1 論文式試験問題集[刑事系科目]
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5 [刑事系科目]
6 〔第1問〕(配点:100)
7 以下の【捜査の端緒及び経過】,【逮捕後の甲の供述要旨】,【逮捕後の乙の供述要旨】に基づき,
8 甲及び乙の刑事責任を論じなさい(ただし,特別法違反を除く。)。なお,各供述要旨の内容は信用
9 できるものとする。
10 【捜査の端緒及び経過】
11 1
12
13 捜査の端緒
14 平成17年2月10日(木)午前1時ころ,J県K町のM警察署に,J県警察本部通信司令
15 室から,
16 「K町内の居酒屋Tに強盗が侵入したとの通報あり。同店の経営者丙が刺された模様。
17 現場に急行せよ。」との指令があった。
18
19 2
20
21 捜査の経過
22 M警察署は,直ちに警察官数名を現場に臨場させ捜査を開始したところ,以下の事実関係が
23 明らかになった。
24
25 (1)
26 @
27
28 店内の状況等
29 Tは県道に面する一階平屋造りの建物であり,周囲に駐車場がある。建物内部は店舗と
30 事務室に分かれている。出入口は店舗表口ガラス引き戸だけであり,臨場時,表口は施錠
31 されていなかった。
32
33 A
34
35 Tの経営者は丙である。丙は,T以外に,K町に隣接するL市内で飲食店2店を経営し
36 ている。Tの店長は甲である。Tでは,甲以外に従業員4名が稼働している。同店の営業
37 時間は午後4時から午後11時までであり,2月9日も通常どおり営業を行い,午後11
38 時ころ閉店した。
39
40 B
41
42 Tは現金払だけの店だが,伝票を集計したところ,2月9日の売上げが18万円だった
43 ことが判明した。しかし,表口脇にあるカウンター上のレジスター及び事務室の金庫内に
44 現金はなかった。なお,臨場時,レジスターの引き出しが床に転がっており,事務室の金
45 庫の扉が開いていた。
46
47 (2)
48 @
49
50 丙の死因等
51 丙は55歳の男性で,健康状態に全く異常はなかった。2月10日午前1時5分ころ,
52 救急車がTに到着し,店舗内の床に倒れていた丙を直ちにK町総合病院に搬送したが,同
53 日午前1時35分ころ,同病院内で死亡した。なお,丙が倒れていた床付近に凶器と認め
54 られる刃渡り約10センチメートルの果物ナイフが落ちており,警察官が押収した。
55
56 A
57
58 司法解剖の結果,丙の死因が腹部刺創による失血死であり,刺創は,左腹部に刺入口を
59 有し,胃壁,十二指腸及び動脈等を切断して深さ11.5センチメートルに達するもので
60 あることが判明した。
61
62 B
63
64 2月10日午前4時ころ,Tから約2キロメートル離れたL市内の道路上に放置されて
65 いた丙所有の普通乗用自動車(時価約200万円相当)が発見された。
66
67 (3)
68 @
69
70 甲及び乙の逮捕
71 Tの店長甲は,現場に臨場した警察官に対し,
72 「忘れ物を取りに帰ったら,Tの店内が荒
73 らされ,腹部から血を流している丙さんが床に倒れていたので,直ちに119番通報した。
74 なお,最近,閉店後店の前をウロウロしている挙動不審の五十代の男を何度か見掛けた。」
75 旨の供述をした。
76
77 A
78
79 その後,M警察署に設置された捜査本部では,現場に落ちていた果物ナイフから乙の指
80 紋を採取し,同人に対する嫌疑を深めたため,同年2月12日,同人を任意同行して取り
81 調べたところ,犯行を自供したことから,同日,乙を通常逮捕した。さらに,乙の供述に
82 - 2 -
83
84 より甲が共犯であることが判明したことから,同月14日,甲を通常逮捕した。
85 【逮捕後の甲の供述要旨】
86 1
87
88 K町出身で,年齢は32歳,独身である。前科はない。K町に隣接するL市内の高校を卒業
89 し,職を転々とした後,平成13年夏ころから居酒屋Tで働き,同15年1月から店長をして
90 いる。乙は高校の先輩であり,時々一緒に酒を飲む遊び仲間である。乙は何度かTに来たこと
91 がある。
92
93 2
94
95 Tの経営者は丙である。Tは会社組織になっておらず,丙の個人事業である。丙は,T以外
96 に,L市内に飲食店2軒を経営している。Tの店舗等はすべて丙の所有であり,営業許可の届
97 出・税務申告等も丙名義で行われていた。
98 丙は,L市内の飲食店の切り盛りをした後,毎日閉店間際の午後11時ころ,Tに来店し,
99 事務室で伝票のチェックや帳簿整理等の経理の仕事をするのが日課だった。Tの売上金は,営
100 業時間中は表口脇のカウンターに置かれたレジスターで管理し,閉店後,私が集計して伝票と
101 ともに丙に渡していた。丙は伝票と売上金を確認し,それを事務室内のダイヤル式金庫に入れ
102 ていた。なお,L市内の飲食店が忙しいために丙がTに寄らない時もあるが,このような場合
103 は,私が売上金と伝票を確認した上で金庫に入れていた。なお,金庫のダイヤルの番号は私と
104 丙しか知らなかった。
105 売上金の管理以外のTの営業は私に任されていた。具体的には,接客,酒・食材の仕入れ,
106 従業員の採用等はすべて私の判断で行っていた。給与等の経費の支払は,事前に丙に必要額を
107 申告して丙から受け取り,私が支払っていた。ただし,丙が不在の折に急な支払が必要になっ
108 たときなどは,私の判断で売上金の中から支払を行い,その後,丙に報告していた。なお,日
109 ごろ,丙から「もっと売上げを伸ばせ。」などと言われることはあるが,営業内容に関する具体
110 的な指示を受けることはなかった。そして,毎月末,私は丙から定額の給与を支給されていた。
111 給料が安いことに加え,売上げが伸びないことを丙に怒られることが多く,同人に腹を立て
112 ていたので,近いうちにTを辞めようと考えていた。飲んだ席で,このような私の気持ちを乙
113 に漏らしたことがある。
114
115 3
116
117 平成17年2月9日午後10時ころ,丙から「今日は別の店が忙しいので,Tに寄れない。
118 明日確認するから,売上金と伝票を金庫に入れておいてくれ。」との電話があった。それで,私
119 は,営業時間終了後,従業員を全員帰宅させた後,売上金を確認し,伝票とともに事務室の金
120 庫に入れた。この日の売上げは合計18万円だった。
121 そして,帰り支度をしていた午後11時50分ころ,突然,乙がTに来た。私は,ちょうど
122 丙が不在だったので,表口の鍵を開けて乙を店内に入れてやり,再び,鍵を閉めた。
123 乙がビールを飲みたいと言うので,私はビールを出してやり,しばらく店内のいす席で雑談
124 をしていた。そのうち,少し酒が回ってきたこともあり,私は気が大きくなって,仕事の愚痴
125 をこぼしたり,丙の悪口を言ったりした。すると,乙が「実は金がなくて困っている。泥棒が
126 入ったようにして店の売上金を頂こう。一緒にやろう。」と言い出した。最初は断ったが,乙か
127 ら「どうせ店を辞めるつもりだろう。うまくやれば警察にばれない。」などと言われ,私もその
128 誘いに乗る気になり,
129 「分かった。店を辞めるつもりなので,この際,店の金を頂こう。二人で
130 山分けにしよう。」と答えた。
131 私は乙を残して事務室に行き,ダイヤル式の金庫を開けて2月9日の売上金である現金合計
132 18万円を取り出し,自分のズボンのポケットに入れて店内に戻り掛けたが,その際,取り分
133 をごまかそうと思い付いた。それで,店舗に戻った後,乙に分からないように,自分のポケッ
134 トの中から現金5万円だけを出して乙に差し出し,
135 「今日の売上げは10万だったので,山分け
136 して5万ずつだ。」と言った。乙は「たった5万か。売上げが10万しかないのか。」などと不
137 服そうだったが,私が「今日は客が少なかった。いつもは15万くらい売上げがあるが,今日
138 - 3 -
139
140 は10万しかない。」と言うと,乙もあきらめた様子で,
141 「仕方がないな。」と言いながら,私が
142 差し出した現金5万円を受け取って自分の上着の内ポケットに入れた。
143 4
144
145 私はビール瓶やグラスを片付けた後,乙に「店に忘れ物を取りに戻ったらガラスが割られ,
146 店内が荒らされていたことにしよう。レジをひっくり返し,表口のガラスを割って逃げよう。」
147 と言うと,乙も「いい考えだ。」と言った。私と乙は,泥棒が金を探したように見せかけるため
148 に,カウンター上のレジスターの引き出しを取り出して床に転がしたり,事務室にある金庫の
149 扉を開けたりした上,店舗と事務室の電気をすべて消した。
150 そして,店の外から石を投げて表口のガラスを割ってから逃げようとした時,店の前の駐車
151 場に車が入る音が聞こえたので,私と乙は慌てて奥の事務室に入り,事務室入り口横に置いて
152 ある大型ロッカーの陰に隠れて様子をうかがっていた。すると,店の駐車場に車が止まり,表
153 口の鍵を開けて人が入ってくる様子が分かった。私は,今日は店に来ないと思っていた丙が,
154 何かの都合でTに寄ったのだと分かり,乙に「丙だ。今日は来ないはずだったのに。」と耳打ち
155 した。乙は小声で「このままだと二人とも警察に突き出される。俺は執行猶予中なのでやばい。
156 顔を見られないように,二人で殴り付けて気絶させて逃げよう。」と言ったので,私は「分かっ
157 た。」と答えた。
158 丙は店内を通り,事務室の方に歩いてきた。私は,事務室の金庫を調べに来るのではないか
159 と思った。それで,丙が事務室に入り掛けたところ,丙に姿を見られないように,ロッカーの
160 陰から飛び出し,背後から丙を羽交い締めにした。丙は「だれだ。泥棒。」などと大声を出して
161 暴れ出した。次の瞬間,乙がやや前かがみになって身体ごと丙の腹付近にぶつかってきた。丙
162 は「ギャ」と叫び声を上げて,その場に倒れた。
163 その時,乙が右手にナイフを持っていることに気が付き,乙がナイフで丙の腹を突き刺した
164 ことが分かった。私は乙がナイフを持っていることを全然知らなかったので,その予想外の行
165 動にびっくりした。私が「殴るだけだと言ったじゃないか。何で刺すんだ。死んだらどうする。」
166 と乙をなじったら,乙は「顔を見られたと思った。刺すしかなかった。」と言った。
167 丙の様子を見ると,床にうつ伏せに倒れ,息も絶え絶えで,ぐったりしていた。そして,腹
168 部から流れ出た血が床に広がっていた。私は丙が死んだら大変なので救急車を呼ぼうと思い,
169 店内の電話の方に向かい掛けたが,その時,丙が倒れているそばの床に自動車のキーが落ちて
170 いるのを見付けた。この時,私は,私一人であれば警察をごまかせるが,乙が捕まると私が共
171 犯であることがバレてしまうと思い,乙だけでも早く逃がした方がいいと考えた。それで,乙
172 に「丙の車のキーだ。表の駐車場に車が止まっているから,それに乗って逃げろ。」と言ってキ
173 ーを渡した。乙は黙ってキーを受け取って表口から外に出て,自動車で逃げた。
174
175 5
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177 私は一人で店に残り,助かってほしいとの思いから,店内の電話で119番通報し,
178 「居酒屋
179 Tの店長甲です。経営者丙さんが刺されて血を流している。」などと説明した。しばらくすると
180 救急車とパトカー数台が到着し,救急車が丙を搬送していった。そして,臨場した警察官に事
181 情を聞かれたので,私は「忘れ物を取りに帰ったら,店内が荒らされていて丙が倒れていたの
182 で,119番通報した。事務室の金庫に入れておいた売上金18万円がなくなっている。強盗
183 ではないだろうか。最近,閉店後,店の前をウロウロしている五十代の男を何度か見掛けた。
184 だれだか知らないが,あの男が怪しい。」と作り話をした。
185
186 6
187
188 その後,現場に落ちていたナイフの指紋から乙の犯行であることが分かったらしく,2月1
189 2日,乙が逮捕された。そして,乙の供述から私が共犯であることが分かってしまい,2月1
190 4日,私も逮捕された。なお,現金13万円には手を付けておらず,全額押収された。
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192 【逮捕後の乙の供述要旨】
193 1
194
195 L市の出身で,年齢は34歳。別居中の妻がいる。窃盗罪で有罪判決を受け,現在執行猶予
196 中である。L市内の短大を卒業して同市内の会社に勤めたものの,給料が安いので約3年で退
197 - 4 -
198
199 職し,その後職を転々としたが,2年前に窃盗事件で逮捕され,執行猶予付の有罪判決を受け
200 た。その後は仕事をしておらず,L市内の実家で居候をしている。サラ金等から借りた合計約
201 200万円の借金があり,返済を迫られて困っていた。なお,甲は高校の後輩であり,時々一
202 緒に酒を飲む遊び仲間である。甲は居酒屋Tの店長をしており,Tにも何度か飲みに行ったこ
203 とがある。甲は「経営者丙がうるさいので,店を辞めるつもりだ。」と言っていた。
204 2
205
206 2月9日は実家で父と飲んでいたが,父が私の生活態度に不満を言い始めた。借金の返済期
207 限が迫っていて約10万円の金が必要だったので,父に無心しようと思っていたが,口げんか
208 になり,午後10時ころ,実家を飛び出した。そして,L市内の行きつけのスナックに行き,
209 つけでビールを飲みながら,借金の返済の算段をしていた。
210 そのうち,甲が,最近,Tの店長を辞めたがっていたことを思い出し,甲を誘い込んでTの
211 売上金をちょろまかし,泥棒が入ったように見せかけようと考え付いた。Tは客が入っている
212 様子なので,少なくとも十数万円の金はあるだろうと思った。Tの経営者は丙だと聞いていた
213 が,同人と面識はなかった。
214 私は,甲と一緒にTの売上金を横取りしようと思ったが,甲が協力しないと困るので,その
215 場合は,甲をナイフで脅し付けて言うことを聞かせようと思い,スナックを出て実家に戻り,
216 台所にあった刃渡り約10センチメートルの果物ナイフを持ち出し,外から見えないように上
217 着のポケット内に入れた上,K町のTに行った。
218
219 3
220
221 午後11時50分ころ,Tに着いた。既に閉店時間を過ぎたらしく表口も閉まっていたが,
222 ガラス戸を通して店内にいる甲が見えたので,ガラス戸をドンドンとたたくと,甲が気が付い
223 て鍵を開け,店内に入れてくれた。従業員は全員帰宅していた。私は「ビールを一杯飲ませて
224 くれ。」と頼み,店内のいす席で,甲が出してくれたビールを飲みながら,同人と雑談していた。
225 私は金の話を言い出す切っ掛けを考えていたが,そのうち酒が回ってきたのか,甲が「先輩,
226 何かいいことないかな。もう店長はやってられないよ。丙はうるさい。」などと仕事や丙に対す
227 る愚痴をこぼし始めたので,いいタイミングだと思い,
228 「どうせなら店の金を横取りして辞めた
229 らどうだ。俺は金がなくてすごく困っている。助けてくれ。」などと言った。最初,甲は「すぐ
230 にばれるよ。」と渋っていたが,私が「泥棒が入ったことにすればいい。うまくやれば警察にば
231 れない。どうせ店を辞めるなら,腹をくくれ。」と何度も言うと,甲も誘いに乗ってきて,「分
232 かったよ。一緒にやろう。金は山分けだよ。」と言った。
233 ところで,私は甲が店長だと聞いていた上,何度かTに来た時も甲が一人で店の切り盛りを
234 していたので,経営者は丙だとしても,丙はTに来ることはなく,甲が店長として売上金の管
235 理を含めたTの営業全般を任されているのだと思っていた。
236
237 4
238
239 私の誘いに乗った甲は「金を取ってくるので待っていてくれ。」と言って,奥の事務室に行き,
240 しばらくして戻ってきた。そして,現金5万円を私の方に差し出し,
241 「今日は客が少なかった。」
242 と言った。私は期待していた金額よりも少なかったので,
243 「たった5万か。売上げが10万しか
244 ないのか。」と言ったが,甲が「いつもは15万くらい売上げがあるが,今日は10万だけだ。」
245 と答えたので,私もあきらめ,「仕方がないな。」と言って現金5万円を甲から受け取り,上着
246 の内ポケットに入れた。なお,逮捕された後,取調べの際に刑事さんから,実際の売上金は合
247 計18万円だったと聞かされたが,私は甲の言葉を信じて10万円だと思っていた。差額がど
248 うなったのか全く分からない。
249 そして,甲が「店に忘れ物を取りに戻ったら,表口のガラスが割られ,店内が荒らされてい
250 たことにしよう。」と言うので,いい考えだと思い,二人で,飲んだビール瓶やグラスを片付け
251 た上,泥棒が入ったように見せかけるために,カウンター上のレジスターの引き出しを取り出
252 して床に転がしたり,事務室の金庫の扉を開けたりした上,店舗及び事務室の電気をすべて消
253 した。
254 そして,店内の偽装が終わったので,外から石を投げて表口のガラスを割ってから逃げよう
255 - 5 -
256
257 と思っていた時,Tの駐車場に車が入る音が聞こえてきたので,私と甲は,慌てて事務室に逃
258 げ込み,事務室入り口横にある大型ロッカーの陰に隠れた。様子をうかがっていると,駐車場
259 に車が止まり,表口の鍵を開けて人が入ってくる様子が分かった。甲が「丙だ。都合で店に来
260 たらしい。今日は来ないはずだったのに。まずい。」と耳打ちした。私は丙に見つかってしまう
261 と思い,
262 「このままだと二人とも警察に突き出される。俺は執行猶予中なのでやばい。二人で丙
263 を殴って気絶させよう。そのすきに逃げよう。」と言うと,甲も覚悟を決めた様子で,「分かっ
264 た。」と答えた。二人でロッカーの陰に隠れていたら,丙は店内を通って事務室の方に歩いてき
265 て,事務室内に入り掛けたが,その時,甲がロッカーの陰から飛び出して,背後から丙を羽交
266 い締めにした。丙は「だれだ。泥棒。」と声を出して暴れ出した。
267 私は,殴り付けて丙を気絶させようと考えていたが,丙に顔を見られたらおしまいだと思う
268 と気が動転してしまった。それで,ポケットに隠してあった果物ナイフを出して利き腕の右手
269 に構え,刃を前に向けながら,無我夢中で丙の腹部を目掛けて力任せに突き刺したところ,深
270 く刺さった感触があった。丙は「ギャ」と叫び声を上げてその場に倒れた。
271 甲は驚いた様子で,「殴るだけだと言ったじゃないか。何で刺すんだ。死んだらどうする。」
272 と強い口調で怒ったが,私は「顔を見られたらまずい。刺すしかなかった。」と言い返した。丙
273 を見ると,床にうつ伏せに倒れ,息も絶え絶えでぐったりしており,腹部から流れ出した血が
274 床に広がっていたので,助からないと思った。なお,甲は私が果物ナイフを持っていることを
275 事前に知らなかったはずだ。
276 取調べの際に,押収された果物ナイフを見せてもらったが,私が丙を刺す時に使ったナイフ
277 に間違いない。
278 5
279
280 丙を刺した後,私は甲に「早く逃げよう。」と言ったが,甲は「二人で逃げたらまずい。あん
281 ただけ早く逃げろ。」と言い,自動車のキーを私に差し出しながら,「丙の車のキーが落ちてい
282 た。表に車が止まっているから,それに乗って早く逃げろ。」と言った。私は,丙が落とした車
283 のキーを甲が拾ったのだと思い,そのキーを受け取って外に出て,止まっていた乗用車に乗り
284 込み,その場から逃げた。私はしばらく車に乗った後に乗り捨てるつもりだった。
285
286 6
287
288 Tを出発して走っていたが,救急車やパトカーのサイレンが聞こえてきたので怖くなり,L
289 市内の道路で車を乗り捨て,歩いて実家に帰った。そして,2月10日及び2月11日は実家
290 で隠れていたが,2月12日,刑事さん達が実家に来て同行を求められたので,それに応じて
291 K警察署に来た。刑事さんの取調べを受けた際,最初はとぼけていたが,現場に落ちていたナ
292 イフに私の指紋が付いていたことを告げられたので,観念して犯行を自供したところ,間もな
293 く逮捕された。逮捕後,甲のことも含めて正直に供述したが,数日後,甲も逮捕されたようだ。
294 なお,現金5万円は使っておらず,全額押収された。
295
296 - 6 -
297
298 〔第2問〕(配点:100)
299 以下の事例を読んで,後記の設問1から3に答えなさい。
300 【事例】
301 1
302
303 平成16年7月29日午後9時30分ころ,I警察署に,Aコンビニエンスストア(以下「A
304 コンビニ店」という。)店長Wから,「店の横の路地でけんかがあり,男の人が頭から血を出し
305 て倒れているのですぐに来てください。」という110番通報があった。
306
307 2
308
309 I警察署から連絡を受けたI警察署J交番の警察官X及びYの両名が,同日午後9時45分
310 ころ,Aコンビニ店横の路地に臨場すると,頭から血を流した40歳代の男性Vが倒れており,
311 そのそばで,Wが倒れているVの頭を支えるようにしていた。
312 警察官Xが「どうしました,大丈夫ですか。」と声を掛けると,Vは,「Aコンビニ店を出て
313 右横の路地に入ったところ,後ろからいきなり固いもので殴られました。殴られた弾みで前に
314 うつ伏せに倒れたら,今度は背中や腰などを数回足げにされました。このとき,
315 『この野郎,な
316 めたことをするからだ。』などという声がしたので,犯人は見ず知らずの者ではないと思います。
317 しかし,私には犯人として思い当たる者はいません。なお,けられた感じからして犯人は二人
318 組だと思います。」と述べた。
319 Wは,
320 「店にいた二人組の男が,だれかを襲うようなことを話していたので,その様子を見て
321 いると,二人組の男は,店にいた客のVが出ていった後を追い掛けるようにして店を出ていっ
322 た。私も気に掛かって店の外に出たところ,怒鳴るような声が聞こえた。そこで,その声がし
323 た右横の路地に入ってみると,Vが倒れており,二人組が逃げていくのが見えた。Vのところ
324 に駆け寄るとVが頭から血を出して倒れていた。二人組のうち,若い男は時々店に来ていた男
325 で,駅前のCビルにあるB興産という名称の暴力団事務所に出入りしている男だと思う。その
326 男は年齢20歳くらいで,坊主頭だが,今日は野球帽をかぶり,白いTシャツを着ていた。」と
327 述べた。
328 警察官X及びYは,傷害事件と認め,警察官Xが引き続き現場でVから事情聴取を行った。
329 警察官Yは,Wが供述した暴力団事務所の場所を確認するため,同日午後10時15分ころ,
330 駅前のB興産という暴力団の事務所があるCビルに赴いた。Cビルは,Aコンビニ店から約8
331 00メートル離れた雑居ビルで,同ビル1階の郵便受けを見たところ,同ビル3階にB興産の
332 事務所がある旨の表示があった。そのとき,甲が一人で同ビルの階段から1階に下りてきて,
333 警察官Yの前を通り過ぎようした。警察官Yは,甲が年齢20歳くらいの男性で,野球帽をか
334 ぶり,白いTシャツを着ていたことから,この男が傷害事件の犯人の一人ではないかと考え,
335 甲に「君はこのビルの3階の人ですか。」と尋ねたところ,返事をしないで通り過ぎようとした
336 ので,さらに,
337 「聞きたいことがあるのだけれど。」と言って呼び止めた。しかし,甲は,
338 「関係
339 ねえだろう。」と言って立ち去ろうとしたので,警察官Yが右手で甲の右腕を押さえ,「聞きた
340 いことがあると言っているだろう。」と言ったところ,甲は,警察官Yの手を振り払い,いきな
341 りその場から走り出した。そのため,警察官Yは,甲を追い掛けて約200メートル走ったと
342 ころで追い付き,その右肩に手を掛けて甲を停止させ,
343 「お前は,Aコンビニ店横の路地で人を
344 けがさせただろう。」と言ったところ,甲は,観念したように「はい。」と言って犯行を認めた。
345 警察官Yは,「お前を逮捕するからな。」と言って,同日午後10時25分,その場で,甲を現
346 行犯人として逮捕した。そして,警察官Yは,I警察署に連絡し,10分後に到着したパトカ
347 ーに甲を乗せてI警察署に連行し,パトカーは,同日午後11時10分,I警察署に到着した。
348 I警察署到着後,Wに甲の顔を見せたところ,Wは,甲がAコンビニ店にいた二人組の一人に
349 間違いない旨供述した。
350
351 3
352
353 その後,甲は,同月30日の取調べにおいて,乙に指示されてVに暴行を加えた旨を供述し
354 たので,I警察署においては,直ちに乙に対する逮捕状を得て,同日午後3時,B興産事務所
355 内にいた乙を逮捕状に基づいて逮捕した。
356 - 7 -
357
358 4
359
360 同月31日午前10時,甲は,乙と共謀して,Vに対して全治約1か月を要する頭部挫傷等
361 の傷害を負わせたという傷害罪の事実でK地方検察庁に送致された。
362 送致を受けたK地方検察庁の担当検察官Pは,同日午前11時,甲に対して弁解の機会を与
363 えたところ,甲は逮捕事実をすべて認めた。その後,検察官Pは,同日午前11時40分,甲
364 を釈放した上,同日午前11時41分,同一事実で甲を緊急逮捕した。検察官Pが甲に対して
365 弁解の機会を与えたところ,甲は,逮捕事実を認めた。検察官Pは,同日午後1時,K地方裁
366 判所裁判官に対して,甲に対する逮捕状を請求し,同日午後2時,K地方裁判所裁判官から甲
367 の逮捕状が発付された。その後,甲は,検察官Pに対して,次のような供述を行い,供述録取
368 書が作成された。
369 ア
370
371 甲の供述要旨
372 私の年齢は21歳で,父親が経営している飲食店で働き,両親と同居しているが,2か
373 月くらい前から,暴力団であるB興産に出入りするようになった。しかし,B興産の正式
374 な組員ではなく,B興産の組員である乙(30歳)の使い走りをし,実家に帰らないとき
375 はB興産の事務所又は乙の住んでいるアパートで寝起きをしている。そのため,実家に帰
376 るのは週に1,2回であり,家の仕事の手伝いもしなくなった。
377 私がVの後頭部を木製の丸こん棒で殴って倒し,その後,私と乙の二人で,Vの背中や
378 腰を足げにした。
379 私がVに暴行を加えた理由は,乙から指示されたからで,私には,なぜVを襲うことに
380 したのかは分からない。また,Vを襲うまで,Vとは面識がなかった。
381 Vに暴行を加えたとき使用した木製の丸こん棒は乙から渡されたものである。
382 警察や検察庁で取調べを受けるのは,今回が初めてで,前科前歴はない。
383
384 検察官Pは,同日午後5時,K地方裁判所裁判官に対し,甲の勾留を請求した。
385 5
386
387 同月30日に逮捕された乙は,逮捕後の取調べにおいて,Vに対する傷害について,乙自身
388 の暴行及び甲との共謀のいずれについても否認しており,同年8月1日に検察官に送致される
389 予定である。
390
391 〔設問1〕
392
393 K地方裁判所裁判官は,甲を勾留することができるか。前記事例中の事実を摘示して
394
395 論じなさい。
396 【事例(続き)】
397 6
398
399 甲及び乙に対して,それぞれ勾留状が発付され,執行された。
400 甲は勾留された後,犯行の経緯及び犯行状況について,警察官及び検察官に対して,後記イ
401 のような供述を行い,各供述録取書が作成された。
402 また,乙は,自己の関与を否認し,警察官及び検察官に対して,後記ウのような供述を行い,
403 各供述録取書が作成された。
404 イ
405
406 甲の供述要旨
407 私が犯行当日B興産の事務所にいたところ,午後9時ころ乙から電話があり,
408 『今すぐ駅
409 前のAコンビニ店に来い。』と言われたので出掛けた。Aコンビニ店内には乙がおり,乙は,
410 書籍棚で週刊誌を立ち読みしていたVの方を指して,私に『あいつには痛い目に遭っても
411 らわないかん。店を出たらお前が後ろからまずやれ。顔を見られないようにしろ。』と言い
412 ながら,棒のようなものが入った紙袋を手渡してきた。紙袋の中を見たところ木製の丸こ
413 ん棒が入っていたので,私は,これでVを殴れと言われたのだと分かった。私は,Vとは
414 面識がなく,Vにけがをさせたくないと思ったが,ここで断ったら,乙を怒らせてしまい,
415 二度とB興産に出入りすることができなくなると思った。それに,乙が後ろからやれと言
416 ったので,最初に後ろからVの後頭部を殴ってしまえば顔を見られることはないし,仮に
417 - 8 -
418
419 見られても面識はないから,私のことがばれることはないだろうと思い,乙に言われたと
420 おりやるしかないと決意した。
421 Aコンビニ店を出て右横の路地で,私が木製の丸こん棒でVの後頭部を1回殴った後,
422 乙がVの背中をけ飛ばし始めたので,私もVの背中や腰辺りをけ飛ばした。乙は,4,5
423 回,私も3,4回Vの背中や腰辺りをけ飛ばした。
424 木製の丸こん棒は,長さ約30センチメートル,直径約3センチメートルである。
425 今後は暴力団との付き合いは絶ち,父親の仕事の手伝いをしたいが,父の飲食店は,B
426 興産の事務所の近くにあるので,正直言うと,乙に指示されたことや乙が暴行を加えたこ
427 とを警察官や検察官に供述したことで,乙やB興産の者にお礼参りされるのではないかと
428 心配だ。できれば法廷では乙のことについて言いたくない。
429 ウ
430
431 乙の供述要旨
432 私は,当日(7月29日),甲と一緒にAコンビニ店にいたことは間違いないが,甲に対
433 して,「Vを痛めつけろ。」というようなことを指示したことはない。
434 Vとは面識がある。B興産の関係者が,強制競売でマンションビルを競落したが,その
435 マンションに居住しているVが立ち退きを拒否していたので,私は,競落した関係者と一
436 緒に,立ち退きをお願いするためにVに一度会ったことがある。私が会ったときも立ち退
437 きを拒否されたが,今後も交渉を続けるつもりでいた。立ち退きを拒否されたからといっ
438 て,私がVに暴力を加えようと思ったことはない。
439 当日は,私がAコンビニ店で甲と一緒にいたところ,甲は,Vの方に目をやり,Vが店
440 を出た後,Vを追い掛けるようにして店を出た。私は,甲がVに対して何かまずいことを
441 するのではないかと心配になり,甲を追い掛けて店を出たところ,店の右横の路地にVが
442 うつ伏せに倒れており,その背中を甲がけ飛ばしていたので,私は,甲の暴力をやめさせ,
443 そのまま甲とともに逃げた。私は一切Vに暴行を加えていない。丸こん棒は,私のもので
444 あるが,なぜ,甲がそのとき持っていたか分からない。
445
446 7
447
448 また,Vは被害状況について,警察官及び検察官に対し,次のような供述を行い,各供述録
449 取書が作成された。
450 エ
451
452 Vの供述要旨
453 私の住んでいるマンションが半年前に競売にかかり,新しい所有者から,部屋を出るよ
454 うに言われるようになった。しかし,知人に相談したところ,私の賃貸借契約はマンショ
455 ンの差押え前に契約したもので,まだその期間が残っており,直ちに退去する必要はなく,
456 退去する場合は,立ち退き料がもらえるはずだと言われたので,新しい所有者に対してそ
457 のように言った。すると,B興産の名刺を持った乙がマンションを訪ねてきたので,乙に
458 も同じことを言った。今回私に暴行を加えたのが乙らであると,後で警察官から聞いて分
459 かったが,その原因は,私がマンションの立ち退きを断ったこと以外考えられない。暴行
460 を加えられたとき,背中の左右を同時にけられたこともあったので,足げにしてきたのは
461 少なくとも二人だったと思う。暴行を受けたとき,犯人のうちの一人が,
462 「なめたことをす
463 るからこういう目にあうんだ。」と言っていた。犯人の顔は見ていない。
464
465 8
466
467 甲,乙両名は,傷害罪の共同正犯として公判請求され,併合して審理されることになった。
468 第1回公判期日において,甲は,公訴事実について,甲が一人で行ったもので乙は関係ないと
469 主張し,乙は,捜査段階の供述のとおり,公訴事実について,自己の関与を否認した。
470
471 9
472
473 第2回公判期日において,証人Wは,次のような供述をした。
474 オ
475
476 Wの供述要旨
477 Aコンビニ店の中で私が商品の整理をしているときに二人組が話をしていた。二人組の
478 一人が30歳くらいの男で,もう一人が20歳くらいの男だった。法廷にいる甲がその2
479 0歳くらいの男,乙がその30歳くらいの男である。甲は,2,3か月前から時々店に買
480 - 9 -
481
482 い物に来ており,B興産の事務所に出入りしているのを見掛けたことがあったので,暴力
483 団であるB興産の組員かその関係者かなと思っていた。商品棚の整理をしながら二人組に
484 近づいたところ,乙が,甲に向かって,
485 「あいつには痛い目に遭ってもらわないかん。店を
486 出たらお前が後ろからまずやれ。顔を見られないようにしろ。」などと話しているのが聞こ
487 えた。乙は,話しながら甲に紙袋のようなものを渡していた。甲と乙は,雑誌棚で立ち読
488 みをしているVの方に時々目をやっていたので,Vを襲う相談をしているのではないかと
489 思った。そして,Vが店を出た後,甲と乙の二人が,Vの後を追うようにして出ていった。
490 それで,私は,気に掛かって店の外に出たところ,店の右横の路地の方から,怒鳴り声が
491 聞こえてきた。しかし,怖かったので,私は,すぐにはその路地に入ることができず,声
492 がやんでから恐る恐る路地に入ってみたところ,Vがうつ伏せに倒れており,甲と乙の二
493 人が,路地の奥の方に走って逃げていくのが見えた。すぐに私がVの倒れていたところに
494 行くと,Vが後頭部から血を流していたので,所持していた携帯電話で110番通報した。
495 10
496
497 第3回公判期日において,被告人甲は,次のような供述をした。
498 カ
499
500 公判廷における被告人甲の供述要旨
501 私がVに対し,木製の丸こん棒で後頭部を殴打したこと,背中を3,4回足げにしたこ
502 とは認める。しかし,このことは,乙から指示されたわけではない。また,乙は,Vに暴
503 行を加えていない。木製の丸こん棒は,私がB興産の事務所から持ち出した。
504 これ以外のことについては,供述したくない。供述したくない理由についても言いたく
505 ない。私の捜査段階における検察官に対する供述が法廷における供述と異なっていること
506 は認めるが,なぜ異なっているか分からない。
507
508 〔設問2〕
509
510 第2回公判期日におけるWの前記オの供述の証拠能力について,問題点を挙げて論じ
511
512 なさい。
513 〔設問3〕
514
515 第3回公判期日における甲の前記カの供述を前提に,捜査段階における甲の前記アの
516
517 検察官に対する供述録取書並びに前記イの警察官及び検察官に対する各供述録取書の証拠能力に
518 ついて,問題点を挙げて論じなさい。
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520 - 10 -
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