1 論文式試験問題集
2 [法律実務基礎科目(民事・刑事)]
3
4 - 1 -
5
6 [民
7
8 事]
9
10 司法試験予備試験用法文を適宜参照して,
11 以下の各設問に答えなさい。
12
13
14 〔設問1〕
15 弁護士Pは,
16 Xから次のような相談を受けた。
17
18
19 【Xの相談内容】
20 「私(X)は,
21 娘の夫であるYから,
22 会社員を辞めて骨董品店を開業したいので甲建物を貸してほ
23 しいと頼まれ,
24 Yの意志が固かったことから,
25 これに応ずることにしました。
26
27 私は,
28 Yとの間で,
29
30 和2年6月15日,
31 私が所有する甲建物について,
32 賃貸期間を同年7月1日から3年間,
33 賃料を月額
34 10万円として毎月末日限り当月分を支払う,
35 敷金30万円との約定で賃貸借契約(以下「本件賃貸
36 借契約」という。
37
38
39 )を締結し,
40 Yから敷金30万円の交付を受け,
41 同年7月1日,
42 Yに甲建物を引き渡
43 しました。
44
45 私は,
46 契約締結の当日,
47 市販の賃貸借契約書の用紙に,
48 賃貸期間,
49 賃料額,
50 賃料の支払日
51 及び敷金額を記入し,
52 賃貸人欄に私の氏名を,
53 賃借人欄にYの氏名をそれぞれ記入して,
54 Yの自宅を
55 訪れ,
56 私とYのそれぞれが自分の氏名の横に押印をし,
57 賃貸借契約書(以下「本件契約書」という。
58
59
60
61 を完成させました。
62
63
64 Yは,
65 間もなく,
66 甲建物で骨董品店を開業しましたが,
67 その経営はなかなか軌道に乗らず,
68 令和2
69 年7月30日に同月分の賃料の一部として5万円を支払ったものの,
70 それ以降は,
71 賃料が支払われる
72 ことは全くありませんでした。
73
74
75 そこで,
76 私は,
77 Yに対し,
78 令和2年7月分から同年12月分までの賃料合計60万円から弁済済み
79 の5万円を控除した残額である55万円の支払を請求したいと思います。
80
81 私は,
82 支払が遅れたことに
83 ついての損害金の支払までは求めませんし,
84 私自身が甲建物を利用する予定はありませんので,
85 甲建
86 物の明渡しも求めません。
87
88
89 なお,
90 Yは,
91 現在,
92 友人であるAに対して,
93 令和2年12月2日に壺を売った50万円の売掛債権
94 を有しているものの,
95 それ以外には,
96 めぼしい財産を有していないようです。
97
98 Yは,
99 これまでのとこ
100 ろ,
101 この売掛債権の回収に着手しておらず,
102 督促をするつもりもないようですが,
103 Aがこの代金を支
104 払ってしまうと,
105 私の未払賃料債権を回収する手段がなくなってしまうので心配しています。
106
107
108
109 弁護士Pは,
110 令和3年1月12日,
111
112 【Xの相談内容】を前提に,
113 Xの訴訟代理人として,
114 Yに対し,
115
116 Xの希望する金員の支払を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。
117
118 )を提起することにした。
119
120
121 以上を前提に,
122 以下の各問いに答えなさい。
123
124
125 (1) 弁護士Pが,
126 本件訴訟において,
127 Xの希望を実現するために選択すると考えられる訴訟物を記載し
128 なさい。
129
130
131 (2) 弁護士Pが,
132 本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。
133
134
135 )において記載すべき請求の趣旨(民事訴
136 訟法第133条第2項第2号)を記載しなさい。
137
138 なお,
139 付随的申立てについては,
140 考慮する必要はな
141 い。
142
143
144 (3) 弁護士Pが,
145 本件訴状において記載すべき請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)
146 を記載しなさい。
147
148
149 (4) 弁護士Pは,
150 本件訴状において,
151
152 「Yは,
153 Xに対し,
154 令和2年7月30日,
155 本件賃貸借契約に基づく
156 同月分の賃料債務につき,
157 5万円を弁済した。
158
159
160 」との事実を主張した。
161
162
163 (@) 裁判所は,
164 上記事実の主張をもって,
165 本件訴訟における抗弁として扱うべきか否かについて,
166
167 論と理由を述べなさい。
168
169
170
171 - 2 -
172
173 (A) (@)のほかに,
174 上記主張は本件訴訟においてどのような意味を有するか。
175
176 簡潔に説明しなさい。
177
178
179 〔設問2〕
180 弁護士Pは,
181 Yから未払賃料を確実に回収するために,
182 Aに対する売掛債権を仮に差し押さえた上で
183 本件訴訟を提起する方法と,
184 Yに代位してAに対して50万円の売買代金の支払を求める訴えを提起す
185 る方法とを検討したが,
186
187 【Xの相談内容】の下線部の事情を踏まえ,
188 後者の方法ではなく,
189 前者の方法を
190 採ることとした。
191
192 その理由について説明しなさい。
193
194
195 〔設問3〕
196 弁護士Qは,
197 本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。
198
199
200 【Yの相談内容】
201 「(a) 私(Y)は,
202 Xの娘の夫に当たります。
203
204
205 私は,
206 令和2年7月1日から甲建物で骨董品店を営業していますが,
207 Xから甲建物を賃借し
208 たのではなく,
209 無償で甲建物を使用させてもらっています。
210
211 したがって,
212 私が甲建物の賃料を
213 支払っていないのは当然のことです。
214
215 私は,
216 本件契約書の賃借人欄に氏名を書いていませんし,
217
218 誰かに指示して書かせたこともありません。
219
220 私の氏名の横の印影は,
221 私の印鑑によるものです
222 が,
223 私が押したり,
224 また,
225 誰かに指示して押させたりしたこともありません。
226
227
228 (b) ところで,
229 令和3年1月8日,
230 Xの知人を名乗るBが私を訪れました。
231
232 話を聞くと,
233 令和2
234 年8月1日,
235 Xに,
236 弁済期を同年10月15日として,
237 50万円を貸したが,
238 一向に返しても
239 らえないので,
240 督促を続けていたところ,
241 令和3年1月5日,
242 Xから,
243 その50万円の返還債
244 務の支払に代えて,
245 私(Y)に対する令和2年7月分から同年12月分までの合計60万円の
246 賃料債権を譲り受けたので,
247 賃料を支払ってほしいとのことでした。
248
249 もちろん,
250 私は,
251 Xから
252 甲建物を賃借したことなどありませんので,
253 Bの求めには応じませんでした。
254
255 もっとも,
256 Bの
257 話が真実であれば,
258 仮にXの言い分のとおり本件賃貸借契約締結の事実が認められたとしても,
259
260 私が賃料を支払うべき相手はBであってXではないので,
261 Xからの請求は拒むことができるの
262 ではないでしょうか。
263
264 ただし,
265 私はXからこの債権譲渡の通知を受けておらず,
266 私がこの債権
267 譲渡を承諾したこともありません。
268
269 この場合でも,
270 私はXからの請求を拒めるのか教えてくだ
271 さい。
272
273
274 (c) また,
275 Xの言い分が認められるのであれば,
276 私はXに対して敷金30万円を差し入れている
277 ことになるはずです。
278
279 したがって,
280 Xの言い分が認められる場合には,
281 上記敷金返還請求権を
282 もって相殺したいと考えています。
283
284
285
286 弁護士Qは,
287
288 【Yの相談内容】を前提に,
289 Yの訴訟代理人として,
290 本件訴訟の答弁書(以下「本件答弁
291 書」という。
292
293
294 )を作成した。
295
296
297 以上を前提に,
298 以下の各問いに答えなさい。
299
300
301 (1) 弁護士Qは,
302
303 【Yの相談内容】(b)を踏まえて,
304 本件答弁書において,
305 抗弁を主張した。
306
307
308 (@) 弁護士Qが,
309 本件答弁書において,
310
311 【Yの相談内容】(b)に関する抗弁を主張するために主張すべ
312 き要件事実(主要事実)を全て記載しなさい。
313
314
315 (A) 弁護士Qは,
316
317 【Yの相談内容】(b)の下線部の質問に対して,
318
319 「Xからの請求を拒むことができる」
320 と回答した。
321
322 その理由を簡潔に説明しなさい。
323
324
325 (2) 弁護士Qは,
326
327 【Yの相談内容】(c)を踏まえて,
328 本件答弁書において抗弁を主張できないか検討した
329 が,
330 その主張は主張自体失当であると考えて断念した。
331
332 弁護士Qが主張自体失当と考えた理由を簡潔
333
334 - 3 -
335
336 に説明しなさい。
337
338
339 〔設問4〕
340 第1回口頭弁論期日において,
341 本件訴状と本件答弁書が陳述された。
342
343 同期日において,
344 弁護士Pは,
345
346 本件契約書を書証として提出し,
347 それが取り調べられ,
348 弁護士Qは,
349 本件契約書のY作成部分につき,
350
351 成立の真正を否認し,
352
353 「Y名下の印影がYの印章によることは認めるが,
354 Xが盗用した。
355
356
357 」と主張した。
358
359
360 その後,
361 2回の弁論準備手続期日を経た後,
362 第2回口頭弁論期日において,
363 本人尋問が実施され,
364
365 件賃貸借契約の締結につき,
366 Xは,
367 次の【Xの供述内容】のとおり,
368 Yは,
369 次の【Yの供述内容】のと
370 おり,
371 それぞれ供述した(なお,
372 それ以外の者の尋問は実施されていない。
373
374
375
376
377
378
379 【Xの供述内容】
380 「Yは,
381 私の娘の夫です。
382
383 私は,
384 令和2年6月頃,
385 Yから,
386
387 『この度,
388 会社員を辞めて,
389 小さい頃か
390 らの夢であった骨董品店を経営しようと思います。
391
392 ついては,
393 空き家になっている甲建物を賃貸して
394 いただけないでしょうか。
395
396
397 』との依頼を受けました。
398
399 Yの言うとおり,
400 甲建物は長年空き家になってお
401 り,
402 時々様子を見に行くのも面倒でしたので,
403 ちょうどよいと思い,
404 Yに賃貸することにしました。
405
406
407 その後,
408 私とYは賃料額の交渉を行い,
409 私は近隣の相場を参考にして,
410 月額15万円を提案したので
411 すが,
412 Yからは,
413 採算がとれるか不安なので月額10万円にしてくださいと懇願されたため,
414 これに
415 応ずることにしました。
416
417
418 私は,
419 令和2年6月15日,
420 Yとの間で,
421 私の所有する甲建物について,
422 賃貸期間を同年7月1日
423 から3年間,
424 賃料を月額10万円として毎月末日限り当月分を支払う,
425 敷金30万円との約定で賃貸
426 借契約(本件賃貸借契約)を締結しました。
427
428 私は,
429 契約締結の当日,
430 市販の賃貸借契約書の用紙に,
431
432 賃貸期間,
433 賃料額,
434 賃料の支払日及び敷金額を記入し,
435 賃貸人欄に私の氏名を,
436 賃借人欄にYの氏名
437 をそれぞれ記入して準備をして,
438 Yの自宅を訪れ,
439 私とYのそれぞれが自分の氏名の横に押印をして,
440
441 本件契約書を完成させました。
442
443 また,
444 私は,
445 その際,
446 Yから現金で敷金30万円の交付を受けていま
447 す。
448
449 本来であれば,
450 Yの方が私の自宅に来るべき筋合いでしたが,
451 私は孫への会いたさから,
452 週に2
453 日はYの自宅を訪れていましたので,
454 そのついでに契約書を作成することにしたのです。
455
456 ちなみに,
457
458 Yは,
459 この時,
460 いわゆる三文判で押印しておりましたが,
461 契約書を作成するのに礼儀知らずだなと思
462 った記憶があります。
463
464
465 私は,
466 令和2年7月1日,
467 Yに対し,
468 甲建物を引き渡し,
469 Yは甲建物で骨董品店を開業しました。
470
471
472 ところが,
473 Yの骨董品店の経営はなかなか軌道に乗らず,
474 同月30日には,
475 同月分の賃料の一部とし
476 て5万円の支払を受けましたが,
477 それ以降は,
478 賃料が支払われることは全くありませんでした。
479
480 もっ
481 とも,
482 Yは私の娘の夫ですし,
483 開業当初は何かと大変だろうと考え,
484 その年の年末までは賃料の請求
485 をするのを差し控えてきましたが,
486 一言の謝罪すらないまま令和3年になりましたので,
487 本件訴訟を
488 提起することにしました。
489
490
491 なお,
492 最近,
493 私の妻が体調を崩したため,
494 娘はしばしば私の家に泊まって看病をするようにな
495 りましたが,
496 Yと私の娘が別居したという事実はありません。
497
498
499 【Yの供述内容】
500 「私は,
501 令和2年6月15日,
502 妻の父であるXから甲建物を借り,
503 同年7月1日から骨董品店の店
504 舗として使用しています。
505
506 しかし,
507 甲建物は,
508 Xから無償で借りたものであって,
509 賃借しているもの
510 ではありません。
511
512 賃貸借契約を締結したのであれば,
513 契約書を作成し,
514 敷金を差し入れるのが通常で
515 すが,
516 私とXとの間では甲建物の使用についての契約書は作成されていませんし,
517 私が敷金を差し入
518 れたこともありません。
519
520 Xが書証として提出した本件契約書の賃借人欄の氏名は,
521 明らかにXの筆跡
522 です。
523
524 私の氏名の横の印影は,
525 確かに私の印鑑によるものですが,
526 これはいわゆる三文判で,
527 Xが勝
528
529 - 4 -
530
531 手に押したものだと思います。
532
533
534 令和2年12月中旬だったと思いますが,
535 私と妻が買物に行っている間,
536 Xに私の自宅で子どもの
537 面倒を見てもらっていたことがあります。
538
539 恐らく,
540 Xは,
541 その際に,
542 あらかじめ準備しておいた賃貸
543 借契約書の賃借人欄に私の印鑑を勝手に押したのだと思います。
544
545 この印鑑は,
546 居間の引き出しの中に
547 保管していたのですが,
548 Xは週に2日は孫に会いに私の自宅に来ていましたので,
549 その在りかを知っ
550 ていたはずです。
551
552
553 確かに,
554 私は,
555 令和2年7月30日,
556 Xに対し,
557 5万円を支払っていますが,
558 これは,
559 甲建物の賃
560 料として支払ったものではありません。
561
562 その年の6月頃にXと私の家族で買物をした際,
563 私が財布を
564 忘れたため,
565 急きょXから5万円を借りたことがあったのですが,
566 その5万円を返済したのです。
567
568
569 私が骨董品店を開業してからも,
570 令和2年の年末までは,
571 Xから甲建物の賃料の支払を求められた
572 ことはありませんでした。
573
574 ところが令和3年に入り,
575 私と妻が不仲となり別居したのと時期を同じく
576 して,
577 突然Xが賃料を支払うよう求めてきて困惑しています。
578
579 私の骨董品店も,
580 次第に馴染みの客が
581 増えており,
582 経営が苦しいなどということはありません。
583
584
585
586 以上を前提に,
587 以下の問いに答えなさい。
588
589
590 弁護士Qは,
591 本件訴訟の第3回口頭弁論期日までに,
592 準備書面を提出することを予定している。
593
594 その
595 準備書面において,
596 弁護士Qは,
597 前記の提出された書証並びに前記【Xの供述内容】及び【Yの供述内
598 容】と同内容のX及びYの本人尋問における供述に基づいて,
599 XとYが本件賃貸借契約を締結した事実
600 が認められないことにつき,
601 主張を展開したいと考えている。
602
603 弁護士Qにおいて,
604 上記準備書面に記載
605 すべき内容を,
606 提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を踏まえて,
607 答案用紙1頁
608 程度の分量で記載しなさい。
609
610 なお,
611 記載に際しては,
612 本件契約書のY作成部分の成立の真正に関する争
613 いについても言及すること。
614
615
616
617 - 5 -
618
619 [刑
620
621 事]
622
623 次の【事例】を読んで,
624 後記〔設問〕に答えなさい。
625
626
627 【事例】
628
629
630 A(35歳,
631 男性)は,
632 令和2年1月18日,
633 「被疑者は,
634 令和2年1月9日午前1時頃,
635
636 県I市J町1番地K駐車場において,
637 同所に駐輪中のV所有の大型自動二輪車1台の座席シー
638 ト上にガソリンをかけ,
639 マッチを使用してこれに火を放ち,
640 その火を同車に燃え移らせてこれを
641 全焼させ,
642 そのまま放置すれば隣接する住宅に延焼するおそれのある危険な状態を発生させ,
643
644 って公共の危険を生じさせた。
645
646 」旨の建造物等以外放火の被疑事実(以下「本件被疑事実」とい
647 う。
648
649
650 )で通常逮捕され,
651 同月20日,
652 I地方検察庁の検察官に送致された。
653
654
655 送致記録にある主な証拠の概要は以下のとおりである(以下,
656 特に年を明示していない日付は
657 全て令和2年である。
658
659
660
661
662
663
664 @ 1月9日付け捜査報告書
665 目撃者W(27歳,
666 女性)から1月9日午前1時3分に119番通報が寄せられた旨が記載
667 されている。
668
669
670 A 1月9日付けWの警察官面前の供述録取書
671 「この日,
672 仕事が遅く終わった私は,
673 会社を出て少し歩き,
674 通勤に使っている車を止めて
675 いるK駐車場の中に入った。
676
677 すると,
678 駐輪スペースに止めてある3台のバイクのうち,
679 真ん
680 中のバイクの脇に男が1人立っているのに気付いた。
681
682 何をしているのだろうと思い,
683 立ち止
684 まってその男を見ていると,
685 男は,
686 左肘に提げていた白いレジ袋からペットボトルを取り出し,
687
688 中に入った液体をそのバイクの座席シート上に振りかけ,
689 そのペットボトルを再びレジ袋に仕
690 舞った。
691
692 そして,
693 男は,
694 そのレジ袋からマッチ箱を取り出し,
695 その中に入っていたマッチ1本
696 を擦って火をつけ,
697 これを座席シート上に放り投げた。
698
699 その火は瞬く間に座席シート全体に広
700 がった。
701
702 男は,
703 火が燃え上がる様子を少しの間見ていたが,
704 私に見られているのに気付くと,
705
706 慌てて走り出し,
707 そのまま私とすれ違い,
708 K駐車場を西側出入口から出て南の方向へ逃げてい
709 った。
710
711 私が119番通報をしたのはその直後である。
712
713 私が見ていた場所は,
714 男が火をつけて
715 いた場所から約7メートル離れていたが,
716 付近に街灯があり,
717 駐車場の敷地内にも照明があ
718 ったので明るく,
719 視界を遮るものもなかった。
720
721 男は,
722 胸元に白色で『L』と書かれた黒っぽ
723 い色のパーカーを着て,
724 黒っぽい色のスラックスを履いていた。
725
726 私が男の顔を見たのは,
727 まず,
728
729 男がバイクに火を放った直後に,
730 男がその火を見ていた時である。
731
732 ただ,
733 この時の男はうつむ
734 き加減だったので,
735 その顔がはっきりと見えたわけではない。
736
737 しかし,
738 私が見ているのに男が
739 気付いた時,
740 男がその顔を上げ,
741 男と視線が合ったので,
742 私は,
743 この時点ではっきりと男の顔
744 を見ることができた。
745
746 私は,
747 放火犯人の顔をよく見ておかなければならないと思ったし,
748 すれ
749 違い様には男の顔を間近で見ることができたので,
750 男の顔の特徴はしっかりと覚えている。
751
752
753 は,
754 30歳代くらいの小太りで,
755 私より身長が高く,
756 170センチメートルくらいあった。
757
758
759 の特徴は,
760 短めの黒髪で,
761 眉毛が太く,
762 垂れ目だった。
763
764 なお,
765 当時,
766 犯人も私も顔にマスクは
767 着けておらず,
768 眼鏡も掛けていなかった。
769
770
771
772 B 1月9日付けV(40歳,
773 男性)の警察官面前の供述録取書
774 「放火されたバイクは私が半年前に200万円で購入し,
775 通勤に使用しているものである。
776
777
778 私は,
779 自宅アパートから徒歩5分の所にあるK駐車場にこのバイクを駐輪していた。
780
781 本日午
782 前1時30分頃,
783 K駐車場の管理者から電話がかかってきて,
784 私のバイクが放火されたことを
785 知り,
786 急いで現場に駆けつけた。
787
788 私には放火されるような心当たりは全くない。
789
790
791
792
793 - 6 -
794
795 C 1月9日付け実況見分調書
796 同日午前2時30分から同日午前3時30分までの間に実施されたV及びW立会に係る実況
797 見分の内容が記載され,
798 別紙見取図が添付されている。
799
800
801 現場であるK駐車場は,
802 月ぎめ駐車場兼駐輪場であり,
803 同敷地及びその周辺の状況は別紙見
804 取図のとおりである。
805
806 K駐車場西側市道の駐車場出入口付近に街灯が1本設置され,
807 同駐車場
808 敷地内に照明が4本設置されている。
809
810 被害車両の両隣にはそれぞれ大型自動二輪車が1台ずつ
811 駐輪されており,
812 被害車両の火が消し止められなかった場合には,
813 その両隣の車両に燃え移る
814 危険があり,
815 風向きによっては,
816 現場に止められた他の普通乗用自動車4台や隣接する一戸
817 建て家屋にも延焼するおそれがあった。
818
819 被害車両は大型自動二輪車で,
820 車体全体が焼損してお
821 り,
822 特に車両中央部の座席シートの焼損が激しい。
823
824
825 また,
826 Wが犯行を目撃した地点(別紙見取図の)と,
827 犯人が火をつけていた地点(同)
828 との距離は6.8メートルであり,
829 地点と地点の間に視界を遮る物は存在せず,
830 地点に
831 立ったWが,
832 地点に立たせた身長170センチメートルの警察官の顔を識別することができ
833 た。
834
835
836 D 1月9日付け捜査報告書
837 K駐車場があるH県I市J町の同日午前0時から同日午前4時までの天候は晴れであった旨
838 の捜査結果が記載されている。
839
840
841 E 1月14日付け鑑定書
842 被害車両の焼け焦げた座席シートの燃え残りからガソリン成分が検出された旨の鑑定結果が
843 記載されている。
844
845
846 F 1月15日付け捜査報告書
847 「現場から南側に約100メートル離れた場所付近の防犯カメラに録画された映像を解析し
848 た結果,
849 1月9日午前0時55分頃,
850 現場方向から進行してきた普通乗用自動車が道路脇に停
851 止し,
852 運転席から,
853 白いレジ袋を左手に持ち,
854 胸元に『L』の白い文字が入った黒っぽい色の
855 パーカーを着て,
856 黒っぽい色のスラックスを履いた人物が降り,
857 現場方向に歩いていく様子
858 が確認され,
859 同日午前1時3分頃,
860 同一人物が,
861 白いレジ袋を左手に持ちながら,
862 現場方向か
863 ら走って戻ってきて,
864 同車に乗り込んで発進させ,
865 現場と反対方向に走り去る様子が確認され
866 た。
867
868 また,
869 同車のナンバーから,
870 その所有者及び使用者がAであることが判明した。
871
872 」旨が記
873 載されている。
874
875
876 G 1月16日付け写真台帳
877 短めの黒髪で眼鏡を掛けていない30歳代の男性20名の顔写真が貼付されている。
878
879 写真番
880 号13番がAであり,
881 その容貌は眉毛が太く,
882 垂れ目である。
883
884
885 H 1月16日付けWの警察官面前の供述録取書
886 (警察官が,
887 Wに対し,
888 「この中に見覚えがある人がいるかもしれないし,
889 いないかもしれ
890 ない。
891
892
893 」旨告知し,
894 Gの写真台帳を見せたところ)
895 「写真番号13番の男性が,
896 私が目撃した犯
897 人の男に間違いない。
898
899 眉毛が太くて垂れ目なところがそっくりである。
900
901 私は,
902 この男と面識は
903 ない。
904
905
906
907 I 1月17日付けVの警察官面前の供述録取書
908 「刑事からAの顔写真を見せられたが,
909 昨年11月までうちの会社にいた元部下である。
910
911
912 に恨まれるような心当たりはない。
913
914
915
916 J 1月18日付けA方の捜索差押調書
917 同日,
918 A立会いの下,
919 A方を捜索したところ,
920 胸元に白色で「L」と書かれた黒地のパーカ
921 ー1着,
922 紺色のスラックス1着及び携帯電話機1台が発見されたので,
923 これらを差し押さえて
924 押収した旨が記載されている。
925
926
927 K 1月18日付けAの警察官面前の弁解録取書
928 - 7 -
929
930 「被疑事実は,
931 全く身に覚えがない。
932
933 1月9日午前1時頃は1人で自宅にいた。
934
935
936
937 L 1月19日付けAの警察官面前の供述録取書
938 「私は,
939 自宅で一人暮らしをしている。
940
941 酒気帯び運転の罰金前科が1犯ある。
942
943 婚姻歴はない。
944
945
946 昨年11月まではバイク販売の営業の仕事をしていたが,
947 勤務先での人間関係が嫌になったの
948 で退社し,
949 昨年12月から今の会社で自動車販売の営業の仕事をしている。
950
951 平日は午前9時か
952 ら午後5時まで,
953 会社で事務仕事をしたり,
954 営業先を回ったりしている。
955
956 自宅から車で10分
957 の所に両親が住む実家がある。
958
959 父は70歳,
960 母は65歳であり,
961 二人とも無職で,
962 毎日実家に
963 いる。
964
965 私は貯金がほとんどなく,
966 両親も収入は年金だけであるため,
967 生活は楽ではない。
968
969 私の
970 身長は169センチメートル,
971 体重は80キログラムである。
972
973 私も両親も,
974 これまで健康を害
975 したことはない。
976
977
978
979 2 検察官は,
980 Aの弁解録取手続を行い,
981 以下の弁解録取書を作成した。
982
983
984 M 1月20日付けAの検察官面前の弁解録取書
985 K記載の内容と同旨。
986
987
988 3 同日,
989 検察官がAにつき本件被疑事実で勾留請求をしたところ,
990 Aは,
991 勾留質問において,
992
993 「本
994 件被疑事実について身に覚えがない。
995
996
997 」と供述した。
998
999
1000 同日,
1001 裁判官は,
1002 刑事訴訟法第207条第1項本文,
1003 第60条第1項第2号及び第3号に当た
1004 るとして,
1005 本件被疑事実でAを勾留した。
1006
1007
1008 同日,
1009 Aに国選弁護人(以下,
1010 単に「弁護人」という。
1011
1012
1013 )が選任された。
1014
1015
1016 4 弁護人は,
1017 同日中に,
1018 勾留されているAと接見した。
1019
1020 その際,
1021 Aは,
1022 弁護人に対し,
1023 L記載の
1024 内容と同旨のことに加え,
1025 逮捕当日にA方が捜索されて,
1026 パーカー,
1027 スラックス及び携帯電話機
1028 が押収されたことを告げたほか,
1029
1030 「自分は放火などしていない。
1031
1032 1月9日午前1時頃は家にいた。
1033
1034
1035 不当な勾留だ。
1036
1037 両親や勤務先の上司に,
1038 自分が無実の罪で捕まっていると伝えてほしい。
1039
1040 」と述
1041 べた。
1042
1043
1044 弁護人は,
1045 1月22日,
1046 Aの勾留を不服として裁判所に準抗告を申し立て,
1047 その申立書に以
1048 下の疎明資料及びを添付した。
1049
1050
1051 Aの両親の誓約書
1052 「Aを私たちの自宅で生活させ,
1053 私たちが責任をもってAを監督します。
1054
1055 また,
1056 Aに事件関
1057 係者と一切接触させないことを誓約します。
1058
1059
1060
1061 Aの勤務先上司の陳述書(同人の名刺が添付されているもの)
1062 「Aは当社の業務の遂行に不可欠な人材です。
1063
1064 Aがいないと,
1065 Aが取ってきた商談が潰れて
1066 しまいます。
1067
1068 Aには早く職場に復帰してもらい,
1069 継続的に働いてもらいたいです。
1070
1071
1072
1073 これに対し,
1074 裁判所は,
1075 同日,
1076 弁護人の準抗告を棄却した。
1077
1078
1079 5 その後,
1080 検察官は所要の捜査を行い,
1081 以下の証拠等を収集した。
1082
1083 なお,
1084 Aは黙秘に転じたため,
1085
1086 Aの供述録取書は一切作成されなかった。
1087
1088
1089 N 2月3日付け捜査報告書
1090 1月14日実施のWの健康診断結果記載書の写しが添付されており,
1091 同記載書には,
1092 Wの視
1093 力は左右とも裸眼で1.2であり,
1094 色覚異常も認められない旨が記載されている。
1095
1096
1097 O 2月3日付けWの検察官面前の供述録取書
1098 A及びH記載の内容と同旨。
1099
1100
1101 6 検察官は,
1102 V所有の大型自動二輪車に放火したのはAである旨のW供述は信用できると判断
1103 し,
1104 勾留期限までに,
1105 Aについて,
1106 I地方裁判所に本件被疑事実と同一内容の公訴事実で公訴を
1107 提起した。
1108
1109
1110 7 第1回公判期日において,
1111 A及び弁護人は,
1112 Aは犯人ではなく無罪である旨主張した。
1113
1114
1115 弁護人は,
1116 検察官が犯行目撃状況を立証するために取調べを請求したC及びOの証拠について,
1117
1118 「Cについては,
1119 別紙見取図を含め,
1120 Wによる現場指示説明部分を不同意とし,
1121 その余の部分は
1122 - 8 -
1123
1124 同意する。
1125
1126 Oは全部不同意とする。
1127
1128 」との意見を述べ,
1129 裁判所は,
1130 Cに関し,
1131 弁護人の同意があ
1132 った部分を取り調べた。
1133
1134 引き続き,
1135 検察官はWの証人尋問を請求し,
1136 同証人尋問が第2回公判期
1137 日に実施されることになった。
1138
1139
1140 8 検察官は,
1141 第2回公判期日前,
1142 Wと打合せを行った。
1143
1144 その際,
1145 Wは,
1146 検察官から各種の証人保
1147 護制度について教示を受けた後,
1148
1149 「Aは人のバイクに放火するような人間なので,
1150 復しゅうが怖
1151 い。
1152
1153 Aに見られていたら証言できない。
1154
1155 それに,
1156 私は人前で話すのも余り得意ではないので,
1157
1158 聴人にも見られたくない。
1159
1160 I地方裁判所に出頭して証言すること自体は構わないが,
1161 ビデオリン
1162 ク方式にした上で,
1163 遮へい措置を採ってもらいたい。
1164
1165
1166 」と申し出た。
1167
1168 検察官は,
1169 その申出を踏
1170 まえ,
1171 AとWとの間の遮へい措置のみを採るのが相当である旨考え,
1172 Wと協議した上で,
1173 裁判所
1174 に対してその旨の申立てをし,
1175 裁判所は,
1176 AとWとの間の遮へい措置を採る決定をした。
1177
1178
1179 9 第2回公判期日におけるWの証人尋問の主尋問において,
1180 WがAの犯行を目撃した際のAとW
1181 の位置関係を供述した後,
1182 検察官が,
1183 その位置関係の供述を明確にするため,
1184 裁判長に対し,
1185 C
1186 の実況見分調書添付の別紙見取図の写しをWに示して尋問することの許可を求めたところ,
1187
1188 判長は,
1189 検察官に対し,
1190 「見取図から,
1191 立会人の現場指示に基づいて記入された記号などは消さ
1192 れていますか。
1193
1194
1195 」と尋ね,
1196 釈明を求めた。
1197
1198 これに対し,
1199 検察官が「消してあります。
1200
1201
1202 」と釈明した
1203 ため,
1204 裁判長は,
1205 前記写し(ただし,
1206 及びの各記号を消したもの)をWに示して尋問するこ
1207 とを許可した。
1208
1209
1210 〔設問1〕
1211
1212
1213 下線部に関し,
1214 準抗告申立書に疎明資料及びを添付すべきと判断した弁護人の思考
1215
1216 過程について,
1217 具体的事実を指摘しつつ答えなさい。
1218
1219
1220
1221
1222 下線部に関し,
1223 弁護人の準抗告を棄却すべきと判断した裁判所の思考過程について,
1224 具体
1225
1226 的事実を指摘しつつ答えなさい。
1227
1228 ただし,
1229 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由の有無に
1230 ついては言及する必要はない。
1231
1232
1233 〔設問2〕
1234 下線部に関し,
1235 W供述の信用性が認められると判断した検察官の思考過程について,
1236 具体的
1237 事実を指摘しつつ答えなさい。
1238
1239 なお,
1240 証拠@,
1241 BからG(ただし,
1242 Cのうち,
1243 Wによる現場指示
1244 説明部分を除く。
1245
1246
1247
1248
1249 I,
1250 J,
1251 L及びNに記載された内容については,
1252 信用性が認められることを
1253 前提とする。
1254
1255
1256 〔設問3〕
1257 下線部に関し,
1258 AとWとの間の遮へい措置のみを採るのが相当と判断した検察官の思考過
1259 程について,
1260 刑事訴訟法の条文上の根拠に言及しつつ答えなさい。
1261
1262
1263 〔設問4〕
1264 裁判長が検察官に下線部の釈明を求めた理由について,
1265 証人尋問に関する規制及びその趣旨
1266 に言及しつつ答えなさい。
1267
1268
1269
1270 - 9 -
1271
1272