1 令和5年司法試験予備試験論文式試験問題と出題趣旨
2 [憲
3
4 法]
5
6 大手新聞社Aで記者として働いていたXは、編集方針等の違いからAを退社し、現在は、フリー
7 ジャーナリストを自称し、B県を拠点に、主に環境問題について取材その他の活動を行っている。
8 しかし、Xの取材及び発表の手段は、Aの記者だったときとは変化している。取材の手段について
9 言えば、B県には、新聞社等の報道機関によって設立された取材・報道のための自主的な組織であ
10 るB県政記者クラブが存在するが、同クラブは、その規約上、日本新聞協会加盟社とこれに準ずる
11 報道機関から派遣された県政担当記者のみを構成員としており、フリージャーナリストであるXは
12 入会を認められていない。B県庁やB県警は、記者発表には、B県政記者クラブに所属する報道機
13 関の記者のみに出席を認めているため、Xは出席することができない。また、Xの発表の場は主に
14 インターネットとなり、自らの関心に応じて取材した内容を動画サイトに投稿し、閲覧数に応じて
15 支払われる広告料によって収入を得ている。環境問題に鋭く切り込むXの動画は若い世代を中心に
16 関心を集め、インフルエンサーとして認識されつつある。さらに、Xは、これまでに取材・投稿し
17 た内容に基づくノンフィクションの著作1冊を公表している。
18 Xは、森林破壊に関する取材の過程で、SDGsに積極的にコミットしていることで知られる家
19 具メーカー甲が、実はコストを安く抑えるために、濫開発による森林破壊が国際的に強い批判を受
20 けているC国から原材料となる木材を輸入し、日本国内で加工し製品化しているのではないかと考
21 え、甲に取材を申し入れた。しかし、甲は、輸入元は企業秘密に当たるので回答できないとして、
22 これを拒否した。そこでXは、半年前に甲を退社し、現在は間伐材を活用したエコロジー家具の工
23 房を開いている元従業員乙に取材を申し入れた。乙は当初、「退職していても守秘義務があるから
24 何も話せない。」と言い、取材に応じることを断っていた。しかし、Xは乙の工房に通い詰めたば
25 かりか、乙が家族と住む自宅にまで執ように押し掛け、「あなたが甲の行為を黙認することは、環
26 境破壊に手を貸すのも同然だ。保身のためなら環境などどうなっても良いという、あなたのそんな
27 態度が世間に知れたら、エコロジー家具の看板にも傷がつく。それでいいのか。」などと強く迫
28 り、エコフレンドリーという評判が低下し工房経営に悪影響が及ぶことを匂わせた。そこで乙は、
29 最終的には、名前を仮名にすること及び画像と音声を加工することを条件に、Xの求めに応じてイ
30 ンタビューを受け、甲はC国から原材料を輸入していると語った。Xは、このインタビューに基づ
31 き、「SDGsを標榜する甲の裏の顔」と題する動画を作成し、動画サイトに投稿した。動画に
32 は、乙が特定されない加工が施されていたが、Xが繰り返し取材をし、取材対象者に強く証言を迫
33 る様子が映っていた。この動画は反響を呼び、その後、マスコミ各社が後追い報道を行ったことも
34 あって、濫開発による森林破壊に加担しているとして甲の製品の不買運動が起こるなどの影響をも
35 たらした。
36 甲は、労働者との間に守秘義務契約を交わしており、同契約書には、原材料の輸入元を含む取引
37 先の情報は守秘義務の対象となる企業秘密に含まれること、守秘義務の対象となる情報は、退職後
38 においても、開示、漏えい又は使用しないことが明記されている。同契約書によれば、守秘義務に
39 反した場合は損害を賠償することとされている。
40 Xの作成した動画を見た甲は、乙が情報を漏えいしたと考え、乙に対して守秘義務違反に基づく
41 損害賠償請求訴訟を提起し、その訴訟においてXを証人として尋問することを求め、裁判所はこれ
42 を認めた。Xは、証人尋問においてインタビューに応じた者の名前を問われたが、民事訴訟法第1
43 97条第1項第3号所定の職業の秘密に該当するとして、証言を拒んだ。これに対し甲は、Xの証
44 言拒絶は認められないと主張している。
45 この証言拒絶について、Xの立場から憲法に基づく主張を述べた上で、それに対して想定される
46
47 反論や関連する判例を踏まえて、あなた自身の見解を述べなさい。
48
49 (出題の趣旨)
50 本問は、フリージャーナリストが民事訴訟において取材源について証言を求めら
51 れた際にそれを秘匿することについて、憲法上の根拠の有無及び保護の範囲を問う
52 ものである。この問いに答えるためには、報道を行う上で不可欠の前提である取材
53 の自由及び取材源秘匿について、それを享有する主体の範囲を含めて、判例及び学
54 説の正確な理解とそれを事案に適用する能力とが必要である。
55 第一に問われるのは、取材の自由及び取材源秘匿の憲法上の位置付けである。判
56 例(博多駅事件(最大判昭和44年11月26日刑集23巻11号1490頁))
57 は、報道機関の報道は国民の知る権利に奉仕するものであり、事実の報道の自由
58 は、表現の自由を規定した憲法第21条の保障の下にあるとする。取材の自由はそ
59 の不可欠の前提であり、判例は「憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値いす
60 る」と述べる。そのため、学説においては、憲法第21条は取材の自由を直接保障
61 していないとするものもあるが、表現の自由の一つとして憲法第21条の保障を受
62 けるとする見解が有力である。また、取材源秘匿については「取材の自由を確保す
63 るために必要なものとして、重要な社会的価値を有する」と認められている(NH
64 K記者証言拒絶事件(最判平成18年10月3日民集60巻8号2647頁))。
65 ただし、上記の各判例は、いずれも「報道機関」を対象としたものであり、フリ
66 ージャーナリストの位置付けは、判例上明確に示されていない。そこで、その点を
67 どう判断するかが第二の論点となる。報道は国民の知る権利に奉仕するもので、そ
68 のために、取材の自由は「報道機関」に対して特に認められたものである。しか
69 し、「報道機関」の範囲をどう捉えるかは議論の余地がある。Xのようなフリージ
70 ャーナリストに取材の自由の保障が及ばないとすれば、そうした区分の合理性が問
71 題となり、実質的に報道機関としての性質を備えているかで判断するとすれば、
72 「報道機関」としての性質をどう捉えるかが問題となる。
73 第三に、本問では、フリージャーナリストは、取材相手に対して民事上の守秘義
74 務契約があると知りながら、それに反する行為を強く迫っており、これが正当な取
75 材活動に当たるか否かが問題となる。この点については、外務省秘密電文漏洩事件
76 (最決昭和53年5月31日刑集32巻3号457頁)における「報道機関といえ
77 ども……取材の手段・方法が……一般の刑罰法令に触れる行為を伴う場合は勿論、
78 その手段・方法が一般の刑罰法令に触れないものであっても、取材対象者の個人と
79 しての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認す
80 ることのできない態様のものである場合にも、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法
81 性を帯びる」との判示が参考になる。本問は、刑罰法令違反ではなく、民事上の守
82 秘義務違反が問題となる事例であるが、上記判旨を踏まえ、かつ、本問で事実とし
83 て示された取材の態様に照らして判断を示す必要がある。
84 最後に、民事訴訟法第197条第1項第2号は一定の職業について、職務上知り
85 得た事実で黙秘すべきものであることを理由とする証言拒絶を認め、さらに、同項
86 第3号で概括的に「技術又は職業の秘密に関する事項」について証言拒絶を認めて
87
88 いる。フリージャーナリストは同項第2号に列挙された職業には該当しないため、
89 同項第3号による保護が及ぶかどうかが問題となる。これについて、判例(NHK
90 記者証言拒絶事件)は「職業の秘密に当たる場合においても……直ちに証言拒絶が
91 認められるものではなく、そのうち保護に値する秘密についてのみ証言拒絶が認め
92 られ」、「保護に値する秘密であるかどうかは、秘密の公表によって生ずる不利益
93 と証言の拒絶によって犠牲となる真実発見及び裁判の公正との比較衡量により決せ
94 られる」とした上で、「報道関係者の取材源は、一般に、それがみだりに開示され
95 ると、報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ、将来にわたる自
96 由で円滑な取材活動が妨げられることとなり、報道機関の業務に深刻な影響を与え
97 以後その遂行が困難になると解されるので、取材源の秘密は職業の秘密に当たる」
98 としている。上記判旨をも踏まえて、結論を示す必要がある。
99
100 [行政法]
101 A市では、浄化槽(便所と連結してし尿等を処理し、公共下水道以外に放流するための設備又は
102 施設をいう。)の設置による便所の水洗化が進んだ昭和50年代に、それまで十数社存在していた
103 し尿収集業者がB、Cの2社に集約され、それ以後、当該2社が浄化槽汚泥の収集運搬に従事して
104 きた。一般に、浄化槽汚泥の発生量は浄化槽の設置世帯数に応じてほぼ一定しており、また、その
105 収集運搬に支障が生じると、衛生状態が悪化し、住民の健康と生活環境に被害が生じるおそれがあ
106 る。そのためA市は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「法」という。)第6条に規定す
107 る一般廃棄物処理計画に当たる計画(以下「旧計画」という。)の中で、「一般廃棄物の適正な処
108 理(中略)を実施する者に関する基本的事項」(同条第2項第4号)として、「一般廃棄物(浄化
109 槽汚泥)の収集運搬についてはB、Cの2社に一般廃棄物収集運搬業の許可を与えてこれを行わせ
110 る。」と記載するとともに、「大幅な変動がない限り、新たな許可は行わないものとする。」と記
111 載していた。その結果、この2社体制の下で、A市の区域内で発生する浄化槽汚泥の量に対してお
112 よそ2倍の収集運搬能力が確保され、適切な収集運搬体制が維持されていた。A市では、公共下水
113 道の普及が十分でない中、便所のくみ取り式から水洗式への改修が進んでいるため、浄化槽の設置
114 世帯数は微増しているが、将来の人口及び総世帯数は減少が予想されているため、旧計画中の「発
115 生量及び処理量の見込み」(同項第1号)においては、浄化槽汚泥について、今後は発生量及び処
116 理量の減少が見込まれる旨記載されていた。BとCは、過当競争の結果として経営状態が悪化し、
117 それにより一般廃棄物収集運搬業務に支障が生じる事態を回避することで、その適正な運営を継続
118 的かつ安定的に確保するため、それぞれの担当区域を取り決める事実上の区域割りを行ってきた。
119 そうした中、浄化槽汚泥の処理を含む公共サービスへの競争原理の導入を主張して当選した新A
120 市長は、浄化槽の設置件数の増加が予想されること、及び競争原理を導入する必要性を主張して、
121 それまで旧計画に定められてきた上述のB、Cの2社体制と新たな許可をしない旨の記述を削除
122 し、「一般廃棄物(浄化槽汚泥)収集運搬業にあっては、競争性を確保するため、浄化槽の設置件
123 数の推移に応じて新規の許可を検討する。」との記載を追加する内容で、旧計画を改訂した(以
124 下、旧計画を改訂したものを「新計画」という。)。さらに、旧計画の基礎とされた将来の人口及
125 び総世帯数の減少予測は新計画においても維持されているにもかかわらず、新計画中の「発生量及
126 び処理量の見込み」において、浄化槽の設置件数の増加に伴い、浄化槽汚泥について、発生量及び
127 処理量の大幅な増加が見込まれる旨記載された。
128 令和2年4月1日付けで、新A市長は、Dの申請に基づき、法第7条第2項に基づく政令が一般
129 廃棄物収集運搬業の許可の有効期間を2年と定めていることに従い、期限を令和4年3月31日と
130 する一般廃棄物(浄化槽汚泥)収集運搬業の許可(以下「本件許可」という。)をした。Dの代表
131 者はBの代表者の実弟であり、従来、一般廃棄物収集運搬業に従事した経験はなかった。Dの営業
132 所所在地は、Bの営業所所在地と同一の場所になっており、D単独の社屋等は存在せず、Dの代表
133 者はBの営業所内で執務を行っていた。さらに、BとDは業務提携契約を締結し、その中で、Bが
134 雇用する人員が随時Dに出向すること、Bが保有している運搬車をDも使用し得ることが定められ
135 ていた。
136 令和2年4月以降、Dは従来Cが担当していた区域においてCからの乗換客を獲得しつつあり、
137 それによりCの売上げは徐々に減少している。そこで、Cは、同年9月30日、本件許可の取消訴
138 訟(以下「本件取消訴訟」という。)を提起した。
139 なお、法及び「廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則」の抜粋を【資料】として掲げるの
140 で、適宜参照しなさい。
141
142 〔設問1〕
143
144
145 Cに本件取消訴訟における原告適格は認められるか、関係する法令の規定を挙げながら、検討
146 しなさい。なお、解答に当たっては、市町村において既存の一般廃棄物収集運搬業者によって適
147 正な収集及び運搬がされていることを踏まえて法第6条に規定する一般廃棄物処理計画が策定さ
148 れている場合には、新規の一般廃棄物収集運搬業の許可申請を法第7条第5項第2号の要件を充
149 足しないものとして不許可とすることが適法と解されていることを前提にしなさい。
150
151
152
153 本件取消訴訟係属中に令和4年3月31日が経過し、同年4月1日付けで本件許可が更新され
154 た。A市は、同年3月31日の経過により本件許可は失効し、本件取消訴訟の訴えの利益は失わ
155 れたと主張している。本件取消訴訟の訴えの利益は肯定されると主張したいCとしては、どのよ
156 うな主張をすることが考えられるか、関係する法令の規定を挙げながら、検討しなさい。なお、
157 解答に当たっては、Cに原告適格が認められることを前提にしなさい。
158
159 〔設問2〕
160 A市は、本件取消訴訟において、本件許可は新計画に適合していること、法第6条に規定する一
161 般廃棄物処理計画の策定及び内容の変更についてはA市長に裁量が認められており、新計画の内容
162 はその裁量の範囲内であること、並びにDに事業遂行能力がある以上、自由な参入を認めざるを得
163 ないことを主張している。これに対し、法第7条第5項第2号及び第3号の各要件に関して、Cは
164 本件許可の違法事由としてどのような主張をすることが考えられるか、検討しなさい。なお、解答
165 に当たっては、本件取消訴訟が適法であることを前提にしなさい。
166
167 【資料】
168 〇
169
170 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和45年法律第137号)(抜粋)
171
172 (目的)
173 第1条
174
175 この法律は、廃棄物の排出を抑制し、及び廃棄物の適正な分別、保管、収集、運搬、再生、
176
177 処分等の処理をし、並びに生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向
178 上を図ることを目的とする。
179 (一般廃棄物処理計画)
180 第6条
181
182 市町村は、当該市町村の区域内の一般廃棄物の処理に関する計画(以下「一般廃棄物処理計
183
184 画」という。)を定めなければならない。
185 2
186
187 一般廃棄物処理計画には、環境省令で定めるところにより、当該市町村の区域内の一般廃棄物の
188 処理に関し、次に掲げる事項を定めるものとする。
189 一
190
191 一般廃棄物の発生量及び処理量の見込み
192
193 二
194
195 一般廃棄物の排出の抑制のための方策に関する事項
196
197 三
198
199 (略)
200
201 四
202
203 一般廃棄物の適正な処理及びこれを実施する者に関する基本的事項
204
205 五
206
207 (略)
208
209 3・4
210
211 (略)
212
213 (市町村の処理等)
214 第6条の2
215
216 市町村は、一般廃棄物処理計画に従つて、その区域内における一般廃棄物を生活環境の
217
218 保全上支障が生じないうちに収集し、これを運搬し、及び処分(中略)しなければならない。
219 2〜7
220
221 (略)
222
223 (一般廃棄物処理業)
224 第7条
225
226 一般廃棄物の収集又は運搬を業として行おうとする者は、当該業を行おうとする区域(中
227
228 略)を管轄する市町村長の許可を受けなければならない。(以下略)
229 2
230
231 前項の許可は、1年を下らない政令で定める期間ごとにその更新を受けなければ、その期間の経
232 過によつて、その効力を失う。
233
234 3
235
236 前項の更新の申請があつた場合において、同項の期間(以下この項及び次項において「許可の有
237 効期間」という。)の満了の日までにその申請に対する処分がされないときは、従前の許可は、
238 許可の有効期間の満了後もその処分がされるまでの間は、なおその効力を有する。
239
240 4
241
242 前項の場合において、許可の更新がされたときは、その許可の有効期間は、従前の許可の有効期
243 間の満了の日の翌日から起算するものとする。
244
245 5
246
247 市町村長は、第1項の許可の申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなけれ
248 ば、同項の許可をしてはならない。
249 一
250
251 当該市町村による一般廃棄物の収集又は運搬が困難であること。
252
253 二
254
255 その申請の内容が一般廃棄物処理計画に適合するものであること。
256
257 三
258
259 その事業の用に供する施設及び申請者の能力がその事業を的確に、かつ、継続して行うに足
260 りるものとして環境省令で定める基準に適合するものであること。
261
262 四
263
264 (略)
265
266 6〜16
267
268 (略)
269
270 〇
271
272 廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則(昭和46年厚生省令第35号)(抜粋)
273
274 (一般廃棄物収集運搬業の許可の基準)
275 第2条の2
276
277 法第7条第5項第3号(中略)の規定による環境省令で定める基準は、次のとおりとす
278
279 る。
280 一
281
282 施設に係る基準
283 イ
284
285 一般廃棄物が飛散し、及び流出し、並びに悪臭が漏れるおそれのない運搬車、運搬船、運
286 搬容器その他の運搬施設を有すること。
287
288 ロ
289 二
290
291 (略)
292
293 申請者の能力に係る基準
294 イ
295
296 一般廃棄物の収集又は運搬を的確に行うに足りる知識及び技能を有すること。
297
298 ロ
299
300 一般廃棄物の収集又は運搬を的確に、かつ、継続して行うに足りる経理的基礎を有するこ
301 と。
302
303 (出題の趣旨)
304 本問は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「法」という。)に基づく一
305 般廃棄物収集運搬業の許可について、新規参入者に対する同許可(以下「本件許
306 可」という。)に対し既存の許可事業者が取消訴訟を提起するという設例の下で、
307 競業者の原告適格、更新制を採っている許可制に係る取消訴訟の訴えの利益の存否
308 に関する基本的な知識・理解を問うと同時に、本案での主張を判例及び参照条文か
309 ら組み立てる力を問う趣旨の問題である。
310 〔設問1〕(1)は、最判平成26年1月28日民集68巻1号49頁を手掛か
311 りにして、いわゆる競業者の原告適格を問うものである。問題文中に示された一般
312 廃棄物収集運搬業務の性質を前提として、一般廃棄物処理は市町村の事務であるこ
313 と(法第6条の2第1項)、他の要件と並んで、一般廃棄物処理業は市町村による
314 処理が困難であり(法第7条第5項第1号)、かつ一般廃棄物処理計画に適合して
315 いる場合(同項第2号)にのみ許可されること、一般廃棄物処理計画には一般廃棄
316 物の発生量及び処理量の見込み(法第6条第2項第1号)、並びに一般廃棄物の適
317 正な処理及びこれを実施する者に関する基本的事項(同項第4号)等が定められる
318 こと等の制度の仕組みを踏まえ、本件許可については、許可業者の濫立等によって
319 事業の適正な運営が害されることのないよう、一般廃棄物処理業の需給状況の調整
320 が図られる仕組みが設けられていること、それゆえ既存の許可事業者の営業上の利
321 益が法律上保護されていることを導く必要がある。
322 〔設問1〕(2)については、一般廃棄物収集運搬業の許可の有効期間が2年と
323 されていること(法第7条第2項に基づく政令)、更新の申請がなされた場合にお
324 いては、従前の許可は許可の有効期間の満了後も更新処分がなされるまでは有効と
325 されていること(法第7条第3項)等の参照条文から、本件許可については更新制
326 が採られており、本件許可の期間経過後も訴えの利益が維持されることを主張する
327 必要がある。
328 〔設問2〕は、本件許可の違法性を、参照条文を手掛かりにしながら事案に即し
329 て検討する力を問う趣旨の問題である。まず、申請の一般廃棄物処理計画への適合
330
331 を求める法第7条第5項第2号の要件に関して、最判平成18年11月2日民集6
332 0巻9号3249頁を手掛かりにして、同計画の策定及び内容の変更に係る計画裁
333 量の存否を明らかにしたうえで、新計画の違法性を、事実誤認、事実に対する評価
334 の誤り、考慮脱落及び他事考慮等の面から検討する必要がある。次いで、同項第3
335 号所定の設備要件及び能力要件に関して、問題文に示された事実を挙げつつ、Dの
336 事業遂行能力の欠如について論じる必要がある。
337
338 [民
339
340 法]
341
342 次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
343 解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、試験時に施行されている法
344 令に基づいて答えなさい。なお、民法以外の法令の適用について検討する必要はない。
345 【事実】
346 1.Aは、書画骨董品の収集を趣味とする東京在住の個人である。Bは、京都に店舗を有し、掛け
347 軸、屏風及び衝立等の表装・修理や書画骨董品の売買等を行う専門の事業者である。
348 2.Aは、令和5年1月頃、自己が所有する掛け軸甲の経年劣化が激しいことに気付き、たまたま
349 自宅を訪れていたBに甲を見せ、その修復をBに持ち掛けた。Bは、「甲は保存状態が悪く、そ
350 の修復には高額の費用が見込まれるから、考え直した方がよい。」と述べたが、Aが「甲は大事
351 な家宝だから、いくら費用が掛かっても修復したい。」と強く主張したため、これに同意するに
352 至った。
353 3.Aは、令和5年7月1日、Bとの間で、Bの店舗において、以下の内容を含む契約(以下「本
354 件請負契約」という。)を締結した。
355
356 Aは、Bに対して、甲を、その修復のため、令和5年7月15日までに預託する。
357 Bは、甲の汚損を鑑賞可能な程度にまで修復し、令和6年7月15日までにAに返還す
358 る。
359 Aは、Bに対して、報酬として250万円を甲の返還と引換えに支払う。
360 4.本件請負契約を締結するに当たり、Bは、Aに、「甲の状態を最後に確認してから半年ほど経
361 つが、その後どのように保管しているのか。現在も修復可能なのか。」と尋ね、「きちんと保管
362 しているから大丈夫だ。」との回答を得た。Bは、個人宅での保管であることから甲の現在の状
363 態に疑念を抱き、「蓋を開けてみたら修復不能なほどに傷んでいた、などと言われても知りませ
364 んよ。」と念を押した上で本件請負契約を締結した。
365 5.Aは、個人宅における掛け軸の標準的な保管方法に反し、甲を紙箱に入れたのみで湿度の高い
366 屋外の物置に放置したため、本件請負契約の締結に先立つ令和5年6月15日頃までに、甲は原
367 型をとどめないまでに腐敗し、修復することができなくなってしまった(以下「本件損傷」とい
368 う。)。
369 6.Aは、本件請負契約の交渉過程において、甲の状態を確認しておらず、Bから数回にわたって
370 「甲の状態や保管方法に問題はないか。」と問い合わせられても「問題ない。」と答えるのみで
371 放置していたため、本件請負契約を締結した時点では、本件損傷の事実を知らなかった。Aは、
372 令和5年7月13日、甲を梱包するために物置から取り出したところ、本件損傷に気付き、直ち
373 にBに連絡し、Bは自ら本件損傷を確認した。
374 7.Bは、令和5年7月2日から同月10日にかけて、甲の修復に要する材料費等の費用一切とし
375 て40万円を支払っていた。
376 8.Bは、「本件請負契約は有効に成立しており、甲の修復ができないのはAの問題である。」と
377 して、Aに対して250万円の支払を請求している。これに対して、Aは、「本件請負契約は無
378 効である。仮に有効だとしても、甲が現に修復されていない以上、金銭を支払う理由はない。」
379 と反論している。
380 〔設問1〕
381 【事実】1から8までを前提として、BのAに対する請求が認められるかどうか、認められると
382 した場合にはどのような範囲で認められるかについて、法的根拠を明示しつつ論じなさい。なお、
383
384 利息及び遅延損害金について検討する必要はない。
385 【事実】
386 9.Bは、令和5年4月27日、コレクターCとの間で、Cが所有する古美術の壺乙に関して、次
387 の内容を含む契約(以下「本件委託契約」という。)を締結した上で、同日、Cから乙の引渡し
388 を受け、これをBの店舗内に展示することになった。
389
390
391 Bは、Cから引き渡された乙につき、これを無償でCのために善良なる管理者の注意義務
392 をもって管理し保管するものとする。他方で、CはBに対し、乙をBの店舗内において顧客
393 に展示し、Bの名において販売する権限を与えるものとする。
394
395
396
397 Bが乙を顧客に対して販売したときは、CがBに対し乙を代金180万円で販売する旨の
398 契約が当然に成立するものとし、乙の所有権は、CからBに直ちに移転するものとする。な
399 お、BのCに対する代金の支払期限は、当該売買契約成立日の翌月末日とする。
400
401
402
403 Bは、乙につき顧客に対して販売する前にCから返還請求があったときは、乙の顧客への
404 販売権限を当然に失い、直ちに、乙をCに対し返還しなければならないものとする。
405
406 10.令和5年5月初めから、Bの店舗には、顧客Dが頻繁に訪れて、展示物を鑑賞していた。なか
407 でも、Dは乙に強い関心を示し、Bにいろいろと質問をしたため、BはDの質問に答えたが、そ
408 の際、〔
409
410 ア
411
412 〕。同月25日頃、BはDに対して、200万円で乙を販売してもよいという意
413
414 向を示した。それに対してDは、しばらく考えたいと返事を留保した。
415 11.令和5年6月1日、Cは、Bの資金繰りが悪化したとの情報を入手したため、Bに対し、本件
416 委託契約の契約条項に基づき乙の返還を請求する旨の通知を発し、当該通知は同日中にBに到
417 達した。しかし、Bは乙の展示を継続した。
418 12.令和5年6月2日、Bは、前記11の通知を受けたにもかかわらず、Bの店舗を訪れて乙購入の
419 意向を示したDとの間で、Bを売主、Dを買主とし、代金を200万円とする乙の売買契約を締
420 結した。Bは、乙を無償でDの自宅に後日配送するものとし、Dは、その場で代金200万円の
421 全額を支払った。売買契約時、Dは乙について、〔
422
423 イ
424
425 〕と信じていた。Bは、Dとの売買契
426
427 約が成立した直後に、Dに対し、「乙は、以後DのためにBが保管する。」と告げ、売却済みの
428 表示を施した。その後、Bは、乙を梱包してBの店舗のバックヤードに移動した。
429 13.Cが、令和5年6月3日、Bの店舗に赴いたところ、バックヤードで梱包済みの乙を発見し、渋る
430 Bを説き伏せて乙の引渡しを受け、自宅に持ち帰った。後日、Dは、Cに対し、乙の引渡しを請求し
431 た。
432 〔設問2〕
433 【事実】9から13までを前提として、次の問いに答えなさい。
434
435
436 本文中空欄〔
437
438 ア
439
440 〕〔
441
442 イ
443
444 〕に、次の語句が入る場合に、DはCに対して、所有権に基づ
445
446 いて乙の引渡しを請求することができるかについて論じなさい。
447
448
449
450 〔
451
452 ア
453
454 〕=乙の所有者がCであることは説明しなかった
455
456 〔
457
458 イ
459
460 〕=Bが所有者である
461
462 本文中空欄〔
463
464 ア
465
466 〕〔
467
468 イ
469
470 〕に、次の語句が入る場合に、DはCに対して、所有権に基づ
471
472 いて乙の引渡しを請求することができるかについて論じなさい。
473 〔
474
475 ア
476
477 〕=本件委託契約の契約書を示して、Cから委託を受けて、Bは乙の売却権限を有し
478 ている旨を説明した
479
480 〔
481
482 イ
483
484 〕=Bは本件委託契約に基づく処分権限を現在も有している
485
486 (出題の趣旨)
487 設問1は、請負契約に基づく請負人の債務の履行が原始的に不能であった場合
488 に、請負人が請負代金相当額を請求することができるかを問う問題である。請負人
489 が請負代金を請求するためには仕事の完成が必要であることを踏まえた上で、危険
490 負担における債権者主義を定めた民法第536条第2項に基づいて請負代金を請求
491 することができるかを論ずることが必要である。その際には、請負契約締結前の注
492 文者の行為が「債権者の責めに帰すべき事由」に当たるかについて、自分なりの考
493 え方を論理的に展開することが求められる。
494 設問2は、いわゆる処分授権によって他人の物を売却する権限を与えられた者
495 が、権限を失った後にその物を売却した場合に、相手方が所有権を取得することが
496 できるかを問う問題である。設問2(1)においては、相手方は、売却した者がそ
497 の物の所有者であると信じているため、即時取得が問題になる。そこで、即時取得
498 の要件、特に占有改定によって民法第192条の「動産の占有を始めた」という要
499 件を満たすかどうかを論ずる必要がある。設問2(2)においては、相手方は売却
500 した者に処分権限があると信じているが、この処分権限は代理権ではないため、表
501 見代理に関する規定が直接適用されるわけではない。そこで、処分授権と代理との
502 違いを意識しつつ、その類似性に着目して表見代理に関する規定を類推適用するこ
503 とができるかを論じ、本問の事案がその要件を満たすかどうかを論ずる必要があ
504 る。
505
506 [商
507
508 法]
509
510 次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
511 1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、会社法上の公開会社であるが、金融商品取引所にその
512 発行する株式を上場していない。甲社は、種類株式発行会社ではなく、発行可能株式総数は2万株
513 であり、発行済株式の総数は1万株(議決権の総数は1万個)である。甲社の取締役はA、B及び
514 Cの3名であり、代表取締役はAである。甲社の定款には、株主総会における議決権行使の代理人
515 の資格を甲社の株主に限る旨の定め及び取締役の員数を3名とする旨の定めがある。
516 2.乙株式会社(以下「乙社」という。)は、事業の成功により一代で巨額の財を築いたDがその資
517 産を管理するために設立した会社である。乙社の株式の全部を有するDは、乙社の唯一の取締役
518 として、乙社の管理運営を全て自ら行っている。乙社は唯一の従業員としてDの子であるEを雇
519 用しているが、Eの職務内容は乙社の決算期における書類の整理のみであり、それ以外に勤務の
520 実態はない。
521 3.乙社は、令和4年6月頃から引き続き甲社の株式1000株を有している。甲社の業績と経営方
522 針に不満を抱いているDは、乙社を代表して、甲社の代表取締役であるAに対し、甲社の経営に
523 関する意見を繰り返し述べてきたが、Aは、乙社が甲社の経営に介入してくることを快く思って
524 おらず、乙社の意見を全て無視してきた。
525 4.Dは、自らの意見を甲社の経営に反映させるために、令和5年4月10日、乙社を代表して、甲
526 社の代表取締役であるAに対し、同年6月に開催予定の甲社の定時株主総会(以下「本件総会」
527 という。)において、本件総会の終結により取締役の任期が満了するBを取締役に再任するので
528 はなく、乙社が推薦するFを新たに取締役に選任する旨の議案の要領を本件総会の招集通知に記
529 載することを請求した。
530 ところが、Aは、乙社が甲社の経営に対する介入を強めることは甲社の利益にならないと考え、
531 乙社の提案を無視することとし、これを他の取締役らに伝えることもしなかった。
532 5.甲社の代表取締役であるAは、令和5年6月12日、株主に対し、同月29日に開催予定の本件
533 総会の招集通知(以下「本件招集通知」という。)を発した。本件招集通知には、「取締役1名
534 選任の件」として、Bを取締役に選任する旨の議案が記載されていたが、乙社が提案したFを取
535 締役に選任する旨の議案の要領は記載されていなかった。
536 Dは、乙社として、本件総会の議場で、Fを取締役に選任する旨の動議を提出し、議案の説明を
537 すべきだと考えたが、スケジュールの都合上、自らが乙社を代表して本件総会に出席することはで
538 きなかったため、乙社の代理人としてEを本件総会に出席させ、動議を提出させることにした。な
539 お、Eは、甲社の株主ではない。
540 6.令和5年6月29日、本件総会が開催された。Eは、本件総会の受付において、乙社の委任状を
541 提示して、「私は乙社の従業員である。乙社を代理して本件総会に出席したい。」と述べたが、
542 受付近辺に控えていたAから「甲社の定款の定めにより、株主以外の者による代理出席は認めら
543 れない。」として出席を拒絶され、本件総会に出席することができなかった。なお、Aは、上記
544 2の事実を知っていた。
545 本件総会には、甲社の総株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の
546 過半数の賛成により、Bを取締役に選任する旨の議案が可決された(以下「本件決議」とい
547 う。)。
548 〔設問1〕
549 乙社は、本件決議の取消しを求める訴えを適法に提起した。この訴えに関して、本件決議の効力
550
551 を争うために乙社の立場において考えられる主張及びその主張の当否について、論じなさい。
552 7.乙社は、本件総会の後も、甲社の他の株主から株式を買い受けることにより保有株式数を増や
553 し、令和5年7月31日の時点で、甲社の株式を2400株有するに至っていた。また、Dは、日
554 頃から、乙社を代表して、甲社の代表取締役であるAに対し、「令和6年6月に開催予定の甲社の
555 定時株主総会では、乙社は、A及びCの取締役への再任に反対し、対立候補を擁立するつもりだ。
556 また、他の株主にも乙社の提案への賛成を呼び掛けるつもりだ。」と述べていた。
557 8.令和5年8月1日に開催された取締役会において、Aは「乙社が持株比率を増やし続けるのを放
558 置するわけにはいかない。現在、我が社に特段の資金需要があるわけではないが、長年の取引先で
559 ある丙株式会社との資本関係を強化し、経営の安定化を図るべきではないか。実は、既に丙株式会
560 社との間で内々に話をつけてある。」と提案したところ、B及びCもAの提案に賛同したため、取
561 締役全員の賛成により、丙株式会社(以下「丙社」という。)に対する第三者割当てによって新た
562 に5000株の株式を発行すること(以下「本件発行」という。)、払込金額は1株当たり10万
563 円とすること、払込期日は同月21日とすること等が決定された。
564 なお、本件発行の後に丙社が有することとなる甲社の株式の数は、6000株である。また、本
565 件発行の当時における甲社の事業及び財産の状況に鑑みると、本件発行における公正な払込金額は
566 1株当たり20万円であった。
567 9.甲社は、乙社が本件発行の計画を事前に察知するのを防ぐために、本件発行について、株主に対
568 する通知及び公告を行わなかった。丙社は、令和5年8月21日、本件発行に係る払込みを完了
569 し、これにより本件発行の効力が発生した。
570 〔設問2〕
571 上記8及び9の事実を知ったDは、乙社を代表して、本件発行の無効の訴えを適法に提起した。
572 この訴えに関して、本件発行の効力を争うために乙社の立場において考えられる主張及びその主張
573 の当否について、論じなさい。なお、上記6の本件決議の効力に関する主張については、論じなく
574 てよい。
575
576 (出題の趣旨)
577 設問1は、@株主の議案要領通知請求(会社法第305条第1項)を不当に拒絶
578 することが当該議題の下での会社提案議案に係る決議の取消事由(同法第831条
579 第1項第1号)となるか及びA株主総会における代理人資格を株主に限る旨の定款
580 の定めがある場合に、法人株主の代理人として来場した従業員の出席を拒むことが
581 決議の取消事由(同号)となるかを問うものである。@については、本件決議は不
582 当拒絶の対象となった株主提案とは異なる議案であることを前提としつつ、株主提
583 案が本件決議に係る議案と同一の議題についての代替的な議案を提案するものであ
584 ったという関係を踏まえて、不当拒絶が本件決議の瑕疵を構成するかを検討するこ
585 とが求められる。Aについては、株主総会における代理人資格を株主に限る旨の定
586 款の定めの有効性について検討した上で(最判昭和43年11月1日民集22巻1
587 2号2402頁参照)、本件の代理人が法人株主の従業員であること(最判昭和5
588 1年12月24日民集30巻11号1076頁参照)、当該法人は個人の資産管理
589 会社であり、かつ、当該従業員に当該法人における勤務の実態がほとんどないこと
590 などといった本問の事実関係に即して、本件の代理人に上記定款の定めの効力を及
591 ぼすべきかを実質的に検討することが求められる。
592
593 設問2は、公開会社において公示をすることなく取締役会限りで行われた新株発
594 行に無効事由があるかを問うものである。新株発行の公示(会社法第201条第3
595 項、第4項)を欠くことは、差止請求(同法第210条)をしたとしても差止事由
596 がないため許容されないと認められる場合でない限り、新株発行の無効事由となる
597 とする判例(最判平成9年1月28日民集51巻1号71頁)の趣旨を踏まえ、有
598 利発行であるにもかかわらず株主総会の特別決議を経ずに新株発行が行われている
599 こと(同法第199条第2項、第3項、第201条第1項、第309条第2項第5
600 号)、大株主との間で支配権争いが生じている中で既存株主の持株比率に重大な影
601 響を及ぼす新株発行が行われていることといった本問の事実関係に即して、新株発
602 行の無効事由の有無を検討することが求められる。
603
604 [民事訴訟法](〔設問1〕と〔設問2〕の配点の割合は、3:2)
605 次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
606 【事例】
607 甲土地は、Xの所有である。
608 Yは、甲土地に乙建物を建築し、これを所有していた。Yは、その後、乙建物を3つの部分に
609 分けて、それぞれ、A、B、C(以下「Aら3名」という。)に賃貸した。Aら3名は、Yの承
610 諾を得て、それぞれが賃借していた建物の部分を各自増改築した。なお、増築した各部分は、そ
611 れぞれ増改築される前から存在していた部分と一体として店舗兼居宅として利用されており、増
612 築した各部分は構造的にも機能的にも建物としての独立性を欠き、それぞれ不可分の状態にあっ
613 た。
614 Xは、Yを被告として、甲土地の所有権に基づき、乙建物を収去して甲土地を明け渡すことを
615 求める訴え(@訴訟)を提起し、第一審では勝訴の判決を得た。その後、Yは控訴した。
616 【事実T】
617 【事例】の控訴審において、Yから、乙建物はAら3名の増改築によってその形状が著しく変
618 更され、乙建物はAら3名の所有に属するものとなっている旨の主張がされた。真実は、増築部
619 分も含めて乙建物の所有権はYに帰属していたが、Xは、乙建物は増改築によって形状が著しく
620 変更されており、増築部分も含む乙建物はAら3名の所有に属し、Yは所有しておらず、Yとの
621 間で乙建物を収去して甲土地を明け渡すことを求める訴えを維持することは不可能であると誤認
622 して、この訴えに換えて、甲土地についてのYの賃借権の不存在を確認することを求める訴えに
623 変更した。
624 控訴審は、変更後の訴えにつき、甲土地についてYの賃借権が存在しないことを確認する判決
625 をし、その判決が確定した。しかし、その後、Yが、増築部分を含めて乙建物は自らの所有であ
626 ることを主張したので、Xは、Yに対して、甲土地の所有権に基づき乙建物を収去して甲土地を
627 明け渡すことを求める訴え(A訴訟)を提起し、他方、Aら3名に対しては、甲土地の所有権に
628 基づき乙建物から退去してその敷地部分を明け渡すことを求める訴えを提起した。
629 〔設問1〕
630 【事例】及び【事実T】の事実関係を前提に、次の設問に答えなさい。
631 Yは、判例を踏まえれば、【事実T】の下線部の訴え(A訴訟)は却下を免れないと主張してい
632 る。Yの主張の根拠を明らかにした上で、その主張の当否について、理由を付して答えよ。
633 【事実U】(【事実T】とは別の事実関係である。)
634 【事例】の第一審の判決後、かねてから乙建物を店舗兼居宅として利用したいと考えていた第
635 三者Dは、Yに対して、Xとの間で和解が成立するなどして乙建物を利用することができる状態
636 になれば借り受けたいとして、その賃借を申し入れた。Yは、Dに対して乙建物を賃貸したいと
637 考えたことから、控訴審において、Xとの和解を申し出た。裁判所から(a)X及びYは甲土地が
638 Xの所有であること及び乙建物がYの所有であることを相互に確認する、(b)XがYに甲土地を
639 賃貸することを相互に確認するなどの和解案が提示され、XY間で当該和解案どおりの内容の訴
640 訟上の和解が成立し、その旨調書に記載された。
641 その後、Aら3名は乙建物を退去し、Yは乙建物をDに賃貸した。
642
643 〔設問2〕
644 【事例】及び【事実U】の事実関係を前提に、次の設問に答えなさい。
645 和解交渉の際に、Yは、Xに対して、乙建物を賃貸して生計を立てていたが、現在居住している
646 丙建物が取り壊されることになり、今後は自ら乙建物を店舗兼居宅として利用したいので和解に応
647 じてほしいとの虚偽の説明をし、Xは、Yの説明を信じ、やむを得ないと考えて、和解に応じるこ
648 とにした。しかし、訴訟上の和解が成立した後、Xは、丙建物が取り壊される予定はなく、Yが引
649 き続き丙建物に居住し、乙建物はDが店舗兼居宅として利用していることを知り、だまされたこと
650 に気が付いた。Xは、第一審では勝訴しており、控訴審がそのまま継続していれば、勝訴したと考
651 えている。Xとしては、Yに対して、乙建物を収去して甲土地を明け渡すことを求めたいと考えて
652 いるが、この場合には、どのような手続上の手段を採ることが考えられるか。理由を付して答え
653 よ。
654
655 (出題の趣旨)
656 〔設問1〕 は、民事訴訟法第262条第2項の「再訴禁止」に関する問題であ
657 る。その前提としていわゆる「訴えの交換的変更」についても考えることになる。
658 両者の理解を、具体的な事例を通して複合的に問うものである。
659 設問1では、まず、訴えの交換的変更について検討することが求められている。
660 判例(最判昭和32年2月28日民集11巻2号374頁)は、交換的に訴えが変
661 更される場合は、訴えの変更の独自の類型とせず、新訴の提起と旧訴の取下げとが
662 結合したものと解している。設問1では、このような先行判例の存在を踏まえて、
663 A訴訟は却下を免れないとするYの主張の意味を考えることになる。
664 次に、第一審の判決があった後の控訴審において訴えの交換的変更が行われたこ
665 とを前提に、民事訴訟法第262条第2項の再訴禁止規定の適用について検討する
666 ことが求められている。既判力や信義則適用の問題につき検討することは求められ
667 ていない。その検討に際しては、判例(最判昭和52年7月19日民集31巻4号
668 693頁)の理解を踏まえて検討することが期待されている。
669 〔設問2〕は、和解が実体法上無効である場合の訴訟上の和解の効果についての
670 問題である。訴訟上の和解に関して、その効力(特に民事訴訟法第267条による
671 既判力の有無)の理解とそれが無効となる場合のその主張方法の理解を、具体的な
672 事例を通して問うものである。
673 つまり、設問2では、まず、訴訟上の和解につき、詐欺により当事者の意思表示
674 に瑕疵があることを理由に、それが無効となるかどうかにつき検討することが求め
675 られている。その検討に際しては、判例(最判昭和33年6月14日民集12巻9
676 号1492頁等)の理解を踏まえながら、既判力の有無の議論と関連させて、検討
677 することが期待されている。
678 その上で、設問での訴訟上の和解を無効とする場合には、どのような手続上の手
679 段を採って主張するのかを検討することが求められる。そこでは、設問2に記載さ
680 れている事情を踏まえて、その事情に対応した手段を検討し、指摘することが期待
681 されている。
682
683 [刑
684
685 法]
686
687 以下の【事例1】及び【事例2】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
688 【事例1】
689 1 甲は、かねてより会社の上司であるXから執ように叱責されるなどしていたことに恨みを募
690 らせ、登山が趣味のXを登山に誘って山中に連れ出し、Xを殺害した上でXが滑落によって事
691 故死したように装い、犯跡を隠蔽しようと考えた。甲は、某月1日、Xを登山に誘い、Xが喜
692 んで応じたことから、同月10日、Xと2人で1泊2日の登山に出掛けた。
693 2 甲とXは、同日午前10時頃から登山を始めたが、同日午後4時頃、天候が急変して降雨と
694 なったため、当初の登山計画を変更し、山頂付近にあった無人の小屋で一晩を過ごすことにし
695 た。甲は、同日午後5時頃、疲れていたXが上記小屋内で熟睡したことから、この機会にXを
696 殺してしまおうと決めた。ちょうどその頃、雨が止んだため、甲は、Xを殺した後にXの滑落
697 死を装うための場所をあらかじめ探そうと思い立ち、上記小屋周辺を下見しておくことにし
698 た。甲は、しばらくの間、上記小屋を離れ、外に出ることにしたが、外にいる間にXに逃げら
699 れないようにするため、同日午後5時5分頃、同小屋の出入口扉を外側からロープできつく縛
700 り、内側から同扉を開けられないようにした。なお、上記小屋は、木造平屋建てで、窓はな
701 く、出入口は上記扉1か所のみであった。
702 3 その後、甲は、上記小屋から歩いて約100メートル離れた場所に、高さ約70メートルの
703 岩場の崖があるのを確認し、同日午後6時頃、同小屋に戻り、上記ロープをほどいた。Xは、
704 同日午後5時頃に熟睡した後、一度も目を覚まさなかった。
705 〔設問1〕
706 【事例1】において、甲に監禁罪が成立するという主張の当否について、具体的な事実関係を
707 踏まえつつ、反対の立場からの主張にも言及して論じなさい。
708 【事例2】(【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)
709 4 甲は、上記小屋内に戻った後、Xを殺そうと思ったが、死体がすぐに見つかってしまっては何
710 らかの殺害の痕跡が発見され、滑落による事故死ではないことが判明してしまうと不安に思っ
711 た。そこで、甲は、同日午後6時10分頃、Xの携帯電話機をXの死体から遠く離れた場所に捨
712 てておけば、同携帯電話機のGPS機能によって発信される位置情報をXの親族等が取得した場
713 合であっても、Xの死体の発見を困難にできる上、Xが甲とはぐれた後、山中をさまよって滑落
714 したかのように装う犯跡隠蔽に使えると考え、眠っているXの上着のポケットからXの携帯電話
715 機1台を取り出し、自分のリュックサックに入れた。
716 5 甲は、同日午後6時20分頃、Xを殺すため、眠っているXの首を両手で強く絞め付け、X
717 がぐったりしたのを見て、Xが死亡したものと思い込んだ。しかし、この時点で、Xは、意識
718 を失っただけで、実際には生きていた。
719 6 甲は、同日午後6時25分頃、Xの死体を上記崖まで運んで崖下に落とすため、Xの背後か
720 ら両脇に両手を回してXの身体を抱え上げた。その際、XのズボンのポケットからXの財布が
721 床に落ち、これを見た甲は、にわかに同財布内の現金が欲しくなり、同財布内から現金3万円
722 を抜き取って自分のズボンのポケットに入れ、同財布をXのポケットに戻した。
723 7 甲は、同日午後7時頃、Xを上記崖まで運び、Xを崖下に落とした。甲は、Xが既に死んで
724 いると軽信し続けていたが、この時点でもXはまだ生きており、上記崖から地面に落下した
725 際、頭部等を地面に強く打ち付け、頭部外傷により即死した。
726 8 甲は、すぐに上記崖から離れ、同日午後10時頃、同崖から約6キロメートル離れた場所ま
727 で来ると、その場に上記携帯電話機を捨てた。同月11日、Xが帰宅しなかったことから、X
728 の親族が上記携帯電話機のGPS機能によって発信される位置情報を取得し、その情報を基に
729 Xの捜索が行われたが、Xの発見には至らなかった。
730 〔設問2〕
731 【事例2】における甲の罪責を論じなさい(特別法違反の点は除く。)。
732
733 (出題の趣旨)
734 〔設問1〕は、甲がXと山中にある無人の小屋で過ごしていた際、甲が同小屋か
735 ら出て離れている間に熟睡しているXが目を覚まして同小屋から逃げないようにす
736
737 るため、同小屋の出入口扉を外側からロープで縛った行為に監禁罪が成立するとい
738 う主張の当否について、具体的な事実関係を踏まえつつ、反対の立場からの主張に
739 も言及して論述することを求めるものである。【事例1】では、Xは、熟睡してい
740 るため上記小屋から外に出る意思がなく、上記出入口扉をロープで縛られたことに
741 も気付かず熟睡し続け、目覚める前にロープが解かれたことから、甲の行為は、X
742 の現実の移動の意思に影響を及ぼしていない。このような場合に監禁罪が成立する
743 という主張の当否について、監禁罪の保護法益である移動の自由の意義に関して、
744 反対する立場からの帰結やその問題点等にも留意しつつ論じなければならない。そ
745 の際には、本件の具体的事実が保護法益論とどのように関連するのかを意識しなが
746 ら論じる必要がある。
747 〔設問2〕は、甲が、眠っていたXが所持していた携帯電話機を自分のリュッ
748 クサックに入れ、Xを殺害するため、眠っていたXの首を両手で強く絞め付け
749 (以下「第1行為」という。)、Xが死亡したものと思い込んでいたところ、Xが
750 所持していた財布内から現金3万円を抜き取って自分のポケットに入れ、さらに、
751 Xが死亡したものと思い込んだまま、実際には生きていたXを崖下に落とし(以
752 下「第2行為」という。)、死亡させたことを内容とする事例について、甲の罪責
753 に関する論述を求めるものである。
754 では、甲は、Xの携帯電話機を離れた場所に捨てておけば、同携帯電話機のG
755 PS機能によって発信される位置情報をXの親族等が取得したとしても、Xの死体
756 発見を困難にできるなどという目的で、同携帯電話機を自己の占有下に移してい
757 る。これは犯跡隠蔽の意図である一方で、同携帯電話機のGPS機能を利用する意
758 図も含まれる点を踏まえ、甲に不法領得の意思を認めるか否かについて利用処分意
759 思の内容を具体的に明らかにしつつ検討する必要がある。その上で窃盗罪あるいは
760 器物損壊罪の成否を論じることになろう。
761 では、甲が現金を抜き取ってポケットに入れた行為は窃盗罪の客観的構成要件
762 を充足するが、Xが死亡していると誤信していることから、甲に窃盗罪の故意が認
763 められるかについて、死者の占有を認めるか否かとの関係を明らかにしつつ検討す
764 る必要がある。
765 また、の殺意をもって行われた第1行為から死亡結果が発生せず、の殺意な
766 く行われた第2行為によって死亡結果が発生した場合(いわゆる遅すぎた構成要件
767 の実現)の殺人既遂罪の成否に関し、問責対象となる行為を特定して各行為の擬律
768 判断(第1行為と死亡結果との因果関係及び因果関係の錯誤並びに第2行為の処理
769 等)を検討する必要がある。
770 いずれについても、刑法の基本的な概念に関する正確な理解を前提に、事実関係
771 を的確に分析し、それを法的に構成する能力や、具体的な事実を法的に分析する能
772 力が問われている。
773
774 [刑事訴訟法]
775 次の【事例】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
776 【事例】
777 1
778
779 司法警察員Pは、令和4年7月1日にH県内の飲食店で甲が同店店員の顔面を殴打した(以下
780 「本件暴行」という。)という事件を捜査し、甲を逮捕することなく、H地方検察庁検察官Qに同
781 事件を送致した。しかし、甲は、まもなく所在不明となった。
782
783 2 その後、同年8月20日、H県内で、V方に何者かが侵入し、Vの顔面を多数回殴打してその両
784 手両足をひもでしばるなどの暴行を加え、V所有の高級腕時計を奪い、その際、Vに傷害を負わせ
785 た(以下「本件住居侵入・強盗致傷」という。)という事件が発生した。そして、Vの供述等か
786 ら、実行犯は1人であることが想定された。Pは、同事件が発生した直後、実行犯とは容ぼうが異
787 なる甲が同腕時計を中古品買取店に売却した事実を把握し、甲が同事件の実行犯と共犯関係にある
788 との嫌疑を抱いた。なお、捜査の過程で、甲の所在は判明したが、実行犯の氏名や住居等は判明し
789 なかった。
790 そこで、Pは、同年9月7日、本件住居侵入・強盗致傷の事実で甲の逮捕状を請求し、その発付
791 を受け、甲を通常逮捕し、同月9日、Qに送致した。Qは、同日、@H地方裁判所裁判官に対し、
792 本件住居侵入・強盗致傷の事実で甲の勾留を請求した。
793 3 甲は、逮捕・勾留中、一貫して黙秘した。Pは、その間、甲の所持する携帯電話機や甲方から押
794 収したパソコン等の解析、甲と交友関係にある者の取調べ、V方周辺の防犯カメラに映っていた不
795 審者に関する更なる聞き込みなどの捜査をしたが、実行犯の氏名及び所在も前記腕時計が甲に渡っ
796 た状況等も判明しなかった。
797 そのため、Qは、本件住居侵入・強盗致傷の事実で甲について公判請求するのは困難であると考
798 え、勾留延長期間が満了する同月28日、甲を釈放した。
799 4 乙は、同年10月6日、別事件で逮捕され、その後の取調べにおいて、Pに対し、本件住居侵入
800 ・強盗致傷について、V方に侵入して金品を強取することを甲と相談し、乙が実行し、甲が換金す
801 る旨の役割分担をして犯行に及んだことを供述した。
802 そして、Pが乙を逮捕した際に押収した乙の携帯電話機を解析したところ、本件住居侵入・強盗
803 致傷について、甲との共謀を裏付けるメッセージのやりとりが記録されていることが分かった。
804 そのため、Pは、甲に対する嫌疑が高まったと考えて、同月19日、本件住居侵入・強盗致傷の
805 事実につき、改めて逮捕状を請求し、その発付を受け、甲を通常逮捕した上、同月21日、Qに送
806 致した。そして、Qは、同日、AH地方裁判所裁判官に対し、本件住居侵入・強盗致傷の事実で甲
807 の勾留を請求した。
808 〔設問1〕
809 下線部@につき、仮に検察官が本件住居侵入・強盗致傷の事実に本件暴行の事実を付加して甲の勾
810 留を請求した場合、裁判官は甲を本件住居侵入・強盗致傷の事実及び本件暴行の事実で勾留すること
811 ができるかについて論じなさい。ただし、各事実につき、勾留の理由及び必要性はあるものとする。
812 〔設問2〕
813 下線部Aにつき、裁判官は甲を勾留することができるかについて論じなさい。
814
815 (出題の趣旨)
816 本問は、民家に侵入した犯人が住人に暴行を加えて被害品を強取し、その際に同
817
818 人に怪我を負わせたという住居侵入、強盗致傷事件について、警察官が甲による被
819 害品転売の事実を把握し、甲を同事件で逮捕、勾留したが、共犯者の氏名や住居等
820 が判明しなかったことから甲を釈放したところ、その後に共犯者が判明したため、
821 改めて甲の逮捕状を取得して逮捕し、勾留を請求したという事例であり、設問1で
822 は、当初の勾留につき、仮に、住居侵入、強盗致傷の事実に甲が逮捕されていない
823 別件暴行事件の事実を付加して勾留を請求した場合、これが許されるか否か検討さ
824 せることを通じて、逮捕前置主義という刑事訴訟法の基本原則の理解を問うもので
825 ある。また、設問2は、前記事例を通じて、再勾留禁止の原則という刑事訴訟法の
826 基本原則及び関連する裁判例の理解を問うとともに、具体的事例を通じて、再逮捕
827 との違いについての理解を示しつつ、再勾留の可否を検討させる問題である。
828
829 [民
830
831 事]
832
833 司法試験予備試験用法文を適宜参照して、以下の各設問に答えなさい。
834 〔設問1〕
835 弁護士Pは、Xから次のような相談を受けた。
836 【Xの相談内容】
837 「私は、中古車の収集を趣味としている個人です。令和4年8月上旬、友人Aが私の自宅に併
838 設されたガレージに遊びに来た際、私が中古で入手しカスタマイズした自動車(以下「本件車
839 両」という。)を見ていたく気に入り、是非とも本件車両を売却してほしいと言いました。Aが
840 余りに強く希望するため、私も根負けして、本件車両を売却することを了解しました。ただ、A
841 が即金での支払は難しく分割払になるというので、私は、そうであれば連帯保証人を付けてほし
842 いと伝えたところ、数日後、Aから、Aの父親Yに連帯保証人となることの内諾を得たとの連絡
843 がありました。
844 令和4年8月17日、私は、Aとの間で、本件車両を代金240万円で売却し、代金の支払に
845 ついては、同月から令和6年7月まで、毎月末日限り10万円ずつの分割払とし、Aが分割金の
846 支払を2回以上怠ったときは催告等要せず当然に期限の利益を喪失する旨を合意しました(以下
847 「本件売買契約」という。)。
848 また、私は、Yとの間で、令和4年8月17日、Yが、Aの私に対する上記売買代金の支払債
849 務につき、連帯して保証する旨の合意をしました(以下「本件保証契約」という。)。
850 これらの合意については、別紙の売買契約書(以下「本件契約書」という。)に私、A及びY
851 がそれぞれ署名押印する形で行いました。
852 そして、私は、Aに対し、令和4年8月17日、本件車両を引き渡しました。
853 しかし、Aは、令和4年8月及び同年9月の各月末に10万円ずつ合計20万円を支払ったの
854 みで、同年10月及び同年11月の各末日が経過したにもかかわらず、分割金の支払を怠り、現
855 在は行方不明となっています。
856 そこで、私は、連帯保証人のYに対し、Aに代わって残代金220万円の支払を求めたいと思
857 います。なお、残代金の元本さえ支払ってもらえればよく、利息・損害金の支払は求めませ
858 ん。」
859 弁護士Pは、令和5年4月5日、【Xの相談内容】を前提に、Xの訴訟代理人として、Yに対
860 し、Xの希望する金員の支払を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起することとした。
861 以上を前提に、以下の各問いに答えなさい。
862
863
864 弁護士Pが、本件訴訟において、Xの希望を実現するために選択すると考えられる訴訟物を記
865 載しなさい。
866
867
868
869 弁護士Pが、本件訴訟の訴状(以下「本件訴状」という。)において記載すべき請求の趣旨
870 (民事訴訟法第134条第2項第2号)を記載しなさい。なお、付随的申立てについては、考慮
871 する必要がない。
872
873
874
875 弁護士Pが、本件訴状において記載すべき請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1
876 項。以下同じ。)を記載しなさい。なお、いわゆるよって書き(請求原因の最後のまとめとし
877 て、訴訟物を明示するとともに、請求の趣旨と請求原因の記載との結びつきを明らかにするも
878 の)は記載しないこと。
879
880
881
882 【Xの相談内容】のうち下線部の事実について、請求を理由づける事実として本件訴状に記載
883 すべきか否かについて、@結論を答えた上で、Aその理由を簡潔に説明しなさい。
884
885
886
887 弁護士Pは、Xの権利の実現を確実なものとするため、本件訴訟を提起するに当たり、Yの財
888 産に対する仮差押命令の申立てを行うこととした。調査の結果、Yはα銀行に対する預金債権を
889 有するほか、自宅の土地建物(以下「自宅不動産」という。)を所有しているが、自宅不動産に
890 ついては2年前(令和3年)に抵当権(被担保債権はいわゆる住宅ローン債権で、当初債権額は
891 3000万円)が設定されていることが判明した。なお、α銀行の銀行取引約定書によれば、預
892 金債権に対する仮差押えは銀行借入れがあった場合にその期限の利益喪失事由とされている。
893 弁護士Pは、Yの財産のうち、α銀行の預金債権に対し仮差押命令の申立てを行うこととした
894 が、その申立てに当たり、Yの自宅不動産の時価を明らかにする必要があると考えた。その理由
895 を民事保全法の関係する条文に言及しつつ簡潔に説明せよ。
896
897 〔設問2〕
898 弁護士Qは、本件訴状の送達を受けたYから次のような相談を受けた。
899 【Yの相談内容】
900 「(a)
901
902 私は、Xから、息子のAが車両を購入した際の代金について、連帯保証人として支払
903
904 うよう請求を受けていますが、私が、Aの代金支払債務について連帯保証した事実はあ
905 りません。私は、Aから連帯保証人になってほしいと頼まれたものの、他にもAの借金
906 の保証をしていましたので、これ以上保証はできないと伝えて断っています。Xは、本
907 件契約書の連帯保証人欄に私の署名押印があると主張していますが、私は本件契約書に
908 署名押印などしていません。
909 (b)
910
911 AがXから令和4年8月17日に代金240万円で本件車両を購入したこと、代金は
912
913 毎月末日限り10万円ずつ24回の分割払の約定だったこと、Aが同月及び同年9月の
914 各月末に10万円ずつ合計20万円を支払ったのみで、その後、支払をしていないこ
915 と、現在、Aが所在不明であることは、いずれも争いません。
916 (c)
917
918 Aは、令和4年9月中旬頃、本件車両につき、いわゆる車検(道路運送車両法所定の
919
920 継続検査。以下、単に「車検」という。)のため、業者Bに依頼して検査を受けたとこ
921 ろ、保安基準に適合せず車検が通らなかったとこぼしていました。Aによると、Xか
922 ら、本件車両は保安基準に適合しており、車検は通ると説明されたことから、本件車両
923 の購入を決めたようですが、実際にはライト(前照灯)の改造部分が保安基準に適合し
924 なかったため、車検が通らなかったそうです。保安基準に適合せず、車検に通らない
925 と、公道を走行させることもできません。Aも、Xに対し、本件車両が保安基準に適合
926 することを前提に本件車両を購入する旨を伝えていたそうですし、保安基準に適合しな
927 い車両と知っていれば、本件車両を購入しなかったはずです。このように、本件売買契
928 約はそもそもAの錯誤に基づくものですので、仮に私がAの債務を連帯保証したのだと
929 しても、私としてはXの請求を拒めるのではないでしょうか。」
930 弁護士Qは、【Yの相談内容】を前提に、Yの訴訟代理人として、本件訴訟の答弁書(以下「本
931 件答弁書」という。)を作成した。その際、弁護士Qは、【Yの相談内容】(c)を踏まえて、抗弁
932 として、以下のとおり主張する必要があると考えた。
933 (あ)
934 (い)
935
936 Aは、本件売買契約当時、〔
937 本件売買契約の際、〔
938
939 Aに同じ
940
941 示されていた。
942 (う)
943
944 Yは、Xに対し、〔
945
946 @
947
948 B
949
950 〕。
951
952 〕にもかかわらず、〔
953
954 A
955
956 〕と信じていた。
957
958 〕ことを前提にAが本件車両を買い受けることが表
959
960 以上を前提に、以下の各問いに答えなさい。なお、本件に民法第95条の適用があることは解答
961 の前提としてよい。
962
963
964 上記@からBまでに入る要件事実(主要事実。以下同じ。)を、それぞれ記載しなさい。
965
966
967
968 弁護士Qが、上記(う)が必要であると考えた理由を、民法の関係する条文に言及しつつ、簡
969 潔に説明しなさい。
970
971 〔設問3〕
972 弁護士Pは、Aが本件車両の検査を依頼した業者Bに対し問合せを行い、次のような回答を得た。
973 【業者Bの回答結果】
974 「Aが業者Bに対し、本件車両の検査を依頼したのは令和4年8月28日であり、業者BがA
975 に対し、本件車両のライト(前照灯)の改造部分のため保安基準に適合しない旨を通知したのは
976 同年9月15日である。」
977 弁護士Pは、【業者Bの回答結果】を踏まえて、〔設問2〕における抗弁に対する再抗弁を主張
978 することができるか検討したところ、本件訴訟において、以下のとおり主張する必要があると考えた。
979 (ア) Aは、遅くとも令和4年9月15日には、本件車両が保安基準に適合しないことを知った。
980 (イ)
981
982 Aは、Xに対し、〔
983
984 C
985
986 〕。
987
988 以上を前提に、以下の各問いに答えなさい。
989
990
991 上記Cに入る要件事実を記載しなさい。
992
993
994
995 上記各事実の主張が再抗弁として機能すると判断した理由を、実体法上の法律効果を踏まえて
996 説明しなさい。
997
998 〔設問4〕
999 本件訴訟の第1回口頭弁論期日において、本件訴状と本件答弁書が陳述された。同期日におい
1000 て、弁護士Pは、本件保証契約の締結を裏付ける証拠として、別紙の売買契約書(本件契約書。な
1001 お、斜体部分は全て手書きである。)を、「丙(連帯保証人)」作成部分の作成者をYとして提出
1002 し、書証として取り調べられた。これに対し、弁護士Qは、同期日において、本件契約書のうちY
1003 作成部分の成立を否認した。その後、2回の弁論準備手続期日が行われた後、第2回口頭弁論期日
1004 において、XとYの各本人尋問が実施され、Xは【Xの供述内容】のとおり、Yは【Yの供述内
1005 容】のとおり、それぞれ供述した(それ以外の者の尋問は実施されていない。)。なお、各供述の
1006 うち下線部については該当する書証が提出されて取り調べられており、その成立に争いがない。
1007 【]の供述内容】
1008 「私は、令和4年8月上旬に学生時代の友人Aにせがまれて、私が収集しカスタマイズした中
1009 古車(本件車両)をAに売却することになりました。代金額について240万円とすることが決
1010 まりましたが、Aから、蓄えがないので、代金は分割払にしてほしいと言われました。私は、古
1011 くからの友人の頼みでもあり、これを了承しましたが、代わりに、連帯保証人を付けてほしいと
1012 頼みました。そうしたところ、同月10日頃、Aから、父親のYに連帯保証人になってもらうこ
1013 とで内諾を得たとの説明を受けました。Aは、あらかじめYには契約書の連帯保証人欄に署名押
1014 印してもらっておくというので、私は、インターネットで見つけたひな型を使って本件契約書の
1015 文案を作成し、Aに交付しました。
1016 令和4年8月17日、Aが私の自宅にやってきました。このとき、本件契約書の丙(連帯保証
1017
1018 人)の署名欄には既にY名義の署名押印があり、Aは、Yの印鑑登録証明書を持参していまし
1019 た。私とAは、本件契約書の甲(売主)の署名欄と乙(買主)の署名欄にそれぞれ署名押印しま
1020 した。
1021 本件契約書のY名義の署名がYの自筆によるものかは不明ですが、Y名義の印影は、間違いな
1022 くYの実印によるものです。
1023 私は、その日(令和4年8月17日)の夜にY宅に電話をして、Yに、本件車両の売却につい
1024 て、Aとの間で本件契約書の調印が終わり、Yとの間で本件保証契約が成立したことを報告しま
1025 した。Yは、『Aからも聞いているので問題ない』と応じました。
1026 なお、Yは、Aがアパートを借りる際の保証人となるため、実印を預託したと供述しますが、
1027 Aの住民票によれば、AがYの自宅から住所を移転したのは令和4年12月15日のことで
1028 す。」
1029 【Yの供述内容】
1030 「私は今年で72歳になります。令和4年8月当時、私の自宅に同居していた息子のAが、そ
1031 の友人のXから本件車両を購入したことは事実のようです。しかし、本件契約書のうち私が連帯
1032 保証人になっている部分は全く身に覚えがありません。
1033 Aは昔から浪費癖があり、金銭消費貸借契約書のとおり、令和4年8月当時、私は、Aの貸金
1034 業者に対する約200万円の借入れについて保証人になっていました。私は、Aから、友人の車
1035 を分割払で買うので保証人になってほしいと言われましたが、年金振込通知書のとおり、当時、
1036 月15万円の年金暮らしで生活に余裕がありませんでしたので、さすがにこれ以上は無理だと言
1037 って断りました。私の日記の同月9日の欄にも、「Aから車購入の相談。保証はさすがに断
1038 る。」と記載されています。
1039 ちょうど同じ令和4年8月にAが就職し、私の自宅を出て一人暮らしをすることになり、アパ
1040 ートの賃貸借契約を結ぶことになりましたが、賃貸借契約に保証人が必要とのことでしたので、
1041 私は、保証人になることを承諾し、Aに私の実印を預け、印鑑登録証明書を渡したことがありま
1042 した。実印は1週間くらいで返してもらいましたが、この時に預けた実印を悪用し、本件契約書
1043 に私の実印を無断で押したのだと思います。なお、本件契約書の私名義の署名は、私の筆跡に似
1044 てはいますが、私が記載したものではありません。
1045 令和4年8月17日、知らない男性から電話があって、保証がどうとか言われましたので、私
1046 は、Aがアパートを借りた際の不動産仲介業者だろうと思い、適当に相づちを打ってしまいまし
1047 た。この電話の際に、相手から車の売買の件であるなどといった説明はありませんでした。」
1048 以上を前提に、以下の各問いに答えなさい。
1049
1050
1051 弁護士Qは、本件契約書のY作成部分の成立を否認するに当たり、次のように理由(民事訴訟
1052 規則第145条)を述べた。以下のD及びEに入る陳述内容を記載しなさい。
1053 「本件契約書のY名義の印影が〔
1054
1055 D
1056
1057 〕ことは認めるが、同印影が〔
1058
1059 E
1060
1061 〕ことは否認す
1062
1063 る。YがAに預託した実印を、Aが預託の趣旨に反して冒用したものである。」
1064
1065
1066 弁護士Pは、本件訴訟の第3回口頭弁論期日までに、準備書面を提出することを予定してい
1067 る。その準備書面において、弁護士Pは、前記の提出された書証並びに前記【Xの供述内容】及
1068 び【Yの供述内容】と同内容のX及びYの本人尋問における供述に基づいて、本件保証契約が締
1069 結された事実が認められることにつき、主張を展開したいと考えている。弁護士Pにおいて、上
1070 記準備書面に記載すべき内容を、提出された書証や両者の供述から認定することができる事実を
1071 踏まえて、答案用紙1ページ程度の分量で記載しなさい。なお、記載に際しては、本件契約書の
1072 Y作成部分の成立の真正に関する争いについても言及すること。
1073
1074 (別紙)
1075 (注)斜体部分は全て手書きである。
1076 売買契約書
1077 1
1078
1079 売主甲( ])は、買主乙(A)に対し、別紙目録(省略)記載の車両を代金24
1080 0万円で売却する。
1081
1082 2
1083
1084 乙は、甲に対し、前項の代金240万円を、次のとおり分割して支払う。
1085 令和4年8月から令和6年7月まで 毎月末日限り10万円ずつ(24回払)
1086
1087 3
1088
1089 連帯保証人丙(Y)は、甲に対し、乙の甲に対する第1項及び前項の代金支払債
1090
1091 務を連帯して保証する。
1092 4 (以下略)
1093 令和 4 年 8 月 17 日
1094 甲(売主)
1095 X
1096
1097 X印
1098
1099 A
1100 Y
1101
1102 A印
1103 Y印
1104
1105 乙(買主)
1106 丙(連帯保証人)
1107
1108 (出題の趣旨)
1109 設問1は、保証契約に基づく保証債務履行請求権が問題となる訴訟において、原
1110 告の希望に応じた訴訟物、請求の趣旨及び請求を理由づける事実を整理するととも
1111 に、主たる債務である売買契約に基づく代金支払請求権につき分割払いの合意があ
1112 る場合の期限の利益喪失事由について請求を理由づける事実として訴状に記載すべ
1113 きか否かの検討を求めるものであり、前記訴訟物の法律要件及び要件事実の正確な
1114 理解が問われている。また、仮差押命令の申立てに当たり疎明すべき保全の必要性
1115 について、債務者の資産状況に即して具体的に検討することが求められている。
1116 設問2は、設問1の請求原因に対する抗弁として機能するために必要な要件事実
1117 及びその事実が必要となる理由の説明を求めるものである。主たる債務者の錯誤に
1118 基づく取消権を理由とする保証人の履行拒絶(民法第457条第3項)につき、法
1119 律要件及び要件事実の理解が問われている。
1120 設問3は、設問2の抗弁に対する再抗弁として機能するために必要な要件事実及
1121 びその事実が必要となる理由の説明を求めるものである。法定追認(民法第125
1122 条第1号)に関する法律要件及び要件事実の理解が問われている。
1123 設問4は、本件契約書(Y作成部分)につき、Yの印章により顕出された印影が
1124 あり、いわゆる二段の推定が働くことを前提に、被告が文書の成立を否認する理由
1125 を整理した上で、原告代理人の立場から、本件契約書(Y作成部分)が要証事実で
1126 ある保証契約締結の事実についての直接証拠となることを踏まえつつ、要証事実の
1127 存否につき、原告に有利・不利な複数の事実を適切に分析・評価しながら、本件契
1128 約書(Y作成部分)が真正に成立したものであり、要証事実が認められるという点
1129 を、説得的に論述することが求められる。
1130
1131 [刑
1132
1133 事]
1134
1135 次の【事例】を読んで、後記〔設問〕に答えなさい。
1136 【事例】
1137 1
1138
1139 V(25歳、男性)は、令和5年6月1日午前8時頃、H県I市内のQ公園内ベンチに座り、
1140 同ベンチ上に財布が入った水色のリュックサックを置いていた。Vがうとうとしていたところ、
1141 同ベンチの背後から、男(以下「犯人」という。)が手を伸ばし、リュックサックをつかんだ。
1142 Vが人の気配を感じて目を覚まし、リュックサックがないことに気付いて周りを確認すると、リ
1143 ュックサックを肩に掛けて逃走する犯人の後ろ姿が数十メートル先に見えた。そこで、Vは「待
1144 て、泥棒。」と叫び、犯人を追い掛けた。Vは犯人に追い付き、犯人の背後から、犯人が着用し
1145 ていたパーカーのフード部分を右手でつかみ、左手で犯人の上半身を抱きかかえようとした。す
1146 ると、犯人は、リュックサックを前方に投げ、「やめろ、離せ。」と言って、Vの左手を自分の
1147 左手で払い、右手を勢いよく後ろに振った。犯人の右手の甲がVの頬と鼻に当たり、Vはその衝
1148 撃でフードから手を離した。そして、犯人はVの方に向き直り、Vの胸部を正面から両手で押
1149 し、Vは尻餅をついた。Vはすぐさま起き上がり犯人を追い掛けようとしたが、公園の芝生が湿
1150 っていたため転倒してしまった。その隙に、犯人は、リュックサックを拾い、付近に停めてあっ
1151 た赤色の自転車に乗って逃走した。Vは、自転車で逃走する犯人を走って追い掛けたが、Q公園
1152 正面出入口付近で犯人を見失った。なお、本件事件の目撃者はいなかった。
1153
1154 2
1155
1156 Vは、ズボンのポケットに入れていた携帯電話で110番通報をし、同日午前8時15分頃、
1157 I警察署の司法警察員KらがQ公園に臨場した。Vは、Kに、前記被害状況に加え、Vのリュッ
1158 クサックの中には、前日に給料として受け取った現金22万9500円(一万円札22枚、五千
1159 円札1枚、千円札4枚、五百円硬貨1枚)とNKドラッグストアの会員カード1枚在中の財布が
1160 あったこと、財布は、茶色の革製で二つ折りであることを説明した。そして、犯人については、
1161 「見たことのない男で、身長は170センチメートルくらいで細身だった。年齢は60歳前後だ
1162 と思う。黒い帽子と黒いマスクを着けており、上下紺色の着衣で、白いスニーカーを履いてい
1163 た。上着はパーカーでフードが付いていた。私は、リュックサックを取り戻すために同フードを
1164 引っ張ったが、男は暴れて抵抗し、最後は倒されて強くお尻を打った。今も痛む。」と供述し
1165 た。
1166 Vは、高校卒業後、とび職人として建築現場で稼働しており、身長175センチメートル、体
1167 重75キログラムで、週4回はジムでトレーニングをする習慣があった。
1168 Kらは、引き続きQ公園の実況見分を行った。Q公園は、広大な敷地を有する公園であり、V
1169 が座っていたベンチは、一周400メートルのジョギングコースに沿って設置されていた。
1170 Kらが、Q公園正面出入口に設置してある防犯カメラ1台の画像を確認したところ、同日午前
1171 7時45分頃、黒い帽子と黒いマスクを着け、紺色のパーカーとズボンを着用し、白いスニーカ
1172 ーを履いた人物が、赤色の自転車に乗って同正面出入口からQ公園敷地内に入ってきて、午前8
1173 時9分頃、同一の人物が、水色のリュックサックを背負い、赤色の自転車に乗ってQ公園を出
1174 て、I市内のX駅方面に走り去っていく姿が撮影されていた。Vが座っていたベンチ付近には防
1175 犯カメラは設置されておらず、被害状況は確認できなかった。Kらは、Q公園に設置してあるそ
1176 の他の防犯カメラ画像も確認したが、犯人と思われる人物は撮影されていなかった。
1177 その後、Vは、KらとI警察署に行き、本件事件の被害届を提出し、前記被害状況等に関する
1178 Vの司法警察員面前調書が作成された。Kは、Vに、医師の診断を受けるよう伝え、Vは帰宅し
1179 た。
1180
1181 3
1182
1183 同日午後1時20分頃、Kは、Q公園から約2キロメートル離れたX駅付近を警ら中、X駅前
1184
1185 の路地で、前記防犯カメラに撮影されていた人物と同様、黒い帽子と黒いマスクを着け、紺色の
1186 パーカーとズボンを着用し、白いスニーカーを履いた男を発見した。その男は、水色リュックサ
1187 ックを背負っていた。そこで、Kが、男に話を聞こうと近付いて行ったところ、男は駆け出し
1188 た。Kが男に追い付いて停止させた上、「そのリュックサックはあなたの物ですか。」と聞く
1189 と、男は、「そうです。」と答えた。Kが、「何が入っているのですか。」と聞くと、男は、
1190 「中を見たければどうぞ。」と言ってリュックサックをKに渡した。Kが中を確認すると、茶色
1191 の革製二つ折り財布が入っており、その中に現金22万9500円(一万円札22枚、五千円札
1192 1枚、千円札4枚、五百円硬貨1枚)とNKドラッグストアの会員カード(無記名で会員カード
1193 番号が記載されているもの)1枚が入っていた。Kが、身分を証明するものを見せてほしいと言
1194 うと、男は、「今は持っていない。家に来てくれれば自動車運転免許証はある。」と答えたた
1195 め、Kは、男の了承を得て、一緒に男の家に向かった。
1196 男の家は、X駅から徒歩で約10分の場所にあるアパートであった。自室前には赤色の自転車
1197 が停めてあったため、Kが「これはあなたの自転車ですか。」と聞くと、男は「そうです。」と
1198 答えた。
1199 男は、Kに自動車運転免許証を提示した。男の氏名はA(65歳、身長168センチメート
1200 ル、体重55キログラム)であった。Aは、「私はこの家に一人で住んでいます。1年前から体
1201 調が良くなく、現在は無職で生活保護を受けています。」と述べたため、Kが「生活保護を受け
1202 ながら約23万円ものお金を財布に入れていたのはなぜですか。」と聞くと、Aは「すみませ
1203 ん。実は、水色のリュックサックとその中の財布は、今日午後1時頃、X駅前のバス乗り場ベン
1204 チ横のごみ箱に捨ててあったので拾いました。お金が入っていたので、警察に届けた方がいいの
1205 ではないかと思いながら持っていたら警察に声を掛けられました。前科があるので、本当のこと
1206 を言っても警察に捕まるのではないかと怖くなり嘘をついてしまいました。」と述べた。その
1207 後、Kが確認をしたところ、Aは、現在は無職で、I市の生活保護を受けており、傷害や暴行の
1208 前科が複数あることが判明した。Kは、AにI警察署への任意同行を求め、Aはこれに応じ、K
1209 とAは、同日午後2時頃、I警察署に到着した。
1210 4
1211
1212 その頃、警察から連絡を受けたVがI警察署を訪れ、Aが所持していた物品を確認し、「水色
1213 のリュックサックと財布、その中に入っている現金や会員カードは私の物です。」と述べた。そ
1214 して、Vは、事情聴取を受けているAを別室からマジックミラー越しに確認し、「犯人と目元が
1215 似ており同一人物であると思う。ただ、犯人はマスクをしていたので断定はできない。」と述べ
1216 た。同日、Vは、病院へ行って診察を受けており、「左足首捻挫、全治約10日間」と記載され
1217 た診断書をKに提出した。Kは、Vの左足首が腫れているのを確認したので、同部位を写真撮影
1218 した。
1219 そして、Kは、Aの逮捕状の発付を得て、同日午後6時30分頃、Aを、強盗致傷の被疑事実
1220 で逮捕した。Aは、Kによる弁解録取において、「私は、Q公園で、リュックサックを盗んだ
1221 り、人を殴ったりしていない。これ以上何も話したくない。」と述べ、その後黙秘した。
1222
1223 5
1224
1225 同年6月2日、Aは、強盗致傷(刑法240条前段)の送致事実(別紙のとおり)によりH地
1226 方検察庁検察官Pに送致された。
1227 @Pは、本件事件記録を確認し、Aが所持していた財布在中のNKドラッグストア会員カード
1228 の会員登録情報の捜査記録がなかったことから、Kに連絡をしたところ、捜査未了であったた
1229 め、この点につき捜査するように指示をした。
1230 その後、Aは、Pによる弁解録取においても黙秘し、所要の手続を経て、同日中に勾留され
1231 た。
1232
1233 6
1234
1235 同日、Aに国選弁護人Bが選任され、同日中にBはAと接見した。Aは、Bに対し、「私は強
1236 盗などしていない。無実の罪で捕まっている。自宅に帰りたい。」と述べた。
1237 Bは、Aを早期に身体拘束から解放すべきであると考えた。そこで、Bの法律事務所に勉強に
1238
1239 来ている学生甲、乙及び丙の3名に、勾留されている被疑者を解放する方法としてどのような手
1240 続が考えられるかと尋ねたところ、各人は次のように発言した。
1241 甲「勾留理由開示の請求をすべきだ。」
1242 乙「保釈の請求をすべきだ。」
1243 丙「勾留に対する準抗告の申立てをすべきだ。」
1244 同年6月3日、ABは、勾留の理由及び必要性がないとして裁判所に準抗告を申し立てた。こ
1245 れに対し、裁判所は、同日、その準抗告を棄却した。
1246 7
1247
1248 同年6月4日、Aが所持していた財布在中のNKドラッグストアの会員カードの会員登録情報
1249 につき、所要の捜査により、同カードはVのものであることが判明した。
1250 Aが前記のとおり、「水色のリュックサックは、6月1日午後1時頃、X駅前のバス乗り場ベ
1251 ンチ横のごみ箱に捨ててあったので拾った。」と述べたことから、Kらは、同年6月7日、I市
1252 内X駅前に設置されている複数の防犯カメラにつき、保存されていた同年5月30日から同年6
1253 月1日までの間の画像を確認したところ、X駅前のバス乗り場周辺が撮影されている画像に、A
1254 や水色リュックサックは撮影されていなかった。
1255 同年6月15日、Pは、Vの事情聴取を実施し、Vの検察官面前調書を作成した。Vは、前記
1256 被害状況等に加え、「私の左手で、犯人の上半身を背後から抱きかかえようとした際、犯人の体
1257 に触れた。そのとき細い体だと思った。犯人は、私の左手を振り払って、右手を勢いよく後ろに
1258 振った。犯人の右手は私の頬と鼻に強く当たり、目の前に火花が散ったような衝撃があった。一
1259 瞬何が起きたのか分からず、思わず手を離してしまった。すると、Aが私の方を向いて正面から
1260 私の胸の部分を両手で勢いよく押してきたので、私は後ろに倒れて尻餅をついた。あの細さから
1261 は想像がつかない強さだったのでびっくりした。すぐに起き上がって追い掛けたが、芝生が濡れ
1262 ており、足を滑らせて転倒した。その時、足首をひねったがそのまま追い掛けたので痛めてしま
1263 った。病院で、左足首捻挫の診断を受けたが、生活に支障はなかった。顔とお尻も医者に診ても
1264 らったが怪我はなかった。」と述べた。
1265 Pは、所要の捜査を遂げ、Aが所持していた水色リュックサック並びに現金及びNKドラッグ
1266 ストアの会員カード在中の財布がVの物であり、本件の被害品であると判断した。そして、BP
1267 は、本件犯人がAであることにつき、Aが被害品を所持していたことは重要な事実であるが、そ
1268 れのみでは不十分であり、それ以外の事実も加えることでAが犯人であることを立証できると考
1269 えた。
1270 以上の検討を踏まえ、CPは、Aにつき、窃盗と暴行の公訴事実(別紙のとおり)で公判請求
1271 した。
1272
1273 8
1274
1275 その後、Aは接見において、Bに、「私は、Q公園に行っていない。6月1日は自宅にいた。
1276 昼になってX駅の方に向かい、リュックサックは警察官に声を掛けられる直前に拾った。拾った
1277 場所は、X駅前のバス停付近にあるごみ箱だったと思うが、ほかの場所かもしれない。」旨説明
1278 した。Aの説明を踏まえ、Bは、Aと犯人との同一性(犯人性)を争う方針を固めた。
1279
1280 9
1281
1282 第1回公判期日の罪状認否において、Aは「身に覚えがない。」と述べた。
1283 証拠調べ手続において、Pは、関係各証拠の取調べを請求したが、このうち、「被害状況等」
1284 を立証趣旨とするVの検察官面前調書について、DBは「不同意」と述べた。また、「本件後の
1285 Vの左足首の状況」を立証趣旨とするKが撮影したVの左足首の写真について、EBは「異議あ
1286 り。」と述べた。
1287
1288 〔設問1〕
1289
1290
1291 検察官Pが下線部@の指示をした理由を答えなさい。
1292
1293
1294
1295 検察官Pが、下線部Bのとおり、本件の犯人がAであると認定するに当たり、Aが被害品を所
1296 持していた事実が重要であると考えた理由及びその事実のみでは不十分だと考えた理由を、それ
1297
1298 ぞれ具体的な事実を指摘しつつ答えなさい。
1299 〔設問2〕
1300 下線部Aにつき、弁護人Bが、Aを早期に身体拘束から解放するために
1301
1302
1303 甲及び乙が提案した各手続を採らなかった理由
1304
1305
1306
1307 丙が提案した手続を採った理由
1308
1309 を各手続の根拠条文を挙げつつ答えなさい。
1310 〔設問3〕
1311 下線部Cにつき、検察官Pが、送致事実の強盗致傷ではなく、別紙記載の公訴事実でAを公判請
1312 求した理由につき、具体的な事実を指摘しつつ答えなさい。なお、Vの供述は信用できるものとし
1313 て検討すれば足りる。
1314 〔設問4〕
1315
1316
1317 下線部Dの弁護人Bの意見を踏まえて、その後想定される検察官Pの対応を答えなさい。
1318
1319
1320
1321 下線部Eにつき、異議の法的性質及び異議の理由を述べ、その後想定される裁判所の対応を答
1322 えなさい。
1323
1324 (別紙)
1325
1326 ※具体的な犯行場所や被害品時価合計金額は省略
1327 送
1328
1329 致
1330
1331 事
1332
1333 実
1334
1335 被疑者は、令和5年6月1日午前8時頃、H県I市内所在のQ公園において、V所有の現金22
1336 万9500円及び財布ほか1点在中のリュックサック(時価合計約○円相当)を窃取して逃走した
1337 ところ、Vにその犯行を発見されて追跡され、同公園内において追い付かれて取り押さえられる
1338 や、逮捕を免れるため、V(当時25歳)に対し、その顔面を手の甲で1回殴打し、さらに、その
1339 胸部を両手で押してVを転倒させる暴行を加え、同人に全治約10日間を要する左足首捻挫の傷害
1340 を負わせたものである。
1341
1342 公
1343
1344 訴
1345
1346 事
1347
1348 実
1349
1350 被告人は
1351 第1
1352
1353 令和5年6月1日午前8時頃、H県I市内所在のQ公園において、V所有の現金22万9
1354 500円及び財布ほか1点在中のリュックサック(時価合計約○円相当)を窃取し
1355
1356 第2
1357
1358 前記日時場所において、V(当時25歳)に対し、その顔面を手の甲で1回殴打し、さら
1359 に、その胸部を両手で押して同人を転倒させる暴行を加え
1360
1361 たものである。
1362 罪
1363
1364 名
1365
1366 及
1367
1368 び
1369
1370 罰
1371
1372 条
1373
1374 第1
1375
1376 窃
1377
1378 盗
1379
1380 刑法235条
1381
1382 第2
1383
1384 暴
1385
1386 行
1387
1388 同法208条
1389
1390 (出題の趣旨)
1391 本問は、犯人性及び実行行為性が問題となる強盗致傷事件を題材に、犯人性の認
1392 定における被害品の近接所持の推認力(設問1)、被疑者を身体拘束から解放する
1393 手段(設問2)、事後強盗罪における暴行の実行行為性の判断要素等(設問3)、
1394 検察官請求証拠に対する弁護人の意見を踏まえたその後の公判手続の進行の在り方
1395 (設問4)について、【事例】に現れた証拠や事実、手続の経過を適切に把握した
1396 上で、法曹三者それぞれの立場から、その思考過程及び採るべき具体的対応につい
1397 て解答することを求めており、刑事事実認定の基本構造、刑事実体法及び刑事手続
1398 法についての基本的理解並びに基礎的実務能力を確認するものである。
1399
1400 [倒
1401
1402 産
1403
1404 法]
1405
1406 次の文章を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
1407 【事例】
1408 A社は、高級婦人服を中心とし、学生服の販売も手掛けている総合衣料品店を経営している、資
1409 本金1000万円の株式会社である。A社は、衣料品の販売不振や販売商品の多角化による事業拡
1410 大の失敗により、総額2億円の負債を抱えて債務超過に陥り、令和5年3月1日、再生手続開始の
1411 申立てをした。裁判所は、同日、監督命令を発令し、同月8日、A社について再生手続開始の決定
1412 をした。なお、監督命令と同時に発令された弁済禁止の保全処分において、10万円以下の債務は
1413 弁済禁止の対象外とされた。
1414 A社の株主は2名で、株主構成としては、B(A社の代表取締役)が60株を、Bの父であるC
1415 が40株を保有している。
1416 A社の再生手続開始の決定時の債権者は、金融機関が計3社、衣料品の製造委託先10社や販売
1417 商品の仕入先20社を含む商取引先が計50社、A社の店舗で使用することができるクーポン券の
1418 保有者が300名である。
1419 〔設問1〕
1420 以下の小問からまでに答えなさい(各小問は独立した問題である。)。
1421
1422
1423 販売商品の仕入先20社は、A社にとって、いずれも他の仕入先を見付けることも可能な取引
1424 先であり、取引継続の必要性の高い取引先ではない。仕入先20社は、再生手続開始の決定後で
1425 ある令和5年3月13日から同月15日までの間にかけて、同年2月末日までに納品した商品に
1426 ついての未払売買代金を約定どおりに支払ってほしいとA社に伝えてきている。
1427 A社は、仕入先20社に対し、未払売買代金を約定どおりに支払うことができるか、説明しな
1428 さい。
1429
1430
1431
1432 クーポン券は、令和5年2月末日までに、A社の店舗で学生服を購入した者に対し、購入金額
1433 に応じて配布されたもので、額面が1000円であり、A社の店舗において、購入した学生服の
1434 仕立て直しや校章入りワイシャツの購入などをする際に、金券として使用することができる。ク
1435 ーポン券を最も多く保有する者は、1人で10枚(額面合計1万円)を保有している。クーポン
1436 券の保有者300名が有するクーポン券の額面総額は、合計100万円である。A社は、再生手
1437 続開始の決定後の同年3月13日、A社を学生服の指定販売店とする複数の学校から、保護者か
1438 ら学校に問合せが相次いでいるので、直ちに対応してもらいたいとの連絡を受けた。学校からの
1439 連絡によれば、保護者は、学生服の仕立て直しや校章入りワイシャツの購入などをする際のクー
1440 ポン券の使用に支障が出るのかについて不安があるようであり、クーポン券を使用することがで
1441 きない場合には、店舗での混乱も予想される状況であった。
1442 A社として、再生手続開始の決定後、店舗での混乱を回避し、再生手続を円滑に進めるため
1443 に、保護者の要望に応じてクーポン券を使用させることができるか、クーポン券の保有者の権利
1444 が再生手続においてどのように取り扱われるかを述べた上で論じなさい。
1445
1446
1447
1448 製造委託先10社のうち高級服の製造を委託しているD社、E社及びF社(以下「D社ら」と
1449 いう。)は、その縫製技術の高さから、早期に代替先を確保することが難しい委託先であり、A
1450 社販売の高級服を愛用する顧客層を維持するためにも不可欠な取引先である。再生手続開始の決
1451 定後の令和5年3月9日にA社がD社らに連絡を取ったところ、D社らは、A社に対し、いずれ
1452 もA社との取引継続に理解を示したが、同年2月末日までに納品した高級服についての未払委託
1453 料が約定期限である同年3月31日までに支払われなければ、新たな取引はしないと伝えた。D
1454
1455 社、E社及びF社に対する未払委託料は、それぞれ60万円、70万円、80万円である。A社
1456 としては、事業価値の劣化を回避するためにも、D社らについて、その要望に応じて、未払委託
1457 料を約定期限までに支払って今後も取引を続けたいと考えている。
1458 A社として、D社らに対する未払委託料を約定期限までに支払うことができるか、論じなさ
1459 い。
1460 〔設問2〕
1461 Bは、A社の事業に関心を示してきた高級紳士服店を経営するG社に事業の全部の譲渡を行い、
1462 その譲渡代金により、債権者に一括して弁済したいと考えている。そこで、Bは、再生計画により
1463 事業譲渡を行うことも検討したが、その間の事業価値の劣化により、譲渡代金の低下やそれに伴う
1464 弁済率の低下も予想されたことから、早期に再生計画によらずにG社への事業譲渡を行いたいと考
1465 えている。これに対し、A社の創業者であるCは、事業規模縮小による自主再建を目指したいと考
1466 えており、事業譲渡を行うというBの方針に反対の意向を示している。Bが想定するG社への事業
1467 譲渡の対価は、公認会計士作成の資料によれば適正な価格である。
1468 A社として、再生計画によらずに事業譲渡を迅速に行うために、民事再生法上、どのような方策
1469 を採ることができるか、その場合の裁判所における手続についても触れつつ論じなさい。
1470
1471 (出題の趣旨)
1472 設問1は、事例を題材に、再生債権の概念についての理解及び再生債権について
1473 は再生手続開始後は再生計画によることなく個別の弁済等をすることが原則として
1474 禁止されていることとその例外についての理解を問うものである。
1475 小問(1)においては、再生債権の定義を条文(民事再生法(以下「法」とい
1476 う。)第84条第1項)とともに摘示した上で、支払先20社に対する未払売買代
1477 金について、必要な事実を摘示して当てはめをすることが求められる。また、再生
1478 手続開始後は、再生債権は再生計画によることなく個別の弁済をすることができな
1479 いことを条文(法第85条第1項)とともに摘示した上で、結論を論ずることが求
1480 められる。
1481 小問(2)においては、問題文にある事実を踏まえてクーポン券保有者の権利が
1482 「財産上の請求権」に該当することを論じ、更に必要な事実を摘示して再生債権の
1483 定義への当てはめをして、原則として再生計画によることなく個別に使用させるこ
1484 とができないことを指摘することが求められる。そして、その例外として再生計画
1485 によることなく個別に使用させることが認められるかに関して、問題文の事実か
1486 ら、法第85条第5項前段の場面であることについて、その要件を条文とともに摘
1487 示した上で必要な事実を摘示して当てはめをし、結論を論ずることが求められる。
1488 小問(3)においては、D社らに対する未払委託料について、必要な事実を摘示
1489 して再生債権の定義への当てはめをし、原則として再生計画によることなく個別の
1490 弁済をすることができないことを指摘することが求められる。そして、その例外と
1491 して再生計画によることなく個別の弁済が認められるかに関して、問題文の事実か
1492 ら、法第85条第5項後段の場面であることについて、その要件を条文とともに摘
1493 示した上で必要な事実を摘示して当てはめをし、結論を論ずることが求められる。
1494 設問2は、事例を題材に、再生手続開始後に再生計画によることなく事業譲渡を
1495
1496 する場合に必要とされる裁判所の許可について、その要件や手続についての理解を
1497 問うものである。
1498 再生手続開始後に再生計画によることなく事業譲渡をする場合に必要とされる裁
1499 判所の許可について、その要件を条文(法第42条第1項第1号)とともに摘示し
1500 た上で必要な事実を摘示して当てはめをすること、また、その際の手続について条
1501 文(摘示する手続に対応する条文)とともに説明することが求められる。
1502 さらに、A社が株式会社であることから事業譲渡をするために株主総会の特別決
1503 議による承認が必要であることを条文(会社法第467条第1項第1号、第309
1504 条第2項第11号)とともに摘示した上で、問題文にある事実を踏まえてその承認
1505 を得ることが困難であることを指摘し、株主総会の特別決議による承認に代わる裁
1506 判所の許可(代替許可)を得ることが考えられること及びその要件を条文(法第4
1507 3条第1項)とともに摘示した上で必要な事実を摘示して当てはめをし、結論を論
1508 ずることが求められる。
1509
1510 [租
1511
1512 税
1513
1514 法]
1515
1516 A社は、毎年4月1日から翌年3月31日までの期間を事業年度とする株式会社である。A社
1517 は、平成20年6月1日、甲土地をその時点における時価である1000万円の対価により取得した。
1518 A社は、平成29年頃から、甲土地の売却先を探していたが、適当な相手が見付からず、結局、
1519 平成30年6月1日、A社の取締役の一人であるBとの間で甲土地を2000万円で売却する旨の
1520 売買契約を締結した。同日、BがA社に売買代金を支払うとともに、A社はBに対して甲土地を引
1521 き渡し、所有権移転登記を了した(以下、この取引を「本件売買」という。)。A社は、本件売買
1522 時における甲土地の時価が2000万円であるという前提で、平成30年4月1日から平成31年
1523 3月31日までの期間の事業年度(以下「平成31年3月期」という。)に係る法人税の申告・納
1524 付をした。
1525 Bは、令和2年4月1日、その子であるCに、甲土地を贈与した。ただし、この贈与には、Bの
1526 D銀行に対する2500万円の金銭支払債務をCが引き受ける旨の負担が付いていた(以下、この
1527 贈与を「本件贈与」という。)。同日、甲土地はBからCに引き渡され、所有権移転登記を了し
1528 た。なお、本件贈与時における甲土地の時価は、5500万円である。
1529 所轄税務署長Yは、令和2年6月1日、本件売買時における甲土地の時価は3000万円であ
1530 り、売買代金との差額である1000万円はA社からBに対する役員給与に当たるとして、A社に
1531 対して平成31年3月期の法人税の更正処分等をした(以下「本件処分等」という。)。A社は、
1532 これに対して、適法な不服申立てを経て訴訟を提起しており、本件売買時における甲土地の時価は
1533 2000万円であることを主張している。
1534 Cは、令和4年4月1日、不動産業者に、甲土地を6000万円の対価により譲渡した。
1535 〔設問〕
1536 1
1537
1538 本件売買に関して次の問いに答えなさい。
1539
1540
1541 本件売買についてYの認定に従うならば、平成31年3月期において、本件売買によりA社に
1542 生じる益金及び損金の額はどうなるか。
1543
1544
1545
1546 Yが令和2年6月1日に行った「本件処分等」には、平成31年3月期の法人税の更正処分の
1547 他に、どのような行政処分が含まれる可能性があるか。ただし、地方法人税及び復興特別所得税
1548 は考慮しなくてよい。
1549
1550 2
1551
1552 本件贈与に関して次の問いに答えなさい。
1553
1554
1555 本件贈与は、所得税法第60条第1項第1号に規定される「贈与」に当たるか。
1556
1557
1558
1559 本件売買時における甲土地の時価が2000万円であることを前提として、本件贈与によって
1560 生じるBの所得税の課税関係、及び本件贈与により甲土地を取得したCにとっての甲土地の取得
1561 費について説明しなさい。なお、甲土地に関しては、問題文中に記された以外の取得費又は譲渡
1562 費用はないものとする。
1563
1564
1565
1566 本件売買についてのYの認定を前提として、本件贈与によって生じるBの所得税の課税関係、
1567 及び本件贈与により甲土地を取得したCにとっての甲土地の取得費について説明しなさい。な
1568 お、甲土地に関しては、問題文中に記された以外の取得費又は譲渡費用はないものとする。
1569
1570 (参照条文)
1571
1572 所得税法施行令
1573
1574 (時価による譲渡とみなす低額譲渡の範囲)
1575 第169条
1576
1577 法第59条第1項第2号(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)に規定する政令で定め
1578
1579 る額は、同項に規定する山林又は譲渡所得の基因となる資産の譲渡の時における価額の2分の1
1580 に満たない金額とする。
1581
1582 (出題の趣旨)
1583 本問では、法人から個人(役員)、更に別の個人へと土地が転々譲渡された事例
1584 を題材として、法人税法、所得税法及び国税通則法の基本的な事項についての理解
1585 が問われている。
1586 まず設問1(1)は、法人から役員個人に資産が譲渡された場合の益金及び損金
1587 の算定が問われている。設問のように税務署長Yの認定に従うとすれば、A社は1
1588 000万円で取得した土地を時価より低い価額で譲渡したことになる。この場合
1589 に、益金及び損金の算定上、法人税法のどの条文が適用されるか、一つ一つ丁寧に
1590 論じればよい。その上で、法人は本来受け取るべき対価1000万円を受け取らな
1591 いという形で経済的利益を役員Bに与えたとする認定に沿って、この経済的価値の
1592 移転が単純に損金算入できるかどうか、役員給与に係る「別段の定め」の処理を適
1593 切に行うことが求められている。
1594 設問1(2)は、役員給与が関わる事案では、「給与」の支払者としての法人の
1595 所得税の源泉徴収義務が問題になること、及び法人税の過少申告や源泉所得税の不
1596 納付には加算税が賦課されること、が理解できているかを問うている。租税法の学
1597 習において、実際の判例を読む習慣を付けていれば容易に答えられる問題であろ
1598 う。
1599 設問2(1)は、親子間での負担付贈与の問題であり、著名な最高裁判例(最判
1600 昭和63年7月19日集民第154号443頁)の存在を踏まえた解答が求められ
1601 る。ここで借用概念の解釈方法にも触れることができれば、より厚みのある答案と
1602 なろう。譲渡所得の意義と所得税法60条の課税繰延べの制度趣旨に照らして、贈
1603 与者に経済的利益を生じさせる負担付贈与が同条第1項第1号にいう「贈与」に含ま
1604 れないことを的確に指摘する必要がある。
1605 設問2(2)では、贈与者に経済的な利益を生じさせる負担付贈与の所得税にお
1606 ける扱い、及び、譲渡所得金額算定の基本的な仕組み、についての理解が問われて
1607 いる。小問(1)の誘導にうまく乗れば、「贈与」ゆえに課税繰延べという誤った
1608 処理に陥ることは避けられよう。小問(3)は、小問(2)との事実関係の違いに
1609 よって、課税関係がどのように変わるかを問う。ここでは第1に、個人が法人から
1610 資産を低額で譲り受けた場合における、その資産の取得費が問題となる。これは所
1611 得税法に明文規定がない問題であるので、解釈の論拠を適切に述べることが求めら
1612 れる。第2に、個人間における資産の低額譲渡で譲渡損が生じている場合におけ
1613 る、条文の適用関係を正確に理解しているかどうかが問われている。
1614
1615 [経
1616
1617 済
1618
1619 法]
1620
1621 甲製品は特有の機能を有する事務機器であり、甲製品に代替できる製品はない。我が国における
1622 甲製品のメーカーとして、A社、B社、C社、D社及びE社の5社(以下「5社」という。)があ
1623 り、令和4年における各社のシェア(甲製品の国内における総販売額に占める各社の販売額の割
1624 合)は、それぞれ、30パーセント、25パーセント、20パーセント、15パーセント、10パ
1625 ーセントとなっている。なお、輸入は事実上行われていない。また、5社は、甲製品事業の振興と
1626 共通の利益の増進を目的として、一般社団法人日本甲製品協会(以下「甲製品協会」という。)を
1627 設立している。
1628 5社は、それぞれ、甲製品を直接ユーザーに販売している。甲製品の需要の大部分は買換えに伴
1629 うものであり、一般に、ユーザーは数年ごとに甲製品を買い換えている。甲製品について、メーカ
1630 ーごとの性能、使用方法等に大きな違いはないことから、ユーザーは買換えに際して異なるメーカ
1631 ーの甲製品を選択することが少なくなく、5社間でユーザーの争奪が活発に行われてきている。
1632 使用済みとなった甲製品については、従来、メーカーがユーザーから無償で引き取り、整備等を
1633 行った上で中古品として販売することもあるが、多くは産業廃棄物処理業者に委託して廃棄してい
1634 たほか、ユーザーが自ら廃棄していた。
1635 ところが、数年前、法令により、使用済みの甲製品(整備等を行った上で中古品として販売され
1636 るものを除く。以下同じ。)について、製造販売したメーカーが回収し、再利用が可能な部品等を
1637 取り出し、洗浄・検査等を行って、甲製品の部品等としての再利用を可能とすること(以下「リサ
1638 イクル」という。)が義務付けられ、所要の準備期間を置いて令和5年4月1日から施行されるこ
1639 ととなった。リサイクルを義務付ける法令には、リサイクルに要する費用(以下「リサイクル費
1640 用」という。)について、メーカーは合理的な範囲でユーザーに負担を求めることができる旨定め
1641 られている。
1642 リサイクル費用は、回収した使用済みの甲製品から部品等を取り出して再利用が可能となるよう
1643 に処理すること(以下「処理」という。)に要する費用(処理施設を設置・運営する費用を含む。
1644 以下「処理費用」という。)と、回収した使用済みの甲製品の処理施設への運送及び再利用される
1645 部品等の処理施設から甲製品の製造・修理拠点への運送(以下、合わせて「運送」という。)に要
1646 する費用(以下「運送費用」という。)に大別される。また、部品等の再利用による製造費用の節
1647 減額はメーカーにより異なっているが、いずれのメーカーにおいても大きなものではない。
1648 使用済みの甲製品のリサイクルが義務付けられるに際し、甲製品協会において専門家を交えて対
1649 応を検討した。その結果、各メーカーの甲製品はいずれも日本全国で販売されており、処理施設は
1650 運送費用との関係で全国に複数箇所設置する必要があるところ、どのメーカーも単独では効率的な
1651 規模の処理施設を設置・運営することはできないことが判明した。このため、甲製品協会は、次の
1652 内容の甲製品のリサイクルシステム(以下「本リサイクルシステム」という。)を構築し、実施す
1653 ることを決定し、会員5社に参加を求めた。なお、会員の本リサイクルシステムへの参加義務や会
1654 員以外の者(新規参入者を含む。)の利用等に関しては、何ら取り決められていない。
1655 【本リサイクルシステム】
1656 甲製品協会は全国2箇所に処理施設を設置・運営し、メーカーは同施設に使用済みの甲製品
1657 の処理を委託する。また、運送は各メーカーが行う。
1658 甲製品協会は、令和5年4月1日から処理施設を運営することとし、処理を受託する対価と
1659 して、使用済みの甲製品1台当たりの処理費用の実費額(以下「処理単価」という。メーカーご
1660 とに金額の違いは設けない。)を決定し、メーカーから徴収する。処理単価は、甲製品のユーザ
1661 ー向け販売価格の10パーセント程度になる。
1662
1663 メーカーは、令和5年4月1日以降、ユーザーから使用済みの甲製品を回収するに当たり、
1664 リサイクル費用として、処理単価の1.5倍相当額をユーザーから徴収する。
1665 令和5年4月1日以降、5社は、いずれも本リサイクルシステムに参加しており、同システムは
1666 問題なく実施され、5社は、それぞれのユーザーから上記のリサイクル費用を徴収している。ま
1667 た、5社間では、ユーザーの争奪が引き続き活発に行われている。
1668 〔設問〕
1669 甲製品協会による本リサイクルシステムの構築・実施について、私的独占の禁止及び公正取引の
1670 確保に関する法律上の問題点を分析して検討しなさい。
1671
1672 (出題の趣旨)
1673 本問は、事業者団体の活動に対する、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関す
1674 る法律(以下「独占禁止法」という。)の適用に関するものであり、具体的には、
1675 事務機器である甲製品のメーカー5社が設立している事業者団体である甲製品協会
1676 が、法令上義務付けられた使用済みの甲製品のリサイクルを共同実施するという、
1677 社会公共目的に基づく事業者団体の活動に係る事案である。
1678 事業者団体の活動については、事業者の共同行為であって一定の取引分野におけ
1679 る競争の実質的制限を要件とする不当な取引制限(独占禁止法第2条第6項、第3
1680 条)の禁止に相当する同法第8条第1号に該当する行為の類型のほかに、公正競争
1681 阻害性を要件とする構成事業者の機能・活動を不当に制限する行為(同法第8条第
1682 4号)の類型もある。甲製品協会の上記の活動を評価するに当たっては、事業者に
1683 よる共同行為の場合と比較して、上記のいずれかの類型に該当しないかについて、
1684 より多面的な検討が求められる。
1685 なお、リサイクルの共同実施については、公正取引委員会が「リサイクル等に係
1686 る共同の取組に関する独占禁止法上の指針」(平成13年6月26日)を公表して
1687 おり、また、より包括的な「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する
1688 独占禁止法上の考え方」(令和5年3月31日)も作成されているが、本問は、こ
1689 うした公正取引委員会のガイドラインに関する知識そのものを問うものではない。
1690 まず、甲製品協会が事業者団体(独占禁止法第2条第2項)に該当することを確
1691 認する必要がある。また、甲製品協会において、本リサイクルシステムの構築が決
1692 定・実施されていることも本問の事情の下で明らかであって、行為主体は甲製品協
1693 会である。
1694 なお、甲製品協会のこうした活動について、実質的には構成事業者である5社の
1695 共同行為として捉え、不当な取引制限の観点から検討することもあり得ないわけで
1696 はないが、その際にはそうした捉え方をする論拠を述べておく必要がある。
1697 甲製品協会による本リサイクルシステムの構築・実施に関して独占禁止法上検討
1698 すべき行為としては、使用済みの甲製品のリサイクルを共同構築・実施すること自
1699 体に加えて、当該商品のリサイクル費用を決定し構成事業者にユーザーから徴収さ
1700 せる行為も識別することができる。後者は、本リサイクルシステムの一環ではある
1701 が、リサイクルの共同実施に不可欠のものでも付随的なものでもなく、別個独立し
1702
1703 て独占禁止法上の問題点を検討する必要がある。そして、前者は社会公共目的の非
1704 ハードコアカルテルとして、また、後者はハードコアカルテルとして捉えることが
1705 できる。
1706 これらの甲製品協会の行為に係る独占禁止法上の問題点を検討する上では、こう
1707 した行為がどの市場における競争に影響を及ぼし得るかに着目し、検討対象とする
1708 市場を画定する必要がある。本問の事実関係の下では、特有の機能を有する事務機
1709 器である甲製品の販売市場に及ぼす影響と、それとは別に、使用済みの甲製品のリ
1710 サイクル取引に係る市場に及ぼす影響に着目することになる。後者については、従
1711 来は廃棄されていた使用済みの甲製品を法令上の要請に基づいて新たにリサイクル
1712 しようとするものであり、当該商品のリサイクル市場を創り出すものともいえる。
1713 なお、本リサイクルシステムにおけるメーカーが回収する使用済みの甲製品の範
1714 囲について、問題文からは当該メーカーが製造販売した甲製品に限定されるのか、
1715 限定されないのか(他のメーカーが製造販売した甲製品を含むのか否か)は明らか
1716 ではない。競争分析上、いずれであるかによって甲製品の販売市場に及ぼす影響が
1717 異なってくるが、以下では前者であることを前提に検討する。
1718 また、甲製品協会においては、構成事業者の共同リサイクルへの参加義務や構成
1719 事業者以外の者(新規参入者を含む。)の利用等に関しては何ら取り決めていない
1720 ことから、こうした競争者排除の観点からの問題点を検討する必要はない。リサイ
1721 クルの共同化やリサイクル費用の決定が上記の市場における競争に及ぼす影響につ
1722 いて、競争回避の観点から検討することが求められる。
1723 まず、リサイクルの共同化それ自体について検討する。全国に複数の処理施設を
1724 設置する必要があり、どのメーカーも単独では効率的な規模の処理施設を設置・運
1725 営することができないことからみて、共同リサイクルの必要性が認められる。メー
1726 カー5社とは独立した法人である甲製品協会が実施主体となることには合理性があ
1727 り、また、各社が単独で実施することに比べて処理単価を節減できると考えられ、
1728 使用済みの甲製品のリサイクルに係る市場における競争に弊害を及ぼすものではな
1729 いと考えられる。また、甲製品協会が決定する処理単価は、各メーカーが処理する
1730 場合より低廉であると考えられ、ユーザーの負担を軽減することにつながる。処理
1731 単価は甲製品のユーザー向け販売価格の10パーセント程度であり、メーカーで発
1732 生する運送費用を含むリサイクル費用全体でみても大きなものではなく、リサイク
1733 ルの共同化自体が甲製品の販売市場における競争に及ぼす影響は間接的であり、小
1734 さいと考えられる。
1735 甲製品協会は、自ら設置・運営する処理施設における処理費用として、処理単価
1736 を決定してメーカーから徴収しているが、このこと自体に独占禁止法上の問題はな
1737 いと考えられる。しかし、甲製品協会では、メーカーがユーザーから徴収するリサ
1738 イクル費用を処理単価の1.5倍相当額とし、その徴収をメーカーに義務付けてお
1739 り、リサイクル費用に関する価格カルテルとして捉えることができる(独占禁止法
1740 第8条第1号)。実際には、具体的なリサイクル費用はメーカーによって異なるも
1741 のであり、かつ、必要なリサイクル費用についてユーザーにどの程度負担を求める
1742
1743 かは各メーカーが本来独自に判断すべきことである。リサイクル費用の一律決定
1744 は、各構成事業者がリサイクル費用を削減しようとするインセンティブを損ない、
1745 効率的なリサイクルを阻害することになるおそれがある。甲製品協会が共同リサイ
1746 クルを実施する上で、構成事業者がユーザーからそれぞれ徴収するリサイクル費用
1747 を統一する必要はないと考えられる。
1748 また、各メーカーが使用済みの甲製品を回収して甲製品を販売することになるか
1749 ら、リサイクル費用の決定は甲製品の販売市場における競争にも影響を及ぼすこと
1750 になる。従来、使用済み甲製品は無償で回収・廃棄されており、甲製品の販売価格
1751 にはそのための費用も含まれていたと考えられることからは、一律にリサイクル費
1752 用全額のユーザー負担を求めることは過大な転嫁になるおそれもある。
1753 リサイクル費用の甲製品のユーザー向け販売価格に占める割合(費用共通化割
1754 合)が15パーセント程度であることやユーザーの争奪が引き続き活発であること
1755 を考慮しつつ、リサイクル費用の決定が甲製品の販売市場における競争を実質的に
1756 制限すること(独占禁止法第8条第1号)に該当するのか、構成事業者であるメー
1757 カーの機能・活動を不当に制限すること(同条第4号)にとどまるのか、検討を要
1758 することになる。
1759 なお、甲製品のリサイクルを義務付ける法令には、リサイクル費用について合理
1760 的な範囲でユーザー負担を求めることができる旨定められているところ、この定め
1761 がユーザーに負担を求めるリサイクル費用の一律の決定やその全額のユーザーから
1762 の徴収まで容認するものとはいえないと考えられる。
1763
1764 [知的財産法]
1765 共に工作機械メーカーであるA社及びB社は、精密部品の加工用の工作機械に関する共同研究開
1766 発契約(以下「本件契約」という。)を締結し、いずれも研究開発部門に所属する、A社の従業員
1767 甲とB社の従業員乙が、勤務時間内に、A社及びB社の研究設備や施設を使用して共同研究開発し
1768 た結果、従来よりも精密で複雑な部品加工が可能な新たな工作機械を発明した(以下「本件発明」
1769 という。)。本件発明の技術的思想の創作行為に対する甲及び乙の関与の程度は同等である。ま
1770 た、本件契約には、本件契約に基づき発明がなされた場合には、各社に特許を受ける権利が帰属す
1771 るために必要な措置をお互い講ずる旨の定めがあった。共同研究開発中、B社内では、乙の上司か
1772 ら、乙が行っている研究方針について反対の意向が示されていたが、乙は、これに従わずに研究を
1773 継続した結果、本件発明に至ったものである。
1774 A社の職務発明規程には、従業員が発明をするに至った行為が職務に属する場合には、当該発明
1775 についての特許を受ける権利をA社が承継することができる旨の定めがあり、B社の職務発明規程
1776 には、従業員が発明をするに至った行為が職務に属する場合には、その発明が完成した時に、当該
1777 発明についての特許を受ける権利をB社が取得する旨の定めがあった。
1778 以上の事実関係を前提として、以下の各設問に答えよ。ただし、設問1及び設問2にそれぞれ記
1779 載した追加的な事実関係は、別個独立したものである。
1780 〔設問1〕
1781 甲が、本件発明の完成後、A社に本件発明について報告したところ、A社は、本件発明の特許を
1782 受ける権利を甲から承継することとし、甲とA社は、特許を受ける権利の譲渡に必要な手続を行っ
1783 た。他方、乙は、乙の上司の反対を押し切って本件発明を完成させたことから、本件発明の特許を
1784 受ける権利は自己に帰属するものと考え、甲に対し、本件発明について一緒に特許出願をしようと
1785 持ちかけた。しかし、甲は、A社との間で、特許を受ける権利の譲渡に必要な手続を済ませていた
1786 ことから、乙からの誘いを断った。そのため、乙は、本件発明について、乙を発明者として特許出
1787 願を行い、その後、特許権の設定登録を受けた(以下、登録された権利を「乙特許権」とい
1788 う。)。
1789
1790
1791 工作機械メーカーであるC社は、本件発明の実施品である工作機械(以下「C社機械」とい
1792 う。)の製造及び販売を開始した。乙がC社に対し、乙特許権に基づき、C社機械の製造及び販
1793 売の差止めを請求した場合、この請求が認められるかについて論じなさい。
1794
1795
1796
1797 乙による単独出願を知ったA社及びB社は、乙に対し、乙特許権の移転を請求することができ
1798 るかについて論じなさい。
1799
1800 〔設問2〕
1801 A社及びB社は、令和3年4月に本件発明について共同出願し、令和5年7月に特許権の設定登
1802 録を受けた(以下、登録された権利を「AB特許権」という。)。
1803 D社は、工作機械メーカーであるが、令和元年秋頃から、日本国内の工場において、秘密裏に、
1804 新たな工作機械の研究開発を続け、本件発明の内容を知らずに、独自に、従来よりも精密で複雑な
1805 部品加工が可能な新たな工作機械を開発し、その製造図面を作成の上、令和3年1月には当該工作
1806 機械の試作品を製作した。この試作品は本件発明の技術的範囲に属するものであった。その後、D
1807 社は、同工作機械の量産化に向けた事業化を進め、同年8月から、工作機械(以下「D社機械」と
1808 いう。)の製造及び販売を開始した。D社機械は、本件発明の技術的範囲に属するものであった。
1809 また、D社機械は、前記試作品から仕様の一部が変更されていたが、その変更に係る部分は、従来
1810 よりも精密で複雑な部品加工を可能にするための技術的手段とは無関係であった。
1811
1812
1813
1814 A社が、AB特許権に基づき、D社に対し、D社機械の製造及び販売の差止めを請求した場
1815 合、その請求が認められるかについて論じなさい。
1816
1817
1818
1819 D社は、工作機械メーカーであるE社に対し、D社機械を販売し、E社はそれを取引先に販売
1820 している。A社が、AB特許権に基づき、E社に対し、D社機械の販売の差止めを請求した場
1821 合、その請求が認められるかについて論じなさい。
1822
1823
1824
1825 その後、D社は、E社に対し、D社機械と同一の工作機械(以下「E社機械」という。)の製
1826 造を許諾し、E社は、E社機械を自ら製造し、取引先に販売するようになった。A社が、AB特
1827 許権に基づき、E社に対し、E社機械の製造及び販売の差止めを請求した場合、その請求が認め
1828 られるかについて論じなさい。
1829
1830 【参考】特許法施行規則(昭和35年3月8日通商産業省令第10号)
1831 (特許権の移転の特例)
1832 第40条の2
1833
1834 特許法第74条第1項の規定による特許権の移転の請求は、自己が有すると認める
1835
1836 特許を受ける権利の持分に応じてするものとする。
1837
1838 (出題の趣旨)
1839 1 本問は、企業間の共同研究開発契約に基づく共同発明を題材として、職務発
1840 明、無効の抗弁、冒認に基づく特許権の移転請求、先使用権についての理解を問
1841 うものである。
1842 2 設問1について
1843 (1)小問(1)については、乙による発明の職務発明(特許法(以下「法」とい
1844 う。)第35条第1項)該当性を論じた上で、B社の職務発明規程によれば、
1845 職務発明が完成した時、当該職務発明に係る特許を受ける権利がB社に帰属す
1846 ること(同条第3項)を踏まえ、冒認を理由とする無効の抗弁の主張の可否
1847 (法第104条の3第1項及び第3項、法第123条第1項第6号及び第2
1848 項)について論じることが求められる。
1849 (2)小問(2)については、小問(1)で論じたB社と乙の権利関係に加え、甲
1850 による発明の職務発明該当性を論じた上で、A社の職務発明規程によればA社
1851 が職務発明に係る特許を受ける権利を承継取得すること(法第35条第2項参
1852 照)、また、その場合、共有者の同意が必要である(法第33条第3項)とこ
1853 ろ、本件契約では、各社に特許を受ける権利が帰属するために必要な措置をお
1854 互い講ずる旨の定めがあること等を踏まえ、A社及びB社が共有持分について
1855 移転請求することができるかどうか(法第74条第1項)について論じること
1856 が求められる。
1857 3 設問2について
1858 (1)小問(1)については、D社における先使用権(法第79条)の成否の検討
1859 に当たり、D社において本件発明についての共同出願の際、発明を完成させ
1860 「事業の準備」をしていたといえるか、また、試作品とD社機械の仕様の一部
1861 が異なっていることから、「実施又は準備をしている発明の範囲」といえるか
1862 について、最判昭和61年10月3日民集40巻6号1068頁【ウォーキン
1863 グビーム炉事件】の判示を踏まえて論じることが求められる。
1864
1865 (2)小問(2)については、先使用権者が販売した実施品の購入者による先使用
1866 権の援用の可否(名古屋地判平成17年4月28日判例時報1917号142
1867 頁【移載装置事件】参照)、小問(3)については、先使用権に基づく実施許
1868 諾の可否について、それぞれ論じることが求められる。
1869
1870 [労
1871
1872 働
1873
1874 法]
1875
1876 次の事例を読んで、後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。なお、会社法(平成17年
1877 法律第86号)の適用について検討する必要はない。
1878 【事例】
1879 1
1880
1881 宿泊業を営むA社は、国内にとどまらず国外においても広く事業を展開している。A社は、国
1882 際的な人材を社内に育成するため、入社5年目までの若手社員を対象とし、英語力の強化や多様
1883 性に対する理解のかん養、社外ネットワークの構築等を図ることを目的とした海外研修制度を設
1884 けていた。同制度においては、研修先となる大学・研究機関や専攻は、対象となった社員の選択
1885 に委ねられる一方で、海外研修中、職務に従事する場合と同額の基本給と賞与が支給され、これ
1886 らとは別に、海外研修に係る費用(以下「海外研修費用」という。)は、A社が負担することと
1887 されていた。
1888 入社3年目のBは、前記の海外研修制度に自らの意思で応募し、選考を経て、C国所在の大学
1889 の大学院(国際関係学)への留学が決定した。留学に先立ち、A社は、Bに対し、海外研修中は
1890 学業に精励すること、学位取得後は直ちに帰国して職務に復帰すること、帰国後60か月以内に
1891 自己都合でA社を退職する場合は海外研修費用の全部又は一部を返還することを内容とする誓約
1892 書について、その内容を説明した上で署名して提出するよう求め、Bはその内容を理解してこれ
1893 に署名し、A社に提出した。
1894 A社は、Bの留学に係る海外研修費用として、渡航費、大学院の学費及び寮費をその都度負担
1895 した。留学中、Bは、2か月に1回程度、A社の全社員を対象とするオンライン研修(短いもの
1896 で15分、長いもので3時間程度のもの)を受講することのほかには、A社の業務に従事するこ
1897 とは求められず、学業に専念・精励することができた。Bは、国際関係学の学位を取得後、直ち
1898 に帰国して職務に復帰した。
1899 ところが、Bは、帰国後6か月で自己都合によりA社を退職した。
1900
1901 2
1902
1903 Dは、クリーニングサービス業を営むE社(A社のグループ子会社)の社員であり、A社が経
1904 営するホテルでリネン類を回収し、クリーニング後のリネン類を同ホテルに配達する業務に従事
1905 していた。また、Fは、清掃業を営むG社(A社のグループ子会社であり、同社ほか数社から業
1906 務委託を受けてホテルやオフィスの清掃業務を行うもの。)の社員であり、A社が経営するホテ
1907 ルで客室内の清掃やベッドメイク、備品補充等の業務に従事していた。
1908 Dは、リネン類の回収・配達の業務中にFと知り合い、同人に好意を持った。Dは、Fが喜ぶ
1909 と思って同人に菓子やアクセサリーを贈り、同人がお礼を言って受け取ったことから、同人も自
1910 分に好意を持っていると思い込み、退勤するFに自宅近くまで追随したり、休日にFの自宅近く
1911 を歩き回ったりした。さらに、Dは、配達するリネン類をホテル内の所定の場所ではなく備品室
1912 や客室に持ち込み、これを取りに来るFと二人きりになる状況を作るなどした。そのような状況
1913 でDに肩や腰を触られ、恐怖を感じたFは、G社に相談した。G社は、FがDと顔を合わせる機
1914 会はDがリネン類の回収・配達業務のためにホテルを訪れるごく短時間であり、その間にDと二
1915 人きりにならないよう注意すればよいだけであると考え、Fが主張する前記のDの行為について
1916 更に調査をしたり、Fの職務場所の変更を検討したりするなどはしなかった。Fは出勤をすれば
1917 Dと会うことを避けられないことから、恐怖と苦痛を感じてG社を退職した。
1918 A社は、同社及びそのグループ会社によるコンプライアンス違反行為を予防し、又は現に生じ
1919 たコンプライアンス違反行為に対処するため、コンプライアンス相談窓口を設置し、同社及びそ
1920 のグループ会社の社員に同窓口の存在を周知するとともに、社員からの相談への対応を行ってい
1921 た。G社の社員にも同社を通じて同窓口の存在が周知されていたが、前記のFの主張や同人の退
1922
1923 職に関し、G社が同人にA社の相談窓口への相談を勧めることはなかった。Fは、退職から約1
1924 年経過後、同窓口に電話をかけ、E社の社員の行為により退職を余儀なくされたG社の社員がい
1925 ることを伝え、事実関係を調査し、当該E社の社員を厳正に処分するよう求めた。これを受け、
1926 A社は、E社及びG社に事実関係を確認したが、両社とも問題となる事実はないと回答したの
1927 で、それ以上の対応をしなかった。
1928 〔設問1〕
1929 【事例】の1を前提として、A社は、Bに対して、A社が負担した海外研修費用の返還を請求す
1930 ることができるか。考えられる論点を挙げて検討し、あなたの見解を述べなさい。
1931 〔設問2〕
1932 【事例】の2を前提として、DのFに対する不法行為責任が生じる場合に、FはA社及びG社に
1933 対して何らかの責任を追及できるか。考えられる論点を挙げて検討し、あなたの見解を述べなさ
1934 い。
1935
1936 (出題の趣旨)
1937 設問1は、宿泊業を営むA社が、同社の社員であり、同社の海外研修制度を利用
1938 して外国の大学院で学位を取得後、帰国して6か月後に自己都合により退職したB
1939 に対し、同社が負担した海外研修費用の返還を請求することの可否について問うも
1940 のである。本問では、Bは、留学に先立ち、帰国後60か月以内に自己都合で退職
1941 する場合は海外研修費用の全部又は一部を返還することを内容とする「誓約書」を
1942 示され、その内容を理解した上で署名し、これをA社に提出している。そのため、
1943 A社はこれを根拠に海外研修費用についてA社とBとの間には条件付きの返還合意
1944 が成立し、Bはこれに基づく返還義務を負うと主張するものと考えられる。そこ
1945 で、本問において争点となるのは、まず、この「誓約書」の性格及びA社とBの間
1946 におけるその有効性であり、そこでは、「誓約書」の内容をどのように解釈し、ま
1947 た、そこに示された合意がBにとって真に自由な合意であったといえるかが問題と
1948 なる。その上で、次に争点となるのは、A社とBとの間に何らかの契約が成立して
1949 いたとしても、それが労働基準法第16条に違反するものではないか、である。同
1950 条は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約を
1951 することを禁止しており、A社が負担した海外研修費用をBの退職時に返還するこ
1952 とを求めるとするその内容が、同条違反を構成する可能性があるからである。
1953 これらの点について判示した最高裁判例は現在のところ存在しないが、下級審の
1954 裁判例には、本問と類似する人材育成目的の留学制度に関する事案において、留学
1955 への応募が社員の自由意思によるもので留学先大学院や学部の選択も本人の自由意
1956 思に任せられており、学位の取得は担当業務に直接役立つというわけではない一
1957 方、社員にとっては同社での勤務を継続するか否かにかかわらず有益な経験・資格
1958 となることなどの点を指摘し、同制度による留学は業務とみることはできず、会社
1959 と社員との間で、労働契約とは別に、学費について、一定期間勤務した場合には返
1960 還債務を免除する旨の特約付きの金銭消費貸借契約が成立していると解するのが相
1961 当であると判示したもの(長谷工コーポレーション事件・東京地判平成9年5月2
1962
1963 6日労判717号14頁)や、同様の債務免除特約付返還合意が労働基準法第16
1964 条違反となるか否かは、単に契約条項の定め方だけではなく、同条の趣旨を踏まえ
1965 て海外留学の実態等を考慮し、当該海外留学が業務性を有しその費用を会社が負担
1966 すべきものか、当該合意が労働者の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要
1967 するものかを判断すべきである旨を判示するもの(野村證券(留学費用返還請求)
1968 事件・東京地判平成14年4月16日労判827号40頁)があり、本問について
1969 論じる上で参考になる。その他、最近のものでは、みずほ証券元従業員事件・東京
1970 地判令和3年2月10日労判1246号82頁、独立行政法人製品評価技術基盤機
1971 構事件・東京地判令和3年12月2日労経速2487号3頁等も参考になる。本問
1972 においても、A社が海外研修制度を設けた目的、対象となる社員の選考の過程(特
1973 に応募の自発性)、研修先となる大学・研究機関や専攻の決定権者、留学中の業務
1974 従事の状況、学位取得と業務との関連性、債務免除までの期間の長さ等、本問の事
1975 実関係に照らし、前記の各論点について論じ、請求の可否について論じることが求
1976 められる。
1977 設問2は、A社のグループ子会社であるE社の社員Dが、業務を通じて接点を持
1978 った同グループ子会社であるG社の社員Fに一方的な好意を寄せ、身体への性的な
1979 接触を含むつきまとい行為をしたため、これに恐怖と苦痛を感じたFがG社を退職
1980 したという事案についてのものである。本問においては、DのFに対する不法行為
1981 責任が生じることを前提に、Fが、@Fの勤務先であったG社及びAG社・E社の
1982 グループ親会社であるA社に対し、それぞれ何らかの責任を追及できるかが問われ
1983 ている。
1984 職場におけるセクシャル・ハラスメント(性的な言動に起因する問題)に関して
1985 は、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和4
1986 7年法律第113号。いわゆる男女雇用機会均等法)第11条第1項が、事業主
1987 は、労働者の就業環境が害されることのないよう、労働者からの相談に応じ、適切
1988 に対応するために必要な体制を整備するなど、雇用管理上必要な措置を講じるべき
1989 ことを規定している。本問においては、Dの性的な言動により、Fの就業環境が害
1990 されており、事業主であるG社は、同項により、雇用管理上必要な措置を採るなど
1991 する必要があったと考えられる。そこで、Fは、G社に対し、そうした義務に違反
1992 したこと(義務の履行を怠ったこと)、それにより損害を受けたことを理由に、そ
1993 の賠償を請求することが考えられる。また、その根拠としては、労働契約上の職場
1994 環境配慮義務違反(民法第415条)あるいは労働契約法第5条に規定するいわゆ
1995 る安全配慮義務の違反、民法第709条による不法行為が考えられる。G社はFか
1996 ら相談を受けたが、Dの行為について調査をしたり、Fの職務場所の変更を検討し
1997 たりはせず、また、A社の相談窓口への相談をFに勧めたりすることもしておら
1998 ず、そうしたG社の対応が適切であったかを、前記の請求の根拠について検討し、
1999 前記の責任を追及することの可否を論じる必要がある。
2000 次に、A社に対する責任追及について論じるに当たっては、同社はG社のグルー
2001 プ親会社ではあるが、Fと直接の雇用関係にはないという点を押さえておく必要が
2002
2003 ある。仮に、グループ親会社が子会社の労働者に対し指揮監督権を行使する立場に
2004 あったとか、当該労働者から実質的に労務の提供を受ける関係にあったといえる場
2005 合には、当該親会社が子会社の労働者に対して直接雇用契約上の付随義務(使用者
2006 が就業環境に関して労働者からの相談に応じて適切に対応すべき義務)を負い、自
2007 ら又は直接の使用者である子会社を通じて当該義務を履行する義務を負うことがあ
2008 ると考える余地がある。しかしながら、本問において示された事情からは、A社と
2009 Fとの間にそのような関係があったとは認め難い。もっとも、その一方で、そのよ
2010 うな場合においても、本問のA社のように、グループ親会社がグループ子会社の社
2011 員も対象とする法令等違反行為の相談窓口を設置し、そうした行為によって被害を
2012 受けた従業員等が相談の申出をすれば相応の対応をするよう努めることが想定され
2013 ていた場合において、申出の具体的状況いかんによっては、グループ親会社が、相
2014 談の申出をした者に対し、相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務
2015 を負う場合がある旨を判示した最高裁判例(イビデン社事件・最判平成30年2月
2016 15日労判1181号5頁)があり、本問におけるA社に対する責任追及の可否を
2017 論じる上で参考になる。本問において、A社は、前記の相談窓口を設置し、グルー
2018 プ会社の社員から相談の申出があればこれに対応する体制を整備していたものであ
2019 るが、Fから電話で申出を受け、E社及びG社に事実関係を確認したものの、両社
2020 から問題となる事実はない旨の回答を得るのみで、それ以上の対応をしておらず、
2021 そうした事実関係において、A社がFに対して前記の信義則上の義務を負うか、仮
2022 にその義務を負うとして、本問におけるA社の対応は適切なものであったかを論じ
2023 ることが求められる。
2024
2025 [環
2026
2027 境
2028
2029 法]
2030
2031 A社は、長年、B県内にCが所有する甲土地を賃借し、同土地上にカドミウムを含有する排水を
2032 排出する(土壌汚染対策法上の)有害物質使用特定施設を伴う乙工場を保有し、これを稼働させて
2033 いたが、事業の見直しに伴い、乙工場の使用を廃止して解体・撤去した。Dは、甲土地付近の丙土
2034 地を所有し、そこに居住し、庭に設置されていた井戸の揚水機によってくみ上げた井戸水を生活用
2035 水として利用していた。
2036 なお、以下の問いにおいて、水質汚濁防止法に基づく義務や措置は検討しなくてよい。
2037 〔設問1〕
2038
2039
2040 問題文の事例において、A社は、いかなる義務を負うか、根拠条文を挙げつつ説明しなさい。
2041
2042
2043
2044 問題文の事例において、B県知事は、A社以外に誰に対して、いかなる措置を採ることができ
2045 るか、根拠条文を挙げつつ説明しなさい。
2046
2047
2048
2049 の場合において、B県知事からの措置を受けたA社以外の者は、これに対してどのような訴
2050 訟を提起することができるか、説明しなさい。
2051
2052 〔設問2〕
2053 問題文の事例において、〔設問1〕でA社が義務を履行した結果、甲土地の広範囲において汚染
2054 状態に関する環境省令で定める基準を超えるカドミウムが検出され、その汚染により、人の健康に
2055 係る被害が生じるおそれがあるものとして政令が定める基準に該当することが確認された。
2056
2057
2058 B県知事は、甲土地について、いかなる措置を採ることができるか、根拠条文を挙げつつ説明
2059 しなさい。
2060
2061
2062
2063 の措置が採られた後、B県知事は、A社又はCに対して、いかなる場合に、いかなる措置を
2064 採ることができるか、根拠条文を挙げつつ説明しなさい。なお、の措置が採られた後、CとA
2065 社は、甲土地の賃貸借契約を解除し、A社は、甲土地をCに返還しているものとする。
2066
2067
2068
2069 の場合において、B県知事の措置を受けてA社又はCが講じた実施措置が不十分な場合、B
2070 県知事は、A社又はCに対して、いかなる措置を採ることができるか、根拠条文を挙げつつ説明
2071 しなさい。
2072
2073 〔設問3〕
2074 問題文の事例において、Dは、甲土地にカドミウム汚染があり、その影響が丙土地にも及ぶ可能
2075 性があることを、新聞報道により知ったとする。この場合において、Dは、A社に対して、どのよ
2076 うな法的請求をすることが考えられるか、法的根拠と要件に言及しつつ、簡潔に説明しなさい(損
2077 害賠償請求は考えなくてよい。)。
2078
2079 【資料】
2080 ○
2081
2082 土壌汚染対策法施行令(平成14年政令第336号)(抜粋)
2083
2084 (特定有害物質)
2085 第1条
2086
2087 土壌汚染対策法(以下「法」という。)第2条第1項の政令で定める物質は、次に掲げる物
2088
2089 質とする。
2090 一
2091
2092 カドミウム及びその化合物(以下略)
2093
2094 (出題の趣旨)
2095 本問は、使用が廃止された有害物質使用特定施設に係る工場の敷地であった土地
2096 に関する事例を題材として、土壌汚染対策法に加え、行政事件訴訟法及び民法の基
2097 本的な知識・理解を問うものである。
2098 設問1は、土壌汚染対策法第3条が定める、使用が廃止された有害物質使用特定
2099 施設に係る工場の敷地であった土地の調査について問うものである。小問では、
2100 根拠条文(同条第1項)を挙げつつ、当該土地の所有者等の土壌汚染状況調査・報
2101 告義務について説明することが求められ、小問では、根拠条文(同条第3項)を
2102 挙げつつ、都道府県知事による当該土地の所有者等に対する通知について説明する
2103 ことが求められる。小問では、処分性に関する最高裁判例の一つである最高裁判
2104 所平成24年2月3日第二小法廷判決(民集第66巻2号148頁)を踏まえ、同
2105 条第3項が定める都道府県知事による通知が、抗告訴訟の対象となる処分に当たる
2106 か否かを説明することが求められる。
2107 設問2は、土壌汚染状況調査の結果、当該土地の土壌の特定有害物質による汚染
2108 状態が環境省令で定める基準に適合しないなどの事情が認められた土地に関し、都
2109 道府県知事が採ることができる土壌汚染対策法上の措置について問うものである。
2110 小問では、根拠条文(同法第6条第1項)を挙げつつ、都道府県知事による要措
2111 置区域の指定について説明することが求められる。小問では、根拠条文(同法第
2112 7条第1項)を挙げつつ、都道府県知事による汚染除去等計画の提出の指示につい
2113 て説明することが求められる。特に、Cについては、当該土地の所有者等として同
2114 項本文の適用が、A社については、小問のなお書きの事情により、当該土地の所
2115 有者等以外の者として同項ただし書の適用がそれぞれ問題になることに言及した上
2116 で論じることが求められる。小問では、根拠条文(同条第8項)を挙げつつ、都
2117 道府県知事による実施措置命令について説明することが求められる。
2118 設問3は、当該土地の土壌汚染の影響が及ぶ可能性がある付近の土地の所有者か
2119 つ居住者による民事差止請求について問うものである。設問3では、Dが付近の土
2120 地の所有者であり、かつ、同土地に居住して井戸水を生活用水として使用している
2121 といった事例を踏まえた上で、法的請求としてはDのA社に対する民事差止請求が
2122 考えられ、その法的根拠としては人格権などが考えられ、その要件としては権利侵
2123 害や因果関係などがあることなどに言及することが求められる。
2124
2125 [国際関係法(公法系)]
2126 【事例】
2127 A国では、B国からの分離・独立を主張するB国内の少数民族団体αの指導により、在A国のB
2128 国大使館前で連日デモ運動が行われ、その動きは日増しに激化していた。事態を憂慮したB国によ
2129 る警備強化の要請にもかかわらず、A国の対応は鈍く、A国の警察をB国大使館付近に配置して警
2130 備に当たらせるなどの方策を講じることは一切なかった。そのような中、αのメンバーがデモに乗
2131 じてB国大使館敷地内に火炎瓶を投げ込み、同大使館の建物に火災が発生した。
2132 近隣住民の通報によりA国の消防隊が出動してB国大使館に到着したところ、B国大使館員は全
2133 員、既に同大使館の敷地外に避難していたほか、B国大使もC国に出張して不在であり、A国から
2134 B国大使に連絡を取ることはできなかった。その間にも火災はB国大使館の建物全体に広がり、同
2135 大使館の敷地周辺に所在する建物への延焼のおそれが生じたため、A国の消防隊は、B国から同国
2136 大使館の敷地内への立入許可を得ることなく、敷地内で消火活動を開始した。B国大使館の建物は
2137 全焼したが、早期の消火活動の結果、周辺建物への延焼は免れた。
2138 A国の消防隊が消火活動を行う過程で、B国大使館内にC国国民Xが監禁されているのが発見さ
2139 れた。Xは消防隊員により救助され、B国大使館付近の病院に搬送された。また、A国の消防隊
2140 は、A国外務省を通じて、Xを救助した旨を在A国のC国大使館に通報した。その後、病院でC国
2141 領事がXと面会し事情を尋ねたところ、Xは、A国滞在中に、B国大使館員により強制的にB国大
2142 使館に連行され監禁されたことが判明した。
2143 在A国のB国大使は、A国の消防隊の消火活動が終了した後にA国に再入国し、この間のB国大
2144 使館をめぐるA国の行為について、外交関係に関するウィーン条約(以下「外交関係条約」とい
2145 う。)の違反を理由にA国に対して抗議した。また、B国は、Xに関し、Xによるαへの活動支援
2146 がB国国内法違反に当たる疑いがあるため、同人をB国大使館に連行して同大使館内に留置したの
2147 であり、後日B国へ移送する予定であったと主張して、A国に対しXの身柄の引渡しを求めた。こ
2148 れに対して、A国は、B国によるXの身柄の引渡請求には応じなかった。
2149 Xは、退院後、在A国のC国大使館に身を寄せた。そして、C国は、Xの身体の自由が侵害され
2150 たことなどを理由にB国に対して外交的保護権を行使して損害賠償請求を行った。他方、A国は、
2151 B国との間に、外交関係条約を含む国際法の解釈又は適用に関する紛争が存在することをB国に通
2152 告したが、2か月経過してもB国からは仲裁裁判所への付託を含むいかなる回答も受領しなかった
2153 ことから、当該紛争を国際司法裁判所(以下「ICJ」という。)に付託することにした。
2154 A国、B国及びC国はいずれも国連の原加盟国であるとともに、外交関係条約及び紛争の義務的
2155 解決に関する選択議定書(以下「選択議定書」という。)の締約国であり、外交関係条約にもその
2156 選択議定書にも留保は付していない。また、これら3国は、ICJ規程第36条第2項に基づく宣
2157 言を留保なしに行っている。なお、A国とB国の間には犯罪人引渡しに関する条約は存在しない。
2158 以上の事実を基に、以下の設問に答えなさい。
2159 〔設問〕
2160 1.A国は、外交関係条約上、いかなる義務の違反に問われ得るかについて論じなさい。
2161 2.B国大使館によるXの身柄の拘束について、A国がB国のいかなる国際法違反を問うことが可
2162 能かについて論じなさい。
2163 3.A国が前記設問2においてB国の国際法義務違反の追及が可能である場合、B国をICJに一
2164 方的に訴えるために可能な裁判管轄権の基礎を全て論じなさい。
2165 4.C国がB国に対して外交的保護権を行使するための要件を述べ、この事例においてその要件が
2166 満たされるかどうかについて論じなさい。
2167
2168 【参考資料】
2169
2170 選択議定書(抜粋)
2171
2172 この議定書及び1961年3月2日から同年4月14日までウィーンで開催された国際連合の会
2173 議において採択された外交関係に関するウィーン条約(以下「条約」という。)の当事国は、
2174 条約の解釈又は適用から生ずるあらゆる紛争を、自国に関するものである限り、他の解決方法が
2175 当事国により合理的な期間内に合意される場合を除くほか、国際司法裁判所の義務的管轄に付託する
2176 希望を有することを表明して、
2177 次のとおり協定した。
2178 第1条
2179 条約の解釈又は適用から生ずる紛争は、国際司法裁判所の義務的管轄の範囲内に属するものとし、
2180 したがつて、これらの紛争は、この議定書の当事国である紛争のいずれかの当事国が行なう請求によ
2181 り、国際司法裁判所に付託することができる。
2182 第2条
2183 両当事国は、一方の当事国が、他方の当事国に対し、紛争が存在する旨の見解を通告した後2箇月
2184 の期間内に、その紛争を国際司法裁判所にではなく仲裁裁判所に付託することにつき合意することが
2185 できる。前記の期間が経過した後は、いずれか一方の当事国は、請求により、当該紛争を国際司法裁
2186 判所に付託することができる。
2187 第3条
2188 1
2189
2190 両当事国は、第2条に規定する2箇月の期間内においては、国際司法裁判所に付託する前に調停
2191 手続を執ることにつき、合意することができる。
2192
2193 2
2194
2195 調停委員会は、その構成の後5箇月以内に勧告を行なわなければならない。勧告が行なわれた後
2196 2箇月以内に紛争の当事国がその勧告を受諾しない場合には、いずれか一方の当事国は、請求によ
2197 り、当該紛争を国際司法裁判所に付託することができる。
2198
2199 (出題の趣旨)
2200 本問は、外交関係法における派遣国の特権の範囲及び接受国に対する義務の内
2201 容、国家機関が自国国内法を執行する管轄権の領域的範囲の限界、国際司法裁判所
2202 (以下「ICJ」という。)の裁判管轄権の基礎、外交的保護権の行使要件といっ
2203 た国際法上の基本的な知識を問うことを目的としている。
2204 設問1については、A国もB国も外交関係に関するウィーン条約(以下「外交関
2205 係条約」という。)の締約国であることを示した上で、派遣国に対して接受国が負
2206 う以下の2つの義務を定める外交関係条約第22条の解釈及び適用の検討が問題と
2207 されている。
2208 第1に、外交関係条約第22条第1項は在外公館の不可侵権を定めており、「使
2209 節団の長が同意した場合を除くほか」、公館の不可侵を保障している。設例では、
2210 B国大使の許可なく、A国の消防隊が大使館敷地内に入り消火活動を行ったことか
2211 ら、A国による同規定の違反の疑いが問われることになる。A国の立場からする
2212 と、公館の不可侵権は絶対的ではなく、設例の状況では、B国大使の許可を待って
2213 いてはB国大使館付近の建物への延焼のおそれがあることになるであろうし、その
2214 ような場合には公館に立ち入ることが認められるとする見解も有力である。しか
2215
2216 し、学説上の対立はあるものの、外交関係条約の起草過程や国家実行、領事関係に
2217 関するウィーン条約(以下「領事関係条約」という。)における類似の規定(領事
2218 関係条約第31条第1項及び第2項)との比較から、外交関係条約上は、緊急時の
2219 立入りも接受国には認められないとするのが通説的な見解である。したがって、後
2220 者の立場によれば、国の機関であるA国の消防隊がB国大使の許可なく大使館敷地
2221 内に入り消火活動を行った行為は、A国の外交関係条約第22条第1項違反を構成
2222 するということになる。
2223 第2に、外交関係条約第22条第2項は、派遣国使節団の公館の安全を保護する
2224 接受国の義務を定めている。設例では、B国大使館前でのデモが連日行われ、同大
2225 使館の安全が侵されるおそれが生じ、B国から警備強化要請がなされていたにもか
2226 かわらず、接受国としてA国はB国大使館の安全のための対策を講じなかった。こ
2227 の点、A国の不作為により火炎瓶が投げ込まれるような事態が生じたとも考えら
2228 れ、同規定に基づくB国大使館の安全確保義務にA国が違反したことを論じる必要
2229 がある。
2230 設問2については、第1に、B国によるC国国民Xの身柄の拘束が、B国以外の
2231 国家領域における執行管轄権の行使によって当該領域国の主権を侵害する行為であ
2232 るとして、この行為がB国の一般国際法上の義務違反となることを論じ、第2に、
2233 B国大使館員がXをB国大使館内に監禁したため、B国大使館が外交使節団の任務
2234 (外交関係条約第3条参照)以外の目的でB国により利用されていることから、B
2235 国が外交関係条約上の派遣国の義務に違反することを示さなければならない。
2236 B国の国家機関である同国の大使館員がA国領域内においてB国国内法違反の容
2237 疑でXの身柄を拘束することは、B国が自国国内法を他国領域内で執行する行為で
2238 ある。国家による執行管轄権の行使は当該国家の領域に限られるところ、他国領域
2239 内における執行管轄権の行使は、当該他国の同意や協力がない限り主権侵害行為を
2240 構成し得る。したがって、A国領域内におけるB国のこの執行行為は、A国による
2241 同意や協力がない以上、A国の領域主権を侵害する一般国際法上の義務に違反する
2242 ことを論じることになる。
2243 また、B国の外交使節団は、A国において、「国際法が認める範囲内で派遣国及
2244 びその国民の利益を保護すること」ができるが(外交関係条約第3条第1項
2245 (b))、B国は接受国A国の国内法令を尊重する義務を負うとともに(外交関係
2246 条約第41条第1項)、使節団の任務と両立しない方法で在外公館を使用してはな
2247 らない義務を負うことから(同条第3項)、A国の領域主権に違反してXの身柄を
2248 連行しB国大使館に監禁することは、A国の国内法令に違反し、かつ、在外公館の
2249 使用目的に反し使節団の任務と両立しないと考えられるため、結果として外交関係
2250 条約第41条違反に問われ得る。
2251 設問3については、A国がICJに一方的に紛争を付託した場合に、ICJの裁
2252 判管轄権となり得る基礎を可能な限り挙げることになる。ICJの裁判管轄権の基
2253 礎は紛争当事者の同意に求められるが、それには一般的に、事後に締結された付託
2254 合意のほか、事前に締結された裁判条約・裁判条項、事前に行われた国際司法裁判
2255
2256 所規程(以下「ICJ規程」という。)第36条第2項に基づく選択条項受諾宣
2257 言、さらにICJの裁判所規則第38条第5項の規定内容から導き出される応訴管
2258 轄が挙げられる。
2259 設例では、A国もB国も国際連合の原加盟国であることから、当然にICJ規程
2260 の当事国であることが指摘される。そして、第1に、選択条項受諾宣言をA国もB
2261 国も留保なく行っていることから、同宣言に基づくICJの裁判管轄権の設定が考
2262 えられる。第2に、A国もB国も外交関係条約及び紛争の義務的解決に関する選択
2263 議定書(以下「選択議定書」という。)に留保なく締約国となっていることから、
2264 A国は、選択議定書第1条及び第2条の規定に従って外交関係条約の解釈・適用に
2265 関する紛争をICJに一方的に付託することができる。第3に、こうした裁判管轄
2266 権の設定方式のほか、A国が一方的に提訴した後、B国がこれに応じた場合には応
2267 訴管轄が成立して、やはりICJの裁判管轄権が認められる。本設問では、以上の
2268 裁判管轄権の基礎を説明することが求められる。
2269 設問4は、C国が自国民Xに対してB国が行った身体の自由を侵害する行為につ
2270 いて外交的保護権を行使し得る要件と本設問におけるその充足を確認する問題であ
2271 る。まず、外交的保護権を行使し得る要件を確認することが必要で、それは、被害
2272 を受けた私人の国籍が被害発生時から国際請求時まで外交的保護権を発動する国の
2273 国籍であることと(国籍継続原則)、国籍国が外交的保護権を発動する前に、被害
2274 を受けた私人が当該被害を与えた加害国の国内的な救済手続を全て尽くしているこ
2275 と(国内的救済手段完了原則)の2つである。
2276 設例では、B国大使館員により身柄を拘束されたXはC国民であり、その後もC
2277 国による外交的保護権の行使による国際請求に至るまでXの国籍の変更が行われた
2278 形跡はないため、前者の国籍継続原則の要件は満たされている。また、後者の国内
2279 的救済手段完了原則の要件については、問題の私人に対する加害国の行為が当該加
2280 害国領域内で行われることを前提として当該加害国の国内的な救済手続が利用され
2281 ることが求められているが、設例によると、Xに対する権利侵害行為が行われたの
2282 は加害国B国の領域外であるA国においてである。このように領域国以外の国家が
2283 権利侵害行為を行った場合にまでこの要件の充足を要求することは想定されておら
2284 ず、したがって、本設問では、国内的救済手段完了原則の要件を満たす必要はな
2285 い。以上から、C国によるB国に対する外交的保護権の行使は可能である。
2286
2287 [国際関係法(私法系)]
2288 Aは、いずれも日本在住の甲国人である両親の間の子として日本で生まれ、ずっと日本で暮らし
2289 てきた。大学生になったAは、夏季休暇を利用して、一人で甲国内を1か月間旅行する計画を立
2290 て、初めて甲国を訪れた。Aは、かつて両親から聞いた断片的な情報に基づき、甲国は夏でも比較
2291 的過ごしやすい気候であると思い込んでいたが、実際に甲国に渡航して滞在してみると、連日、想
2292 定していなかった厳しい暑さに見舞われたため、この暑さへの応急対策として、甲国の家電小売店
2293 Pで手持ち式小型扇風機α(以下「α」という。)を購入した。αは、国際規格に準拠した方式の
2294 ケーブル・充電器により充電するタイプの内蔵バッテリーを動力源としており、Aがスマートフォ
2295 ン用に日本から持参していた携帯充電器によっても充電することができる上、大出力の駆動モータ
2296 ーによる強力な送風機能を備えているなど、利便性や使い心地の面で、Aにとって満足のいくもの
2297 であった。そこで、Aは、甲国滞在を終えて日本へ帰国するに際し、αを引き続き利用することと
2298 して日本へ持ち帰った。
2299 Aは、帰国後間もなく、全国的に最高気温の観測記録が更新されるほどの猛暑の昼下がり、αを
2300 使用しながら、京都の観光地区に近接する大学の図書館に向かって歩いていたが、観光客で混み合
2301 う道に差し掛かったところで、突然、αが動作を停止してしまった。不審に思ったAが立ち止まっ
2302 てαの状態を確認すると、本体内部から白煙が上がっていたため、思わずαを放り投げたところ、
2303 その直後、αは、路上に落下する前に空中で破裂した(以下、このαが破裂した事故を「本件事
2304 故」という。)。
2305 本件事故によって周囲に飛散したαの破片の一部は、たまたま近くを歩いていた東京からの観光
2306 客Bの右目の付近に当たり、Bは、この負傷により右目の視力を失った。
2307 甲国の隣国である乙国の法人で、αを製造したQ社は、日本を含む数か国で本件事故と同様の破
2308 裂事故が発生していることを把握し、一連の事故の原因を究明するために内部調査を実施した。そ
2309 の結果、一連の事故が発生したαに使用されている内蔵バッテリーは全て、複数のサプライヤーの
2310 一つである日本法人R社東京工場製のバッテリーβ(以下「β」という。)であり、極度に高温多
2311 湿となる条件下でβを使用した場合に、まれに膨張・破裂するとの実験結果を得た。
2312 なお、Q社は、営業所、工場等の拠点や財産を全て乙国内に置き、他国では営業活動も行ってお
2313 らず、αについても、その設計・製造から販売までを全て乙国内でのみ行っている。もっとも、甲
2314 国や日本などの他国の業者が、乙国内で販売されているαを仕入れて、自国の消費者向けに販売す
2315 ることは広く行われている。Q社も、そのような他国での販売がαの売上げに大きく貢献している
2316 ことを認識して、αの全ての製品には、甲国語や日本語を含む多言語で並列的に記述した取扱説明
2317 書を一律に同梱して販売している。
2318 以上の事実を前提として、以下の設問に答えなさい。
2319 〔設問1〕
2320 αの製造者がQ社であることを認識したBは、Q社を被告として、製造物責任法第3条に基づ
2321 き、本件事故によって被った損害の賠償を求める訴え(以下「本件訴え」という。)を東京地方裁
2322 判所に提起した。
2323 〔小問1〕
2324 本件訴えについて、日本の裁判所の国際裁判管轄権が認められるかどうかについて論じなさ
2325 い。
2326 〔小問2〕
2327 本件訴えについて、日本の裁判所の国際裁判管轄権は認められるものとする。この場合におい
2328 て、BのQに対する損害賠償請求について、いずれの国の法によって判断されるべきかを論じな
2329
2330 さい。
2331 〔設問2〕
2332 本件事故を含む一連のαの破裂事故の原因がβにある可能性が高いと考えたQ社は、R社に調査
2333 を求めたところ、βの特定の製造ロットの製造過程において、膨張・破裂の原因となる微小な金属
2334 異物が混入していたことが判明した。そこで、Q社は、損害賠償金の支払やαの回収費用の支出に
2335 より生じた多額の損失について、R社に対し、応分の負担を求めたが、Q社とR社との間で、負担
2336 割合をめぐる交渉は決裂した。
2337 Q社とR社との間の取引は、R社がQ社に対して毎年一定数量のβを供給する旨の契約(以下
2338 「本件契約」という。)に基づくものであった。本件契約は、2018年1月、それぞれの本社ス
2339 タッフによる交渉の結果として締結されたものであり、本件契約には、「この契約は、日本法によ
2340 り解釈され規律される。」との条項があった。
2341 Q社は、R社に対し、本件契約上の債務の不履行に基づき、損害の賠償を求める訴えを東京地方
2342 裁判所に提起した。このQ社の請求について、裁判所は、「国際物品売買契約に関する国際連合条
2343 約」(以下「ウィーン売買条約」という。)を適用して判断する内容の本案判決を言い渡したが、
2344 乙国はウィーン売買条約の締約国ではなかった。
2345 上記判決において、裁判所が、Q社の請求についてウィーン売買条約を適用して判断したのはな
2346 ぜか。理由を説明しなさい。
2347
2348 (出題の趣旨)
2349 本問は、生産物の瑕疵により生じた渉外的な不法行為の事例を素材として、国際
2350 裁判管轄、準拠法及び国際物品売買契約に関する国際連合条約(以下「ウィーン売
2351 買条約」という。)の適用に関する基本的理解を問うものである。
2352 設問1の小問1は、生産物の瑕疵により発生した事故(以下「本件事故」とい
2353 う。)にたまたま巻き込まれて傷害を負ったBによる、生産物の製造業者であるQ
2354 社に対する訴えについて、日本の裁判所の国際裁判管轄権の有無を問うものであ
2355 る。特に民事訴訟法第3条の3第8号について論ずることが求められている。同号
2356 の「不法行為があった地」の解釈を明らかにして本件に適用し、さらに、同号括弧
2357 書における予見可能性の対象についての理解を示した上で予見可能性の有無を検討
2358 しなければならない。同号の規定に基づき日本の裁判所が国際裁判管轄権を有する
2359 こととなるときは、民事訴訟法第3条の9についても検討することが必要である。
2360 設問1の小問2は、上記のBによる損害賠償請求の準拠法を問うものである。本
2361 件事故は生産物の瑕疵により発生したものであるが、Bは生産物の引渡しを受けて
2362 おらず、事故にたまたま巻き込まれたいわゆるバイスタンダーであるため、法の適
2363 用に関する通則法(以下「通則法」という。)第18条の規定によるべきか、ある
2364 いは同法第17条の規定によるべきかをまず検討しなければならない。通則法第1
2365 8条の趣旨及び文言から、本問のような場合には同法第18条によるべきではな
2366 く、同法第17条により準拠法を決定すべきであるとの立場によるとすれば、同条
2367 本文の「加害行為の結果が発生した地」を明らかにし、更に同条ただし書の予見可
2368 能性の有無を検討しなければならない。最後に通則法第20条も検討した上で、い
2369 ずれの国の法が準拠法となるかについて結論を示さなければならない。
2370 設問2は、R社が製造した部品をQ社に供給する契約(以下「本件契約」とい
2371
2372 う。)に関して、Q社がR社に対して、本件契約上の債務の不履行に基づく損害の
2373 賠償を求める訴えを日本の裁判所に提起したところ、裁判所がウィーン売買条約を
2374 適用して判断した理由の説明を求めることで、同条約の適用範囲についての理解を
2375 問うものである。ウィーン売買条約第1条を検討し、本件契約が同条第1項の「営
2376 業所が異なる国に所在する当事者間の物品売買契約」に該当することを指摘した上
2377 で、同項a号には当たらないが、通則法第7条により日本法が準拠法となるため同
2378 条約第1条第1項b号に当たり、また、当事者が同条約の適用を排除していないこ
2379 とを指摘することで、裁判所が同条約を適用した理由について説明することが求め
2380 られている。
2381
2382