1 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)
2 1
3
4 採点の基本方針等
5 本問は,「公道」と「大学」という場所に関する2つの不許可処分をめぐる,対比
6 的な構造をなしている。憲法上の問題となるのは,一方はデモ行進の自由の制約であ
7 り,他方は大学の教室使用の許諾をめぐる平等原則違反である。それゆえ,本問では,
8 憲法第21条第1項,第23条,そして憲法第14条第1項が関連することになるが,
9 いずれも全ての受験生が相当程度勉強をしていると考えられる分野であるといってよ
10 い。
11 まず,問題の事案をよく読み,どのような行為が何によってどのように制約された
12 のかを正確に把握することが肝要である。関連する憲法上の条文の解釈,デモ行進の
13 自由に関する重要判例,大学の自治に関する重要判例の正確な理解,かつ,それらの
14 判例における事案と本問の事案との相違等を踏まえて判断枠組みを構築した上で,本
15 問事案に対する具体的検討を行い,一定の説得力のある妥当な解決を導き出すことが
16 求められている。
17 採点においては,条文及び判例についての正確な理解がなされ,事案に対する個別
18 的・具体的検討がなされているか,そして,実務家として必要とされる法的思考及び
19 法的論述ができているかに重点を置いた。
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21 2
22
23 採点実感
24 各委員からの意見を踏まえ,答案として気にかかったものを中心に述べることにす
25 る。
26 (1) 問題の読み取りの不十分さ
27 問題文をきちんと読めていない答案が,散見された。例えば,設問自体に「条文
28 の漠然性及び過度の広汎性の問題は論じなくてよい。」と記載されているにもかか
29 わらず,「平穏な生活環境を害する行為,商業活動に支障を来す行為という規定は,
30 抽象的で広すぎるから違憲である」などと述べる答案,あるいは,拡声器の不使用
31 ・ビラの不配布・ゴミの不投棄というA側の自主規律を,B県公安委員会の付した
32 条件と誤読した答案などが見られた。問題文の内容を正確に読み取ることは,まず
33 もって,解答者にとって必須の能力というべきであろう。
34 また,Aの抗議内容をそのまま引用しつつ,デモ行進の不許可処分を内容規制で
35 あると断じる答案が相当数あった。しかし,当該不許可処分に至る状況説明は表現
36 内容に関係のない理由を示しているのであるから,A側の主張としてであっても,
37 内容規制と位置付けるためには,きちんとした説明が必要である。その説明なしに,
38 Aの主観的な抗議内容をそのまま法的主張とすることには問題がある。
39 (2) 対比的構造
40 2つの不許可処分の対象となる主体はいずれもAであり,両処分は連続してもい
41 る。しかし,その場所も,これに関係する規定(条例と規則)も異なっている。こ
42 の対比的な構造を明確に意識している答案は少なく,平板ないし並列的に論ずる答
43 案が多くを占めていた。
44 また,その場所がパブリック・フォーラム(PF)であるか否かを意識した答案
45 はほとんど見られず,道路が伝統的なPFであることを指摘する答案は少なかった。
46
47 -1-
48
49 他方で,大学の教室はPFである,と誤って論じている答案もあった。
50 (3) 制約される憲法上の権利
51 Aらの行為が憲法上の権利として保障されることについて,条文の文言との関係
52 に留意しないまま論じている答案が一定数見られた。憲法解釈は条文の解釈でもあ
53 ることを忘れないでほしい。
54 デモ行進の現代的意義について丁寧に論じる答案が多く見られたのは好印象であ
55 ったが,他方で,表現の自由の性質の論述では,「自己統治,自己実現を支えるか
56 ら重要な人権である」という紋切り型のものが多かったことは,学習内容の問題性
57 を示してもいる。
58 (4) 条例の違憲性
59 条例自体の違憲性を主張する場合には,条例の事前許可制と付随的規制が問題と
60 なる。付随的規制について論じた答案は,ほとんどなかった。内容規制なのか内容
61 中立規制なのかを自分なりに論じた上で判断枠組みを検討するなど意欲的な答案も,
62 少数ではあるが,見られた。
63 事前許可制に関しては,届出制に近い許可制であるか否かが問題となるが,許可
64 制をとっていることをもって直ちに条例違憲とするなど,関連する判例等も踏まえ
65 ずに極端な見解をとる答案が散見された。表現の自由は重要だから厳格審査という
66 パターン化した答案,あるいは,「厳格審査の基準」を選択するにせよ「中間審査
67 の基準」を選択するにせよ,それを選ぶ具体的な説明を書いていない答案やこれら
68 の基準の正確な理解を欠く答案が多く,本問の具体的事案における問題の所在を把
69 握した上で判断枠組みを構築しようとする答案が少なかった。
70 本問では,一般論としてのデモ行進が有する意義に加えて,Aらが計画したデモ
71 行進が「格差の是正」を訴えるものであったという具体的な事実に着目してその意
72 義を論じることによって,審査基準の厳格度に関する選択に説得力が出てくるが,
73 そのような答案は多くはなかった。具体的事案を踏まえた,柔軟で説得力ある論理
74 構成を望みたい。
75 また,泉佐野市民会館事件判決を前提とする答案もあったが,屋内施設(市民会
76 館)と道路との差を意識的に踏まえていた答案は少なく,著名判決等は知りつつも,
77 個別事例への応用を前提とした理解が不足している感を覚えた。
78 処分違憲の主張においては,2回目のデモ行進と3回目のデモ行進における本質
79 的な差異をきちんと論じる必要があるところ,そこが不十分な答案も多かった。市
80 民生活の平穏と商業活動に及ぼす弊害の防止を理由とする付随的規制が問題となる
81 が,付随的規制であることを意識している答案は,少なかった。それらの「弊害」
82 防止の必要性,デモ行進の重要性,さらにデモ行進の中止以外の手段による弊害の
83 防止の可能性を十分に検討することなく,観念的,抽象的に断定する答案が少なか
84 らず見られた。実務法曹には,様々な利益をしっかりと衡量するという視点が常に
85 求められる。
86 (5) 教室使用不許可処分
87 残念ながら,Aが教室の使用請求権を当然に有するとしている答案,学生に教室
88 使用の権利が保障されているとする答案,一般的な表現の自由や学問の自由の規制
89 として処理しようとする答案などが相当数あり,平等原則違反の観点から指摘でき
90 た答案は少なかった。平等原則を論じている答案でも,使用目的等の比較検討にお
91
92 -2-
93
94 いて経済学部ゼミと憲法ゼミの違いに関する個別的・具体的検討が必要不可欠であ
95 るのに,例えば,経済学は非政治的であるが憲法学は政治的側面が強いなどと,表
96 面的な指摘に止まる答案が少なくなかった。
97 また,教室使用不許可処分の違法(違憲)の主張に対するB県側の反論として,
98 いわゆる「部分社会の法理」を挙げたものがあった。「部分社会の法理」は,本問
99 事案における反論として説得的であるとは思われない。
100 なお,本問における不許可処分には,学問の自由を制度的に保障するための大学
101 の自治という定式と異なり,大学の自治と学問の自由が対立する構図が存在してい
102 る。この点を論じるよう求めていたわけではないが,この問題に気付き,この点を
103 指摘する答案が少数ながらあった。当該受験生の憲法感覚の鋭敏さを示すものとし
104 て賞賛したい。
105 (6) 原告側主張―反論―あなた自身の見解
106 限られた時間の中で各論点をバランス良く論じている優れた答案も少数ながらあ
107 ったものの,全体としては,本問を論述するに際して当然の前提とすべき事実を厚
108 く論証し,事案解決のために論ずべき事項について十分な論証ができていない答案,
109 設問2の論述が極端に簡略な答案など,構成のバランスを欠く答案が一定程度見ら
110 れた。時間不足ということもあったように思われるが,2つの不許可処分を対比す
111 るという出題意図や,それぞれの不許可処分について憲法論として論じるべきポイ
112 ントがうまく捉え切れていないことが,そうしたバランスの悪さの根本的な要因で
113 あるように思われる。
114 また,原告側の主張を十分に論じていないものや原告の主張内容が極端な答案,
115 真に対立軸となるような反論のポイントを示していない答案,原告側の主張と反論
116 という双方の議論を受けて「あなた自身の見解」を十分に展開していない答案が少
117 なくなく,これまでの採点実感をきちんと読んでいないのではないかと思われた。
118 ただし,「あなた自身の見解」において,原告あるいは被告と「同じ意見」といっ
119 た記述は,なくなってはいないが,従前に比べると少なくなったこと,そしてB県
120 側の「反論」について,従前に比べてポイントのみを簡潔に論じる答案が多くなっ
121 てきていることは,喜ばしいことである。
122 なお,取り分け原告側の主張において「正当化」という見出しを付けて記述する
123 ことは,適切ではない。原告側が行うのは,「違憲の主張」である。
124 (7) 答案の書き方等
125 毎年のように採点実感で指摘しているためか,判断枠組みを前提として事案を検
126 討する際に,「当てはめ」という言葉を使用する答案は少なくなっている。他方で,
127 「当てはめ」という言葉を使って機械的な「当てはめ」を行う答案の問題性が,際
128 立つ。また,これも度々指摘しているが,行頭・行末を不必要に空けて書く答案は,
129 少なくなってきてはいるが,いまだに存在する。
130 字が読みにくい答案ばかりでなく,漢字の間違いが多く見られたのは,残念なこ
131 とである。緊張し,しかも時間に追われるので,字が乱雑になってしまいがちであ
132 ることは十分に理解できるが,やはり丁寧な字で書くことは基本的なマナーである。
133 受験者は,平素から,答案は読まれるために書くもの,という意識を持ってほしい。
134 3
135
136 答案の水準
137
138 -3-
139
140 以上の採点実感を前提に,「優秀」「良好」「一応の水準」「不良」という四つの答案
141 の水準を示すと,以下のとおりである。
142 「優秀」と認められる答案とは,設問の対比的構造を的確に捉えた上で,デモ行進
143 の自由を憲法第21条第1項においてきちんと位置付け,第3回目のデモ行進の不許
144 可処分の合憲性を争うところでは,付随的規制であることとその特性,そして設問に
145 おける個別的・具体的事案に即した検討ができているものであり,条例の違憲性,事
146 前許可制の合憲性を争うところでは,関連する判例を踏まえつつ,判例における事案
147 と設問との違いを踏まえた検討を行い,教室使用不許可処分に関しては,それが平等
148 の問題であることを明確に位置付け,県立大学とその学生,経済学部のゼミと法学部
149 憲法ゼミ,評論家と県会議員という対立軸をはっきりとさせて,両者の相違について
150 十分に検討し,上記の検討を踏まえて一定の筋道の通った結論を導き出している答案
151 である。
152 「良好」な水準に達している答案とは,検討すべき重要かつ必要な事項の全てに関
153 して言及できているわけではないものの,おおよその点について,判断枠組みと事案
154 に即した個別的・具体的検討がそれなりに行われている答案である。
155 「一応の水準」に達している答案とは,最低限押さえるべき憲法第21条第1項論
156 と憲法第14条第1項論が述べられるとともに,事案に即した個別的・具体的検討が
157 少なくとも実質的には論じられていて,議論の筋道がある程度通っている答案である。
158 「不良」と認められる答案とは,憲法上の問題点を取り違えている上に,事実の摘
159 示がおざなりであったり,観念的・定型的な記述に終始したりしているものである。
160 4
161
162 今後の法科大学院教育に求めるもの
163 判例の射程範囲が理解できていない答案が目立った。法科大学院では,実務法曹を
164 養成するための教育がなされているわけであるが,その一つの核をなすのは判例であ
165 る。学生に教えるに当たって,判例への「近づき方」が問われているように思われる。
166 判例の「内側」に入ろうとせずに「外在的な批判」に終始することも,他方で,判例
167 をなぞったような解説に終始することも,適切ではないであろう。判例を尊重しつつ,
168 「地に足を付けた」検討が必要であるように思われる。判例の正確な理解,事案との
169 関係を踏まえた当該判例の射程範囲の確認,判例における問題点を考えさせる学習の
170 一層の深化によって,学生の理解力と論理的思考力の養成がますます適切に行われる
171 ことを期待したい。
172
173 -4-
174
175 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第2問)
176 1
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178 2
179
180 出題の趣旨
181 別途公表している「出題の趣旨」を,参照いただきたい。
182 採点方針
183 採点に当たり重視していることは,問題文の基本的な事実関係を把握し,関係法令
184 の趣旨・構造を正確に読み解いた上で,問いに対して的確に答えることができている
185 か,基本的な判例等の正確な理解に基づいて,相応の言及をすることのできる応用能
186 力を有しているか,事案を解決するに当たっての論理的な思考過程を,端的に分かり
187 やすく整理・構成し,本件の具体的事情を踏まえた説得力のある法律論を展開するこ
188 とができているか,という点である。決して知識の量に重点を置くものではない。
189
190 3 答案に求められる水準
191 (1) 設問1
192 問題文及び法律事務所の会議録からC県側の主張を正確に理解した上で,B土地
193 区画整理組合(以下「本件組合」という。)の法的性格,賦課金の新設を内容とす
194 る定款変更(以下「本件定款変更」という。)の認可(以下「本件認可」という。)
195 の具体的な法的効果を分析し,関係法令の規定を適切に挙げながら,本件認可の処
196 分性について,丁寧に説得的に論じているかに応じて,優秀度ないし良好度を判定
197 した。
198 C県側が本件認可の処分性を否定する論拠として,内部行為論と紛争の成熟性の
199 欠如の二つを挙げていることに言及した上で,組合員に対する賦課金の賦課に着目
200 することにより,それぞれに対して反論の可能性があることを理解できていれば,
201 一応の水準の答案とした。加えて,C県側が本件組合を下級行政機関と主張する根
202 拠を具体的に挙げるとともに,賦課金の仕組みを具体的に考察して処分性の検討に
203 つなげていれば,良好な答案と判定した。さらに,C県側が主張する組合の行政主
204 体性の根拠を多面的に分析するとともに,条例制定行為には処分性が認められず,
205 また,条例制定行為と本件認可とは同様の性質を有するというC県側の主張につい
206 て,反論を具体的に検討することができていれば,優秀な答案と判定した。
207 (2) 設問2
208 本件認可の適法性について,関係法令の規定を正確に挙げ,本件の具体的事情と
209 どれだけ的確に結び付けて論じているか,適法とする法律論及び違法とする法律論
210 として考えられるものを示しつつ,複眼的な検討を踏まえて説得的に論じているか
211 に応じて,優秀度ないし良好度を判定した。
212 事業施行に必要な経済的基礎・能力の欠如,書面議決の取扱いに関する違法性,
213 賦課金免除の違法性のそれぞれについて,検討の前提となる関係法令の規定を正確
214 に挙げて論じていれば,一応の水準の答案,それらについて,本件の具体的事情に
215 即した法律論の提示がある程度できていれば,良好な答案,さらに詳細かつ説得的
216 に論じるとともに,賦課金の算定方法が本件定款変更そのものではなく,賦課金実
217 施要綱(以下「本件要綱」という。)によって定められているため,算定方法の違
218 法性は本件認可の違法性をもたらさないのではないかという問題について説得的に
219
220 -5-
221
222 論じられていれば,優秀な答案と判定した。
223 4
224
225 採点実感
226 以下は,考査委員から寄せられた主要な意見をまとめたものである。
227 (1) 全体的印象
228 ・ 雑に書き殴った字,極端に小さい字,極端な癖字など,判読困難な答案が相変
229 わらず多く,中には「適法」と書いたのか「違法」と書いたのかすら分からない
230 ものもあった。例年繰り返し指摘しているところであるが,受験者が答案作成を
231 するに当たっては,もとより読み手を意識しなければならないのであり,この点,
232 強く改善を求めたい。
233 ・ 誤字が多いもの,必要以上にひらがな・カタカナを多用しているもの,主語と
234 述語が呼応していないもの,表現が極端な口語調であるなど稚拙なもの,冗長で
235 言いたいことが分かりづらいものなど,文書作成能力自体に疑問を抱かざるを得
236 ない答案が相当数見られた。
237 ・ 関係法令の規定に言及する場面で,単純な文理解釈を誤っている答案や,条文
238 の引用が不正確な答案(項・号の記載に誤りがあるなど)が少なくなかった。ま
239 た,関係しそうな条文を,よく考えずに単に羅列しただけの答案も散見された。
240 このような答案は,条文解釈の姿勢を疑わせることになる。
241 ・ 関係法令の規定を正確に読まないまま解答し,本来適用されるべき規範と全く
242 関係のない議論をしている答案が散見された。法律実務家を目指す以上,適用さ
243 れる条文を正確に踏まえた議論をすることが必要である。
244 ・ 問題文で丁寧に解答すべき課題を提示しているにもかかわらず,前提を誤解し
245 たり,設問の指示に従わない答案がかなり多く見られた。当然のことであるが,
246 まずもって,設問をよく読み,正しく理解した上で答案を作成することが求めら
247 れる。
248 ・ 問題文から離れた一般論・抽象論の展開に終始している答案が相変わらず多く
249 見られた。設問と関係なく知識を披瀝しただけの答案には決して高い評価が与え
250 られないことを改めて認識すべきである。
251 ・ 会議録からの引き写しと,一般的・概括的な判断枠組みとの組合せから直ちに
252 結論を導くような,検討の実質が伴わない答案が多く見られた。関係する条文と,
253 その趣旨に関する理解をも組み合わせた上で,丁寧に論じることが求められる。
254 ・ 設問1の検討に時間を要したためか,設問2については,根拠を挙げることな
255 しに結論だけを書いた答案が少なくなかった。
256 (2) 設問1
257 ・ 内部行為論と紛争の成熟性の欠如について,相互の論理的・機能的関係を的確
258 に把握していないと思われる答案が相当数あった。
259 ・ 土地区画整理法(以下「法」という。)第25条第1項を本件組合が行政主体
260 ではないことの根拠として挙げる答案が多かった。強制加入制という,民間団体
261 には通常見られない例外的な仕組みになっていることにも注意すべきである。
262 ・ 処分性の定式を記載するにとどまり,法令の規定に関する分析が不足している
263 答案が見られた。処分性の判断に当たっては,関係法令に照らして,本件認可の
264 法的効果を具体的に分析することが必要である。
265
266 -6-
267
268 ・
269
270 法第53条第1項は,組合施行の場合にも条例で施行規程を定めることとして
271 いると誤解して記述するなど,関係法令や会議録の記載を正確に読んでいないと
272 思われる答案が散見された。
273 ・ 内部行為論や紛争の成熟性の欠如といった論点自体については,大多数の受験
274 者が基本的に理解していた。自らの思考過程を的確に文章にして表現する力が,
275 答案の出来に大きく影響していたように思われる。
276 (3) 設問2
277 ・ 全体として,「本件認可は適法か」と問われているにもかかわらず,単に「適
278 法とする法律論」と「違法とする法律論」を併記しただけで,自らの見解を示さ
279 ない答案がかなり多く見られた。他方,適法・違法の両論に目配りしながら論ず
280 ることが求められているのに,自説の展開だけにとどまって,反対説については
281 ほとんど考慮していない答案も相当数見られた。
282 ・ 事実関係に対して法的評価を加える際に,問題文に示された事実関係の一部を
283 そのまま抜き書きした上で,直ちに適法又は違法との結論を導く答案が少なくな
284 かった。それらの事実がなぜ適法又は違法と評価されるのかについて,一歩踏み
285 込んで自分の言葉で説明することが必要である。
286 ・ 本件認可の根拠規定に触れることもなく,いきなり裁量論を展開する答案や,
287 関係法令の規定を挙げることなく,本件組合の施行する土地区画整理事業の破綻
288 の有無や賦課金の算定方法の平等原則違反の有無のみを論じているなど,条文解
289 釈の姿勢が乏しい答案が散見された。
290 ・ 白紙の書面議決書に後で賛成の記載を施したという点だけを捉えて,不公正で
291 違法であると論じるなど,理由付けが不備な答案が散見された。
292 ・ 賦課金の算定方法が本件定款変更そのものではなく,本件要綱によって定めら
293 れていることの指摘はできているものの,違法性の承継の議論と無理に結び付け
294 て論じている答案が相当数見られた。
295 5
296
297 今後の法科大学院教育に求めるもの
298 法律の規定を正確に理解する訓練を重ねた上で,与えられた命題に対し,条文に則
299 して適切な見解を引き出すことができる能力,自らの論理的な思考過程を的確に文章
300 にして表現する能力を習得させるという視点に立った教育を求めたい。
301 大多数の答案からは,本問で論ずべき主な論点の内容自体について基本的な知識・
302 理解を有していることがうかがわれ,この点,法科大学院教育の成果を認めることが
303 できた。しかしながら,各設問における具体的な論述内容を見ると,問題文から離れ
304 た一般論・抽象論の展開に終始している答案や,会議録から抜き書きした事実関係と
305 一般論とを単純に組み合わせただけで直ちに結論を導くような,条文解釈の姿勢に欠
306 ける,問題意識の乏しい答案が,相変わらず数多く見られた。法律実務家に求められ
307 るのは,法律解釈による規範の定立と,丁寧な事実の拾い出しによる当てはめを通じ
308 た,具体的事案の分析・解決の能力であり,こうした地に足のついた議論が展開でき
309 る法曹を育てることを求めたい。
310
311 -7-
312
313 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(民事系科目第1問)
314 1
315
316 出題の趣旨等
317 出題の趣旨及び狙いは,既に公表した出題の趣旨〔「平成25年司法試験論文式試
318 験問題出題趣旨【民事系科目】〔第1問〕」)のとおりである。
319
320 2
321
322 採点方針
323 採点は,従来と同様,受験者の能力を多面的に測ることを目標とした。
324 具体的には,民法上の問題についての基礎的な理解とともに,その応用を的確にす
325 ることができるかどうかを問うこととし,制度の趣旨を踏まえ妥当と認められる解決
326 を説明する能力,当事者間に生じた事態について法律関係の正確な理解に基づき分析
327 する能力及び事案の解決において参考となる判例の趣旨を理解して事案との比較検討
328 を的確に行う能力などを試そうとするものである。
329 その際,単に知識を確認するにとどまらず,掘り下げた考察をしてそれを明確に表
330 現する能力,論理的に一貫した考察を行う能力,及び具体的事実を注意深く分析した
331 上で法的観点から評価する能力を確かめることとした。
332 これらを実現するために,1つの設問に複数の採点項目を設け,採点項目ごとに適
333 切な考察が行われているかどうか,その考察がどの程度適切なものかに応じて点を与
334 えることとしたことも,従来と異ならない。
335 さらに,複数の論点について表面的に言及する答案よりも,考察の重要箇所におい
336 て周到確実な論述をし,又は創意工夫に富む答案が,法的思考能力の優れていること
337 を示していると考えられることがある。そのため,採点項目ごとの評価に加えて,答
338 案を全体として評価し,論述の緻密さや周到さの程度や構成の明快さの程度に応じて
339 も点数を与えることとした。これらにより,ある設問について考察力や法的思考能力
340 の高さが示されている答案には,別の設問について必要なものの一部の検討がなく,
341 そのことにより知識や理解が不足することがうかがわれるとしても,そのことから直
342 ちに答案の全体が低い評価となるものとはならないようにした。また反対に,論理的
343 に矛盾する構成をするなど,法的思考能力に問題があることがうかがわれる答案につ
344 いては,低く評価することとした。なお,全体として適切な得点分布が実現されるよ
345 う努めた。以上の点も,従来と同様である。
346
347 3
348
349 採点実感
350 各設問について,この後の(1)から(3)までにおいて,それぞれ全般的な採点実感を
351 紹介し,また,それを踏まえ,司法試験考査委員会議申合せ事項にいう「優秀」,「良
352 好」,「一応の水準」及び「不良」の4つの区分に照らし,例えばどのような答案がそ
353 れぞれの区分に該当するかについて示すこととする。ただし,これらは各区分に該当
354 する答案の例であって,これらのほかに各区分に該当する答案はあり,それらは多様
355 である。
356 また,答案の全体的傾向から感じられたことについては,(4)で紹介することとする。
357 (1) 設問1について
358 ア 設問1の全般的な採点実感
359 設問1は,保証契約の要式性を題材とし,無権代理人が作成した保証契約書で
360
361 -8-
362
363 あっても要式性を満たす場合があるのか否かを問題とするものであり,判例や学
364 説によって未だ十分には議論されていない問題について,自らの見解を説得的に
365 展開する能力を問う問題である。議論が熟していない論点であり,様々の結論が
366 あり得るが,立法趣旨を的確に把握し,それからの論理的な演繹により規範を定
367 立し,さらに,本問の具体的事実を丁寧に当てはめて論述することが求められる。
368 実際に作成された答案は,契約内容を明確にして確認し,保証意思を外部的に
369 も明らかにすることを通じて保証を慎重ならしめる等との立法趣旨を指摘した上
370 で,Cは書面を見て追認したのであるから立法趣旨に反するところはないとする
371 ものがほとんどであった。他方で,上記の立法趣旨からは,あくまでもC本人が
372 書面を作成することが必要であり追認したのみでは足りないとの結論も可能であ
373 り,実際,このような答案も少なからず見受けられた。
374 このように立法趣旨に着眼することは必要であるとしても,立法趣旨のみから
375 一義的な結論を論理的に導くことにはやや不自然さが残るものであり,そのこと
376 を自覚して,一部の答案は,立法趣旨からの説明を詳しくしたり事実関係を丁寧
377 に検討したりする等の工夫をしていた。
378 その反面において,立法趣旨と結論とを平板に併記するにとどまる答案も多か
379 った。例えば,保証契約の内容について保証人に明確な理解があるということの
380 みを根拠にして保証契約を有効と見るという推論は,極端には,一切書面がない
381 場合でも明確な理解があるからよい,ということになりかねない。法解釈として
382 は,最終的には,書面の要件に結び付けて論じる必要があり,その工夫が不十分
383 なものも見られた。通り一遍の説明で満足するのではなく,辛抱強く緻密に論理
384 の流れを追求する態度を望みたい。
385 なお,設問1では,上記の論点以外にも,無権代理人による契約の効力につい
386 て論じるべきであるが,必要以上に詳細に検討する答案や,逆に,全く言及しな
387 いものも散見された。問題点を網羅的に指摘しつつも,その重要性に応じて適切
388 なバランスによって論述する能力も求めたい。また,ごく少数ではあったが,無
389 権代理人による契約でも追認によって有効となる旨を指摘した上で,そのことの
390 みから書面も有効となるとする答案があった。無権代理人による契約の効果を本
391 人に帰属させるための要件と,要式性を満たすための要件とは区別するべきであ
392 るから,このような論述では要式性の検討として不十分である。
393 なお,用語法に関する注意として,保証債務は,「主たる債務」が履行されな
394 い場合において履行を求められるものである。これを「被担保債務」とするもの
395 が見られた。
396 イ 答案の例
397 優秀に該当する答案の例としては,上記の立法趣旨から原則として本人が作成
398 した書面による保証意思の確認が必要であるとし,しかし,本問では,Cは経緯
399 の説明を受けて書面を見た上で追認したことを指摘し,この追認には書面を認め
400 る趣旨も含まれていると解釈して本人が作成した書面と同視することができると
401 するものや,民法第446条第2項は,その文言に照らしても,代理による保証
402 契約の締結の場合に必ずしも本人による書面の作成を要求するものではないとし
403 た上で,無権代理の追認の場合に書面性の要件を満たすためには,上記の立法趣
404 旨に照らし,本人が自ら書面の内容を確認した上で追認することを要求すべきで
405
406 -9-
407
408 あるとする解釈をして,保証契約の有効な成立を認めたものがあった。また,結
409 論は逆ではあるが,上記の立法趣旨から本人が主体的に書面を作成したことが必
410 要であるとし,本問ではCは追認しているものの,C自身が主体的に書面を作成
411 したものではないことを指摘し,さらに,追認の際に新たに書面を作成すること
412 もできたはずであるとして,保証契約の効力を認めない答案も,前例と同様に,
413 立法趣旨と結論との論理的関連に配慮したものと評価することができる。
414 良好に該当する答案の例は,立法趣旨と結論とを論理的に結び付けようと努力
415 はしているものの説得力が十分ではないものである。例えば,上記の立法趣旨か
416 ら原則として本人が作成した書面が必要であるとしつつ,本問での状況を詳しく
417 述べた上で「したがって例外的に有効としてよい」とするもの等があった。
418 一応の水準に該当する答案の例は,立法趣旨は的確に指摘するものの深く検討
419 することなく,本問では書面を見た上で追認したのであるから「立法趣旨に反す
420 るところはない」等とするものである。
421 不良に該当する答案の例は,立法趣旨について単に「保証人保護」とする等そ
422 もそも立法趣旨を的確に指摘することができていないものや,前述のように,契
423 約の効果を本人に帰属させるための要件と要式性を充足するための要件とを区別
424 しないで「追認により契約の効果はCに及び,書面も有効となる等と論述するも
425 のである。
426 (2) 設問2について
427 ア 設問2の全般的な採点実感
428 設問2は,賃借物が破損した場合において,その破損が生じた原因が,賃借人
429 Fからその内装工事の発注を受けたHの過失にあるケースを題材として,債務不
430 履行責任に関する基本的な理解を問うものである。そこでは,債務不履行を理由
431 とする損害賠償請求(民法第415条)の基本的な要件構成を踏まえて,本問の
432 ように履行補助者が使用される場合に,債務者である賃借人Fが責任を免れるこ
433 とができないとすれば,それはなぜであり,責任を免れることができるとすれば,
434 それはなぜであるかを的確に説明し,その当否を論じることが求められる。
435 実際に作成された答案も,賃借人Fが善良な管理者の注意をもって賃借物を保
436 管する義務を負い,賃借人Fが使用した履行補助者Hの行為によってこの義務に
437 違反していることを適切に見極め,債務の不履行,損害の発生,その間の因果関
438 係という要件が備わるとした上で,債務者である賃借人Fに責めに帰すべき事由
439 があるといえるかどうかを論じるものが多く見られた。しかし,他方で,債務不
440 履行責任には一切言及せず,不法行為責任や事務管理を理由とする費用償還請求,
441 不当利得返還請求のみを検討する答案も相当数見られた。また,履行補助者責任
442 に言及する答案の中でも,検討の結果,本問のHは履行補助者に当たらないとす
443 るものも少なからず見られた。これは,債務者に対して独立性を持たない者が引
444 渡しや役務提供等の典型的な給付を債務者に代わって行うのが履行補助者である
445 という,言葉の語感に由来すると思われるイメージに引きずられているためであ
446 ると考えられる。しかし,履行補助者とは,債務者が債務の履行のために使用す
447 る者であり,使用者責任と異なり,補助者と債務者の間に支配・従属関係が存在
448 する必要はない。このような基本的概念の意味についてすら,注意をして学んで
449 いない形跡がうかがわれたことは残念というほかない。
450
451 - 10 -
452
453 また,実際の答案では,債務不履行責任の要件を明示し,それぞれの意味と基
454 準を明らかにして,本問の事実がそれに該当するかどうかを検討するものが多く
455 見られた一方で,要件とその意味や基準を明確に示さないまま,本問に含まれる
456 事情を列挙して,賃借人Fが責任を負うかどうかを論じるものが相当数見られた。
457 本問で問題となる賃借物の保管義務はいわゆる手段債務であり,債務不履行とい
458 う要件と責めに帰すべき事由の不存在という要件が表裏一体の仕方で問題となる
459 という特徴があるとしても,そもそもどの要件の問題を論じているかすら判然と
460 しない答案が少なからず見られたことは,法解釈の基本的な素養が十分に身に付
461 いていないことをうかがわせるものであり,問題が大きいと感じられた。
462 本問の中心は,以上のように履行補助者責任が問題になるとして,賃借人Fが損
463 害賠償責任を免れることができないとすれば,それはなぜであり,責任を免れる
464 ことができるとすれば,それはなぜであるかを的確に説明し,その当否を論じる
465 ところにある。この点については,伝統的通説とそれに対する近時の批判理論を
466 始め,かねてから盛んに議論されてきたところであるが,いずれの見解によると
467 しても,履行補助者責任が認められるための考え方を説得的に提示することがで
468 きていれば足り,それに即して本問に含まれる事実を適切に評価し,それぞれの
469 主張を基礎付けることが求められていた。
470 もっとも,実際の答案では,このような観点から適切に論じることができてい
471 るものばかりではなく,例えば,Hの故意・過失は信義則上債務者Fの故意・過
472 失と同視することができるとのみ述べるものや,Hは独立の事業者なので賃借人
473 Fは責任を負わない,あるいはFはHによって利益を得るので責任を負うべきで
474 あるとのみ述べるものなどが見られた。履行補助者責任をめぐる従来の議論を踏
475 まえて論じていると見られるものは多くなく,伝統的通説による類型分けですら,
476 言及していないものが見られた。履行代行者という用語を用いる答案でも,何ら
477 の類型分けもしないまま,債務者はおよそ責任を負わないとのみ述べたり,債務
478 者はおよそ選任・監督上の責任を負うにとどまると述べたりするものもあった。
479 履行補助者責任は,債務不履行責任の基本的な考え方の当否が試されるいわば試
480 金石に相当する問題であり,教材とされる文献などにおいても必ず一定の紙幅を
481 割いて説明される重要問題の1つであり,丁寧に学んでおくことを望みたい。
482 なお,賃借人Fに対する請求の根拠としては,ほかにも,不法行為に基づく損
483 害賠償請求,事務管理による費用償還請求,不当利得返還請求等も考えられる。
484 これらについて言及する答案でも,その内容が適切である限り,相応の評価を与
485 えることとした。
486 このうち,不法行為に基づく損害賠償請求に関しては,本問では,民法第71
487 6条が適用されると考えられるが,注文者に当たるFには「注文又は指図」につ
488 いて「過失」があったことはうかがわれない。実際の答案では,このように的確
489 に指摘するものも少なくなかったが,Hが「被用者」といえるかどうかに意を払
490 わないまま民法第715条の使用者責任を認めたり,これらの特則に言及しない
491 まま,民法第709条の不法行為責任のみを論じたりするものもあった。民法第
492 709条の「過失」の中で,履行補助者責任論を展開するものも見られ,基本的
493 な体系理解に問題を抱えていることもうかがわれる。
494 これに対して,事務管理による費用償還請求と不当利得返還請求については,
495
496 - 11 -
497
498 賃貸人Bが本件の亀裂を修繕する義務を負わず,むしろ賃借人Fが修繕する義務
499 を負うかどうかが中心問題となる。実際の答案では,このことを正確に理解して
500 論じるものも見られたが,特に不当利得返還請求について,経済的な利益の有無
501 のみを論じたり,いずれかの当事者が利益を得ることが公平に反するとのみ述べ
502 たりするものも相当数にのぼった。法定債権関係に関する規定は,答案ではしば
503 しば援用されるものの,正確に理解しないまま素朴なイメージに従って論じるも
504 のが少なくなく,問題が大きいと感じられる。
505 なお,用語法にも関連する注意として,履行補助者の概念を論ずるべきところ
506 を「履行補助者的な立場にある者」とする答案が散見された。このような曖昧な
507 表現は,避けることが望まれる。
508 イ 答案の例
509 優秀に該当する答案の例は,本問では,賃借物の保管義務違反という債務不履
510 行を理由とする損害賠償請求(民法第415条)が考えられることを指摘し,そ
511 のための要件とその意味を正確に示した上で,特に責めに帰すべき事由の不存在
512 という要件に関して履行補助者責任が問題になることを指摘し,債務者が責任を
513 免れ,又は責任を負うべき理由を論じた上で,それに即して本問における賃借人
514 Fの責任の有無を検討するものである。
515 良好に該当する答案の例は,本問では,賃借物の保管義務違反という債務不履
516 行を理由とする損害賠償請求(民法第415条)が考えられることを指摘し,そ
517 のための要件を示した上で,特に履行補助者責任に相当するものが問題になるこ
518 とは指摘しているものの,その要件上の位置付けが不明確であったり,履行補助
519 者責任を基礎付ける理由や要件として考えられるものの提示が不正確ないし不十
520 分であったりするものである。
521 一応の水準に該当する答案の例は,本問では,賃借人の債務不履行を理由とす
522 る損害賠償請求(民法第415条)が考えられることを指摘し,そのための主要
523 な要件を示してはいるものの,Hが履行補助者として位置付けられることについ
524 て明言しないか,不正確にしか言及しないまま,Hが亀裂を生じさせたこととの
525 関係で賃借人Fに責任が認められるかどうかについて,本問に含まれる事実を手
526 掛かりとして検討するものである。
527 不良に該当する答案の例は,債務不履行を理由とする損害賠償請求に一切言及
528 せず,他の構成のみを取り上げ,しかも,その理解に不正確ないし不明確な点が
529 含まれるものである。
530 (3) 設問3について
531 ア 設問3の全般的な採点実感
532 設問3は,まず,必要費償還請求権の成立要件について理解した上,それを事
533 案に当てはめて結論を導く能力を問い,次に,【参考】判例を理解した上,その
534 射程を検討し,あるいは,判例法理を的確に批判することによって,事案に応じ
535 たルールを作成し,当てはめる能力を問うものである。
536 前半部分については,@事案を示し,A条文を適切に提示した上,B必要費の
537 定義を明らかにすることにより要件をきちんと明らかにした上で,C結論を導く
538 必要がある。実際には,Bが欠ける答案が見られた。また,事務管理・不当利得
539 について論じる答案が幾つか見られたが,民法第608条第1項に明文規定があ
540
541 - 12 -
542
543 るからには,そちらを挙げるべきである。
544 後半部分については,単に【参考】判例と本問とでは事案が異なるから,Dの
545 依拠する判例法理が本問には適用されないとするにとどまる答案が見られた。【参
546 考】判例の事案におけるどのような特徴が判旨の示すルールの前提となっている
547 のかを論理的に明らかにし,その特徴がどのように変化すれば,ルールがどのよ
548 うに変化するのかを明らかにしなければならない。そして,本問の事案において
549 は,どのようなルールが適用され,その結果,Gの主張に沿う結論となることを
550 示す必要がある。相殺を認めるのであれば,なぜ相殺が認められるのかを,物上
551 代位との優劣だけでなく,相殺の要件に照らして示すことが求められる。
552 また,相殺のほかにも,Gに同時履行の抗弁権があること,あるいは,必要費
553 に対応する部分につき賃料債権が発生しないことなどを論じる答案もあったが,
554 それらには適切な評価を与えた。しかし,そのときも,同時履行の抗弁権があれ
555 ばどうなるのかまで,きちんと論じる必要があることは同様である。
556 さらに,【参考】判例の示したルールを,その射程を限定するのではなく,根
557 本的に批判する答案もあったが,これについても適切な評価を与えた。しかし,
558 そのときも,そうであるならばいかなるルールが適用され,本問の具体的な結論
559 はどうなるかまで論じる必要がある。
560 なお,【参考】判例に従えば,Dの主張が妥当であり,Gの主張は認められな
561 い,とする答案もあったが,Gのなすべき主張について問われているのであるか
562 ら,問いに答えていると評価することはできない。また,本問では,相殺の意思
563 表示が物上代位による差押えの前であるなど,本問の事案及び【参考】判例の事
564 案を正確に理解しない答案も一定数見られたが,適切なものと評価することはで
565 きない。賃料債権に対して抵当権に基づく物上代位権を行使することができるか,
566 という問題もあるが,「30万円を差し引いて支払う」というGの主張を基礎付
567 けることが求められているのであるから,その問題自体を論じる必要はない。
568 イ 答案の例
569 優秀に該当する答案の例は,民法第608条第1項にいう「賃貸人の負担に属
570 する必要費」とは,賃借物を使用及び収益に適する状態で保存するために必要な
571 費用をいうところ(通常の用法を基準としてこの必要性の有無を判断すべきか,
572 当該賃貸借契約に定められた用法を基準としてこれを判断すべきかについては,
573 両様の見解がある。),本問で支出された費用の30万円は,台風により窓が損傷
574 し,外気が吹き込むようになったことにより,授業に支障が生じていて,賃借物
575 を用法に従って使用・収益するために必要なものであるから,GはBに対して3
576 0万円の必要費償還請求権を有することを指摘した上で,【参考】判例の事案に
577 おける自働債権と異なり,受働債権たる賃料債権との牽連関係が密接であるとと
578 もに,賃料債権に抵当権の効力が及んでいることを知っていても,その取得を思
579 いとどまることができない性質を有することなどを指摘し,【参考】判例の射程
580 は及ばず,相殺の期待が重視されるべきことなどを論じ(この論理には様々なも
581 のがあり得る。),かつ,相殺の要件を検討し,結論としてGはDが物上代位によ
582 る差押えを行った後も,必要費償還請求権と賃料債務を相殺することができるこ
583 とを論じるものである。
584 良好に該当する答案の例は,Gが必要費償還請求権を有することは指摘するも
585
586 - 13 -
587
588 のの,必要費の定義を示した上で本問の事案を適切に評価できていないもの,ま
589 た,【参考】判例の事案と本問の事案の違いは適切に指摘できているものの,そ
590 のときに適用されるルールの提示に欠け,又は本問の事案へのそのルールの当て
591 はめが不正確ないし不十分なものである。
592 一応の水準に該当する答案の例は,Gが必要費償還請求権を有することは指摘
593 できているものの,【参考】判例の事案と本問の事案の違いだけを理由に性急に
594 結論を導いている嫌いがあるが,【参考】判例の事案と本問の事案の違いについ
595 ては何とか論じているものである。
596 不良に該当する答案の例は,Gの有する権利についても不明確ないし不正確で
597 あり,【参考】判例の事案や本問の事案を適切に評価できていないものである。
598 (4) 全体を通じ補足的に指摘しておくべき事項
599 各設問についての採点実感は以上のとおりである。
600 それらとは別に,全ての設問を通じての全般的な採点実感も述べておくこととす
601 る。
602 全般的に見て,多くの答案が,表層的な論述に終始することなく,問われている
603 事項を実質的,本質的に検討し,説得力のある論述をしようと試みており,このこ
604 とには好感を抱くことができた。もっとも,当然のことながら,そのような答案が
605 ある反面において,そうでないものも少なからず見受けられた。
606 司法試験の出題の中でも,特に論文式試験で出題される事項は,画一的な思考で
607 解決が得られるようなものではなく、あえて解答を見いだすことが困難な課題を与
608 えるなどして受験者の法的思考能力を試そうとしているのであり,採点者は,いわ
609 ば出題において提示した課題を受験者が共に悩んでくれたであろうか,というよう
610 な気持ちで一枚一枚を読むものである。そのような気持ちで読み進む際に,ときに
611 答案の中には,問われている事項の内容でなく,答案の文章表現や表面的な構成の
612 ような見栄えにばかり囚われ,あるいは,これまで考えたことのない問題での致命
613 的な失点を恐れて無難な表現に終始し,いつまで読み進んでも本質の内容的事項の
614 論述が見いだされないものも見られる。答案の表面的な構成の手法には,ときに流
615 行のようなものも見られ,年によって特定の構成が多くの答案において用いられて
616 いる状況が見られる。そうした流行の型のようなものに従って論述することが,そ
617 のことのみで不利になるということはないが,同時にまた気付いて欲しいことは,
618 そのように見栄えばかりに拘泥し,あるいは無難な表現に終始して,内容的本質に
619 関わる論述を欠く答案は,当然のことながら高い評価は与えられるものではないと
620 いうことである。他方,その問題の本質的な課題に正面から向き合い,限られた時
621 間の中で思考をめぐらせて自分なりの解答を見いだした答案については,一般に,
622 その内容に多少の難があったとしても,問題の本質に踏み込まない答案よりも高い
623 評価が与えられることになる。
624 また,昨年試験の採点実感で指摘したような不自然な文章表現が依然として散見
625 され,また,潰れてしまっていて判読ができない字で書かれている答案も見られる。
626 外見的な印象を良くすることを過剰に気にかけるのではなく,判読可能な字で,
627 平易な表現を用い,そして,何よりも,しっかり内容を備えた答案を作成した受験
628 者を法律家の世界に迎え入れる,という趣旨で司法試験の採点がされている,とい
629 うことをあらためて想起し,受験者においては,基礎的な知識や基本的な思考力の
630
631 - 14 -
632
633 涵養に努めて欲しい。
634 5
635
636 法科大学院における学習において望まれる事項
637 本年試験においても,採点された答案は,自ずと様々のものがあり,その一般的な
638 傾向を一概に述べることは難しい。しかし,おおむね合格の水準に達しているものは,
639 制度趣旨を踏まえた法的推論をしたり,具体的な事実の分析を通じて事案の法的解決
640 を探求したりすることについて,相当の評価を与えることができるものである。型通
641 りの文章表現を暗記し,しかも意味を理解しないままそれを書きつける,というよう
642 な旧時の悪弊は,余り見られないようになってきている。このことは,理論と実務の
643 架橋を踏まえた法曹養成をしようと努めてきた法科大学院教育が一定の成果を収めて
644 いることの裏付けであると見ることができる。取り分け,判例の提示する法律的命題
645 を表層的に理解して,判例の結論のみから短絡的な議論を進めるような論述をする答
646 案は,少なかった。これは,判例が提示する法律的命題の本質的な趣旨に注意関心を
647 向けさせ,理由や事実を丁寧に読ませてきた法科大学院教育の努力によるものである
648 と見られる。
649 反面において,答案の中には,単に事案を異にするから,という指摘のみをして結
650 論を導くものも見られた。どうして当面の事案には判例の命題が当てはまらないか,
651 を考えて欲しいにもかかわらず,そこに至っていない答案が見られるということであ
652 る。いうまでもなく,判例は自ずと具体的な個別性を伴うものであり,それを他の事
653 案において活用することができるかを考察するに当たっては,判例を一般的な背景の
654 中で位置付けさせる普遍的な思考が求められる。
655 また,ある制度の趣旨のみを論述し,その趣旨から法的解決を導く過程の推論が,
656 不十分であるというよりも,その必要性に全く思い至らなかったと見られる答案もあ
657 った。学生の中には,ときに制度趣旨を論述することの重要性ということについて,
658 それさえ論述すれば一定の点数が得られるものであるというふうに誤解するものもい
659 る。
660 法科大学院においては,このような問題点を是正することをも意識して,ぜひ引き
661 続き理論と実務の架橋を踏まえ,法的思考というものが持つ奥行きと魅力を学生に伝
662 える教育に努めて欲しいと望む。
663
664 - 15 -
665
666 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(民事系科目第2問)
667 1
668
669 出題の趣旨
670 既に公表されている「平成25年司法試験論文式試験問題出題趣旨」(以下「出題
671 趣旨」という。)に,特に補足すべき点はない。
672
673 2 採点方針及び採点実感
674 (1) 民事系科目第2問は,商法分野からの出題である。これは,事実関係を読み,分
675 析し,会社法上の論点を的確に抽出して各設問に答えるという,基本的な知識と,
676 事例解析能力,論理的思考力,法解釈・適用能力等を試すものである。
677 (2) 設問1(譲渡制限株式の譲渡の効力と名義書換未了の場合の取扱い)では,まず,
678 その前段で,EのFに対する株式譲渡の甲社に対する効力が問われている。本問で
679 は,会社法第145条の規定によるみなし承認の要件を形式的に充足していること
680 を踏まえた上で,代表取締役Aが,取締役会においてFに対する株式譲渡が承認さ
681 れないことを懸念し,これを取締役会に諮ることを回避して上記のみなし承認の要
682 件を充足させたという事情を指摘する必要があるが,この点の指摘は,多くの答案
683 でされていたものの,この点に全く触れていない答案もあった。そして,本来の制
684 度の目的とは異なる目的でみなし承認の制度を利用した点がみなし承認の効力に影
685 響を与え得るか否かについては,多くの答案で述べられていたが,記述が簡単な答
686 案が多かった。なお,この点については,どのような結論を採っても,理由が適切
687 に述べられていれば,同等に評価したが,少しではあるものの,理由を丁寧に述べ
688 て論述している答案も見られた。
689 設問1の後段では,基準日の定めがなく,株主総会当日の株主に議決権を行使さ
690 せればよいことを前提として,名義書換をしていないFを会社側から株主として取
691 り扱うことができるか否かについて,名義書換が対抗要件であること(会社法第1
692 30条)やその趣旨に照らして論ずることが求められるが,名義書換が対抗要件で
693 あることを正しく理解していない答案が若干見られた。本問では,代表取締役Aの
694 言動が原因となってFから名義書換の請求がされていないことから,Fに法定の手
695 続を履践していないという一定の落ち度は認められるものの,名義書換の不当拒絶
696 に類似する状況であるという視点から論ずることも考えられるが,この点について
697 論じた答案も見られた。なお,どのような結論を採っても,理由が適切に述べられ
698 ていれば,同等に評価したが,設問1の前段において,みなし承認の効力を否定し,
699 EのFに対する株式譲渡が甲社に対して効力を生じていないという結論を採りつつ,
700 設問1の後段において,単に,名義書換は会社の事務処理の便宜のための制度であ
701 るという理由により,会社側から株主として取り扱うことは可能であると論ずる答
702 案については,前段と後段との論理的関係に関する理解が不足するものと評価した。
703 (3) 設問2(株主総会における取締役の報酬の増額決議の効力,この決議に基づいて
704 支払われた報酬の返還請求の可否及び範囲)のうち,小問(1)は,平成25年総会に
705 おける取締役の報酬の増額決議の効力を問うものであり,まず,@取締役会設置会
706 社である甲社の株主総会において,その招集の際に定められた株主総会の目的であ
707 る事項(会社法第298条第1項第2号)以外の事項について決議をしたことにつ
708 いて,同法第309条第5項に違反し,株主総会の決議方法の法令違反という同法
709
710 - 16 -
711
712 第831条第1項第1号の決議取消事由に該当することを指摘する必要があるが,
713 本問における当日の議題提出が同法第309条第5項違反であることを正しく指摘
714 した答案は極めて少なかった。AQの死亡により遺産共有状態にある株式の権利行
715 使者の指定(同法第106条)が共有者の持分の過半数の同意により行われたこと
716 については,多くの答案が正しく論じていた。さらに,B同法第831条第1項第
717 3号の決議取消事由については,全く触れていない答案が相当数見られた。また,
718 これに触れている答案でも,特別利害関係のある株主を「他の株主と異なる利益を
719 得る者」と定義するなどという正しくない理解をしている答案がある程度見られた。
720 なお,@Aに触れている答案の多くは,株主総会決議の取消事由について同法第8
721 31条第2項の裁量棄却の余地があるか否かについても論じていた。
722 小問(2)では,平成25年総会における取締役の報酬の増額決議(以下「平成25
723 年総会決議」という。)が取り消されると,決議の効力が遡及的に失われること,そ
724 の結果,平成23年総会における取締役の報酬総額の決議がなお効力を有すること
725 となることを前提として,平成23年総会において定められた報酬総額の枠を超え
726 る額の個別報酬額を定めた取締役会決議の効力を論ずる必要がある。具体的には,
727 この取締役会決議が全部無効となるのか又は一部無効にとどまるのか,一部無効と
728 なる場合には,各取締役に対する報酬決定について無効となる金額,全部無効とな
729 る場合には,全部返還を求め得るのか等の検討を踏まえて,結論の妥当性をも意識
730 しつつ,各取締役に対して不当利得として報酬の返還を求め得ること及びその具体
731 的金額について論ずることが求められる。しかしながら,ほとんどの答案が,平成
732 25年総会決議が取り消されると決議の効力が遡及的に失われることには触れてい
733 たが,その結果,取締役会決議の効力がどうなるのかについては論じていなかった。
734 報酬の返還請求については,取締役会決議の効力に触れないで,単に平成25年総
735 会決議が取り消されたことの効果として論じた答案がほとんどであった。なお,報
736 酬の支払が一部無効と論じた答案も若干見られたが,これも,取締役会決議の効力
737 に触れないでそのような結論を導いたものがほとんどであり,さらに,一部無効と
738 なる具体的金額について説得的に記述した答案は極めて少なかった。
739 (4) 設問3(株主割当てによる新株発行の差止めの可否及び新株発行の効力)では,
740 まず,その前段で,本問のような株主割当てによる新株発行に対し,不公正発行を
741 理由とする差止請求(会社法第210条第2号)の可否を問うものであるが,多く
742 の答案がこの点を論じていた。もっとも,第三者割当ての事例についての裁判例に
743 おけるいわゆる主要目的ルールをそのまま当てはめるだけの答案が多く,設問事例
744 が株主割当てに関する事案であることを意識して論じている答案や,「株主が不利益
745 を受けるおそれ」という要件について具体的に言及した答案は少なかった。また,
746 新株発行差止請求権を被保全権利とする仮処分(民事保全法第23条第2項)につ
747 いて言及した答案も少なかった。
748 設問3の後段では,新株発行無効の訴え(会社法第828条第1項第2号)の可
749 否について論ずることが求められるが,ほとんどの答案がこの点を論じていた。も
750 っとも,甲社は非公開会社であり株式が流通しないから本問のような株主割当ては
751 無効事由となるとだけ述べた答案が多く見られ,新株発行により形成された法律関
752 係の安定性や新株発行が会社の業務執行に準ずるものであることを重視する見解(最
753 判平成6年7月14日集民172号771頁参照)に言及した答案や,Bは新株発
754
755 - 17 -
756
757 行差止請求権を被保全権利とする仮処分により救済を受けることが可能であったこ
758 と,非公開会社においては,株主の持株比率の維持が重視されていること(会社法
759 第199条第2項)等を意識した答案は,少なかった。
760 (5) 以上のような採点実感に照らすと,「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」の
761 四つの水準の答案は,次のようなものと考えられる。第一に,「優秀」な答案は,
762 主要な論点をほぼ論ずることができていて(主要な論点の一つや二つが欠けている
763 程度は,差し支えない。),各問題につき相当な理由付けをして自らの考えを述べ,
764 その考えに基づき論理的に整合性を持った法的議論を展開することのできている答
765 案である。「良好」な答案は,主要な論点で論じられていないものが若干あるが,
766 取り上げた論点についてはそれなりの論理的に整合性を持った法的議論がされてい
767 る答案である。「一応の水準」の答案は,最低限押さえるべき論点,例えば,設問
768 1であれば,みなし承認の成否と名義書換の関係が,問題文にある事実を適切に当
769 てはめながら論じられていて,議論の筋がある程度通っている答案である。「不良」
770 な答案は,そのような最低限押さえるべき論点も押さえられていない答案や,議論
771 の筋の通っていない答案である。
772 3
773
774 法科大学院教育に求められるもの
775 譲渡制限株式の譲渡の効力と名義書換未了の場合の取扱い,株主総会における取締
776 役の報酬に関する決議の効力,株主割当てによる新株発行の差止めの可否及び新株発
777 行の効力についての規律は,会社法の基本的な規律であると考えられるが,これらに
778 ついての理解に不十分な面が見られる。会社法の基本的な知識の確実な習得とともに,
779 論理的思考力を養う教育が求められる。
780
781 - 18 -
782
783 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(民事系科目第3問)
784 1
785
786 出題の趣旨等
787 出題の趣旨は,既に公表された「平成25年司法試験論文式試験問題出題趣旨【民
788 事系科目】〔第3問〕」に記載したとおりであるから,参照されたい。
789 民事訴訟法科目では,例年,論文式試験問題の作成に当たり,受験者が,@民事訴
790 訟法の基本的な原理・原則や概念を正しく理解し,基礎的な知識を習得しているか,
791 Aそれらを前提として,問題文をよく読み,設問で問われていることを的確に把握し,
792 正面から答えているか,B抽象論に終始せず,設問の事例に即して具体的に,かつ,
793 掘り下げた考察をしているか,といった点を評価することを狙いとしており,このこ
794 とは今年も変わらない。
795
796 2
797
798 採点方針
799 答案の採点に当たって,上記@からBまでの観点を重視していることも,従来と変
800 わりがない。上記Aと関連するが,問われていることに正面から答えていなければ,
801 点数を付与していない。問われていることに正面から答えるためには,論点ごとにあ
802 らかじめ丸暗記した画一的な表現をそのまま答案用紙に書き出すのではなく,設問の
803 検討の結果をきちんと順序立てて自分の言葉で表現する姿勢が大切であり,採点に当
804 たっては,受験者がそのような意識を持っているかどうかにも留意している。
805
806 3 採点実感等
807 (1) 全体を通じて
808 今回の出題においては,問題文に事実関係のほか関連する最高裁判所の判決内容
809 を記載し,更に,登場人物のやり取りの中で検討の手掛かりやその方向性等を示す
810 ことにより,受験者がその先の掘り下げた考察を行うことを期待した。ところが,
811 実際には,与えられた手掛かり等を十分活用できていない答案が多かった。
812 設問1でいえば,弁護士L1の発言「遺言という過去にされた法律行為の効力の
813 確認を求める訴えですが,」に着目すれば,「現在」「過去」という概念を用いて論
814 点を整理すればよいことに気付くであろう。また,司法修習生P1の「三十筆余の
815 土地及び数棟の建物を含む全財産を遺贈する内容の遺言の効力が争われた事案にお
816 いて,」という発言内容は,昭和47年最判の事案を分析する際に着目すべきポイ
817 ントにほかならない。設問3及び4においても,後訴におけるGの訴訟代理人L3
818 とその司法修習生P3とのやり取り(P3「前訴において,Gの請求はその限度で
819 認容されるべきであった」,L3「裁判所は,請求原因の一部であってGが主張し
820 ていない事実を判決の基礎とすることができるか」)が,検討の手掛かりや方向性
821 を示している。
822 〔設問3〕等の見出し以下の部分を最初に読んで,題意を早合点し,結局問題文
823 全体を丁寧に読まない受験者が多いのではないか。試験時間の制約がある中で効率
824 よく題意を把握するため,受験者が設問の部分から先に読むことを一概に否定はし
825 ないけれども,登場人物の会話も問題文であり,そこには出題者の意図が込められ
826 ていることを忘れないでもらいたい。なお,問題文を隅々まで読まないようでは法
827 律実務家になろうとする者として注意深さが足りないとの指摘は,昨年の採点実感
828
829 - 19 -
830
831 でもしたところである。
832 (2) 設問1【確認の利益】
833 本問の課題は,判例の趣旨を正確に把握し,事実関係の相違を分析して判例の射
834 程を検討し,依頼者のために法律上可能な立論をするというものである。これは法
835 律実務家にとって基礎的な作業であり,P1の発言「三十筆余の土地及び数棟の建
836 物を含む全財産を遺贈」が検討の手掛かりになっていることは,前記(1)で述べ
837 たとおりである。しかしながら,答案では,最判の事案と設問の事案とで事実関係
838 の異なる部分を幾つも羅列した上,自分の採りたい結論に直結させてしまい,その
839 ような事実関係の相違がなぜ結論を左右するのかという中間の説明を丁寧に行って
840 いないものが目立った。
841 民事訴訟は私法上の法律関係を対象とし,私法上の法律関係は時間の経過ととも
842 に変化し,そうであるからこそ,確認訴訟においてどの時点の法律関係を対象とす
843 べきかが論じられる。受験者には,まず,確認の対象は現在の法律関係でなければ
844 ならないという原則をその根拠と共に論じることを期待したが,多くの答案が不十
845 分な論述にとどまった。この点を十分論じることなく,「そもそも確認の利益とは
846 ・・・」といったレベルの一般論を長々と述べる答案は,設問において何が重要か
847 の判断力を欠き,暗記したことを再現しているだけのものとして,印象がよくない。
848 昭和47年最判は,遺言無効確認の訴えが,過去の法律関係を対象としているも
849 ののそのことから直ちに不適法となるものではないとし,上記原則の例外となり得
850 ることを明らかにした。しかし,同最判は,『遺言無効の確認を求める訴えは一般
851 に適法である』という法理を明言したわけでは必ずしもない。同最判を後者のよう
852 に理解していると,求められる立論が難しかったかもしれない。
853 遺言を対象とすることの合理性を説明するために,遺言無効確認の判決を得れば
854 当然に紛争の抜本的解決が図られるかのように論じる答案が多かったが,必ずしも
855 そのようには言えないであろう。遺言の無効が確認されても,その判決の効力は当
856 該訴訟の当事者にしか及ばず,それ以外の関係者との間では紛争の解決が事実上期
857 待できるに過ぎないからである。
858 遺産確認の訴えについて適法とした最高裁判所昭和61年3月13日第一小法廷
859 判決・民集40巻2号389頁の説示に引きずられたのか,遺産分割と関連付けた
860 答案も見られた。その典型例が,昭和47年最判の事案では特定の相続人に全財産
861 を遺贈する内容の遺言であるが,設問1の遺言は被相続人の友人に土地甲を遺贈す
862 る内容の遺言であり,前者では遺言の無効が確認されれば相続人間で遺産分割の問
863 題となるが,後者ではそのような問題はないので,遺言無効は確認対象として不適
864 格である,とする答案である。しかし,昭和47最判は遺産分割との連携について
865 は言及していないし,もしそこに確認対象の適格性を分かつ要因を求めてしまうと,
866 設問1の遺言が『全財産を友人Cに与える』という内容のものであったとしても,
867 『判決において,端的に,当事者間の紛争の直接的な対象である遺言の無効の当否
868 を判示することによって,確認訴訟の持つ紛争解決機能が果たされる』ことにはな
869 らず,個々の相続財産を特定してそれにつき原告が相続分に応じた持分権を有する
870 ことの確認に引き直す必要があることになるが,そのような結果が不合理であるこ
871 とに気付いてほしい。
872 (3) 設問2【当事者適格】
873
874 - 20 -
875
876 設問1に比べ総じてよくできていた。
877 なかでも遺言執行者の訴訟法上の地位が法定訴訟担当に当たることを一言でも指
878 摘してある答案は,本件では当事者適格の所在が時間の経過とともに移動している
879 という視点が明確になり,その論旨も説得的であった。
880 一方,管理処分権をあたかも不動産所有権や金銭債権などと同じ次元の権利とし
881 て理解しているようにうかがわれる答案があり,気になった。例えば,債権者代位
882 訴訟の原告は,債務者の第三債務者に対する債権につき,管理権(取立権)を有し
883 ているが,当該債権を有してはいないように,両者は別のものである。設問2に即
884 していえば,特定物遺贈では,遺贈の発効と同時に受遺者はその所有権を取得する
885 が,遺言執行者が置かれているときは,その管理処分権は遺言執行者に帰属するか
886 ら,相続人が遺言に反して当該目的物につき相続を原因とする所有権移転登記を経
887 由したときは,遺言執行者は,遺言執行の障害となる相続人名義の登記につき,こ
888 の管理処分権に基づき,受遺者の法定訴訟担当者として,その抹消登記手続を求め
889 る訴えを提起することができるが,遺言執行者が遺贈を原因とする受遺者宛ての所
890 有権移転登記を経由することにより,遺言の執行を完了すれば,目的物についての
891 管理処分権も受遺者に移転するから,遺贈を原因とする所有権移転登記の抹消登記
892 手続請求訴訟の被告適格は受遺者にある。当事者適格,特に第三者の訴訟担当との
893 関連で用いられることの多い管理処分権の意味を今一度整理しておいてほしい。
894 (4) 設問3及び4【弁論主義及び判決の効力】
895 設問3の各小問及び設問4は,GH間で争われた二つの訴訟を通した,一連の問
896 いであるが,まず,このことに理解が及ばず,ばらばらに論じている答案が少なく
897 なかった。また,後訴から関わった司法修習生P3の「Gの前訴請求は法定相続分
898 に応じた共有持分の限度で認容されるべきであったのではないか」という疑問が一
899 連の問いを通した「鍵」になっているが,このことを明確に意識して書かれている
900 答案には,当然ながら説得力があった。
901 Gの前訴請求が法定相続分に応じた共有持分の限度で認容されるべきであったと
902 言えるためには,必要な請求原因に当たる事実が当事者から主張されていたことが
903 必要であるから,まず,請求原因に該当する事実が何であるかを整理することにな
904 る(設問3の小問1)。この作業が本件の事実関係に即し具体的に行われている答
905 案は,ごく自然な流れとして,それらの事実ごとに,順次,当事者からの主張の有
906 無を検討することができており(同小問2),総じてよい得点につながっていた。
907 その一方で,数は多くないとはいえ,小問1への解答として,被相続人もと所有,
908 被相続人が死亡,原告の相続権といった,法律要件にすぎないものを主要事実又は
909 要件事実と誤解し,それだけを記述した答案が存在したことは,残念というほかな
910 い。
911 『裁判所は当事者の主張しない事実を裁判の基礎とすることができない』という
912 弁論主義の第1テーゼは,裁判所と当事者の役割分担を規律するものであるから,
913 主要事実がそれにつき主張責任を負う当事者の相手方から主張されている場合でも,
914 それは訴訟資料となる。このような趣旨のことが書かれていれば,主張共通という
915 キーワードの有無にかかわらず配点している。一方,小問2において弁論主義との
916 関係で記述が求められている事項は以上に尽きるにもかかわらず,相変わらず,弁
917 論主義の根拠,弁論主義の第2テーゼ,第3テーゼ,第1テーゼが間接事実には適
918
919 - 21 -
920
921 用がないこと及びその理由(自由心証による事実認定を窮屈にする云々)まで長々
922 と論じるものがあるが,やはり得点につながらない上,丸暗記した論証パターンを
923 無反省に書き散らした答案として,印象も極めてよくない。
924 また,上記の主張共通の原則に全く言及しないで,設問の中に『適切に釈明権を
925 行使したならば』とあるのに飛びついて,積極的釈明の意義とその許容性を滔々と
926 論じる答案があったことには驚かされた。相続を原因とする権利取得の請求原因は
927 全て当事者から主張されているのだから,ここでいう『適切な釈明権の行使』が,
928 証拠資料から認定できる主要事実につき当事者の主張がないときに,主張責任を負
929 う当事者に対してそれを主張するか否かを確認する意味での積極的釈明ではないこ
930 とは,問題文から明らかであろう。
931 なお,出題趣旨に記したように,FG間の父子関係やF死亡の事実については主
932 張されていることが前提であったのに対し,これらの点について主張はないものと
933 理解した答案も多かったが,本設問の主眼は主張共通の原則についての理解を問う
934 ことにあるため,これらの点についての主張の有無の理解自体を有利ないし不利に
935 評価することはしていない。
936 設問4の課題は,原告Gの前訴請求は法定相続分に応じた共有持分の限度で認容
937 されるべきであったし,そのような一部認容判決をすることは,弁論主義との関係
938 でも支障がなかったことを前提として,Gのために,既判力の遮断効の範囲の縮小
939 という立論をすることである。既判力の客観的範囲に関する通常の理解からすれば,
940 Gの主張は前訴判決の既判力により,遮断されるのが原則である。このような原則
941 を最初に押さえている答案は,論述の骨格がしっかりしていたが,その数は多くは
942 なかった。
943 Gの主張が既判力による遮断の効果を受けるのを免れさせることは,本来それほ
944 どたやすいことではない。では,どのように立論すべきかであるが,Gの当該主張
945 が必ずしも紛争の蒸し返しとは評価できないことについては,そのような趣旨がど
946 うにか読み取れるというレベルのものも含めると,多くの答案が指摘できていた。
947 論拠の一つとして,Gの前訴請求は法定相続分に応じた共有持分の限度で認容され
948 るべきであったにもかかわらず,裁判所の訴訟指揮の不適切さもあって全部棄却の
949 判決がされてしまったとの点を指摘できることは,先に述べたとおりである。
950 一方,Hの態度にも着眼した上,その態度が信義則に反するということを具体的
951 な事情に沿って指摘できている答案は多くなかった。民事訴訟は,当事者双方及び
952 裁判所のそれぞれにおいて事案の見え方が異なるところから始まるものであり,当
953 事者双方の視点から事案を検討することは,法律実務家にとって基本的な姿勢だと
954 思われる。このような姿勢で答案作成に臨んでいる答案は,必要な事情を拾うこと
955 ができているように感じられた。
956 既判力によっては妨げられない訴えを信義則に基づいて却下した判例(昭和51
957 年最判,平成10年最判)を分析して一般的な規範の定立を試みる答案が多く見ら
958 れたが,信義則による個別的な解決と一般的な規範の定立とは本来相容れないもの
959 であり,規範定立を試みた成果は乏しいと感じられた。
960 設問で求められているのは原告Gの立場から立論をすることであり,答案の末尾
961 においてその結論を明確に述べることも重要である。
962 問題文をよく読んでいないと思われる答案が,設問4ではことのほか多かった。
963
964 - 22 -
965
966 例えば,前訴でFからHへの贈与の事実が否定されているにもかかわらず,後訴に
967 おいてHがなお贈与を主張して土地乙が自己の所有に属すると主張するのは信義則
968 違反である,と論じる答案がそれである。確かに,遺産分割協議においてHがこの
969 ように主張したことがGによる後訴提起を惹起したことは確かであるが,後訴の本
970 案に関しては,Hは,Gによる土地乙についての共有持分権確認請求は土地乙につ
971 いてのGの所有権確認請求を棄却した前訴確定判決の既判力に反すると主張してい
972 るのであって,問題文はこの主張が信義則違反であることの論証を求めているので
973 ある。前訴ではGはJから土地乙の所有権を買得したと主張していたから,実質G
974 の一部敗訴を意味する相続による共有持分権取得の主張を予備的にでもしておくべ
975 きだったとするのは期待可能性がない,本来前訴において裁判所は共有持分権の限
976 度でGの請求を一部認容すべきだったのであり,全部棄却とした裁判所の誤りによ
977 る不利益をGに課すのは公平でない,等の理由から,前訴判決の既判力はGによる
978 共有持分権の主張を遮断しない限度で縮小すると記した答案も,問題文をよく読ん
979 でいない点では,同じである。確かに,そういう論拠から既判力の縮小を論じるこ
980 とは不可能ではないが,問題文は,Hの態度が信義則に反するとの角度から既判力
981 の遮断効の範囲の縮小を立論することを求めているのであり,このような答案は,
982 問題文の要求に対するものとしては,評価できない。
983 (5) まとめ
984 以上のような採点実感に照らすと,「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」の
985 四つの水準の答案は,概括的に次のように言うことができる。
986 「優秀」な答案は,問われていることを的確に把握し,必要な論点を論じ,かつ,
987 設問の事例との関係で結論に至る過程を具体的に説明できている答案である。この
988 レベルには足りないが,問われている論点についての把握はできており,ただ説明
989 の具体性や論理の積み重ねにやや不十分な部分があるという答案は「良好」と評価
990 できる。これに対し,最低限押さえるべき論点が論じられている答案は,「一応の
991 水準」にあると評価できるが,そのような最低限押さえるべき論点も押さえられて
992 いない答案は「不良」と評価せざるを得ない。
993 以下,各設問に即して「一応の水準」「優秀」の答案イメージを付言すれば,次
994 のとおりとなる(「良好」は両者の中間にあるもの,「不良」は「一応の水準」未満
995 のものである。)。
996 確認の対象としては現在の法律関係を選択すべきであるという原則とその根拠を
997 論じ(設問1),遺言執行者の民法上の地位を,条文を示して説明し,本件におけ
998 る任務の内容及びその任務の終了を具体的に説明し(設問2),請求原因に該当す
999 る事実の整理,主張共通の原則の適用場面であること及び後訴におけるGの主張が
1000 必ずしも紛争の蒸し返しとは評価できないこと(設問3及び4)の各指摘をするこ
1001 とができていれば,最低限押さえるべき論点が論じられているものとして「一応の
1002 水準」にあると評価できる。
1003 これらに加えて,昭和47年最判の正確な理解,本件事案への的確かつ具体的な
1004 当てはめ(設問1),遺言執行者の訴訟法上の地位が法定訴訟担当であることや,
1005 管理処分権の移動の指摘(設問2)ができており,請求原因に該当する事実の的確
1006 な整理,当事者からの主張の存否の具体的な検討(設問3)に加え,Hの態度が信
1007 義則に反することをそのような評価を基礎付ける事情も含めて具体的に論じ,全体
1008
1009 - 23 -
1010
1011 の論旨も明快な答案(設問4)は,問われていることを的確に把握し,答えている
1012 ものとして「優秀」な答案と評価することができる。
1013 4
1014
1015 法科大学院教育に求めるもの
1016 民事訴訟法科目の論文式試験では,判例に関する記憶の量を試すような出題はして
1017 いない。むしろ,当該判例の位置付けを民事訴訟法全体との関係において体系的に把
1018 握し,判例の基礎となった事案の特殊性を理解しておくことが肝要である。試験会場
1019 において,出題された内容に応じて考察し,その判例の射程を論じたり(設問1),
1020 その判例の示した法理に基づいて立論したり(設問4)できる能力を養うことを目標
1021 にして,日々の教育を行う必要があろう。
1022
1023 5
1024
1025 その他
1026 時間不足と思われる答案は少なく,答案の分量としては5枚程度でも必要かつ十分
1027 な論述ができていた。考えながら書くのではなく,書き始める前に,答案構成に十分
1028 な時間をとることが大切であろう。また,毎年繰り返しているところではあるが,極
1029 端に小さな字(各行の幅の半分にも満たないサイズの字では小さすぎる。)や薄い字,
1030 潰れた字や書き殴った字の答案が相変わらず少なくなく,心当たりのある受験者は,
1031 相応の心掛けをしてほしい。
1032
1033 - 24 -
1034
1035 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目第1問)
1036 1
1037
1038 出題の趣旨について
1039 既に公表した出題の趣旨のとおりである。
1040
1041 2
1042
1043 採点の基本方針等
1044 本問では,具体的事例に基づいて甲乙の罪責を問うことによって,刑法総論・各論
1045 の基本的な知識と諸論点についての理解の有無・程度,事実関係を的確に分析・評価
1046 し,具体的事実に法規範を適用する能力,結論の具体的妥当性,その結論に至るまで
1047 の法的思考過程の論理性を総合的に評価することを基本方針として採点に当たった。
1048 すなわち,本問は,暴力団組長の甲が,同組幹部のAを車のトランク内に閉じ込め,
1049 車ごと燃やして殺害しようとの計画の下,自らAを自己所有車B(以下「B車」とい
1050 う。)のトランク内に閉じ込めた上,その事情を秘して配下組員の乙に指示してB車に
1051 放火させたが,その前にAがトランク内で窒息により死亡していたという具体的事例
1052 についての甲乙の罪責を問うものであるところ,これらの事実関係を法的に分析した
1053 上で,事案の解決に必要な範囲で法解釈論を展開し,事実を具体的に摘示しつつ法規
1054 範への当てはめを行って妥当な結論を導くこと,更には,甲乙それぞれの罪責につい
1055 ての結論を導く法的思考過程が相互に論理性を保ったものであることが求められる。
1056 甲乙の罪責を分析するに当たっては,甲乙それぞれの行為や侵害された法益等に着
1057 目した上で,どのような犯罪の成否が問題となるのかを判断し,各犯罪の構成要件要
1058 素を一つ一つ吟味し,これに問題文に現れている事実を丁寧に拾い出して当てはめ,
1059 犯罪の成否を検討することになる。ただし,論じるべき点が多岐にわたることから,
1060 事実認定上又は法律解釈上の重要な事項については手厚く論じる一方で,必ずしも重
1061 要とはいえない事項については,簡潔な論述で済ませるなど,答案全体のバランスを
1062 考えた構成を工夫することも必要である。
1063 出題趣旨でも示したように,本問における甲乙の罪責としては,いずれについても,
1064 殺人罪,監禁罪(又は監禁致死罪),建造物等以外放火罪の成否が主要な問題となると
1065 ころであり,このうち,特に主要な論点としては,以下のものが挙げられる。
1066 まず,一つめとして,乙の殺人罪の成否の検討において,乙がAをB車トランク内
1067 に閉じ込めた状態で同車に火を放って殺害する意図でAの口をガムテープで塞いでト
1068 ランクを閉じて同車を走行させたところ,乙が企図したよりも早い段階となるB車走
1069 行中にAが窒息死したことにつき,構成要件の実現が早すぎた場合の実行の着手時期
1070 等についての擬律判断及び当てはめが挙げられよう。この点については,殺人罪の構
1071 成要件要素,すなわち,実行行為(実行の着手),結果,因果関係及び故意について,
1072 意義を正確に示した上で,具体的事実を当てはめることが基本であり,その中で上記
1073 擬律判断についての解釈論を展開し,的確な当てはめを行うことが求められる。
1074 二つめとして,甲の殺人罪の成否の検討において,甲が乙に対し,B車トランク内
1075 にAを閉じ込めていることを秘して同車への放火を指示した点につき,甲を間接正犯
1076 等の実行行為者とする殺人罪の成否の検討が必要である。特に,乙がAの存在に気付
1077 きながらも上記行為に及んだことについてどのように評価するのかについては,間接
1078 正犯の着手時期等にも言及しつつ,丁寧に論じることが望まれる。また,乙との共犯
1079 関係をどう捉えるのかについて,例えば,間接正犯の意図で教唆の結果を生じさせた
1080
1081 - 25 -
1082
1083 場合の擬律判断等の検討も望まれる。
1084 三つめとして,甲乙の建造物等以外放火罪の成否の検討においては,公共の危険の
1085 意義及び判断基準,同危険の発生の認識の要否等が主要な問題点となり,当てはめに
1086 ついても,具体的事実を的確に指摘して丁寧に論じることが求められる。
1087 その他,甲乙の監禁罪又は監禁致死罪の成否等,本問で論じるべき問題点は,多岐
1088 にわたるが,いずれの論点についても,参考となる著名な判例もある基本的な論点で
1089 あり,これらの論点に対する理解と刑法総論・各論の基本的理解に基づき,事実関係
1090 を整理して考えれば,一定の妥当な結論を導き出すことができると思われ,実際にも,
1091 相当数の答案が一定の水準に達していた。
1092 3
1093
1094 採点実感等
1095 各考査委員から寄せられた意見や感想をまとめると,以下のとおりである。
1096 (1) 全体について
1097 多くの答案は,甲乙それぞれに殺人罪及び建造物等以外放火罪の成否を検討し,
1098 特に主要な論点として挙げた前記各論点を論じており,本問の出題趣旨や大きな枠
1099 組みは理解していることがうかがわれた。
1100 特に,乙の殺人罪の成否の検討における構成要件の実現が早すぎた場合の擬律に
1101 ついては,最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁が参考になるところ
1102 であるが,相当数の答案が同判例が挙げる実行着手を判断するための複数の考慮要
1103 素を引用しており,また,建造物等以外放火罪の成否についても,相当数の答案が,
1104 最決平成15年4月14日刑集57巻4号445頁で示されたような公共の危険の
1105 意義を示し,問題文中の具体的事実を摘示して当てはめるなど,重要判例について
1106 はそれ相応に学習していることがうかがわれた。
1107 ただし,刑事責任が余り問題とならないような点について延々と論述する一方で,
1108 主要な論点については不十分な記述にとどまっているなどバランスを欠いた答案も
1109 少なからずあった。
1110 その他,考査委員による意見交換の結果を踏まえ,答案に見られた代表的な問題
1111 点を列挙すると以下のとおりとなる。
1112 (2) 乙の罪責について
1113 ア 殺人罪の成否を全く検討していない答案
1114 イ 殺人罪の成否につき,実行の着手等の客観的構成要件要素を論じることなく故
1115 意の有無しか論じていない答案,因果関係の有無と因果関係の錯誤とを混同して
1116 いる答案など,刑法総論の理論体系の理解が不十分と思われる答案
1117 ウ 殺人罪の成否につき,実行の着手,結果,因果関係を一応論じているものの,
1118 具体的事実の摘示や当てはめが極めて不十分な答案
1119 エ 建造物等以外放火罪の成否につき,同罪を抽象的公共危険犯であるとする答案
1120 オ 建造物等以外放火罪の成否につき,「焼損」等の構成要件要素や「公共の危険」
1121 の意義等の記載を欠くか,記載していても不正確な答案
1122 カ これらの意義についての理解が不十分なためであると思われるが,それぞれの
1123 当てはめにつき,具体的な事実の摘示が不十分な答案
1124 キ なお,公共の危険やその認識の要否の各論点につき,他の見解にも言及しつつ
1125 自己の見解を説得的に論述している答案は高い評価を受けたが,そのような答案
1126
1127 - 26 -
1128
1129 は僅かであった。
1130 (3) 甲の罪責について
1131 ア 殺人罪の成否につき,安易に乙との間で黙示の共謀があったなどとして同罪の
1132 共謀共同正犯を認定した答案
1133 イ 殺人罪の成否につき,実行の着手等についての擬律判断及び当てはめを十分に
1134 論じることなく,安易に甲がAをB車トランク内に閉じ込めた行為を甲による殺
1135 人の実行着手と認定した答案
1136 ウ 殺人罪の成否につき,多くの答案が間接正犯の成否について一応言及していた
1137 ものの,そのほとんどが,「乙が途中でAの存在に気付いたから間接正犯は成立
1138 しない」旨簡潔に述べるのみで,間接正犯の実行着手時期に言及した上,殺人予
1139 備罪にとどまるのか,殺人未遂罪が成立するのかを明らかにした答案は僅かであ
1140 った。
1141 エ 殺人罪の成否につき,乙との共犯関係について何ら言及のない答案
1142 オ 甲に殺人罪(未遂,教唆を含む)が成立するとしても,甲がAをB車に乗車さ
1143 せて疾走させ,更には,Aに睡眠薬入りコーヒーを飲ませて昏睡させ,ロープで
1144 緊縛してトランク内に閉じ込めるなどした行為につき,別途,監禁罪等の成否の
1145 検討が求められるが,これについての言及を欠くか,記載していても不十分な内
1146 容にとどまった答案が多かった。
1147 カ 甲に殺人既遂教唆罪を認定したためか,甲の建造物等以外放火罪の成否につき,
1148 共同正犯の成否を検討することなく,安易に同罪の教唆犯を認定した答案
1149 (4) その他
1150 これまでにも指摘してきたことでもあるが,少数ながら,字が乱雑なために判読
1151 するのが著しく困難な答案が見られた。時間の余裕がないことは理解できるところ
1152 であり,達筆である必要はないものの,採点者に読まれることを意識し,なるべく
1153 読みやすい字で丁寧に答案を書くことが望まれる。
1154 (5) 答案の水準
1155 以上の採点実感を前提に,「優秀」「良好」「一応の水準」「不良」という四つの答
1156 案の水準を示すと,以下のとおりである。
1157 「優秀」と認められる答案とは,本問の事案を的確に分析した上で,本問の出題
1158 趣旨や上記採点の基本方針に示された主要な問題点について検討を加え,成否が問
1159 題となる犯罪の構成要件要素等について正確に理解するとともに,必要に応じて法
1160 解釈論を展開し,事実を具体的に摘示して当てはめを行い,甲乙の刑事責任につい
1161 て妥当な結論を導いている答案である。特に,摘示した具体的事実の持つ意味を論
1162 じつつ当てはめを行っている答案は高い評価を受けた。
1163 「良好」な水準に達している答案とは,本問の出題趣旨及び上記採点の基本方針
1164 に示された主要な問題点は理解できており,甲乙の刑事責任について妥当な結論を
1165 導くことができているものの,一部の問題点についての論述を欠くもの,主要な問
1166 題点の検討において,構成要件要素の理解が一部不正確であったり,必要な法解釈
1167 論の展開がやや不十分であったり,必要な事実の抽出やその意味付けが部分的に不
1168 足していると認められたものなどである。
1169 「一応の水準」に達している答案とは,事案の分析が不十分であったり,複数の
1170 主要な問題点についての論述を欠くなどの問題はあるものの,刑法の基本的事柄に
1171
1172 - 27 -
1173
1174 ついては一応の理解を示しているような答案である。
1175 「不良」と認められる答案とは,事案の分析がほとんどできていないもの,刑法
1176 の基本的概念の理解が不十分であるために,本問の出題趣旨及び上記採点の基本方
1177 針に示された主要な問題点を理解していないもの,事案の解決に関係のない法解釈
1178 論を延々と展開しているもの,問題点には気付いているものの,結論が著しく妥当
1179 でないものなどである。
1180 4
1181
1182 今後の法科大学院教育に求めるもの
1183 本問において,構成要件の幹となる実行の着手等についての体系上の位置付けを理
1184 解していないと思われる答案が散見されたことを踏まえ,刑法の学習においては,ま
1185 ずもって総論の理論体系,例えば,構成要件要素である実行行為,結果,因果関係,
1186 故意等の体系上の位置付けや相互の関係を十分に理解した上,これらを意識しつつ,
1187 各論に関する知識を修得することが必要であり,答案を書く際には,常に,論じよう
1188 としている論点が体系上どこに位置付けられるのかを意識しつつ,検討の順序にも十
1189 分に注意して論理的に論述することが必要である。
1190 また,繰り返し指摘しているところであるが,判例学習の際には,結論だけを丸暗
1191 記するのではなく,判例の事案を十分に分析した上,その判例が挙げた規範や考慮要
1192 素が刑法の体系上どこに位置付けられ,他のどのような事案や場面に当てはまるのか
1193 などについてイメージを持つことが必要と思われる。
1194 このような観点から,法科大学院教育においては,引き続き判例の検討等を通して
1195 刑法の基本的知識や理解を修得させるとともに,これに基づき,具体的な事案につい
1196 て,妥当な解決を導き出す能力を涵養するよう一層努めていただきたい。
1197
1198 - 28 -
1199
1200 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目第2問)
1201 1
1202
1203 採点方針等
1204 本年の問題も,昨年までと同様,比較的長文の事例を設定し,その捜査・公判にお
1205 いて生じる刑事手続法上の問題点につき,その解決に必要な法解釈・法適用に当たっ
1206 て重要な具体的事実を抽出・分析した上で,これに的確な法解釈により導かれた法準
1207 則を適用し,一定の結論を筋道立てて説得的に論述することを求めており,法律実務
1208 家になるための学識・法解釈適用能力・論理的思考力・論述能力等を試すものである。
1209 出題の趣旨は,公表されているとおりである。
1210 設問1は,司法警察員が,男2人組による殺人事件発生の約30分後,その現場か
1211 ら約800メートル離れた路上において,甲及び乙を発見し,両名を同事件の犯人と
1212 してそれぞれ準現行犯逮捕した手続,その後,司法警察員が,甲の身体着衣を捜索す
1213 るため,甲を逮捕の現場から約300メートル離れた交番に連行する途中,転倒した
1214 甲のズボンポケットから落ちた携帯電話を差し押さえた手続に関し,各逮捕及び差押
1215 えの適否を問うものである。逮捕に関しては,準現行犯の要件該当性についての法解
1216 釈を論じた上で,事例に現れた各事実が持つ意味を明確にしてその適用を論じること
1217 を求め,差押えに関しては,「逮捕の現場」についての法解釈に加え,差し押さえる
1218 べき物と被疑事実との関連性を判断する基準を示した上で,事例への適用を論じるこ
1219 とを求めている。
1220 設問2は,性質の異なる内容を含む実況見分調書について,要証事実との関連にお
1221 いて各部分がいかなる性質を持つのかを明確にした上で,伝聞法則及びその例外規定
1222 が適用されるかを検討し,本事例においてその具体的適用を求めている。
1223 採点に当たっては,このような出題の趣旨に沿った論述が的確になされているかに
1224 留意した。
1225 設問1及び設問2は,いずれも捜査及び伝聞法則に関する刑事訴訟法の条文並びに
1226 判例の基本的な理解を問うものであり,法科大学院において刑事手続に関する科目を
1227 修得した者であれば,何を論じるべきかは明白な事例である。設問1のうち,乙の準
1228 現行犯逮捕については,法科大学院の授業で直接扱うことはないかもしれないが,準
1229 現行犯人の逮捕が無令状で許される趣旨を十分に理解し,そこから事例の特徴を踏ま
1230 えて法的議論を展開する能力を備えているかを問うものである。
1231
1232 2
1233
1234 採点実感
1235 各考査委員からの意見を踏まえた感想を述べる。
1236 設問1については,準現行犯逮捕及び逮捕に伴う差押えの適法性について,事例に
1237 現れた法的な問題点を明確に意識し,制度趣旨や判例法理の理解を踏まえつつ,それ
1238 ぞれの問題点ごとに法解釈を的確に論じた上で,事例中の具体的事実を適切に抽出し,
1239 それら事実の持つ意味に従って的確に分析・整理して法解釈を適用し結論を導いた答
1240 案が見受けられた。また,設問2については,実況見分調書の証拠能力について,要
1241 証事実との関連において,実況見分調書中の各部分の性質を明確にした上で,その性
1242 質に応じ,伝聞法則についての正確な理解に基づき,的確に証拠能力付与の要件を論
1243 じた答案が見受けられた。
1244 他方,法解釈に関する抽象的な論述や判例の表現を暗記し,それを機械的に記載し
1245
1246 - 29 -
1247
1248 ているものの,具体的事実にこれを適切に適用することができていない答案や,そも
1249 そも法的に意味のある具体的事実の抽出・分析が不十分な答案,関係条文の解釈の論
1250 述ができていない答案も見受けられた。
1251 設問1の【逮捕@】では,準現行犯逮捕としての適法性について問われているので
1252 あるから,甲につき,平成25年2月1日午後10時頃にH公園で発生したVに対す
1253 る殺人事件という特定の犯罪との関係で,刑事訴訟法第212条第2項各号の要件該
1254 当性を論じた上で,甲が「罪を行い終わってから間がないと明らかに認められる」(犯
1255 罪と犯人の明白性)という要件を満たすかについて論じることが求められている。と
1256 ころが,同項各号の要件該当性の検討に先んじて犯罪と犯人の明白性の要件を論じた
1257 り,同項各号の要件該当性を犯罪と犯人の明白性の要件充足性を検討するための一要
1258 素として論じる等,同項の構造を理解していないと思われる答案が相当数見受けられ
1259 た。
1260 また,甲が同項3号に規定する「身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき」の
1261 要件を満たすことを論じた上で,犯罪と犯人の明白性を論じるべきことは理解してい
1262 るものの,後者の判断材料に関し,司法警察員Pが直接覚知した事情に限定されるの
1263 か,その他の事情も含まれるのかにつき全く言及せず,あたかもWによる通報内容の
1264 みで当然に犯罪と犯人の明白性を認定できるかのように論じたり,司法警察員Pが甲
1265 及び乙を発見した日時・場所,その際の甲及び乙の特徴,職務質問時の乙の供述内容
1266 等を漫然と羅列したりする答案が数多く見受けられた。
1267 そして,【逮捕A】についても【逮捕@】同様,まず,乙につき同項各号の要件該
1268 当性を論じた上で,犯罪と犯人の明白性を論じるべきであるところ,同項各号の要件
1269 該当性を論じずに犯罪と犯人の明白性を論じたり,同項各号の要件該当性を否定しな
1270 がら,乙の自白等から犯罪と犯人の明白性が認められるとして【逮捕A】を適法とす
1271 る答案が相当数見受けられ,そもそも同法第212条第2項の構造を理解していない
1272 と思われた。逆に,【逮捕A】につき同項各号を形式的に適用し,各号に該当しない
1273 ので直ちに違法とする答案も相当数あり,こちらは結論はともかく,【逮捕A】の問
1274 題点を理解していないと思われた。
1275 【逮捕A】につき同項各号の要件該当性を論じるに当たっては,本件が共犯事件で
1276 あることを意識すべきであるところ,答案の中には,共犯事件であることのみをもっ
1277 て,甲の被服に付着した血痕が,乙との関係でも直ちに「犯罪の顕著な証跡」に該当
1278 するとしたものが見受けられ,Wが,甲及び乙の共謀に基づく殺害行為を目撃してい
1279 ること,司法警察員P及びQが甲及び乙を発見した際,両名は行動を共にしており,
1280 両名の特徴はWが目撃した犯人2名の特徴と一致することなど,甲と乙との一体性を
1281 示す具体的事実を指摘した上で,乙の同項3号該当性を論じることのできた答案は少
1282 なかった。
1283 さらに,乙は共謀共同正犯であるから,乙につき「罪を行い終わってから間がない
1284 と明らかに認められる」との要件を満たすかについて論じるに当たっては,この要件
1285 が,甲による実行行為のみに向けられているのか,甲及び乙の共謀まで含むのか,後
1286 者の見解をとる場合,共謀とは謀議行為を意味するのか,意思の連絡を意味するのか
1287 につき自己の見解を明らかにした上で,【逮捕@】と同じく,この要件の判断材料と
1288 なり得る事情の範囲につきいかなる見解をとるかによって結論が異なると思われるが,
1289 この点について論じた答案はほぼ皆無であった。
1290
1291 - 30 -
1292
1293 なお,【逮捕A】を違法とする答案の多くが,緊急逮捕としての適法性を論じてい
1294 たものの,設問には「刑事訴訟法第212条第2項に基づき」と記載され,準現行犯
1295 逮捕としての適法性が問われているのは明白であり,緊急逮捕を論じる必要はない。
1296 また,中には,現行犯逮捕としての適法性を論じる答案もあったが,準現行犯逮捕と
1297 して違法である以上,それよりも要件の厳しい現行犯逮捕として適法になる余地はな
1298 く,現行犯逮捕を論じること自体,無令状逮捕が認められる要件や趣旨を理解してい
1299 ないことの表れである。いわゆる論点主義に陥らず,刑事手続全体を俯瞰した学習を
1300 求めたい。
1301 【差押え】については,本事例では,司法警察員Pは,逮捕の約10分後に本件【差
1302 押え】を実施しており,同法第220条第1項の「逮捕する場合」の要件を満たすこ
1303 とは明らかである。それにもかかわらず,この点について相当の分量を割いて論述す
1304 る答案が散見され,事例に即して論じる健全な感覚を欠き,無意味なマニュアル的論
1305 述に終始する弊に陥っているのではないかと危惧された。
1306 設問の【差押え】に関する部分は著名な最高裁判例(最決平成8年1月29日刑集
1307 50巻1号1頁)を下敷きにしており,多くの答案においては,それを踏まえておお
1308 むね適切な論述ができていたものの,同判例が,被処分者に対する差押えをできる限
1309 り速やかに実施するのに適当な最寄りの場所まで連行した上で,実施した差押えを「『逮
1310 捕の現場』における差押えと同視することができる」としていることに漫然と倣って
1311 結論を導く答案が大多数であり,その根拠を的確に論じる答案は少なかった。この点
1312 を論じるに当たっては,捜索の対象が甲の身体着衣であることが,「逮捕の現場」と
1313 いう要件との関係において,どのような意味を持つのかを明確にすることが不可欠で
1314 あるところ,このような視点で論じることができた答案は多くなく,「逮捕の現場」
1315 についての一般的な論述に終始したり,逮捕の現場である路上と甲が転倒した路上,
1316 あるいは連行予定であったI交番との管理権の異同といった令状による捜索可能な場
1317 所の問題と混同している答案が見受けられた。
1318 また,本事例は前記判例と異なり,「適当な最寄りの場所」と考えたI交番に到達
1319 する前に逮捕現場から約200メートル離れた路上で甲が携帯電話を落としたことに
1320 より,司法警察員Pがこれを差し押さえている。これを適法とする見解においては,
1321 甲が転倒して携帯電話を落としたことによりその存在がPに明らかになり,重ねて捜
1322 索をせずとも差押えが可能な状況になったという具体的な事実を摘示した上で,差し
1323 押さえた場所が,「適当な最寄りの場所」と認められることを論じることが求められ
1324 るところ,単に移動距離が当初の予定である300メートルよりも短いことをもって
1325 適法とするなど,全く法的考察がなされていない答案が散見された。
1326 前記判例は,ほとんどの教科書や判例集に掲載されている基本判例であるから,法
1327 科大学院の学生が,同判例の前提である具体的事例を踏まえた上,その内容を深く理
1328 解していれば,本件は,それとの比較において十分に論じられたはずである。
1329 さらに,司法警察員Pが甲の携帯電話を差し押さえたものの,その後の捜査により
1330 同携帯電話には,被疑事実に関する電子メールが送信されていないことが判明した点
1331 に関し,被疑事実と証拠物の関連性は,差押え時の事情から判断すべきことについて
1332 は,ほとんどの答案において理解されていた。しかし,その関連性有無の判断に関し,
1333 司法警察員Pが電子メールの有無を確認しなかったことをもって【差押え】を違法と
1334 した答案が見受けられた。これらの答案は,最高裁判例(最決平成10年5月1日刑
1335
1336 - 31 -
1337
1338 集52巻4号275頁)の法理を本事例に適用したと思われるものの,同判例は,多
1339 量のフロッピーディスクを差し押さえた事例についての判断であり,同事例の具体的
1340 事実関係を見ると,そもそもフロッピーディスクと被疑事実の関連性が必ずしも明ら
1341 かでないところ,本事例では,乙の供述により,甲の携帯電話の記録内容を確認する
1342 までもなく被疑事実との関連性が明らかになっている点で事案が異なっており,同判
1343 例の法理がそのまま該当する場合ではない。判例を学ぶに当たっては,そこに示され
1344 た規範ばかりに目を向けるのではなく,その判例が前提とする具体的事情を分析し,
1345 判例法理の射程距離を意識することが必要である。
1346 次に,設問2については,まず,実況見分調書全体につき,検証調書に準じる書面
1347 として,同法第321条第3項が規定する要件を満たせば伝聞法則の例外として証拠
1348 能力が認められることを前提に,各別紙に関し,要証事実との関係で,更なる要件該
1349 当性を検討する必要が生じ得ることについては,ほとんどの答案において論じられて
1350 いた。
1351 その上で,【別紙1】については,本件実況見分調書の作成者である司法警察員P
1352 の説明部分,目撃者Wの説明部分,Wの説明に基づき司法警察員2名が犯行を再現し
1353 た状況を撮影した写真の3点から構成されるのであるから,「犯行状況」という立証
1354 趣旨(要証事実)との関連において各部分の性質を明らかにし,その性質に応じて証
1355 拠能力を付与する要件につき検討すべきである。この点についても著名な最高裁判例
1356 (最決平成17年9月27日刑集59巻7号753頁)があるところ,答案の中には,
1357 同判例の規範を機械的に記述するのみで本件への適切な当てはめができないものが相
1358 当数見受けられた。具体的には,上記3点を峻別して分析・検討することができない
1359 答案,写真につき機械的に記録したものであり,「非伝聞証拠」であるとして証拠能
1360 力を認める答案などがこれに該当する。
1361 また,【別紙1】の立証趣旨は「犯行状況」であるところ,これを前記判例のいう
1362 「犯行再現状況」と混同する答案も少なからずあり,これらの答案も,前記判例の内
1363 容を理解することなく表面的に暗記しているのではないかと危惧させるものである。
1364 【別紙2】については,立証趣旨は「Wが犯行を目撃することが可能であったこと」
1365 であるから,司法警察員Pの説明部分及び写真は,犯行現場という場所の状態を五官
1366 の作用をもって明らかにしたものとして同項が規定する「検証の結果を記載した書面」
1367 の典型であること,Wの説明部分も,司法警察員Pが,実況見分の対象を特定するに
1368 至った動機・手段を明らかにするためのものであり,その内容の真実性を目的とする
1369 ものではないことを端的に指摘して論じることができた答案は思いのほか少なかった。
1370 なお,昨年,容易に判読できない文字で記載された答案があり,採点に困難を来し
1371 たことを指摘したが,残念ながら,本年においても,複数の考査委員から,ほとんど
1372 改善が見られないとの指摘があったことを付言する。
1373 3
1374
1375 答案の評価
1376 「優秀の水準」にあると認められる答案とは,設問1については,【逮捕@】,【逮
1377 捕A】及び【差押え】の適法性について,事例中の法的問題を明確に意識し,各問題
1378 点ごとに制度趣旨と基本的な判例についての正確な理解に基づく的確な法解釈論を踏
1379 まえて,個々の事例中に表れた具体的事実を適切に抽出,分析しながら論じられた答
1380 案であり,設問2については,実況見分調書の証拠能力に関し,伝聞法則という証拠
1381
1382 - 32 -
1383
1384 法上の基本原則及びそれに関する基本判例を正確に理解して伝聞法則の例外の要件に
1385 ついて,実況見分調書の各部分の性質を分析しつつ論じることができる答案であるが,
1386 このように,出題の趣旨を踏まえた十分な論述がなされている答案は,僅かであった。
1387 「良好の水準」に達していると認められる答案とは,設問1については,法解釈に
1388 ついて想定される全ての問題点に関し一定の見解を示した上で,事例から具体的事実
1389 を抽出できてはいたが,更に踏み込んで個々の事実が持つ意味を一層深く考えて分析
1390 することが望まれるような答案であり,設問2においては,判例を踏まえて正確な論
1391 述がなされているものの,「優秀の水準」にある答案のように,実況見分調書の各部
1392 分を分析して当てはめることがやや不十分である答案である。
1393 「一応の水準」に達していると認められる答案とは,設問1においては,法解釈に
1394 ついて一定の見解は示されているものの,具体的事実の抽出や当てはめが不十分であ
1395 るか,法解釈については十分に論じられていないものの,事例中から必要な具体的事
1396 実を抽出して一応の結論を導き出すことができていた答案がこれに当たり,設問2に
1397 おいては,伝聞証拠であるか否かは要証事実との関連において決せられることについ
1398 て一応の論述がなされているものの,実況見分調書の各部分の性質の分析とそれに応
1399 じた当てはめができていないような答案である。
1400 「不良の水準」にとどまるものと認められる答案とは,上記の水準に及ばない不良
1401 なものをいう。例えば刑事訴訟法の基本的な原則の意味を理解することなく機械的に
1402 暗記し,これを断片的に記述している答案や,関係条文から法解釈を論述・展開する
1403 ことなく,事例中の事実をただ書き写しているかのような答案等,法律学に関する基
1404 本的学識の欠如と能力不足が露呈しているものであり,例えば,設問1では,【逮捕
1405 A】につき,同法212条第2項各号の該当性を明確に否定しながら,犯罪と犯人の
1406 明白性を肯定して適法とするような答案がこれに当たる。
1407 4
1408
1409 法科大学院教育に求めるもの
1410 このような結果を踏まえると,今後の法科大学院教育においては,刑事手続を構成
1411 する各制度の趣旨・目的を基本から正確に理解し,これを具体的事例について適用で
1412 きる能力,筋道立った論理的文章を記載する能力,重要かつ基本的な判例法理をその
1413 射程範囲を含めて正確に理解することが強く要請される。特に,実務教育の更なる充
1414 実の観点から,特殊又は例外的な事項ではなく,日常的に行われている捜査・公判の
1415 進行過程を俯瞰し,刑事訴訟法上の基本原則が,そこにいかなる形で現れているかを
1416 正確に理解しておくことが,当然の前提として求められよう。
1417
1418 - 33 -
1419
1420 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(倒産法)
1421 1
1422
1423 出題の趣旨・狙い等(出題の趣旨に補足して)
1424 個別的な内容については,既に「出題の趣旨」として公表したとおりである。
1425 本年の問題の作成に当たっても,これまでと同様,基本的な概念の理解,具体的な
1426 事案を分析し,法律の規律に的確に当てはめ,その充足性等を判断する能力,実体法
1427 の理解を踏まえた倒産法の規律の理解,具体的な事案に応じて関係者間の利益を適切
1428 に考慮する能力及び問題の解決のための対応策を選択する能力を試すこと等に重点を
1429 置くこととした。
1430
1431 2
1432
1433 採点方針
1434 解答に当たって言及すべき問題点等については,既に「出題の趣旨」として公表し
1435 たとおりである。
1436 第1問については,フルペイアウト方式のファイナンス・リース契約の法的性質を
1437 明らかにした上で,再生手続開始後も目的物件を継続使用する旨の協議の機会をリー
1438 ス会社との間で確保するためにすべき申立てについて,約定による解除の意思表示が
1439 される前後に分け,適切・的確に論ずることができるか(設問1),再生計画で定めら
1440 れた事業譲渡について,再生債務者による実施を期待することができない状況下にお
1441 いて,再生手続の帰すう及びその影響を踏まえて,当該事業譲渡の実行の方法及びそ
1442 の問題点を的確に論ずることができるか(設問2)という点に重点を置いた。
1443 第2問については,与えられた事例から,建設工事に係る元請負契約の請負人であ
1444 り,かつ,下請契約の注文者の地位にある者について破産手続開始の決定があったと
1445 いう事実を正確に把握した上で,注文者(設問1)及び請負人(設問2)のそれぞれ
1446 に対して破産手続が開始されたことに伴って生ずる請負契約の取扱い上の問題点をめ
1447 ぐり,的確な法的分析や規律の選択を論ずることができるか(設問2)という点に重
1448 点を置いた。
1449
1450 3 採点実感等
1451 (1) 第1問
1452 設問1については,解答の結論として求められている事項が再生債務者サイドの
1453 弁護士としてすべき申立てであることから,まず,フルペイアウト方式のファイナ
1454 ンス・リース契約の法的性質を論じた上で,その点に関する自説を踏まえて,民事
1455 再生法が用意する各種の申立ての中から検討すべき申立てを適切に抽出し,当該申
1456 立てが認められるための要件を定立して,事実を当てはめて結論付けるという論述
1457 を行うことが求められる。このような構成を論理的に展開することができた答案に
1458 ついては,高い評価が与えられたが,そのような答案は少なかった。比較的多くの
1459 答案は,当該リース契約の法的性質について担保権付きの融資であるという結論は
1460 指摘していたものの,その理由付けを欠くか,又は理論的な筋が必ずしも通ってい
1461 ないものであった。フルペイアウト方式という名のとおり,目的物件の価値相当額
1462 の全額について使用者が支払義務を負う仕組みとなっていることが賃貸借契約との
1463 違いであり,それゆえにその実質が金融であって,解除が担保権の実行と評価する
1464 ことができるという論理を展開し,検討すべき申立てとして担保権の実行手続の中
1465
1466 - 34 -
1467
1468 止命令(民事再生法第31条)の申立てを抽出して,担保権の実行(終了)の前後
1469 における違いを論ずるという流れが期待された(なお,解除については,いわゆる
1470 倒産解除条項に関する判例等を意識している答案が少なからず見られたが,当該判
1471 例との関係を論ずることは評価の対象として有益な事由となるものの,本件事案は
1472 具体的な債務不履行時の解除であるから,特段の根拠もなく当該判例の事案に係る
1473 条項と同視して無効と結論付けている答案は,説得力を欠くものと評価された。)。
1474 また,上記の中止命令の申立てに言及することなく,担保権消滅の許可の申立て(同
1475 法第148条第1項)についてのみ論じた答案が相当程度存在したが,このような
1476 答案は,
1477 「協議を行う機会を確保するため」という出題に正面から答えるという姿勢,
1478 さらには,これらの制度の趣旨ないし役割分担という基本的事項についての理解に
1479 疑問を感じさせるものであり,評価に差が生ずるポイントとなった。さらに,中止
1480 命令の申立てについて論じた答案の中にも,同法第31条の適用の検討に当たり,
1481 当該リース契約の法的性質に関する見解が同法第53条第1項に規定する担保権に
1482 その文言上当たらないということを前提としつつ,きちんと類推適用の可否として
1483 問題を設定している答案と,漫然と直接適用を前提として論じている答案とがあり,
1484 前者の答案は高い評価を与えることとなったが,条文を丁寧に読み込むという姿勢
1485 があるかどうかが分かれ目となったと考えられる。加えて,解答を求めた「裁判所
1486 における審理の方法に関する問題点」については,B社に対する必要的審尋の実施
1487 (同法第31条第2項)が解除権の行使の動機付けを高めてしまうという問題点及
1488 びその対応策について論ずることが期待されたが,この点を論じた答案は,ごく僅
1489 かであった。
1490 設問2については,解答の結論として求められている事項が再生債権者としてす
1491 べき再生手続の廃止を避けるための申立てであることから,まず,廃止となること
1492 について民事再生法の規定(同法第194条)を適切に摘示して根拠付けた上で,
1493 それを避けるべき必要性を論じ,民事再生法が用意する各種の申立ての中から検討
1494 すべき申立てを適切に抽出し,当該申立てが認められるための要件を定立して,事
1495 実を当てはめて結論付けるという論述を行うことが求められる。このような構成を
1496 論理的に展開することができた答案については,高い評価が与えられたが,そのよ
1497 うな答案は少なかった。取り分け,問題の事案においては,廃止を避けなければ再
1498 生手続の目的(同法第1条)を実現することができず,そのためには再生計画で定
1499 められた事業譲渡を実施する必要があると考えられるため,再生債務者の関与なく
1500 再生計画で定められた事業譲渡を実行するために抽出すべき申立ては,結論的には
1501 管理命令(同法第64条)が唯一の実効性あるものであるということになる。それ
1502 にもかかわらず,事業再生という目的と整合しない再生計画の取消し(同法第18
1503 9条)を論じたり,再生計画の変更の申立て(同法第187条)を変更の内容を論
1504 ずることなく抽象的に述べたり,再生債務者のみが提出することのできる募集株式
1505 の発行にいわゆる100%減資を組み合わせた株主の入替えを内容とする再生計画
1506 案を検討したり,また,事業譲渡の実行について実効性を有しない監督委員の解任
1507 等を論ずるなどしたものが少なからず存在したが,そのような答案は,出題の趣旨
1508 を的確に捉えていないとの評価を行うこととなった。他方で,管理命令の申立てを
1509 的確に抽出した答案には,いきなりその検討に入るのではなく,管理命令の発令が
1510 DIP型の再生手続においては例外的な形態であることを踏まえ,まずは,事業譲
1511
1512 - 35 -
1513
1514 渡の実施に当たって必要となる株主総会決議による承認に代わる許可の申立て(同
1515 法第43条)から検討し,その申立権者が「再生債務者等」であることからそのま
1516 までは認められず,したがって管理命令の申立てが必要となるという論理を展開し
1517 た答案や,管理命令の要件の検討を事案に即して丁寧に行っている答案もあったが,
1518 そのような答案は,高い評価をすることとなった(なお,再生債務者等の定義(同
1519 法第2条第2号)を考慮することなく(類推適用等の手法を用いることなく),再
1520 生債権者が管理命令の申立権者に含まれるとの明文の規定を無視した独自の解釈を
1521 展開している答案も存在したが,そもそもの法律の構造,条文の読み方についての
1522 理解,能力に疑問を抱かざるを得ないものであった。)。また,事業譲渡についての
1523 裁判所の許可(同法第42条)について論じた答案は相当程度存在したが,再生計
1524 画の認可による代替(包摂)という問題点を意識したものは少なく,さらには,管
1525 財人による事業譲渡契約の締結まで配慮した答案は,極めて少なかった。
1526 総じて,第1問については,問題において問われている事項に的確に解答してい
1527 るかどうかで差が付くこととなった。問題文における指示は明確であり,基本的な
1528 概念・制度を正確に理解し,事案を丁寧に分析して,民事再生法の規定を適切に当
1529 てはめて論じている答案が優秀答案と評価し得るものであった。優秀に達しないも
1530 のは,基本的な概念・制度についての理解の正確さ,事案の分析の丁寧さ,民事再
1531 生法の規定の当てはめの適切性等の程度に応じて,良好又は一応の水準に答案の評
1532 価が分かれることとなった。基本的な概念についての理解が乏しく,事案を分析し
1533 規律を的確に当てはめて論ずることができていない答案は,不良の評価となった。
1534 (2) 第2問
1535 設問1については,本件下請契約が双方未履行の双務契約に当たるものの,請負
1536 契約であり,かつ,注文者の地位にあるX社について破産手続開始の決定がされて
1537 いることから,(1)については,民法第642条の規律が適用される結果,Yの解除
1538 が同条第1項前段によるものであるという分析を行った上で,解除が出来高には及
1539 ばないことにも触れつつ,D社の有する請負代金請求権が破産債権となる(同項後
1540 段)という当てはめを行うという流れとなると考えられ,この流れを論理的に展開
1541 することができた答案については,高い評価が与えられたが,そのような答案は少
1542 なかった。本件下請契約が双方未履行の双務契約に当たることは,比較的多くの答
1543 案が指摘していた(ただし,未履行の債務の具体的な摘示を怠り,又は誤っている
1544 ものが散見された。)ものの,そのうち少なくない数の答案は,上記の民法の規定の
1545 問題であることを論ずることなく,破産法第53条の規律の問題であるとして論じ
1546 ており,ここで大きな差が付くこととなった。倒産法を学ぶ者にとって上記の民法
1547 の規定(破産法第53条との関係を含む。)は最も基本的なものであり,仮にこれに
1548 気付くことなく論じたのであれば,かなり問題があるものと言わざるを得ないであ
1549 ろう。民法第642条の問題であることを前提に検討をしている答案においても,
1550 解除の対象が出来高に及ばないことについてまで論じている答案は半数程度にとど
1551 まっており,ここでも差が付くこととなった。また,D社の有する請負代金請求権
1552 の行使方法については,規定どおりに破産債権とする答案のほか,利益衡量等に基
1553 づいて財団債権とする答案があったが,民法第642条第1項後段を適用していな
1554 がら財団債権となる可能性を検討しているものがあり,このような答案は,同項後
1555 段の規定の意味を理解していないものと評価せざるを得ないであろう。(2)について
1556
1557 - 36 -
1558
1559 は,双方の解除権が放棄される等して消滅したことという「出題の趣旨」において
1560 も指摘している点についてまで分析した答案が極めて少ないながらも存在し,高い
1561 評価を行うこととなったが,ほとんどの答案は,破産法第53条第1項に基づき継
1562 続されることとなったと単純に論じていた(ただし,このような答案にも,一定程
1563 度の評価は行った。)。また,D社の有する請負代金請求権の行使方法については,
1564 相当程度の答案が比較的よく分析することができていたということができるものの,
1565 破産手続の開始の前後で分けることなく論じている答案も散見され,そのような答
1566 案は,平板な答案にならざるを得ず,問題の所在の把握が不十分なものとの評価を
1567 行うこととなった。
1568 設問2については,問題文においてYの解除が「破産法第53条第1項の規定に
1569 基づ」くものであることが明示されていたためか,(1)のA社の請負代金返還請求権
1570 の法的性質については,相当程度の答案が同法第54条第2項の問題として論ずる
1571 ことができており,一定の評価を与えることができたものの,その当てはめを含め
1572 た根拠付けについては,丁寧なものからごく簡単なものまで,様々であり,それが
1573 評価に差をもたらすものとなった。他方で,同項について何ら触れることなく,破
1574 産法第148条第1項第4号や第5号を論じたり,更には破産債権とする答案も少
1575 なくなかったが,取り分け,財団債権と解する立場に配慮せずに,説得的な根拠付
1576 けを行うことなく破産債権と結論付ける答案が一定数存在し,このような答案は低
1577 い評価とならざるを得なかった。(2)については,B銀行の求償債権が破産債権(同
1578 法第2条第5項)であるという前提はほとんどの答案が指摘することができていた
1579 が,残念ながら,代位によって取得することになるA社の請負代金返還請求権につ
1580 いて(1)の検討において財団債権と位置付けておきながら,その比較について何ら問
1581 題意識を持たずに,同法第104条の適用についてのみ論じている答案が少なから
1582 ずあり,ここで大きな差が付くこととなった。加えて,本問の事例からは問題とな
1583 らないB銀行に対する預金債権を受働債権とする相殺について検討した答案が一定
1584 数目に付いたが,思い込みから知っている特定の論点に飛び付くのではなく,問題
1585 文をよく読み,事例から的確に問題点を把握する姿勢を涵養する必要があると感じ
1586 られた。
1587 総じて,第2問については,破産手続開始の決定を受けたX社が元請負契約であ
1588 る本件請負契約においては請負人の地位にあり,かつ,下請契約である本件下請契
1589 約においては注文者の地位にあるという事実を正確に把握した上で,民法及び破産
1590 法の規定の適用を的確に選択することができたかどうか,また,各請求権の法的性
1591 質ないし権利行使の方法を論ずるに当たって,事例の事実関係を前提としつつ,論
1592 理的に適切な規律の解釈・当てはめを行うことができたかどうか等で差が付くこと
1593 となった。基礎的な概念・規定の正確な理解を基に事案を分析し,的確な規律の当
1594 てはめを論じている答案が優秀答案と評価し得るものであった。優秀に達しないも
1595 のは,基礎的な概念・規定についての理解の正確さ,事案の分析の丁寧さ,規律の
1596 当てはめの的確性等の程度に応じて,良好又は一応の水準に答案の評価が分かれる
1597 こととなった。基礎的な概念・規定についての理解が乏しく,事案を分析し規律を
1598 的確に当てはめて論ずることができていない答案は,不良の評価となった。
1599 4
1600
1601 今後の出題について
1602
1603 - 37 -
1604
1605 今後も,特定の傾向に偏ることなく,基本的な事柄に関する知識・理解を確認する
1606 問題と具体的な事案からの問題発見能力を試す問題,倒産実体法に関する問題と倒産
1607 手続法に関する問題,企業倒産に関する問題と個人倒産に関する問題等,幅広い観点
1608 からの出題を心掛けることが望ましいと考える。
1609 5
1610
1611 今後の法科大学院教育に求めるもの
1612 全体的に,法令の各条文が規定する要件への当てはめをおざなりにしている答案が
1613 非常に多いという印象を受けざるを得ず,法令の規定の解釈・適用に必要な作法が法
1614 科大学院教育において得られていないのではないかとも危惧されるところである。
1615 従来から指摘されていることではあるが,やはり,倒産法における基本的な概念・
1616 制度・規律について,条文の規定等に基づき,しっかりと身に付けさせるということ
1617 が重要であり,その上で,具体的な事案に関し,このような基本的な概念・基礎的な
1618 事項を基にして,正確に事案を分析し,法的に何が問題となるのかを的確に抽出し,
1619 それに対して倒産という事象が発生した場合の適切な問題解決という結論を導くため,
1620 論理的な整合性に配慮しつつ,的確な倒産法の規範の当てはめを行うことができる能
1621 力の養成を期待したい。
1622
1623 - 38 -
1624
1625 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(租税法)
1626 1
1627
1628 出題の趣旨・狙い等(出題の趣旨に補足して)
1629 公表済みの「出題の趣旨」のとおりである。
1630
1631 2 採点実感等
1632 (1) 第1問
1633 公表済みの「出題の趣旨」の中で述べた主要な論点に即して,事例解析力と論理
1634 的思考力を重視して採点した。採点に当たっては,所得税法の基本的なルールの説
1635 明に対しても一定の基礎点を与えたが,より多くの点数について当てはめで評価し
1636 た。当てはめについては,結論によって差を付けるのではなく,問題文に記載され
1637 ている裁判員候補者及び裁判員の職務の理解,旅費,日当及び宿泊料の支給の性質
1638 の検討,事実摘示及び事実評価の適切さ,所得税法の基本ルールの当てはめにおい
1639 て法律の適用順序に誤りはなく,論証の論理性に問題はないか,という観点から見
1640 て,その結論を導き出す論証の部分にどれほどの説得性があるかを重視した。昨年
1641 までと同様に,論証の質を重視したのである。
1642 全体的な印象としては,基本的な条文について,その趣旨までをも含めた正確な
1643 理解ができているかどうかが,論述の正確性と分析の的確性を決めている。すなわ
1644 ち,法律の趣旨内容の理解の程度が,適用対象となる事実関係を観察する場合の「目
1645 のつけどころ」に影響し,最終的に論述の説得力に反映する。その意味でも,試験
1646 場に来る前に行っておくべきは,租税法の基本的な考え方と基本条文の定めの背後
1647 にある趣旨の正確な理解に努めることであろう。
1648 支給を受けた旅費,日当及び宿泊料が課税所得を構成するかについては,所得税
1649 法が所得概念を包括的に構成しており,法令上の非課税規定がない限り,原則とし
1650 て純資産の増加を課税の対象としていることを明示的に指摘するものは必ずしも多
1651 くなかったものの,多くの答案はこのことを暗黙の前提としていた。問題は,これ
1652 らの支給のうち実費弁償的な性格を有するものについて,それが本当に課税所得で
1653 あるといえるかである。この点については,後述する所得分類の論点についてこれ
1654 らの支給を給与所得と解する答案のほとんどは,支給された旅費を「通勤手当(こ
1655 れに類するものを含む。)(所得税法第9条第1項第5号)」に当たるとしていた。
1656 中には,支給された宿泊料もこれに当たるとするものも散見されたが,「通勤手当
1657 (これに類するものを含む。)」という文理の範囲を超えている。なお,旅行費(所
1658 得税法第9条第1項第4号)や制服等(所得税法第9条第1項第6号)に関する非
1659 課税規定の類推適用を論ずる答案もあった。
1660 所得分類については,多くの答案が,各種所得への該当性の判断基準を,判例の
1661 準則に依拠しつつほぼ正確に述べていた。これに対し,当てはめの結論としては,
1662 給与所得に当たるとするもの,一時所得に当たるとするもの,雑所得に当たるとす
1663 るものに大きく分かれた。また,裁判員候補者として受けた支給と裁判員として受
1664 けた支給で区別するものや,日当,旅費及び宿泊料のそれぞれについて区別するも
1665 のなど,幾つかのパターンに分かれた。この点については,余り機械的に個別まち
1666 まちの取扱いとすることが果たして適切かという問題がある。しかし,先に述べた
1667 ように,結論それ自体によって評価に差を付けるのではなく,論証の質を重視して
1668
1669 - 39 -
1670
1671 評価を与えた。例えば,給与所得の該当性判断に際して,労務の提供の対価である
1672 か,空間的・時間的拘束があるかなどの考慮要素を説得的に摘示しているか否か,
1673 あるいは,一時所得の該当性判断に際して,役務の対価としての性質の有無などを
1674 説得的に示しているか否か,というような点である。また,雑所得に当たるのはあ
1675 くまで他の各種所得に該当しない場合であることから,所得分類を論ずる順序とし
1676 ても,先に給与所得等への該当性を論じたのち,それらについて消極の結論に至っ
1677 て初めて雑所得について論ずるというステップを踏んでいるか,というような点で
1678 ある。
1679 所得分類に関連して付言すれば,最初に給与所得とか雑所得とかに結論を「決め
1680 打ち」してしまい,問題文の中から「決め打ち」した結論に合うところだけを拾っ
1681 たのではないかと思われるような記述になっている答案が散見された。これでは説
1682 得力のある答案になりにくい。これに対し,相反するようにみえる事実関係をもう
1683 まく評価して結論に至っている答案には,なかなか説得力があった。中には,裁判
1684 員法をよく読んで,この事例で問題になっている裁判員候補者及び裁判員のみなら
1685 ず,補充裁判員も旅費,日当及び宿泊料を受けると法定されていることに触れる答
1686 案もあった。このような点にまで気が付いた人は,裁判員が受ける日当等の性質の
1687 評価において,過度に裁判員候補者や補充裁判員が行うことのない職務(審理への
1688 参加)の意味を重視することには,疑問が湧くのではないだろうか。
1689 支出したホテル代の扱いについては,受けた支給の所得分類について給与所得と
1690 する答案のほとんどが,給与所得については必要経費の実額控除が認められておら
1691 ず,法定概算控除としての給与所得控除が認められることを正確に指摘していた。
1692 さらに,特定支出控除に触れる答案も見られた。これに対し,雑所得とする答案の
1693 多くは必要経費控除の可否を論じており,その中には事実関係に即して丁寧に当て
1694 はめを行うものがあった。なお,問題文では,支出したものを「ホテル代」と記述
1695 し,支給を受けたものを「宿泊費」と記述している。従って,必要経費控除が問題
1696 になるのは「ホテル代」であり,収入金額への計上が問題になるのは「宿泊費」で
1697 ある。多くの答案は問題文を正確に読み取ってその用語法に忠実に従いつつ当ては
1698 めを行っていたが,少数ながら両者を混同する答案も見られた。
1699 第1問の採点の結果,全体を通してみると,ほぼ想定通りの分布となったが,「良
1700 好」よりも「一応の水準」に該当する答案の割合のほうがやや多かった。
1701 (2) 第2問
1702 公表済みの「出題の趣旨」の中で述べた主要な論点及び視点に即して,それぞれ
1703 について試されている能力を重視して採点した。その際,所得税法及び法人税法の
1704 基本的な規定を適切に指摘しているか,さらにその内容を正確に理解しているかを
1705 重視した。見解に対立がある論点については,理論的に明らかに誤っている場合は
1706 別として,結論の当否そのものよりもその結論に至る論証を重視し,結論の差異に
1707 よって評価に差を設けるようなことはしなかった。採点結果の概要及び実感は以下
1708 のとおりである。
1709 設問1は,必要経費と損金という類似した2つの概念の異同を問う問題であると
1710 ころ,ほとんどの答案は,必要経費については所得税法第37条を,損金について
1711 は法人税法第22条第3項をそれぞれ指摘しており,適切であった。また,両者の
1712 「同」の部分についても,費用の控除が投下資本の回収に該当することを適切に指
1713
1714 - 40 -
1715
1716 摘した答案が多かった。これに対し,両者の「異」の部分については,所得税法第
1717 37条と法人税法第22条第3項を対比すれば,損失及び資本等取引について扱い
1718 が異なり,また,設問2から所得税については家事費が存在することが分かると考
1719 え,この3点だけでもその理由も含めて論じてくれるものと期待していた。しかし,
1720 この3点全てを指摘した答案がほとんどなかった。半数くらいの答案は,上記3点
1721 のうちの損失の取扱いの違いだけを指摘しており,その理由を含めて説得的に論証
1722 していた答案が少なからずあったが,理由が全く記載されていない答案もかなりの
1723 数あった。
1724 設問2は,必要経費の判断基準とその当てはめの問題であり,判断基準を自ら定
1725 立した上で,事案に当てはめることを求めているが,ほぼ全ての答案はこの論理の
1726 流れに沿って記述されており,適切であった。
1727 そのうち,@の講演会参加費等の各支出の必要経費該当性について,受験生の見
1728 解としては,甲説(全て必要経費に算入できるという説),乙説(講演会参加費及
1729 び懇親会は必要経費に算入できるという説),丙説(講演会参加費だけ必要経費に
1730 算入できるという説)及び丁説(全て必要経費に算入できないという説)の4説に
1731 分かれた。受験生の中の多数説は乙説であったが,前述のようにどの見解を採用し
1732 ても,論理的で説得力があれば,評価に差を設けることはしなかった。論証のポイ
1733 ントは,「出題の趣旨」でも述べたとおり,必要経費とは認められない家事費(及
1734 び家事関連費)との区別であるところ,それを明示した上で論証した答案が少なか
1735 った。また,本問は,特定の収入との対応関係が明確ではない一般対応(間接対応
1736 ・期間対応)の必要経費性が問題となっているのに,個別対応(直接対応・客体対
1737 応)の必要経費についての要件該当性を検討している答案が散見された。また,必
1738 要経費の要件を条文に即してではなく,単に記憶に頼って記述している答案も散見
1739 された。
1740 Aの脱税工作のための支出については,受験生の見解としては,甲説(必要経費
1741 に算入できるという説),乙説(必要経費に算入できないという説)が,およそ半
1742 分ずつに分かれており,乙説については,乙1説(収益を生み出すものではないか
1743 ら費用に該当しないという説)と乙2説(費用には該当するが,それを必要経費と
1744 認めることは公序に反するという説)に分かれた。多くの答案は,脱税工作のため
1745 の支出という違法支出について,果たして必要経費に算入することを認めて良いか
1746 という問題意識を持つとともに,それを違法収入も課税所得となることとの対比で
1747 検討している答案もかなりの数あり,問題の所在を適切に理解していたといえる。
1748 Aが法人である場合については,法人税法第22条第4項の公正処理基準から,
1749 損金に算入できないという見解と,法人税法第55条第1項を指摘して,損金に算
1750 入できないという見解に分かれ,後者の見解が多かった。しかし,法人税法第55
1751 条は,平成18年度改正により新設された規定であるところ,本件は,平成14年
1752 の所得が問題となる事案であったため,同条の適用のある事案ではない。この点を
1753 適切に指摘した答案は極めて少なかった。また,法人税法第22条第4項の問題と
1754 して議論する場合には,最高裁判所平成6年9月16日第三小法廷決定(刑集48
1755 巻6号357頁)に言及して論じることを期待していたが,同決定に言及した答案
1756 も極めて少なかった。
1757 設問3については,まず,過納金及び還付加算金の課税所得該当性を個別に検討
1758
1759 - 41 -
1760
1761 することとなる。「出題の趣旨」でも述べたように,過納金については,納税者に
1762 還付されることによって経済的価値が流入しているが,所得税を納付しても所得金
1763 額に影響を及ぼすことがないこと(所得税法第45条第1項第2号)を踏まえて,
1764 納付した所得税が過納金として還付された場合に所得金額に影響を及ぼすかを検討
1765 する必要がある。そうすれば,還付される過納金は,課税所得とはなり得ないこと
1766 が理解できたと思うし,常識的に考えても,過納金の受還付は,納め過ぎた税金を
1767 返してもらうだけなのに,返ってくる税金に更に税金が課されるというのは不合理
1768 ではないかと思われる。ところが,過納金の還付も経済的価値の流入であるから課
1769 税されるとした答案や,さらには課税所得性を全く問題にしないまま所得分類を判
1770 断する答案が半数以上もあった。還付される過納金には課税されないとした答案に
1771 ついても,所得税法第45条第1項第2号を指摘して論じた答案は少なかった。ま
1772 た,還付加算金については,過納金との区別を意識した答案は少なく,利子的な性
1773 格があると指摘した答案は更に少なかった。利子的な性格があることを指摘した答
1774 案でも,所得区分については,過納金とともに一時に還付されることから,一時所
1775 得とした答案がほとんどであった。しかし,還付加算金が利子的な性格があるとす
1776 ると,一時的・偶発的な利得とはいえず,対価性のない一時所得と考えるのは困難
1777 ではないかと思われる。なお,過納金と還付加算金を合わせて「過納金等」と表現
1778 し,両者を区別せずに論じている答案もかなりあった。
1779 C税理士に支払った報酬の必要経費該当性については,@還付加算金を稼得する
1780 ための必要経費と考え得るか,また,A不動産所得を稼得するための必要経費と考
1781 え得るかの両面から検討して欲しかったが,ほとんどの答案は@のみを検討し,A
1782 を検討した答案は極めて少なかった。@を検討するに当たっても,還付加算金が利
1783 子的な性格を有することを踏まえた上で,設問2で定立した必要経費の判断基準に
1784 従って丁寧に論じた答案は少なかった。
1785 第2問の採点の結果,「優秀」,「良好」,「不良」に該当する答案の割合が少なく,
1786 「一応の水準」に該当する答案の割合が多かった。「不良」に該当する答案が少な
1787 かった理由は設問2の解答がそれなりの水準に達している答案が多数であったこと
1788 によるものであり,「優秀」及び「良好」に該当する答案が少なかった理由は,設
1789 問3の出来が余り良くなかったことに影響しているものと思われる。第2問全体を
1790 通じて,設問3の出来不出来が「良好」と「一応の水準」とのいずれのカテゴリー
1791 に入るかの分かれ目となったものと思われる。
1792 3
1793
1794 今後の出題について
1795 今後の出題についても,これまでどおり,所得税を基本としつつ,具体的な事実関
1796 係の下で租税法の基本的な条文や概念の理解とその適用能力を試す問題を出題するこ
1797 とが望ましいと考えられる。
1798
1799 4
1800
1801 今後の法科大学院教育に求められるもの
1802 今年も,第2問の設問1及び設問2において,法人税法に関する問題を出題した。
1803 今後も所得税を基本とする問題が出題されると思われるが,法人税についての基礎的
1804 な知識の修得も必要であることは言うまでもない。
1805 また,今後も,事例中心の出題である点は変化はないと思われるから,法科大学院
1806
1807 - 42 -
1808
1809 においては,所得税法及びこれに関連する法人税法に関して,条文や制度の内容を機
1810 械的に覚えるのではなく,そのような条文や制度内容の趣旨・目的,所得税制におけ
1811 る位置付けを含めた理解をするように努め,そのような学習を基礎にして,習得した
1812 知識や能力を事例演習等によって確認し,それらの応用力や総合的判断力を涵養して
1813 いくというような教育が望まれる。
1814 5
1815
1816 その他
1817 全体的な印象として,事案をあるがままに読み取って分析するのではなく,自己が
1818 覚えているキーワードに当てはまりそうな部分だけを問題文から機械的に切り取って
1819 論じていると思われる答案がかなりあった。このような答案は,論証が一面的になっ
1820 てしまい説得力に欠けることとなる。このような答案となってしまう理由は,条文の
1821 背後にある趣旨をしっかりと理解することなく,単にキーワードだけを暗記するよう
1822 な勉強をしているからである可能性がある。
1823 実務法曹にとって最も大切な資質の一つが,個別具体的な事案において特定の結論
1824 を採用してよいかどうかを,突き詰めて考える姿勢である。司法試験の答案の作成に
1825 おいても,事案を全体的に見た場合に,結論の座りの良さは何かを悩みつつ法の解釈
1826 適用をするという姿勢を見せることも大切ではないかと思う。
1827 なお,前記2(2)で述べたように,第2問の答案で,過納金と還付加算金の区別がつ
1828 いていない答案が散見された。所得税法及び法人税法のみならず国税通則法について
1829 も最低限の理解が必要であることは言うまでもない。
1830
1831 - 43 -
1832
1833 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(経済法)
1834 1
1835
1836 出題の趣旨について
1837 出題に当たり,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下,「独占禁
1838 止法」という。)上の制度・規定の趣旨及び内容を正確に理解し,問題文の行為が当
1839 該市場における競争にどのような影響を与えるかを念頭に置いて,事実関係を丹念に
1840 検討した上で,要件の当てはめができるか,それらが論理的かという点を評価し得る
1841 ような問題作成を目指した。
1842 出題した2問は,独占禁止法の基本を正確に理解し,これに基づいて検討すれば解
1843 答し得る問題であり,公表されている公正取引委員会の考え方やガイドライン等につ
1844 いて細かな知識を求めるものではない。
1845
1846 2
1847
1848 採点方針
1849 別途公表済みの出題の趣旨及び前記1で述べたとおり,独占禁止法の基本的概念や
1850 個別の要件の意義を,その趣旨を踏まえて正確に理解しているか,当該行為が市場に
1851 おける競争に与える影響を十分に洞察しようとして,問題文のどの事実をどのような
1852 観点から取り上げるのが相当かを分析した上で,的確に要件に当てはめることができ
1853 ているか,それらは論理的かつ説得的で矛盾がないかという観点から,法的な能力を
1854 見ようとした。
1855 第1問は,自動車部品のメーカーX社が,部品甲の新製造方法αのノウハウ技術を
1856 他のメーカーにライセンスするに際し,α専用の製造装置をY社から購入することを
1857 義務付ける行為について,独占禁止法第19条が禁止する不公正な取引方法たる抱き
1858 合わせ販売等(一般指定第10項)の該当性を問うものであり,@このような行為が
1859 市場における競争に与える影響を洞察する見地から事例を的確に分析し,X社が主た
1860 る商品の供給をてことして抱き合わせられる商品(従たる商品)の購入を余儀なくさ
1861 せる事実関係を指摘した上,A独占禁止法の基本的概念や要件に関する正確な理解に
1862 基づいて,一般指定第10項「不当に」の文言から公正競争阻害性の要件が導かれる
1863 ことを正確に指摘するとともに,競争減殺が生じ得る一定の取引分野を適切な方法で
1864 画定し,B重要な事実(新製造方法αが,旧製造方法に比して,甲の品質を大きく向
1865 上させ,製造コストも大幅に削減させること,短期間のうちに旧製造方法に取って代
1866 わると見込まれること等)を拾い出して,的確な当てはめを行うことにより,競争減
1867 殺の有無を論理的かつ説得的に論じ,C目的の正当性及び手段の相当性の見地から正
1868 当化事由の有無を具体的に検討することができているかを見た。なお,公正競争阻害
1869 性については,これをもって競争手段の不公正さと解することもできるが,その場合
1870 も,具体的な事実関係を丁寧に検討して,能率競争への影響や選択の自由への侵害の
1871 有無を論理的かつ説得的に論じる必要があり,これを評価の対象とした。また,本問
1872 では,排除条件付取引(一般指定第11項),拘束条件付取引(同第12項),排除型
1873 私的独占(独占禁止法第3条)の該当性を論じることも考えられるが,その場合も,
1874 基本的には抱き合わせ販売等について先に述べたところと同様の視点から評価を行っ
1875 た。ただし,排除型私的独占を論じる場合には,本問の事実関係で,競争減殺にとど
1876 まらず,実質的な競争制限までをも認めることができるか十分に論じる必要があり,
1877 採点に当たっては,この点に着目して評価を行った。
1878
1879 - 44 -
1880
1881 第2問は,水上スポーツ用の船舶である乙のメーカー5社及び販売店のほとんど全てが
1882 加入する事業者団体Aが実施しようとしている,乙の安全・事故対策のための対策要綱(1)
1883 及び(2)が,独占禁止法第8条第4号が規定する構成事業者の機能又は活動の不当な制限
1884 の禁止に該当するか否かを問うものである。まず,乙の耐用年限を一律5年とする対策要綱
1885 (1)については,@乙の製造・販売分野における,メーカー間の耐用年限をめぐる競争を
1886 制限する効果を持ち得ることを指摘し,その具体的な考慮要素を正確に拾い出して検討して
1887 いるか,また,A転覆・衝突事故の防止という観点からの正当化事由の有無を,関連する諸
1888 事情を考慮して総合的に検討しているかを見た。このうち,@については,メーカーの合計
1889 シェアの高さ,従来のユーザーの平均使用期間が約8年であること,メーカーの従来の耐用
1890 年限がいずれも5年程度であること,基準の遵守は強制されていないことなどの事情を考慮
1891 して,5年より長い耐用年限の乙を製造・販売しないという協調行動を生じさせる可能性を
1892 的確に検討しているか,またAについては,事故原因が乙の経年劣化にあること,5,6年
1893 を経過する頃から事故発生率が上昇するというデータが存在することなどの事情を考慮し
1894 て,目的の正当性及び手段の相当性の存否を論理的かつ説得的に論じているかを見た。
1895 次に,対策要綱(2)については,@商品付帯賠償責任保険Wを乙に付帯して販売するこ
1896 とを義務付けることにより,乙の製造・販売分野において,保険を付帯して販売するか否か
1897 というメーカー間の販売方法をめぐる競争を制限することを正確に理解し検討しているか,
1898 及び,A損害賠償をめぐるトラブルの防止という観点からの正当化事由の有無を関連する諸
1899 事情を考慮して総合的に検討しているかを見た。このうち,@については,メーカーの合計
1900 シェアの高さ,付帯を義務付けていることなどの考慮要素を正確に拾い出して検討している
1901 か,本件行為は抱き合わせ販売には該当しないことを理解した上で解答しているかを見た。
1902 またAについては,本件行為が事故被害者の救済とユーザー利便の向上に資するものである
1903 こと,保険期間が1年と短期であること,メーカーによる保険会社の選択は自由であること
1904 などの事情を考慮して,目的の正当性及び手段の相当性の存否を論理的かつ説得的に検討し
1905 ているかを見た。
1906 3 採点実感等
1907 (1) 出題の趣旨に即した答案の存否,多寡について
1908 第1問については,多くの答案が,抱き合わせ販売等の該当性を論じていたほか,
1909 抱き合わせ販売等に併せ,又はそれに代えて,排除条件付取引,拘束条件付取引又
1910 は排除型私的独占を論じ,一定の取引分野の画定,成立要件の検討,事実の当ては
1911 め,正当化事由の検討を行って,おおむね出題の趣旨に即した論じ方をしていた。
1912 なお,独占禁止法第21条の適用いかんに重点を置き,上記抱き合わせ販売等その
1913 他の該当性や正当化の許否を十分に論じない答案が見受けられたが,不正競争防止
1914 法上の営業秘密たるノウハウ技術に同条が適用されないことに争いはなく,そうし
1915 た答案は出題の趣旨に沿うものではなかった。
1916 第2問については,多くの答案が,出題の趣旨に即して,独占禁止法第8条第4
1917 号の該当性を検討していたが,同条第1号の該当性を否定するのみで,同条第4号
1918 の該当性を検討しない答案も見られた。また,対策要綱(2)について,同条第4
1919 号の該当性を検討せずに同条第5号(抱き合わせ販売)の該当性のみを検討する答
1920 案も少なからず見られた。さらに,同法第8条ではなく,同法第3条の該当性のみ
1921 を検討する答案も見られた。
1922
1923 - 45 -
1924
1925 (2)
1926
1927 出題時に予定していた解答水準と実際の解答水準との差異について
1928 第1問については,多くの答案において,一定の取引分野の画定方法,各制度の
1929 要件など,基本的な知識に関しては,出題時に予定していた解答水準と実際の解答
1930 水準との間に大きな差異は認められなかった。もっとも,例えば一般指定第10項
1931 にいう「不当に」の解釈を誤るなど,基本的な理解が不十分であることを示す答案
1932 も少なくなかった。また,本問では,問題文から得られる多くの事実の中から重要
1933 な事実を拾い出し,各事実の意味を正確に把握して,説得的に論述することを期待
1934 したが,各制度の成立要件等の説明に終始し,事案に即した事実の検討を十分に行
1935 わない答案も散見された。
1936 第2問については,独占禁止法第8条第4号を指摘した上で,公正競争阻害性及
1937 び正当化事由を中心に論じる答案が多いと考えていたが,予想以上に,公正競争阻
1938 害性自体を否定して正当化事由の有無を検討しない答案が多く見られた。また,公
1939 正競争阻害性については,市場を画定し,問題文の事実を摘示した上で,競争制限
1940 効果を丁寧に論述してほしかったが,多くの答案がこの点不十分であった。具体的
1941 には,市場画定を行わずに競争制限効果を論じるものや,正当化事由について結論
1942 を述べるのみで問題文の事実を摘示した理由付けがきちんとなされていない答案が
1943 多く見られた。
1944 (3) 「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」答案について
1945 第1問については,「優秀」な答案は,抱き合わせ販売等その他の趣旨及び要件に
1946 関する正確な理解を示した上,問題文から重要な事実を拾い出して的確な当てはめ
1947 と十分な理由付けを行い,正当化事由の有無まで説得的な論述がなされているもの
1948 とし,「良好」な答案は,比較的論述は薄いものの,必要な論点を網羅した上で,要
1949 点を的確にまとめてあるもの,「一応の水準」の答案は,「良好」な答案と評価され
1950 るために必要なポイントのうち,幾つかのポイントを欠くものとした。また,
1951 「不良」
1952 の答案は,条文解釈や成立要件に関する基本的な理解を欠き,本問の論点を拾うこ
1953 とができず,問題文が示す事実関係に即した論述がなされていないものとした。
1954 第2問については,「優秀」な答案は,事業者団体性,団体の行為性,公正競争阻
1955 害性,正当化事由について,問題文に含まれた認定に必要不可欠な事実を適切かつ
1956 丁寧に拾い出し,当てはめが的確になされているものとし,「良好」な答案は,比較
1957 的論述は薄いものの,必要な論点を網羅した上で,要点を的確にまとめてあるもの,
1958 「一応の水準」の答案は,
1959 「良好」な答案と評価されるために必要なポイントのうち,
1960 幾つかのポイントを欠くものとした。また,「不良」の答案は,独占禁止法第8条第
1961 4号の条文を抽出できずに論点をきちんと拾えず,出題意図を離れた論述をしてい
1962 るものとした。
1963 なお,これらは各水準に属する答案の一例で,採点に当たっては,総合的な能力
1964 の判定にも配慮しており,各水準に属する答案は,上記のものに尽きるものではな
1965 い。
1966
1967 4
1968
1969 今後の出題について
1970 今後も,独占禁止法の基礎的知識の正確な理解,当該行為が市場における競争に与
1971 える影響の洞察力,事実関係の検討能力及び論理性・説得性を求めることに変わりは
1972 ないと考えられる。
1973
1974 - 46 -
1975
1976 5
1977
1978 今後の法科大学院に求めるもの
1979 経済法の問題は,不必要に細かな知識や過度に高度な知識を要求するものではない。
1980 経済法の基本的な考え方を正確に理解し,これを多様な事例に応用できる力を身に付
1981 けているかどうかを見ようとするものである。法科大学院は,出題の趣旨を正確に理
1982 解し,引き続き,知識偏重ではなく,基本的知識を正確に習得し,それを的確に使い
1983 こなせる能力の育成に力を注いでいただくとともに,論述においては,論点主義的な
1984 記述ではなく,構成要件の意義を正確に示した上,当該行為が市場における競争へど
1985 のように影響するかを念頭に置いて,事実関係を丹念に検討し,要件に当てはめるこ
1986 とを論理的・説得的に示すことができるように教育してほしい。
1987
1988 - 47 -
1989
1990 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(知的財産法)
1991 1
1992
1993 出題の趣旨について
1994 既に公表した出題の趣旨のとおりである。
1995
1996 2 採点方針等
1997 (1) 第1問
1998 第1問は,職務発明,先使用,冒認出願・共同出願違反となり得る可能性を含む
1999 事例を基に,特許権に基づく差止請求訴訟において想定される抗弁,再抗弁(対抗
2000 主張)の摘示及びその妥当性を問い,さらに,その発展した問題として,特許権の
2001 移転請求の成否を問う問題であり,複雑な事例の内容を正確に把握し,論点を的確
2002 に抽出する事案分析能力,抽出した論点につき,抗弁と再抗弁を判断し,裁判例が
2003 ある論点については,それを踏まえた法解釈とその適用に関する思考力・応用力及
2004 びその論述能力を試そうとするものである。
2005 設問1は,Yの主張し得る抗弁として,職務発明による法定通常実施権,先使用
2006 に基づく通常実施権,冒認出願(又は共同出願違反)を理由とする無効の抗弁に言
2007 及することが「一応の水準」と評価されるラインである。それぞれの抗弁の論証に
2008 当たっては,職務発明による法定通常実施権については,特許法第35条第1項の
2009 文言に照らし、特許を受けたXが方法1に係る特許を受ける権利を有効に承継して
2010 いなかった場合でもなおYに法定通常実施権が成立し得るのかとの問題,先使用に
2011 基づく通常実施権については,方法1はXに特許を受ける権利を譲渡した乙による
2012 職務発明であるため,Yが同法第79条所定の「特許出願に係る発明の内容を知ら
2013 ないでその発明をした者から知得した者」に当たるのかとの問題,方法2に関して
2014 は,発明思想説か実施形式説かといった先使用権の範囲に関する問題があり,さら
2015 に,無効の抗弁については,本件特許が同法第123条第1項第6号に当たるのか
2016 同項第2号(共同出願違反)に当たるのかという問題,Xが乙から有効に特許を受
2017 ける権利を譲り受けたと思われる方法2に関しても冒認出願といえるのかという問
2018 題があるところ,これらについて問題点を的確に指摘した上で論述されていれば,
2019 「良好」又は「優秀」と評価した。
2020 設問2は,冒認出願を理由とする無効の抗弁に対する訂正の対抗主張に触れるこ
2021 とが「一応の水準」である。そして,訂正の対抗主張が認められる要件につき,裁
2022 判例の示す基準などを念頭において丁寧に論じていれば,「良好」又は「優秀」と
2023 評価した。なお,訂正の対抗主張の要件として,訂正審判請求又は訂正請求をした
2024 ことが必要であると解し,職務発明による法定通常実施権を抗弁として認める立場
2025 を採ると,通常実施権者であるYの承諾のないXによる訂正審判請求若しくは訂正
2026 請求の適法性(特許法第127条,同法第134条の2第9項)が問題となり得る
2027 ことから,これについて触れていれば,より高く評価した。
2028 設問3は,特許法第74条の要件を検討し,全部移転請求が可能かについて触れ,
2029 持分の移転請求の可否について言及した上で,持分の移転請求が可能であり本件特
2030 許がXとYとの共有となると論述する場合は,Yの差止請求につき同法第73条第
2031 2項又は同法第79条の2による実施権の成否に触れることが「一応の水準」であ
2032 り,これらの規定の適用の可能性を指摘した上で自説を論じていれば,「良好」又
2033
2034 - 48 -
2035
2036 は「優秀」と評価した。
2037 (2) 第2問
2038 第2問は,二次的著作物の原著作者の権利(著作権法第28条)の範囲,美術等
2039 の著作物の展示に伴う複製に関する権利制限(同法第47条)の成否,引用(同法
2040 第32条第1項)の成否,いわゆる応用美術の問題など,いずれも著作権法の基礎
2041 的かつ重要な論点であって,裁判例の集積のなされている問題についての基礎的な
2042 理解を問うとともに,長文の設問から的確に論点を抽出する事案分析能力,抽出し
2043 た論点について,判例を踏まえた法解釈とその適用に関する思考力,応用力及びそ
2044 の論述能力を試そうとするものである。
2045 設問1は,著作権法第28条の適用の可否に触れることが「一応の水準」と評価
2046 されるラインである。その上で,まず,本件漫画が本件小説の二次的著作物に当た
2047 るか否か,本件アニメが本件漫画の二次的著作物に当たるか否かについて,翻案の
2048 要件につき,判例(最判平成13年6月28日民集55巻4号837頁【江差追分】)
2049 の基準を踏まえて分析した上,DVDの製造・販売というCの行為が著作権法上の
2050 どの支分権の侵害として問題となるかを明確にし,同条の解釈として,原著作者の
2051 権利がどこまで及ぶのかにつき,判例(最判平成13年10月25日判時1767
2052 号115頁【キャンディ・キャンディ】)を踏まえつつ自説を展開して,双方の主
2053 張の妥当性に言及できていれば,「良好」又は「優秀」と評価した。
2054 設問2については,まず,BはDに対してどのような支分権の侵害を理由として
2055 差止めを求めることができるかを明確にし,次に,Dの反論として,著作権法第4
2056 7条及び同法第32条第1項の適用の可否に触れることが「一応の水準」と評価さ
2057 れるラインである。その上で,本件パンフレットが「小冊子」に該当するか否かに
2058 ついて,裁判例の判断基準を念頭に置きながら「小冊子」の意義を明らかにし,そ
2059 れを事案に当てはめて双方の主張の妥当性を論じ,さらに,本件パンフレット及び
2060 本件チケットについて引用(同項)の成否が問題となることを指摘した上で,引用
2061 の要件につき,判例(最判昭和55年3月28日民集34巻3号244頁【パロデ
2062 ィ】)の判断基準を念頭に置きつつ自説を論じて事案への当てはめができていれば,
2063 「良好」又は「優秀」との評価を,さらに,本件チケットについては,引用する側
2064 の作品に著作物性がない場合でも同項が適用されるかにつき議論があることから,
2065 この論点に言及できていれば,「優秀」との評価をした。
2066 設問3については,本件フィギュアの著作物性が問題となることから,いわゆる
2067 応用美術の問題に触れることが,「一応の水準」と評価されるラインである。その
2068 上で,意匠法との関係など,応用美術の問題点を指摘し,それに関する裁判例の示
2069 す基準を念頭に置きつつ,事案に当てはめ,本件フィギュアの著作物性を論じてい
2070 れば,「良好」又は「優秀」と評価した。
2071 3 採点実感等
2072 (1) 第1問
2073 ア 総評
2074 全体として,十分な論述がされていると評価できる答案は少なかった。事例が
2075 やや複雑であったことや,平成23年特許法改正によって導入された新制度につ
2076 いての理解を問うものであったことから,難易度が高いとの印象があったかもし
2077
2078 - 49 -
2079
2080 れないが,特許を受ける権利の譲渡に係る要件や侵害主張に対する基本的な抗弁
2081 についての正確な理解の下で,各抗弁の成否を全般的に論じていれば十分な論述
2082 と認めることができたものである。しかし,実際にそのような論述ができている
2083 答案は少なく,基礎的な理解が不足し,あるいは論証が不十分な答案が多かった。
2084 イ 設問1
2085 (ア) 全体
2086 Yが主張し得る抗弁の一部だけを論じ,他の抗弁について検討していない答
2087 案が思いのほか多かった。裁判実務等においては,考え得る複数の抗弁につい
2088 てできるだけ検討を行うことが必要であり,特段の理由なく一部の抗弁だけを
2089 取り上げて論じるにとどまった答案は,他の抗弁を活用する力を十分に身に付
2090 けていないと評価されることに留意されたい。
2091 (イ) 職務発明による法定通常実施権
2092 方法1に関して,職務発明による法定通常実施権について言及する答案が少
2093 なかった。この成否自体に議論の余地があるとしても,言及すらなされていな
2094 いのでは,職務発明制度全体についての理解が十分でないと評価せざるを得な
2095 い。
2096 (ウ) 先使用に基づく通常実施権
2097 先使用に基づく通常実施権については,方法1に関してこれを論ぜず,方法
2098 2に関してだけ論じる答案が多かった。論点のみに飛び付くことなく,基本的
2099 な事項を押さえた論述を心掛けてほしい。
2100 出願前に既に「実施」されている方法1に関して「事業の準備」の有無を論
2101 じる答案や,「事業の準備」の有無に関して,秘密裏の実施であったことを理
2102 由に,即時実施の意図が「客観的に認識できない。」と述べて先使用権の成立
2103 を否定する答案などが散見された。そのような答案は,特許法第79条の要件
2104 の基本的な理解に疑問を感じさせる。方法2に関しては,方法1の先使用によ
2105 って成立する先使用権の範囲が問題となるように意図して出題したが,方法1
2106 の実施が方法2の事業の準備に当たるか否かという枠組みで論じる答案がかな
2107 りあった。ウォーキングビーム事件最高裁判例(最判昭和61年10月3日民
2108 集40巻6号1068頁)等での争点を十分に理解していないように思われる。
2109 最高裁の示した,実施形式に具現された発明の範囲という抽象的な基準を具
2110 体的事案に適用するに当たり,答案の中には,方法2の効果が方法1よりも優
2111 れているという,効果面の優越性だけから先使用権が及ぶことを否定してしま
2112 う答案が多数あった。効果の違いだけに拘泥すべきではなく,解決手段の選択
2113 において両方法の間に技術思想としての違いがあったといえるかを論じる必要
2114 がある。
2115 (エ) 無効の抗弁
2116 Yが方法1を実施していたことによる新規性・進歩性欠如を理由とする無効
2117 の抗弁を論じる答案が多かった。Yは秘密裏に方法1の使用を行っていたもの
2118 であり,新規性・進歩性欠如が問題とならないことは明らかである。
2119 また,方法1に関して無効の抗弁を論じていながら,方法2ではそれに触れ
2120 ない答案が多く見られた。その結果,設問2において訂正の対抗主張の論点を
2121 落とすこととなっていた。
2122
2123 - 50 -
2124
2125 方法1に係る特許を受ける権利について,XとYへの二重譲渡の対抗問題で
2126 あると解し,Yが出願していないのでXに権利を対抗できないとする答案や,
2127 Xの背信的悪意者該当性を論じる答案が予想外に多かった。他方,甲の同意の
2128 欠缺を理由とせずに,既に甲乙から特許を受ける権利がYに譲渡されてしまっ
2129 ているから,Xにはもはや譲渡できないとした答案も少なからず存在した。こ
2130 のような答案は,民法の基本的な理解を疑わしめるものである。
2131 ウ 設問2
2132 設問2は設問1を受けたものであるにもかかわらず,設問1との関連性を考慮
2133 しない答案が少なくなかった。訂正の対抗主張に全く言及しない答案が多く,訂
2134 正の対抗主張に言及する答案でも,その要件について全くあるいはほとんど言及
2135 しない答案も相当数あった。上記要件について論じることは,実務家として必要
2136 な応用力である。適切に論述した答案も少なからずあり,大きく差が付いたとこ
2137 ろである。
2138 特許法第35条第1項の通常実施権者が存在する場合には,訂正に通常実施権
2139 者の承諾が必要とされている(同法第127条)ことから,Yの承諾を得ない違
2140 法な訂正手続を理由とする対抗主張が許されるかについての論述がなされていれ
2141 ばより高く評価することとしていたが,実際に論述した答案はなかった。
2142 エ 設問3
2143 十分な論証ができている答案は少なかった。平成23年特許法改正による新制
2144 度を題材にした設問であるが,特許法に関する基本事項の理解があれば十分に解
2145 答ができる問題であり,身に付いている基本的な知見を活用して,論理的に自分
2146 なりの結論を出すことが望まれる。
2147 特許法第74条はもちろんのこと,同法第123条第1項第6号及び同項第2
2148 号との関係をきちんと論じない答案,単に同法第34条第1項を根拠に,YはX
2149 に対して特許を受ける権利の承継を対抗できないから,特許権の移転請求ができ
2150 ないとだけ論ずる答案が散見され,特許法の基本的理解が不十分であると感じら
2151 れた。
2152 YからXに対する移転請求の具体的な内容が曖昧な答案も多かった。例えば「方
2153 法1の持分のみを移転請求できる」といった論述では,どのような移転登録請求
2154 を求める趣旨なのか理解できない。
2155 YのXに対する差止請求の可否に関し,Xが本件特許についてYとの共有者と
2156 なることを認めながら,特許法第73条第2項の共有者の実施権に言及せず,同
2157 法第79条の2の通常実施権のみを論じた答案が少なからずあった。同法第73
2158 条第2項を認識していなかったのであれば,基本的な事項についての理解が足り
2159 ないと言わざるを得ない。
2160 共有者の実施権に基づき,Yの差止請求が認められないと記載した答案は,そ
2161 れで一応十分であるものの,さらに,その結果が妥当なのかどうかを検討するこ
2162 とが望ましい。しかし,そのような検討を行う答案は少なかった。
2163 (2) 第2問
2164 ア 総評
2165 第1問と比較すると,一応の水準を満たしていると評価できる答案が多かった。
2166 一方で,途中で中断したと思われる答案も非常に目立った。また,著作者人格権
2167
2168 - 51 -
2169
2170 は設問から除かれているにもかかわらず,これに言及し,中には同一性保持権侵
2171 害を長々と論じる答案が複数あった。何が問われているかを的確に把握し,論述
2172 すべきである。
2173 イ 設問1
2174 以前に比べ,支分権のいずれが問題となるかについて意識した論述が多くなっ
2175 た点は評価できるが,それぞれの支分権によっていかなる行為が禁止されるかに
2176 ついての理解が今なお不十分と思われた。本件アニメが本件小説あるいは本件漫
2177 画についてAが有する「翻案権」を侵害するとのみ述べるものが多数存在した。
2178 しかし,設問1で問われているのは,本件アニメのDVDの製造・販売行為の差
2179 止請求の可否であり,本件アニメ自体の制作行為に対する差止請求の可否ではな
2180 い。したがって,本件アニメの複製権及び頒布権についてAが権利主張できるか
2181 否かまで論じる必要がある。また,本件漫画の主人公の絵柄にAの原著作者の権
2182 利を認め,その絵柄が本件アニメのDVDに複製されているとして,Aの複製権
2183 のほか,「譲渡権」侵害を主張する答案が複数あった。この論旨による場合であ
2184 っても,著作権法第26条第2項により,Aが主張すべき権利は映画の著作物に
2185 ついての「頒布権」である。また,本件アニメについて,原著作者と本件アニメ
2186 (二次的著作物)の著作者によって著作権が共有されていると述べる答案が散見
2187 されたが,同法第28条が適用される場合には,原著作者の権利と二次的著作物
2188 の著作者の権利はそれぞれ併存するというのが通説的な理解であり,このような
2189 答案については基本的な理解が乏しいと評価せざるを得ない。
2190 指標となる「翻案」の定義については,多くの答案でおおむね最高裁判例に従
2191 った記述がなされており評価できた。しかし,本件小説から本件漫画,本件漫画
2192 から本件アニメ,本件小説から本件アニメのそれぞれの関係について翻案の有無
2193 を検討すべきところ,多くの答案で,これらの一部の関係だけを取り上げて翻案
2194 を判断するにとどまるものが多かった。
2195 翻案に関して,本件アニメが本件小説の翻案物であることを,いささか安易に
2196 認定してしまっている答案が多かった。一般的には小説において言語で記述され
2197 ているに過ぎない主人公の特徴自体は,アイディアの域にとどまり,具体的な表
2198 現とまでは考え難い場合が多いと思われるので,本件小説の表現上の本質的特徴
2199 を本件アニメから直接感得できるという判断は慎重に行うべきであろう。
2200 本件アニメが本件漫画を介した本件小説の二次的著作物に該当し,著作権法第
2201 28条によってAがCの有する権利と同一の種類の権利を有するか否かについて
2202 は,大半の答案が触れていた。しかし,同条に全く言及せず,本件漫画は独立し
2203 たBの著作物であり,Bの承諾がある以上,Aの権利を侵害するものではないと
2204 の答案もあった。また,同条に言及する答案の中でも,判例を踏まえて,原著作
2205 物の表現上の本質的特徴を直接感得できる部分にだけ適用され得るのか否かにつ
2206 いて同条の要件解釈を展開する答案は少なかった。「著作権法第28条を適用す
2207 ると原著作者の権利が広くなりすぎて不当」といった理由だけで結論付ける答案
2208 が多かったが,これだけでは問題提起にはなり得ても,法解釈論とはいえない。
2209 武将αのキャラクターの著作物性に言及し,キャラクターは抽象的な概念であ
2210 って具体的な表現ではないとする答案が多かったが,中には,キャラクターを絵
2211 画の著作物に当たるとする答案もあった。
2212
2213 - 52 -
2214
2215 ウ
2216
2217 設問2
2218 展示権侵害を肯定する答案があったが,本件では原画の所有者の承諾があるか
2219 ら誤りである。逆に,所有者の同意がない場合でも著作権法47条が適用できる
2220 との答案もあったが,展示権侵害のないことが同条の要件である。
2221 本件原画の複製について,著作権法第47条の適用を論じた答案は多かった一
2222 方,そもそも同条に全く触れてない答案が少なからず存在した。同条の適用に当
2223 たっては,同条の小冊子に該当するか否かについて,同条の趣旨を踏まえた判断
2224 基準を定立し,事案への当てはめを行う必要がある。この点,判断基準が曖昧な
2225 まま,結論を導いている答案が散見された。また,本件パンフレットが有償配布
2226 であることを理由として同条の適用を否定する答案があったが,有償性は小冊子
2227 該当性の判断に決定的ではないと解されている。なお,本件パンフレットと本件
2228 チケットは,漫画の原画の利用状況が相違するのに,その相違を考慮せずに,両
2229 者を同一に論述する答案が少なくなかった。本件チケットについて同条の適用を
2230 肯定する答案もあったが,本件チケットが「小冊子」に該当することは困難とい
2231 うべきである。
2232 また,本件原画の複製については,著作権法第32条第1項の引用該当性が問
2233 題となるが,引用の抗弁に全く言及しない答案がかなり多かった。引用該当性を
2234 論ずる答案についても,その要件を列挙して当てはめを行ってはいるが,引用す
2235 る側の著作物性が必要であるか否かを論じている答案は少数であった。この点は,
2236 引用について論じた著名な裁判例で明示的に議論されているところであり,仮に
2237 引用する側の著作物性は不要であるとの立場に立つとしても,論述すべきである。
2238 エ 設問3
2239 応用美術の論点は多くの答案が触れていたものの,この問題に全く言及しない
2240 答案も少なくなかったのは予想外であった。本件フィギュアの著作物性の認定に
2241 当たって,大量生産品の応用美術であることをアプリオリに問題とする答案が多
2242 く,意匠法等の他の産業財産権法や不正競争防止法との適用範囲の棲み分けを考
2243 える必要性から論証を始める答案は少なかった。本件フィギュアについて,問題
2244 文の記載のみから,純粋美術と同視し得る程度の美的創作性を肯定し,美術の著
2245 作物に当たると断定する答案がほとんどであった。美術の著作物と認められない
2246 場合においてもなお,BやEがFに対して権利行使が可能であるか否かについて
2247 の検討が行われることを想定していたが,この点を論述する答案はほとんどなか
2248 った。
2249 BのFに対する請求については,ほとんどの答案が著作権法第28条に言及し
2250 ていたが,本件漫画に係る複製権又は翻案権の侵害に言及する答案はほとんどな
2251 かった。
2252 Fの製造した本件おまけにつき私的複製(著作権法第30条)を論じる答案,
2253 消尽を論じる答案,本件フィギュアに同法第46条第1号や同条第4号の該当性
2254 を論じる答案や同法第38条第4項(営利目的のない貸与)に言及する答案が散
2255 見されたが,何れも誤りである。
2256 4
2257
2258 今後の出題
2259 出題方針について変更すべき点は特にない。今後も,特許法及び著作権法を中心と
2260
2261 - 53 -
2262
2263 して,条文,判例及び学説の正確な理解に基づく,事案分析力,論理的思考力を試す
2264 出題を継続することとしたい。
2265 5
2266
2267 今後の法科大学院教育に求められるもの
2268 第1問について,Yの主張し得る抗弁としてどのようなものがあるかにつき網羅的
2269 な検討をしないで,特定の抗弁のみを取り上げて論述する答案が多く見られたことは
2270 採点実感に記載したとおりであるが,新規性・進歩性欠如を理由とする無効の抗弁等,
2271 当を得ない論点を長々と論じる答案も多く,そのような答案からは,受験者が事案に
2272 正面から取り組むのを避け,答案の書きやすさの観点から,学習してきた論点を厚く
2273 論述しているような印象を受けた。最も有力な反論である訂正の対抗主張に全く気付
2274 かない答案も目立ったところである。実務家を養成する教育機関である法科大学院に
2275 おいては,論点中心の教育ではなく,実際の訴訟等を想定して,具体的事案の中から,
2276 実務家であれば当然主張すべき抗弁・再抗弁を抽出し,それについて的確に論述する
2277 能力を広く養うような教育が求められる。
2278 また,最高裁判例があるにもかかわらず,その判旨を全く無視して自説を展開する
2279 答案も目立った。繰り返しになるが,法科大学院は実務家を養成する教育機関である
2280 ことから,判例を念頭においた教育を常に心掛けることが望まれる。
2281
2282 - 54 -
2283
2284 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(労働法)
2285 1
2286
2287 2
2288
2289 出題の趣旨,狙い等
2290 公表済みの「出題の趣旨」のとおりである。
2291 採点方針
2292 事例に即して必要な論点を的確に抽出できているか,関係する法令,判例及び学説
2293 を正確に理解し,これを踏まえて,論理的かつ整合性のある法律構成及び事実の当て
2294 はめによって,適切な結論を導き出しているかを基準に採点した。
2295 出題の趣旨に沿って,必要な論点を的確に取り上げた上,その論述が期待される水
2296 準に達している答案については,おおむね平均以上の得点を与え,さらに,当てはめ
2297 において必要な事実を過不足なく摘示し,あるいは,主要論点について,着目すべき
2298 問題点を事例から適切に読み取って検討しているなど,優れた事例分析や考察が認め
2299 られる答案については,更に高い得点を与えることとした。
2300
2301 3 採点実感等
2302 (1) 第1問について
2303 本問は,@労働契約上の地位の確認請求が認められるかにつき,本件労働契約に
2304 設けられた期間が試用期間か労働契約の期間か,試用期間と解する場合には当該契
2305 約の性質をどう解するかを明らかにした上で,Yによる契約終了の通知が権利濫用
2306 となるかを問い,A差額賃金の請求が認められるかにつき,募集広告の内容等が本
2307 件労働契約の内容となっているかを明らかにした上で,内容となっていないと解す
2308 る見解を採用する場合には,不法行為に基づく損害賠償請求等ができないかを問い,
2309 さらに,B平成24年12月分の賞与の請求が認められるかにつき,就業規則の最
2310 低基準効(労働契約法(以下「労契法」という。)第12条)に言及した上で,賞与
2311 債権の放棄の有効性を問う問題である。
2312 前記@については,全体的に良好な論述がなされている答案が多かったが,前記
2313 A及びBについては,基礎的な理解が不十分と思われる答案も少なからずあった。
2314 また,本問の解答に当たっては,それぞれの論点ごとに相応の分量の記載が必要で
2315 あるが,@及びA(特に@における契約終了通知の法的評価)を過度に重視し,A
2316 及びB(特にB)に関する記載が量的にも足りないものが少なくなかった。例えば,
2317 @について,労契法第16条又は第19条の要件と当てはめについて長々と論じて
2318 いるような答案がこれに当たるが,解答に当たっては,十分な答案構成を行い,各
2319 論点の比重に応じたバランスの取れた記述を心掛けられたい。
2320 前記@の労働契約上の地位の確認請求については,神戸弘陵学園事件判決(最判
2321 平2年6月5日)等の判例を踏まえ,適切な規範定立及び当てはめができているか
2322 などを重視したが,全体的には良好な論述がなされている答案が多かった。ただし,
2323 中には,本件労働契約に設けられた期間が試用期間か労働契約の期間かという重要
2324 論点を全く検討することなく,本件労働契約が有期労働契約であることを当然の前
2325 提として,いきなり労契法第19条第2号の要件の検討に入っていた答案も見られ
2326 た。また,試用期間か労働契約の期間かという論点に触れながら,前記判例の規範
2327 に言及せずに独自の規範を定立している答案や,試用期間と解しつつも,解約権留
2328
2329 - 55 -
2330
2331 保付労働契約等の法的性質に言及していない答案も散見されたが,司法試験が実務
2332 家となるための試験であることを踏まえれば,たとえ判例と異なる立場に立つにし
2333 ても,判例で示された判断の枠組みに言及できていない答案は,これに言及してい
2334 る答案に比して,高い評価を得られないことを十分に認識してほしいところである。
2335 一方で,Yによる契約終了の通知が権利濫用(試用期間と解する見解を採用した場
2336 合には労契法第16条,労働契約の期間と解する見解を採用した場合には労契法第
2337 19条第2号)となるかについては,大半の答案が言及し,おおむね良好な論述が
2338 できていた。
2339 前記Aの差額賃金の請求については,XY間において,平成20年4月に新卒で
2340 採用された教員の現時点での給与額とすることが労働契約の内容となっていたかが
2341 論点となる。この点については,募集広告の記載,採用説明会における説明,Xの
2342 応募,Yによる採用がそれぞれどのような法的意義を有するかを丁寧に分析した上
2343 で,前記論点を論じていた答案には高得点を与えることとしたが,その際には,日
2344 新火災海上保険事件判決(東京高判平12年4月19日)等の累次の裁判例を踏ま
2345 えた論述ができているかなどを重視した。この点,一般に,裁判例は,求人広告は
2346 労働契約の申込みの意思表示と見ることはできないとし,労働契約の申込みの誘引
2347 と捉えているところ,これを指摘している答案が多数であった。一方,平成20年
2348 4月に新卒で採用された教員の現時点での給与額とすることが労働契約の内容とな
2349 っていないとする見解を採る場合には,前記裁判例の判断の枠組みを踏まえるなど
2350 して,労働条件明示義務(労働基準法第15条第1項)違反及び信義則違反により,
2351 不法行為に基づく精神的損害の賠償を請求できるなどの法律構成を行ってほしいと
2352 ころであったが,それができていた答案は比較的少数にとどまっていた。また,労
2353 働契約の合意内容の検討を経ずに,労働条件明示義務違反等から直ちに差額賃金の
2354 支払を認める答案も散見された。
2355 前記Bの平成24年12月分の賞与の請求については,まず,労契法第12条が
2356 規定する就業規則の最低基準効に言及し,就業規則の変更が行われていない本件に
2357 おいては,原則として賞与の不支給は許されないことを論ずる必要があったが,こ
2358 の点に触れていない答案も少なからず存在した。その上で,出題者としては,賞与
2359 の不支給に対する教職員の同意につき,賞与債権の発生の有無(具体化の程度)に
2360 言及した上で,かかる同意が賞与債権の放棄として有効か否かをシンガー・ソーイ
2361 ング・メシーン事件判決(最判昭48年1月19日)等の判例の判断の枠組みを踏
2362 まえて論じてほしかったところであり,そのような論述ができていた答案には高い
2363 得点を与えた。もっとも,賞与の不支給に対する教職員の同意を債権放棄として捉
2364 える構成を採らずに,労契法第8条の個別合意による労働条件の変更として捉える
2365 構成を採っていた答案も相当数存在し,かかる構成も理論的に成立し得ることから,
2366 相応の得点を与えることとした(なお,労契法第9条を根拠に構成する答案も存在
2367 したが,同条の合意は就業規則変更による労働条件の変更であるところ,就業規則
2368 を変更していない本問事例では妥当しないことに注意すべきである。)。
2369 (2) 第2問について
2370 ア 設問1について
2371 本問は,Y社によるX1らの就労拒否について,X1らがY社にその期間中の賃
2372 金を請求できるかについて,Y社の建物閉鎖,営業休止及びX1らの就労拒否がX
2373
2374 - 56 -
2375
2376 組合による一連の争議行為に対する対抗行為としてのロックアウトに当たり,Y社
2377 が正当な争議行為をしたことの効果として,上記ロックアウト期間中における対象
2378 労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義務を免れるといえるかを問うもので
2379 ある。
2380 本問については,Y社の行為をロックアウトと評価して,その正当性を検討する
2381 という点では多くの答案が論点を的確に捉えていたが,使用者の争議対抗行為とし
2382 ての可能性を全く検討せずに,専ら民法第536条第2項の「債権者の責めに帰す
2383 べき事由」に当たるかを,特にX組合の争議行為の正当性の分析を中心に検討する
2384 答案も少なくなかった。
2385 また,Y社のロックアウトの正当性の判断に当たっては,判例(丸島水門事件・
2386 最判昭50年4月25日)の規範に即して検討することが求められるが,これを正
2387 確に理解していない答案が多く見られた。
2388 そのいずれにおいても,使用者のロックアウトが労働法上の権利として正当な争
2389 議行為と評価される場合には賃金支払義務を免れるということが十分に理解されて
2390 いないと評価せざるを得ない。
2391 したがって,本問の論点を的確に捉え,かつ使用者の争議権の根拠,ロックアウ
2392 トの正当性の判断基準について,判例の規範を正確に示し,問題の事実をそれらに
2393 当てはめている答案には高得点を与えている。
2394 イ 設問2について
2395 本問は,X組合の統制権の法的根拠を示した上で,X組合によるZに対する除名
2396 処分の有効性について,X組合の争議行為が正当であるかを検討することが求めら
2397 れる。X組合の争議行為が違法であるとするならば,Zには争議行為参加義務が生
2398 ぜず,統制違反行為はないといえるからである。
2399 X組合の争議行為の正当性は,問題文の事実からすると,開始時期,手段・態様
2400 の相当性を中心として検討される。
2401 もっとも,この点について,違法争議行為についても,組合員が参加義務を負う
2402 との学説もあるので,そのような立場に立つごく少数の答案はそれとして評価した。
2403 X組合の争議行為を正当とする場合には,X労組による統制権の行使が権利濫用に
2404 当たるかが判断される必要がある。
2405 しかし,答案の多くは,X組合の争議行為の正当性を検討せず,専らX組合のZ
2406 に対する除名処分が統制権の濫用に当たるかという論点を立てて検討していた。Z
2407 の争議行為不参加がX組合の争議行為の実施を妨げていないことや個人の思想信条
2408 の自由を根拠として,X組合の除名処分を無効とする答案も少なくなかったが,労
2409 働組合の統制権の基本的理解に欠けると言わざるを得ない。
2410 なお,処分の相当性については多くの答案が理解していた。
2411 4
2412
2413 答案の評価
2414 「優秀」の水準にあると認められる答案とは,出題の趣旨を十分に理解した論述がな
2415 されている答案である。第1問においては,必要な論点を過不足なく抽出し,関係条文
2416 に言及することはもとより,判例の判断の枠組みを踏まえた的確な規範定立と当てはめ
2417 を行い,説得的な論述を行っている答案であり,第2問については,特に,設問1につ
2418 いては,使用者のロックアウトが争議行為法上の使用者の争議行為の正当性の問題であ
2419
2420 - 57 -
2421
2422 ることを理解して,その正当性につき,判例が示す規範に即して問題文から抽出できる
2423 事実を当てはめて,結論を導いた答案である。
2424 「良好」の水準に達していると認められる答案とは,必要な論点にはおおむね言及
2425 し,法解釈について一定の見解を示した上で,事例から,結論を導き出すのに必要な
2426 具体的事実を抽出できているものの,例えば,第1問では,差額賃金の請求について,
2427 募集広告の記載,採用説明会における説明,Xの応募,Yによる採用がそれぞれどの
2428 ような法的意義を有するのかを分析できていない,又は,賞与請求について,教職員
2429 の同意の法律的な位置付けを理論的に説明できていない答案,第2問では,設問1に
2430 おける判例の規範の理解が不十分であるため,ロックアウトの正当性の判断について
2431 具体的な論述が十分にはできていない答案など,「優秀」の水準にあると認められる答
2432 案のように出題の趣旨を十分に捉えきれていないような答案である。
2433 「一応の水準」に達していると認められる答案とは,労働法の基本的な論点に対す
2434 る一定の理解はあるものの,必要な論点に言及していなかったり,言及していたとし
2435 ても,規範定立や当てはめがやや不十分な答案であり,関係条文・判例に対する知識
2436 の正確性に難があり,事例における具体的な事実関係を前提に要証事実を的確に捉え
2437 ることができていないような答案である。
2438 「不良」の水準にとどまるものと認められる答案とは,関係条文・判例に対する知
2439 識に乏しく,労働法の基本的な考え方を理解せず,例えば,規範を定立せずに単に問
2440 題文中の具体的な事実を列挙するにとどまるなど,具体的事実に対応して法的見解を
2441 展開するというトレーニングを経ておらず,基本的な理解・能力が欠如していると思
2442 料される答案である。
2443 5
2444
2445 今後の出題
2446 出題方針について変更すべき点は特にないと考える。今後も,法令,判例及び学説
2447 に関する正確な理解に基づき,事例を的確に分析し,必要な論点を抽出して,自己の
2448 法的見解を展開し,これを事実に当てはめることによって,妥当な結論を導くという,
2449 法律実務家に求められる基本的な能力及び素養を試す出題を継続することとしたい。
2450
2451 6
2452
2453 今後の法科大学院教育に求めるもの
2454 基本的な法令,判例及び学説については,正確な理解に基づき,かつ,網羅的に知
2455 識を習得するように更なる指導をお願いしたい。その際,条文の内容を正確に理解す
2456 ることはもとより,当該規定の趣旨を踏まえて事案に適用する能力が求められるほか,
2457 主要な判例については,判旨部分を単に記憶するのではなく,事案の内容を正確に把
2458 握し,当該事実関係の下でどのような規範を定立して当てはめが行われたかを理解す
2459 る必要があることに十分配意いただきたい。また,事例の分析の前提となる基礎的事
2460 実を正しく把握し,結論を導くために必要な論点を抽出した上,論点相互の関連性を
2461 意識しつつ,法令,判例及び学説を踏まえた論理的かつ一貫性のある解釈論を展開し,
2462 これに適切に事実の当てはめを行って,法の趣旨に沿った妥当な結論を導くという,
2463 法的思考力を更に養成するよう重ねてお願いしたい。
2464
2465 - 58 -
2466
2467 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(環境法)
2468 【第1問について】
2469 1 出題の意図に即した答案の存否,多寡
2470 第1問は,水質汚濁防止法の下での規制に関する法政策についての出題である。特
2471 定施設が設置される特定事業場からの排水に関して排水基準の遵守が義務付けられて
2472 いることの理解を問い(設問1),同法違反の有罪確定が,ほかの環境法に対してど
2473 のような影響を与えるかの説明を求め(設問2),大気汚染防止法のばい煙排出規制
2474 との比較において水質汚濁防止法の規制の特徴が整理されているか(設問3)を問う
2475 問題であった。
2476 設問1の採点を通じては,以下の点が実感された。第1に,水質汚濁防止法は,特
2477 定施設(同法第2条第2項)と特定事業場(同法第2条第6項)という異なった定義
2478 規定を設けていることに気が付いていない答案が多かったのは意外であった。本件で
2479 は,特定事業場とは何を意味するかが問われている。
2480 「排水口とは何か」の以前に,
2481 「特
2482 定事業場とは何か」を論ずるべきなのである。条文の読込みが浅く,法律の規制シス
2483 テムに関する基本的な理解がされていないように感じられた。
2484 第2に,「排出口」に関しても,「定義がない」とする答案が散見された。おそらく同
2485 法第2条各号及び同法第12条第1項のみを見ての判断かと思われるが,同法第8条
2486 第1項に明記されているのであり,粗い理解が評価を下げている。
2487 第3に,水質汚濁防止法第1条の目的や法の制度趣旨の観点から排出口を「広く解
2488 すべき」という解答が多かった。しかし,それらによらずとも,個別条文の文言解釈
2489 から結論を導くことができるのであり,条文に対する注意が薄い点が気になった。
2490 第4に,問題文中にある「A社は,埋立地全体を特定事業場の所在地としている」
2491 という部分がヒントになっていることに気付いていない答案が多かった。問題文には
2492 無駄な部分はないのであって,こうしたところに注目できるかどうかが,解答の優劣
2493 を分けている。
2494 第5に,設問に記載されている被告人の主張を答案にそのまま転記している例が散
2495 見された。記述するならポイントを抽出するようにすべきであり,そうでなければ,
2496 スペースの無駄遣いにすぎない。
2497 設問2の採点を通じては,以下の点が実感された。小問1に関しては,義務的取消
2498 しとなること,及びそれに至る条文操作については,的確に条文を指摘しつつ正確な
2499 記述をしていた答案が多かった。その一方で,設問に「産業廃棄物」と明記されてい
2500 るにもかかわらず,一般廃棄物処理施設と誤認して関係条文を提示している答案が散
2501 見された。また,「中間処理施設許可」と明記されているにもかかわらず,業許可と
2502 誤認して関係条文を提示している答案が相当数見られた。いずれも,問題文の読込み
2503 の不十分さに起因する重大な誤りである。
2504 小問2に関しては,連携措置の制度趣旨について,生活環境保全という「共通の目
2505 的」を持つ関係法律の違反者に廃棄物処理法の許可を与えておくのは不適切であると
2506 いう点が指摘できていた答案は,それほど多くはなかった。また,問題文に「連携措
2507 置」と明記してあるにもかかわらず,義務的取消制度のことと誤解して解答していた
2508 答案が相当数見られたのには驚いた。
2509 設問3の採点を通じては,以下の点が実感された。大気汚染防止法では「特定施設
2510
2511 - 59 -
2512
2513 の排出口」とされ,水質汚濁防止法では「特定事業場の排水口」となっていることに
2514 気付いていた答案の数が,それほどは多くなかった。大気汚染防止法における「排出口」
2515 の定義が「煙突その他の施設の開口部」(同法第2条第7項)とされている点に気付
2516 いた答案は極めて少なかった。大気汚染防止法の場合には,特定事業場全体からの排
2517 出を捕捉することが技術的に困難であるという点について的確に記述できていた答案
2518 は少なかった。
2519 第1問については,与えられた答案用紙の第4枚目をほとんど空白にしていた答案
2520 が相当数見られた。問われている内容について,検討すべき環境法的ポイントは複数
2521 存在するのが通例である。解答執筆に取り掛かる前に,自分が学習した事柄について
2522 落ち着いて振り返り,問題文に込められた環境法的論点の重層性に思いを致して論ず
2523 べき内容を確定することが重要である。
2524 2
2525
2526 出題の意図と実際の解答に差異がある原因として考えられること
2527 大気汚染防止法と水質汚濁防止法は,共に基本的な公害対策法であることから,学
2528 習者において,ともすれば「同じようなもの」という先入観があるのではないか。規
2529 制方策に関する技術的理由により,そして,遵守確保の難しさにより,両法において
2530 は,実際には,異なる部分も多い。それらは当然に,条文に反映されている。実務に
2531 おいて何よりも重要なのは条文である。条文を踏まえて,規制制度に対するきめ細か
2532 な理解が求められる。
2533
2534 3
2535
2536 各水準の答案のイメージ
2537 「優秀」といえる答案のイメージは,第1問全体の基底をなす「水質汚濁防止法と
2538 大気汚染防止法の規制制度の違いとその理由」を的確に把握し,それを条文の摘示を
2539 通じて,明確に説明できているものである。廃棄物処理法との連携措置は,環境法特
2540 有のものであるが,ネットワークを通じて法令遵守を期待するという法政策に対する
2541 認識が示せている答案も,「優秀」と評価できる。「良好」といえる答案は,その程度
2542 がやや劣るものである。「一応の水準」といえるのは,各設問において問われている
2543 問題点が何とか把握されている答案である。「不良」な答案とは,それすらなし得てい
2544 ないものである。
2545
2546 【第2問について】
2547 1 出題の意図に即した答案の存否,多寡
2548 設問1は,環境影響評価法の手続上の瑕疵を理由として,後続する行政決定である
2549 許可処分が違法となるかについて,空港予定地の敷地の一部の土地を所有する者が国
2550 土交通大臣の許可の取消訴訟においてどのような主張ができるかを問うものである。
2551 設問1の採点に当たっては,以下の点が実感された。
2552 国土交通大臣の許可の取消事由としての行政処分の違法性について,規範定立を十
2553 分せずに,直ちに事例を分析しているものが多かった。具体的には,環境影響評価手
2554 続の瑕疵について言及しないものがかなり見られたことは意外であった。問題文の冒
2555 頭にある,環境影響評価手続に関する出題であることについての認識が足りなかった
2556 と思われる。また,環境影響評価手続の瑕疵に言及した場合においても,許可処分の
2557 内容に影響を及ぼすおそれがあるような重大な手続の瑕疵が必要であることの指摘を
2558
2559 - 60 -
2560
2561 した答案が多かったものの,このような指摘のないまま手続の瑕疵があれば直ちに違
2562 法としているものも相当数見られた。さらに,国土交通大臣が許可するに当たっては,
2563 環境保全に適正な配慮をした審査を行わなければならず(環境影響評価法第33条第1
2564 項),許可の違法に関しては,同大臣の裁量権の範囲の逸脱・濫用に言及することが
2565 期待され,そのような答案が多かったが,この点の指摘がない答案も幾つか見られた
2566 ことは残念であった。
2567 @評価書に対する免許権者等の意見に対してA県が補正書の中で答えていないこと
2568 については,手続上の瑕疵か否かを論じるものが多く,この点は出題の意図に即して
2569 いた。補正書の中で答えていないことについては,手続の瑕疵があり,そのために環
2570 境影響評価を左右する重要な環境情報が収集されていないと見ることができる一方,
2571 東京高判平成24年10月26日のように,環境影響評価法は同法第24条意見に対
2572 して必ず対応すべきことを義務付ける規定を置いていないから,そこから直ちに環境
2573 配慮審査適合性が否定されるわけではないとの考え方もあり,結論としてはどちらを
2574 採用することもあり得るが,理由付けがきちんと書かれていることが重要である。同
2575 法第25条第1項柱書きの「当該事項の修正を必要とすると認めるとき」とは何かを
2576 論じているものについては,より高い評価を与えた。A複数案の検討がなされていな
2577 いことについては,手続上の瑕疵か否かを論じるものが多かったが,この点を検討し
2578 ていない答案も見られた。手続の瑕疵にならないという結論を採用することは当然あ
2579 り得るが,環境影響評価手続における複数案(準備書については同法第14条第1項第
2580 7号ロ,評価書については同法第21条に手掛かりはあるが,義務とは書かれていな
2581 い)の持つ重要性に鑑みると,何らかの検討はされることが望まれる。
2582 なお,問題文がいつの時点の事件かを明確にしていることを無視して,2011年
2583 改正後の環境影響評価法の適用を前提として答案を作成しているものが散見された。
2584 重大な誤りである。
2585 設問2は,環境影響評価法における複数案の検討について,同法の2011年改正
2586 及びその後に改正された基本的事項が,改正前と比べてどのような相違があるか,計
2587 画段階配慮書の段階で複数案の検討を取り入れた同法等の改正の趣旨はどこにあるか
2588 を問うものである。
2589 基本的事項は資料にあり,条文と資料を読んで判断することが求められる。複数案
2590 を早期の段階で検討することにより合理的な意思決定をするという改正法の趣旨を指
2591 摘している答案が多かったが,中には趣旨を正確に理解していない答案が見られた。
2592 また,基本的事項の資料の中から,第一種事業について,複数案を検討していない場
2593 合には理由を付することを要するとしている点を摘出することが重要であるが,この
2594 点を摘出した答案は半分くらいであった。基本的事項の法的拘束力について指摘した
2595 ものはごくわずか見られたが,これについてはより高い評価を与えた。
2596 なお,設問2は設問1と独立しているのに,設問1の事例を引用して論述している
2597 答案も見られた。この点については問題文をよく読んでほしい。
2598 設問3は,生物多様性基本法第25条と2011年環境影響評価法改正との関係,
2599 生物多様性基本法第25条と環境基本法の関係を問うものである。
2600 (1)については,環境影響評価法の2011年改正が,生物多様性基本法を踏ま
2601 えてなされたことを指摘するものが多かったが,環境影響評価法2011年改正が戦
2602 略的環境アセスメントでないことだけを指摘して両者の相違のみを強調する答案も見
2603
2604 - 61 -
2605
2606 られた。両者が相違するという指摘については一定の評価を与えたが,環境影響評価
2607 法の2011年改正が生物多様性基本法第25条の趣旨に向かって一歩前進すること
2608 を目的としていたことは明らかであり,その点についても言及してほしかった。なお,
2609 生物多様性基本法が戦略的環境アセスメントまでを規定しているかについては見解が
2610 分かれるところである((2)参照)。
2611 (2)については,生物多様性基本法第25条と環境基本法第20条,第19条と
2612 の関係について検討するものが多かったが,この点に言及しないものも散見された。
2613 環境基本法第4条(未然防止原則等)との関係について論ずることも考えられ,このよ
2614 うな答案にも一定の評価は与えたが,環境影響評価のことを聞かれているのであるか
2615 ら,まず同法第20条に目配りすることが望まれる。さらに,同法第19条について
2616 は,それが生物多様性基本法第25条とともに戦略的環境アセスメントについて規定
2617 しているとする答案と,同法第25条はあくまでも環境基本法第20条のレベルでの
2618 早期のアセスメントを求めているにすぎないとする答案とに分かれたが,この点につ
2619 いては両方の考え方が認められる。
2620 2
2621
2622 出題の意図と実際の解答に差異がある原因として考えられること
2623 設問1については,環境影響評価手続の瑕疵について必ずしも十分に勉強がなされ
2624 ていなかったと考えられる。また,問題文をよく読まず,問題の時点について明らか
2625 なミスをしている答案も見られた。試験場で取り組むべき課題であるが,常日頃から
2626 心掛けておくことが肝要である。
2627 設問2については,環境影響評価における複数案の重要性や環境影響評価法の20
2628 11年改正について十分に認識していなかったことが考えられる。基本的事項につい
2629 ては資料があり,法文は読める状況にあるのだから,資料や法文を読みながら制度の
2630 趣旨を導き出す力が試されていたのであるが,資料等を十分に生かせなかったという
2631 ことになる。日頃から重要な制度の趣旨についてきちんとした勉強をしてほしい。
2632 設問3については,日頃から環境個別法の条文の関係について注意するような勉強
2633 の仕方をしていないことが考えられる。また,基本法は,個別法の改正において相当
2634 の影響力を持つことが少なくないことを認識する必要があろう。
2635
2636 3
2637
2638 各水準の答案のイメージ
2639 「優秀」,「良好」と言える答案のイメージは,設問1については,環境影響評価手
2640 続の瑕疵がどのような場合に国土交通大臣の許可の違法をもたらすかを論じ,許可の
2641 違法が国土交通大臣の裁量権の範囲の逸脱・濫用の場合であることを示し,また,@
2642 評価書に対する免許権者等の意見に対してA県が補正書の中で答えていないこと,及
2643 びA複数案の検討がなされていないことについて,環境影響評価手続の瑕疵となるか
2644 を論じ,結論について明快な理由を付しているものである。設問2については,基本
2645 的事項では,第一種事業について,複数案を検討しない場合には理由を付することを
2646 要するとしていること(資料参照)を指摘し,環境影響評価の核心は複数案(代替案)
2647 にあり,計画段階のような早い段階で複数案を検討することによって,合理的な意思
2648 決定という環境影響評価の目的に資することに言及するものである。設問3の小問1
2649 については,生物多様性基本法第25条は,生物多様性について計画アセスメントな
2650 いし戦略的環境アセスメントをすることを内容としていること,この規定の存在が環
2651
2652 - 62 -
2653
2654 境影響評価法の2011年改正における計画段階配慮書の規定導入の契機となったこ
2655 とに言及し,小問2については,生物多様性基本法第25条が,環境基本法第20条
2656 に関連することを指摘するものである。同法第19条に対応すると指摘してもよい。
2657 これらが実現できている程度により,「優秀」と「良好」が区別される。
2658 「一応の水準」といえるのは,論ずべき問題点の主要な部分が何とか把握できてい
2659 るものである。「不良」な答案とは,それすらなされていないものである。
2660 【学習者及び法科大学院教育に求めるものについて】
2661 第1に,環境法上重要な制度の趣旨や規制の仕組みについて,日頃から注意を払う
2662 ことである。主要な法律の基本的規制システムについては,テキストにおける解説に
2663 よるだけではなく,実際に法令集を参照しつつ,条文の文言に即して丁寧に解説をす
2664 るようにしてほしい。そうでない限り,決して実力は付かない。
2665 第2に,環境関連の基本法と個別法との関係,基本法相互の関係について,体系を
2666 意識しつつ学習を進めてほしい。法律ごとの縦割りの理解ではなく,個別法の仕組み
2667 が基本法のどのような考え方や規定に基づいたものであるのか,基本的な考え方相互
2668 にはどのような関係があるのかという点にまで,学習関心を広げてほしい。
2669 第3に,当然のことであるが,問題文を正確に把握し,分析する力を養うことが必
2670 要である。ともすれば,答案練習が重視されるのかもしれないが,それが効果的な学
2671 習となる前提は,問題文を通じて出題者が伝えようとしているメッセージを的確に読
2672 み取ることなのである。
2673
2674 - 63 -
2675
2676 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(国際関係法(公法系))
2677 1
2678
2679 出題の趣旨等
2680 既に公表されている出題の趣旨(「平成25年司法試験論文式試験問題出題趣旨【国
2681 際関係法(公法系)科目】」)に記載したとおりである。
2682
2683 2
2684
2685 採点方針
2686 国際関係法(公法系)については,従来と同様に,@国際公法の基礎的な知識を習
2687 得し,かつ,設問に関係する国際公法の基本的な概念,原則・規則並びに関係する理
2688 論や国際法判例を正確に理解できているか,A各設問の内容を理解し必要な国際法上
2689 の論点に触れているか,問題の事例に対する適切な考察がなされているか,B答案の
2690 法的構成がしっかりしており,かつ論理的な文章で適切な理由付けがなされているか,
2691 といった点を重視している。
2692
2693 3
2694
2695 採点実感等
2696 第1問
2697 設問の趣旨と各設問において押さえるべき主要論点とについては,前述の出題の趣
2698 旨で述べているので繰り返さない。
2699 設問1についていえば,不干渉原則でいう国内管轄事項及び干渉とは何かについて
2700 基本的な説明ができていた答案が,残念ながら期待したほど多くなかった。まず不干
2701 渉原則が禁止するのは他国の「国内管轄事項」に対する介入であるという点について
2702 は多くの答案が言及できていた。ただし,国の拷問行為が慣習国際法上禁止されてお
2703 り,被拘禁者に対する系統的拷問のような重大な人権侵害行為はもはや国内管轄事項
2704 とはいえないということについては,事例等を引用して論理的な説明ができていた答
2705 案とそうでない答案とが大きく分かれた。他方不干渉原則が禁止する「干渉」とは命
2706 令的干与(強制的介入)をいうという点を指摘できていた答案は,必ずしも多くはな
2707 かった。特に武力を用いた干渉以外にどのような措置が命令的干与に該当するかとい
2708 う論点について先例等に照らして検討し,本問の外交的声明及び輸出禁止措置が禁止
2709 される命令的干与には該当しないとする反論を展開した答案は少数にとどまった。内
2710 政不干渉原則に触れることなく,対抗措置を用いて反論を展開した答案も相当数あっ
2711 たが,Y国がとった措置が国際義務違反の措置といえるか,国連国際法委員会の国家
2712 責任条文第54条との関連をどう考えるかといった論点まで踏み込んだ解答はごく少
2713 数であった。
2714 設問2(a)については,ほとんどの答案が国家元首の免除に言及していたが,本問で
2715 は「現職」の元首の免除を問題にしていることを正確に捉え,ピノチェト事件英国貴
2716 族院判決や逮捕状事件国際司法裁判所(以下「ICJ」という。)判決等を適切に参
2717 照しながら,設問に解答できたものはそれほど多くはなかった。ピノチェト事件英国
2718 貴族院判決等に基づき国家元首の外国の刑事管轄権からの免除を外交官の特権・免除
2719 に類するものとして捉える答案が多数を占めたが,他方,本問を国の民事裁判権から
2720 の免除の問題と混同して,制限免除主義の立場から拷問行為が主権的行為であるか否
2721 かを論じた答案が相当数にのぼった。現職の国家元首の刑事管轄権からの免除につい
2722 ては慣習国際法上確立していると解答した答案が多数を占めたが,拷問のように国際
2723
2724 - 64 -
2725
2726 犯罪とされている行為を国家元首が行った場合にも免除が認められるのかという論点
2727 に踏み込んで解答した答案は,それほど多くはなかった。ピノチェト事件英国貴族院
2728 判決に依拠して,国家元首の行為を公的な行為と私的な行為に区別して拷問は公的な
2729 行為に入らないから免除を享有しないとする答案も相当数あったが,同事件では「元」
2730 国家元首の事項的免除が問題となっており,現職の国家元首の人的免除が問題になっ
2731 ている本問に同事件で用いられた区分をそのまま適用することはできない。Y国の行
2732 為を国際法上評価するに際して,Y国による逮捕状の発付並びに国際刑事警察機構を
2733 通じた国際手配が,それだけで現職の国家元首が享有する身体の不可侵及び免除を侵
2734 害する国際違法行為を構成するという点を書き込めている答案は少なかった。
2735 設問2(b)については,外交官の身柄を拘束及び抑留して事情聴取する行為が国際法
2736 上の対抗措置の要件に照らして許容されるかどうかを検討した答案は多かった。その
2737 際に対抗措置の基本的要件について論述できていた答案も相当数にのぼった。もっと
2738 も,専ら均衡性の原則に依拠して,外交官の身体の不可侵に違反するX国の行為は均
2739 衡性の原則に違反するから違法だと解答した答案や,その反対にX国の行為は国家元
2740 首の享有する免除に違反したY国の行為と均衡するので均衡性の原則を満たしている
2741 とする答案が少なからずあった。自己完結的制度に触れたテヘラン事件ICJ判決や
2742 国家責任条文第50条の趣旨を理解する限り,そもそも対抗措置として外交官の身柄
2743 を拘束及び抑留して事情聴取するような手段をとることが許されるのかという問題意
2744 識を持ったものは比較的少なかった。
2745 設問3については,多くの答案が会社の外交的保護権は,原則として,会社の設立
2746 準拠法国及び本拠地所在地国にあることを指摘できていた。ただし,上記の原則の例
2747 外(例えば国連国際法委員会の外交的保護条文第11条)に触れて,本問の場合には
2748 それらの例外に当てはまらないことを指摘できた答案は少なかった。株主の権利に直
2749 接損害を与える場合には,株主の国籍国が株主の被った損害について外交的保護権を
2750 行使する権限を有することを意識して本件の結論を導いた答案は少数にとどまった。
2751 時間が足りなかったと見受けられる答案が意外と多く,設問1及び設問2に比べ,論
2752 理を十分に展開できた答案がそれほど多くなかった。なお国籍継続の原則及び国内的
2753 救済完了の原則を含めて外交的保護権行使の要件一般について触れた答案が相当数あ
2754 った。前提から書きたい気持ちは理解できるが,前置きに時間を費やすのではなく,
2755 問題の焦点を的確につかんで,それに直接解答する答案にしてほしい。
2756 「優秀」,
2757 「良好」,
2758 「一応の水準」,
2759 「不良」の答案を一概に表現することは難しいが,
2760 おおむね次の通りと言えるのではないか。
2761 優秀:4つの設問において問われている国際法上の論点を的確につかんで,それぞれ
2762 の論点について要求される国際法の原則,判例等についての基本的事項を論理的かつ
2763 簡潔明瞭に記述し,さらに,各設問で提示された事案への当てはめがしっかりできて
2764 いる答案ということになろう。第1問は設問数が多いために,各設問における主要論
2765 点について適切に重点を置くことが求められる。例えば,設問1では,不干渉原則を
2766 構成する2つの基本的概念について的確に説明できており,被拘禁者に対する系統的
2767 拷問行為がX国の国内管轄事項とは言えないこと,また拷問行為を非難するY国政府
2768 の外交的声明及びX国向け産品の禁輸措置が違法な干渉行為に該当しないことを先例
2769 等に照らして論理的に解答している答案である。各設問についてこの基本点が押さえ
2770 られている答案が優秀答案。
2771
2772 - 65 -
2773
2774 良好:おおむね優秀答案のところで指摘したレベルに準じる解答ができているものの,
2775 設問によっては,問題点の把握がずれていたり,論証が十分できていない答案。例え
2776 ば設問1及び設問2(a)及び(b)ではおおむね優秀答案で述べた解答がなされているに
2777 もかかわらず,設問3で,本件においては会社の設立準拠法国及び本拠地所在地国で
2778 あるZ国が乙社に対する外交的保護権を有しY国は株主丙のために外交的保護権を行
2779 使できないと解答するものの,本事案において株主丙の権利に対する直接損害がなか
2780 ったことなどについての検討が十分できていないもの。
2781 一応の水準:全体としては国際法の基礎的知識を有していることを各設問の解答から
2782 うかがうことができ,各設問について基本的な解答はできているものの,特定の設問
2783 については国際法の基礎知識が不十分であったり,具体的な事案への当てはめに関し
2784 て一層の考察が求められる答案。あるいは解答の中に余り問題とならない論点につい
2785 て行数を割く等して,設問について要求される十分なレベルの解答が的確にできてい
2786 ない答案。例えば設問1において,X国向けの産品の禁輸措置が本設問の状況の下で
2787 国際法上禁止される干渉には当たらないことを解答するものの,その根拠が必ずしも
2788 十分に展開できていないなど,基礎知識はあるものの設問事例へ当てはめた場合の根
2789 拠付けに不十分さが散見される答案。
2790 不良:設問の内容や趣旨がそもそも理解できていない答案,あるいは,理解できてい
2791 ても主要な論点が欠落している答案又は基本的な国際法の知識を欠いていると見られ
2792 る解答が散見できる答案。
2793 第2問
2794 設問1については,優秀な答案が多くはなかった。公海における旗国主義や受動的
2795 属人主義については,答えている答案が多くあった。しかし,B国は公海上の船舶で
2796 の船内犯罪に受動的属人主義により立法管轄権を及ぼし,対象船舶が自国領域の港に
2797 入港した時点で執行管轄権を行使していること,つまり,立法管轄権と執行管轄権の
2798 区別,さらに立法管轄権が前提となって,執行管轄権が領域内で行使されているとい
2799 う論理的な関連を正確に理解して書かれた答案は多くなかった。旗国主義との関係で,
2800 旗国が特段の異議を示していないことから,旗国A国がB国の管轄権行使を承認して
2801 いることを踏まえた答案は比較的多くあった。
2802 設問2については,全体的に比較的よくできていた。特によくできている答案は,
2803 政治犯罪人不引渡しの原則を説明し,絶対的政治犯と相対的政治犯に区別があること
2804 という前提的知識が十分に書かれていた。その上で,本問においては,犯された犯罪
2805 は普通犯罪であると判断して,引渡し可能であると答えている答案がよくできている
2806 答案である。さらに,C国へ丙が引き渡されたときに,本件の犯罪以外の理由,つま
2807 り,政治犯罪を含む他の罪を理由として訴追される可能性を防ぐためには,特定性の
2808 原則があることを答えなければならないが,特定性の原則自体に言及している答案は
2809 多くなかった。この点は,残念であった。
2810 設問3については,よくできている答案が少なかった。まず,B国警察官による旅
2811 客丁の客室に対する令状のない捜索と窃盗行為について,権限逸脱行為であることを
2812 指摘する答案が少なかった。外観論を用いて,当該警察官の行為がB国に帰属するこ
2813 とについても答えている答案は少なかった。さらに,国家責任の追及として,C国が
2814 丁の損害を取り上げて外交保護権を行使するということについて書いている答案も少
2815
2816 - 66 -
2817
2818 なかった。したがって,外交保護権の行使の要件に触れている答案も少なかった。国
2819 家責任の履行として原状回復,金銭賠償,サティスファクションの態様を答える答案
2820 が目立ったが,外交保護権行使の典型的な場面であることにまず気付く必要がある。
2821 全体としては,従来と比較すると,出題趣旨である論点を理解しないでいる答案が
2822 多かったことが特徴的である。論点に気付いていれば,それについての記述は比較的
2823 よくできている。また,論点に気付いていれば,本問への当てはめも比較的よくでき
2824 ている。また,設問ごとに出来不出来がある解答者が目に付いた。
2825 「優秀」,
2826 「良好」,
2827 「一応の水準」,
2828 「不良」の答案を一概に表現することは難しいが,
2829 おおむね次の通りと言えるのではないか。
2830 優秀:設問についての国際法の基礎知識を備えており,論点を過不足なく見いだして
2831 これを論じ,事例へ当てはめながら,論理的に論述を行っている答案。例えば,設問
2832 1で受動的属人主義,旗国主義,立法管轄権の公海での行使,執行管轄権の領域内で
2833 の行使が,明確に認識されており,それらが,事例への当てはめを行いながら論理的
2834 に説明されている答案。
2835 良好:設問についての国際法の基礎知識を備えており,一応は論点を導き出し,正し
2836 い結論を導き出すことができている答案。けれども,国際法上の論点を明確に認識し
2837 た上で,論理的に個々の論点を結び付ける努力が弱かったり,また,法理の事例への
2838 当てはめが不明瞭となっている答案。例えば設問1で,受動的属人主義による立法管
2839 轄権の公海上の船舶への行使と,領域内に対象船舶が入港したことによる執行管轄権
2840 行使が論証において十分に結び付けられていない答案。あるいは,事例への当てはめ
2841 で,旗国主義と旗国の対応の法的意味が正確には捉えられていない答案。
2842 一応の水準:国際法の基礎知識が一応はあり,論点を羅列して,正しい結論を書いて
2843 いるが,国際法の体系的な理解が十分ではなく,主要な論点が一部欠落したり,個々
2844 の論点が持つ意味が十分に理解されていない答案。例えば,設問1で,旗国主義や受
2845 動的属人主義に気付いてはいるが,それらについて,本件事例でどのような意義を持
2846 つかについて,論理的に説明されていない答案。
2847 不良:設問の事例説明や,設問自体を答案に書き出すことにスペースをとられ,ある
2848 いは,主要な論点の多くが欠落している答案。例えば,設問3で権限逸脱,外交保護
2849 権などの論点に気付いていない答案。
2850 4
2851
2852 法科大学院教育に求めるもの
2853 採点して感じた答案の傾向に1,2触れておきたい。昨年と同様,第1に,国際法
2854 に関する基礎的な知識,すなわち国際法の基本的な概念や規則・原則について,その
2855 内容を正確に理解し,かつ,しっかりと身に付けることの重要性を再度強調しておき
2856 たい。従来と比較すると,出題趣旨である論点を理解しないでいる答案が多かったこ
2857 と,並びに,設問ごとに出来不出来がある解答者が目に付いたことを第2問に関する
2858 今年度の特徴として指摘したが,これは第1問についても当てはまる。難解と思われ
2859 る論点について比較的よく学習しているかと思えば,極めて基本的な国際法の原則に
2860 ついて解答できないなど相当学習内容にむらのある受験者が目立った。今年度は昨年
2861 に比して,優秀な又は良好な答案の比率が減り,一応の水準にとどまる答案の比率が
2862 増えている感がある。選択科目に割くことのできる学習時間の問題もあるかと思われ
2863 るが,法科大学院の学生には国際法のテキストに共通して記載されている基本的事項
2864
2865 - 67 -
2866
2867 及び基本的な判例集に掲げられている判例等について,内容をしっかり理解して学習
2868 してほしい。第2に,設問に対して結論のみを書いてその理由付けをほとんどしてい
2869 ない答案が相変わらず相当数ある。同様に,国際法上の論点を認識しつつも,個々の
2870 論点を論理的に結び付ける努力が弱く,全体の論理展開が読み取りづらい答案や法理
2871 の事例への当てはめをどのように行ったのかが不明瞭な答案が少なからずある。規則
2872 の解釈にせよ,具体的事例への当てはめにせよ,法科大学院の学生には根拠付けや論
2873 理的整合性に注意する姿勢を日頃より身に付けるようにしてほしい。
2874 5
2875
2876 その他
2877 昨年度よりは減少したが,判読が困難な答案がやはり若干存在する。時間の都合も
2878 あるとは思うが,判読困難である答案が受験生の有利に働くことはあり得ないのであ
2879 るから,文字及び文章は読み手の立場に立って読みやすい答案を簡潔に書くように日
2880 頃から心掛けてほしい。
2881
2882 - 68 -
2883
2884 平成25年司法試験の採点実感等に関する意見(国際関係法(私法系))
2885 1
2886
2887 出題の趣旨等
2888 本年度の国際関係法(私法系)の問題は,狭義の国際私法(抵触法)及び国際民事
2889 訴訟法から出題されている。各問題の出題の趣旨等については,既に法務省ホームペ
2890 ージにて公表済みである。
2891
2892 2
2893
2894 採点の方針と基準等
2895 採点の方針は,昨年と同様である。すなわち,関連する個々の法領域の基本的な知
2896 識と理解に基づき,論理的に破綻のない推論により一定の結論を導くことができるか
2897 を採点の基本的な指針とした上,設問ごとに重点は異なるものの,@個々の法規範の
2898 趣旨を理解しているか,A複数の法規範を視野に入れながら,相互の関連を理解して
2899 いるか,Bこれらの点の理解に基づき,設問の事実関係等から適切に問題を析出する
2900 ことができるか,C析出された問題に対して関連する法規範を適切に適用することが
2901 できるかを採点の基準とした。
2902 これら4点をおおむね満たしている答案が「一応の水準」に達しているとされ,全
2903 ての設問において上記@及びAの点に関する理解を答案に反映させ,かつ,法規範を
2904 丁寧に当てはめていることが「良好」又は「優秀」答案となるための必要条件であり,
2905 さらに,より的確かつ説得的に論述をしている答案が「優秀」答案と評価される。
2906 なお,学説の分かれている論点については,結論それ自体によって得点に差を設け
2907 ることはせず,自説の論拠を十分に示しつつ,これを論理的に展開することができて
2908 いるか否かを基準にして成績評価をした。
2909
2910 3
2911
2912 採点実感
2913 多くの答案は,法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)等の関連する
2914 明文の規定を指摘した上で,設問から拾った事実関係に当てはめようとする姿勢を示
2915 していた。それぞれの規定の趣旨を押さえた上で解釈論や事案への当てはめを行って
2916 いる答案は高い評価を受けた反面,規定の構造や規定相互の関係についての理解がで
2917 きていない答案は低い評価となった。特に,このことは,第1問については養親子関
2918 係の成立・効果と実親子関係の成立・効果との区別について,第2問については民事
2919 訴訟法(以下「民訴法」という。)第3条の4第3項の規定と同法第3条の3の規定
2920 との関係について,強く言い得よう。
2921 (1) 第1問について
2922 設問1(1)では,多くの答案は,養子縁組の成立に関する通則法第31条第1
2923 項前段と,これにより指定される民法第795条について指摘することができてい
2924 た。しかし,Cが同条の「未成年者」に当たるか否かに関し,通則法第4条第1項
2925 の検討をしていない答案も少なからずあった。また,Hの本国法である民法第79
2926 5条とWの本国法である甲国民法とが夫婦共同養子縁組について異なる態度をとっ
2927 ているところ,両者の不一致をどのように考えて解決するかについて配慮している
2928 答案は少なかった。
2929 設問1(2)では,養子縁組の方式につき,通則法第34条第2項の適用のみな
2930 らず,同条第1項の適用についても論じる必要があったが,後者の検討をしていな
2931
2932 - 69 -
2933
2934 い答案が多かった。同項の「法律行為の成立」には,養父と養子との養子縁組及び
2935 養母と養子との養子縁組という二つの養子縁組の成立が包摂されていることの認識
2936 を示している答案には,高い評価が与えられた。
2937 設問2(1)については,養子縁組の直接的効果の問題として通則法第31条第
2938 1項前段を検討すべきであるのに,嫡出親子関係の成立に関する通則法第28条第
2939 1項を検討する答案が相当数あったほか,準正に関する通則法第30条第1項の問
2940 題として論じている答案も少なからず見られた。また,ここでも,通則法第31条
2941 第1項前段により指定される養父と養母のそれぞれの本国法により,養子縁組の直
2942 接的効果として子が嫡出子となるか否かを検討すべきであったのに,その検討がさ
2943 れている答案は少なかった。
2944 設問2(2)では,多くの答案は,親子間の法律関係に関する通則法第32条に
2945 より指定される準拠法について検討することができていた。国籍又は常居所地とい
2946 う連結素の変動に伴って準拠法も変更するという同条の規定を正確に理解している
2947 ことが示された答案は,高い評価を受けた。
2948 設問2(3)については,正しく扶養義務の準拠法に関する法律第2条について
2949 指摘する答案がほとんどであったが,通則法第43条第1項の規定(適用除外)に
2950 言及していない答案も散見された。
2951 (2) 第2問について
2952 1(1)については,外国の裁判所に専属的国際裁判管轄権を付与する合意の効
2953 力について,正しく,民訴法第3条の7第6項の要件の充足いかんを検討している
2954 答案が多かった。上記検討の前提として,同条第1項及び第2項に言及しつつ,管
2955 轄権の合意をすることができることや,その効力要件についても論述している答案
2956 は,基本的事項を正確に理解しているものとして評価された。
2957 1(2)では,多くの答案は,民訴法第3条の4第2項の規定について指摘する
2958 ことができていた。しかし,同項の「労務の提供の地」の理解を誤り,労務提供地
2959 が定まっていないとして労働者を雇い入れた事業所の所在地である甲国に管轄権を
2960 肯定するなどの答案が散見された。
2961 1(3)では,多くの答案は,通則法第12条第1項の規定の適用について検討
2962 することができていたが,同項と同条第2項の関係について言及していない答案や,
2963 同条第2項の「労務を提供すべき地」の意義を十分に理解せず,甲国を指示する諸
2964 要素から甲国を第1項の「最も密接な関係がある地」とするものが少なからずあっ
2965 た。また,日本の労働契約法第16条の直接的な適用を肯定し,通則法第12条第
2966 1項について論じていない答案も一部に見られた。なお,同項について論ずる前提
2967 として,通則法第7条により,当事者が準拠法を選択することができることについ
2968 て丁寧に論じている答案は,評価された。
2969 2では,管轄権の合意があった場合について,正しく民訴法第3条の7第6項の
2970 要件の充足を検討している答案が多かった。それに対し,管轄権の合意がなかった
2971 場合について,事業主から労働者に対する訴えについては同法第3条の3の規定の
2972 不適用を定める同法第3条の4第3項の規定それ自体を認識していないか又は同項
2973 の「前条」という文言を「前項」と誤解している答案が相当数あった。
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2976 今後の出題について
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2980 今年度は国際取引法からの出題はなかったが,基本的には,狭義の国際私法,国際
2981 民事訴訟法及び国際取引法の各分野の基本的事項を組み合わせた事例問題が出題され
2982 ることになると考えられる。
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2985 今後の法科大学院教育に求めるもの
2986 通則法や民訴法については,立法理由や規定の趣旨を正確に把握した上で解釈論を
2987 展開し,事案への的確な当てはめをすることができる能力を養成する必要がある。ま
2988 た,法解釈論を展開する際には,どの条文のいかなる文言(例えば,民訴法第3条の
2989 4第2項の「個別労働関係民事紛争」)の意義・解釈が問題となっているかを明示し,
2990 当該文言に即して論述することが肝要と思われるので,日頃からこのことを意識して
2991 学ぶことが必要であると思われる。
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