1 論文式試験問題集[公法系科目]
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5 [公法系科目]
6 〔第1問〕(配点:100)
7 市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成しなければな
8 らない【参考資料1】。生活の本拠である住所(民法第22条参照)の有無によって,権利や利益の
9 享受に影響が生じる。国民の重要な基本的権利である選挙権も,住所を有していないと,選挙権を
10 行使する機会自体を奪われる(公職選挙法第21条第1項,第28条第2号,第42条第1項参照)。
11 また,国民健康保険や介護保険等の手続をするためには,住民登録が必要である。ただし,生活保
12 護法は,「住所」という語を用いておらず,「居住地」あるいは「現在地」を基準として保護するか
13 否かを決定し,かつ,これを実施する者を定めている【参考資料2】。
14 ボランティア活動などの社会貢献活動を行う,営利を目的としない団体(NPO)である団体A
15 は,ホームレスの人たちなどが最底辺の生活から抜け出すための支援活動を行っている。団体Aは,
16 支援活動の一環として,Y市内に2つのシェルター(総収容人数は100名)を所有している。そ
17 の2つのシェルターに居住する人たちは,それぞれのシェルターを住所として住民登録を行い,生
18 活保護受給申請や雇用保険手帳の取得,国民健康保険や介護保険等の手続をしている。
19 Xは,Y市内にあるB社に正規社員として20年勤めていたが,B社が倒産し,突然職を失った。
20 そして,失職が大きな原因となり,X夫婦は離婚した。その後,Xは,C派遣会社に登録し,紹介
21 されたY市内にあるD社に派遣社員として勤め始め,Y市内にあるD社の寮に入居した。しかし,
22 D社の経営状況が悪化したために,いわゆる「派遣切り」されたXは,寮からも退去させられた。
23 職も住む所も失ってしまったXは,団体Aに支援を求めた。そして,その団体Aのシェルターに入
24 居し,そこを住所として住民登録を行った。不定期のアルバイトをしながら,できる限り自立した
25 生活をしたいと思っているXは,正規社員としての採用を目指して,正規社員募集の情報を知ると
26 応募していたが,すべて不採用であった。その後,厳しい経済不況の中,団体Aの支援を求める人
27 も急増し,2つのシェルターに居住し,そこを住所として住民登録を行う人数が200名を超える
28 に至った。シェルターが「飽和状態」となって息苦しさを感じたXは,シェルターに帰らなくなり,
29 正規社員への途も得られず,アルバイトで得たお金があるときはY市内のインターネット・カフェ
30 を泊まり歩き,所持金がなくなったときにはY市内のビルの軒先で寝た。
31 201*年4月に,Y市は,住民の居住実態に関する調査を行った。調査の結果,団体Aのシェ
32 ルターを住所として住民登録している人のうち,Xを含む60名には当該シェルターでの居住実態
33 がないと判断した。Y市長は,それらの住民登録を抹消した。
34 住民登録が抹消されたことを知ったXは,それによって生活上どのようなことになるのかを質問
35 しに,市役所に行ったところ,国民健康保険被保険者証も失効するなどの説明を受けた。Xは,胃
36 弱という持病があるし,最近体調も思わしくなかったが,医療費が全額自己負担になるので,病院
37 に行くに行けなくなった。
38 住民登録を抹消され,貧困ばかりでなく,生命や健康さえも脅かされる状況に追い詰められたX
39 は,生活保護制度に医療扶助もあることを知り,申請日前日に宿泊していたインタ−ネット・カフ
40 ェを「居住地」として,Y市長から委任(生活保護法第19条第4項参照)を受けている福祉事務
41 所長に生活保護の認定申請を行った。
42 Y市は,財政上の問題(生活保護のための財源は,国が4分の3,都道府県や市,特別区が4分
43 の1を負担する。)もあるが,それ以上にホームレス【参考資料3】などが市に増えることで市のイ
44 メージが悪くなることを嫌って,インターネット・カフェやビルの軒先を「居住地」あるいは「現
45 在地」とは認めない制度運用を行っている。そこで,Y市福祉事務所長は,Xの申請を却下した。
46 Xは,たまたまインターネット・カフェで見ていたニュースで,自分と全く同じ状況にある人にも
47 生活保護を認める自治体があることを知った。その自治体は,インターネット・カフェやビルの軒
48 先も「居住地」あるいは「現在地」と認めている。そこで,Xは,Y市福祉事務所長の却下処分に
49 - 2 -
50
51 対して,自分と同じ状況にある人の保護を認定している自治体もあることなどを理由に,不服申立
52 てを行った。しかし,不服申立ても,棄却された。
53 Y市は,衆議院議員総選挙における選挙区を定める公職選挙法別表第1によれば,市全域で1選
54 挙区と定められている。Xは,住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙の際
55 に,選挙人名簿から登録を抹消されたために投票することができなかった。このような事態は,従
56 来から,ホームレスの人たちなどの支援活動を行っているNPOから指摘されていた。そして,そ
57 れらのNPOは,Xの住民登録が抹消された年の10月に行われた衆議院議員総選挙よりも7年前
58 に行われた200*年8月の衆議院議員総選挙の際に,国政選挙における「住所」要件(公職選挙
59 法第21条第1項,第28条第2号及び第42条第1項のほか,同法第9条,第11条,第12条,
60 第21条,第27条第1項参照)の改正を求める請願書を総務省に提出していた。
61 Xは,無料法律相談に行き,生活保護と選挙権について弁護士に相談した。
62 〔設問1〕
63 あなたがXの訴訟代理人として訴訟を提起するとした場合,訴訟においてどのような憲法上の
64 主張を行うか。憲法上の問題ごとに,その主張内容を書きなさい。
65 〔設問2〕
66 設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べ
67 なさい。
68
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70
71 【参考資料1】住民基本台帳法(昭和42年7月25日法律第81号)(抄録)
72 (目的)
73 第1条
74
75 この法律は,市町村(特別区を含む。以下同じ。)において,住民の居住関係の公証,選挙
76
77 人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等
78 の簡素化を図り,あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため,住民に関する記録を正確
79 かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め,もつて住民の利便を増進するとともに,国及び地
80 方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする。
81 (国及び都道府県の責務)
82 第2条
83
84 国及び都道府県は,市町村の住民の住所又は世帯若しくは世帯主の変更及びこれらに伴う
85
86 住民の権利又は義務の異動その他の住民としての地位の変更に関する市町村長(特別区の区長を
87 含む。以下同じ。)その他の市町村の執行機関に対する届出その他の行為(次条第3項及び第21
88 条において「住民としての地位の変更に関する届出」と総称する。)がすべて一の行為により行わ
89 れ,かつ,住民に関する事務の処理がすべて住民基本台帳に基づいて行われるように,法制上そ
90 の他必要な措置を講じなければならない。
91 (市町村長等の責務)
92 第3条
93
94 市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努
95
96 めるとともに,住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めな
97 ければならない。
98 2
99
100 市町村長その他の市町村の執行機関は,住民基本台帳に基づいて住民に関する事務を管理し,
101 又は執行するとともに,住民からの届出その他の行為に関する事務の処理の合理化に努めなけれ
102 ばならない。
103
104 3
105
106 住民は,常に,住民としての地位の変更に関する届出を正確に行なうように努めなければなら
107 ず,虚偽の届出その他住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならない。
108
109 4
110
111 (略)
112
113 (住民の住所に関する法令の規定の解釈)
114 第4条
115
116 住民の住所に関する法令の規定は,地方自治法(昭和22年法律第67号)第10条第1
117
118 項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならない。
119 (住民基本台帳の備付け)
120 第5条
121
122 市町村は,住民基本台帳を備え,その住民につき,第7条に規定する事項を記録するもの
123
124 とする。
125 (住民基本台帳の作成)
126 第6条
127
128 市町村長は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して,住民基本台帳を作成しなけ
129
130 ればならない。
131 2,3
132
133 (略)
134
135 (住民票の記載事項)
136 第7条
137
138 住民票には,次に掲げる事項について記載(前条第3項の規定により磁気ディスクをもつ
139
140 て調製する住民票にあつては,記録。以下同じ。)をする。
141 一
142
143 氏名
144
145 二
146
147 出生の年月日
148
149 三
150
151 男女の別
152
153 四
154
155 世帯主についてはその旨,世帯主でない者については世帯主の氏名及び世帯主との続柄
156
157 五
158
159 戸籍の表示。ただし,本籍のない者及び本籍の明らかでない者については,その旨
160
161 六
162
163 住民となつた年月日
164
165 七
166
167 住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者については,その住所を定め
168 - 4 -
169
170 た年月日
171 八
172
173 新たに市町村の区域内に住所を定めた者については,その住所を定めた旨の届出の年月日(職
174 権で住民票の記載をした者については,その年月日)及び従前の住所
175
176 九
177
178 選挙人名簿に登録された者については,その旨
179
180 十〜十四
181
182 (略)
183
184 (選挙人名簿の登録等に関する選挙管理委員会の通知)
185 第10条
186
187 市町村の選挙管理委員会は,公職選挙法(昭和25年法律第100号)第22条第1項
188
189 若しくは第2項若しくは第26条の規定により選挙人名簿に登録したとき,又は同法第28条の
190 規定により選挙人名簿から抹消したときは,遅滞なく,その旨を当該市町村の市町村長に通知し
191 なければならない。
192 (選挙人名簿との関係)
193 第15条
194
195 選挙人名簿の登録は,住民基本台帳に記録されている者で選挙権を有するものについて
196
197 行なうものとする。
198 2
199
200 市町村長は,第8条の規定により住民票の記載等をしたときは,遅滞なく,当該記載等で選挙
201 人名簿の登録に関係がある事項を当該市町村の選挙管理委員会に通知しなければならない。
202
203 3
204
205 市町村の選挙管理委員会は,前項の規定により通知された事項を不当な目的に使用されること
206 がないよう努めなければならない。
207
208 - 5 -
209
210 【参考資料2】生活保護法(昭和25年5月4日法律第144号)(抄録)
211 (この法律の目的)
212 第1条
213
214 この法律は,日本国憲法第25条に規定する理念に基き,国が生活に困窮するすべての国
215
216 民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,
217 その自立を助長することを目的とする。
218 (無差別平等)
219 第2条
220
221 すべて国民は,この法律の定める要件を満たす限り,この法律による保護(以下「保護」
222
223 という。)を,無差別平等に受けることができる。
224 (最低生活)
225 第3条
226
227 この法律により保障される最低限度の生活は,健康で文化的な生活水準を維持することが
228
229 できるものでなければならない。
230 (実施機関)
231 第19条
232
233 都道府県知事,市長及び社会福祉法(昭和26年法律第45号)に規定する福祉に関す
234
235 る事務所(以下「福祉事務所」という。)を管理する町村長は,次に掲げる者に対して,この法律
236 の定めるところにより,保護を決定し,かつ,実施しなければならない。
237 一
238
239 その管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者
240
241 二
242
243 居住地がないか,又は明らかでない要保護者であつて,その管理に属する福祉事務所の所管
244 区域内に現在地を有するもの
245
246 2
247
248 居住地が明らかである要保護者であつても,その者が急迫した状況にあるときは,その急迫し
249 た事由が止むまでは,その者に対する保護は,前項の規定にかかわらず,その者の現在地を所管
250 する福祉事務所を管理する都道府県知事又は市町村長が行うものとする。
251
252 3
253
254 第30条第1項ただし書の規定により被保護者を救護施設,更生施設若しくはその他の適当な
255 施設に入所させ,若しくはこれらの施設に入所を委託し,若しくは私人の家庭に養護を委託した
256 場合又は第34条の2第2項の規定により被保護者に対する介護扶助(施設介護に限る。)を介護
257 老人福祉施設(介護保険法第8条第24項に規定する介護老人福祉施設をいう。以下同じ。)に委
258 託して行う場合においては,当該入所又は委託の継続中,その者に対して保護を行うべき者は,
259 その者に係る入所又は委託前の居住地又は現在地によつて定めるものとする。
260
261 4
262
263 前三項の規定により保護を行うべき者(以下「保護の実施機関」という。)は,保護の決定及び
264 実施に関する事務の全部又は一部を,その管理に属する行政庁に限り,委任することができる。
265
266 【参考資料3】ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法(平成14年8月7日法律第105号)
267 (抄録)
268 (目的)
269 第1条
270
271 この法律は,自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存
272
273 在し,健康で文化的な生活を送ることができないでいるとともに,地域社会とのあつれきが生じ
274 つつある現状にかんがみ,ホームレスの自立の支援,ホームレスとなることを防止するための生
275 活上の支援等に関し,国等の果たすべき責務を明らかにするとともに,ホームレスの人権に配慮
276 し,かつ,地域社会の理解と協力を得つつ,必要な施策を講ずることにより,ホームレスに関す
277 る問題の解決に資することを目的とする。
278 (定義)
279 第2条
280
281 この法律において「ホームレス」とは,都市公園,河川,道路,駅舎その他の施設を故な
282
283 く起居の場所とし,日常生活を営んでいる者をいう。
284
285 - 6 -
286
287 〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は,2:4.5:3.5〕)
288 A村は,人口が昭和30年には約5000人であったが,年々減少し,平成20年には約240
289 0人にまで落ち込んでいる。その間,過疎地域の指定も受け,村の財政は極めて厳しい状況が続い
290 ている。こうした状況下で,A村は,人口減少対策・過疎対策として,A村の保有する土地(10
291 区画)(以下「本件土地」という。)を,希望者を募って平成21年4月20日に売却した。本件土
292 地は,近隣市の中心部まで自動車で30分程度の通勤圏に位置している。前年にもA村は売却を試
293 みたが,相場並みに価格を定めたところ,1区画に応募があったのみであり,この1区画について
294 も契約の締結に至らなかった。そこで今回は,下限の価格を定めずに,
295 「分譲価格と条件は購入希望
296 者と直接相談させていただきます」という内容を記載した村民向けチラシ,近隣市町村における折
297 り込みチラシ,新聞広告,現地看板などにより広報を行い,10区画すべてをそのとおりに売却し
298 た。成約価格は結果として,最も高い区画で560万円,最も安い区画で400万円,全区画の売
299 却価格の総額は4800万円であった。購入者の中には,側溝部分など,一部の土地対価について
300 支払を免除された者も多数存在する。また,購入者の中には,A村の部長の弟や売却担当部局職員
301 の妻も含まれていた。さらに,村内の利便性を欠く地区に住む者による買換えが,複数見られた。
302 ある週刊誌に,本件土地の売買に疑惑があるとする記事が掲載されたことを契機として,村民B
303 及びCは,平成22年3月19日に地方自治法第242条による住民監査請求を行った。B及びC
304 は,本件土地は慎重に時間を掛ければより高価で売却できる物件であったにもかかわらず,性急に
305 破格の安値で売却した村長Eの措置は,村の財政を悪化させ,村の財産を無駄遣いするものであり,
306 また,このような財産の処分のために必要な議会の議決を欠くことのほか,本件土地の売買は村関
307 係者の身内に便宜を図るものであり,売却の方式や相手方の選定に関して公正を欠くことを主張し
308 た。しかしA村の監査委員は,B及びCの請求には理由がないと判断し,その旨を同年4月23日
309 にB及びCに通知した。そこでB及びCは,Eによる本件土地の売買契約の締結によって,A村が
310 売却価格と時価との差額分(約3200万円)の損害を被ったとして,Eに損害賠償を求めるため
311 の住民訴訟を提起しようとしている。このうちCは,同年5月1日にA村から転出しており,現在
312 は他の市に住んでいる。また,村民Dは,住民監査請求を行っていないが,B及びCが提起を検討
313 している住民訴訟に原告として加わろうとしている。
314 他方,A村議会の議員の一部は,Eは,平成19年に村長に就任して以来,厳しい環境の中でA
315 村の財政再建に貢献してきた功労者であるし,必ずしも裕福ではないことから,村がEに損害賠償
316 を請求するのは適切でないと主張して,B,C及びDの3名(以下「Bら」という。)の動きに反発
317 している。これらの議員は,Bらの請求を認容する一審判決が出された場合には,控訴した上で,
318 Eに対する村の損害賠償請求権を放棄する議会の議決を行うことを検討し始めている。A村はこれ
319 まで行政訴訟を提起された経験がないことから,Eは,急きょ,そうした訟務に詳しい顧問弁護士
320 Fと同村の総務課職員G,H及びIとで,対応策を検討する会議(以下「検討会議」という。)を平
321 成22年5月6日に開催することとした。検討会議の中では,職員から様々な疑問,質問,課題が
322 提示されたため,弁護士Fが,その整理・検討を任されることとなった。
323 【資料1
324
325 検討会議の会議録】を読んだ上で,弁護士Fの立場に立って,以下の設問に答えなさ
326
327 い。
328 なお,地方自治法施行令の抜粋を【資料2
329
330 関係法令】に,また関連する裁判例を【資料3
331
332 議
333
334 会による請求権放棄に関する裁判例】に,それぞれ掲げるので,適宜参照しなさい。
335 〔設問1〕
336 Bらが提起することが予想される住民訴訟を具体的に示して,これをBらが適法に提起できる
337 かどうかについて検討しなさい。
338
339 - 7 -
340
341 〔設問2〕
342 Bらによる住民訴訟が適法とされる場合には,Eが本件土地の売買契約を締結したことの適法
343 性が争点になると考えられる。この契約締結の適法性について,詳細に検討しなさい。
344 〔設問3〕
345 Bらの請求を認容する一審判決が出されて,A村議会が請求権を放棄する議決を行う場合を想
346 定して,以下の小問に答えなさい。
347
348
349 【資料3】に挙げた二つの判決の間で,地方議会による請求権放棄の議決の適法性に関して
350 考え方が分かれた点を説明しなさい。
351
352
353
354 その上で,これらの判決の考え方をそれぞれ当てはめた場合,本件で村議会議員が検討して
355 いる請求権放棄の議決の適法性についてはどのように判断されることになるか検討して,自ら
356 の意見を述べなさい。
357
358 - 8 -
359
360 【資料1
361
362 検討会議の会議録】
363
364 総務課長G:我が村は本当に小さな所で,これまで村を相手に村民が行政訴訟を起こした例など全
365 くありませんでした。今回のBらの動きは驚きなのですが,聞くところでは,Bらは弁
366 護士にも相談しながら訴訟の準備を進めているようですので,村としても,対応方針を
367 立てておく必要があります。今日は,行政訴訟に通じた顧問弁護士のF先生にも出席い
368 ただきました。初回の会合ですので,この際,疑問に思っている点を率直に出してくだ
369 さい。
370 職
371
372 員
373
374 H:村の行った売買に,それとは関係のないBらが裁判を起こすことなんてできないと考
375 えていました。Bらは売買で損をしたわけでもないし,一体どういった権利や利益を根
376 拠にして訴えを起こすつもりなのでしょうか。聞くところでは,住民訴訟という特別の
377 制度があるようですが,それであれば利用できるのですか。
378
379 職
380
381 員
382
383 I:住民訴訟という特別の制度があるとしても,だれでも無条件に住民訴訟を起こせるわ
384 けではないですよね。今回のBらは適法に住民訴訟を起こせるのですか。
385
386 職
387
388 員
389
390 H:BやCの行った監査請求では,違法な契約によって村の土地がたたき売りされて,村
391 が損をした点を問題にしているようですね。住民訴訟ではBらは4号請求で行く意向だ
392 といううわさです。
393
394 総務課長G:それは,地方自治法第242条の2第1項各号に挙げられた4つの請求のうち,第4
395 号に規定された請求をするという意味ですね。F先生の方で,Bらが今回の売却に対し
396 て,どういった訴えを起こしてくるのか,4号請求の具体的な内容を示してもらえると
397 参考になります。その上で,Bらが提起する訴えが適法かを,B,C及びDのそれぞれ
398 について検討していただけますか。
399 弁 護 士 F:分かりました。それでは,Bらが提起するであろう訴訟について,その具体的内容と
400 適法性を記したペーパーを,早速用意いたします。
401 総務課長G:よろしくお願いします。次に,裁判になったとして,本件土地の売却のいかなる点が
402 違法になるのか,この点の議論に移りたいと思います。本件土地の時価をどのように計
403 算するかという問題もありますが,村としては,適正な対価を得て本件土地を売却した
404 と考えています。ですから,契約の締結には議会の議決は不要であるという立場です。
405 しかし,この点について,Bらは争っていますので,F先生に御検討をお願いしたいと
406 思います。
407 弁 護 士 F:議会の議決というのは,地方自治法第96条第1項第6号,第237条第2項に規定
408 された議決のことですね。このほか,第96条第1項第5号も議決を定めていますが,
409 これは請負契約を念頭に置いた規定ですから,本件では考えなくてもよいでしょう。ま
410 た,第8号の議決の要否については,Bらは今の段階では問題にしていませんので,差
411 し当たり検討の対象から除くことにします。
412 総務課長G:これ以外に,契約締結の適法性に関して,遠慮なく,疑問点を出してください。
413 職
414
415 員
416
417 H:入札手続を採らなかった点など,契約の手続や内容に様々な違法があるとBらは攻撃
418 していますが,村としてはそのようには考えていません。週刊誌には,契約が不透明だ
419 と書かれたのですが,一体何が問題なのですか。
420
421 職
422
423 員
424
425 I:職員や議員の中では,過疎に悩む本村で採り得る政策として,やっとのことで買手を
426 見付けて本件土地を売却したのは当然のことではないかとか,現に税収面でも貢献して
427 いるではないかという意見が圧倒的です。この売却の何が違法と言われるのか,理解に
428 苦しむところです。
429
430 職
431
432 員
433
434 H:先日来,総務課でも,地方自治法第234条や同条第2項に基づく政令を検討し始め
435 たのですが,今回の事案にどのように関連するのか,うまくまとめ切れていません。村
436 がどのような手続によって,どのような内容の契約を締結するかは,当然に村長の裁量
437 - 9 -
438
439 で決められると思うのですが。
440 総務課長G:契約締結の適法性に関する問題,特にH君が挙げていた条文の解釈が,最も重要な課
441 題になりそうですね。まず,これらの法律や政令の規定のうち本件にかかわるものの趣
442 旨を御説明いただけませんか。その上で,Bらが,本件土地の売買契約の締結のどうい
443 った点を違法だと主張してくるか,また,村の側では,契約締結を適法というためにど
444 のような主張をすることが考えられるか,F先生の方で具体的に検討いただき,契約締
445 結の適法性に関するF先生の御意見をお聞かせいただけますと助かります。契約締結の
446 適法性は,何といっても村の職員にとって最も関心がある点ですので,できるだけ包括
447 的に検討していただけませんか。
448 弁 護 士 F:それでは,御質問の点について,次回の会合までに,ここは入念に整理しておくこと
449 とします。
450 総務課長G:お願いいたします。それと,先日もお話ししましたが,議員の間では,Bらの動きに
451 反発する意見が強いのです。週刊誌でたたかれた点が影響しているのかもしれません。
452 職
453
454 員
455
456 H:ベテラン議員の中には,どこかの会合で聞いてきたようなのですが,Bらが村長の損
457 害賠償責任を裁判に訴えたとしても,さらに,それを認める判決が出されたとしても,
458 控訴した上で,村の損害賠償請求権を放棄する議決を議会が行えば大丈夫だといった意
459 見を説く者もいます。こうした主張が日増しに強くなっている状況です。議会は,こう
460 した議決を適法に行うことが可能なのですか。この点は,議会事務局も心配しています。
461
462 職
463
464 員
465
466 I:議決というのは,地方自治法第96条第1項に規定されている議決のことですか。
467
468 弁 護 士 F:ええ,その第10号ですね。地方議会による請求権放棄に関しては,これまで出され
469 た裁判例で,判断が分かれています。手元にある二つの判決【資料3】が,その例です。
470 総務課長G:村の請求権がどのような手続によって消滅するのかといった点も,議論する必要があ
471 りそうですが,今の段階では差し当たり,請求権を放棄する内容の議決を議会は適法に
472 行うことができるのか,という点に絞って検討したいと思います。
473 職
474
475 員
476
477 H:それぞれの判決がよって立つ考え方の違いを整理していただけないでしょうか。特
478 に,判決の中で「住民訴訟の制度が設けられた趣旨」といわれているのですが,住民訴
479 訟の制度趣旨と議会による請求権放棄とは,どのように関連するのですか。
480
481 職
482
483 員
484
485 I:私が関心がありますのは,お話のあった二つの判決を本件の事案に当てはめた場合
486 に,どういった判断が予想されるのかという点です。
487
488 総務課長G:いろいろと要望や質問が出ましたが,議決の適法性の問題に関しては,本村の議員に
489 も説明する必要があると考えています。H君とI君も申しておりましたが,二つの判決
490 がそれぞれどのような考え方に立っているのか,そしてそれぞれの判決によれば,今回
491 の案件がどのように判断されるか,住民訴訟制度の趣旨を踏まえて分かりやすく整理し
492 ていただき,本村議会の議員が検討している請求権放棄の議決の適法性について,F先
493 生の御意見をお聞かせいただけませんか。
494 弁 護 士 F:了解しました。早速,両判決の分析を進めまして,課題について検討結果を送らせて
495 いただきます。
496 総務課長G:お願いばかりで恐縮ですが,よろしくお願いいたします。他に質問がなければ,本日
497 の会議は終了といたします。
498
499 - 10 -
500
501 【資料2
502 ○
503
504 関係法令】
505
506 地方自治法施行令(昭和22年5月3日政令第16号)(抜粋)
507
508 (指名競争入札)
509 第167条
510
511 地方自治法第234条第2項の規定により指名競争入札によることができる場合は,
512
513 次の各号に掲げる場合とする。
514 一
515
516 工事又は製造の請負,物件の売買その他の契約でその性質又は目的が一般競争入札に適しな
517 いものをするとき。
518
519 二
520
521 その性質又は目的により競争に加わるべき者の数が一般競争入札に付する必要がないと認め
522 られる程度に少数である契約をするとき。
523
524 三
525
526 一般競争入札に付することが不利と認められるとき。
527
528 (随意契約)
529 第167条の2
530
531 地方自治法第234条第2項の規定により随意契約によることができる場合は,
532
533 次に掲げる場合とする。
534 一
535
536 売買,貸借,請負その他の契約でその予定価格(貸借の契約にあつては,予定賃貸借料の年
537 額又は総額)が別表第五上欄(注:左欄)に掲げる契約の種類に応じ同表下欄(注:右欄)に
538 定める額の範囲内において普通地方公共団体の規則で定める額を超えないものをするとき。
539
540 二
541
542 不動産の買入れ又は借入れ,普通地方公共団体が必要とする物品の製造,修理,加工又は納
543 入に使用させるため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しな
544 いものをするとき。
545
546 三,四
547
548 2
549
550 (略)
551
552 五
553
554 緊急の必要により競争入札に付することができないとき。
555
556 六
557
558 競争入札に付することが不利と認められるとき。
559
560 七
561
562 時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき。
563
564 八
565
566 競争入札に付し入札者がないとき,又は再度の入札に付し落札者がないとき。
567
568 九
569
570 落札者が契約を締結しないとき。
571 前項第8号の規定により随意契約による場合は,契約保証金及び履行期限を除くほか,最初競
572
573 争入札に付するときに定めた予定価格その他の条件を変更することができない。
574 3
575
576 第1項第9号の規定により随意契約による場合は,落札金額の制限内でこれを行うものとし,か
577 つ,履行期限を除くほか,最初競争入札に付するときに定めた条件を変更することができない。
578
579 4
580
581 前二項の場合においては,予定価格又は落札金額を分割して計算することができるときに限
582 り,当該価格又は金額の制限内で数人に分割して契約を締結することができる。
583
584 (せり売り)
585 第167条の3
586
587 地方自治法第234条第2項の規定によりせり売りによることができる場合は,
588
589 動産の売払いで当該契約の性質がせり売りに適しているものをする場合とする。
590 別表第五(第167条の2関係)
591 一
592
593 工事又は製造の請負
594
595 都道府県及び指定都市
596
597 250万円
598
599 市町村(指定都市を除く。以下この表において同じ。)
600 130万円
601 二
602 三
603
604 財産の買入れ
605 物件の借入れ
606
607 都道府県及び指定都市
608
609 160万円
610
611 市町村
612
613 80万円
614
615 都道府県及び指定都市
616
617 80万円
618
619 市町村
620
621 40万円
622 - 11 -
623
624 四
625
626 財産の売払い
627
628 都道府県及び指定都市
629
630 50万円
631
632 市町村
633
634 30万円
635
636 五
637
638 物件の貸付け
639
640 六
641
642 前各号に掲げるもの以外 都道府県及び指定都市
643 のもの
644
645 30万円
646 市町村
647
648 100万円
649 50万円
650
651 - 12 -
652
653 【資料3
654 ○
655
656 議会による請求権放棄に関する裁判例】
657
658 適法とする判決:東京高等裁判所平成18年7月20日判決(抜粋)
659 「住民訴訟が提起されたからといって,住民の代表である地方公共団体の議会がその本来の権限
660 に基づいて住民訴訟における個別的な請求に反した議決に出ることまで妨げられるべきものではな
661 い。本件は,
662 (略)損害賠償請求権(注:長に対する地方公共団体の損害賠償請求権)の発生原因の
663 いかんによって放棄の可否を定めた法令はなく,その放棄の可否は,住民の代表である議会が,損
664 害賠償請求権の発生原因,賠償額,債務者の状況,放棄することによる影響・効果等を総合考慮し
665 た上で行う良識ある合理的判断にゆだねられているというほかないのであって,
666 (略)甲町の住民の
667 代表で構成される甲町議会は,本件議案について質疑,討論を行い,民主主義の原則にのっとり,
668 多数決で本件損害賠償請求権を放棄する旨議決したのであるから,本件議決によって本件損害賠償
669 請求権は消滅しており,そのことによって『法治主義に反する状態が続く』ことになるものでもな
670 い。」
671
672 ○
673
674 違法とする判決:大阪高等裁判所平成21年11月27日判決(抜粋)
675 「控訴人(注:乙市長)は,地自法(注:地方自治法)96条1項10号により,権利の放棄が
676 議会の議決事項とされている以上,乙市議会がした本件権利の放棄の議決は当然有効であると主張
677 する。しかし,(略)@(略),A控訴人は上記財務会計行為(注:乙市による乙市の外郭団体(以
678 下「本件各団体」という。)への補助金等の支出)は適法であるとして争っていたところ,原審は,
679 上記財務会計行為の一部は違法であると認定し,乙市の本件各団体に対する不当利得返還請求権,
680 乙市長に対する損害賠償請求権をそれぞれ一部認めたこと(本件権利),B控訴人は,この判決に対
681 して控訴し,控訴審において引き続き上記財務会計上の行為は適法であると主張して争ったところ,
682 当裁判所は平成21年1月21日弁論を終結し,判決言渡期日を同年3月18日と指定したこと,
683 C控訴人は,平成21年2月20日,本件権利の放棄を含む(略)条例を提出し,議会は後記のと
684 おり合理的な理由もないまま本件権利を放棄する旨の決議をなしたこと,D控訴人は,平成21年
685 3月4日,弁論再開の申立てをし,当裁判所は,同月11日弁論を再開する旨の決定をしたこと,
686 E本件権利は,乙市の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為によって乙市が取得した
687 多額の不当利得返還請求権ないし損害賠償請求権であり,この権利の放棄が乙市の財政に与える影
688 響は極めて大きいと考えられること,F議会は,上記権利を放棄する旨の決議をした際,本件と同
689 種の事案(略)等についても,不当利得返還請求権及び損害賠償請求権をいずれも放棄する旨の決
690 議をしたこと,G本件権利及び上記Fの権利を放棄するについて,請求を受けることとなる者の資
691 力等の個別的・具体的な事情について検討された形跡は窺えないことが認められる。
692 (略)住民訴訟の制度が設けられた趣旨,一審で控訴人が敗訴し,これに対する控訴審の判決が
693 予定されていた直前に本件権利の放棄がなされたこと,本件権利の内容・認容額,同種の事件を含
694 めて不当利得返還請求権及び損害賠償請求権を放棄する旨の決議の乙市の財政に対する影響の大き
695 さ,議会が本件権利を放棄する旨の決議をする合理的な理由はなく,放棄の相手方の個別的・具体
696 的な事情の検討もなされていないこと等の事情に照らせば,本件権利を放棄する議会の決議は,地
697 方公共団体の執行機関(市長)が行った違法な財務会計上の行為を放置し,損害の回復を含め,そ
698 の是正の機会を放棄するに等しく,また,本件住民訴訟を無に帰せしめるものであって,地自法に
699 定める住民訴訟の制度を根底から否定するものといわざるを得ず,上記議会の本件権利を放棄する
700 旨の決議は,議決権の濫用に当たり,その効力を有しないものというべきである。」
701
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