1 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)
2 1
3
4 採点の基本方針等
5 本年の問題においても,事案を正確に読んでいるか,憲法上の問題を的確に発見
6 しているか,その上で,関係する条文,判例,憲法上の基本的な理論を正確に理解
7 しているか,さらに,実務家として必要とされる法的思考及び法的論述ができてい
8 るかということに重点を置いて採点した。
9 本年の問題は,職業の自由に関するものであるが,これを規制する条例の目的が
10 複合的であることが最も重要なポイントとなる。すなわち,本年の問題が問うてい
11 るのは,複合的目的で職業の自由を制約する条例の合憲性である。この点に関して
12 は,確立した判例や支配的な憲法学説があるわけではない。それゆえに,職業の自
13 由に関する判例や憲法学説を正確に理解した上で,原告・被告それぞれの立場で,
14 筋の通った主張をして違憲論・合憲論を論じている答案には,高い評価が与えられ
15 る。他方で,問題に記載されている事実を正確に把握せず,あるいは,原告・被告
16 それぞれに都合の良い事実のみを取り上げる答案や,問題となっている規制の合憲
17 性・違憲性を審査する基準(以下「審査基準」という。)の内容に誤りや不正確な
18 点がある答案,さらには,審査基準に関するパターン化した表面的な論証に終始し
19 たり,職業の自由の規制の合憲性をめぐる判例の変化に注意を払わず,安易に従前
20 の特定の判例の考え方に引き付けて論証している答案には,厳しい評価をせざるを
21 得なかった。
22 本年の問題において高く評価された答案,そして厳しい評価とならざるを得な
23 かった答案,それぞれについて具体例を挙げると,以下のようなことを指摘するこ
24 とができる。
25 ・ 複数の検討事項についての論理的一貫性を有した答案や軸足を定めた上でそれ
26 に基づいて作成している答案は高く評価された。他方で,一つの主張の中で論理
27 的一貫性を欠く答案(例えば,審査基準の厳格さと結論が理由なく逆転している
28 ものなど)や各主張間の価値判断や事案の内容に即した判断のバランスを欠いた
29 答案は,厳しい評価となった。
30 ・ 根拠のある理由がきちんと記載されている答案は,高く評価された。他方で,
31 理由を記載せずに,単に「違憲である」とか「合憲である」と結論のみを記載し
32 ている答案や,審査基準が記載してあるとしても,なぜその審査基準を採るのか
33 について理由を記載していない答案などは,厳しい評価となった。
34 ・ 本年の問題で制約されるものは,職業選択の自由であるのか,それとも営業の
35 自由であるのかについて,判例等を基礎に置いて検討している答案は,高く評価
36 された。他方で,安易にそのいずれかに決め付けて論じている答案は,厳しい評
37 価となった。
38 ・ 本年の問題では,C社は「条例自体が・・・違憲であると主張して」訴訟を提
39 起しており,内容的にも,適用違憲(処分違憲)を論じるべき事案ではないにも
40 かかわらず,適用違憲(処分違憲)を論じている答案は,当該記載について積極
41 的評価ができないのみならず,解答の前提を誤るなどしているという点において
42 も厳しい評価となった。
43 ・ 同様の観点であるが,本年の問題では,「法人の人権・・・については,論じ
44
45 -1-
46
47 なくてよい」,「道路運送法と本条例の関係については,論じなくてよい」と記載
48 されており,それにもかかわらずこれらを論じている答案は,厳しい評価となっ
49 た。
50 ・ 問題に記載されている事実関係は,原告・被告の立場あるいは答案作成者とし
51 ての受験者の立場を問わず,当然に前提とされるべき事実である。それにもかか
52 わらず,(意図的であるか否かを問わず)自己に有利な事実のみを取り上げ,自
53 己に不利な事実には目をつぶって主張・見解を展開するような答案は,法曹を目
54 指す者の解答としては厳しい評価とならざるを得なかった。答案の作成に際して
55 は,自己に不利な事実であっても事実として受け止めた上で,それぞれの立場か
56 ら当該事実の意味付け・評価等をして,主張を組み立てていくことが求められる。
57 ・ 条例の規制目的が複合的であるにもかかわらず,原告の主張では消極目的,被
58 告の主張では積極目的として単純に論じるような,自分に都合の良い論じ方をし
59 ている答案についても,厳しい評価となった。
60 ・ 司法試験は,法曹となるべき者に必要な知識・能力を判定する試験であるので,
61 検討の出発点として判例を意識することは不可欠であり,判例をきちんと踏まえ
62 た検討が求められる。したがって,判例に対する意識が全くない,あるいは,こ
63 れがほとんどない答案は,厳しい評価とならざるを得なかった。判例に対しては
64 様々な見解があり得るので,判例と異なる立場を採ること自体は問題ないが,そ
65 の場合にも,判例の問題点をきちんと指摘した上で主張を組み立てていくことが
66 求められる。
67 ・ 論述が説得性を持つためには,理論(例えば,審査基準論の内容など)を正確
68 に理解していることが必要不可欠である。基本的な理論に関する不正確な理解に
69 基づいて作成された答案は,厳しい評価となった。
70 ・ 憲法の論文式試験で受験者に求められていること,逆に求められていないこと
71 や不適切とされることについては,上記の指摘事項と重なるものも含め,毎年公
72 表される採点実感において記載してきたところである。それにもかかわらず,こ
73 れまでも指摘されているような,求められていないこと,あるいは不適切とされ
74 ることを記載している答案については,全般として厳しい評価とならざるを得な
75 かった。
76 2
77
78 採点実感
79 各委員からの意見を踏まえ,答案として気に掛かったものを中心に,個別に述べ
80 ることとする。
81 (1) 問題の読み取りの不十分さについて
82 ア 条例の目的
83 ・ 条例の規制目的について,積極目的と消極目的が複合している,あるいは
84 目的について割り切ることができないことを前提として,どう検討するかが
85 出題意図であったが,そこまで分析が及んでいない答案が多数見られた。
86 ・ 本件は目的分析が主たる論点であるにもかかわらず,そもそも目的に関す
87 る分析がない,あるいは,乏しい答案も見受けられた。
88 ・ 条例第1条の規定する立法目的は,本来,読解が必要とされるが,その読
89 解作業を行う答案は非常に少なかった。条例第1条を無視あるいは軽視して,
90
91 -2-
92
93 条例の目的は「輸送の安全」のみにあるとか,「既存業者の保護」にあるな
94 どと単純に決め付ける答案が多かった。
95 イ 適用違憲(処分違憲)
96 ・ 既に述べたとおり,本年の問題では,問題文から条例自体の違憲性を論じ
97 ることが求められており,かつ,内容的にも適用違憲(処分違憲)を論じる
98 べきではないと考えられるにもかかわらず,漫然と適用違憲(処分違憲)を
99 論じているものが少なくなかった。
100 ウ その他
101 ・ 出題者の問題意識(複合的な規制目的,具体的な規制内容の合憲性など)
102 を正確に把握している答案は残念ながら僅かであった。
103 ・ AEDが何であるかの理解を誤っている答案が少ないながらもあった。法
104 律家の資質の前提として,常識の範囲内の事柄は,一般人として適切に理解
105 しておく必要がある。
106 ・ 条例第4条の第1号ないし第3号,あるいは第3号のイ及びロにつき,そ
107 れぞれを適宜区別しながら審査しているものが見られた点は評価できる一方
108 で,特に第3号のイ及びロについて,全てまとめて一つの審査をしているも
109 のがあり,気になった。
110 ・ 条例第4条については,@第1号ないし第3号とその枝一つごとに,Aそ
111 の規制目的を確定した上,Bその目的と規制手段との関連性につき,(一刀
112 両断に「ない」などと書くのでなく)具体的にどこまであるか(どこまでし
113 かないか)を論じて結論としての関連性の有無を述べる必要があるが,@A
114 Bの各レベルで,論述の雑な答案が多かった。
115 (2) 原告―被告―あなた自身の見解という全体構成について
116 ・ 設問2においては,被告側の反論を幾つか挙げた後,それらについての自己
117 の見解を表面的に述べるのみで,条例の憲法適合性について,自己の見解を体
118 系的・論理的に深く論じている答案が少ない印象を受けた。
119 ・ 設問2について,被告の反論なのか自己の見解なのかさえ判然としない答案
120 があった。
121 ・ 設問2について,
122 「被告側の反論についてポイントのみを簡潔に述べた上で」
123 とあるからか,被告の反論については全体で一点だけ簡単に示して,後は全て
124 受験者自身の見解だけを書くというスタイルも見られたが,出題者の趣旨は,
125 設問1で論述した原告側主張と対立する被告側主張を意識した上で,自身の見
126 解を説得的に論証してもらいたいというものであるので,少なくとも両者の対
127 立軸を示すに足りる程度の記載は必要である。
128 ・ 設問2について,【ある観点からの反論→それに対する受験者自身の見解→
129 別の観点からの反論→それに対する受験者自身の見解→更に別の観点からの反
130 論→それに対する受験者自身の見解・・・】という構成の答案が多かった。そ
131 の結果,手厚く論じてもらいたい受験者自身の見解の論述が分断されてしまい,
132 受験者自身が,この問題について,全体として,どのように理解し,どのよう
133 な見解を持っているのかが非常に分かりづらかった。さらに,極端に言えば,
134 「原告の△△という主張に対し,被告は××と反論する。しかし,私は,原告
135 の△△という主張が正しいと考える」という程度の記載にとどまるものもあっ
136
137 -3-
138
139 た。
140 ・ 受験者自身の見解について厚く論述している答案は多くなかった。一方当事
141 者の立場として原告の主張を記載するのに時間を費やすだけで,必ずしも多角
142 的な視点からの検討にまで至っていないことは残念であった。
143 (3) 制約される憲法上の権利について
144 ・ 制約される権利については,具体的な事情の検討を経ることなく,単純に「営
145 業の自由」とするものがほとんどであった。また,その記載内容も,ほとんど
146 の答案が判で押したように同様の内容であり,しかも,事案に即した必要な検
147 討がなされないままで,あらかじめ準備した論証パターンを記載することが目
148 的となっているようにすら見える答案も多かった。
149 ・ 「職業の選択」と「営業(職業の遂行)」とを適宜区分した上で,本件の問
150 題が「職業の選択」自体に関わるという点について示している答案は少なかっ
151 た。
152 ・ 営業の自由や職業選択の自由が人格的利益に結び付くものであるとしつつ
153 も,そもそも人格的利益とは何か,また,本件におけるC社の参入目的がどの
154 ように人格的利益と関係するのか(その参入目的は,事業拡大・増収であり,
155 人格的利益とは必ずしも直結しない。)について検討が及んでいる答案は残念
156 ながらほぼ皆無であった。
157 (4) 条例の違憲性について
158 ア 規制目的等
159 ・ 条例の目的は,その背景事情としてどのようなものがあるにせよ,まず条
160 例第1条に規定されている目的が出発点になる。これは,原告の主張であっ
161 たとしても同様である。この条例が実質的にはC社の参入を妨げる目的によ
162 るものであると主張・認定することはあり得るとしても,検討としては,ま
163 ず条例に規定されている目的を出発点とすべきであろう。
164 ・ 条例の規制目的が消極目的・積極目的のいずれかに割り切ることのできな
165 いものであるにもかかわらず,安易に,あるいは半ば強引に,消極目的規制
166 の条例と捉えて,形式的に厳格な合理性の基準を適用している答案が目立っ
167 た。その意味で,新たな問題について自分の頭で考えようとせず,安易に従
168 前の判例の事案等に引き付けて論述しようとする姿勢が見受けられた。
169 ・ 複合的な目的の条例であるから,規制(手段)について,具体的にどの目
170 的との関係で採られたものなのかという目的との関係を意識しながら,手段
171 の相当性を論ずべきであったと思われるが,その意識を全く欠く答案があっ
172 た。他方,一つの目的のみにとらわれすぎて,別の目的による規制であるこ
173 とに気付いていないと思われる答案もあった(例えば,輸送の安全ばかりに
174 気を取られ,自然保護の観点がおろそかになったものなど)。
175 ・ 自然保護の目的が特段の理由の説明もないまま,当然のように消極目的と
176 されている答案があった。さらには,地元タクシー会社の保護まで消極目的
177 とされていた答案もあった。
178 ・ 地元タクシー会社の保護や地場産業の保護を直ちに不当な目的としている
179 答案がかなり多かった。
180 ・ 条例の文言に現れていない,いわば「隠された目的」の存在に触れている
181
182 -4-
183
184 答案もかなりあったが,その位置付けは様々であり,うまく整理できていな
185 いものが多かった。
186 イ 審査基準
187 ・ 規制態様が厳しいことを踏まえて審査基準を定立するのではなく,違憲と
188 いう結論に飛びついてしまっている答案も見受けられた。
189 ・ 独自の審査基準を勝手に作っているのではないかと思われる答案があっ
190 た。それは,審査基準の内容に関する理解の不正確さに起因すると思われる。
191 ・ 「目的と手段の実質的関連性が必要である」と言いながら,問題に即した
192 具体的検討をすることなく結論を書く答案が少なくなかった。
193 ・ 精神的自由と経済的自由の規制をめぐるいわゆる「二重の基準論」を示し,
194 経済的自由の規制に関する審査基準を緩やかにしてよいとして,そのまま「経
195 済的自由」を一括りで緩やかな審査に持っていくものも見られた。
196 ・ 判断枠組みの定立に当たっては,内実を伴った理由を示す必要がある。
197 「重
198 要な人権だから,厳格な基準を採用すべきである」との理由から,直ちに「厳
199 格審査の基準」あるいは「中間審査の基準」のいずれかを書いている答案も
200 少なくなかった。しかしながら,通常の審査よりも「厳格な審査」を行うと
201 しても,その基準は,「厳格審査の基準」も「中間審査の基準」もあり得る
202 のであり,どちらの基準で判断するのかについて理由を付して説明する必要
203 がある。
204 ウ 平等違反
205 ・ 憲法第22条違反と憲法第14条違反を併せて論じているが,内容はほぼ
206 同じで,両者の違いが意識されていない答案があった。あえて平等に関する
207 審査をする意味がよく分からない答案も見られた。
208 ・ 平等原則(憲法第14条)の観点から審査を行うものも少なくなかったが,
209 自由権侵害の合憲性審査との相違点を曖昧にしたまま,憲法第14条違反を
210 書いている答案が多かった。このような答案は,平等原則の理解が不十分で
211 あることに由来するものと考えられ,積極的な評価につながらない。
212 エ 具体的事実の検討
213 ・ C社が自然保護地域における運行許可を得られなかったのは,@車種に関
214 する要件並びにA営業所に関する年数要件及び運転者に関する要件を満たせ
215 なかったことによるものであることは,問題文から読み取れるはずである。
216 したがって,これらの要件の合理性について,それぞれ検討を加えることが
217 必要になるが,これらの要件のいずれかの検討が脱落している答案が少なく
218 なかった。
219 ・ 車種の要件について,「ハイブリッド車であれば排気ガスが少ないから環
220 境保護に資するのであって,要件が厳しすぎる」とする答案が非常に多かっ
221 た。このような価値判断も当然あり得よう。しかしながら,ハイブリッド車
222 であってもガソリンを使用する以上排気ガスを排出するのであって,排気ガ
223 スを完全にシャットアウトすることにならないということは一般常識である
224 し,問題文にも明記されている。A県は,ハイブリッド車では規制が不十分
225 であると考えて電気自動車であることを要件としたのであるから,このよう
226 なA県の立場に対して,「ハイブリッド車であれば排気ガスが少ない」と主
227
228 -5-
229
230 張するだけでは,単なる水掛け論になりかねない。ハイブリッド車でも足り
231 るという立場を採るのであれば,単に排気ガスが少ないということだけでは
232 なく,電気自動車よりも有利な要素,すなわち安価であって,タクシー事業
233 を行う者にとって負担が少ないことをも理由にしなければ説得力に欠ける。
234 ・ 原告であるC社の具体的事情を詳細に検討できた答案はほぼ皆無で,C社
235 の営業の自由を極めて抽象的に捉えた上で,保護が必要な弱者である地元タ
236 クシー会社との利益衡量を行うという答案がほとんどであった。C社が他県
237 において低価格運賃で成功したとの記載が潜在的に影響し,C社は強者でB
238 市に進出してきた「黒船」的存在との誤ったイメージで考えてしまった可能
239 性はあるが,C社は業績の悪化からB市への進出を図ろうとしていると問題
240 文に明記されているのであるから,それを前提として論証することが望まれ
241 る。
242 ・ 問題文の事実関係を生かし切れていない答案が目立った。例えば,地元タ
243 クシー会社の保護の目的や地場産業の保護の目的に全く気付かない答案も相
244 当数あったが,法曹を目指す者の基礎として,事実関係を踏まえた説得力の
245 ある立論をすることが求められる。
246 ・ 個別の検討において,一定の結論を導き出す理由がない答案(例えば,
247 「○
248 ○は必要だから,必要でやむを得ない規制である」といったもの)が多く見
249 られた。結論を書くならば,その理由も記載しなくてはならない。
250 (5) 答案全体の印象について
251 ・ 審査基準については,設問1,設問2ともにバラエティに富んだ記載がなさ
252 れている印象であった。もっとも,残念ながら,判例に言及したり,判例を引
253 用したりする答案は少なく,判例・学説を漠然と理解しているため不正確にし
254 か基準を表現できていない答案も散見され,それがバラエティに富んでいると
255 の印象の原因と思われる。従来の目的二分論の難点に気付き,それを指摘して
256 論じようとする起案も相当数あったが,的確に基準を定立した上で,基準に沿っ
257 て具体的検討を行うことができた答案はごく少数であった。また,目的二分論
258 の難点に気付いた答案でも,審査基準の定立の段階で本件の詳細な具体的事情
259 まで審査基準の定立の検討材料としてしまっているもの,逆に,基準定立がう
260 まくできず,具体的検討での価値判断に終始してしまうものなど,審査基準の
261 定立と基準に基づく判断が渾然一体となり,適切な論述ができていない答案が
262 目立った。
263 ・ 定立した審査基準と,目的審査において求められる正当性のレベルがかみ
264 合っていないものが多かった。例えば,厳格な合理性審査を採りながら,目的
265 が「正当」であればよいと記述している答案などである。また,審査基準で示
266 した厳格度と具体的検討で行っている内容がずれているものも多く見られた。
267 ・ 全体として,定立した審査基準の下で,事案の内容に即した個別的・具体的
268 な検討を行う際に,その検討が「あっさり」している答案が多かった。法曹に
269 求められるものとしては,判断枠組みの構築と並んで,「どのような事実に着
270 眼し,どのように評価するのか」という点が非常に重要であるので,この点に
271 は物足りなさを感じた。
272 ・ 自分の頭で具体的な場面をイメージして検討されている答案も少なからずあ
273
274 -6-
275
276 り,その点では好感が持てた。特に,条例の許可基準にある車種制限に関する
277 検討においては,受験生の環境問題に対する関心の深さからか,問題を深く掘
278 り下げて具体的に検討されているものも見られた。
279 (6) 答案の書き方等
280 答案における用語の使用方法等について気になるところを指摘する。不適当な
281 用語の使用は,その内容によっては,受験者の概念の理解に疑いを抱かせるもの
282 であるという点に留意願いたい。
283 ・ 本来,「立法裁量」と書くべきところを「行政裁量」と書いているものが多
284 かった。憲法訴訟における裁量論の意味をよく考えてほしい。
285 ・ 審査基準を「やや下げて」とか,
286 「若干緩めて」といった記述が見られたが,
287 判例や実務でこのような用語を使うかは疑問である。
288 ・ 原告の主張及び被告の主張について,「原告の主張の正当化」等の見出しと
289 するものが散見されたが,不適切と考える。例えば,「医薬品の販売の際にお
290 ける必要な注意,指導がおろそかになる危険があると主張しているが,薬局等
291 の経営の不安定のためにこのような事態がそれ程に発生するとは思われないの
292 で,これをもつて本件規制措置を正当化する根拠と認めるには足りない」(昭
293 和50年薬事法違憲判決)のように,地の文章で「正当化する根拠」といった
294 言葉は用いられる。しかし,原告は問題の条例の違憲性を主張し,被告はその
295 合憲性を主張するのであって,見出しを付けるとすれば,条例の「違憲性」あ
296 るいは「合憲性」等が適当ではないか。
297 ・ 初歩的な漢字の誤字(例えば,「許可制」を「許可性」,「条例」を「条令」
298 と書くなど)が非常に目に付いた。日本語を書く際の漢字の誤りは,用いる言
299 葉について,その意味も含めて正確に理解しているのか疑いを抱かせるもので
300 あることを忘れないでもらいたい。
301 ・ 余りにも判読に苦労するような文字による答案がなお少なくない。毎年記載
302 していることであるが,受験者には,平素から,答案は読まれるために書くも
303 のという意識を持ってほしい。
304 ・ 毎年のように採点実感で指摘しているためか,判断枠組みを前提として事案
305 を検討する際に,「当てはめ」という言葉を使用する答案は,少なくなっては
306 いるが,なお散見される。また,
307 「当てはめ」という言葉を使って機械的な「当
308 てはめ」を行う答案の問題性が際立つ。
309 ・ これも毎年のように指摘しているためか,行頭・行末を不必要に空けて書く
310 答案は,少なくなってきてはいる。しかし,他方で,1行の行頭及び行末の各
311 3分の1には何も書かず,行の真ん中部分の3分の1の部分だけに書いている
312 答案などがなお存在する。
313 3
314
315 答案の水準
316 以上の採点実感を前提に,「優秀」「良好」「一応の水準」「不良」という4つの
317 答案の水準を示すと,以下のとおりである。
318 「優秀」と認められる答案とは,規制目的の複合性を踏まえ,職業の自由の規制
319 の合憲性を審査するに当たり,何に焦点を合わせるか的確に留意し,それぞれの立
320 場で採る審査基準の内容を正確に記述し,それぞれの審査基準の下で,事案の内容
321
322 -7-
323
324 に即して個別的・具体的に検討し,結論を導き出している答案である。さらに,例
325 えば,積極目的規制の場合でも「明白の原則」と結び付いた「合理性の基準」でよ
326 いのかを検討している答案などは,極めて優秀な答案といえる。
327 「良好」な水準に達している答案とは,判断枠組みの構築が一定の説得性を持っ
328 てなされており,本件事案に即した個別的・具体的検討の場面が比較的よくできて
329 いる答案である。
330 「一応の水準」に達している答案とは,複合的な規制目的による職業の自由への
331 制約の合憲性の問題であるということが一応理解できており,事案の内容に即した
332 個別的・具体的検討も,十分とは言えないが,行われている答案である。
333 「不良」と認められる答案とは,憲法上の問題点を取り違えている答案や,全く
334 観念的な理論構成で,事案の内容に即して行われるべき個別的・具体的検討も全く
335 表面的な答案である。
336 4
337
338 今後の法科大学院教育に求めるもの
339 昨年度と同様であるが,判例及びその射程範囲が理解できていない答案が目立っ
340 た。それゆえ,「法科大学院教育に求めるもの」として,昨年度と同じ指摘をした
341 い。
342 法科大学院では,実務法曹を養成するための教育がなされているわけであるが,
343 その一つの核をなすのは判例である。学生に教えるに当たって,判例への「近づき
344 方」が問われているように思われる。
345 判例の「内側」に入ろうとせずに「外在的な批判」に終始することも,他方で,
346 判例をなぞったような解説に終始することも,適切ではないであろう。判例を尊重
347 しつつ,
348 「地に足を付けた」検討が必要であるように思われる。判例の正確な理解,
349 事案との関係を踏まえた当該判例の射程範囲の確認,判例における問題点を考えさ
350 せる学習の一層の深化によって,学生の理解力と論理的思考力の養成がますます適
351 切に行われることを願いたい。
352
353 -8-
354
355 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第2問)
356 1
357
358 2
359
360 出題の趣旨
361 別途公表している「出題の趣旨」を,参照いただきたい。
362 採点方針
363 採点に当たり重視していることは,問題文及び会議録中の指示に従って基本的な
364 事実関係や関係法令の趣旨・構造を正確に分析・検討し,問いに対して的確に答え
365 ることができているか,基本的な判例や概念等の正確な理解に基づいて,相応の言
366 及をすることのできる応用能力を有しているか,事案を解決するに当たっての論理
367 的な思考過程を,端的に分かりやすく整理・構成し,本件の具体的事情を踏まえた
368 多面的で説得力のある法律論を展開することができているか,という点である。決
369 して知識の量に重点を置くものではない。
370
371 3 答案に求められる水準
372 (1) 設問1
373 採石認可の根拠法令の解釈,本件要綱の法的性質・効果,及びB県でC組合に
374 よる跡地防災保証をAに対する採石認可の要件とすることの適法性について,そ
375 れぞれを的確に説き,また,相互を論理的に関係付けて論じているかに応じて,
376 優秀度ないし良好度を判定した。
377 採石法及び採石法施行規則の関係規定を的確に指摘し,本件要綱が私人に対し
378 法的拘束力を持たない行政規則であること,採石法が都道府県知事の裁量を認め
379 るものであることを理解した上で,本件でC組合による跡地防災保証を採石認可
380 の要件とすることの適法性を具体的に検討していれば,一応の水準の答案とした。
381 加えて,本件要綱を裁量基準と解してその合理性を認め得るか否かが問題となる
382 ことを理解した上で,地元の特定の事業者団体であるC組合による保証を求める
383 ことの合理性について,具体的に論じていれば,良好な答案と判定した。さらに,
384 本件要綱に合理性が認められるとしても,これを一律機械的に適用することは認
385 められず,内容の合理性に応じて例外を認める必要があることを理解した上で,
386 Aの事業規模や経営状況等,本件の具体的な事実関係に即して,C組合による保
387 証を求めることの適法性を具体的かつ説得的に論じていれば,優秀な答案と判定
388 した。
389 (2) 設問2
390 採石法第33条の12及び第33条の13を本件に適用する場合に問題となる
391 点を把握した上で,これらの規定による採石認可の取消し又は岩石採取の停止の
392 可否を論じ,また,法律の明文の根拠なしに採石認可を撤回できるかを,本件に
393 即して的確に説いているかに応じて,優秀度ないし良好度を判定した。
394 Aの岩石採取をやめさせるために採り得る処分について,採石法の関係規定を
395 的確に指摘し,本件への当てはめを過誤なく行っていれば,一応の水準の答案と
396 した。加えて,授益処分の撤回に関する理論を正確に理解した上で,法律の明文
397 の根拠なしに採石認可を撤回できるかを論じていれば,良好な答案と判定した。
398 さらに,上記関係規定の本件への当てはめ,及び本件における明文の根拠なしの
399
400 -9-
401
402 採石認可撤回の可否を,あり得る反論も想定しながら具体的かつ説得的に論じて
403 いれば,優秀な答案と判定した。
404 (3) 設問3
405 非申請型(直接型)義務付け訴訟の訴訟要件が本件で満たされるかを,どれだ
406 け具体的かつ的確に論じているかに応じて,優秀度ないし良好度を判定した。
407 正しい訴訟類型を挙げた上で,問題になり得る訴訟要件について論じていれば,
408 一応の水準の答案,本件の事実関係に即して具体的かつ的確に論じていれば,良
409 好な答案,さらに,原告適格について,森林の所有権のみならず林業の利益が損
410 なわれる等の本件の事実関係に着目して,Dの利益が個別的利益として保護され
411 るかをより詳細かつ説得的に論じていれば,優秀な答案と判定した。
412 4
413
414 採点実感
415 以下は,考査委員から寄せられた主要な意見をまとめたものである。
416 (1) 全体的印象
417 ・ 設問1については,行政処分の違法性に関する法律論を組み立てる基本的な
418 能力を試すために,大きく配点したが,行政法規にいう行政処分の「条件」の
419 意味を誤解してつまずき,的外れな方向に論述を進めてしまう答案や,処分要
420 件を十分検討しないまま行政裁量を援用し,論述が粗雑になる答案が目立った。
421 また,設問2では,授益的行政処分の撤回という基本的な概念について,事案
422 及び関係規定に即して論述できていない答案が予想外に多かった。いずれの設
423 問に関しても,論点単位で論述の型を覚える学習の弊害が現われた結果のよう
424 に感じられ,残念であった。その点,設問3については,多くの受験者が対応
425 しやすかったようであるが,時間不足のために論述が不十分になったことがう
426 かがわれる答案が相当数あった。
427 ・ 例年繰り返し指摘し,また強く改善を求め続けているところであるが,相変
428 わらず判読困難な答案が多数あった。極端に小さい字,極端な癖字,雑に書き
429 殴った字で書かれた答案が少なくなく,中には「適法」か「違法」か判読でき
430 ないものすらあった。第三者が読むものである以上,読み手を意識した答案作
431 成を心掛けることは当然であり,判読できない記載には意味がないことを肝に
432 銘ずべきである。
433 ・ 誤字,脱字,当て字が相変わらず多く見られた(特に「撤回」を「徹回」と
434 する誤字は非常に多かった。)。正確な書面を作成する能力は法律実務家が備
435 えるべき基本的な能力であるが,誤字の多用はそのような能力に疑問を抱かせ
436 ることにもなるので留意すべきである。
437 ・ 問題文の設定を理解できていないと思われる答案が見られた。例えば,設問
438 1での「仮に」という記載を読み落としているのではないかと思われる答案が
439 少なからず見られた。
440 ・ 問題文及び会議録には,どのような視点で何を書くべきかが具体的に掲げら
441 れているにもかかわらず,問題文等の指示を無視するかのような答案がかなり
442 見られた。
443 ・ 例年指摘しているが,条文の引用が不正確な答案が多く見られた。
444 ・ 冗長で文意が分かりにくいものなど,法律論の組立てという以前に,一般的
445
446 - 10 -
447
448 な文章構成能力自体に疑問を抱かざるを得ない答案が相当数あった。
449 ・ 相当程度読み進まないと何をテーマに論じているのか把握できない答案が相
450 当数見られた。問題意識を読み手に的確に伝えるために,例えば,冒頭部分に
451 これから論じるテーマを提示するなどの工夫が望ましい。
452 ・ 結論を提示するだけで,理由付けがほとんどない答案,問題文中の事実関係
453 を引き写したにとどまり,法的な考察がされていない答案が多数見られた。論
454 理の展開とその根拠を丁寧に示さなければ説得力のある答案にはならない。
455 ・ 関係法令の規定のみから一定の根拠や結論を導き出している答案や,行政事
456 件訴訟法の要件を掲げただけで抽象的に結論を記載している答案が見られた。
457 法律実務家として,抽象的な法規範の解釈を前提として,具体的な問題状況を
458 踏まえつつ,多面的に配慮した上で結論を導き出すことが求められる。
459 ・ 行政処分の職権取消しと撤回,附款や裁量基準,解釈基準,行政規則といっ
460 た,行政法総論に関する基本的な概念の理解が不十分であると思われる答案が
461 少なからず見られた。
462 (2) 設問1
463 ・ 「本件要綱の関係する規定」の法的性質・効果を正確に理解できていない答
464 案が大多数であった。とりわけ「本件要綱の関係する規定」が採石法第33条
465 の7第1項の「条件」に該当するという答案が続出した。また,条例論の枠組
466 みで要綱の許容性を論じている答案もあった。
467 ・ 要綱を附款あるいは附款の一種である条件として,採石法第33条の7第2
468 項の要件を検討する答案が非常に多く見られた。問題文が示す状況を理解でき
469 ていないか,附款の概念の理解に欠けているかによるものと思われる。
470 ・ 本件要綱の法的性格を検討することなく,それが採石法及び採石法施行規則
471 の趣旨に合致するものであれば,国民に対する法的拘束力を有するとした答案
472 が比較的多く見られた。
473 ・ 行政機関が策定する各種の基準類は,実際の行政実務で重要な意味を持つの
474 で,その法的な意味を,実例に即して,十分識別しながら学習することを望み
475 たい。
476 ・ 採石法が,採石認可に当たり,都道府県知事の裁量を認めていることに触れ
477 ずに,いきなり裁量権の逸脱・濫用を論じている答案が散見された。
478 ・ 跡地防災保証の許容性を検討するために,採石法第33条の2第4号や採石
479 法施行規則第8条の15第2項第10号を参照しない答案が目立った。
480 ・ まず採石認可の処分要件は何かが検討されるべきであるのに,その点の検討
481 が全くされていない答案が多数存在した。
482 ・ 適法判断を手短に導くための便法として,十分な論拠を抜きに知事の広範な
483 裁量権限を持ち出し,その結果,題意に即した検討をしていない答案が少なか
484 らず見られた。
485 ・ 審査基準の一般的な合理性の問題と,個別の申請に対してB県知事がいかな
486 る判断をすべきかの問題との区別が十分に理解できていないように思われる答
487 案が少なからず見られた。
488 ・ 受験者が自分で法律論を組み立てることを求める問題であったため,全くで
489 きていない答案から極めて優秀な答案まで,大きく差がついた。こうした差は,
490
491 - 11 -
492
493 理論に基づいて法令に事実を当てはめて結論を導くという,理論・法令・事実
494 を適切に結び付ける最も基本的な作業を,判例等を素材にして,普段から積み
495 重ねてきたか否かによって生じたものと思われる。
496 (3) 設問2
497 ・ 問題文が「岩石の採取をやめさせるために何らかの処分を行うことができる
498 か」と問うているのに,「保証契約を締結させるための手段」について論じて
499 いたり,
500 「緊急措置命令」とだけしか記載していない答案が目に付いた。また,
501 少数ではあるが,採石法第43条に基づく刑事罰の適用を挙げる答案もあった。
502 ・ B県知事が採り得る手段を簡潔に掲げているだけの答案が相当数あった。論
503 述に当たっては,採石法の規定の趣旨を踏まえて,問題文の状況を具体的に当
504 てはめていくことが重要である。
505 ・ 採石法第33条の13第1項と第2項が書き分けられていることを意識しな
506 い答案が目立った。
507 ・ 問題文の読み方が不正確であるために,B県知事の採石認可拒否処分が違法
508 であることを前提にしている答案や,採石認可処分がされていることを前提に,
509 それに基づく岩石の採取をやめさせるために何らかの処分ができるかを問うて
510 いるのに,採石認可拒否処分がされていることを前提にしている答案があった。
511 ・ 法令上の明文の根拠によらない撤回について,法令上の根拠の点だけでなく,
512 授益的行政処分である以上,撤回は制限を受けることまで検討が至っている答
513 案は少なかった。
514 ・ 撤回と職権取消しとの違いが,十分に理解できていないように見受けられる
515 答案が少なからず見られた。
516 (4) 設問3
517 ・ 他の設問と比較するとよくできていた。
518 ・ 原告適格について,一般論はそれなりに記載できているものの,一般論を本
519 事案に適用するに当たり,関係法令の条文を羅列しているだけの答案や,逆に
520 採石法第1条の目的規定にしか言及しない答案,同法第33条の4の認可の基
521 準を見落としている答案が多かった。
522 ・ 非申請型(直接型)義務付け訴訟の「重大な損害」の要件の趣旨について,
523 差止訴訟の場合と混同するなど,基本的な知識に不安を抱かせる答案があった。
524 ・ Dは現地に居住していないと記載されているのに,居住しているものとして
525 議論している答案が散見された。
526 ・ 非申請型(直接型)義務付け訴訟の訴訟要件のうち「一定の処分」の該当性
527 の検討において,設問2で挙げた処分が行政事件訴訟法第3条第2項にいう「処
528 分」に当たるかどうかだけを論じ,処分の特定の程度について言及していない
529 答案が多数存在した。具体的事案に即さずに,「訴訟要件なら処分性」といっ
530 た型にはまった思考をしていると感じられた。
531 ・ 問題文は「設問2で挙げられた処分をさせることを求める行政訴訟」につい
532 て問うているのに,取消訴訟や差止訴訟を挙げている答案が散見された。
533 5
534
535 今後の法科大学院教育に求めるもの
536 基本的な判例や概念等を正確に理解する訓練を重ねることはもちろんであるが,
537
538 - 12 -
539
540 こうした訓練によって得られる基礎的な知識・理解と,具体的な事実関係を前提と
541 した,事案分析能力,法の解釈・適用能力,文書作成能力等との結び付きを意識し
542 て習得させるという視点に立った教育を求めたい。
543 多くの答案からは,本問で論ずべき主な論点の内容自体について基本的な知識・
544 理解を有していることがうかがわれ,この点,法科大学院教育の成果を認めること
545 ができた。しかしながら,各設問における具体的な論述内容を見ると,問題文等の
546 指示から離れて一般論・抽象論の展開に終始している答案や,会議録から抜き書き
547 した事実関係と一般論とを単純に組み合わせただけで直ちに結論を導くような,問
548 題意識の乏しい答案が,相変わらず数多く見られた。また,本年度においては,行
549 政法における基本的な概念の理解が不十分であると思われる答案も少なからず見ら
550 れたが,これは,概念自体を学習していないというよりは,具体的な状況でこれら
551 の概念をどのように用いるのかといった視点での学習が不十分であることに起因す
552 るように思われた。法律実務家に求められるのは,法律解釈による規範の定立と,
553 丁寧な事実の拾い出しによる当てはめを通じた,具体的事案の分析・解決の能力で
554 あり,こうした能力は,理論・法令・事実を適切に結び付ける基本的な作業を,普
555 段から意識的に積み重ねることによって習得されるものである。法科大学院には,
556 判例等具体的な事案の検討を通じて,基礎的な知識・理解を確認する学習機会を増
557 やすなど,こうした実務的能力の習得につながる教育を求めたい。
558
559 - 13 -
560
561 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(民事系科目第1問)
562 1
563
564 出題の趣旨等
565 出題の趣旨及び狙いは,既に公表した出題の趣旨(「平成26年司法試験論文式
566 試験問題出題趣旨【民事系科目】〔第1問〕」)のとおりである。
567
568 2
569
570 採点方針
571 採点は,従来と同様,受験者の能力を多面的に測ることを目標とした。
572 具体的には,民法上の問題についての基礎的な理解を確認し,その応用を的確に
573 行うことができるかどうかを問うこととし,当事者間の利害関係を法的な観点から
574 分析し構成する能力,様々な法的主張の意義及び法律問題相互の関係を正確に理解
575 し,それに即して論旨を展開する能力などを試そうとするものである。
576 その際,単に知識を確認するにとどまらず,掘り下げた考察をしてそれを明確に
577 表現する能力,論理的に一貫した考察を行う能力,及び具体的事実を注意深く分析
578 し,法的な観点から適切に評価する能力を確かめることとした。これらを実現する
579 ために,1つの設問に複数の採点項目を設け,採点項目ごとに適切な考察が行われ
580 ているかどうか,その考察がどの程度適切なものかに応じて点を与えることとした
581 ことも,従来と異ならない。
582 さらに,複数の論点に表面的に言及する答案よりも,特に深い考察が求められて
583 いる問題点について緻密な検討をし,それらの問題点の相互関係に意を払う答案が,
584 優れた法的思考能力を示していると考えられることが多い。そのため,採点項目ご
585 との評価に加えて,答案を全体として評価し,論述の緻密さの程度や構成の適切さ
586 の程度に応じても点を与えることとした。これらにより,ある設問について法的思
587 考能力の高さが示されている答案には,別の設問について必要な検討の一部がなく,
588 そのことにより知識や理解が不足することがうかがわれるときでも,そのことから
589 直ちに答案の全体が低い評価を受けることにならないようにした。また反対に,論
590 理的に矛盾する論述や構成をするなど,法的思考能力に問題があることがうかがわ
591 れる答案は,低く評価することとした。また,全体として適切な得点分布が実現さ
592 れるよう努めた。以上の点も,従来と同様である。
593
594 3
595
596 採点実感
597 各設問について,この後の(1)から(3)までにおいて,それぞれ全般的な採点実感
598 を紹介し,また,それを踏まえ,司法試験考査委員会議申合せ事項にいう「優秀」,
599 「良好」,「一応の水準」及び「不良」の4つの区分に照らし,例えばどのような答
600 案がそれぞれの区分に該当するかを示すこととする。ただし,これらは各区分に該
601 当する答案の例であって,これらのほかに各区分に該当する答案はあり,それらは
602 多様である。
603 また,答案の全体的傾向から感じられたことについては,(4)で紹介することと
604 する。
605 (1) 設問1について
606 ア 設問1の全体的な採点実感
607 設問1は,賃貸借契約について賃料の不払を理由とする解除の意思表示がさ
608
609 - 14 -
610
611 れたケースを題材とし,賃貸目的物が約定された性質を有しない場合に,賃借
612 人は賃貸人に対してどのような法的主張をすることができるかを問うものであ
613 る。ここでは特に,当事者の主張を的確に読み取り,それに適した法律構成を
614 構築し展開する能力が試されている。
615 設問1において,Aは,Cによる解除を否定するに当たり,これまで賃料を
616 払いすぎていたことを理由に,今後6か月間は賃料を払わなくてよいはずであ
617 ると主張している。このAの主張は,賃料の不払というAの債務不履行を否定
618 するものと位置付けることができる。比較的多くの答案は,Aの主張をこのよ
619 うに理解した上で,Aが120万円を払いすぎたとするためには,どのような
620 法律構成が考えられるかを検討しており,的確な理解が示されていた。理論と
621 実務の架橋を1つの目的とする法科大学院教育の成果を示すものといえるだろ
622 う。
623 もっとも,中には,債務不履行の存否に全く触れることなく,Aには帰責事
624 由が認められないとしたり,背信性を認めるに足りない特段の事情が認められ
625 るとしたりする答案も散見された。しかし,今後6か月間は賃料を払わなくて
626 もよいはずであるというAの主張は,その間の賃料債務が存在しないという趣
627 旨を含んでおり,帰責事由や背信性の存否を検討する前に,まず債務不履行の
628 存否を検討する必要がある。設問1では,このように,当事者の主張を的確に
629 読み取る能力も試されている。
630 次に,Aの主張を正当化するためには,Aが賃料を120万円払いすぎてい
631 たことを基礎付ける必要があり,そのための法律構成を構築し展開することが
632 設問1の中心的な課題である。その際,法律構成としては複数のものが考えら
633 れるが,それらを平板に羅列するのではなく,採用されるべき法律構成につい
634 て,その根拠を説得的に示した上で,その要件と効果を的確に分析し,設問1
635 の事実関係をそこに適切に当てはめることが求められている。以下では,答案
636 に現れた代表的な法律構成とそれぞれの構成において検討するべき問題点を指
637 摘しておくこととする。
638 まず,甲建物が免震構造を有していないことにより,賃料が当然に減額され
639 るという考え方があり得る。この考え方を採用するためには,まず,その法的
640 根拠が示されなければならない。例えば,民法第536条第1項を根拠とする
641 のであれば,なぜ設問1で同項が意味を持ち得るかについて,同項の趣旨を踏
642 まえつつ,論じる必要がある。また,契約の解釈を根拠とするのであれば,
643 「契
644 約の解釈」や「当事者の合理的意思」といった,この法律構成に特有の表現を
645 用いるだけでなく,設問の契約の趣旨や契約締結に至る経緯等の具体的事情を
646 手掛かりとして,契約の解釈として認められる方法に従った考察がされなけれ
647 ばならず,単に問題文の事情を書き写すだけでは,そのような考察がされたと
648 はいえない。
649 また,賃料減額請求権(民法第611条第1項)を類推適用するという構成
650 も考えられる。そのためには,設問1と民法第611条第1項が本来想定して
651 いる場面との異同を確認した上で,類推の基礎をどこに求めるか,それとの関
652 係で,「滅失」(同項)の意義をどのように解するかが検討されなければならな
653 い。これに対して,ごく少数ではあるが,借地借家法第32条第1項の借賃増
654
655 - 15 -
656
657 減請求権を手掛かりとする答案も見受けられた。しかし,この借賃増減請求権
658 は,民法第611条第1項とは異なり,「将来に向かって」借賃の額の増減を
659 請求することができるものと明定されており,これをAの主張を正当化する法
660 的根拠とするのは困難であろう。
661 答案において最も多く見られた構成は,瑕疵担保責任に基づくものである(第
662 559条が準用する第570条)。この構成を採用した答案のかなりのものは,
663 瑕疵担保責任の趣旨のほか,「瑕疵」や「隠れた」といった要件の意義及びそ
664 れらへの当てはめについて,おおむね適切な論述がされており,その限りでは
665 比較的良好な出来であった。これに対し,瑕疵担保責任の効果に関する検討は,
666 不十分なものが多かった。損害額が月額5万円となる根拠については,全く言
667 及されていないか,不十分な検討しかされていないものが多く,加えて,この
668 構成によれば,賃料の月額は25万円のままとなるのであるから,今後6か月
669 分の賃料(賃料が減額されなければ合計150万円となる。)について債務不
670 履行がないことを基礎付けるためには,更に説明が必要となるにもかかわらず,
671 そこまで踏み込んでいる答案は少数であった。そのほか,Cは免震構造を有す
672 る建物を賃貸する義務を負っているのに,その義務を尽くしていないことから,
673 AのCに対する損害賠償請求の根拠を債務不履行責任(民法第415条後段)
674 に求める答案もあった。しかし,この構成を採用する答案にあっても,瑕疵担
675 保責任に基づく構成と同様,法的効果に関する検討が適切にされているものは
676 少数であった。
677 このほか,錯誤(民法第95条本文)を理由とする答案も散見された。しか
678 し,要素の錯誤であることを肯定しながら,なぜ25万円の賃料のうち5万円
679 の部分だけが無効(一部無効)となるのかという点について説明しようとする
680 ものは少数であった。
681 全体として,瑕疵担保責任を中心とする損害賠償構成が多く,賃料減額(請
682 求権)構成は比較的少数であった。しかし,一方で賃料の月額を25万円とし
683 つつ,他方で月々5万円の損害が継続的に発生するという構成は,その実質が
684 賃料の減額であることを考えると,迂遠であり,不自然な構成であることは否
685 めない。限られた時間内に一貫性のある法律構成を提示しなければならないと
686 いう状況の下にあってはやむを得ない面があり,このような構成をした答案に
687 も相応の評価をしているが,賃料債権の性質等について踏み込んだ検討を行い,
688 そこから一定の法律構成を導いている答案には,より積極的な評価をした。
689 最後に,AがCに対して120万円の債権を有しているとすると,今後6か
690 月分の賃料は払わなくてもよいはずであるというAの主張は,この120万円
691 の債権と賃料債権とを相殺する旨の意思表示(民法第506条第1項)である
692 と解される。AのCに対する債権の発生原因について的確な分析を行っている
693 答案の多くは,相殺についても必要な分析及び検討がされていた。
694 イ 答案の例
695 優秀に該当する答案の例は,Aの主張が債務不履行を否定する趣旨のもので
696 あるという前提のもと,例えば賃料減額(請求権)や損害賠償(瑕疵担保責任
697 ないし債務不履行責任)といった法律構成につき,関係する規定の趣旨を踏ま
698 え,要件及び効果の両面にわたってその意義を明らかにし,設問1の事実関係
699
700 - 16 -
701
702 に適切に当てはめることにより,全体として整合的な解答を導いているもので
703 ある。前述のとおり,特に損害賠償構成によるときは,今後6か月分の賃料に
704 ついても債務不履行がなかったことを基礎付けるためには更に説明が必要とな
705 るが,この問題点に気付き,一定の説明をしている答案は,優秀な答案と評価
706 することができる。
707 良好に該当する答案の例は,優秀に該当する答案と同じ法律構成を挙げつつ
708 も,関係する規定の趣旨の指摘や法律構成の理由付けがやや不十分であったり,
709 要件については充実した論述をしていながら,効果についての論述は手薄であ
710 るなど,論述に周到さや丁寧さが欠けていたりするものである。このほか,例
711 えば錯誤に基づく構成を採用するものであっても,要素の錯誤を認めることと
712 無効の範囲(一部無効)との関係など,当該法律構成の難点を自覚しつつ,こ
713 れを乗り越えようと試みる答案には,相応の評価を与えている。
714 一応の水準に該当する答案の例は,上に示した法律構成を挙げているものの,
715 その理由付けが十分とはいえず,また,要件や効果についても,一定程度の理
716 解は示しているものの,不正確な箇所も散見されるものである。
717 不良に該当する答案の例は,Aの主張が債務不履行を否定する趣旨のもので
718 あることは正確に理解しつつも,根拠となる法律構成を示すことなく,AはC
719 に120万円の不当利得返還請求権を有しているなどとするもののほか,債務
720 不履行の存否を検討することなく,もっぱら帰責事由や背信性の存否について
721 のみ考察するものである。
722 (2) 設問2について
723 ア 設問2の一般的な採点実感
724 設問2は,和解契約の当事者とされていた本件胎児が流産したことによって
725 生ずるFD間の基本的な法律関係を確認した上で(小問1),本件胎児の流産
726 がBD間の和解契約にどのような影響を及ぼし,その結果どのような法律関係
727 が生ずるかを問うものである(小問2及び小問3)。
728 まず,小問1は,AのDに対する損害賠償請求権(民法第715条に基づく
729 Dの使用者責任)がどのように相続されるかを問うものである。民法第886
730 条第2項により,本件胎児の相続人としての地位が失われるので(ここでは,
731 民法第886条について,解除条件説をとるか,停止条件説をとるかは直接関
732 係しない。),Fは,配偶者とともに相続することになり,その法定相続分にし
733 たがって,AのDに対する損害賠償請求権を承継することが示されれば足りる。
734 また,BによってDとの間でされた和解がFに影響を与えないことは,契約の
735 効力の相対性から明らかである。
736 この点で,小問1は,法科大学院修了者の基本的な知識を確認するレベルの
737 問題であり,全体として,おおむね求められる水準に達していた。その一方で,
738 少し気になる点もあった。
739 一つは,胎児の相続人としての地位を論ずる場面で,民法第886条ではな
740 く,民法第721条を挙げる答案がかなり多かったことである。民法第721
741 条は,胎児自身が被害者となる場合の規定であり,本問には全く関係がないも
742 のである。設問2では,不法行為によるAの損害賠償請求権がどのように相続
743 されるかが問題となっているのであるから,問題とされるのは民法第886条
744
745 - 17 -
746
747 である。不法行為が問題となるケースであったために,民法第721条を連想
748 したのかもしれないが,基本的な知識の理解とその展開が十分ではないという
749 印象を受けた(他の部分で優れた内容が記載されている答案についても,その
750 ような状況が見られた。)。
751 また,和解の効力がFにも及ぶとして8000万円を前提として解答するも
752 の,法定相続分の理解が誤っている答案も,少数ではあるが見られたのは残念
753 であった。特に前者は,不注意によるものとは考えにくく,民法の基本的な理
754 解ができていないことを示すものであり,問題が大きいといわざるを得ない。
755 以上に対して,小問2は,複数の答えが考えられるものであり,小問3は,
756 小問2でどのように答えたかを踏まえて,整合的な説明ができているかを問う
757 ものである。そこでは,幾つかの流れが考えられ,必ずしもそのいずれかのみ
758 が唯一の正解となるわけではない。ここでは特に,本件胎児が相続人でなくなっ
759 たことが和解契約にどのような影響を与えるかを十分に意識した上で論理を展
760 開する法的な思考力と応用力が問われることになる。もっとも,全体の水準と
761 しては,必ずしも十分なものではなかったように感じられる。特に気になった
762 のは,以下の点である。
763 一つは,本件胎児が相続人でなくなったことから,当然に不当利得返還請求
764 権を導くだけで,本件胎児が相続人でなければ,なぜ和解の効力が否定される
765 かについて全く言及しない答案がかなり存在した点である。設問1でも同様の
766 傾向が少し見られたが,不当利得返還請求権を認める場合,法律上の原因がな
767 いというためには,その前提となる法律関係を否定することが必要となる。こ
768 の点の理解が十分でないという印象を受ける答案が目立ったのは残念である。
769 特に,不当利得制度の趣旨は公平の理念にあるとし,流産したにもかかわらず
770 返還を認めないのは公平でないなどとのみ述べて,不当利得返還請求を認めて
771 いる答案が相当数見られたのは,制度の抽象的な趣旨にしか理解が及ばず,法
772 規範に即した法的な論理を展開する能力が備わっていないことをうかがわせる
773 ものであり,大きな問題があると感じられた。さらに,本件和解における胎児
774 の地位がどのようなものであったかについては,民法第886条をどのように
775 理解するかが関わってくるが,この点に明確に言及した上で論ずる答案は,必
776 ずしも多くなかった。
777 また,小問2と小問3の連続性及び整合性についても,十分に意識していな
778 い答案が少なくなかった。例えば,小問2で,Dに4000万円の不当利得返
779 還請求権を認めつつ,小問3で,Bは本来7500万円の損害賠償を請求する
780 ことができるはずだから,残り3500万円を請求することができるとする答
781 案などがこれに当たる。小問2でBについて和解契約の拘束力を認めた以上,
782 それと全く無関係に,Aに1億円の損害賠償請求権が認められることを前提と
783 して,Bに7500万円の損害賠償請求権の承継を認めるのは,論理的に一貫
784 しない。Bについて和解の効力を認めつつ,何を請求することができるか,あ
785 るいは,少なくとも,Bの側から和解の効力を全面的に否定することを前提と
786 して,何を請求することができるかを論じることが必要である。
787 イ 答案例
788 小問1については,上記のとおり,基本的な知識を問うものであり,民法第
789
790 - 18 -
791
792 715条に基づくAの1億円の損害賠償請求権がFに4分の1の相続分に応じ
793 て承継されるということが示されていれば,良好な答案と評価される。その際,
794 BD間の和解契約の効力をその当事者ではないFに及ぼすことができない理由
795 を的確に述べる答案のほか,損害賠償請求権は金銭債権として遺産分割の対象
796 とならず当然に分割承継されることを指摘するなど,丁寧な論述をしている答
797 案は,優秀な答案といえる。それに対して,Aの損害賠償請求権が認められる
798 法律上の根拠やAの損害賠償請求権がFに承継される根拠について,おおむね
799 理解していることはうかがわれるものの,正確に指摘していないものは,一応
800 の水準に達したものと評価される。Fとの関係でも本件和解に基づき総額
801 8000万円の損害賠償請求権しか認められないことを前提として,Fに
802 2000万円の損害賠償請求権を認めるという答案などは,不良な答案と評価
803 される。
804 小問2及び小問3については,上記のとおり,複数の流れが考えられる。
805 @ 小問2においてDに4000万円の返還請求を認めた場合(和解によって
806 本件胎児に認められる損害賠償請求権に関する部分のみを無効とする場合),
807 和解の効力は全面的には否定されていないのであるから,小問3においても,
808 それを踏まえて結論を導く必要がある。ここでは,和解による総額8000
809 万円の損害賠償額については和解の効力が存続し,それを前提に本件胎児が
810 相続人とならなかったことから,Bの相続分が4分の3になることを踏まえ
811 て,2000万円の追加の損害賠償請求を認めるといったものは,優秀な答
812 案と評価される。また,小問3において,Bの側から改めて和解の効力を全
813 部否定して,7500万円の損害賠償請求権があることを前提に追加の請求
814 を認めるというものも,考えられる答案であるが,その場合には,どのよう
815 な理由によって和解の効力を全面的に否定できるかを説明することが求めら
816 れる。そのような説明が十分に行われていれば,良好な答案と評価され,さ
817 らにその説明が説得的に行われていれば,優秀な答案と評価される。それに
818 対して,そのような説明がある程度行われているものの,根拠が正確に示さ
819 れていないものは,一応の水準に達していると評価され,何らの説明もなく,
820 7500万円の損害賠償請求権を前提として,和解で受け取った4000万
821 円を差し引いた3500万円を請求できるとのみ述べるなどの答案は,整合
822 性が確保されておらず,不良な答案と評価される。
823 A 小問2においてDに8000万円の返還請求を認めた場合(和解の効力を
824 全面的に否定する場合),小問3では,Bは,それを前提に,改めてDに対
825 して損害賠償請求をすることになる。この場合,和解の効力を全面的に否定
826 するのだから,小問3において7500万円の損害賠償請求権を導くことは,
827 @の場合と異なり容易であるが,その前提として,小問2において,なぜ本
828 件胎児の分だけではなく,Bの分を含めて和解契約の効力が全面的に否定さ
829 れるかを説明することが求められる。そのような説明が適切に行われている
830 場合は,優秀な答案として評価され,そのような説明が十分にされていなく
831 ても,和解の効力が全面的に否定されることを指摘し,Aの1億円の損害賠
832 償請求権についてBがその相続分である4分の3を相続により承継すること
833 を指摘していれば,良好な答案と評価される。それに対して,そのような理
834
835 - 19 -
836
837 解をしていることがうかがわれるものの,正確な指摘がされていないものは,
838 一応の水準に達していると評価され,何らの説明もなく,単に7500万円
839 の損害賠償請求権が認められるとのみ述べているものや,小問2において和
840 解の効力を全面的に否定しているにもかかわらず,それと異なる前提に基づ
841 いて一定の結論を導いているものは,不良な答案と評価される。
842 B さらに,小問2において,Dに2000万円の返還請求を認めるとする答
843 案もあった。これは,@・Aと比べて,Dの請求額としては低額になるが,
844 損害賠償額の総額を8000万円とし,Aの相続人の相続分に応じてそれを
845 分割するところに和解の趣旨があると見て,本件胎児が相続人とならなかっ
846 た場合についてもその趣旨を可能な限り実現しようとするものであり,十分
847 に合理的なものであると評価することができる。この点について適切な説明
848 がされている場合は,小問2の解答としては優秀な答案と評価される。この
849 ような理解を前提として,小問3では,特に新たな請求をすることはできな
850 いとするのは,一貫した答案であり,小問2における解答を踏まえて述べら
851 れていれば,良好と評価される。そのような理解を示した上で,さらに,合
852 理的な説明に基づき,和解契約の効力をBの側から全面的に否定して,改め
853 て損害賠償請求をする可能性を論じている場合は,優秀な答案と評価される。
854 それに対して,小問2における解答との関係を示さないまま,小問3で,特
855 に新たな請求をすることができないとのみ述べているものは,一応の水準に
856 達するものと評価され,小問2において示された和解の趣旨と異なる前提に
857 基づいて一定の結論を導いているものなどは,不良な答案と評価される。
858 以上の@・A・Bを通じて,本件胎児の流産によって,和解の効力がなぜ否
859 定されるかを適切に説明することが求められる。
860 民法第886条に関する解除条件説を前提として,これを法定の解除条件の
861 実現として説明するもの,停止条件説を前提として,これを法的に存在しない
862 者(虚無人)についての和解契約だったとして説明するものは,いずれも優秀
863 な答案と評価され,必ずしも多くはないが,そのような答案も存在した。また,
864 胎児が和解契約の当事者となっていることから,和解契約自体に約定の解除条
865 件が付されているものと解釈し,このような条件が付された趣旨から契約の全
866 部又は一部が無効となることを基礎付けようとするものも,民法第886条に
867 関する議論と混同している場合は別として,相応の評価を行った。
868 これに対して,このような点を十分に意識していないが,錯誤等を理由とし
869 て和解の無効を導いている答案が数多く見られた。本件胎児の流産は,和解契
870 約が成立した後の事情であり,少なくともこれは和解の錯誤が問題となる典型
871 的な場合ではない。このような問題を正確に理解して,なお和解の効力が否定
872 されることの説明を試みるものは,優秀な答案と評価されるが,そのような答
873 案は少数にとどまった。和解の錯誤に関する従来の判例及び学説を正確に理解
874 し,それを踏まえて本件和解の効力を検討しているものは,良好な答案と評価
875 した。それに対して,和解の錯誤に関する従来の判例及び学説について一定の
876 理解をしていることはうかがわれるものの,それを正確に指摘しないまま,本
877 件和解の効力を検討しているものは,一応の水準に達しているものと評価し,
878 単に錯誤として,それ以上の説明のない答案や,和解が無効となる理由を全く
879
880 - 20 -
881
882 示していない答案は,不良な答案と評価した。
883 (3) 設問3について
884 ア 設問3の一般的な採点実感
885 設問3は,所有権に基づく返還請求権の要件について,設問において指定さ
886 れた事実がそれぞれ要件としての意義を有するか否かを問うものである。民事
887 の実務に携わる際に正確な理解が求められる極めて基本的な事項についての出
888 題であり,その実体法上の意義と訴訟上の攻撃防御の構造が正確に理解されて
889 いることが答案で明確に示されていれば足りる。実際に,多くの答案は,適切
890 な解答を示すものであった。実体法の十分な理解に立脚して訴訟上の攻撃防御
891 の在り方を考える能力を養うという法科大学院等における教育が相応の成果を
892 収めてきていることがうかがわれる。
893 しかし,その一方で,少し気になったのは,以下の点である。
894 まず,訴訟上の攻撃防御の在り方に関する理解が皮相なものにとどまってい
895 ることがうかがわれる答案が見られた。訴訟上の攻撃防御は,現実に生起する
896 当事者間の応酬を単に時間的な順序で並べることではない。実体法が定める要
897 件とその基礎にある法の体系に基づいて,当事者の主張・立証を論理的に整理
898 することが必要である。一部ではあるが,当事者の主張・立証をこのように整
899 理することができていない答案が見られたのは残念である。
900 また,民法第177条の「第三者」の意義について検討することなく,下線
901 部Aの事実は,請求原因としてではなく,Kが対抗要件の抗弁を主張してきた
902 場合に再抗弁として主張すれば足りるとする答案も見られた。しかし,少なく
903 とも現在では,不法占有者は同条の「第三者」に当たらないとすることが判例・
904 学説上確立しているのであるから,Kが「第三者」に当たるか否かに何ら言及
905 することなく,上記のように述べるのは適切ではない。
906 このほか,下線部の事実@はKも争っていないから請求原因事実にならない
907 とする答案も見られたが,これも適切ではない。法的に必要な主張であるか否
908 かは,実体法の要件構成に従って定まるものであり,自分に所有権があること
909 を主張しない者に所有権に基づく返還請求権の行使を認めることはできない。
910 訴訟において当事者間に争いがない主要事実は,証明することを要しないもの
911 の(民事訴訟法第179条),主張はしなければならず,それがされなければ
912 裁判所がその事実の存在を前提として判断することができないという弁論主義
913 の要請がここでも妥当することを忘れてはならない。
914 さらに,下線部の事実Cについても,登記がされていない以上,下線部Bの
915 事実を対抗することができないという結論のみを,特段の説明をすることもな
916 く述べるにとどまる答案が一定数見られた。設問3は,全体として基本的な事
917 項を問うものであるが,このような解答をする答案と,民法第177条の要件
918 構成に関する正確な理解を踏まえた解答をする答案とを識別をする点におい
919 て,出題の意義があったと感じられる。
920 下線部Eの事実については,下線部の事実A・Cと同じように登記の有無は
921 問題にならないと説明する答案が見られたが,これは説明として不十分である。
922 下線部の事実A・Cについては,上述したように,不法占有者が民法第177
923 条の「第三者」に当たるか否かが検討されなければならないのに対し,下線部
924
925 - 21 -
926
927 Eについては,建物を所有するという態様で土地を占有する者に対して土地の
928 返還請求がされた場合に,建物の登記が意義を有するか否かが検討されなけれ
929 ばならない。なお,本問は,実体的に所有者であるが登記をしていない者を被
930 告とすることができるか否かを問うものであり,実体的には所有権を喪失して
931 いるものの登記がされている者を被告とすることができるか否かを問うもので
932 はない。法科大学院教育等においては,判例があることから,後者の問題が注
933 目されがちであるせいか,後者の論点が問われていると誤解して解答する答案
934 も見られた。しかし,その数は多くはなく,全体としては,下線部Eの事実に
935 ついて的確な考察がされていた。
936 イ 答案例
937 優秀に該当する答案の例としては,第一に,論述の前提として所有権に基づ
938 く返還請求権の要件を的確に指摘した上で,下線部の事実@・Bが「請求権を
939 行使しようとする者が所有権を有すること」という要件(以下「請求者所有要
940 件」という。)に関わるものであり,また,下線部の事実Dが「相手方が占有
941 をしていること」という要件(以下「相手方占有要件」という。)に関わるも
942 のであることを指摘し,それらを前提としてHが建物収去土地明渡請求をする
943 ことができるかどうかについて適切に結論が示されており,第二に,その際,
944 Hが丁土地の所有権の全部を有することに基づいて返還請求権を行使するもの
945 であるか,それとも共有者がする共有物の保存行為として丁土地の明渡請求権
946 を行使するものであるかという法律構成の観点を明確に示した論述がされてお
947 り,第三に,下線部の事実A・Cについて,民法第177条の「第三者」の意
948 味に関する一般的な考察を前提として,それらの事実が持つ法律上の意義が的
949 確に指摘されており,また,下線部の事実Eに関し,Kが丁土地を占有してい
950 るという相手方占有要件を考える上で,建物を所有する者を実体に従って判断
951 することが妨げられないことが適切に指摘されているものなどである。
952 良好に該当する答案は,論述の前提として所有権に基づく返還請求権の要件
953 を的確に指摘した上で,下線部の各事実についてそれぞれの法律上の意義が的
954 確に論じられ,Hが建物収去土地明渡請求をすることができるかどうかについ
955 て適切に結論が提示されているものの,それらの各事実の分析が個別にされて
956 いるにとどまり,その分析の前提となる法的構成の観点について,Hが丁土地
957 の所有権の全部を有することに基づいて返還請求権を行使するものであるか,
958 それとも共有者がする共有物の保存行為として丁土地の明渡請求権を行使する
959 ものであるかが必ずしも明確に示されていないようなものなどである。
960 一応の水準に該当する答案の例としては,下線部の事実@・Bが請求者所有
961 要件に関わるものであり,また,下線部の事実Dが相手方占有要件に関わるも
962 のであることが指摘され,Hが建物収去土地明渡請求をすることができるかど
963 うかについて適切に結論が示されているものの,その前提として所有権に基づ
964 く返還請求権の要件が明確に整理して論述されておらず,また,下線部の事実
965 A・C・Eについて,それぞれの法律上の意義が必ずしも明確に論じられてい
966 ないか,又は,特段の理由を述べることなく,Hの土地所有をKに対抗するた
967 めには登記を要するとしたり,Kの建物所有を確定する上で登記がなければな
968 らないとしたりする論述になっているものなどである。
969
970 - 22 -
971
972 不良に該当する答案は,例えば,下線部の事実@・Bが請求者所有要件に関
973 わるものであり,また,下線部の事実Dが相手方占有要件に関わるものである
974 ことのいずれも明確に指摘されていないか,又は極めて不十分な論述になって
975 おり,また,下線部の事実A・Cについての民法第177条の「第三者」の意
976 味に関する一般的な考察を前提とする論述や,下線部の事実Eについての丁土
977 地占有の要件を考える上で建物の登記が持つ意義に関する論述がされていない
978 か,又はされているとしても極めて不十分な論述になっており,全体として所
979 有権に基づく返還請求権の要件に関する正確な理解に立脚していないと認めら
980 れるものである。
981 (4) 全体を通じ補足的に指摘しておくべき事項
982 民法全般について過不足のない知識と理解を身に付けることが実務家になるた
983 めには不可欠である。今回の出題についても,該当分野について基本的な理解が
984 十分にできており,それを前提として一定の法律構成を提示し,それに即して要
985 件及び効果に関する判断が行われていれば,十分合格点に達するものと考えられ
986 る。しかし,残念ながら,民法に関する基本的な知識と理解が不足ないし欠如し
987 ている答案や,実体法である民法についての出題であるにもかかわらず,請求原
988 因や抗弁等の説明に終始し,肝心の実体法の解釈論に触れていない答案も一定数
989 存在した。
990 また,文章力に問題があるために,論述の内容について複数の読み方が可能で
991 あり,どちらの趣旨であるかが容易に判別することができない答案も存在した。
992 当然のことながら,採点者は,答案の記載内容だけから評価をするのであり,趣
993 旨が判然としない答案はそれを前提とした評価をせざるを得ず,善解することは
994 できないのであるから,複数の解釈が可能となるような曖昧な表現は避けるよう
995 留意すべきである。
996 なお,答案の書き方における注意事項として,附番の用い方の問題がある。設
997 問(3)では@・A・B……という数字を用いているのであるから,これと別に,
998 所有権に基づく返還請求権の行使の要件は「@原告所有,A被告占有である」な
999 どという記述をすることは好ましくない。設問の中で用いられている@やAとの
1000 区別がつかなくなる恐れがあり,論述の内容が不明瞭なものとなりかねないので,
1001 この点は特に注意を要する。
1002 4
1003
1004 法科大学院における学習において望まれる事項
1005 これは,民法に限ったことではないが,法律家になるためには,何よりも,具
1006 体的なケースに即して適切な法律構成を行い,そこで適用されるべき法規範に基
1007 づいて自己の法的主張を適切に基礎付ける能力を備える必要がある。こうした能
1008 力は,教科書的な知識を暗記して,ケースを用いた問題演習を機械的に繰り返せ
1009 ば,おのずと身に付くようなものではない。重要なのは,一般に受け入れられた
1010 法的思考の枠組みに従って問題を捉え,推論を行うことができるかどうかである。
1011 それができていなければ,条文や判例・学説の知識が断片的に出てくるけれども,
1012 それを適切な場面で適切に使うことができず,法的な推論として受け入れられな
1013 いような推論を行うことになりがちである。
1014 そうした法的思考の枠組みの要となるのは,法規範とはどのようなものであり,
1015
1016 - 23 -
1017
1018 法的判断とはどのような仕組みで行われるものかという理解である。例えば,法
1019 規範には,要件・効果が特定されたルールのほかに,必ずしも要件・効果の形を
1020 とらない原理や原則と呼ばれるものがある。法規範となるルールが立法や判例等
1021 によって明確に形成されており,その内容に争いがなければ,それをそのまま適
1022 用すればよいけれども,ルールの内容が明確でない場合には,解釈によってその
1023 内容を確定する必要がある。そこでは,それぞれの規定や制度の基礎にある原理
1024 や原則に遡った考察が必要となる。また,法規範となるルールが形成されておら
1025 ず,欠缺がある場合には,同じような規定や制度の基礎にある原理や原則,さら
1026 には民法,ひいては法一般の基礎にある原理や原則にまで遡り,これを援用する
1027 ことによって,不文のルールを基礎付けなければならない。そのような法規範の
1028 確定を前提として,その要件に事実を当てはめることによって,実際の法的判断
1029 を行う。そうした基本的な法的思考の枠組みが理解され,身に付いていなければ,
1030 幾ら教科書的な知識を暗記しても,また,幾ら問題演習を繰り返し,答案の書き
1031 方と称するものを訓練しても,法律家のように考えることはできない。
1032 司法試験において試されているのも,究極的には,このような法的思考を行う能
1033 力が十分に備わっているかどうかである。もちろん,その前提として,それぞれ
1034 の法制度に関する知識は正確に理解されていなければならず,それらの知識の相
1035 互関係も適切に整理されていなければならない。しかし,そのような知識や理解
1036 を実際に生かすためには,法的思考を行う能力を備えることが不可欠である。
1037 法科大学院では,発足以来,まさにこのような法的思考を行う能力を養うことを
1038 目指した教育が行われてきたと見ることができる。司法試験の合否という表面的
1039 な結果に目を奪われることなく,その本来の目標を今一度確認し,さらに工夫を
1040 重ねながら,その実現のために適した教育を押し進めることを望みたい。また,
1041 受験生においても,法律家となるための能力を磨くことこそが求められているこ
1042 とを自覚して,学習に努めていただきたい。
1043
1044 - 24 -
1045
1046 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(民事系科目第2問)
1047 1
1048
1049 出題の趣旨
1050 既に公表されている「平成26年司法試験論文式試験問題出題趣旨」に,特に補
1051 足すべき点はない。
1052
1053 2 採点方針及び採点実感
1054 (1) 民事系科目第2問は,商法分野からの出題である。これは,事実関係(登記事
1055 項証明書の記載を含む。)を読み,分析し,会社法上の論点を的確に抽出して各
1056 設問に答えるという,基本的な知識と,事例解析能力,論理的思考力,法解釈・
1057 適用能力等を試すものである。
1058 (2) 設問1(本件株式発行の効力とこれに関する法律関係)では,まず,Eについ
1059 て,そもそも取締役としての株主総会の選任決議を欠き,代表取締役としての取
1060 締役会の選定決議も欠いており,本件株式発行は代表取締役でない者によってさ
1061 れたものであることを指摘する必要があるが,これを指摘した答案は多くはな
1062 かった。そして,甲社のような非公開会社では,募集株式の発行は,株主割当て
1063 の場合を除き,株主総会の特別決議による必要があるが(会社法第199条第2
1064 項,第202条,第309条第2項第5号),このような基本的な事項の理解を
1065 欠く答案も少なからず見られた。
1066 新株発行無効の訴えについて,提訴期間が徒過しているためこれを提起するこ
1067 とができないことは,多くの答案で触れられていたが,提訴期間の徒過という重
1068 大な事実関係を見落とし,新株発行無効の訴えの可否のみを論じた答案も見られ
1069 た。また,非公開会社では,提訴期間が1年間であるのに(会社法第828条第
1070 1項第2号括弧書き),これを6か月間と誤って記述をした答案が相当数あった。
1071 そして,新株発行不存在確認の訴えの可否については,多くの答案が論じていた
1072 が,新株発行の実体を否定する要素として上記の事実(代表権を欠くEによる発
1073 行であったこと及び株主総会決議に瑕疵があったこと)等を,これを肯定する要
1074 素としてEが現に賃貸用の建物を出資しているという事実等をそれぞれ挙げた上
1075 で,新株発行不存在といえるか否かを事実に即して論ずることができていた答案
1076 は,多くはなかった。なお,新株発行不存在といえるか否かについては,どのよ
1077 うな結論を採っても,理由が適切に述べられていれば,同等に評価した。新株発
1078 行不存在確認の訴えに関する判決が確定した場合の法律関係については,触れて
1079 いる答案がそれなりにあったが,丁寧に論じた答案はあまり見られなかった。
1080 (3) 設問2(本件借入れの効果の帰属)では,まず,本件借入れに係る借入金の返
1081 還請求を主張するHの立場では,@Eについて表見代表取締役に関する規定(会
1082 社法第354条)を類推適用することができること,AEに代表権がないとして
1083 も,故意に不実の事項を登記した場合の効果(同法第908条第2項)が認めら
1084 れることを,それぞれ主張することが考えられ,他方,借入金の返還請求を否定
1085 する甲社の立場としては,Eに代表権がないことを主張し,上記@Aに係る瑕疵
1086 についてHに悪意又は重過失があったことを主張するほか,B本件借入れは,甲
1087 社にとって多額の借財(同法第362条第4項第2号)に該当するところ,その
1088 取締役会の決議を経ておらず,かつ,Hは取締役会の決議を欠いていることを知
1089
1090 - 25 -
1091
1092 り又は知ることができたこと,C本件借入れは,甲社の事業上の必要性によるも
1093 のではなく,Eの個人的な思惑によるものである点で,権限濫用行為に該当する
1094 ところ,Hはこれを知り又は知ることができたことを主張することが考えられる。
1095 しかし,上記@からCまでの四つの問題点の全てについて論じた答案は,ほと
1096 んど見当たらず,多くの答案は,上記@(表見代表取締役)と上記B(多額の借
1097 財)の一方又は双方を論ずるにとどまっていた。そして,答案の内容としては,
1098 上記@については,使用人にすぎないEについて表見代表取締役に関する規定を
1099 類推適用することの是非を論じ,上記Bについては,事実に即して,本件借入れ
1100 が「多額の借財」に該当するか否か,そして,Hは取締役会の決議を欠いている
1101 ことを知り又は知ることができたか否かについて論じていた。しかし,上記@か
1102 らCまでについてHに悪意又は過失(重過失)があったか否かを論ずる際に,そ
1103 れぞれ悪意等の対象が異なるにもかかわらず,正確に記述しない答案も少なくな
1104 かった。
1105 上記@からCまでの論理的関係(上記@又はAの主張が認められるとしても,
1106 上記B又はCにより瑕疵がある場合には,本件借入れの効果は甲社に帰属しない
1107 こと)を意識して論じた答案も僅かながら見られ,このような答案は高く評価し
1108 た。しかし,例えば,上記B(多額の借財)に関する取締役会の決議を欠いてい
1109 るという瑕疵が,上記@(表見代表取締役)に関する規定の適用により治癒され
1110 るという誤った理解に基づく答案も見られた。
1111 なお,設問2は,H及び甲社の立場において考えられる主張及びその主張の当
1112 否を問うものであり,主張の概要を簡潔に指摘した上で,その当否を丁寧に論ず
1113 ることが期待されるが,主張についての記述内容をその当否としてそのまま繰り
1114 返すものや,主張のみを記述して当否を論じないものも見られた。
1115 (4) 設問3(CのD及びEに対する株主代表訴訟)では,まず,甲社は非公開会社
1116 であるのに,株主代表訴訟の原告適格として株式の6か月間の継続保有を要する
1117 との誤った記述をした答案がかなり見られた。
1118 Dに対する株主代表訴訟については,Dの取締役の退任登記はされているが,
1119 Eが適法な取締役選任手続を経ていないため,甲社において,A及びCだけでは
1120 法律で定められた取締役の員数(会社法第331条第4項)を充たしておらず,
1121 任期満了により退任したDがなお取締役としての権利義務を有する地位にあるこ
1122 と(同法第346条第1項)を前提に論ずることが必要であるが,この点を指摘
1123 した答案は極めて僅かであった。他方,Dが積極的に違法な借入れ及び貸付けの
1124 実行を制止するために適切な措置を講じなかった点について,損害と因果関係の
1125 ある任務懈怠として,Dの監視義務違反が認められるか否かを事案に即して検討
1126 した答案はそれなりに見られた。
1127 Eに対する株主代表訴訟については,まず,使用人にすぎないEについて,事
1128 実上の取締役に該当するなどとして,会社法第423条第1項の類推適用により
1129 Eの任務懈怠責任を肯定する余地があることは,多くの答案で論じられていた。
1130 また,Eの任務懈怠の内容として,本件借入れ及び本件貸付けについて,多額の
1131 借財及び重要な財産の処分として必要となる取締役会の決議を欠いていることを
1132 指摘する必要があるが,これを正しく指摘した答案は多くはなかった。他方,E
1133 がFから相続した甲社に対する所有権移転登記義務について,そのような債務も
1134
1135 - 26 -
1136
1137 株主代表訴訟の対象とすることが認められるか否かを論じた答案は全体の半数程
1138 度であったと見受けられるが,この点につき,判例の見解を紹介するなどして詳
1139 しく論じた答案はほとんど見られなかった。
1140 (5) 以上のような採点実感に照らすと,「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」
1141 の四つの水準の答案は,次のようなものと考えられる。第一に,「優秀」な答案
1142 は,主要な論点をほぼ論ずることができていて(主要な論点の一つや二つが欠け
1143 ている程度は,差し支えない。),各問題につき,事実の当てはめを適切にした
1144 上で,相当な理由付けをして自らの考えを述べ,その考えに基づき論理的に整合
1145 性を持った法的議論を展開することのできている答案である。
1146 「良好」な答案は,
1147 主要な論点で論じられていないものが若干あるが,取り上げた論点については事
1148 実に即してそれなりの論理的に整合性を持った法的議論がされている答案であ
1149 る。「一応の水準」の答案は,最低限押さえるべき論点,例えば,設問1であれ
1150 ば,新株発行不存在事由の存否が,問題文にある事実を適切に当てはめながら論
1151 じられていて,議論の筋がある程度通っている答案である。「不良」な答案は,
1152 そのような最低限押さえるべき論点も押さえられていない答案や,議論の筋の
1153 通っていない答案である。
1154 3
1155
1156 法科大学院教育に求められるもの
1157 非公開会社における募集株式発行の手続,新株発行の無効ないし不存在,表見代
1158 表取締役,不実の登記,多額の借財,代表権の濫用,株主代表訴訟の対象等につい
1159 ての規律は,会社法の基本的な規律であると考えられるが,これらについての理解
1160 に不十分な面が見られる。会社法の基本的な知識の確実な習得とともに,事実を当
1161 てはめる力と論理的思考力を養う教育が求められる。
1162
1163 - 27 -
1164
1165 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(民事系科目第3問)
1166 1
1167
1168 出題の趣旨等
1169 出題の趣旨は,既に公表されている「平成26年司法試験論文式試験問題出題趣
1170 旨【民事系科目】〔第3問〕」のとおりであるから,参照されたい。
1171 民事訴訟法分野では,従来と同様,受験者が,@民事訴訟法の基本的な原理・原
1172 則や概念を正しく理解し,基礎的な知識を習得しているか,Aそれらを前提として,
1173 問題文をよく読み,設問で問われていることを的確に把握し,それに正面から答え
1174 ているか,B抽象論に終始せず,設問の事例に即して具体的に,かつ,掘り下げた
1175 考察をしているか,といった点を評価することを狙いとしており,このことは今年
1176 も同様である。
1177
1178 2
1179
1180 採点方針
1181 答案の採点に当たっては,上記@からBまでの観点を重視するものとしたことも,
1182 従来と同様である。上記Aと関連するが,問題文において問われていることに正面
1183 から答えていなければ,点を与えてはいない。題意を十分に理解せず,自らが知っ
1184 ている論点について長々と記述する答案,自らが採用する結論とは直結しない論点
1185 について広く浅く書き連ねる答案が相当数存在したが,これらの答案は,問われて
1186 いることに答えていないものとして評価するなど,厳しい姿勢で採点に臨んでいる。
1187 問われていることに正面から答えるためには,論点ごとにあらかじめ丸暗記した画
1188 一的な表現をそのまま答案に再現するのではなく,設問を検討した結果をきちんと
1189 順序立てて自分の言葉で表現しようとする姿勢が極めて大切であり,採点に当たっ
1190 ては,受験者がそのような意識を持っていると言えるかどうかについても留意して
1191 いる。
1192
1193 3 採点実感等
1194 (1) 全体を通じて
1195 関係する事実関係のほか,課題を解決するための手掛かりとなる最高裁判所の
1196 判決,解答の方向性又は視点を示唆する弁護士L1等の発言が問題文に示されて
1197 いるにもかかわらず,これらを自らの議論の展開に十分活用できていない答案が
1198 数多く見られた。設問1及び設問2では関連する最高裁判所の判決を説明・紹介
1199 しているが,それをどう自分の解答における理由付けと結び付けるかについての
1200 論述が十分でない答案,設問3では既判力の一般的な意義や作用に関する論述に
1201 多くを割いている答案がその例である。
1202 およそ何も書けていない答案は少なかったが,考えがまとまらないまま書き始
1203 めているのではないかと思われる答案も散見された。検討の必要があると考える
1204 論点を端的に摘示して問題提起をするのではなく,問題文にある設問自体を相当
1205 行にわたって書き写している答案,相互の関係性を明らかにしないで複数の論点
1206 を羅列する答案,設問に対する結論を示すに当たって,法的三段論法の過程を経
1207 ているとは評価できない答案がその例である。問題文をよく読み,必要な解答を
1208 頭の中で入念に構成した上で,答案を書き始めるべきであろう。
1209 (2) 設問1について
1210
1211 - 28 -
1212
1213 本問では,関連する最高裁判所の判決が示され,訴訟上の和解についての表見
1214 法理の適用という課題について検討すべき点として,判旨が挙げるような取引行
1215 為と訴訟手続の違いや,手続の不安定を招くといった点を否定的な立場の根拠と
1216 することに説得力があるかを踏まえるべきことが問題文に示されているから,お
1217 おむねそのような流れで論述する答案がほとんどではあった。しかし,論述の内
1218 容は,訴訟上の和解は取引行為に類似するという結論を述べるにとどまるものが
1219 多く,なぜ訴訟上の和解についてそのように評価することができるのかについて,
1220 例えば,訴訟上の和解の私法上の契約としての側面,すなわち和解契約には互譲
1221 という取引的性質が存在することを指摘するなどして,具体的に論じている答案
1222 は少なかった。また,訴訟行為への表見法理の適用の可否は,典型論点というべ
1223 きものであったためか,問題文が訴訟上の和解について検討することを求めてい
1224 るにもかかわらず,上記典型論点に関わる議論を一般的に展開することに過度に
1225 重点を置き,訴訟上の和解の点については極めて淡泊な記載しかない答案が多く
1226 見られた。このような答案は,与えられた事案に即した検討を行うという姿勢に
1227 欠けると言うべきである。また,本問は,関連する最高裁判所の判決の射程が及
1228 ぶかを検討した上で,訴訟上の和解の効力を維持する議論をすることを求めてい
1229 るにもかかわらず,訴訟行為にも表見法理を適用すべきであり,判例変更が必要
1230 であるなどと論じるものが散見された。このような答案も,題意を的確に捉えた
1231 答案とは言い難い。他方で,表見法理の適用が手続の不安定を招くという点につ
1232 いては,それが善意悪意という主観的要件によって訴訟行為の効力が左右される
1233 結果となることについての指摘であることを,正しく理解していない答案も散見
1234 された。
1235 さらに,本問では,訴訟上の和解の効力を維持する方向で論述することが求め
1236 られているにもかかわらず,訴訟上の和解に表見法理を適用することは困難であ
1237 ると述べ,本問における和解は訴訟行為としては無効であるが,私法上の和解と
1238 しては効力が認められるとし,かつ,それで論述を終えるものが多くあったほか,
1239 これに加えて,再訴を提起して私法上の和解の効力を主張すればよい,と指摘す
1240 る答案も散見された。これらは,設問を読んでいないのではないかとさえ思われ
1241 る答案であり,また,再訴を提起すればよいとする答案を書いた受験者には,X
1242 とその訴訟代理人であるL1弁護士の立場からすれば,商業登記簿の記載を信頼
1243 して行動せざるを得ない立場にある者に再訴の提起という時間的,経済的な負担
1244 を課す一方で,代表者の交替を公示すべき責めを果たさなかった者に本件和解契
1245 約により負担した義務の履行を先延ばしすることを認めるものであり,当事者と
1246 しておよそ受け入れ難い結論であることに気付いてほしいところである。
1247 (3) 設問2について
1248 本問では,関連する最高裁判所の判決が明示され,その内容を踏まえるべきこ
1249 とが要求されていたが,当該判決に全く触れていない答案やその内容を踏まえた
1250 のかどうかが不明と言わざるを得ない答案が相当数あり,これらの答案は,題意
1251 に答える姿勢を欠くものである。
1252 答案としては,上記最高裁判所の判決について,訴訟代理人の権限には一定の
1253 限界ないし制限が存在するものとしている判例であると説明し,その上で,本問
1254 の和解条項第1項について,L2弁護士に与えられた権限の範囲内にあるかどう
1255
1256 - 29 -
1257
1258 かを論ずることまではできている答案が比較的多かった。しかし,本人が和解案
1259 の受諾を拒んで帰宅したのに訴訟代理人が和解を成立させたという上記最高裁判
1260 所の判決における事情にとらわれ,これと対比すれば,そのような事情のない本
1261 件においては訴訟代理権の範囲内にあると認められるなどと記載する答案が,相
1262 当数あった。また,反省して謝罪することは,Aにとって負担にならず,経済的
1263 な不利益もないとして,当該権限の範囲内にあると結論付ける答案も相当数あっ
1264 た。これらの答案は,特段の規範を定立しないまま事実関係を評価して結論を述
1265 べているだけで,法律論の体をなしておらず,法曹を目指す者の答案としては十
1266 分な評価を与えることはできない。本問では,Aは,訴訟代理人のL2弁護士に
1267 対し,民事訴訟法第55条第2項第2号の和解に関する特別授権をしていたこと
1268 が明示されているのであるから,当該和解に関する権限がいかなる範囲のものと
1269 解されるのかについて,自分の言葉で規範を定立した上で,本問ではどのような
1270 事情からその範囲内にあると結論付けない限り,法律問題に対する解答とは言い
1271 難いであろう。そうすると,例えば,和解に関する権限がどのような範囲と解さ
1272 れるのかについては,「和解」の性質という観点からアプローチすることが考え
1273 られるが,そのようなアプローチ,すなわち,典型契約としての和解が内容とし
1274 て互譲性を要素としていることを指摘し,和解に関する権限を授権したというこ
1275 とは,互いに譲歩する権限を与えていることを意味するから,それが当該権限の
1276 範囲を画している,といった論理を展開する答案は少なかった。これは,論述に
1277 当たって必要となる規範の定立とはどのようなことかを理解していないのではな
1278 いかと疑わせるものである。
1279 また,和解の内容が客観的に合理的であれば又はAの合理的な意思に合致する
1280 ものであれば,和解の権限の範囲に含まれると論じるものの,本問において,い
1281 かなる事情から和解の内容が客観的に合理的なもの又はAの合理的な意思に合致
1282 するものと評価することができるのかについて,具体的な論証がなく,一方的に
1283 合理的である又は合理的意思に合致すると結論付ける答案も,相当数あった。こ
1284 れらの答案は,規範の定立をした上,これに当てはめることにより議論を展開を
1285 しようとする答案のように見えるが,その実,合理的あるいは合理的意思に合致
1286 するとの結論を単に繰り返して述べるにすぎないものであるから,当該記載につ
1287 いては評価することはできない。
1288 さらに,Aが訴訟代理人であるL2弁護士に与えた訴訟代理権はその権限の範
1289 囲が限定されていないものであると論じ,本問の和解条項第1項について,L2
1290 弁護士に与えられた権限の範囲内にあると結論付ける答案も,一定数あった。し
1291 かし,そのような答案においては,上記最高裁判所の判決をそのような内容のも
1292 のとして理解することができるのかなど,判決を踏まえた論理の構成が不十分な
1293 ものや,なぜAがL2弁護士に与えた権限の範囲が無制限であると解すべきかに
1294 ついて具体的な論述がされていないものがほとんどであり,残念であった。
1295 (4) 設問3について
1296 本問では,問題文において,訴訟上の和解につき既判力肯定説に立ちつつ,和
1297 解条項第2項及び第5項について生じる既判力を,@本件後遺障害に基づく損害
1298 賠償請求権の主張を遮断しない限度にまで縮小させる,あるいは,A本件和解契
1299 約は同請求権を対象として締結されたものではないから,本件の和解条項第2項
1300
1301 - 30 -
1302
1303 及び第5項には同請求権を不存在とする趣旨の既判力は生じない,との立論の在
1304 り方が例示されていた。ただ,これらは,訴訟上の和解に関して,必ずしも典型
1305 論点とはされていないものであることから,上記各立論をどのような考え方や本
1306 件の事案に含まれる事情によって成り立つものとするのかについて論述すること
1307 となる。
1308 しかし,まず,和解条項第2項及び第5項について生じる既判力により本件後
1309 遺障害に基づく損害賠償請求権の主張が遮断される,という原則を指摘しない答
1310 案が相当数あった。法曹を目指す者の答案としては,このような原則を形式的に
1311 当てはめると不都合が生ずるところを,どのように解決していくかが求められて
1312 いるのであって,議論の展開を明確にする意味でも,論述を始めるに当たりその
1313 ような原則を指摘することは有用であろう。
1314 そして,上記原則に対する例外と言うべき,上記@又は(及び)Aの立論を行
1315 うのであるが,上記各立論の違いを必ずしも意識することなく,既判力の根拠と
1316 しての手続保障や蒸し返しの禁止といった確定判決の既判力に関する一般論を述
1317 べるにとどまる答案がほとんどであった。別の言い方をすると,本問が訴訟上の
1318 和解について既判力を縮小しようとするものであるから,例えば,訴訟上の和解
1319 に既判力を認める理由をどのように考えるのか,そして,当該理由との関係で,
1320 本件後遺障害に基づく損害賠償請求権に係る訴訟上の和解を題材にした本問の事
1321 案に照らすと,どのような具体的な事情を踏まえれば既判力の縮小という結論を
1322 導くことができるのか,あるいは,上記損害賠償請求権には和解の既判力の遮断
1323 効が及ばない(和解による合意内容の限定)という結論を導くことができるのか
1324 について,自分の言葉で論述する答案は少なかった。
1325 特に,本問では,民事訴訟法第117条を単純に類推適用するのではなく,人
1326 身損害の損害賠償を主に念頭においてそのような規定が作られた趣旨を参考にし
1327 てほしいとの観点が示されているにもかかわらず,人身損害の特殊性を指摘しな
1328 い答案や,単純に民事訴訟法第117条を類推適用すべきであると論述する答案
1329 が相当数あった。このような答案は,問題文をよく読んでいないのではないかと
1330 の疑念を抱かせる。
1331 (5) まとめ
1332 以上のような採点実感に照らすと,「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」
1333 の四つの水準の答案は,おおむね次のようなものとなると考えられる。「優秀」
1334 な答案は,問われていることを的確に把握し,各設問の事例との関係で結論に至
1335 る過程を具体的に説明できている答案である。また,このレベルには足りないが,
1336 問われている論点についての把握はできており,ただ,説明の具体性や論理の積
1337 み重ねにやや不十分な部分があるという答案は「良好」と評価することができる。
1338 これに対して,最低限押さえるべき論点,例えば,訴訟上の和解に表見法理の適
1339 用を否定する論拠としての取引行為と訴訟行為との区別,訴訟経済の不安定と
1340 いった議論への評価(設問1),訴訟上の和解に係る和解権限の範囲についての
1341 考え方(設問2),人身損害の特殊性に着目した@又は(及び)Aの構成による
1342 訴訟上の和解の既判力の修正(設問3)が,自分の言葉で論じられている答案は,
1343 「一応の水準」にあると評価することができるが,そのような論述ができていな
1344 い,又はそのような姿勢すら示されていない答案については「不良」と評価せざ
1345
1346 - 31 -
1347
1348 るを得ない。
1349 4
1350
1351 法科大学院に求めるもの
1352 民事訴訟法分野の論文式試験は,民事訴訟法の教科書に記載された学説や判例に
1353 関する知識の量を試すような出題は行っていない。むしろ,当該教科書に記載され
1354 た基本的な事項を正確に押さえ,判例の背景にある基礎的な考え方を理解しておく
1355 ことが必要である。そして,それらを駆使して,問題において提示された事情等に
1356 照らし,論理的に論述する能力を養うための教育を行う必要がある。また,上記3
1357 (2)において,設問1に関して,再訴の提起による解決を指摘する答案についてそ
1358 の不合理性を指摘したが,これは,判決(すなわち債務名義)を得ることには,通
1359 常,多大な労力を要することを踏まえたものである。法曹養成制度は,文字通り,
1360 法曹実務家を養成するための制度であることに照らせば,民事訴訟法分野に係る教
1361 育においては,学生に対し,現実の民事訴訟制度を実感させる教育(民事執行制度
1362 との連続性を意識させる教育)が期待される。加えて,上記3(3)において,設問
1363 2に関して,民法の和解契約が互譲を本質的要素とするものであることから論旨を
1364 展開する答案が少なかったことを指摘したが,これとの関係で,各法科大学院には
1365 以下のことを希望したい。すなわち,かつて司法試験において民法と民事訴訟法の
1366 融合問題が出題されていた頃は,各法科大学院においても,分野横断的な授業科目
1367 を設けて熱心に教育に取り組んでいたが,融合問題が廃止されて以降,そうした授
1368 業科目を必修から外したり廃止したりする動きがあるようである。もちろん,融合
1369 問題の廃止は相応の理由があってのことであり,また,各法科大学院がそれに対応
1370 して行動することは理解できるが,そのことが,分野横断的に問題を把握すること
1371 の重要性に関する法科大学院生の認識を希薄にし,民法は民法,民事訴訟法は民事
1372 訴訟法というように,相互の連関を意識することなくばらばらに学習する態度を助
1373 長しているとすれば残念なことであり,設問2を採点していてそのような懸念を感
1374 じたところである。各法科大学院においては,融合問題の廃止にかかわらず,この
1375 点に関する学生の意識を喚起するよう努めていただけると有り難い。
1376
1377 5
1378
1379 その他
1380 毎年繰り返しているところではあるが,極端に小さな字(各行の幅の半分にも満
1381 たないサイズの字では小さすぎる。),文字色が薄い字,潰れた字や書き殴った字の
1382 答案が相変わらず少なくない。司法試験はもとより字の巧拙を問うものではないが,
1383 心当たりのある受験者は,相応の心掛けをしてほしい。また,
1384 「けだし」,
1385 「思うに」
1386 など,一般に使われていない用語を用いる答案も散見されたところであり,改めて
1387 改善を求めたい。
1388
1389 - 32 -
1390
1391 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目第1問)
1392 1
1393
1394 2
1395
1396 出題の趣旨について
1397 既に公表した出題の趣旨のとおりである。
1398 採点の基本方針等
1399 本問では,具体的事例に基づいて甲乙丙それぞれの罪責を問うことによって,刑
1400 法総論・各論の基本的な知識と問題点についての理解の有無・程度,事実関係を的
1401 確に分析・評価し,具体的事実に法規範を適用する能力,結論の具体的妥当性,そ
1402 の結論に至るまでの法的思考過程の論理性を総合的に評価することを基本方針とし
1403 て採点に当たった。
1404 すなわち,本問は,乳児Aの母親である甲が,Aを殺害するためAに対する授乳
1405 等をやめたところ,甲と同棲中の丙が,これを見て見ぬふりをするなどし,その後,
1406 甲とは別居中である甲の夫乙が,甲丙の留守中にAを連れ出し,Aと共にタクシー
1407 の運転手による事故に遭ったが,Aのみ死亡したという具体的事例について,甲乙
1408 丙それぞれの罪責を問うものであるところ,これらの事実関係を法的に分析した上
1409 で,事案の解決に必要な範囲で法解釈論を展開し,事実を具体的に摘示しつつ法規
1410 範への当てはめを行って妥当な結論を導くこと,さらには,甲乙丙それぞれの罪責
1411 についての結論を導く法的思考過程が相互に論理性を保ったものであることが求め
1412 られる。
1413 甲乙丙それぞれの罪責を検討するに当たっては,甲乙丙それぞれの行為や侵害さ
1414 れた法益等に着目した上で,どのような犯罪の成否が問題となるのかを判断し,各
1415 犯罪の構成要件要素を一つ一つ吟味し,これに問題文に現れている事実を丁寧に拾
1416 い出して当てはめ,犯罪の成否を検討することになる。ただし,論じるべき点が多
1417 岐にわたることから,事実認定上又は法律解釈上の重要な事項については手厚く論
1418 じる一方で,必ずしも重要とはいえない事項については,簡潔な論述で済ませるな
1419 ど,答案全体のバランスを考えた構成を工夫することも必要である。
1420 出題の趣旨でも示したように,本問における甲丙の罪責としては,いずれも殺人
1421 罪の成否が主要な問題となり,乙の罪責としては,住居侵入罪及び未成年者略取罪
1422 の成否が主要な問題となるところであり,このうち,特に主要な問題点としては,
1423 以下のものが挙げられる。
1424 甲の罪責の検討においては,一つ目として,Aに対する授乳等をやめるという不
1425 作為に及んだ甲につき,不真正不作為犯の実行行為性に関する自説の展開及び当て
1426 はめが必要となり,二つ目として,甲の実行行為によってAが脱水症状や体力消耗
1427 により死亡する現実的危険が生じた後,乙の故意によるAを連れ去る行為やタク
1428 シーの運転手の過失による事故という事情が介在してAが脳挫傷により死亡したこ
1429 とにつき,因果関係に関する自説の展開及び当てはめが必要となる。どちらの論点
1430 も,殺人罪の構成要件要素である実行行為(実行の着手),結果,因果関係及び故
1431 意について意義を正確に示し,その中で見解を示した上で的確で丁寧な当てはめを
1432 行うことが求められる。
1433 丙の罪責の検討においては,一つ目として,丙が,Aに生命の危険が生じた頃,
1434 甲がAに授乳等をしないことに気付き,甲の意図を察知したが,甲に対する措置を
1435
1436 - 33 -
1437
1438 何ら講じず,見て見ぬふりをした点につき,甲との共犯関係の成否を認定する必要
1439 がある。特に,丙とAの関係やAに対する授乳等は甲が行っていたこと等について
1440 どのように評価するのかについては,片面的共同正犯の肯否についていずれの立場
1441 に立つとしても,甲に作為義務を認定した論拠と矛盾なく,丙の具体的な作為義務
1442 等を丁寧に検討することが求められる。また,二つ目として,丙が,病院で適切な
1443 治療を受けさせない限りAを救命することが不可能な状態となった後,甲の母親か
1444 ら電話で訪問したいと言われたが,嘘をついて断った点につき,作為による殺人罪
1445 の単独正犯としての実行行為と認定するか,作為による殺人罪の幇助行為と認定す
1446 るか,見て見ぬふりの不作為犯を犯している間の一事情と認定するかはともかく,
1447 その成立要件に事実関係を的確に当てはめて結論に至ることが求められる。
1448 乙の罪責の検討においては,住居侵入罪の保護法益及び実行行為の意義,未成年
1449 者略取罪の主体及び略取の意義を吟味し,乙が甲方へ侵入してAを連れ去った行為
1450 を,衰弱が深刻なAを救出する行為と評価する余地もあることにつき,違法性阻却
1451 事由のいずれを検討するかはともかく,各成立要件に事実関係を的確に当てはめ,
1452 各自の結論に至ることが求められる。
1453 その他,甲について中止未遂罪の成否,丙について片面的幇助犯の肯否,各犯罪
1454 の故意,罪数等,本問で論じるべき問題点は,多岐にわたるが,いずれも,刑法解
1455 釈上,基本的かつ重要な問題点であり,これらに対する理解と刑法総論・各論の基
1456 本的理解に基づき,事実関係を整理して考えれば,一定の妥当な結論を導き出すこ
1457 とができると思われ,実際にも,相当数の答案が一定の水準に達していた。
1458 3
1459
1460 採点実感等
1461 各考査委員から寄せられた意見や感想をまとめると,以下のとおりである。
1462 (1) 全体について
1463 多くの答案は,甲乙丙それぞれについて前記各論点を論じており,本問の出題
1464 趣旨や大きな枠組みは理解していることがうかがわれた。
1465 ただし,刑事責任が余り問題とならないような点について延々と論述する一方
1466 で,主要な論点については不十分な記述にとどまっているなどバランスを欠いた
1467 答案も少なからずあった。
1468 その他,考査委員による意見交換の結果を踏まえ,答案に見られた代表的な問
1469 題点を列挙すると以下のとおりとなる。
1470 (2) 甲の罪責について
1471 ア 授乳を再開して以降は殺意がないことを理由に,殺人罪の成否を検討せず,
1472 保護責任者遺棄致死罪の成否のみを検討する答案
1473 イ 作為義務に触れていない答案
1474 ウ どの行為を実行行為としているのか判然としない答案
1475 エ 実行の着手を認定する前に,因果関係の有無や中止未遂罪の成否を検討して
1476 いる答案
1477 オ 因果関係の有無を検討する前に,中止未遂罪の成否を検討している答案
1478 カ 因果関係の有無を判断するに当たっては危険の現実化という要素を考慮する
1479 という見解を示しているものの,当てはめにおいて,危険と結果のいずれにつ
1480 いても具体的に捉えていない答案
1481
1482 - 34 -
1483
1484 (3)
1485
1486 丙の罪責について
1487 ア 不真正不作為犯の成立範囲を限定すべきと論じる一方で,作為義務の検討が
1488 不十分なまま,単独正犯を認める答案
1489 イ 正犯意思があると認定し,それのみを理由に,単独正犯を認める答案
1490 ウ 共犯の成否を全く検討していない答案
1491 エ 身分犯に関する解釈のみで共犯を成立させる答案
1492 オ 幇助犯が成立するとしているものの,幇助の故意の内容が不正確な答案
1493 (4) 乙の罪責について
1494 ア 住居侵入罪の保護法益を住居権とする見解に立ち,甲が住居権者であるかど
1495 うかの問題と,乙が住居権者ではなくなったかどうかの問題とを混同している
1496 答案
1497 イ 未成年者誘拐罪を認定した答案
1498 ウ 未成年者略取罪の保護法益を親の監護権とする見解に立ち,甲のAに対する
1499 養育状況を問題にすることなく,安易に同罪を成立させる答案
1500 (5) その他
1501 これまでにも指摘してきたことでもあるが,少数ながら,字が乱雑なために判
1502 読するのが著しく困難な答案が見られた。時間の余裕がないことは理解できると
1503 ころであるが,達筆である必要はないものの,採点者に読まれることを意識し,
1504 なるべく読みやすい字で丁寧に答案を書くことが望まれる。
1505 (6) 答案の水準
1506 以上の採点実感を前提に,「優秀」「良好」「一応の水準」「不良」という四つ
1507 の答案の水準を示すと,以下のとおりである。
1508 「優秀」と認められる答案とは,本問の事案を的確に分析した上で,本問の出
1509 題の趣旨や上記採点の基本方針に示された主要な問題点について検討を加え,成
1510 否が問題となる犯罪の構成要件要素等について正確に理解するとともに,必要に
1511 応じて法解釈論を展開し,事実を具体的に摘示して当てはめを行い,甲乙丙の刑
1512 事責任について妥当な結論を導いている答案である。特に,摘示した具体的事実
1513 の持つ意味を論じつつ当てはめを行っている答案は高い評価を受けた。
1514 「良好」な水準に達している答案とは,本問の出題の趣旨及び上記採点の基本
1515 方針に示された主要な問題点は理解できており,甲乙丙の刑事責任について妥当
1516 な結論を導くことができているものの,一部の問題点についての論述を欠くもの,
1517 主要な問題点の検討において,構成要件要素の理解が一部不正確であったり,必
1518 要な法解釈論の展開がやや不十分であったり,必要な事実の抽出やその意味付け
1519 が部分的に不足していると認められたもの等である。
1520 「一応の水準」に達している答案とは,事案の分析が不十分であったり,複数
1521 の主要な問題点についての論述を欠くなどの問題はあるものの,刑法の基本的事
1522 柄については一応の理解を示しているような答案である。
1523 「不良」と認められる答案とは,事案の分析がほとんどできていないもの,刑
1524 法の基本的概念の理解が不十分であるために,本問の出題の趣旨及び上記採点の
1525 基本方針に示された主要な問題点を理解していないもの,事案の解決に関係のな
1526 い法解釈論を延々と展開しているもの,問題点には気付いているものの結論が著
1527 しく妥当でないもの等である。
1528
1529 - 35 -
1530
1531 4
1532
1533 今後の法科大学院教育に求めるもの
1534 刑法の学習においては,総論の理論体系,例えば,実行行為,結果,因果関係,
1535 故意等の体系上の位置付けや相互の関係を十分に理解した上,これらを意識しつつ,
1536 各論に関する知識を修得することが必要であり,答案を書く際には,常に,論じよ
1537 うとしている問題点が体系上どこに位置付けられるのかを意識しつつ,検討の順序
1538 にも十分に注意して論理的に論述することが必要である。
1539 また,繰り返し指摘しているところであるが,判例学習の際には,単に結論のみ
1540 を覚えるのではなく,当該判例の具体的事案の内容や結論に至る理論構成等を意識
1541 することが必要であり,当該判例が挙げた規範や考慮要素が刑法の体系上どこに位
1542 置付けられ,他のどのような事案や場面に当てはまるのかなどについてイメージを
1543 持つことが必要と思われる。
1544 このような観点から,法科大学院教育においては,引き続き判例の検討等を通し
1545 て刑法の基本的知識や理解を修得させるとともに,これに基づき,具体的な事案に
1546 ついて妥当な解決を導き出す能力を涵養するよう一層努めていただきたい。
1547
1548 - 36 -
1549
1550 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目第2問)
1551 1
1552
1553 採点方針等
1554 本年の問題も,昨年までと同様,比較的長文の事例を設定し,そこに現れた捜査
1555 及び公訴提起に関連して生じる刑事手続法上の問題点について,それを的確に把握
1556 し,その法的解決に重要な具体的事実を抽出・分析した上で,これに的確な法解釈
1557 を経て導かれた法準則を適用して一定の結論を導き,その過程を筋道立てて説得的
1558 に論述することを求めており,法律実務家になるための学識・法解釈適用能力・論
1559 理的思考力・論述能力等を試すものである。
1560 出題の趣旨は,公表されているとおりである。
1561 〔設問1〕1は,殺人及び窃盗事件に関し,司法警察員Pが被疑者甲をその住居
1562 から警察署まで任意同行して取り調べた後,同人を同警察署付近のホテルに宿泊さ
1563 せ,その翌日に行った「@甲の取調べ」,その後,同人を引き続き同ホテルに宿泊
1564 させ,その翌日に行った「A甲の取調べ」について,それぞれの適法性を問うもの
1565 である。刑事訴訟法第198条に基づく任意捜査の一環としての被疑者取調べがい
1566 かなる限度で許されるかについて,その法的判断枠組みを明確に示した上で,宿泊
1567 を伴う本事例の取調べに現れた具体的事実がその判断枠組みの適用上いかなる意味
1568 を持つのかを意識しつつ,各取調べの適法性を論じることを求めている。
1569 〔設問1〕2は,甲が殺人及び窃盗事件で起訴された後に行われた「B甲の取調
1570 べ」について,その適法性を問うものである。起訴後の被告人の取調べが許される
1571 か,許されるとしていかなる限度で許されるかについて,起訴後においても公訴維
1572 持のために被告人の取調べが必要となる場合があることを踏まえつつ,公判中心主
1573 義及び当事者主義の各要請のほか,関連する刑事訴訟法上の制度にも留意し,それ
1574 らと整合的な法解釈を示した上で,それを本事例の具体的事実関係に適用して結論
1575 を導くことを求めている。
1576 〔設問2〕は,起訴後の捜査の結果,検察官が当初の立証方針を改め,公判にお
1577 いて起訴状記載の訴因とは異なる事実を立証しようとする場合,訴因変更が必要か,
1578 また訴因変更が可能かについて,訴因と新たな立証方針との間で生じた変動がいか
1579 なる事実に関するものか,それは「罪となるべき事実」を特定して記載した訴因に
1580 おいていかなる意味を持つ事実であるかを意識しつつ論じることを求めている。そ
1581 の際,訴因変更の要否については,本事例が,公判前整理手続開始前,すなわち検
1582 察官による具体的な主張・立証に先立つ局面のものであることに留意する必要があ
1583 る。また,訴因変更の可否については,刑事訴訟法第312条第1項所定の「公訴
1584 事実の同一性」の有無をいかなる基準・方法により判断するかを,法解釈として明
1585 確に示した上で論じる必要がある。
1586 採点に当たっては,このような出題の趣旨に沿った論述が的確になされているか
1587 に留意した。
1588 前記各設問は,いずれも捜査及び公訴の提起・維持に関し刑事訴訟法が定める制
1589 度・手続及び判例の基本的な理解に関わるものであり,法科大学院において刑事手
1590 続に関する科目を修得した者であれば,本事例において何を論じるべきかは,おの
1591 ずと把握できるはずである。〔設問2〕で問題となる訴因変更の要否は,検察官が
1592 起訴状記載の訴因と異なる事実を意識的に主張・立証しようとして,その主張・立
1593
1594 - 37 -
1595
1596 証に先立って訴因変更しようとする局面のものである点で,一般に「訴因変更の要
1597 否」という名の下に論じられている問題,すなわち証拠調べの結果,裁判所が訴因
1598 と異なる事実を認定するに当たり検察官による訴因変更手続を経る必要があるかと
1599 いう問題とは局面を異にし,法科大学院の授業で直接扱われることは少ない問題か
1600 もしれない。しかし,そのような局面を取り上げ,起訴状に訴因を明示する趣旨の
1601 根本に遡り,かつ,前後の刑事手続の流れを見据えた考察を求めることにより,典
1602 型的「論点」に関する表層的・断片的な知識にとどまらない刑事手続上の制度の趣
1603 旨・目的の奥深い理解と,刑事手続の動態を踏まえた柔軟で実践的な考察力の有無
1604 を問うものである。
1605 2
1606
1607 採点実感
1608 各考査委員からの意見を踏まえた感想を述べる。
1609 〔設問1〕1については,事例に現れた法的問題を的確に捉え,任意同行後の宿
1610 泊を伴う取調べの適法性について,刑事訴訟法第198条及びそれに関する基本的
1611 な判例法理の理解を踏まえつつ,適法性の判断枠組みを明確にした上で,事例中の
1612 具体的事実をその意味を意識しながら適切に抽出・分析・整理し,それを前記枠組
1613 みに当てはめて説得的に結論を導いた答案が見受けられた。
1614 次に,〔設問1〕2については,起訴後の被告人の取調べについて,刑事訴訟法
1615 上の原則を踏まえて問題点を正確に把握し,その許容性と許容要件に関する検討を
1616 尽くした上で,本事例に現れた具体的な事情の下,取調べが許されるかにつき的確
1617 に論じた答案が見受けられた。
1618 また,〔設問2〕については,訴因変更の要否及び可否について,本事例の訴因
1619 と検察官の立証方針との間に生じた事実の変動を正確に見据えた上で,制度趣旨及
1620 び判例法理の理解を踏まえつつ,かつ,本件が検察官の具体的な主張・立証に先立
1621 つ段階における訴因変更の問題であることを明確に意識して論じた答案が見受けら
1622 れた。
1623 他方,抽象的な法原則や判例の表現を暗記してそれを機械的に祖述するのみで,
1624 具体的事実にこれを適用することができていない答案や,そもそも具体的事実の抽
1625 出が不十分であったり,その意味の分析が不十分・不適切であったりする答案も見
1626 受けられた。
1627 〔設問1〕においては,任意同行後の宿泊を伴う取調べの適法性が問われている
1628 のであるから,刑事訴訟法第198条に基づく任意捜査の一環としての被疑者の取
1629 調べがいかなる限度で許されるかにつき,その法的判断の枠組みを示すことができ
1630 なければならない。この点については,最高裁判例(最決昭和59年2月29日刑
1631 集38巻3号479頁。いわゆる高輪グリーン・マンション殺人事件)が,第一に,
1632 強制手段を用いることは許されない,第二に,強制手段を用いない場合でも,事案
1633 の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会
1634 通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において許容されるという二段階
1635 の適法性の判断枠組みを示しており,本問では,この判例法理の正確な理解を踏ま
1636 え,適法性の判断枠組みを示すことが求められる。ところが,このような判断枠組
1637 みを明確に示すことなく,漫然と事例の検討を進めた結果,強制処分に該当するか
1638 否か(以下,「強制処分性」という。)の問題が意識されないまま,任意処分である
1639
1640 - 38 -
1641
1642 ことを(必ずしも十分自覚的ではないまま)前提として,その適法性のみを論じて
1643 終わる答案が少なからず見受けられた。
1644 また,強制処分性と任意処分としての相当性とが問題となることには,一応理解
1645 が及んでいるものの,それぞれの内実に関する理解が浅く,強制処分性についても
1646 任意処分としての相当性についても,判断構造や判断要素が十分に意識されないま
1647 ま,事例中の具体的事実を漫然と羅列して結論を導くような答案,両者の関係の理
1648 解が不十分で,強制手段を用いるものでないことを前提に任意処分としての相当性
1649 を問題としたはずなのに,相当性を逸脱していることを理由に強制処分に該当する
1650 との結論を導くような答案も見られた。
1651 判断基準への当てはめに関しては,初日の宿泊と2日目の宿泊とでは,その態様
1652 に大きな差異があるのであるから,その差違を明確に意識し,宿泊に関する具体的
1653 な事情が強制処分性及び任意処分としての相当性の判断においていかなる意味を持
1654 つのかについて適切な分析・検討を加えた上で,基準に当てはめることが求められ
1655 る。また,「A甲の取調べ」について,強制処分性を否定し,任意処分としての相
1656 当性を論じる場合には,「@甲の取調べ」時点と「A甲の取調べ」時点とでは,甲
1657 に対する容疑の程度に差異が生じていることにも留意が必要である。しかし,これ
1658 らの点について,事情の抽出が雑であったり,その意味の分析・検討が不十分であっ
1659 たりし,説得的な当てはめができていない答案が比較的多数見受けられた。とりわ
1660 け「A甲の取調べ」については,直感的に一定の結論を思い定め,その結論に結び
1661 付けようとする余り,具体的事情の抽出が恣意的であったり,その分析がいささか
1662 非常識ではないかと感じさせたりするものも散見され,事案に即応した法的判断力
1663 の欠如を危惧させた。判例に現れた宿泊を伴う取調べがいかなる事案においていか
1664 なる態様のものであったのか,それは適法・違法の境界線から見てどのような位置
1665 付けがされるべき事案なのか(限界事例であったのかどうか)という点にまで理解
1666 が及んでいれば,おのずとより説得的な当てはめができたはずであるとも思われ,
1667 判例の理解が浅薄であることも懸念された。
1668 なお,本事例において,初日の宿泊はその翌日の「@甲の取調べ」のための出頭
1669 確保の手段として,また2日目の宿泊はその翌日の「A甲の取調べ」のための出頭
1670 確保の手段として,それぞれ用いられている。答案の中には,例えば,「@甲の取
1671 調べ」の適法性について,それに引き続く同日夜の宿泊(2日目の宿泊)が及ぼす
1672 影響を論じたものも少数ながら見られたが,このような答案は,上述のような宿泊
1673 と取調べの関係を適切に把握できていないものといわざるを得ない。
1674 〔設問1〕2については,起訴後の被告人の取調べの適法性が問われているにも
1675 かかわらず,余罪取調べの可否を論じるなど,そもそも問題の所在に気付いていな
1676 い答案が,少数ではあるが見受けられた。
1677 多くの答案は,起訴後の被告人の取調べが公判中心主義及び当事者主義の要請の
1678 少なくともいずれかと抵触するおそれがあり,その許容性に問題があることは指摘
1679 できていたものの,その一方で,刑事訴訟法第198条は取調べの対象を「被疑者」
1680 とするのみで,「被告人」の取調べについては何ら規定がないところ,この点を指
1681 摘・検討した答案は少なかった。
1682 起訴後の取調べについては,最決昭和36年11月21日刑集15巻10号
1683 1764頁が,「被告人の当事者たる地位にかんがみ,……なるべく避けなければ
1684
1685 - 39 -
1686
1687 ならない」としつつも,刑事訴訟法第197条第1項の任意捜査として許される場
1688 合がある旨判示している。したがって,その事案と判示内容を踏まえた上で,問題
1689 の所在を的確に指摘し,どのような取調べであれば当事者主義との抵触を避けるこ
1690 とができるか,任意性を確保するにはどのような方策が必要かを意識しつつ,適法・
1691 違法の判断基準を明確にし,本事例に現れた事情をその基準に当てはめて結論を導
1692 けば,説得的な論述ができたはずである。公判中心主義との関係では,刑事訴訟法
1693 上,少なくとも第1回公判期日前の証拠収集活動が一定程度認められていること(同
1694 法第179条,第226条,第227条等)にも注意が払われてよかった。しかし,
1695 これら全てを満たした答案は,残念ながらほとんど見られず,むしろ,起訴後の取
1696 調べの問題点を一定程度指摘しつつも,捜査の必要性があることを理由にこれを適
1697 法としたり,窃盗の事実から盗品等無償譲受けの事実への訴因変更が予定されてお
1698 り,それは被告人に有利な変更であるからという理由でこれを適法としたりするな
1699 ど,安易な理由付けで結論に至っているものも相当数存在した。そこからは,起訴
1700 後の被告人の取調べと公判中心主義及び当事者主義との緊張関係の理解が表面的か
1701 つ抽象的なものにとどまり,判例にも十分な理解が及んでいないことがうかがわれ
1702 た。
1703 次に〔設問2〕については,検察官が講じるべき措置として訴因変更が問題とな
1704 ることはおおむね理解されていた。
1705 本事例では,起訴状記載の訴因と検察官の新たな立証方針とを比較すると,第1
1706 事実(殺人)については,犯行の日時に変化を生じており,第2事実(窃盗)につ
1707 いては,実行行為が盗品等無償譲受け行為へと変化し,犯行の日時・場所にも変化
1708 を生じているから,そのような変動を踏まえ,第1事実,第2事実それぞれについ
1709 て,訴因変更の要否及び可否を論じることが求められている。ところが,第1事実
1710 の犯行の日時の変化に伴う訴因変更の要否について,全く触れていない答案が思い
1711 の外多かった。また,殺人の犯行日時の変化に言及した答案の多くは,殺人の訴因
1712 において,犯行日時は「罪となるべき事実」の特定に不可欠な事項ではないとした
1713 上で,それが被告人の防御にとって重要な事項となる場合であれば,原則として訴
1714 因変更が必要であるものの,被告人に不意打ちを与えるものではなく,かつ,被告
1715 人にとって不利益な変動でもない場合には,例外的に訴因変更は不要である旨を論
1716 じていたが,これは,最決平成13年4月11日刑集55巻3号127頁の判示に
1717 依拠したものと思われる。この判例の理解は重要であり,多くの答案ではおおむね
1718 正しく理解されていたが,同判例が,証拠調べの結果,裁判所が訴因と異なる認定
1719 をするに当たり,検察官による訴因変更手続を経る必要があるかという問題に関す
1720 るものであるのに対し,本事例では,公判前整理手続の開始前,検察官による具体
1721 的な主張・立証がされておらず,それに対する被告人側のアリバイ等の主張も何ら
1722 行われていない段階での訴因変更が問題であり,この点に留意した論述が求められ
1723 ている。したがって,論述に際しては,公判において主張・立証を主導する検察官
1724 の立場やそのような検察官が設定する訴因の役割,後の公判前整理手続における争
1725 点整理の要請等を踏まえた上で,検察官が立証方針を変更した場合に何が求められ
1726 るかとの視点や,訴因を変更すること,又は変更しないことが,被告人の将来の防
1727 御権行使にいかなる影響を与えるかとの視点が必要であるが,このような論述がな
1728 された答案は僅かであり,前記判例法理を漫然と記載し,例えば,審理において犯
1729
1730 - 40 -
1731
1732 行日時が事実上の争点となっていたかなどと,およそ本事例では問題とならない要
1733 素に言及した答案も少なからず見受けられた。また,第2事実について,訴因変更
1734 が必要であることに関しては,大部分の答案で一応の論述がされていたが,変動し
1735 た事実が「罪となるべき事実」を特定した訴因においていかなる意味を持つ事実か
1736 を端的に指摘し,訴因変更が必要である理由を明瞭に示すことができていたものは,
1737 思いの外多くはなかった。
1738 次に,訴因変更の可否については,刑事訴訟法第312条第1項所定の「公訴事
1739 実の同一性」の有無に関する判断基準・方法を明らかにした上で,特に第2事実に
1740 関し,起訴状記載の訴因である窃盗の事実と,検察官が新たに立証しようとする盗
1741 品等無償譲受けの事実との間でそれを認めることができるか,両者の具体的な事実
1742 を比較検討して当てはめ,結論を導くことが求められている。
1743 判例は,「公訴事実の同一性」につき,基本的事実関係が同一であるか否かを判
1744 断基準とし,基本的事実関係の同一性の判断においては,犯罪の日時,場所,行為
1745 の態様・方法・相手方,被害の種類・程度等の事実関係の共通性に着目して結論を
1746 導くものと,変更前の訴因と変更後の訴因の非両立性に着目して結論を導くものと
1747 が見られるが,答案の多くが,これらの基準に言及していた。もっとも,基本的事
1748 実関係の同一性と訴因の非両立性との関係については,明確に整理されていないも
1749 のも少なくなかった。また,これらの基準を適用した判断方法,特に訴因の非両立
1750 性の判断方法については,十分自覚的でない答案も多く,例えば,具体的事実を十
1751 分比較することなく,窃盗と盗品等無償譲受けは構成要件上両立しないとして,そ
1752 こから直ちに基本的事実関係の同一性,ひいては公訴事実の同一性を認めるような
1753 答案が一定数見られた。逆に,両事実は構成要件が異なっているとして,そこから
1754 直ちに基本的事実関係の同一性を否定する答案も存在した。
1755 判例は,上述の基準について,犯罪類型ごとに一律の基準を定立しようとするも
1756 のではなく,事案ごとの具体的な事実関係を前提に,変更前後の訴因の共通性や非
1757 両立性を検討し,基本的事実関係の同一性が認められるか否かを判断しているので
1758 あるから,本事例において,判例の考え方によるのであれば,事例に現れた具体的
1759 な事実を比較検討し,検察官が訴追しようとしている窃盗の目的物である指輪1個
1760 と盗品無償譲受けの目的物である指輪1個とが同一のものである点や,窃盗の犯行
1761 日時と盗品無償譲受けの犯行日時とが十分近接している点に着眼しつつ,両事実の
1762 共通性や非両立性を検討することが求められるが,これらの点に焦点を当て,その
1763 意味を的確に踏まえた論述ができている答案は限られていた。
1764 3
1765
1766 答案の評価
1767 「優秀の水準」にあると認められる答案とは,〔設問1〕については,各取調べ
1768 の適法性について,事例中の法的問題を明確に意識し,問題点ごとに制度趣旨と基
1769 本的な判例の正確な理解を踏まえた的確な法解釈論を展開した上で,個々の事例中
1770 に現れた具体的事実を適切に抽出,分析しながら論じられた答案であり,
1771 〔設問2〕
1772 については,公訴事実中の各事実の訴因変更について,訴因変更の要否及び可否に
1773 関する基本的な判例で示された基準を正確に理解した上で,判例で扱われた問題と
1774 本事例との違いにも留意しつつ,検察官による訴因変更の要否及び可否について論
1775 じることができた答案であるが,このように,出題の趣旨に沿った十分な論述がな
1776
1777 - 41 -
1778
1779 されている答案は僅かであった。
1780 「良好の水準」に達していると認められる答案とは,〔設問1〕については,法
1781 解釈について想定される全ての問題点に関し一定の見解を示した上で,事例から具
1782 体的事実を一応抽出できてはいたが,更に踏み込んで個々の事実が持つ意味を十分
1783 考えて分析・整理することには不十分さが残るような答案であり,〔設問2〕につ
1784 いては,判例を踏まえた論述がされているものの,本事例の特徴,すなわち,検察
1785 官の立証方針の変更によるその主張・立証前の段階での訴因変更の問題であること
1786 を踏まえた検討がやや不十分であるような答案である。
1787 「一応の水準」に達していると認められる答案とは,〔設問1〕については,法
1788 解釈について一応の見解は示されているものの,具体的事実の抽出や当てはめが不
1789 十分であるか,法解釈について十分に論じられていないものの,事例中から必要な
1790 具体的事実を抽出して一応の結論を導き出すことができていた答案であり,〔設問
1791 2〕については,訴因変更の要否及び可否について一応の論述がなされているもの
1792 の,本事例が,証拠調べを行う前の段階であることを無視し,事案に即した検討が
1793 できていないような答案である。
1794 「不良の水準」にとどまると認められる答案とは,上記の水準に及ばない不良な
1795 ものをいう。例えば,刑事訴訟法上の基本的な原則の意味を理解することなく機械
1796 的に暗記し,これを断片的に記述しているだけの答案や,関係条文・法原則を踏ま
1797 えた法解釈を論述・展開することなく,単なる印象によって結論を導くかのような
1798 答案等,法律学に関する基本的学識と能力の欠如が露呈しているものである。例を
1799 挙げれば,〔設問1〕では,「B甲の取調べ」につき,被告人が勾留されていること
1800 を理由に取調べ受忍義務があるとして取調べを適法とするような答案,〔設問2〕
1801 では,第2事実について,理由を示すことなく公訴事実の同一性を否定して訴因変
1802 更はできないとするような答案がこれに当たる。
1803 4
1804
1805 法科大学院教育に求めるもの
1806 このような結果を踏まえると,今後の法科大学院教育においては,従前の採点実
1807 感においても指摘されてきたとおり,刑事手続を構成する各制度の趣旨・目的を基
1808 本から深くかつ正確に理解すること,重要かつ基本的な判例法理を,その射程距離
1809 を含めて正確に理解すること,これらの制度や判例法理を具体的事例に当てはめ適
1810 用できる能力を身に付けること,論理的で筋道立った分かりやすい文章を記述する
1811 能力を培うことが強く要請される。特に,法適用に関しては,生の事例に含まれた
1812 個々の事情あるいはその複合が法規範の適用においてどのような意味を持つのかを
1813 意識的に分析・検討し,それに従って事実関係を整理できる能力の涵養が求められ
1814 る。また,実務教育との有機的連携の下,通常の捜査・公判の過程を俯瞰し,刑事
1815 手続上の基本原則や制度がその過程の中のどのような局面で働くのか,各局面ごと
1816 に各当事者は何を行わなければならないのか,それがどのように積み重なって手続
1817 が進むのか等,刑事手続を動態として理解しておくことの重要性を強調しておきた
1818 い。
1819
1820 - 42 -
1821
1822 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(倒産法)
1823 1
1824
1825 2
1826
1827 出題の趣旨・狙い等(出題の趣旨に補足して)
1828 公表済みの「出題の趣旨」のとおりである。
1829 採点方針
1830 解答に当たって言及すべき問題点等については,既に「出題の趣旨」として公
1831 表したとおりである。
1832 第1問は,個人破産手続における破産債権の届出,調査,確定及び免責の効力
1833 についての基本的問題点に関する正確な理解と問題解決能力を問うものであり,
1834 採点の主眼は,設問1から設問3を通じ,事案から必要な論点を的確に抽出した
1835 上で,関連する条文の解釈や学説を説明し,説得力を持って自説を展開すること
1836 ができるかどうかに置かれている。
1837 第2問は,敷金の取扱い及び相殺権に関する破産法及び民事再生法の規律の相
1838 違並びに再生計画の認可要件についての理解を問うものであり,採点の主眼は,
1839 設問1については,敷金及び相殺権に関する破産法と民事再生法の規律の相違点
1840 及びその理由を整理した上で,事例に即した的確な分析や比較検討ができるかど
1841 うかに,設問2については,再生計画案の可決要件及びその趣旨を踏まえつつ,
1842 同案の不認可要件について自説を説得力を持って展開し,事例に対する的確な当
1843 てはめができるかどうかに置かれている。
1844
1845 3 採点実感等
1846 (1) 第1問
1847 ア 設問1前段
1848 設問1前段は,破産債権の届出の追完の可否が論点であり,事例に基づき,
1849 届出をすることができなかったことについて「責めに帰することができない事
1850 由」(破産法第112条第1項)があるかどうかを論じ,結論を導くことが求
1851 められる。
1852 大方の答案は,論点の所在及び該当条文については理解した上で,事例に即
1853 して「責めに帰することができない事由」の存否を検討するという流れで論述
1854 することができており,とりわけ,届出の追完の制度趣旨を踏まえて「責めに
1855 帰することができない事由」の判断基準を示し,結論を導く上で根拠となる事
1856 実を丁寧に抽出して当てはめている答案については,高い評価が与えられた。
1857 また,「責めに帰することができない事由」の検討に当たり,Bが外国に長期
1858 滞在していたことから,直ちに同事由があるとの結論を導く答案も少なくな
1859 かったが,こうした答案については,一応の水準に達しているとの評価にとど
1860 まった。
1861 他方,答案の中には,@Cの債権が確定していることを届出の障害事由とし
1862 て検討するもの,A同条第4項の届出事項の変更の当否を検討するもの,B同
1863 法第113条の届出名義の変更を検討するもの,CBにはCの債権の確定の効
1864 力が及ばないという理由で同法第112条第1項の要件の検討をすることなく
1865 届出ができるとするものなどがあり,これらの答案は,破産債権の届出の追完
1866
1867 - 43 -
1868
1869 についての基本的な理解を欠くものとして不良の評価となった。
1870 イ 設問1後段
1871 設問1後段は,Bの債権届出ができるとした場合に,破産管財人はその認否
1872 をどのようにすべきかを問うものであり,Cの届出債権が破産債権者表に記載
1873 されることにより生ずる「確定判決と同一の効力」(同法第124条第3項)
1874 が,破産手続内の効力として,Bを含む破産債権者及び破産管財人に及ぶこと
1875 を根拠として,破産管財人Xとしては,Cの確定届出債権と同一の債権を対象
1876 とするBの届出を認めないという対応をすべきことを論ずることが求められ
1877 る。
1878 この問いは,破産債権の確定という破産手続における重要な基本事項につい
1879 ての理解を問うものであるが,残念ながら,破産手続内における「確定判決と
1880 同一の効力」の問題であると気付いた答案は3割程度であり,@Bの届出に証
1881 拠がある以上,破産管財人は届出を認めるべきとするもの,ABの破産債権に
1882 ついて届出の追完を許す以上,破産管財人は届出を認めるべきとするもの,B
1883 配当表の更正(同法第199条第1項)によりCの届出債権をB名義に更正す
1884 べきとするもの,C破産管財人はCの破産債権を否認すべきとするものなど,
1885 論点すら理解していない答案が多く,これらの答案は不良と評価された。
1886 また,「確定判決と同一の効力」の問題であると気付いたものの,確定判決
1887 と同一の効力は届出をしていない破産債権者には及ばないので,管財人は届出
1888 を認めることができるとするものや,Cの破産債権について触れることなく,
1889 手続保障のなかったBにはその効力が及ばないなどとして,Bの届出を認める
1890 べきとするものが少なからずあり,これらの答案も低い評価となった。
1891 他方,「確定判決と同一の効力」はBを含む破産債権者全員に及ぶとした上
1892 で,配当の基礎としての破産債権者表への調査結果の記載(確定)の意義や,
1893 破産手続の安定性・明確性の要請等についても論じ,管財人は否認すべきと結
1894 論付けている答案もあり,こうした答案は高く評価された。
1895 全体に,破産債権者表に記載されることによる拘束力について適切に理解で
1896 きていないと思われる答案が多く,破産手続における重要な基本事項について,
1897 しっかりと理解しておくことが必要であると感じられた。
1898 ウ 設問2
1899 設問2については,債権確定の破産手続外での拘束力が問題になることを指
1900 摘した上で,この点に関する見解(既判力説,手続内効力説,手続外限定効力
1901 説等)を踏まえて,自説を明らかにし,本問におけるBの主張が許されるかを
1902 論ずることが求められる。
1903 本問については,確定判決と同一の効力について検討した答案が,設問1後
1904 段よりは多かったものの,@この点が全く検討されずに,不当利得の要件のみ
1905 を検討しているもの,A同法第221条第1項の適用を検討しているもの,B
1906 同法第124条第3項の「確定判決と同一の効力」が及ぶ範囲には届出をして
1907 いない破産債権者は含まれないとするものなども少なくなく,これらの答案は
1908 不良と評価された。
1909 他方,本問は,「確定判決と同一の効力」が手続外に及ぶのかという問題で
1910 あり,その効力はBを含む破産債権者全員に及ぶことを提示した上で,Bの手
1911
1912 - 44 -
1913
1914 続保障がないことなどを指摘するなどして掘り下げた議論をしているものや,
1915 再審による救済について論じているもの,Bにあえて知らせなかったCは信義
1916 則上既判力を主張できないなどとしてBの救済を図った答案については,その
1917 議論内容に応じ積極的に評価した。
1918 エ 設問3
1919 本問は,Dの損害賠償請求権(破産債権)が非免責債権かどうかについて,
1920 同法第253条第1項第2号及び第6号の要件を検討した上で,免責決定の確
1921 定の効力についての見解(自然債務説,債務消滅説)を踏まえ,予想されるA
1922 及びDの主張を成立し,免責の対象となる債務を目的とする準消費貸借契約の
1923 効力について論ずることが求められる。
1924 非免責債権の該当性については,上記のとおり,2号該当性と6号該当性の
1925 2つの論点について論ずる必要があるところ,双方の論点について論じている
1926 ものは必ずしも多くなく,まずはこの2つの論点があることに気付くかどうか
1927 が点数に差がつく要因となった。2号該当性については,この論点に気付いて
1928 はいるが「悪意」の意味について敷衍できていないもの,解釈の理由について
1929 記載のないものなどがあり,また6号該当性について論じていない答案が相当
1930 数あった。他方,2つの論点があることを理解した上で,同各号の趣旨なども
1931 論じつつ,非免責債権には該当しないとの結論を導いている答案は高く評価さ
1932 れた。
1933 準消費貸借契約の効力については,多くの答案が免責の効力を論じていたが,
1934 免責決定確定の効力についての対立する見解(自然債務説,債務消滅説)につ
1935 いても全く触れず,自然債務になるとした上で直ちにDの請求を否定すべきと
1936 する答案から,対立する見解の内容を丁寧に説明した上で自説を展開している
1937 答案まで,その検討の程度にはばらつきがあり,その内容・程度に応じて評価
1938 に差がつく結果となった。
1939 さらに,自然債務説に立った場合には,準消費貸借契約の締結の任意性を検
1940 討することが必要となるところ,この点について言及しつつも簡単に任意性が
1941 認められると結論付けるものも多かった。他方,破産者の免責の趣旨に照らし
1942 任意性の存否については厳格に考えるべきではないかとの観点から掘り下げた
1943 検討をしている答案もあり,こうした答案は高く評価された。
1944 本問全体を通じ,優秀と評価された答案は,まずは本件損害賠償債務の非免
1945 責債権該当性について,同法第253条第1項第2号及び第6号の制度趣旨を
1946 踏まえて論じ,本件損害賠償債務は非免責債権に該当しないと結論付けた上で,
1947 次に,準消費貸借契約の効力の検討に入り,免責の効力について自然債務説及
1948 び債務消滅説の対立があることを踏まえて自説を論じ,自然債務説に立つ場合
1949 には,任意性の有無を検討した上で,免責の趣旨も考慮しつつ事案への当ては
1950 めを丁寧かつ的確に行っている答案であった。
1951 なお,本問の解答に当たっては,「予想されるA及びDの主張を踏まえて」
1952 論ずることが求められているにもかかわらず,自説のみを論ずる答案が散見さ
1953 れたが,当然のことながら,解答に当たっては,問題文をよく読み,いかなる
1954 記載が求められているかを十分に把握してから答案の記述をすることに留意す
1955 べきである。
1956
1957 - 45 -
1958
1959 (2)
1960
1961 第2問
1962 ア 設問1
1963 設問1は,清算型手続である破産法及び再建型手続である民事再生法におい
1964 て規律内容が異なる敷金の取扱い及び相殺権を取り上げ,破産法と民事再生法
1965 の規律の相違及び異なる規律がされている理由について正しく理解しているか
1966 どうかを問うとともに,これを具体的な事例に当てはめ,分析・検討すること
1967 を求めるものである。
1968 本問については,総じて,破産法及び民事再生法の関連条文を挙げ,その内
1969 容を平板に記述するにとどまっている答案が圧倒的多数であり,具体的な事案
1970 に即して論点を過不足なく抽出し,これを具体的な債権額や賃料月額が示され
1971 た事例に当てはめて丁寧かつ的確に分析・検討することができている答案はご
1972 く少数であった。多くの受験生は,敷金の取扱い及び相殺権に関する破産法と
1973 民事再生法の規律についての基本的な知識はあるものと思われるが,これを応
1974 用し,具体的事例を前提として論点の整理・抽出を行い,当てはめを行う能力
1975 の涵養が望まれるところである。
1976 個別的な論点については,まず,敷金返還請求権に関して,破産手続におい
1977 ては賃料の寄託請求ができること(破産法第70条)や,再生手続においては
1978 賃料の支払を条件に,原則として6か月分の賃料に相当する部分が共益債権に
1979 なること(民事再生法第92条第3項)についての指摘は比較的多くの答案で
1980 なされていた。しかし,敷金返還請求権につき,停止条件付債権であると摘示
1981 しているにもかかわらず,賃料債務との相殺が可能としているものや,そもそ
1982 も相殺の自働債権が貸金債権・敷金返還請求権のいずれであるかを明示してい
1983 ない答案なども少なくなかった。さらに,「寄託請求」を「供託請求」とする
1984 誤りも散見された。
1985 貸金債権に関しては,全く言及していないものや,単に破産債権又は再生債
1986 権として取り扱われると指摘するだけのものが相当数あり,貸金債権について
1987 の相殺を的確に論じることができるかどうかで評価に大きな差がつく結果と
1988 なった。また,貸金債権の相殺に触れている答案においても,自働債権と受働
1989 債権の両面から検討している答案は少なく,相殺適状になっているのかどうか,
1990 すなわち弁済期にあるのかどうかについての言及も少なかった。他方,自働債
1991 権については,破産における自働債権の現在化による相殺権の拡張を論じた上
1992 で,これとの比較で,民事再生においては現在化がされないことを指摘し,さ
1993 らに受働債権については,期限や条件の利益を自ら放棄することで対応できる
1994 ことなどにつき,その趣旨も踏まえて言及している答案は高く評価された。
1995 なお,本問では,敷金返還請求権に関する再生計画案の内容につき問われて
1996 いるが,この点について何ら記載がないものが相当数存在した。前記のとおり,
1997 解答に当たっては,問題文をよく読み,いかなる記載が求められているかを十
1998 分に把握してから答案の記述をすることに留意すべきである。
1999 イ 設問2
2000 設問2は,民事再生法に関する問題であり,再生計画の認可要件についての
2001 基本的な理解を問うものであり,再生計画案の可決要件及びその趣旨を論述し
2002 た上で,同法第174条第2項第3号にいう「再生計画の決議が不正の方法に
2003
2004 - 46 -
2005
2006 よって成立するに至ったとき」には,再生計画案の可決が信義則に反する行為
2007 に基づいてされた場合も含まれるのかについての自説を展開することが求めら
2008 れる。
2009 本問については,多くの答案が,同号の「不正の方法」の解釈が論点である
2010 ことを正しく理解していた。ただ,同法第172条の3第1項第1号のいわゆ
2011 る頭数要件の趣旨の潜脱という観点から,「不正の方法」に当たるという結論
2012 を導くためには,頭数要件の内容や趣旨をしっかりと論じることが必要である
2013 が,その点の論述が不十分であるために,「不正の方法」に関する解釈論や当
2014 てはめがやや物足りなく感じられた点は残念であった。また,信義則違反とす
2015 る場合,いかなる点が信義則違反を肯定する根拠事実になるのかを事例から抽
2016 出して論じることが必要であるが,この点についての論述は必ずしも十分では
2017 なかった。
2018 総じて,本問については,多くの答案が論点を正確に理解していたことから,
2019 頭数要件の趣旨を踏まえて同法第174条第2項第3号の「不正の方法」に該
2020 当するかどうかの解釈論を展開できるかどうか,また,いかなる点が信義則違
2021 反を肯定する根拠事実になるのかを的確に記述することができたかどうかで評
2022 価に差がつく結果となった。
2023 4
2024
2025 今後の出題について
2026 本年は,個人破産手続について出題したが,今後も,特定の傾向に偏ることなく,
2027 基本的な事項に関する知識・理解を確認する問題,具体的な事案から論点を把握
2028 する能力を試す問題,倒産実体法及び倒産手続法に関する問題,企業倒産に関す
2029 る問題と個人倒産に関する問題等,幅広い観点からの出題を心掛けることが望ま
2030 しいと考える。
2031
2032 5
2033
2034 今後の法科大学院教育に求めるもの
2035 まず,倒産法における基本的な条文,判例及び学説を正確に理解し,身に付ける
2036 ことが最も重要であることは言うまでもない。その上で,修得した基本的な知識
2037 を応用し,事例を把握・分析して論点を過不足なく的確に抽出し,論理的かつ一
2038 貫性のある解釈論を展開して,妥当な結論を導く能力が求められる。
2039 このような知識・能力の必要性は,倒産法の分野に限られるものではないが,倒
2040 産法は,実体法と手続法が交錯する法分野であり,民事訴訟法,民法等などにつ
2041 いての幅広い理解・知識が基礎として求められる上,再建型及び清算型手続の異
2042 同についても理解することが必要であるなど,総合的かつ多角的な知識・能力が
2043 求められる分野である。
2044 法科大学院においては,こうした点にも配意しつつ,上記の知識の修得や能力の
2045 涵養を実現するための教育を期待したい。
2046
2047 - 47 -
2048
2049 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(租税法)
2050 1
2051
2052 出題の趣旨・狙い等(出題の趣旨に補足して)
2053 公表済みの「出題の趣旨」のとおりである。
2054
2055 2 採点実感等
2056 (1) 第1問
2057 公表済みの「出題の趣旨」の中で述べた主要な論点に即して,事例解析力と論
2058 理的思考力を重視して採点した。その際,所得税法の基本的な規定を適切に指摘
2059 しているか,さらにその内容を正確に理解しているかを重視した。見解に対立が
2060 ある論点については,理論的に明らかに誤っている場合は別として,結論の当否
2061 そのものよりもその結論に至る論証を重視した。採点結果の概要及び実感は以下
2062 のとおりである。
2063 設問1は,Aの青色事業専従者であるDに支払った給与の全額が,「労務の対
2064 価として相当であると認められるもの」(所得税法第57条第1項。以下,第1
2065 問につき条文摘示は全て所得税法を指す。)として,Aの事業所得の金額の計算
2066 上,必要経費に算入できるかを問うものである。
2067 多くの答案は,第56条から出発し,同条の例外として第57条を位置付けて,
2068 その立法趣旨を説明した上で,
2069 「労務の対価として相当であると認められるもの」
2070 といえるかを検討していた。また,相当性の判断基準として,@使用人給与比準,
2071 A類似同業者使用人給与比準,B類似同業者青色事業専従者給与比準が考えられ
2072 るが,大多数の答案は,@あるいはBの基準に従って判断し,論証に当たって,
2073 問題文から事実を丁寧に拾い上げて論じており適切であった。
2074 答案のパターンとしては,(a)@の基準に従って判断すべきであるが,Dが司
2075 法試験受験生であることを考慮すると510万円は相当な金額であるとするも
2076 の,(b)@の基準に従って判断すべきであり,それによると340万円が相当な
2077 金額であるとするもの,(c)Bの基準に従って判断すべきであるが,司法試験受
2078 験生であることを考慮すると510万円は相当な金額であるとするもの,(d)B
2079 の基準に従って判断すべきであり,それによると平均の400万円が相当な金額
2080 であるとするもの,(e)Bの基準に従って判断すべきであり,それによると納税
2081 者に有利な金額である最高額の450万円が相当な金額であるとするものなどが
2082 あった。多くの答案が,自分が採用した基準についての合理性を自分なりに考え
2083 て説明していた。例えば,Bの基準を採用した理由として,「妻である場合,夫
2084 を補助する立場として,通常の事務員より意思疎通が出来,生計を一にすること
2085 から,必死に働くといえる。よって妻であることの事情は考慮すべきであり,他
2086 の事務所で妻が雇われている場合に,妻に対して支払う対価を参考にすべきであ
2087 る。」というものや,逆にBの基準を採用できない理由として,「相当性の要件
2088 は,お手盛りの構造的危険のないように解釈されるべきであり,
2089 『類似するもの』
2090 (第57条第1項)は客観的に解さねばならない。他の青色専従者の比準にする
2091 ことは,お手盛りの危険のある者への支払を参考にすることを意味するので,妥
2092 当ではない。」とするものや,「他の事務所の青色専従者については,事務員の
2093 仕事も多岐にわたり,秘書業務の対価も含まれていること,勤続年数の違いや事
2094
2095 - 48 -
2096
2097 務所の規模も違う可能性があることから,参考にするには不正確である。」とす
2098 るものなどがあった。
2099 もっとも,510万円の給与の支払が,「労務の対価として相当であると認め
2100 られる」金額を超えているとした答案の中に,Aの所得の金額の計算上どのよう
2101 に扱われるかについて,条文の読み方が不正確である答案が散見された。例えば,
2102 相当額を超える場合には,510万円の全額について,第56条が適用されると
2103 して,必要経費不算入となるとする答案があったが,第57条第1項,第2項の
2104 他の要件を充たしている場合には,「相当であると認められる」金額までは必要
2105 経費として控除できる。また,同条第3項の事業専従者控除の範囲(86万円)
2106 で必要経費に算入されるとする答案があったが,そのような理解はそもそも同条
2107 第1項及び第3項の文理に沿わないだけでなく,問題文第3段落の事実関係から
2108 は同条第5項の確定申告書への記載要件を充たさないため,同条第3項の適用は
2109 ない。
2110 設問2については,ほとんどの答案は,第56条の適用の可否の問題であるこ
2111 とを適切に指摘していた。適用肯定説が約8割,適用否定説が約2割であり,い
2112 ずれの見解に立っても,DがAとは別の事務所において独立して事業を営んでい
2113 る点を指摘しており,全体としてよく書けていた。この問題については,適用肯
2114 定説の最高裁判決があるところ,同判決を適切に指摘して論証している答案があ
2115 り,また,同判決を指摘していない答案も,その文脈から,同判決を意識して論
2116 証されていることがうかがえた。
2117 設問3のうち,問題文2の賃借権放棄の対価について,受験生が採用した見
2118 解には,譲渡所得説,事業所得説,一時所得説及び雑所得説があり,そのうち,
2119 一時所得説を採用した答案が多かった。しかし,一時所得とするためには,当然,
2120 他の所得区分の該当性を検討した上で判断すべきなのに,そのような手順を踏ん
2121 でいる答案が少なかった。また,事業所得説を採る場合には,第27条第1項の
2122 括弧書で「譲渡所得に該当するものを除く」とされているから,譲渡所得該当性
2123 を検討すべきであるが,そのような検討がなされている答案も極めて少なかった。
2124 「出題の趣旨」に記載したとおり,賃借権放棄の対価については,賃借権が第
2125 33条第1項の譲渡所得の対象である「資産」に該当するか否かが最大の問題で
2126 あり,借家権と借地権との違いや,部屋がビルの一室であったこと,さらには更
2127 新料が支払われていることなどを考慮して検討すれば論述に深みが増したであろ
2128 う。しかし,これらの点を意識した論証を行う答案が極めて少なかった。なお,
2129 「資産」に当たるとする答案であっても,賃貸人に対する賃借権の放棄は「譲渡」
2130 ではないから,その対価は譲渡所得に該当しないとするものがかなりの数あった。
2131 次に,問題文2の金銭は,費用の補填として受け取った金銭であるが,所得
2132 分類ごとに収入金額と必要経費とが対応させられるべきであるという所得税法の
2133 基本的な考え方からすると,まず,旧事務所からの引越費用と新事務所の内装工
2134 事費用とが所得分類のうちのどの必要経費(広義の意味)に該当するかを検討す
2135 る必要がある。しかるに,旧事務所からの引越費用と新事務所の内装工事費用と
2136 で所得分類に違いがあるかにつき意識的に検討した答案も少数あったが,ほとん
2137 どの答案は,両者を区別せず,一括して論じていた。受験生の見解としては,事
2138 業所得説,一時所得説及び雑所得説があり,雑所得説を採用した答案がかなりあっ
2139
2140 - 49 -
2141
2142 た。雑所得該当性を判断するためには,まず,事業所得該当性を検討し,それが
2143 否定された場合に一時所得の該当性を検討し,それが否定された場合に初めて雑
2144 所得となるという過程を経るべきなのに,そのような判断過程を経ていない答案
2145 が極めて多かった。また,一時所得説を採用した答案については,事務所の移転
2146 が,賃貸人Bの都合によりせざるを得なかったことから,Aの事業所得を生じる
2147 業務との関連で必要性がないとして,事業所得の必要経費性を否定する考え方も
2148 できるが,そのような観点から,一時所得説を採った答案が少なく,説得力ある
2149 論証がなされた答案が極めて少なかった。
2150 なお,問題文2及びの金銭の双方あるいはその一方が,非課税の損害賠償
2151 金(第9条第1項第17号)であるとする答案が,少なからずあった。
2152 この点を検討するに当たっては,一般に業務の遂行により生ずべき収益の補償
2153 は非課税所得に当たらないとされていることや,Aが各種費用を支出する場合に
2154 それ自体が必要経費として控除可能になることなどを併せて考える必要がある。
2155 すなわち,必要経費を填補する損害賠償金を非課税とすると,一方で当該支出は
2156 要件を満たす限り必要経費に算入されるのに,他方でそれを填補する金額が事業
2157 所得の金額の計算上総収入金額に算入されないため,当該損害賠償金等の受領者
2158 に二重の利益を与えることになる。つまり,受け取った賠償金には課税されず,
2159 更に支出を必要経費に算入して課税所得金額を減少させることができる。このた
2160 め,所得税法施行令第30条はその柱書の括弧書で必要経費を填補するための金
2161 額を非課税規定の適用対象から除外している。このような施行令の規定を知らな
2162 くとも,所得税法の基本構造をしっかり理解していれば,解答が可能であったと
2163 思われる。
2164 第1問の採点の結果,予想されたことではあったが,全体として設問3の出来
2165 が悪く,「優秀」に該当する答案の割合が少なかった。また,内容もさることな
2166 がら構成についてバランスの悪い答案が多かった。設問1の解答において,まず
2167 所得税法第27条の事業所得該当性の検討に始まり,次に第37条の必要経費の
2168 該当性を検討し,さらに,第56条の要件該当性を検討した上で,初めて第57
2169 条の要件該当性を検討するという構成の答案があり,設問1の解答だけで3頁に
2170 及んでしまい,そのため,設問2はもちろんのこと,設問3に至っては5行程度
2171 の極めてあっさりとした記述しかなされていない答案がかなりの数あった。しか
2172 も問われてもいないのに,Dについては給与所得に該当することを論じている答
2173 案さえあった。問題文を素直に読めば,Dは,弁護士業を営むAの青色事業専従
2174 者(第57条第1項)に該当することが明らかであるから,設問1の解答に当たっ
2175 ては,問題文と設問の立て方からして,Dへの給与の額が「労務の対価として相
2176 当である」と認められるかという論点に端的に切り込むべきであるし,できたは
2177 ずである。第1問で問題となっている収入及び支出は全部で5つあり,それぞれ
2178 を適切に論ずることを考えれば,おのずと記述できる量が決まってくるはずであ
2179 る。所得税法の基礎的知識を前提に,問題文を素直に読み,出題者が何を求めて
2180 いるかを読み取り,答案構成を考えてほしいと思う。
2181 (2) 第2問
2182 公表済みの「出題の趣旨」の中で述べた主要な論点に即して,所得税法及び法
2183 人税法の基本的事項に関する理解の正確さや関連条文の解釈適用能力を重視して
2184
2185 - 50 -
2186
2187 採点した。
2188 設問1では,雑損控除制度の趣旨について,多くの答案は,雑損失が納税者の
2189 意思に基づくものでないこと,いわば「災難」に基因すること,納税者の担税力
2190 を減殺することといった点を述べていたが,雑損失が家事費的性格を持つことを
2191 述べる答案はさほど多くなかった。また,設問1は,雑損控除制度の趣旨それ自
2192 体を問うものではなく,Aが甲費用について雑損控除の適用を受けることができ
2193 るかどうかを検討するに当たって,同制度の趣旨に言及することを求めているの
2194 であるから,何よりもまず所得税法第72条並びに「参照条文」として掲載され
2195 た同法施行令第9条及び第206条の各要件を文言に則してしっかり検討し,要
2196 件や文言の意味を明らかにするために必要に応じて雑損控除制度の趣旨を参照し
2197 つつ,それらの規定の解釈適用を行う,という順番で問題の検討を進めるのが,
2198 法曹教育を受けた者としてこの種の事例問題に臨む場合の最も基本的な所作とい
2199 うべきである。にもかかわらず,関係法令の文言を一切(又は,ほとんど)顧慮
2200 せず,専ら雑損控除の趣旨だけから雑損控除の適用の可否を論じようとする答案
2201 が少なからずあった。しかし,上記の基本的な所作は,租税法に限らず,他の法
2202 分野においても,実務法曹を目指す上では基本ともいうべきものであるから,適
2203 用条文の文言を一切顧慮せずに雑損控除の適用の可否を論ずる答案については,
2204 その論証の説得力の有無や結論の当否とは別の次元の問題として,法律学の基礎
2205 的能力に問題があるのではないかという疑問を禁じ得なかった。
2206 「出題の趣旨」にも書いたように,設問1の解答に当たっては,少なくとも,
2207 H社によるアスベストの使用や事後のアスベスト規制が「人為による異常な災害」
2208 に該当するかどうかを検討する必要があるが,その検討において,特に「Aは,
2209 甲,乙及び丙の建築に当たりH社に対し,アスベストの使用の可否に関する指示
2210 を全くしていなかった」及び「アスベストは,甲,乙及び丙の建築当時は,法的
2211 規制の対象とはされておらず,これを建築部材として使用することは何ら違法で
2212 はなく一般に行われていた」という事実から,H社によるアスベストの使用や事
2213 後のアスベスト規制がAの意思に基づかない,Aが関与したものでない,あるい
2214 はAにとって予見可能でなかったと判断し,「人為による異常な災害」該当性を
2215 肯定する答案がかなり多かった。それらの答案では,甲費用の災害関連支出該当
2216 性の判断において,参照条文として掲げた所得税法施行令第206条第1項各号
2217 への当てはめについて,様々な理由付けが見られた。他方,「人為による異常な
2218 災害」該当性を否定した答案の中には,上記事実から,アスベスト使用が異常で
2219 なかったと判断したものもあったが,アスベストの「鉱害」(所得税法施行令第
2220 9条)類似性を論じるなど理由付けに苦心したことがうかがわれるものもあった。
2221 設問2では,乙費用を譲渡所得に係る譲渡費用(所得税法第33条第3項)と
2222 する答案が多かったが,事業所得に係る資産損失(同法第51条第1項)とする
2223 答案も少なからずあった。それらの答案は,乙が事業用建物であることから,乙
2224 費用をその取壊しによる損失に関連する費用と見たものであろうが,乙の取壊し
2225 がその敷地の譲渡に関連して行われたものであることを検討する必要がある(同
2226 法第51条第1項括弧書参照)。そのことの検討は,乙費用を譲渡所得に係る譲
2227 渡費用とする答案においても必要であるが,そのような検討をすることなく,
2228 「乙
2229 費用が譲渡所得に係る譲渡費用に当たるか検討する。」といった書き出しで解答
2230
2231 - 51 -
2232
2233 を始める答案もかなりあった。また,乙費用を事業所得に係る必要経費(同法第
2234 37条第1項)と見る答案も予想外に多かった。それらの答案は,乙の敷地が事
2235 業用土地であることから,その譲渡による所得を事業所得に分類し,乙費用をそ
2236 の所得を得るための必要経費と見たものであるが,事業用固定資産も譲渡所得の
2237 基因となる資産であること(同法第33条第1項,第2項参照)を再度確認して
2238 おく必要があろう。なお,いわゆる二重利得法を念頭に置いたものと考えられる
2239 が,乙の敷地の譲渡による所得を乙の取壊しの前後で譲渡所得と事業所得とに区
2240 分する答案も散見された。
2241 乙費用の譲渡費用該当性については,最高裁平成18年4月20日判決(訟務
2242 月報53巻9号2692頁)等を踏まえ,適切に判断している答案もあったが,
2243 譲渡費用の意義に関する理解が不正確あるいは曖昧である答案が多いように見受
2244 けられた。なお,Aが乙の敷地であった土地を乙の取壊しによってそれ以前より
2245 もかなり高い額で売却することができた点を捉えて,乙費用を取得費(同法第
2246 38条第1項)のうちの改良費と見る答案も散見された。
2247 設問3では,ほとんどの答案が丙費用の損金該当性を肯定していたが,理由を
2248 示すことなく「決め打ち」的に根拠条文を決めてかかる答案が多く見られた。根
2249 拠条文として法人税法第22条第3項第2号を挙げるものが多かったが,同項第
2250 3号を挙げるものも少なくなく,また,同項第1号を挙げるものも散見された。
2251 丙がB社の本店の建物であること,丙の建替えがB社の取締役会で決定されたこ
2252 と等の事実を踏まえて丙費用の性質を検討し,その検討結果に基づいて,丙費用
2253 が法人税法第22条第3項のいずれの号に該当するかを示す必要がある。
2254 ほとんどの答案が丙費用の計上時期(年度帰属)についても検討していた。丙
2255 費用の損金該当性に関する検討よりもむしろ丙費用の計上時期にウエイトを置い
2256 た答案も多かった。丙費用の計上時期については,丙費用の損金該当性の根拠条
2257 文をどこに求めるかによって,判断が違ってくるが,同法第22条第3項第2号
2258 を根拠条文とする場合には,債務確定主義(同号括弧書)との関係で,B社,P
2259 社及びQ社の法律関係をどのように構成するかによっても,丙費用の計上時期に
2260 関する判断が違ってくる。それらの3社の法律関係に言及する答案は少なかった
2261 が,課税関係を検討するに当たってその基礎にある私法上の法律関係をどのよう
2262 に見るかは,租税法の重要な論点であることに留意する必要がある。
2263 第2問の採点の結果,「優秀」及び「良好」は想定を若干下回る程度の分布と
2264 なったが,「一応の水準」が想定をかなり下回り,その分,「不良」が想定をか
2265 なり上回った。いわば「二極化」が見られる結果となった。その原因は,所得税
2266 法及び法人税法の基本的な事項及び条文に関する理解の正確さと論証の質や厚み
2267 にあると考えられる。それらの点で顕著な違いが見られたのは,特に設問2と設
2268 問3においてであった。「不良」の答案には,この2つの設問で大きく失点した
2269 ものが多かった。
2270 3
2271
2272 今後の出題について
2273 今後の出題についても,これまでどおり,所得税を基本としつつ,具体的な事実
2274 関係の下で租税法の基本的な条文や概念の理解とその適用能力を試す問題を出題す
2275 ることが望ましいと考えられる。
2276
2277 - 52 -
2278
2279 4
2280
2281 今後の法科大学院教育に求められるもの
2282 今年も,第2問の設問3において,法人税法に関する問題を出題した。今後も所
2283 得税を基本とする問題が出題されると思われるが,法人税についての基礎的な知識
2284 の修得も重要であることは言うまでもない。
2285 また,今後も,事例中心の出題である点には変化はないと思われる。法科大学院
2286 においては,所得税法及びこれに関連する法人税法に関して,条文に則して理解を
2287 確かなものとするとともに,個々の規定の趣旨・目的や相互関係についても理解を
2288 深めるように努めた上で,そのような基礎的な学習を通じて習得した知識や能力を
2289 事例演習等によって確認し,事例解決のための応用力や総合的判断力を涵養してい
2290 くというような教育が望まれる。
2291
2292 - 53 -
2293
2294 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(経済法)
2295 1
2296
2297 出題の趣旨について
2298 出題の趣旨は,別途公表している「出題の趣旨」のとおりである。
2299
2300 2
2301
2302 採点方針
2303 出題した2問とも,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独
2304 占禁止法」という。)上の制度・規定の趣旨及び内容を正確に理解し,問題文の行
2305 為が当該市場における競争にどのような影響を与えるかを念頭に置いて,問題点を
2306 指摘し,法解釈を行い,事実関係を丹念に検討した上で,要件の当てはめができる
2307 か,それらが論理的かという点を評価しようとした。
2308 特に,独占禁止法の基本を正確に理解し,これに基づいて検討することができて
2309 いるかを重点的に見ようとし,公表されている公正取引委員会の考え方やガイドラ
2310 イン等について細かな知識を求めることはしていない。
2311 第1問は,消費財たる甲製品について,A社が,甲製品の大口利用者向け販売業
2312 者のうち,A社以外のメーカーの甲製品も併せ取り扱ってきた取引先販売業者及び
2313 従来A社の甲製品のみを取り扱ってきた取引先販売業者に対し,甲製品の購入全体
2314 に占めるA社の甲製品の割合の多寡に応じて販売価格からの割戻金(いわゆる占有
2315 率リベート)を支払う行為が,排除型私的独占(独占禁止法第2条第5項)に該当
2316 し,同法第3条前段に違反するか,また,排他条件付取引(同法第2条第9項第6
2317 号・不公正な取引方法の一般指定(以下「一般指定」という。)第11項),拘束条
2318 件付取引(同指定第12項),差別対価(独占禁止法第2条第9項第2号),取引条
2319 件等の差別取扱い(同項第6号・一般指定第4項)に該当し,独占禁止法第19条
2320 に違反するかについての見解を問うものである。
2321 特に,甲製品の特徴(乙製品との代替性,大口利用者向けと小口利用者向けの取
2322 引条件や取引チャネルの異同,外国製品の影響等)を踏まえた市場を画定し,かつ
2323 問題文に示されたA社の行為が,その市場にどのような影響を与えるかについて,
2324 的確に検討できているかどうかを評価することとした。そして,A社の行為が市場
2325 に与える影響を検討するに当たっては,A社の市場における地位,A社の甲製品の
2326 特徴及び販売業者の取扱い状況といった市場の環境,A社が割戻金を支払う動機(販
2327 売シェアの確保とともに,稼働率の上昇によるコスト削減目的もある。)といった
2328 本問において特に示されている重要な事実,さらに割戻金が経済的には価格を下げ
2329 る効果を有することに対する解答者の考えを,論理的に矛盾なく,説明できている
2330 かを見た。
2331 第2問は,15社の行為が入札談合として,不当な取引制限(独占禁止法第3条後段)
2332 に該当するかについて,見解を問うものである。
2333 まず,15社が50物件中40物件について行った種々の行為から,基本合意を認定
2334 できるか,次に,10物件について具体的な事実が認められない中で,基本合意が10
2335 物件をも対象とするものと認定できるかにつき,検討できているかを見た。
2336 次に,事業活動の相互拘束の関係で,その意義を正しく理解した上で,1社のみ落札
2337 を希望した35物件について相互拘束があったといえるか,50物件中1件も落札しな
2338 かったA社ないしD社について不当な取引制限の当事者といえるか等の論点について検
2339
2340 - 54 -
2341
2342 討できているかを見た。
2343 さらに,入札談合事件である問題文の事案において,一定の取引分野をどのように捉
2344 えているか,それが基本合意の認定と整合しているかを見た。
2345 最後に,受注調整行為に関与しないアウトサイダーが入札に参加して6物件を落札し
2346 た事実を踏まえて,競争の実質的制限が認められるか検討できているかを見た。
2347 3 採点実感等
2348 (1) 出題の趣旨に即した答案の存否,多寡について
2349 第1問について,多くの答案が私的独占について一応言及していた点は,出題
2350 の趣旨に沿うものといえるが,不公正な取引方法の論述に必要以上の分量を割く
2351 ことにより,出題の趣旨の中心である私的独占の該当性についての検討が不十分
2352 になっている答案が多く見られた。また,不公正な取引方法については,差別対
2353 価の該当性を検討する答案が予想以上に多く,排他条件付取引の検討を行う答案
2354 は予想より大幅に少なかった。また,拘束条件付取引を論じる場合には,排他条
2355 件付取引でなく拘束条件付取引を適用する理由,すなわち排他条件付取引と拘束
2356 条件付取引の差異を理解していることを示す答案を期待していたが,多くの答案
2357 が拘束の有無の論述に終始していた。
2358 第2問については,入札談合において検討されるべき共同行為が,個々の受注調整
2359 行為ではなく基本合意であることを明確に意識して記述した答案は,あまり多くな
2360 かった。また,40物件について検討しただけで,他の10物件について合意又は意
2361 思の連絡の対象となるかを実質的に検討しない答案が相当数存在した。
2362 一定の取引分野については,ほとんどの答案が検討していたが,基本合意の認定と
2363 の整合性を欠くか,又は意識しない答案も相当数存在した。
2364 競争の実質的制限については,ほとんどの答案が検討していた。
2365 (2) 出題時に想定していた解答水準と実際の解答水準との差異について
2366 第1問については,私的独占,不公正な取引方法ともに,要件の定義や解釈は,
2367 独占禁止法の基本的な部分であって,その説明に関しては,出題時に想定してい
2368 た解答水準と実際の解答水準とに大きな差異はなかった。一方,説明した定義や
2369 解釈を本問に即して適用する場面においては,第一に,問題文に摘示されている
2370 多くの重要な事実のごく一部のみに言及して,その他の事実を検討していない答
2371 案,第二に,A社以外のメーカーの甲製品も併せ取り扱ってきた取引先販売業者
2372 に対する割戻金の支払いと,従来A社の甲製品のみを取り扱ってきた取引先販売
2373 業者に対する割戻金の支払いについて,それぞれ別個独立に異なる類型の不公正
2374 な取引方法(多くは前者が差別対価または拘束条件付取引,後者が排他条件付取
2375 引)の該当性を並列的に論じるのみで,A社がなぜ両行為を行ったか,それによっ
2376 て影響を受ける市場はどこか(幾つか)という点の検討が不十分な答案が予想以
2377 上に多かった点で,出題時に想定していた解答水準とは差異が見られた。
2378 第2問については,入札談合の事案であるのに,基本合意に全く触れない答案が相
2379 当数存在したことは予想外であった。また,間接事実から基本合意の存在を認定した
2380 答案の中にも,40物件について論じたのみで,他の10物件について具体的に検討
2381 しない答案が相当数存在したのは残念であった。さらに,本件は,一定期間の入札案
2382 件について基本合意が認められる事案であり,40物件と10物件の落札率に顕著な
2383
2384 - 55 -
2385
2386 差がない事案であるから,10物件についても基本合意の対象であったと見ることが
2387 自然であると考えられるが,十分な検討を行うことなく異なる結論を導く答案が予想
2388 以上に多かった。
2389 50物件中1件も落札しなかったA社ないしD社について不当な取引制限の当事者
2390 といえるかどうかについては,多数の答案が論じており,その結論もおおむね妥当で
2391 あったが,1社のみ落札を希望した35物件に関する相互拘束の認定いかんについて
2392 論じた答案は少なかった。
2393 多くの答案において,一定の取引分野についての記述は相応の水準に達していたが,
2394 一定の取引分野を基本合意の対象となった取引と捉えた場合に,本件における当ては
2395 めと整合しない答案がかなり多かった。
2396 競争の実質的制限については,多くの答案がアウトサイダーの存在についても意識
2397 して検討し,妥当な結論を導いていた。
2398 (3) 「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」答案について
2399 上記のような答案の傾向を踏まえ,どのような答案がそれぞれの区分に該当す
2400 るかについて,一例を示せばおおむね以下のとおりである。ただし,採点に当たっ
2401 ては総合的な能力の判定にも配意しており,各水準に属する答案は,これに尽き
2402 るものではない。
2403 第1問について,「優秀」な答案は,排除型私的独占の成立要件についての基
2404 本的な理解を示した上で,問題文から検討すべき事実を確実に拾い出し,検討を
2405 加え,論理的な説明を行うとともに,その中で不公正な取引方法の論述がなされ
2406 ているか,不公正な取引方法の論述がない場合にはそれと同程度に私的独占とし
2407 て違法とされるべき排除行為に関する充実した記載がなされているもの,
2408 「良好」
2409 な答案は,排除型私的独占の成立要件についての基本的な理解を示した上で,問
2410 題文から検討すべき事実をある程度拾い出して相応の当てはめを行っているも
2411 の,「一応の水準」の答案は私的独占の該当性への言及があるものの,その説明
2412 や当てはめが明解とまではいえないもの,「不良」な答案は,適用条項について
2413 全く的外れである等,基本的な事案処理能力が不十分なものとした。
2414 第2問については,「優秀」な答案は,入札談合である問題文の事案に即して,基
2415 本合意を間接事実から認定できるか,基本合意が10物件に及ぶか,事業活動の相互
2416 拘束の有無,一定の取引分野,競争の実質的制限等について漏れなく検討し,基本的
2417 な考え方を示した上で,各論点について説得力のある理由付けをした論述がされてい
2418 るもの,「良好」な答案は,基本合意の認定やそれが10物件に及ぶかについて説得
2419 力のある論述ができているが,他の幾つかの論点についての検討が漏れているもの,
2420 又は比較的論述は薄いが各論点についておおむね検討されているもの,
2421 「一応の水準」
2422 の答案は,「良好」な答案と評価されるために必要なポイントのうち,幾つかのポイ
2423 ントが欠けているものとした。「不良」の答案は,入札談合事件についての基本的な
2424 理解を欠き,基本合意や事業活動の相互拘束の有無について論点を的確に捉えられて
2425 いないものとした。
2426 4
2427
2428 今後の出題について
2429 今後も,独占禁止法の基礎的知識の正確な理解,当該行為が市場における競争に
2430 与える影響の洞察力,事実関係の検討能力及び論理性・説得性を求めることに変わ
2431
2432 - 56 -
2433
2434 りはないと考えられる。
2435 5
2436
2437 今後の法科大学院に求めるもの
2438 経済法の問題は,不必要に細かな知識や過度に高度な知識を要求するものではな
2439 い。経済法の基本的な考え方を正確に理解し,これを多様な事例に応用できる力を
2440 身に付けているかどうかを見ようとするものである。法科大学院は,出題の意図し
2441 たところを正確に理解し,引き続き,知識偏重ではなく,基本的知識を正確に習得
2442 し,それを的確に使いこなせる能力の育成に力を注いでいただくとともに,論述に
2443 おいては,適用条文の選択・操作,構成要件の意義を正確に示した上,当該行為が
2444 市場における競争にどのように影響するかを念頭に置いて,事実関係を丹念に検討
2445 し,要件に当てはめること,そしてそれを箇条書き的に列挙するのでなく,論理的・
2446 説得的に表現することができるように教育してほしい。
2447
2448 - 57 -
2449
2450 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(知的財産法)
2451 1
2452
2453 出題の趣旨について
2454 既に公表した出題の趣旨のとおりである。
2455
2456 2 採点方針等
2457 (1) 第1問
2458 本問は,特許法第69条第1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」
2459 の意義,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲,消尽の
2460 成否など,いずれも特許法の基礎的かつ重要な問題点についての理解を問うとと
2461 もに,長文の設問から的確に論点を抽出する事案分析能力,抽出した論点につい
2462 て,制度趣旨及び判例等に対する理解力,具体的事例への適用に関する思考力,
2463 応用力及び論述能力を試そうとするものである。
2464 さらに,原告・被告どちらの側に立っても自説を展開できる論理力,その中で
2465 適切・妥当な結果を導き出すための思考力を問うものである。
2466 したがって,全体として,まず,設問から論点を的確に抽出して指摘した上,
2467 裁判例(特に最高裁判例)のあるものについてはその判旨を念頭に置きつつ,自
2468 説を展開して,事案に当てはめているか否かに応じて,優秀度を判定した。
2469 ア 設問1
2470 設問1のうち,乙行為1及び2では,特許法第69条第1項の試験又は研究
2471 のための実施に該当するか否かが問題となるから,まず,これらの行為の適否
2472 を論じる前提として,同項の制度趣旨に言及し,それを踏まえて,試験又は研
2473 究のための実施に該当するか否かの判断基準を示し,当てはめて結論を出すこ
2474 とが「一応の水準」である。
2475 その上で,乙行為1については,本件発明が実施可能要件(同法第36条第
2476 4項)等を充足するか否かを調査すること(いわゆる機能調査・特許性調査)
2477 を目的とした実施行為であること,乙行為2については,本件発明の改良発明
2478 のための実施行為であることを明確に指摘した上で,判断基準に関する自説を
2479 当てはめることができれば,その論証の説得性に応じ,「良好」又は「優秀」
2480 と評価した。
2481 なお,乙行為1及び2については,対象や目的で限定する説の立場において
2482 も,このような実施行為には同法第69条第1項が適用されると解されるのが
2483 一般的な見解であると思われることから,それと異なる結論を採る場合は,積
2484 極的な論拠を示すことが必要である。
2485 乙行為3については,本件特許のクレームがいわゆるプロダクト・バイ・プ
2486 ロセス・クレームの形式で記載されていることを指摘した上,プロダクト・バ
2487 イ・プロセス・クレームの意義及び判断基準を示すことが「一応の水準」であ
2488 る。
2489 その上で,知財高判平成24年1月27日判例時報2144号51頁【プラ
2490 バスタチンナトリウム事件(大合議)】が,
2491 「真正プロダクト・バイ・プロセス・
2492 クレーム」(物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時におい
2493 て不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っ
2494
2495 - 58 -
2496
2497 ているとき)と「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」(物をその
2498 構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難で
2499 あるとの事情が存在するとはいえないとき)に分けて,判断基準を定立してい
2500 ることを念頭に置いた上で,同判断基準によるときは,場合分けをし,そうで
2501 ない場合でも,自説の論拠を明確にした上で判断基準を明示して事案に当ては
2502 めを行っていれば,その論証の説得性に応じ,「良好」又は「優秀」と評価し
2503 た。この際,立証責任についても言及している場合,又はプロダクト・バイ・
2504 プロセス・クレームであることを踏まえた上で,均等論の論述が十分になされ
2505 ている場合には,より高く評価した。
2506 また,本件文献には化合物αの構造が記載されているので,プロダクト・バ
2507 イ・プロセス・クレームにおける発明の要旨認定につき,物同一説に立つかあ
2508 るいは真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームと認定する場合は,特許庁
2509 が本件発明につき特許査定をしたこと自体が誤りであり,無効審判により無効
2510 にされるべきであると主張することが可能となるから,無効の抗弁(同法第
2511 104条の3)の成否も問題となる。この論点について言及した答案は僅かで
2512 あったが,この論点に言及し,さらに,プロダクト・バイ・プロセス・クレー
2513 ムの技術的範囲の画定の場面と要旨認定の場面において判断基準が同一である
2514 べきか否かについて言及している場合,より一層高く評価した。
2515 イ 設問2
2516 設問2のうち,丙行為1は,いわゆる特許権の存続期間中に,後発医薬品の
2517 製造承認を受けるための実施行為に特許法第69条第1項が適用されるか否か
2518 が論点であるから,まず,当事者の主張として上記論点を明確に指摘した上で,
2519 設問1で論述した同項の制度趣旨及びそれに基づく判断基準を前提にして,自
2520 説を展開することが「一応の水準」である。
2521 そして,この問題については,最判平成11年4月16日民集53巻4号
2522 627頁【膵臓疾患治療剤事件】が判断を示しているから,上記判例の示す基
2523 準を念頭に置いて,設問1で示した同項の解釈との整合性に触れつつこの点を
2524 丁寧に論じていれば,その論証の説得性に応じ,「良好」又は「優秀」と評価
2525 した。
2526 丙行為2では,Cカプセルの市場調査目的のサンプルの製造・提供に,さら
2527 に,丙行為3では,単なる製造承認を得る目的の添付資料のための製造行為を
2528 超えて,特許権の存続期間が満了した場合に即時販売できるようにするための
2529 保管目的の製造行為に,それぞれ同項が適用されるかが問題となるから,この
2530 点を指摘して論述することが「一応の水準」である。
2531 そして,上記の問題点については,設問1における乙行為1及び2との相違
2532 を明確に指摘した上で,丙行為3に関しては,上記判例が傍論ながらこのよう
2533 な製造行為への同項の適用を否定していることをも考慮し,設問1で論述した
2534 同項の制度趣旨及びそれに基づく判断基準を前提にして,自説を展開すれば,
2535 その論証の説得性に応じ,「良好」又は「優秀」と評価した。
2536 ウ 設問3
2537 設問3は,消尽の意義,根拠,判断基準及びその成否を問う問題であるから,
2538 これらに触れることが「一応の水準」である。
2539
2540 - 59 -
2541
2542 この点については,最判平成19年11月8日民集61巻8号2989頁【イ
2543 ンクタンク事件】が判断基準を示していることから,上記判例の示す判断基準
2544 を考慮することが基本であり,同判例の示すような具体的基準に基づく判断の
2545 手法を念頭に置いた上で,本件事案への当てはめをきちんと行っていれば,そ
2546 の論証の説得性に応じ,「良好」又は「優秀」と評価した。
2547 (2) 第2問
2548 本問は,設計図の著作物性及びその侵害の態様,建築の著作物性及びその侵害
2549 の態様並びに両者の関係,また,建築の著作物に改変を加えた場合の同一性保持
2550 権侵害あるいは翻案権侵害の成否,さらには,建築の著作物のミニチュアを作成
2551 した場合における著作権法第46条の適用の可否など,いずれも著作権法の基礎
2552 的な論点についての理解を問うとともに,事例から的確に論点を抽出する事案分
2553 析能力,抽出した論点について,裁判例の理解を前提とした法解釈とその適用に
2554 関する思考力,応用力及び論述能力を試そうとするものである。
2555 したがって,全体として,まず,設問から論点を的確かつ網羅的に抽出して,
2556 問題点を指摘した上,裁判例のあるものについてはその判旨を念頭に置きつつ,
2557 自説を展開して,事案に当てはめているか否かに応じて,優秀度を判定した。
2558 ア 設問1
2559 設問1は,設計図αが同法第10条第1項第6号の図形の著作物として著作
2560 物性を有するか否か,住居Aが同項第5号の建築の著作物として著作物性を有
2561 するか否か,それを前提として,複製権侵害,氏名表示権侵害,公表権侵害,
2562 譲渡権侵害が成立するか否かに言及することが「一応の水準」である。
2563 その上で,自説を展開して,双方の主張の妥当性に言及し,特に,著作物性
2564 に関し,A住居について,Bによって建築することが著作物性の要件として必
2565 要なのか否か,著作者人格権に関し,Aが設計図αのコピーを見せたことが公
2566 衆への提示となるのか,AがCに依頼してA住居を建築させた行為がAの侵害
2567 行為となるか,について論じられている場合には,その論証の説得性に応じ,
2568 「良好」又は「優秀」と評価した。
2569 設計図αをコピーしたこと及びA住居の建築が私的使用のための複製(同法
2570 第30条第1項)と言えるか,展示権(同法第25条)の侵害が成立するか,
2571 AがA住居をDに売却した行為が同法第46条により許容されるかどうか,に
2572 ついて論じられている場合には,より高く評価した。
2573 イ 設問2
2574 設問2は,Dによる玄関の改変行為について,同一性保持権侵害に言及し,
2575 同法第20条第2項第2号の適用の可否に触れることが「一応の水準」である。
2576 その上で,同号に関する裁判例(東京地決平成15年6月11日判例時報
2577 1840号106頁【ノグチルーム事件】)を念頭に置きつつ,同項第4号の
2578 適用の可否についても言及した場合に,その論証の説得性に応じ,「良好」又
2579 は「優秀」と評価した。
2580 翻案権侵害に言及し,それを肯定する場合に更に同法第46条の適用の可否
2581 についても言及した場合,さらには,Dの行為がBの公表権及び氏名表示権を
2582 侵害するか否かを論じている場合には,より高く評価した。
2583 ウ 設問3
2584
2585 - 60 -
2586
2587 設問3は,まず,複製権侵害及び譲渡権侵害が問題になり得ることを指摘し
2588 た上,同法第46条柱書の適用の問題に触れることが「一応の水準」である。
2589 その上で,同条各号の適用又は類推適用の可否について言及すれば,その論
2590 証の説得性に応じ,「良好」又は「優秀」と評価した。
2591 3 採点実感等
2592 (1) 第1問
2593 ア 総評
2594 本問は,基本的かつ重要な論点に関する設問であったので,多くの答案はあ
2595 る程度の論述がなされていたが,各設問が「それぞれどのような主張をするこ
2596 とができるか」となっていたためか,全設問につき甲の主張,乙の主張等を分
2597 けて主張の整理のみを記載し,自説を展開しない答案が少なくなかった。また,
2598 争点整理の体裁を整え,一方当事者の主張に対する他方当事者の主張を作出す
2599 るために,通常の実務では到底主張されるとは思えないような反論をわざわざ
2600 作り出して記述する答案も散見された。
2601 しかし,設問の末尾は「できるか」であるから,単に主張の整理をしただけ
2602 では問いに答えたことにはならないし,およそ意味のない主張を取り上げる必
2603 要はなく,そのような主張を取り上げたとしても評価の対象にならない。争点
2604 によっては,主張・立証責任を負う一方当事者の主張を摘示すれば十分な場合
2605 もあろう。また,自説を展開しなければ,受験者の思考過程,論理的理解度が
2606 分からないので,答案では当然に自説を展開すべきである。
2607 「できるか」には,
2608 「意味のある主張を取り上げて,その当否を論ぜよ」との意味が含まれている
2609 ことを理解してもらいたい。
2610 さらに,本問に関して,近時重要な最高裁判例や知財高裁の裁判例が出てい
2611 るにもかかわらず,その判断基準について言及しない答案も少なくなく,実務
2612 家を志すものとしては不足感がある。
2613 イ 設問1
2614 (ア)全体
2615 制度趣旨については,一応の言及があったものの,それとの関係からいか
2616 なる判断基準を採るべきか,論理的なつながりに欠ける答案が目立った。さ
2617 らに,個々の問題での論述の段階では,特許法第69条第1項の制度趣旨や
2618 判断基準から論理を展開することなく,個々的な利益衡量に終始した説明に
2619 とどまっている答案が目立った。
2620 (イ)乙行為1及び2について
2621 設問1の乙行為1は本件発明自体の特許性を調査する場合について,乙行
2622 為2は本件発明自体から更に改良する場合について,それぞれ問う問題であ
2623 るから,特許法第69条第1項について対象や目的で限定する説とより広く
2624 技術の進歩・発明の奨励で足りるとする説では,おのずから論述の内容が異
2625 なるはずである。しかし,制度趣旨や判断基準から結論を導き出すという思
2626 考順序に欠ける答案が多かった。
2627 また,試験・研究目的の行為は「業として」の発明実施行為に当たらない
2628 として,侵害を否定する答案が少なからず見られたが,同項の規定は,試験・
2629
2630 - 61 -
2631
2632 研究のための実施行為が「業として」行われ得ることを前提としており,か
2633 つ,本件における乙の行為は「業として」行われたと認めるべきであるから,
2634 そのような解釈は適切でない。
2635 さらに,同項に全く触れないもの,条文に気付いても,理由も付さずに,
2636 単に「試験又は研究」だからといった条文の文言をそのまま適用して,同項
2637 により許されるとの答案が多く見られた。
2638 (ウ)乙行為3について
2639 プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲の画定と要旨認定
2640 は,近時活発に議論されているにもかかわらず,これに全く言及せず,甲が
2641 特許請求の範囲を補正した点を捉えて出願経過禁反言に言及する答案や均等
2642 論を展開する答案,単に製法が異なるから本件発明の技術的範囲に属さない
2643 との答案などが多く見られた。
2644 プロダクト・バイ・プロセス・クレームに言及するものの,自説を展開し
2645 ない答案,曖昧な基準を示すにとどまる答案も散見された。
2646 しかし,本件はそのような論理構成のみでは十分な解答にはならない。プ
2647 ロダクト・バイ・プロセス・クレームについて,どのような立場を採るにせ
2648 よ,特許請求の範囲にその製法が記載された理由に基づいて論じなければ,
2649 妥当な結論には至らない。
2650 プロダクト・バイ・プロセス・クレームの問題については,近時,前掲知
2651 財高裁判例【プラバスタチンナトリウム事件(大合議)】が出されているわ
2652 けであるから,物同一説を採るにせよ,製法限定説を採るにせよ,この裁判
2653 例の論理構成に言及し,自説を展開することが必要である。
2654 また,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームと不真正プロダクト・
2655 バイ・プロセス・クレームの判断基準を書きながら,化合物αが公知文献に
2656 記載されていたことを理由として,方法で特定せざるを得なかったものであ
2657 るから,構造・特性で特定することが困難な場合に当たるとして,これを真
2658 正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとする答案が見られたが,このよ
2659 うな場合が「構造又は特性で特定することが不可能又は困難な場合」に当た
2660 らないことは明らかであるから,このような論法は誤りであり,プロダクト・
2661 バイ・プロセス・クレームを理解していないと言わざるを得ない。
2662 無効の抗弁(同法第104条の3)に言及する答案は極めて少なかった。
2663 しかし,物同一説に立つかあるいは真正プロダクト・バイ・プロセス・ク
2664 レームと認定する場合は,特許庁が本件発明につき特許査定をしたこと自体
2665 が誤りとなり,無効審判により無効にされるべきであることになるので,乙
2666 はこの点も防御方法として主張できることに注意すべきである。
2667 製法限定説を採るか,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームと認
2668 定した場合は,均等侵害に当たるかどうかも問題となるが,均等論の各要件
2669 を十分に検討した答案はほとんどなかった。
2670 ウ 設問2
2671 (ア)全体
2672 特許法第69条第1項の解釈を示しそれに各行為を当てはめている答案は
2673 少なく,多くの答案は各行為をその場限りに評価しており,設問1以上に根
2674
2675 - 62 -
2676
2677 本的な制度趣旨や基本的な判断基準と無関係に論述している答案が目立っ
2678 た。
2679 (イ)丙行為1について
2680 上記判例に全く気付かず,何ら性質決定もせず,理由も付さずに単に同項
2681 により許されるとする,問題点を全く理解していないと思われる答案が散見
2682 された。
2683 (ウ)丙行為2について
2684 市場調査目的であることを全く考慮せず,存続期間満了後の販売のための
2685 最小限の行為だから許されるとする答案,少量であり損害が生じていないか
2686 ら同項により許されるとの答案が散見され,さらに,製造数が少数であるた
2687 め「業として」の実施に当たらないとするものもあったが,「業として」の
2688 実施か否かは,製造された数のみで決まるわけではない。
2689 (エ)丙行為3について
2690 単なる製造承認を得る目的の添付資料のための製造行為を超えて特許権の
2691 存続期間が満了した場合に即時販売できるようにするための製造行為である
2692 ことを全く考慮することなく,同項に触れず,「業」に当たるか否かを判断
2693 している答案,いまだ市場に流通していないため損害がないとする答案,理
2694 由も付さずに単に同項により許されるとの答案が散見された。
2695 エ 設問3
2696 解答する時間を適切に配分していないためか,設問3について僅かしか記載
2697 しない答案が多かった。
2698 設問3は,消尽の問題であるが,消尽に全く言及しない答案も少なくなかっ
2699 た。また,多くの答案は,消尽に気付いていたが,前掲最高裁判例【インクタ
2700 ンク事件】の論理構成を十分に踏まえていない答案が目立った。特に,この判
2701 例が,判断基準について,特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の
2702 交換の態様,取引の実情等を総合考慮して判断する,としているのに対し,何
2703 らそれらの要素に言及することなく,単に結論のみ示す答案が多かった。しか
2704 し,実務では,事実関係如何によって結論が異なるわけであるから,上記要素
2705 の丁寧な検討を経ないと結論が得られず,十分な答案にはならない。
2706 (2) 第2問
2707 ア 総評
2708 本問は,建築に関し,著作権・著作者人格権とそれらの制限に関する基本的
2709 な理解を問うものであるが,各支分権に関する網羅的な摘出に欠ける答案が目
2710 立った。著作権・著作者人格権とそれらの制限について,条文の各要件の検討
2711 が不足している答案も多かった。
2712 また,設問3について僅かしか記載しないなど,途中答案が散見された。
2713 イ 設問1
2714 (ア)設計図αの著作物性
2715 設計図αの著作物性に言及しない答案が散見された。
2716 また,設計図αの著作物性に言及するも,どのような観点から著作物性を
2717 認め得るのか(あるいは否定されるのか)を具体的に検討していない答案が
2718 多かった。しかし,著作権の及ぶ範囲や権利制限規定の適用などを検討する
2719
2720 - 63 -
2721
2722 ためには,著作物性に関する具体的な認定が前提となるはずである。
2723 (イ)設計図αの氏名表示権侵害・公表権侵害
2724 氏名表示権と公表権については,設計図αのコピーを複数の建築業者に見
2725 せた行為がそもそも公衆に対する提示に当たるのかについて,論述していな
2726 い答案も目立った。また,氏名表示権につき,原作品についてのみ認められ
2727 る権利と誤解している答案が数多く見られた。
2728 (ウ)住居Aの著作物性
2729 建築の著作物性につき,どのような観点から著作物性を認め得るのか(あ
2730 るいは否定されるのか)を具体的に検討していない答案,何ら判断基準を示
2731 すことなく,単に住居とは思えないような奇抜な家であるから著作物性があ
2732 るという答案が多く見られた。
2733 建築につき,美術の著作物とする答案も散見されたが,そのような判断を
2734 するに際して,建築の著作物と美術の著作物の関係をどう捉えているのか,
2735 本件の建築の著作物性をどう評価するのかを具体的に論じていたものはごく
2736 少数にとどまった。
2737 (エ)建築による住居Aの複製権侵害
2738 著作権法第2条第1項第15号ロに全く気付かない答案,あるいは単に同
2739 号ロに当たるとして複製権侵害とする答案が散見された。
2740 建築したのはCであって,なぜAが責任を負うのかについても一言触れる
2741 べきである。
2742 (オ)住居Aの譲渡権侵害
2743 建築の著作物の譲渡権侵害に気付かない答案,論述していてもその要件に
2744 ついて十分な言及がない答案が目立った。特に,公衆への提供を認定せずに
2745 侵害を認める答案も多く見られた。
2746 また,消尽を問題とする答案が散見されたが,そもそも適法な譲渡がない
2747 から消尽は問題にならないと言うべきである。
2748 建築の著作物の著作権侵害を肯定する場合は,同法第46条の適否も併せ
2749 て検討すべきであるが,それに言及する答案は極めて少なかった。
2750 (カ)図面の著作物と建築の著作物との関係
2751 図面の著作物性と建築の著作物性を明確に区別せずに,両者を渾然一体の
2752 ものとして論じる答案が散見された。図面の著作物の創作性(作図上の工夫)
2753 と建築の著作物の創作性(造形芸術と評価し得るだけの芸術性)は原則とし
2754 て異なるのであり,それぞれの創作性については,まず,区別して,その判
2755 断基準を論じるべきである。
2756 (キ)その他
2757 設計図αのコピーにつき,私的複製(同法第30条)であるが同法第49
2758 条第1項第1号が適用されるとの答案が散見された。
2759 ウ 設問2
2760 ほとんどの答案が同一性保持権侵害について言及していたが,著作権法第
2761 20条第2項第2号の適用の可否について全く言及しなかったり,言及しても
2762 解釈が不十分な答案が散見された。
2763 翻案権侵害についても検討している答案は少なかった。翻案権侵害が成立す
2764
2765 - 64 -
2766
2767 ると判断する場合は,同法第46条の適用の可否についても言及すべきである
2768 が,言及している答案はごく少数であった。
2769 エ 設問3
2770 本設問はミニチュアの製作販売を問題としており,写真撮影については問題
2771 となっていないにもかかわらず,写真撮影をしたことが複製権侵害になるか否
2772 かを長々と論じる答案が複数あった。問題文をよく読み,何が問われているか
2773 把握すべきである。
2774 複製権侵害・譲渡権侵害に言及しながら,著作権法第46条柱書の適用につ
2775 いて全く触れていない答案が散見された。
2776 多くの答案が,同条柱書,そして,同条第2号又は第4号の適用については
2777 言及していたが,十分に説明しているものは少なかった。
2778 また,同条について誤解している答案が散見された。例えば,同条の対象と
2779 なる建築の著作物について,同法第45条第2項に規定する屋外の場所に恒常
2780 的に設置されているものに該当することを要件とすると誤解している答案が見
2781 られた。
2782 4
2783
2784 今後の出題
2785 出題方針について変更すべき点は特にない。今後も,特許法及び著作権法を中心
2786 として,条文,判例及び学説の正確な理解に基づく,事案分析力,論理的思考力を
2787 試す出題を継続することとしたい。
2788
2789 5
2790
2791 今後の法科大学院教育に求められるもの
2792 論点の内容についてはそれなりに記載されているものの,実務において重要な事
2793 実関係の把握・分析が不十分と思われる答案が多かった。法科大学院は実務家を養
2794 成する教育機関であるから,論点中心の教育ではなく,実際の訴訟等を想定して,
2795 具体的事案の中から,実務家なら当然なすべき主張を抽出し,それについて的確に
2796 論述する能力を広く養うような教育が求められる。
2797 また,明文の規定があるにもかかわらず,条文を指摘せずに解釈論を展開する答
2798 案が多数あったが,条文解釈が基本であるから,条文を前提とした解釈を意識した
2799 学習を指導することが求められる。
2800 さらに,最高裁判例や判断基準を示す裁判例があるにもかかわらず,その判旨を
2801 全く無視して自説を展開する答案も目立った。繰り返しになるが,法科大学院は実
2802 務家を養成する教育機関なのであるから,判例を念頭に置いた学習を常に心掛ける
2803 ことが望まれる。
2804
2805 - 65 -
2806
2807 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(労働法)
2808 1
2809
2810 出題の趣旨,狙い等
2811 公表済みの「出題の趣旨」のとおりである。
2812
2813 2
2814
2815 採点方針
2816 事例に即して必要な論点を的確に抽出できているか,関係する法令,判例及び学
2817 説を正確に理解し,これを踏まえて,論理的かつ整合性のある法律構成及び事実の
2818 当てはめによって,適切な結論を導き出しているかを基準に採点した。
2819 出題の趣旨に沿って,必要な論点を的確に取り上げた上,その論述が期待される
2820 水準に達している答案については,おおむね平均以上の得点を与え,さらに,当て
2821 はめにおいて必要な事実を過不足なく摘示し,あるいは,主要論点について,着目
2822 すべき問題点を事例から適切に読み取って検討しているなど,優れた事例分析や考
2823 察が認められる答案については,更に高い得点を与えることとした。
2824
2825 3 採点実感等
2826 (1) 第1問について
2827 本問は,@職種変更命令の有効性につき,その法的根拠を摘示して,Y社とX
2828 1らとの間で職種限定合意が成立していたかを明らかにした上で,成立していな
2829 いとの見解を採った場合にはY社による職種変更命令が権利濫用となるかを問
2830 い,AYとX2との間の契約関係につき,X2による「後に裁判で争うことを伝
2831 えた上で,早期退職募集及び再雇用に応ずる旨」の申出が留保付承諾として有効
2832 であるかを問い,さらに,BY社のX3(及び前記留保付承諾が認められないと
2833 の見解を採った場合のX2)に対する解雇の有効性につき,いわゆる変更解約告
2834 知に対する解雇権濫用法理の適用を問う問題である。
2835 前記@の職種変更命令の有効性については,その法的根拠に関しては全体的に
2836 おおむね良好な論述がなされていた。もっとも,この論点に限ったことではない
2837 が,答案において,根拠となる,あるいは問題となる条文を一切引用していない
2838 答案が少数ながら存在した。実務家にとって,論証のよりどころとなるのは,第
2839 一に実定法上の規定であり,解釈論はあくまでもそれを補うためのものであるか
2840 ら,関連条文については,これに言及することを励行されたい。
2841 次に,職種限定合意については,多くの答案がこれに言及していたものの,か
2842 かる合意の有無につき,結論しか書いておらず,十分に論述できていない答案も
2843 散見された。本問の事例は,日産自動車村山工場事件判決(最判平元年12月7
2844 日)の事案を参考にしたものであるところ,同判決を含めたこれまでの裁判例に
2845 よる判断枠組みを踏まえて規範を定立し,丁寧な当てはめを行っていた答案には
2846 高い得点を与えた。
2847 Y社による職種変更命令が権利濫用となるかについては,多くの答案が,東亜
2848 ペイント事件判決(最判昭61年7月14日)を踏まえて規範を定立した上で当
2849 てはめを行っており,おおむね良好な論述がなされていた。もっとも,当てはめ
2850 において,Y社にとって有利な事情(異動先が同じ甲工場で生産中の小型乗用車
2851 の塗装等であり勤務地に変更がないことなど)に全く言及せず,就業規則が要求
2852
2853 - 66 -
2854
2855 する意向の聴取を行っていないことのみをもって,職種変更命令が権利濫用であ
2856 る(あるいはそもそも職種変更命令権が発生しない)との結論を導いている答案
2857 が散見された。司法試験が実務家となるための試験であることを踏まえれば,事
2858 例に現れている事情については,自己が導き出そうとする結論にとって有利・不
2859 利を問わずに言及し,丁寧な当てはめを心掛けるべきであり,かかる当てはめが
2860 できている答案には,より高い点を与えた。
2861 前記Aの留保付承諾の有効性については,多数の答案が言及し,その問題意識
2862 については,おおむね良好な論述ができていたといえよう。もっとも,民法第
2863 528条から,直ちに,X2の留保付承諾が新たな申込みとなり,Y社による拒
2864 絶が有効であるとの結論を導き出している答案も散見された。しかしながら,出
2865 題者としては,留保付承諾を認めるとの見解を採るにせよ,認めないとの結論を
2866 採るにせよ,民法第528条の形式的適用から生ずる不都合をいかに回避すべき
2867 か,あるいは,いかなる理由から原則論を貫くべきかを変更解約告知との関連で
2868 論述してほしかったところであり,実際にこれを丁寧に論述できていた答案には,
2869 より高い得点を与えた。
2870 前記Bの変更解約告知に対する解雇権濫用法理の適用については,大半の答案
2871 が言及できていた。もっとも,変更解約告知は,単なる整理解雇とは異なり,労
2872 働条件変更の手段として行われるという特殊性を持つことから,解雇権濫用法理
2873 の適用においては,この特殊性を考慮に入れて規範を定立すべきではないかとい
2874 う問題意識を的確に論述できている答案は,出題者が想定していたよりも少な
2875 かった。実際,答案の中には,かかる問題意識に言及せずに,本件の解雇は整理
2876 解雇である旨だけ述べて,いきなり整理解雇の四要件(ないしは四要素)を定立
2877 して当てはめを行う答案が少なからず存在したが,最終的に整理解雇と同じ基準
2878 で規範を定立するにせよ,前述のような問題意識を論述できていた答案に比して,
2879 相応の点数しか与えられなかった。
2880 (2) 第2問について
2881 本問は,労働組合法(以下「労組法」という。)上の「労働者」の概念及び判
2882 断基準について,労働基準法(以下「労基法」という。)における「労働者」の
2883 概念との異同に関する理解を問うとともに,その理解を踏まえて,本問の事例に
2884 おける甲が労組法上の「労働者」に該当するか否かを問う問題である。労働法に
2885 おける最も基本的な論点の一つに関する設問であり,事例問題に加えて,労働者
2886 の概念に関する「概説」を求めた。
2887 まず,労組法上の労働者概念に関する「概説」においては,労組法と労基法の
2888 趣旨・目的の異同について論じ,そこから生ずる労働者の概念の異同を論じた上
2889 で,労基法上の労働者性の判断基準と比較しつつ,労組法上の労働者性の判断基
2890 準を論ずる必要がある。多くの答案は,この論点を的確に捉えていたが,そのレ
2891 ベルは多様であった。すなわち,労組法と労基法の趣旨・目的の異同について的
2892 確に論じた上で,労組法上の労働者は,団体交渉助成のための労組法の保護を及
2893 ぼすべき者はいかなる者かという観点から定義されるものであることを指摘し,
2894 労基法上の労働者より広範な労務供給者をカバーする概念であることを論ずる優
2895 れた答案が見られる一方,労組法・労基法の趣旨・目的を十分論ずることなく,
2896 労組法上の労働者は使用者に対して経済的従属性を有する者であるとの結論を述
2897
2898 - 67 -
2899
2900 べるにとどまる答案も相当数見られた。
2901 また,労組法上の労働者の判断基準については,INAXメンテナンス事件判
2902 決(最判平23年4月12日)等の判例による判断枠組みを踏まえて判断基準を
2903 定立する必要があるところ,相当数の答案は,判例の判断枠組みを正確に理解し
2904 て解答し,その中には,各判断基準が労組法上の労働者を判断する上で有する意
2905 義を的確に論ずる優れた答案も見られた。他方,労組法上の労働者と労基法上の
2906 労働者の概念の差異を肯定しながら,判断基準については結局同一に帰すると論
2907 ずる答案や,判断基準の定立自体が不十分な答案も散見された。もとより,判例
2908 による判断枠組み以外の基準に基づく解答が排斥されるわけではないが,司法試
2909 験が実務家となるための試験であることを踏まえれば,仮に判例と異なる立場に
2910 立つとしても,判例の判断枠組みを十分理解し,これに言及する必要があること
2911 を十分に認識していただきたい。
2912 次に,本問の事例への当てはめについては,相当数の答案は,判例の判断枠組
2913 みを正確に理解した上,事業組織への組入れ,契約内容の一方的決定,報酬の労
2914 務対償性,使用従属性(指揮監督下の労働,時間的・場所的拘束性,仕事の依頼,
2915 業務従事の指示等に対する諾否の自由)等の判断基準を摘示した上,事例に示さ
2916 れた事実に当てはめて解答していた。ただし,本問の事実関係は相当に複雑であ
2917 るため,上記判断基準の当てはめの仕方については,通り一遍の当てはめを行う
2918 ものから,事実関係を深く読み込んで当てはめを行うものまで様々であった。優
2919 れた実務家を志す者の選抜という司法試験の趣旨を踏まえて,後者のタイプの答
2920 案には高得点を与えている。また,本問では,C社と甲が業務委託契約を締結し,
2921 同契約上,それぞれ独立した事業者であることを認識した上で契約を遂行する旨
2922 の条項があるため,こうした契約形式をどのように理解し,労組法上の労働者の
2923 判断に際してどのように判断するかも問われるところであるが,この点について
2924 は,結論はともかく,出題の趣旨を認識して解答する答案が比較的多数であった。
2925 4
2926
2927 答案の評価
2928 「優秀」の水準にあると認められる答案とは,出題の趣旨を十分に理解した論述
2929 がなされている答案である。第1問については,必要な論点を過不足なく抽出し,
2930 関係条文に言及することはもとより,判例の判断の枠組みを踏まえた的確な規範定
2931 立と当てはめを行い,説得的な論述を行っている答案であり,第2問については,
2932 労働者の概念に関する「概説」において,労組法と労基法の趣旨・目的の異同を的
2933 確に理解し,労働者概念の異同を論じた上,それぞれにおける労働者の判断基準を
2934 判例を踏まえて定立し,事例への当てはめについても,事実関係を深く読み込んで
2935 具体的に論述し,結論を導いている答案である。
2936 「良好」の水準にあると認められる答案とは,必要な論点にはおおむね言及し,
2937 法解釈について一定の見解を示した上で,事例から,結論を導き出すのに必要な具
2938 体的事実を抽出できている一方で,例えば,第1問では,職種限定合意の有無に関
2939 し,規範定立と当てはめが丁寧になされていない答案や,変更解約告知の特殊性を
2940 十分に意識した論証ができていない答案,第2問では,労働者の概念に関する「概
2941 説」において,判例については理解しているものの,労組法と労基法の趣旨・目的
2942 の異同に関する理解が不十分であるため,労組法上の労働者に関する論述が十分に
2943
2944 - 68 -
2945
2946 できていない答案や,事例への当てはめにおいて,判例の判断枠組みを機械的に当
2947 てはめるにとどまる答案など,「優秀」の水準にあると認められる答案のように出
2948 題の趣旨を十分に捉え切れていないような答案である。
2949 「一応の水準」にあると認められる答案とは,労働法の基本的な論点に対する一
2950 定の理解はあるものの,必要な論点に言及していなかったり,言及していたとして
2951 も,規範定立や当てはめがやや不十分な答案であり,関係条文・判例に対する知識
2952 の正確性に難があり,事例における具体的な事実関係を前提に要証事実を的確に捉
2953 えることができていないような答案である。
2954 「不良」の水準にあると認められる答案とは,関係条文・判例に対する知識に乏
2955 しく,労働法の基本的な考え方を理解せず,例えば,規範を定立せずに単に問題文
2956 中の具体的な事実を列挙するにとどまるなど,具体的事実に対応して法的見解を展
2957 開するというトレーニングを経ておらず,基本的な理解・能力が欠如していると思
2958 料される答案である。
2959 5
2960
2961 今後の出題
2962 出題方針について変更すべき点は特にないと考える。今後も,法令,判例及び学
2963 説に関する正確な理解に基づき,事例を的確に分析し,必要な論点を抽出して,自
2964 己の法的見解を展開し,これを事実に当てはめることによって,妥当な結論を導く
2965 という,法律実務家に求められる基本的な能力及び素養を試す出題を継続すること
2966 としたい。
2967
2968 6
2969
2970 今後の法科大学院教育に求めるもの
2971 基本的な法令,判例及び学説については,正確な理解に基づき,かつ,基本的な
2972 概念に関する知識を習得するように更なる指導をお願いしたい。その際,条文の内
2973 容を正確に理解することはもとより,当該規定の趣旨を踏まえて事案に適用する能
2974 力が求められるほか,主要な判例については,判旨部分を単に記憶するのではなく,
2975 事案の内容を正確に把握し,当該事実関係の下でどのような規範を定立して当ては
2976 めが行われたかを理解する必要があることに十分配意いただきたい。また,事例の
2977 分析の前提となる基礎的事実を正しく把握し,結論を導くために必要な論点を抽出
2978 した上,論点相互の関連性を意識しつつ,法令,判例及び学説を踏まえた論理的か
2979 つ一貫性のある解釈論を展開し,これに適切に事実の当てはめを行って,法の趣旨
2980 に沿った妥当な結論を導くという,法的思考力を更に養成するよう重ねてお願いし
2981 たい。
2982
2983 - 69 -
2984
2985 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(環境法)
2986 【第1問について】
2987 1 出題の意図に即した答案の存否,多寡
2988 第1問は,水質汚濁防止法の2011年改正により導入された有害物質貯蔵指定
2989 施設制度をめぐる同法の規制システムに関する出題である。同制度が導入された法
2990 政策的意義を環境法の基本的考え方(汚染者支払原則・原因者負担原則,未然防止
2991 アプローチ・未然防止原則)に照らして理解しているかを問い(設問1),実施制
2992 限がある届出制の仕組みを刑事責任の観点から整理して説明できるかを問い(設問
2993 2),基準違反の状況に対する行政措置の説明を求める(設問3)問題であった。
2994 設問1の採点を通じては,以下の点が実感された。第1に,環境法の基本的考え
2995 方の一つとして,多くの答案が,未然防止アプローチを指摘し,その内容について
2996 記述できていた。その上で,地下タンクからの漏出が確認されたためにその拡大を
2997 防ぐ趣旨であることに論及する答案は多かった。第2に,もう一つの考え方である
2998 汚染者支払原則(PPP)を指摘できていない答案が多かったのは意外であった。
2999 これを指摘した答案であっても,積極的排水行為はないけれども環境に負荷を与え
3000 ることから原因者に負担を求めるという点にまで論及している答案は少なかった。
3001 第3に,未然防止アプローチではなく予防アプローチを記述した答案,両アプロー
3002 チを併記した答案が一定程度見られた。原因行為と汚染との因果関係に関する知見
3003 が存在する本件は,未然防止アプローチの問題である。また,科学的知見の程度に
3004 違いがあるため,両アプローチは併存し得ない。
3005 設問2の採点を通じては,以下の点が実感された。第1に,本問は,水質汚濁防
3006 止法のもとでの届出制の仕組み,無届と評価された場合のサンクション等を条文に
3007 則して説明することが求められているが,「届出」「指導」という文言に着目する余
3008 りに,同法から離れて,行政手続法の一般的な説明を詳述する答案が多かった。環
3009 境法においては,あくまで実定法の制度の理解が試されていることを忘れてはなら
3010 ない。第2に,本件地下タンクが水質汚濁防止法上の「有害物質貯蔵指定施設」に
3011 該当するかどうかが大きなポイントであるところ,資料が添付されているにもかか
3012 わらず,その確認作業を全くしていない答案が散見された。本件地下タンクが同法
3013 第5条第3項に規定される「有害物質貯蔵指定施設」に該当することを示すために
3014 は,同項にある「指定施設」「有害物質」「政令」について,資料を参照しつつ,そ
3015 れぞれ丁寧に条文を引用して確定する作業が求められる。第3に,「同意書提出は
3016 法的に求められない」ことについては多くの答案が指摘していたが,単に「配達によ
3017 り届出義務は果たされた」とする答案が散見された。問題文に「水質汚濁防止法上
3018 必要とされる届出書及び関係書類一式を送付し」と書かれている点に着目し,「適
3019 式な届出がされている」ことを指摘すべきである。第4に,届出後の実施制限をす
3020 る同法第9条第1項が問題になるところ,この条文に気付いていない答案が大多数
3021 であった。届出をすれば直ちに行為が可能となると誤信している受験生が多いよう
3022 である。環境法の基本的仕組みであり,条文に則した学習がされていない印象を受
3023 ける。第5に,問題文に「刑事責任が問われることを懸念」とあるにもかかわらず,
3024 どのような理由でそうなるのかについての整理を全くしていない答案が多かったの
3025 は意外であった。設問への解答としては,刑事責任が問われないことを,関係条文
3026
3027 - 70 -
3028
3029 を示して指摘する必要がある。行政手続法的整理は,その前提にすぎないにもかか
3030 わらず,大多数の答案が,そこで検討を終わっていた。行政法的規制である実施制
3031 限について,水質汚濁防止法の関係条文を読み解いて的確に説明されている答案は
3032 少なかった。
3033 設問3の採点を通じては,以下の点が実感された。第1に,「本件地下タンクの
3034 使用,及び地下水の汚染」というように,問題文には2つの場面が明記されている
3035 のに,一方についてしか解答しない答案が散見された。第2に,措置の一つとして
3036 の浄化命令(同法第14条の3)の要件について,単に条文の該当箇所を引用する
3037 のみで,「地下水環境基準を大幅に超過する」という問題文を無視する答案が多数
3038 あった。第3に,資料の施行規則を参照・引用せずに解答する答案も散見された。
3039 設問1及び2と比較すれば,単に条文の指摘をするのみの解答が目立ち,設問3に
3040 割り当てる時間が少なかったことが,記述内容から推測された。
3041 2
3042
3043 出題の意図と実際の解答に差異がある原因として考えられること
3044 水質汚濁防止法の下での届出は第5条に規定されるが,届出があったことの法的
3045 効果や無届及び実施制限違反への対応に関する関係規定を同法の仕組みの中で把握
3046 するという学習方法が徹底されていないのではないか。通常,環境法は,第1条に
3047 規定される目的の実現のために,多くの仕組みを規定している。単に一つの条文だ
3048 けではなく,問われている論点について,法律全体的観点から捉えることができる
3049 ような能力の養成が必要である。
3050
3051 3
3052
3053 各水準の答案のイメージ
3054 「優秀」といえる答案のイメージは,地下タンクに関する規制について,環境法
3055 の基本的考え方との関係で的確な整理ができているもの,届出をめぐる様々な規定
3056 を全体的観点から把握し,設置者に関する行政法的責任と刑事法的責任を明確に区
3057 別しつつ,条文の的確な指摘をして論じているものである。「良好」といえる答案の
3058 イメージは,その程度がやや劣るものである。「一応の水準」といえるのは,各設
3059 問において問われている問題点を何とか把握できている答案である。「不良」な答
3060 案とは,それすらなし得ていないものである。
3061
3062 【第2問について】
3063 1 出題の意図に即した答案の存否,多寡
3064 第2問は,自然公園法の規制システムの基本的理解を問う出題である。眺望利益
3065 や営業権等の侵害に対する民事訴訟,許可条件違反の際の行政訴訟について問い(設
3066 問1),公園管理団体が締結する風景地保護協定とその制度趣旨について説明を求
3067 め(設問2),さらに,海域公園地区の利用調整地区とその制度趣旨について問う
3068 (設問3)問題であった。
3069 設問1の採点を通じては,以下の点が実感された。第1に,眺望利益侵害を理由
3070 とする建設工事の差止めについて書いているものが少なかったのは意外であった。
3071 問題文に景色と書かれていたからであろうが,Aにとっては眺望の問題となること
3072 を認識してほしい。景観について国立景観訴訟最高裁判決を参照しつつ書いた答案
3073 にも一定の評価は与えたが,本来的に私益のもの(眺望)と,公益か私益かが明確
3074
3075 - 71 -
3076
3077 でないもの(景観)の相違の認識が十分でないため,国立景観訴訟最高裁判決の論
3078 理を無理に用いようとし,景観利益と営業利益(経済的利益)との関係を説明でき
3079 ずに論理が破綻した答案も相当あったことを明記しておきたい。なお,財産権と人
3080 格権を同一のものとして扱う答案が少なからず見られたのは残念であった。民法の
3081 初歩的な理解が不十分であることになろう。なお,景観利益侵害に対して環境権,
3082 自然享有権,自然の権利を理由とする差止めを問題とした答案にも一定の評価を与
3083 えた。
3084 第2に,サンゴの死滅に伴う売上げの減少を理由とするCに対する不法行為に基
3085 づく損害賠償請求について指摘した答案が少なかったのも意外であった。ケアレス
3086 ミスの類いということになろう。
3087 第3に,甲県に対しては,Cの工事の施工が甲県知事の許可条件に反していると
3088 ころから,甲県知事が行為の中止を命じ,又は原状回復若しくはそれに代わるべき
3089 必要な措置を命ずる(自然公園法第34条)よう義務付け訴訟を提起することが考
3090 えられるが(行政事件訴訟法第3条第6項第1号,第37条の2),これについて
3091 はほとんどの答案が触れていた。もっとも,自然公園法第34条の命令は,同法第
3092 32条に基づく許可条件に違反した場合に発出され得ることについて触れていたも
3093 のは必ずしも多くなかった。原告適格についてはほとんどの答案が何らかの記述を
3094 していた。なお,Cの工事の施工が許可条件に違反していることを理由とする許可
3095 の取消(撤回)訴訟について記述した答案についても一定の配慮をした。
3096 設問2の採点を通じては,以下の点が実感された。公園管理団体(自然公園法第
3097 49条第1項。なお,公園管理団体の業務については第50条第1号)及び「風景
3098 地保護協定制度」
3099 (同法第43条以下)については,ほとんどの答案が触れており,
3100 この制度の趣旨についても触れるものが多かった。他方,「その制度が法律上規定
3101 されていることの意味」として,協定の認可,公告があった後に,この協定には将
3102 来の土地所有者に対する承継効が発生すること(同法第48条)について指摘する
3103 ものは半分程度であった。せっかくDが自己の所有する自然の風景地の管理を求め
3104 ていても,土地の所有者が変われば協定の効果がなくなってしまうのでは,継続的
3105 な自然保護は図れないのであり,問題文にも「自己の土地の風景を長く保存したい」
3106 と要望していることも記載しているのであって,この点の説明は必須である。
3107 設問3の採点を通じては,以下の点が実感された。環境大臣が,海域公園地区内
3108 に利用調整地区の指定をすること(同法第23条)については,ほとんどの答案が
3109 触れていた。利用調整地区制度が,指定された期間において,環境大臣が認定した
3110 場合にのみ立入りを認め(同法第23条第3項,第24条),認定申請の際に手数
3111 料を徴収することとされており(同法第31条),この制度が,利用可能人数の設
3112 定等により自然生態系の保全と持続的利用を推進しようとするものであることにつ
3113 いても説明されているものがほとんどであった。
3114 他方,海域公園地区では,動力船の使用について環境大臣の許可が必要とされて
3115 いる点(同法第22条第3項第7号)について触れるものは多くなかった。それ以
3116 外に環境大臣の許可が必要とされている点(同法第22条第3項第2号),中止命
3117 令(同法第34条)等に触れるものは一定程度見られ,一定の評価を与えた。
3118 2
3119
3120 出題の意図と実際の解答に差異がある原因として考えられること
3121
3122 - 72 -
3123
3124 第2問に関する印象は,中心となる論点については書けるが,応用がきかないこ
3125 と,行政訴訟よりもむしろ民事訴訟の方の理解が十分でないことである。また,基
3126 本的な制度の趣旨についての理解が必ずしも十分でないことも明らかになった。
3127 3
3128
3129 各水準の答案のイメージ
3130 「優秀」といえる答案のイメージは,自然の積極的・能動的管理のための制度に
3131 ついて的確に把握し,それを条文の摘示を通じて,明確に説明できているものであ
3132 る。また,眺望と景観の相違を理解し,民事訴訟及び行政訴訟の基本を理解してい
3133 るものである。「良好」といえる答案は,その程度がやや劣るものである。「一応の
3134 水準」といえるのは,各設問において問われている問題点が何とか把握されている
3135 答案である。「不良」な答案とは,それすらなし得ていないものである。
3136
3137 【学習者と法科大学院教育に求めるものについて】
3138 第1に,法科大学院の環境法の授業では,規制の仕組みが概説されているものと
3139 思われるが,特に主要な法律の基本的規制システムについては,テキストの概説を
3140 するだけではなく,実際に法令集を参照しつつ,条文の文言に即して理解させてほ
3141 しい。また,学習者においては,法律の仕組みがなぜそうなっているかを考えつつ,
3142 学習を進めていただきたい。
3143 第2に,環境個別法についても,一つ一つの条文だけではなく,法律の目的規定
3144 から法律の仕組みを捉え,問われている論点について,法律全体的観点から捉える
3145 ことができるような学習を進めていただきたい。
3146 第3に,環境訴訟については行政訴訟と民事訴訟の双方についてまんべんなく理
3147 解を進めるよう指導及び学習をお願いしたい。
3148
3149 - 73 -
3150
3151 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(国際関係法(公法系))
3152 1
3153
3154 出題の趣旨等
3155 既に公表されている出題の趣旨(「平成26年司法試験論文式試験問題出題趣旨
3156 【国際関係法(公法系)科目】」)に記載したとおりである。
3157
3158 2
3159
3160 採点方針
3161 国際関係法(公法系)については,従来と同様に,@国際公法の基礎的な知識を
3162 習得し,かつ,設問に関係する国際公法の基本的な概念,原則・規則及び関係する
3163 理論や国際法判例を正確に理解できているか,A各設問の内容を理解し必要な国際
3164 法上の論点に触れているか,問題の事例に対する適切な考察がなされているか,B
3165 答案の法的構成がしっかりしており,かつ論理的な文章で適切な理由付けがなされ
3166 ているか,といった点を重視している。
3167
3168 3 採点実感等
3169 (1) 第1問
3170 各設問の趣旨と押さえるべき主要論点については,前述の出題の趣旨で述べて
3171 いるので繰り返さない。
3172 設問1は優れた又は良好な内容の解答が比較的多数あったが,中には甲国の声
3173 明が留保か解釈宣言かを専ら論述した解答や,A海峡には通過通航制度が適用さ
3174 れるとした解答も若干数あった。大多数の答案が無害通航の定義及び無害性の判
3175 断基準に何らかの形で触れてはいたが,海洋法条約第19条第1項と第2項の関
3176 係,船種別規制説と態様別規制説の違いにも触れながら軍艦及び乙国向け武器積
3177 載船(以下「軍艦等」という。)に無害通航権が認められるか否かを体系的に論
3178 述できた優れた答案は半数弱であった。解答者の多くは態様別規制説を採用し,
3179 軍艦等にも領海内無害通航権が認められ,沿岸国は通航に事前許可を要求できな
3180 いと解答していた。他方,沿岸国による船種別規制は完全には排除されていない
3181 という立場を採った解答も相当数あった。学説及び国家実行が分かれている問題
3182 であり,いずれの立場を採るにしても,海洋法条約第17条,第19条,第24
3183 条,第30条などの関連規定の整合性のある解釈,軍艦等の無害通航に関する海
3184 洋大国及び沿岸国の国家実行やコルフ海峡事件ICJ判決などの先例を踏まえた
3185 論証がどれだけ簡潔かつ正確に展開できているかが重要である。また本問の場合,
3186 海洋法条約第45条第2項が,A海峡のような国際海峡において,
3187 「無害通航は,
3188 停止してはならない」と定めていることの意味にも触れる必要があるが,この点
3189 に言及できた解答は少数にとどまった。
3190 設問2は,比較的少数の優れた解答とそうでない解答がはっきりと分かれた。
3191 本問の場合,Z軍の行為が,国家責任条文第8条に定める規則に従って,事実上
3192 甲国の指示に基づき又は甲国の指揮若しくは支配の下に行動していたといえるか
3193 どうかが問題の焦点であるが,解答者の約6割がZ軍の行為は甲国の指揮又は支
3194 配下にあったと解答し,約4割がこれを否定した。しかしニカラグア事件及びジェ
3195 ノサイド事件のICJ判決は,外国の反政府武装集団の違法行為が国に帰属する
3196 ためには,@当該武装集団が事実上国の機関と同視されるほど国に完全従属して
3197
3198 - 74 -
3199
3200 いること,又は,A当該武装集団の具体的な作戦行動に対する国の実効的支配が
3201 及んでいることが必要であるという解釈を採用し,財政的その他の援助によって
3202 武装集団に対して国の一般的支配が及んでいるだけでは国の行為とはみなされな
3203 いと判断している。@は国家責任条文第8条の例というより武装集団が事実上の
3204 国家機関となるほど完全従属する場合で,本問には適用できないが,Aは第8条
3205 を適用する上でICJが厳格な基準(ニカラグア基準)を採用してきたことを示
3206 す。この点を踏まえた上で,この基準を本問の事実に適用するとどうなるか,ま
3207 たニカラグア基準とは異なる基準を採用するのであればその理由は何かを示して
3208 論述する必要がある。しかし,こうした点に踏み込んだ答案はそれほど多くなく,
3209 甲国によるY連盟及びZ軍に対する財政援助,訓練及び武器供与があるという事
3210 実のみを挙げてZ軍による乙国原油生産施設の破壊行為は甲国に帰属すると結論
3211 し,Y連盟及びその指揮下に行動するZ軍の自律性を考慮しなかった答案が多
3212 かった。
3213 設問3は,自衛権一般及び集団的自衛権を行使できるための一般国際法上及び
3214 国連憲章上の要件の概要については,大多数の受験者が記述できていた。しかし,
3215 本問で設定された事例にこれを適用する点で,ニカラグア事件をはじめICJの
3216 判決や勧告的意見に示された解釈あるいは国家及び国際連合安全保障理事会等の
3217 実行をどのように評価し,援用するかによって,説得力のある答案とそうでない
3218 答案が大きく分かれた。丙国の主張内容を見れば,武力攻撃の発生に関連して,
3219 @甲国によるY連盟及びZ軍(以下「Z軍等」という。)に対する財政支援,訓
3220 練及び武器供与(以下「軍事援助」という。)は武力攻撃とはいえない,AZ軍
3221 等による乙国化学工場施設に対する軍事作戦は甲国による武力攻撃とはいえな
3222 い,BZ軍が化学工場施設への軍事作戦に着手しただけでは武力攻撃の発生には
3223 当たらない,C乙国に対する武力攻撃の事実に関する同国の宣言と同国から丙国
3224 に対する支援要請がないため,丙国は集団的自衛権を行使できないといった反論
3225 が可能であり,実際多数の解答が,これらの論点に触れていた。もっともその際
3226 には,援用の必要はないが,可能な限り次のような裁判所判決や国家実行などを
3227 踏まえた簡潔で説得的な論述が望まれる。例えば,@であれば,ニカラグア事件
3228 判決が,武力攻撃は武力行使の最も重大な形態であり武器供与等それに至らない
3229 武力行使には均衡する対抗措置のみが許されると判示していること,Aであれば,
3230 設問2への解答にもよるが,ニカラグア事件判決やコンゴ領域軍事活動事件判決
3231 が,侵略の定義第3条(g)に従い,「正規軍の攻撃に匹敵する武力行為を外国
3232 政府に対して行う武装集団の国による若しくは国のための派遣,又はかかる行為
3233 に対する実質的関与」をもって武力攻撃とみなし,単なる軍事援助は武力攻撃と
3234 みなさなかったこと,しかし,アフガニスタンに対する多国籍軍の行動例のよう
3235 に,自国領域を外国に対するテロ活動の拠点として使用することを武装集団に容
3236 認した国は,自衛権行使の対象とすることが黙認された実行も存在すること,B
3237 先制的自衛については,イスラエルのイラク原子炉攻撃を国際連合憲章の明白な
3238 違反と非難した安全保障理事会決議がある反面,攻撃の急迫性がある場合には先
3239 制的自衛が認められるとする見解を採る国,あるいは少なくとも攻撃への着手が
3240 あれば自衛が認められるとする見解を採る国などが存在すること,などである。
3241 これらの先例や実行にも言及しながら丙国の主張に反論した優れた解答も相当数
3242
3243 - 75 -
3244
3245 存在する反面,結論だけ述べて解答の論拠を十分に展開しきれていない答案が半
3246 数近くあった。Cの集団的自衛権の二要件,特に後者の支援要請の要件が本問で
3247 は満たされていないとする点は,大半の答案が指摘できていた。なお,丙国によ
3248 る甲国の爆撃が丙国による集団的自衛権の行使として正当化されるためには,必
3249 要性及び均衡性(又は比例性)の原則を満たさなければならないが,Z軍による
3250 乙国化学工場施設に対する軍事作戦への着手に対し,Z軍への攻撃を超えて甲国
3251 の武器貯蔵庫,軍事基地さらに港湾の集荷場等数箇所を爆撃して破壊した行為は,
3252 その規模及び攻撃目標の性質から見て特に均衡性の原則に違反すると論述した解
3253 答が約半数あった。
3254 「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」の答案を一概に表現することは,
3255 例年同様,難しいが,おおむね次のとおりと言えるのではないか。
3256 優秀:3つの設問においてそれぞれ問われている国際法上の論点を的確につかん
3257 で,各論点について要求される国際法上の原則,判例等についての基本的事項を
3258 論理的かつ簡明に記述し,各設問で提示された事案への当てはめがしっかりでき
3259 ている答案である。
3260 例えば,設問1について,A海峡における軍艦の無害通航権を認め,軍艦の通
3261 航に事前許可を求める甲国の措置を国際法違反とみなす立場を採った答案を例に
3262 挙げると,優秀な解答の一例は次のようなものである。まず無害通航の意味につ
3263 いて海洋法条約第19条第1項の定義,船種別規制説と態様別規制説の相違点,
3264 無害でない通航を列挙した同条約第19条第2項と第19条第1項の関係につい
3265 て基本的な説明ができている。海洋法条約の下では軍艦等にも領海の無害通航権
3266 が認められていることを,例えば,同条約第17条,第19条第2項(a),
3267 (b),
3268 (f),第30条等の整合的解釈から導き出せている。無害性の判断基準を通航
3269 の仕方に置いたコルフ海峡事件ICJ判決の先例があり,海洋法条約第19条第
3270 2項を無害でない通航の網羅的列挙とみなし軍艦にも無害通航権が認められると
3271 した1989年の米ソ統一解釈をはじめ軍艦の無害通航を認める国家実行が多数
3272 あることを提示できている。さらに,A海峡のような国際海峡では,通常の領海
3273 と異なり軍艦も妨げられない無害通航権を持つことをコルフ海峡事件判決等の先
3274 例から説明できている。これら全ての要素が完全にそろっていなくてもよいが,
3275 主要な論拠を示して,A海峡では軍艦等に妨げられない無害通航権が認められ,
3276 事前許可を受けない軍艦等の通航を妨げることが国際法違反となることを明確に
3277 論述した答案。
3278 設問1だけでなく,設問2及び設問3においても,同様に優秀な答案となって
3279 いることが必要である。
3280 良好:おおむね優秀答案のレベルに達する解答ができているものの,設問によっ
3281 ては,一部の論点に関する説明が十分なされていない箇所があるとか,理由の説
3282 明や関連する判例や国家実行など論証に不十分な箇所があるなど,優秀な答案に
3283 比べて,若干欠点がある答案。例えば,設問1及び設問2では優秀答案に該当す
3284 るが,設問3については十分問題を検討して書く時間的余裕がなかったために,
3285 論ずべき論点の一部について欠落があり又は十分な説明ができていない答案。あ
3286 るいは,いずれの設問についても優秀な答案に今一歩及んでいない答案。例えば
3287 設問3を例にとれば,集団的自衛権の行使の要件については慣習国際法上及び国
3288
3289 - 76 -
3290
3291 連憲章上の要件を正確に列挙し,丙国の主張に沿って設問3に関する上記武力攻
3292 撃の発生に関する主要な論点については優秀な反論を行いながらも,本問の事実
3293 に基づけば乙国に対し武力攻撃があった旨の同国による宣言及び丙国に対する乙
3294 国からの支援の要請があったとはみなされないことへの言及が不十分である答案
3295 が挙げられる。
3296 一応の水準:全体としては国際法の基礎的知識を有していることが設問に対する
3297 解答からうかがえるが,例えば,設問1及び設問2については優秀又は良好な答
3298 案になっているが,設問3については,集団的自衛権行使の要件について途中ま
3299 で解答をしながら,最後時間がなかったため,論点の幾つかについて触れること
3300 ができなったもの。あるいは設問2では,私的集団の行為を国に帰属させるため
3301 には国の当該集団に対する一般的な支配では十分でなく,国際違法行為を生じさ
3302 せた私的集団の作戦行動に対する実効的支配が必要であるとしたICJ判決につ
3303 いて全く記載がなく,設問3についても,丙の主張に対して武力攻撃と武力行使
3304 の関係について全く記載を欠いているように,各設問の重要な論点の一部に対し
3305 て不十分な解答があるもの。
3306 不良:設問の内容や趣旨がそもそも理解できていない答案,あるいは,理解でき
3307 ていても主要な論点が欠落している答案又は基本的な国際法の知識を欠いている
3308 と見られる解答が散見できる答案。例えば,設問1について,A海峡における軍
3309 艦等の無害通航権の問題にほとんど触れることなく甲国の声明を留保であるか解
3310 釈宣言であるかのみについて論じ,設問2でも,甲国のZ軍を支援する行為が甲
3311 国の乙国に対する内政干渉行為を構成するということと,Z軍の行為が甲国へ帰
3312 属するための要件を混同し,甲国のZ軍への支援があればZ軍の行為は当然に甲
3313 国に帰属すると論じた答案など,3つの設問について総じて主要な論点が押さえ
3314 切れていないもの。また時間配分を間違え,設問の一部のみに解答し,他の設問
3315 には十分な解答ができていないもの。
3316 (2) 第2問
3317 設問1については,これが,条約の国内的効力及び自動執行力の問題であるこ
3318 とに気付いている答案と気付いていない答案に分かれた。気付いている答案にお
3319 いては,国内的効力を持つか否かは国内法体制により異なること,すなわち,一
3320 般的受容主義,変型理論のいずれかを採ることまで答えているものも多く,大半
3321 が優秀な答案になっていた。事例への当てはめで自動執行力の有無について当該
3322 条約規定を論ずることにも遺漏がなく,加えて,当該条約規定の解釈論として,
3323 個人の請求権を認めたものであるかについても論じてある答案も多かった。この
3324 ように国内的効力であり自動執行力の問題であることに気付いている答案には,
3325 優秀なものが多かった。
3326 もっとも,一部には,自動執行力の論点にだけ気付いている答案もあった。国
3327 内的効力については論ずることなく,自動執行力についてだけ論じている答案で
3328 ある。国内的効力の問題が前提になることに気付いていない点は,懸念される。
3329 また,国内的効力の問題と自動執行力の問題とを混同していると読める答案も幾
3330 つかあった。条約の国内的効力及び自動執行力の問題であることに気付いていな
3331 い答案は,問題の条約規定の解釈論のみを論じており,個人の賠償請求権を定め
3332 ている規定であるかについて論じているものが多かった。条約の国内的効力の問
3333
3334 - 77 -
3335
3336 題は,国内法曹が国際法事例を処理する場合に,最も問題になる論点であるので,
3337 もっと多くの受験生が国内的効力及び自動執行力,さらに条約規定の解釈論,事
3338 例への当てはめを行う万全な解答をしてくるものと期待したが,期待どおりでは
3339 なかった。このような基本的で重要な論点を問題文から読み取れないのは,残念
3340 なことである。国際法と国内法の関係の問題の重要性を一層認識する必要がある
3341 と感じられた。
3342 設問2については,全体的にあまり出来がよくなかった。法源論の問題であり,
3343 国家の一方的宣言により国家が義務を負うことがあるかという論点に気付いてい
3344 る答案が少なかった。この論点に気付いている答案の中には,比較的よくできて
3345 いる答案が多かった。そのような答案は,おおむね,一方的宣言により,国家が
3346 義務を負うことがあり得ることに気付いており,その点が明確に論じられており,
3347 国家の合意である条約や慣習国際法,法の一般原則といった法源と比較して,国
3348 家が一方的に義務を負う点に注目がなされていた。さらに,一方的宣言が効力を
3349 持ち,国家がそれにより国際義務を負うための要件についても,論じられている
3350 ものが多かった。その場合に,核実験事件のような先例にも留意し,先例を踏ま
3351 えて,先例で示された一方的宣言が法的効果を持つための要件が論じられている
3352 答案もあった。法源論において,一方的行為や,国家の一方的宣言は,基本的教
3353 科書で必ず触れられている論点であるので,それに気付かないということは,残
3354 念であり懸念される。一方的宣言により国家が義務を負う法的効果があり得るか
3355 という論点に気付いていない答案は,甲国を代表すると主張する一方の政府によ
3356 る一方的宣言であることを問題にして論ずるものが多かった。
3357 設問3については,比較的よくできている答案が多かった。設問3が,政府承
3358 認に関するものであり,政府承認の要件,要件を充足しない政府承認の国際法上
3359 の位置付けが問われているが,個別の論点について比較的よく答えられていた。
3360 Y政府は丙国の軍隊を駐屯させて治安と防衛の役割を担わせているのであるか
3361 ら,Y政府が独立に自らの力でY政府の支配地域に実効的支配を及ぼしていない
3362 ことに気付き,それゆえに,承認の要件を満たさないことに気付いている答案は
3363 多かった。そのような承認が,国際法上,尚早の承認に当たり,国際法上違法で
3364 あることについて,尚早の承認という概念が提示されている答案は多くはなかっ
3365 た。
3366 また,尚早の承認は,甲国で実効的支配を確立していない地域に対して政府承
3367 認を与えることになるのであるから,甲国への内政干渉になり国際法上の義務違
3368 反になることについても,気付いている答案はあったが,数は多くはなかった。
3369 分断国家の政府承認それ自体が,甲国の国内事項に対する内政干渉であるという
3370 解答をする答案がやや目立った。丙国によるY政府の承認が,Y政府が支配地域
3371 に実効的支配を確立する前の尚早の承認であること,これに比較して,乙国のY
3372 政府承認が,Y政府が自らの支配地域において十分に治安と防衛の役割を果たす
3373 ようになってからの政府承認であり,前者は,承認の要件を満たさない承認であ
3374 ること,後者は,承認の要件を満たす承認であることは,多くの答案がよく書け
3375 ていた。事例への当てはめにおいてもよくできている答案が多かった。
3376 全体としては,設問1と設問2について顕著であるが,出題趣旨である論点を
3377 理解しないでいる答案が多かったことが特徴的である。論点に気付いていれば,
3378
3379 - 78 -
3380
3381 それについての記述は比較的よくできている。また,論点に気付いていれば,本
3382 問への当てはめも比較的よくできている。いずれの設問も,基本的な教科書で必
3383 ず触れられている論点である。また,設問1や設問2は,それに関わる判例も基
3384 本的で重要な判例として,教科書で紹介されていることが多く,判例集でも必ず
3385 取り上げられている判例である。これらについて出題趣旨の論点に気付かない答
3386 案があることは,国際法の基礎知識が十分ではないという懸念を抱かせる。選択
3387 科目としての国際法の勉強に充てる時間が限られていることは十分理解できる
3388 が,国際法の基本構造や基礎理論に関わる問題には答えられるレベルに達するこ
3389 とが必要である。それが欠落している答案が比較的目立ったのは残念である。ま
3390 た,「尚早」の字を誤る答案が目についた。法律用語の誤りは,用語の理解自体
3391 を疑わせるということを十分心してもらいたい。
3392 答案を,「優秀」,「良好」,「一応の水準」,「不良」に分けると,おおむね次の
3393 ようになる。
3394 優秀:設問についての国際法の基礎知識を備えており,論点を過不足なく見出し
3395 てこれを論じ,事例へ当てはめながら,論理的に論述を行っている答案。例えば,
3396 設問1で国内的効力,自動執行力,自動執行力の有無,問題の条約規定の解釈と
3397 いった論点が明確に捉えられており,それぞれの論点が論理的に整序されており,
3398 かつ,事例への当てはめも十分に行われて論じられている答案。
3399 良好:設問についての国際法の基礎知識を備えており,一応は論点を導き出し,
3400 正しい結論を導き出すことができている答案。けれども,論点には気付いていて
3401 も,各論点間の論理的な関係が理解されておらず,論理的に個々の論点を結び付
3402 けることができていなかったり,また,法理の事例への当てはめが不明瞭となっ
3403 ていることがある答案。例えば,設問1で国内的効力と自動執行力の論点には気
3404 付いていても,この二つの論点を混在させており,論理的に二つの論点が理解さ
3405 れていない答案。また,事例への当てはめで,問題の条約規定の自動執行性の有
3406 無を事例への当てはめで論証することが十分には行われていなかったり,当該規
3407 定が個人の請求権を規定するかについて解釈が十分に行われていない答案。
3408 一応の水準:国際法の基礎知識が一応はあるが,十分ではなく,論点の欠落があ
3409 り,幾つかの論点に限定して解答している答案。あるいは,論点はある程度見出
3410 しているが,その論述において,結論は誤ってはいないが,論理的な整序という
3411 点で,必ずしも万全ではない答案。また事例への当てはめは行われてはいるが,
3412 十分な論証になっていない答案。例えば,設問1で国内的効力と自動執行力の論
3413 点のうち,いずれかにしか気付いていない答案や,それにもかかわらず,論述で
3414 は,両者が混在したような説明がなされている答案。問題の条約規定の自動執行
3415 力の有無についての論証自体が十分に行われていなかったり,当該規定が個人の
3416 請求権を規定したものかについての解釈が行われていない答案。
3417 不良:設問の事例説明や,設問自体を答案に書き出すことにスペースをとられ,
3418 あるいは,主要な論点の多くが欠落している答案。例えば,設問1で国内的効力
3419 や自動執行力の論点に気付いていない答案や,設問2で,国家の一方的宣言の論
3420 点に気付いていない答案。
3421 4
3422
3423 法科大学院教育に求めるもの
3424
3425 - 79 -
3426
3427 法科大学院教育に求めるというほどのものではないが,採点して感じた最近の答
3428 案の傾向に1,2触れておきたい。第一に,国際法に関する基礎的な知識,すなわ
3429 ち国際法の基本的な概念や規則・原則について,その内容を正確に理解しかつしっ
3430 かりと身に付けることの重要性を繰り返し強調しておきたい。一概にはいえないが,
3431 国際法の基礎的な知識を全般的に有しており,国際法判例や事例についても重要な
3432 論点を押さえつつ学習している者と,教科書の内容を記憶してはいるが関連する国
3433 際法規の成立根拠や実際の適用例などについて十分理解ができていない者との間の
3434 差が開いている印象を受ける。基本的な国際法判例まで学習の範囲が及んでいない
3435 か,又は一通り読んではいるが,重要な論点に対する判例の内容を把握し切れてい
3436 ないと思われる答案も相当数あった。国際公法を選択する受験者に対して一言述べ
3437 れば,選択科目に割くことのできる学習時間には限りがある中で,国際法のテキス
3438 トに共通して記載されている基本的事項及び基本的な判例集に掲げられている判例
3439 等について,内容をしっかり理解して学習してほしい。第二に,設問に対して結論
3440 のみを書いてその理由付けをほとんどしていない答案が毎年相当数ある。同様に,
3441 答案の論理構成をしっかり考えた上で読み手に分かりやすい文章を日常から心掛け
3442 るようにしてほしい。全体の論旨が読み取りづらい解答や国際法規則の設問事例へ
3443 の当てはめをどのように行ったのかが不明瞭な解答が今年も少なからずあった。規
3444 則の解釈にせよ,具体的事例への当てはめにせよ,法科大学院の学生には根拠付け
3445 や論理的整合性に注意する姿勢を日頃より身に付けるようにしてほしい。
3446 5
3447
3448 その他
3449 その数は僅かではあるが,判読が困難な答案が若干存在する。時間の都合もある
3450 とは思うが,判読困難である答案が受験生の有利に働くことはあり得ないのである
3451 から,文字及び文章は読み手の立場に立って読みやすい答案を簡潔に書くように日
3452 頃から心掛けてほしい。
3453
3454 - 80 -
3455
3456 平成26年司法試験の採点実感等に関する意見(国際関係法(私法系))
3457 1
3458
3459 出題の趣旨等
3460 本年の国際関係法(私法系)の問題は,狭義の国際私法(抵触法),国際取引法
3461 及び国際民事訴訟法から出題されている。各問題の出題の趣旨等については,既に
3462 法務省ホームページにて公表済みである。
3463
3464 2
3465
3466 採点の方針と基準等
3467 採点の方針は,昨年と同様である。すなわち,関連する個々の法領域の基本的な
3468 知識と理解に基づき,論理的に破綻のない推論により一定の結論を導くことができ
3469 るかを採点の指針とした。その上で,設問ごとに重点は異なるものの,@個々の法
3470 規範の趣旨を理解しているか,A複数の法規範を視野に入れながら,相互の関連を
3471 理解しているか,Bこれらの点の理解に基づき,設問の事実関係等から適切に問題
3472 を析出することができるか,C析出された問題に対して,関連する法規範を適切に
3473 適用することができるかを採点の基準とした。
3474 これら4点をおおむね充たしている答案が「一応の水準」に達しているとされ,
3475 全ての設問において上記@及びAの点に関する理解を答案に反映させ,かつ,法規
3476 範を丁寧に当てはめていることが「良好」又は「優秀」答案となるための必要条件
3477 であり,さらに,より的確かつ説得的に論述をしている答案が「優秀」答案と評価
3478 される。
3479 なお,学説の分かれている論点については,結論それ自体によって得点に差を設
3480 けることはせず,自説の論拠を十分に示しつつ,これを論理的に展開することがで
3481 きているか否かを基準にして成績評価をした。
3482
3483 3
3484
3485 採点実感
3486 多くの答案は,法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)等の関連す
3487 る明文の規定を指摘した上で,設問から拾った事実関係に当てはめようとする姿勢
3488 を示していた。それぞれの規定の趣旨を押さえた上で解釈論や事案への当てはめを
3489 行っている答案は高い評価を受けた反面,規定相互の関係についての理解ができて
3490 いない答案は低い評価となった。
3491 (1) 第1問について
3492 民事訴訟法(以下「民訴法」という。)第118条と通則法第27条の関係の
3493 理解及び通則法第27条と通則法第34条の関係の理解並びに通則法第42条の
3494 適用要件に関する理解の深さと表現の巧拙が,評価に大きく影響したと思われる。
3495 設問1の問題を,甲国において成立した離婚の承認の問題として捉え,民訴法
3496 第118条を適用する答案がかなりの数にのぼった。しかし,多くの答案は,抵
3497 触法による解決を求めており,正しく通則法第27条本文が準用する第25条に
3498 従い夫婦の同一常居所地法たる甲国法を特定できていた。とはいえ,これらの答
3499 案の多くは通則法第34条の規定に言及していなかった。また,抵触法による解
3500 決を求めようとした答案の中にも,設問を離婚の方式の問題として捉え,通則法
3501 第34条第1項を通じて通則法第27条本文を適用していた答案も少なくなかっ
3502 た。
3503
3504 - 81 -
3505
3506 なお,離婚の時点における夫婦の同一常居所地を特定しなければならないのに,
3507 (解釈により補うべき)連結時点を意識していないために,Qの常居所地が日本
3508 にあるとした上で,PとQは常居所を甲国に有しないとの答案や通則法第27条
3509 ただし書の適用を導くものもあった。
3510 公序に反するか否かは,問題となっている外国法規を事案に適用した結果に
3511 よって判断される。このことを指摘できていても,設問のPとQが婚姻の解消に
3512 合意していることを,具体的適用結果の枠組みの中で考慮していない答案は少な
3513 くなかった。
3514 なお,設問を民訴法第118条の承認の問題と把握する解答であっても,同条
3515 第3号を適用しながら,実質的には通則法第42条を適用して問われるべき具体
3516 的適用結果を検討していた記述については,一定の評価を与えた。
3517 設問2の小問アについて,通則法第34条の方式の問題とするものも少なく
3518 なかったが,多くの答案は,協議離婚の許否の問題を通則法第27条の離婚と性
3519 質決定し,正しく同一常居所地法としての日本法を特定できていた。
3520 設問2の小問イについて,多くの答案は,離婚後における親子の面会交流の
3521 問題を通則法第32条の「親子間の法律関係」として性質決定し,当該規定を正
3522 しく適用していた。もっとも,設問2の小問において問われている離婚の際の
3523 親権者指定の性質決定については,通則法第27条と通則法第32条のいずれの
3524 規定が適用されるべきかという問題を設定できているにもかかわらず,面会交流
3525 については同様な問題設定をすることなく論述する答案が多かった。
3526 設問2の小問では,大多数の答案は,離婚の際の親権者指定の問題を通則法
3527 第27条ではなく通則法第32条の問題であると性質決定できていた。これらの
3528 答案は,「子の福祉」やこれに類似する表現を用いて後者の規定を選ぶべき理由
3529 を示していたが,いかなる意味でこの規定が「子の福祉」に配慮しているかを十
3530 分に説明できていないものも少なくなかった。また,通則法第32条の規定を正
3531 しく特定していながら,当該規定の解釈を誤っている答案はかなりあった。特に,
3532 子Cの本国法と(親権者となることを求めている)母Rの本国法との一致いかん
3533 を論じたり,父Pの服役という事実を通則法第32条の「父母の一方が死亡し,
3534 又は知れない場合」に包摂させるものがあった。
3535 多数の答案は,公序則発動の要件を正しく理解していた。つまり,Pの服役を
3536 甲国法の具体的適用結果の枠組みの中で捉え,Cの常居所地が日本にあることを
3537 内国的関連性との関連で論じていた。しかし,公序則発動いかんに全く言及して
3538 いない答案も少なくなかった。
3539 なお,公序則発動後の処理については,非常に簡単にのみ論述する答案が多かっ
3540 た。
3541 (2) 第2問について
3542 ほとんどの答案は,いわゆる特徴的給付(通則法第8条第2項)及びいわゆる
3543 鏡像理論(民訴法第118条第1号)につき一定の理解を示していた。
3544 設問1について,大多数の答案は,国際物品売買契約に関する国際連合条約(以
3545 下「条約」という。)第1条に従い条約の適用可能性を肯定した上で,条約第6
3546 条を指摘できていた。しかし,条約第12条と条約第96条の解釈に関する問題
3547 として設問を捉える答案が多数あった。条約の事項的適用範囲に入らない問題に
3548
3549 - 82 -
3550
3551 ついて契約準拠法を指定することは無意味ではない。こういった点を指摘しなが
3552 ら,条約適用の排除を確実にする方法を提示する答案には高い得点が与えられた。
3553 設問2について,大多数の答案は,通則法第7条の下で法選択がないことを指
3554 摘した上で,通則法第8条第2項に従い,受任者の常居所地法である日本法を同
3555 条第1項の「最も密接な関係がある地の法」として推定することができていた。
3556 もっとも,特徴的給付とは何かを一般的に論述する際に,金銭給付は「没個性的」
3557 であるから「特徴的ではない」といった同語反復的な表現を用いる答案が少なく
3558 なかった。
3559 設問3について,多くの答案は,明示の法選択の存在を指摘しながら,民訴法
3560 第3条の3第1号の「債務の履行地」を正しく特定できていた。他方で,鏡像理
3561 論につき一応の説明を与えていても,直接管轄と間接管轄の関係を十分に理解し
3562 ていないために,甲国裁判所の間接管轄権を否定する答案が少なくなかった。ま
3563 た,被告と債務者とを混同して,債務履行地を特定する答案も少なからずあった。
3564 4
3565
3566 今後の出題について
3567 狭義の国際私法,国際民事訴訟法及び国際取引法の各分野の基本的事項を組み合
3568 わせた事例問題が出題されることになると考えられる。
3569
3570 5
3571
3572 今後の法科大学院教育に求めるもの
3573 昨年と同様に,本年の「国際関係法(私法系)」においても,規定の趣旨を正確
3574 に把握した上で,必要があればこれを一般的な解釈論として表現し,事案へ的確に
3575 当てはめる能力の有無が問われている。
3576 このことにつき,特に次の3点を指摘したい。第1に,明文の規定を的確に理解
3577 することが求められる(離婚の際の親権者との関連で述べたように,通則法第32
3578 条につき理解の精度が不足している答案が目についた。)。第2に,法規範が明文
3579 上完全な形では表現されていない場合,解釈による補充が求められる(通則法第
3580 27条について連結時点を意識していないと見られる答案が多数あった。)。第3
3581 に,法規範の抽象性が高い場合,解答を得るためには筋道立った推論が求められる
3582 (公序則の発動要件や鏡像理論との関連において,結論に至るまでの推論の過程を
3583 整然と示すことができない答案が多数あった。)。
3584 これらの点を日頃から意識して学ぶことが必要のように思われる。
3585
3586 - 83 -
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3588