1 【公法系科目】
2 〔第1問〕
3 1.本年の問題は,
4 職業の自由及び移動の自由に対する制約の可否を問うものである。
5
6
7 規制@は,
8 生活路線バスを運行する乗合バス事業者にのみ高速路線バスの運行を認めるも
9 のであるため,
10 専ら高速路線バスのみを運行してきた乗合バス事業者の職業の自由を制約す
11 ることになる。
12
13 同時に,
14 規制@は,
15 生活路線バスへの新規参入について,
16 既存の生活路線バ
17 スを運行する乗合バス事業者の経営の安定を害さない場合に限り,
18 認めるものとしている。
19
20
21 また,
22 規制Aは,
23 特定の渋滞区域について,
24 域外からの自家用車の乗り入れを原則として
25 禁止するものであるため,
26 当該区域の住民以外の者の移動の自由を制約することになる。
27
28
29 2.規制@については,
30 規制の強度,
31 規制の目的,
32 生活路線バス事業の特徴等を踏まえて審査
33 基準を定立し,
34 規制の憲法適合性について検討することが求められる。
35
36 この点については,
37
38 薬事法事件判決(最大判昭和50年4月30日民集29巻4号572頁)が参考になる。
39
40
41 判決によれば,
42 職業は,
43 個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものであるが,
44 その一
45 方で,
46 社会的相互関連性が大きいため,
47 殊に精神的自由と比して公権力による規制の要請が
48 強い。
49
50 職業活動には,
51 種々の目的から立法府の合理的な裁量判断による種々の規制が加えら
52 れるため,
53 規制措置の憲法適合性については,
54 これを一律に論ずることはできないが,
55 立法
56 裁量には事の性質上,
57 自ずと広狭があるとされる。
58
59 同判決は,
60 一般に許可制は職業の自由に
61 対する強力な制限であるから,
62 それが合憲とされるためには重要な公共の利益のために必要
63 かつ合理的な措置であることを要するとしている。
64
65 また,
66 許可制による規制が消極目的から
67 採られた場合には,
68 許可制に比べて職業の自由に対するより緩やかな制限である職業活動の
69 内容及び態様に対する規制によっては目的を十分に達成することができないと認められるこ
70 とを要するとされる。
71
72
73 規制@は,
74 バス事業を一つの職業として見た場合,
75 形式的には職業遂行の自由に対する制
76 約にとどまるとも解し得るが,
77 専ら高速路線バスのみを運行してきた乗合バス事業者にとっ
78 ては,
79 狭義の職業選択の自由に対する制約に等しいとも言える。
80
81 取り分け,
82 本問においては,
83
84 生活路線バスへの参入に対して申請者の能力や資質とは無関係の要件が設けられているた
85 め,
86 新規参入が事実上,
87 極めて困難であることにも注意しなければならない。
88
89
90 また,
91 規制@の目的として,
92 地域の公共交通の維持と,
93 高齢者の運転ミスからの高齢者自
94 身及び第三者の身体・生命の保護が挙げられている。
95
96 そのため,
97 規制の主目的と副次的目的
98 の区別が可能であるかどうか,
99 また,
100 可能であるとした場合,
101 どちらが主目的であるのかの
102 検討も求められよう(前掲薬事法事件判決参照)。
103
104 その上で,
105 主たる目的が地域の公共交通
106 の維持であると解する場合,
107 積極目的であることを理由に,
108 広い立法裁量を認めるべきであ
109 ると論じることも可能である(小売市場事件判決〔最大判昭和47年11月22日刑集26
110 巻9号586頁〕参照)。
111
112 一方,
113 学説においては,
114 積極目的であるからといって審査基準を
115 極端に緩和すべきではなく,
116 強力な制限については立法事実を踏まえた相応に厳しい審査が
117 求められるとする見解があり,
118 また,
119 判例にも,
120 審査の枠組みの検討に当たって,
121 当該規制
122 立法が,
123 どこまで政策的裁量や専門技術的裁量を尊重すべき分野に属するのかを重視したと
124 思われるものがある(酒類販売免許制事件判決〔最判平成4年12月15日民集46巻9号
125 2829頁〕参照)。
126
127
128 さらに,
129 規制@と公衆浴場の適正配置規制との類似性を見いだすこともできるであろう。
130
131
132 この観点からは,
133 生活路線バスは自家用車を持たない住民にとって日常生活上必要不可欠な
134 移動手段であり,
135 利用者の範囲が地域的に限定されていて企業としての弾力性に乏しいこと,
136
137 自家用車の普及に伴い経営が困難になっていること等を述べた上で,
138 規制@は公衆浴場の距
139 離制限と同じく強力な制限であるが,
140 既存の生活路線バス事業者の経営の安定を図ることに
141 より生活路線バス網を維持する上で,
142 必要かつ合理的な範囲内の手段であると論じることも
143
144 - 1 -
145
146 できる(公衆浴場法事件判決〔最判平成元年3月7日判例時報1308号111頁〕参照)。
147
148
149 いずれの立場を採るにせよ,
150 判例を踏まえつつ,
151 自説と異なる立場を考慮した論述が求め
152 られる。
153
154
155 3.規制Aは,
156 特定区域の住民以外の者の自家用車による移動を制限するものであるが,
157 まず
158 検討を要するのは,
159 自家用車による自由な移動を,
160 憲法上,
161 どのように位置付けるかである。
162
163
164 この点,
165 外国への一時旅行の事案であるが,
166 国内における移動の自由が憲法第22条第1
167 項の居住・移転の自由の保障に含まれるとしていると解し得る判例がある(帆足計事件判決
168 〔最大判昭和33年9月10日民集12巻13号1969頁〕参照)。
169
170 また,
171 その意義とし
172 て,
173 もともと居住・移転の自由は経済的自由に属すると解されてきたが,
174 人身の自由ともつ
175 ながりを持ち,
176 さらに他の人々との意見や情報の交流などを通じて人格の形成に役立つとい
177 う精神的自由の側面をも持つと指摘する見解がある(旅券発給拒否処分に関する最判昭和6
178 0年1月22日民集39巻1号1頁における伊藤正己裁判官の補足意見参照)。
179
180
181 これに対し,
182 移動の自由は,
183 憲法第22条第1項の「移転」に含まれるものではないとの
184 見解もあり得る(前掲帆足計事件判決における田中耕太郎,
185 下飯坂潤夫両裁判官の補足意見
186 参照)。
187
188 このような立場からは,
189 移動の自由に対する制約は,
190 一般的自由又は幸福追求権(憲
191 法第13条)の問題として検討されることになる。
192
193
194 規制Aは,
195 単なる通過や観光目的での乗り入れのほか,
196 講演会や集会への参加を目的とし
197 た自家用車の乗り入れをも禁止する。
198
199 移動の自由に精神的自由の側面があると解した場合,
200
201 規制自体は緩やかであっても,
202 その憲法適合性は,
203 相応に慎重に審査されることになろう。
204
205
206 住民の安全で円滑な移動を確保するという目的に重要性は認められるとしても,
207 区域という
208 面ではなく,
209 特定の道路への進入禁止によって立法目的が達成できないか,
210 あるいは,
211 混雑
212 の主たる原因が観光バスであるとすれば,
213 自家用車のみを規制しても混雑緩和や狭隘な道路
214 における安全な通行にはつながらないのではないかなど,
215 手段の必要性,
216 合理性を検討する
217 ことが求められよう。
218
219 また,
220 規制Aは合憲であるとした上で,
221 集会等への参加にこれを適用
222 することを違憲とする立場もあり得る。
223
224
225 もとより,
226 移動の自由は憲法第22条第1項により保障されるとしても,
227 他の移動手段が
228 ある場合には,
229 規制Aによる制約は軽微であり,
230 その憲法適合性については緩やかな審査で
231 足りると考えることもできる。
232
233 移動の自由を憲法第13条の一般的自由の問題だと解した場
234 合も同様である。
235
236 これらの場合,
237 自家用車による通行は,
238 いつ,
239 いかなる場所においても認
240 められるべきものではないことを前提に,
241 目的及び手段に合理性が認められるかどうか,
242
243 事者にとって過度の負担とならないかどうかを検討することになろう(未決拘禁者の喫煙禁
244 止に関する最大判昭和45年9月16日民集24巻10号1410頁も参照)。
245
246
247 〔第2問〕
248 農地を他の目的に転用するに際しては,
249 農地法第4条第1項に基づく都道府県知事等による
250 農地転用許可を要するが,
251 当該農地が農業振興地域の整備に関する法律(以下「農振法」とい
252 う。
253
254 )第8条第1項に基づく市町村の農用地利用計画により,
255 農用地区域内の農地に指定され
256 ている場合には,
257 原則として,
258 農地の転用は認められない。
259
260 したがって,
261 こうした農地を転用
262 するためには,
263 その前提として,
264 農振法第13条第1項に基づく計画変更による当該農地の農
265 用地区域からの除外を求めなければならない。
266
267 本問は,
268 近隣農家のための医院設置を目的とし
269 て農地(以下「本件農地」という。
270
271 )を転用するため,
272 それを農用地区域から除外するための
273 B市による農用地利用計画(以下「本件計画」という。
274
275 )の変更が求められた事例について,
276
277 農振法や関係法令の仕組みを踏まえながら,
278 そこでの法律問題を分析することが求められてい
279 る。
280
281
282 まず,
283 本問の事例においては,
284 Xによる本件農地を農用地区域から除外するための本件計画
285
286 - 2 -
287
288 の変更をB市が認めておらず,
289 それを争う前提として,
290 本件計画の変更及びその申出の拒絶の
291 処分性が問われている(設問1(1))。
292
293 さらに,
294 本件計画の変更及びその拒絶が処分であること
295 を前提として,
296 Xによる本件農地の農用地区域からの除外の申出をB市が受け付けず,
297 これに
298 対する可否の通知をしていない状況において,
299 Xが選択すべき抗告訴訟の検討が求められる(設
300 問1(2))。
301
302 最後に,
303 B市により,
304 本件申出を拒絶する通知がなされた場合に,
305 それに対する取
306 消訴訟において,
307 Xがどのような違法事由を主張すべきかが問われている(設問2)。
308
309 以上の
310 点について,
311 【法律事務所の会議録】を踏まえながら,
312 そこで示されている弁護士Cの指示に
313 沿って,
314 B市による反論も想定しつつ,
315 弁護士Dの立場から検討することが求められる。
316
317
318 まず,
319 【設問1】(1)は,
320 いわゆる処分性を問うものであるが,
321 農用地区域の設定や除外の処
322 分性については,
323 なお,
324 下級審判決は分かれている。
325
326 まず,
327 農用地区域の設定自体については,
328
329 その法的効果として,
330 農振法等により,
331 様々な農地の利用制限が規定されている。
332
333 こうした土
334 地利用を規制する計画の法的性格については,
335 都市計画法上の用途地域に関し,
336 これを法令類
337 似のものであるとする判例(【法律事務所の会議録】に掲げられた最高裁判所昭和57年4月
338 22日第一小法廷判決)がある。
339
340 しかし,
341 その適用範囲や規制の強度等を考えると,
342 これと農
343 用地区域の規制を同視し得るか否かは問題となろうし,
344 さらに,
345 その範囲の点からも,
346 個別の
347 農地についての農用地区域からの除外について,
348 同様に解してよいかについては,
349 別途,
350 検討
351 を要する。
352
353 さらに,
354 本件の事例においては,
355 B市の内部規程とはいえ,
356 運用指針には,
357 農用地
358 区域からの除外の申出と可否の通知が制度化されており,
359 これを農振法の趣旨を具体化したも
360 のとみて,
361 農用地区域からの除外について,
362 農地所有者等の申請権を読み取り,
363 本件申出に対
364 する可否の通知に処分性を認める解釈もあり得よう。
365
366 さらに,
367 処分性の判断においては,
368 救済
369 の必要性に関する実質的考慮も求められることから,
370 本問の事案においても,
371 後に予想される
372 農地法第4条第1項に基づく農地転用許可の拒否処分に対する取消訴訟の段階での救済可能性
373 の評価についても,
374 言及が求められている。
375
376
377 次に,
378 【設問1】(2)は,
379 本件計画の変更及びその申出の拒絶に処分性が認められることを前
380 提としつつ,
381 B市が本件申出を返送して,
382 1年以上たっても,
383 これに対する可否の通知をして
384 いないという事案について,
385 Xがいかなる抗告訴訟を選択すべきかの検討が求められる。
386
387 それ
388 らが処分であることを前提とすると,
389 本件計画の変更の申出は申請であることになるが,
390 まず
391 は,
392 行政手続法第7条に照らすと,
393 Xの申出は,
394 いかなる状況に置かれていることになるか。
395
396
397 行政手続法の基本的な理解が問われている。
398
399 その結果,
400 Xが選択すべき抗告訴訟は,
401 不作為の
402 違法確認訴訟ということになるが,
403 事案から読み取れる範囲で,
404 その訴訟要件充足性及び本案
405 の主張の検討も求められる。
406
407 Xの申出の置かれている状況を前提として,
408 訴訟要件としては,
409
410 Xの申出が「法令に基づく申請」に該当すること,
411 それに対する処分がなされていないこと,
412
413 本案の主張としては,
414 申出から「相当の期間」が経過していることが整理されなければならな
415 い。
416
417 なお,
418 申請型義務付け訴訟の併合提起が考えられるが,
419 本問では,
420 その検討は求められて
421 いない。
422
423
424 最後に,
425 【設問2】においては,
426 その後にXの申出に対する拒絶の通知がなされたと仮定し
427 て,
428 その取消訴訟において,
429 この申出を拒絶することの違法事由として,
430 Xが主張すべき違法
431 事由の検討が求められる。
432
433 農用地区域からの除外については,
434 農振法や関係法令において,
435
436 めて多岐にわたる積極又は消極の要件が規定されているが,
437 ここでは,
438 事前の相談においてB
439 市から示された拒絶の理由について,
440 その妥当性が問題とされる。
441
442 すなわち,
443 土地改良事業で
444 ある用排水施設の改修との関係について,
445 やや複雑な法令の適用関係に照らして,
446 農振法第1
447 3条第2項第5号の要件の充足性を検討することが求められる。
448
449 まず,
450 本件事業の目的や本件
451 農地との関係など,
452 与えられた事案の範囲で,
453 農業の振興という本件計画の基本的な目的も踏
454 まえつつ,
455 本件事業が農振法第10条第3項第2号及び同法施行規則第4条の3第1号イの事
456 業に該当するか否かが検討され,
457 それに基づいて申出の拒絶の違法事由が提示されなければな
458
459 - 3 -
460
461 らない。
462
463 次に,
464 同法施行令第9条の規定する8年という期間制限の本件農地に対する適用が問
465 題とされる。
466
467 同条の文言上は,
468 農用地区域からの除外が例外なく一律に排除されているように
469 も読めるが,
470 こうした政令は,
471 無効とまでは言えないとしても,
472 委任した法律の趣旨目的に適
473 合するように解釈されなければならない。
474
475 土地改良事業との関係で農用地区域からの除外を制
476 限する農振法の目的は,
477 「公共投資により得られる効用の確保」である。
478
479 このことから,
480 本件
481 農地の農用地区域からの除外が本件事業の「効用」に与える影響との関係を踏まえて,
482 一律の
483 期間制限に例外を認める解釈が求められることとなる。
484
485
486 【民事系科目】
487 〔第1問〕
488 本問は,
489 民法の幅広い分野から,
490 民法の基礎的な理解とともにその応用力をも問うものであ
491 り,
492 当事者の主張を踏まえつつ複数の法律問題の相互関係を適切に理解したり,
493 事案の特殊性
494 を論理的に分析して自説を展開する能力が試されている。
495
496
497 設問1は,
498 令和2年4月1日に施行された民法(債権関係)の改正法(平成29年法律第4
499 9号。
500
501 以下「改正法」という。
502
503 )を踏まえ,
504 契約不適合責任,
505 債務不履行,
506 相殺,
507 債権譲渡等
508 といった民法債権編の複数の制度・規定について,
509 基本的な理解ができているか,
510 その理解を
511 具体的事例における救済手段の検討を通じて適切に展開することができるかを問うものであ
512 る。
513
514
515 設問1の事実関係の下では,
516 契約不適合責任(民法第562条)が問題となるところ,
517 問題
518 文において,
519 買主Bが乙建物に引き続き居住することを前提に,
520 代金支払額をなるべく少なく
521 するために,
522 契約@に基づきどのような主張をすることができるかという趣旨であることが明
523 示されているのであるから,
524 契約不適合責任に基づく二つの救済手段,
525 すなわち,
526 代金減額請
527 求権の行使,
528 及び追完に代わる損害賠償請求権と売買代金債権との相殺による減額の可否を検
529 討すれば足り,
530 居住が不可能になる解除や,
531 契約に基づくものではない不法行為等について言
532 及する必要はない。
533
534
535 前提として,
536 売主Aが契約不適合責任を負うことを確認する必要があるが,
537 契約不適合責任
538 が認められるかについては,
539 契約当事者が特に合意した内容及び取引上の社会通念に照らして
540 判断されることを示しつつ,
541 乙建物の品質(防音性能)には契約不適合があると述べる必要が
542 ある。
543
544 設問1では,
545 AB間において,
546 乙建物が特に優れた防音性能を備えた物件であることが
547 合意の内容とされ,
548 代金額が定められたこと(【事実】1),
549 乙建物は合意された防音性能を備
550 えていないこと(【事実】5)などからすると契約不適合があると評価することが求められる。
551
552
553 代金減額請求権の発生については,
554 原則として追完の催告を行った上で,
555 催告で定められた
556 相当期間経過後も追完がないことが必要であることに加え,
557 契約不適合につき買主に帰責事由
558 がある場合は行使することができないことを述べた上で,
559 設問1の事実関係から,
560 これらの要
561 件が認められることを述べる必要がある。
562
563 その際,
564 代金減額の効果が発生するためには代金減
565 額請求の意思表示が必要であることも述べる必要があり,
566 代金減額請求権の行使により「不適
567 合に応じた」減額の効果が生じることも併せて指摘することが望ましい。
568
569
570 Bが代金減額請求権を行使するに当たり,
571 売買代金債権の譲受人Cに対抗することができる
572 かについては,
573 Cへの債権譲渡につき債務者対抗要件が具備されていることを指摘した上で,
574
575 その具備前に民法第468条第1項の「譲渡人に対して生じた事由」が存在したといえるかが
576 問題となることを指摘する必要がある。
577
578 「譲渡人に対して生じた事由」の意義については,
579
580 広く抗弁事由の主たる発生原因ないし法的基礎の存在をもって足りると解することができる立
581 場,
582 抗弁それ自体の存在を必要とする立場などが考えられ,
583 いずれの立場によっても構わな
584 いが,
585 請負契約に基づく残報酬債権が第三者に譲渡されて対抗要件が備えられた後に,
586 請負人
587 の仕事完成義務の不履行が生じ,
588 これに基づき注文者が請負契約を解除した場合に関する最判
589
590 - 4 -
591
592 昭和42年10月27日民集21巻8号2161頁を踏まえた検討が求められる。
593
594
595 の立場による場合には,
596 請負契約における仕事完成債務の不履行を理由とする注文者によ
597 る解除の場面のみならず,
598 同一の双務契約において売主が債務不履行に陥った場合における買
599 主の救済手段である代金減額請求にも同様に適用可能な解釈準則として,
600 民法第468条第1
601 項の「事由」が抗弁事由の主な発生原因である契約の存在で足りるとする一般的な考え方を基
602 礎としているものと考えることになると思われる。
603
604 そして,
605 上記最高裁判決もこれに沿うもの
606 として位置付けることが可能であるとして,
607 代金減額請求権の発生という抗弁事由の発生原因
608 又は法的基礎に当たる契約@の存在をもって,
609 同項の「事由」に当たることなどを論ずべきこ
610 とになる。
611
612
613 の立場による場合には,
614 例えば,
615 代金減額請求が不適合物の給付を履行と認容した上で新
616 たに契約規範を再設定(契約改訂)する側面も有しているという特殊性に鑑み,
617 抗弁の発生原
618 因として,
619 売買契約の存在に加えて引渡しをも必要とするなどと考えることになるが,
620 併せて,
621
622 代金減額請求と解除との異質性を指摘するなど,
623 上記最高裁判決の射程が及ばないと考えるべ
624 き根拠を説得的に展開する必要がある。
625
626
627 追完に代わる損害賠償債権と売買代金債権との相殺による実質的な減額については,
628 その前
629 提として,
630 Bが追完に代わる損害賠償債権を有していることが必要であるが,
631 その根拠規定に
632 ついては民法第415条第1項に基づく立場と同条第2項の適用又は類推適用に基づく立場が
633 あると考えられる。
634
635 いずれの立場によっても構わないが,
636 自己の採用した立場から一貫性のあ
637 る法律構成をすることが必要であるほか,
638 後者の立場では,
639 同項各号のいずれに該当するかを
640 検討する必要がある。
641
642 また,
643 併せて,
644 乙建物の防音性能が特に優れていることが保証されてい
645 ること(【事実】1)や,
646 Aは近隣トラブルから目的物に防音性能の不備があることを認識す
647 ることができたこと(【事実】4)などの問題文に表された事情に照らして,
648 Aに債務者の責
649 めに帰することができない事由が認められるとはいえないことを指摘する必要もある。
650
651
652 BがAに対する損害賠償債権を自働債権,
653 売買代金債権を受働債権とする相殺をCに対抗す
654 ることができるかについては,
655 改正法において新設された民法第469条(債権の譲渡におけ
656 る相殺権)に照らして判断されることになる。
657
658 自働債権である追完に代わる損害賠償債権の取
659 得時は不適合物の引渡時(令和2年9月25日)であるものと解されることを前提にすると(最
660 判昭和54年3月20日判例時報927号186頁),
661 これは受働債権に係る債権譲渡の対抗
662 要件が具備された時点(令和2年7月30日)以後であることから,
663 同条第2項の適用の可否
664 が問題となる。
665
666 本件においては自働債権と受働債権がともに同一の売買契約に基づいていると
667 いう意味での関連性を有することから,
668 条文上の根拠については同項第1号とする立場と同項
669 第2号とする立場があると考えられる。
670
671
672 民法第469条第2項第1号を根拠とする立場については,
673 「前の原因」が存在するといえ
674 るための基準についての解釈を示す必要があり,
675 例えば,
676 自働債権の主たる発生原因が対抗要
677 件具備時前に備わっていれば足りるとすることなどが考えられる。
678
679 このような考え方に立つ場
680 合には,
681 更に契約債権に関しては当該契約の存在をもって足りるのか,
682 それとも契約の存在に
683 加えて相殺の合理的期待を基礎付ける具体的事情,
684 例えば,
685 自働債権と受働債権との間に(同
686 一契約に基づく)関連性が認められることなどの付加的事情の存在も必要となるのかについて
687 も検討することが望ましい。
688
689
690 民法第469条第2項第2号を根拠とする立場については,
691 同条の条文構造自体からは同項
692 第2号が自働債権の取得時のみならずその発生原因の成立時までもが受働債権に係る債権譲渡
693 の対抗要件具備後である場合を想定したものであると考えられることから,
694 同条第1項及び同
695 条第2項第1号との関係性をどう見るかといった諸点に言及し,
696 踏み込んで論証することが望
697 ましい。
698
699
700 設問2は,
701 公道に至るための他の土地の通行権(以下「隣地通行権」という。
702
703 )の成立要件
704
705 - 5 -
706
707 及び効果に関する基本的知識及び理解を問うとともに,
708 有償の地役権設定契約の解除の可否を
709 地役権設定契約の構造及び解除制度の意義から導き出す論理的思考力を問うものである。
710
711
712 小問では,
713 まず,
714 【事実】8から,
715 一筆の土地を分割して譲渡したことによって甲土地が
716 袋地となったのであるから,
717 残余地である丙土地を目的とする隣地通行権が成立すること(民
718 法第213条)を示す必要がある。
719
720 その際,
721 この規律は,
722 隣地通行権の負担は袋地の発生を生
723 じさせた残余地の所有者が負うべきであり,
724 それ以外の囲繞地に負担を負わせるべきではない
725 との考え方に基づくことを説明することが望ましい。
726
727
728 次に,
729 甲土地の所有権は,
730 袋地となった後にAからBに移転していることから,
731 このことが
732 民法第213条によって発生した隣地通行権の存続に影響するかについて検討することが必要
733 である。
734
735 分割によって生じた袋地がその後に第三者に譲渡された場合でも,
736 隣地通行権は残余
737 地自体に課された物的負担であるとして,
738 隣地通行権は存続するという立場(最判平成2年1
739 1月20日民集44巻8号1037頁)と民法第213条は袋地を発生させた当事者間のみに
740 適用されるから隣地通行権は消滅するとの立場があり,
741 いずれの立場によっても構わないが,
742
743 後者の立場に立つのであれば,
744 判例を批判した上で論じる必要がある。
745
746
747 さらに,
748 丙土地のうち隣地通行権が成立する土地の範囲も問題となるが,
749 隣地通行権に関す
750 る通行の場所及び通行の方法は,
751 通行権を有する者のために必要であり,
752 かつ,
753 隣地のために
754 損害が最も少ないものを選ばなければならないこと(民法第211条第1項)を説明する必要
755 がある。
756
757 本件では,
758 【事実】9によれば,
759 a部分については,
760 丙土地の端であって甲土地の利
761 用に対する影響も少なく,
762 甲土地から徒歩で公道に出るために必要最小限の部分であるといえ
763 ることを指摘しつつ,
764 隣地通行権が成立するとする必要がある。
765
766
767 c部分のうちa部分を除くb部分についても隣地通行権が成立するかについては,
768 当該隣地
769 通行権が自動車による通行を内容とするか否かによる。
770
771 その成否については,
772 判例によれば,
773
774 自動車による通行を認める必要性,
775 周辺の土地の状況,
776 通行権が認められることによる不利益
777 等の諸般の事情を考慮して判断されるとされており(最判平成18年3月16日民集60巻3
778 号735頁),
779 これをそのまま引用することまでは要求されないが,
780 判断基準として,
781 判例の
782 示す考慮要素などを指摘する必要がある(もちろん,
783 全てを挙げる必要はない。
784
785 )。
786
787 小問では,
788
789 Dから甲土地を譲り受けたA及び,
790 その後に甲土地を取得したBも,
791 もともと徒歩で公道に出
792 ていたこと(【事実】8及び9)から,
793 徒歩で公道に出るという内容で甲土地と丙土地との利
794 用の調整ができていたと考えられること,
795 甲土地は駅から徒歩圏内にあることなどを指摘しつ
796 つ,
797 Dに対し丙土地のb部分を排他的に利用できない不利益を課してまで自家用車による通行
798 を認める必要はないなどと論述することが考えられる。
799
800
801 なお,
802 a部分の隣地通行権は,
803 法定地役権であるから,
804 法定の要件が満たされている限り隣
805 地通行権は存続し,
806 a部分を目的とする約定地役権の成立又はその消滅により影響を受けるこ
807 とはない旨が述べられていることが望ましい。
808
809
810 小問では,
811 下線部のBの発言及び下線部のDの発言が,
812 有償の地役権設定契約の性質
813 及び解除の制度趣旨について,
814 それぞれどのような理解に基づくか,
815 並びに有償の地役権設定
816 契約の性質を踏まえると契約AによってB・D間にどのような債権債務関係が生じるかを説明
817 した上で,
818 これらの発言のどちらの理解が正当であるかを検討することが必要である。
819
820 いずれ
821 の発言を正当としても構わないが,
822 それぞれの発言が依拠する理解と整合的に一方の正当性を
823 説明することが求められている。
824
825
826 まず,
827 下線部のBの発言は,
828 地役権設定者は地役権設定契約によって債務を負わないこと
829 を前提に,
830 Dは契約Aによって債務を負わないから,
831 契約Aは解除することができないとする
832 ものである。
833
834 債務不履行を理由とする解除制度の目的は,
835 不履行をしている債務者の債権者を
836 「契約の拘束力からの解放」を認めることにあるところ,
837 この発言は,
838 「契約の拘束力からの
839 解放」とは債権者の負う債務から債権者を解放するためにあるとの立場を前提とし,
840 解除は債
841
842 - 6 -
843
844 権者も債務を負う双務契約にのみ適用されると解する。
845
846 Dは契約Aによって債務を負わないか
847 ら,
848 契約Aを解除することができないことになる。
849
850
851 これに対し,
852 下線部のDの発言は,
853 解除制度は,
854 債権者をその債務に限らず広く契約の拘
855 束力から解放するとの理解に基づく。
856
857 このような考え方によれば,
858 債権者は,
859 当該契約の効力
860 を消滅させる法的利益がある場合には,
861 当該契約によって債務を負っていなくても,
862 契約を解
863 除することができることになる。
864
865 また,
866 下線部のDの発言は,
867 予備的に,
868 そもそも,
869 契約A
870 によってDは債務を負っていたから解除制度が適用されると主張するものである。
871
872
873 小問では,
874 下線部及び下線部のそれぞれの発言につき,
875 地役権設定契約の性質を分析
876 した上で,
877 契約AによってDが債務を負うか,
878 契約AによってDが債務を負わないとすれば,
879
880 債務を負わないDが契約Aを解除することができるかどうかを,
881 解除制度の趣旨と結び付けて
882 説明することが求められる。
883
884
885 まず,
886 有償の地役権設定契約の性質をどのように理解するかについては,
887 大別して,
888 契約A
889 が全体として地役権設定契約であると解する考え方と,
890 契約Aは地役権設定契約と毎年2万円
891 の支払に関する特約からなるとする考え方に分けることができる。
892
893
894 契約Aは全体として地役権設定契約であると解する考え方においても,
895 考え方は分かれ得る
896 ところ,
897 例えば,
898 有償の地役権設定契約から生じる債権債務関係については,
899 承役地の所有者
900 は地役権設定契約により地役権を設定する債務を負うと解する立場があり得る。
901
902 この立場によ
903 れば,
904 契約Aにおいて,
905 Dによる地役権設定債務と,
906 Bによる地役権設定の対価の支払債務と
907 が対価的牽連関係に立つといえる。
908
909
910 次に,
911 契約Aは地役権設定契約と毎年2万円の支払に関する特約からなるとする考え方にお
912 いても,
913 考え方は分かれ得る。
914
915 例えば,
916 地役権設定契約を物権契約であると理解する立場によ
917 れば,
918 物権契約から債権債務関係は生じないから,
919 BとDは,
920 地役権設定契約とは別に債権契
921 約としてBがDに毎年2万円を支払う特約をしたものと整理することになる。
922
923 このような考え
924 方によれば,
925 地役権設定契約とは別個のものである対価に関する特約の不履行を理由として,
926
927 地役権設定契約(契約A)を解除することができるかが問題となり,
928 両者の関係をどのように
929 理解するかによって,
930 解除を肯定する考え方,
931 否定する考え方のいずれも考えられる。
932
933 なお,
934
935 地役権設定契約を物権契約ではないと理解したとしても,
936 地役権には無償のものもあることか
937 ら,
938 地役権設定の対価の合意は地役権設定契約の本質的要素ではないことを理由に,
939 契約Aは
940 地役権設定契約と対価に関する特約の二つからなると考えることもできるであろう。
941
942
943 小問においては,
944 上記のような考え方の分岐について詳細に説明することまでは求められ
945 ておらず,
946 飽くまでも,
947 与えられた題材から問題文に示された問題意識に留意しつつ,
948 自説を
949 展開することが求められている。
950
951
952 設問3は,
953 夫婦の一方による他方の特有財産の売却の効力を問うものである。
954
955 夫婦の日常家
956 事の連帯債務(民法第761条)の構造やそれをめぐる議論を正確に理解し展開することがで
957 きるかを確認し,
958 併せて無権代理の基本的な法律関係及び相続についての基本的な事項の理解
959 を確認するものである。
960
961 同条の解釈に関する基本的な判例として,
962 最判昭和44年12月18
963 日民集23巻12号2476頁がある。
964
965
966 まず,
967 設問3の事実関係の下では,
968 買主BのGに対する登記請求は,
969 EB間の売買契約に基
970 づく売主Eの登記移転義務(民法第560条)の履行請求であるので,
971 その前提として,
972 Eの
973 姉Gが相続によりEの地位を承継していることを説明する必要がある。
974
975
976 【事実】16によれば,
977
978 Eには子,
979 直系尊属,
980 G以外の兄弟姉妹がなく,
981 妻Fは相続を放棄しているから,
982 Gが単独で
983 Eを相続したことが認められる(民法第889条第1項第2号)。
984
985 なお,
986 Gは預金を解約して
987 その払戻しを受けていること(【事実】19)を指摘しつつ,
988 法定単純承認があったと認めら
989 れること(民法第921条第1号)を示すことが望ましい。
990
991
992 次に,
993 妻Fは,
994 夫Eから丁土地の売却の権限を与えられていないにもかかわらず,
995 Eの特有
996
997 - 7 -
998
999 財産である丁土地について,
1000 Bとの間で売買契約を締結しているところ,
1001 このようなFの行為
1002 が,
1003 夫婦の日常家事に関する法律行為といえるのであれば,
1004 Eも売買契約に基づく登記移転
1005 義務(民法第560条)を負うので,
1006 丁土地の売買がEF夫婦の日常家事に関する法律行為と
1007 いえるかを検討する必要がある。
1008
1009
1010 日常家事に関する法律行為の意義については,
1011 個々の夫婦がそれぞれ共同の生活を営む上に
1012 おいて通常必要な法律行為をいうことを示した上で,
1013 その具体的範囲については,
1014 個々の夫婦
1015 の共同生活を基本としてその内部的事情や個別的な目的とともに,
1016 当該法律行為の種類,
1017 性質
1018 等も考慮して客観的に判断されるべきことを,
1019 理由とともに示す必要がある(前掲昭和44年
1020 12月18日最高裁判決参照)。
1021
1022
1023 【事実】16によれば,
1024 売買代金の一部を他方配偶者の医療費に充てる目的があったとはい
1025 え,
1026 Eの姉Gの事業の資金を用立てるものでもあったこと,
1027 そもそも他方配偶者の特有財産の
1028 処分であること,
1029 不動産の取引であって非日常的な,
1030 高額の取引であることという事情が認め
1031 られるから,
1032 このことを指摘しつつ,
1033 日常家事債務の範囲外と評価されるとする必要がある(前
1034 掲昭和44年12月18日最高裁判決参照)。
1035
1036
1037 日常家事債務の範囲外であるとしても,
1038 次に,
1039 表見代理により相手方が保護されないかにつ
1040 いて検討する必要がある。
1041
1042 この点について,
1043 相手方においてその範囲内であると信じるにつき
1044 正当の理由があるときには,
1045 民法第110条の趣旨を類推適用して,
1046 相手方が保護されるとす
1047 る立場(前掲昭和44年12月18日最高裁判決参照)による場合は,
1048 民法第761条の基礎
1049 に連帯責任の前提として夫婦の相互の代理権があり,
1050 同条はそのような代理権を定めるもので
1051 あることを明らかにする必要がある。
1052
1053 また,
1054 そのような法定代理権を基礎として民法第110
1055 条を適用することができるかについて,
1056 夫婦の財産的独立を損なうおそれがあることから,
1057
1058 接適用ではなく,
1059 趣旨を類推適用することが相当であるという考え方を説明し,
1060 正当な理由に
1061 おける信頼の対象が,
1062 当該法律行為が日常家事の範囲に属することであって,
1063 相手方に代理権
1064 があることではないことを明らかにする必要がある。
1065
1066
1067 【事実】17によれば,
1068 仮にBの信頼は夫婦の日常家事の範囲内であるという点の信頼を含
1069 むものであったとしても,
1070 正当の理由を基礎付けるに当たっては,
1071 例えば,
1072 委任状等を提示し
1073 ているという点については,
1074 Fの代理権の存在についての信頼の一事情となるのが通常である
1075 が,
1076 日常家事の範囲についての信頼の一事情となるかは問題であり,
1077 Eの特有財産である不動
1078 産の処分について,
1079 Bの信頼に正当の理由はないと評価することが求められる。
1080
1081
1082 以上と異なり,
1083 民法第110条を直接適用する立場,
1084 民法第761条の代理権を否定する立
1085 場などもあり得る。
1086
1087 いずれの立場によっても構わないが,
1088 これらの立場による場合には,
1089 前掲
1090 昭和44年12月18日最高裁判決を批判した上で,
1091 日常家事の範囲の捉え方,
1092 民法第761
1093 条が代理権を定めるものかどうか,
1094 第三者保護をどのような手法で,
1095 またどのような範囲で図
1096 るのが適切かに関し,
1097 判例と異なる立場を採ることについて説得的に論じる必要がある。
1098
1099
1100 設問3では,
1101 無権代理についての基本的な法律関係の理解も問われている。
1102
1103 すなわち,
1104 Fの
1105 行為は無権代理であって,
1106 Eの追認がない限り,
1107 Eに対して効力を生じないが(民法第113
1108 条第1項),
1109 Eは生前に追認せずに死亡し,
1110 Eの相続人はGのみであり,
1111 GがBの請求を拒絶
1112 したのは,
1113 この追認を拒絶するものと考えられるから,
1114 このような追認拒絶の可否が問題とな
1115 る。
1116
1117
1118 本人は追認・追認拒絶について何ら態度決定をしていなかった場合,
1119 相続人はその地位を承
1120 継し,
1121 この選択権を有する。
1122
1123 無権代理と相続については,
1124 一連の判例があるが,
1125 設問3は,
1126
1127 権代理人の本人相続ではなく,
1128 第三者の本人相続であるから,
1129 これらの判例が問題とする場面
1130 とは事案を異にする。
1131
1132 一般には,
1133 第三者である相続人は,
1134 追認・追認拒絶の選択権があり,
1135
1136 認を拒絶すれば,
1137 当該売買契約は本人に効果帰属しないことが確定するから,
1138 相手方Bは本人
1139 たる地位にあるGに対して,
1140 売買契約の履行を求めることはできない。
1141
1142
1143
1144 - 8 -
1145
1146 しかし,
1147 設問3においては,
1148 Gは,
1149 FとBとの間の売買契約締結に立会い,
1150 その場でFは丁
1151 土地の売却についてEの親族(G)の了解を得ていることを告げている(【事実】17)。
1152
1153 その
1154 背後では,
1155 Gは,
1156 当該売買契約に関して事前にFから相談を受けて,
1157 売却に問題はない旨を述
1158 べた上,
1159 売買代金の一部をGの事業の資金に利用させてくれるよう申し入れており(【事実】
1160 15),
1161 実際にも,
1162 代金の一部がFからGに交付されている(【事実】18)。
1163
1164 このような事情
1165 を勘案すれば,
1166 後に,
1167 GがEの相続人の立場で,
1168 追認を拒絶することは,
1169 信義則に反すると評
1170 価する余地があり(民法第1条第2項),
1171 この点についての検討が求められる。
1172
1173
1174 追認拒絶が許されるか否かについては,
1175 肯定,
1176 否定のいずれの立場によっても構わないが,
1177
1178 追認拒絶が許されないとする立場による場合には,
1179 さらに,
1180 追認拒絶を選択することが許され
1181 ないことにより,
1182 なぜ,
1183 追認がされたのと同様の効果が生じると考えることが可能であるかも
1184 説明する必要がある。
1185
1186 他方で,
1187 追認拒絶が許されるとする立場による場合には,
1188 上記の諸事情
1189 にもかかわらず,
1190 そのように判断される根拠を丁寧に説得的に論じる必要がある。
1191
1192
1193 なお,
1194 Bの登記請求に関しては,
1195 残代金の支払について同時履行の抗弁(民法第533条)
1196 が問題となることから,
1197 改めて残代金の提供が必要であることを指摘した上で,
1198 本件ではBが
1199 残金の支払を提供して請求していること(【事実】21)にも言及することが望ましい。
1200
1201
1202 〔第2問〕
1203
1204
1205 本問は,
1206 @公開会社でない株式会社(以下「非公開会社」という。
1207
1208 )が募集株式の発行等
1209 をする場合にどのような手続が要求されるか,
1210 それらの手続に瑕疵があることが当該募集株
1211 式の発行等の効力にどのような影響を及ぼすか,
1212 及び募集株式の発行等の無効をどのような
1213 訴えにより主張すべきかについての理解等を問う(設問1)とともに,
1214 A会社が特定の種類
1215 の株式のみを対象として株式の併合をしようとする場合に,
1216 当該種類株式の株主とその他の
1217 種類株式の株主がどのような利害状況に置かれるのか,
1218 及び不利益を受けるおそれのある種
1219 類株式の株主の事前の法的救済方法としてどのようなものが考えられるかの理解等を問う
1220 (設問2)ものである。
1221
1222 いずれの点についても,
1223 会社法上の重要な規定・制度及び重要な判
1224 例に関する基礎的な理解を有していることを前提に,
1225 それを本問の事案に適切に応用するこ
1226 とができるか否かが試されている。
1227
1228
1229
1230
1231
1232 設問1においては,
1233 Bは,
1234 @議決権のある剰余金配当優先株式(本件優先株式)の発行
1235 (本件株式発行)を行う旨の議案(本件議案2)に関する甲社の定時株主総会(本件定時
1236 総会)の決議(本件決議2)には,
1237 取消事由があり,
1238 非公開会社において,
1239 募集事項を決
1240 定する株主総会の決議に取消事由があることは,
1241 本件株式発行の無効原因に該当すると主
1242 張すること,
1243 及びA本件優先株式の内容等の所要の事項を定める定款変更を行う旨の議案
1244 (本件議案1)に関する本件定時総会の決議(本件決議1)には,
1245 取消事由があるため,
1246
1247 本件株式発行は定款の定めのない種類の株式の発行となり,
1248 これは本件株式発行の無効原
1249 因に該当すると主張することが考えられる。
1250
1251
1252
1253
1254
1255 そして,
1256 令和2年5月14日の時点では,
1257 本件株式発行の効力が生じているため,
1258 Bは,
1259
1260 例えば,
1261 新株発行の無効の訴え(会社法第828条第1項第2号)を提起し,
1262 本件株式発
1263 行の無効原因として,
1264 上記@及びAのとおり主張することが考えられる。
1265
1266
1267 これらのことを論述する際には,
1268 本問においては,
1269 新株発行の無効の訴えの提訴期間
1270 (非公開会社にあっては,
1271 株式の発行の効力が生じた日から1年以内。
1272
1273 会社法第828条
1274 第1項第2号)が経過していないこと,
1275 さらに,
1276 株式の発行の無効原因として,
1277 株主総
1278 会の決議の取消事由を主張する場合には,
1279 当該決議の取消しの訴えの提訴期間内(株主総
1280 会の決議の日から3か月内。
1281
1282 同法第831条第1項柱書き前段)に,
1283 新株発行の無効の訴
1284 えを提訴しなければならないとする立場に立つときは,
1285 その提訴期間も経過していないこ
1286 とにも言及することが求められる。
1287
1288
1289
1290 - 9 -
1291
1292
1293
1294 Bの上記@の主張の当否を論ずるに当たっては,
1295 本問において,
1296 甲社は取締役会設置
1297 会社であるから,
1298 株主総会の招集通知には,
1299 株主総会の日時及び場所のみならず,
1300 株主総
1301 会の目的である事項及び払込金額が募集株式の引受人に特に有利な金額である場合(いわ
1302 ゆる有利発行の場合)における募集株式を引き受ける者の募集に係る議案の概要を記載し
1303 なければならなかったにもかかわらず(会社法第299条第2項第2号,
1304 第4項,
1305 第29
1306 8条第1項,
1307 会社法施行規則第63条第7号ホ),
1308 本件定時総会の招集通知(本件招集通
1309 知)には,
1310 株主総会の日時及び場所のみを記載していたため,
1311 本件決議2には,
1312 株主総会
1313 の招集の手続の法令違反という株主総会の決議の取消事由があること(同法第831条第
1314 1項第1号)を指摘した上で,
1315 いわゆる全員出席総会による瑕疵の治癒が認められるか否
1316 かについて,
1317 判例(最判昭和60年12月20日民集39巻8号1869頁)等も踏まえ,
1318
1319 検討することが求められる。
1320
1321
1322 また,
1323 有利発行の場合には,
1324 取締役は株主総会の決議に際して有利発行を必要とする理
1325 由を説明しなければならず(会社法第199条第3項),
1326 それを欠くことは,
1327 株主総会の
1328 決議の方法の法令違反という取消事由(同法第831条第1項第1号)に該当するところ,
1329
1330 本問において,
1331 甲社の取締役Cは,
1332 本件決議2に際し,
1333 2億円の資金調達が急務であり,
1334
1335 そのためには,
1336 事実上,
1337 本件株式発行以外に選択肢がないことを説明する一方で,
1338 2万円
1339 という払込金額が公正な払込金額である旨の虚偽の説明をしており,
1340 株主Bは本件株式発
1341 行が有利発行であることを認識することができていないため,
1342 果たして取締役Cは有利発
1343 行を必要とする理由を説明したものと評価することができるか,
1344 あるいは仮にそのような
1345 評価が可能であるとした場合であっても,
1346 株主の議決権行使に重要な影響を及ぼす事項に
1347 ついて虚偽の説明をして,
1348 本件決議2を成立させているため,
1349 決議方法の著しい不公正と
1350 いう取消事由(同号)が認められないかといった点について,
1351 検討することが求められる。
1352
1353
1354 さらに,
1355 本件決議2に取消事由が認められると解する場合には,
1356 例えば,
1357 「非公開会社
1358 については,
1359 その性質上,
1360 会社の支配権に関わる持株比率の維持に係る既存株主の利益〔支
1361 配的利益〕の保護を重視し,
1362 その意思に反する株式の発行は株式発行無効の訴えにより救
1363 済するというのが会社法の趣旨と解されるのであり,
1364 非公開会社において,
1365 株主総会の特
1366 別決議を経ないまま株主割当て以外の方法による募集株式の発行がされた場合,
1367 その発行
1368 手続には重大な法令違反があり,
1369 この瑕疵は上記株式発行の無効原因になる」とする判例
1370 (最判平成24年4月24日民集66巻6号2908頁。
1371
1372 なお,
1373 公開会社については「株
1374 式会社の代表取締役が新株を発行した場合には,
1375 右新株が,
1376 株主総会の特別決議を経るこ
1377 となく,
1378 株主以外の者に対して特に有利な発行価額をもって発行されたものであっても,
1379
1380 その瑕疵は,
1381 新株発行無効の原因とはならない」とする最判昭和46年7月16日集民1
1382 03号407頁を参照。
1383
1384 非公開会社については最判昭和46年7月16日の射程は及ばな
1385 いと解される。
1386
1387 )を踏まえ,
1388 本問のように,
1389 募集事項を決定する株主総会の決議を経てい
1390 る場合であっても,
1391 本件決議2に上記のような取消事由があると解するときは,
1392 既存株主
1393 の意思に反してその支配的利益が害されているといえるか否かについて,
1394 事案に即して検
1395 討した上で,
1396 本件株式発行に無効原因が認められると解すべきか否かを論ずることが求め
1397 られる。
1398
1399 加えて,
1400 Bには,
1401 有利発行である本件株式発行を差し止める機会が実質的に与え
1402 られなかったことも考慮して,
1403 本件株式発行に無効原因があると認められるか否かを論じ
1404 ることも考えられる(最判平成9年1月28日民集51巻1号71頁を参照)。
1405
1406
1407
1408
1409
1410 Bの上記Aの主張の当否を論ずるに当たっても,
1411 上記と同様に,
1412 本件決議1には,
1413
1414 株主総会の目的である事項及び定款の変更に係る議案の概要の記載がないという株主総会
1415 の招集の手続の法令違反があり,
1416 そのことが株主総会の決議の取消事由に該当すること(会
1417 社法第831条第1項第1号)を指摘した上で,
1418 いわゆる全員出席総会による瑕疵の治癒
1419 が認められるか否かについて,
1420 判例(前掲最判昭和60年12月20日)等も踏まえ,
1421
1422
1423 - 10 -
1424
1425 討することが求められる。
1426
1427
1428 そして,
1429 本件決議1に取消事由が認められると解する場合には,
1430 本件株式発行が定款の
1431 定めのない種類の株式の発行に該当し,
1432 これが本件新株発行の無効原因に該当すると認め
1433 られるか否かについて,
1434 検討することが求められる。
1435
1436
1437
1438
1439 設問2においては,
1440 本件優先株式のみを対象とする株式の併合(本件株式併合)の効力
1441 の発生によって,
1442 本件優先株式の株主であるPは,
1443 その保有する本件優先株式の数が半減す
1444 るため,
1445 @株主総会における議決権の割合が大幅に縮減することになること,
1446 A優先配当額
1447 の総額も半減することになることなどについて,
1448 説明することが求められる。
1449
1450 その際には,
1451
1452 Pの議決権割合がどれほど縮減することになるかを具体的に算定した上で,
1453 Pは,
1454 本件株式
1455 併合の効力の発生前には有していた一定の少数株主権も行使することができなくなることに
1456 言及したり,
1457 本件優先株式には累積条項が付されていることなどに鑑みると,
1458 優先配当額の
1459 総額の縮減によってPが受ける不利益は比較的大きいと考えられることに言及したりするな
1460 ど,
1461 より深い分析を示すことができていれば,
1462 なお望ましい。
1463
1464
1465
1466
1467
1468 設問2においては,
1469 Pは,
1470 本件株式併合の効力の発生前の時点で,
1471 会社法上の手段とし
1472 て,
1473 @反対株主の株式買取請求をすること(会社法第116条第1項第3号イ),
1474 A本件株
1475 式併合について,
1476 差止請求をすること(同法第182条の3),
1477 B本件優先株式のみを2株
1478 につき1株の割合で併合すること等について定める議案(本件議案3)に関する甲社の臨時
1479 株主総会(本件臨時総会)の決議(本件決議3)について,
1480 株主総会の決議の取消しの訴え
1481 を提起することなどが考えられる。
1482
1483
1484
1485
1486 Pは,
1487 種類株主総会の決議を要しない旨の会社法第322条第2項の定めがある本件に
1488 おいては,
1489 反対株主の株式買取請求をすることができる。
1490
1491 Pが反対株主の株式買取請求を
1492 することについて論ずるに当たっては,
1493 設問2の解答及び本問におけるその他の事実関
1494 係を踏まえ,
1495 反対株主の株式買取請求の要件が満たされているか否か,
1496 例えば,
1497 本件優先
1498 株式の株主に損害を及ぼすおそれがあるか否か(同法第116条第1項第3号柱書き)や,
1499
1500 「反対株主」に該当するか否か(同条第2項)などにも言及することが求められる。
1501
1502
1503
1504
1505
1506 Pが株式の併合の差止請求をすることについて論ずるに当たっては,
1507 設問2の解答及
1508 び本問におけるその他の事実関係を踏まえ,
1509 取り分け差止事由が認められるか否かについ
1510 て検討することが求められる。
1511
1512
1513 この点に関する解釈としては様々なものがあり得るところであり,
1514 例えば,
1515 @甲社が本
1516 件優先株式を発行する前に発行していた株式(本件普通株式)の株主は本件株式併合によ
1517 って他の株主と共通しない特別の利益を得るため,
1518 株主総会の決議について特別の利害関
1519 係を有する者に該当し,
1520 かつ,
1521 本件株式併合は専ら本件優先株式の株主の優先配当権を実
1522 質的に縮減することを目的とするため,
1523 本件決議3は著しく不当な決議に該当することか
1524 ら,
1525 本件決議3には,
1526 取消事由がある(会社法第831条第1項第3号)と認められ,
1527
1528 れが(瑕疵のない株主総会の決議による決定を求める)同法第180条第2項に違反し,
1529
1530 差止事由である法令違反(同法第182条の3)が認められるといった解釈が考えられる。
1531
1532
1533 また,
1534 A優先株主の優先配当権の実質的な縮減を目的とする不当な株式併合であって権利
1535 濫用の法令違反があるとして,
1536 差止事由である法令違反が認められるという解釈も考えら
1537 れる。
1538
1539 さらに,
1540 B取締役の善管注意義務を定める一般的な規定(同法第330条,
1541 民法第
1542 644条)も会社法第182条の3にいう「法令」に含まれるとする理解を前提に,
1543 取締
1544 役は善管注意義務の一内容として株主間の不当な利益移転を生じさせないようにする義務
1545 を負うところ,
1546 本問では,
1547 このような義務の違反があるため,
1548 差止事由である法令違反が
1549 認められるとする解釈も考えられる。
1550
1551 なお,
1552 C@からBまでのように本件決議3に取消事
1553 由があるとしても,
1554 実際に本件決議3が取り消されない限りは,
1555 差止事由である法令違反
1556 があるとは認められないとする解釈も考えられる。
1557
1558
1559
1560 - 11 -
1561
1562
1563
1564 Pが本件決議3の取消しの訴えの提起をすることについて論ずるに当たっては,
1565 仮に本
1566 件決議3が取り消された場合には,
1567 これによって本件株式併合も無効となると解されるた
1568 め,
1569 本件決議3の取消しの訴えの提起をすることは,
1570 本件株式併合の効力が発生した後に,
1571
1572 本件株式併合の無効を主張する前提となることに言及するなど,
1573 まずは,
1574 本件株式併合の
1575 効力の発生前の時点で,
1576 本件決議3の取消しの訴えを提起することの意義を明らかにする
1577 ことが望ましい。
1578
1579
1580 その上で,
1581 本問における事実関係を踏まえ,
1582 本件決議3に取消事由が認められるか否か,
1583
1584 例えば,
1585 上記における@からBまでの解釈と同様の解釈により,
1586 本件決議3には,
1587 取消
1588 事由がある(会社法第831条第1項第3号)と認められるか否かなどについて検討する
1589 ことが求められる。
1590
1591
1592
1593 〔第3問〕
1594 本問は,
1595 XとAとの建物(以下「本件建物」という。
1596
1597 )の賃貸借(以下この賃貸借に係る契
1598 約を「本件契約」という。
1599
1600 )の継続中,
1601 賃借人であるAが死亡し,
1602 Y1及びY2(以下「Yら」
1603 という。
1604
1605 )がAを相続したところ,
1606 XがYらに対してAとの間で本件契約の解約の合意をした
1607 と主張している事案を題材として,
1608 @敷金に関する将来給付の訴えの適法性及び確認の訴えに
1609 おける確認の利益の検討(設問1),
1610 A和解手続における当事者の発言の内容を裁判官が心証
1611 形成の資料とすることができない理由の検討(設問2),
1612 B本問の共同訴訟(以下「本件訴訟」
1613 という。
1614
1615 )において共同被告の一方に対する訴えを取り下げることの可否と,
1616 仮にそれができ
1617 るとする場合に取下げにより当事者ではなくなった者が取下げの前に提出して取り調べられた
1618 証拠の証拠調べの結果を事実認定に用いることができるかどうかの検討(設問3)をそれぞれ
1619 求めるものである。
1620
1621
1622 まず,
1623 設問1の課題1では,
1624 Xが本件契約の締結時にAから交付された120万円について
1625 敷金であることを否定し,
1626 Y1がXとAとの間の本件契約の解約の合意を争って本件建物の明
1627 渡しを拒んでいるという事実関係の下において,
1628 敷金の返還を求めるY2の立場から,
1629 本件建
1630 物の明渡しをしないままの状態で敷金の返還を求める将来給付の訴えの適法性についての検討
1631 が求められている。
1632
1633 ここでは,
1634 敷金返還請求権が目的物の明渡しを条件として,
1635 それまでに生
1636 じた敷金の被担保債権一切を控除した残額につき発生するため,
1637 本件建物の明渡し前には請求
1638 権の成否及び額が明確に定まらないこと,
1639 したがって本件訴訟はその事実審の口頭弁論終結時
1640 (基準時)には請求権の成否及び額が具体化しない将来給付の訴えであることを踏まえ,
1641 民事
1642 訴訟法(以下「法」という。
1643
1644 )第135条の将来給付の訴えの利益に言及した上で,
1645 将来給付
1646 の訴えの適法性につき検討する必要がある。
1647
1648 基準時までにその成否及び額が定まらない請求権
1649 を行使する給付の訴えの適法性については,
1650 判断の枠組みとそのような権利の性質の位置付け
1651 に関していくつかの考え方が成り立ち得る。
1652
1653 いわゆる権利保護の資格(請求の適格)と権利保
1654 護の利益とを分けて前者の問題として論ずる考え方,
1655 将来の権利発生の蓋然性と現在これを行
1656 使する必要性とを総合的に判断するとの観点から論ずる考え方などが考えられるが,
1657 いずれに
1658 せよ,
1659 設問において敷金返還請求権の特質のほか,
1660 当事者間の衡平の観点から将来給付の適法
1661 性が認められた場合の被告の負担を考慮することが求められているとおり,
1662 将来における権利
1663 発生の蓋然性のみならず,
1664 将来の強制執行に対する防御のために請求異議の訴えを提起しなけ
1665 ればならなくなるかもしれない被告の負担につき論ずる必要がある。
1666
1667 その際には,
1668 判例(最高
1669 裁判所昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁,
1670 最高裁判所昭和6
1671 3年3月31日第一小法廷判決・裁判集民事153号627頁等)が示した将来給付の訴えの
1672 適法性の判断基準を用いることが適当かどうかも意識しつつ敷金返還請求権に即して検討する
1673 ことが求められるとともに,
1674 本件におけるXとY2間の争いの状況を踏まえて具体的に考察す
1675 ることが期待される。
1676
1677
1678
1679 - 12 -
1680
1681 次に,
1682 設問1の課題2では,
1683 本件建物の明渡し前における敷金関係の確認の訴えにつき,
1684
1685 認の利益の一般的指標とされる確認訴訟という方法を選択することの適切性,
1686 確認対象の適切
1687 性,
1688 即時確定の必要性に従って,
1689 あるいは確認訴訟における権利保護の資格と利益に沿って,
1690
1691 Y2の立場からそれぞれが肯定されるように,
1692 説得的な立論をすることが求められる。
1693
1694 そのう
1695 ちでも特に,
1696 敷金返還請求権が設問1の課題1では将来の給付訴訟の対象と性質付けられてい
1697 ることとの関係で,
1698 どのような確認対象であれば基準時に確定する必要が認められるかにつき,
1699
1700 即時確定の必要性又は権利保護の利益と関係付けた確認対象又は権利保護の資格の理解を示す
1701 必要がある。
1702
1703 その際には,
1704 賃貸借契約継続中における敷金債権の確認の利益を肯定した判例(最
1705 高裁判所平成11年1月21日第一小法廷判決・民集53巻1号1頁)のように確認対象を現
1706 在の権利又は法律関係と位置付ける立場のほか,
1707 将来の権利又は法律関係と位置付けた上で確
1708 認対象となり得ると解する立場もある。
1709
1710 どちらを採るかにより評価に差が生ずるわけではない
1711 が,
1712 前者については,
1713 敷金返還請求権を単に条件付債権と位置付けるにとどまらず,
1714 設問1の
1715 課題1では将来と性質付けた給付訴訟との違いを示し,
1716 本件の紛争状況から見て確認の利益が
1717 肯定される対象を具体的に検討することが期待される。
1718
1719 また,
1720 後者については,
1721 XがAの支払
1722 った金銭は敷金でないと争っている等といった具体的な事情をできるだけ挙げた上で,
1723 将来具
1724 体化する対象であっても即時確定の利益又は権利保護の利益が認められることを本件に即して
1725 説得的に論ずることが求められる。
1726
1727
1728 設問2では,
1729 和解手続におけるY2の発言から本件契約の解約の合意の存在を認定すること
1730 ができない理由の検討が求められている。
1731
1732 ここでは,
1733 法第247条において,
1734 裁判所が「口頭
1735 弁論の全趣旨及び証拠調べの結果」をしん酌して心証を形成するものとされていることを指摘
1736 した上で,
1737 和解手続における当事者の発言がこれらに当たらないことを論証する必要がある。
1738
1739
1740 また,
1741 設問2では,
1742 和解手続における当事者の発言内容を心証形成の資料とすることができる
1743 とした場合の問題についても検討することが求められている。
1744
1745 ここでは,
1746 単に「手続保障を欠
1747 く」などとするにとどまる答案は,
1748 論証として不十分であり,
1749 当事者の発言内容が裁判官の心
1750 証に影響し得るとすると,
1751 例えば,
1752 和解の成立に向けた当事者の自由な発言を阻害するおそれ
1753 があること,
1754 本問のようにいわゆる交互面接方式により行われた和解手続では情報の共有や反
1755 論の機会の保障がないままに判決がされるおそれがあることなど,
1756 より実質的な観点から,
1757
1758 体的に問題点を指摘することが期待される。
1759
1760
1761 設問3の課題1では,
1762 本件訴訟において,
1763 XがY2に対する訴えのみを取り下げることがで
1764 きるかどうかの検討が求められている。
1765
1766 そこで,
1767 その前提として,
1768 本件訴訟について訴訟共同
1769 の必要があるものかどうか,
1770 すなわち,
1771 本件訴訟が通常共同訴訟であるのか,
1772 固有必要的共同
1773 訴訟であるのかという点が問題となる。
1774
1775 本件訴訟が通常共同訴訟であると考える場合には,
1776
1777 えば,
1778 相続財産の共有が民法第249条以下の共有と性質を異にするものではないこと,
1779 建物
1780 明渡義務が不可分債務に当たり義務者各自が全部につき除去義務を負うことなどを指摘して,
1781
1782 本件訴訟が通常共同訴訟であり,
1783 共同訴訟人独立の原則(法第39条)が本件訴訟にも適用さ
1784 れること,
1785 その帰結として,
1786 XがY2に対する訴えの取下げをすることができることを示す必
1787 要がある。
1788
1789 本件訴訟について,
1790 固有必要的共同訴訟であると解し,
1791 XはY2に対する訴えの取
1792 下げをすることはできないとする場合であっても,
1793 説得力のある理由が示されていれば評価に
1794 差異はないが,
1795 いずれにせよ,
1796 自説の根拠と結論との整合性が求められる。
1797
1798
1799 次に,
1800 設問3の課題2では,
1801 Xが適法にY2に対する訴えのみを取り下げたという前提の下
1802 において,
1803 XとY1のみの訴訟において本案判決がされる場合に,
1804 取下げがされる前の期日に
1805 おいてY2が提出して取調べがされた本件日誌の証拠調べの結果を事実認定に用いてよいかど
1806 うかの検討が求められている。
1807
1808 ここでは,
1809 「共同訴訟における証拠調べの効果」と「それが訴
1810 えの取下げによって影響を受けるかどうか」という問題文中で示された二つの視点を踏まえつ
1811 つ検討を進める必要がある。
1812
1813 まず,
1814 一つ目の視点,
1815 すなわち「共同訴訟における証拠調べの効
1816
1817 - 13 -
1818
1819 果」については,
1820 共同訴訟人の一人が提出した証拠から得られる証拠資料はその援用がなくと
1821 も他の共同訴訟人に関する事実認定にも用いることができるという通常共同訴訟における証拠
1822 共通の原則の意義や証拠共通の原則が認められる根拠を説明することが求められる。
1823
1824 次いで,
1825
1826 二つ目の視点,
1827 すなわち「それが訴えの取下げによって影響を受けるかどうか」という点につ
1828 いては,
1829 訴えの取下げがあった部分は初めから係属していなかったものとみなされる(法第2
1830 62条第1項)という訴えの取下げの効果を指摘することが必要となるが,
1831 これらの論証を通
1832 じ,
1833 XのY2に対する訴えの取下げがY2の申出により取調べがされた本件日誌についての証
1834 拠共通に影響を与えるのではないかという問題意識が導かれることとなる。
1835
1836 これが課題2にお
1837 ける主要な検討事項となる。
1838
1839 本件日誌を証拠として用いることができるとの結論を採る場合に
1840 は,
1841 その根拠として,
1842 例えば,
1843 判例(最高裁判所昭和32年6月25日第三小法廷判決・民集
1844 11巻6号1143頁)によれば,
1845 証拠申出の撤回は,
1846 証拠調べの終了後においては許されな
1847 いとされており,
1848 その結論は相手方に有利な証拠資料が得られている可能性があることを考慮
1849 すると是認されることや,
1850 Y2の申出によりされた証拠調べの結果は,
1851 証拠共通の原則により
1852 XとY1との関係においても心証を形成する資料となっているところ,
1853 それは,
1854 係属が消滅し
1855 た訴訟における訴訟行為から別の訴訟法律関係が生じているといい得ることから,
1856 取下げによ
1857 ってもその効果は維持されるべきであることなどを指摘することが考えられる。
1858
1859 これに対し,
1860
1861 本件日誌を証拠として用いることができないとする結論を採る場合には,
1862 その根拠として,
1863
1864 えば,
1865 取下げの結果,
1866 当事者の訴訟行為によって形成された法律効果は全て消滅することを前
1867 提とし,
1868 証拠申出の撤回は,
1869 弁論主義に照らし,
1870 相手方の同意があれば許されるとした上で,
1871
1872 XがY2に対する訴えの取下げをしたことにより,
1873 実質的には,
1874 Y2の証拠申出とこれに基づ
1875 く証拠調べの結果の消滅に同意をしているものとみることができることなどを指摘することが
1876 考えられよう。
1877
1878 課題2については,
1879 いずれの結論であっても,
1880 評価に差異はないが,
1881 いずれに
1882 せよ,
1883 論理的かつ説得的な論証が求められる。
1884
1885
1886 【刑事系科目】
1887 〔第1問〕
1888 本問は,
1889 設問1で,
1890 甲がAから依頼されたBに対する貸金債権(以下「本件債権」という。
1891
1892
1893 の回収に際し,
1894 その金額は500万円であるのに,
1895 600万円であると水増ししつつ,
1896 自身が
1897 暴力団組員であると装うなどしてBを畏怖させ,
1898 D銀行E支店に開設された甲名義の預金口座
1899 (以下「本件甲口座」という。
1900
1901 )に600万円を送金させた行為について甲に成立する財産犯
1902 に関し,
1903 被害額が600万円になるとの立場と100万円になるとの立場のそれぞれの理論構
1904 成を検討させた上,
1905 甲に成立する財産犯について検討させ,
1906 設問2で,
1907 甲がワインに混入した
1908 睡眠薬をAが摂取して死亡したことについて,
1909 甲について殺人既遂罪の成立要件は満たされず,
1910
1911 同罪は成立しないとの結論も考えられるところ,
1912 同結論の根拠となり得る具体的な事実を3つ
1913 挙げさせた上,
1914 同結論を導く理由を事実ごとに簡潔に示させ,
1915 さらに,
1916 設問3で,
1917 甲が同支店
1918 窓口係員Fに本件甲口座から600万円の払戻しを請求し,
1919 同額の払戻しを受けた行為につい
1920 て1項詐欺罪の成否を,
1921 甲がCに対する借金返済のため同600万円の払戻しを受け,
1922 これを
1923 Cに渡して費消した行為について横領罪の成否を,
1924 甲がAに対する500万円の返還を免れる
1925 ため睡眠薬を混入したワインをAに飲ませて眠り込ませ,
1926 その睡眠薬の影響によりAの心臓疾
1927 患を悪化させ,
1928 心不全でAを死亡させた行為について2項強盗殺人罪の成否を,
1929 甲が同ワイン
1930 をAに飲ませた後,
1931 A方で発見した腕時計を奪取した行為について成立する財産犯を,
1932 それぞ
1933 れ検討させ,
1934 それにより,
1935 刑事実体法及びその解釈論の知識と理解を問うとともに,
1936 具体的な
1937 事実関係を分析し,
1938 その事実に法規範を適用する能力並びに論理的な思考力及び論述力を試す
1939 ものである。
1940
1941
1942 設問1について
1943 - 14 -
1944
1945 甲は,
1946 Bに対し,
1947 本件債権額を600万円に水増ししつつ,
1948 自身が暴力団組員ではないのに
1949 そうであるかのように装い,
1950 「金を返さないのであれば,
1951 うちの組の若い者をあんたの家に行
1952 かせることになる。
1953
1954 」などと言った上,
1955 本件甲口座に600万円を入金するよう要求し,
1956 Bに,
1957
1958 本件債権額が600万円であると誤信させなかったものの,
1959 甲が暴力団員であるとは誤信させ,
1960
1961 その結果,
1962 甲の要求に応じなければ自身やその家族に危害が加えられるのではないかと畏怖し
1963 たBをして,
1964 B名義の預金口座から600万円を本件甲口座に送金させ,
1965 その残高を同額分増
1966 加させている。
1967
1968
1969 上記につき,
1970 甲に成立する財産犯が,
1971 恐喝罪か詐欺罪かが問題となり,
1972 両罪の区別基準を示
1973 した上,
1974 具体的事実を摘示して当てはめを行う必要があるところ,
1975 判例の立場(最判昭和24
1976 年2月8日刑集3巻2号83頁)に従えば,
1977 Bが甲を暴力団員であると誤信した点は,
1978 Bに畏
1979 怖の念を生じさせる一材料にとどまっているため,
1980 甲に成立する財産犯は恐喝罪と考えられる。
1981
1982
1983 この場合,
1984 恐喝罪の客観的構成要件要素として,
1985 まず,
1986 「脅迫」の意義を正確に示した上で,
1987
1988 具体的事実を摘示して当てはめを行い,
1989 次に,
1990 Bの「畏怖」,
1991 そして,
1992 これに基づく600万
1993 円の送金事実を摘示した上,
1994 Bと甲との間に現実の現金移転がないことから,
1995 同事実が,
1996 「財
1997 物を交付させ」たことに当たるのか,
1998 「財産上不法の利益を得」たことに当たるのか,
1999 すなわ
2000 ち1項恐喝罪と2項恐喝罪のいずれが成立するかについて,
2001 自説を根拠とともに簡潔に論じる
2002 必要がある。
2003
2004 また,
2005 主観的構成要件要素についても検討する必要がある。
2006
2007
2008 ところで,
2009 本問では,
2010 甲に成立する財産犯である恐喝罪の被害額(1項恐喝罪の場合,
2011 「財
2012 物」に当たる現金の金額,
2013 2項恐喝罪の場合,
2014
2015 「財産上の利益」に当たる預金債権の金額)が,
2016
2017 @600万円になるとの立場(以下「@の立場」という。
2018
2019 )及びA100万円になるとの立場
2020 (以下「Aの立場」という。
2021
2022 )双方からの説明が求められており,
2023 それぞれの立場の理論構成
2024 を根拠とともに論じる必要があるところ,
2025 甲は,
2026 AからBに対する本件債権の回収権限を与え
2027 られ,
2028 その権利行使に際し,
2029 恐喝的手段を用いてBから弁済の趣旨で600万円の送金を受け
2030 ているため,
2031 本件債権額の範囲内については権利の行使といえるから,
2032 その範囲内についても
2033 恐喝罪の構成要件に該当するといえるか否かが問題になる。
2034
2035
2036 この問題については,
2037 恐喝罪の保護法益の内容や同罪における「財産上の損害」の要否及び
2038 その内容に関する理解が重要な前提となる。
2039
2040 すなわち,
2041 @の立場からの説明としては,
2042 権利行
2043 使に際し恐喝的手段が用いられている場合,
2044 a.債務者の占有の適法性や要保護性を問わず,
2045
2046 00万円全体について占有侵害が認められるとの説明や,
2047 b.同罪を個別財産に対する罪と捉え
2048 た上,
2049 甲の恐喝行為に基づくAの交付行為により600万円の現金ないし預金債権が失われた
2050 ことから,
2051 600万円が「財産上の損害」に当たるとの説明等が考えられる。
2052
2053
2054 他方,
2055 Aの立場からの説明としては,
2056 権利行使に際し恐喝的手段が用いられている場合で
2057 も,
2058 c.債務者には履行遅滞に陥った債務の金額を適法に保持する正当な利益を欠くとして,
2059
2060 権額を超過する100万円の限りで法益侵害が認められるとの説明や,
2061 d.500万円の範囲で
2062 はBが金銭を交付することによって同じ金額の債務が消滅するため,
2063 実質的には100万円の
2064 限度で「財産上の損害」が生じているとの説明等が考えられる。
2065
2066
2067 さらに,
2068 甲は,
2069 Aから与えられた本件債権の回収権限に基づいてその弁済をBに請求してい
2070 るため,
2071 その行為について,
2072 違法性が阻却されるか否かも検討する余地があるが,
2073 甲の請求額
2074 は,
2075 本件債権額を100万円も超過し,
2076 かつ,
2077 甲がBに恐喝的手段を用いる緊急性はもとより,
2078
2079 必要性も相当性もないため,
2080 違法性が阻却される余地はないと考えられる。
2081
2082
2083 設問2について
2084 甲は,
2085 A方において,
2086 生命に対する危険性が全くない量の睡眠薬を混入したワインをAに飲
2087 ませて,
2088 数時間は目の覚めない状態にした(以下「第1行為」という。
2089
2090 )上,
2091 致死量に達する
2092 有毒ガスをAに吸引させ(以下「第2行為」という。
2093
2094 ),
2095 Aを殺害する計画(以下「本件計画」
2096 という。
2097
2098 )を立て,
2099 これに従い,
2100 第1行為を行ったものの,
2101 急にAの殺害が怖くなったため第
2102
2103 - 15 -
2104
2105 2行為をやめることにしてA方から立ち去ったが,
2106 Aは睡眠薬の影響により心臓疾患が悪化し
2107 た結果,
2108 心不全で死亡している。
2109
2110 このように,
2111 甲が行った第1行為は,
2112 それ自体では一般的に
2113 人を死亡させる危険性がない行為であり,
2114 かつ,
2115 甲は,
2116 第1行為によってAを殺害する意思は
2117 なく,
2118 これに必要と考えていた第2行為を行わなかったのであるから,
2119 理論構成によっては,
2120
2121 殺人既遂罪の成立を否定する結論を導く余地もあるといえる。
2122
2123
2124 すなわち,
2125 本問では,
2126 【事例2】の5,
2127 6,
2128 8及び9の事実のうちから,
2129 当該理論構成の当
2130 てはめに必要と考えられる具体的な事実3つを挙げた上で,
2131 前記結論を導く理由を事実ごとに
2132 簡潔に説明する必要があるところ,
2133 その3つの具体的な事実としては,
2134 @甲がAに飲ませた睡
2135 眠薬は病院で処方される一般的な医薬品で,
2136 Aの特殊な心臓疾患がなければ生命に対する危険
2137 性は全くなかったこと(以下「@の事実」という。
2138
2139 ),
2140 A同心臓疾患を一般人は認識できず,
2141
2142 も知らなかったこと(以下「Aの事実」という。
2143
2144 ),
2145 B甲は,
2146 ワインに混入した量の睡眠薬を摂
2147 取させる行為によって,
2148 Aが死亡する認識・予見を欠いていたこと(以下「Bの事実」という。
2149
2150
2151 などが挙げられる。
2152
2153
2154 そして,
2155 殺人既遂罪の成立が否定される理由として,
2156 様々な理論構成からの説明が考えられ
2157 るが,
2158 まず,
2159 第1行為は実行行為に当たらない,
2160 あるいは,
2161 その段階で実行の着手が認められ
2162 ないとの説明が考えられる。
2163
2164 例えば,
2165 実行行為性の危険性の判断に関し,
2166 一般人が認識できな
2167 い事情を判断資料から除外する立場や,
2168 実行の着手の判断において,
2169 犯行計画を考慮しない立
2170 場を前提とすれば,
2171 @の事実に着目したとき,
2172 第1行為は実行行為に当たらない,
2173 あるいは,
2174
2175 その段階で実行の着手はなく,
2176 甲に殺人既遂罪は成立しないとの説明が考えられる。
2177
2178
2179 次に,
2180 第1行為とAの死亡結果との間に因果関係が認められないとの説明も考えられる。
2181
2182
2183 えば,
2184 相当因果関係における相当性の判断資料に関し,
2185 行為時において一般人が認識し得た事
2186 情及び行為者が特に認識していた事情に限定する立場によれば,
2187 Aの事実に着目したとき,
2188
2189 の心臓疾患の事実は同判断資料から除かれ,
2190 よって,
2191 第1行為とAの死亡結果との間に因果関
2192 係は認められず,
2193 甲に殺人既遂罪は成立しないとの説明が考えられる。
2194
2195
2196 さらに,
2197 甲に殺意はなかったとの説明も考えられる。
2198
2199 例えば,
2200 Bの事実に着目したとき,
2201
2202 1行為の段階によってAを殺害する意思はなく,
2203 これに必要と考えていた第2行為を行わなか
2204 った甲には,
2205 第1行為によって死亡結果を惹起する認識・予見がなく,
2206 よって,
2207 同罪の故意が
2208 ない,
2209 あるいは,
2210 Aの死亡結果は,
2211 甲の予期に反するものであり,
2212 客観的な因果経過と甲の認
2213 識する因果経過との間に重大な錯誤があり,
2214 よって,
2215 同罪の故意が阻却され,
2216 それぞれ甲に同
2217 罪は成立しないとの説明が考えられる。
2218
2219
2220 本問は,
2221 一定の結論を導くためには,
2222 具体的にいかなる事実に着目して,
2223 理論構成をするこ
2224 とができるかを検討させることによって,
2225 刑法理論の理解に基づき,
2226 事実関係の分析能力を問
2227 うものである。
2228
2229 解答に際しては,
2230 複数の事実を一括せず,
2231 1個の事実に対応する理由を逐一論
2232 じる必要がある一方,
2233 1個の事実に対応する理由は複数あっても良く,
2234 また,
2235 理論構成の根拠
2236 や他説への批判を論じる必要はなく,
2237 要点を簡潔に示すのが肝要である。
2238
2239
2240 設問3について
2241
2242
2243 甲が600万円の払戻しを銀行窓口係員に請求し,
2244 その払戻しを受けた行為について
2245
2246 甲が,
2247 Bに送金させた600万円の払戻しをD銀行E支店窓口係員Fに請求し,
2248 その払戻
2249 しを受けた行為について,
2250 犯罪行為によって領得した金員(犯罪被害金)であることを秘し
2251 た払戻行為であることから,
2252 1項詐欺罪の成否が問題となる。
2253
2254 同罪の成立要件の検討に際し
2255 ては,
2256
2257 「人を欺く行為」
2258 (欺罔行為)の意義を正確に示した上で,
2259 具体的事実を摘示して当て
2260 はめを行う必要があるところ,
2261 本件については,
2262 甲がD銀行に対して有効な預金債権を取得
2263 していることを踏まえつつ,
2264 払戻請求を受けた金員が犯罪被害金か否かは,
2265 金融機関の職員
2266 において払戻し許否の判断の基礎となる重要な事項といえるか,
2267 甲が払戻しを請求する行為
2268
2269 - 16 -
2270
2271 は,
2272 払戻しの客体が犯罪被害金ではないことを示す行為といえるか(挙動による欺罔)
2273
2274
2275 には銀行に対して,
2276 払戻しを請求している金員が犯罪被害金であることを告知する義務があ
2277 ったか(不作為による欺罔)などについて,
2278 具体的に検討する必要がある。
2279
2280 なお,
2281 仮に詐欺
2282 罪の成立を認めるとしても,
2283 同罪の客体は恐喝罪の被害額に限定されることになるため,
2284
2285 問1における結論と整合的な検討が必要になる。
2286
2287
2288 甲が現金600万円の払戻しを受け,
2289 これを自己の借金返済のために費消した行為につい
2290
2291 甲が,
2292 自己の借金返済に充てるため,
2293 Aの所有に帰属し,
2294 Aに引き渡すべき現金500万
2295 円を含む600万円の払戻しをFから受けた上,
2296
2297 これをCに交付して費消した行為について,
2298
2299 被害額を500万円とする横領罪の成否が問題となり,
2300 その客観的構成要件要素及び主観的
2301 構成要件要素を検討する必要があるが,
2302 客観的構成要件要素のうち,
2303 どの行為を「横領」行
2304 為と捉えるかによって,
2305 横領罪の客体が異なり得る点に留意する必要がある。
2306
2307 すなわち,
2308
2309 が現実に600万円をCに交付した行為を「横領」と捉える場合,
2310 客体は甲が所持している
2311 現金ということになるのに対し,
2312 甲がCに対する弁済に充てることを決意して払戻請求を行
2313 っていることに着目し,
2314 払戻しを受ける行為を「横領」と捉える場合には,
2315 本件甲口座に預
2316 金として預け入れられた金員が客体ということになり,
2317 それが「自己の占有する他人の物」
2318 といえることを示す必要が生じる。
2319
2320 なお,
2321 いずれの構成を前提としても,
2322 Aに対する横領罪
2323 の客体は,
2324 Aに交付すべき500万円に限定されることになると解される。
2325
2326
2327 甲が500万円の返還を免れるために睡眠薬をAに飲ませて死亡させた行為について
2328 甲が,
2329 Aに引き渡すべきであった500万円を自己の借金返済のため費消したことをAに
2330 知られた後,
2331 Aを殺害してその返還を免れようと考えつつ本件計画を立て,
2332 第1行為により
2333 Aを死亡させた事実について,
2334 2項強盗殺人罪の成否が問題となり,
2335 その客観的構成要件要
2336 素及び主観的構成要件要素を検討する必要があるところ,
2337 Aの死亡結果及び財産上の利益の
2338 強取行為については,
2339 甲の犯行計画に反し,
2340 第1行為によって現実化しているため,
2341 いわゆ
2342 る早すぎた構成要件実現の問題として,
2343 故意既遂犯の成否が問題となる。
2344
2345
2346 この点,
2347 殺人既遂罪の成否に関する判断については,
2348 最決平成16年3月22日刑集58
2349 巻3号187頁が参考になる。
2350
2351 すなわち,
2352 当該判例の考え方に従えば,
2353 @第1行為が第2行
2354 為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったこと,
2355
2356 A第1行為に成功した場合,
2357
2358 それ以降の犯罪計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められ
2359 ること,
2360 B第1行為と第2行為が時間的場所的に近接していることなどの事情が認められ,
2361
2362 第1行為が第2行為に密接な行為であり,
2363 第1行為の開始時点で既に殺人に至る客観的な危
2364 険性が認められる場合には,
2365 行為者は一連の殺人行為に着手して,
2366 その目的を遂げたもので
2367 あり,
2368 行為者の認識と異なり,
2369 第1行為によって被害者が死亡していても殺人既遂罪の成立
2370 が認められることになる。
2371
2372 当該判例を前提とした場合,
2373 本件事案についても,
2374 第1行為の段
2375 階で,
2376 殺人罪の実行の着手が認められるか否かを検討する必要があるが,
2377 その際,
2378 時間的場
2379 所的関係や使用した薬物の性質などについて当該判例の事案と比較することが求められる。
2380
2381
2382 そして,
2383 同罪の実行の着手を認めた場合,
2384 Aの心臓疾患の存在を一般人が認識できず,
2385 甲も
2386 知らなかったことを踏まえつつ,
2387
2388 因果関係の有無について具体的に検討を加える必要がある。
2389
2390
2391 他方,
2392 当該判例の考え方に従わない場合,
2393 殺人既遂罪の成否については,
2394 同罪の実行行為
2395 及び故意の有無の判断方法について,
2396 自説を根拠とともに論じた上で,
2397 当てはめを的確に行
2398 う必要がある。
2399
2400 例えば,
2401 Aの死亡結果を発生させた行為として因果の起点となる第1行為の
2402 みを実行行為として捉えた上で,
2403 第 1 行為と死亡結果との間の因果関係を肯定した場合,
2404
2405 第1行為の段階で甲に故意が認められるか否かについて,
2406 甲がAの殺害に必要と考えていた
2407
2408 - 17 -
2409
2410 第2行為を留保していたことや,
2411 因果関係の錯誤があることを踏まえつつ,
2412 根拠とともに十
2413 分論じる必要がある。
2414
2415
2416 2項強盗殺人罪は,
2417 被害者を殺害して財産上の利益を取得すれば直ちに成立するのではな
2418 く,
2419 2項強盗罪の成立要件を満たす必要があるから,
2420 同罪の実行行為である「暴行」又は「脅
2421 迫」が認められるかについて検討する必要がある。
2422
2423 この点に関し,
2424 第1行為の段階で「暴行」
2425 があったといえるかについては,
2426
2427 「暴行」とは有形力・物理力の行使と解されることを踏ま
2428 えつつ,
2429 具体的事実を摘示して当てはめを行う必要がある。
2430
2431 そして,
2432 この点については,
2433
2434 インを飲ませることは強盗罪の予定する有形力には当たらない,
2435 あるいは,
2436 ワインを飲むこ
2437 とについてはAが同意しているという理由から,
2438 第1行為は強盗罪にいう「暴行」に当たら
2439 ないと解する余地があるだろう。
2440
2441 他方,
2442
2443 「暴行」を肯定する論理としては,
2444 例えば,
2445 睡眠薬
2446 の混入を知らずにワインを飲んだAの錯誤に基づく無効な同意による薬剤の作用を有形力と
2447 見ることや,
2448 究極の反抗抑圧手段である被害者の殺害は実質的に暴行を包含していると考え
2449 られること,
2450 気体を吸引させる第2行為を「暴行」に当たるとした上で,
2451 第1行為と第2行
2452 為を一連の実行行為と捉えることなどが考えられよう。
2453
2454
2455 さらに,
2456
2457 「暴行」を肯定した場合については,
2458 本件の具体的事実関係において,
2459 甲が「財
2460 産上不法の利益を得」たといえるかについて,
2461 財産上の利益の意義を正確に示した上で,
2462
2463 体的事実を摘示して当てはめを行う必要がある。
2464
2465
2466 なお,
2467 2項強盗殺人罪又は殺人罪の実行の着手を否定した場合でも,
2468 500万円の返還を
2469 免れるためにAを殺害する目的で準備を進めた上,
2470 実際にワインを飲ませてAを死亡させた
2471 行為について,
2472 自説の立場からいかなる犯罪が成立するかについて,
2473 論理一貫した検討が必
2474 要になる。
2475
2476 例えば,
2477 殺人予備罪,
2478 強盗予備罪の成否のほか,
2479 Aに生じた数時間は目の覚めな
2480 い状態が「傷害」に当たるとする立場からは,
2481 傷害(致死)罪,
2482
2483 (重)過失傷害罪(又は同
2484 致死罪)などの成否が問題となり得る。
2485
2486
2487 甲がA所有の腕時計を奪取した行為について
2488 甲がA方から立ち去る際に発見したA所有の腕時計を上着のポケットに入れて,
2489 A方から
2490 立ち去り,
2491 これを奪取した行為について,
2492 その奪取意思が生じた時期が第1行為後であった
2493 ことに着目すれば,
2494 昏酔強盗罪ではなく,
2495 窃盗罪の成否が問題となり,
2496 その客観的構成要件
2497 及び主観的構成要件の充足の有無を検討する必要がある。
2498
2499 ただし,
2500 甲に2項強盗殺人罪の成
2501 立を認める立場からは,
2502 客体が「財産上の利益」と「財物」との違いこそあれ,
2503 甲が侵害し
2504 ようとした500万円の返還債務と腕時計はAの財産との点で重なり合いがあり,
2505 同一機会
2506 にこれらを侵害したことに着目し,
2507 上記行為について1項強盗殺人罪の成否を検討する余地
2508 もある。
2509
2510
2511 最後に,
2512 上記のことを踏まえ,
2513 罪数を論じる必要がある。
2514
2515
2516 〔第2問〕
2517 本問は,
2518 住居侵入窃盗事件の捜査及び公判に関する具体的な事例を素材として,
2519 刑事手続法
2520 上の問題点,
2521 その解決に必要な法解釈,
2522 法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並
2523 びに結論に至る思考過程を論述させることにより,
2524 刑事訴訟法に関する基本的学識,
2525 法適用能
2526 力及び論理的思考力を試すものである。
2527
2528
2529 〔設問1〕は,
2530 H市内で夜間に発生したV方における住居侵入窃盗事件(以下「本件住居侵
2531 入窃盗事件」という。
2532
2533 )に関し,
2534 司法警察員P及びQが,
2535 その2日前の夜間に同市内で発生し
2536 た,
2537 手口が類似するX方における住居侵入未遂事件(以下「X方における事件」という。
2538
2539 )で
2540 目撃された甲をH警察署まで任意同行した上,
2541 約24時間という長時間にわたり,
2542 一睡もさせ
2543 ずに徹夜で,
2544 更に偽計も用いて実施した取調べ(以下「下線部@の取調べ」という。
2545
2546 )の適法
2547
2548 - 18 -
2549
2550 性を論じさせることにより,
2551 刑事訴訟法第198条に基づく任意捜査の一環としての被疑者の
2552 取調べがいかなる限度で許されるのか,
2553 すなわち,
2554 被疑者に対する任意取調べの適法性に関す
2555 る判断枠組みの理解及び具体的事実への法適用能力を試すものである。
2556
2557
2558 任意同行後の被疑者に対する任意取調べの適法性について扱った最高裁判所の判例として
2559 は,
2560 宿泊を伴う取調べが実施された事案に関する最決昭和59年2月29日刑集38巻3号4
2561 79頁(いわゆる高輪グリーン・マンション殺人事件)がある。
2562
2563 同決定は,
2564 任意捜査の一環と
2565 しての被疑者取調べは,
2566 第一に,
2567 強制手段によることはできず,
2568 第二に,
2569 強制手段を用いない
2570 場合でも,
2571 事案の性質,
2572 被疑者に対する容疑の程度,
2573 被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,
2574
2575 社会通念上相当と認められる方法・態様及び限度において許容されるという二段階の適法性の
2576 判断枠組みを示している。
2577
2578 そして,
2579 深夜に任意同行した後,
2580 徹夜で,
2581 翌日の夜まで約22時間
2582 という長時間にわたって被疑者に対する取調べが実施された事案に関する最決平成元年7月4
2583 日刑集43巻7号581頁(いわゆる平塚強盗致死事件)も,
2584 この判断枠組みに従い,
2585 取調べ
2586 の適否について判断している。
2587
2588 本問の検討に当たっては,
2589 これらの最高裁判例の考え方を踏ま
2590 えた上で,
2591 まず,
2592 上記判断枠組みの第一段階にいう「強制手段」については,
2593 刑事訴訟法第1
2594 97条第1項但書にいう強制処分該当性の問題として位置付け,
2595 その意義を明らかにするなど,
2596
2597 実定法上の規定との関係をも意識しつつ論じることが求められる。
2598
2599 また,
2600 上記判断枠組みの第
2601 二段階にいう「相当」性については,
2602 いわゆる比例原則を任意取調べに適用したものとして捜
2603 査の必要性と被侵害利益とを比較衡量して判断するとの立場(比較衡量説),
2604 捜査機関に対す
2605 る行為規範としての観点から判断するとの立場(行為規範説)など,
2606 その理論的根拠や考慮要
2607 素に関する理解は分かれ得るが,
2608 いずれの立場に立つにせよ,
2609 前記最高裁判例に対する理解を
2610 前提として,
2611 いかなる立場に立脚しているのかを明確にしながら論じることが求められる。
2612
2613
2614 上記のような理解を前提とした上,
2615 下線部@の取調べについて,
2616 事例に現れた具体的事実が
2617 前記判断枠組みにおいてどのような意味を持つのかを意識しながら,
2618 その適法性を検討する必
2619 要がある。
2620
2621
2622 すなわち,
2623 第一段階の判断として,
2624 下線部@の取調べが強制処分に当たるのか否かにつき,
2625
2626 H警察署への任意同行に甲が明示的に同意していたことや,
2627 H警察署における具体的な取調べ
2628 状況等を踏まえ,
2629 甲の意思を制圧していないか,
2630 甲の身体・行動の自由等に制約を加えていな
2631 いか等の観点から評価することが求められる。
2632
2633
2634 そして,
2635 第一段階の検討において,
2636 強制処分に当たらないとの結論に至った場合には,
2637 第二
2638 段階の判断として,
2639 約24時間という長時間にわたり,
2640 一睡もさせずに徹夜で,
2641 その間に疲労
2642 して口数が少なくなっていた甲に対し,
2643 本件住居侵入窃盗事件当日の夜,
2644 甲が自宅から外出す
2645 るのを見た人がいる旨の偽計をも用いて行われた取調べが,
2646 任意取調べとして社会通念上相当
2647 性を欠くか否かについて検討することとなる。
2648
2649 ここでは,
2650 前記最高裁判例が考慮要素として挙
2651 げる,
2652 事案の性質,
2653 被疑者に対する容疑の程度,
2654 被疑者の態度等につき具体的事実を適切に抽
2655 出し評価することが求められる。
2656
2657 この相当性の判断に当たっては,
2658 事例に現れた具体的事実を
2659 ただ漫然と羅列して結論を述べればよいわけではなく,
2660 例えば,
2661 比較衡量説に立つ場合には,
2662
2663 捜査の必要性と比較衡量すべき反対利益としての被侵害利益をどう捉えるのかについて,
2664 どの
2665 ような事実が甲のいかなる利益の侵害を基礎付けるのかを明らかにしながら論じることが必要
2666 である。
2667
2668 また,
2669 約24時間にわたり,
2670 徹夜で行われた取調べが,
2671 それのみでも社会通念上相当
2672 性を欠き違法であると判断した場合は格別,
2673 そうでない場合には,
2674 それまでの取調べにより疲
2675 労している甲に対して偽計を用いて行われた取調べについて,
2676 その偽計の内容・程度も勘案し
2677 つつ,
2678 その適法性を判断すべきである。
2679
2680
2681 〔設問2〕は,
2682 甲の自白が,
2683 前記のとおり,
2684 長時間にわたり,
2685 徹夜で行われた取調べにおい
2686 て,
2687 偽計を用いて獲得されているところ,
2688 まず,
2689 〔設問2−1〕において,
2690 自白法則及び違法
2691 収集証拠排除法則の自白への適用の在り方を一般的に問うた上,
2692 次いで,
2693 〔設問2−2〕にお
2694
2695 - 19 -
2696
2697 いて,
2698 〔設問2−1〕で論じた自己の見解に基づいて甲の前記自白の証拠能力を論じさせるこ
2699 とにより,
2700 自白法則及び違法収集証拠排除法則という証拠法における基本原則が,
2701 自白という
2702 供述証拠にどのように適用されるのか(後者については適用の有無自体も含む。
2703
2704 )についての
2705 基本的な理解と,
2706 それを踏まえた,
2707 具体的事例を解決するための法的思考力を試すものである。
2708
2709
2710 刑事訴訟法第319条第1項は,
2711 任意にされたものでない疑いのある自白の証拠能力を否定
2712 しているが,
2713 この自白法則の根拠についての考え方は,
2714 伝統的な理解とされる,
2715 供述人の心理
2716 状態に注目するいわゆる任意性説(虚偽排除説,
2717 人権擁護説ないしこれらを併用する説を含む。
2718
2719
2720 と,
2721 いわゆる違法排除説とに大別することができる。
2722
2723 同法則に関する最高裁判例としては,
2724
2725 えば,
2726 最大判昭和45年11月25日刑集24巻12号1670頁があり,
2727 同判決は,
2728 「虚偽
2729 の自白が誘発されるおそれのある場合」には,
2730 そこで得られた自白の「任意性に疑いがある」
2731 ものとしている。
2732
2733 また,
2734 違法収集証拠排除法則については,
2735 違法に収集された証拠物の証拠能
2736 力についての判断として,
2737 最判昭和53年9月7日刑集32巻6号1672頁があり,
2738 同判決
2739 は,
2740 明文の規定はないものの,
2741 刑事訴訟法の解釈により,
2742 証拠物の押収等の手続に令状主義の
2743 精神を没却するような重大な違法があり,
2744 これを証拠として許容することが,
2745 将来における違
2746 法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合には,
2747 当該証拠の証拠能力が否定
2748 されると判示している。
2749
2750
2751 そして,
2752 供述証拠である自白にも違法収集証拠排除法則が適用されるのか,
2753 その前提として,
2754
2755 自白法則と違法収集証拠排除法則の関係をどのように考えるのかについては,
2756 両者は共通する
2757 原理に基づくものであって,
2758 違法収集証拠排除法則が一般的な法則であり,
2759 自白法則は言わば
2760 違法収集証拠排除法則の特別規定だとする見解(違法排除一元説),
2761 自白の証拠能力は専ら任
2762 意性の観点から判断され,
2763 自白には違法収集証拠排除法則は適用されないとする見解(任意性
2764 一元説),
2765 供述の任意性の観点とは別に違法収集証拠排除法則を自白にも適用することができ
2766 るとする見解(二元説)など見解が分かれているが,
2767 〔設問2−1〕では,
2768 これらのいずれの
2769 見解に立つにせよ,
2770 自白法則及び違法収集証拠排除法則の根拠及び判断基準をそれぞれ明らか
2771 にした上で,
2772 両法則の自白への適用の在り方について,
2773 自説の立場を論じることが求められる
2774 (なお,
2775 違法収集証拠排除法則の自白への適用を認めた下級審裁判例として,
2776 東京高判平成1
2777 4年9月4日判時1808号144頁(いわゆるロザール事件控訴審判決)等がある。
2778
2779 )。
2780
2781
2782 その上で,
2783 〔設問2−2〕では,
2784 〔設問1〕で検討した下線部@の取調べの適法性に関する論
2785 述内容を踏まえつつ,
2786 立場によってはそこでは触れなかった具体的事実をも適切に拾い上げな
2787 がら,
2788 自説の立場から,
2789 甲の自白の証拠能力の有無及びその理由を説得的に論述することが求
2790 められる。
2791
2792 いわゆる任意性説の立場から自白法則を適用するに当たっては,
2793 下線部@の取調べ
2794 のうち,
2795 いかなる事実がどのような理由から,
2796 甲に対する心理的圧迫や心理的強制,
2797 ないし甲
2798 の黙秘権等の侵害を基礎付けると評価されるのか(あるいはされないのか)など,
2799 当該取調べ
2800 が甲の心理状態に与えた影響や権利行使に与えた影響いかんについて十分言及しながら論じる
2801 ことが求められる。
2802
2803 また,
2804 違法収集証拠排除法則を自白に適用するに当たっては,
2805 一般に取調
2806 べは令状主義とは関係がないとされることから,
2807 証拠物に関する前記昭和53年最高裁判例の
2808 いう,
2809 令状主義の精神を没却するような重大な違法の有無という基準を用いて甲の自白の証拠
2810 能力を判断してよいのかという点や,
2811 下線部@の取調べのうち,
2812 いかなる事実がどのような理
2813 由から重大な違法と評価されるのか(あるいはされないのか),
2814 将来の違法捜査抑制の見地か
2815 ら甲の自白を証拠として許容するのが相当でないと評価されるのか(あるいはされないのか)
2816 などについて論述することが求められる。
2817
2818 本問では,
2819 Qが用いた偽計は,
2820 本件住居侵入窃盗事
2821 件の犯行目撃自体に関するものではなく,
2822 本件住居侵入窃盗事件当日の夜に甲が自宅から外出
2823 したのを目撃されたという内容にとどまっている一方で,
2824 それまでに行われていた長時間にわ
2825 たる徹夜の取調べにより疲労していたこととそうした偽計とがあいまって,
2826 甲が自白するしか
2827 ないと思い込み,
2828 本件住居侵入窃盗事件を行った旨自白するに至っており,
2829 このような事情を
2830
2831 - 20 -
2832
2833 自説の立場からどのように評価するのかを説得的に論じる必要がある。
2834
2835
2836 〔設問3〕は,
2837 検察官が,
2838 本件住居侵入窃盗事件と手口の類似する,
2839 起訴されていないX方
2840 における事件を目撃したWの証人尋問により,
2841 本件住居侵入窃盗事件の甲の犯人性を証明しよ
2842 うとしている場合において,
2843 Wの証人尋問の請求を認めるべきか否かを問うことにより,
2844 いわ
2845 ゆる類似事実による犯人性の証明の可否についての基本的な理解及び具体的事実への法適用能
2846 力を試すものである。
2847
2848
2849 この点について,
2850 最高裁判所は,
2851 前科証拠を犯人性の証明に用いることの適否に関する最判
2852 平成24年9月7日刑集66巻9号907頁,
2853 併合審理されている類似の犯罪事実を犯人性の
2854 間接事実とすることの適否に関する最決平成25年2月20日刑集67巻2号1頁において,
2855
2856 このような類似の犯罪事実による犯人性の証明が許されるためには,
2857 当該犯罪事実が顕著な特
2858 徴を有し,
2859 かつ,
2860 それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することが必要であるとしている。
2861
2862
2863 本問の検討に当たっては,
2864 これらの最高裁判例を踏まえ,
2865 弁護人の証拠意見の趣旨を把握した
2866 上で,
2867 本問のように,
2868 起訴されていない類似の犯罪事実を犯人性の証明に用いることができる
2869 のか否かを論じる必要がある。
2870
2871 その際には,
2872 これらの類似の犯罪事実を犯人性の証明に用いる
2873 ことが許されないとすれば,
2874 その理論的根拠はどこにあるかを明らかにするとともに,
2875 許され
2876 る場合があるとすれば,
2877 その判断基準及び根拠を十分に説明することが求められる。
2878
2879
2880 その上で,
2881 一戸建ての民家の庭に面した1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスを,
2882
2883 ラスカッターを用いて半円形に割って解錠するという手口の特殊性・類似性の有無・程度,
2884
2885 方における事件と本件住居侵入窃盗事件の時間的・場所的近接性の有無・程度,
2886 ガラスカッタ
2887 ーの入手の容易性等について,
2888 具体的事実を適切に拾い上げながら評価し,
2889 Wの証人尋問の請
2890 求を認めるべきか否かを論じることが求められている。
2891
2892
2893
2894 【選択科目】
2895 [倒産法]
2896 〔第1問〕
2897 本問は,
2898 株式会社が破産手続開始決定を受けた場合の具体的事例を基に,
2899 破産者のした法律
2900 行為やこれに関連して行われた債権者の行為が破産手続との関係でどのように規律されるのか
2901 を問い,
2902 破産手続における関係者の権利調整に係る規律の在り方,
2903 当該規律の制度趣旨につい
2904 ての基本的な理解を問うものである。
2905
2906
2907 設問1は,
2908 債権者であるC銀行が本件担保提供を詐害行為とし,
2909 A社から抵当権の設定を受
2910 けた受益者であるE銀行を被告として(民法第424条の7第1項第1号参照),
2911 民法第42
2912 4条第1項に規定する詐害行為取消権に基づき,
2913 本件抵当権設定登記の抹消登記手続請求訴訟
2914 (本件訴訟1)を提起した場合に,
2915 その後,
2916 A社に対する破産手続開始の決定があったとき,
2917
2918 本件訴訟1がどのような取扱いを受けるかについて検討を求めるものである。
2919
2920
2921 破産法は,
2922 その目的を達成するため(破産法第1条参照),
2923 破産手続開始の決定があった場
2924 合における他の手続との調整規定を設けており(同法第42条以下参照),
2925 破産者を当事者と
2926 する破産財団に関する訴えの取扱いについては同法第44条に規定しているところ,
2927 事案によ
2928 れば,
2929 甲土地は,
2930 A社の破産財団に属するものということができそうであるが,
2931 A社は,
2932 本件
2933 訴訟1の当事者ではないことからすると,
2934 同項の規定によって本件訴訟1が中断することはな
2935 さそうである。
2936
2937 ただ,
2938 事案によれば,
2939 A社に対する破産手続開始の決定があったときには,
2940
2941 件訴訟1がα地方裁判所に係属しているというのであるから,
2942 本件訴訟1については,
2943 民法第
2944 424条第1項の規定により破産債権者の提起した訴訟が破産手続開始当時係属するときはそ
2945 の訴訟手続は中断する旨規定する破産法第45条第1項の適用があるものということができ
2946 る。
2947
2948 解答に当たっては,
2949 本件訴訟1の訴訟手続の中断について,
2950 これら破産法の規定を具体的
2951 - 21 -
2952
2953 に指摘して当てはめつつ論ずる必要がある。
2954
2955 また,
2956 設問1は,
2957 本件訴訟1の取扱いを問うもの
2958 であるから,
2959 中断後の受け継ぎの規律(同法第45条第2項参照)についても言及することが
2960 求められよう。
2961
2962
2963 設問2は,
2964 破産管財人Yが本件担保提供について,
2965 破産法第160条第1項又は第162条
2966 第1項に基づき否認するとし,
2967 E銀行を被告として,
2968 本件抵当権設定登記の抹消登記手続請求
2969 訴訟(本件訴訟2)を提起した場合について,
2970 破産管財人Yの当該主張の当否につき検討を求
2971 めるものである。
2972
2973 そうすると,
2974 本件担保提供について,
2975 否認の対象となる行為として同法第1
2976 60条第1項又は第162条第1項の要件を充足しているということができるのかについて検
2977 討することが求められているから,
2978 解答に当たっては,
2979 設問を結論付ける上で必要となる否認
2980 の要件を自らの考え方に基づいて適切に摘示し,
2981 解釈した上で,
2982 事案に即して当てはめ,
2983 自ら
2984 の考え方を論ずる必要がある。
2985
2986
2987 ここで,
2988 事例によれば,
2989 本件担保提供は,
2990 本件通知書が郵送された後にされたものであるこ
2991 とに照らせば,
2992 本件担保提供についてA社の支払の停止後にされた行為であるということがで
2993 きるのかについて検討が必要となる。
2994
2995 関連して判例(ただし,
2996 旧破産法第74条第1項に係る
2997 もの)では,
2998 支払停止とは,
2999 債務者が資力欠乏のため債務の支払をすることができないと考え
3000 てその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解すべきとされている(最一
3001 判昭和60年2月14日判例時報1149号159頁)。
3002
3003 そこで,
3004 解答に当たっては,
3005 支払停
3006 止の概念について自らの考え方を示すとともに,
3007 事案に即した適切な当てはめをして論ずるこ
3008 とが必要である。
3009
3010 また,
3011 本件担保提供がA社の支払の停止後の担保提供であるとしても,
3012 設問
3013 2の問題文に触れられているとおり,
3014 本件担保提供が親会社B社の債務を担保するためのもの
3015 であることに留意して検討する必要がある。
3016
3017 すなわち,
3018 解答に当たっては,
3019 破産法第162条
3020 第1項に基づく否認の主張の当否に関しては,
3021 同項に基づく否認の制度趣旨に照らし,
3022 同項に
3023 おいて文言上否認の対象とされている,
3024 「既存の債務」についてされた担保の供与行為をどの
3025 ように解するのか(破産者『自らの債務についての』担保の供与行為であると解されること)
3026 を明らかにした上で,
3027 同項に基づく否認の要件を満たさないことにつき,
3028 事案に即した当ては
3029 めをして論ずることが求められるほか,
3030 同法第160条第1項に基づく否認の主張の当否に関
3031 しても,
3032 その制度趣旨に照らし,
3033 同項において否認の対象とされている行為はどのようなもの
3034 か,
3035 換言すれば,
3036 文言上否認の対象から除かれている,
3037 「担保の供与」をどのように解するの
3038 か(破産法第160条第1項で適用対象外とされるのは,
3039 破産者『自らの債務についての』担
3040 保の供与行為であると解され,
3041 他人の債務に関する担保の供与は,
3042 破産者の財産減少行為であ
3043 ると観念され,
3044 適用対象外とされないこと)を明らかにした上で,
3045 同項に基づく否認の要件の
3046 充足性について,
3047 事案に即した当てはめをして論ずることが求められよう。
3048
3049
3050 設問3は,
3051 破産管財人YがD社に対してされた本件事業用車両による代物弁済について,
3052
3053 産法第162条第1項に基づき否認するとし,
3054 D社を被告として,
3055 本件事業用車両の引渡請求
3056 訴訟(本件訴訟3)を提起した場合について,
3057 破産管財人Yの当該主張の当否につき検討を求
3058 めるものである。
3059
3060 そうすると,
3061 設問2における場合と同様,
3062 ここでも,
3063 解答に当たっては,
3064
3065 問を結論付ける上で必要となる否認の要件を自らの考え方に基づいて適切に摘示し,
3066 解釈した
3067 上で,
3068 事案に即して当てはめ,
3069 自らの考え方を論ずる必要がある。
3070
3071
3072 ここで,
3073 事例によれば,
3074 D社は,
3075 本件事業用車両に係る所有権留保特約付きの売買契約の売
3076 主であって,
3077 担保権者であること等の事情がある。
3078
3079 関連して判例(ただし,
3080 旧破産法第72条
3081 第1号に係るもの)では,
3082 債務者(買主)が動産売買の先取特権の存する物件を被担保債権額
3083 (売買代金額)と同額に評価して当該債権者(売主)に代物弁済に供する行為は,
3084 売買当時に
3085 比し代物弁済当時に当該物件の価格が増加していない限り他の破産債権者を害する行為に当た
3086 らず,
3087 否認が認められないものとされ,
3088 その理由として,
3089 破産債権者を害する行為とは,
3090 破産
3091 債権者の共同担保を減損させる行為であるところ,
3092 もともと当該物件は破産債権者の共同担保
3093
3094 - 22 -
3095
3096 ではなかったものであり,
3097 当該代物弁済により当該債権者の債務は消滅に帰したからである旨
3098 示されているところである(最一判昭和41年4月14日民集20巻4号611頁)。
3099
3100 そこで,
3101
3102 解答に当たっては,
3103 破産法第162条第1項に基づく否認の要件として,
3104 対象となる行為の有
3105 害性を要するものとするのか,
3106 要するものとしてその意義や否認の要件上の位置付けについて
3107 自らの考え方を明らかにしつつ,
3108 事案に即した当てはめをして結論を導くことが求められよう。
3109
3110
3111 〔第2問〕
3112 本問は,
3113 資金繰りが悪化するなどし,
3114 法的倒産手続の利用を検討することとなった株式会社
3115 を題材に,
3116 同社を取り巻くいくつかの事情を勘案しつつ,
3117 本件事業を維持継続した上でD社に
3118 譲渡するために,
3119 破産手続開始又は再生手続開始のいずれを申し立てるのが相当であるかの検
3120 討を通じ,
3121 破産手続ないし再生手続の特徴や違いについて,
3122 基本的な理解を問うものである。
3123
3124
3125 設問においては,
3126 @からBまでの方策について,
3127 事例及びA社に関する事情を踏まえ,
3128 破産
3129 手続による場合と再生手続による場合とを比較して論ずることが求められているから,
3130 解答に
3131 当たっては,
3132 これに対応し,
3133 関連した制度を摘示した上で比較しつつ,
3134 事案に即した当てはめ
3135 をして論ずることが求められている。
3136
3137
3138 まず,
3139 設問では,
3140 本件事業を維持継続した上でD社に譲渡するための方策についての検討が
3141 求められているところ,
3142 A社に関する事情として,
3143 D社はA社について法的倒産手続の申立て
3144 があれば資金援助を行う意向を有している一方で,
3145 後に優先的な弁済を受けることができるの
3146 か心配しているという事情があるのであるから,
3147 法的倒産手続において,
3148 そのような効果を生
3149 む方策(設問@の方策)の有無が検討課題となり得る。
3150
3151 この点,
3152 破産手続では,
3153 開始前の原因
3154 により生じた債権は,
3155 財団債権でないものは破産債権であり(破産法第2条第5項),
3156 基本的
3157 に優先弁済をすることができないものとされている一方,
3158 再生手続では,
3159 上記のようないわゆ
3160 る救済融資により生じた債権については,
3161 民事再生法第120条による共益債権化の可能性が
3162 問題となり得る。
3163
3164 そこで,
3165 解答に当たっては,
3166 当該制度の指摘のほか,
3167 当該制度が民事再生法
3168 に設けられている趣旨やその要件を踏まえつつ,
3169 事案に即して当該制度の適用可能性について
3170 論ずる必要がある。
3171
3172
3173 また,
3174 設問では,
3175 本件事業を維持継続した上でD社に譲渡するための検討が求められている
3176 ところ,
3177 A社に関する事情として,
3178 E銀行により,
3179 本件事業が行われている本件工場及び敷地
3180 に設定されていた抵当権の実行の方針が明らかにされているという事情があるのであるから,
3181
3182 法的倒産手続において,
3183 当該抵当権の実行を阻止し又はこれを消滅させるための方策(設問A
3184 の方策)の有無が検討課題となり得る。
3185
3186 この点,
3187 破産手続では,
3188 別除権者(破産法第65条)
3189 であるE銀行の抵当権の実行を止めるための手段がないものとされている一方,
3190 再生手続では,
3191
3192 上記のようなE銀行の抵当権については,
3193 民事再生法第31条による担保権の実行手続の中止
3194 命令の制度の適用可能性が問題となり得る。
3195
3196 また,
3197 E銀行の抵当権に対しては,
3198 実際上,
3199 別除
3200 権者であるE銀行との合意(いわゆる別除権協定)により当該抵当権を抹消した上で,
3201 担保目
3202 的物である本件工場及び敷地をD社に譲渡することが目指されることになろうが(このことは,
3203
3204 破産手続,
3205 再生手続ともに同様であるといえよう。
3206
3207 ),
3208 その合意に至らない場合もあり得る。
3209
3210
3211 うすると,
3212 そのような場合であっても,
3213 担保権を消滅させるための方策の有無が問題となり得
3214 る。
3215
3216 この点,
3217 破産手続においては,
3218 破産法第186条以下の規定に基づく担保権消滅の許可の
3219 制度があるが,
3220 当該制度では,
3221 結局,
3222 (別除権協定の締結もできず)担保権の実行の意向を明
3223 確にしている担保権者(本問では,
3224 E銀行)による担保権の実行を阻止することができないも
3225 のであり(同法第187条参照),
3226 E銀行の意向に反するものというべき本件事業を維持継続
3227 した上でのD社への譲渡に役立つ制度であるとは言い難いところである。
3228
3229 一方,
3230 再生手続では,
3231
3232 E銀行の抵当権については,
3233 民事再生法第148条による担保権消滅の許可の制度の適用可能
3234 性が問題となり得る。
3235
3236 そこで,
3237 解答に当たっては,
3238 再生手続における民事再生法第31条によ
3239
3240 - 23 -
3241
3242 る担保権の実行手続の中止命令の制度,
3243 同法第148条による担保権消滅の許可の制度の各指
3244 摘のほか,
3245 各制度が併せて民事再生法に設けられている趣旨やその要件を踏まえつつ,
3246 事案に
3247 即して各制度の適用可能性について論ずる必要がある。
3248
3249
3250 さらに,
3251 設問では,
3252 本件事業を維持継続した上でD社に譲渡するための検討が求められてい
3253 るところ,
3254 A社に関する事情として,
3255 本件事業に欠かせない部品の調達先であるF社が期限ま
3256 での代金支払に応じなければ,
3257 直ちにA社との取引を打ち切る旨を明らかにしているという事
3258 情があるのであるから,
3259 法的倒産手続において,
3260 F社に対し代金を弁済し,
3261 F社との取引関係
3262 を維持するための方策(設問Bの方策)の有無が検討課題となり得る。
3263
3264 この点,
3265 破産手続では,
3266
3267 取引先を維持するために破産者が負う破産債権等への弁済を可能とする明文の根拠規定はない
3268 ものとされている一方,
3269 再生手続では,
3270 上記のようなF社の有する債権については,
3271 民事再生
3272 法第85条第5項(後半部分)による弁済許可の制度の適用可能性が問題となり得る。
3273
3274 そこで,
3275
3276 解答に当たっては,
3277 当該制度の指摘のほか,
3278 当該制度が民事再生法に設けられている趣旨やそ
3279 の要件を踏まえつつ,
3280 事案に即して当該制度の適用可能性について論ずる必要がある。
3281
3282
3283 そして,
3284 以上のような各検討を踏まえ,
3285 本件事業を維持継続した上でD社に譲渡するために,
3286
3287 破産手続開始又は再生手続開始のいずれを申し立てるのが相当であるかについて,
3288 自らの考え
3289 方を論じ,
3290 結論を示すことが求められている。
3291
3292
3293 [租税法]
3294 〔第1問〕
3295 本問は,
3296 競馬での当たり馬券の払戻金の所得分類(設問1,
3297 ),
3298 賃料増額請求の当否が
3299 争われた場合の賃料収入の帰属年度(設問2),
3300 法人による資産の高額譲受けとその資産の転
3301 売における法人の課税関係(設問3,
3302 )について問うものである。
3303
3304
3305 設問1では,
3306 近時の最高裁判例(最判平成29年12月15日民集71巻10号2235
3307 頁)の事案と類似の事案について,
3308 当たり馬券の払戻金に係る所得が所得税法に定められた1
3309 0種類の所得のどれに分類されるかが問われている。
3310
3311
3312 上記最判の事案では,
3313 一時所得か雑所得かが争われた。
3314
3315 しかし,
3316 これらの所得は他の8種類
3317 の所得に該当しないとされた場合に初めてその該当性が問題となるのであるから,
3318 本問の解答
3319 に当たっては,
3320 まず,
3321 これら以外に該当の可能性がある所得について検討しなければならない
3322 ことに気付く必要がある。
3323
3324 そうすると,
3325 最初に検討すべきは,
3326 事業所得(所得税法第27条第
3327 1項)の該当性ということになる。
3328
3329 具体的には,
3330 馬券の購入行為が事業に当たるか否かを,
3331
3332 例・裁判例(弁護士顧問料事件・最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁,
3333 会社取
3334 締役商品先物取引事件・名古屋地判昭和60年4月26日行集36巻4号589頁)による事
3335 業所得該当基準に照らして検討すべきこととなる。
3336
3337
3338 その結果,
3339 事業所得に当たらないとした場合には,
3340 次に,
3341 一時所得(所得税法第34条第1
3342 項)の該当性を検討することになる。
3343
3344 具体的には,
3345 Aの平成25年分の当たり馬券の払戻金所
3346 得が,
3347 一時所得から除外される「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」(同項)に当
3348 たるか否かが問題となる。
3349
3350 論述に当たっては,
3351 上記最判及びその引用する先行判例(最判平成
3352 27年3月10日刑集69巻2号434頁)が示した判断基準に触れながら,
3353 Aの馬券購入行
3354 為が,
3355 @継続的行為といえるか,
3356 A客観的に見て営利を目的とする行為といえるかについて,
3357
3358 問題文に現れた諸事情に即して当てはめを行うことが求められる。
3359
3360 そして,
3361 その結果,
3362 一時所
3363 得にも当たらないとした場合には,
3364 雑所得(同法第35条第1項)に該当すると結論付けるこ
3365 とになる。
3366
3367
3368 設問1は,
3369 Aが平成26年に競馬予想ソフトの小売販売事業を始め,
3370 前年までと同様の馬
3371 券の購入で得られる新たな競馬予想ノウハウをソフトのバージョンアップに取り入れるという
3372 状況の変化があり,
3373 このような事情が,
3374 Aの当たり馬券の払戻金所得の分類において,
3375 前年と
3376 - 24 -
3377
3378 の違いをもたらすか否かを問うものである。
3379
3380
3381 ここでは,
3382 このような事情により,
3383 Aの当たり馬券の払戻金所得が,
3384 競馬予想ソフトの小売
3385 販売事業(小売業。
3386
3387 所得税法施行令第63条第7号)に付随して行われる経済活動から得られ
3388 る所得として,
3389 事業所得に該当するのではないか,
3390 という論点に気付くかどうかがポイントと
3391 なる。
3392
3393 結論としては,
3394 肯定・否定のどちらもあり得ると考えられるが,
3395 いずれにしても説得的
3396 な論述が求められる。
3397
3398
3399 設問2は,
3400 不動産賃料の増額請求の当否が賃貸人と賃借人との間で争われた事例を通じて,
3401
3402 所得税法における収入の帰属年度についての基本的な理解を問うものである。
3403
3404
3405 解答に当たっては,
3406 まず,
3407 所得税法第36条第1項を摘示し,
3408 「収入すべき金額」という規
3409 定が恣意性を排除するために現金主義ではなく権利確定主義を採用したものであることを指摘
3410 した上で,
3411 賃料増額請求権が形成権であるといえども賃料増額請求が争われた場合は原則とし
3412 て判決が確定した時点が権利確定時点であるという規範を判例(仙台賃料増額請求事件判決・
3413 最判昭和53年2月24日民集32巻1号43頁)から抽出し,
3414 本件においては平成29年分
3415 の収入金額に算入されるとの結論を導くことが期待される。
3416
3417
3418 設問3は,
3419 法人が時価を超える対価により資産を譲り受ける,
3420 いわゆる高額譲受けをした
3421 際の損金の側の取扱いを問うものである。
3422
3423
3424 本件土地の時価と対価との差額である1000万円の経済的利益がB社からC社に無償で供
3425 与されたことになることを指摘し,
3426 この利益供与は「別段の定め」がない限り損金の額に算入
3427 されることになる(法人税法第22条第3項)のか,
3428 その「別段の定め」はあるのか,
3429 という
3430 思考過程を経た上で,
3431 その「別段の定め」として寄附金の損金算入制限の規定があり(同法第
3432 37条第1項),
3433 本件の経済的利益が寄附金に該当して損金算入制限を受けるか,
3434 という論点
3435 にたどり着くことが求められている。
3436
3437 そして,
3438 寄附金に当たるとした場合には,
3439 損金算入が制
3440 限される分だけB社に対する課税額が増えることになるので,
3441 租税法律主義の観点から,
3442 その
3443 根拠となり得る法人税法第37条第7項の適用関係を説得的に説明する必要がある。
3444
3445
3446 設問3は,
3447 資産の高額譲受けをした法人がその資産を他に転売する際の,
3448 益金の側と損金
3449 の側の取扱いを問うものである。
3450
3451
3452 まず,
3453 益金の側では,
3454 「有償…による資産の譲渡」(法人税法第22条第2項)に当たり,
3455
3456 の収益の額である対価の3300万円が益金の額に算入されるとの解答が期待される。
3457
3458
3459 次に,
3460 損金の側では,
3461 「原価」(法人税法第22条第3項第1号)に当たる本件土地の取得価
3462 額が損金の額に算入されるところ,
3463 で取得時の時価と対価の差額である1000万円が寄附
3464 金に当たるとした場合には,
3465 本件土地の取得価額が幾らになるかについての検討が期待される。
3466
3467
3468 〔第2問〕
3469 本問では,
3470 法人が支給した役員給与の損金算入の可否(設問1),
3471 個人事業主が従業員に貸
3472 し付けた金員に関する所得税の課税関係(設問2),
3473 及び事業用固定資産の譲渡から得られた
3474 所得が後の判決確定により失われた場合の所得金額等の修正方法(設問3)について,
3475 問われ
3476 ている。
3477
3478
3479 設問1では,
3480 役員給与を法人の損金に算入し得る根拠規定とその趣旨,
3481 適用関係が問われ
3482 ている。
3483
3484 役員給与の損金不算入については法人税法第34条が詳細な規定を置いているが,
3485
3486 条の見出しが「役員給与の損金不算入」とあるように,
3487 同条の眼目は,
3488 一定の役員給与を「損
3489 金の額に算入しない」ことにある。
3490
3491 すなわち,
3492 同条は,
3493 論理的には,
3494 原則として損金算入でき
3495 る役員給与につき,
3496 例外的な損金不算入を定めているものである。
3497
3498 この場合の「原則」は,
3499
3500 人の所得計算の基本規定である同法第22条に規定されており,
3501 損金については同条第3項が
3502 規定を置いているから,
3503 役員給与が同項のどの号に該当するかを検討する必要がある。
3504
3505 その上
3506 で,
3507 同法第34条第1項が同項各号該当のものを除いて損金不算入としている趣旨,
3508 また,
3509
3510 「事
3511
3512 - 25 -
3513
3514 業年度ごとに決められる毎月一定額の役員給与」である本件役員給与が同項のどの号に該当す
3515 るかなどを,
3516 順を追って検討する必要がある。
3517
3518
3519 設問1では,
3520 法人税法第34条第2項の適用関係が問われている。
3521
3522 上述のとおり,
3523 同条第
3524 1項,
3525 第2項は「損金の額に算入しない」ことを定めた規定であるから,
3526 第2項にいう「前項
3527 …の規定の適用があるもの」とは,
3528 第1項の規定により損金不算入とされたものを指す。
3529
3530
3531 確認したように,
3532 本件役員給与は第1項により損金不算入とはならない性質のものであるため,
3533
3534 第1項により「損金の額に算入しない」こととはされず,
3535 第1項は適用されない。
3536
3537 したがって,
3538
3539 第2項を適用し,
3540 改めてその一部を損金不算入とすることに規定の適用上の問題はない。
3541
3542 本問
3543 では,
3544 このことを簡潔に説明することが求められている。
3545
3546
3547 設問2は本件貸付金の利息の所得税の計算上の扱い,
3548 具体的には,
3549 その所得分類と帰属年
3550 度が問われている。
3551
3552 本件貸付金がAの事業と関係あるものであればその利息は事業所得とされ
3553 る。
3554
3555 本件の貸付けが,
3556 働きぶりの良いEが今後長くAの店で働くことを期待して実行されてい
3557 て,
3558 言わばAの事業における福利厚生のための行為というべきものと評価されれば,
3559 そのよう
3560 な貸付けは事業に関連することになる。
3561
3562 その場合,
3563 その既収・未収の利息は,
3564 事業の付随収入
3565 として,
3566 それぞれそれを受け取る権利が確定した年分の事業所得の総収入金額に算入されよう。
3567
3568
3569 設問2は,
3570 本件貸付金が事業関連性を有することを前提に,
3571 その貸倒損失の扱いを問うも
3572 のである。
3573
3574 事業関連性を有する貸付金の貸倒損失は,
3575 所得税法第51条第2項により,
3576 それが
3577 貸倒れた年分の事業所得の必要経費に算入される。
3578
3579
3580 本問では,
3581 一般に債権が貸倒れたと判断されるための基準を指摘した上で,
3582 Eが病死し,
3583
3584 金できるような目ぼしい財産は残されておらず,
3585 Eの債務を相続する身寄りもない等の事情が,
3586
3587 その判断基準に照らしてどのように評価されるかを検討する必要がある。
3588
3589
3590 設問3は,
3591 平成28年中に甲を譲渡した契約の解除が,
3592 平成30年6月15日に確定した本
3593 件訴訟の判決により確定したことにより,
3594 Aの所得税の課税関係がどのように変更され,
3595 その
3596 変更をAはどのような手続きで自分の所得計算に反映させるべきかが問われている。
3597
3598
3599 まず,
3600 甲はAの事業の用に供されていた固定資産であり,
3601 Aの冷凍食品小売業という事業に
3602 おいて,
3603 甲のような固定資産を反復継続的に譲渡することは考えられないから,
3604 この譲渡は所
3605 得税法第33条第2項に該当しない同条第1項の譲渡に当たるので,
3606 その譲渡からは譲渡所得
3607 が発生する。
3608
3609 したがって,
3610 平成28年分の譲渡所得を発生させる基礎となった事実が,
3611 平成3
3612 0年の判決により,
3613 「それと異なることが確定した」ことになる。
3614
3615
3616 このことは,
3617 国税通則法第23条第2項第1号に該当するから,
3618 Aは同項に基づく更正の請
3619 求を,
3620 判決確定日の翌日から2か月以内に行なえばよいように思えるが,
3621 直接にこのような解
3622 決をすることは,
3623 同項柱書2つ目の括弧書の規定に抵触する。
3624
3625 この間の事情を正確に説明し,
3626
3627 同条第2項による更正の請求と同条第1項による更正の請求の関係から,
3628 同条第1項による更
3629 正の請求が認められるべきことを説得的に説明することが求められる。
3630
3631
3632 さらに,
3633 Aが,
3634 平成29年12月に平成28年分の所得につき増額更正処分を受けてこの処
3635 分が確定していることが,
3636 Aによる更正の請求にどのような影響を及ぼすかを,
3637 国税通則法第
3638 23条第1項柱書2つ目の括弧書の規定の文言とその内容に即して説明することが求められ
3639 る。
3640
3641
3642 以上の諸点を考慮しつつ,
3643 本件訴訟の判決が平成30年6月15日に確定したことにより,
3644
3645 Aは,
3646 平成28年分の所得税の法定申告期限から5年以内という期間制限を満たす限り,
3647 国税
3648 通則法第23条第1項による更正の請求を行なうことができるという結論を導くことが期待さ
3649 れている。
3650
3651
3652 [経済法]
3653 〔第1問〕
3654 - 26 -
3655
3656 本問は,
3657 Y社が取引関係にあるX社の全株式を取得する計画(以下「本件計画」とい
3658 う。
3659
3660 )が,
3661 垂直型企業結合として,
3662 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以
3663 下「独占禁止法」という。
3664
3665 )第10条第1項に違反しないかを問うものである。
3666
3667 垂直型企
3668 業結合が競争を実質的に制限することとなるメカニズムを理解しているか,
3669 市場や取引
3670 に係る様々な考慮要素を適切に評価できるかを確認しようとするものであり,
3671 企業結合
3672 の公表事例やガイドライン等,
3673 特に最近改正された企業結合ガイドラインにおける垂直
3674 型企業結合規制に係る細かな知識を求めるものではない。
3675
3676
3677 独占禁止法第10条第1項の「一定の取引分野」,
3678 すなわち市場の画定は,
3679 商品範囲と
3680 地理的範囲についてなされる。
3681
3682 それぞれ需要の代替性を基本に供給の代替性を考慮して
3683 画定することになる。
3684
3685 商品範囲については,
3686 差別化されていない甲部品とは異なり,
3687
3688 機器はそれが組み込まれる丙装置に応じて仕様が若干異なることから,
3689 需要の代替性の
3690 観点からは丙装置に応じて乙機器に係る一定の取引分野も細分化される可能性がある。
3691
3692
3693 しかし,
3694 供給の代替性の観点からは,
3695 仕様にかかわらず広く乙機器に係る市場が画定さ
3696 れると考えられ,
3697 この点を丁寧に検討することが求められる。
3698
3699 地理的範囲については,
3700
3701 甲部品,
3702 乙機器ともに,
3703 需要者が世界各地の供給者から取引先を選定しており,
3704 また,
3705
3706 各供給者は世界中の販売地域において実質的に同一の価格で販売していることなどから,
3707
3708 いわゆる世界市場を画定できるかについて検討する必要がある。
3709
3710
3711 なお,
3712 乙機器が組み込まれる丙装置に係る市場については,
3713 丙装置の製造原価に占め
3714 る乙機器の仕入原価の割合がごく僅かであることから,
3715 本件計画が問題となるような競
3716 争上の影響を及ぼすとは考えられない。
3717
3718 また,
3719 甲部品が乙機器以外の製品の製造に用い
3720 られることなどもあるが,
3721 その取引規模は小さく,
3722 また,
3723 Y社が乙機器以外の製品を製
3724 造することもないことから,
3725 本件計画が問題となるような競争上の影響を及ぼすとは考
3726 えられない。
3727
3728
3729 独占禁止法第10条第1項の「競争を実質的に制限することとなる」については,
3730
3731 の解釈を論じた上で,
3732 本件計画が垂直型企業結合であることを前提に,
3733 単独行動,
3734 協調
3735 的行動それぞれの観点から設例の事実関係に即してその有無を判断することになろう。
3736
3737
3738 企業結合ガイドラインでは,
3739 垂直型企業結合についていわゆるセーフハーバーが設けら
3740 れているが,
3741 本問はこうした知識を問うものではない。
3742
3743
3744 本問において単独行動による競争の実質的制限の蓋然性は,
3745 本件計画により市場の閉
3746 鎖性・排他性がもたらされることにより生じる。
3747
3748 ここでは,
3749 X社がY社の競争者に対し
3750 て甲部品の供給を拒絶する場合と,
3751 Y社がX社の競争者から甲部品の購入を拒絶する場
3752 合が問題となる。
3753
3754 前者はいわゆる投入物閉鎖であり,
3755 甲部品の供給を拒絶することによ
3756 り,
3757 乙機器市場において競争を実質的に制限することとならないかが問題となる。
3758
3759 また,
3760
3761 後者はいわゆる顧客閉鎖であり,
3762 甲部品の購入を拒絶することにより,
3763 甲部品市場にお
3764 いて競争を実質的に制限することとならないかが問題となる。
3765
3766
3767 前者(投入物閉鎖)について,
3768 E社及びF社は甲部品のほとんどをX社から購入して
3769 おり,
3770 X社による甲部品の供給拒絶による事業活動への影響は大きそうである。
3771
3772 そして,
3773
3774 仮にこの供給拒絶によってE社及びF社の競争圧力が減じられることがあれば,
3775 乙機器
3776 市場において競争の実質的制限が生じることとなるかもしれない。
3777
3778 ここでは,
3779 E社及び
3780 F社に対して甲部品の供給が拒絶されたとしても,
3781 十分な製造余力を有するA社,
3782 若干
3783 の製造余力を有するB社からの供給を受け得るのではないかということや,
3784 供給を拒絶
3785 されてもE社は近い将来に甲部品の一部を自製する計画であることなどを検討すること
3786 になろう。
3787
3788 また,
3789 甲部品以外の製品に係る取引関係から,
3790 F社は甲部品の取引について
3791
3792 - 27 -
3793
3794 もX社に対して取引上の立場が強いと考えられ,
3795 X社が甲部品の供給を拒絶することは
3796 ないのではないか,
3797 甲部品の製造設備について稼働率の維持が重要であるならば,
3798 X社
3799 が甲部品の供給を拒絶することはないのではないかなども検討することになろう。
3800
3801
3802 後者(顧客閉鎖)については,
3803 Y社がA社,
3804 B社及びC社からの甲部品の購入を拒絶
3805 するとしても,
3806 若干ながら乙機器の製造余力(甲部品の購入余力)があるD社等への販
3807 売が可能ではないか,
3808 Y社がA社,
3809 B社及びC社から甲部品を購入しているのは安定調
3810 達の観点に基づくものであり,
3811 本件計画によってそれら購入を停止することはないので
3812 はないかなどを,
3813 設例の事実関係から説得的に分析することが求められる。
3814
3815
3816 なお,
3817 市場の閉鎖性・排他性に係るこれら考慮要素は,
3818 企業結合の公表事例において,
3819
3820 供給拒絶や購入拒絶の能力やインセンティブとして検討されているものであるが(例え
3821 ば,
3822 ヤマハ発動機によるKYBモーターサイクルサスペンションの株式取得事例(平成
3823 25年度)),
3824 能力やインセンティブという用語や分類を用いることを求めるものではな
3825 く,
3826 本件計画が競争に与える影響という観点から競争制限のメカニズムを的確に示して,
3827
3828 設例の事実関係から競争の実質的制限の蓋然性を論理的かつ説得的に示し得るかを評価
3829 するものである。
3830
3831
3832 本問において協調的行動による競争の実質的制限の蓋然性は,
3833 本件計画によりX社及
3834 びY社が競争者の価格等の情報を入手し得るようになる結果,
3835 それらの間で協調的に行
3836 動することが高い確度で予測できるようになることにより生じ得る。
3837
3838 ここでは,
3839 Y社と
3840 の取引を通じて,
3841 甲部品の市場において,
3842 X社と,
3843 A社,
3844 B社及びC社との間で協調的
3845 行動が生じる場合と,
3846 X社との取引を通じて,
3847 乙機器の市場において,
3848 Y社と,
3849 D社,
3850
3851 E社及びF社との間で協調的行動が生じる場合が問題となる。
3852
3853
3854 前者(甲部品市場における協調的行動の蓋然性)については,
3855 競争者数の少なさ,
3856
3857 部品の同質性といった協調促進的な考慮要素と,
3858 大きな製造余力を有することによるA
3859 社の協調的行動からの逸脱のインセンティブ,
3860 より良い取引条件を求めるというD社や
3861 E社からの競争圧力といった協調阻害的な考慮要素とを,
3862 全体としてどのように評価す
3863 るかが問題となる。
3864
3865
3866 後者(乙機器市場における協調的行動の蓋然性)については,
3867 競争者数の少なさ,
3868
3869 社及びF社との取引量の大きさに起因する情報量の大きさといった協調促進的な考慮要
3870 素と,
3871 若干ではあるが乙機器が差別化されていること,
3872 乙機器の製造原価に占める甲部
3873 品の仕入原価の割合が小さいことによる費用共通化の割合の小ささ,
3874 若干の製造余力が
3875 存在することによるD社やE社の協調的行動からの逸脱のインセンティブ,
3876 需要者であ
3877 る丙装置メーカーからの競争圧力といった協調阻害的な考慮要素とを,
3878 全体としてどの
3879 ように評価するかが問題となる。
3880
3881
3882 いずれもこれら多数の考慮要素を全て列挙,
3883 検討する必要はないとしても,
3884 協調的行
3885 動による競争の実質的制限の蓋然性の有無を説得的に論じることが重要である。
3886
3887
3888 〔第2問〕
3889
3890 本問は,
3891 浄化槽の普及を図ることにより,
3892 生活環境の保全と公衆衛生の向上に寄与す
3893 ることを目的とする一般社団法人であるA県浄化槽協会(以下「協会」という。
3894
3895 )が,
3896
3897 年前からA県内の河川の水質が全国で最も汚濁の著しいものの一つとして報道されるよ
3898 うになったという状況において行った行為の独占禁止法上の評価を問うものである。
3899
3900
3901 まず,
3902 協会は上記のような目的を有する一般社団法人であるから,
3903 独占禁止法第2条第
3904 2項に定める「事業者団体」の定義に照らして,
3905 これに当たるかを検討する必要がある。
3906
3907
3908
3909 - 28 -
3910
3911 また,
3912 事業者団体の行為と評価できるかについても,
3913 当該団体の意思決定機関による決
3914 定であるか,
3915 そうでないとしても構成事業者から事業者団体の行為と認識されていたと
3916 考えられるか等によって判断する必要がある。
3917
3918
3919 協会が事業者団体であるとして,
3920 まずは,
3921 設例の事実関係の中に事業者団体の行為であ
3922 って独占禁止法上問題となり得るものを識別することが必要であり,
3923 本問においては,
3924
3925 設例に示されている順に,
3926 会員の保守点検業者に対する競争回避の指導,
3927 非会員の保守
3928 点検業者に対する入会拒否,
3929 会員の清掃業者に対する非会員の保守点検業者との提携禁
3930 止,
3931 メーカーに対する検査薬等の供給拒否要請のそれぞれの行為に関して,
3932 個別に又は
3933 行為の与える影響を踏まえてまとめるなどしつつ,
3934 同法第8条各号のうち適切と考えら
3935 れるものを選択して,
3936 その該当性を論じる必要がある。
3937
3938 この点に関しては,
3939 その前提と
3940 して,
3941 同条第1号と第3号ないし第5号の関係が理解されている必要がある(以下,
3942
3943 数のみを記す。
3944
3945 )。
3946
3947 第1号に該当するというためには,
3948 市場競争が実質的に制限され,
3949
3950 格等の取引条件をある程度自由に左右することができる力としての市場支配力の形成・
3951 維持・強化が必要であるのに対して,
3952 第3号ないし第5号はそれに至らない程度・態様
3953 の競争の阻害で足りると考えられること,
3954 本問では,
3955 協会による各行為が行われた後も,
3956
3957 A県内の浄化槽の保守点検をめぐる競争が激化しているため,
3958 その料金は一貫して下落
3959 し続けているという事実を踏まえて該当条文を判断する必要がある。
3960
3961 なお,
3962 第1号に関
3963 して,
3964 事業者を排除し,
3965 市場の開放性を妨げる力の形成それ自体で,
3966 「一定の取引分野に
3967 おける競争を実質的に制限すること」の要件を充足するという考え方もあり得るが,
3968
3969 下では,
3970 第3号ないし第5号について述べる。
3971
3972
3973 第3号については,
3974 「一定の事業分野」の意義,
3975 事業者団体へ加入せずに一定の事業分
3976 野において事業活動を行うことの困難性,
3977 どのような態様によるどの程度の「事業者の
3978 数」の制限が第3号に該当するために必要かについて,
3979 理解できているかが問われる。
3980
3981
3982 「一
3983 定の取引分野」とは異なる「一定の事業分野」に関しては諸説あるが,
3984 これらに基づい
3985 て一般的な説明が行われ,
3986 設例の事実関係を当てはめて解答することが必要である。
3987
3988
3989 た,
3990 事業者団体に加入しなくとも一定の事業分野で活動することができることもあり得
3991 るところ,
3992 設例の事実関係で示されている非会員の保守点検業者の置かれた状況(特に
3993 清掃業者と提携しなければ,
3994 A県で保守点検業者として登録を継続できないが,
3995 清掃業
3996 者は非会員である保守点検業者との提携を原則として禁止されていること)を前提とし
3997 て,
3998 浄化槽に係る県内唯一の団体である協会に加入しなければ保守点検業者が一定の事
3999 業分野において事業活動を行うことが困難かどうか検討する必要がある。
4000
4001 さらに,
4002 上記
4003 のように,
4004 第3号で求められる市場競争への影響の程度が第1号におけるより低い程度
4005 で足りると考えられるところ,
4006 設例の事実関係の下で自由競争減殺が認められるか否か
4007 についても解答する必要がある。
4008
4009
4010 第4号に関しては,
4011 「構成事業者の機能又は活動」の制限及び「不当に」の意義が問題
4012 になる。
4013
4014 前者は,
4015 構成事業者の価格,
4016 生産数量,
4017 販売数量,
4018 取引先,
4019 販売方法など基本
4020 的な競争手段を制限するものが中心であること,
4021 後者は正当な理由なく市場支配力の形
4022 成・維持・強化に至らない程度・態様において競争を阻害することであることが理解され
4023 ているか,
4024 協会が構成事業者(会員)に対して行った,
4025 どのような行為が上記の要件に
4026 当たるかを的確に論じることができるかが問われている。
4027
4028
4029 第5号該当性については,
4030
4031 「事業者」の範囲(事業者団体の構成事業者に限らないこと),
4032
4033 「不公正な取引方法に該当する行為」の意義(「に該当する行為」と規定されているとこ
4034 ろ,
4035 行為要件のみを充足することで足りるか,
4036 効果要件まで充足する必要があるか,
4037
4038
4039 - 29 -
4040
4041 公正な取引方法のどの類型に該当するか),
4042 「させるようにすること」の意義(強制がな
4043 くとも勧奨で足りること)について一般的に述べた上,
4044 設例の事実関係を丁寧に当ては
4045 めることが求められる。
4046
4047
4048 これらの点を解答するに当たっては,
4049 A県の保守点検業者全体の契約件数及び売上高に
4050 占める協会の会員である保守点検業者の契約件数及び売上高の割合がいずれも約9割で
4051 あること,
4052 協会が入会制限,
4053 非会員との提携禁止,
4054 メーカーに対する働き掛けを始めた
4055 平成28年4月以降もA県内の浄化槽の保守点検をめぐる競争は激化しており,
4056 その料
4057 金は一貫して下落し続けていること,
4058 働き掛けを受けたメーカーは非会員である保守点
4059 検業者と取引しないことにそれぞれ同意していること,
4060 清掃業者である会員が,
4061 有償で
4062 あると無償であるとを問わず,
4063 非会員の保守点検業者と提携してはならないこと,
4064 ただ
4065 し,
4066 その者が低料金を提示して会員の既存の顧客を奪わないと確約した場合には,
4067 有償
4068 で提携してよいとしたこと等の事実関係に着目する必要があろう。
4069
4070
4071 正当化事由については,
4072
4073 「不当に」や「公共の利益に反して」などの文言がない第3号,
4074
4075 第5号についても,
4076 この点が問題となると考えられるところ,
4077 第3号,
4078 第4号,
4079 第5号
4080 該当性が問われる行為について,
4081 いずれも,
4082 当該行為の目的が独占禁止法第1条の究極
4083 目的に照らして正当と評価されるか,
4084 その目的を達成する上で当該行為が手段として相
4085 当か等によって判断されることが理解されているかが問われる。
4086
4087
4088 本問では,
4089 数年前からA県内の河川の水質が全国で最も汚濁の著しいものの一つとし
4090 て報道されるようになったという背景において,
4091 協会の主張する行為の目的(生活環境
4092 の保全と公衆衛生の向上)は,
4093 「一般消費者の利益を確保する」ことを含む独占禁止法の
4094 究極目的に照らして正当なものと判断できるかどうか,
4095 低料金で保守点検を行う事業者
4096 を排除することが,
4097 その目的を達成するための手段として相当か(目的と手段との直接
4098 的な関連性があるか,
4099 より競争制限的でない他の手段はないか)等を検討する必要があ
4100 る。
4101
4102
4103 [知的財産法]
4104 〔第1問〕
4105
4106
4107 設問1は,
4108 特許を受ける権利の譲渡契約の解除による権利者の救済手段を問うものである。
4109
4110
4111 設問2は,
4112 効果を発揮する確率が必ずしも高くない技術,
4113 副作用という弊害を伴う技術,
4114
4115 び人に対する医療行為のそれぞれについて,
4116 発明該当性と産業利用可能性を問うものである。
4117
4118
4119 設問3は,
4120 標準必須特許に関するいわゆるFRAND宣言後の特許権の行使の可否を問うも
4121 のである。
4122
4123
4124 第1問の全体を通して,
4125 権利の帰属,
4126 客体,
4127 侵害という,
4128 特許法(以下「法」という。
4129
4130
4131 の幅広い分野についての理解と知識が求められている。
4132
4133
4134
4135
4136
4137 設問1については,
4138 まず,
4139 特許を受ける権利の譲渡契約の解除により契約の各当事者に原
4140 状回復義務が生じること(民法第545条第1項本文)が前提となる。
4141
4142
4143 その上で,
4144 査定前における,
4145 譲渡契約の直接の相手方であるYとの関係が問われている
4146 では,
4147 Xは,
4148 自己が特許を受ける権利を有する旨の確認を求める訴訟をYに対して提起し,
4149
4150 その勝訴判決を添えて,
4151 特許庁で出願人名義変更の手続をとることになる。
4152
4153
4154 また,
4155 登録後に特許権を承継したZとの関係が問われているでは,
4156 2つの考え方があり
4157 得る。
4158
4159 1つは,
4160 解除の遡及効から,
4161 冒認(法第123条第1項第6号)を理由に,
4162 XはZに
4163 対して特許権の移転を請求できる(法第74条)というものである。
4164
4165 その立場によると,
4166
4167 の債務不履行の事実について善意のZは,
4168 有償の法定通常実施権(法第79条の2各項)を
4169 取得する限りで保護されることになる。
4170
4171 今一つの考え方は,
4172 契約解除という特定の局面にお
4173
4174 - 30 -
4175
4176 いては,
4177 民法上の原状回復制度(民法第545条第1項本文)が,
4178 特許法上の移転の特例制
4179 度(法第74条)に優先して適用されるというものである。
4180
4181 その立場によると,
4182 Zが解除前
4183 の第三者として特許権の移転登録を既に経ていれば,
4184 XからZに対する特許権の移転請求は
4185 認められないことになる(民法第545条第1項但書)。
4186
4187 これらいずれの考え方による場合
4188 でも,
4189 異なる見解にも留意しつつ,
4190 自己の立場を明らかにすることが求められる。
4191
4192
4193
4194
4195 設問2については,
4196 まず,
4197 診断方法Mが疾病αの発症を20%の確率でしか発見できない
4198 ことが問題となる。
4199
4200 発明の定義(法第2条第1項)では,
4201 発明がその効果を発揮する確率や
4202 反復可能性については直接言及がない。
4203
4204 もっとも,
4205 最判平成12年2月29日民集54巻2
4206 号709頁【黄桃の育種増殖法事件】によれば,
4207 「同条にいう「自然法則を利用した」発明
4208 であるためには,
4209 当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること,
4210 すなわ
4211 ち,
4212 反復可能性のあることが必要である。
4213
4214 そして,
4215 この反復可能性は,
4216 「植物の新品種を育
4217 種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては,
4218 その特性に鑑み,
4219 科学的にその植物
4220 を再現することが当業者において可能であれば足り,
4221 その確率が高いことを要しないものと
4222 解するのが相当である。
4223
4224 」とされている。
4225
4226 本問では,
4227 人の疾病に係る診断方法の発明につい
4228 ても同様の規範が妥当するか,
4229 また,
4230 事案への当てはめとして20%の発症発見確率をどの
4231 ように評価するのかを,
4232 社会に有用な技術の創出を促すという法の趣旨や,
4233 今後の改良発明
4234 の可能性等に照らして,
4235 説得的に論じることが望ましい。
4236
4237
4238 また,
4239 本問においては,
4240 診断方法Mを用いると下痢などの副作用が必ず生じることも,
4241
4242 題となる。
4243
4244 このような,
4245 その実施が弊害を伴う技術について,
4246 危険性等を理由に特許権の付
4247 与を否定する立場としては,
4248 未完成なので,
4249 そもそも「発明」(法第29条第1項柱書)に
4250 該当しないとする考え方や,
4251 発明ではあるが特許要件としての産業利用可能性(同項柱書)
4252 を満たさないとする考え方等があり得る。
4253
4254 他方で,
4255 実施に弊害が伴うとしても,
4256 それは別の
4257 (現在,
4258 または将来の)技術によって回避され得ること等を理由に,
4259 特許権の付与を肯定す
4260 ることも考えられる。
4261
4262 本問では,
4263 関連する判例・裁判例(最判昭和44年1月28日民集2
4264 3巻1号54頁【エネルギー発生装置事件】,
4265 東京高判昭和61年12月25日無体裁集1
4266 8巻3号579頁【紙幣パンチ孔事件】等)にも触れながら,
4267 発明該当性や産業利用可能性
4268 の各要件の趣旨に照らして,
4269 規範の定立と当てはめを行うことが望ましい。
4270
4271
4272 さらに,
4273 本問においては,
4274 Mが人の疾病αの発症の有無を診断する方法であることが問題
4275 となる。
4276
4277 このような医療行為については,
4278 従事する医師について特許権侵害責任を免除する
4279 明文措置を欠く現行法の解釈としては,
4280 産業利用可能性(同項柱書)を欠くと解する以外に
4281 ないとする裁判例がある(東京高判平成14年4月11日判時1828号99頁【外科手術
4282 を再生可能に光学的に表示するための方法及び装置事件】)。
4283
4284 他方で,
4285 このように医療行為に
4286 ついて広く特許性を否定するいわゆる川上規制に対しては,
4287 医師を免責する必要があるとし
4288 ても,
4289 その手段として医療が「産業」でないと捉えることの不自然さに加えて,
4290 同じく医療
4291 に関わる物(医薬品,
4292 医療機器等)の発明が特許され得ることとの整合性や,
4293 医療行為の研
4294 究開発を促す必要性等からの批判がある。
4295
4296 本問では,
4297 Mが診断方法の発明であることを前提
4298 に,
4299 そうした医療行為の特許性がなぜ問題とされているのかを明らかにした上で,
4300 自身の立
4301 場を展開することが望ましい。
4302
4303
4304
4305
4306
4307 設問3については,
4308 まず,
4309 問題の所在として,
4310 一方では,
4311 Xによるカプセル内視鏡Lの製
4312 造販売が,
4313 Wの有する特許権Pに関する特許発明の業としての実施(法第68条本文)に当
4314 たること,
4315 しかし他方では,
4316 Wは通信規格Sの必須特許であるPに関して,
4317 誰にでもFRA
4318 ND条件で実施を許諾する用意がある旨の本件宣言をしていたことについて,
4319 それぞれ述べ
4320 る必要がある。
4321
4322
4323 その上で,
4324 このようなFRAND宣言された特許権に基づく権利行使に対して,
4325 実施許諾
4326 (ライセンス)の抗弁を否定しつつ,
4327 一定の範囲で権利濫用の抗弁を認めた,
4328 知財高裁の判
4329
4330 - 31 -
4331
4332 断(差止請求については知財高決平成26年5月16日判時2224号146頁(A事件),
4333
4334 損害賠償請求については知財高判平成26年5月16日判時2224号146頁(@事件)
4335 【アップル対サムスン事件】)を踏まえて,
4336 その当否を論じた後に,
4337 定立した規範を本問に
4338 当てはめることが望ましい。
4339
4340
4341 例えば,
4342 この知財高裁の判断と同様の見解を採るならば,
4343 @差止請求については,
4344 Xが本
4345 件条件によるライセンスを受ける意思を有するときには,
4346 Wの権利行使は権利の濫用(民法
4347 第1条第3項)に当たり許されないことになろう。
4348
4349 また,
4350 A損害賠償請求については,
4351 (a)
4352 本件条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求は,
4353 Xがライセンスを受ける意思を
4354 有しない等の特段の事情がない限り認められず,
4355 (b)本件条件でのライセンス料相当額の範
4356 囲内の損害賠償請求は,
4357 著しく不公正であると認められるなど特段の事情がない限り認めら
4358 れることになろう。
4359
4360
4361 〔第2問〕
4362
4363
4364 設問1は,
4365 販売行為の差止請求権を基礎付ける著作権法上の権利(著作権法(以下「法」
4366 という。
4367
4368 )第28条を介して原著作者が有する譲渡権(法第26条の2第1項))について,
4369
4370 二次的著作物の部分利用に関する理解を問うものである。
4371
4372 設問2は,
4373 鑑定の対象となる絵画
4374 のコピーを貼付した鑑定証書の譲渡に関し,
4375 引用(法第32条第1項,
4376 第47条の7)の各
4377 要件に関する理解を問うものである。
4378
4379 設問3は,
4380 著作権を侵害しない用途に使用され得る電
4381 子掲示板の運営者に関して,
4382 その侵害主体性についての理解を問うものである。
4383
4384
4385
4386
4387
4388 設問1では,
4389 まず,
4390 著作者甲により創作された著作物Pが翻案されてQが作成されたこと
4391 を踏まえて,
4392 Qが,
4393 Pを原著作物とする二次的著作物(法第2条第1項第11号)といえる
4394 ことを指摘する必要がある。
4395
4396 その上で,
4397 甲が丙に対し差止請求(法第112条第1項)でき
4398 るかにつき,
4399 丙が,
4400 原著作物Pの二次的著作物Qを見てR1を作成し,
4401 その複製物を製造し
4402 て販売しようとしている行為が,
4403 法第28条を介して甲が有する譲渡権を侵害するといえる
4404 かが問題となる。
4405
4406
4407 二次的著作物の部分利用に係る規範に関しては,
4408 最判平成13年10月25日判時176
4409 7号115頁【キャンディ・キャンディ事件】を念頭に置いて,
4410 自説を展開して論述しつつ,
4411
4412 反対説を提示してこれに反論することが求められる。
4413
4414 この点に関し,
4415 原著作者の譲渡権の侵
4416 害が成立するためには二次的著作物におけるその利用部分において問題となる原著作物の創
4417 作的表現が感得されることを必ずしも要しないとの見解を採った場合には,
4418 法第28条に「同
4419 一の種類の権利」と規定されていること,
4420 二次的著作物においては原著作物に依存しない部
4421 分はないことなどを指摘することとなろう。
4422
4423 これに対して,
4424 原著作物の権利者が三次的,
4425
4426 次的な著作物等についても無限連鎖的に権利を有することとなりかねず不当であること,
4427
4428 作した者を保護するという法の趣旨に反することなどを指摘して,
4429 原著作物の創作的表現が
4430 感得されることを要するとの見解を採ることがあり得よう。
4431
4432 そして,
4433 原著作物Pに本件特徴
4434 を含むαの絵画的側面の具体的,
4435 詳細な記載がされておらずR1についてPの創作的表現が
4436 感得できるとはいえないという本件事実関係の下において,
4437 それぞれの立場から,
4438 差止請求
4439 の可否を論ずることとなろう。
4440
4441
4442
4443
4444
4445 設問2では,
4446 まず,
4447 丁が,
4448 本件コピーを貼付したSの譲渡に関し,
4449 乙の差止請求に対して
4450 提起する反論として,
4451 適法引用(法第32条第1項,
4452 第47条の7)の主張が考えられる旨
4453 指摘する必要がある。
4454
4455 その上で,
4456 その妥当性について,
4457 適法引用の各要件(「公表」された
4458 著作物であること,
4459 「引用」としての利用に該当すること,
4460 「公正な慣行に合致」するもので
4461 あり,
4462 かつ,
4463 「引用の目的上正当な範囲内」であること)につき,
4464 最判昭和55年3月28
4465 日民集34巻3号244頁【モンタージュ写真事件】,
4466 知財高判平成22年10月13日判
4467 時2092号135頁【絵画鑑定証書事件】の判示を念頭に置きつつ,
4468 自説を展開して論述
4469
4470 - 32 -
4471
4472 し,
4473 本件事案に適切に当てはめることが求められる。
4474
4475
4476 まず,
4477 丁は,
4478 R2の原作品を店内で展示しているから,
4479 法第45条第1項,
4480 第4条第4項
4481 により,
4482 「公表」されたものとみなされることを指摘することとなろう。
4483
4484
4485 次に,
4486 本件コピーを貼付したSの譲渡が「引用」としての利用に該当するかについて,
4487
4488 用側の表現と被引用著作物との関係を実質的に見たときに,
4489 前者が主,
4490 後者が従の関係にあ
4491 り(附従性),
4492 かつ両者が明瞭に区別されているかどうか(明瞭区別性)により決するとい
4493 う見解を採った場合には,
4494 例えば,
4495 S記載の文言からすれば,
4496 本件コピーにより特定される
4497 肖像画が真作であるとの評価は「批評」に準じた行為であるとして「附従性」を肯定し,
4498
4499 た,
4500 Sの表題,
4501 記載内容,
4502 体裁からすれば,
4503 鑑定対象を特定するために本件コピーが貼付さ
4504 れているといえるとして「明瞭区別性」も肯定することが考えられる。
4505
4506
4507 なお,
4508 適法引用といえるために,
4509 引用側の表現につき,
4510 著作物性を具備することを要する
4511 かについても問題となるが,
4512 この点については,
4513 Sに記載された定型的文言や裏面の屋号等
4514 の記載(引用側の表現)につき,
4515 著者の個性が現れているとはいえず,
4516 著作物性を具備して
4517 いるとは言い難いことを押さえた上で,
4518 自説の立場から一貫した説明ができていれば十分で
4519 ある。
4520
4521
4522 また,
4523 本件コピーを貼付したSの譲渡が,
4524 「公正な慣行に合致」するものであるといえる
4525 かに関しては,
4526 法がこの要件を定めている趣旨を踏まえて,
4527 社会通念に照らして合理的と言
4528 い得る引用のみを許容する見解(条理説)が考えられるが,
4529 この点については,
4530 いずれの結
4531 論を採るにせよ,
4532 自ら定立した規範に適切に当てはめができていれば十分である。
4533
4534
4535 例えば,
4536 「公正な慣行に合致」との要件を満たすとの結論を採る場合には,
4537 丁が本件コピ
4538 ーを貼付したSを譲渡しようとしているのは,
4539 今後の流通に際し鑑定対象である絵画を特定
4540 するためであり,
4541 適正な鑑定業務の一環と評価されること,
4542 SにはR2の著作者が乙である
4543 旨の記載もされ,
4544 適切な出所表示もされていることなどを指摘して,
4545 社会通念に照らして本
4546 件コピーを貼付したSの譲渡(本件における引用)には合理性が認められることを述べ,
4547
4548 方,
4549 業界において未だ慣行が存していないとしても,
4550 その内容を見なければ,
4551 当然に社会通
4552 念に照らして合理性を欠くとは言い難いこと,
4553 本件コピーの部分につき取り外しができる構
4554 造となっていたとしても,
4555 直ちに独立して流通するおそれが肯定されるものではないことな
4556 どを指摘して,
4557 社会通念に照らして当該引用に合理性が認められるとの上記結論を左右しな
4558 いとすることが考えられるであろう。
4559
4560
4561 さらに,
4562 本件コピーの貼付が,
4563 「引用の目的上正当な範囲内」であるといえるかが問題と
4564 なる。
4565
4566 この点についても,
4567 いずれの結論を採るにせよ,
4568 適切に当てはめができていれば十分
4569 である。
4570
4571 例えば,
4572
4573 「引用の目的上正当な範囲内」との要件を満たすとの結論を採る場合には,
4574
4575 上記の引用の目的(今後の流通に際し鑑定対象である絵画を特定する。
4576
4577 )を踏まえると,
4578
4579 とえ本件コピーがSの大きさ(縦20p×横10p)のうち大きな部分を占めるとしても,
4580
4581 本件コピーの態様(R2の原作品を20%の面積に縮小したものである。
4582
4583 )に照らせば,
4584
4585 記引用の目的との間で権衡がとれているものと評価できることなどを述べることが考えられ
4586 よう。
4587
4588
4589 以上のように,
4590 提示されている各事実を丁寧に当てはめて,
4591 本件コピーを貼付したSの譲
4592 渡が法第32条第1項に規定する要件を充足するかについて判断し,
4593 その判断に応じて,
4594
4595 の反論の妥当性を述べることとなろう。
4596
4597
4598
4599
4600 設問3では,
4601 乙が,
4602 電子掲示板運営者である戊に対して,
4603 Qを送信する行為につき,
4604 著作
4605 権侵害(公衆送信権侵害・法第23条第1項)に基づく差止め(法第112条第1項)を請
4606 求することができるかについて,
4607 戊が著作権侵害の主体といえるかが問題となる。
4608
4609 電子掲示
4610 板運営者の侵害主体性を検討するに当たっては,
4611 最判昭和63年3月15日民集42巻3号
4612 199頁【クラブキャッツアイ事件】,
4613 最判平成23年1月18日民集65巻1号121頁
4614
4615 - 33 -
4616
4617 【まねきTV事件】,
4618 最判平成23年1月20日民集65巻1号399頁【ロクラクU事件】,
4619
4620 東京高判平成17年3月3日判時1893号126頁【2ちゃんねる事件】等の判示を念頭
4621 に置きつつ,
4622 自説を展開して論述し,
4623 反対説を提示してこれに反論することが求められる。
4624
4625
4626 この点に関し,
4627 例えば,
4628 演奏権の侵害主体性を管理支配性と利益帰属性の有無から決した考
4629 え方(いわゆるカラオケ法理。
4630
4631 上記【クラブキャッツアイ事件】)や,
4632 複製権の侵害主体性
4633 を複製実現の枢要行為該当性から決した考え方(上記【ロクラクU事件】)を採った場合も,
4634
4635 本件において,
4636 単なる場の提供や利益の取得から直ちに戊の侵害主体性を肯定することは相
4637 当でなく,
4638 戊の電子掲示板が価値中立的な媒体であるところを踏まえると,
4639 戊が自らの運営
4640 する電子掲示板において著作権侵害が存在することを認識したにもかかわらずそれから一定
4641 の期間内に適切な対応を採らなかったなどの戊の不作為が認められて初めて,
4642 その著作権侵
4643 害の侵害主体性が肯定できることを押さえる必要があろう。
4644
4645 その上で,
4646 いずれの結論を採る
4647 にせよ,
4648 本件事案に適切に当てはめることが求められる。
4649
4650
4651 例えば,
4652 戊が最終的な送信停止権限を有し,
4653 広告収入を得ていたこと,
4654 侵害通知を受領し
4655 てから3週間という期間の間特段の是正措置を採っていないことを指摘し,
4656 たとえ戊が侵害
4657 厳禁の注意書きを掲載し,
4658 大量の送信停止要請が寄せられてその対応に追われていることを
4659 考慮したとしても,
4660 著作権侵害の投稿に対し一定の期間内に適切な対応を採らなかったと評
4661 価し得るものとして,
4662 戊の不作為自体が著作権侵害行為に該当するものと見ることが考えら
4663 れよう。
4664
4665 この場合,
4666 乙は,
4667 戊に対して,
4668 Qを送信する行為につき,
4669 著作権侵害(公衆送信権
4670 侵害)に基づく差止めを請求することができると帰結することになろう。
4671
4672
4673 [労働法]
4674 〔第1問〕
4675 本問は,
4676 時間外労働に対する割増賃金を基本給に組み入れて支払う旨の約定がある場合にお
4677 ける割増賃金請求の当否が争点となった事案を題材とするものである。
4678
4679
4680 より具体的には,
4681 本問の事案は,
4682 月間労働時間の合計が180時間を超える月においてはそ
4683 の超える時間数に対して一定額を乗じた金額を基本給に加えて支払い,
4684 また,
4685 月間労働時間が
4686 140時間に満たない月においては140時間を下回る時間数に対して一定額を乗じて得た金
4687 額を基本給から控除して支払うが,
4688 月間労働時間が140時間から180時間までの範囲にと
4689 どまる月においては基本給の額を支払うという約定(以下「本件約定」という。
4690
4691 )の下で,
4692
4693 働者が,
4694 月間労働時間が180時間を超えない部分における時間外労働に対する割増賃金の支
4695 払を請求したものである。
4696
4697 これに対して,
4698 使用者は,
4699 月間労働時間が140時間から180時
4700 間までの範囲内にとどまる月の時間外労働に対する割増賃金は本件約定により基本給に組み入
4701 れられており,
4702 未払いの割増賃金はない旨を主張し,
4703 さらに,
4704 仮にそのような割増賃金の請求
4705 権が発生するとしても,
4706 労働者は,
4707 本件約定を含む雇用契約を締結したことにより,
4708 当該割増
4709 賃金を請求する債権を放棄したと主張する。
4710
4711
4712 割増賃金の請求を巡る紛争は,
4713 近時,
4714 実務上も比較的多く見られるところであり,
4715 本問は,
4716
4717 そうした今日的な紛争形態を題材に,
4718 割増賃金請求の当否を問うことを通じて,
4719 関係条文や判
4720 例,
4721 そこから導き出される規範の正確な理解とそれらを具体的な事件に的確に当てはめ,
4722 論述
4723 する能力を問うものである。
4724
4725
4726 設問1では,
4727 労働基準法第37条第1項が時間外労働等に対する割増賃金の支払いを使用者
4728 に義務付けている趣旨を踏まえつつ,
4729 割増賃金について同項所定の計算式によらずに一定額の
4730 基本給に組み入れて支払う旨の本件約定の適法性について論じることが求められる。
4731
4732 判例は,
4733
4734 同条は同条等に定められた方法によって算定される額を下回らない額の割増賃金を支払うこと
4735 を使用者に義務付けるにとどまり,
4736 使用者が労働契約に基づき同条等に定められた方法以外の
4737 方法により算定される基本給の一部を時間外労働等に対する対価として支払うことは,
4738 直ちに
4739 - 34 -
4740
4741 同条に反するものではないとし,
4742 その上で,
4743 その前提として,
4744 労働契約における賃金の定めに
4745 ついて,
4746 通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別す
4747 ることができること(以下「判別性」という。
4748
4749 )が必要であるとの規範を示しており(高知県
4750 観光事件・最判平成6年6月13日集民172号673頁,
4751 テックジャパン事件・最判平成2
4752 4年3月8日集民240号121頁),
4753 こうした判例法理を正確に理解した上で解答する必要
4754 がある。
4755
4756
4757 規範への当てはめにおいては,
4758 設例に含まれる各事情が持つ意味合いを的確に捉えて本件に
4759 おける判別性の有無を判断することが求められる。
4760
4761 例えば,
4762 月ごとの時間外労働時間数は月に
4763 よって勤務すべき日数が異なること等により月ごとに相当大きく変動し得るものであり,
4764 月ご
4765 との割増賃金額を判別し難いという点や,
4766 本件約定において月間180時間以内の労働時間中
4767 の時間外労働に対して基本給の一部が他の部分と区別されて割増賃金とされていたことを示す
4768 事情があるかなどの点が判別性の判断において参考になろう。
4769
4770
4771 設問2については,
4772 割増賃金債権が発生したとして,
4773 労働者が当該債権を放棄したと認めら
4774 れるかどうかが問題となる。
4775
4776 賃金債権の放棄は一般に労働基準法第24条第1項に定める賃金
4777 全額払いの原則と抵触することになる。
4778
4779 この点,
4780 判例は,
4781 同項が定める全額払い原則の趣旨は,
4782
4783 使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し労働者に賃金の全額を確実に受領させるところ
4784 にあり,
4785 労働者が自ら賃金を放棄する旨の意思表示をした場合にその効力を否定する趣旨のも
4786 のであるとはいえないとする一方で,
4787 当該意思表示の効力を肯定するためには,
4788 それが自由意
4789 思に基づくものであることが明確でなければならないとした。
4790
4791 その上で,
4792 労働者による賃金債
4793 権放棄の意思表示が有効とされ得るのは,
4794 その旨の意思表示について当該労働者の自由な意思
4795 に基づくものであると認められる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるとしてい
4796 る(シンガー・ソーイング・メシーン事件・最判昭和48年1月19日民集27巻1号27
4797 頁)。
4798
4799
4800 本件においても,
4801 労働者が自ら賃金債権を放棄する旨の意思表示をしたと認められる事情が
4802 あるか,
4803 当該意思表示について当該労働者の自由な意思に基づくものであると認められる合理
4804 的な理由が客観的に存在しているかどうかを,
4805 設例に示された事実関係に即して判断する必要
4806 がある。
4807
4808 例えば,
4809 労働者が本件約定を締結するに当たり,
4810 月ごとの時間外労働時間数が相当大
4811 きく変動し得る中で,
4812 あらかじめその時間数を予測することが容易ではなかったと考えられる
4813 ことや,
4814 その一方で,
4815 本件約定における基本給が比較的高額であったことや労働者が140時
4816 間から180時間の範囲内で自分の勤務時間を適宜調整する柔軟性があると認識していた点な
4817 どをどのように評価するかがポイントとなろう。
4818
4819
4820 〔第2問〕
4821 本問は,
4822 使用者がいわゆる地域合同労働組合から申し入れられた団体交渉に応じないことが
4823 団交拒否と支配介入の不当労働行為に該当するかどうかという点,
4824 及びその場合において当該
4825 地域合同労働組合がどのような機関に,
4826 どのような法的根拠で,
4827 どのような内容の救済を求め
4828 るかなどの点について検討することを求めるものである。
4829
4830
4831 本事例における主たる争点は,
4832 労働組合が組合員名簿を提出しないことは団交拒否の正当
4833 な理由となるか,
4834 当該従業員が社内の労働組合と社外の労働組合に二重に加入していること
4835 は団交拒否の正当な理由となるか,
4836 会社の課長職である当該組合員は使用者の利益代表者(労
4837 働組合法第2条但書第1号)に該当するかといった点にある。
4838
4839 これらの点は,
4840 近年の労使関係
4841 において度々生じる,
4842 実務上重要な問題であるが,
4843 確立された判例法理が存在する典型的論点
4844 ではなく,
4845 とりわけとは初見の論点であった受験者も少なくないと思われる。
4846
4847 典型的論点
4848 の判例法理等を個々の事案に当てはめるにとどまらず,
4849 新たに生起する未知の問題に対して,
4850
4851 法の趣旨に遡って柔軟に思考し,
4852 事案に応じた具体的な解釈・判断をすることができることは,
4853
4854
4855 - 35 -
4856
4857 法曹人に求められる重要な能力であり,
4858 本問は,
4859 受験者が暗記中心型の学習に傾倒していない
4860 ことを確認するとともに,
4861 そのような柔軟な思考能力・適応能力があるかをも問うものである。
4862
4863
4864 設問1では,
4865 本事例が団交拒否を中心とした不当労働行為事案であることから,
4866 救済機関と
4867 して労働委員会と裁判所を,
4868 法的根拠として団交拒否(同法第7条第2号)と支配介入(同条
4869 第3号)をそれぞれ論じ,
4870 救済の内容については,
4871 労働委員会と裁判所にそれぞれ異なる救済
4872 を求めることができること(例えば,
4873 前者では誠実団交応諾命令とポストノーティス等,
4874 後者
4875 では団交を求める地位確認と損害賠償等を求めることができること)を論じることが求められ
4876 る。
4877
4878 設問は,
4879 救済の内容について検討すべき論点を挙げつつ論じることも求めており,
4880 この点
4881 については,
4882 例えば,
4883 不当労働行為の救済の内容についての労働委員会の裁量権の存否(第二
4884 鳩タクシー事件・最大判昭和52年2月23日民集31巻1号93頁参照)や,
4885 裁判所におけ
4886 る団体交渉請求(団交応諾仮処分申立て)の可否等について論じることなどが求められている。
4887
4888
4889 設問2では,
4890 設問1で述べた労働委員会及び裁判所に求める救済が認められるかが問われて
4891 いる。
4892
4893 労働委員会には不当労働行為の成否の判断について裁量(要件裁量)は認められないと
4894 いう判例の立場(寿建築研究所事件・最判昭和53年11月24日集民125号709頁参照)
4895 に立つと,
4896 労働委員会においても,
4897 裁判所においても,
4898 不当労働行為の成否に関する同一の判
4899 断に基づいて救済の可否が決まることになる。
4900
4901 不当労働行為の成否の判断のうち,
4902 団交拒否(同
4903 条第2号)については,
4904 前記のように,
4905 E組合の組合員名簿の未提出及びCの労働組合へ
4906 の二重加入がA社の団交拒否の正当な理由といえるか,
4907 課長職であるCに利益代表者性が認
4908 められE組合の法適合性(自主性)が否定されるかについて検討する必要がある。
4909
4910 では本件
4911 の団体交渉においてC以外の組合員の特定を必要とする事情があるか,
4912 では当該団交事項に
4913 ついて二重交渉となるおそれがあるのか,
4914 ではCの勤務実態等に照らしCの利益代表者性を
4915 肯定すべき事情があるかが,
4916 判断のポイントとなる。
4917
4918 また,
4919 支配介入(同条第3号)の成否に
4920 ついては,
4921 当該団体交渉をめぐる使用者の態度が組合を弱体化させる行為に当たるかを論じる
4922 こととなる。
4923
4924
4925 設問1・2を通して,
4926 本問は,
4927 不当労働行為事案に関する基本的事項を問うものであり,
4928
4929 事者間のやりとり等に着目すれば,
4930 論ずべき点を発見することはさほど困難ではない。
4931
4932 不当労
4933 働行為制度の基本的な枠組みについての理解や,
4934 制度の趣旨に沿った柔軟な判断をする能力,
4935
4936 それらに基づいて論理的に整理した論述をする能力など,
4937 法曹人としての基本的な能力が問わ
4938 れる。
4939
4940
4941 [環境法]
4942 〔第1問〕
4943 本問は,
4944 土壌汚染対策法(以下「法」という。
4945
4946 )の定める制度のうち,
4947 土壌汚染の対策発動
4948 の端緒としての汚染調査・報告に係る制度上の取扱いについての理解を問うとともに,
4949 併せて
4950 違反行為による結果に対する法的措置ないし救済の可能性の検討等を求めるものである。
4951
4952
4953 法は,
4954 汚染土壌による地下水汚染や汚染土壌の直接吸引により,
4955 一般環境を経由して生じる
4956 おそれがある,
4957 人への健康リスクの低減を図ることを目的とする法律である。
4958
4959 平成14年に制
4960 定され,
4961 土地の所有者等に,
4962 有害物質使用特定施設の廃止時等を契機として,
4963 敷地土壌につい
4964 ての汚染の状況を調査・報告させ,
4965 必要な場合にはその対策を講じさせる制度を設けている。
4966
4967
4968 同法はその後の平成21年と平成29年に,
4969 調査すべき契機の拡大等を図る改正がなされてい
4970 る。
4971
4972
4973 [設問1]は,
4974 工場・事業場の有害物質使用特定施設廃止時に,
4975 敷地の土壌汚染の有無の専
4976 門調査機関による調査及び調査結果の報告を義務付けるとともに,
4977 その例外を定める法第3条
4978 の制度について問うものである。
4979
4980 トリクロロエチレンは法の特定有害物質であり,
4981 本件施設は
4982 水質汚濁防止法の特定施設に該当することから,
4983 本来は,
4984 本件施設廃止時に土地所有者等であ
4985 - 36 -
4986
4987 るA社は,
4988 敷地の汚染の状況につき調査し,
4989 その結果を知事に報告すべきであったことを記載
4990 する必要がある。
4991
4992 また,
4993 同条第1項ただし書は,
4994 一般環境にある人に対しての健康リスクを生
4995 じさせる可能性が少ない一定の要件を満たしている場合に,
4996 知事からその旨の確認を受けるこ
4997 とによって,
4998 調査・報告義務を免除されることを定めており,
4999 免除の可能性にも言及すること
5000 が期待される。
5001
5002
5003 次に[設問1]は,
5004 平成21年改正で追加された一定規模を超える土地の形質変更の際の知
5005 事への事前届出及びこれに基づく調査・報告を求めている法第4条の制度についての理解を問
5006 うものである。
5007
5008 法第3条第1項ただし書の確認を受けていない使用廃止の特定施設に係る工場
5009 等の敷地については,
5010 土地の形質変更の際の届出義務を負う規模要件に該当するものとしてい
5011 る本問の設例では,
5012 A社は法第3条第1項の定める手続に違背していることとは別に法第4条
5013 第1項の事前届出義務を負うこととなる(法第4条第1項は,
5014 同項ただし書1号で,
5015 法第3条
5016 第1項ただし書の確認を経た土地につき法第3条第7項以下の規定により届出義務を負うこと
5017 とするが,
5018 それ以外の土地には法第4条第1項の適用を想定している)。
5019
5020
5021 次に,
5022 [設問2]は,
5023 法第5条による知事の調査・報告命令発出等の余地についての検討を求
5024 めるものである。
5025
5026 法第5条は,
5027 特定有害物質による汚染により人の健康に係る被害が生じるも
5028 のとして,
5029 かなり細かく厳格に定められている政令の要件に該当する土地について,
5030 当該土地
5031 所有者等に,
5032 知事が,
5033 法第3条第1項・法第4条第3項と同様の調査・報告を命じることがで
5034 きるものとしている。
5035
5036 単に汚染のおそれについて報道されたというだけでなく,
5037 B知事による
5038 井戸水の水質検査の結果,
5039 当該井戸に係る地下水が,
5040 特定有害物質であるトリクロロエチレン
5041 により汚染されていることが明らかとなるなどの事情のほか,
5042 この井戸水が地域防災計画によ
5043 り災害時に人の飲用に供するものとされているなどの事情があれば,
5044 当該土壌汚染によって人
5045 の健康被害を生ずるおそれがあると認められ得ることとなり,
5046 当該地下水の水質汚濁の原因が
5047 A社の空き地にあると認められるときは,
5048 B知事は,
5049 A社に本件広場につき,
5050 法第5条による
5051 調査・報告を命ずることができる。
5052
5053 命令により得られた調査結果に基づいて,
5054 法第6条によっ
5055 て,
5056 この土地を要措置区域に指定した上で,
5057 当該要措置区域内において講ずべき汚染除去の措
5058 置と措置の期限を示して,
5059 汚染除去計画を作成することを指示できることとなる。
5060
5061 そして法第
5062 7条は,
5063 作成提出された計画によっては,
5064 その適合・変更を審査・命令でき,
5065 計画実施の履行
5066 がない場合には履行を命じることができる旨も定められている。
5067
5068 本問の設例は,
5069 これらに該当
5070 し得ることを想定して出題されていることに気付いてほしい。
5071
5072 このほか,
5073 知事は,
5074 法第54条
5075 によるA社への報告の徴収やその土地への立入検査権限の発動や,
5076 4条違反についての法第6
5077 6条による罰則適用のための告発を行うことも可能であることを記すこともできよう。
5078
5079 これに
5080 対し,
5081 法第16条以下の汚染土壌搬出行為の規制や違反への措置命令等は,
5082 要措置区域等の指
5083 定を受けた汚染土地であることを前提としており,
5084 したがって本問で適用できると考えること
5085 には疑問がある。
5086
5087
5088 以上のほか,
5089 水質汚濁防止法第14条の3に基づく措置命令も,
5090 検討されてよい。
5091
5092
5093 [設問3]は,
5094 近所の住民であるDらは,
5095 A社が,
5096 健康を害するおそれがある汚染土壌による
5097 地下水汚染を生じさせた場合,
5098 A社に対して,
5099 健康被害の防止その他人格権等侵害の未然防止
5100 のために,
5101 地下水の汚染の除去を求めることができかどうかの検討を求めるものである。
5102
5103
5104 本問の場合,
5105 民事上の差止義務として,
5106 これに準ずる汚染浄化及び将来の汚染防止のための
5107 汚染土壌の浄化を命じるように求める余地があること(ただし,
5108 DらがA社の具体的行為内容
5109 を特定せず,
5110 汚染を環境基準以下とすることを求める包括的差止請求の可否に関しては論議の
5111 余地があること)等の記載が期待される。
5112
5113
5114 なお,
5115 本問の設例では,
5116 健康被害が現に生じていることとはされていないが,
5117 特にC市によ
5118 って,
5119 池の汚染を理由として公園利用が禁止又は制限されたような場合には,
5120 これによる利便
5121 の喪失に係る損害の賠償をA社に対して求める可能性も検討の余地がある。
5122
5123
5124
5125 - 37 -
5126
5127 〔第2問〕
5128 自然公園法(以下「法」という。
5129
5130 )は,
5131 風致の維持と利用の増進を図ることを目的としてい
5132 る(法第1条)。
5133
5134 他方で,
5135 権利者の財産権に対する制約を伴うことから,
5136 それとの均衡を図る
5137 ことも求められている。
5138
5139 本問は,
5140 具体的事例を踏まえた検討を通じて,
5141 法制度の基礎的理解を
5142 確認し,
5143 複雑な法令の適用能力とその過程を論理的に説明する能力を試す趣旨のものである。
5144
5145
5146 設問1について
5147 我が国の自然公園は,
5148 管理者が土地の権利を有することを要件としない地域制の公園であり,
5149
5150 権利者の土地利用に制限を加えるに当たっては,
5151 風致の維持と権利者の財産権保障との均衡を
5152 図る必要性がある(法第4条参照)。
5153
5154 そこで,
5155 法は,
5156 公園計画(法第2条第5号)に基づき,
5157
5158 その区域内に特別地域を指定することができることとし(法第20条第1項),
5159 さらに特別地
5160 域を特別保護地区,
5161 第一種特別地域,
5162 第二種特別地域,
5163 第三種特別地域に区分する(法施行規
5164 則第9条の2)一方,
5165 特別地域に含まれない区域を普通地域とし(法第33条第1項),
5166 それ
5167 ぞれの保護の必要性の程度に応じた規制を行っている。
5168
5169
5170 こうした規制の在り方は一般にゾーニングと呼ばれているが,
5171 本設問では,
5172 法及び施行規則
5173 に基づく陸域のゾーニングの概要とともに,
5174 その背景にある財産権保障との均衡について説明
5175 することが求められている。
5176
5177
5178 設問2について
5179 本事例は,
5180 国立公園の第一種特別地域内における建造物の新築又は改築が問題になる場面を
5181 取り上げている。
5182
5183 特別地域内の工作物の新築又は改築は,
5184 許可制であり(法第20条第3項第
5185 1号),
5186 その許可基準は法施行規則第11条第6項に規定されているところ,
5187 同項が引用する
5188 同条第1項第2号イは,
5189 第一種特別地域内において行われるものでないことを要件としている。
5190
5191
5192 これによれば,
5193 Aの計画する建造物の建築は,
5194 新築であれ改築であれ,
5195 許可されないことにな
5196 る。
5197
5198
5199 ただし,
5200 同規則第11条第6項ただし書は,
5201 同条第2項ただし書に規定する行為に該当する
5202 ものはこの限りでないとしている。
5203
5204 これによれば,
5205 Aの計画する建造物の建築が,
5206 「既存建築
5207 物の改築等」(定義は参考資料参照)であり,
5208 かつ,
5209 同条第1項第5号に掲げる基準に適合す
5210 る場合には,
5211 同規則第11条第6項が準用する同条第1項第2号イの要件は適用されないため,
5212
5213 第一種特別地域内における建築であることを理由に不許可とされることはない。
5214
5215 もっとも,
5216
5217 の場合も,
5218 同条第37項の基準は充足する必要がある。
5219
5220
5221 本事例で挙げられている事実関係を基にすると,
5222 Aが計画しているホテルの再建築が「既存
5223 建築物の改築等」に該当するか否かが,
5224 許可を受けられるか否かに関して大きな分かれ目とな
5225 るといえよう。
5226
5227 災害で損壊したとはいえ,
5228 滅失したのはAの経営判断による取壊しの結果であ
5229 るし,
5230 取壊しから3年を経過し,
5231 既に「ホテルCがない風致・景観」も形成されていると思わ
5232 れる。
5233
5234 反面,
5235 災害により経済的全損という滅失したのと同様の状況に至ったともいえるし,
5236
5237 もそも国立公園に指定された時点でホテルC(旧建物)は既に存在していたのであり,
5238 第一種
5239 特別地域内とはいえ,
5240 「ホテルCがない風致・景観」に対し,
5241 Aに多大な財産権侵害を及ぼし
5242 てまで強い法的保護を与えるべきなのかという疑問の余地もあろう。
5243
5244
5245 こうした本事例特有の悩ましさに向き合いつつ,
5246 条文の適用を丁寧に論理立てて行い,
5247 説得
5248 的に論述することが求められている。
5249
5250
5251 設問3について
5252 Aの計画したホテルCの再建築が認められなかった場合の救済方法として,
5253 法が予定してい
5254 るのは,
5255 損失補償である(法第64条)。
5256
5257
5258 しかし,
5259 実際には自然公園法に基づく規制に伴う損失補償はハードルが高い。
5260
5261 裁判例を見て
5262 も,
5263 特別地域指定の趣旨に著しく反するような不許可になることが明らかな行為の許可申請自
5264
5265 - 38 -
5266
5267 体が権利の濫用であり,
5268 不許可による損失の補償は不要であるとするもの(東京高判昭和63
5269 年4月20日行集39巻3〜4号281頁),
5270 周辺一帯の地域の風致・景観の保護の必要性,
5271
5272 建物建築による風致・景観への影響,
5273 不許可に伴う土地の従前の用途に従った利用等が不可能
5274 ないし著しく困難になるか等を総合勘案し,
5275 財産権の内在的制約の範囲内であるとして補償を
5276 否定するもの(東京地判平成2年9月18日行集41巻9号1471頁)等がある。
5277
5278
5279 ただ,
5280 本件におけるAの計画は,
5281 これら裁判例で問題とされた行為とは性質や状況を相当異
5282 にするので,
5283 本件固有の事情を踏まえた検討が必要である。
5284
5285
5286 また,
5287 仮にAに対する不許可に伴う損失が補償の対象になるとしても,
5288 どの範囲の損失が,
5289
5290 不許可に伴い「通常生ずべき損失」といい得るかという問題がある。
5291
5292 学説としては,
5293 相当因果
5294 関係説(不許可処分と相当因果関係を有する損失が補償の対象),
5295 実損補償説(不許可処分に
5296 伴い出捐を余儀なくされた廃業費用など積極的実損のみが補償の対象),
5297 地価低落説(不許可
5298 処分に伴う地価の低落分のみが補償の対象)が挙げられるところ,
5299 補償額が土地所有者の主観
5300 的意図や思惑により左右される相当因果関係説には批判も多く,
5301 否定する裁判例もある(東京
5302 地判昭和57年5月31日行集33巻5号1138頁,
5303 東京地判昭和61年3月17日行集3
5304 7巻3号294頁)。
5305
5306
5307 本事例でAにとって最も切実な問題になるのは,
5308 Aの得べかりし利益(仮に許可を受けてい
5309 れば,
5310 ホテルCの営業再開により得ることのできた利益)が補償されるか否かであろう。
5311
5312 これ
5313 については,
5314 上記のうち相当因果関係説によれば補償の対象となる余地があるといえようが,
5315
5316 その他の説による限り補償は困難と思われる。
5317
5318
5319 損失補償の条文に触れることはもちろん,
5320 こうした裁判例や学説の趨勢も見据えた上で,
5321
5322 かなる結論であれ説得的に論述することが期待されている。
5323
5324
5325 [国際関係法(公法系)
5326
5327 〔第1問〕
5328 本問は,
5329 国家及び国有財産は,
5330 外国の裁判権から免除されるという裁判権免除に関する基本
5331 的知識と理解を問うものである。
5332
5333 国家は,
5334 外国の裁判所に原告として訴訟を提起できるが,
5335
5336 廷地国所在の不動産をめぐる訴訟などの一部の例外を除いて,
5337 その同意なくして被告として裁
5338 かれることはないとの原則が裁判権免除である。
5339
5340 19世紀に国家主権の観念と結合し,
5341 一国の
5342 裁判所が他の国家を被告として裁くことは,
5343 その国を自己の権力に従属させることになること
5344 から生まれた原則である。
5345
5346 この原則は,
5347 次第に各国の国内裁判所で承認され,
5348 慣習国際法の規
5349 則となった。
5350
5351 同規則は,
5352 免除を認める範囲につき,
5353 19世紀の絶対免除主義の考えから20世
5354 紀には相対免除主義の考えへと移行している。
5355
5356
5357 設問1は,
5358 B国が主張する裁判権免除の概念と絶対免除主義の考え方の理解を問うものであ
5359 り,
5360 基本的知識によって十分に解答が可能な設問である。
5361
5362 解答に当たっては,
5363 国家の裁判権免
5364 除の根拠が国家の主権平等と主権の尊重に求められることを明らかにした上で,
5365 国家の活動領
5366 域がおおむね公法的権力的活動に限られ,
5367 商業的経済的活動が私人に委ねられていた19世紀
5368 には,
5369 国家の行為や財産を全て免除の対象とする絶対免除主義が有力であったことを説明する
5370 必要がある。
5371
5372
5373 その上で,
5374 B国が,
5375 A国との間で,
5376 A国の裁判所による裁判権の行使に同意する国際的合意
5377 を締結した事実はなく,
5378 また,
5379 本件裁判手続における宣言や書面による通知によって,
5380 A国の
5381 裁判所による裁判権の行使に同意した事実も存在しない以上,
5382 国家の裁判権免除の放棄はなさ
5383 れていないとして,
5384 B国は自らの同意なくして,
5385 A国の民間企業であるXと締結した売買契約
5386 の違反をめぐる紛争に関してA国の裁判手続に服することはないことを論述する必要がある。
5387
5388
5389 問題文にあるように,
5390 B国とA国の民間企業であるXとの間の売買契約書には,
5391 当事者間に紛
5392 争が生じた場合には,
5393 A国の法律に基づき,
5394 A国の国内裁判所で裁判手続を行う旨の条項が挿
5395 - 39 -
5396
5397 入されているが,
5398 B国の立場からは,
5399 国家の裁判権免除の放棄は常に国家から国家に対してな
5400 すことが必要であると述べ,
5401 絶対免除主義の主張を行うことになる。
5402
5403
5404 設問2は,
5405 相対(制限)免除主義とはどのような考え方であるかを問うものである。
5406
5407 20世
5408 紀に入ると,
5409 社会主義国が誕生し国家による貿易の独占などが行われ,
5410 また,
5411 資本主義国でも
5412 国家が経済活動に積極的に介入するなど,
5413 それまでは私人の活動領域とされた経済分野に国家
5414 の活動が及ぶようになり,
5415 そうした国家の経済活動にまで免除を認めると,
5416 外国国家と取引関
5417 係に入る私人を著しく不利な立場に立たせ,
5418 取引の安全を害することとなる。
5419
5420
5421 そこで,
5422 国家の活動を主権的行為と業務管理的行為とに区分し,
5423 前者についてのみ免除を認
5424 める相対(制限)免除主義の考え方が登場し,
5425 各国で採用されるようになったことを論述する
5426 必要がある。
5427
5428 その際,
5429 主権的行為と業務管理的行為を区別するに当たって,
5430 個々の行為が業務
5431 管理的行為に該当するかどうかを判断する基準については当該行為の目的によって区分しよう
5432 とする行為目的説と,
5433 行為の客観的性質や生ずる法律関係を基準とし,
5434 公法か私法かのいずれ
5435 の関係での行為かを判断する行為性質説があるといった論点を十分に抽出して論ずる必要があ
5436 る。
5437
5438
5439 本事例において,
5440 Xは,
5441 行為性質説に立って,
5442 B国とA国の民間企業であるXとの間で締結
5443 された売買契約は,
5444 本来私人が行い得る行為であり,
5445 その行為の性質や生ずる法律関係に鑑み
5446 れば,
5447 国家の裁判権免除の対象となる主権的行為ではなく,
5448 業務管理的行為にすぎないこと,
5449
5450 また,
5451 行為目的説に立っても,
5452 B国政府における購入したコンピュータの使用が公権力の行使
5453 に当たるともいえないと主張し,
5454 相対(制限)免除主義の適用を求めることになる。
5455
5456
5457 また,
5458 売買契約におけるA国の国内裁判所で紛争を解決する旨の条項は,
5459 B国による裁判権
5460 免除の放棄と考えられるかという論点については,
5461 平成18年7月21日の最高裁第二小法廷
5462 判決が解答に当たって参考になるであろう。
5463
5464 同判決は,
5465 「私人との間の書面による契約に含ま
5466 れた明文の規定により当該契約から生じた紛争について我が国の民事裁判権に服することを約
5467 することによって,
5468 我が国の民事裁判権に服する旨の意思を明確に表明した場合にも,
5469 原則と
5470 して,
5471 当該紛争について我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である」と述
5472 べて,
5473 免除の放棄の効果を認めたからである。
5474
5475 さらに,
5476 国及びその財産の裁判権からの免除に
5477 関する国際連合条約(以下「国連国家免除条約」という。
5478
5479 )に準拠する日本の外国等に対する
5480 我が国の民事裁判権に関する法律の関連規定に言及できれば,
5481 一層の補強となろう。
5482
5483
5484 設問3は,
5485 裁判権免除の放棄と強制執行の免除の放棄の相違に対する理解を問うものである。
5486
5487
5488 裁判権の行使と判決の執行は別個の手続であるとの理由から,
5489 従来は,
5490 判決を強制執行するた
5491 めには改めて相手国の同意が必要であるとされてきた。
5492
5493 国連国家免除条約も,
5494 裁判権行使につ
5495 いての同意と判決の強制執行についての同意とを区別している(第20条)。
5496
5497
5498 最近では,
5499 裁判権が行使された場合に強制執行まで認める国が現れているが,
5500 その場合でも,
5501
5502 執行の対象は商業的目的に使用されている財産か一般財産に限られ,
5503 国家の主権的公共的財産,
5504
5505 例えば外交・領事の用に供されている公館やその敷地,
5506 外国軍隊の軍事的活動に関連して使用
5507 される財産は強制執行の対象とされていない。
5508
5509
5510 本問の場合,
5511 A国内にあるB国の財産は,
5512 B国の外交使節団の経費に充てるための外交使節
5513 団名義で開設されている口座の銀行預金のみであり,
5514 このような国家の非商業的目的に使用さ
5515 れる財産は強制執行の対象とはできないので,
5516 同口座の銀行預金を差押えの対象とすることは
5517 できないことになる。
5518
5519
5520 〔第2問〕
5521 本問は,
5522 二か国を貫流する河川の利用に関して,
5523 環境の保護に関する国家の国際法上の義務,
5524
5525 条約の廃棄及び条約の下での義務の履行の停止を正当化する事由,
5526 並びにこれらの論点に関す
5527 る国家間の紛争を国際司法裁判所に付託する場合の管轄権の根拠と被告国側が提出し得る抗弁
5528
5529 - 40 -
5530
5531 に関する基本的知識及び理解を問うものである。
5532
5533
5534 設問1は,
5535 民間の会社甲社によるA国の領域内におけるダム及び水力発電所の建設とその稼
5536 働により,
5537 B国の領域でナーガ川の水量が大幅に減少し,
5538 水質が著しく悪化したことについて,
5539
5540 B国がA国のどのような国際法上の義務の違反を主張し得るかを問うものである。
5541
5542
5543 慣習国際法と1975年条約に分けて,
5544 関連する国際法規則の違反を論ずる必要がある。
5545
5546
5547 習国際法について,
5548 B国は,
5549 領域使用の管理責任と環境影響評価の実施の義務の違反を論ずる
5550 ことが可能である。
5551
5552 慣習国際法の下での領域使用の管理責任とは,
5553 国家は自国の管轄又は管理
5554 の下における活動が他国の環境又は国の管轄権外の区域の環境に損害を与えないことを確保す
5555 る責任を有するとされるものである。
5556
5557 トレイル熔鉱所事件の仲裁判断(1941年最終判断)
5558 及び国際司法裁判所のコルフ海峡事件本案判決(1949年)に言及があり,
5559 ストックホルム
5560 人間環境宣言(1972年)第21原則及び環境と開発に関するリオ宣言(1992年)第2
5561 原則にも示されている。
5562
5563 B国は,
5564 甲社のギリ川でのダム及び水力発電所の建設とその稼働をA
5565 国が認可した際,
5566 B国の環境に損害を与えないことを確保する責任を有していた,
5567 と主張し得
5568 る。
5569
5570
5571 さらに,
5572 国際司法裁判所がウルグアイ川の製紙工場事件本案判決(2010年)で示したよ
5573 うに,
5574 国家は慣習国際法上,
5575 環境影響評価を行う義務を負っている。
5576
5577 本問の事実関係によれば,
5578
5579 甲社がダム及び水力発電所の計画についての認可を申請した際,
5580 国際的に定評のある環境団体
5581 が,
5582 甲社はその計画に関して必要な環境影響評価を行っていないと批判し,
5583 反対運動を行って
5584 いた。
5585
5586 このことから,
5587 A国はこの計画の認可の際に,
5588 必要な環境影響評価が行われているかを
5589 確認すべきであった,
5590 とB国は主張し得る。
5591
5592
5593 1975年条約の下での義務の違反について,
5594 A国は,
5595 甲社の計画は,
5596 ナーガ川の新たな利
5597 用に関するものではないので,
5598 第12条に従って,
5599 ナーガ川委員会に特別報告書を提出し,
5600
5601 委員会の許可を得る必要はないとの立場である。
5602
5603 しかし,
5604 ダム及び水力発電所の建設とその稼
5605 働によって,
5606 ナーガ川の水量が大幅に減少し,
5607 水質が著しく悪化したことから,
5608 B国は,
5609 A国
5610 が1975年条約第4条の下でのナーガ川流域の環境の保護及び保全の義務に違反した,
5611 と主
5612 張し得る。
5613
5614 また,
5615 B国は,
5616 本計画はナーガ川の上流に位置する支流のギリ川での工事であり,
5617
5618 これによりナーガ川の環境への影響がもたらされる可能性が高かったことから,
5619 第12条に従
5620 って,
5621 ナーガ川委員会に特別報告書を提出し,
5622 同委員会の許可を得る必要がある工事であり,
5623
5624 A国がこの義務に違反した,
5625 と主張することも可能である。
5626
5627
5628 設問2は,
5629 B国による「電力の安定供給に関する条約」の廃棄及び同条約の下での義務であ
5630 る電力供給の停止が国際法違反の行為であることを,
5631 A国が国際法のどのような規則に基づい
5632 て主張できるかを問うものである。
5633
5634
5635 条約法に関するウィーン条約(以下「条約法条約」という。
5636
5637 )では,
5638 第54条と第56条で
5639 条約の終了又は廃棄に関する規定が置かれている。
5640
5641 本問の事実関係によれば,
5642 これらの規定の
5643 下での要件が満たされていない,
5644 とA国は主張し得る。
5645
5646 さらに,
5647 B国による条約の廃棄と電力
5648 供給の停止について,
5649 第60条の条約違反の結果としての条約の終了又は運用停止,
5650 及び第6
5651 2条の事情の根本的変化を根拠とする条約の終了又は運用停止を主張することも可能であろ
5652 う。
5653
5654 しかし,
5655 本問の事実関係から,
5656 これらの規定の下での要件が満たされているとは言えない
5657 とし,
5658 B国は条約法条約のいずれの規定も「電力の安定供給に関する条約」の廃棄と電力供給
5659 の停止の根拠とすることができない,
5660 とA国は主張し得る。
5661
5662
5663 「電力の安定供給に関する条約」の廃棄と電力供給の停止については,
5664 これが国際法に違反
5665 する行為であるとしても,
5666 A国による慣習国際法上の義務及び1975年条約の下での義務の
5667 違反に対する対抗措置であり,
5668 その違法性が阻却される,
5669 とB国が主張することが可能である。
5670
5671
5672 この主張についてA国は,
5673 慣習国際法上の対抗措置の要件である,
5674 相手国の行為の違法性と,
5675
5676 それに対抗して採られる措置と相手国の違法行為の間の均衡性という二つの要件のいずれもが
5677
5678 - 41 -
5679
5680 満たされていない,
5681 と主張し得る。
5682
5683 第一の要件については,
5684 A国は,
5685 自国の行為に関して,
5686
5687 際法上の違法行為が存在していないとの立場である。
5688
5689 また,
5690 たとえ,
5691 A国の行為が国際違法行
5692 為に当たるとしても,
5693 「電力の安定供給に関する条約」を一方的に廃棄し,
5694 電力供給を一方的
5695 に停止する措置は,
5696 第二の要件である均衡性の要件を満たしていないとの主張が可能である。
5697
5698
5699 ダム及び水力発電所の建設とその稼働の結果,
5700 B国で新たな浄水施設の建設が必要になったと
5701 はいえ,
5702 B国からA国への電力の安定供給の根拠となる条約を一方的に廃棄し,
5703 A国の必要な
5704 電力の50%を占めてきた電力供給を一方的に停止する措置は,
5705 B国が主張するA国の国際法
5706 違反の行為との関係で均衡性を欠くとの主張が可能である。
5707
5708
5709 設問3は,
5710 B国が本問に関する紛争を国際司法裁判所に付託する場合の管轄権の根拠,
5711 及び
5712 A国が提出し得る抗弁を問うものである。
5713
5714 1975年条約第19条を根拠とした国際司法裁判
5715 所の管轄権を論ずることが必要である。
5716
5717
5718 第19条に基づき,
5719 紛争を国際司法裁判所に付託するためには,
5720 第一に,
5721 A国とB国の間に
5722 1975年条約の解釈又は適用に関する紛争が存在すること,
5723 第二に,
5724 当該紛争が交渉によっ
5725 て解決できないことという二つの要件が満たされなければならない。
5726
5727 第一の要件に関しては,
5728
5729 条約の特定の規定の解釈又は適用に関して国家間で意見の不一致があることが求められる。
5730
5731
5732 問では,
5733 B国が,
5734 1975年条約第4条及び第12条の下での義務のA国による違反を主張す
5735 るのに対し,
5736 A国は,
5737 本件で問題になっているダム及び水力発電所の建設とその稼働は,
5738 ナー
5739 ガ川ではなくギリ川における活動であり,
5740 1975年条約は適用されないとの立場で,
5741 197
5742 5年条約の適用自体を否定している。
5743
5744 B国としては,
5745 この意見の不一致をもって,
5746 1975年
5747 条約の特定の規定の解釈又は適用に関する紛争が存在すると主張することも考えられる。
5748
5749 第二
5750 の要件については,
5751 本問では,
5752 両国間で紛争の解決に関する交渉が行われたとの記述はない。
5753
5754
5755 しかし,
5756 A国は,
5757 甲社のダム及び水力発電所の建設とその稼働について,
5758 当初から1975年
5759 条約が適用されないと主張していることから,
5760 B国は,
5761 本条約の解釈又は適用に関する紛争を
5762 交渉によって解決できる可能性はなかった,
5763 と主張し得る。
5764
5765
5766 A国の抗弁については,
5767 B国が1975年条約の下での義務に違反すると主張しているダム
5768 及び水力発電所の建設とその稼働は,
5769 1975年条約の適用の対象とならない行為であるので,
5770
5771 同条約の解釈又は適用に関する紛争が存在しないとの抗弁の提出が可能である。
5772
5773 また,
5774 たとえ,
5775
5776 国際司法裁判所が両国間に1975年条約の解釈又は適用に関する紛争が存在することを認め
5777 たとしても,
5778 本件紛争の解決のための交渉が行われていないことから,
5779 第二の要件が満たされ
5780 ていないとの抗弁の提出も可能である。
5781
5782
5783 [国際関係法(私法系)
5784
5785 〔第1問〕
5786 本問は,
5787 離婚(及びその附帯処分や関連請求)が問題となる事案を素材として,
5788 国際私法と国
5789 際民事手続法に関する基本的理解と応用力を問うものである。
5790
5791 離婚は事件数も多く実務上の重
5792 要性も高いため,
5793 今回出題した。
5794
5795
5796 〔設問1〕は離婚の方法について問うものである。
5797
5798
5799 まず,
5800 法律関係の性質決定が問題となる。
5801
5802 本設問の問題は,
5803 離婚の実質(法の適用に関する
5804 通則法(以下「通則法」という。
5805
5806 )第27条)の問題であると性質決定する説が多数説である。
5807
5808
5809 この説によった場合には,
5810 離婚準拠法たる甲国法の手続を日本の調停手続によって代行するこ
5811 とができるかどうかという問題(実体と手続の適応問題)が生じる。
5812
5813 代行を認める立場(多数
5814 の家裁実務)も,
5815 代行を認めない立場もあり得るが,
5816 いずれの立場を採るにせよ,
5817 甲国法の内
5818 容と日本の調停手続の性質を踏まえて論じることが求められる。
5819
5820 調停手続による代行を認めな
5821 い場合には,
5822 (現在の学説によれば)審判によることができる。
5823
5824 審判によるとした場合にも,
5825
5826 調停に代わる審判(家事事件手続法(以下「家事法」という。
5827
5828 )第284条)か,
5829 合意に相当
5830 - 42 -
5831
5832 する審判(家事法第277条)かという問題があり,
5833 これについても論じることが望ましい。
5834
5835
5836 その他の説として,
5837 日本で調停離婚によることが可能かは手続の問題と性質決定して法廷地
5838 法によらしめる説もある。
5839
5840 もっとも,
5841 この説も,
5842 実体の準拠法を全く適用しないわけではなく,
5843
5844 離婚が法律行為によって可能か,
5845 裁判所による形成が必要かは,
5846 実体かつ実質の問題であって
5847 離婚準拠法により,
5848 そこで裁判所の手続によるとされていることを前提としている。
5849
5850 この説に
5851 よる場合には,
5852 調停離婚も裁判所による離婚形成に当たることとなろう。
5853
5854
5855 さらに,
5856 方式(通則法第34条)の問題とする説もある。
5857
5858 この説は,
5859 多数説とは根本的に異
5860 なる立場であるので,
5861 この説を採る場合には,
5862 多数説についても記述した上で,
5863 これを採る理
5864 由を述べるべきである。
5865
5866
5867 〔設問2〕は離婚請求とそれに伴う財産分与請求,
5868 慰謝料請求の国際裁判管轄権と準拠法の
5869 決定について問うものである。
5870
5871
5872 〔小問1〕は国際裁判管轄権についての問題である。
5873
5874
5875 まず,
5876 離婚請求についてであるが,
5877 これは「人事に関する訴え」
5878 (人事訴訟法(以下「人訴法」
5879 という。
5880
5881 )第2条第1号,
5882 第3条の2柱書)に当たるので,
5883 その国際裁判管轄権は人訴法第3
5884 条の2による。
5885
5886 人訴法第3条の2各号の定める管轄原因のうち本件に当てはまるのは第6号(最
5887 後の共通住所)である。
5888
5889 同規定の要件への丁寧な当てはめが求められる。
5890
5891
5892 次に財産分与請求についてであるが,
5893 これについてはまず人訴法第3条の4第2項の存在を
5894 指摘すべきである。
5895
5896 これはもともと審判事項であるが,
5897 人事訴訟において申し立てられていれ
5898 ば,
5899 人訴法第32条第1項により,
5900 訴訟に附帯して裁判される(附帯処分)。
5901
5902 人訴法第3条の
5903 4はそのような附帯処分について国際裁判管轄権を定めている。
5904
5905 家事法第3条の12各号の定
5906 める管轄原因のうち本件に該当するのは第3号である(その趣旨は人訴法第3条の2第6号と
5907 同じ。
5908
5909 )。
5910
5911 最後に慰謝料請求についてであるが,
5912 これについてはまず人訴法第3条の3の存在
5913 を指摘すべきである。
5914
5915 これは人事訴訟に係る請求ではないが,
5916 その関連請求であり,
5917 離婚請求
5918 と併合することによって人訴法による国際裁判管轄権が認められる。
5919
5920 同規定の要件への丁寧な
5921 当てはめが求められる。
5922
5923
5924 〔小問2〕は準拠法の決定についての問題である。
5925
5926
5927 離婚請求については通則法第27条による。
5928
5929 同条本文において準用する第25条を適用し,
5930
5931 同一本国法たる乙国法による。
5932
5933
5934 財産分与として請求されているのは清算的要素のみとした。
5935
5936 これについては離婚と性質決定
5937 する27条説と夫婦財産制と性質決定する26条説がある。
5938
5939 いずれの説による場合もその理由
5940 を述べるべきであるが,
5941 27条説による場合には,
5942 その理由の中で26条によるべき問題との
5943 区別(夫婦財産制の準拠法と離婚準拠法の役割分担)についても論じることが望ましい。
5944
5945
5946 慰謝料請求については一括して離婚と性質決定する説,
5947 一括して不法行為と性質決定する説,
5948
5949 離婚自体による慰謝料と個別的不法行為による慰謝料を区別する説がある。
5950
5951 このうち不法行為
5952 と性質決定する場合には,
5953 本問では夫婦という特別の関係によって結ばれた者の間の不法行為
5954 なので,
5955 通則法第20条がこの場合に適用されるかどうかについても検討すべきである。
5956
5957
5958 〔第2問〕
5959 本問は,
5960 国際的な売買取引をめぐる事案を素材として,
5961 財産・取引分野における国際私法及
5962 び国際民事手続法並びに「国際物品売買契約に関する国際連合条約」(以下「ウィーン売買条
5963 約」という。
5964
5965 )を中心とする国際取引法に関する基本的理解と応用力を問うものである。
5966
5967
5968 〔設問1〕は,
5969 財産関係事件について,
5970 被告が外国法人であって日本に主たる営業所等を有
5971 していない場合,
5972 すなわち民事訴訟法(以下「民訴法」という。
5973
5974 )第3条の2に基づく国際裁
5975 判管轄権が日本の裁判所に認められない場合において,
5976 どのような管轄原因があれば日本の裁
5977 判所の国際裁判管轄権が認められるかを問うものである。
5978
5979 設問1では,
5980 特に民訴法第3条の3
5981
5982 - 43 -
5983
5984 第3号について論ずることが求められている。
5985
5986
5987 まず,
5988 Xの訴えが本件契約に基づく未払代金の支払を求めるものであることや,
5989 Yが日本で
5990 登録された特許権を有していることなどを指摘した上で,
5991 民訴法第3条の3第3号に掲げる「財
5992 産権上の訴え」であること,
5993 同号に定める「当該訴えが金銭の支払を請求するものである」こ
5994 と及び「差し押さえることができる被告の財産が日本国内にある」ことを認定する必要がある。
5995
5996
5997 次に,
5998 同号括弧書の「その財産の価額が著しく低いとき」について,
5999 その趣旨等に基づく法解
6000 釈を行った上で,
6001 これに該当するかどうかを判断することが求められる。
6002
6003
6004 民訴法第3条の3第3号に基づき日本の裁判所の国際裁判管轄権が肯定されると解した場合
6005 には,
6006 同法第3条の9に定める「特別の事情」の有無についての検討を行う必要がある。
6007
6008
6009 その上で,
6010 本件訴えについて,
6011 日本の裁判所の国際裁判管轄権が認められるかどうかの結論
6012 を示すことが求められる。
6013
6014
6015 〔設問2〕は,
6016 本件契約に甲国法を準拠法と定める条項があった場合において,
6017 その後の訴
6018 訟で当事者が日本の民法の適用があることを前提にそれぞれの主張を行ったときに,
6019 契約の準
6020 拠法の変更があったといえるかどうかを問うものである。
6021
6022
6023 まず,
6024 本件訴えが契約違反によって被った損害の賠償を求めるものであることから,
6025 「法律
6026 行為の効力」の問題として法律関係の性質決定がされ,
6027 法の適用に関する通則法(以下「通則
6028 法」という。
6029
6030 )第7条以下の規定によって準拠法が決定されることを示す必要がある。
6031
6032 本件契
6033 約には甲国法を準拠法と定める条項があったため,
6034 通則法第7条によれば,
6035 当事者が「選択し
6036 た地の法」である甲国法が本件損害賠償請求の問題の準拠法とされよう。
6037
6038
6039 しかし,
6040 その後の訴訟で当事者が日本の民法の適用があることを前提にそれぞれの主張を行
6041 っていることから,
6042 通則法第9条により,
6043 日本法への準拠法の変更がなされたものと解するこ
6044 とができないかが問題となる。
6045
6046 この点を判断する前提として,
6047 当事者による準拠法の変更が,
6048
6049 明示的なものでなければならないのか,
6050 それとも黙示的なものでも足りるのかも論点となろう。
6051
6052
6053 通則法第9条の趣旨等に基づく法解釈を行った上で,
6054 この問題に対する結論を導くことが求め
6055 られる。
6056
6057
6058 〔設問3〕は,
6059 ウィーン売買条約の適用要件と同条約における物品の契約不適合の問題につ
6060 いての理解を問うものである。
6061
6062
6063 〔小問1〕は,
6064 ウィーン売買条約の適用要件を定める同条約第1条に言及することが求めら
6065 れる。
6066
6067 まず,
6068 XとYの営業所がそれぞれ日本と甲国に所在しており,
6069 本件契約が物品売買契約
6070 であることから,
6071 本件契約が同条に定める「営業所が異なる国に所在する当事者間の物品売
6072 買契約」に該当するかどうかにつき判断しなければならない。
6073
6074 次に,
6075 本件契約にウィーン売買
6076 条約が適用されるのは,
6077 当事者の営業所の所在する国が「いずれも締約国である場合」(同条
6078 (a))又は「国際私法の準則によれば締約国の法の適用が導かれる場合」(同条(b))であ
6079 ることを指摘する必要がある。
6080
6081 甲国がウィーン売買条約の締約国でないことから,
6082 (a)の場合
6083 には該当しないため,
6084 本件契約に同条約が適用されるためには,
6085 (b)の場合でなければならな
6086 い。
6087
6088 この点につき,
6089 「国際私法」とは法廷地の国際私法をいうと解されていることから,
6090 日本
6091 で裁判を行っている本件では,
6092 日本の国際私法である通則法第7条以下の規定によって本件契
6093 約の準拠法を判断することが求められる。
6094
6095
6096 本件契約には準拠法が明示的にも黙示的にも定められていなかったため,
6097 通則法第7条では
6098 なく同法第8条第1項により,
6099 本件契約に「最も密接な関係がある地の法」
6100 (最密接関係地法)
6101 が本件契約の準拠法となることを指摘する必要がある。
6102
6103 そして,
6104 通則法第8条第2項の特徴的
6105 給付の理論に基づく推定規定について,
6106 その趣旨や特徴的給付の意味を明らかにした上で,
6107
6108 件に適用することが求められる。
6109
6110 その上で,
6111 推定を覆す事情の有無を検討しなければならない。
6112
6113
6114 以上の検討の結果,
6115 本件契約の準拠法は売主の営業所所在地国である日本法になろう。
6116
6117
6118 結論として,
6119 日本がウィーン売買条約の締約国であることから上記の(b)の場合に該当し,
6120
6121
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6123
6124 本件契約について同条約が適用される旨を示すことが求められる。
6125
6126
6127 〔小問2〕は,
6128 ウィーン売買条約が適用される場合に,
6129 売主が引き渡した物品の不適合を理
6130 由として買主が求める損害賠償についての根拠条文を問うものである。
6131
6132
6133 まず,
6134 ウィーン売買条約第45条(b)に基づき,
6135 「売主が契約又はこの条約に基づく義務を
6136 履行しない場合」に,
6137 買主が損害賠償請求を行うことができることを指摘する必要がある。
6138
6139
6140 に,
6141 売主Xが引き渡した物品Gが契約に適合しないものであってXに契約違反があったことを,
6142
6143 ウィーン売買条約第35条(特に同条(c))に言及して説明しなければならない。
6144
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