1 論文式試験問題集[公法系科目第1問]
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5 [公法系科目]
6 〔第1問〕(配点:100)
7 20XX年,A市において,我が国がほぼ全面的に輸入に頼っている石油や石炭の代替となり得る
8 新たな天然ガス資源Yが大量に埋蔵されていることが判明し,民間企業による採掘事業計画が持ち上
9 がった。その採掘には極めて高い経済効果が見込まれ,A市の税収や市民の雇用の増加も期待できる
10 ものであった。
11 ただし,Y採掘事業には危険性が指摘されている。それは,採掘直後のYには人体に悪影響を及ぼ
12 す有害成分が含まれており,採掘の際にその有害成分が流出・拡散した場合,採掘に当たる作業員の
13 みならず,周辺住民に重大な健康被害を与える危険性である。この有害成分を完全に無害化する技術
14 は,いまだ開発されていなかった。また,実際,外国の採掘現場において,健康被害までは生じなかっ
15 たが,小規模の有害成分の流出事故が起きたこともあった。そのため,A市においては,Y採掘事業
16 に関して市民の間でも賛否が大きく分かれ,各々の立場から活発な議論や激しい住民運動が行われる
17 こととなった。
18 BとCは,A市に居住し,天然資源開発に関する研究を行っている大学院生であった。Bは,Yが
19 有力な代替エネルギーであると考えているが,その採掘には上記のような危険性があることから,こ
20 の点に関する安全確保の徹底が必要不可欠であると考えている。これに対して,Cは,上記のような
21 危険性を完全に回避する技術の開発は困難であり,安全性確保の技術が向上したとしてもリスクが大
22 きいと確信しており,Y採掘事業は絶対に許されないと考えている。
23 ところで,この頃,Bの実家がある甲市でもYの埋蔵が判明しており,Y採掘事業への賛否をめぐ
24 り,甲市が主催するYに関するシンポジウム(以下「甲市シンポジウム」という。
25 )が開催されていた。
26 甲市シンポジウムは,地方公共団体が主催するものとしては,日本で初めてのシンポジウムであった。
27 Bは,実家に帰省した際,甲市シンポジウムに参加し,一般論として上記のような自らの考えを述べ
28 た。その上で,Bは,A市におけるY採掘事業計画を引き合いに出して,作業員や周辺住民への健康
29 被害の観点から安全性が十分に確保されているとはいえず,そのような現状においては当該計画に反
30 対せざるを得ない旨の意見を述べた。
31 他方で,Cは,甲市シンポジウムの開催を知り,その開催がA市を含む全国各地におけるY採掘事
32 業に途を開くことになると考えた。そこで,Cは,甲市シンポジウムの開催自体を中止させようと思
33 い,Yの採掘への絶対的な全面反対及び甲市シンポジウムの即刻中止を拡声器で連呼しながらその会
34 場に入場しようとした。そして,Cは,これを制止しようとした甲市の職員ともみ合いになり,その
35 職員を殴って怪我を負わせ,傷害罪で罰金刑に処せられた。ただし,この事件は,全国的に大きく報
36 道されることはなかった。
37 その後,Yの採掘の際に上記の有害成分を無害化する技術の改善が進んだ。A市は,そのような技
38 術の改善を踏まえ,Y採掘事業を認めることとした。他方で,それでもなお不安を訴える市民の意見
39 を受け,A市は,その実施に向けて新しい専門部署として「Y対策課」を設置することとした。Y対
40 策課の設置目的は,将来実施されることとなるY採掘事業の安全性及びこれに対する市民の信頼を確
41 保することであり,その業務内容は,Y採掘事業に関し,情報収集等による安全性監視,事業者に対
42 する安全性に関する指導・助言,市民への対応や広報活動,異常発生時の市民への情報提供,市民を
43 含めた関係者による意見交換会の運営等をすることであった。
44 そして,A市は,Y対策課のための専門職員を募集することとした。その募集要項において,採用
45 に当たっては,Y対策課の設置目的や業務内容に照らし,当該人物がY対策課の職員としてふさわし
46 い能力・資質等を有しているか否かを確認するために6か月の判定期間を設け,その能力・資質等を
47 有していると認められた者が正式採用されると定められていた。
48 上記職員募集を知ったBは,Yの採掘技術が改善されたことを踏まえてもなお,いまだ安全性には問
49 題が残っているので,現段階でもY採掘事業には反対であるが,少しでもその安全性を高めるために,
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53 新設されるY対策課で自分の専門知識をいかし,市民の安全な生活や安心を確保するために働きたい
54 と考え,Y対策課の職員募集への応募書類を提出した。
55 他方,Cは,以前同様にY採掘事業は絶対に許されないと考えていた。Cは,Y対策課の職員にな
56 れば,Y採掘事業の現状をより詳細に知ることができるので,それをY採掘事業反対運動に役立てよ
57 うと思い,Y対策課の職員募集への応募書類を提出した。
58 A市による選考の結果,BとCは,Yについてこれまで公に意見を述べたことがなかったDら7名
59 (以下「Dら」という。
60 )とともに,Y対策課の職員として採用されることとなった。しかし,その判
61 定期間中に,外部の複数の者からA市の職員採用担当者に対して,Bについては甲市シンポジウムに
62 おいて上記のような発言をしていたことから,また,Cについては甲市シンポジウムにおいて上記の
63 ような言動をして事件を起こし,前科にもなっていることから,いずれもY対策課の職員としては不
64 適格である旨の申入れがなされた。そこで,A市の職員採用担当者がBとCに当該事実の有無を確認
65 したところ,両名とも,その担当者に対し,それぞれ事実を認めた。その際,Bは,Y採掘事業には
66 安全確保の徹底が必要不可欠であるところ,A市におけるY採掘事業には安全性にいまだ問題が残っ
67 ているので,現段階では反対せざるを得ないが,少しでもその安全性を高めるために働きたいとの考
68 えを述べた。また,Cは,Y採掘事業の危険性を完全に回避する技術の開発は困難であり,安全性確
69 保の技術が向上したとしてもリスクが大きく,Y採掘事業は絶対に許されないとの考えを述べた。そ
70 の後,BとCの両名は,判定期間の6か月経過後に正式採用されず,Dらのみが正式採用された。
71 BとCは正式採用されなかったことを不満に思い,それぞれA市に対し,正式採用されなかった理
72 由の開示を求めた。これに対して,A市は,BとCそれぞれに,BとCの勤務実績はDらと比較して
73 ほぼ同程度ないし上回るものであったが,いずれも甲市シンポジウムでのY採掘事業に反対する内容
74 の発言等があることや,Y採掘事業に関するそれぞれの考えを踏まえると,Y対策課の設置目的や業
75 務内容に照らしてふさわしい能力・資質等を有しているとは認められなかったと回答した。
76 Bは,Cと自分とでは,A市におけるY採掘事業に関して公の場で反対意見を表明したことがある
77 点では同じであるが,その具体的な内容やその意見表明に当たってとった手法・行動に大きな違いが
78 あるにもかかわらず,Cと自分を同一に扱ったことについて差別であると考えている。また,Bは,
79 自分と同程度あるいは下回る勤務実績の者も含まれているDらが正式採用されたにもかかわらず,A
80 市におけるY採掘事業に反対意見を持っていることを理由として正式採用されなかったことについて
81 も差別であると考えている。さらに,差別以外にも,Bは,Y採掘事業を安全に行う上での基本的条
82 件に関する自分の意見・評価を甲市シンポジウムで述べたことが正式採用されなかった理由の一つと
83 されていることには,憲法上問題があると考えている。
84 そこで,Bは,A市を被告として国家賠償請求訴訟を提起しようと考えた。
85 〔設問1〕
86 (配点:50)
87 あなたがBの訴訟代理人となった場合,Bの主張にできる限り沿った訴訟活動を行うという観
88 点から,どのような憲法上の主張を行うか。
89 (配点:40)
90 なお,市職員の採用に係る関連法規との関係については論じないこととする。また,職業選択の
91 自由についても論じないこととする。
92 における憲法上の主張に対して想定されるA市の反論のポイントを簡潔に述べなさい。
93 (配点
94 :10)
95 〔設問2〕
96 (配点:50)
97 設問1における憲法上の主張と設問1におけるA市の反論を踏まえつつ,あなた自身の憲法
98 上の見解を論じなさい。
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102 論文式試験問題集[公法系科目第2問]
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106 [公法系科目]
107 〔第2問〕(配点:100〔
108 〔設問1〕,〔設問2〕,〔設問3〕の配点割合は,2:5:3〕)
109 株式会社Xは,指定数量以上の灯油を取り扱うため,消防法第10条第1項及び危険物の規制に関す
110 る政令(以下「危険物政令」という。
111 )第3条第4号所定の一般取扱所に当たる取扱所(以下「本件取
112 扱所」という。
113 )につき,平成17年にY市長から消防法第11条第1項による設置許可を受け,灯油
114 販売業を営んでいた(消防法その他の関係法令については【資料1】参照)
115 。本件取扱所は,工業地域
116 に所在し,都市計画法及び建築基準法上,適法に建築されている。建築基準法上は,都市計画法上の用
117 途地域ごとに,一般取扱所を建築できるか否かが定められ,建築できる用途地域については,工業地域
118 を除き,一般取扱所で取り扱うことのできる危険物の指定数量の倍数(取扱所の場合,当該取扱所にお
119 いて取り扱う危険物の数量を当該危険物の指定数量で除して得た値を指す。以下「倍数」という。
120 )の
121 上限が規定されているが,工業地域については,倍数の制限なく一般取扱所を建築できることとされて
122 いる。本件取扱所において現在取り扱われている倍数は55である。
123 ところが,本件取扱所から18メートル離れた地点において,株式会社Aが葬祭場(以下「本件葬祭
124 場」という。
125 )の建築を計画し,平成27年1月にY市建築主事から建築確認(以下「本件建築確認」
126 という。
127 )を受けた上で,建築工事を完了させ,同年5月末には営業開始を予定している。本件葬祭場
128 の所在地は,平成17年の時点では第一種中高層住居専用地域とされていたため,都市計画法及び建築
129 基準法上,葬祭場の建築は原則として不可能であったが,平成26年に,Y市長が都市計画法に基づき
130 第二種中高層住居専用地域に指定替えする都市計画決定(以下「本件都市計画決定」という。
131 )を行い,
132 葬祭場の建築が可能になった。本件建築確認及び本件都市計画決定は,いずれも適法なものであった。
133 本件葬祭場の営業開始が法的な問題を発生させるのではないかという懸念を抱いたXの社員Bが,Y
134 市の消防行政担当課に問い合わせたところ,同課職員Cは次のような見解を示した。
135 本件葬祭場は,一般的な解釈に従えば,危険物政令第9条第1項第1号ロの「学校,病院,劇場そ
136 の他多数の人を収容する施設で総務省令で定める」建築物(以下,同号に定める建築物を「保安物件」
137 という。
138 )に当たるから,危険物政令第19条第1項により準用される危険物政令第9条第1項第1
139 号本文にいう距離(以下「保安距離」という。
140 )として,本件取扱所と本件葬祭場との間は30メー
141 トル以上を保たなければならない。
142 ただし,保安距離は,危険物政令第19条第1項により準用される危険物政令第9条第1項第1号
143 ただし書によって,市町村長が短縮することができる。Y市は,保安距離の短縮に関して内部基準(以
144 下「本件基準」という。
145 【資料2】参照)を定めている。本件基準は,@一般取扱所がいずれの用途
146 地域に所在するかに応じて,倍数の上限(以下「短縮条件」という。
147
148 ,A保安物件の危険度(保安物
149 件の立地条件及び構造により判定される。
150 )及び種類,並びに一般取扱所で取り扱う危険物の量(倍
151 数)及び種類ごとに,短縮する場合の保安距離の下限(以下「短縮限界距離」という。
152
153 ,B取扱所の
154 高さ,保安物件の高さ及び防火性・耐火性,並びに両者間の距離から算定される,必要な防火塀の高
155 さを定めている。そして,本件基準は,これら3つの要件が全て満たされる場合に限り,保安距離を
156 短縮することができるとしている。本件基準によれば,本件取扱所が所在する工業地域における短縮
157 条件としての倍数の上限は50であり,第二石油類に該当する灯油を取扱い,かつ,倍数が10以上
158 の本件取扱所及び本件葬祭場に適用される短縮限界距離は20メートルである。
159 本件葬祭場が営業を始めた場合,本件取扱所は,上記@及びAの要件を満たさないため,保安距離
160 を短縮することができず,消防法第10条第4項の技術上の基準に適合しないこととなる。そこで,
161 Y市長としては,消防法第12条第2項に基づき,Xに対し,本件取扱所を本件葬祭場から30メー
162 トル以上離れたところに移転すべきことを求める命令(以下「本件命令」という。
163 )を発する予定で
164 ある。
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168 Xとしては,本件基準Bの定める高さより高い防火塀を設置すること,及び危険物政令で義務付けら
169 れた水準以上の消火設備を増設することについては,技術的にも経営上も可能であり,実施する用意が
170 ある。他方,Xは,現在の倍数を減らすと経営が成り立たなくなるため,現在の倍数を減らせない状況
171 にある。また,Xの所有する敷地内において,本件取扱所を本件葬祭場から20メートル以上離れた位
172 置に移設することは不可能である。このような事情の下で,職員Cの見解に従うとすれば,Xは本件取
173 扱所を他所に移転せざるを得ず,巨額な費用を要することになる。納得がいかない社員Bは,知り合い
174 の弁護士Dに相談した。
175 以下に示された【法律事務所の会議録】を読んだ上で,弁護士Dの指示に応じる弁護士Eの立場に立っ
176 て,設問に答えなさい。
177 なお,消防法,都市計画法,建築基準法及び危険物政令の抜粋を【資料1 関係法令】に,本件基準
178 の抜粋を【資料2 本件基準(抜粋)】に,それぞれ掲げてあるので,適宜参照しなさい。
179 〔設問1〕
180 Xは,本件命令が発せられることを事前に阻止するために,抗告訴訟を適法に提起することができ
181 るか。行政事件訴訟法第3条第2項以下に列挙されている抗告訴訟として考えられる訴えを具体的に
182 挙げ,その訴えが訴訟要件を満たすか否かについて検討しなさい。
183 〔設問2〕
184 仮に,本件命令が発せられ,Xが本件命令の取消しを求める訴訟を提起した場合,この取消訴訟に
185 おいて本件命令は適法と認められるか。消防法及び危険物政令の関係する規定の趣旨及び内容に照ら
186 して,また,本件基準の法的性質及び内容を検討しながら,本件命令を違法とするXの法律論として
187 考えられるものを挙げて,詳細に論じなさい。解答に当たっては,職員Cの見解のうち(1)の法解釈
188 には争いがないこと,及び本件命令に手続的違法はないことを前提にしなさい。
189 〔設問3〕
190 仮に,本件命令が発せられ,Xが本件命令に従って本件取扱所を他所に移転させた場合,Xは移転
191 に要した費用についてY市に損失補償を請求することができるか。解答に当たっては,本件命令が適
192 法であること,及び損失補償の定めが法律になくても,憲法第29条第3項に基づき損失補償を請求
193 できることを前提にしなさい。
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197 【法律事務所の会議録】
198 弁護士D:本日は,Xの案件について議論したいと思います。Xからは,
199 「できれば事前に本件命令を阻
200 止できないか。
201 」と相談されています。Y市では,消防法第12条第2項による移転命令を発し
202 た場合,直ちにウェブサイトで公表する運用をとっており,Xは,それによって顧客の信用を失
203 うことを恐れているのです。
204 弁護士E:本件葬祭場の営業が開始されれば,Y市長が本件命令を発することが確実なのですね。
205 弁護士D:はい。その点は,私からもY市の消防行政担当課に確認をとりました。
206 弁護士E:では,本件命令が発せられることを,抗告訴訟によって事前に阻止することが可能か,検討し
207 てみます。
208 弁護士D:お願いします。次に,本件命令を事前に阻止できず,本件命令が発せられた場合,Xとしては
209 取消訴訟を提起して本件命令の適法性を争うことを考えています。消防法と危険物政令の関係規
210 定をよく読んで,本件命令を違法とする法律論について検討してください。なお,本件葬祭場が,
211 危険物政令第9条第1項第1号ロの保安物件に該当するかどうかについて議論の余地がないわけ
212 ではありませんが,その点は今回は検討せず,該当することを前提としてください。
213 弁護士E:危険物政令第9条第1項第1号ただし書については,本件基準が定められていますので,気に
214 なって立法経緯を調べました。このただし書の規定は,製造所そのものに変更がなくても,製造
215 所の設置後,製造所の周辺に新たに保安物件が設置された場合に,消防法第12条により,製造
216 所の移転等の措置を講じなければならなくなる事態を避けることを主な目的にして定められた,
217 とのことです。したがって,新たに設置される製造所の設置の許可に際して,このただし書の規
218 定を適用し,初めから保安距離を短縮する運用は,規定の趣旨に合わないと,行政実務上は考え
219 られています。
220 弁護士D:では,このただし書の規定の趣旨・内容及び本件基準の法的性質を踏まえた上で,本件基準@
221 及びAについて検討してください。
222 「倍数」は,耳慣れない用語かもしれませんが,取扱所で取
223 り扱われている危険物の分量と考えてください。なお,このただし書にある,市町村長等が「安
224 全であると認め」る行為が行政処分でないことは明らかですから,処分性の問題は考えなくて結
225 構です。本件基準@は,工業地域などの用途地域について触れていますが,用途地域の制度の概
226 要は御存じですね。
227 弁護士E:もちろんです。用途地域は,基本的に市町村が都市計画法に基づき都市計画に定めるもので,
228 用途地域の種類ごとに,建築基準法別表第二に,原則として建築が可能な用途の建築物又は不可
229 能な用途の建築物が列挙されています。
230 弁護士D:そのとおりです。建築基準法上,工業地域においては,一般取扱所を建築でき,倍数に関する
231 制限もありません。
232 弁護士E:分かりました。それから,危険物政令第23条が,製造所,取扱所等の位置,構造及び設備の
233 基準の特例を定めていますので,この規定についても立法経緯を調べました。消防法が昭和34
234 年に改正される以前には,各市町村長が各市町村条例の定めるところにより異なる基準を設けて
235 危険物規制を行っていたのですが,同年に改正された消防法により,危険物規制の基準が全国で
236 統一されました。一方で,現実の社会には一般基準に適合しない特殊な構造や設備を有する危険
237 物施設が存在し,また,科学技術の進歩に伴って一般基準において予想もしない施設が出現する
238 可能性があるため,こうした事態に市町村長等の判断と責任において対応し,政令の趣旨を損な
239 うことなく実態に応じた運用を可能にするために,危険物政令第23条が定められた,とのこと
240 です。
241 弁護士D:なるほど。検討に当たっては,危険物政令第9条第1項第1号本文の保安距離の例外を認める
242 ために,同号ただし書が定められているとして,更に第23条を適用する余地があるかなど,第
243 9条第1項第1号ただし書と第23条との関係についても整理しておく必要がありそうですね。
244 弁護士E:分かりました。それから,事情を確認したいのですが,Xは,防火塀の設置及び消火設備の増
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248 設も考えているのですね。
249 弁護士D:はい,移転よりはずっと費用が安いですから,本件基準Bの定める高さ以上の防火塀の設置や,
250 法令で義務付けられた水準以上の消火設備を増設する用意があるとのことでした。
251 弁護士E:分かりました。
252 弁護士D:さらに,Xは,
253 「敗訴の可能性もあるから,本件命令に従って他所に移転することも考えてい
254 る。しかし,それには巨額の費用が掛かるが,Y市に補償を要求できないだろうか。
255 」とも言っ
256 ていました。そこで,Xが本件命令に従う場合や,本件命令の取消訴訟で敗訴した場合を想定し
257 て,損失補償の可能性も検討する必要があります。消防法上,本件のような場合について補償の
258 定めはないのですね。
259 弁護士E:はい,ありません。
260 弁護士D:個別法に損失補償の定めがない場合に,憲法に基づき直接補償を請求できるかどうかについて,
261 学説上議論がないわけではありませんが,その点は今回は検討せず,損失補償請求権が憲法第
262 29条第3項により直接発生することを前提として,主張を組み立ててください。
263 弁護士E:消防法第12条は,取扱所の所有者等に対して,第10条第4項の技術上の基準に適合するよ
264 うに維持すべき義務を課しています。この第12条の趣旨をどう理解するか,その趣旨が損失補
265 償と関係するかが問題になりそうですね。
266 弁護士D:さらに,次のような事情も問題になりそうです。Xが本件取扱所の営業を始めた平成17年の
267 時点では,本件葬祭場の所在地は,用途地域の一つである第一種中高層住居専用地域とされてい
268 ました。第一種中高層住居専用地域では,原則として,建築基準法別表第二(は)項に列挙され
269 ている用途の建築物に限り建築できるのですが,葬祭場はここに列挙されておらず,建築が原則
270 として不可能でした。しかし,平成26年の都市計画決定で第二種中高層住居専用地域に指定替
271 えがされて建築規制が緩和されたため,葬祭場の建築が可能になりました。第二種中高層住居専
272 用地域では,別表第二(に)項に列挙されていない用途の建築物であれば建築でき,葬祭場は,
273 同(に)項7号及び8号の「
274 (は)項に掲げる建築物以外の建築物の用途に供する」建築物に当
275 たりますので,二階建てまでで床面積が1500平方メートルを超えなければ,建築できるので
276 す。
277 弁護士E:分かりました。そのような事情が損失補償と関係するかどうか,検討してみます。
278 弁護士D:よろしくお願いします。本件命令が発せられた場合のXの対応方針を決めるに当たっては,一
279 方で,取消訴訟を提起したとして本件命令が違法とされる見込みがどの程度あるか,他方で,損
280 失補償が認められる見込みがどの程度あるかを,判断の基礎にする必要がありますので,綿密に
281 検討を進めてください。
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285 【資料1 関係法令】
286 ○ 消防法(昭和23年7月24日法律第186号)
287 (抜粋)
288 第1条 この法律は,火災を予防し,警戒し及び鎮圧し,国民の生命,身体及び財産を火災から保護する
289 とともに,火災又は地震等の災害による被害を軽減するほか,災害等による傷病者の搬送を適切に行い,
290 もつて安寧秩序を保持し,社会公共の福祉の増進に資することを目的とする。
291 第2条 この法律の用語は左の例による。
292 2〜6 (略)
293 7 危険物とは,別表第一の品名欄に掲げる物品で,同表に定める区分に応じ同表の性質欄に掲げる性状
294 を有するものをいう。
295
296 (注) 別表第一には,
297 「第四類 引火性液体」として,第二石油類が掲げられ,
298 「備考十四」として,
299 「第二石油類とは,灯油,軽油その他(中略)をいい,
300 」と記されている。
301
302 第10条 指定数量以上の危険物は,貯蔵所(中略)以外の場所でこれを貯蔵し,又は製造所,貯蔵所及
303 び取扱所以外の場所でこれを取り扱つてはならない。
304 (以下略)
305
306 (注) 消防法上,指定数量とは,
307 「危
308 険物についてその危険性を勘案して政令で定める数量」をいう。
309
310 2 (略)
311 3 製造所,貯蔵所又は取扱所においてする危険物の貯蔵又は取扱は,政令で定める技術上の基準に従つ
312 てこれをしなければならない。
313 4 製造所,貯蔵所及び取扱所の位置,構造及び設備の技術上の基準は,政令でこれを定める。
314 第11条 製造所,貯蔵所又は取扱所を設置しようとする者は,政令で定めるところにより,製造所,貯
315 蔵所又は取扱所ごとに,次の各号に掲げる製造所,貯蔵所又は取扱所の区分に応じ,当該各号に定める
316 者の許可を受けなければならない。製造所,貯蔵所又は取扱所の位置,構造又は設備を変更しようとす
317 る者も,同様とする。
318 一 消防本部及び消防署を置く市町村(中略)の区域に設置される製造所,貯蔵所又は取扱所(中略)
319 当該市町村長
320 二〜四 (略)
321 2 前項各号に掲げる製造所,貯蔵所又は取扱所の区分に応じ当該各号に定める市町村長,都道府県知事
322 又は総務大臣(以下この章及び次章において「市町村長等」という。
323 )は,同項の規定による許可の申
324 請があつた場合において,その製造所,貯蔵所又は取扱所の位置,構造及び設備が前条第4項の技術上
325 の基準に適合し,かつ,当該製造所,貯蔵所又は取扱所においてする危険物の貯蔵又は取扱いが公共の
326 安全の維持又は災害の発生の防止に支障を及ぼすおそれがないものであるときは,許可を与えなければ
327 ならない。
328 3〜7 (略)
329 第12条 製造所,貯蔵所又は取扱所の所有者,管理者又は占有者は,製造所,貯蔵所又は取扱所の位置,
330 構造及び設備が第10条第4項の技術上の基準に適合するように維持しなければならない。
331 2 市町村長等は,製造所,貯蔵所又は取扱所の位置,構造及び設備が第10条第4項の技術上の基準に
332 適合していないと認めるときは,製造所,貯蔵所又は取扱所の所有者,管理者又は占有者で権原を有す
333 る者に対し,同項の技術上の基準に適合するように,これらを修理し,改造し,又は移転すべきことを
334 命ずることができる。
335 3 (略)
336 ○ 都市計画法(昭和43年6月15日法律第100号)
337 (抜粋)
338 (地域地区)
339 第8条 都市計画区域については,都市計画に,次に掲げる地域,地区又は街区を定めることができる。
340 一 第一種低層住居専用地域,第二種低層住居専用地域,第一種中高層住居専用地域,第二種中高層住
341 居専用地域,第一種住居地域,第二種住居地域,準住居地域,近隣商業地域,商業地域,準工業地域,
342
343 - 6 -
344
345 工業地域又は工業専用地域(以下「用途地域」と総称する。
346
347 二〜十六 (略)
348 2〜4 (略)
349 第9条 1・2 (略)
350 3 第一種中高層住居専用地域は,中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定める地域とする。
351 4 第二種中高層住居専用地域は,主として中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定める地
352 域とする。
353 5〜10 (略)
354 11 工業地域は,主として工業の利便を増進するため定める地域とする。
355 12〜22 (略)
356 ○ 建築基準法(昭和25年5月24日法律第201号)
357 (抜粋)
358 (用途地域等)
359 第48条 1・2 (略)
360 3 第一種中高層住居専用地域内においては,別表第二(は)項に掲げる建築物以外の建築物は,建築し
361 てはならない。ただし,特定行政庁が第一種中高層住居専用地域における良好な住居の環境を害するお
362 それがないと認め,又は公益上やむを得ないと認めて許可した場合においては,この限りでない。
363 4 第二種中高層住居専用地域内においては,別表第二(に)項に掲げる建築物は,建築してはならない。
364 ただし,特定行政庁が第二種中高層住居専用地域における良好な住居の環境を害するおそれがないと認
365 め,又は公益上やむを得ないと認めて許可した場合においては,この限りでない。
366 5〜15 (略)
367 別表第二 (い)
368 ・(ろ) (略)
369 (は) 第一種中高層住居専用地域内に建築することができる建築物
370 一 (い)項第1号から第9号までに掲げるもの〔
371 (注) (い)項第1号に「住宅」
372 ,同第4号に「学
373 校(大学,高等専門学校,専修学校及び各種学校を除く。
374
375 」等が挙げられている。
376
377 二 大学,高等専門学校,専修学校その他これらに類するもの
378 三 病院
379 四〜八 (略)
380 (に) 第二種中高層住居専用地域内に建築してはならない建築物
381 一〜六 (略)
382 七 三階以上の部分を(は)項に掲げる建築物以外の建築物の用途に供するもの(以下略)
383 八 (は)項に掲げる建築物以外の建築物の用途に供するものでその用途に供する部分の床面積の合
384 計が1500平方メートルを超えるもの(以下略)
385 (ほ)〜(わ) (略)
386 ○ 危険物の規制に関する政令(昭和34年9月26日政令第306号)
387 (抜粋)
388
389 (注) 本政令中,
390 「法」は消防法を指す。
391
392 (取扱所の区分)
393 第3条 法第10条の取扱所は,次のとおり区分する。
394 一〜三 (略)
395 四 前3号に掲げる取扱所以外の取扱所(以下「一般取扱所」という。
396
397 (製造所の基準)
398 第9条 法第10条第4項の製造所の位置,構造及び設備(中略)の技術上の基準は,次のとおりとする。
399 一 製造所の位置は,次に掲げる建築物等から当該製造所の外壁又はこれに相当する工作物の外側まで
400
401 - 7 -
402
403 の間に,それぞれ当該建築物等について定める距離を保つこと。ただし,イからハまでに掲げる建築
404 物等について,不燃材料(中略)で造つた防火上有効な塀を設けること等により,市町村長等が安全
405 であると認めた場合は,当該市町村長等が定めた距離を当該距離とすることができる。
406 イ (略)
407 ロ 学校,病院,劇場その他多数の人を収容する施設で総務省令で定めるもの 30メートル以上
408 ハ〜へ (略)
409 二〜二十二 (略)
410 2・3 (略)
411 (一般取扱所の基準)
412 第19条 第9条第1項の規定は,一般取扱所の位置,構造及び設備の技術上の基準について準用する。
413 2〜4 (略)
414 (基準の特例)
415 第23条 この章〔
416 (注) 第9条から第23条までを指す。
417 〕の規定は,製造所等について,市町村長等
418 が,危険物の品名及び最大数量,指定数量の倍数,危険物の貯蔵又は取扱いの方法並びに製造所等の周
419 囲の地形その他の状況等から判断して,この章の規定による製造所等の位置,構造及び設備の基準によ
420 らなくとも,火災の発生及び延焼のおそれが著しく少なく,かつ,火災等の災害による被害を最少限度
421 に止めることができると認めるとき,又は予想しない特殊の構造若しくは設備を用いることにより,こ
422 の章の規定による製造所等の位置,構造及び設備の基準による場合と同等以上の効力があると認めると
423 きにおいては,適用しない。
424
425 - 8 -
426
427 【資料2
428
429 本件基準(抜粋)】
430
431 Y市長が一般取扱所について危険物政令第19条第1項の規定により準用される第9条第1項第1号
432 ただし書の規定を適用する場合は,以下の基準による。
433 @ 短縮条件
434 倍数が次に掲げる数値を超える一般取扱所については,危険物政令第9条第1項第1号本文の保安
435 距離を短縮することができない。
436 一・二 (略)
437 三 準工業地域又は工業地域に所在する一般取扱所 50
438 A 短縮限界距離
439 一般取扱所については,防火塀を設けることにより,次に掲げる距離を下限として,危険物政令第
440 9条第1項第1号本文の保安距離を短縮することができる。
441 一 保安物件が危険物政令第9条第1項第1号ロに規定する建築物であり,別表に基づき保安物件の
442 立地条件及び構造から判定される危険度がC(最小)のランクである場合〔
443 (注) 本件葬祭場は
444 このCのランクに該当する。
445
446 (い) 一般取扱所が第二石油類(中略)を取り扱い,倍数が10未満の場合 18メートル
447 (ろ) 一般取扱所が第二石油類(中略)を取り扱い,倍数が10以上の場合 20メートル
448 (は)
449
450 (に) (略)
451 二〜九 (略)
452 B 防火塀の高さ
453 必要な防火塀の高さは,取扱所の高さ,保安物件の高さ,保安物件の防火性・耐火性の程度,及び
454 保安物件と一般取扱所との距離を変数として,次の数式により算定する。
455 (以下略)
456
457 - 9 -
458
459