB国に よる遺憾の意の表明や公式の陳謝を求めることもできる。なお、国家責任条文は満足の一形態 として違反の自認も例示しているが、ICJがB国の国際法違反を認定したという設定におい てA国がB国による違反の自認を求めることは、これまでICJが自らによる国際法違反の認 定が損害を賠償する一種の満足を構成すると判示してきていることに鑑みれば、国際法の観点 からは特段の事情がなければ適切とは言えないであろう。 [国際関係法(私法系) ] 〔第1問〕 本問は、国際取引に関わる事例を題材として、財産関係事件における国際裁判管轄の判断、 契約の準拠法及びその周辺分野にかかる理解を問うものである。 〔設問1〕は、国際取引に関して、国際裁判管轄の決定及び契約の準拠法の決定についての 基礎的な理解を問うものである。 〔設問1〕の〔小問1〕は、営業所所在地管轄の理解を問うものである。本問の設定では、 被告住所地(民事訴訟法(以下「民訴法」という。)第3条の2)、債務履行地(民訴法第3 - 38 - 条の3第1号)及び財産所在地(民訴法第3条の3第3号)に基づく国際裁判管轄は日本に認 められない。次に、Yの営業所が日本にあることから民訴法第3条の3第4号に定める営業所 所在地管轄が認められるかにつき、同号の要件に沿って検討することが求められる。同号によ ると、(i)営業所等が日本に所在していること及び(ii)日本所在営業所等の業務と当該訴えと が関連していること、の2点が日本に営業所所在地に基づく国際裁判管轄が認められるための 要件とされているところ、本問では特に後者(ii)の要件充足性が問題となる。この点、業務関 連性が抽象的で足りるか、具体的である必要があるかについて基準と理由を示した上で、本問 におけるYの日本所在営業所と訴え1との間の業務関連性につき論じることが求められる。以 上の検討の結果、営業所所在地管轄が認められないとの結論になった場合には、他に管轄を認 める原因もないため、日本の裁判所には訴え1について国際裁判管轄が認められないとの結論 になるであろう。これに対して、営業所所在地管轄が日本の裁判所に認められるとの結論にな ったとしても、本問の事実関係においては、日本の裁判所で審理をすることが、当事者間の衡 平を害するかあるいは適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があるか否 か、民訴法第3条の9に基づいた丁寧な検討が求められよう。 〔設問1〕の〔小問1〕は、契約の準拠法の決定、特に当事者による選択がない場合に関 する理解を問うものである。契約の準拠法が当事者により選択されていない場合には、法の適 用に関する通則法(以下「通則法」という。)第8条第1項により最密接関係地法が準拠法と され、また、同条第2項により、当該契約に特徴的給付が存在する場合にはその給付を行う者 の常居所地が契約の最密接関係地と推定される。この点、本件契約は販売契約であり、この場 合一般的には売主が特徴的給付者とされるが、発注者すなわち買主からの指示に基づき受注者 すなわち売主が製品を製作し、発注者が自らのブランドで販売することが予定されている契約 についても一般的な売買契約における場合と同じ処理で足りるかどうかが問題となり得ること にも注意が必要である。また、日本を最密接関係地と推定した場合、契約締結過程での交渉が 甲国で行われていたこと、契約の履行は全て甲国で行われることになっていたこと、契約締結 地も甲国であったことなどを考慮して、最密接関係地が日本かどうかの丁寧な検討が求められ る。 〔設問1〕の〔小問2〕は、債権の消滅時効の準拠法決定が問われている。債権の消滅時効 については、債権の運命の問題であるから債権の準拠法によるべきとの見解と、本問における 甲国法の立場のように、出訴期限の問題と捉え訴訟法上の制度として法廷地法によるとの見解 があり得るが、前者が通説であり、後者の見解に立つ場合には特に説得的な理由を示すことが 必要とされよう。なお、甲国法によるとした場合、日本法の定める債権の消滅時効と期間が異 なることから、通則法第42条の公序を検討することも考えられようが、日本法との相違は大 きくなく公序違反とはならないであろう。 〔設問2〕は、国際取引における主要な紛争解決手段という意味で国際取引法の重要問題で ある仲裁を題材とするものであり、仲裁合意の主観的効力の範囲について、どのようなルール で決定される準拠法によって判断すべきかについての理解を問うものである。仲裁合意の主観 的効力の範囲については最判平成9年9月4日民集51巻8号3657頁が示したとおり、仲 裁合意の準拠法によって判断されるべきであるが、仲裁合意の準拠法の決定をいかにすべきか については見解が分かれている。すなわち、仲裁合意も紛争解決にかかる私法上の合意の一種 であり、契約の準拠法の決定と同じように考えるべきであるとの見解と、仲裁判断の取消し・ 執行において仲裁合意の効力が問題とされる場合と同様に扱うとの見解である。ここではいず れの立場に立つかを明確に示す必要があるが、いずれの立場に立ったとしても、当事者による 準拠法の合意が認められるところ、本問のように仲裁合意の準拠法が明示で合意されていない 場合でも、主契約の準拠法が明示で合意されているときは、仲裁合意についても主契約の準拠 法と同じ法によるとの黙示の準拠法合意がされていたと判断されることとなろう(なお、根拠 - 39 - 条文は前者の見解であれば通則法第7条となり、後者の見解であれば仲裁法第44条第1項第 2号及び同法第45条第2項第2号となる)。このような論拠から、裁判所が仲裁合意の主観 的効力の範囲につき甲国法によるとの結論を導いたこと及び甲国法によればAの主張が認めら れることを示す必要がある。 〔第2問〕 本問は、渉外性を有する養子縁組及び相続に関する事例を素材として、養子縁組の成立の準 拠法並びに遺言及び相続の準拠法に関する基礎的理解と応用力を問うものである。 〔設問1〕は、養子縁組の成立の準拠法についての理解を問うものである。 〔設問1〕の〔小問1〕は、夫婦共同養子縁組の成立の準拠法の決定及び反致についての基 本的理解を問うものである。養子縁組の成立は通則法第31条第1項の規定により準拠法が決 定され、原則として養親となるべき者の本国法によるが、本問では夫婦共同養子縁組をしよう としており、養親となるべき夫婦は国籍を異にする。同項はこのような場合の特則を有しない ため、AC間、BC間それぞれの養子縁組に同項を当てはめて準拠法を定めるのが通説であり、 同項前段により、AC間については日本法、BC間については甲国法が、原則として準拠法と なることを、まず示さなければならない。 もっとも、甲国法については、甲国からの反致(通則法第41条)の成否が問題となるので、 この点の検討が必要となる。甲国法@の規定を分析して、それがいわゆる管轄権アプローチ(養 子縁組の成立について、国際裁判管轄が自国に認められるかを判断し、認められる場合には直 ちに法廷地法を適用する考え)を採用していると把握し、この規定により適用される甲国法は、 管轄原因である養子の常居所が甲国にあって甲国に国際裁判管轄が認められたときに法廷地法 として適用されるものであることから、養子縁組の成立につき養子の常居所地法を準拠法とす る双方的抵触規則をこの規定から導き出すことができるか及びそれによって日本法への反致が 認められるかという、隠れた反致が成立するか否かについて、説得的な根拠を示して論じるこ とが求められている。最後に、反致の成否に関する自説に応じて、甲国法の要件を満たす必要 がない又はあるとの結論を示さなければならない。 次に、AC間、BC間いずれについても、通則法第31条第1項後段により、養子の保護要 件については乙国法も累積的に適用される。反致は成立しないことを指摘した上で、保護要件 については乙国法の要件を満たす必要があるとの結論を示さなければならない。 〔設問1〕の〔小問2〕は、養子縁組の成立の準拠法の適用についての基礎的理解と応用力 を問うものである。 では、BC間について甲国法が準拠法となるが、本件養子縁組を日本において成立させる に当たり、養子を試験養育した上で、甲国で公認されたソーシャルワーカーによる報告書の提 出という、甲国法Aの要件をどのように日本での手続において満たすかを検討することが求め られている。AC間については日本法が準拠法となっているところ、民法第817条の8の要 件を満たす必要があり、甲国法Aの要件はこれと実質的に同等であることを具体的に示して、 同条の要件の履践により満たせばよいなどと論じることが求められている。 では、養子の保護要件については乙国法の要件も満たさなければならないところ、乙国法 Bの定める、養親の10歳以上の嫡出子も通則法第31条第1項後段の「第三者」に含まれる かを検討することが求められている。「第三者」の解釈として、同項後段の文言は第三者を特 に限定していないなどの理由からこのような者も「第三者」に含まれるとの見解と、養子との 間に縁組時点までに身分関係になかった者は「第三者」に含まれないとの見解とに分かれてい るところ、説得的な論拠を示していずれの立場に立つかを示した上で、本件に当てはめて、本 件養子縁組を成立させることができるか否かについての結論を示すことが求められている。な お、「第三者」に含まれるとの見解に立つ場合には、本件の事情において養子縁組の成立が認 - 40 - められないという、乙国法を適用した結果が公序違反にならないかも論じる必要があろう。 〔設問2〕は、遺言及び相続に関する準拠法についての理解を問うものである。 〔設問2〕の〔小問1〕は、遺言の方式の準拠法についての基礎的理解を問うものである。 録画の方法によっていることで遺言が無効となるかという問題は、遺言の方式と性質決定さ れるので、遺言の方式の準拠法に関する法律により準拠法が決定されること、同法第2条は遺 言の方式につき選択的連結を定めており、同条第1号から第5号までに掲げるいずれかの法の 定める方式に適合するならば遺言は方式に関し有効とされること、本件遺言は同条第1号の行 為地法である丙国法の方式に適合しているため、方式上有効であって無効とはならないことを 示すことが求められている。 〔設問2〕の〔小問2〕は、遺留分の準拠法についての基礎的理解と応用力を問うものであ る。 遺留分は、被相続人による過度の財産処分に対して遺留分権利者に最低保障額を確保しよう とする制度であることからすれば、相続の問題と性質決定されようが、本件で遺留分が侵害さ れているとの主張は、本件預金契約及びその口座への被相続人による送金のためであり、本件 預金契約の準拠法は丙国法であって、丙国法では、共同名義の預金口座の一方の名義人が死亡 した場合には、当該預金口座の預金は、当然に他方の名義人の所有資産となり、死亡した名義 人の遺産には含めないものとされているため、この点をどのように考えるかについて自己の見 解を示すことが求められている。例えば、ここでの問題の本質はそのような財産処分に対して 遺留分権利者の遺留分が侵害されているか否かであることから、遺留分の問題自体はやはり相 続の問題と性質決定されるとの立場が考えられる。この立場によるならば、通則法第36条に より被相続人の本国法が準拠法となり、反致は成立しないので、甲国法が適用されるとの結論 を示さなければならない。 - 41 -