1 論文式試験問題集[刑事系科目]
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3 1
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5 [刑事系科目]
6 〔第1問〕(配点:100)
7 以下の【捜査の端緒及び経過】,【逮捕後の甲の供述要旨】,【逮捕後の乙の供述要旨】及び【丁の
8 供述要旨】に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を示して論じなさい(ただし,特別
9 法違反を除く。)。なお,各供述要旨の内容は信用できるものとする。
10 【捜査の端緒及び経過】
11 1
12
13 捜査の端緒
14 平成18年2月6日午後9時5分,110番通報を受けたJ県警察本部通信司令室から管内
15 M警察署に,
16 「M町の中央公園東側路上で男性三人のけんか。そのうち一人が負傷した模様。現
17 場に急行せよ。」との指令があった。
18
19 2
20
21 捜査の経過及び結果
22
23 (1)
24 ア
25
26 捜査の経過
27 同日午後9時10分ごろ,M警察署の警察官らがM町内の中央公園に臨場したところ,
28 男性丙が頸部付近から大量の血を流して公園東側路上に倒れており,丙のそばに二人の男
29 性(甲及び乙)が立っていた。付近の路上に,刃に真新しい血痕が付着したカッターナイ
30 フ(柄の長さ15.2センチメートル,刃の長さ8.5センチメートル)が落ちていた。
31 カッターナイフの刃は柄の部分から約3センチメートル出ていた。
32
33 イ
34
35 警察官の事情聴取に対し,甲は「会社の寮の前で丙,丁とけんかになりました。丙に暴
36 力を振るわれたので公園まで逃げてきましたが,丙が追い掛けてきたので持っていたカッ
37 ターナイフで丙を切り付けました。また,乙さんも同じカッターナイフで丙を切り付けま
38 した。」と述べた。また,乙は「寮の前で甲が丙,丁とけんかをしていたので仲裁をしまし
39 た。いったんは収まったのですが,再びけんかを始めた上,丙が言うことを聞かなかった
40 ので,頭に来て甲のカッターナイフで丙を切り付けました。」と述べた。
41
42 ウ
43
44 警察官は,甲と乙が前記のような供述をした上,両名の衣服に真新しい血痕の付着を認
45 めたので,午後9時40分,両名を傷害の現行犯人として逮捕し,現場に落ちていた前記
46 カッターナイフを差し押さえた。
47
48 (2)
49 ア
50
51 丙の死因
52 丙は28歳の男性で,健康状態に全く異常はなかった。同日午後9時15分ごろ,救急
53 車が現場に到着し,丙をM町内の病院に搬送したが,同日午後11時55分ごろ,丙は同
54 病院内で死亡した。
55
56 イ
57
58 司法解剖等の結果,丙には,左頸部に長さ約7センチメートルの切創があり,頸動脈を
59 損傷していること,左上腕部に長さ約4センチメートルの切創があること,丙の死因は前
60 記頸動脈損傷による失血死であること等の事実が判明した。
61
62 (3)
63 ア
64
65 捜査の結果
66 捜査を継続したところ,丁の供述から,同人が甲に左腕をバットで殴られた事実が判明
67 するとともに,甲らが居住する独身寮玄関前の路上に落ちていた軟式野球用木製バット(長
68 さ約85センチメートル,重さ約800グラム)を発見し,領置した。また,丁から「加
69 療約2週間を要する左上腕部打撲」との内容の診断書の提出を受けた。なお,甲も左上腕
70 部に軽度の打撲傷を負っていた。
71
72 イ
73
74 甲及び乙の逮捕後,甲,乙及び丁から供述を録取するなどして捜査を遂げたが,丙の左
75 頸部及び左上腕部の各切創については,@各切創とも,甲,乙いずれの切り付け行為によ
76 って生じたものか,その特定はできず,A各切創の位置関係からみて,1回の切り付け行
77 為によっては生じ得ないことが判明した。
78
79 2
80
81 【逮捕後の甲の供述要旨】
82 1
83
84 私は現在30歳で独身である。平成15年4月にT株式会社に就職し,配送課所属のトラッ
85 ク運転手として働いており,会社の独身寮2階に住んでいる。丙は同時期に入社した同僚で,
86 同じ寮の1階に住んでいる。丙は私より2歳年下である。私と丙は日ごろから仲が悪かった。
87 平成17年6月ごろ,私が丙の仕事ぶりに苦情を言ったところ,丙が怒り出してつかみ合いの
88 大げんかになったが,身長165センチメートルの私に比べ,丙は身長180センチメートル
89 くらいあり,体力的に私より勝っていた上に,柔道の経験があったため,私は丙に組み伏せら
90 れた。これ以外にも,何度かけんかをしたことがある。
91 丁も同じ寮の1階に住む仕事仲間で,私より2歳年下である。丁は丙の親友であり,丙が私
92 と仲が悪かったため,丁も私とほとんど口をきかなかった。なお,丁の身長は約170センチ
93 メートルで,体力的に私より勝っていたと思う。
94
95 2
96
97 平成18年2月6日午後6時ごろから,M町内の飲食店で,配送課の懇親会があった。懇親
98 会が終わりかけたとき,ほろ酔い加減になった丙が私に因縁を付けてきた。私が言い返したら
99 けんかになり,私は丙に顔面をこぶしで殴られ,畳の上に身体を押さえ付けられた。この場は,
100 配送課長の乙さんが仲裁に入ってくれたので,何とか収まった。私は乙さんに「ひと足先に帰
101 宅した方がよい。」と言われたので,懇親会が終わる前に一人で帰った。
102
103 3
104
105 私は午後8時ごろタクシーで帰宅し,その後,寮2階の自分の部屋でテレビを見ていたとこ
106 ろ,午後9時前ごろになって,丙と丁が談笑する声が寮の前の路上から聞こえてきた。私は丙
107 らの笑い声を耳にして怒りが込み上げ,自室のベランダに飛び出して,路上にいた丙らに対し
108
109 「さっきは何で殴ったんだ。謝れ。」と怒鳴りつけた。すると,丙は「ふざけるな。謝ってほし
110 ければ下に降りて来い。」と怒鳴り返してきた。また,丙と一緒にいた丁も「さっさと降りて来
111 い。」と大声で言い返してきた。私は謝るどころか逆に私をばかにしたような丙と丁の態度を見
112 て,怒りを押さえきれなくなり,寮1階まで降りて行き,玄関前の路上に出た。このとき,私
113 は,丙らは路上で騒いでいるだけで,丙らの方から寮2階の私の部屋に押し掛けてくることは
114 ないが,私が降りて行けば,丙らとけんかになるに違いないと思っていた。しかし,私は頭に
115 血が上っていたので,自分を押さえることができなかった。そして,丙らは凶器になるような
116 物を持っている様子はなかったが,いずれも私より体力的に勝っていた上,複数いたので,け
117 んかになれば素手ではやられてしまうと思い,部屋に置いてあった長さ約85センチメートル
118 の木製バットを持ち,さらに,柄の長さ約15センチメートルのカッターナイフをズボンのポ
119 ケットに入れて,部屋を出た。
120 4
121
122 私は寮の玄関前の路上に降りて行ったが,案の定,丙は「でかい顔するな。」と罵声を浴びせ
123 ながら,私の胸ぐらをつかんだ。私がバットを左手に持ったまま,右手で丙の胸ぐらをつかみ
124 返したところ,丁は「この野郎。」と言いながら,横から私の肩をつかんできた。私は丁の方に
125 身体を向けたが,背後から丙に羽交い締めにされ,丁に顔面をこぶしで1回殴られた。私は丙
126 の腕を振り払ったが,丙に加勢した丁に対し非常に腹が立ったので,右手にバットを持ち換え
127 て,目の前にいた丁の肩付近を目掛けて思い切り振り回した。すると,バットが丁の左腕に当
128 たり,丁は「痛い。」と言いながらその場にうずくまった。丙は「何するんだ。」と大声を上げ
129 て私の胸ぐらをつかみ,私も丙の胸ぐらをつかみ返した。そのとき,乙さんが現れ,
130 「何やって
131 るんだ。きちんと話し合え。」と大声で私たちをしかりつけた。私は乙さんにしかられたことで
132 冷静になろうという気持ちになり,丙と話し合うつもりで丙から手を離し,バットを路上に置
133 いた。丙も「分かったよ。」と言って私から手を離した。この様子を見て,私は,丙も乙さんの
134 説得に従ってけんかをするつもりがなくなったのだと思った。
135
136 5
137
138 その後,丁は腕を押さえながら先に寮に戻った。私は寮内で丙と話し合うつもりで,乙さん
139 を先頭に,丙,私の順番で寮の玄関に向かって歩き出した。すると,丙が,突然,私が路上に
140
141 3
142
143 置いたバットを拾い,「この野郎。」と怒鳴りながら私の頭部付近を殴り付けてきた。とっさに
144 よけたが,バットが私の左腕に当たった。私がその場から走って逃げたところ,丙はバットを
145 その場に放り投げ,私の後を走って追い掛けてきた。私は必死で逃げたが,寮の前から約50
146 メートル離れた中央公園東側路上で丙に追い付かれそうになった。私は,このとき,カッター
147 ナイフをズボンのポケットに入れていたことを思い出し,このままでは丙にやられてしまうと
148 いう気持ちと,いったん乙さんの仲裁でけんかをやめたのに更にしつこく暴力を振るう丙に対
149 する腹立たしさから丙を切り付けようと考え,カッターナイフを取り出して右手で柄を持ち,
150 刃を出した。そのとき,丙が私に追い付き,大声で怒鳴りながら背後から私の肩をつかんだの
151 で,私は丙の方を振り向き,丙の肩付近を目掛け,カッターナイフで1回切り付けた。実際に
152 カッターナイフが丙の身体のどの部分に当たったのかは分からなかったが,丙の動きが止まっ
153 た。
154 6
155
156 私がカッターナイフを手に持って身構えながら丙の様子を見ていたところ,丙も私をにらみ
157 返してきた。そのとき,私たちを追い掛けてきた乙さんが「ちゃんと言うことを聞け。分かっ
158 たか。」と丙を怒鳴りつけた。すると,丙は「偉そうに上司面するんじゃねえよ。」と言い返し
159 た。乙さんは丙のこの言葉に冷静さを失った感じで,「何だと。」と怒鳴りながら丙の胸ぐらを
160 両手でつかんだ。私は,乙さんが加勢してくれたと思って心強く感じ,丙の顔面をこぶしで1
161 回殴り付けた。丙は私と乙さんに「ばか野郎。二人とも死んじまえ。」と怒鳴り返してきた。す
162 ると,乙さんは「俺によこせ。」と言って私が持っていたカッターナイフを自ら手に取り,丙を
163 切り付けた。私はカッターナイフが丙の身体のどの部分に当たったのかは分からなかった。そ
164 の後,丙は私や乙さんともみ合っていたが,しばらくすると,路上に倒れて動かなくなった。
165 そして,気が付くと丙の首付近から大量の血が流れ出していた。
166
167 7
168
169 その後,私は現場に到着した警察官に傷害の現行犯人として逮捕された。
170
171 【逮捕後の乙の供述要旨】
172 1
173
174 私は現在40歳である。平成5年4月にT株式会社に就職し,配送課長として約20人のト
175 ラック運転手のまとめ役をしている。甲,丙及び丁は配送課の部下である。私は会社から徒歩
176 約15分の所にあるマンションで,妻及び子供二人と暮らしている。
177
178 2
179
180 甲は少し気は短いが,まじめで仕事熱心な部下である。他方,丙は無断欠勤が多い上,自分
181 勝手な行動が多く,配送課の運転手仲間から好かれていなかった。甲と丙は日ごろから仲が悪
182 く,いつも口げんかをしていたし,殴り合いのけんかをしたこともあった。丁は丙と仲が良く,
183 丙と一緒に行動していた。
184
185 3
186
187 平成18年2月6日午後6時ごろから,M町内の飲食店で,配送課の懇親会があったが,そ
188 の途中で,甲と丙が口論を始めた。そのうち,甲が丙に殴られ,畳の上に押さえ付けられたの
189 で,私は二人を引き離し,甲を先に帰宅させた。その後,丙は普通に飲んでいる様子だった。
190
191 4
192
193 懇親会が終了した後,私はいったん自宅に帰りかけたが,甲と丙のことが気になったので,
194 甲らが住んでいる独身寮を訪ねることにした。午後9時前ごろ,タクシーで寮の前に着くと,
195 路上で怒鳴り合う声がした。驚いてタクシーから降りると,寮玄関前の路上で,甲が丙,丁と
196 けんかをしており,甲が丁を木製のバットで殴り付けたり,甲と丙がつかみ合いをするなどし
197 ていた。私は慌てて三人に駆け寄り,「何やってるんだ。きちんと話し合え。」と大声でしかり
198 つけた。すると,甲は手に持っていたバットを路上に置いておとなしくなり,丙も「分かった
199 よ。」と言いながら甲から手を離したので,私は,甲と丙がけんかをやめて話し合う気持ちにな
200 ったのだと思い,安心した。
201
202 5
203
204 丁は甲にバットで殴られたためか,すぐに寮の部屋に戻った。私は寮内で話合いをさせよう
205 と思い,甲と丙を寮に行くよう促した。私が先頭に立って歩きかけたところ,丙は,甲が路上
206 に置いたバットを拾い,「この野郎。」と怒鳴りながら甲を1回殴り付けた。バットが甲の左腕
207
208 4
209
210 に当たったらしく,甲は左腕を押さえながら逃げ出したが,丙はバットを放り投げて甲の後を
211 追い掛けて行った。私は,話し合うと言ったのに再び暴力を振るった丙に対する怒りを覚えな
212 がら,甲と丙の後を追い掛け,寮から約50メートル離れた中央公園付近まで行った。甲と丙
213 は公園東側の路上でもみ合っており,次の瞬間,甲は手にしていたカッターナイフで丙を切り
214 付けた。すると,丙の動きが止まった。
215 6
216
217 私は,わざわざ寮まで行って仲裁してやったのに,私の言うことを全く聞き入れなかった丙
218 の態度に腹が立つとともに,このような丙に対して腹を立てる甲の気持ちももっともだと思っ
219 た。そこで,丙に対し「ちゃんと言うことを聞け。分かったか。」と怒鳴りつけたところ,丙は
220 「偉そうに上司面するんじゃねえよ。」と言い返してきた。私は丙のこの言葉に頭に来て,「何
221 だと。」と怒鳴りながら丙の胸ぐらを両手でつかんだ。すると,甲は丙の顔面をこぶしで1回殴
222 り付けた。しかし,丙はおとなしくなるどころか,私と甲に「ばか野郎。二人とも死んじまえ。」
223 と更に罵声を浴びせてきた。私は完全に頭に血が上ってしまい,「俺によこせ。」と言って甲が
224 持っていたカッターナイフを手に取り,目の前にいた丙の肩付近を目掛けて1回切り付けた。
225 実際に丙の身体のどの部分にカッターナイフが当たったのかは分からなかった。その後,丙は
226 私や甲ともみ合っていたが,しばらくすると路上に倒れ,首付近から大量の血を流して動かな
227 くなった。
228
229 7
230
231 私は,間もなく現場に到着した警察官に傷害の現行犯人として逮捕された。
232
233 【丁の供述要旨】
234 1
235
236 私は現在28歳で独身である。平成16年4月にT株式会社に就職し,配送課所属のトラッ
237 ク運転手として働いている。甲と丙は同僚であり,乙さんは私たちの上司である。今回の事件
238 で亡くなった丙とは高校時代からの親友だった。甲は職場の先輩だが,ふだん付き合いはない。
239
240 2
241
242 平成18年2月6日午後6時ごろから,M町内の飲食店で,配送課の懇親会があったが,宴
243 会の途中で甲と丙がけんかをした。けんかの原因は分からなかったが,乙さんが仲裁に入って
244 その場は収まり,甲は早く帰った。
245
246 3
247
248 懇親会が終了した後,私と丙はタクシーで帰宅した。会社の独身寮の前でタクシーを降りた
249 ところ,寮2階のベランダから甲が顔を出し,丙に対し「さっきは何で殴ったんだ。謝れ。」と
250 大声で文句を言ってきた。これに対し,丙は大声で「ふざけるな。謝ってほしければ下に降り
251 て来い。」と怒鳴り返し,私も「さっさと降りて来い。」と言い返した。甲と丙は相当興奮して
252 いたので,甲が下に降りてくれば私たちとの間でけんかになると思ったが,私たちは複数いた
253 ので,甲は降りては来ないと思っていた。なお,私は,甲が降りて来ないのに,こちらの方か
254 ら甲の部屋まで押し掛けるつもりはなかった。また,丙も自分の方から甲の部屋に押し掛ける
255 ことまでは考えていなかったと思う。
256
257 4
258
259 ところが,間もなく,甲は木製のバットを持って下に降りて来た。そして,路上に出て来る
260 や否や,丙との間でつかみ合いになった。私は,丙に加勢するために,「この野郎。」と言いな
261 がら横から甲の肩をつかんだ。すると,甲は私の方に身体を向けた。その甲を丙が背後から羽
262 交い締めにしたので,私は甲の顔面をこぶしで1回殴り付けた。これに対し,甲は丙の腕を振
263 り払い,持っていたバットで私の左腕を1回殴り付けた。私は痛みでその場にうずくまった。
264
265 5
266
267 そのとき,その場に来た乙さんがけんかの仲裁に入ってくれた。甲はバットを路上に置き,
268 丙も「分かったよ。」と言いながら甲から手を放したので,私はけんかが終わったと思った。甲
269 にバットで殴られた左腕が痛かったので,私は一足早く自分の部屋に戻ってそのまま休んでい
270 た。
271
272 6
273
274 その後,甲と丙がどのような経緯で再びけんかを始めたのかは知らない。私は翌日病院に行
275 き,加療約2週間を要する左上腕部打撲との診断を受けた。
276
277 5
278
279 〔第2問〕(配点:100)
280 以下の事例を読んで,後記の設問1及び2に答えなさい。なお,各供述の内容は,信用できるも
281 のとする。
282 【事
283
284 例】
285
286 1(1)
287
288 H県I市内を管轄するI警察署は,平成18年1月24日午後3時,同市内にあるA銀行
289
290 B支店支店長Wからの110番通報を受け,直ちに警察官を現場に臨場させた結果,次の同
291 店従業員Vの供述により,強盗致傷事件の被害状況が判明した。
292 (2)
293
294 A銀行B支店従業員Vの供述要旨
295 私が店内で業務をしていた午後2時55分ごろ,突然,刺身包丁を右手に持ち,目出し帽
296
297 をかぶり両手に白い軍手をはめた男が支店に入ってきました。その男は,カウンター前にい
298 たお客様のCさんに刺身包丁を突き付け,「動くな。動くと殺すぞ。」と叫びました。店内に
299 はほかのお客様や支店長以下の私たち職員がいましたが,犯人は,私たちに向かって,
300 「警察
301 に通報したやつは殺す。早く金を出せ。札束を用意しろ。」と大声で怒鳴りました。
302 私は,日ごろW支店長から,「強盗に入られたら人命第一に考え,金を渡しなさい。」と言
303 われており,W支店長を見ると,「早く金を渡してやれ。」というように私にうなずいていた
304 ので,とっさに,自分の机の上にあった一万円札100枚の札束18束をカウンター越しに
305 犯人に向かって投げました。すると,犯人は,それを拾って,持っていた茶色のボストンバ
306 ッグに入れ,すぐに入口の方へ向かって逃げていきました。そこで私は,カウンターを飛び
307 越え,犯人を追い掛けて取り押さえようとしたのですが,途中で犯人に刺身包丁で左腕を刺
308 され,ひるんだすきに逃げられてしまいました。その後,私は,入口から出た犯人を追った
309 のですが,入口のすぐ前の路上に,上が白・下がシルバーのツートンカラーの普通乗用自動
310 車がエンジンをかけっ放しで止まっており,犯人は,その運転席に乗り込むとすぐ発車して,
311 銀行前の南北に走る県道を南方向に向かって全速力で逃走しました。なお,車のナンバーは,
312 0703でした。
313 犯人は,車に乗り込む直前に携帯電話で話をしていました。全部は聞き取れませんでした
314 が,「成功したぞ。例の場所で待っててくれ。」と言っているのは,はっきりと聞き取れまし
315 た。
316 犯人は,目出し帽をかぶっていたので,人相も年齢も分かりませんでした。身長はCさん
317 とちょうど同じくらいだったので,170センチメートルくらいで,体格は中肉中背です。
318 また,上着の両袖側面に3本の白線の入った紺色のジャージ上下を着ていました。
319 2
320
321 同日午後3時20分ごろ,I警察署地域課のX巡査及びY警部補は,制服を着用し,パトカ
322 ーに乗車してI市内J公園前の道路において警ら中,本署から無線により前記強盗致傷事件の
323 犯人を発見せよとの指令を受け,その際,前記1の捜査結果の連絡を受けた。
324 X巡査及びY警部補は,J公園内で犯人を捜していた同日午後3時25分ごろ,A銀行B支
325 店から南西方向に直線距離で約5キロメートル離れた同公園内に停車中の,上が白・下がシル
326 バーのツートンカラーで,
327 「I520ち0703」のナンバープレートを付けた普通乗用自動車
328 を発見した。同車運転席には,上着の両袖側面に3本の白線の入った紺色ジャージ上下を着用
329 した30歳くらいのスポーツ刈りの男甲が乗車していた。
330 X巡査及びY警部補が同車に近づくと,甲が運転席側窓を開けたので,X巡査は,甲に対し,
331 運転免許証の提示を求めたところ,甲は,「免許証は家に忘れてきた。」と言った。そこで,X
332 巡査が,「あなたの住所と氏名は。」と聞いたが,甲は何も答えなかった。さらに,X巡査が,
333 窓越しに車内を見ると,助手席上に茶色ボストンバッグが置いてあるのが見えたことから,
334 「そ
335 の助手席のバッグはあなたのものですか。」と質問したところ,甲は,とたんに落ち着きをなく
336 し,そわそわしながら,
337 「そうですよ。」と言った。X巡査が,
338 「では,ちょっと中を拝見させて
339 もらえませんか。」と言ったところ,甲は,
340 「何で見せる必要なんかあるんだ。関係ないだろう。」
341
342 6
343
344 と怒ったような口調で答え,その後もX巡査が,再三,バッグの中を見せてくださいと要求し
345 たが,言を左右にしてこれに応じず,また,なぜこのようなところに車を止めていたのかとの
346 質問にも答えなかった。なお,この間,Y警部補がI警察署に応援を求めた結果,同日午後3
347 時40分ごろまでに同署から更に6名の警察官がその場に応援に駆けつけた。
348 3
349
350 同日午後4時10分ごろ,甲は,突然,助手席上にあったボストンバッグを左腕に抱えて持
351 ち,運転席ドアを開けて降車した。そのため,X巡査及びY警部補ら警察官合計4名が甲の前
352 に立ちはだかり,
353 「一体どこへ行くんですか。」と聞いたところ,甲は,
354 「おまわりに何でそんな
355 こと言う必要がある。」,「どけ。この野郎。」などと怒鳴り始めた。この間,Y警部補は,甲の
356 横に立ち,甲の身長が170センチメートル程度であること,体格が中肉中背であることを確
357 認した。また,Y警部補は,甲に対して,
358 「ちょっとこのバッグを触らせてもらっていいですか。」
359 と聞いたが,それについて甲が何も答えなかったので,甲が持っていたボストンバッグを外側
360 から触れてみたところ,札束と考えても矛盾しない形状の物が多数入っている感触を得た。そ
361 のため,Y警部補は,甲がA銀行B支店における強盗致傷事件の犯人ではないかと考え,甲に
362 対して,
363 「実は,さっきこの近くで銀行強盗があったんですよ。あなたはその件について何かご
364 存じですね。ちょっと,署までご同行願えませんか。」と聞いたところ,甲は何も答えなかった
365 が,X巡査は,このとき,甲の顔色が変わると同時にその耳が赤くなったのを確認した。その
366 直後,甲は,X巡査とY警部補の間をすり抜けるようにして逃げようとしたので,X巡査が,
367 甲の左腕を右手でつかんだところ,甲は,これを振り払うや,X巡査の顔面を右手のこぶしで
368 1発強く殴った。そこでY警部補は,同日午後4時20分,甲に対し,
369 「お前を公務執行妨害で
370 逮捕する。」と言って甲を制圧しようとしたが,甲は,左腕でボストンバッグを抱え込むように
371 しながら,右腕を振り回すなどして激しく抵抗したため,さらに,X巡査及び警察官3名も応
372 援して,警察官合計5名で暴れる甲の体を押さえ付けて制圧し,甲を逮捕するとともに,左腕
373 からボストンバッグを引き離した。
374 X巡査が,甲が持っていたボストンバッグをみると,施錠はされておらず,ファスナーを開
375 けると,中から一万円札100枚の札束18束が発見された。さらに,札束の下からは,刃の
376 部分に真新しい血痕が付着した刺身包丁1本,携帯電話1台が発見されたほか,レポート用紙
377 に書かれたメモ1枚が発見された。このほか,甲が乗っていた普通乗用自動車内を捜索したと
378 ころ,助手席の下から,目出し帽1個,白色軍手1双も発見された。そこで,X巡査は,同日
379 午後4時30分,前記のとおり発見された一万円札100枚の札束18束,刺身包丁1本,携
380 帯電話1台,メモ1枚及びこれらが入っていたボストンバッグ1個並びに目出し帽1個及び白
381 色軍手1双を,逮捕に伴って差し押さえた。
382 X巡査は,甲をI警察署に連行して,同日午後4時50分,甲をI警察署刑事課長Z警部に
383 引致した。引致後弁解の機会を与えたところ,甲は,公務執行妨害の事実について認めた。ま
384 た,同日午後8時ごろ,甲は,公務執行妨害の事実についてZ警部の取調べを受けた際,A銀
385 行B支店における強盗致傷事件についても自ら進んで供述を始め,銀行強盗は自分の単独犯行
386 である旨の上申書をI警察署長あてに提出した。
387
388 4
389
390 同月26日午前10時,甲は,公務執行妨害の事実でK地方検察庁に送致され,送致を受け
391 たK地方検察庁の担当検察官Pは,同日,甲を勾留請求したところ,勾留状が発付され,執行
392 された。P検察官は,1月31日,甲をK地方裁判所に公務執行妨害の事実により起訴した。
393
394 〔設問1〕
395
396 この事例の2及び3記載の捜査の適法性について,問題点を挙げ,事実を摘示して論
397
398 じなさい。
399 【事例(続き)】
400 5
401
402 I警察署刑事課警察官らは,1月31日までの間,A銀行B支店における強盗致傷事件につ
403
404 7
405
406 いて捜査したところ,次の結果を得た。
407 (1)
408
409 メモの記載内容
410 甲から押収した前記メモの上半分には,手書きの地図の記載がある。地図上のJ公園東出
411
412 口付近に「×」印の記載があり,その下に手書きで「乙、車の中で待ってる」の記載がある。
413 地図については,捜査の結果,A銀行B支店からJ公園までの経路を示したものと判明した。
414 メモの下半分には,手書きで「決行は、24日閉店まぎわ」,「名前がわかる物は持って行
415 かない」,「車は盗んだのを使う」,「取った金は半分ずつ分ける」の記載がある。
416 これらの手書き文字について筆跡鑑定を行ったところ,甲の筆跡と同一人の筆跡であるこ
417 とが判明した。
418 (2)
419
420 その他の捜査結果
421 甲から押収した前記携帯電話について,その発信履歴を捜査した結果,1月24日午後3
422
423 時1分に,I市内M町居住の乙(女性)方に電話をしていることが判明し,乙について捜査
424 したところ,平成8年から約9年間,A銀行B支店に勤務していたが,平成17年2月に退
425 職したこと,甲とは小学校の同級生であることが判明した。
426 1月24日午後3時20分ごろ,J公園東出口付近で,白の軽乗用自動車が停止している
427 のが目撃されているが,本件当時,乙は,白の軽乗用自動車を所有していたことが判明した。
428 このほか,甲から押収した前記刺身包丁付着の血痕を鑑定した結果,Vの血液型と一致し
429 た。
430 6
431
432 I警察署刑事課長Z警部は,2月1日,K地方裁判所裁判官に対して,甲に対する強盗致傷
433 被疑事件について逮捕状を請求し,同日,その発付を受けた。甲は,I警察署内において,同
434 日午後4時30分,前記逮捕状により逮捕された。逮捕後,弁解の機会を与えたところ,甲は,
435 強盗致傷の被疑事実について認めたほか,乙との共謀についても認める供述をした。同月3日
436 午前10時,甲は,乙との共謀によるA銀行B支店における強盗致傷の事実でK地方検察庁に
437 送致され,同日から10日間の勾留,更に10日間の勾留延長を経て,同月22日,同事実に
438 より起訴された。
439
440 7
441
442 I警察署刑事課長Z警部は,その後,甲の供述に基づき,強盗致傷被疑事件について,乙に
443 対する逮捕状及び乙方に対する捜索差押許可状を得た。I警察署警察官は,これに基づき,乙
444 を逮捕し,乙方を捜索した。その結果,乙方から,前記メモの記載どおりの筆圧痕の残るレポ
445 ート用紙1冊が発見されたので,I警察署警察官はこれを差し押さえた。その後,乙は,勾留
446 を経て,甲との共謀によるA銀行B支店における強盗致傷の事実により起訴されたが,この間,
447 一切の供述を拒んだままであった。
448
449 8
450
451 甲は,公判においては公訴事実をすべて認め,有罪判決を受けた。
452
453 9
454
455 その後,乙は,第1回公判期日において,公訴事実について,甲との共謀を否認した。第2
456 回公判期日において,証人として出廷した甲は,次のとおりの供述をした。
457
458 (1)
459
460 乙との関係
461 1月24日に私がA銀行B支店で行った強盗致傷は,乙と相談してやりました。
462 乙と私は,小学校時代の同級生で幼なじみです。乙が昨年2月にA銀行B支店を辞めたと
463
464 き,乙から,W支店長に嫌われ,いじめにあって辞めさせられたと聞きました。
465 (2)
466
467 乙との相談について
468 乙は,ひどくWを恨んでいて,「何か仕返しをしてやりたい。」と言っており,昨年12月
469
470 ごろには,
471 「B支店に強盗に入ってちょうだい。Wは意気地なしだから,包丁か何かで脅せば,
472 すぐに金を出すはずよ。」と言うので,私もだんだんその気になってきました。
473 昨年12月24日,私が乙の家に遊びに行ったとき,また,強盗の話になりました。乙は,
474 「会社の給料日の多い25日の前日には,翌日の払戻しに備えて多額の現金を準備している
475 はずだから,24日の閉店間際に入るといいと思う。」と言ったので,そのとき,私は,「絶
476
477 8
478
479 対にばれないなら,やってもいいよ。」と答えました。
480 (3)
481
482 メモについて
483 私が公務執行妨害で逮捕されたとき,持っていたボストンバッグの中から出てきたメモは,
484
485 昨年12月24日に,乙の家で作成したものです。
486 乙方にあったレポート用紙に,最初に乙がB支店からJ公園東出口付近までの地図を書き,
487 乙は,
488 「この地図のとおりに逃げて,J公園の茂みのところで車を乗り捨てて,金だけ持って,
489 公園の東出口まで来てちょうだい。そこで,私が車の中で待ってるから。」と言い,公園の東
490 出口付近に「×」印を付けました。その後,私は,乙の目の前で,
491 「×」印のすぐ下に「乙、
492 車の中で待ってる」と書き入れました。地図の下に「決行は、24日閉店まぎわ」,「名前が
493 わかる物は持って行かない」,「車は盗んだのを使う」,「取った金は半分ずつ分ける」と書い
494 たのも,私です。乙から,先ほども言ったように,
495 「24日の閉店間際に入るといいと思う。」
496 とか,
497 「あんたの名前が分かってしまうと,すぐ私も疑われるから,自分の名前が分かるよう
498 なものは絶対に持っていっちゃだめよ。」とか,「だから,車も自分のを使わないで,盗んだ
499 車を使ってね。」とか言われたので,私が書き留めたのです。「取った金は半分ずつ分ける」
500 というのは,この日,乙が,「取った金は半分ずつ分けるってことでどうかしら。」と言った
501 ので,私も,「それでいいよ。」と答えたのですが,乙は金に汚いところがあるので,後で乙
502 が変なことを言わないように私が乙の目の前で書き留めておいたのです。
503 (4)
504
505 犯行状況
506 今年1月に入ってから,私は,目出し帽,白色軍手,刺身包丁を買い,インターネットで
507
508 他人名義の携帯電話も買いました。そして,私は,1月24日昼ごろ,I市N町で白とシル
509 バーのツートンカラーの普通乗用自動車を盗み,その車でA銀行B支店に乗り付け,同日午
510 後3時ごろ,同店に押し入りました。そして,私は,店内にいた客に刺身包丁を突き付け,
511 「動
512 くな。動くと殺すぞ。」と言って脅し,カウンター内にいた支店長らに,「早く金を出せ。札
513 束を用意しろ。」と大声で怒鳴って,現金1800万円を奪い取り,逃げる際に私を捕まえよ
514 うとした従業員Vの左腕を刺身包丁で刺してけがをさせました。
515 その後,私は,乙がメモに書いた地図のとおり,J公園まで逃げて来て,車を乗り捨て乙
516 の待つ東出口付近まで逃げようとしていたところを警察官に見つかってしまったのです。
517 〔設問2〕
518
519 乙に対する強盗致傷被告事件の公判において,前記メモが,共謀を立証するための証
520
521 拠として証拠調べ請求された場合,その証拠能力について,問題点を挙げ,事実を摘示して論じ
522 なさい。
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524 9
525
526